『終わり』、誰にでもあるもの。

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第1話

 また、一日が終わっていく。

 遠くに見える山々に、陽が沈んでいく。

 生まれてから死ぬまで、ずっと迎え続ける時間。

 静かな静かな、私たちにとって最も身近な、『終わり』の瞬間。

 優しく頬を撫でる風の涼やかさとこそばゆさに、少し顔が綻ぶ。

 

 日々、私たちは何かを失っていく。

 それは若さかもしれないし、力かもしれないし、知識かもしれないし、機会かもしれないし、それの果てが命なのだろう。

 私たちは日々、世界に光る落とし物をしていく。

 この世界は、私たちが失った、私たちの『一部(世界)』でできている。

 

 でも、きっと今の私たちは無敵だ。

 どれだけ落とし物をしたとて、私たちの荷物はまだ多い。鞄を漁れば食べかけのパンが出てきて、ポケットを漁ればどこかでもらった飴が出てくる。そういった、かけがえのない、小さな小さな手荷物に包まれて生きている。

 師であるあの人は言っていた。

「大人になるということは、大きい荷物がすべてだと思い込み、それしか背負わなくなることだ」

 いつか私も、みんなも、そうなってしまうのかもしれない。

 この貧相な体が大きくなるにつれ、見える世界も、私が握る力も、大きなものに飲み込まれていくのかもしれない。

 

 でも、今の私たちには関係がない。

 私たちは今、青く澄み渡る空のもと、春を生きているのだから。心が踊り、ぽかぽかと暖かい。そんな温もりの中で、私たちは学び、諍い、必要とあれば剣をとる。騒がしくて一瞬たりとも無駄のない、輝かしい生活をしているのだ。

 

 きっと私もみんなも大人になる。

 見たくないものや、晒されたくないものにまで巻き込まれる。

 いつか来るその日を思えば、少しは気が滅入る。

 それでも、それは今日という楽しい一日をかき消す理由にも、障害にもならない。

 もう少し、私たちが大人になるのを待ってほしい。

 どれだけ、それがわがままでも。

 いつか、終わってしまうのだとしても。

 

 

 視界の先、風にゆらめく針葉樹の並木の先に、ふわふわと揺れる黄のポニーテールと、スクーターを押すクールな背中の、ふたつの人影を見つけた。

 その背中に追いつくために、私は隣の友人に告げる。

「それじゃあ、また明日ね!」

 

 また明日!と返事が聞こえてくるのを待たずに、駆け出した。

 小さな小さな手荷物のうちのひとつ。そして、絶対に手放したくない、宝物。世界になんか、くれてやらないんだ。

 ふたりに追いついて、そうしたら。一緒にお風呂に入って、他愛もない話をしながらご飯を食べて、傾く月に明日のことを思いながら、眠りにつく。そうしてまた、明日の太陽がやってくる。

 私がこの手を伸ばせば、きっとそんな未来がやってくる。そうしてそれは現在になって、過去になって、そんなことを考えている暇もなくまた手を伸ばし続けて、未来を掴み続けていく。

 必死なんだ。もとより飛び出してきたこの身、自分を疑っている暇もない。だからたぶん、落とし物にも気づかないのかもしれない。

 

 空を飛ぶように勢いづけてふたりに抱きつくと、私の『一部』は驚きと反抗にざわめき立った。道端に寝転ぶ猫が、こちらを見てバカらし、とあくびをしたのが見える。

 

 ああ、幸せだ。

 もし、もうひとつ、欲張りになっていいのなら。

 明日、師に会えるだろうか。

 もし、会えたその時は。

 

 あなたは私のものだと確かめるように、私は空を飛ぶ。

 


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