星歴877年11月12日。
その日は、幾人かのオルクセン軍将兵や白エルフにとって、忘れ得ぬ日になった…

◆     ◆     ◆

当作品は、樽見京一郎先生の著作『オルクセン王国史 ~野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~』の二次創作作品です。

カクヨム/なろう版『オルクセン王国史 ~野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~』準拠であり、『オークのグルメ⑰とある元軍人と冬至祭』のとある描写を矢鱈と膨らませてみた作品となります。
なお、上記のような作品ですのでカクヨム/なろう版の同作本編読了後の閲覧を推奨します。

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【オルクセン王国史/二次創作】星歴877年11月12日、あるいは「怒りの日」

 星歴877年11月12日。

 エルフィンドが降伏し、およそ半年が経過した頃。エルフィンドが未だ戦後の混乱や食料難から脱却できていない頃。

 

 この日は幾人もの関係者――その中にはベレリアンド半島占領軍総司令官シュヴェーリン元帥やその総参謀長であるブルーメンタール中将、旧エルフィンド軍の重鎮であったマルリアン元大将など錚々たる面々も含まれている――にとっては、忘れ得ぬ、というより忘れたくても忘れられない日になった。

 

「始まりは、我々に協力しているティリオン市民からの密告でした」

 

 当時、第八軍野戦憲兵隊に所属していたとあるオルクセン軍将校は語る。

 

「『ティリオン某所の闇市で、マルリアン元大将の使用人らしいエルフを見かけた』というのが最初でした。確か…877年10月の終わりあたりだったかな。裏付けを取るため、幾人かの密偵に調査させました。そして実際、元大将の邸宅で働く者複数人が闇市で活動しているという事実を掴むことができたのです」

「最初はまさか何か目論んでいるのでは、と思いました。何分あの方は旧エルフィンド軍の高官であり、人望も厚い方でしたから。ですが、調査を進めていくうちに、どうも彼女らは単に食料品などの買い付けをしているだけらしい、という事がわかったのです。目を付けていた元エルフィンド軍将校とか、あるいは再独立を目指す急進派と見られる者との接触はまったくなかったので」

「上には報告を回しました。『食料品については困窮してはいるようだが、政治活動家や旧軍関係者との接触は見られず、何か不穏当な事を目論んでいるわけではないらしい』と。我々としては、見なかったことにしてそっとしておくことにするつもりでした。後日外部から何か言われたら、気づかなかったことにしておこうかと」

「そのつもりだったのですが…まさか数日後、あんなことになるだなんて思ってもみませんでした…」

 

 部下たちからもたらされた報告を受け、シュヴェーリン元帥は自らの名のもとに食料品を提供することにした。旧エルフィンド軍有力者に恩を売っておくという打算はあるにはあった。しかし何より、アルトリア攻囲戦ではなにかと煮え湯を呑まされたものの、だからこそ敬意をもっており、また彼女本人の性格や考え方にも好感を持っていた。そんな彼女を窮状のままに置いておくのは忍びなかったのである。つまるところ、9割5分は単なる善意だったのだ。

 

 牛肉に牛乳、卵に生野菜、その他諸々。

 11月12日、当時のエルフィンドの一般市民にはなかなか手に入らない生鮮食品を乗せたオルクセン軍軽輜重馬車と、メッセンジャーである中尉を乗せた一般的な馬車――オルクセン軍将兵が移動に使うため、ティリオンで民間の辻馬車業者から接収されたものだ――は、ティリオンにあるマルリアン元大将の邸宅へと向かった…

 

 その時メッセンジャーを務めた中尉は語る。

 

「最初に邸宅から出てきたのは、閣下の家令でした。ちょうど、そろそろ第二回の特別犯罪者の拘束が行われるんじゃないか、って話が我々のみならず市民にも噂になっていましたし、事実19日に行われた、そんな時期だったので、マルリアン元大将がその対象になったと勘違いしたようでしてね。真っ青になっていましたね。誤解を解くのが大変でした…まあその直後もっと大変なことになったのですが」

「閣下を拘束しにきたわけじゃありません、上から食料品をお渡しするよう命じられてきました、まあそんな感じの事を説明していると、騒ぎを聞きつけたのか、マルリアン元大将本人がお見えになりまして。そこで、シュヴェーリン元帥からの手紙をお渡ししたのです」

「…上官を恨みましたよ、なんでよりによって私をメッセンジャーにしたんだって」

 

 

 中尉から手紙を受け取ったマルリアンは、無言でそれを読み進めた。

 

 突き付けられた祖国の罪。可愛い元部下の戦死。尊敬する上官の自決。そう遠からぬうちに名実共に消える運命の祖国。「帰国」後にそれらの事実は彼女を叩きのめしていた。その結果、何をする気にもなれず、今の今まで無気力に過ごしていた。

 そんな彼女の心の中で、何かに火が付いた。

 

 その時、家令も中尉も、確かに目にし、耳にした。

 マルリアンの手の中で、くしゃりと音を立て、シュヴェーリンの手紙に皺が作られたのを。

 

「…持って帰ってくれるか」

「……は?」

「これを受け取るつもりはない。そっくりそのままお返しさせていただく」

「……ええと?」

「ああ、貴官から元帥へ説明するのは厳しいだろうな。この際だ、私が直接元帥のもとまで伺おう」

 

 家令に馬車を用意するよう命じると、再びマルリアンは中尉のほうを向き…微笑んで言った。

 

「私から、直接…直接!ご挨拶させていただきたいのでな」

 

 ダリエンド・マルリアンという白エルフは、人間族で言えば12かそこらの少女のような容姿をしており、顔立ちは美しいというよりも可愛らしいという形容詞が似合う造形をしている。

 その彼女が浮かべるにっこりとした微笑みは、まさに天使の微笑みと言えよう。

 

 だが。

 

 中尉は見逃していなかった。

 マルリアンの口元がおそらく、いや間違いなく怒りで震えている事、こめかみや眉にも動きが見える事、そして何より口調の裏には相当な怒気が隠れていることを。

 

「正直に言いましょう。あの時、とても怖かったです。我ながらよくまあ逃げずにいられたもんだと思います…顔が引き攣ってたり、「ひえっ」くらいは口から出たかもしれませんが。さすがは旧軍で大将の位にあっただけのことは、いえ、私が生まれる前からエルフィンド随一の宿将と言われるだけのことはあると言いますか」

「今でも時々思うんですよね…元大将率いるアルトリアが降伏して、第三軍の兵站がとんでもない事になった時…降伏を申し入れた元大将は、きっとあの時みたいな、見た目だけなら天使のような微笑みをシュヴェーリン元帥に向けてたんじゃないか、って」

 

 この出来事から数十年後、グスタフ王崩御後の時代になるが、ミサイルという兵器が実用化される。

要するに爆弾だけでなく推進装置や誘導装置を搭載し、進路を変えたりしながら空を飛び目標へ着弾する、という兵器である。

 空こそ飛びはしないが、マルリアンはこれまで溜め込み続けていたオルクセンへの反感という弾頭を抱えたミサイルと化していた。目標はベレリアンド半島占領軍総司令官、アロイジウス・シュヴェーリン元帥。

 皮肉にも(間接的ではあるし、本人にそのつもりはまったくなかったとはいえ)その発射スイッチを押したのはシュヴェーリン本人だったわけである…

 

「とまあ、そんなわけで積み下ろす途中だった食品を言われるがままに全部輜重馬車に積み直して、マルリアン元大将の馬車の準備が整うのをお待ちして…それから、私らの乗る馬車、輜重馬車、元大将の馬車という順番で占領軍本部へ戻っていったわけです」

 

 普通の馬車、オルクセン軍の輜重馬車、そして上等だが派手過ぎない馬車という奇妙な組み合わせの一団は、ティリオン市内を進んでいく。シュヴェーリンのメッセンジャー、今やマルリアンの案内役になってしまった中尉は、一緒に乗り込んでいた伍長に伝える。

 

「この調子じゃ元大将は俺が案内しなきゃならんと思う。済まんが、司令部についたら大急ぎで受付に元大将が来てる、すぐに元帥に会いたいと言っていると伝えてくれ」

「了解しました!」

「頼むぞ…ああそうだ、元大将はおかんむりだとも伝えておいてくれ。あの状態のまま待たせるのは少々…いや、とてつもなくまずい気がする」

 

◆     ◆     ◆

 

 奇妙な車列がベレリアンド半島占領軍総司令部本庁舎――旧ティリオン市庁舎――にたどり着くと、伍長は馬車から飛び降り、猛烈な勢いで走った。ほとんど転がり込むような格好で庁舎に入り、受付に飛びつく。

 

「受付さん、大変です!マルリアン元大将がいらしてます!」

「え?」

「至急元帥閣下とお会いしたい、と!あと…だいぶお怒りのようです…」

「なんですって!?わかりました、とりあえず関係各所に連絡を…」

 

 これまた猛烈な勢いで受付係たちが各所へ連絡を入れる。幸か不幸か、総司令部の主だった幹部たちの会議は既に終わっており、シュヴェーリンは執務室にいた。この後も外出などの予定はない。

 受付係のうち、一番階級の高かったオーク族の曹長が、4階の執務室へ向かって階段を駆け上がっていった。

 

 それから30秒後。

 中尉を伴った、というより半ば置いていこうとしているマルリアンが、本庁舎玄関に現れた。すかさず、受付係たちのうち2番目に階級の高い軍曹が話しかける。

 

「こんにちは、マルリアン閣下。本日は…」

「食料品の返品と返礼に来た。是非ともシュヴェーリン元帥に直接ご挨拶したいのでね、悪いがこのまま向かわせてもらう」

 

 言い捨て、そのまま進んでいく。さすがに面食らった軍曹が「ちょっと!?」と止める声も無視する。

 

 後日、マルリアンは知人の元将校…所謂「再軍備グループ」のメンバーだった者…にこの日のことを聞かれている。武装した憲兵もいたろうに、許可もなくずかずか進んでいったら撃たれるとは思わなかったのか?と。

 彼女はこう答えたという。

 

「正直なところ、あの時は頭に血が上っていてな。このまま押し通るのは良くはないとは思っていたんだが、感情を優先させた。武装した憲兵なら確かにいたな、だが知った事じゃなかった。撃てるものなら撃ってみろ…いや違うな、どちらかというと、撃つなら撃て、死んだら死んだで構うものかといった心境だったとも。あの時はまだ再軍備の話も聞いてなかったしな、守るべきものも育てるべきものもなかったから、我ながらかなり刹那的になっていた」

 

 怒りのままに驀進するマルリアンに、ようやく中尉は追いついた。受付係たちには「もうどうにもならんし俺が執務室まで案内する、関係各所へ連絡を入れてくれ」と伝えたところだ。

 

「ご案内いたしましょう、元帥の執務室でしたら…」

「当ててやろう、4階の市長公室だったところだろう?ちょうどバルコニーの反対側にあったはずだな」

「ええと、おっしゃる通りです」

「私はこれでも旧軍ではそれなりの立場ではあったんだ。ティリオン市庁舎に来て市長と会う事も何度かあった。我が家ほどには知り尽くしちゃいないが、市長公室の場所くらいは知っている。でもって、接収したらしたで、一番上の者が使っていた部屋は、接収した側の一番上の者が使うのが道理だ。そうだろう?」

「…まったくその通りでして」

 

 マルリアンと中尉がロビーを横切り、2階への階段を上り、間もなく2階に到着する頃。

 全速力で階段を駆け上がった受付係の曹長は、4階のシュヴェーリンの執務室――マルリアンの指摘通り、かつてはティリオン市長公室だった部屋だ――の前に到着した。

 たまたま居合わせたシュヴェーリンの副官の1人に付き添ってもらい、マルリアンがやってきた事を報告する。

 

「なんじゃと?マルリアン元大将が?」

「はっ、既にこちらにいらしております!至急元帥閣下にお会いしたい、と!」

「ふむ?」

「それと…だいぶお怒りである、とも…」

「…なんと?」

 

 何かまずい事をしただろうか?彼女の部下だった者への不当な弾圧はしていないはずなのだが…

 いや、もしやあの食糧支援のことか?よく考えると、あのような事は好まない人柄かもしれない。

 

「…心当たりがないというと嘘になるな。来たら通してくれ」

「よろしいのですか?」

「なに、今更わしを害してどうなるものでもないし、それを理解できんような者ではないよ、マルリアン元大将は」

 

 一方その頃、マルリアンは2階を通過し3階を歩いていた。無論目指す先は4階へ続く階段である。彼女の姿を見た通行人――ほぼ全員が占領軍のスタッフだ――の反応は、感想は様々だった。

 

 気分転換に外で煙草でも吸おうかと、1階へ向かおうとしていた特別参謀部軍政局の某大尉曰く。

 

「とある案件で行き詰まってましてね、このまま考え込んでてもどうしようもないって事で、まあ気分転換でもしようかと。かといってまさか遊びに行くわけにもいかんですから、外で煙草吸って風でも浴びようと思って階段へ向かおうとしたら…なんとマルリアン元大将が来てましてねえ…いや、正直ただただ驚くばかりで。文字通りその場で硬直してました。ちょうど邪魔にならん位置だったんでまだ良かったです」

 

 たまたま書類を提出しに来ていた、特別参謀部財務局の某少佐曰く。

 

「自分はあの時、軍政局との合議が必要な事項に関する書類を届けにティリオン市庁舎に来ておりまして、それが終わったので自分の職場がある全国商工会議所へ戻ろうとしたら、階段を上ってくるマルリアン元大将に出くわしまして。慌てて横にどいて道を開けましたね」

「いや、歩調も表情も『道を開けよ、私は非常に怒っている』という調子でしてね…道洋には『ヤシャ』とか『ハンニャ』とかっておっかない憤怒の形相浮かべた神格があるそうですが、たぶんあの時の元大将みたいな顔なんでしょうねえ…」

 

 参謀部査閲局の某中尉曰く。

 

「ああ、あの日のマルリアン元大将ですか。自分も見かけました。いや、まさか強引に押し通ってきたとは思いもしませんでしたから、普通に敬礼して見送りましたね。もしあの時強引に通ってきたと知っていたらさすがに止め…いや自分ごときに止められたかなあ、とんでもない剣幕だったしなあ…」

「でもそれはそれとして、あの時のマルリアン元大将…恐ろしかったけど、美しかったなあ…」

 

 参謀部交通統制部の某少佐曰く。

 

「あの時の元大将の剣幕は、本当に凄まじかったですね…別に怒鳴り付けられたわけでも睨みつけられたわけでもない自分ですら冷汗が止まらなかったです。あのあと元大将は元帥と直接対面したわけですが、そうなると元帥は面と向かって怒鳴り付けられたり睨みつけられたことになるんですよね…なんと災難な」

「ああそうそう、あの時誰かは知らないけど不謹慎な奴がいて、口笛吹いてたんですよ。たまたま私も知ってる曲で、確かエトルリアだかの作曲家が作った『怒りの日』とかいう曲だったかな。まさしくあの時の状況にぴったりですよね」

 

 とにもかくにも、たまたま居合わせたオルクセン軍将兵は唖然、呆然、驚愕、恐怖、その他諸々…様々な反応を見せた。

 そのすべてを黙殺し、マルリアンは4階へと上がっていったのである。

 

◆     ◆     ◆

 

 2段飛ばしで4階への階段を上るマルリアン。

 4階へ到達すると、さっさと総司令官執務室のほうへと向かっていく。

 

 3階以下のフロアに比べると少々狭いため、執務室へはすぐに着く。執務室の前には幾人かのオルクセン軍将兵の姿がある。マルリアンの姿を認めると、全員が敬礼をしてきた。

 そのなかの1人――階級は中佐だった。おそらくシュヴェーリンの副官だろう――が声をかけてくる。

 

「マルリアン元大将閣下ですな、受付の者から話は聞いております。シュヴェーリン元帥はこちらです」

「許可があろうがなかろうが私は押し通るぞ」

「元帥からは閣下がいらしたらお通しするよう言付かっております。お茶を用意いたしますので、少々お待ちを…」

「結構、用件が終わったらすぐ帰る」

「さようで…ではこちらへ」

 

 中佐が執務室の扉を開く。

 執務室には参謀長のブルーメンタール中将と、総司令官シュヴェーリンがいた。急とはいえ来客を、それも元軍高官を椅子にふんぞり返って出迎えるような趣味は彼らにはなかったため、2人とも立って出迎えている。

 

 副官らには目で執務室から出るよう合図する。

 マルリアンに付いてきていた中尉、受付係の曹長や従卒たちは敬礼をし、執務室を後にする。最後に副官が出る際に扉を閉め、執務室にはシュヴェーリンとブルーメンタール、マルリアンの3名だけが残された。

 そして。

 

 ダァン!

 

 打撃音が響く。

 マルリアンが、怒りのままに両手でシュヴェーリンの執務机を叩いた音だった。

 

「私を特別扱いすることは止めて頂きたい!そのような真似はただの一度も頼んでいない!このような真似は貴軍の精神にも反するはずだ!」

 

 かくして、ダリエンド・マルリアンという名のオルクセンへの反感弾頭搭載ミサイルは目標に着弾したのであった。

 

 マルリアンが(『貴官の自尊心を傷つけるつもりはなかったのだ、許してほしい』とシュヴェーリンを平謝りさせたという武勲を立てつつ)言いたい事をすべて言って総司令部本庁舎を後にしたのは1時間半後のことだった。

 

 あとは後年シュヴェーリンやブルーメンタール、マルリアンらが執筆・出版した回想録にある通りである。これをきっかけにマルリアンは徐々に活力を取り戻していき、最終的には内務省国家憲兵隊予備隊の創立へと繋がっていくことになる。

 

 なお、OKBとしてはこの件については箝口令を出すことを検討したが、これは結局断念した。

 シュヴェーリンらはそれに積極的でなかったうえ、マルリアンはシュヴェーリンのもとへ怒鳴り込んだ際、同時に魔術通信もオープンにしていたのである。

 そのため内容はOKB周辺に居合わせたコボルト族やダークエルフ族、さらには白エルフ族に大っぴらに知られてしまったのだ。そこから人づてに広がっていき、1か月もしないうちに広く市井に知られることとなってしまった。

 かくして、以前オルクセンから持ち掛けられた、エルフィンド暫定政府の次期首班への就任の打診を明確に拒絶したことも相まって『高潔な者』という彼女の評判は不動のものとなった。

 

 現在でも、彼女が魔術通信をオープンにしていたのはわざとだったのか、それとも激情のあまり魔術的にも声が漏れてしまったのかは不明である。マルリアン本人はこの件については沈黙を貫き続けている。

 

 ではこの件についてシュヴェーリンのほうはどうだったかというと、こちらはこちらで賛否両論となった。

 

 確かに

「旧軍高官を浅知恵で篭絡しようとして、見事に失敗した粗忽者」

「所詮はオーク、白エルフの心は理解できてない」

「食べ物さえ与えれば満足してなんでもいう事を聞いてくれると思ったら大間違い」

などという悪評も立った。

 

 だが

「好敵手の苦境を見捨てられなかった、情に厚い者」

「良くも悪くも優しく気高い一面もあるらしい」

といった好意的な評価もそこそこ白エルフたちの中から出てきたのである。

 その後、食糧問題や市街地等の復興だけでなく、一部参謀や官僚らの反対意見をも押し切って、エルフィンド在来の音楽や演劇、文芸など――まさしくエルフィンドの白エルフたちが非常に大切にしていたものだ――を可能な限り保護していく方針を打ち出し、それを実現していった結果、前者のような悪評は薄まっていき、反比例して後者のような好意的な評価が高まっていった。

 

 ちなみにこの時、この事件について評する声も出ている。複雑骨折しているものの、かろうじて好意的と言えそうな声だった。

 曰く

「当人にその気があったかはともかく、マルリアン元大将が再起したのは確かにこの事件だった。その後の事を考えると結構な事だったのかもしれない」

とか、

「失意のまま酒に溺れて消えていく者や、失意から立ち直れず自ら命を絶つ者も世の中いる。あの事件がなかったら、マルリアン元大将がそうなっていたかもしれない。ある意味シュヴェーリン元帥は彼女を救ったという事になるのかも」

とかといった具合である。

 これらの、好意的とそのまま受け取るには難がある意見をシュヴェーリン及びマルリアンが聞いたかどうか、仮に聞いていたらどのような感想を抱いたかは不明である。少なくとも本人らは何も口にしていない。

 

 確かなのは、7年後に正式にベレリアンド半島がオルクセンへ併合され、ベレリアンド半島占領軍が解体され総司令官たるシュヴェーリンも本土へ帰還する際には、街道や駅には少なからぬ数の白エルフの市民たちが見送りに来ていたということ、その中には目立たぬよう市井の人々のような服装はしていたものの、マルリアン元大将もいたことである。


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