IS -Scharlachrot-   作:小糠雨

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第四一話:黒い盾 -Cinderella, the mighty-

 

 凰鈴音は今、非常に上機嫌である。

 

 理由は先の一夏の休憩の折まで遡る。

 数馬を引き連れて二組の教室――二組の出し物は飲茶(ヤムチャ)で一組とカテゴリーが被っているうえ、一夏&ジギスヴァルト効果で客をほとんど一組に持って行かれ閑古鳥状態なのだが――に現れた一夏。

 いわゆるチャイナドレス姿の鈴音を一夏と数馬がからかったり、三人で中学時代の思い出話をしたりという流れの中で、鈴音は意を決して言った。

 

「一夏、アンタ今日はもう休憩無いの?」

 

「あー、どうだろうなあ。お客さんの入り具合にもよるけど、多分もう一回くらいはあるんじゃねえの?」

 

「んじゃ、もし休憩時間被ったら一緒に回らない?」

 

「そりゃいいけど、数馬は?」

 

「あ? ああ、俺は……」

 

 数馬は一夏に()()られぬよう、チラと鈴音に視線を投げる。

 今にも噛みつかんばかりにガルガルと威嚇する友人の姿が、そこにはあった。

 中学時代の、鈴音が中国へ帰るまでの間しか付き合いの無かった数馬にだって、彼女の言いたいことはわかる。否、例え彼女と面識が無くともわかっただろう程に露骨すぎる。

 

「俺はいいよ。その頃までに帰るからさ」

 

「そうなのか? ゆっくりしてきゃいいのに」

 

「もう充分だって」

 

 まあ、期待したような出会いが無かったのは残念だったけれど。なに、一夏や鈴音がIS学園に在籍していて、弾がスティナと交流を持つ限り、数馬にもまだまだチャンスはある。ある、はずだ。あるといいなあ。

 

「だから俺のことは気にせず楽しんできてくれよ」

 

「そういうことなら、まあそうするか。それでいいか、鈴?」

 

「いい! オッケー! 問題なし!」

 

 そういうわけで、休憩時間となった現在の鈴音は、一組の教室へ向かっている。一夏の休憩時間を確認するためであるので列には並ばず、入り口付近に居た相川清香に尋ねるべく近付いたのだが――どういうわけか、彼女は口をぽかんと開けて教室の中を注視している。

 

「やっほー清香。なんかあったの?」

 

「わっ!? あ、なんだ鈴か、脅かさないでよ」

 

「ごめんごめん。で、何があったの?」

 

「あー……まあ、なんていうか……説明しづらいなあ。見た方が早いよ」

 

 清香が場所を空けてくれたので、そこから中を覗き込む。すると――。

 

「やめろ! 嫌だ! HA☆NA☆SE!」

 

「断る! お前が自分の身を守りたいのと同じく、私とて自分の身が最優先だ! 絶対に連れて行くぞ! というか痛い痛い殴るな篠ノ之!」

 

「ええい一夏を放せ貴様ら! 放せと言っている!」

 

〔この人の手を放さない

 私の(へいおん)ごと

 放してしまう気がするから〕

 

「ほらほら一夏君、観念しておねーさんの言うこと聞きなさい」

 

 ジギスヴァルトとスティナに腕を引っ張られ必死に抵抗する一夏と、彼を救出すべく主にジギスヴァルトに殴りかかる箒と、それを見てからからと笑う生徒会長様の姿が、あった。

 

「えっ……えぇー……」

 

 正直ドン引きだった。

 

「あら鈴ちゃん、丁度いいところに」

 

 そして、声を発してしまったがために楯無に見つかってしまった。

 

「悪いんだけど、一組の出し物はここで閉店。一夏君も借りていくよ」

 

「へ?」

 

「あと、鈴ちゃんにも協力してほしいの」

 

「は?」

 

 

 

 

 ――一方その頃、休憩を終えクラスに戻ったスティナと別れて一人でまわっていた五反田弾は。

 

「……どこだ、ここ」

 

 ひとしきり遊んでさあ帰ろうかと歩いていたのだが、道に迷って――()()()()()()()()()()、一般人立ち入り禁止区域に入り込んでいた。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

「一夏君、ちゃんと着たー?」

 

 と、言いながら楯無がドアを開けた。確認の意味を真っ正面から粉砕してかかる所業である。

 

「せめて返事するまで待ってくださいよ!」

 

「着てるんだからいいじゃない」

 

「……着てなかったらどうするんですか」

 

「ガン見する」

 

「なんでさ!?」

 

 第四アリーナの更衣室。そこで一夏は、十人に見せれば十人ともが王子様か貴公子と言うであろう衣装を着せられていた。

 

「はい、王冠」

 

「はあ……」

 

「なによ、嬉しそうじゃないわね。シンデレラの方がよかった?」

 

「イヤですよ!」

 

 彼は生徒会の出し物である観客参加型演劇「シンデレラ」の主役に抜擢された。……本人に無許可で。

 

「基本的にこちらからアナウンスするから、その通りにアドリブでお話を進めてくれればいいよ」

 

「楯無さん、無茶振りって言葉知ってますか?」

 

「何それ? 食べられるの?」

 

 第四アリーナいっぱいに作られたかなり豪勢なセット――その舞台袖へ移動しながら説明を受ける一夏は、この時点で不安で仕方なかった。

 

 そしてその不安は――まだまだ足りない。

 

「さあ、幕開けよ!」

 

 ブザーが鳴り響き、照明が落ち。セット全体にかけられた幕が開いてライトが点灯すると、おそらく虚の声であろうナレーションが流れ始める。

 

『むかしむかしあるところに、シンデレラというマイティーな少女がおりました』

 

「うん?」

 

 普通と見せかけて不穏な単語がひとつ入ったナレーションに首を(かし)げる一夏をよそに、舞台は進む。

 

『否、それはもはや名前ではない。数多の舞踏会(せんじょう)を抜け、群がる敵兵を薙ぎ倒し、灰燼を纏うことさえ厭わぬ地上最強の(マ イ テ ィ ー な)兵士たち。彼女らを呼ぶに相応しい称号――それが《灰被り姫(シンデレラ)》!』

 

「え?」

 

『今宵もまた、血に飢えたシンデレラたちの夜が始まる。王子の冠に隠された隣国の軍事機密――それを手に入れた者に《最強の灰被り(シンデレラ・ザ・マイティー)》の称号を与えるとの()()れを受けた彼女たちが今、舞踏会という死地に舞い踊る!』

 

「は、はぁっ!?」

 

 普段の虚からは想像もつかないハイテンションなナレーションの内容に一夏が驚きの叫びをあげると同時、セットの城のテラス部分に人影が現れる。

 

 腰まである銀の髪――おそらくはウィッグ――をポニーテールに束ね、顔には鼻から上だけを隠す金の仮面。そしてどちらかといえば細身ながらもよく鍛えられた筋肉質な身体を()()()()()で包んだ――。

 

「さあ()きなさいシンデレラたち! 逃げる奴は王子よ! 逃げない奴はよく訓練された王子よ!」

 

 ――ジギスヴァルト・ブレヒトだった。

 いかに顔の整った彼といえど、それが仮面で隠れていることと、何より身体の方が邪魔をして、壊滅的に女装が似合っていない。あとオネエ口調が声と絶望的に合っていない。

 端的に言って、すごくキモい。

 

「ジグ!? お前何やって――」

 

「もらったああああ!」

 

「はいぃ!?」

 

 鋭い叫びと視界の端に閃いた何かに危機を感じ、咄嗟にしゃがんだ一夏。その頭上を中国剣――もちろん刃引きはされている――が通過した。

 

「ちょっ、待っ、鈴!? お前いきなり何を――」

 

「王冠おいてけ! ねえ! 王子! 王子よね!? ねえ王子よねアンタ!」

 

「聞いちゃいねえ!?」

 

 襲撃者は鈴音。一夏には何が何やらわからないが、とりあえずあのナレーション通りに王冠を狙っているらしい。執拗に突き――中国剣の用途は主に突きである――を繰り出し、王冠を叩き落とそうとしてくる。

 日頃の訓練の成果か、ギリギリとはいえなんとか躱していた一夏だったが。慣れない服で動きづらいことが災いし、躓いてしまった。

 

「あっ」

 

「そこぉっ!」

 

 体勢の崩れた一夏。その頭上の王冠を狙って、鈴音渾身の突きが放たれる――。

 

〔失礼〕

 

 甲高い音をあげて、鈴音の手から中国剣が放れて飛んでいった。

 

「なっ……にすんのよ、スティナ!」

 

 二人の間に割り込んだメイド姿のスティナが、大ぶりのナイフ――こちらも刃引きは万全である――で弾き飛ばしたのだった。

 

〔遅くなって

 申し訳ありません

 ご主人様〕

 

「え? あ、おう……?」

 

 鈴音の批難を無視して一夏を助け起こすと、改めて鈴音に向き直――る直前、何も無いはずの場所にナイフを振るう。すると何かがナイフに激突する音がして、セットの床にその何かがバウンドして彼方へ去っていく。

 一夏には知る由も無かったが――セシリアによる狙撃(ゴム弾)である。

 

〔ご主人様

 ここは私が食い止めます

 行ってください〕

 

「よくわかんないけどすまん、任せた!」

 

「逃がすか!」

 

 潔く背を向けて逃げだす一夏。それに追い縋ろうとする鈴音の前に立ち塞がり彼女の攻撃を捌きつつ、時折スカートの下――ふとももに巻いたベルトから投擲用ナイフを抜いて投げ、セシリアが撃ったゴム弾をも迎撃していく。

 かなり激しく動き、自らスカートをたくし上げすらしているにもかかわらず、スティナのスカートの中は決して衆目に晒されることはない。

 

 何故なら彼女は――メイドだからだ。

 

 なお、ゴム弾を撃ち落とせているのはエイフォニック・ロビンのハイパーセンサーを起動しているからである。さすがに、本職のメイドさんのように生身の知覚だけでやってのけるほど人間をやめてはいない。

 

『護衛メイドの活躍により最初の襲撃を躱した王子は、城の外へと逃げだした。

 しかしそこは数多のシンデレラが待ち構える修羅の(ちまた)! 果たして、彼の運命は大きく動き始める――!

 ……はい、それではただ今よりフリーエントリー組の参加です。みなさん、王子様の王冠目指して頑張ってください!』

 

「よっしゃあああああ!!」「やったらあああああ!!」「まったく舞踏会は地獄だぜえええええ!!」「王子イイイイイ!!」「突然叫びだす姐さんは嫌いだ……」

 

 観客席を埋めていた生徒たちが、歓声――というかもはや怒号――をあげて走りだす。中には観客席から直接飛び降りる者もいた。

 目指すは一夏の頭の王冠。追うは百数十人の乙女たち。

 

「ちょ、何事ォ!?」

 

 少女の壁が迫り来るというある種トラウマものの光景に心底ビビり必死で逃げる一夏。その行く手から別の壁が迫り、方向を変えるとそちらからまた別の壁が迫り……というように、彼の退路はどんどん断たれていく。

 

「来い」

 

「へ?」

 

 不意に誰かに腕を掴まれ、強い力に抗えぬままに人の壁の中を引っ張られていく。

 

『スティナちゃん、かかった』

 

『了解。すぐ向かいます』

 

 一方、鈴音を足止めし続けているスティナは。

 楯無からのプライベート・チャネルを受け、さっさと鈴音に背を向けた。セシリアは既に一夏を追って別の狙撃ポイントへ移動したようで、もうゴム弾は飛んでこない。

 

「あら、逃げるの? でも逃がさないわよ、ていうか追いかけるわ! 役どころ的に、アンタが行く先に一夏が居るんでしょ?」

 

 それを好機と駆け出そうとする鈴音を振り返り、スティナは――本気を出して距離を詰めた。

 

『鈴音さん』

 

「へっ?」

 

 鈴音にはその動きが見えていなかった。プライベート・チャネルでスティナの声が聞こえたと思った瞬間、脚を払われて横倒しになった。

 そして追い討ちとばかりに――鼻先にナイフが突き立てられる。刃引きされているはずのナイフが、()()()()()()()()

 ――正直、めっちゃ恐かった。

 

『申し訳ないのですが――着いてこられるわけにはいきません。ここで大人しくしているか、ご自分で一夏さんを探すかしてください。おーけー?』

 

「お、おぅけぇぃ」

 

 ガクガクと首を縦に振るのを確認して、スティナはすぐさま駆け出した。

 

 今回、わざと襲撃しやすい状況を作った。

 無論、敵も馬鹿ではない。誘いだとはバレているはずだ。それで手を出さないならよし。出してきたならば――それは、こちらの罠などねじ伏せられると確信しているということだ。

 だから、あまり時間をかけるわけにはいかない。一夏のもとへ急ぐ必要がある。

 

 目指す先、楯無が転送してきたルートの終着は、一般人立ち入り禁止区域の奥。

 

 ――IS保管庫。

 

 

 

 

 ――はてさてその頃、道に迷った五反田弾は。

 

「………………なんじゃこりゃ」

 

 T字路にて、看板を前に突っ立っていた。

 

 看板には、こう書かれている。

 

<←出口  ブラジル→>

 

 果たして彼の選択は――。

 

「……ブラジル」

 

 ――右へ……。

 

「……なわけあるかい」

 

 ではなく、左、出口の方へ。

 

 そちらが()()出口であるかは、書かれていない。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 手を引かれるままに走ってきた一夏は、前を行く女性の行く先に違和感を覚えて手を振り払った。

 

「あだっ……なにすんだよガキ」

 

「あんた誰だ? 学園の関係者じゃないよな。この先は立ち入り禁止のはずだろ」

 

 目の前の女性は明らかに成人している。生徒とは考えづらい。

 ならば学園職員かといえば、少なくとも一夏はこんな人を見たことはない。

 

「チッ……んだよ、情報と(ちげ)ーぞ。平和ボケのガキじゃなかったのかよ」

 

 パンツスーツ姿の、ロングヘアーがよく似合う美人――という評価を完全に台無しにする、心底面倒臭そうな表情でガシガシと頭を掻く。

 

 そして、そのまま、脚を突き出した。早い話、蹴りだ。

 

 とはいえ相手は害意を隠そうともしていない。数ヶ月前まで完全に一般人だった一夏でさえ、その攻撃は容易に察せられた。

 背後にロッカーがある故に後退ではなく横に移動し、白式を緊急展開。衣服をISスーツに変更するプロセスを挟んだせいで通常よりもエネルギーを食うが、四の五の言っていては――死ぬ。

 

 何故なら。

 

 相手のスーツの背を突き破った八つの“脚”――その先端の砲口が、既にこちらを向いているのだから。

 

「クソッ!!」

 

 ハイパーセンサーの恩恵で加速した思考の中で、一夏は必死で考える。今こちらを睨んでいる“アレ”は、どちらなのか。

 

 細い“脚”の先端であることを考えると、EN(エネルギー)兵器か。だが、あれはISだ。量子変換機能がある以上、極論すれば撃鉄さえ内蔵できれば実弾が撃てる。

 

 実弾か。ENか。ENならば雪融(ゆきどけ)で吸収できる。だが、実弾だったらば、この距離では――。

 

『一夏さん! 雪融の起動を!』

 

 不意に舞い込んだ通信。考える暇も無く彼は雪融を起動した。防御フィールドを展開するのとほぼ同時に――四つの脚からはレーザーが放たれ/四つの脚はナイフに射貫かれて暴発し/雪融がレーザーを吸収する。

 

「ちっ……思ったより早いな」

 

 もはや完全にISを展開した女性の目が一夏の後ろに向けられる。そこには、ナイフを投げた張本人たるスティナが居た。

 

「スティナ? なんでここに」

 

『説明は後です。とにかくこいつをなんとか――ッ!?』

 

〈【警告】ロックされています〉

 

 エイフォニック・ロビンが発したロック警告は、目の前のISからのもの()()()()

 咄嗟に小夜啼鳥(ナイチンゲール)を起動。白式を掴み、思いっきり後ろに跳んだ。

 直後に、眼前を灼くレーザーが一条。自分だけが避けていたら白式に当たっていただろう。

 

「時間切れだオータム。約束通り、織斑一夏は私がもらう」

 

「てめっ……すっこんでろ!」

 

「そうはいかない。増援が来るまで、という契約だったはずだ。そこの()()はどう見たって増援だろう?」

 

「チッ……確かにそういう契約だ。仕方ねえ。諦めてやるよ」

 

「何故そうも上からなんだ……そんなではスコールに愛想尽かされるぞババ専」

 

「違いますぅー、ババ専じゃないですぅー! 好きになった相手がたまたま歳食ってただけですぅー!」

 

「人それをババ専と言う」

 

「うっせぇシスコン!」

 

「違いますぅー、シスコンじゃないですぅー! ちょっと姉妹愛が過激なだけですぅー!」

 

「それがシスコンだってんだろ!」

 

「バーカバーカ!」

 

「ローリローリ!」

 

 いつからそこに居たのか。部屋の奥に――そこにはスティナが入ってきたのとは別の入口があるのだが――青いISが佇んでいる。

 セシリアのスターライトmkIIIに似たライフルをスティナたちに――否、一夏に向けている。その機体に、スティナは心当たりがあった。

 

(何者かの手でイギリスから強奪()()()()()()()()()()()、サイレント・ゼフィルス……!)

 

 BT兵器の試験運用を目的として開発された機体の片割れ。ブルー・ティアーズの姉妹機。静謐なる西風(サイレント・ゼフィルス)

 その機体デザインはおそらく蜆蝶(ゼフィルス)とかけているのだろう、スラスターやバイザーの形状が美しく優雅な蝶を連想させるが――その性能はむしろ西風神(ゼフィルス)のように厄介この上ない。

 無論、それは搭乗者の手で完璧に操られてこそではあるが――。

 

「まあ、そういうわけだ織斑一夏。悪いが私に付き合ってもらう」

 

 一通りじゃれ合った後、サイレント・ゼフィルスがビットを射出した。その数、六。全てが一糸乱れず一夏に殺到する。

 

『一夏さん!』

 

「おっとぉ、てめえの相手は私だ。脚の代金、払っていけやァ!」

 

 六基のビットに追い立てられる一夏を助けようにも、目前に八本脚の――今は四本だが――ISが立ちはだかる。

 

『邪魔です!』

 

「そらそうだろ、邪魔してんだからよ!」

 

 右腕の音裂を展開して斬りかかるも、ふわりとした不可解な動きで躱される。これを好機と一夏を追おうとすれば、スルリと滑るような動きでまたも進路を塞がれる。

 そうこうしている間に、一夏とサイレント・ゼフィルスは部屋の奥にある扉――スティナが入ってきたのともサイレント・ゼフィルスが入ってきたのとも違う、さらに奥の区画に続く巨大な扉だ――へと消えてしまった。

 

『この動き――脚のひとつひとつがPICを搭載している!?』

 

「御名答だよクソガキ! 座布団がわりにとっときな!」

 

 スティナが破壊した四本の脚が量子化され、かわりの装備が展開された。見た目には先程までの脚と変わらないそれの先端から――ワイヤーが射出される。

 

『くっ……!』

 

 左手に梢音をコールし、迎撃を試みる。

 が、四本のワイヤーは全てスティナを大きく迂回して後方へとのびていく。予期せぬ軌道に虚を突かれた彼女は一瞬硬直する。

 そしてその隙にワイヤーの先端が、まるで生き物のように進路を変え、彼女の背後で交叉する――それをハイパーセンサーを通して確認した時、彼女は己の失態を悟った。

 問答無用で、ワイヤーを切り落としておくべきだったのだ。

 

『なんたる無様……!』

 

「ハハハ! アラクネ(ク モ)の糸を甘く見るからそうなるんだぜ小鳥ちゃん!」

 

 ワイヤーに雁字搦めにされ、手脚を動かすことすらままならない。スティナでは、エイフォニック・ロビンの装備では、この拘束を振り解く術が無い。

 

「んじゃ、お楽しみタイムだ。でもコイツはサブだからなあ、メインより報酬出ねえんだよなあ」

 

 ぼやきながら近付いてくる女――たしかオータムと呼ばれていたか。その手には、いつぞや資料で見た覚えのある四本脚の装置を持っていた。およそ四十センチ程のその装置を起動させると、駆動音と共にその脚が開く。

 

剥離剤(リムーバー)……』

 

「お? なんだ知ってやがったか。なら状況は理解したな? お別れの挨拶は済ませとけ――よっと」

 

 装置がスティナに取り付けられる。胸部に接触したそれは、脚を閉じて――。

 

「……ん? あ、あれ? IS? なんで? つーかマジでここどこ?」

 

 ――そして、その場に居るはずのない少年の声が背後から聞こえた、刹那。

 

「――――っ!? ――――! ――――――――!!!!」

 

 スティナの全身を激痛が襲った。あまりの痛みに意識が飛びかけ、しかしその痛みが彼女を現実に引き戻す。出せない声をあげようと喉は空気を吐き出し続け、身体は反射を抑えられずのたうちまわる。

 

 数秒間か、それとも数分はそうしていたか。痛みがおさまったとき、彼女はエイフォニック・ロビンを纏ってはいなかった。

 

「終わったな。――で? 誰だお前」

 

 掌中でエイフォニック・ロビンのコアを弄びながら、オータムがスティナの背後に目を向ける。

 言うことを聞かない身体を無理矢理動かして振り返ると、果たしてそこには――五反田弾が居た。

 

(弾さん!? なんで!?)

 

 目前の光景に理解が追いつかないのか、半ば呆けた様子の弾。そんな彼に、オータムは自身のIS――アラクネの脚を全て向けた。

 

「増援か? にしちゃあずいぶんな間抜けっぷりだが――まあ、仮にただの迷子だったとしてもだ。この場に居合わせたからには、死ね」

 

 それは彼女にとっては、“傭兵としての最善”を選択したにすぎない。

 だが、五反田弾とスティナ・ヴェスターグレンにとって、それは最善どころか最悪であった。

 

「え?」

 

 自身に向けられた銃口。その現実感の無さが、彼の思考をさらに鈍化させ。

 

(逃げてください弾さん! 弾さん! こんな、こんなのって――!)

 

 ISを奪われて意思表示の手段を失ったスティナは己を呪い。

 

「さァなら」

 

 何の感慨も無く、オータムが意識の引鉄を引き。

 

 

 

 

〈▼告/搭乗者登録シーケンスを完了/緊急展開の要を確認/搭乗者・五反田弾の保護を最優先/《F-02/SB Schwarzschild Ballista(シュヴァルツシルト・バリスタ)》、戦闘モードで起動します〉

 

 

 

 

「――は?」

 

「――は?」

 

(――は?)

 

 ()()は、両腕の巨大な装甲で、アラクネの放ったレーザーを完璧に弾いてみせた。

 

 ()()は、ISを纏うオータムをしてなお軽く見上げねばならぬほどの威容を堂々と誇ってそこに在る。

 

 全身を覆う装甲の色は漆黒と称するのが適当だろうか。ところどころ真紅と黄を差してあるが、その身はまるで光を全て吸い込んでしまうかのように黒い。

 

 高さは――少なくとも五メートルはあるだろうか。

 

 レーザーを防いだ腕部は、身体の前で両腕を合わせれば機体がすっぽりと覆われるほどの巨大な装甲を前腕に備えている。マニピュレーターは見当たらない。ただの装甲の塊、と言われればスッと納得できるだろう。

 

 そして、膝にあたる関節を緩く曲げた重装甲の脚が――前だけでなく後ろにものびている。四本脚でしっかりと地を踏みしめる姿はちょっとやそっとでは揺るぐまい。

 

 この場の誰が予想できただろうか。この土壇場で、この異形に過ぎる――I()S()を。

 

〈【報告】システムオールグリーン/いけます(You have control.)

 

「は、え、何!? 何事!?」

 

 何も知らない()()展開するなどと。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

『シュヴァルツシルト・バリスタの展開を確認――計算通りの所要時間で搭乗者登録が完了したようです。……本当によろしかったのですか?』

 

『何がかな?』

 

『弾様がISを動かしてしまえば、彼だけでなくあなたも後戻りはできません。まあ、もう後の祭りですが』

 

『構わないよん。戻るつもりはサラサラ無いからね!』

 

『そうですか。では私は予定通りバリスタを観察、必要があれば援護します』

 

『よろしくねーん』

 

『あと、お姉様に首を斬り落とされるくらいは覚悟しておいた方がよろしいかと』

 

『うっ……うん……それは、まあ、ほら……どうにかなんない?』

 

『ひとつだけ案があります』

 

『何!? 何!?』

 

『ハラキリー♪』

 

『わぁい何の対策にもならねぇや!』

 

 




 わぁいお仕事。小糠雨お仕事大好き。

 それはさておき、弾がISを使うだなんて登場人物たちはともかく読者の皆さんにとっては予想通りもいいとこでしょう。私はよい作者なので予想は裏切りません(真顔)。

 オータム姐さんに関する描写が本作における亡国機業の立ち位置をほぼ明かしてしまっていますね! おのれオータム! あとアラクネも地味に改造してしまったぜ!
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