「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 第二幕 2024 -いつかあの頂で- 作:カービィ改二
ある程度説明はしますが、それでも読んでいないと分からなくなる部分があると思うので、少しは「いつかあの路で」の方を読んでおくことをお勧めします。
act.0「Encounter(新たなる出会い)」
―――2023年、神奈川・箱根。
最後の戦いの果てに力尽き海に沈んだ直後、「『艦これ』いつかあの海で」の世界から、走りの聖地・箱根へと導かれた駆逐艦時雨。
後の相棒となる人物との出会い、車の事を教えてくれた人々との出会い、そして…一方通行の愛で彼女の事を愛していた男との出会い。
車という新たな艤装を差し出された彼女は、相棒たちへの恩返しの為、そして自らの真実を知るべく…箱根の峠道を駆け抜け続けた。
己の真実を知り、箱根の「皇帝」との因縁を知り、全ての戦いが終わって全てを受け入れた後、箱根の新たなる「皇帝」となった時雨は「己の限界まで戦いたい」という願いを叶えるべく、アマチュアレーサーデビューを果たすのだった。
…アマチュアレーサーデビューを果たした時雨が出場した「D1地方戦」。
予選を好成績で通過した彼女の前に現れたのは、彼女に目星を付けた2人のトップレーサー。
そんな彼らが引き連れてきたのは、嘗て「『艦これ』いつかあの海で」の世界において唯一無二の相棒ともなっていた少女…丹陽こと雪風であったのだった…。
D1地方戦の決勝レース後、2人は共にサーキットを走る事で互いの実力を知り、お互い腕を磨くことが必要であると認識した。
その実力は互いに勝るとも劣らない、拮抗した実力。
互いの実力を知った二人は、共にチームで走りたいという意志を露にした。
そして時雨が所属するレーシングチーム「Time Rain Racing with GodWind Union」の本格始動となる4か月後までに…それぞれの方法で切磋琢磨し、腕を更に磨いていくことを誓い合うのだった。
極度の幸運と才能でゼロヨンの世界のトップに君臨した雪風。
一方で周りの助けと己の意志で箱根の皇帝の座に君臨した時雨。
そんな中で時雨は、箱根以外のコースでも腕を磨く必要があるのではないかと考えていたのだった。
―――スポット参戦による初出場にして優勝という華々しい結果を出した「D1地方戦」から3週間後。
この日時雨は、自らが勤める整備工場「カーファクトリー・ピット」で整備を施したマシンの最終チェックも兼ねて、テストドライブの為に箱根の峠にいた。
マシンは黄色のホンダ・CR-Zである。
サーキットレースは毎日開催されるわけではない。
だからこそ普段は、峠道でコツコツと練習する事が近道であるという事は時雨も奈美子も理解していた。
仕事の合間を縫って、時にデモカーを乗って箱根の峠を駆け抜けて鍛錬を続けていく。
峠のレース、公式のサーキットレース、普段の『ピット』での整備業務、更には知名度アップのためのグラビア活動、ライセンス取得のための勉強。
兎に角多忙な中、そこに「皇帝」としてのドライバーたちへの対応も必要となってくる。
時間を何とかやりくりしながら、時雨はとにかくスキルアップを急ぐのだった。
一方でそれと同時に、彼女は「箱根の皇帝」としても箱根のドライバーたちからの挑戦を受けていた。
だが基本的に結果は言うまでもない。
彼女の噂を聞いて挑戦をしてくる者は多かれど、その大半はロケットバニーワンエイティに乗った彼女の敵ではなかった。
時に強者と争う事はあれど、彼女の力を知らずに挑んでくる身の程知らずも少なくない。
そして時雨にとってそれは、どちらかというと刺激を感じられなくなっているのだった。
慣れたコースで慣れた車に乗って相手をしていても、彼女にとっては「勝った」という満足感は少なかったのだった。
「ふう……」
晴れ渡った空模様の下、CR-Zを降りて駐車場のベンチに腰掛けて一息つく時雨。
「どうしたの時雨?今日の仕事も絶好調だったように見えたけど…」
時雨の横に座り、ペットボトルのお水を差しだす時雨の相棒、奈美子。
差し出されたペットボトルの水を飲み干した時雨は、ある感情を吐露する。
「なんだかここ最近、刺激って言うのかな。色んな人とバトルをしてはいるけれど、思うところがあってね」
「思うところ…?」
箱根の「皇帝」の座を継いで数か月。
「皇帝」の座に就いたことを知った走り屋たちが、時雨に挑戦してきた。
時雨は伊達に「皇帝」の座を継いだ以上、多くの人間を返り討ちにしてきた。
それは言い換えれば、順調に勝ち星を挙げて技術鍛錬が出来ているという事でもある。
しかしそんな彼女でもある事実に気が付き始めていた。
それこそが時雨の心の中の淀みと化していた。
「最近、思ったんだ。僕が箱根で勝ち続ける事が出来ているのは、箱根だからじゃないかな…って」
「それって…走り慣れた土地でバトルをしてるから、勝てているって事?」
「僕は、そう思うね」
ほぼ毎日の如く走り抜けている箱根の様々な峠道。
幾ら自分がチャンピオンとして相手の挑戦を受ける立場であっても、あまりに走り慣れたコースであった以上勝っても半ば当然と思われても仕方ない節がある。
「もっと他のコースでも走ってみたい、って思うんだ。それこそあの時、サーキットを走った時みたいね」
「時雨…」
「僕以上の才能を持っているであろう、ユキにも…負けていられないからね」
軽く天を見上げて、時雨は言葉を続ける。
ユキ、こと雪風…丹陽。
彼女はゼロヨングランプリのチャンピオンという栄光を勝ち取りつつ、ゼロヨン以外でも才能を見出され、時雨と争うかのように彼女は彼女なりの特訓を行っている。
一方の時雨も当然ながら独自に様々な仕事やバトルを通して自主練・特訓を行っていた。
だが、雪風には才能がある。それだけじゃなく、彼女には文字通りの幸運がある。
その幸運を実力で乗り越えるためには、場数を踏みつつも経験を積み重ね、彼女の才能や幸運を実力で凌駕する必要がある。
そんな事は、以前サーキットで互いに走った時に「勝負に負けて試合に勝った」という時雨自身が嫌でもわかっていた。
そしてそう考えているうちに、いくらフィールドはかなり広いとはいえ箱根だけに留まっていてはいけないのでは…?とも密かに考えるようになっていた。
「今までは僕は挑戦を受ける側だった。でも僕が今まで勝つことが出来ていたのは、箱根という僕に有利な条件だったからだと思う」
「有利な条件…地の利って事ね」
「僕にとって不利な条件で戦う事で、僕自身の走りにもっと磨きをかけたいと思うんだ。僕はどうすればいいと思う?」
そう言って時雨は奈美子の方を向いた。
「うーん…」
それらの言葉に対し、軽く悩む奈美子。
すると、ある事を思い出したかのように、バッグの中から何かを取り出す。
それと同時にある言葉を発した。
「ねえ時雨、『ライジング・サン 0500』って何のことだかわかる?」
「ライジング・サン?それって一体…?」
「このメモに書いてある事なの。実家にあった、お父さんの古い革ジャンに入ってたメモなんだけど…」
「ヒュウガさんの?」
メモを時雨に魅せる奈美子。
奈美子の父親、ヒュウガ。
彼は世界を股にかけるテストドライバーである。
テストドライバーとして活動する前は、箱根近辺でも名の知れた走り屋だったという過去もある。
そしてヒュウガと時雨は一度会っている。
とはいえそれは、入院した時雨のお見舞いに来るためであってたった5分しか会っていないのだが。
「じゃあ、お父さんの何か…多分、嘗てヒュウガさんが経験したバトルについてなんじゃないかな?」
「うん…そうだと思うけど、時雨は気にならない?私のお父さんがどんなことを経験してきたのか…」
「…確かに僕とヒュウガさんは面識があるけれど、僕もあの人のことは詳しく知らないから…気になるかな」
「だったらさ、この『ライジング・サン』について…」
すると奈美子がそう言いかけた時だった。
駐車場に赤黒ツートンのAE86トレノが入ってきた。
冴えないエンジン音を鳴らし、駐車場に入ってきたトレノは停止した。
「あのハチロクは…」
ベンチから立ち上がった時雨と奈美子。
運転席から姿を現したのは、『あの男』だった。
「うおおお~~ん!!時雨ちゃ~~ん!!」
サングラスの上からでも涙目になっているのがわかる、例の男。
時雨と初めてバトルをした相手、アフロのヒロシだった。
「ひ、ヒロシ?」
そう言った瞬間、ヒロシは時雨に泣きついて来た。
「ち、ちょっと!何やってるのよだらしない…」
「うぐぐ…急にすまねぇ時雨ちゃん、俺様の…俺の敵を討ってくれぇ!!」
「か、敵?」
泣きついたかと思いきや顔を離すヒロシ。
しかし変わり果てた姿に時雨は動揺する。
だがそのヒロシの姿に対し、奈美子は冷静だった。
「全く…断固拒否するわ。どうせヒロシの事だから、因縁吹っ掛けて返り討ちにあったとか、そういうのでしょ?」
「ギクっ!!」
「そうなのかい?」
奈美子の言葉に対し、多少言いよどむもヒロシが返事をする。
「い、いやその…こ、これは箱根のドライバー全員の名誉にかかわる問題なんだぜぇ!?あの野郎、あることない事片っ端からSNSにアップして箱根をディスって…」
「えすえぬえす…?あれ?」
ヒロシがそう言葉を続ける中、赤いS13シルビアが目の前に止まった。
かと思うと、車から出てきた男がヒロシのAE86トレノをスマホでパシャパシャ撮影し始めた。
「あの人は…?」
時雨がそう呟いたところで、男が独り言のようにこう言った。
「『箱根のドライバー、クソチョレェwww赤黒ツートンの車とかダッセェしwwwオレのライジング・サン超カッケェwww』…っと。写真を撮ってSNS送信!」
「えっ?」
「…?」
男の発した言葉に、奈美子と時雨が食いつく。
AE86トレノを撮影している男に対し、奈美子は言い寄った。
「今、あなた…『ライジング・サン』って言った?…私、奈美子って言うんだけど、その話を詳しく…」
すると奈美子に興味を持ったのか、男が奈美子の方を向いて話しかける。
「そう、俺の愛車のS13シルビア、通称『首都高最速のライジング・サン』。何キミ…ナミちゃんだっけ?俺の車にキョーミあんの?」
「あなたは、一体?」
時雨がドライバーの事を聞こうとする。
「オレ、チーム『ミューホップ』のミズキ。『キャウヮイィ女の子たちにまさかの逆ナン!』…っと、SNS送信!あー、忙しいからまったねぇ~!」
時雨がドライバーの事を聞こうとしたところ、ミズキと名乗る男は直ぐにS13シルビアに乗り込んだ。
「あっ、待って!」
だが奈美子の制止を振り切り、S13シルビアは去っていった。
「くそっ、あの野郎…」
「…あのS13シルビアの人、『首都高最速のライジング・サン』って言ったね」
「ええ、言ってたわね。今の男に聞けば、『ライジング・サン』についてわかるかも…」
駐車場に取り残された3人がそれぞれ言葉を口にする。
メモの内容と同じ『ライジング・サン』という言葉には、時雨も興味があった。
するとヒロシが気になったかのように時雨に話しかける。
「…時雨ちゃん、まさか首都高に行くのか?ってか、ライジング・サンって、一体なんだぁ…?」
「こっちの話。気にしなくていいわ」
「お、おう…」
ライジング・サンについては奈美子がヒロシを黙らせた。
するとそこで、奈美子がある事を思いついたかのように時雨にこう言った。
「そうだわ…時雨、この際首都高で武者修行することにに興味はない?」
「武者修行…?」
「私もさっきの『ライジング・サン』の事は気になるけど…時雨にとっても、首都高でのバトルはこの上ない経験になると思う」
「首都高、か…やっぱり箱根と同じくらい、バトルは盛んなのかな?」
するとヒロシがこう言った。
「無茶だけはするなよ時雨ちゃん…首都高は下手したらこっちのドライバーでも手こずるくらいのドライバーたちがズラズラいるって、根っからの噂だぜぇ」
「箱根のドライバーたちが、手こずる?そんなに…?」
「でも、速いドライバーもそうでもないドライバーもいるから…ピンキリってところかしら」
「そうなんだ…」
「それでも、まだ見た事のない場所で経験を積むというのは…いい事だとは思うわ、時雨」
「……」
自分たちがバトルしてきた箱根のドライバーたちが手こずるほどの強敵が首都高にはいる可能性がある。
それに加えて、相手のコースに殴りこむ以上自分たちは圧倒的に不利である。
しかしそれと同時に普通のドライバーが手こずるなら、「皇帝」の座を継いだ自分が殴り込んだらどうなる?
その事については時雨は興味を持った。
まさしく、自分の腕試しのいい機会だと思ったからであろう。そして武者修行のためのいい経験になるとも思った。
すると時雨にある質問が浮かんだ。
「奈美子、箱根から首都高ってどれくらいかかるんだい?」
「そうね…1時間もあれば行けると思うわ」
「1時間…」
時雨にとって奈美子のその答えは意外なものだった。
時雨にとっては首都高がどこにあるのかを知らない。
いや、正確に言えば記憶にあったけど忘れていた。
以前ショウの家に向かう際に、道路案内板に「首都高」とは書かれていたような気がした。
1時間くらいで首都高へ行けるのであるならば、「ピット」での仕事明けに首都高へ向かえばいいのかもしれない。
そう時雨は思った。
「ねえ、殴り込み…っていうか、武者修行、やってみない?」
改めて奈美子が時雨に提案した。
首都高…箱根においてバトルは盛んだが、首都高においても盛んのようだ。
自分が知らない相手が、まだ見ぬ強敵が首都高にもいる。
そう思うと、嘗ての相棒の姿を追いかける自分にとっては首都高でのバトルもまたいい経験なのであるという事は理解できた。
そしてそう思った彼女は、こう言葉を口にした。
「…そうだね。僕もドライバーとして腕を磨くためなら、行ってみたい」
今この時も走りに打ち込み、数か月後には同じチームで互いに争う事になるであろう嘗ての相棒、そして先代の皇帝等と共に、チームを引っ張れるようにするためにも。
己の腕を磨き、自分が見た事がない世界へと挑戦していく為にも…
時雨は、首都高という新天地への扉を開くことを決めたのだった。
今後に向けてのより更なる速さを手に入れる為、そして限界まで戦う為…時雨の新たなる物語が、首都高から始まろうとしていた。