(62話「リーヤの願い事はなーに?の巻」が前提)
「ドドン♬ 当たーりー。おめでとーございまーす」
「3つの願いをかなえてくれるんですね! そうですね!」
「は、はい」
ジュース缶から煙と共に出てきた妖精に食い気味にたずねる。
「私は缶ジュースの精のももちーでーす。私が入った缶ジュースを当てたお客様には、どんな願い事でも3つまでかなえてさしあげます」
知っている。
実際に見たのはアイスの精だったけど、その前にリーヤ君がももの缶ジュースで当てたという話も聞いていた。
僕の願い事はずっと前から決まっている。「どろしーちゃんが金髪に戻りますように」「どろしーちゃんが僕を好きになりますように」「どろしーちゃんが僕のお嫁さんになりますように」の3つだ。
願いでどろしーちゃんの気持ちを変えるのは本意ではないけど、当ててしまったなら仕方がない。
いや変えるわけではない、僕のことを好きな気持ちをちょっと増やしてもらうだけなのだ。
リーヤ君が当てたというジュースやガム、アイスをちょくちょく買っていたけど、決してこのためだけに買っていたわけではない。決して。
”どんな願いでもかなえる”、それは事実だと思えた。
でもリーヤ君がかなえてもらった例を見ても精度が低い。と言うか妖精のカン違いもあって正確に伝えないとトンでもないことになる。
「あのー、願い事はいいんですか?」
考え込んでいると声をかけられる。
「あ、はいはい!」
溶けるアイスの精じゃないにしても、時間切れなんてことになっては目も当てられない。
「どろしーちゃんをセラヴィーのお嫁さんにしてください!」
これなら間違えようがないはずだ。
「わかりました。『どろしーちゃんをセラヴィーのお嫁さんに』ですね」
缶ジュースの精はくにゃんくにゃんと妙な踊りをする。
「ももちー、『どろしーちゃんをセラヴィーのお嫁さんに』!!」
ぽんっ、と煙が出る。
缶を握ったまま慌てて家に帰る。
にゃんこハウスではどろしーちゃんがテレビを見ていた。
「お帰りなさい、セラヴィー」
「ただいま! マイスイートどろしーちゃん!」
抱きつこうとしたところを避けられて、殴られる。缶ジュースは必死で守った。
「照れなくてもいいじゃないですか。僕のお嫁さん」
「は?」
「どろしーちゃんは僕のお嫁さん、ですよね」
「なに寝ぼけたこと言ってんの」
「……………」
照れているわけじゃなく、本気で言っているらしい。
「あっ、セラヴィー?」
にゃんこハウスを出ると、缶ジュースの精に問い詰める。
「どういうことですか! 僕とどろしーちゃんは結婚したんじゃないんですか!?」
「ええ、ですから結婚してますよ」
「…………………………」
缶ジュースを握りしめて役所に向かう。
「……たしかに結婚してました」
「でしょう?」
僕とどろしーちゃんは結婚していた。
戸籍上は。
「違います! もっとこう、どろしーちゃんが僕のことを『あ・な・た』なんて呼んでくれちゃったり、お帰りのキスしてくれちゃったり……甘い夫婦生活が欲しいんです。こんな紙切れだけの結婚じゃなんていりません! なかったことにしてください!」
「わかりました、『なかったことにする』ですね」
「あ、ちょっと待っ……」
「ももちー、『なかったことにする』!!」
ぽんっ、と煙が出て、手元にある戸籍の写しからはどろしーちゃんの名前が消えていた。どんな魔法かはわからないけど、初めからなかったようになっている。
いや、気にするのはそこじゃない。
「もしかして、今のって2つめの願い事だったりしますか!?」
「はい、残る願いはあと1回です」
ヒザからくずれ落ちる。もちろんジュースはこぼさないように気を付けて。
なんてもったいないことをしてしまったんだろう。戸籍はそのままで結婚式を挙げるなりラブラブにするなり出来たはずなのに。
いや、まだ1つ残っている。これさえ間違えなければいいんだ。
「セラヴィー!!」
どろしーちゃんが息を切らして走ってきた。
「やっぱりそれ! なんかの妖精でしょう!!」
さっき帰った時に妖精を見られていたらしい。
「缶ジュースの精のももちーでーす」
ああ、自己紹介なんてしなくてもいいのに。
「犬が3つの願いをかなえてもらったやつのジュースのでしょう! こいつの願いなんてかなえないで!」
「でも当てたのはこちらの人ですし」
「なんか妙なこと願ってないでしょうね」
やばい。
いろいろと面倒なことになる前に終わらせてしまおう。
「最後の願いです、どろしーちゃんがセラヴィーを好きになりますよーに」
「ぎゃーっ!! やめてーっ!!」
「わかりました『どろしーちゃんがセラヴィーを好きになりますよーに』ですね」
くにゃんくにゃんと踊る。
「ももちー、『どろしーちゃんがセラヴィーを好きになりますよーに』!!」
ぽんっ、と音が鳴る。
「ご利用ありがとうございました。またの当たりをお待ちしております」
缶ジュースの精はあっという間に消えてしまった。
「どろしーちゃん!」
抱きつくといつものようにどつかれる。衝撃で缶ジュースは手を離れ、こぼれてしまった。
おかしい。
「……僕のこと、好きになったんじゃないですか?」
どろしーちゃんは頭をかしげ、空中を見つめる。
「別に変わらない気がするけど」
どろしーちゃんの両手を取って見つめる。
「本当に?」
「うん」
「本当の本当に? まったく?」
鼻と鼻が触れそうな距離まで近づいてたずねる。
「まったく!」
ぐいっと顔を寄せられた。
「おかしいですね。”どんな願いでもかなえる”のは事実だったのに」
「それだって、たまたま犬の願いが簡単だったからじゃない? 『火星一の大魔王使い』なんて確かめようがないし」
「そうでしょうか」
なぜか『大魔王使い』の部分には妙な説得力があった。
「私のあんたへの気持ちはまったく変わらないし、効いてないってことでしょう」
「ああそうか!」
効いているはずなのにまったく変わらない、ということでひとつの答えに至る。
「元から僕のことが好きだったんですね!」
「はあ?」
「やだなあ、それならそうと言ってくれればいいのに」
抱きしめると、じたばたと暴れて嫌がる。
「んなワケないでしょ!」
「どろしーちゃんったら、照れ屋さんなんですから」
「違ーう!!」
***
どろしーちゃんにはああ言ったけど、冷静になってもう一度考えてみる。
願いはかなえられたという前提で可能性を挙げてみると、
(その1)元から僕のことが好きなので変わらなかった。
これを一番推したい。これであって欲しい。
(その2)効いているけど表に出さないようにしている。
単純などろしーちゃんとしては可能性は低い。
(その3)“好きの種類”があって恋愛以外の”好き”だった。
……これが一番現実的な気がする。
前ほど嫌われていない気がするし、たまに家族としての愛情のようなものも感じられる。つまりは恋愛以外の”好き”をかなえてくれて、それはすでに持っていた、ということではないだろうか。
少なくとも僕に”恋愛以外の好き”という感情は持っているということは証明できた。思い出してみると、ドリスが”嫌いになる薬”を使った時にどろしーちゃんは僕を嫌いになった。つまりは僕をそれほど嫌っていなかったということに他ならない。
願い事のシミュレーションはしてきたつもりだったけど、もっと中身を詰めるべきだった。
もっと細かく具体的にお願いしなくては。
次があったら「どろしーちゃんが金髪に戻りますように」「どろしーちゃんが僕を恋愛として好きになりますように」「どろしーちゃんと結婚式を挙げられますように」にすべきだろう。
いや、また思ったようにならない可能性はあるから、真っ先に「恋愛として好き」をお願いして様子を見るというのはどうだろうか。それに僕を好きになってくれれば、金髪に戻してくれるかもしれないし結婚だって自然についてくるはずだ。
もちろん実力でどろしーちゃんに恋愛として好きになってもらうための努力は惜しまない。あくまで保険としてジュースやアイス、ガムを買い続けなくては。
僕の、僕たちのバラ色の未来をつかむために……!
ちなみに「金髪」だった時はさっさとどろしーちゃんが黒髪に戻してました。