プロデューサーの娘になってしまった 作:だだ甘鏑木Pすこ
「なんだろ、これ……」
「あっ……」
段ボール箱の壁に寄り添うように置かれた大きめの封筒。わたしはそれを知っていた。カントクに渡したアレだ。なんでこんなとこに入ってるの?
「ルビーへ……え、これ……」
「わ、私、急用を思いついたのでこれで」
慌てて立ち上がり部屋から飛び出ようとする。けど、思ったより素早いルビーの手が私のスカートをムンズと握りしめた。
「わっ(ズルッ)」
「お、カワイイ♪」
「な、なにするんですかぁっ(///)」
ずり下げられたスカートを持ち上げて隠す。
「ピーマン柄ってあるんだね……レア物?」
「しっかり見ないで下さいっ」
ちなみにピーマン体操公式グッズじゃありません……まあ、売ってたのし●むらなので。
ともかく急いでスカートを直しているとルビーが呟くように言う。
「コレ。たぶんママが遺したものだと思うの」
「……ソウナンデスカ」
「ママの字だし。なんでここに入ってるのか……たぶんお兄ちゃんが入れたんだと思う」
カントクに『ふたりが十五歳になったら渡して』と頼んでおいたもの……おそらく接点のないルビーには手渡せなかったからアクアに任せたんだと思うけど。アクアも手渡しが出来なかったみたい。たぶん、中身を見たからだ。見せないほうがいいと判断したけど、手渡してというわたしの願いを無下に出来ず……困ってここに隠したというところか。
それはそうだろうと、私も思う。そしてルビーも、それを感じたんじゃないだろうか?
「一緒に見てほしいの」
「アッ……ソレハソノウ」
カクカクと返事に窮していると、ルビーが心細そうに語る。
「十五歳って言ってるのは、つまり大人になったらって意味だよね。子供には分からないけど、大人なら分かるってことかも」
「ソ、ソウナノカナ?」
まあ、そういう意味で合ってる。
小さい子には分からなくても、ある程度分別のつく年齢って考えたらこの位だろう。なにせ、わたしが二人を身籠った年齢でもある。同じ年齢だから分かるだろうっていうのは私自身の傲慢なのかもしれないけど、そういう願いを込めたのは間違いない。
「そして私の現国の成績は壊滅的なのです」
「アッ、ハイ」
愛を分かるか云々よりも、理解力自体が問題なのかぁ……じゃあ、仕方ないね(諦め)
・・
『じゃあね、ルビー。ちゅ♡』
画面の中のわたしがカメラに向かって投げキッスをする。うおお……サブイボが(笑)
チラリと横を見ると、『フオオオォ……』と歓喜してるルビー。内容、ちゃんと伝わってるかな? まあ、その補佐のために私が見せられてる訳だけど……
しかし。
改めて見てみると、コレは無い。
詳しい経緯は
1.妊娠したけどあの人に背負うだけの甲斐性が無いから一人で産むことにしたの。この場合の甲斐性とは経済的だけではなく、精神面での割合が多いよ。
2.あの人が憎かったわけじゃないの。けど、傍にいるとお互いのためにならないと思ったから、距離を取っておこうという選択の結果だったよ。
3.重なるけど、あの人のことは愛している……と思う。嫌いだからとかじゃなくて、彼のことを思って自ら引いたの。そうしないと、彼は色んな重みで潰れてしまうから。
4.だから、大人になった二人へお願い。まだ、わたしがあの人と和解出来てないようなら一緒に手伝ってほしいの。可哀想なあの人が、手遅れになってしまう前に。
こんな感じだ。
……ていうか。
マジ
当時のわたしが何を考えてこんなものを遺したのか。たぶん、未練なんだと思う。
愛は嘘、嘘は愛。
そんな言葉で自分を誤魔化していた
子供二人を育てる事を免罪符にして、あの人を見捨てたわたし。そんな女がなにを都合の良い事を言ってるのか。
本当に愛していたのなら、別れてはいけなかったのだ。あの人の重荷を分かち合い、一緒に連れ合うべきだったのだ。
自ら身を引いた悲劇のヒロイン気取り。それがあの時のわたしだ。前途の難しさに怯えたアイは、あの人から逃げた。それは紛れも無い事実なのだから。
二人にDVDでお願いしてるのも、自分一人じゃ怖いから子供に縋ろうとした結果だ。あの人を捨てたという負い目を一緒に被ってもらうために。なんと図々しい話だろうか。
こと、ここに至って私は漸く理解した。
『──私は星野アイが嫌い』
ここまでの嫌悪感を持つということはそうなのだろう。嘗ての自分ということも含めれば分かるだろうか。これは同族嫌悪に近い感情だ。こうはなりたくない、と思う心がそう思わせるのだ。
そう。
ああはなりたくない。
愛を嘘と嘯くことも、ただの詭弁。パパから与えられた愛は嘘じゃないもの。本当の愛を知った私から見れば、アイの愛は歪んでいる事が分かる。
愛を知りたいから肉体関係を試すとか、結果その人と別れるとか。そんなのは間違っている。
……まあ。
綺麗事だっていうのも分かる。
今の私はお腹を痛めて子を産んだ事のある女ではない。そこにある情念というものを正確に理解できているとは言い難い。
そうだよ。
その子ども自体がどう思うことのほうが重要じゃない? 私はルビーに、今のDVDの内容について感想を求めた。返答は……
「カミッてるなぁ、さすがアイ♡」
無事、重症な
「リピしよ♪」
「それは一人でどうぞ」
「ええ〜」
ぴしゃりと断ると残念そうな顔をする。一度だけでも精神擦り減らされてるんだから、二度目とか発狂しちゃう。このまま叩き割って見れないようにしたいくらいなのに。
「それで。どう思いましたか?」
つい、と真面目な顔で問い詰める。すると、彼女はんー、と考え込んだあと。
「よくわかんなかった♪」
と答えてきた。まあ、そうだろうね。完全に推しのアイドルのDVD見てるファンそのものだったもの。内容なんて頭に入ってきてないと思う。
なので、私が先ほどまとめた要約を話して聞かせてみた。
「るーちゃんはこれを聞いてどう思いましたか?」
「うん、無いね」
ばっさり。
そんな擬音が付くくらいに言うルビー。
「そもそもママは処女受胎だし」
目からハイライトが消えた顔でそんなことを言う娘……少し心配なんだけど、大丈夫? このコ。
「百歩譲ってそんな父親がいたとして。そんなのとよりを戻すなんて、私は認めない」
目の中に輝きがない……いや、黒く濁ったものが見える。ちょっと、怖い。
「子供を捨てていった親なんて、死んじゃえばいいのよ」
抑揚のない声でそう呟く。私は地雷を踏み抜いた事を自覚した。この子はルビーであって、別の子供でもある事を、忘れていた。
「親は子供を愛する。そんなことは当たり前だと思い込んでたけど、そうじゃなかった。私が苦しんでいても、今際の際でさえ、会いに来てくれなかった」
それは、前世の記憶。
彼女の中にいるもう一人の子供が、親から受けた虐待の傷痕。それが今でも彼女の心を縛り付ける。見えてないだけで、それはいつもあったのだ。
「だから私にはそんなの要らない。せんせと、ママがいれば、それでいいの」
こちらに向けてにっこりと笑うルビーの言葉。ひどくそぐわないけど、本心なのだろう。
・・
帰宅するパパの車のなかで、私はぼんやりと考える。
『思い通りにはならなかったね、アイ』
あの時の私に去来した心情は、果たして何だっただろうか。落胆? それとも納得? 少なくとも。
『あの人のことは、考えなかったな』
パパの横顔をちらりと覗く。すると、目が合った。
「考え込んでるね」
「ちょっと、ね」
さすがにこの件はパパには話せない。私はすぐに話題を変えた。
「ワンちゃんの、東京ブレイドのコスプレの件てパパ聞いてる?」
「うん、なんか上がってたね」
「それなんだけど、私も出たいなぁって」
「あー、あ~……」
パパが言い淀んでいる。やっぱり難しいのだろうか。
それはそうかも知れない。
テレビの世界に限らず、芸能界は闇が多い。今はSNSとか発達して内部告発も容易にはなったかもしれないけど、それでも闇はなくなりはしない。
そして、コスプレという分野はその辺りにかなり近い文化だ。そのSNSにだって、闇を抱えたコスプレイヤー達の内側が垂れ流されている。
もちろん、そういうのと違う楽しみ方をしている人たちも多いことは私も知ってる。でも。
私が落胆したと思ったか、パパは「なんとかしてみようか?」と答えてきた。
「いいの?」
「東京ブレイドは版権として難しいけど、それはブランディングが確立しているゆえなんだ」
「……えっと」
ブランド。それは商品の価値を担保する為のもの、というのは分かる。『東京ブレイド』という商品だと分かれば、それは原作者や出版元、それに関連する会社とかが商品を保証するということだ。悪質な海賊版とは違うということは、商売をする上で肝心な所である。
「あそこは少年誌、つまり十八歳未満の青少年を対象にした内容の漫画を扱っている。つまり、つーちゃんが懸念しているようなことは本来、あってはならないわけだ」
「あ、なるほど」
確かにそのとおりだ。
少年漫画を題材にしているならアダルティな内容は扱えない。少しエッチな内容ならあるかもだけど、それくらいは少女漫画のほうが多いくらいだ。
「だから、公式に認めて貰えるなら誰憚ることもないんだ」
「ふーん」
でも、と考え直す。
その公式に認めてもらえづらいという話ではなかったかな? 私の考えを読み取るようにパパは笑う。
「ふふ。普通はそうだろうね。でも、君は違う。『東京ブレイド2.5次元舞台』に出演して、原作者とも面識もある」
「あ、」
「ただ、逆に話は大きくなっちゃうけどね。まあ、悪いようには転ばないと思うよ」
少しだけ困ったように笑うパパ。公式が認めるとなれば、契約やらなんやらが付き纏うはず。そうなれば営業として成果を上げる必要も出てくる。何となくテレビに映る程度の覚悟では困る筈だ。
私が考え込んでいると、パパの大きな手が頭を撫でてきた。
「パパ?」
「やりたいなら僕に構うことはない。その道を整えるのが僕の仕事だからね」
……
その言葉に、私は言葉が詰まった。
『……かなわないなぁ』
あの人も。わたしも。
生まれてくる子どもたちの事より、自分のことばかり考えてた。もちろん、産んだあとはそれなりに愛情も出てきたと思う。けど、それを正しく伝えられていたかというと……どうだろうか。
信号で止まった瞬間、私はパパの腕にすがりついた。
「パパ、だいすきっ♪」
「お、おいおい」
照れ臭そうなパパだけど、構うものか。こういうのを精いっぱい伝えるのが、子どもの仕事なんたから。