「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 第二幕 2024 -いつかあの頂で- 作:カービィ改二
遂に時雨がアメリカへ殴り込み。
そこで待つものとは一体?
act.12「The Two Giants -Ghidorah Arrival-(2大勢力 -超ドラゴンマシン現る-)」
―――奈美子の母親、そして時雨を心から愛していた男…ショウの力により、ニューヨークへと行く決意を固めた時雨。
1日近いフライト時間を経て、遂に飛行機はニューヨーク…ジョン・F・ケネディ空港へと着陸する。
混迷極まるニューヨークのストリートレース界隈。
果たして時雨はそこで何を見るのか?
新たなる物語が始まる。
―――ジョン・F・ケネディ空港。
キャリーバッグを受け取った奈美子と時雨は、到着ロビーへとやってきていた。
「着いたわね、ニューヨーク…!」
「うん。えーっと…こっちで、僕のことをサポートしてくれる人がいるって聞いたけど…」
到着ロビーでキョロキョロと人を探す時雨と奈美子。
どうやらニューヨークにおいて時雨と奈美子の後見人がいるようだ。
すると、周りを見ていたその時だった。
「Hey!奈美子ちゃん!時雨ちゃん!」
「?」
自分たちの名前を呼ぶ声がした。
時雨と奈美子が声の方向を見ると、そこには…口髭を生やして眼鏡をかけ、丁髷の様なモヒカンヘアーが特徴の男性が手を振っていた。ワギャンランドのワギャンのプリントが入ったシャツを着ている。
彼がコーディネーターのようだ。
「あの人は…」
「そうみたいね。行こう、時雨!」
2人は足早に声の方向へ向かい、男と対峙した。
対峙したところで、男が歓迎するようにこう言った。
「やあ2人とも、久々だね!箱根での映画撮影でお世話になった以来かな」
「お久しぶりです、マルコ監督」
「お元気そうで何よりです!」
歓迎ムードを漂わせている、マルコと呼ばれた男。彼は時雨や奈美子と面識があった。そして時雨と奈美子は握手しながら軽く頭を下げるのだった。
怪獣監督マルコ。ハリウッドを中心に活動する映画監督で、数々の有名映画の監督を任せられる程優れた人物である。
白鳥ツバサとも面識があるが、彼ですらも先を読めない独自の思考を持っている。映画製作に対して真剣に取り組む姿勢を見せるが、テンションが高くなると自分の世界に入りこみ、子供の様な一人芝居を始めてしまう癖を持つ。
ドラテクの腕も高く、一時期ヒロシの要望でツバサと共に映画撮影のために箱根全面を占拠計画を立てていたが、時雨がバトルと同時にロケハンに協力することで計画を取り消すことを約束、引き換えに時雨と奈美子に映画出演をオファーしてカメオ出演を果たすのだった。
そしてそんな彼が現在撮影している映画は…あの国においては、龍崎グループが配給に関わっているため、その総帥である龍崎トシゾウの頼み…知り合いをバイトとして雇い、必要に応じてバックアップを行うという条件があっさりと受け入れられたのだった。
「ようこそ、アメリカ・ニューヨークへ!色々と君たちの事情は白鳥君や龍崎社長から聴いているけど、まずは歓迎させてもらうよ」
「マルコ監督、これからお世話になります」
「うんうん、相変わらず礼儀正しくて素晴らしいね。まあでも、もっとざっくばらんでいいよ。早速だけど、車の方が送られていると聞いているけど、手続きはまだかな?」
「あ、はい。まだ着いたばっかりなので…」
「それじゃあ、僕も手続きの方は手伝おう」
「いいんですか?ありがとうございます!」
「いいのいいの。あの白鳥先生や龍崎社長から色々と頼まれているからね。早速手続きの方をしに行こう」
そう言ってマルコに連れられた2人は、車の引き取り手続きを行うべく移動するのだった。
◇ ◇ ◇
―――数時間後。
税関を出て、車を受け取った2人はクタクタだった。
時差ボケもあるのかもしれないが、やはり色々手続きが面倒だったからということもあるのだろう。
「や、やっと手続きが終わった…」
「お疲れ様、2人とも。僕も飛行機で空輸することも多いけど、国境をまたぐと国際線の場合だとやっぱり時間がかかっちゃうんだよね…」
「マルコ監督は、いつも愛車をこうやって送ってるんですか?結構ハードな気がするんですが…」
「まあ、そうだね。僕も車を運ぶときは船を使うこともあるけど…やっぱり飛行機だと、手続きとか時間かかるんだよ…」
車を飛行機で運ぶことは可能と言えば可能だ。
だがそれ以上に、到着時の税関やら手続きやらが本当に面倒なのである。
それでもマルコがこなれているのは、やはりそれだけ様々な国へと愛車であるチャージャーR/Tを持ち出していることもあるのだろう。
疲労が表れていた2人に対し、マルコはこう言った。
「さあ、2人とも。車はレンタルのトレーラーに入れるよ。トレーラーは僕が運転しよう」
「あ、ありがとうございます…」
「とりあえず、住処に着いたらこれからの話をしよう。君たちとは短いながらもいい付き合いにするようにしたいからね」
「は、はい」
そう言ってマルコは車を時雨と奈美子のホームへと運ぶように口にするのだった。
―――時雨と奈美子のホーム。
ニューヨークにほど近い場所に、トシゾウが用意してくれたセーフハウス。
小さいながらもガレージが用意されており、2人が住むには十分のスペースだった。
マルコもトシゾウから話を聞いており、リビングにおいて時雨・奈美子と共にテーブルを挟んで向かい合っていた。
テーブルには雇用契約書が置かれている。
「さて、ここからはビジネスの話だ。白鳥君や龍崎社長から、君たちの事をアルバイトで働かせてほしい、と聞いている」
「はい、そうですね」
マルコはトシゾウから一定の条件の下で時雨を雇ってほしいという話を聞いていた。
知り合いである以上、雇うのは簡単ではある。
だがそれでもやはりアルバイトになるのは当然と言えば当然の帰結だった。
「一応君たちは英会話も出来るとは聞いているが…やはり僕の仕事上、どうしても雑用がメインになってしまうだろう」
「そのことについては、僕も承知の上です。あと、契約期間についても…」
「ああ。既に聞いていると思うけど、君たちは明日の午後から2か月間の期間限定アルバイトとして働いてもらう。それ以上は雇うことはできないことも、伝えたとおりだ」
解雇が容易なアメリカの労働市場。
そんな中で時雨と奈美子がマルコの下でアルバイトとして働くことになったのには、複数の理由がある。
1つは、時雨自身が「食い扶持はなるべく自分で稼ぎたい」とトシゾウに懇願したから。
次に、トシゾウとツバサの知り合いであった事。
そして、時雨と奈美子はマルコ達と面識があって色々と協力してもらったから。
だがそれでも、いきなり東洋人が何でも仕事ができるというわけではない。
基本的には雑用のアルバイト前提であることは、時雨と奈美子にも前もって伝えられていた。
「それで構いません。僕もその期間内に、向こうに戻らないといけないんです。僕には…時間がありませんから」
「うんうん。君がレーシングチームで活動することになっているのは僕も知っているよ。でもやっぱり、映画の撮影スケジュールというのもその2ヶ月で終わりになるからね」
「2ヶ月で映画の撮影、ですか」
「ああ。撮影自体はなかなかにハードだけど…君たちはあくまでアルバイト。決まった時間にきて決まった時間に帰ってくれていいよ。ただし、時給換算の仕事になるから気を付けてね」
「わかりました。ありがとうございます」
「あとはそうだね…僕もやはり仕事を紹介することはできても、君たちの目的までは協力することは難しいと思っている」
「と、言いますと?」
奈美子の言葉に、マルコはどこか苦い顔をしてこう言った。
「ちょっと本業の方も切羽詰まっていてね…予定期間で仕事が終わるかどうかがちょっと微妙なんだ。申し訳ないけれど、プライベートにおいて何から何まで君たちに協力することまでは難しいかな…」
「…その、すいません。忙しい中雇っていただいて」
「ああ、そこはいいんだよ。ただ、君たちのプライベートの全てのサポートまではちょっと難しい…って話だからね」
「いえ、いいんです…僕たちの目的は、僕たちでどうにかします」
時雨は覚悟したようにそう言った。
するとマルコはこう言葉を続けた。
「…そういえば龍崎社長から聞いているけれど、奈美子君のお父さんがニューヨークのどこかにいるんだって?」
「あ、はい…ただ、まだ全く手掛かりがないので何とも言えないんですが…」
「マルコ監督は、何かご存じですか?」
「うーん…」
奈美子の言葉に、あごに右手をつけて考えるマルコ。
するとあることを思い出したかのように口にする。
「つい数か月前まで東洋人が、二大勢力の片方に協力したという話は聞いているけれど…それが奈美子君のお父さんかどうかは、確証がないんだよね…」
「……」
「僕もやっぱり映画の撮影もあるし、講演会だの取材だの、おまけに映像制作とかに関して専門学校での講師とか色々と仕事が立て込んでいてさ…あまりニューヨークは走り込めていないんだ。ただ、バトルが盛んなスポットは知っているけれどね」
「じゃあもし、そこに行って…バトルをすれば…」
「うん、きっと何かしらの手がかりはあると思うけれど…ただ、確証がないのも事実だから気を付けてくれ」
「ありがとうございます。気を付けます」
そう言って時雨は軽く頭を下げた。
すると気になったかのように、顔を上げた時雨は質問を口にする。
「あの、そういえば…他の知り合いって、今回の撮影にはいないんですか?」
「ん?知り合いというと…クーラとか?」
「そうですね…マシューさんやノアさん、ランベルトさんみたいな方は…」
暴れ馬マシュー、美の化身ノア、伊達男ランベルト。彼らはアメリカでも名の知れたアクション男優たちであり、箱根を舞台にした映画撮影において時雨とも面識がある。
時雨ともバトルをした経験のあるドライバーたちは、かつてマルコ監督の下で俳優として仕事していた。
だが、その名を聞いたところでマルコはどこか申し訳なさそうな顔をした。
「実をいうと、今回は彼らは映画に出演していないんだ。だから今は…ニューヨークにはいないね」
「そうなんですね…」
「彼らは彼らでやっぱり仕事があるからね…ノアみたいな人はバラエティ番組にも出ているくらいだし」
「やっぱり、こちらではかなりの有名人なんですね」
「うん。正直言ってあの4人が僕の映画に一緒に出てくれたのは奇跡と言ってもいいくらいなんだ」
「そうですか…ちょっと残念です」
箱根で撮影をしていた時、マルコの映画には5人のドライバー…俳優・女優が参加していた。
暴れ馬のマシュー、伊達男ランベルト、美の化身ノア、完璧女優クーラ、狼のバージニア。
時雨は知り合いと再び会えるのではないかと思ったが、そうではないことにどこか残念そうだった。
するとそれを見たマルコが再び口を開く。
「ああ、でも…実はクーラがカメオで少しだけど出演する予定なんだ」
「え…クーラさんが?」
「うん。でも今クーラはハリウッドにいるんだ」
「別の仕事、ってことでしょうか?」
「うん。ただ、あと1ヶ月くらいもすればこっちに戻ってくるという話も聞いているね。あとは彼女の妹であるバージニアもカリフォルニアの方にいて、仕事をしているそうだが…これはまだいつ戻ってくるかはわからないね」
「そうなんですね…僕、もし会えたら挨拶をしておきたいと思うんです」
"狼"のバージニア。以前箱根にいた、アメリカからやって来た女性ドライバー。金髪のロングヘアーで、耳が付いたフードパーカーを着ている。元々はアメリカで活動していた女優で演技の才能もあったが、車漫画のドリフトに影響され、両親の承諾も得て女優活動を休業して箱根へ向かっていた。
一時期姉とは不仲だったが、箱根での時雨と姉とのバトルを経て和解し、時雨の勧めもあって女優活動をしながら時折あの国を訪れていいことを条件に仕事している。
基本的に現在はアメリカで芸能活動中である。
"完璧女優"クーラはバージニアの姉でアメリカ出身の女優。
役作りのためなら監督の要求をより完全な形で表現することから、監督たちの間では彼女のことを「完璧女優」を揶揄する隠語が生まれた。ドラテクも役作りの一環として技術も優れ、ハンドルを握ることに一ヶ月足らずでレース対決にも勝利し、マルコ監督が箱根で撮影をする際は彼の要望で関東の峠に赴き、数々の走り屋に勝利している。
奔放なバージニアに芸能活動を復帰させるために彼女とのバトルに勝利して連れて帰ろうとするが、バージニアに代行を任された時雨にバトルを挑むことになった。
彼女と和解するためにバトルへ付き合った時雨と奈美子に次第に心を許し始め、妹が箱根に滞在する理由を理解したことで、一定の条件下とはいえ和解。こちらも現在はハリウッドで仕事へと取り組んでいる。
「そうだね。1か月くらい後には僕のところで仕事をすることになっているから、きっと会えると思うよ」
「そうですか…ちょっと楽しみです」
マルコにとっても一人でも多く、時雨の知り合いがいることはいい事だと思っていた。
やはり異郷の地で一人でも知り合いがいることほど心強いものはないと思っていたのだろう。
そしてそういったところで、時雨はもうひとつの質問をする。
「…そうだ。マルコ監督、今ニューヨークでは二大勢力が争っているという話を聞いたんですが…そこに関して何か、ご存知ですか?」
「ああ、そうだね…今ニューヨークで二大勢力と呼ばれているのは、老舗パーツメーカーのケミックこと『ケミック&モレック』と、新興のパーツメーカーのオクティこと『グレートオクティ』だ。そしてそれらの勢力を抑えようとしている仲介組織が…元レーサー集団の『リブラ』という集団だね」
「ケミック、オクティ、そして仲介組織のリブラ…」
「ケミックとオクティはパーツメーカーなんですね」
「うん。僕はここ最近ニューヨークでのバトルには関わっていないけど…その三つ巴と言ってもいいね」
「……」
「今、ケミックもオクティもかなりピリピリしているみたいでね…もし会ったら、通りすがり同然のキミたちも問答無用でバトルを仕掛けられるかもしれない。そしてもしバトルになった以上…『ビッグゲーム』というバトルに付き合わされることになると思う」
「ビッグゲーム?」
「それって?」
時雨と奈美子が質問すると、マルコはどこか嫌な記憶を思い出すかのようにこう口にした。
「一言でいえば、勝者が敗者の車を横取りできるルールだよ…」
マルコ監督は真剣な顔でそう言った。
その言葉を聞いた時雨と奈美子は驚くしかできなかった。
「負けた人の車を横取り…?」
「そんなルールが…!?」
「うん…おまけにバトルに負けて渡されたマシンは各陣営で解体して、新パーツ制作の研究材料にされてしまうそうだ」
「研究材料に…!?」
「そんな!」
時雨と奈美子にとっては驚くしかなかった。
そんな中でマルコは言葉を続ける。
「そしてそれが、最近僕や仲間たちがニューヨークでバトルをしていない理由の一つだ。僕も正直そんなバトルは、あまりよくないと考えている」
「折角作り上げた愛車が、奪われちゃうなんて…」
「監督も、やはりその…『ビッグゲーム』に遭ったことがあるんですか?」
「うん…数か月前の話だけどね。正直間一髪だったと思っている。僕の愛車…チャージャーが危うくケミックに持って行かれちゃうところだったよ。バトルには勝利してそのまま逃げたから、何とかなったんだ」
「じゃあ、そこから監督は…」
「ああ…ニューヨークではバトルをしていない。僕も本当は何とかしたいとは思っているけれど、僕や知り合いだけの力ではね…」
「そうだったんですね」
「…そしてそんなバトルが蔓延っている以上、ケミックでもオクティでもない市民からすれば、本当に困りものなのはわかるだろう?」
マルコはどこか同情を促すようにそう言った。
だが時雨と奈美子にとってはそれは十分納得する理由であった。
負けたら愛車が奪われるなんて冗談ではない。
そう思った以上、2人が同情するのは当然と言えば当然だった。
「全く関係ない人も被害を受けてしまう可能性があるとなると…そうですね」
「わかってくれるかい?それにそうである以上、君たちがその渦の中に飛び込んでいくことは、あまり僕としては勧めたくない。君たちの車は見た目からしてかなりいい車だろうしね。それでも君たちがバトルに挑んでいくというならば…僕は止めないよ」
マルコは時雨と奈美子を心配するかのようにそう言った。
だが、時雨の決意はもうすでに決まっていた。
「マルコ監督、ご心配ありがとうございます。僕も覚悟の上です」
「ふふっ、どうやら僕の心配は杞憂だったのかもしれないね。僕は君たちの実力も認めているけど…その渦に飛び込む以上、バトルで負けることは許されないだろう。そこに関しては、覚悟を決めてくれ」
「…ありがとうございます。油断せずに、行きたいと思います」
マルコとの忠告に対し、時雨はしっかりとした目でそう答えるのだった。
そしてその目を見たマルコは、こんな提案を口にした。
「さて、ところでだけど…例の車の方を、改めて見ておきたいんだ」
「僕の車を、ですか?」
「うん。時雨君、いいかな?」
「あ、はい。いいですよ」
「じゃあ、ガレージに行ってみましょう」
そう言って椅子から立ち上がった3人。
リビングを出て、繋がっているガレージへと向かっていく。
ガレージには既にトレーラーから降ろされ、止められていた1台のマシンだった。
そしてそれは…東京において、時雨が選んだ1台だった。
3人の前に止められていたマシン…それは。
「これは…Z33のフェアレディZだね」
「はい」
「ふむ、いい車だと思うよ…それにしてもなかなか派手なカラーとエアロをしているね」
時雨が選んだマシン、それは日産・フェアレディZ(Z33)…"義努羅"だった。
600馬力を誇るマシンであり、多少のミスくらいならその爆発的な加速力でカバーできる一台である。
金色に光るそのマシンは、遠くにいてもかなり目立つマシンであった。
「言い忘れてましたが、この車は"義努羅"って名前が付けられているそうなんです」
「"義努羅"…?まさか、怪獣の名前かい!?」
「あ、はい…そうらしいです」
「いやいや、驚いた…!怪獣好きな僕にとっては、ちょっと嬉しいね」
「(そうだった、マルコ監督は怪獣映画大好きなんだった…)」
特撮映画をメインに撮影しているマルコはやはり、ゴジラシリーズにも知見があった。
そして名前を聞いた時…彼にはピンとくるものがあった。
「ギドラ」の名を持つ怪獣、なんてものはもうそれしかない。
マルコが話を続ける。
「スペックとかはどんな感じかな?」
「そうですね…600馬力って聞いています。全体的にパワーアップが施されているそうですが、中でもかなりの加速特化らしいそうです。あとはボルトオンターボ化もされています」
「なるほど…かなり手が加えられているね。NAじゃやっぱり限界があるから、ターボも施したってところかな。ではこの車でニューヨークのバトルシーンに殴り込み、というわけだね?」
「はい」
「ふむふむ、なるほど。ただ…なかなかにニューヨークのバトルシーンは厳しいみたいだ。君たちがいい車に乗ってるのはわかっているが、ビッグゲームの事も含めて気をつけてほしい。僕ができることは少ないけれど…仕事で生活費を稼がせてあげることと、軽い相談に乗ることくらいはできる。頑張ってね」
「ありがとうございます。それだけでも、本当に十分です」
マルコのサポートに対し、時雨と奈美子は頭を下げるのだった。
マシンのことを確認した時雨と奈美子。
この後、2人はマルコからホームの近辺についていろいろと教えてもらうことで、生活の基盤を整えていくのだった。
―――翌日、夜。
ホームのガレージ。
仕事を終えて戻ってきて、休憩を取った時雨が遂にニューヨークのストリートへと向かうべく準備している。
今は時雨と奈美子の2人がZ33の最終チェックを行っているところだ。
「それにしても、用意してもらった物件がガレージ付きの家で本当に助かったわ…家探しをしてくれたエニシさん、提供してくれたトシゾウさん、あとはバックアップをしてくれたマルコ監督には本当に感謝しないとね!」
「そうだね…何から何まで、助けられてばかりだよ。この恩は…ここで成果を上げることで返さないとね」
ガレージにおいてマシンを整える時雨に対し、奈美子はそう言った。
時雨にとってもこんなにもうまくいくとは思えなかった。
知り合いの伝手で物件を探してもらい、おまけに仕事まで紹介してもらった。
「ところで時雨、例のお仕事の方はどうだったの?やっぱり難しい?」
「ううん…僕が向こうからやってきていたことはマルコ監督もよくわかっていたからさ、基本的にマルコ監督の補佐…監督の仕事の手伝いを行っているんだ。まあ、雑用と言えば雑用だけど…初日だし、紹介で終わったってところかな」
いくら英会話を身に着けているとはいえ、いきなり現場で働くのは難しい。
まずはマルコ監督の下でサポートとして働いて現場の雰囲気に慣れるというところから始めているのである。
すると、服の様子を気にした時雨が奈美子を見てこう言った。
「奈美子、やっぱりこっちじゃ寒いからジャケットを用意してきたんだね」
「ええ、勿論!緯度が北海道と同じだって話だから…時雨も着てくれてよかったわ!」
「ああ、そうだね…僕もやっぱり必要だからね」
奈美子はこの時、ジャケットを着こんでいた。
部屋の中は暖房が聞いているとはいえ、やはり緯度が北海道と同じであるニューヨークは冷え込んでいる。
奈美子が来ている緑のジャケットに対し、時雨のは青いジャケットだった。
とはいえこちらは午後の仕事で出かける際に既に着ており、今も準備の段階で着ていた。流石に上着だけでも寒かったので、更に着込んでいるのである。
タイヤの空気圧を確認したところで、時雨は立ち上がった。
「さて、僕はもういけるよ。マルコ監督が教えてくれた、バトルが盛んな場所に行こう」
「ええ、あとは電気や暖房とかも全部消して…早速行きましょう!」
「うん、行こうか」
そう言って時雨はガレージの暖房や電気を消し、ドアを開けてZ33に乗り込んだ。
すると、ドアを閉めた時だった。
「あっ、そうだ時雨。雪風ちゃんからもらったあれ、付けてなかったわよね?」
「…あっ」
出国直前に現れた雪風。
彼女から時雨はあるものを受け取っていた。
だがそれの事を時雨はすっかり忘れていたようだ。
まあ無理はない…この2日間で随分と忙しかったのだから。
すると、奈美子が持っていたバッグからそれを取り出していた。
「あの時バタバタしていたから…時雨が私に渡したんだよね」
「うん」
「…あった」
そう言って奈美子がバッグから取り出したのは…雪風が普段からつけている桜の髪飾りだった。
「んーどこに付けようかなー」
「普通に前髪でいいんじゃないかな?」
「そうね…ちょっと待って。そのまま動かないで…」
そう言って奈美子は、時雨の前髪にその髪飾りを付けるのだった。
位置としては…雪風とは反転ともいうべき位置だった。
雪風が右側というなら、時雨はその真逆の左側である。
「オッケー、これで大丈夫よ!せっかく雪風ちゃんからもらったんだもの…ちゃんと付けてあげないとね」
「うん、そうだね」
奈美子としてはもらったものはちゃんと使わないと駄目なものであると認識していたが、それは時雨としても同意だった。
だが、髪飾りの位置は偶然にも雪風のそれとは逆である。
それは奈美子が意図したのか、偶然かはわからないが…逆になっていたのであった。
「さて…それじゃあ改めて」
奈美子も助手席に乗り込んだところで運転席に置かれていたジャケットを着こみ、Z33のエンジンを始動させる。
寒空の中、日産が誇るVQ35DEエンジンの爆音がこだまする。
「…水温、よし。油温、よし。エンジンアイドル、よし。タイヤ空気圧よし、ガソリンよし、エンジンオイルよし…」
「準備はいい?さあ、行きましょうか!」
「―――うん!」
奈美子の言葉に時雨は頷き、ギアをDドライブに変えてZ33をゆっくりとガレージから出庫させる。
ガレージから出たZ33は、一路バトルの地へと向かっていくのだった。
―――ニューヨーク・マネーストリート
ホームからほど近い場所にある、バトルが盛んな場所。
夜のネオンやビル街の光が輝く中、そこには大勢の走り屋たちがいた。
夜の街に、エンジンの爆音がこだまし続ける。
ニューヨークでバトルをすると言っても、バトルができる場所は本当に限られているのだ。
今回のバトルの地…マネーストリートも、ニューヨークで数少ない…「バトルができる道路」だった。
バトルができる時間は夜の22時から25時まで。
眠らないニューヨークの市内ということを踏まえても、バトルができる時間も限られているのだった。
「結構、車の数が多いね…」
「ええ。この人たちはみんなここの走り屋たちみたいね」
バトルしているコースの近くに一旦Z33を路上駐車という形で止め、様子を見に来た時雨と奈美子。
すると、ドライバーたちの中心に…肥満体型の中年男性と気の強そうな女性がいた。男性の手にはハンバーガーとドリンクを持っている。
「あの人は…?」
「近づいてみましょう」
集団の方へと向かう時雨と奈美子。
どうやら何かもめごとが起きているようだ。
「さっさと失せるダス、この疫病神!『ケミック』と『オクティ』のビッグなバトルを邪魔するヤツは、バンズに挟んで食ってやるダスよ!」
「ニューヨーク市民の迷惑ばっかりね。『リブラ』が来るのも時間の問題よ。あなたたちこそ、そこから失せるのね」
そう言って女性は地下鉄の駅へと歩いて行った。どうやら揉めているようだ。
「…揉めていたみたいだね」
「ちょっと話しかけてみましょうか」
「うん、行ってみようか」
そう言って奈美子と時雨は人込みをかき分けて中年男性の方へと向かっていく。
「ん?なんダス?お前らは…」
中年男性が2人の存在に気が付き、声をかける。
「ええと…エクスキューズミー?アイアム奈美子、アンドシーイズ時雨…」
「We are looking for someone...」
奈美子と時雨が中年男性にそれぞれ話しかけた。
だが男はどこか怪訝そうな顔をして答える。
「見慣れないヤツダスな…お前たちは『ケミック』か?それとも『オクティ』か?まさか…『リブラ』ダス?」
「ええっと…」
「No. Nothing of them. We are passing only.(どれでもありません。僕たちはただの通りすがりです)」
「…Passing?Really(本当か)?」
奈美子はどこか動揺しながら答えるも、時雨はふと「通りすがり」という言葉を口にしていた。
その言葉に対し、中年男性は疑心暗鬼気味だった。
そして圧を強めてこう口にした。
(※注:ここから先は日本語と英語が混じると面倒くさいので、基本的に日本語で書きます。基本的に敵幹部たちとの会話は英語、奈美子と時雨の会話は日本語です。)
「怪しいな…そうである以上間違えなく俺らの敵ってことダス!俺は『ケミック&モレック』の技術主任…『ラージ』ダス!」
「は、はあ…ラージさん?僕たちの話は…」
「ええい黙れ!恨むならこの場に居合わせた運のなさを恨むことダス。誰か手の空いてるヤツ、挨拶替わりにバトルしてやるダス!」
「あいさつ代わりにバトルなんて…自動車大国アメリカらしいわね」
「…まあいいか、そうであるなら…I see。すぐ準備しますよ。Just a moment, please」
すると、ラージの近くにいた「ケミック」のドライバーが手を上げて名乗り出た。
「いい覚悟だ…俺達『ケミック&モレック』の走り、たっぷり見せてやる。さあ、バトルしようぜ!」
その言葉に頷いた時雨は、すぐ近くに止めていたZ33に奈美子共々乗り込んでスタート地点へと移動するのだった。
―――vsケミックメカニックA
推奨BGM:NEW YORK CITY(from SUPER EUROBEAT vol.65)
相手の車は黒の4ドアER34。
マネーストリートのコースは比較的単調だ。
スタート直後のロングストレート、上り坂。
上り坂を上り切ったところに左直角コーナー。
しばしのストレートの後再び左直角コーナー。
そして大きな吊り橋の上を渡る形でロングストレートを駆け抜ける。
吊り橋を渡り切ったところにある左ロング直角コーナー。
これをある程度減速した上で駆け抜けた後、最終第4コーナーの右ロング直角コーナー。
最終コーナーにあるトンネルを抜け、コーナー出口のストレートを駆け抜けたところがゴールとなる。
ストリートということもあり、コース構造自体は非常に単純なものだった。
左レーン、ER34。右レーン、Z33。
2台がアイドリングをしながら停車している。
ここでのバトル形式はコーナー区間以外車線変更が可能な単純なもの。
スタートに関しては箱根同様カーナビで互いのマシンを同期してシグナルがGOと表示された瞬間にスタートするクラウチングスタート形式である。
首都高は高速道路ということもありローリングスタートだったが、こちらは一般道ということもあり箱根と同様のスタート形式だった。
「(へっ…何者かは知らないが、そう簡単には負けるかよ!)」
ER34のドライバーは相手の事をどこか高をくくったかのようにそう思っていた。
見た感じただの東洋人。
相手のマシン自体は派手で速そうだが、それだってどこか見掛け倒しの可能性だって十分にある。
自分たちに勝負を挑むとは相当の自信があるようだが、同時にその自信を打ち砕きたいという気持ちもあった。
「―――」
一方の時雨。
ニューヨークでの初バトルだ。
相手の実力はわからないが、まずは腕試し。
本気を出さずにウォーミングアップがてら徐々にペースを上げていきたい。
そう時雨は思っていた。
両手を握る握力が自然と強くなる。だが、緊張して硬くなってはいけない。
どんなに頑張っても自分の限界以上の力は出せるはずがないのだから…
そう思いつつも、カーナビのカウントは既にカウントダウンを始めているのだった。
アクセルをある程度踏み込み、エンジンの状態を確認するように吹かしていく。
3
2
1
GO!
「―――!」
「……」
ギアを1速に変え、加速していくER34。
一方で、ギアをドライブに変更してER34を追うように加速していくZ33。
スタートダッシュに成功したER34に対し、Z33はゆっくりと様子見をするかのように加速していく。
「(様子見のつもりか…?だったらさっさと逃げ切ってやる!!)」
ER34のドライバーはアクセルを全開に踏み込んで早々に逃げモードに入っていた。
上り坂を駆け上がる中、速度は140キロに到達する。
そして上り切ったところで、繁華街の間の第1コーナー…左直角コーナーが迫る。
「―――!」
アクセルオフからブレーキをかけたかと思いきや、サイドブレーキを引いてハンドルを左に曲げることで後輪を強引に滑らせる。
速度は140キロ台から110キロまで減速する中、アクセルを再び踏み込んで後輪を滑らせてドリフトしていく。
すぐにコーナーの出口はやってくる。
カウンターステアを当てていたところで再びアクセルをリリースし、ハンドルをニュートラルに。
角度をつけていたER34は、徐々にドリフトアングルを抑えつつ前進していく。
そしてコーナー出口の方向を向いたところで、再びアクセルを踏み込む。
速度は110キロ台から130キロまで加速する。
繁華街の中を駆け抜ける中、次のコーナー…第2コーナーの左直角コーナーが迫る。
「―――!!」
ブレーキを踏み込んで速度を落とし、再びサイドブレーキを引く。
そしてそのままハンドルを左に曲げ、ER34の後輪を滑らせる。
後輪を滑らせたところでハンドルを右に切り返してカウンターを当てる。
このコーナーもすぐに出口が迫る。
コーナーを駆け抜け、前方に吊り橋が見えた。
それを見たところで、ドライバーはハンドルをニュートラルに戻し、アクセルをリリースした。
アクセルリリースしたマシンは、徐々にドリフトを抑えていく。
そしてコーナー出口において、ハンドルをニュートラルにしたまま再びアクセルを踏み込む。
目の前のストレートに向かってまっしぐらと言わんばかりにER34は加速していく。
「(ふん、どうだ…これが俺たちケミックの…)」
「(ストレート区間…踏み込む!)」
だが、加速していくER34の中でドライバーの男がそう思った瞬間だった。
右のバックミラーの光が眩しくなっていく。
そして次の瞬間だった。
「(アウトコースで食らいつけていた…!?バカな…!!)」
あっという間の出来事だった。
Z33がER34の事をあっという間に追い抜いてしまった。
まさに爆発的な加速力だった。Z33から見るとER34の性能は間違えなく赤子同然。
それほどまでにスペックは違った。
それも、先ほどまでバックミラーは全く眩しくなかった。
言い換えてしまえば、Z33はインコースである左レーンを走っていなかった。
どうやら様子見されていたのだろう。そして実力を見極められた。
どうやら相手のドライバーにとっては…自分は敵ではないのかもしれない。
Z33の速度は間違えなく160キロ近く…あるいはそれ以上出ている。
ER34をストレート中間で追い抜いたZ33は、ER34を引き離しつつ第3コーナーの左直角ロングコーナーへと飛び込んでいく。
「(そんなスピードで曲がるのか!?)」
Z33は車線を変えずにそのままコーナーへと飛び込んでいく。
おそらくコースを知らないのだろう。
だがそれにしても明らかにオーバースピード。
このままはアンダーを出して壁にドカンだ。
そう思った瞬間だった。
Z33はコーナーと逆の向き…右向きを向いたかと思いきや、ブレーキをフラッシュさせて一気に左へと向いた。
時雨のお得意技、フェイントモーション。
それが早々に、ニューヨークでも炸裂した。
「(フェイント…モーション!?)」
速度を可能な限り殺さず、Z33はアウトコースであるにも関わらず…走行レーン上にまるでレールがあるかのように、1本の線を描いてドリフトしていく。
その速度は、到底ER34のドライバーにとっては出せるはずもない速度だった。
あっという間にZ33はER34の視界から消えていく。
負けじとサイドブレーキを引いて後輪を滑らせるも、ブレーキとサイドブレーキという合わせ技によってZ33よりも明らかに失速は大きかった。
速度が150キロ台から110キロ台まで落としたはいいが、これがもはや勝負ありと言わざるを得なかった。
Z33はほとんど速度を落とさずに、右車線上を綺麗に駆け抜けていく。
それはまさに、龍が放つ電撃を彷彿させるような…迷いのないものだった。
インコースを攻めるER34だが、速度差もあってあっという間に引き離されていく。
ロングコーナーでアクセルを踏み続けてドリフトし続けるが、それと同時にZ33との車間距離はあっという間に離されていく。
そしてロングコーナーの出口において、ハンドルをニュートラルにしてアクセルを再び踏み込んだ時には…もはや絶望的な光景があった。
「は、速すぎる…あれが、本当に流れ者なのか!?」
ER34が第3コーナーを立ち上がった瞬間には、Z33は既に第4コーナーを駆け抜け、ゴール地点を颯爽と駆け抜けていた。
勝負は完全に時雨の圧勝だった。
◇ ◇ ◇
「ふぅ…肩慣らしで抑えめに走ったけど、何とかなったね」
「すごいわ!ニューヨークでも全然通用するみたいね!」
Z33がスタート地点へと戻ってきて停車し、その後ろにER34が停車した。
停車したER34に、Z33を降りた時雨と奈美子が近づいていく。
「すいません、ちょっと聞きたいことがあるんですけど…」
時雨はそう言ったが、ドライバーの男は不貞腐れたかのようにこう言った。
「チッ…お前らと話すことなんか何もねぇよ。俺の愛車は置いて行ってやるから、パーツを抜くなり何なりしな」
「あっ…」
バトル相手のドライバーは愛車のカギをこちらに投げ、吐き捨てるようにそう言った。
「話は聞いています…でも僕はそういうわけじゃないんです」
「はあ?じゃあ…」
だが、ドライバーの言葉を遮るように例の男…ラージが声を荒らげた。
「クソッ!とんでもない奴らダス!次、続けていくダスよ!」
するとそう言った途端、ラージの部下らしき男が話しかけてきた。
「おやっさん、やべえぞ!リブラの連中が嗅ぎつけてきた…速く逃げようぜ!」
どうやら仲介組織のドライバーたちが嗅ぎつけてきたようだ。
その話を聞いたラージは「まずいことになった」と顔色を青くした。
「ちっ、あのラージな疫病神の仕業か…!おい時雨!これは警告ダス!これ以上ニューヨークのストレートで妙な真似はしないことダス!『ケミック』が付け狙っていることをドライブするたびに思い出すんダス!野郎ども!帰社するダスよ!!」
「「「は、はい!!」」」
「え、ちょっと…!?」
そう奈美子が言うも、走り屋たちは皆その場を足早に去っていった。
残されたのは時雨と奈美子、そして愛車のZ33と例のER34だけだった。
「…行っちゃった」
「わかってはいたけれど、話を聞かない人たちだわ…困ったものね」
ビッグゲームの話はマルコから聞いていたから事情は理解していたものの、リブラの名を聞いた途端にこうもあっさりと逃げ帰ってしまうとは。
時雨も奈美子も驚くしかなかった。
すると、そこへやってきたのは…先ほどラージが追い返した、フードを被った女性だった。
「『ケミック』の車が残されているってことは…あなたたち、ラージ爺さんの部下にバトルで勝ったのね?」
「は、はい」
「あの、あなたは一体…?」
時雨と奈美子が互いに返事をする。
この女性は一体何者なのか?
だがその言葉を話すことなく、女はあることを要求してきた。
「…鍵を渡して。この車は私が責任をもって警察に届けるわ」
だが、時雨はその言葉に対して「ちょっと待った」と言うかのようにこう口にした。
「名前も素性も知らない人に、いきなり返すわけにはいかないよ…僕は時雨。そしてこっちはナビゲーターの奈美子。あなたは一体?」
「…サマンサ。名前を言ったわ。さ、鍵を頂戴…これは私たちニューヨーカーの問題よ」
サマンサと名乗った女性は、奈美子の前に立ちふさがったかと思うと、彼女が持っていた例のER34の車のカギをさっとかすめ取った。
「あ…」
「…1つだけ言っておくわ。どういうつもりかわからないけど、人探しなら…車に乗ってないヤツから話を聞いた方がいい。自分の愛車をバラバラにされたくなければね。忠告はしたわ…それじゃあ」
そう言ってサマンサは足早にその場を去っていくのだった。
2人はポカンと残された。
「(サマンサさん…事情は分かっているよ。ビッグゲームの事も、ケミックやオクティの事も…でも、僕たちは走り屋なんだ。そしてそうである以上……)」
とはいえ時雨は闘志を静かに燃やしつつ、そう思っていた。
すると、奈美子が時雨に話しかけた。
「サマンサはああ言ったけど、そういうわけにはいかない。お父さんはドライバーなんだもん…ドライバーの情報はドライバーに聞くのが一番よね」
「そうだね…奈美子のお父さんがこの地で何をやったのか、それを知るまでは僕は戻らない。そして僕自身のためにも…脅しに屈するわけにはいかないね」
奈美子と時雨は互いに意志をはっきりとさせるのだった。
―――1時間後。
リブラの監視も抜け、再び例のコースにはケミックのドライバーたちが戻ってきた。
時雨と奈美子はその間もずっとケミックのドライバーたちに勝負を挑んでは、バトルを繰り広げるのだった。
「このコースを縄張りにしているのは、やっぱりケミックみたいね…私たち、付け狙われちゃってるみたいだわ」
「うん。最初のバトルで勝ったのが、大きいみたいだね」
バトルスタート地点に戻ってきた時雨と奈美子のZ33。
車内では互いにそう会話していた。
すると、バトルスタート地点にいたのは…例のフードを被った女性だった。
女性はZ33の前に立ちふさがるように立っていた。
Z33を止め、車から時雨と奈美子が降りたところで例の女性が2人に近寄ってきた。
「…時雨。車に乗って人探しをするなって、忠告したはずよ。愛車をバラバラにされたいの?」
例の女性…サマンサは呆れるかのようにそう言った。
だが、それに対して時雨はこう反論する。
「『ビッグゲーム』、の事だよね?僕も知り合いから話は聞いているよ…でも、僕には走らなきゃいけない理由がある。忠告はありがたいし、事情は聞いているけれど…引くわけにはいかないんだ」
「…話は聞いているみたいね」
サマンサは少し驚いたかのようにそう言った。
このドライバーたちはただの流れ者ではなさそうだ。
「おい、お前!何をやっている!次は俺とバトルしろ!!」
ケミックのドライバーが急かすかのようにそう声を上げた。
どうやら自分たちを待っている客はたくさんいるようだ。
するとサマンサは「仕方ない」と言うかのようにこう口にした。
「…私の話はあとにした方がいいみたいね」
「行ってくるよ。それじゃあ」
「……」
サマンサが見送る中で時雨と奈美子は再びZ33に乗り込み、バトルへと向かっていく。
◇ ◇ ◇
―――vs家族持ちメカニック
推奨BGM:REVOLUTION(from SUPER EUROBEAT vol.87)
相手の車は水色のC3コルベット。
ここにきて遂にアメリカ車との対決だ。
コースは先程とは逆走…復路だ。
第1コーナーは途中でトンネルを駆け抜ける左の直角コーナー、第2コーナーは右の超ロング直角コーナー。
そこから吊り橋上のストレートを駆け抜けて第3コーナーの右直角コーナー、そして繁華街の間を抜けるように最終第4コーナーの右直角コーナー。
そして最終コーナーを立ち上がって下り坂、そこから最終ストレートを駆け抜けるとゴールだ。
左レーン、C3コルベット。右レーン、Z33。
「(相手の車は年季ものだろう。だったら…)」
相手のマシンがどれほどの実力かはわからないが、見た目からして明らかなクラシックカー。
比較的最新なこの車に比べれば、明らかに格下なのは間違えない。
加えて先ほどまでの仲間たちの一人であるなら…実力も多少毛が生えた程度なのだろう。
それらを総合的に考えたところ、やるとしたらただ一つ。
自分のマシンの性能をフルに生かして一気に逃げてしまおう。
そう思う中で、Z33のカーナビのカウントダウンは確実に減っていくのだった。
3
2
1
GO!
「―――!!」
エンジン回転数、7500回転。
タコメーターの青ランプが点灯しているとこで、時雨はギアをパーキングからドライブへと一気に変える。
アクセルを全開に踏み込んでいたこともあり、Z33は猛獣のような加速を得て颯爽と走り出す。
スタート直後のストレートで一気に150キロ台まで加速する。
だが、目の前にはすぐ最初のコーナー…左ロングコーナーが迫る。
スタートダッシュの最中、Z33はアクセルをリリースして軽くハンドルを右に曲げる。
「(コースの構造はわかったけど、車線変更の余地はない…)」
スタートダッシュ直後にすぐ第1コーナーである以上、スタートダッシュ中にむやみなハンドルの曲げすぎはマシンがスピンしかねない。
車線変更の際に急ハンドルをしてしまったら、なおさらスピンしかねないだろう。
そうである以上、第1コーナーへはスタートダッシュの勢いのまま飛び込んでいく。
だがそれでも、フェイントモーションのためにわずかにハンドルを曲げていたりするのだが。
速度が一気に160キロとなったところで、ブレーキを踏んでドリフトの切欠を作る。
そしてそのままわずかに右に切っていたハンドルを一気に左へと切り返す。
ブレーキフラッシュから後輪が滑り出し、そこから時雨はハンドルを右に切り返してカウンターステアを当てる。
オレンジポールとの隙間数十cmのところを、Z33は駆け抜け続けていく。
そのままZ33はインベタのラインを描きながら、第1コーナーをドリフトして立ち上がっていく。
トンネルを抜け、すぐに第1コーナーの出口…第2コーナーもすぐそこだ。
「(2つのコーナーをそのまま1つに見立てて…)」
第1コーナーを抜けるとすぐに第2コーナー。第2コーナーは右ロング直角コーナーである。
逆ハンドルを生かした逆ドリフトでそのままコーナーに突入し、1つのS字コーナーに見立ててコーナーを突破する算段である。
そうであれば、ブレーキングを用いたドリフトの切欠づくりというわずかながらも地味に大きいスピードロスを抑制することが出来る。
アクセルを抜いた時雨だったが、ハンドルはずっと右に曲げたまま。
ドリフト状態から立ち上がろうとするZ33は、左向きから右向きへと姿勢を一気に変えた。
「―――!」
右を向いたところで、ハンドルを左に切り返して再びアクセルオン。
そのままの勢いで第2コーナーの右ロング直角コーナーを駆け抜けていく。
速度は150キロ台を示していた。
それでもZ33はアウトコースに膨れることなく、右車線上に存在するレールの上をグラインドするかのようにドリフトしていく。
速度は150キロ台を維持しながらも、時雨はアクセルを踏み込み、同時にカウンターステアを当て続けていく。
カウンターを当て続けながらドリフトしていくZ33。
繁華街区間を抜け、吊り橋が迫っていく。
そして繁華街と吊り橋の境界付近…コーナーの出口が迫るにつれて、時雨はアクセルを抜いてハンドルをニュートラルへと戻す。
わずかにアウトに膨れながらも、左車線にはみ出すことなくグリップを回復するZ33。
そして前方に吊り橋がぴったりと重なるように見えたところで、再び時雨はアクセルを全開に踏み込んでZ33を加速させる。
「(ストレートで振り切るのはあまりいい気分がしないけれど、これはバトルだから…ね)」
吊り橋上のロングストレート。
時雨はここでアクセルを全開に踏み込む。
速度は一気に150キロから180キロ台まで加速する。
ここまでスタート直後に軽く減速した以外はずっと加速しっぱなしだった。
時雨がバックミラーに軽く目を向けると、コルベットの姿は完全にバックミラーから消えていた。
どうやら最初の2つのコーナーだけで振り切ったようだ。
バックミラーにはもうヘッドライトはどこにも見当たらなかった。
それでも時雨はアクセルを踏み続けることをやめない。
バトルである以上絶対に油断はしないのが時雨の心情であるためだった。
「く、くそ…速すぎる…!!」
一方のC3コルベットのドライバー。
自分の車がいくら年季ものとはいえ、まさかここまで振り切られるとは思わなかった。
わかっていたとはいえ、まさかここまであっさりと相手にされないとは…
そう思ったコルベットのドライバーは、負けを認めるかのようにアクセルを抜くのだった。
Z33はそのまま第3、第4コーナーもインベタのラインを描きながら立ち上がり、そのまま最終ストレートを駆け抜けてゴールするのだった。
◇ ◇ ◇
「…チッ!」
聞こえるように舌打ちをすると、ケミックのドライバーは愛車のカギを放り投げて去っていった。
地面に落ちたカギを時雨が拾った。
「事情は分かっていても、あまりいい気はしないね」
「ええ…愛着のあの字もない、ってところかしら」
車から降りていた時雨と奈美子に、サマンサが向かってくる。
「どうやらマグレの勝利じゃないようね」
「うん…まあまあ、かな」
時雨の実力を認めるかのように、サマンサはそう言った。
するとサマンサは興味があるように時雨にこう質問した。
「あなたたち、事情を聴いているらしいけど…どこまで知っているの?」
「どこまで、って言うと?」
「事情を他の人から聞いたそうだけど、どんな話を聞いたの?」
サマンサとしては、時雨がどれほどの事情を知っているのかを聞きたいようだった。
「えっと…負けたら車が没収されるビッグゲームの話、そしてその中心に『ケミック』と『オクティ』の2つのメーカーがあるって話、あとは…仲介組織のリブラのこと、かな」
「…そう、わかったわ。まあ最低限は知っているみたいね」
サマンサとしては、どうやら只者ではないことを把握できたかのようだった。
すると、サマンサに奈美子が質問する。
「ねえサマンサ、なんでニューヨークはこんなことになったの?ケミックとオクティの間に何があったの?」
「…数年前のことよ。元々高品質のパーツを売るケミックの販売エリアに、壊れやすいけどパワー重視のパーツを売るオクティが進出したの。勿論…平和的解決は望めなかったわ」
「そんな事情が…」
「ビッグゲームは車をかけた真剣勝負。負けたら各陣営でバラバラにされて、新パーツ制作のための研究材料になるというのは…流石に聞いているわね?」
「うん」
「あとこれも聞いてはいると思うけど…リブラはニューヨーク市によって招致された、バトルを仲裁する組織。世界中から集められた凄腕のドライバーチームよ」
「凄腕のドライバーチーム…」
「リブラの介入で両勢力は一旦均衡したけど、一触即発の緊張状態であることに変わりないわ。それが今のニューヨークストリートレース界の現状よ」
サマンサは説明するようにそう言うのだった。
「事情は聞いていたけれど、本当に車を置いていくとは思わなかったわね…おまけに、すぐ『車をバラす』なんて、想像以上に好戦的なのね」
サマンサの言葉に対し、奈美子はどこか納得するように、それでもどこか呆れるかのようにそう言った。
するとサマンサは、時雨と奈美子の様子を見てこう言った。
「まあ、事情をある程度理解しているあたり…ただの流れ者というわけではなさそうね。2人とも止まるつもりもなさそうだし…」
「そうですね…僕たちには、走らなきゃいけない理由があるので」
「…わかったわ。あなたたちに人探しをする確実な方法を教えてあげる」
「確実な方法?」
「それって?」
時雨と奈美子がサマンサに対しそう言ったところで、彼女はこう口にした。
「『ケミック』と『オクティ』の幹部ドライバーに、『ビッグゲーム』を仕掛けて、車代わりに情報を引き出すのよ」
「僕たちが、ビッグゲームを?」
「ええ」
サマンサのアドバイス、それは時雨たちがビッグゲームを仕掛けるということだった。
だが、それは時雨も覚悟の上である以上わかってはいた。
「一応、僕たちは端からバトルをするつもりだったけど…でもどうしてそんなアドバイスを?」
時雨の言葉に対し、サマンサはどこか軽くにやけたかのようにこう口にした。
「ニューヨークでの大企業のいざこざに一番不満を持っているのは市民ってこと。私も含めて、ね」
「…市民、なんですね」
時雨はサマンサの「市民」という言葉が気になった。
どこか怪しさを放つこの人物は本当に市民なのか?
ふと気になったかのようにそう言うも、サマンサは言葉を続けた。
「まあ、疫病神の情報屋って言った方がいいわ。幹部の居場所だって簡単に特定できる」
「情報屋…」
「ケミックの幹部を倒して空いたテリトリーに、オクティのドライバーを誘い込むというやり方よ。まずはケミックを倒しましょう…オクティはそれからでもいい」
「それは…僕たちが『ビッグゲーム』を仕掛けるという形でいいんですね?」
真剣な目つきになった顔で、時雨はそう言った。
「…物分かりが良いわね。まあまずは部下たちとのバトルに勝って幹部を引きずり出し…そこで『ビッグゲーム』を仕掛ける。確実で最善で、おまけに人助けも出来る。もし仲間として戦ってくれるというなら…これ以上に頼もしいことはないわ」
そう言ってサマンサは、ポケットから紙を取り出した。
その紙は、一言でいえば名刺のようなものだった。
連絡先が書かれている。
そして同時にサマンサはポケットからボールペンを取り出した。
「連絡先を交換しておきましょう。これは私の連絡先。もし電話が鳴ったらバトルすると思って」
「…わかった。人探しが出来てニューヨークのためになるなら…これからよろしくね」
「ありがとう。それじゃあ、名前と電話番号だけでいいからこの紙に書いて」
そう言ってもう一枚の小さな紙をサマンサは取り出し…そこにボールペンで書くように指示した。
時雨は名前と電話番号を走り書きで書くのだった。
「時雨と奈美子…か、改めてよろしくね」
「うん、よろしくね」
「…止めたところで悪いけど、まだドライバーたちはいるみたいね」
振動したスマホの通知を見たサマンサはそう言った。
どうやら自分たちが会話している間に、ケミックとオクティのバトルが起きているようだ。
「…これからこっちにマシンが来ると思うわ。ケミックとオクティのマシンたちがバトルしてるみたい」
「さっきのコースに?」
「ええ。コースの脇の方へ行って、一旦見に行きましょう」
「え?」
「あなたたちに、彼らの車がどういうものなのかを教えたいの」
スタート地点へと戻る別のルートで止まって会話していた3人だが、サマンサに連れられてコース脇の歩道へと移動する。
◇ ◇ ◇
―――数分後。
ケミックとオクティのマシンが互いにバトルをしている。
コース脇で観戦する時雨と奈美子、サマンサの前をケミックのマシン…70スープラが颯爽と通過していった。
一方でそれを追うように、ボンネットから白煙を上げていたオクティのマシン…NAロードスターがノロノロと通過していく。
そしてロードスターは時雨たちの前を通り過ぎて少ししたところでエンストを起こして止まってしまった。
「見てくれた?ロードスターに搭載されているオクティのパーツはまだまだ不安定。安くて性能もいいのだけど…故障率の高さが問題ね」
バトルの様子を見て、サマンサが時雨と奈美子にそう言った。
そして戻ってきた70スープラのドライバー…スーツを着た金髪のビジネスマンであるケミックのドライバーは、NAロードスターから降りたオクティのドライバーに近寄った。
「車を降りろ、オクティの貧乏人。その技術、ケミックが有効活用してやる。オーバースペックの粗悪品で走ることに、何の意味があるんだ?」
だが、NAロードスターから降りた黒人のタンクトップ男性は激高するようにこう言った。
「何の意味があるだと!?クソ高けぇくせして性能のショボいパーツを売るぼったくりメーカーが!何だったら価値があるってんだ!!」
一触即発。
だが顔を寄せた黒人男性に対して、ビジネスマンの男は涼しい顔をしてこう言った。
「価値のある車というのは、あのアジア人の車みたいなのを言うんだよ」
「あのアジア人だと?」
そう言ってビジネスマンが指を指した方向には…時雨と奈美子がいた。
どうやら自分たちに勝負を挑みたいようだ。
「勝負だ時雨、ナミコ。よくもおやっさんの顔に泥を塗ったな」
「えっ!?私たちの名前を知ってる!?この人、会ったこともないのに…?」
奈美子はビジネスマンの言葉に驚くしかなかった。
すると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「ケミック技術部の指名手配ってことダス!」
「…あなたは」
そこにいたのは、案の定両手に巨大バーガーとドリンクを持った横に広い男…ラージがいた。
「たしか…ラージさん?」
「いかにも。そして賞金を出すのは俺…自腹ダス。君たちの車は研究対象ダス…オクティの粗悪品とは段違いダス!そしてそうである以上…ケミックのメンバーと勝負するダス。俺らの新規パーツ開発のハンバーガーになってもらうダス…!」
ケミックからの正式な宣戦布告だった。
だが、時雨はそれをどこか「待っていた」と言うかのようにこう言うのだった。
「わかりました…バトルしましょう」
その瞳は純粋ながらも、どこかバトルに飢えているかのように…闘志をみなぎらせているのだった。
その後時雨は難なく勝利するのだが…時雨にバトルを挑んだドライバーは後に、彼女たちの事をこう評した。
「ドライブモンスター」と…。
―――それから更に1時間程した後。
時雨とケミック、そして時にオクティとケミックのバトルは1つのコースで盛んに行われていた。
だが時雨たちが求める、奈美子の父親の情報は…全くもってなし。
皆情報を求めても「守秘義務がある」だの「家族がいる」だの「車だけ置いていく」だの、そう言って逃げ帰ってしまうのだ。
そしてそんな中で、時雨たちはあることに気が付く。
自分たちが「ドライブモンスター」と呼ばれていることだ。
「ニューフェイスならともかく、『モンスター』ってひどいと思わない?ねえ、時雨…」
「…そうかな?注目されている証拠だから、僕は悪くはないと思うけど」
「ええーそう…?」
ドライバーたちが集まる場所に移動する途中、奈美子は時雨にそう言った。
「モンスター」と呼ばれることに対して抵抗がある奈美子。
一方で「注目されている証拠」と気にしていない時雨。
この差は一体何なのか?
それはやはり、時雨が車のテーマを聞いていたことだろう。
「(実際にこの車は、怪獣を…『モンスター』をモチーフにしているからね)」
時雨たちが搭乗する日産・フェアレディZ(Z33)。
このマシンに付けられた名前は「義努羅」。
既に書いた通り、キングギドラ…その中でも「千年竜王」の基となるそれがモチーフだ。
時雨にプレゼントされたマシンたちは皆、「ゴジラ」の怪獣たちがモチーフ。
それを時雨はショウから聞いていた以上、車にモンスターの名前を付けられることは寧ろ誉れだと時雨は考えてた。
「それにしても、お父さんはニューヨークで何をしたんだろう?お父さんが何をしたのかって、本当にわかるのかな…?」
ここまで何回もバトルをして収穫はほぼゼロ。
そうである以上、奈美子にとっては不安になるのも当然だった。
そんな中でZ33はケミックとオクティがバトルをしている現場へと戻った。
スタート地点近くへと戻ると、蜘蛛の子を散らすようにドライバーたちは逃げていく。
すると、Z33の方へ例のフードの女性…サマンサがやってきた。奈美子と時雨がZ33から降りて問い詰める。
「サマンサ、これは一体どういう事?こんなのじゃバトルができないわ!」
「聞き込みだってできないよ…」
だが、サマンサはどこか分かっていたかのような顔をしてこう言った。
「聞き込みなんてしなくていいわ。『作戦通り』よ。もうバトルをするためにケミックを探してニューヨークを回らなくてもいい」
「それって、一体…?」
時雨がそう言うと、サマンサはにやりと笑ってこう言った。
「もう幹部をおびき出すために走り回る必要なんてないわ。なぜなら…」
そうサマンサが言ったところで、言葉をかき消すように1台のマシンがZ33の方へとやってきた。
黒いペイントが施された赤色のアルシオーネSVX…そのマシンはZ33と対峙するかのように止まり、ドライバーが降りてきた。
「メンツをつぶされた技術主任が、あなたたちを血眼で探しているからよ。そうでしょ?技術主任のラージさん…」
そうサマンサが言ったところで、ラージがサマンサの方へと詰め寄る。
「この疫病神、サマンサ!何をしているかわかっているダス!?俺のチームにだけ、ドライブモンスターをけしかけるなんて!!」
「えっ!?そうだったの…!?ごめん、疑って…」
奈美子はどこか申し訳なさそうに言った。
やはり未だにサマンサを疑っていた節があったようだ。
だがサマンサもどこかわかっていたかのようにこう言った。
「まあ、私が疫病神の情報屋なのは事実だからね。さてラージ爺さん、覚悟はできている…?」
そうサマンサが言ったところで、ラージは歯ぎしりをするかのようにこう口にした。
「うぐぐ…お前たちは何もわかっていないダス。グレートオクティカスタムズのパーツは、性能が上がるし安い…魅力的ダス。でも、壊れやすい『粗悪品』ダス!粗悪品を積めば事故が起こるダス!事故が起これば渋滞ダス!カイザーバーガーの商品を買い占めるより大迷惑な状況になってしまうダス!ケミック&モレックは…ニューヨークのドライバーを守るダス!俺はケミックの技術主任として…その邪魔は絶対にさせないダス!!勝負ダス、時雨!!!」
「……わかりました。バトルしましょう」
饒舌になったラージの言葉に対し、時雨は冷静にそう答えるのだった。
対峙していた2台にそれぞれのドライバーが乗り込み、スタート地点へと移動していく。
―――vs技術主任のラージ
推奨BGM:GO GODZILLA GO(from SUPER EUROBEAT vol.92)
相手の車は赤色のアルシオーネSVX。
コースは往路。
左レーン、アルシオーネSVX。右レーン、Z33。
多くの「ケミック」のドライバーが見守る中、2台のエンジンがこだまする。
「主任の車は確実にチューニングされているはずだ、あんな流れヤローに負けるはずがない…!」
ギャラリーのケミックの男の一人がつぶやいた。
相手はパーツメーカーの開発主任。
その分チューニングに関しては1から10まで知っているはずの実力者である。
そしてそうである以上、どこからやってきたのかもわからない流れ者に負けるはずがない…負けることは許されないのである。
「(さあ時雨…これが俺のマシンダス。ここまではまぐれでやってこれたかもしれないダスが、俺が相手となれば違う…!)」
ラージ自身、そう思っていた。
流れ者なんかに負けるものか…そんな思いがあった。
そしてそうである以上、アクセルを踏む足の力も自然と強くなっていた。
「(今までの人たちはどちらかというと、首都高での人たちよりも遅い。大したことがないなら…一気に逃げてしまおう)」
一方の時雨。こちらは今までのバトル経験からしても、
さっさと大逃げの態勢に入って相手の心を折ってしまおう。
時雨はそう認識した。
それほどまでにこの車の性能は高い。
自らを心から愛してくれている人物と、そのサポーターの手によって綿密にチューニングされたこの車が…一回のパーツメーカーのマシンに負けるはずもない。そして負けるわけにはいかないのだ。
そして同時にまだ自分はこのコースへの熟練度が不足している。
そうである以上、最初のうちは力でのゴリ押しも有効だろう…そう時雨は認識するのだった。
3
2
1
GO!
「っ…!」
「……」
ギアを1速に入れるラージ。ギアをドライブに入れる時雨。
2人がアクセルを全開に踏み込む。
バックファイアーを噴き出しつつも加速する2台。
先手を取ったのは…Z33だった。
「(っ…!?)」
スタートダッシュで一気においていかれる。
あのZ33の性能は明らかに伊達ではない。
それも、先ほどまでよりも確実に速くなっている。
それは対戦相手のラージが一番痛感していた。
「(な、なんダスあのZ33!?何度も何度も戦っていたのに、全くペースが落ちてないダス…!?)」
スタート直後のストレート…上り坂。
アルシオーネが徐々に加速が収まる中、Z33は加速を止めない。
普通にアルシオーネを振り切る勢いだ。
10m、15m…あっという間に車間距離が開いていく。
上り坂を上る2台。Z33は完全に振り切ろうとしていた。
「(耐久性も性能もどちらも大切だ。でもそれ以上に求められるのは、ドライバーの技術…!)」
一方の時雨。
スタート直後から大逃げの態勢だったが、それでも全くもって油断はしていない。
昇り竜のように鋭いスタートダッシュが収まる中で、ウインカーを左に出してZ33を左車線へと移動させる。
速度は一気に170キロ台まで加速する。
「(短いコースで相手に実力のすべてを見せるわけにはいかない。このまま振り切る!)」
最初のコーナーで振り切ってしまおう。
自分の走りはもしあの技術主任に見られていたら「ケミック」全体に伝わりかねない。
そうであるなら、実力を見せないようにさっさと振り切ってしまう。
そう思った以上、時雨はアクセルを全開に踏み込みながら第1コーナーに飛び込んでいく。
速度は190キロ近くまで加速していた。
「(む、無茶だ…!いくら何でも、そんなスピードで…!!)」
一方、後方で追いかけるアルシオーネのラージ。
明らかにオーバースピード。
仮に自分のマシンがあそこまで出ていたら間違えなくアンダーステアを出してコースアウト待ったなしだ。
曲がるはずがない…そう思った。
先行するZ33がコーナーへと飛び込んでいく。
「―――!」
ハンドルを右に軽く切ったかと思いきや、アクセルオフから一気にブレーキを踏み込んでハンドルを左に切り返す。
速度が150キロ台まで減速したところで左に切り返したところでアクセルを再び踏み込み、そこからさらにハンドルを徐々に右に切り返してカウンターを当てる。
お得意のフェイントモーション。
ワンエイティよりも車重のあるZ33だが、それをいともたやすく振り回すかのようにドリフトさせる。
後輪が滑り出したZ33は、白煙を上げながらもドリフトしていく。
アウトコースからインコースへ…コーナー中間のクリッピングポイントを駆け抜けたZ33は、綺麗な弧を描いてアウトインアウトで立ち上がっていく。
「…!」
クリッピングポイントを駆け抜け、時雨はアクセルをリリースしてハンドルをニュートラルに戻す。
ドリフトが収まりつつもアウトへと膨れていくZ33。
Z33のドリフトが収まり、前方には第2コーナーが見える。
その瞬間、時雨は再びアクセルを踏み込んでZ33に鞭を入れる。
「(…ここだ!)」
Z33のタイヤの空転が収まったところで、時雨は再びアクセルを踏み込んでZ33を加速させていく。
だが、すぐに第2コーナーの左直角コーナーが迫る。
速度が160キロ台となったところで時雨は再びアクセルリリース、ブレーキをかけて150キロ近くまで減速する。
そしてそこからハンドルを左に曲げて、一気にタイヤをテールスライドさせる。
後輪が滑り出したところで時雨はブレーキをリリースしてアクセルオン、更にハンドルを左から右に切り返す。
カウンターを当てながらアウトインアウトのラインを描いていくZ33は、コーナー内側に攻めすぎるということはなく…コーナー上に存在する一本のレールの上をグラインドするかのようにドリフトしていく。
インベタに攻め込むという手法もあるにはあったが、今の時雨にはそこまでの余裕はなかった。
だがそれでも、速度は十分にケミックのそれを凌駕している。
現状、ラージのマシンには追い付けない速度のようだ。
グラインドするかのようにドリフトしていくZ33だが、コーナー出口が近づいたところで時雨はアクセルをリリースしてハンドルもニュートラルに戻していく。
外に膨れかけたZ33は、オレンジポールスレスレの場所でグリップを回復させる。
「―――!」
グリップが回復したことを認識した時雨は、再びアクセルを踏み込んでエンジンパワーを2つの後輪に伝える。
560馬力という素のパワーを生かすかのように、Z33は勢いのまま加速していく。
目の前には、吊り橋上のストレート区間。
時雨は狙っていたかのようにアクセルを全開にして踏み込んでいく。
速度は140キロ台から190キロ近くまで勢いを乗せて加速していく。
ロングストレートということもあり、Z33はそのままの勢いで加速する。
時雨はどこか躊躇しながらも、完全に逃げ切ろうとしているのだった。
「(技術主任とは言え、底が知れていた…のかな。井の中の蛙、ってこういうことなのかな)」
ケミックとオクティという近い存在ばかりとバトルしていたがゆえに、気が付かぬうちにドライビングテクニックの鍛錬を怠っていたのかもしれない。
ストレート区間でアクセルを踏み続ける中、時雨はふとそう思った。
今まで時雨は箱根では勿論、アウェーとなる首都高でも様々な相手と戦ってきた。
そしてそれは、自然と時雨の実力を引き上げる大きな要因となっていた。
同じような相手達と戦っているドライバーたちとは明らかに経験値が違うのである。
時雨は今まで気が付いていなかったとはいえ、様々なドライバーと戦ってきたこと自体は覚えていた。
そしてそれは、時雨をただの走り屋以上のそれへと成長させる大きな力となっているのだった。
「こ、根本から違いすぎる…ダス……!」
一方のラージ。
まだ第1コーナーと第2コーナーの間だったが、もう完全にお手上げだった。
Z33に乗っている以上只者ではないとは思っていたが、それもかなりのものだ。
自分のマシンは最近新たなパーツを搭載したが、それでも追いつけない。
いや、そのパーツ自体が足かせになっているのかもしれない。
ラージにとってはアルシオーネというよりも自分の技術の敗北であると嫌でも痛感するしかないのだった。
「(認めるしかないダス…こうなったのは、自分の責任ダス…!)」
第2コーナーを攻め込み、脱出したアルシオーネ。
だがアルシオーネが第2コーナーを立ち上がったところで、時雨のZ33は完全にストレートの彼方にいた。
もう言うまでもない。完全に勝負はついている。
自分はとんでもない相手に勝負を挑んでしまったのかもしれない…
そうラージは敗北を認めるしかなかった。
―――勝者、時雨。
タイム差としては7秒以上という圧巻の走りだった。
バトルを終えた2台が、スタート地点に戻ってきて止まっている。
前に止まっているのはZ33。後ろはラージのアルシオーネSVXだ。
ガックリとうなだれているラージに、時雨、奈美子、サマンサの3人が対峙する。
「俺の負けダス…原因は俺の試作したパーツダス」
「パーツ?」
「ボンネットを開けるから、見るダスよ」
そう言ってラージはアルシオーネの車内のレバーを引き、ボンネットを上げる。
そしてそのままエンジンルームを開くのだった。
見慣れない色をしたパーツが一面に埋め尽くされており、時雨と奈美子でも感じるほどに異様な熱さだった。
走ったばかりということを考えても、明らかに異常なものだった。
「オクティのパーツを真似て作ったダス。出力は彼らの半分ダスけど、耐久値はこちらが上ダス…奴らのものだったら間違えなく燃えていたダス…」
「試作したパーツが、足かせになっていたんですね」
ラージの言葉に時雨はそう答えた。
時雨の言葉にラージはこくりと頷いた。
「この車…『ラージバーガー号』は、俺の相棒だったダスが…パーツごとお前たちにくれてやるダス。それがビッグゲームのルールダス」
ラージは諦観しながらもそう言った。
ゲームに負けてしまった以上ルールには従わなければならない。
それはラージも同じである以上…覚悟の上だった。
だがそこで、時雨はこう口にする。
「僕たちは、車が欲しくてバトルしているわけじゃないんです。様々な人とバトルをして…それと一緒に、人探しの手がかりを探しているだけなんです」
「バトルがメインで、それと人探しの手がかりを?」
「はい。奈美子の…お父さんの手がかりを探しているんです」
「私のお父さん…私と同じ、アジア人で…名前は『相楽ヒュウガ』って言うんだけど…」
だが、奈美子がそう言った瞬間だった。
サマンサとラージの顔色が明らかに青ざめている。
ラージは舌打ちをし、サマンサは気まずそうに眼をそらした。
「…何か知っているんですか!?」
「僕たちは、お父さんがどこにいるか…というよりは、何をお父さんがしたのかが知りたいんです。皆さん、何か知っているんですか?」
奈美子に加え、時雨も畳みかける。
すると口を開いたのはサマンサだった。
「…ケミック&モレックは、ニューヨーク唯一のパーツショップだったわ。そこに隣の州、ニュージャージー州のグレートオクティカスタムズが入ってきた」
「武力衝突や嫌がらせが横行しないように、双方がルールのあるビッグゲームをすることで納得したダス。最初は俺たちケミックが優勢だったダスが…敗北続きのオクティは、腕利きのドライバーを雇ったダス。結果、ケミックはテリトリーの半分以上を失ったダス…」
サマンサに次いで、ラージも口を開いた。
そしてその言葉を聞くうちに、時雨も奈美子も驚きの表情を露にしていた。
「そんなことが?」
「腕利きのドライバーを雇った、って…もしかして、その人は…」
「…その名は『相楽ヒュウガ』。世界中のスポーツカーの開発に協力した、フリーランスのテストドライバー…そしてニューヨークを魔窟にした張本人よ」
奈美子に対し、サマンサはそう断言するしかなかったのだった。
混沌極めるニューヨークの魔境。
何故、ヒュウガはケミックに協力したのか…?
そして、ケミックの新たなる刺客とは一体?
新たな地での謎が、時雨をバトルへと誘おうとしているのだった。
(第12話End)