「先生、いらっしゃいますか?」
『空いてるからどうぞ~』
声に導かれてドアを空けると、背もたれに倒れた先生がこちらに手を振っている。
「あの、本日は私が当番でお間違いないでしょうか...?」
昨日、トリニティにいらしていた先生から唐突に当番をお願いされ二つ返事に了承してしまったことを思い出す。お願いされては何事も頑張ろうとは思うけれど、シャーレで私なんかが役に立つのか不安だった。
普段の先生の姿を見るに、先生は書類仕事に会議、視察などが多いように思える。私はと言えば引っ越しや荷物整理、倉庫の備品チェックなんかはお手のものだが事務仕事が苦手だった。日比改善しようと努力をするも、まだまだ思い描く姿には至らない。
やはり間違いではないのだろうか。自分に対する自信のなさが口惜しい。先生の言葉を疑ってしまうほどに。
そんな不安げな私に気付いてくださったのか、椅子から立ち上がった先生が優しく微笑んでくれました。
「もちろん。ヒナタじゃなきゃダメなんだ」
「わ、私でなければ...ですか?」
「そう、きっとヒナタにしかこんなこと頼めない」
「!」
ヒナタじゃないと、ヒナタにしか、この言葉だけでも肩が震えるほどに嬉しくなる。体の奥から温かい気持ちが流れてきて、先程までの暗い気持ちを流してしまう。
今なら普段の三倍の荷物をスキップして駆けることができるくらい、なんでもできそうなくらい体が軽く感じる。
しかし舞い上がるのは禁物だ。大体そのせいで無駄にから回ってしまうのだ。落ち着くように深呼吸をする。
「わ、わかりました。ぜ、ぜひ何でもやらせてください!とりあえず、頑張りますので……!」
むん、と気合いをいれて先生の目を見つめ返す。「それじゃあね...」と奥からなにやら取り出している先生を期待の目で見つめた。
何を頼むのだろう、でもきっと今なら何でも上手くこなせる気がする。いつも先生には迷惑をかけてばかりの私が、初めてお役に立てるかもしれない!
「じゃあ両手を出してくれるかな。こう、顔を洗う感じて」
「? はい。こう、でしょうか」
「そうそう、そのままでちょっと待ってね」
なんだろう、疑問符が浮かんでは消えるのを繰り返しているうちに、先生が手のひらに幾つかの何かを置いた。それの手触りは柔らかくないが、それら複数がぶつかったときの感覚から恐らく硬いものでもない。
なんだろうと気になった私は、手のひらに握っていたそれを見て反射的に聞き返した。
「あの...先生?これは一体...?」
手の上には、これでもかと果物がところせましと並んでいる。青い林檎、赤よりも白みがおおい苺、少し皮の硬い蜜柑、レモン、それに粒のかけた葡萄の房。他にも色々あったが、皆よく見るとどこか不格好だった。
「そう!ヒナタにはこれでミックスジュースを作ってほしいんだ!!」
先生が声をあげて私の両手を上から包みこんだ。笑顔の目にはよくよく見るとくまが酷いのがよくわかった。
「あの、先生?本当によろしいのですか...?」
「もちろん!いつでも始めちゃって!」
ソファに座るヒナタの膝枕、正しくは膝でなくその豊満に育った太も……大腿部にアイマスクをして寝転がった先生は元気よく答えた。
アイマスクはヒナタが頼み込んだものだった。流されるままに膝枕を許した身ではあっても、自分の膝の上から先生にずっと見つめられるは何だか気恥ずかしい。
五徹したと言う先生は「そうだね!その方がより気持ちいいかもしれないね!」なんて、私には意味がよく理解できない反応をされましたが...とにかく着けていただけて良かったです。
(ふぅぇ……緊張してきました……)
太ももに先生の頭の感触を感じ、髪の毛がくすぐったいのか緊張のせいで余計にそう感じるのか、もうよく分からない感覚です。
机の上の果物を無造作に一つ取る。少し小さめなそれは青い林檎だった。そのまま先生の耳元まで手を下ろす。先生は既に準備が万端のようで、呼吸を整えて今か今かとその時を待っている。
「あぁえっと、ええっと……」
(き、きっと、何とかなります、よね。)
先生のため、そう考えると高鳴る鼓動が次第に落ち着いてくる。先生が私にと期待してお願いしてくださったのだ。なんだろうと、応えられるなら私は応えるべきだ。そう強く思い、その気持ちを手元に送った。
ぐしゃっ..
ぐずっ…ぐじり…
べきぼきっ...ぱきゃあ
バキバキ...ぐしゅり...
ボタッ...ポタポタ...
指が林檎へと食い込み、そのまま手のひらで砕く。指先に果汁が溜まっていくと、下へ下へとミキサーの中へと垂れていく。大きめの果肉はそのまま落ちていき、手の中には芯だけが残った。
「こ、これでよかったでしょうか...?」
「すごくいいよ!!アイマスクのせいかな、いつも聞いてるやつよりずっと気持ちいい音だった!」
「あ、ありがとうございます...!」
先生は興奮して私の膝上体を揺らしていて、髪が所々に当たってくすぐったいけれど、はしゃぐ姿が普段とは違って子供のようでした。
ギャップというのでしょうか、普段の大人びた先生が私の膝の上で無邪気にはしゃいでいる姿が、私にはすごく可愛く見えたんです。
「そ、それでは次にいきますね...!」
「うん!お願いします!」
再び机へと手を伸ばす。手元近いものを、掴んだのは皮の硬くなった蜜柑だった。皮が着いているので先に剥こうとするが「耳元でできないかな?」という先生のお願いを聴いて、先生の耳元すれすれの場所で蜜柑のぼけた皮に爪を立てる。
ぶつり、ブツブツ
ブツ...ブヂ
ブツブブヅ
グシュー......
ぶち、ぶち、ぶち
「い、いかがでしょうか...?」
こっそりと耳元で囁くと、こくこくと先生は首を縦に振った。必死に隠したつもりなのだろうが、耳元に息が掛かった途端に身を震えさせたのは膝上から伝わる。私は可笑しくてくすりと笑った。
生徒の前で大人として強がっているのかと思うと、尊敬に愛おしさすら沸いてくる。太ももに頭を埋めている時点でどうしようもないんですよ、先生。
「そ、それじゃ...これもやっちゃいますね...!」
汁が飛ばないように気を付けながら、蜜柑も手のひらで包んでいく。両手を使わないといけなかったので、体をくの字に前屈みに、先生を覆い被す体勢を取る。体の位置から胸の辺りがどうしても先生も近くなり、そして触れる。
「ん...ッ」
粘性をもった液体のように、ヒナタの柔らかな胸が先生の上頭部をなぞるように包み込んだ。
「だ、ダメです先生...動かれたっら...っ!...あっ..ぅん...動かれてはバランスが...!」
流石の先生もたまらず頭を起こそうとするが、そうすればするほど柔らかく温かい胸が目元を押し付けられては形を変える。そもそも五徹目の先生が、上半身が覆い被さる生徒を押し退けるだけの力なんてなかった。
ヒナタもヒナタで、力の加減をしながら今の体勢を崩さずにいることに必死で、余計に体に力が入っていた。
しばらくむにょりと格闘していたが、そのうち先生が折れたように観念して再び膝に寝転がると、ヒナタも安心したように全身の硬直を緩ませた。
「せ、先生はそこでごゆっくりなさっていてください...わ、私にしかできないと仰ってくれたではないですか。その期待に応えさせてください...!」
先生の表情を伺い知ることは難しいが、今はそれでよかった。呼吸が整うまでゆっくりとそのままで、ゆっくりと時間が経っていく。
「そ、それでは。あらためて、ふぅ........えいっ」
グジャッッ!
ボタボタボタッ......
ボタ...ポタ...ポダ.........
ピクリと動く頭が、今度は上半身と下半身から伝わってきて、変に声が出そうになったのは内緒です。
「せ、先生?終わりましたよ...?」
机の上の果物は全て屑になり、もはや原型を残しているものはただの一つもない。砕かれたものはミキサーの約7割を満たしていて、これなら一、二杯程度余裕で作れるだろう。
しかし待てども先生からの返事はない。その代わりに聞こえてくるのは一定のリズムを刻んだ呼吸音。胸元をさするように手を置くと、上へ下へとゆっくりと浮き沈みを繰り返していた。ちょっと失礼してアイマスクを外すと案の定。目を閉じて静かに眠っている
「ふふ、本当にお疲れだったんですね」
途中から反応がなかったので、もしかして先の件で気分を悪くさせてしまっただろうかと心配していたが、穏やかな顔を見て一安心した。今だけは、周囲よりも大きく育った自分の体に心から感謝した。先生の目の下の酷いくまがそう簡単に消えることはないだろうけど、今だけは先生のために祈ろうと強く思えた。
「それにしても先生のお顔、近くで見る機会がありませんでしたけど…」
ごろりと体の向きを変える先生の無防備な横顔は、自分たちとそう変わらないようにも見えた。髭は生えているが、映画や書物で読むような立派な顎髭を蓄えているわけでもなく、顔にも皺が刻まれているようには見えない。しいて言えば随分と顔色と目つきが悪いですが、それはきっと普段の食事や仕事関係なんでしょう。
(……ちょっとだけ、なら…)
「うぅ…ん」
ちょっとした好奇心が魔を指して、ひとさし指で寝ている先生の頬をつついてみる。先生は私達を当番にしたとき、必ず一回は頭を撫でてくれます。褒められているようで、優しく撫でてくださるボディタッチ。それが嬉しかったので少しだけマネをしようと試してみたのですが、これがどうにも面白いのです。
例えば頬を突けば眉間は皺が寄り、慌てて頭を撫でると落ち着いた表情になって、まるで猫のように愛らしく思えました。
だから、そのう、少しだけ、本当に少しだけのつもりだったんです…いつも難しいお顔をされている先生が少しでも楽になれないかな、と…そう思ってお口の周りの筋肉をほぐして差し上げようと、普段なら私達から触れ合おうとすると逃げてしまわれますので…その、まさか私の指が先生のお口の中に入るなんて分からなかったんです…!
も、もちろんすぐに手を引き抜こうとしました!でも先生に指先を、その…なめられて、体の力が抜けてしまったんです…。それに、気持ちよくしている先生を起こしてまでと考えると気が引けてしまって…。幸いにも私は他の人よりも体が丈夫ですので、これはバツなんだと自分に言い聞かせて先生のなすがまま、求めるままに応じました。まさかあんな(※甘噛み)ことまでされるなんて…
何故か、でしょうか。おそらくですが果物の香りがついていたからではないかと思いますが…あ、それでも先生は悪くないんです!私がいたずらに先生に手を出してしまったのが悪いんです!
それでも私の指をくわえている先生はまるで赤ん坊のようで…それはそれで、あの…可愛らしかったと思います…。
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後日、上記の内容がシスターフッド内であらぬ噂と共に拡散され、ティーパーティ、シスターフッド、救護騎士団で内部分裂も辞さない大事件が起きたが、それはまだ先生の知るところではない。