彼女達は、日々何を思いながら過ごしているのでしょうか。
深い深い海の底。
生身の人間では辿り着く事の出来ない、青く美しい深い世界。
この世界にはここにしか存在しない生物が暮らしていた。
そう、それこそ『マーメイド』と呼ばれている存在であった。マーメイド達は海の底で静かに暮らしていた。
人間とは違う、独自の文化を築いて。
薄暗く冷たい水の底には、マーメイド達の立派な城が建てられている。それは海底の岩礁に貝や真珠などの美しい装飾が施された宮殿で、人間には作り出す事のできないような形をしていた。
「はあ...」
その宮殿の中の、とある一室で一人のマーメイドがため息をついていた。
彼女はこの海底を統べる王の娘である。名を『メローディア』と言う。
上半身は、まるで人形のように整った顔、その顔を飾るプラチナブロンドの腰まで伸びた髪は、あまり光の届かない深海でも、まばゆくように輝いているようだ。
下半身はエメラルドグリーンの美しい人魚のヒレで、彼女の瞳と同じ色である。
「メローディア様、いかがなさいましたか?」
メローディアは、自分の世話役のマーメイド...ルラに声を掛けられた。ルラも美しい顔立ちをしているが、メローディアとはまた違った美しさである。ヒレの色は落ち着いたピンク色だ。
「ああ、ルラ。いいえ、何でもないの。」
そう言われるのだが、ルラは心配そうにメローディアの顔を覗き込み、彼女の手を取った。
「何かお悩みがしたら、わたくしにお話し下さい!」
メローディアは、長い付き合いのルラになら話しても良いかもしれないと口を開いた。
「実はね...地上に行きたいと思っているの。」
「地上に、でございますか?」
ルラは驚いた。マーメイドが地上に行く事など、今まで聞いた事がなかったし、それに......。
「ええ。お父様にお願いして、地上に上がる許可を頂こうと思ったのだけれど...」
と、不安そうな表情で話すメローディア。
「それはお止めになった方がよろしいかと思いますわ。メローディア様。」
ルラはメローディアの考えを却下した。
「ええ!?どうして?」
メローディアは不思議そうにルラに問いかける。
「地上の者達は非常に野蛮な者達です!我々とは姿も、考えも価値観も全く違うのです。」
ルラは、メローディアを諭すように真面目に言った。しかし、彼女は納得していない様子である。
「でも、お父様から許可は貰うわ。それに、きっと野蛮な者ばかりじゃないと思う。」
「メローディア様。あなたはこの海底を統べる王の娘...王女様なのですよ。地上の者達と関わってはいけません。」
「でも!私は地上に行ってみたいの!お願いよ。ルラ。」
メローディアはそう、ルラに懇願するのだが...。
「駄目です!それにおそらく、お父上も許可は出さないかと思いますよ。」
「もう!ルラのいじわる!!」
メローディアは頬をぷくっと膨らませて拗ねる仕草をした。その様子にルラは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「メローディア様、さては変な本でもお読みになられましたか?」
ルラにそう言い当てられ、メローディアはギクッとして顔を背けた。
「...う、だ、だって、地上の人間の王子とマーメイドのお姫様が恋に落ちるお話しだったんだもの。とても素敵だったの。」
観念したように白状していく。
この海底の世界では地上の文化などほとんど入ってこなかったのだが、最近になって少しずつ知られていくようになっていた。
メローディアは、そんな地上にとても興味があったのだ。
「メローディア様、地上の文化に憧れるという気持ちはわたくしにだって良くわかります。しかし、地上に行くという事はあまりにも危険な行為なのです。」
ルラはそのまま続ける。
「人間達にとってマーメイドは珍しい存在です。もしメローディ様の事が人間に知られてしまえば、あなたはとても危険な目に遭うでしょう。いえ、あなただけではありません。この海底に住まうマーメイド達も危険にさらされる事になるのです。」
「...!!そう、そうよね...」
ルラに諭され、メローディアは俯く。確かに彼女の言う事は正しい事この上ない。
自分自身の身勝手な行為で、この海底を危険にさらす事は出来ない。
それは確かなのだが......
「さあ、メローディア様、この話はやめる事にして、お茶にしましょう!」
ルラは明るい笑顔でお茶の準備に取り掛かって行くのだった。
「もう、ルラったら」
そんな彼女の後ろ姿を見つめ、思わず微笑む。
自分にはこんなに想ってくれている者がいる。これ以上に何を望むと言うのか。
メローディアは先程の、地上に行きたい、という考えを改める事にしたのだった。