Raider&Bacher 作:ダウナー黒色刀大好き侍
「──────グレイ、ご苦労さま。ファンサービスはしておいた?」
「握手ちょっとしただけ。アタシ人に見られるの好きじゃないんだけど」
「大人気レイダーなんだから我慢してちょうだい。フィールドに巻き込まれた親子も嬉しそうだったじゃない」
「握手であんなにぶんぶん振られたの初めてなんだけど……」
「ツンとした対応に対して受け身だからギャップでかわいいって評価上がってるわよ」
「あっそ」
グレイズはフィールド攻略後に現地に居た野次馬と仮面少女のファンにサービスを行った。と言っても、騒がしいのも人混みなども好きじゃない彼女としてはげんなりとするものだったが、耳につけた通信機からファンサをするよう釘を差されたので仕方なく行った。と言っても握手だけだが。
放っておいてほしいと思っている反面、人気絶頂中の仮面少女であるグレイズが人混みに揉まれて疲れてきた頃、隊員がボディーガードのように人から救い出し、黒塗りの車に乗ってスターインダストリー本社に戻ってきた。
強化装備を脱いで本物の高校の制服に着替えたグレイズは社長室に赴いた。そこには社長の女性が待っており、帰ってきたグレイズを労った。冷たいものでもと渡されたオレンジジュースを受け取って飲んで落ち着くと、社長は高級な執務用の椅子に腰掛け、問いかけた。
「グレイ。バッカーの姿は見た?」
「見てない。近くにも居なかった。治安局も動いてるの見たけど、見つけられなかったみたい」
「そう……黒いローブに拳でホロウを倒す戦闘能力。そして裏稼業のバッカー。心当たりはあるかしら?」
「わかってて聞いてるでしょ……ジェーン・ドゥじゃないの」
「可能性はあるわね。けれど、最後に観測したレベル9オーバーのフィールド攻略後、姿は一切確認されなかったから死んだとも噂されていたのに、6年経った今になって突然現れるのはどうしてかしら」
「知らない」
「……そうね。ごめんなさい。グレイに何故?と聞いたわけじゃないの。でも、グレイ的にはどうかしら、ジェーン・ドゥに会いたい?」
「……なんで?」
「……はぁ。重ねてごめんなさい。少し無神経だったわね。こっちでもちょっと重要案件ができてね?口を滑らせちゃったの。あとでお詫びするわね」
「じゃあ……」
「甘いものでしょ?帰り道で美味しそうなの買って食べて。はい、これお金ね。お釣りはあげるわね」
「どうも。じゃ、アタシ帰る」
「またお願いね」
背中を向けながらひらひらと手を振るグレイズの後ろ姿を眺め、溜め息を吐きながら額に手を当てた。ちょっとテンションが上がってしまってつい口を滑らせてしまった。掘り返す必要もないことを掘り返そうとしてしまった。グレイズに失礼なことをしてしまったと反省しながら、業務用の携帯端末を取り出して電話をかけた。
「──────私よ。それで、ジェーン・ドゥの返答はなんて?」
『何もだ。番号は渡したし受け取ったからな、気が進めば私の方に連絡がくるだろう。その時は報せる』
「わかったわ。報酬はどこに振り込めばいいのかしら。もちろん会社から出すと問題になるから私個人からになるけれど」
『またあとで指定させてもらう』
「そう。ところで6年ぶりの友人は元気そうだったかしら」
『……友人、か。顔も、本名も知らないのに私は友人と言えるか微妙だが、少なくとも不健康ではなさそうだ』
「それはよかったわ。それに、お節介かもしれないけれど、心配して6年も探してくれていた人を友人と思わないとは、私は思わないわね」
『フッ……』
笑顔を浮かべながら笑ったような声を最後に電話は切られた。有名の大企業が裏稼業と繋がっているとわかれば、世間は布団を叩くように情報を得ようと詰め寄ってくるだろう。それを起こさせないために頻繁な連絡は控えていた。
椅子の背もたれに体重をかけて天井を見上げる。まさか、あの伝説の人物にコンタクトが取れるとは思ってもみなかった。裏稼業故に正規の手順を踏んで存在する大企業の社長がコンタクトを取ろうとするのは間違っているのかもしれないが、それでもこれは朗報だ。問題は、依頼を受け入れてくれるかどうかだ。
それによって、世界の命運は決まるのだから。
「──────らっしゃい。好きなもん見ていきな」
「──────危なくない掃除道具は置いてあるか」
「どんなものをお望みだい?」
「孤独な奴に似合うものだ」
「お前さんは孤独なのかい?」
「でなければ死んでいる」
「……また会えるとは思わなかったよ、ジェーン・ドゥ。光栄だ」
「あぁ、ありがとう」
ジェーン・ドゥ改め、ジェーンが全身を包むフード付きの黒いローブを纏ったまま、
対応が悪いと言われても仕方ないが、ジェーンは気にすることなく
短いやりとりだけを終わらせて開いた壁の中に入ると、入口のドアが閉まって動き出す。エレベーターにって下に続いていた。少し待ち、音が鳴って目的地に着いたことを報せるとドアが開く。ジェーンがエレベーターから出ると、中には3人の薄汚れたタンクトップを身に着けながらそれぞれの作業台で作業をしていた男達が顔を上げた。そしてジェーンのことを見ると手を止め、瞠目したのだ。
「まさかあんた……ジェーン・ドゥ……?ジェーン・ドゥかっ!?」
「生きてたのか!?は、ははっ……こりゃすげぇ!最近で一番の驚きだぜ!」
「すげー……すげぇよ!また会えるとは思わなかった!光栄だよ生ける伝説!」
「ありがとう。弾と爆弾を買いに来た。それと換金を」
「おいおいおい。おいおいおいおいおいおいっ!?換金!?ジェーン・ドゥが換金っ!?ってこたァ……」
「先日攻略したフィールドの管理者から落ちたマテリアだ。頼む」
「かーっ!やっぱりあんたは最高だよ!こんな作業してる場合じゃねーな!」
先程までのやっていた作業を止めて、ジェーン・ドゥのところまでやってくる、頭にバンダナを巻いて頬を油で汚している男。彼にジェーンが懐から取り出した、フィールドから持ち帰ってきた管理者のマテリアを渡すと、天へ掲げるように持ち上げて蛍光灯に透かすように眺めたあと、片目で見るルーペを使って表面を見始めた。
また別の男達には求めている爆弾の種類と弾丸を頼む。それを聞くと別の部屋に行ってガサゴソと探してくれていた。それを静かに待っていると、マテリアを見ていた男がポケットにルーペを仕舞い込み、額の汗を拭いながら戻ってきた。
「傷一つねぇ。純度も管理者なだけある。レベルは4ってところか?」
「そうだ」
「なら500でどうだ?」
「それで構わない」
「うし!いやー、最近のバッカーは仕事が雑でよ。マテリア傷だらけにして持ってきた提示する金を安いだのなんだの文句言ってきやがる。それに対してあんたは管理者の無傷なマテリア!そりゃ伝説はちげーってもんだよな」
「ボーランド、あんまジェーン・ドゥを拘束すんなよ。ほれ、弾だぜ。使える奴がいねぇもんで余ってるんだ。触るのも久しぶりだぞ」
「頼まれてた爆弾だが、ありゃ結構古いやつだな。同じのはもうなかったがより小型で爆発力が高いのがあるんだ、それでもいいか?」
「構わない。10置いていく。余りはいい」
「なんだ、もう行っちまうのか?」
「……今回は巻き込まれて管理者を相手しただけだ。今回はそれで少なくなった分の補充だ」
そう言ってジェーンは大金の入った分厚い紙袋を持って踵を返した。背中であろうと強さを物語る雰囲気に、3人は鳥肌を隠せず腕を擦りながら顔を見合わせて笑った。そんな体験は滅多にできない。
現役だった頃から懇意にしてもらっているが、それでもジェーンが現れたのは6年ぶりのことだ。きっと他の裏稼業の連中も会っていないだろう。これは仕事仲間に自慢できると肩を叩きあった。
「世話になった」
「バッカーに戻るのかい」
「……いいや。俺はもう過去の人間だ」
「……そうかい。それは残念だ。けど、オレはお前さんが戻ってきてくれるなら喜んで歓迎するよ。裏稼業だのなんだの言われているが、お前さんのお陰でどれだけ多くの命が救われたか数えるのも億劫だ。オレの娘も、お前さんに助けられた。左腕が結晶化しちまったが、命あってこそだ。今は結婚だってできた。感謝してもしきれねぇ」
「……………………。」
「もし、もしだ。もし少しでもその気持ちがあるなら、戻ってきてくれ。オレ達が全力で支援する」
「……俺は……
「……こちらこそ、ありがとう。待ってるよ。オレ達はいつでも、いつまでも。ジェーン・ドゥ」
温かい言葉だった。声色も、込められた想いも。だが、だからこそ応えられないと思った。何もかもが嫌になった。どうでもいいと思ってしまった。それの果てが今だった。バッカーなんてやるもんじゃない。レイダーもだ。人のため世のため。英雄だヒーローだと言われているが、最前線の死地に喜んで突撃しているだけで危険以外の何ものでもない。
残りの人生はゆっくり、何もせず、つまらなくてもいい。何も考えずに生きていきたい。そう思ってしまったから、こうして生きている。ジェーン・ドゥは死んだのだ。あのとき、あの場所で死んだのだ。伝説だのなんだのは忘れてほしいとさえ思う。
店を出て、路地裏を歩く。黒いローブがそよ風を浴びてゆらりと揺れる。何度か表に出るための道を通り過ぎる。それが数回繰り返されたとき、黒いローブはなかった。20代後半と思わしき男性が歩いていた。そして表の道に出て何食わぬ顔で帰路につく。
誰とも話すことなく時には人混みの中を縫って歩き、閉店している店の前まで来た。そこは本屋だった。大きくも小さくもない本屋で、男はジェーン・ドゥ。本屋の店長でもある人物だった。まだ閉店さたままにするには時間がある。ジェーンはポケットから鍵を取り出すと鍵穴に入れ、施錠を解除した。
「──────閉まっちゃいましたか?」
「……?」
「本屋さんの方ですよね。参考書買おうと思ってたんですけど、閉まっちゃったならやめときます」
「……いや、用事があって少しの間閉店していただけです。今から再開するので、よろしければどうぞ」
「ありがとうございます」
背後から声をかけられた。ジェーンは最初自分ではないと思っていたが、閉まってしまったかという問いかけで状況的に店を閉めているようにも見える自分のことだと悟ると振り返った。そこには制服に身を包んだ女子高生が立っていた。どこか気怠そうに見える雰囲気を持つ少女に扉を開けて入るよう促す。
どうも。そう言いながらスッと店内に入っていく女子高生に続いて中に入り、閉店となっていた看板を開店中にしておく。電気をつけてレジカウンターの後ろへ行って椅子に座る。懐に入っている大金を違うところに置きたかったが、取り敢えず今は客がいるのでその対応をしてからだ。
「あのー。参考書が置いてあるのってどこですか」
「そっちの本棚です」
「あー、どうも」
客と店員の会話なんてこんなものだ。別に不思議でもなんでもない。所詮は他人。それも一般人だ。ふとそこでジェーンは思い返した。そういえば、先程声をかけられたとき、気配を察知できなかった。誰か後ろに立っていればすぐにわかるのだが声をかけられるまで気がつかなかった。
レジカウンターに座っているところから、偶然見える位置に件の女子高生が立っている。気づかれないように一瞬だけ見ると、とても姿勢がいい。重心のズレがない。まるで訓練されたような体幹に目を細める。女子高生という歳ではほぼありえない姿勢の良さだった。
明らかな強者の雰囲気。何者なのかと思ったが、ゆるく首を振る。気にしても仕方ない。自身を狙っているならもう本体に入っているはず。なのに何のアクションも起こさないということは、狙いは違うのだろう。
「これお願いします」
「1300ジェイルです」
「んー。品揃えいいんですね。助かりました」
「ご満足いただけたようで良かったです」
「漫画本まで置いてあるし、友達が欲しがってたやつもあったんでまた来ます。何時までやってますか」
「朝10時から夜の7時までです」
「わかりましたー」
女子高生は袋に入れてもらった参考書を受け取ると、どうもとだけ言ってさっさと店を出た。次来る時は友人を連れて来ると言っていたので、近々来るのだろう。それでも店員とお客という関係性は変わらない。所詮はそれだけだ。
ジェーンは女子高生が帰って誰もいなくなった店内を見渡しながら深呼吸した。本の香りがする。落ち着く香りだ。自分以外が存在しないから寂れているが、ジェーンからしてみれば静かと評すだろう。
こんな日常を送っていれば、いつかは勝手に老いて死ぬ。やることは何も変わらない。本屋を続けて、ただ生きていく。バッカーは昔の話だ。今はただの普通の本屋の店長だ。
さて、と呟き立ち上がる。手には大金が入った分厚い紙袋。人が来る様子がないのでこれだけでも片づけてしまおうと、2階の居住スペースに向かった。
「──────ホントだ!あったー!」
「これそんなに面白いの?」
「面白いよ!面白すぎて他の本屋だと売り切れちゃって買えなかったんだから!ありがとうグレイぃ、こんないい本屋さん教えてくれてぇ!」
「暑い……アタシも参考書買いに寄ったらたまたま見つけただけだから」
「とか言って最近本屋によく立ち寄ってたらしいじゃん?なーに探してたのかなぁ?んふふ」
「ぐ、グレイぃぃっ。もうだいちゅき結婚して♡」
「やだ」
「秒でフラレた!?」
ジェーンは楽しそうにやり取りをしている女子高生4人を静かに見守っていた。数日前に参考書を買いに来ていた女子高生……グレイズが友人をつれてやって来たのだ。目当ての本があったことに目を輝かせていて、密かにそれを探してくれていたグレイズに感激して抱きついている。
周りの2人の女子高生はやれやれとジェスチャーしながら微笑ましそうに笑っている。人気の本屋に行くと、売れている本はすぐに買われてしまう。しかしジェーンがやっている本屋は客足が少ないので残っていたのだ。
「店長のお兄さんありがとうございます!これずっと欲しかったんです!」
「それは何よりです。定期的に買われるのでしたらポイントカードがオススメですが、作りますか?」
「はい!新刊が出るたびに買いに来ます!」
「ではこちらに必要事項を書いてください」
「はーい!」
グレイズの友達の中で一番元気があり余っているのが赤髪の女の子である。好きでハマっている漫画が置いてあり、他の人があまり来ないため買うのにうってつけの店ということでポイントカードを作るとのこと。ジェーンは用紙とペンを渡して必要事項を書いてもらった。
すると、後ろで見ていた他2人もやれやれと言いたげに背負っていたスクールバッグを下ろしたのを見て察し、ジェーンはあと2枚申請用紙を取り出した。赤髪の女の子の隣に置くと、それを見て不思議そうにし、隣にやって来た青髪と緑髪の子達を見た。
「あんたが来るなら結果的にわたし達も来ることになるからね。良いのありそうだし、ついでに作るよ」
「あたしもー」
「ホント!?えへへ。また寄り道ルートが開拓されたね!」
「ほんと寄り道好きだなコイツ……ほら、グレイも一緒に作ろうよ」
「ほーらグレイおいでー?怖くない怖くない……」
「いや、アタシは……」
「グレイも作ってくれるの!?」
「……あーもう。わかったから」
やったー!と言いながら気分も上がり鼻歌を歌いながら必要事項を記入していく赤髪の子に、溜め息を吐きながらジェーンから髪とペンを受け取って書いていく。住所や名前。学生かどうかなど。ちなみに、学生だと学生割引がつくので更にお得になる。意外としっかりしている本屋である。
4人それぞれが書き終わったので記入漏れがないか確認する。赤髪の子は
特に記入漏れ等はないのでポイントカードを作り始める。機械はレジカウンターに備えてあるのですぐに作り終わる。必要な情報を入れたら登録は終わりで、それぞれにカードを手渡した。
「ありがとうございます!」
「学生割引とか、女子高生サマサマだね」
「ねー。ここ、結構イイかも。また来ようよ」
「さんせー!グレイもねっ」
「はいはい。それよりテストはいいわけ?今週でしょ」
「……………………ひにゃーーーーーーっ!?忘れてた!?」
「はぁ……」
「神様仏様グレイ様ぁ。お助けをぉ……」
「……甘いもの奢ってくれるなら、考える」
「うっし!順位は常に10番以内で運動も運動部に勝っちゃうくらいの文武両道グレイが味方なら怖いものなし!」
「「じゃあわたし達も」」
「……もう。前からちゃんと勉強しときなって……」
3人が拝み倒してグレイズに勉強を教えてもらう約束を取り付ける場面を、目の前で見ていたジェーンは仲が良い子達だなと思いながら静かに邪魔をしないよう眺めていた。それを何となく察してか、グレイズが小さく頭を下げるので、気にしなくていいという意味を込めて軽く手を振っておいた。
4人はこれから勉強をしなくてはならないので、今日はこのくらいにして帰ることになった。目的の本は買えたので満足していたので、帰ろうかという話はすぐに賛成されていた。ジェーンはレジカウンターから見送り、またどうぞとだけ声をかけた。
帰り道。グレイズ達は話をしながら歩いていた。本があってよかったね、あの本屋には他にも色々漫画本が置いてあったから、面白いのがないか探してみようかなどの会話だ。ふとそこで、店長であるジェーンの話になった。
「そういえばさ、店長さん結構カッコよくなかった!?」
「えー。でもイケメンって感じじゃなくない?」
「そう、なんていうんだろう……えっと、こう、静かな感じの……」
「寡黙?」
「そう!それ!カモクでスッとしてるけど、話してくれると喋りやすいし、顔もそれなりにいい感じだよね!?」
「まあ確かに。体も結構筋肉質っぽかったよね。なにかスポーツやってるのかもね」
「グレイは?店長さんかっこいいって思った?」
「別に。どうでもいい」
「ほらー。いつものやつじゃん。美人なのにそんな感じだから男子たち告白できないみたいよ?もっとダウナーみたいじゃなくて明るくいけばもっとモテモテなのに!」
「めんどくさいからパス」
「もー!……グレイにも好きな人ができるといいね!わたし応援しちゃう!というか、グレイが乙女なところ見たい!」
「アタシに好きな人とか……」
そういう恋人とか、甘い雰囲気のものは求めていない。甘い食べ物なら食べなくもないが、人間関係が絡み合ってくると辟易としてしまう。多くに押し寄せられると放っておいてくれとさえ思ってしまう。だから、きっと好きな人もできないまま終わるのだ。
『──────振り返るな。生きてここから帰してやる。その代わり、俺達のことは忘れるんだ』
「……そんな人。作れないし」
「ん?グレイ、なにか言った?」
「……別になにも。翼が赤点取るかもって考えてただけ」
「ひどい!」
忘れろ。そう言われた。だが忘れられなかった。グレイズは過去を思い出しながら右手の手の平に視線を落とす。まるで温かさを肌が覚えているように熱く感じる。それを掴むように握り込む。
仮面少女としての裏の顔を持っているものの、いつまでも数は少なくてもこうした友達とくだらない会話をしながら過ごしていけたら十分幸せだ。続いてほしいとさえ思う。だが現実はそうもいかない。フィールドは、発生する時間と場所を選ばない。訪れる絶望も、人を選ばないのだから。
「──────店長さーん!テスト終わったので来ましたー!」
「いらっしゃいませ」
「へへ、旦那ぁ。物色させてもらいますぜ……ぐへへ」
「ごゆっくりどうぞ」
「すげー。翼の謎テンションにビクともしない」
「あの店長……できるっ!」
「アンタ達なにやってんの……」
テスト期間とテストから解放され、生き生きとした様子でやって来た女子高生を迎え入れたジェーン。あれから数日も経っていて、ジェーンは相変わらず本屋の店長として仕事をしていた。代わり映えのない生活である。
対してグレイズ達は勉強会を開いてテストに向けて対策をしていた。運動もできて頭もいいグレイズに先生をしてもらい3人が教わるという勉強会ならぬ家庭教師だったのだが、テスト後赤点は絶対回避しているという言葉を聞けただけでまあいいかと思ったそう。
今日は漫画本や女子高生が見るような雑誌を探してジェーンの本屋を訪れたのだ。ジェーンは店員として迎えるだけなので何も変わらない。グレイズも今回の寄り道もいつも通りで終わると考えていた。
スカートのポケットに入っている端末に着信が入る。
『──────グレイ!今どこにいるのっ!?』
「うるさ……どこって、学校の帰りで寄り道してるけど」
『場所は!?』
「えーと、〇〇ビルが見えるくらいの場所」
『……っ!!今すぐそこから離れてっ!近くでレベル8近くのフィールドが──────』
レベル8。1から10まであるレベルの中で高レベル間違いなしのもの。過去には9が出現したが、その時に巻き込まれた者たちの死傷者数は今でも歴史に深く爪痕を残している。それに追随する高いレベルのもの。この近くで発生するという、社長の焦った声色に周囲を巡らせ……視線の先でフィールドが発生し、周囲を巻き込んでいくのが見えた。
走って避けられる速度ではない。発生したのは自身が居る場所から目測150メートル。絶対に巻き込まれる距離。グレイズはハッとした表情で本屋に視線を送った。そこには雑誌を3人で見て笑い、楽しんでいる友達の姿が見えた。
「みんなっ!」
「え、なになに!?」
「どうしたのグレイ?」
「そんなに慌てて珍しっ」
「絶対手を離さないで!何があっても離れたらダメだから!」
「えっ、えっ!?うそ……」
「なんで……?フィールド観測の放送なんて……っ!」
「あっ、やだやだっ!グレイっ……っ!」
普段ダルそうな雰囲気と表情で、焦ることなんてないグレイズが本気の走りで近づいてくるのを見てなんだか嫌な予感を感じ取った3人。その後、本屋の壁を貫通してフィールドの壁が押し寄せてきたことを皮切りに泣きそうな表情になった。
本来ならフィールドが発生する時間と場所を大まかだが観測することができる装置で予想が立てられ、その場所から避難するように放送が入るのだが、今回はそれがなかった。完全な不測の事態。3人は抱きしめてきたグレイズにしがみつくようにしながら固く目を瞑った。
「…………はあ。厄日ではなく、厄年だな」
抱き合うグレイズ達が先にフィールドに呑み込まれていくのを眺めながら、ジェーンはレジカウンターの机の裏側に隠している武器を手に取った。合わせて弾薬なども手にしていて、慌てた様子もなく粛々と押し寄せるフィールドに身を任せたのだった。
「──────マリ!リン!グレイも大丈夫!?」
「わ、わたしは大丈夫」
「わたしも……」
「……最悪。こんなときにフィールドなんて」
抱きしめあってフィールドに呑み込まれたからか、グレイズ達は揃って同じ場所に跳ばされることができた。4人揃っていて、それぞれが不安を抱え、それを補うように抱きしめ合いながら周囲を見渡す。
そこは街が自然に覆われてしまったと感じる場所だった。人が居なくなり、自然が猛威をふるったらこうなるだろうという光景に、3人は目を丸くしている。当然初めてのフィールド内部。テレビで経験した人達の言葉を聞いても見ないと完全には伝わらない。だが今回でよくわかった。確かに荒廃している街の風景だ。
「ねぇ、これからどうすればいいのかな……」
「そりゃ、レイダーの救助を待たないと……」
「けどさ、フィールドの中では適性がないと結晶化して最後は死んじゃうんでしょ……?」
「そ、そうだよ。それにフィールド発生してすぐにわたし達は巻き込まれたってことだよね?助けが来るまで時間かかるんじゃ……」
「それじゃあ、わたし達結晶化しちゃうってこと!?」
「イヤだ……死にたくない……死にたくないよぉ……」
「ちょっと。アンタ達落ち着きなって。慌てても仕方ないんだから、まずは安全な場所に移動するよ」
グレイズは努めて冷静に対処するために3人をまず安全と思われる場所に連れて行くことにした。内心では武器がないことに歯噛みしている。装備が殆どない。これではレベル8の管理者は倒せるとは思えない。それに、雑兵のホロウも怪しいかもしれない。
加えて、1人で活動する仮面少女のときとは違い、今は友人3人が居る。庇いながらの戦闘は得意ではないし不利だ。さらに加えるなら、フィールドに適性がないと時間が経てば経つほど死に追い詰められていく。結晶化した箇所によっては一生歩けないなんてこともある。
「早くどうにかしないと……社長は気づいてるだろうから救援はすぐに来るだろうけど空間移動装置が何処に繋がるか分からないし安心できない……」
「──────こっちだ。君たちもこっちの建物に入るといい」
「……店長さん」
焦ってもいいことはない。それを頭の中で何度も繰り返しながらこれからのことについて考えているグレイズに声がかけられる。そちらの方に目を向けると、そこには外壁に植物のツル等が張り付いている、建物の入口に立っていた店長……ジェーンの姿だった。