喜多ちゃんに嫌われてしまった、と凹むぼっちの話

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どうやら私は、喜多ちゃんに嫌われちゃったみたいです……

 放課後のスタジオ練習中、リョウは様子のおかしいひとりを観察していた。

 いや、ひとりの様子は一般的な人類と比べると基本的におかしいのだが、そうではない。普段のひとりとは様子が違う、という意味だ。

 今日は結束バンドのスタジオ練習日。放課後に集まって練習をしている最中である。

 では本日のひとりの様子はというと──

『目に隈がある』

 これは通学時間が長く、必然的に早起きせざるを得ないひとりにはよくある事だ。

『時折溜息を吐く』

 これも度々自己嫌悪に陥るひとりにはよく見られる。だが普段よりも回数が多めに感じる。

『郁代をちらちらと盗み見たり、じっと見つめたりする』

 これはもう普段から頻繁である。寧ろしないことの方が珍しいまでだ。

 しかしここ。ここがいつもと違うのだ。

 普段のひとりは基本的に郁代をチラ見したりぽけ~っと見つめたりしてもあまり表情は変わらない。恐らく無意識の行動だからであろう。

 たまに表情に変化があったとしても口角が少し上がる等と浮かべるのは幸せそうな表情である。

 ところが今日のひとりは郁代を見た後、何故か自身の手を見つめてからとても悲痛な面持ちになり肩を落とす、というのを繰り返していた。

 確実に郁代と何かがあったのだろう。郁代の方は普段と様子が変わらないので、大方ひとりが盛大な勘違いをしているに違いない。

 そう結論付けたリョウは虹夏が休憩を告げた直後、がっしりとひとりの肩を抱き普段の無表情のまま、

 

「Heyぼっち、連れション行こうZE☆」

 

 バチッ! とウインクもサービス。

「えっ? あっはい」

 ひとりは突然の身体的接触に一瞬身を竦ませた後、困惑しつつも頷く。

 今度は何に影響受けたんだ? と呆れる虹夏と、ウインクと肩組を羨む郁代に見送られ、2人は部屋を出る。

 郁代ならともかく、女子あるあるの連立ってお手洗いへ赴く行為とは無縁そうなリョウである。もしかしてトイレへ行くというのは方便だろうか?

(それならまたお金貸して欲しい、とかかな?)

 なんだかんだ貸したお金は返ってきている為、今はリョウからの借金は無い。……主に伊地知姉妹の尽力のお陰で。

 ひとりが疑いつつも素直にリョウの後ろを歩いていると、目的地のはずであるトイレが見えた。

 が、リョウはトイレを素通りし、出入口の階段を上り始める。

(やっぱり借金のお願いっぽいな)

 ひとりはそっと財布の中身を確認。少しの小銭と1000円札が2枚のみ。

 足りるだろうか? ひとりが財布を覗き込んでいると、リョウに階段の上から呼びかけられる。

「ぼっち?」

「あっいっ今行きます!」

 

 

***

 

 

 ひとりはリョウに付いて行くままスターリーを出る。店から出て数メートル程先の小道に入ると、リョウがくるりと振り向いた。ひとりは用意していた財布を取り出す。

「あっ今2000円しかないんですけど、足りますか?」

「郁代と何かあったの?」

 言葉が被った為、互いに相手が何を言ったのか理解するべく束の間静寂が支配する。

 あれ? 借金の申し込みじゃない? ひとりが固まっていると、リョウが手を伸ばしてきた。

「よくわからないけど足りる足りる。ありがとう」

「あっいや、かっ勘違いでした! すっすみません!」

 ひとりが慌てて財布を引っ込めると、リョウは残念そうに手を下ろしてから言い直す。

「それでぼっち、郁代と何かあった?」

「えっ?」

 ぎくり。心当たりがあったのか、ひとりの動きがピタリと止まる。

「喧嘩とかではないんだろうけど、郁代関連でぼっちにとっては何かあったんじゃない?」

 どうせ勘違いだろうけど。リョウは心の中で付け足す。

「アトランティス大陸よりも大きな器を持つ、この山田リョウ先輩に話してごらん」

「リョウさん……!」

 ひとりの目には金銭を無心する時のような情けない姿ではなく、頼もしい先輩のドヤ顔が映っていた。

「疑ってすみませんでした……」

「え、何の話?」

「あっいえ、なんでも! えっと、それで喜多ちゃんとのことなんですけど……」

 ひとりは今日一番の悲し気な表情で、

「どうやら私は、喜多ちゃんに嫌われちゃったみたいです……」

 ははっ、と乾いた笑いと共に溢す。

 今まで2人の関係を近くで見てきたリョウは絶対にそんなことは無いと断言できるが、ひとまず理由を聞いてみることにする。

「ぼっちはどうしてそう思ったの?」

「じっ実は最近、喜多ちゃんが手を繋いでくれないんです」

「ん?」

「やっやっぱり私の手汗が酷すぎるせいで嫌われちゃったんですかね……? 一応繋ぐ前に手をジャージで擦りまくってから繋いでいるんですが、喜多ちゃんと手を繋いでいると何故か動悸が激しくなって火照ってきちゃうんです」

「んん?」

「もう汗腺を除去するか体中の水分を飛ばすしか方法が……!」

「ぼっち待ってステイ。いったん情報を整理させて」

 自身の右手を見る目が据わり始めたひとりに、リョウは手を前に出しストップをかける。

「まずぼっちは日頃から郁代と手を繋いでいた、と」

「あっはい」

「それで手を繋ぐ度にぼっちはドキドキしちゃう、と。因みに郁代の反応は?」

「えっと、普段通り楽しそうでした。あっでも2週間前に手を擦り過ぎて発火した時は凄く怒ってました」

「……発火?」

「まっ摩擦でジャージが燃えちゃって……。でも喜多ちゃんの指示で直ぐに脱いで消火したので事無きを得ました。それ以来ジャージで手を拭くのを禁止されてしまったので、手汗がより酷いことに……」

 しょんぼりとするひとり。

 予想外の面白ヤバエピソードが飛び出してきた為、詳しく話を聞きたい気持ちが顔を出すがリョウはなんとか我慢し本筋へと戻す。

「つまりぼっちは、郁代が手を繋いでくれなくなったから嫌われてしまったのではないか、と思っているんだね」

「あっはい……」

「郁代が手を繋いでくれなくなったのは最近って言ってたけど、具体的にはいつ頃から?」

「えっと先週ですかね」

「ふむ」

 ジャージ発火事件が2週間前。およそ1週間のずれがある。

 ひとりが言うように手汗が原因では無いのではないか? というかそもそも……

「手を繋いでくれなくなったって言うのは、ぼっちが誘ったけど断られたってこと?」

「いっいえ、いつも喜多ちゃんから繋いでくれるんですけど、先週から全然繋いでくれなくなって」

「あぁ、やっぱり」

「?」

「ぼっち、郁代に嫌われてるって言うのはぼっちの勘違いだよ」

「あっ、だったら良いんですけどね……」

 ひとりは自嘲気味に笑う。

「信じられないなら、ぼっちは郁代に嫌われていないって証明して見せようじゃないか」

 リョウは高らかに宣言すると、ひとりの手を取り颯爽とスタジオへと来た道を戻りだした。

 

 

***

 

 

「この間、リョウ先輩に一番好きなカレーは何ですか? って聞いたら、『虹夏の作ったカレー、略してにじかれー。やっぱりお袋の味が一番だよ』って言ってたんですよ」

「知らぬ間に変な略称が付いてる」

「つまり伊地知先輩がリョウ先輩のお母さんって事は、リョウ先輩の娘である私にとってはおばあちゃんって事ですよね?」

「リョウにお袋扱いされてるのは百歩譲ったとしても、流石に10代でおばあちゃん扱いは嫌だよ!」

「それでですね、ひとりちゃんだけ血縁じゃないのは可哀そうなので、伊地知先輩はひとりちゃんの娘って事でよろしくお願いします!」

「ぼっちちゃんも突然年上の娘が出来たら困るんじゃないかな……」

 虹夏と郁代が和やか(?)に談笑しているスタジオに、ひとりを連れてリョウが戻ってきた。そのまま真っすぐに郁代へと迫っていく。

「リョウ先輩たち、おかえりなさい! ってどうしました?」

「郁代、腕相撲大会しよう。ぼっちと戦って勝った方とチェキ撮ってあげる」

「えっ!?」

「えっ先輩とチェキ!?」

 かなり強引な確かめ方に青ざめるひとり。対照的に郁代は目を輝かせるが、何かを思い出したようにハッとすると、

「あっすみません。えっと……筋肉痛! 筋肉痛だったのでやっぱり腕相撲はやめておきますね」

 あ、あはは~。目を逸らしながらひきつった笑いで断る郁代。それを見たリョウは、

「……そっか」

 あっさりと引き下がり、そのままひとりを壁際まで連れて行った。ぼそりと呟く。

「うーん、おかしい。絶対ぼっちの気のせいで、偶々最近手を繋いでいなかっただけだと思ったのに」

「あっへへ、そうだったら良かったんですけどね。手汗でびしょびしょの手なんて普通は握りたくないですから……。仕方ないですよ……。ぐすん」

 涙ぐみだしたひとりを見て、リョウは少し慌てたように早口で捲し立てる。

「いや待てぼっち。まだ本当に筋肉痛の可能性も微粒子レベルで存在する! という訳で、次は作戦Hを実行しよう」

「まっまだ何かするんですか?」

 怖気づくひとりを気にも留めずに、リョウはもう一度郁代へ近づくと今度は俄かに両腕を上げた。

「郁代、へい。 はいたーっち」

「えっ!? は、ハイターッチ?」

 気の抜けた掛け声と共に突如始まったハイタッチに、郁代は困惑しつつも応じる。

 次にリョウは、先程から『また何かアホなことしてるな~』と水分補給をしながら見守っていた虹夏の腕を取り、強制的に郁代へと腕を上げさせる。

「えっなに!?」

「お次は虹夏とはいたーっち」

「ハイターッチ!」

 流石適応力の高い陽キャ。2回目ともなるとノリノリである。

 リョウは『なんだコイツ』と冷ややかな視線を送ってくる虹夏を解放し、ひとりの腕を取った。

「うぇ!?」

「最後はぼっちとはいたーっち」

「ハイターッ……!」

 

 ピタリ。

 

 郁代の勢いが止まる。

 笑顔で腕を上げ、冷や汗を流しだす。

 互いに両腕を掲げ、無言で向き合いながら段々と顔色を悪くし出す郁代とひとり。

 この空気に耐えられなくなったのか、リョウはひとりの両腕をそっと下ろし、

「ごめんぼっち、ぼっちが正しかったみたい」

「あぅ……」

 遂にひとりはぽろぽろと涙を溢し出した。

「ひとりちゃん!? ちっ違うの、これには理由が……!」

 泣き出したひとりに狼狽える郁代。

 大本の原因は郁代だが、この場のきっかけを作ってしまった自覚はあるのか、リョウは気まずそうにしている。

 虹夏には郁代がハイタッチ中に固まった理由も、ひとりが泣き出した理由も良くわからなかった。

 だが、幼馴染が『やっべ』という表情をしている事だけは理解できたので、深くため息を吐いてから、

「リョウ、説明」

「はい」

 リョウに一から話を聞くのであった。

 

 

***

 

 

「手を繋いでくれなくなったから喜多ちゃんがぼっちちゃんの事を嫌ってる? あはは、ないでしょそれは~。……って私も思ってたんだけど、さっきハイタッチ拒否ってたね」

 目線で説明を求められた郁代は、必死で弁明を始める。

「いや別にひとりちゃんを嫌ってなんていませんよ! ただ、その……」

 普段はっきりと喋る郁代にしては珍しく言葉を詰まらせながら言い辛そうに、

「ひとりちゃんの手に触れようとすると、こないだの出来事を思い出しちゃって……」

 伏し目がちにそう溢した。

「こないだ?」

 虹夏の問いに意を決した郁代はぎゅっと目を瞑り、叫ぶ。

 

「ひとりちゃん、ゴキブリを素手で捕まえたんです!」

 

 郁代に集まっていた視線が一斉にひとりへと向けられた。

「あっえっと、先週教室にゴキブリが出た時の事、ですか?」

「そうよ、教室が阿鼻叫喚の地獄絵図になった、あの大事件よ!」

 そういえば。

 思い返せば、手を繋いで貰えなくなったのはゴキブリが出た日以降のような……。

 ひとりが記憶を手繰り寄せていると、虹夏が信じられないものを見る目で、

「え、ぼっちちゃんマジ?」

「あっはい」

 ひとりが肯定すると虹夏は顔を引きつらせた。心なしか先程より距離があるように見える。あれ? 引かれてる?

 慌ててひとりは情報を捕捉する。

「あっでっでも、捕まえたって言ってもペットにしたとかではなくて、皆苦手みたいだったから外に逃がしてあげただけです!」

 誇らしげにひとりは言うが、ペットにしているよりはマシだが素手でゴキブリを触ったことには変わりない。

「へ、へー。偉いねぼっちちゃん……」

 すすす。

 虹夏はそっと後退しだす。

 すると不意に、リョウはひとりの腕を取るとぐいっと虹夏へ近付た。

「うえ~い」

「ひぃっ!」

 全力回避。思わず飛び退いてしまった虹夏は、ひとりがこの世の終わりの様な顔をしていることに気が付き、リョウの頭を引っぱたいてからすかさず謝る。

「ぼっちちゃんごめん!」

「あっ、へへ。きっ気にしないでください。そうですよね。日陰者と嫌われ者のゴキブリの組み合わせだなんて、避けられて当然ですよ……」

 涙を流しながらひとりは語る。

 ひとりを傷つけてしまった郁代と虹夏は、なんとかひとりを泣き止ませたいがひとりの手に触れる覚悟が持てず、おろおろとしていると、

「2人は薄情だね。ゴキブリを素手で触るくらいなんだ」

 ひょい。

 なんてこともないように、リョウはひとりの手を取った。

「ぐすっ、リョウさん……!」

 思わぬ救いの手に、ひとりは涙と鼻水でびしょびしょの顔を上げる。

「というか、触ったの先週でしょ? とっくに手も洗っただろうしお風呂にも入ってるよね?」

「あっはい、勿論」

「ならいいじゃん」

 リョウは2人に、ひとりの手を取るように促す。

 が、

「いやそれはわかってるんだけどさ……」

「ひとりちゃんの手は綺麗だって、頭では理解しているんです。でも、ひとりちゃんがゴキブリを掴んだ事実が頭から離れないんです……!」

 郁代と虹夏は変わらず、ひとりの手に怯えたままだ。

「あっなら両手を切り落としたらまた仲良くしてくれますか……?」

「やめてぼっちちゃん!」

「そんなことしなくても私達仲良しよ! ただ、ちょっと心の整理をする時間が欲しいだけって言うか……」

 暫くリョウ以外から距離を置かれたまま過ごすしかないのだろうか。ひとりが沈んでいると、3人の会話を聞いていたリョウの脳に電流が走る。

「閃いた。2人が気が済むまで、ぼっちの手を洗えばいいんじゃない?」

 郁代と虹夏は顔を見合わせてから、それだ! という顔をした。

「確かに! 目の前でぼっちちゃんの手が綺麗になるとこを見れば安心できるかも!」

「しかも自分の手で綺麗にするなら、間違いなく安心できますよ!」

 リョウ天才! 流石です先輩! 賛辞を満足げに受け取るリョウ。

 ひとりは『手を他人に洗って貰うなんて、小さな子供みたいで少し恥ずかしいな』と思ったが、それ以上に郁代と虹夏に距離を置かれたままの方が嫌だったので甘んじて受け入れることにした。

 

 

***

 

 

「それじゃあぼっちちゃん、始めるよ~」

「綺麗にしましょうね、ひとりちゃん♪」

「よっよろしくお願いします……」

 ひとりはスターリーの洗い場で郁代と虹夏に挟まれていた。

 ジャージの袖まで2人に捲られてしまい、とても恥ずかしい。それくらい自分でするのに……。

「まずは濡らそっか」

 虹夏が水栓を捻り水を出す。そのままひとりの両手を取り、濡らしていく。

「次はハンドソープを掛けるわね」

 虹夏が水栓を閉めたタイミングで、郁代がハンドソープを直接ひとりの両手にかける。

 虹夏はひとりの左手を、郁代は右手をそれぞれ両手で包んで優しく撫でるように擦りだす。

 十分に泡立つと、虹夏は指の間を、郁代は爪先をそれぞれ丁寧に洗い出した。

 右手と左手から伝わる別々の感触にひとりは思わず身を捩る。

(う、こそばゆい!)

 そんなひとりの様子には気が付いていない2人は、呑気に談笑している。

「人の手を洗うって普通やらないから新鮮だね」

「ですね! 繋いだことはあってもこんなに触ったことはあんまり無かったです」

「そうだよね~。っていうかさ、ぼっちちゃんの手、柔らかくない? すっごいぷにぷに!」

「わかります! 指先はとっても固いのに、他の所は柔らかくて気持ちいい~!」

「うっ、あぅぅ……!」

 洗われるだけでなく揉みしだかれ始め、顔を赤くし目を回しつつもなすが儘にされているひとりの様子を、リョウは椅子に座って眺めていた。

「良かった、解決しそう」

 地味に責任を感じていたので本当に良かった。リョウは安堵から息をつく。

 すると、

「おいリョウ」

 いつの間にか背後に立って居た星歌に声を掛けられる。

「うわびっくりした。なんですか店長?」

「いや、その……」

 何故かもじもじと、顔を赤く染め、目線を外しながら、

「私も混ぜて欲しいんだけど……」

 ひとりの手を洗う虹夏と郁代を指差した。




何故かpixivのデイリーランキング入りを果たした作品。
そのお陰か、かつてない程伸びている。やったぜ。

おてて洗おうのコーナーは完全に趣味です。
本当は5000字位じっくり丁寧に書きたかったのだが、描写力が足りず断念。いずれ改稿したい。

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