そんな感じで書きなぐった作品です。
あんまりガチガチな設定は把握できていないのでそこはご容赦の程、よろしくお願いします。
それはもしもの物語。とある夜の選択で、己の願いを斬り捨てた青年。
間違えたままだって、歩くのは得意で。
だからきっと、この先もそうして生きていくのだろう。この胸の渇きに疼いたまま。
そうして一生を終えたと思っていた筈の、彼のその後の話。
仙舟羅浮のとある一角にていくつかの噂が流れていた。正確な時期こそ不明だが、それは御伽噺のようにたちまち周囲へ広がっていった。
曰く剣の鬼或いは霊が出て逃げる間もなく斬り捨てられる。
曰く歳陽に取りつかれた成れの果てが出て、魂を吸い取られる。
本来ならそのまま捨て置かれる場所に彼女はいた。
単なる噂話の一つでしかないと呼ばれていたが、そこで歩離人の群れが多数目撃されたと言う。
鏡流は、羅浮の剣首として討伐に赴いていた。討伐の筈だった。故に臨戦態勢でその場所へと向かった。
「……既に死んでいるな」
既に斬られた歩離人の死体があちこちに散らばっている。既に鏡流が頭とも呼べる存在である呼雷を斬り、仙舟の水の底へ叩き込んだ事は記憶に新しい。
ここにいた歩離人は、呼雷の奪還を進めるために潜り込んでいたのだろう。そして何物かに出くわし、斬られたのだ。
少なくとも斬った者は只者ではないと鏡流は見ていた。歩離人と立ち会うには、未だに羅浮の兵士単独では危険である。死体を見ただけでも数十人はいた痕跡があった。それをもし独りで成し遂げたと言うのであれば、まさしく実力者と認める他無い。
血に濡れた大地の中を歩きながら、奥へ向かう。
「……」
そこは薄暗く、木造の朽ちた建物が乱立していた。漂う空気は冷ややかな冷気と錯覚する程に異様である。
まるで廃墟或いは牢獄のような場所。ある程度整備された仙舟において、このような場所があるのは意外だった。
死体が散乱しているのも相まって、見ようによっては地獄とさえ思ってしまう。
「さて、一体何が出る?」
この時、鏡流は心の何処かで自由自在に己と斬り合える存在を願った。かつて見た事が無い剣を修めた者がいて欲しいと。
「……子ども?」
月に照らされて、一人の少年が浮かび上がる。黒髪に黒い瞳。仙舟人では無い。ただ穏やかのように見える雰囲気。そして腰に納めた二振りの刀。それは拾い物のようで、酷く錆びついている。
彼を見た瞬間、密航者と考えた。だが、少なくとも彼の眼は後ろめたさを持つようなモノでは無い。故にいったんは捨て置いた。
「……貴方は話が通じるようだ」
涼やかな声であった。水面に揺れる波紋のように、朝露に濡れる花弁のようにどこまでも澄んだ声音である。
息切れ一つしていない。それどころか手傷一つ負った様子すらない。
「ほう、まさかこれをお前がやったのか」
「あぁ、話が通じなかった。血の匂いもしたのでな。何かまずかっただろうか」
「いや、手間が省けた。つい先日、こやつらの頭領を叩き斬ってやったばかりだ」
「そうか」
不思議な少年だった。まるで闇夜に浮かぶ望月のように、ただそこにいるだけの存在。覇気は無く、敵意も無く。
彼は何を思いながら歩離人を斬ったのだろうと彼女は考えた。
「我の名は鏡流。仙舟、羅浮の剣首だ」
「……仙舟。聞いた事は無いが、かような場所もあるのか」
「小僧、名は」
「名は忘れた。……ただ胸には、何故か夜の景色が酷く残っている。残夜と呼んでくれ」
残夜を名乗る少年。
鏡流と彼の奇妙な縁はここから始まった。
残夜と呼ばれた少年は、羅浮にて保護された。そして剣を磨く間に青年へと育った。
彼の得物――刀と呼ばれるモノを打つべく、刀鍛冶は腕を振るう。そして彼の下へと届けられた二刀は、名刀に相応しい類のものとなった。
彼の働きは目覚ましいモノがあった。小さな戦が起きた時、彼はそれを瞬く間に鎮圧し、平定した。軍などに頼る事無く、たった一人で。
剣の腕だけで言えば、鏡流の弟子である景元を超えるだろう。ただ残念なのは仙舟人ではない事だった。人間である彼の寿命は、彼女からしてみれば余りにも短い。
景元との仲も良い。残夜は軍略の知識こそ無いが、景元の思考を瞬く間に受け入れ自分のものとして身に付けつつある。恐るべき適応力だと思った。
……ただそれ以外が分からない。それだけの力があると言うのに贅沢を望む訳でも、ましてや女を娶る事も考えない。誰も訪れるような事が無い世界の片隅で、世捨て人のように木彫りの像などを彫っているぐらいだ。
まるで死人のような生活をしている人物だった。
「……性が出るな、残夜」
「鏡流殿か」
とある朝に彼の所へ赴いてみれば、二刀を振るっていた。時折、鞘に戻しては一刀の構えも繰り出す。刺突、踏み込み、振り下ろし――剣術の基礎が成っていると鏡流は思った。
ただ構えを繰り返す。刀を振るう。そのような精密動作をひたすらに繰り返す。まるで書物を読むかのような動きで。
「……ふむ」
鏡流も暇潰しと言わんばかりに彼の動きを真似して剣を振ってみた。
思えばほとんどが実戦の剣だった。弟子である景元には素振りをさせているが、そのような十全の訓練をした事など、彼女には一度も無かった。
二刀もやろうと思えば出来る。だがまずは一刀で振るう事にした。
踏み込んでの刺突。――鏡流にとっては、かつて初歩であった頃の動きだった。
「……分からん」
「何がだ」
「お前の考えが分からない。一介の剣士にとって、剣とは型に当てはめる物だ。ただ、お前にはそれが無い」
「……理解をするためだ」
「理解?」
「あぁ、相手をどう理解するか、次はどう動くか――それが分かれば斬りやすい。俺にとっては殺すための所作、行程の過程そのもの」
「……それは、我もか」
「――分からない。だが、俺にとってそれは忘れられないモノだ。この胸に未だに焼き付いている。何かに飢えているように」
残夜は思う。いつかは分からない。どこで見たのかも覚えていない。
とある一夜の光景。そしてそれとは別のどこかで見た筈のある美しい絶技。至高の中の至高。それを自分はこの目に焼き付けたのだ。
そして渇きがある。満たされぬ渇きが、今もずっと胸の中を渦巻いている。
斬らねばならぬ、と。
「……そうか、お前は難しいな」
「かもしれないな。正直、このような生活には慣れていない」
雲騎軍の兵士、或いは剣客として日々を過ごす毎日。
どうしてか、それが残夜と言う人物にとっては酷く程遠い感覚だと思える。
「鏡流殿、俺は今から朝餉だがどうする」
「……ふむ、少し興味があるな。我も頂くとしよう」
「景元殿はどうする?」
「あやつなら二度寝している。その分たっぷり鍛錬を課すがな」
「そうか、彼らしいな」
彼の作る料理は羅浮のモノとは大きくかけ離れていた。
質素とでも言うべきだろうか。
「……これは」
「ああ、俺が覚えている数少ない物だ。口に合えばいいが」
炊き立ての白米に、汁物に香の物、魚の干物を焼いた物――少なくとも鏡流は余り目にしたことが無い。
「……では頂こう」
「ああ、そうしてくれ。貴殿の口に合えばいいが」
白米を口にする、そのまま魚を食し、汁を口にする――美味い。羅浮ではあまり馴染みのない食事ではあるが、嫌いでは無かった。
「美味いな」
「それは良かった。腕を振るった甲斐がある」
食事をしながら、鏡流は部屋を見る。
寝床と調理場しかない部屋だ。書物も何もない。後は、部屋の片隅に放置されている数多の木彫りの像。
「残夜、あの像はなんだ」
「木彫りは精神統一の一環になる。その過程で生まれたものだ。羅浮の商人がいい値で買ってくれるのでな。金銭の足しとしている」
ますます彼の事が分からなくなった。
不思議な青年だ。だが嫌いでは無い。
ならば今はそれでいいと思った。
それから数ヶ月しての事。
豊穣の忌み物。その根源とも呼べる者との死闘だった。
戦いの規模からして、雲騎軍は他の戦場へ。敵の首魁には鏡流と残夜が赴く事となった。
「……終わったか」
「……」
残されたのは核と呼べる場所。心臓部。これを斬らなければ時間を掛けて首魁は再生をし、また仙舟を襲うだろう。
残夜にとってそれは悪しき事。許されぬ事だ。民が殺されると言うのならば避けねばならぬ。
ならばどうして、心はこんなにも――。
「……?」
いや、この感覚を知っている。この選択を一度自分は経験している。
詳細に思い出すことは出来ないが、その確信があった。そしてその結果が今の――。
「ああ、そうか。そういう事だったか」
「残夜、斬れ」
「……それは出来ない」
「斬らねば仙舟は危機に晒される。その意味を分かっているのか」
「……あぁ、分かっている。だから、これは残す。残して再びこの場所に戦いを、剣士達を集わせる。
――そうして俺は、誰もかもに勝つ」
その瞳に曇りは無い。
まるで至上命令に突き動かされる機械であるかのように、鏡流を見据えている。
そして彼女は、彼の背後に紅の満月を幻視した。
「そうか、残念だ。ならば我は仙舟のためにお前を斬らねばならぬ」
剣と二刀が激突する。
最早躊躇いも迷いもない。ただ斬らねばならぬと言う意志だけがそこにあった。
刃が三度、四度衝突しては甲高い金属音を撒き散らす。それは見ようによっては二人が奏ででいる演奏とすら思えた。
“やはり、お前の剣は美しい。この手で斬りたいと思う程に”
いつになく手に力が入る。
少なくとも鏡流はこの瞬間を心の何処かで願っていたのだと悟った。
「――月光を剣とす」
「来るか……!」
鏡流の振るう刃。それは硬い氷のようで。伸縮を変えてくる。加えて振るわれる無数の斬撃。常人には見る事能わず。一介の兵士には防ぐ事叶わず。
――彼女と戦場を共にする中で、その太刀筋は幾度も見て来た。
故に対策も想定している。
「!」
「水の型」
受け流すように二刀を振るう。絶え間なく動くその様は、逆巻く大河のように。
流されているがそのどれもが鏡流にとっては本気であり必殺である。これで仕留めると言わんばかりの斬撃だった。
「!」
今度は飛ぶ斬撃。それも流れ星のように数多である。
残夜の左手に風の如く灯火が浮かび上がる。
「風の型」
そこから振るわれる攻撃は、やがて火の玉となって爆発し鏡流が振るう斬撃と相殺する。
氷と炎が激突し、土煙が辺りへ立ち込めた。その瞬撃の間に、鏡流が懐に入り込む。
「地の型」
振るわれる一刀一刀を正確に、精密機械の如く受け止める。それに寸分の互いも無い。
鏡流の動きに空隙が見えた。ほんの刹那、僅かな一瞬。
ならばこの瞬間から一気呵成に攻め立てる。
「火の型」
繊細な一刀は、荒々しい二刀へと切り替わった。
それは万物を焼き尽くす焔の如く、苛烈である。
「っ!」
あの二刀を受け続けるには余りにも分が悪い。
そう判断して、鏡流が距離を取る。
「空の型」
切り替わる。それは神速の居合。
残夜から放たれる刃は、その悉くが飛来する斬撃となって鏡流へと殺到する。
それら全てを彼女は体を逸らし針の穴を通すような動きで回避した。
「そうでなくては……!」
「あぁ、やはりお前は――!」
斬撃が交差する。
本気の殺意、一切の違えようがない刃のぶつかり合い。
瞬きの間に複数の斬撃が激突する。それはまるで嵐のように。
少なくとも、二人は昂揚していた。互いが互いに決して容易に出会えぬ相手である事を知っていて。
磨き上げられた刃が、己の命へ届こうとしている事に喜びさえ感じていた。
「この月下で――」
「秘剣――」
彼女が空へ飛ぶ。月を影が覆った。
彼が二刀を構え、突進する。
「全てを照らさん――!」
「燕返し――!」
降り轟く氷の斬撃。それを数多の斬撃が瞬時に砕く。
お互いにそれを超えてくれると信じていた。倒れてくれる筈が無いと確信していた。
彼の胸にあった渇きはもうどこにもない。ああ、真剣勝負の殺し合いとはこうも満たされる物であったか。
「!」
鏡流の剣、氷が砕かれて刀身が露わになる。
故に残夜はもう一度思考する。
彼女は氷の刃を展開して、こちらに来ると。
「そこ――!」
それは彼の中で寸分違わぬ斬撃の筈だった。
本来であれば、彼女を確実に斬る一刀だった。
「……何故」
鏡流の剣は、生身のままで。残夜の胸を貫いていた。
彼女の腕に震えは無い。
「お前が言っていた事だ」
「……」
「相手を理解すると。今までの私であれば、きっとお前の思う事と同じ事をしていた。だがお前であれば――それを理解してくるだろうと」
「……成程、それは負ける訳だ」
彼はそのまま仰向けに倒れる。
貫かれた胸から血が留めなく溢れてくる。間違いなく絶命に至る傷だ。
「……」
残夜は不思議だと思っていた。
負けた。自分は全てに勝ちたい、そう思って生きて来たと言うのに。
「あぁ、そうか」
既に自分は友を得ていたのだ。あの時からずっと、彼の剣に出会った時から。
それに気づけぬまま、魂だけが彷徨っていた。そうしてこの世界に迷い込んだ。迷い込んで彼女と出会った。
「……今際の際だ、言葉なら聞こう」
「――伊織」
あぁ、そうだ。
選択を選んだが故に、何にも満たされぬ事無くずっと彷徨い続けていた剣。身を焦がし焼き切れても、道だけは続いていたこの魂の名は。
「宮本伊織。それが、俺の本当の名前だ」
「……イオリか、悪くない」
彼は思わず苦笑してしまった。
走馬灯となって、ようやく思い出せた。かつての半生を。残り滓を寄せ集めた、かつての自分を。
たったそれだけの事にどれだけの時間を費やしたと言うのか。
「……あぁ、全く気付かないままだ」
「何がだ」
「俺は、少なくとも。友に恵まれていたのだ。今までも、そして今も」
「そうか……あぁ、私もそう思っている。友よ。安らかに眠ると良い。今日は良い月だ」
この夜が明けなければいいのにと、心の何処かで願った。
きっとこの銀河でただ一人、鏡流だけが覚えている。
残夜と言う幻想を名乗った青年――宮本伊織と言う剣士の生きた証を。