津田と、艦娘たちの再会。そして最終決戦の前に、彼にはやらなければならないことが残されています。
Starring:霞
日本本土 紀伊半島南端より七〇海里
丹賑島艦隊の、随伴用高速艇。さっきから大淀がずっと、ヘッドセットをつけて、ぶつぶつ言ったりメモを取ったりしている。霞は腕時計を確認する。もうすぐ日没だ。
「おかしいですね」
提督の密命だとかで、内地までの進軍を全艦隊に命じておいて、ランデブーポイントに着いてみれば音沙汰無しである。あのクズ司令官、本当にいつも心配をかけてくれるのだ。
「大淀さんもそう思う?」
大淀に賛同し、瑞鶴が彼女の意図を問う。
「ええ、これは普通の無線封鎖じゃありません。呉だけ何の通信も行ってないのに、他の三大鎮守府は狂ったように電文が飛び交ってます。呉に何かあったと考えるべきでしょう」
そして彼女は、一言付け加え。
「普通軍隊は、パニックを起こすと平文の交信を始めるものですが、日本海軍の練度は流石ですね。皆暗号通信を徹底してます」
しかし今は、それが災いしている。通信を傍受してもそれは暗号。権限の問題で解読用のキーを与えられていないから、「何かある」としか言えない。
「それでどうするの? あいつの言う通り、連絡が無かったら呉に突っ込む気?」
半分八つ当たりで言ってしまったことに気付き、後悔する。しかし返答は迷いのない見敵必戦だった。
「そうですね。突っ込みましょう」
「そうね、突っ込むわ!」
このコンビ、クズ司令官から悪影響を受け過ぎである。
「ちょっと大和、何とか言ってよ!」
後ろで、海図を確認していた大和は振り返ると、迷いなく言った。
「私も突撃するべきだと思います」
そうだ、彼女も悪影響受けた勢だった。
「あんたたち、司令官が無策で敵に突っ込めって言ったらやるの?」
「いいえ、提督がそのようなことをおっしゃるわけがありません。その提督は偽物です」
「提督さんのことだから、何か裏があって察して欲しいんでしょ。まずはアイコンタクトじゃない? いつものことよ」
「そうですね。提督に監視が付いて言わされている可能性があります。まずは泊地内のカメラを確認して怪しい影が無いか調べます」
こ、こいつら……。
しかしまあ、頼もしくもあるし、彼の見えているものが見えている三人が、少し……ほんの少しだけ羨ましくもある。
「まずは索敵網を維持しつつ西進しましょう。もし呉が襲撃を受けているなら、
「新人たちの腕を見たいから、雲龍たちを前に出していい? もちろん私と大鳳とで面倒みるわ」
「了解です。本隊の防空は加賀さんと翔鶴さんにお願いしましょう」
丹賑島はもう提督を失って右往左往する組織ではない。ちゃんとそれぞれがやるべきことをやれる艦隊だと実感した。
自分も負けていられない。
「呉が襲われてるなら、大発で物資を強行輸送する場合もあるかも」
「敵前上陸になるかもよ?」
「朝潮型をなめないで」
「では長門さんたちもお呼びして、今後の作戦を……」
大淀が切り出した時、上空の彩雲が高速艇の接近を告げてきた。
「友軍のものですね。ようやく会えそうね。霞さん」
彼女は、からかうように言った。
感動の再会は存在しなかった。霞は呆然と見つめる。そこにあったのは、立ち尽くす艦娘たちと、慟哭する海防艦たち。
そして、片手を失った”みんなの提督”だった。
「殺してやる! 殺してやる!」
足柄が叫んでいる。その怒りが誰に向かっているのか。きっと彼女自身も分かっていない。
「提督! ごめんなさい! 提督!」
「また、また守れなかった……」
「死なないでくれよぉ、なあ!」
さっきまで張り切っていた自分はなんて愚かなんだろう。自分はなんて弱くて、何もできない存在なんだろう。司令官は漣の肩を借りて立ち上がり、海防艦たちを順番に抱きしめて行く。でもそんなのきっと、焼け石に水なのだ。
「……あんた。何してんのよ。……何てことしてんのよ」
気持ちが、伝えちゃいけない気持ちが。あんたのために頑張ったのよって、押し付けたくなんかないから。でも、でも止まらない。
「こんな事にならないようにって、私がどれだけ」
すすり泣いた。こんな顔見せちゃ駄目だって、分かってるのに。
彼は、悲しそうに笑った。よしてよ! そんな顔しないでよ! 叫び声が洩れそうになった時。
陣形の中央で航空爆弾が炸裂した。
「みんな! 何やってるの!?」
「あんたはっ!」
いつもの余裕も冷静さも失い、足柄が食ってかかる。しかし瑞鶴は、それを全て無視した。
「提督さんがここにいるってことは、大きな戦いがあるんだよ! 私たちが動揺して、誰か沈んでみなさいよ! 一番悲しむのは誰!?」
二人はにらみ合いになる。瑞鶴の行動は、本来足柄がやらなきゃならないことだ。だから、彼女が冷静じゃなきゃ困る。若手からベテランへの、必死の諫言だった。
「……それもそうね」
そして足柄という艦娘は、そういう想いを汲み取れない女ではない。
「提督! どんな相手でもすぐに粉砕するわ! それで世界で最高の病院に連れて行くから!」
艦娘たちの戸惑いと悲しみが、少しずつエネルギーに変わり始める。
「足柄の言うとおりだ。提督の治療もある。即座に決着をつけよう!」
長門が腕を組み、言う。
「そうだよ! 生きてさえいれば! 全力の戦いが出来る! 私、提督の手になる!」
飛龍がこぶしを握って宣言する。
「世話が焼けるテートクデース。でも今回ばかりは終わったらグーパンデス」
金剛が宣言し、皆が少しずつ「いつもの艦隊」に戻り出す。気が抜けたのか、瑞鶴がへたり込んで、翔鶴に助け起こされ、ついでに抱きしめられている。
みんなだいじょうぶ。
だから、自分も。駆逐艦霞も。戻ら、ないと。
司令官が、漣に、何か告げた。
「霞ちゃん。来て欲しいって」
なぜ自分が? 大丈夫だと示さなきゃいけないのに。弱みを見せちゃいけないのに。
「……何よ?」
ぶっきらぼうに告げる。気遣う言葉なんて出したら、自分の方が泣いてしまうから。でも司令官はそっと霞の頭を撫でて、それから右手を背中に回した。
「ごめんな。でも俺はさ、もうお前たちのものだから。全部もらってくれないか? 心も、体も」
その言葉で、身体が軽くなる。ああそうか。この人は、全部分かっていたんだ
「馬鹿、ころすわよ」
凶暴で可愛げのないことを言ってしまう。でも彼はいつものように笑っていた。
「構わないぞ。……それで困るのはお前だけどな」
「なっ! クズ司令官!」
彼の呼吸は苦しそうに乱れていたが、調子に乗った笑顔はいつも通りだった。
「大淀、時間がないのは承知してる。だけど今いる全員と言葉を交わしたい」
「ふふふ、それでこそ提督ですよ」
こうして、丹賑島艦隊は最強の提督を得た。