其の一
───カアァァァァ。カアァァァァ。
どこからか烏の鳴き声が聞こえる。それに、この固い枕。俺は柔かい物じゃないと寝れないというのに妹がいたずら心で寝てる間に取り替えたのだろう。仕方ない、お兄ちゃんとして叱ってやらなくては。
───カアァァァァ。カアァァァァ。
にしても、うるさい。この声の大きさ、まるですぐ側で烏が叫んでいるかのようだ。
───カアァァァァ。カアァァァァ。
「えろう元気どすなぁ」
あれ?俺は今、うるさい、と言ったつもりなんだけど。頭がまだ寝ていて、まともに働いていないのか。まぁ、そんなことよりも、とりあえず二度寝を決め込むことにしよう。
───カアァァァァ。カアァァァァ。
「はぁ。──それ」
ビチャ、と何かが潰れる音が聞こえた。そして、手から伝わる液体の感触。
「───あらま」
目を開けて確認してみると、俺の手は真っ赤に濡れていた。痛くはない。つまり、これは俺の血ではない。ということは。
「───あらら」
近くを見ると、そこに黒い物体があった。たぶん、それはきっと烏だったものだ。飛び散った血液はまだ暖かいため、ついさっきまで生きていた、ということになる。うん、あれ。もしかして、俺が叩き潰した?いやいや、そんなことはない。自慢じゃないが、俺の非力さはそこらへんにいる女子中学生以下だ。そんな俺が、烏なんて叩き潰せるわけがない。これはきっと夢なんだ。頬でもつねれば、覚めるに違いない。
「───いったぁ」
痛かった。しっかり痛かった。めちゃめちゃ痛かった。例えるなら、頬の皮膚が無くなったような気がするぐらい痛かった。
「これは夢やないみたいやな」
というか、さっきからこの京都弁はなんなんだ。俺はれっきとした大阪生まれ大阪育ちだぞ。京都弁なんて聞いたことすらないのに、この口は俺が言うこと全部が京都弁になる。それに、ここは一体どこなんだ。右も左も木ばっかり。山なのか、森なのか。それすら分からない。
「はぁ」
とりあえず、喉が渇いた。水を探そうにしても、ここにあるという確証があるわけでもない。うーん、どうしようか。雨が降るのを待つ、のは現実的じゃないな。小便、それは最終手段だ。今はやめておこう。
「ん?」
何かないかと辺りを見回してみると、ふと、白い何かを見つけた。おそるおそる近づいてみると、それは瓢箪のようだ。持ち上げて、振ってみる。すると、瓢箪はジャポジャポ
という音をたてた。これは、もしや。
「───ん」
瓢箪の蓋を外し、中を覗く。暗くて分からないが、確かに水のようなものが入っている。よし、勝ったな。
「ほな、いただきます」
瓢箪を倒し、中の液体を口に含む。あー、さっぱりして気持ちいい味───苦い。めちゃめちゃに苦い。何回か飲み、確信した。これは、酒だ。しかも、めちゃめちゃ度数が高いやつだ。
「ぷはぁ」
あー、最悪だ。酒に弱い俺がこんなの飲んだら、すぐに気分が悪くなる。自慢じゃないが、俺はノンアルコールビールで酔えるほど酒が弱いのだ。今のうちにどこか吐ける場所、って山ならどこで吐いても大丈夫か。
「あー」
まずい、よっれきた。どうしゅよ、どうしゅよ。あー、もうしらん。もうどうにでもにゃれー。
☆☆☆
ふと気がつくと、川にいた。どうやら、酔いに酔って徘徊している最中にたどり着いたらしい。
「───あぁ、気持ちええわぁ」
なぜか着ていた着物を脱ぎ捨て、川にダイブ。瞬間、肌に伝わってくる水の冷たさ。酒に酔った頭が冷え、思考がクリアになっていく。
さて、落ち着いたところで考えよう。一体、今何が起こっているのか。まずは昨日までの記憶を遡ってみる。
「えーっと」
俺は昨日、いつもと同じ10時に起きた後、他の家族はとっくに仕事に出掛けているため、一人で朝飯をたべた。食パンにヨーグルト。それに軽く焼いたベーコンもつけて。うん、ここまでで変なところはない。
「そのあとやなぁ」
その後は、自室に戻ってゲーム三昧。アクションゲームからノベルゲームまで、俺がひきこもりながらも株やらFXやらで稼いだ大切な子達をプレイした。んで、寝た。うん、ここまでにも変なところはない。
「うーん」
駄目だ。一切分からん。俺には確かに家で寝たという記憶がある。ならば、一体ここはどこなのか。夢遊病でも発祥したのだろうか。いや、もししたとして、ここまで辺鄙な所まで歩くものなのだろうか。
「はぁ」
───つんつん。つんつん。
「なんや」
ふと、尻に違和感を感じた。見れば、魚が俺の尻にぶつかっていた。どうやら、この魚の泳ぐ道を塞いでしまっていたようだ。
「あぁ、ほんま、かんにんな」
ごめんな、そう思って立ち上がった瞬間のこと。
「えっ」
無いことに気づいたのだ。アレが。
「…………」
何度目を擦ってみても、顔を洗っても。俺のアレの姿が見当たらない。というか、また別のモノがついている。言うなれば、そう、アワビだ。
「…………」
緊張の唾を飲み込み、アワビへと手を伸ばす。そして、指先が触れた瞬間。
「ひゃん」
ピリリとした電流が流れたかのような、快楽を感じた。
「嘘、やんな」
視界に先ほどからちらりと入り込む鮮やかな紫色に手を伸ばし、引っ張ってみる。
「いた」
間違いない。これは、おれの髪の毛だ。でも、俺は髪を紫に染めた覚えなんてない。なら、ま、まさか。
「嘘や」
そんなこと、あるはずがない。俺は男なんだ。誰がなんと言おうと、男であるはずなんだ。だって、ほら。下を見れば胸なんて。
「あ」
膨らんでいる。間違いなく、膨らんでいる。小さいが、膨らんでいる。もにゅもにゅしている。将来に期待が持てる大きさだ。
「…………」
視線を逸らした先の水面。燦々と輝く太陽の光が反射し、鏡のようになっているそこには、頭から角が生えた、魅惑的な少女が写っていた。
───どうやら、俺はいつの間にか女の子になってしまったようだ。なんでじゃぁぁぁ!