「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 第二幕 2024 -いつかあの頂で- 作:カービィ改二
ケミックの釈明と、若社長との対決。
そこに交わるヒュウガの話とは?
ケミック&モレック社が開催した新作パーツの披露会で、宣伝部のオリビアを倒した時雨。
最高潮まで盛り上がった会場の巨大スクリーンに、1台の車が映される――ケミック&モレックの敵対企業であるオクティがハッキングしたのだ。
タイトル『GreatOCTYhacking』…動画共有サイトにアップロードされたケミック&モレックのイベントの模様は、世界中の注目の的になった。
翌日、ケミック&モレックは技術流用疑惑についてメディアからの質問に答えるため、リチャード・サマーCEOが原稿を手に釈明会見を行った。
「新たな技術で作られた車があれば、その車を買って、分解して分析し、よりよいものを世に提供する。自動車パーツも同じです。だが……ボクは、そのケミック&モレックは…」
リチャードが言いよどみ、記者達がざわめく。
黒服がリチャードを連れ去り、1人の男が現れた。
「失礼、リチャードは疲れているようだ。改めてケミック&モレックの見解を述べるなら、故障の原因となるパーツ撲滅のため、よりよい商品をお客様へと―――」
そう男が釈明すると、会見は大荒れのまま終わりを迎えた。
―――そこから数時間後、夜9時。ニューヨーク・マネーストリート。
時雨と奈美子の乗ったマシン…Z33が例のバトルの場所へとやってきていた。
「(サマンサは連絡で、今日ここにやってくると言っていたけど…本当かな)」
運転手である時雨は静かにそう思っていた。
どうやら社長であるリチャードがいるというのだ。
時雨は数時間前のある電話の内容を思い出していた。
◇ ◇ ◇
―――数時間前。
アルバイトからホームへと戻ってきていた時雨は、サマンサから連絡を受けていた。
サマンサからの電話をスピーカー出力に変更して、時雨と奈美子は話を聞いていた。
『ケミックは揺れている…今なら社長のリチャードに接触できる』
「本当!?でも、どうやって?」
サマンサの言葉に奈美子が食いつく。
『彼は悩み事があると個人的に親交のあるドライバーたちとバトルをするの』
「それって…例のコースでかい?」
次に食いついたのは時雨だった。
『ええ。社長とバトルで勝てば、オクティの側から接触してくるはず。辛いでしょうけど、バトルのチャンスよ』
「…わかった。時間としては…何時ごろがいいんだろう?」
時雨としてはバトルできることは光栄なことだった。
だがやはりタイミングは合わせる必要がある。
時雨はやはり気になったのか質問した。
『一度夜9時頃に行ってみて。きっとその時間帯にはもうケミックのドライバーたちが集まり始めている』
「わかった…行ってみるね。サマンサはどうするんだい?」
『用事があるからあとで合流するわ』
「わかった…よろしくね」
『それじゃあ、よろしく』
そう言ったところで、通話は切れた。
◇ ◇ ◇
―――現在。
マネーストリート近くの通り、ケミックのドライバーたちから少し離れたところにZ33を駐車し、一旦車から降りる。
周囲を見渡して、それらしいドライバーを探すが、今のところは見当たらない。
「ケミックのドライバーはいるけれど、社長さんはまだいなさそうだね」
「ええ…でも、オクティからもお父さんのことを聞きだせるようになるのはいいんだけど、追い討ちをかけているみたいで…なんかちょっと複雑ね…」
時雨が周囲を確認しても、周りにはドライバーがいても例の社長はいない。
すると奈美子がそう言った時だった。
「そんな風に思ってくれるなんて嬉しいね」
そう後ろから声を掛けられた。
そこには、ブロンドヘアーの若い男性で眼鏡をかけ、パーツのアクセサリーを付けた紅色のスーツを着た…先の記者会見と全くもって同じ姿の男がいた。
「あなたが…」
「まさか!」
「オリビアから話は聞いてる。ボクはケミック&モレックCEOのリチャード・サマーだ」
リチャードは笑顔で握手をしながら「ナミコ、会えて嬉しいよ」「時雨、先日は素晴らしい走りだったよ」と、声をかけた。
「…時雨です。初めまして」
「こ、こんなに気さくな人だったなんて…車を取ったりしませんから、早速バトルを」
すると、奈美子の言葉にリチャードはどこか躊躇するようにこう言った。
「悪いけど、ちょっとバトルする気分じゃないんだ。チームメイトがいるから、彼らとバトルしてほしい」
「…わかりました」
バトルという言葉を聞いて目の色が変わったかのように時雨は反応した。
やはり初心である武者修行の事を忘れてはいないようだ。
「バトルをしたくなったら教えて下さい。聞きたいことがあります…!」
「…OK。とりあえず、先にコースインしていてくれ」
「…先に行っています。奈美子、行こう」
時雨の言葉に奈美子は頷き、2人はZ33に乗り込むのだった。
―――vsリチャードの仲間A
推奨BGM:BOOM BOOM FIRE(from SUPER EUROBEAT vol.88)
相手の車は黄色のランエボ9。
外装も派手ながら、ラリー用の4連ヘッドライトを搭載している派手目なマシンだ。
コースはマネーストリート復路。
スタート地点に右レーン、Z33。左レーン、ランエボ9が並ぶ。
「(ここの走り方も板についてきたけど…まずは試してみよう)」
時雨は不思議と自信があった。
やはり同じコースを集中的に走り込んでいることで間違えなく成果が出ている。
相手は少しずつ速くはなっているが、それ以上に自分も速くなっていることを自覚できた。
雑魚相手なら基本的に大逃げで何とかなる。
それでもタイム差は徐々に縮まっているのも知っている。
相手の高をくくったら間違えなく油断して負けるに違いない。
そう思った時雨は、相手の実力についてわかるまでは本気でアクセルを踏むことを決めた。
ここまでくればもう自分の情報なんて知れ渡っているので、手の内を隠す必要なんてものはないのだ。
そう思いつつ、時雨はアクセルを踏み込んでエンジンを噴かす。
調子を確認しているところで、カーナビのカウントダウンが始まろうとしていた。
3
2
1
GO!
「―――!」
「……!」
スタートと同時にギアを1速に入れるランエボのドライバー。
一方でギアをDレンジに入れるZ33の時雨。
地面を蹴るように加速するランエボ9。
だがそれ以上に加速するZ33。
鯉の滝登りのように鋭い加速でZ33が先行する。
テールトゥノーズの状態となったところで2台の前にスタート直後に存在する第1コーナーの左直角コーナーが迫る。
「……!」
ロケットスタートを決めたとはいえスタート直後ということもありタイヤがわずかながら滑っていることに気が付いた時雨。
速度もまだ140キロ台。
もしこのまま飛び込めたら…そう思った時雨は、一気にハンドルを左に切る。
スタート直後でタイヤが空転していたこともあり、空転状態からさらにタイヤを滑らせれば余計なブレーキを踏むことなく飛び込めるのではないか…そう思ったのである。
ハンドルを曲げた事もあり、一気にマシンが左を向く。
アクセルをパーシャルスロットルまで抑えたところで、ハンドルを左から右に曲げる。
アクセルを一定に踏み込みつつも、カウンターを当て続けてZ33をドリフトさせ続ける。
空を飛ぶ蝶の、獲物を狙うかのような旋回。
宙から一気に地面へ…それくらい鋭いスピードでZ33はドリフトし続ける。
「(こうやって…)」
Z33の左端フロントをコーナーのラバーポールスレスレを走るようにドリフトさせ続ける。
文字通りのインベタ走法。
アングルは30度程度という浅めな角度と言うこともあり、速度は徐々に加速していく。
気が付くと150キロまで加速している。
繁華街の間を駆け抜けるZ33は、アウトコースと言う事であってもその速度差でランエボ9を突き放していく。
そんな中で、コーナーの出口…そして第2コーナーの右ロング直角コーナーが迫る。
「(タイヤを滑らせ続ける…)」
第1コーナー出口が迫る中で、時雨はアクセルをリリースする。加えてハンドルを更に右に曲げて車体の方向を変えていく。
Z33はドリフトしながらも、徐々に左向きから右向きへと角度を変えていく。
第1コーナーと第2コーナーのごく僅かのストレート。ここでZ33は丁度真っすぐを向いた。
だが時雨はハンドルを右に曲げ続ける。
第2コーナーに飛び込むZ33。
滑り続けている後輪が再びわずかに白煙を上げる。
Z33は真っ直ぐの状態から右向きを向いた。
そして白煙を上げ始めたところで時雨は再びアクセルを踏み込み、今度はハンドルをわずかに左に曲げた。
第1コーナーをラバーポールスレスレで駆け抜けたZ33は、第2コーナーで今度は右端の壁スレスレを狙ったかのように再びインベタでドリフトしていく。
アクセルの踏み具合を調整しながらアンダーステアを出さないように調整し、右端フロントを壁スレスレをめがけてドリフトしていく。
ドリフトアングルも抑えるようにして、最初こそ右に50度近いアングルを持っていたZ33は気が付くと30度程度までドリフトアングルは抑えられていた。
それと同時に、派手に角度を付けたことで一旦は130キロまで落ちていた速度も再び140キロ台まで加速していく。
「(もうこのコースについては走るべきラインが分かった…)」
首都高に比べればはるかに単純なマネーストリートのコース。
3つの直角コーナーと、ロング直角コーナー。そしてストレート。
高速コースとはいえ、やはりコーナー勝負。
おまけにコーナー区間でなければ車線変更は可能。
そうであるならば自然と内側コースでアウトインアウトかインベタのどちらかになるだろう。
これまでに100戦近くこなしてきたこともあり、時雨は自然とそう思うようになっていた。
あとは復路である場合、スタートダッシュ直後のタイヤの空転時にわずかにハンドルを左に曲げれば、タイヤがグリップする直前なので一気にマシンがドリフト状態になる。そういうやり方も時雨は把握していた。
第2コーナーの中間をインベタの状態で駆け抜けるZ33。
そこを抜けるとすぐ、吊り橋とその上のロングストレートが見えてくる。
「(一気に逃げる…直線区間で必要なのは、素早くコーナーを立ち上がるのと…純粋な程のパワーなんだ!)」
コーナー出口が迫る中で、4分の3を通過ところで時雨はアクセルをリリースする。
リリースと同時に、左に曲げていたハンドルをニュートラルに戻す。
滑走状態になったZ33は、徐々にアウトへと膨れていくのと同時にタイヤのグリップが徐々に回復していく。
そしてそのままZ33のタイヤの空転が収まったところで、ハンドルをしっかりと真っ直ぐ握ってアクセルを全開に踏み込む。
走行レーンの左端にあるラバーポールスレスレをZ33の左サイドが駆け抜けたところで、Z33はそこから上昇気流に乗るかのように鋭く加速していく。
「―――!」
速度は140キロからストレート区間で一気に加速していく。
ロングストレートに突入し、ストレート区間で速度は180キロ以上まで加速する。
あっという間に吊り橋上のロングストレートを駆け抜けていくZ33。
完全に後方を見ていないも同然、文字通りの独壇場だった。
「(速い…速すぎる!)」
一方、第2コーナーをドリフトしていくランエボ9。
第1コーナーを抜けたところで左レーンから右レーンへ移り、時雨と同じ走行レーンを走っているのは良い。
だが、コーナーリング時の速度があまりにも違いすぎるのと同時に、インベタまで攻め込めていないこともあって完全においていかれたのだ。
ランエボ9が第2コーナーの中間を駆け抜ける中、Z33はあっという間にストレートの先…吊り橋を渡った先まで走り抜けていく。
そのまま文字通り上昇気流に乗ったかのような勢いで、Z33は第3コーナーの右直角コーナーをドリフトで駆け抜ける。
そしてZ33はランエボ9のドライバーの視界から完全に見えなくなった。
コーナー区間を限界スレスレの速度でZ33に対し、ランエボ9のドライバーは必死にアクセルを踏み込んでコーナーを脱出するのが精いっぱい。
いくらニトロを使ってももう追いつけないだろう…
そう思ったランエボ9のドライバーは、やむを得ずアクセルを抜く。
相手のレベルとはあまりにも違いすぎることを悟ったランエボ9のドライバーは、あっさりと負けを認めるのだった。
◇ ◇ ◇
―――バトル後、コース脇に停車したZ33。
一旦サイドブレーキを引いて時雨はZ33を駐車する。
「…準備体操にはなったね」
「すごくいい感じよ、時雨!」
サイドブレーキを引いたところで時雨は一息ついた。
「ありがとう、奈美子。ちょっと気になったんだけど、リチャードさんの様子を見に行かないかい?」
「えっ、いきなり?」
「今のバトルをきっと見ているはずだし、僕も気になるんだ」
「わ、わかったわ…行きましょう」
そう言って時雨はZ33を再び発進させ、リチャードを探して移動する。
―――少し移動して、復路のスタート地点近くにリチャードはいた。
リチャードを見かけたところで、時雨と奈美子はZ33から降り、彼と対面する。
対面したところで、リチャードは褒めるかのようにこう言った。
「いやあ、素晴らしい!繊細で丁寧なドライブだ。他のドライバーとは比べ物にならないよ!」
どうやらリチャードにとっても時雨の速さはかなりのもののようだ。
「そ、そうですか?ありがとうございます!」
「…ありがとうございます」
リチャードの態度に対し、奈美子と時雨は軽く頭を下げる。
すると顔を上げたところでリチャードは言葉を続ける。
「キミたちはボクに勝って、ヒュウガの情報を手に入れたい。あの情報屋から話を聞いて、ここに来たんだろう?」
「は、はい」
時雨がそう言うと、リチャードは再び言葉を続ける。
「バトルなんてしなくてもいい。ヒュウガに関する情報なら話すよ。聞いたら帰ってね。彼は―――」
「ちょっと待って下さい!」
リチャードが口を動かそうとしたところで、奈美子がストップをかける。
そしてこう言葉を続ける。
「お父さんの…相楽ヒュウガの話ですけど、今のリチャードさんからは聞けません」
「奈美子…」
するとその様子を見て、リチャードも口を動かす。
「分かった。バトルしたということにして、ボクの愛車も渡そう。それで十分だろう?」
リチャードがそう言うと、次に反応したのは時雨だった。
「…ちょっといいですか?ドライバー同士なのにバトルもせずに聞きだすなんて、さすがにできません」
時雨の言葉にリチャードは多少驚きつつも、こう口にする。
「サムライみたいなこと言うんだね…2ヶ月前に同じことをヒュウガに言われたよ」
すると、その言葉に反応したのは奈美子だった。
「えっ?お父さんが…?」
「ヒュウガさんが…」
2人が反応した後、リチャードはこう口にする。
「少し時間をくれないか。考えなきゃいけないことが多くってね。結論を出したら、もう一度走る。そのときは本気を出すよ。それまでは、チームの面々とバトルをしておいてくれないか?」
「…わかりました。僕も、それが目的でニューヨークに来ているので」
「みんなケミック&モレックのドライバーに走りを教えた凄腕だよ。2人とも、ニューヨークの夜を楽しんで」
リチャードの言葉に時雨と奈美子が軽く頷く。
それを見たリチャードはゆっくりと歩いていくのだった。
―――数戦後。
「すげぇ…すげぇよあの2人!動画で見るのと実際のバトルじゃ全く…!洒落になんねぇぜ!」
時雨とバトルをしたケミックのドライバーがそう興奮気味に話す。
やはり時雨のレベルはかなりのもののようだ。
すると、ケミックのドライバーと話していた別のドライバーがこう疑問を口にする。
「社長の奴、こんな有名人をどうやって口説いたんだ?」
すると、その言葉に気が付いたのは奈美子だった。
「社長?えっと、皆さん社員さんですか?」
「いやいや、ケミックの社長に似てるだろ?だからみんな社長って呼んでんだよ。どうせ似てるからって機械イジリも始めてな、またこれが凄いんだ!」
「あいつが客人を連れてくるなんて珍しいこともあるもんだ。バトルでもしたのかい?」
どうやらチームメンバーたちはリチャードの事を本当にケミックの社長本人であるとは認識していないようだ。
「いや、そういうわけじゃないんです」
チームメンバーに返事をしたのは時雨だった。
「じゃあ、どうして?」
「(偽名でバトルしてたんだ…何か適当な理由は…)そっちのチームに速い人がいるって聞いて、どんなドライバーなんだろうって…」
奈美子が釈明するようにそう言った。
「ハハッ!ならこのチーム全員だ!その中でも…社長がイジった車は特別かもしれないな。アイツのイジった車は獰猛なモンスターになる。俺の車もそうだが…試してみないか?」
チームメンバーの一人がそう言った。
「いいわ、その勝負乗った!時雨、今は走り続けましょう!」
「…わかった。始めましょう」
奈美子と時雨の言葉にケミックのドライバーが頷き、それを見たところで3人は互いのマシンに乗り込んでいく。
◇ ◇ ◇
―――さらに数戦後。
チームメンバーが集まっている一角に、リチャードはいた。
何やら随分と考え込んでいるようだ。
「ああ、クソッ!負けちまった…機材のバランスが悪いのか?ちょっと見てもらうか…おぉ~い!社長!」
そう言って時雨とバトルしたチームメンバーの一人がリチャードに話しかけに行く。
だが、考え込む姿はもうだれにも止められそうになかった。
「あの様子じゃ聞こえてないだろうね」
「リチャードさん、何考えてるんだろう…」
時雨と奈美子もどこか心配そうにリチャードを見ていた。
◇ ◇ ◇
―――釈明会見後、「ケミック」の社長室にて。
「『正しい選択を」次回ケミック&モレック社が打ち出す比較広告のキーワードだ…リチャード、今日のスピーチは「正しかった」か?」
「なんだいジェレマイアおじさん。原稿どおりにセリフが読めないからって、現場主義の無能呼ばわりするのかい?」
ジェレマイアと呼ばれた銀色のロングヘアーの男性。
彼は「ケミック」の副社長だ。
「スピーチ嫌いは昔からだろう?ただ君の肩には、ケミック&モレック社の社員たちの人生が乗っている。君のお父さんが作り、私が売ってきた。リチャード、君は父親ゆずりの職人肌がゆえに社長職を辞退しようとしただが社員の総意に君は答えた」
ジェレマイアはリチャードをどこか説得するかのようにそう言った。
すると、リチャードは反発するかのようにこう口にする。
「責任があるのは分かっているよ。誰だって幸せになりたいし、働いていてよかったと思える仕事をしたい。そう思える職場にしようと頑張ってきた。だが、オクティとやってることは違う。バトルして、車を奪い合って、バラして…パーツ屋なんだ。いい品物が売れる。バトルしてまで追い出す理由は何だ?」
「ケミック&モレックがニューヨークから撤退したらオクティは『逃げ出した』と吹聴するだろう。リチャード…分かってくれ。ビッグゲームは未来を賭けた戦いなんだ」
そう言ったところで、どこかリチャードを見限ったかのようにジェレマイアは社長室を出ていく。
リチャードは1人残され、項垂れていた。
「分からない…「正しい』って何だ?ボクは…どうすればいいんだ…!」
―――さらに数戦後。
チームメンバーたちが集まっている場所の近くにZ33を駐車させ、時雨が一息ついた。
「時雨、連戦お疲れさま!さすがにちょっと休憩しましょ」
そう言って奈美子はミネラルウォーターが入ったペットボトルを差し出す。
「ありがとう、奈美子」
「にしてもサマンサ遅いなぁ。なにやってるのかな…?」
時雨がミネラルウォーターを飲んでいると、視界に見覚えのあるフードの女性が見えた。
ペットボトルを口から離し、奈美子にトントンと肩をたたく。
「時雨?」
「あれ…」
「あれ?サマンサ?」
…巨大なカップと大きな袋に隠れながら、サマンサはヨロヨロと歩いている。
気になった2人は、急いで車から降りてリチャードたちの方へと向かう。
「サマンサ!」
「あら、2人とも。やっぱりいたのね」
「そ、その袋は…?」
「…2人ともお待たせ。食事を持ってきたわ…もう1人分必要だったかしら?」
サマンサが抱える袋はおそらく4人分。袋には「カイザーバーガー」のプリントが書かれている。
まさかのギガカロリーセットだろうか。
「いや、大丈夫だよ。ギガカロリーセットは4等分してある。それでも1人あたり2500キロカロリーだ。夜に食べるにしてはちょっと多めかもね」
そう言ってリチャードも1袋分をサマンサから受け取る。
時雨と奈美子も1袋ずつ受け取った。
「時雨、奈美子。今のうちに休憩で食べてしまいなさい」
「は、はあ…」
「い、いただきます」
そう言って奈美子と時雨はそれぞれハンバーガーを取り出して食べる。
以前食べた「佐世保バーガー」の数倍の大きさだった。
試しに時雨が一口食べる。
「(うーん…悪くはないけど、佐世保バーガーに比べちゃうと…)」
素材の味をフルに生かした佐世保バーガーに比べると、どうしても時雨にとってはあまりいいものとは思えなかった。
いくらアメリカに来て多少はそういう味の料理は食べても、バイト先でも賄いはかなり考慮してもらっているし、何よりショウからいただいた佐世保バーガーの味がかなり舌に残っていたこともあり、やはりそういう味じゃないと満足しないようだった。
「(まあ、頂いたなら食べちゃおう)」
そう言って時雨は必死になってそのバーガーを頬張った。
サイズがでかいこともあって時間はかかっているが、それでも必死に頬張る。
「随分必死に食べるわね」
「まあ、向こうのハンバーガーに比べたら数倍くらい違うからね。仕方ないさ」
そしてそうも言っているうちに、時雨はあっという間にその巨大バーガーを何とか食べ切った。
やはり貰い物ということもあり、ちゃんと食べなければダメという考えだったのだろう。
「ふう…(…何とか食べれた)」
「やるわね、感心したわ」
流石にバーガーだけとはいえ、その食いっぷりにはサマンサも感心するしかなかった。
だがその横で、奈美子はもう完全に限界そうだった。
「うぅ…も、もうダメ限界…これ以上はバトルに支障が…」
「奈美子、大丈夫かい?」
「時雨はともかく、奈美子はだらしないわね。これぐらい食べられないと、アメリカじゃ食事するのに困るわよ」
「東洋人の胃は繊細なんだ。だからスリムな人が多いと聞いている。でもこの量は食べきってほしかったね。ところで2人ともポテトが残ってるけど…?」
リチャードが純粋そうにそう質問した。
だが、ハンバーガーで限界そうだった時雨はブンブンと首を横に振った。
すると、あることに気が付いた奈美子が逃げるかのようにこう発言する。
「ド、ドライバーが呼んでるのでバトルに行ってきます…もうさすがにムリ…!」
「それじゃあ」
そう言って2人は再びバトルへと挑んでいく。
◇ ◇ ◇
―――vsエンジョイドライバー
推奨BGM:FUTURE BOY(from EUROMACH9)
相手の車は白いシボレー・カマロSS。
コースはマネーストリート往路。
左レーン、Z33。右レーン、カマロSS。
2台のエンジン音がスタート地点にこだまする。
そんな中で2台のカーナビのカウントダウンが減っていく。
3
2
1
GO!
「―――!」
「……」
ギアを切り替え、加速させるカマロのドライバー。
同じくギアをDレンジに変えてアクセルを全開に踏み込む時雨。
ロケットスタートを決めた2台だが、先行するのはやはりZ33だった。
「(速い…!わかっていたとはいえ…!)」
今までケミックの様々なドライバーがバトルしてきているとはいえ、やはりいざ戦うとなるとその速さに驚くしかなかった。
Z33の性能をフルに生かしているその走りは、あっという間にカマロを振り切ろうとしていた。
上り坂区間でも全くもって躊躇も油断もなし。
アクセルを全開に踏み込むことで、そのエンジンの出力をフルに発揮している。
車間距離はあっという間に車2台分程度まで開いていく。
「(自分自身がどこまで戦えるか…どこまで走っていられるか、どこまで上り詰められるか…)」
一方の時雨。
振り切ったことに多少浮かれたのか、考え事をしながら走っていた。
だがそれでも決して上の空と言うわけではない。
ちゃんとアクセルは踏み続けるし、ハンドルはがっしりと握っている。
速度が180キロまで加速する中、上り坂を上り切ろうとしてたZ33の前に第1コーナー…繁華街内にある左直角コーナーが迫っていた。
「―――!」
繁華街区間に入り、目の前には第1コーナーの左直角コーナーが間近に迫る。
そんな中でアクセルオフから軽くハンドルを右に切ったかと思いきや、すぐにブレーキを踏み込んでハンドルを左に一気に切り返す。
そして切り返す中、再びアクセルを踏み込んで後輪を滑らせる。
速度は180キロ台から150キロ近くまで減速している。
走行している左レーン目いっぱいを使ったその走りは、文字通りのアウトインアウト。
コース全体に比べればはるかに狭い中でも、Z33のその巨大な車体は確実にドリフトでコーナーを駆け抜けていく。
「(まだ答えは見つからない。いや、見つからないほうがいいんだ)」
ドリフトする最中、時雨はハンドルを左から右に切り返しながらアクセルを踏み込んでいる。
そんな中でよそ事を考えていた。
否、よそ事を考えられるほどの余裕が生まれていた。
そのよそ事と言うのは、自分自身の限界について。
自分は箱根で様々なドライバーたちと戦ってきて、それで確実にレベルアップが施されている。
東京・首都高でも多くのドライバーとバトルしてきて、その分経験値を積んだ。
そして今、奈美子の父親の手がかり探しと自分自身の更なる修行のためにアメリカに来ている。
そんな中でどこまで自分は戦えるのか。
ドリフトの世界でどこまで自分は走り続けていられるのか。
否、走り屋やレースの世界で自分はどれだけ走れるのか。
時雨はその答えを求めているが、同時にそれは今それを求めるのに焦ってはいけないということもわかっていた。
そんな中で時雨はアクセルをリリースし、ハンドルをニュートラルに戻していく。
すぐにコーナーの出口が迫るからだ。
出口が迫る中でZ33のタイヤの空転は徐々に収まり、Z33のドリフトは収まった。
時雨の視界に繁華街内の第2コーナーが目の前に映ったところで、時雨は再びアクセルを踏み込む。
「(ドリフトだけじゃない才能…か)」
アクセルオンからZ33が加速する中で、箱根で神風のトオルに言われた言葉を思い出す。
「お前さんには峠でのドリフトバトルだけじゃなくて、サーキットレースやラリー、ゼロヨンなどのドラッグとか…他のレースシーンでも活躍できるであろう才能があるとも、先生は言っていたんだ」…自分のスポンサーの1人であるDr.ソウイチからの押し売りの言葉ではある。
だが、それはトオル自身もそう思っているのだろう。
奈美子の兄であるショウを連れ戻すために戦っていた日々。
そして今は奈美子の父親の手がかりを知るために戦う日々。
皇帝としての挑戦者を待つのではなく、目的を持ったうえでのバトル漬けの日々…自発的にバトルへと取り組む日々が再び訪れている。
そう考えるうちに、Z33は第2コーナーの左直角コーナーへと迫っていく。
180キロ近くまで加速したZ33の前に第2コーナーが間近に控える。
「―――!」
ハンドルをわずかに右に負けてアクセルオフ、そこからブレーキを踏み込んでハンドルを左に切り返す。
典型的なフェイントモーションだが、速度は180キロ近くから140キロ台まで減速している。
そこからアクセルを踏み込み、ハンドルを右に切り返す。
アウトインアウトのラインを描き、Z33は左端の壁スレスレへと左フロントを接近させていく。
だがそれでもドリフトアングルは第1コーナーのそれよりは抑えめ。
アングルを付けすぎないことで速度の過度な低下を抑えつつも、アンダーステアを出すことなく決まったラインを描くことが出来ていた。
だが一方で隙間としては数十センチあるかないか、下手をしたらフロントのカナードが接触するかもしれないかのレベル。
それくらい攻め込んだ走りだった。
試行錯誤の中で時雨の走りは一定の大成を果たそうとしている。
「(それでも、限界まで戦いたいって気持ちは言ってしまえば…兵器としての僕の本能なのかもしれない)」
ハンドルを右に曲げ続けてアクセルを踏み続ける中で、時雨は「自分が限界まで戦う事」を、かつての自分としての本能が表れていると思うようになっていた。
「あの時代」において、時雨は駆逐艦だった。
そして深海棲艦を撃滅するために戦う、兵器だった。
兵器である以上、敵を倒すのが宿命。
自分自身も、深海棲艦を倒すというのが一種の宿命だった。
あの時代の様々な戦いの中で、自分や仲間たちは精いっぱい戦った。
絶望的な戦況の中でも、自分のできることを最後までやり遂げた。
結果自分は命を落としたが、何の因果かこの世界…走り屋の世界、箱根へと導かれた。
自らの未練か、自分を愛した男の未練か、あるいは両方か。
何にせよ、あの世界から自分は導かれたのは確かだ。
傍から見れば異世界転生と言う形であり、過去の記憶がある以上…自分が元艦娘と言う、過去からは逃れられないのである。
Z33がコーナーの出口に迫る中、時雨はよそ事を考えつつもアクセルをリリースし、ハンドルを徐々にニュートラルに戻していく。
アクセルをリリースされたZ33のタイヤは徐々に空転が収まってグリップが回復していく。
「(この世界に生きる以上、その因縁からは…僕は逃れられないのだろう。もしそうであるなら、僕はその本能に従うのみ…!)」
そう思ったのと同時にZ33のタイヤの空転が収まり、前方の吊り橋上のロングストレートを向いた。
それと同時に時雨はアクセルを踏み込んでZ33をストレート区間で加速させる。
140キロ台だったZ33は、ストレート区間で180キロ台まで加速する。
「(自分に力がある以上、限界まで…戦うんだ。そしてそれは僕だけじゃない。ユキもきっと…同じことを考えているはず)」
かつて自分が戦火の中で戦っていたという事実、そしてその記憶がある以上、元艦娘と言う因縁からは逃れられない。
そしてそうである以上、自分や雪風は限界まで戦うという…一種の宿命を持っている。
雪風という高い壁も、その宿命を持っているのは間違えない。
そしてその壁を乗り越えるためにも、今は必死になって戦う…武者修行のために走るまで。
そう思いつつ時雨はZ33のハンドルを強く握りしめ、アクセルを踏み続けるのだった。
吊り橋上のロングストレートを疾駆するZ33は、完全に独壇場と化しているのだった。
「くっ…追いつけるわけないだろ…」
一方、こちらは完全に自分の世界に入ったZ33に置いてけぼりを食らったカマロSS。
最初の2つのコーナーで一気に差を付けられてしまった。
今は第2コーナーでドリフトしている最中。
左レーンへと移ったのはいいが、もう完全にZ33は視界から消えようとしていた。
走行レーン上のレールをグラインドするようにドリフトするカマロSS。
一定のラインを描きながらドリフトするももう完全に勝負は決まっているも同然だった。
コーナー出口でアクセルリリース、ハンドルをニュートラルにして加速するのはよい。
だが…
「(も、もうあんな所に…!)」
相手のマシンはもうすでに吊り橋を渡り、第3コーナーの超ロング直角コーナーへと飛び込んでいた。
点になりかけていたZ33は第3コーナーをドリフトしていく中で、ストレート区間を何とか加速するカマロSSのドライバーの視界から消え去ってしまうのだった。
「(ダメだ…くそっ…)」
カマロSSのドライバーはアクセルを全開に踏み込み続けるも、意気は既に消沈していた。
前方に消えたZ33を追いかけながらも、アクセルを踏むのが限界だった。
そしてそう思った以上、彼はあっさりと匙を投げて降参するのだった。
◇ ◇ ◇
「タイム差、7秒近く…時雨の圧勝ね。相変わらずいい走りをするわ…ところでさっきから黙って見ているけど、チームメイトと一緒に騒がないの?」
ライブカメラでバトルを見届けたサマンサが、リチャードに質問した。
「いや、ボクはいいよ。みんながバトルをして楽しんでるのをこうやって眺めてるのが好きなんだ。車がみんなにとってどんな存在なのか、ここに来ると分かるんだ…仕事が車に関わることだとね、何のために頑張ってるのか教えてくれる」
リチャードはどこか満足するようにそう言った。
それに関してサマンサは感心するようにこう言った。
「いい心がけだと思うわ。何をしたいのか、何をすべきなのか、私も分からなくなるときもあるもの」
「ありがとう。キミの気づかいに感謝するよ…それで、ボクの居場所を2人に教えた情報屋さんが何の用かな?」
リチャードもやはりサマンサの正体についてはわかっていたようだ。
「(やっぱり知ってたか…)1つ、2人のバトルを見届ける責任がある。2つ、ギガカロリーセットの80ドルを2人から取り立てなきゃいけない。3つ、ヒュウガと会って何を話したのか…真相を聞かせてほしい」
サマンサの言葉に対し、リチャードはふっ、と軽くつぶやいたかと思いきやこう口にする。
「『話せない』「話す気がない』と言ったら?」
「私は何もしない。時雨が…心を揺るがすドライバーが、きっとあなたを話す気にさせるから」
「……」
サマンサは時雨を信用するかのようにそう言うのだった。
◇ ◇ ◇
―――サマンサとリチャードの会話から数戦後。
時雨に負けたドライバーの1人がリチャードに話しかけにいっていた。
「社長!あいつスゴイな!どんなチューンしてんのか気になる…ちょっと見せてもらうように、一緒に頼んでくれないか?」
どうやら彼は時雨のマシンに興味があるようだ。
「ああ…分かったよ。いつまでも落ち込んでもいられないし。少しは気が晴れるかもしれないな」
「よっしゃ、頼むぜ!」
そう言ってドライバーとリチャードが時雨と奈美子の方へと向かっていく。
「時雨!」
「リチャード、さん?」
「ちょっと君たちにお願いがあるんだ」
「お願い?」
時雨が疑問を抱く中、リチャードは事情を説明した。
「…というわけだ。まあ注目の的ってこと。ボクもどんなチューンしているのか凄く気になるからね」
時雨と奈美子に対面したリチャードがそう言った。
「大したことはないと思うんですが…それでもいいなら」
「ああ、いいよ」
そう言って時雨はZ33のボンネットを開き、エンジンルームを見せる。
すると、例のドライバーはエンジンルームを見てこう疑問を口にした。
「…なんだこりゃ?特別変わったもの使ってるワケじゃないし、尖った性能を出すパーツも使ってない。ターボ化が施されているとはいえ、至って普通のチューンじゃないか…」
リチャードの仲間はそう驚くしかなかった。
先程時雨からは「特段面白いものはない」と言われていたのだ。
大して面白くない、と言うつもりだったが、どうやらそれは本当のようだ。
しいて目立つものをいうなら、本来NAのZ33にボルトオンターボを施してターボ化を施しているくらい。
だが一方でリチャードはある違いを見出していた。
「(違う…エンジンルームに限れば、突出した性能のパーツが無い。万能と言えば聞こえはいいが、その性能を引き出すのはウデ次第だ)」
全体的にハイスペックではあるのだが、同時に尖ったパーツはない。
やはり万能なのであり、突出しているものがないということにはリチャードも気が付いた。
「(人と車は2つで1つ。唯一無二。車はドライバーと共に進化していく。だとしたら、このエンジンルームは…時雨自身なのか?)」
そう思ったリチャードはZ33のエンジンルームを見た後にフラフラと集会スペースの端っこへと移動してしまった。
どうやらかなり考え込む内容のようだ。
「あの、リチャードさんは…」
「熟考モードに入っちまった。チューンできるヤツは何考えてんだか…ああなったら、しばらく考えたままだ」
「よくあることなんですか?」
「ああ、まあな…考えてる間、また別のヤツとバトルしてやってくれないか?」
「…わかりました、いいですよ」
「頼んだぜ。別の奴を呼んでくる」
そう言って先ほどまでエンジンを見ていたドライバーは、別のドライバーを呼びに行く。
残された2人は、再び考え込むリチャードの姿を目撃していた。
「車移動しても腕組んで道路見てる…大丈夫かな、リチャードさん」
「…意外と大丈夫だと思うよ?」
不安がる奈美子に対し、時雨は楽観的に答えた。
「え、そう?」
「うん…きっと戻ってくると思う」
「そっか…まあいいわ。心配だけど、今はバトルに集中!行こう!時雨!」
「そうだね、さあ行こうか」
そう言って時雨と奈美子は再びZ33に乗り込んでバトルに挑んでいく。
―――さらに数戦後。
ケミックのドライバーたちが集う駐車スペースに、遂にリチャードとサマンサが前に戻ってきた。
先にいた時雨、奈美子と2人が対峙する。
だが、リチャードのその様子はどこか何かを悟ったかのようだった。
「サマンサさん、リチャードさん!」
「2人とも、今晩の主役の登場よ」
「じゃあ…」
「ああ、待たせて悪いね。ちゃんとバトルの相手をするなら、こちらもちゃんと準備をと思って。礼儀は尽くさないとね」
すると、リチャードの言葉に疑問に思った奈美子が質問する。
「あの、無粋なのは百も承知ですけど…どうしたんですか?突然、バトルを前向きに考えるなんて」
すると奈美子の言葉に答えるかのように彼はこういいだした。
「さっき僕はエンジンルームを見せてもらった。これは持論なんだけど、バトルをしているドライバーほど、自分の走りを追求するためにチューンが個性的なものになっていくと思っている」
「それって…つまり?」
「エンジンルームはドライバーそのものを表す、『鏡』みたいなものということさ…それはボクも例外じゃない。ヒュウガの言葉の意味が、ボクにもようやく分かったんだ」
「お父さんが、リチャードさんに?」
奈美子にとっては疑問でしかなかった。
ヒュウガは一体何をリチャードに伝えたのか?
「ああ。バトルに勝ったら全てを話すよ…」
「…わかりました。お願いします」
リチャードの言葉を聞いた時雨は、戦闘モードに移るかのようにそう口にした。
「時雨、ナミコ、2人とも集中して。正々堂々とバトルをする相手ほど、油断できないものはないわ」
サマンサは時雨と奈美子に忠告するかのようにそう言った。
2人はサマンサにこくりと頷き、Z33へと乗り込んでいく。
「目に余裕があった。時雨の速さは知っているはずなのに…」
車内において、奈美子は時雨にそう言った。
どうやら相手に余裕があるように見えたようだ。
だが一方で時雨もあることに気が付いていた。
愛車であるZ33に乗り込んだ時、時雨はこう言い放つ。
「リチャードさんのあの目は…首都高でバトルしたエニシさんと同じ目だった。気を引き締めて行こう!今日の大一番だ…!」
「ええ、頑張って。時雨!」
時雨の覚悟を応援するかのように、奈美子はそう励ますのだった。
◇ ◇ ◇
―――vs天才技術士リチャード
推奨BGM:YOU MAKE ME FEEL(from EUROBEAT FLASH vol.22)
相手の車はエアロがカスタムされた青色のRX-8、コースはマネーストリート復路。
相手のマシンはかなりチューニングされているようだ。
左レーン、RX-8。右レーン、Z33。
2台が並び、スタートラインについたところで互いのエンジン音がこだまする。
ドライブモンスターvsケミックの「社長」。
その世紀の一戦が、ニューヨークを熱気で包もうとしていた。
「(ドライブモンスターの真骨頂を…見せてもらおうか!)」
リチャードとしては、ニューヨークで話題の「ドライブモンスター」とバトルできることは何よりも光栄だった。
加えてこれは、今後の自分自身と向き合うための戦いでもある。
そうである以上、自分自身は全力で戦う。
これは魂と魂のぶつかり合いだ。
そう思っていた。
「(異郷の地のパーツメーカー社長というかなりの立ち位置の人間と戦うようになった…)」
時雨としては、こんなところまで来てしまったという感覚だった。
異郷まで命の恩人の父親の手がかりを探してやってきて、そこで行われているバトルに飛び込み、そして数々の勝ち星を手にしてきた。
そしてついに二大勢力の片割れの「頂点」とも呼ばれるべきドライバーにまで挑むことになった。
今後プロの世界で生きていく以上、ここで易々と負けるわけにはいかない。
そんな思いが、時雨の精神を包み込む。
その思いはやがて精神は勿論、車全体を持つ積み込もうとしていた。
「(一つの壁とも呼ぶべきドライバーと戦う以上、僕は絶対に容赦しない…踏み込むんだ!)」
本日の大一番。
ドライバーたちの首領とも呼ぶべき人間とバトルする以上、絶対に自分は容赦せず、自分の力をフルに発揮していこうと思っていた。
その思いはやがて自分の両手両足にも伝わっていく。
アクセルをを踏み込む右足とハンドルを握る両手に自然と力がこもったのであった。
そんな中で、カーナビのカウントダウンが始まろうとしていた。
3
2
1
GO!
「―――!」
「……」
スタートと同時にギアを2速に入れるリチャード。
ギアを一気にDレンジへと切り替える時雨。
スタートダッシュで2台はいきなり第1コーナーの左直角コーナーへと飛び込んでいく。
加速特化のマシンということもあり、Z33が先行してテールトゥノーズの状態となる。
「―――!」
コーナーに飛び込む直前、アクセルをリリースしてハンドルを軽く右に曲げる。
そしてブレーキをフラッシュさせたかと思いきや、ハンドルを一気に左に曲げてタイヤを滑らせ始める。
そして滑り始めたところでハンドルを徐々に右に切り返し、カウンターを当てながらZ33をドリフトさせていく。
一方、後方で食らいつくRX-8。
スタートでの加速がある程度抑えられていたこともあってブレーキを踏むことなくコーナーへと飛び込む。
オーバースペックとある程度抑制されているスペック。
スタート直後で加速していることもあり、その観点においてはリチャードのRX-8の方が有利だった。
それに加え、アウトコースのZ33に対してRX-8は徐々に差を詰めていく。
そこに関してはやはりインコースとアウトコースの差だろう。
あっという間にZ33とRX-8の立ち位置はサイドバイサイドと言うべき状態になった。
「(いくらパワー面に手が加えられていても、アウトコースであればやっぱり不利だ…)」
一方の時雨は、追いつかれても冷静だった。
インコースとアウトコースの差はあまりにも大きいことは、これまでのバトルでさんざん経験してきた。
コーナーの内側に飛び込み、そのレーンの範囲内で出来る限りの速度を出してドリフトしていく。
それが速く走るためのコツであることはもう時雨でもわかっていた。
だがやはりスタート直後から第1コーナーの間は車線変更ができる余裕がほぼない距離だった。
やむなくアウトコースに準ずることになったのだ。
第1コーナーにおけるトンネル区間を過ぎ、徐々にコーナーの内側から追い詰められていく。
「(それでも、この先は…)」
それでも時雨は全くもって冷静だった。
何せこのコースは基本的に復路は右レーン有利なコース。
今自分がいるのは当然右レーン。
リチャードは間違えなくこの先の第1コーナーと第2コーナーの間で右レーンにやってくるだろう。
それで食らいついてこられるか?
素の性能では間違えなくこちらの方が有利な以上、食らいついてこれるのか?
多少力でねじ伏せる形になっても、それでもこれは公道上の格闘技。
マシンを傷つけるような意図的な接触をするなどよっぽど汚い手を使うのはともかく、基本は勝てばいいのだ。
「(罠に引っ掛ける…!)」
パーシャル状態でアクセルを踏み込み続ける時雨。
トンネル区間を抜け、繁華街内の第1コーナー出口が迫る。
2台はコーナーリング中に完全に横並びになった。
その状態のまま、2台はコーナー出口へと迫る。
そんな中で時雨はアクセルをリリースし、カウンターを当てるべく右に曲げていたハンドルを徐々にニュートラルに戻していく。
後輪の空転が抑えられていく中で、時雨はアクセルを全開に踏み込む。
だが一方で、Z33のすぐ横にはRX-8がいる。
それでもそれは時雨の算段のうちだった。
「…!?」
「(…こうだ!)」
アクセルを全開に踏み込んだことで、RX-8のリチャードの旋回方向をZ33のボディで邪魔をする。
言ってしまえば露骨なライン潰し。
この先で間違えなく自分と同じ車線に飛び込んでくるとわかっていた以上、多少ダーティでも「相手に進路を譲らせない」と言うやり方を取ったのだ。
ノーズの部分だけ先行するZ33。
RX-8のノーズはZ33のリアサイド付近である。
こんな状態では右に車線を変えたら接触間違えなしであろう。
そんな中でも時雨はブレーキを軽くフラッシュさせ、ハンドルを左にわずかに切る。
そしてそのままハンドルを右に一気に120度以上切り返し、オーバースピード気味ながらも第2コーナーへと飛び込んでいく。
速度は160キロ台から140キロ近くまで減速していた。
Z33による露骨なライン潰しにより、RX-8は完全に走行ラインを潰された。
このまま左レーンを走っていてもアウトコースであるため、ボルトオンターボが施されたZ33に差を更につけられてしまうだろう。
「っ…!」
第1コーナー脱出と共にスピーディに右車線に移る算段だったリチャード。
だが、サイドバイサイドになってしまったことで車線を移ろうにも移れない。
第2コーナーである右ロング直角コーナーに飛び込む直前、リチャードは普段以上にブレーキを踏み込む羽目になった。
その結果、ノーズだけリードしていたZ33がRX-8よりも先行する形となった。
テールトゥノーズの状態となったことでRX-8は右車線に移れたが、コーナーに飛び込むタイミングがずれてしまったことで右レーンのアウトコースを走ることになってしまった。
内側までラインを攻め込むことが出来ていないのだ。
だが、先行するZ33は容赦なくコーナーリング中にもかかわらず僅かに加速していく。
インベタのラインを描きながらドリフトし続けるZ33は、後方との差を一気に広げようとしていた。
そんなZ33に対し、走行レーンの境界ギリギリを何とかドリフトし続けるRX-8。
足回りが強化されていたのでアウトコースに膨らむことはなかったが、それでもZ33に比べると明らかに速度が下がってしまっていた。
「(くっ…離される!)」
インコースに移ったは良かったが、食らいつこうとしても同じ速度でドリフト出来ない。
もしあのZ33と同じ速度でドリフトしようものなら、アウトコースに膨れてしまうのは間違えないだろう。
ある程度足回りがチューンされているとはいえ、やはりあのZ33に比べたら劣ってしまっているのは事実だった。
第2コーナーのロング右直角コーナーにおいて、2台の差は既に車2、3台分食らうまで広がってしまっていた。
「(この先のストレートで、リチャードさんは間違えなく食らいついてくるはず…ならば!)」
一方の時雨。
Z33のノーズが右端の壁スレスレ…隙間数十センチの中、ハンドルをわずかに左に曲げ続けてアクセルを踏み続けていた。
相手のライン潰しに成功したとはいえ、最後の最後まで絶対に油断するわけにはいかない。
雑魚ならともかく、今の対戦相手は言ってしまえばゲームのボスともいうべき実力者。
時雨は後方のリチャードがこの先何が何でも食らいついてくると予想していた。
間違えなくニトロを使ってくるだろう。
そう時雨が予見する中、Z33の前方にコーナーの出口…ロングストレートがある吊り橋が迫っていく。
そんな中で時雨はアクセルを離し、ハンドルを徐々にニュートラルに戻していく。
壁スレスレのラインを描いていたZ33は徐々にアウトへと膨れる。
そしてそんな中でタイヤの空転は収まっていった。
「―――ここだ!」
「……!」
タイヤの空転が収まったのと同時に、時雨はハンドルに取り付けられているニトロスイッチを押す。
差がすでについているとはいえ、相手は間違えなく食らいついてくるだろう。
そう考えている以上、ニトロを使うのは半ば当然と言えば当然だった。
ニトロパワーを与えられたZ33は、150キロ近くから200キロ近くまで加速する。
コーナー脱出と同時にニトロパワーを与えられたことで、一気に最低速度から速度を跳ね上げたZ33は、完全に後方を振り切るかの勢いだった。
ストレート区間を200キロという速度でZ33は爆走していく。
「くっ…!」
一方、ストレート区間をZ33が爆走し始めたところで、リチャードのRX-8も第2コーナーの出口に差し掛かろうとしていた。
そしてコーナー出口寸前において、リチャードもハンドルのニトロスイッチを右手親指で押した。
ニトロパワーを与えられたRX-8。
だが、コーナー出口直前で130キロまで落ちていたRX-8はコーナー出口でタイヤが滑っていたこともあって加速が鈍くなっている。
速度は170キロ台までしか加速しない。
その速度差の事もあってか、前方を走るZ33はみるみるリチャードの視界から小さくなっていく。
圧巻の走りと言うべきなのだろう。
「(ここまでして離される…!ニトロキットはやはり向こうが上なのか!!)」
「(エンジンは確かに抑え気味かもしれない。でも、ニトロは…)」
たしかにエンジンルームこそZ33のそれは大したものはなかった。
だが一方で、足回りとニトロに関してはかなりのチューニングが施されていた。
足回りはともかく、ニトロと言う補助パーツはかなりの手が加えられている以上、そこで一気に差を付けられてしまったのだ。
吊り橋上のストレートを駆け抜ける2台。
だが、先行するZ33は第3コーナーである右直角コーナーへと飛び込もうとしている。
「(だが、そんな速度で…曲がるのか!?)」
「……」
Z33を追いかけるリチャードにとっては、あの車があんな速度で曲がるのかが疑問しかなかった。
いくらモンスターとはいえ、あれほどの速度で曲がるのか?
そうリチャードが思う一方で、時雨はブレーキを踏み込み、ハンドルを軽く左に曲げる。
速度は190キロから150キロ台まで一気に落ちる。
そしてそこでハンドルを一気に右に曲げて再びアクセルを踏み込む。
ぐん、と一気に角度を曲げたZ33は後輪を滑らせながら、走行レーンの左端から右端へと一気に進路を変えていく。
「(ま、曲がった…!?)」
「(…体が、熱い!)」
同じタイミングでニトロを使って相手に差を付けられたのはともかく、そこから自分以上の速さでコーナーをドリフトしていくZ33。
一瞬炎のようなものをまとったZ33は、あっという間にRX-8を引き離していく。
そんな中でドライバーの時雨の両手両足に違和感が生まれた。
ハンドルを右に曲げ、左に切り返す。
そんな最中でコーナーを素早く走れる時に現れた、「全身が炎に包まれる感覚」。
それがここ、ニューヨークにおいても時雨を襲おうとしていた。
素早くドリフトしていくZ33は、今までのどんなバトルの時よりも速く走れていた。
コーナーの右端、壁スレスレのクリッピングポイントをピンポイントで狙ったかのように走行ラインを描く。
ドリフトしていくZ33は、コーナーとの隙間数十センチを駆け抜け、そのままコーナーの出口が迫るにつれて外側へと膨れていく。
両手両足から全身が炎に包まれるような感覚の中、時雨はアクセルオフからハンドルを左からニュートラルへと戻す。
Z33のタイヤの空転が収まる中、ハンドルをニュートラルに戻していたこともあって走行レーンの左端ギリギリまで膨らんでいく。
「(それでも…!)」
左端に膨らんだ時、Z33は真っすぐを向いた。
そこから時雨は再びアクセルを全開に踏み込む。
第3コーナーを勢いのままに立ち上がり、加速していくZ33。
速度は150キロ台から180キロ近くまで加速する。
だがすぐに最終コーナー…第4コーナーの右直角コーナーが迫る。
「(これで…とどめだ!)」
最後のコーナーと言うこともあり、時雨は容赦なく、同時に油断することなくアクセルオフ、ブレーキを踏み込む。
そこから軽くハンドルを左に切ったかと思いきやブレーキリリース、直後に右にハンドルを曲げたところでアクセルを全開に踏み込む。
タイヤが空転し始めたところで時雨はハンドルを今度は徐々に左へと切り返し、カウンターを当てる。
再びアウトインアウトのラインを描こうとしているZ33は、青い炎に包まれながらもコーナーをドリフトしていく。
コーナー右端の壁スレスレを右ノーズが隙間数十センチまで接近したところで、Z33はコーナー中間から走行レーンの左端へと徐々に膨らんでいく。
そんな中で再び時雨はアクセルをリリースし、左に曲げ続けていたハンドルをニュートラルに戻す。
「(……!)」
タイヤの空転が収まったところで、再びアクセルを全開で踏み込む時雨。
体が炎に包まれるような感覚でもなんとか意識を保ち、自然とアクセルを踏み込む足の力が強くなっていた。
一瞬で油断したら意識を失って壁へ一直線かもしれない状況下でも、ハンドルをきっちり握ってアクセルやブレーキを全開で踏み込むことだけは忘れていなかった。
そしてそうである以上、時雨は独壇場になっても最後の最後まで油断せずにZ33を疾走させる。
最終コーナーを推進状態で立ち上がるZ33。
そのまま最終ストレートに存在する下り坂をテーマパークのジェットコースターの如く勢いよく下り、ゴールが迫るにつれてさらに速度を加速させていく。
ぐんぐんとZ33は加速していき、ゴール地点をそのまま駆け抜けた時…時雨のZ33の速度は200キロ近くと言う速度を出していたのだった。
とはいえニトロを使わなかったのはやはり時雨のそれなりの自信の表れか。
「(ああ、やっぱり見事だ…やはり、ドライブモンスターの名に偽りはない…)」
一方、後方で完全に振り切られていたリチャードは満足そうにそう心の底から思っていた。
リチャードのRX-8も全開で走り抜けて第4コーナーを立ち上がり、完全にストレートで振り切られていた。
頭もよく、時にダーティに、時にスピーディにという臨機応変さを、リチャードは認めるかのように満足していたのだった。
―――勝者、時雨。
タイム差は約4秒だった。
―――バトル後。
スタート地点に戻ってきて、時雨はZ33を駐車されていた。
サマンサの姿もあった。
「ふう…勝てたね」
車を止めたところで、一息ついて時雨はそう言った。
「勝ったわ!これで、お父さんのことがまたわかる…!」
「うん、そうだね。とりあえず一旦降りようか」
「あ、うん。そうね」
そう言って奈美子と時雨は車から降りた。
そこにいたのは…やはりサマンサだった。
「流石ね、2人とも。まさかここまでとは」
「どうもありがとう」
サマンサは時雨の実力に感心するかのようにそう言った。
やはり数秒以上の差をつけた以上、彼女も実力を認めるのは当然と言えば当然なのだろう。
するとそう互いに言っていたところで、後方からリチャードのRX-8がやってきてZ33の後ろに止めた。
止まったところでリチャードが車から降り、3人と対面する。
リチャードの表情は不思議と爽やかと言うべきだった。
「ありがとう、時雨。おかげで色々と吹っ切ることが出来たようだ」
「…僕は、別に大したことはしていません。全力で挑んだだけですから」
リチャードは完敗と言うべきだったのだが、あそこまで圧倒的な実力差を見せられた以上、いやでも実力を認めるしかなかったのだろう。
だがそんな中で時雨は謙遜するかのようにそう返事をした。
するとリチャードがこう口にする。
「2人とも…ボクの車のエンジンルームを見てくれないか?」
「リチャードさんの車の、ですか?」
「ああ。見てほしいんだ」
「…わかりました」
そう奈美子が言うと、リチャードはRX-8のボンネットを開けてエンジンルームを見せる。
リチャードのRX-8のエンジンルームにはケミックのパーツだけではなく、オクティのものも取り付けられていた。
時雨と奈美子はこの配置に見覚えがあった。
「これって…」
「新作パーツの披露会で、モニターにデカデカと表示されてた…あのエンジンルームの映像と同じ…!!」
「ああ、そうなんだよ…」
そう、先日の披露会において映されたエンジンルーム。
それと全くもって同じだった。
時雨と奈美子は互いに驚いていた。
するとリチャードは言葉を続ける。
「ヒュウガはボクとバトルするなり、車のエンジンルームを見せるように言った。『なんだ、これなら大丈夫だな』って、それだけ言い残してヒュウガは立ち去った」
「それって、一体どういう意味で…」
リチャードの言葉に、時雨は疑問を口にした。
リチャードは言葉を続ける。
「このエンジンルームを見て、ヒュウガはオクティとのバトルはボクの本意じゃないことを見抜いたんだ…バトルもせずにね」
「そうだったんですか…お父さん…」
「オクティと共に歩く…ニューヨークを騒がせているビッグゲームもなくなるはずだ。そうである以上、僕は会社に戻ら―――」
すると、リチャードが口を動かしている最中だった。
サマンサのスマートフォンのSNS通知が反応したのだった。
急いでサマンサはSNSを確認する。
「――ちょっと待って。ウソでしょ…?SNSにとんでもない情報が上がってる…」
「とんでもない情報?」
時雨が話しかけると、サマンサはこうリチャードに告げた。
「リチャード、落ち着いて聞いて。あなたの会社…『ケミック&モレック社』が乗っ取られた」
「…えっ!?」
「何だって…?」
「それって…どういうことだい?」
奈美子とリチャード、時雨は驚くしかなかった。
ケミックが乗っ取られた?
一体どうして、何故、誰が?
するとサマンサはこう口にする。
「本日24時をもってリチャードは解任。新CEOへの就任は…副社長でCOOのジェレマイア・スノー。あなたの共同経営者よ」
サマンサは動揺しつつも、そう冷淡に3人へ告げるのだった。
(第15話End)