その悪役令嬢は、まだ恋を知らない

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第1話

 

 

「イグニス。貴女、殿下とのお見合い失敗したんですってね。アッハハハ!」

 

 それは昼下がり。王都に存在する貴族院の一角、図書室という静謐が好まれる場所で、沈黙をぶち破る高笑いが響き渡った。

 

 いまだ年頃とは言え、未来の紳士淑女が育つ場所。明確なマナー違反に、勉学に勤しむ者たちが非難の目を向ける。だが不思議と咎める声は上がらない。

 

 例えば、これが下級貴族の不手際であれば即座に部屋より叩き出されたのだろう。しかし吠えるのが獅子あるゆえ、賢き者たちは、そういう事もあるよねと事実から目を逸らすのだ。

 

 ああ、悲しきかな貴族社会。生まれながらの身分の差よ。

 図書室という英知の場を獣に蹂躙されて良いものか。立ち上がる勇者は居ないのか。それが居合わせた生徒たちの気持ちであり。

 

 一人の少女がパタンと読みかけの本を閉じた。己を嘲笑いに来た敵を排除しなければ落ち着いて読書は出来ないと判断したのだ。

 

 彼女の名はイグニス・エルツィオーネ。赤髪赤眼の、まるで炎が擬人化したような少女だった。そして外見だけでなく、気性までもが燃え盛る火炎の様な女で。

 

 なんという事か。獅子に立ち向かうのは、勇者ではなく竜である。

 

「おい、コルデラ。喧嘩売ってるなら表出ろや。こっちはむしゃくしゃしてるんだ、丸焼きにしてやるぞ」

 

「嫌よ。貴女が魔法を使えないから、この場所を選んだに決まってるじゃない」

 

 対してコルデラと呼ばれた少女は檸檬(レモン)の髪をふんわりと巻いていた。

 

 どちらも学院指定の制服を纏うが、周囲とは一線を画す上級階級。

 天性の素材を持ちながらも、さらに金にあかせて磨かれる美貌と気品。己が主役とばかりにヒロイン面する両者が、視線で火花を散らす。 

 

 そのため、誰も騒ぐ二人を注意する事は出来ず、みな一様にどうか巻き込まないでくれと手元の本に視線を逃がしていた。貴族令嬢は目が合ったら危険だというのは周知の事実。始まるのは恋ではなくバトルだ。

 

「一体誰から聞いた。あん?」

 

「誰って。そんなのレオーネしか居ないでしょう。殿下の妹君よ」

 

 淑女として手で口元を隠すも、再びに笑いが込み上げてきたか涙目を浮かべるコルデラ。

 イグニスは心中穏やかでは無かった。なにせ見合いが潰れたのは両家にとって良い話では無い。

 

 それをまさか王家が笑い話として吹聴していたとなれば、馬鹿にされているようなものだ。いや、事実として馬鹿にされていた。赤髪の少女は歯を噛み締めながら、殺してやると呪詛を吐くように王女の名前を呟く。

 

「言っておくが、私は名誉の為に行動したまでだ。その行いに恥じることなど一切無いね」

 

「ええ、そうでしょうね。無い胸は愛せないと言われたら、そりゃ王子でも殺すしか無いわよね。ヒー!」

 

 コルデラが漏らした一言に周囲ではクスリと笑いが漏れた。赤髪の少女はすかさず机を叩き、次に笑ったら燃やすと視線でけん制をする。顔を覚えられたらやばいと全員が本で顔を隠した。

 

 イグニスの見合いの相手はランデレシア王国の第一王子、フィスキオ。彼は無類のおっぱいスキー。中でも巨乳が大好きだった。

 

 顔は女性を虜にする甘いマスク。背は高く、声色が人柄が滲み出るように優しいもので。勿論王族として教育を受けているので能力もある。見合いの話はけして悪いものでは無かったのだ。

 

 しかし不運かな。イグニスの乳は貧しかった。互いに相成れない天敵だったのである。破談は運命だったとも言えるだろう。なお、このお見合いで一番頑張ったのは、火竜のように暴れるお嬢様から王子を救出した護衛だったりする。

 

「それで図書室で胸を大きくする方法をお調べなのねー」

 

「う、うるさい。これは偶々だ。偶々」

 

 赤髪の少女は机に積まれる本を慌てて隠した。魔法学から始まり、地理、歴史、言語に図鑑と幅広い種類の本がある。その中には確かに、胸を大きくする方法という胡散臭い物も混じっていたのだ。

 

「はぁ。笑ったわ。イグニスが失敗したお陰で、今度は私が王子とお見合いするの。必ず成功するから、貴女はそこで歯を食い縛っているといいわ」

 

「自分だって、さして大きくない癖に……」

 

 言いたいことは伝えたとばかりに背を向けるコルデラ。その去り際に見せた、晴れない表情がギリギリでイグニスの感情の爆発を抑える。

 

 王子の婚約ともなれば、相手には相応の格が求められた。何せ王族の一員に加わるのである。けして美貌だけではなく、能力や品格までもが要求されるのだ。

 

 そうなると当然に候補は絞られる。領主の娘であるイグニスがそうであったように、同じ領主の娘という立場のコルデラに話が巡ってくるのは順当で。だというのに。

 

「なんだい冴えない顔しちゃって」

 

 赤髪の少女は、仇敵が見せた表情に目を細めながら背を見送る。

 政略結婚。貴族として家同士の絆を深める為には珍しくない行為だ。イグニスとて好きな相手と結婚するのではなく、旦那となった人物を愛せよと教育を施されてきた。

 

 貴族ならば普通だ。特に土地持ちとなれば、家の命運に多くの住民の生活が懸かっている。個人の感情を優先する事など貴族の責務が考えれば恥じとも言えるだろう。

 

「イグニス様。コルデラ様がお見えでしたのね。嫌がらせはされておりませんか?」

 

「ああ、レクシーか。ちょうどいい。休憩しようと思っていたんだ、付き合わないかい」

 

「まぁ是非ご一緒させて頂きますわ」

 

 すっかり毒気の抜かれたイグニスは、レクシーという取り巻きの一人を見つけてお茶に誘った。レクシーは男爵家の令嬢。貴族では地位が低い為にイグニス派という派閥に入り庇護を得ている。

 

 当然にコルデラにも派閥があり、実のところ本人達よりも派閥の人間が水面下でバチバチと争っているのが現状だった。

 

「なあレクシー。君は結婚相手に何を求めるんだい?」

 

 談話室に移動した彼女達。貴族院には個室の部屋が数あるが、イグニスは図書室の最寄の部屋を金に物を言わせて貸切っていた。

 

 なので実質的には彼女専用の部屋であり、内装から調度品まで魔改造が施されている。レクシーは何度も足を運んでいるのだが、高級品に囲まれるのは慣れないようで。少しばかり身を縮こませながら返事をする。

 

「ぶっちゃけ、金と家柄ですわね」

 

「素直でよろしい。愛とか言われたら噴き出してしまう所だった」

 

「では、私は少し質問を変えますわ。イグニス様はどんな男性が好みなのでしょうか?」

 

「ふむ。あまり考えた事が無かったね。どんな相手でも好みに調教すればいいし」

 

 けれど、と。イグニスはせっかくの機会なので顎に手を当て考えた。婚約の条件ではなく、一人の少女として自分が好みの男性像を。将来、隣に居て欲しいと思える異性の姿を。

 

「うーん。最低限の容姿と家柄。それと知性は欲しいか……」

 

「ですわね。イグニス様には高貴な男性がお似合いですわ!」

 

「後は、そうだな。見てて飽きない意外性があったら、一緒に居て楽しそうだ」

 

「楽しませてくれる人は素敵ですね!」

 

 少女達は理想の男をテーマにガールズトークを繰り広げる。その内に、あまり恋に考えて来なかったイグニスは一つの気付きをした。コルデラは、きっと理想の男性と出会ってしまったのだろうなと。

 

「そっか。アイツ、恋をしていたか」

 

 見合いの相手が王子ですら見せた切なげな顔。その気持ちは地位や金では埋まらぬ特別なもの。そして少女は、もし自分にもそんな相手が居たらと考えた。

 

「まったく。令嬢は恋をするものじゃないね」

 

 イグニスはガシガシと頭を掻く。彼女は、貴族として自分の恋心を封じ込める将来を予見した。

 

 ならば同じ教育を受けてきたコルデラも心を殺して家の為に結婚をする事だろう。その結果がまざまざと想像出来てしまったがために、少女は立ち上がる。

 

「レクシー。駄賃をあげよう、馬車の準備を頼むよ」

 

「ええ!? か、構いませんが。どちらまで?」

 

「そりゃあ、コルデラの家までさ」

 

 

「し、失礼ながら、エルツィオーネ家のご令嬢とお見受けしますが。ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか」

 

 かくしてコルデラが住まうベルレトル家の前に一台の馬車が止まった。

 領主一族の名に恥じず、大きな門構えだった。整えられた見事な庭が広がり、3階建ての屋敷は住まう物の地位を表す様に迫力がある。

 

 玄関には堂々と家紋の旗が立てられ、対応する女中までが胸を張り、どこか誇らしそうで。そこに太々しく我が物で門を潜った客が一人。

 

 とんがり帽子を深く被り、黒い外套をはためかせるは赤髪赤目を持った深紅の女。

 さながら童話の中から這い出た魔女の如くだ。纏う異様な雰囲気には、やりて商人すら追い返す熟練の使用人も動揺を隠せなかった。

 

「コルデラは居るかな?」

 

「いえ。お嬢様はまだ学院からお戻りになっておりません」

 

 それは暗にお前も授業中だろうが、という意味が込められている。だが皮肉を涼しい笑顔で流した少女は、では帰って来たら伝えてくれとニチャリと笑う。

 

 その凄惨な笑みに女中が気後れしたが最後。イグニスはハスキーな声を精一杯に張り上げ、己の用件を誰にも聞こえるように叫んだ。

 

「私の後にすぐ王子と縁談なんて生意気なんだよ! 恥を知れ、この尻軽女が!」

 

「ひぃいい! この女、何を考えているのよ!?」

 

 するとイグニスの足元に魔法陣が輝くや、渦巻く炎が轟々と庭先で燃え上がる。

 それは庭師が丁寧に整えた芝や植木を軒並みに灰し、石造りの館に火災の激しさを語るように煤を残した。

 

 なお使用人達が総出で火を消す間に、本人はあひゃひゃと高笑いを浮かべながら馬車で逃げ出ていて。

 

「イ、イグニス様。あのベルレトル家に真正面から喧嘩を売るなんて流石ですわ!」

 

「フフ。まぁ今回は悪役を引き受けてやろうじゃないか」

 

 悪びれることなく、とんがり帽子を深く被る少女。

 後日。見合いが流れたとイグニスの元に文句を言いに現れたコルデラの顔は、どこか晴れ晴れとし、申し訳なさを孕んでいた。

 

 これはイグニス・エルツィオーネという少女がツカサ・サガミと出会うより、ほんの少し前の物語である。

 

 




自作、ノーブレスオブルージュの外伝でした
気に入ったら本編も見てもらえたら嬉しいです

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