「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 第二幕 2024 -いつかあの頂で- 作:カービィ改二
対ケミック編も佳境へ。
時雨を待つドライバーとは一体?
ケミック&モレック社を率いる社長のリチャードはエンジンルームの画像流出の一件で、傷心のままドライバー仲間と共に過ごしていた。
時雨と奈美子との交流で、奈美子の父、相楽ヒュウガが望んでいた「両社が共に歩む世界」を作ろうとリチャードは決心する。
しかし彼の戻ろうとするケミック&モレック社は副社長のジェレマイアによって乗っ取られようとしていた―――。
SNSの情報を見てサマンサが口にする。
「就任会見の場所は…マンハッタンのど真ん中のセンタービルか。すぐに押さえられるような場所じゃない。随分計画的だこと」
サマンサの言葉にリチャードは絶望の表情を浮かべてこう口にする。
「…ジェレマイアは、役員から絶大な支持を受けている。オクティとのバトルも彼が決めたことだ。ボクの力不足だ…」
「リチャードさん…」
時雨が身を案じる中、奈美子があることを思いついたかのように口を動かす。
「…ちょっと待って!リチャードさん、後悔するにはまだ早いわ。24時まであと1時間もある。それまではリチャードさんはCEOよ」
まだリチャードは社長である。
そう奈美子は言った。
だが、リチャードは既に諦めムードでこう言った。
「ナミコ…残念だけど何もできないよ。ボクの敵はケミック&モレック社という大きな組織そのものだ。…絶対に勝てる相手なんかじゃない」
あまりにも強大な敵を相手にする以上、どうしようもないと諦めるリチャード。
だが奈美子は言葉を続ける。
「勝つとか負けるとかどうだっていいわ!大事なのは本当に伝えたかったことをちゃんと声に出して言うことよ!思いは伝わらないと何の意味もないもの!」
「ナミコ…」
リチャードを励ます奈美子。その言葉に対して時雨もこくこくと頷いていた。
だが、サマンサは冷静に疑問を口にする。
「熱心なところ悪いのだけど、具体的にはどう伝えるの?ケミックドライバーの大群を前に、何をどうやって?」
「え、えっと…ごめん……考えてなかった…時雨は走ること、私はそのナビしかできないし…」
動揺する奈美子に、サマンサがこう問いかける。
「集中して、よく考えて。ここをどこだと思ってるの?ビッグゲームの横行するドライバーの魔窟、ニューヨークよ」
「…その手なら!」
「えっ、時雨?何を…」
そう言って何かを思いついたのは時雨だった。
すると、その時だった。
「こんな夜に社員総出でオクティの邪魔が入らないように警戒なんてツイてないダス…噂をすれば…あの車は…!時雨!」
4人を照らすヘッドライト。
ヘッドライトの照明元は赤色のアルシオーネだった。
「…あの車は!」
「ラージさんだ…もしかしてまたビッグゲームを!?」
するとその時だった。
「(時雨…例え気に入らないヤツがトップになっても、俺はケミック&モレックの幹部社員ダス…悪いがここで帰ってもらうダス!)」
そう思ったラージはバトルに誘うようにアルシオーネのヘッドライトを3回パッシングした。
時雨たちもそれを感じ取ったようだ。
「…バトルに誘ってる」
「え、ええ!?」
「車に乗ってくれ、奈美子!」
「う、うん!」
そう言って時雨と奈美子は足早にZ33へと向かっていく。
すると向かっていく2人に対し、ラージは同時にあることにも気が付いていた。
「時雨と一緒にいたのは、リチャード…?そうか…1発かますつもりダスね!行くダス!時雨!」
ラージがそう言ったところで時雨はZ33へと乗り込み、エンジンを始動させる。
そしてそのままZ33を発進させた時雨は、ラージのアルシオーネをコース…マネーストリートに誘導するように移動していく。
―――vs技術主任のラージ
推奨BGM:GOJIRA COMES AGAIN(from SUPER EUROBEAT vol.242)
コースはマネーストリート復路。
左レーン、Z33。右レーン、アルシオーネ。
2台が横並びになってスタート地点につく。
「(幹部であろうと一度戦った相手だろうと、もう僕は容赦しない。さっさと振り切る!)」
急いでいる以上相手を黙らすためにはさっさと精神を折って負けを認めさせる以外方法はない。
それが仮に幹部であるラージであっても躊躇をする必要はないのだ。
今はリチャードを会場へ向かわすためにも、邪魔者はさっさと排除するべきだと時雨は認識していた。
2台のカーナビが同期し、カウントダウンが始まる。
3
2
1
GO!
「っ…!」
「……」
ギアを変えるラージ。
同じぐギアをDレンジに変える時雨。
スタートダッシュで先行するのは…紛れもないZ33だった。
600馬力オーバーのエンジンを思いっきり加速させ、あっという間に先手を取る。
第1コーナーの左直角コーナーへと飛び込む中で、時雨はアクセルオフから軽くブレーキを踏んでハンドルを一気に左に曲げる。
速度は一気に120キロまで加速する。
スタートダッシュを決めたZ33は、そのままの勢いで第1コーナーをドリフトしていく。
「(コースの内側である以上、一気に差をつける!)」
コースの内側…左レーンを走るZ33。
スタート直後ということもあり、左レーンに移れなかったアルシオーネを完全に置き去りにして逃げ切りの態勢に入っていた。
カウンターステアのためにハンドルを右に切り返し、アクセルを踏み続ける。
速度は150キロ台。
繁華街の中の直角コーナーを、Z33は加速しながらドリフトしていく。
「(この先のコーナーの間で車線を移れば、更に差を付けられる…一秒でも早く、相手を振り切るんだ!)」
第1コーナーの中間で時雨は次のコーナーの事を考えていた。
第2コーナーは超ロングの右直角コーナー。
ここで内側にいれば、間違えなく差をつけることが出来る。
何せ相手の車は足回りが自分のそれに比べればはるかに脆弱。
同じコースでタイヤの食いつき具合に差があれば、振り切ることはさらに容易になるだろう。
Z33の前に第1コーナー出口が迫る。
「―――!」
コーナー出口が迫る中、時雨はアクセルをリリースする。
だが、ハンドルは右に曲げ続けたままだ。
ドリフト状態から徐々に態勢を整えていくZ33。
だが、第1コーナー出口の時点でZ33は今度は右へと回転しようとしていた。
ハンドルを曲げ続けたままアクセルオフの状態が続いているのだ。
そしてそのままコースの右端の壁の方向を向く…その瞬間だった。
「(ここだ…!)」
時雨、再びアクセルオン。
エンジンパワーを与えられたZ33は左レーンでドリフトしていく中で徐々に右レーンへと車体を移していく。
コーナーの間の区間でZ33は左レーンから右レーンへとドリフトしながら移る。
Z33が右の壁を向きながらドリフトする最中、時雨はわずかにアクセルを抜いてハンドルを思いっきり左に切り返す。
カウンターステアを当てることで、Z33は豪快なドリフトアングルを付けながら第2コーナーへ…右レーンに移った状態で飛び込んだ。
左に切り返したところで時雨はアクセルを再び踏み込み、
「(コーナーの間でもドリフトし続けて、余計な減速をすることがなければ…)」
そう思っていた時雨は、そのやり方を実践で試した。
コーナーの間のわずかな直線区間でも車線を変更し、タイムロスを減らすようなラインを描きながらZ33をドリフトさせていく。
第2コーナーの中間にあるトンネル区間を抜け、Z33はインコースである右レーンを…壁すれすれまで迫った状態を維持しながらインベタのラインを描いてドリフトしていく。
速度は150キロ台を維持し続ける。
「(ラージに僕ほど攻められる度胸があるとは思えない…)」
時雨はラージの実力をどこか見切ったかのようにそう思った。
最初のバトルの際も、コーナー2つくらいで振り切っていたのだ。
ストレートはともかく、コーナーで相手が弱いのであれば間違えなく追いつかれないだろう。
そんな中でZ33は第2コーナーの出口へと迫っていく。
「(コーナー2つとストレートで、向こうの視界から消し去る!)」
時雨の前方にコーナーの出口…繁華街区間の終端と吊り橋が見えてきた。
それを見て時雨はアクセルを抜き、左に曲げていたハンドルを徐々にニュートラルへと戻していく。
タイヤの空転が収まる中でインコースからアウトコースへと徐々に膨れていくZ33。
だがそれも時雨にとっては計算のうち。
Z33を何度も何度も走らせるうちに、段々と車のことが分かってきたのである。
「(…ここだ!)」
コーナーの出口、タイヤの空転が収まったところでアクセルを再び踏み込む。
フルスロットルの力を与えられたZ33は、前方のストレート区間へ一気に加速をつけて疾駆する。
速度は140キロ台から190キロ以上まで加速する。
吊り橋区間のストレートをZ33はその力をフルに発揮するかのように駆け抜ける。
「(…もう振り切ったね)」
吊り橋区間で時雨はバックミラーを確認した。
後方のヘッドライトは見受けられない。
どうやら完全にアルシオーネを振り切ったようだ。
ここまでやればもう向こうの心を折ることはできただろう。
そう思った時雨は全開に踏み込んでいたアクセルをリリースし、第3コーナー…右直角コーナーへ飛び込むようにしたうえでブレーキを踏み込む。
そしてそのままブレーキを踏み込んだ後、ハンドルを右に曲げて再びZ33をドリフトさせる。
高速域から一気に減速したZ33はそのまま、第3コーナーと第4コーナーをある程度ドリフトを抑えた状態のままで、そのまま最終ストレートの下り坂を駆け抜けていくのだった。
「(うぐぐっ、わかっていたとはいえ振り切られるダス…!!)」
第2コーナーを立ち上がったアルシオーネ。
そのドライバーであるラージはもう完全に諦めたも同然だった。
ニューヨークで最初に戦ったチーム…ケミックの幹部であるラージだが、既に時雨のドライビングはその幹部をも一蹴するほどの実力になっていたのである。
第2コーナーに飛び込んだ時点でもう彼の視界からZ33は消えていた。
その走る姿を瞼に焼き付けたが、同時に振り切られるのもあまりにもあっという間。
第2コーナーを立ち上がった時点で、もう完全にZ33は第3コーナーの先に消えている。
ここまでやられたら間違えなく追いつけないだろう。
そしてそうである以上、追いつけないことを嫌でも理解したラージはアクセルを抜いてアルシオーネを減速させるのだった。
◇ ◇ ◇
―――バトル直後。
Z33は往路スタート地点付近にある、ケミックのドライバーたちが多く集まる広場付近で止まっていた。
周りにはある程度のケミックのドライバーたちがいる。
「よし、ラージは振り切ったわ!」
「うん…でも、会見がある以上ケミックのドライバーたちが何が何でも僕たちを止めに来るはずだ」
時雨はどこか警戒するようにそう言った。
彼女自身、ゴール付近にも既にケミックのドライバーたちがいくらか集まっているのを確認していた。
「私たちがバトルを仕掛ければ、きっと会見までは注目を集めることが出来るはず…気を引き締めていこう!時雨!」
すると、時雨がこくりと頷いた瞬間だった。
奈美子のスマートフォンが鳴り響いた。
「電話…?もしもし」
「もしもし、僕だ。リチャードだ」
「リチャードさん?どうしたんですか?」
奈美子は多少驚くも、通話の音声出力をスピーカーに切り替えて時雨にも聞かせる。
「ナミコ、時雨、悪いけどしばらく他のドライバーの足止めを頼む。ラージは父さんの時代からの付き合い…ちゃんと話しておきたいんだ」
「リチャードさん…」
するとリチャードの言葉を聞いた時雨は、はっきりとした意志でこう言い放った。
「…分かりました。遅れないようにしてください。必ず会場に送り届けます。バトルは…任せてください!」
「ありがとう…頼んだよ!」
そう言ったところで電話は切れた。
時雨と奈美子が周りを見渡すと、やはり多くのケミックドライバーたちが集まっていた。
やはり時雨たちに挑戦しに来ているようだ。
時雨の本格的な武者修行にとっては都合がよすぎる程だった。
「(…さあ、次の相手は誰?僕が相手になるよ)」
限界まで戦いたいという本能が時雨をバトルへと駆り立てていた。
◇ ◇ ◇
―――10分後。
リチャードはラージを呼び出し、再会していた。
「やあ、ラージ」
「り、リチャード…!」
「驚かせてすまない。すこし時間をくれないか?ケミック&モレックのみんなに話さなきゃいけないことがあるんだ」
ラージ自身、リチャードが呼び出したことに驚いていた。
電話一本とはいえ、コースとは比較的近いのですぐ呼び出すことが出来ていたのは何よりも幸いだろう。
するとラージは、どこか感慨深いかのようにこう口を動かし始めた。
「…ガキの頃からアンタを見てたダス。人前に出るのがイヤでイヤで、CEOになるのも拒否していたダス」
「うん…そうだね」
「ちょっと見ない間に、しっかりした顔になったダスね…何がアンタをそうさせたんダス?菜食主義者にでもなったダスか?」
ラージはやはりリチャードが変わったことを感じ取っていたようだ。
するとリチャードはこう口にする。
「自分がやるべきことが分かったんだ。彼らはボクの背中を押して…大事なことに気づかせてくれたんだ。クルー(仲間)全員に伝えてほしい。『今日の24時の就任会見、壇上に立つのはボク、現CEOリチャード・サマーだ』ってね」
そう言ったリチャードの眼光は鋭いものだった。
硬い決心と言うべきだろう。
それをラージも感じ取っていた。
「わ、わかったダス…!それが、俺にできる仕事だというなら…!」
そう言ったラージは会社支給のスマートフォンを取り出して、社内ネットワークに通達を流すのだった。
―――同じ頃、ケミック&モレック本社。
「なんだ…街が随分と騒がしいな。おい、どうなっている?グレートオクティカスタムズの進入でも許したか?」
副社長室で近くの様子を見たジェレマイア。
それを聞いたボディーガードが報告する。
「それが…ケミックの社員同士でビッグゲームが始まっているようです。あの大食漢…技術主任のラージが扇動しているようで…」
ボディーガードの報告を聞いたジェレマイアは軽く舌打ちをしてひとり呟く。
「サマー親子への忠義立てか…捨てて置け。It's a waste of energy…無駄なことを」
ラージのことは無駄なことだと信じ切っていた。
「(臆病者の息子の代わりに、販売戦略や方針などの舵取りをしてきた。ケミック&モレック社は、私がここまで育てた会社だ)」
自分がここまで大きくできた会社だ。
それをジェレマイアはプライドに感じているようだった。
そしてボディーガードにこう命令した。
「会社の方針は私が決める。ケミック&モレックを正しい方向へ導く義務がある。邪魔者は全力で排除しろ。たとえ同士討ちになろうとも、だ」
「はっ!」
ジェレマイアの指示に従い、ボディーガードたちは動いていく。
―――さらに同じ頃。
マネーストリート近辺ではケミックのドライバーたちが時雨に挑んでいた。
だが、時雨はバトルをするにつれてあることに気が付いた。
バトルを終え、ケミックのドライバーたちが集っているであろう広場のそばにZ33を停車させた時雨が、奈美子にあることを話しかける。
「奈美子、少しおかしいと思わない?」
「えっ、おかしい?何が?」
往路スタート地点近くの広場にはケミックのドライバーたちがいる。
だが、その数は明らかに減っていた。
「さっきまで僕たちに対して敵意を向けていたドライバーたちがあっという間に数を減らしているんだ。僕たちがバトルして車を取り上げたわけじゃないのに。まだ数戦もしていないのに、明らかに少ないよ」
「本当だ…おかしいわね。あれだけいたケミックのドライバーがこんなに少ないなんて……何かあったのかしら?」
すると、その時だった。
広場の近くにやってきたのは、時雨が以前バトルをした黒色のRKクーペ。
そしてそのドライバーも…時雨と奈美子にとっては見覚えのあるドライバーだった。
RKクーペはZ33の反対車線に、Z33と対峙する形で一旦止まった。
「あの車は、時雨の!まさか…この混乱に乗じて、就任会見の会場に行くつもり?副社長に恥をかかせるつもりじゃ…」
時雨のマシンを見たアビゲイル。
もし副社長に泥を塗るような真似をするのであるならば…何が何でも自分が止めないといけない。
そう思ったアビゲイルは、急いでパッシングをする。
反対車線と言う事であっても、パッシングすれば向こうも気が付くだろう。
「時雨、あれ!」
「まさか…アビゲイルさん?」
反対車線からパッシングされたことで気が付いた2人。
どうやら自分たちを追いかけてきたのだろう。
「私たちを探しにきたんだわ!こっちも負けられないわね…」
「バトルするしかないみたいだ…行こう!」
「ええ!」
相手のパッシングに対してパッシングし返した時雨。
それはまるで、バトルを許可するようだった。
それを見た直後にアビゲイルのRKクーペが発進し、Z33はそれに追従する形でUターン。
そのままアビゲイルのマシンの後ろに付けるのだった。
◇ ◇ ◇
―――vs野心家のアビゲイル
推奨BGM:TELEPHONE!TELEPHONE!(from SUPER EUROBEAT vol.105)
コースはマネーストリート往路。
左車線を2台が走行している。
先行、RKクーペ。後追い、Z33。
2台は止まることなく、ローリングスタートと言う形でスタートしようとしている。
「私が2人に協力したのは、バトルの目的が人探しだったからよ。ケミック&モレックにもオクティにも無害だったから。なのに、それなのに…2人は踏み入ってはいけないラインを超えてしまった。副社長を…新CEOを、記者たちの晒し者にするわけにはいかない!」
アビゲイルとしては、これから行われる副社長の就任会見を何が何でも邪魔させるわけにはいかなかった。
たとえそれがあの2人であっても、絶対にやらせるわけにはいかない。
そう思ったアビゲイルは、レースが行われる区間に入ったところで止まることなくアクセルを踏み込んでいく。
「(止まらない…このままレース開始ってことか)」
本来横並びでスタートする場所を過ぎても、アビゲイルのRKクーペは全く止まることはなかった。
一種のフライングと言うべきか、ローリングスタートと言うべきか。
おそらく向こうは何が何でも自分たちに勝ちに行くという事だろう。
だがそれでも問題ない。
アビゲイルくらいであるならば、今の車なら捻り潰すことは容易だと時雨は認識していたのだ。
「(あなたの実力はもうたかが知れている。挑んでくるなら、返り討ちに遭わせるだけ…!)」
スタート地点にマシンを止めることなく、そのままの勢いでスタートダッシュを決めていくRKクーペ。
だが、それに臆することなくZ33も加速していく。
スタート地点直後のロングストレートで、Z33はあっという間にRKクーペとテールトゥノーズの状態になっていた。
「(くっ…まるで猟犬のようについてくる!)」
先のバトルにおいてはあっさり振り切られたが、後方に付かれるとここまでプレッシャーを感じるドライバーだとは思わなかった。
相手の車が速いということをわかっているので猶更プレッシャーは重くなる。
「(あなたの手の内はもうわかっている…多少強引でも退いてもらうよ)」
ストレート区間で完全にテールトゥノーズの状態でプレッシャーを与え続ける時雨。
RKクーペのテールとZ33のノーズの距離は1mもない。
RKクーペ先行のまま、2台は第1コーナーの左直角コーナーへと飛び込んでいく。
コーナーに飛び込む直前、RKクーペはアクセルオフからブレーキをかける。
それと同時にZ33もアクセルオフからブレーキをかけ、ハンドルを軽く右に曲げる。
「くっ…!」
「……」
ブレーキを掛けたところでハンドルを左に曲げ、アクセルを踏み込むアビゲイル。
ハンドルを右から一気に左に切り返し、フェイントモーションのアウトインアウトのラインを描こうとする時雨。
RKクーペは車線上をグラインドするようにドリフトするが、Z33はその更に内側のラインを強引に描き、その縦長のマシンをコーナーの内側にねじ込ませる。
縦長のZ33だが、RKクーペの左フロントとの隙間を数センチだけのギリギリのラインを描き、Z33はRKクーペよりも素早く、そして強引なラインを描いてインにねじ込んだ。
「な…!?」
その強引なラインに動揺するアビゲイル。
コーナー中間で2台は左レーンと路肩の1.5車線程度のコース幅でサイドバイサイド。
大外刈りではなく、左サイドから強引にインのラインを描いてドリフトしつつRKクーペを追い抜いていく。
フェイントモーションで描けるアウトインアウトのラインだが、車線上をドリフトしているRKクーペにとってはそれは出来なかった。
やはり車の縦の長さが短いのもあるし、ドリフト中にさらに内側に寄せるのはアビゲイルの実力では限界があったからである。
相手の実力についてある程度わかっていた以上、時雨はアウトコースからではなくインコースという超強引なオーバーテイクでRKクーペをコーナー1つで追い抜いていく。
RKクーペの左フロントがぶつかりそうになった瞬間、アビゲイルは動揺したあまりハンドルをわずかに右に切っていた。
グラインドするようにドリフトしているRKクーペだが、ドリフトする最中外に膨れていく。
そして外に膨れていいく中で、Z33はRKクーペを内側の強引なラインを描いてオーバーテイク。
左車線と路肩と言う狭い空間の中、時雨は強引な手立てで相手の意気を消沈させることを選んだのだ。
「(―――バカな!なんて走りなの!?)」
「(インコースが甘い…あなたの走りは、僕には到底及ばない!)」
コーナー出口付近でアクセルを抜き、カウンターを当てるべく右に曲げていたハンドルを少しずつニュートラルに戻す時雨。
タイヤの空転はZ33が外に膨れつつある中で収まっていく。
そしてそのままタイヤの空転が収まったところで、再び時雨はアクセルを7割がた踏み込む。
これからのバトルに向けて本気を出すことは時雨としては向いていないと考えたからである。
速度は130キロ台から180キロ近くまで加速する。
だがそれでも、第1コーナーと第2コーナーの間のストレート区間で時雨のZ33はあっさりとRKクーペを引き離していく。
「(また、更に速くなっている…!?)」
アビゲイルにとっては時雨のマシンがさらに速くなっていることに気づいていた。
僅かなストレートでもあのZ33は自分の車を引き離しにかかっている。
それは以前バトルした時よりもさらに距離が開けつつある。
インコースで走っていた自分よりもさらにインコースを走り、同時に速度も自分以上であった以上、速度差の事もあって引き離されるのは当然と言えば当然なのだが、それでも明らかにその度合いを超えている。
そこまでで長くないストレートなのに、Z33は完全にRKクーペを引き離そうとしている。
「(天井知らずの成長率だわ…)」
アビゲイルの視界に映る、ブレーキフラッシュ後にフェイントモーションからドリフトしていくZ33。
その姿は幻影のごとく視界から消えようとしている。
アビゲイル自身、時雨が何度もこのコースを走り込んでいることお走っているので、間違えなく成長はしていると思っていた。
だがそれでもその成長の度合いは明らかに自分の想定をはるかに超えていた。
今自分があの時以上のスピードで引き離されているということを考えれば…あのCEOやオリビアに勝てたのも納得と言って言えば納得である。
視界から一瞬消えたところでアビゲイルは再びブレーキをかけ、ハンドルを左に曲げることで後輪を滑らせる。
何が何でも追いつかなくてはならないと思った以上、限界まで踏む必要があるのは言うまでもない。
だがそれでも、彼女の実力にはもう限界があった。
どんなに頑張ってもアウトインアウトではなく、車線上をドリフトさせるのが精いっぱいだったのである。
あっという間に振り切られたからか、彼女のドライビングには完全にほころびが生じていた。
すぐにコーナー出口に差し掛かり、アクセルを抜いてハンドルをニュートラルに戻す。
目先には吊り橋区間の超ロングストレートが現れるはずだ。
だが、コーナー出口で視界をロングストレートの方向に向けた瞬間だった。
「―――!?」
既にZ33は第2コーナーを駆け抜け、ストレート区間のはるか彼方にいた。
長いストレートと言うこともあってまだ第3コーナーの超ロング左直角コーナーには飛び込んでいないものの、自分のマシンの事を考えるともう追いつけないだろう。
タイヤの空転が収まったところでアビゲイルも再びアクセルを踏むも、その加速は明らかにZ33のそれにくらべると鈍い。
コーナーでもストレートでも追いつく見込みがないとなると、もはや彼女としては勝負を投げるのはやむなしと言うべきだった。
そしてそんな考えがよぎったところで、Z33は第3コーナーをドリフトしていき視界から消えていく。
「ダメだ。私の車じゃ、とてもじゃないけど追いつけない…」
振り切られたアビゲイルは、意気消沈してアクセルを抜いてそのままブレーキをかけて低速走行に入った。
コーナー2つでバックミラーから消し去られた。
だが同時に、ゴール地点に向かうまでにある人物の存在に気が付いた。
「(しかし…今日の会見がある以上、CEOがこの近くにいると聞いている。あと1時間ほどで退任するそうだけど、どうして近くにいる?)」
リチャード・サマー。
ケミックの現CEOだ。
なぜこんなところに?
そう思ったアビゲイルは、コースを外れケミックのドライバーたちが集まる場所へと向かっていく。
◇ ◇ ◇
―――数分後。
アビゲイルはラージとも再会していた。
車を降りた2人はそのまま対峙する。
「ラージ爺さん!さっきCEOがこちらの方にいると…」
動揺しているアビゲイル。
どうしてこんなところに社長がいるのか?
そう思っていたところ、ラージがこう口にした。
「噂は聞いていたダスな。会見場でスピーチするためダス。時雨たちは、そこまでのエスコートダス。オクティとの争いを終わらせるダスよ」
「……!?」
ラージの言葉に対し、アビゲイルは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
いくらオクティとの争いを終わらせるためとはいえ、これはやり方があまりにもよくない。
何せこれは次期社長への反逆だ。
そう思ったアビゲイルはこう反論する。
「でも…ラージ爺さん、よく考えて!今やってることは反逆行為だって分かるでしょう!?」
副社長の会見を持ち上げるためにはここで反逆なんて許されない。
そんな一心でアビゲイルは口にした。
だが、ラージはそれに言い返す。
「いい加減目を覚ますダス!これは乗っ取り行為ダスよ!?」
「っ…!?」
普段はあまり怒らないラージのその様子に、アビゲイルはつい怯んでしまった。
そしてそれを見たラージは、畳みかけるようにこう口を動かす。
「ジェレマイアは自分の正しさの証明にケミックを動かそうとしているだけダス!部下も、同僚も、オクティとのバトルで走ることがどんどん嫌いになって…リチャードはクルーの車に対する思いを取り戻すために向かってるんダス!」
「……」
ラージの説得に対し、アビゲイルは何も言い返すことが出来なかった。
―――同じ頃。
「会見まで30分もない。でも、何が何でも時間稼ぎをしよう」
「もうニューヨークで車を賭けたバトルを…『ビッグゲーム』を無くせるんだ…」
「…そうだね。車を奪い合うバトルなんて、無くしたほうがいいのかもしれない」
奈美子の言葉に対し、時雨も同調するようにそう言った。
「リチャードさんが諦めかけていたことを、私とお父さんとで後押しするんだ…お願い、時雨!走って…!」
「わかった…掴まってくれ!」
そう言って次のドライバーにバトルを挑まれる時雨。
2人を乗せたZ33は再び戦火へと飛び込んでいく。
―――さらに数戦後。
「このエンジン音…来た来た来た〜!時雨ちゃんとナミちゃん!はぁ~~い!こっちよこっち~~!勝利の女神はここにいるわよ〜ん!」
路肩のある場所にそのナイスバディの女性はいた。
一方で別の路肩ではバトルを終えたケミック社員同士がカギを受け渡している。
「(やけにバトルを仕掛けてくる相手が少ないと感じたのは、これが理由なんだ。同士討ちばかり…内乱だ)」
ケミックドライバーたち同士によるバトル。言ってしまえば内乱だ。
もはや自分は相手にされていないのかもしれない。
すると、やけに目立つ服をした女性が夜中に看板を持ってヒッチハイクをしているのが見受けられた。
それも、愛車であるチャレンジャーのすぐそばで。
それを見た時雨が奈美子に声を掛ける。
「奈美子、あれ」
「え?あっ…オリビアだわ」
「『STOP PLEASE!』って書いてある」
自分たちに止まるように指示しているようだ。
だが自分たちには時間がない。
「こ、困ったわね。急いでいるから相手もできないし…オリビアには悪いけど先に進みましょ!」
「…そうだね。行こうか。なんならコースに引き付けて精神を折らせてしまうのもいい」
「え…それで間に合う?」
正式にバトルを受け付けて相手のメンタルをへし折れば、相手も降参してくれるだろう。
そう時雨は思った。
だが奈美子はそれに関して疑問に思っていた。
それで間に合うのか?
だが時雨はどこか自信があるようにこう言った。
「間に合わせるよ。任せて」
「わ、わかったわ。お願いね」
そう言ってZ33はそのままオリビアの横を素通り。
その姿にはオリビアも驚くしかなかった。
「ちょっと、ちょっとぉ~!こんな美人の誘いを断るなんて、どういうつもりかしらぁ~!?あっ…リチャードCEOまで!?」
Z33の後ろを追いかけていくRX-8は間違いなくリチャードのものだった。
だがその様子を見たオリビアは、どこか体が熱くなるかのようにこう言った。
「逃げる相手を見ると、ついつい追いかけたくなるのよね〜…時雨、ナミちゃん、逃がさないわよぉ〜ん!」
そのままオリビアは愛車であるチャレンジャーに乗り込み、時雨たちを追いかけるのだった。
◇ ◇ ◇
―――vs宣伝部のオリビア
推奨BGM:RIDE LIKE THE WIND(from EUROMACH2)
「(やっぱり追ってきた…)」
マネーストリートにコースインし、後方からチャレンジャーが迫ってくるのを確認した時雨。
左レーンを走っていた時雨の後方に、チャレンジャーが迫る。
なおコースは復路である。
「(たった1日、2日で車を大幅にチューンするとは思えない。一気に2つのコーナーで振り切る!)」
典型的なアメリカンマッスルカーとも言うべきチャレンジャー。
そんなマッスルカーの大半はやはりパワー偏重のヘビーで曲がらないマシンである。
時雨は1度目のバトルでストレートで食いつかれかけたこととコーナーで振り切ったことを覚えていた。
そしてその理由に関しても時雨は察しがついていた。
「(ついてこれるなら…ついて来い!)」
テールトゥノーズの状態になったところで、Z33とチャレンジャーは第1コーナーの左直角コーナーへと飛び込んだ。
コーナーに飛び込む直前、ブレーキを軽く踏み込んだ時雨はハンドルを軽く右に曲げてそこからアクセルオンと共に左に切り返す。
伝家の宝刀フェイントモーション。
だが時雨のその走りは120キロ台であり、オリビアであっても追いつける速度ではあった。
ハンドルを右へと切り返し、パーシャルスロットル以下でアクセルを踏み続ける。
その走りはどこか相手への挑発もしているようだった。
「くっ…!」
一方のオリビア。こちらも時雨の真似事をしようとブレーキオフからハンドルを右に曲げたかと思いきや、アクセルオンで左に曲げ返す。
だが、前方を走るZ33との車間距離は徐々に広まっていく。
インベタのラインを描いているZ33に対し、チャレンジャーは左レーンの外側へと膨れていく。
「(アウトに…膨れる!?)」
「(足回りが脆弱なんだ…思った通りだね)」
時雨は最初のバトルでオリビアのチャレンジャーの特徴を把握していた。
往路の2つのコーナーで自分のZ33に食らいつけていなかったこと…それは言い換えれば、足回りが脆弱であるという事。
サスペンションやロールバーも時雨のそれに比べれば明らかに劣っている。
Z33はチャレンジャーよりも軽いマシン。
インベタのラインを描くことが出来ていたのはやはりマシンが軽い事や時雨の技術が勝っているという事であるが、マシンのチューニングも大きく施されていたのがあるのだろう。
実際にこの車は素のエンジンパワーはそのままにマシンのエンジン回りを大幅に強化されている。
繁華街区間を2台がドリフトしていくが、Z33が鳥や戦闘機の旋回のように滑らかなのに対し、チャレンジャーは明らかにぎこちない。
Z33はドリフト中でも加速しているが、チャレンジャーは速度が伸びずにもたついている。
足回りはある程度チューンされているとはいえ、時雨の速度域には追い付けるほどは強化されていない。
最初のコーナーであっという間に車間距離は10メートル以上引き離されていく。
「(やっぱりだ…もう次のコーナーとストレートで振り切ってしまえば、精神を折ってしまえるはずだ)」
時雨は相手の戦意を完全に喪失させるつもりでいた。
2つのコーナーで振り切ってしまえば、もう降参してしまうだろう。
チャレンジャーもある程度チューニングされているとはいえ、Z33の素の性能は高い。
ストレートでは追いつけないに違いない。
そう思っている中で、Z33は第1コーナーの出口へと迫っていく。
「―――!」
繁華街の中間…第1コーナーの出口が迫る中で、時雨はアクセルオフからハンドルを右へと切り返す。
Z33は左側から右へと移動していく。
タイヤは滑り続ける中、第1コーナーと第2コーナーの間でZ33の進路は左レーンから右レーンへと移り、そのままタイヤを滑らせていく。
右車線に移ったところで時雨はアクセルを再び踏み、タイヤを空転させて滑らせる。
Z33は右を向き、同時に時雨はハンドルを左に切り返してアクセルを踏み続ける。
ここで時雨は先程のパーシャルスロットルではなく、9割がた踏み込んでいた。
後輪が滑り続ける中、時雨はハンドルを左に曲げ続けてカウンターを当てていた。
逆ドリフトを駆使してZ33はドリフトをし続ける。
第2コーナーの中間にあるトンネル区間を抜け、Z33は後方のチャレンジャーを完全に振り切ろうとしていた。
「くっ……!」
一方のオリビア。
いくらコースに入ったとはいえ、まさかあそこまで全開走行に入られてしまうとは思っていなかった。
どうやら自分のことを完全に敵視しているようだ。
まあ自分もケミックの社員である以上、付き合ったら面倒ごとに付き合わされると思われても仕方ないのだが。
一方のオリビアのチャレンジャーもちゃんと第1コーナーと第2コーナーの間で左レーナから右レーンに移っていた。
だが、時雨のように連続してドリフトすることはなく…ドリフトを区切って一度グリップになっていた。
そしてそれが、滑らかな時雨のドリフトに対してぎこちないドリフトになる原因になっていた。
勢い任せで駆け抜けたZ33に対し、そこまで攻め込むことが出来ないチャレンジャー。
ドリフトを区切ってグリップ走行に入ったことで、チャレンジャーはコーナーへの突っ込みが失速気味になってしまっていたのである。
タイヤは食いつかず、Z33の姿は完全に視界から消えようとしていた。
「(だ、ダメ…!追いつけない…!)」
オリビアにとってはもうどうしようもなかった。
ハンドルを左に曲げ、アクセルを踏み続けても走行ラインはアウトコースへと膨れてしまっている。
コース中央にあるラバーポールスレスレをドリフトするチャレンジャー。
相手に追いつくべくアクセルを踏み込んでもチャレンジャーはアウトコースへと膨れてしまうだろう。
コース中央をはみ出ないためにも、もうアクセルを踏み込むことはできない。
6割程度でなんとかアクセルを踏み続けることしかできない。
わずかなアクセルオフで走行ラインを多少変えても、チャレンジャーは失速してコーナーリングが明らかにもたついている。
トンネル区間を抜け、目の前には吊り橋区間…ロングストレートが迫る。
だが、ブラインドから徐々に視界が広がっていく中でオリビアはある残酷な現実に直面することになる。
「(ふ、振り切られた…)」
アクセルオフからハンドルをニュートラルに戻し、ドリフト状態からグリップしたところでアクセルを全開に踏み続けるが、もうどうしようもなかった。
第2コーナーの先のロングストレート。
Z33は既に吊り橋を走り渡ろうとしていた。
行ってしまえばストレート区間を完全に走り抜けて、完全にZ33はチャレンジャーを振り切っていた。
いくらストレート区間でチャレンジャーが速さを見せつけても、吊り橋の先にいるのでは確実に追いつけない。
オリビアはもう負けを認めるしかなかった。
「(でも…)」
完全に心は折れていたが、オリビアとしてはもう何が何でも追いつくしかなかった。
ロングストレート区間で、オリビアはやむなくハンドルに取り付けられていたニトロスイッチを押して強引にチャレンジャーを加速させるのだった。
それは、単純に負けたくないという理由なんかではなかった。
オリビアはある理由から、とにかくアクセルを踏み込み続けるのだった。
先行するZ33に対して追いつくべく、ニトロを使われたチャレンジャーは加速していく。
「(よし、振り切った)」
時雨はチャレンジャーを完全に振り切ったところでそう思った。
チャレンジャーがストレート区間を駆け抜ける中で、Z33は第4コーナーをグリップ走行で立ち上がっていた。
第3コーナー直前で速度は100キロ台まで落とし、グリップアウトしない程度の速度でコーナーを走り抜ける。
勝敗は完全に付いていた。
あそこまで差を付ければもうオリビアでも追いつけないだろう。
そう思った時雨は第3、第4コーナーはドリフトせずにグリップ走行で走り抜けた。
フルスロットルであった場合、この先もマシンに負担を与えかねないと思ったからだ。
「振り切ったわね、よかった!」
「…あれ?」
最終ストレート…Z33がゴール地点を通過したところで、奈美子が話しかけた。
だが同時にバックミラーが白く光り、チャレンジャーが後方に見えた。
どうやらニトロを使って強引に追いついてきたようだ。
バトルが終わったので低速走行からクーリングに入っていたのだが、やはりチャレンジャーは食いついてくる。
勝負自体はついていたが、チャレンジャーはZ33の後方にピッタリと付いたところでパッシングしてきた。
どうやら何か自分に話したいことがあるようだ。
「一旦、オリビアさんから話を聞いてみよう」
「え、ええっ?」
そう言って時雨はハザードランプを出し、Z33を左車線の路肩に停車させるのだった。
オリビアのチャレンジャーもZ33の後方に付く形で停車した。
◇ ◇ ◇
「…この先にあるケミックの本社前で事故?渋滞が起こってるの?」
「そうなのよ~!ナミちゃんたちあの調子で飛ばしてたら間違えなく渋滞にはまってたからね~助かったわよ!」
コースのすぐそばに車を止め、オリビアから話を聞く2人。
どうやらケミックの本社前で事故が起きているようだ。
下手をすれば時雨たちは事故渋滞に巻き込まれていたかもしれない。
「そうだったんだ…」
「じゃあ道は…迂回したほうが早いわね」
時雨と奈美子は互いにそう言った。
それを見たオリビアは安心したかのようにこう口を動かす。
「いや~一度は停まってくれないから焦ったわぁ〜!いつまでも引き止めておけないから、これで戻るわねぇ~」
「は、はあ。どうも」
「それじゃあ」
そう言って時雨と奈美子は再びZ33に乗り込み、発進させる。
オリビアは立ち去る車を見ながら、笑顔で「God speed!」と叫んでいるのを時雨は見ていた。
「…貴重な情報をくれたオリビアのためにも、早く会場へ行かないとね」
「ええ。すぐそばだけど、きっとジェレマイアも…!」
すると奈美子がそう言ったところで、スマートフォンにメッセージが送られていた。
相手はリチャードで、どうやら会場に到着したようだ。
「時雨、リチャードさんが会場に着いたみたい。一旦私たちも行きましょう!」
「わかった…行こう!」
そう言って時雨は再びZ33を会場へと向けて走らせる。
―――同じ頃。
ケミック&モレックの本社フロントに、ジェレマイアとSPは待機している。
飾ってあるチューンドカーを背に、渋滞をジェレマイアは眺めていた。
「…車はまだか?会場へ遅刻してしまうぞ。何をやっている」
「その、地下駐車場の入り口で事故が…表に車を出せません。各地で行われているバトルのせいでレッカーも遅れているとのことです」
ジェレマイアの冷徹な言葉に対し、動揺するボディーガードたち。
その様子を、ケミック&モレック本社近くで1人の女性が見守っていた。
「(これでジェレマイアは会場へ行けない。タクシーを捕まえても、この渋滞を突破するだけの腕は無い。自分の車を出せない以上は不可能よ)」
見守っていたのはやはりサマンサだった。
道を塞いでしまえばもう副社長は会場へはいけない。
たとえどんな方法を使っても…自分のやり方は問題がないはずだ。そう思った。
だがそれでもジェレマイアは全く動揺していなかった。
そしてこう告げる。
「プレスには10分ほど遅れると伝えろ…スレッジハンマーを持ってこい。それと、『あの車』…『ヘルタースケルター』のカギもだ」
「は、はい。ただいま」
ジェレマイアが指差した先には、BMW・M5のチューンドカーが飾られていた。
彼はエンジンルームを開くと渋い顔をした。
「リチャードめ…私に報告しなかったな。プロトタイプパーツを、こんな所に隠していたか…まあいい」
そうジェレマイアが言ったところで、ボディーガードがスレッジハンマーと車のカギを持ってきた。
ジェレマイアはSPが持ってきたスレッジハンマーを手にすると、野球選手のように構えている。そして…
ガシャーン!!
ガラスが激しく割れる音がした。
スレッジハンマーで、ロビーの大ガラスに穴が開いた。
道が開けた瞬間だった。
「…ウソでしょ!なんの躊躇もなくロビーのガラスを壊すなんて…」
流石にその豪快ぶりにはサマンサも動揺するしかなかった。
まさか会社を乗っ取るという目的を達成するためにここまでやるとは。
そう思うのも当然と言えば当然だった。
「フン、これで走れるようになったな。SPは先に行って邪魔なドライバーとバトルをしてこい。王道にゴミは不要だ」
「は、はい!」
ジェレマイアの指示を受け、その場を離れるSP達。
そして当のジェレマイアもマシンに乗り込み、状態を確かめるのだった。
既に穴は開いている。次の瞬間にはM5のエンジンが始動した。
「くっ、やられた…さすがケミックの副社長ね。ネジが何十本も飛んでいる…リチャードとナミコに連絡しないと…」
隠れるようにその場を離れたサマンサは、急いでスマートフォンを取り出して奈美子と時雨にメッセージを送るのだった。
―――ジェレマイアがロビーのガラスを破壊した頃。
時雨と奈美子、リチャードが会見会場になだれ込んだ。
「ここが今回の会場ね…」
「ああ。周りに人は?」
「えっと…」
3人が会場を見渡すも、まだ誰も来ていない。
「どうやらまだ来てないみたいだね」
「よかった、ジェレマイアより先に着いたみたいね!リチャードさん、早く準備を!」
「サマンサから連絡があって、こっちにケミックの本部の人たちも来ているので…あれ?」
そう言って奈美子と時雨がリチャードを見ると、その姿は先ほどまでと打って変わってかなり動揺していた。
リチャードは動揺しているのか、祈るように手を組んで深呼吸を何度もしている。その手は小刻みに震えていた。
するとリチャードは一人呟いた。
「まったく…情けないよ。これから話す会場を目にすると、足がすくんで動かない…参ったね。これでもCEOなのに」
「リチャードさん…」
時雨が心配そうに声を掛けた。
やはりリチャードは一世一代の大勝負に挑むというべき状況にあるからか、かなり緊張しているようだ。
この状況を乗り越えるためには最後の一押しが必要と言う事だろう。
となると、やるべきことは1つだった。
「時雨、悪いが1戦つきあってくれないか…ハハハッ、まるでナンパがてらBarに誘ってるみたいだ。そんなに気軽なもんじゃないのにね」
リチャードが時雨に声を掛ける。
最後の最後にバトルに付き合ってほしいようだ。
それを聞いた時雨と奈美子が顔を合わせ、互いに頷いた。
そして2人がリチャードの方を向く。
「いいんですかリチャードさん?時雨の度数は火で燃えるほどに強烈ですよ?」
「それがリチャードさんのためになるというなら、構いません。でも、ここまで来たならもう…誰にも負けるつもりはありませんから」
奈美子も時雨も理解しているようにそう言った。
自分たちはもうリチャードの敵ではないと豪語するかのようだった。
だがそれでも、リチャードにとっては十分だった。
「ボクのような軟弱者が大舞台に立つには、それぐらい強い度数のほうがいい」
リチャードは決心したかのようにそう言った。
そしてこう言葉を続ける。
「Light my fire.(ハートに火をつけて)さあ、ローリングスタートといこうか!」
そうリチャードが言い放つと、時雨もこくりと頷いた。
3人はそれぞれ互いのマシンに乗り込み、再びマネーストリートへと向かっていく。
◇ ◇ ◇
―――vs天才技術士リチャード
推奨BGM:THE ELEMENT OF FIRE(from SUPER EUROBEAT vol.224)
コースはマネーストリート往路。
左レーン、RX-8.右レーン、Z33。
並走状態の2台のエンジン音がスタート地点にこだまする。
だがここでは先ほどまでのクラウチングスタートとは違い、ローリングスタート。
2台がハザードランプを付けながら並走している。
「(僕も美奈子さんに後押しされて、ニューヨークに行く決心をしたんだ。そしてそんな恩義がある以上…僕はそれを、見習ってみたい。誰かの後押しになれるような…そんなことを、してみたい)」
時雨は一定の速度を維持させながら、そう思っていた。
リチャードは一歩踏み出す勇気を求めている。
それはかつて自分がニューヨークに行くことを躊躇していたのと似ていた。
リチャードの姿に自分が重なる。
その時は、奈美子の父親である美奈子の励ましもあってニューヨークに行く決意をした。
状況としては似ていると言ってもいいだろう。
一大決心のための後押し、激励。
もし自分にそれをやれるだけの素質があるというなら、自分も恩返し同然にやってみたいと考えていた。
「(僕にそれだけの力があるというなら、あなたを後押ししたい…そしてそうである以上、全力で相手するまで…!)」
相手を励ますために必要なことは何か?
時雨はそれを、「上には上がいるということを自覚させる」ということだった。
先程の走りでも一応それなりのペースで走っていた。
だが決して全開走行ちうわけではなかった。
ならば、自分が出来ることはただ一つ。
本気で走って、圧倒的な実力差を認めさせるだけ。
「(さあ…ついて来れるだけついて来い!)」
「っ…!」
スタート地点のストレートで、アクセルを全開に踏み込む時雨。
全開走行に入ったことに気が付いたリチャードもアクセルを踏み込み、何とか食らいつこうとする。
だが、ストレート区間でその性能差は歴然。
いくらチューニングされているとはいえ、Z33とRX-8の性能差は歴然だった。
ストレート区間で一気に車間距離が車3.5台分まで開く。
上り坂を駆け上がる中、Z33は右レーンから左レーンへ。
「(素の性能の高さはわかっているとはいえ、なんという加速だ…!)」
リチャード自身、いくらチューンをしたところであのZ33に加速や最高速では到底及ばないことを勘付いていた。
どんなにハイパワーなマシンでも乗りこなせなくては意味がないと考えている以上、リチャードのマシンのスペックは良くて470馬力程度。
一方のZ33はボルトオンターボ込みで600馬力以上。
主にパワー面が強化されているのは当然だが、そのパワーを受け止める分足回りも強化されているし、実際の戦闘力はRX-8よりはるかに上と言われても仕方のないものだった。
上り坂を駆け上がったZ33は、第1コーナーである左直角コーナーへと飛び込んでいく。
「―――!」
コーナー直前で速度は190キロ近く。
そこからブレーキを踏み込み、150キロ台まで下げる。
ハンドルをわずかに右に曲げたかと思いきや、左へ切り返す。
フェイントモーションのドリフトをこなすZ33は、コースの中央部分から左端の壁を目掛けてノーズを接近させる。
ハンドルを右に切り返してカウンターを当てることによって後輪が滑りわずかに白煙を上げ続ける中、Z33の左ノーズが壁との隙間10センチ程度まで迫る。
Z33のノーズは確実にクリッピングポイントを射て、そのままコースの中央へと膨れていく。
文字通りのアウトインアウトのラインを描き、Z33はコーナーを駆け抜けていく。
コーナー出口でアクセルリリースし、ハンドルをニュートラルに戻したところで再びアクセルを踏み込まれたZ33は、コーナーを脱出するのと同時に加速する。
「(上手い…さっきよりもさらに、洗練されているようだ…)」
Z33のドリフトする様子に対し、リチャードは先ほどまでよりもさらに走りが磨かれていることに気が付いていた。
先程までに明らかに走りが鋭く感じられるし、素早く走り抜けていられるように見えた。
壁との隙間はセンチ単位。
それほどまでにあのZ33のドライバーは攻め込んでいる。
一瞬ミスをしたらすぐにクラッシュしかねないというのに、文字通りのギリギリを狙撃するかのような走りだった。
極限の一点を狙う文字通りのスナイパー。
そして一点を狙うために速度の減速も許容範囲ギリギリ。
少しでもオーバースピードならもれなくアンダーステアで外に膨れてしまいかねないところを、あのZ33は文字通りのギリギリの走りで駆け抜けていく。
「(僕の想像する以上に素早く、同時に最短距離を走っている)」
Z33のコーナーリングスピードは、リチャードのはるかに上だった。
それほどなまでにコーナーを攻め込み、同時に走行ラインにブレがない。
リチャードも第1コーナー直前でブレーキを踏み込み、ハンドルを左に曲げて後輪を一気に滑らせる。
だが、コーナーリングスピードは120キロに満たない。
いくら足回りをきっちり施してあるとはいえ、下手にオーバースピードで飛び込んだら間違えなくマシンとしての限界を超えてしまうだろう。
そうである以上、リチャードとしては思うように踏み込めないでいた。
そしてそのマシンスペックの差が、前方のZ33とRX-8の車間距離を更に引き離していく大きな要因と化していた。
「(後押しはしたい。でも、負けることは僕自身が許さないから―――)」
一方の時雨はアクセルをさらに踏み込みながら、そう思っていた。
いくら相手を励ますという目的があるとはいえ、下手な走りをして醜態を晒すよりかは、自分の本気の走りを見せて相手に実力を見せた方がいいと思っていたのである。
そうである以上、時雨は何も妥協していなかった。
Z33は第2コーナーに飛び込む。
コーナー直前で時雨は再びブレーキを踏み込み、ハンドルを右から左へと切り返して、アクセルオンによってタイヤを空転…ドリフトさせる。
左レーンの右端から一気にノーズを回頭させて左直角コーナーのクリッピングポイント…左端の壁スレスレを駆け抜けていくZ33。
そんな中でハンドルを右にわずかに曲げてカウンターを当てる時雨。
走行ラインは間違えなく円の弧を描き、最小限の減速でコーナーを駆け抜けていく。
「(―――これが、僕なんだ。これが、僕の修行の成果の一つだ…!)」
コーナー出口が迫る中で、時雨はアクセルをリリースしてハンドルをニュートラルに戻す。
滑走状態になり、タイヤの空転が収まったところで目の前のストレートへ全力疾走するかのごとくアクセルを再び踏み込む。
ここまでくればタイヤの摩耗もお構い無しだった。
時雨はそんな中で、「自分の修行の成果の一つ」であるということを自覚しつつあった。
東京からはるばるニューヨークに来た理由は、相棒の父親がニューヨークで何をしたのかということを知ることではあるのだが、同時に自分自身が多くのドライバーと触れ合って鍛錬を積むことが最大の要因だった。
それを忘れていなかった時雨は、その一種の成果をリチャードに見せるかのようにアクセルを踏み込んでいく。
タイヤの空転が収まった後、アクセルを全開に踏み込んだことによってZ33は140キロ台から190キロ以上まで加速していく。
後方のRX-8は完全に置き去りにしつつあったが、それでも時雨は決してアクセルを抜くことはない。
自分の全力を相手に示すことで、格の違いを見せつけて圧倒することを決めていたからだ。
吊り橋上のストレート区間を疾駆するZ33は、その力によって完全にRX-8を置き去りにするのだった。
車間距離が車4台以上分まで広がれば、文句なしのぶっちぎりと言ってもいいだろう。
「(―――ここまでだ)」
第2コーナーを抜けたところで、リチャードは諦観するようにそう思った。
RX-8が第2コーナーを脱出した時点で、Z33は既にストレート区間の後半、行ってしまえば吊り橋区間を渡り切りかけていた。
そしてそうである以上、リチャードがストレート区間で完全に振り切られたことを理解するのに時間はかからなかった。。
ロングストレート区間で車間距離がみるみる離されていることを考えると、もうこの先追いつくことは困難だろう。
だが、あそこまで振り切られてしまったらもう自分としては何も言うことはない。
彼女たちは全開でこのコースを走り抜けていく。
自分はもはや相手なんかではないし、到底追いつくことのできないとても高い壁である。
既にZ33はストレート区間を駆け抜け、第3コーナーである超ロング左直角コーナーへと飛び込んでいた。
もはやここまでくればもう完敗である…そう彼は痛感した。
「(どんなにチューニングを施しても、僕自身まだまだというわけか…やっぱり、僕の想像のはるか上を行くドライバーと言うことだな…彼女たちは……)」
リチャードは完全に振り切られていたことに対して、どこか開き直っていた。
あそこまで振り切られてはもう自分では到底追いつけない。
そう思ったリチャードは、ストレート区間の後半…第3コーナー直前負けを認めるようにアクセルから右足を離すのだった。
◇ ◇ ◇
―――バトル後、会見会場の駐車場に戻ってきたZ33が駐車する形で止まると、そこにリチャードのRX-8も横並びになる形でエンジンを止めた。
3人が対峙し、リチャードが口を動かした。
「素晴らしい走りだった。あそこまで圧倒されてしまったのなら、もう後悔もない…」
「リチャードさん…」
リチャードは時雨と奈美子を褒めるようにそう言ったが、奈美子は同時にどこか心配でもあった。
だがその心配をよそに、リチャードは決意を固めたかのようにこう口にした。
「行ってくるよ。自分の思っていたことを、ちゃんとみんなに伝えてくる…ありがとう、2人とも」
「頑張ってください…もし妨害が来たら、僕たちが足止めします」
「もう記者の人たちもいるはず…リチャードさん、気をつけて!」
「ああ…じゃあ、行ってくるよ」
時雨が励ました後、リチャードは再び会場へと向かっていくのだった。
―――数分後、会見会場。
会場には報道陣が溢れている。
リチャードの登場に記者たちが声を上げると、彼は両手を広げながら優しく記者たちをなだめた。
カメラのフラッシュでリチャードはあっという間に注目の的になった。
「やあ、記者の皆さん…ラクにして下さい。どうにもスピーチというのは慣れなくてね… 本当はシャンパンの1杯でも飲みながら談笑したいけど、真面目な話だからね。普段は原稿を読んでるけど、今日は思ったことを素直に話すよ。ああ、失言があったらこう書いてね。『おかざり社長、原稿なしで大失敗』って」
記者たちの緊張した顔は和らぎ、笑い声が聞こえる。
だがリチャードが咳払いをすると、会場は静まり返った。
それを見たリチャードが言葉を続ける。
「技術革新の歴史は、研鑽の積み重ねだとボクは思う。競争相手がいなかったら自己満足で終わる。そうなったら革新は起こらない。科学、農作物、医療…そして『自動車』。ただの移動に用いられてきた"手段"。それが今や人ひとりの人生を運ぶ、大切なパートナーにまでなった」
リチャードの額から汗が流れる。ハンカチで流れる汗を拭い、水を1杯だけ飲んで深呼吸をした。
「いま、そのパートナーを奪い合い、分析のために解体するという、悲しい戦いがニューヨークで起こっています。皆さんは既にご存知でしょう。我が社のCOO、ジェレマイア・スノーが提案した『ビッグゲーム』です」
―――同じ頃。
「なんだこの演説は…?あの車はリチャードCEOの…!」
「くっ、そこの車!どけっ!この道は新CEOの凱旋する道だ!」
ボディーガードたちの前を塞ぐように停車するZ33。
そこから出てきたのは、まごうことなき例のドライバーたちだった。
「あれ、もしかして流れ者のドライバー?ニューヨークのルールを知らないの?そんなワケないわよね…」
「そんなに手の込んだ車に乗っていてここのルールを知らないなんて、失望させないでくれよ。僕たちと『ビッグゲーム』で勝負だ」
「なに…!?」
奈美子と時雨は手慣れたようにバトルを促す。
「会見を止めたければ、時雨を倒すことね。リチャードさんの邪魔はさせない…絶対に!」
「さあ、車を並べてよ。ここは譲れないから!」
リチャードたちの龍神となるかの如く、時雨はケミックのボディーガードたちに挑んでいくのだった。
リチャードの会見の阻止を妨害するように時雨と奈美子がケミックのボディーガードたちとバトルを行っていると、そこに例の副社長が現れた。
マシンはケミック本社のロビーに置かれていたカスタムカー…灰色のM5である。
「やるなリチャード…会見で先手を打つとは。牽引したドライバーも見事だ」
そう言っているうちに、M5は時雨と奈美子のZ33の手前で止まった。
対峙するように停車する2台。
ドライバーたちが互いに出て対峙する。
「貴様らがリチャードを牽引した奴らだな?敬意を表して名を聞いておこう」
副社長…ジェレマイアがそう問いただした。
相手の事が気になるようだ。
「私は相楽奈美子。ナビゲーターよ」
「僕は時雨…西野時雨だよ。あなたがジェレマイアだね」
時雨の言葉に軽くジェレマイアは軽く頷いたが、すぐにこう言葉を続けた。
「『邪魔』か…お前らは何も分かってないのだな。お前らの介入でケミックとオクティのバランスが大きく崩れてしまった。私が新CEOになれば建て直しの可能性も多少なりともあったものを。あの演説1つで全て丸く収まると思っているのか?リチャードも、お前たちも既に負けている。何故私が勝ったのか分かるか?それは私が『正しいから』だ。何故それが分からない?」
ジェレマイアは自惚れるように持論を展開する。
だが、時雨と奈美子にはあまり響いていないようだった。
「僕には正しいかどうかなんて、よくわかりません。確かに、あの演説で収まるとは思えない。でも…そうじゃないと思います」
「何が正しいとか、勝ち負けじゃない…リチャードさんとお父さんが信じたことをただ伝えるだけなんです」
時雨と奈美子の素直な目を見るも、ジェレマイアは「戯言を」と言いたげにこう言葉を続ける。
「私とて同じだ。会社のためをもって『正しいこと』を信じ、今まで舵取りをしてきた。一度として間違ったことはない」
自分自身に相当の自身があるジェレマイア。
すると、ジェレマイアのそばにいたボディーガードが補足するようにこう口にする。
「『ビッグゲーム』は互いのテリトリーで妨害行為が行われないよう作った規律だ。同じ土俵の上に立ち、正々堂々とバトルをして勝つための手段だ」
ビッグゲームは正当な方法の1つだと力説する。
だが、奈美子や時雨にとってはそれは違うものだと考えていた。
「それでも…バトルをして車を奪ったり奪われたりすることを、走りの楽しさを奪うようなことを『正しい』と認めるわけにはいかない!」
「車には1台1台、魂や情熱が込められているんだ…そうである以上、それを盗むルールなんてものは僕は認めない!そしてそれがリチャードさんと…奈美子のお父さんの願いだ!それを妨害するというなら…僕たちが相手だ!!かかってこい!!」
文字通りの宣戦布告だった。
だが、ジェレマイアは全くもって冷静にこう口にする。
「私も引くわけにもいかん。互いの『正しさ』を貫くならば、『ビッグゲーム』で決着をつけよう。マネーストリート往復で勝負しろ」
ジェレマイアの言葉に時雨と奈美子は「望むところだ」と言わんばかりに軽く頷いた。
「この勝負、『正しい方』が勝つ。勝つのはこの私だ!ケミック&モレックの技術の粋を結集させたカスタムM5『ヘルタースケルター』で、ニューヨークをあるべき姿に戻してみせる!」
「奈美子!」
「ええ!!」
ジェレマイアがM5に乗り込み、時雨と奈美子もZ33に乗り込んでコースに移動する。
◇ ◇ ◇
―――vs智謀のジェレマイア
推奨BGM:FOXY LADY(from EUROBEAT FLASH vol.19)
相手の車はBMW・M5"Helter Skelter"。
コースは言うまでもなく、マネーストリート往路と復路。
左レーン、M5。右レーン、Z33。
往路のゴール後、折り返して復路スタートとなる。
2台が並び、スタートを待っていた。
「(流れ者だかなんだか知らぬが、私が『正しい』ということには揺るがない…)」
スタート地点でジェレマイアは静かにそう思っていた。
自分にはケミックをここまで大きくしてきたプライドや意地がある。
流れ者なんかに自分の正しさを潰されるわけにはいかない。
そう思った以上、ジェレマイアは静かにハンドルを握るのだった。
「(ここまで、来た)」
一方の時雨は一つの到達点に到達しようとしていることに気が付いていた。
会社の社長と副社長。
ここまで大きくできる手腕であり、相手のマシンもかなりカスタムされている。
間違えなくこれまでの相手とは段違いの相手だろう。
だがそれが敗北していい理由と言うわけではない。
ここまで自分は必死になって走り続けてきた。
そしてそうである以上、このバトルも勝利するまで。
絶対に負けるわけにはいかない。絶対に負けられない戦いである。
「(このバトルこそが、僕にとっての一つの区切りだ…ここは、絶対に譲れない!)」
そう思いつつ、時雨はハンドルをしっかりと握るのだった。
2台が横並びで止まる中、カーナビのカウントが減っていく。
3
2
1
GO!
「ふん!」
「―――!」
互いにギアを切り替える2人。
2台のマフラーから青いアフターファイアを噴き出しながら、それぞれのマシンは加速していく。
先行したのは…やはり加速面で優れるZ33だった。
伊達にパワー面でかなりのチューニングが施されているZ33なだけあって、スタートダッシュに関しては先手を取っていた。
2台は豪快な加速の中で、スタート直後の上り坂を駆け上がっていく。
「(妙だ…食らいついては来てるけど、追い抜きはしない。まるでマシンを試しているようだ)」
M5の最高出力は560馬力。一方で、Z33はノーマルで280馬力。
ノーマルであれば明らかにM5が有利だし、何よりM5はツインターボ。
おまけに外観はかなり派手なM5がチューニングされているというのであれば、加速や最高速で上回れてもいいはず。
だが今回M5は後手に回った。
いくらZ33が加速特化のマシンとはいえ、食らいついてくるだけ。
一体どういうことなのか?
時雨は直線区間でふとこう考えた。
「(まさか…テスト走行をしていないのか?もし初めてあの車のハンドルを握ったというなら…)」
テスト走行もせずにいきなりのぶっつけ本番で、このZ33にあの車が付いてこられるのか?
時雨は疑問に思った。
いくら走り慣れているコースであっても、流石に慣らし運転もせずにいきなり本気の走行をしたらマシンに支障をきたしかねないのは言うまでもない。
だが同時にそれは言い換えれば、相手が車に慣れていないという事でもある。
そしてそうである以上、アクセルを踏み込んで時雨は大逃げの態勢に入る。
速度が190キロ台に達したところで左ウインカーを出して、ハンドルを僅かに左に曲げる。
坂を上りあがったところにある第1コーナーと第2コーナーはどちらも左直角コーナー。
インコース有利である以上、とにかく最短のラインを走れるようにレーンを変える。
そして変えたところで2台は車間1台分を維持しながらコーナーへと飛び込んでいく。
「―――!」
コーナー直前でアクセルオフ、そこからハンドルを僅かに右に曲げたかと思いきやブレーキを踏み込む。
だが、その速度低下は今までよりも少ないものだった。
自然とオーバースピード気味に突っ込むが、それでもハンドルを思いっきり左に切り返したところでアクセルを踏み込む。
自然と左回転で回頭するZ33。
回転し始めたところで時雨はハンドルを左から右へと切り返すことで、一定の角度のままドリフトする。
クリッピングポイントであるコースの左端…壁との隙間数センチのところをドリフトで駆け抜けるZ33。
コーナー出口が迫る中でアクセルオフ、ハンドルをニュートラルに戻し、タイヤの空転が収まるのを待ってアクセルを再び府込むのも同じだ。
だが、走行レーンは徐々に膨れてコーナー脱出時には左レーンから右レーンにはみ出るギリギリのところを何とか走り抜けていた。
傍から見ると普段よりも攻め込んでいるように思われるが、これでも時雨のペースはこれまでのケミックガードたちとの戦いとほとんど変わらなかった。
アクセルを全開に踏み込んで加速するのもほぼ変わらない。
だが時雨は僅かに、その加速が鈍い事にも感づいていた。
速度は150キロ台から170キロ台へと加速する。
「(まずいな…マシンに限界が来てるみたいだ)」
第1コーナーを駆け抜けたところで、時雨はマシンの限界が近いことを察していた。
いくらZ33が装着しているのがハードタイヤで、長期戦にも対応できるようにセッティングされているとはいえ、やはり連戦に次ぐ連戦で限界に達しようとしていた。
ペース配分が秀逸である時雨であっても、まさかここまで連戦に次ぐ連戦になるとは思っていなかったのである。
今日のバトル前にタイヤは新品のハードタイヤに取り換えておいたとは言え、既に30戦以上。
その殆どでドリフト走行をしていたのであるならば、いくらスプリントの繰り返しとはいえタイヤの限界が近づくのは当然と言えば当然だった。
おまけにジェレマイアとのバトルの直前にはほぼ本気を出していた。
それ程なまでにケミックのボディーガードたちの速さは段違いだったのだ。
すると、後方を見ていた奈美子が声を上げた。
「わかってはいたけど、速い!サマンサから聞いてはいたけど…あれにリチャードさんの作ったケミックパーツのプロトタイプが?」
「…それを操るあの人も相当の凄腕だ!ただの副社長じゃない…!」
奈美子と時雨は先行しつつも、多少押され気味だった。
後方のM5は確実にZ33との車間距離を縮めつつあったのである。車間は車1台分だったのだが、それが確実に縮まっている。
同時に時雨は相手から圧を感じていた。
第1コーナーを立ち上がったところで、Z33はこれまでの相手以上に押し込まれていく。
完全にテールトゥノーズに食いつかれていた。
そんな状態の中で2台は第2コーナーである左直角コーナーへと飛び込んでいく。
僅かにハンドルを右に曲げた上でアクセルオフ、ブレーキングからハンドルを左に切り返して後輪を滑らせる時雨。
だが、後方のM5もその時雨の走りに確実に食らいついていた。
タイヤの食いつきが限界に近づく中で、Z33はアンダーステアで徐々に外へと膨れていく。
「(フハハハハ!!…上出来だぞリチャード!よくぞオクティの技術を取り込み、極上のパーツを作り上げた!メイナードの頃から評価試験は私がやってきた…いま評価を下そう。このパーツは全て『☆7』クラスだ!リチャード、お前は『正しい』よ!)」
ジェレマイアは満足するかのようにそう1人思っていた。
Z33がブレーキングからドリフトしていく中で、M5もさらに内側を攻めるようにドリフトしていく。
同じ走行レーンであっても、完全にインコースを取っていた。
「(まずい、このままでは…!)」
そう時雨が思った時だった。第2コーナーを2台が駆け抜け、吊り橋上のロングストレートが迫る。
アクセルオフからハンドルをニュートラルに戻す時雨。
だがそんな中で、アンダーステアでわずかに膨れていくZ33。
ジェレマイアのマシンはそこを狙ったかのように、路肩スレスレを駆け抜けてZ33と並走状態になる。
そして2台が並走状態でコーナーを脱出した次の瞬間だった。
「―――!!」
「っ……!」
ハンドルに取り付けられたニトロスイッチを押したジェレマイア。
コーナー脱出速後と言うこともあり失速していたM5だが、その差を一気に詰めるようにニトロを発動し、あっという間にZ33をオーバーテイクした。
文字通りの圧巻の加速だった。
吊り橋上のストレートで2台の車間距離は1台分まで開く。
「うそ…追い抜かれた!速い…!パーツメーカーの本気ってこと…!?」
「…リチャードさんだ。信じたリチャードさんのパーツなら…!」
「リチャードさんをお父さんが信じたように、時雨が私を信じてニューヨークで走ってくれているように…」
奈美子と時雨は驚きながら互いにそう言っていた。
だがそんな中でも時雨はまだニトロを使う気はなかった。
タイヤが限界に近い現在、アウトに膨れたことを考えるとニトロを使ってもタイヤが空転して僅かに加速がもたついてしまう可能性があると思っていたのだ。
そしていくらこのストレートでどんなに速い速度を出しても、この先の事を考えればそれは無茶な選択であると言っても過言ではなかった。
M5が200キロ近くまで加速する中で、Z33は180キロ台までしか加速しない。
そしてその理由はやはり、この先の事を考えての上だった。
「(よし、差が開いているな…)」
一方のジェレマイア。M5のニトロをフルに使うことで、後方のZ33との差をどんどん開いていく。
この先には2つのコーナーがあるとはいえ、きっと食いつかれまい。
そう思っていた。
そしてそう思う中で、M5の目の前に第3コーナーのロング左直角コーナーが迫る。
悪背うろ府からブレーキを踏み込むジェレマイア。
だが、予定していたブレーキ地点でブレーキを踏み込んだ瞬間にジェレマイアはあるミスをしてしまったことを痛感する。
「(しまっ…!)」
「(やっぱり…オーバースピード!?)」
そう、オーバースピード。
第3コーナーは長くてある程度の角度も必要とされる直角コーナーであるのに対し、M5はニトロを使ったことでオーバースピードで突っ込んでしまった。
本来予定していた通常のブレーキングポイントよりも、より早くブレーキを踏む必要があったのは当然。
だがジェレマイアは、相手を引き離さんと通常のブレーキングポイントでブレーキを踏み込んでしまったのだ。
そしてそうである以上、オーバースピードであるのは当然と言えば当然だった。
200キロ以上の速度で突っ込めば、誰の目からしても明らかに突っ込み過ぎだった。
慌ててブレーキを全開に踏み込み、急ブレーキからハンドルを左に曲げる。
強引にブレーキを踏んだことでM5は減速するも、そのドリフトアングルは明らかに付けすぎと言っても過言ではなかった。
数値にして言えば、60度くらいのドリフトアングルであるべきなのに、75度以上という明らかに角度の付けすぎの状態のまま、M5はノーズを左端の壁を向かせてドリフトしていく。
だが、アングルを付けすぎたことによってM5の失速度合いは明らかに通常以上。
アンダーステアを出したことによりタイヤが食いつかず、コーナーリング中でもみるみる速度が下がっていく。200キロ台から一気に140キロ台まで下がってしまう。
明らかな失速だった。
「(くっ…!オーバースピードだったか!)」
いくらパーツを強化してあるとはいえ、やはりニトロを使った以上限界はあった。
そしてその限界を迎えたM5は、左レーンでありながら中央のラバーポールを僅かに倒しながらドリフトしていくというアンダーステア状態だった。
そんな状態の中で、M5は辛うじてドリフトしていく。
だが、次の瞬間だった。
「(ここだ…もらった!)」
「(…アウトから!?小癪な…!)」
派手なドリフトアングルでドリフトしていくM5の横を、時雨のZ33が必要最低限のドリフトアングルでドリフトしていく。
角度で言えば45度程度だが、速度はM5のそれよりも速い…150キロ台。
角度を付けすぎないことによって失速を抑制し、アクセルを踏み続けることで一定の速度以上でドリフトする。
失速を抑えたZ33は、失速してしまったM5を横目に左コーナーであるにもかかわらずアウトコースである右レーンでドリフトしながらオーバーテイク。
辛うじてペースを回復し、M5に食らいついていた。
繁華街の中の第3コーナーを駆け抜ける2台。
コーナー中間では並走状態だった2台だが、出口に近づくにつれてZ33が一歩出し抜けた。
Z33はノーズ部分だけ先行して第3コーナーを立ち上がる。
一方のM5も負けじと食らいつき、Z33とつかず離れずの距離を維持し続ける。
M5とZ33は、Z33がノーズの部分だけ先行した状態で第3コーナーを立ち上がった。
そしてそのまま最終コーナー…第4コーナーである右直角コーナー。
時雨はM5が進路を変更しないように速度を調整したうえで、ハンドルを僅かに左に曲げたところからアクセルオフ、ハンドルを右へと切り返す。
ハンドルを左に切り返すことで、コース中央ギリギリを走っていたZ33はインコースへと飛び込み、右端の壁スレスレをインベタの状態でドリフトしていく。
一方のジェレマイアも進路潰しは覚悟した上とは言え、そのまま食らいつかんとブレーキングからハンドルを右へと曲げる。
左レーンの右端…行ってしまえばコースの中央部分にあるラバーポールへとノーズを接近させ、こちらもインベタのラインを描きながらドリフトしていく。
トンネル区間でもインコースとアウトコースの差もあってZ33は徐々にリードを広げるも、決して大差をつけるというわけではない。
ギリギリテールトゥノーズの状態まで広げるのが精一杯だった。
「くっ…!」
「っ…!」
限界に近い走りをする時雨。
一方でジェレマイアも己の限界をぶつける。
コーナー出口で時雨はハンドルをニュートラルに戻し、タイヤの空転が収まったところで再びアクセルを踏み込む。
アクセルを踏み込むのは良かったが、今まではインベタのラインから走行レーンの中央部分まで程度しか広がっていなかったのが、今はコースの中央…つまり走行している右レーンの左端スレスレまで広がっていた。
それほどまでにハードタイヤとはいえ、タイヤが摩耗していたのである。
先程まではドリフト時に適している程度だったが、やはり限界は近いのだろう。
そんな中でも時雨は最終ストレートでアクセルを踏み込み、M5からリードを取って往路のレース勝者となった。
だが、当のM5もコーナーを立ち上がった後はテールトゥノーズの状態で往路のゴール地点を駆け抜けたのだった。
差はほとんどない、テールトゥノーズ。
もしニトロで第3コーナーを限界まで攻め込まなければ間違えなくジェレマイアに軍配が上がっていただろう。
そうジェレマイアと時雨、奈美子は皆思っていた。
「(生意気な小娘が…)」
1本目を終えたジェレマイアは、どこかストレスを感じているかのようにそう思っていたのだった。
◇ ◇ ◇
―――時雨と奈美子のジェレマイアとのバトル中。
リチャードの演説は時雨とジェレマイアのバトル中も途絶えることなく続いている。誰も彼を止めようとはしなかった。
「――ビッグゲームの縄張り争いが始まってから、ニューヨークのトラブルは無視できないほどに酷くなってしまった。ニューヨーク市はケミック&モレックとオクティの企業間対立に対応するため予算を割き、バトルを仲裁するための組織『リブラ』を作って対応に追われている。私の父、メイナード・サマーが思い描いていた、『車をより楽しく乗るためのパーツ作り』とは、かけ離れた世界だ――」
リチャードの耳に、タイヤがアスファルトを削る轟音が届いた。
演説の最中にも関わらず、それが2人の戦いの音であると気づき、リチャードは勇気をもらった。
勇気をもらったリチャードは、そのまま演説を続けていく。
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往路のバトルの時点で先行するZ33。
だが、ジェレマイアにとってはそれがフラストレーションになっていた。
「(流れ者め、まだ食いつくか!無駄だ、例え演説をしたところで、役員会の決定は覆ることは絶対に無い!私は既に『勝った』!正しいからだ!)」
ジェレマイアはどこか怒りを感じるようにそう思っていた。
どんな抵抗をしても自分の正しさは変わらない。
無駄な足掻きだ。
「時雨、これが大一番よ…私はお父さんを、お父さんの信じた『正しさ』を信じる!どんな結果でも受け止める…時雨、走りきって!」
「わかった…掴まって!この勝負、勝ちに行くよ!!」
一方の奈美子と時雨。
最後の最後の大一番であるということを理解した2人は、互いに励ますようにそう言った。
限界まで走り抜けろと指示する奈美子。
限界まで踏み込むと決めた時雨。
気持ちはほぼ完全にシンクロしていた。
互いに同じ思いを持つことで、それが共鳴振動を起こそうとしていた。
「40年前もそうだ…メイナードの才能を、天才の生み出すパーツの芸術を、パーツメーカーは誰も認めなかった。『正しい』からニューヨーク最高のパーツメーカーになった!」
ジェレマイアの過去。
それは、リチャードの父親と共に裸一貫でパーツメーカーを立ち上げ、幾多の困難や辛苦を味わいながらニューヨークでも屈指のパーツメーカーに仕上げることが出来た。
ニューヨークでも屈指のパーツメーカーにすることが出来たのは、自分のやり方が正しかったからであると、ジェレマイアは自覚していたのである。
「私は…ケミック&モレックは『正しい』故に負けない!時雨、終わりにしてやる!」
どこか過信ともいえるその自信を抱きつつ、ジェレマイアが駆るM5はZ33へと肉薄していく。
2台はテールトゥノーズの状態を維持してつつ、復路のレースをスタートするべくアクセルを全開に踏み込む。
2台の前に第1コーナー…左直角コーナーが迫る。
「―――!」
「(私が正しいことを証明する…外から攻めて逃げ切る!!)」
ウインカーを出して右レーンに移ったジェレマイアのM5。
そして右に旋回した勢いのままM5はブレーキングから左へと方向を変え、時雨の十八番…フェイントモーションで第1コーナーへと飛び込んでいく。
一方の左レーンを走っているZ33も僅かにハンドルを右に曲げたかと思いきやそのまま左へと切り返して後輪を滑らせる。
サイドバイサイドの状態で飛び込んだ2台。
走行レーンをまたいでのフェイントモーション対走行レーン内で完結するフェイントモーション。
どちらが速いかと言うと…やはりハンドルを派手に曲げたM5の方に分があった。
「(そうくるのか…!?)」
今まで自分はフェイントモーションを走行レーンの中だけで完結させていた。
だがジェレマイアは車線変更の勢いを使ってそのままフェイントモーションをしてしまった。
偶然の賜物なのかもしれないが、そのやり方をやられてしまっては衝撃を受けるのも当然と言えば当然だった。
今まではすべてフェイントモーションは、「前もって車線を移って、そこからフェイントモーション」だったので、そのやり方には達しなかったのである。
「(ふん、これで…)」
ジェレマイアにとっては一気に有利になった。
サイドバイサイドから失速もほぼなくフェイントモーションで飛び込んだ。
アウトコースと言うことことであっても、速度は確実にこちらの方が上。
そうである以上、差が広がっていくのは言うまでもない。
第1コーナー中間のトンネル区間で、2台の車間距離は1台分近くまで広がっていく。
「(距離が広がっていく…どうする!?)」
時雨にとってはもどかしい状況だった。
どうすれば差が広がらない?
ニトロと言う安直な手段を頼れば、この先の第2コーナーで失速は間違えない。
だが何か手立てを打たないと先行するM5には更に差を付けられてしまう。
どうすればいい?
「(せめてコースの最短距離を…)」
ハンドルを30度ほど右に曲げていた時雨だったが、ここで舵角を抑えて15度程度まで抑えた。
カウンターの角度が収まったZ33は、徐々に左端の壁へと向かっていく。
走行レーン上を滑走するかのようだったが、それをインベタのラインを描くように時雨は変えたのだ。
M5も走行レーンの左端を走っていたが、Z33ほどではない。
Z33は壁との隙間数センチ程度まで迫っている。
そんなラインを描いた以上、インコースであるZ33はM5との距離を抑え始めた。
トンネル区間を抜け、M5とZ33の目の前に第1コーナー出口が迫る。
「(小癪な…だが容赦はせんぞ)」
ジェレマイアにとっては、後方で食らいついてくるZ33の存在があまりにも忌々しかった。
自分の野望を止めようとするあどけない少女が駆るZ33。
見かけからして20代前半の東洋人なんかに負けたら、自分としてのプライドもくそったれもない。
そんな感情もある以上、大人げないかもしれないが徹底的に叩き潰す。
コーナー出口が迫る中で車間距離は抑えられ始めているが、この先は右直角コーナー。
自分がいる走行レーンが圧倒的に有利だ。
この先のコーナーで一気に差をつけて相手の心をへし折ってしまう。
それが、自分のやり方であるとジェレマイアは確信した。
第1コーナー出口が迫る中で、ジェレマイアはアクセルオフからハンドルを右にさらに曲げる。
左を向いていたM5は、コーナー出口が迫るにつれてマシンを右に曲げていく。
「(終わりだ、墜ちろ…時雨!!)」
そう思ったところで、ブレーキを軽く踏んで速度を抑制したところでジェレマイアはアクセルを再び踏み込み、今度はハンドルをわずかに左へと切り返す。
エンジンパワーを与えられたM5は、カウンターを当てられながらもタイヤを空転させながら右向きへとドリフトしていく。
だがそれだけではない。
ドリフトしながらジェレマイアはハンドルのニトロスイッチを押すのだった。
コーナーの序盤でありながらマシンの旋回性を認識したのか、ジェレマイアはニトロで一気に大逃げの態勢に入った。
速度は一気に160キロ以上まで加速し、後方のZ33との距離は見る見るうちに広がっていく。
繁華街の中をM5のテールライトが赤い閃光を描きながらドリフトしていく。
「(勝った!これで終わりだ!!)」
第2コーナーである右直角ロングコーナーを高速でドリフトし続けるM5。
速度は180キロ以上と言う速度でありながら、M5のタイヤは確実に地面に食いついていた。
あっという間に車間距離が車3台分近くまで開いた以上、もう食らいつけないだろう。
そうジェレマイアは確信した。
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「(……まだだ!)」
一方、第1コーナーを立ち上がるZ33。
ドライバーの時雨は決して最後の最後まで諦めるつもりはなかった。
こんなところで負ける自分ではないということは、時雨自身が一番自覚していた。
「(この車は…龍の名を持っている。そしてその龍には、僕の事を心から大切にしてくれた人の魂が込められている…)」
Z33の異名、「義努羅」。
個体の怪獣で行ってしまえば、「キングギドラ」…「千年竜王」、もとい「天の神」。
「くに」の守り神とも言うべき怪獣だ。
そしてその怪獣をモチーフにした名前が付けられているこのZ33には、時雨の事を心から愛してくれた人物の魂が込められているということは、時雨自身が一番自覚していた。
そんな魂の結晶とも言うべきマシンが、こんな場所で易々と負けることは自分は勿論、あの人が許すはずもないのだ。
思いが交錯する中で、Z33は第1コーナーの出口へと迫っていく。
そんな中で時雨はハンドルを右に曲げ続けたままでアクセルをリリースする。
左レーンの左端…つまり壁とすれすれの部分をインベタのラインで走り続けていたZ33は、徐々にそのラインから外れていく。
そして第1コーナーの出口に差し掛かったところで、Z33は左レーンの中央を走っていた。
「(本当に龍がもしこの車に宿っていると言うなら、僕の願いは1つだけ…全てを覆す、力を!!)」
そう思ったところで、時雨は左レーンから右レーンへとウインカーを出す。
ハンドルを僅かに右に曲げていたがそこからアクセルを踏み込んで一気に右に曲げて車線を変え、そのままタイヤを滑らせていく。
第2コーナーへと飛び込んだZ33は、必要最低限の減速でコーナーをドリフトし始める。
すると、コーナーに飛び込んだ時だった。
「(っ……!?)」
右に曲げていたハンドルを左に曲げ、ドリフトし続けるZ33にカウンターを当てようとした時雨。
そんな最中で、全身が炎に包まれるような感覚の中で…目の前に走るべきラインが見えた。
それは時雨にとっての幻覚であり、同時に最速で走り抜けるためのベストラインだった。
インベタのラインだ。右端の壁との隙間がほとんどないラインを描いている。
前方を走るM5が走行レーンの真ん中を勢い任せで走っているのに対し、見えていたラインは文字通りの右レーン端っこを走り抜けるインベタ。
もしあのライン上を走ることが出来るのであれば、追いつけるのではないか?
そう思った時雨はそれが、今自分が走るべき走行ラインであることを認識するのには時間がかからなかった。
「(あれの上を…!!)」
カウンターを当てるべきタイミングで時雨はカウンターを当てない。
殆ど無意識だったが、この時時雨はアクセルワークだけでZ33をコントロールしていた。
超本気になった時に現れるゼロカウンタードリフト。
究極のドリフトを時雨はこのZ33でも体現しようとしていた。
「―――!!」
ハンドルをほとんど曲げず、Z33はアクセルワークだけで超インベタのラインを描いてドリフトしていく。
右レーンの右端、それこそ壁との隙間数センチの部分を疾駆するZ33。
左レーンから右レーンへのフェイントモーションによって余計な失速を抑えてドリフトし続けるZ33は、160キロ以上の速度で走り続ける。
M5とは前方車1台分の車間距離があるが、走行レーンの真ん中をニトロで必死に加速させているそれに対し、こちらはノーニトロ。
その状態でも車間距離はつかず離れずの状態だった。
そんな状態の中でも時雨はハンドルを全く曲げず、アクセルワークだけでZ33をドリフトさせていく。
時雨の緻密なアクセルワークにより、Z33は一定の角度を維持しながらドリフトし続けていく。
「(この車に食らいついてくる!?バカな……!!)」
第2コーナー出口が迫る中、M5とZ33の車間距離は徐々に縮まっていく。
だがそんな中で出し抜けたM5は、第2コーナーを立ち上がってストレートへと突入しようとする。
一方で時雨はその状況を見過ごしていなかった。
「(今の僕なら、皆を…守れるから!!)」
そう思った時雨は、アクセルを踏み込みんでハンドルを僅かに左に曲げたところでハンドルのニトロスイッチを押す。
繁華街の中の第2コーナーを立ち上がるZ33は、160キロ以上の速度からドリフトしながら立ち上がっていく。
全身が炎に包まれる中、インベタのラインから徐々に左へと膨らんでいくZ33。
一気に速度は200キロ以上まで加速していく。
だが、ラインは徐々に外へと広がっていく。
「(……ここだ!!)」
Z33がドリフトし続ける中、時雨は左のウインカーを出した。
右レーンからはみ出ようとしていたZ33は、ドリフトしながら左レーンへとはみ出て空転が収まる。
ストレート区間でZ33は200キロ以上の速度を出しながら、Z33がアウトコースからオーバーテイク。
吊り橋上において、Z33とM5はテールトゥノーズの状態になった。
「(バカな…それになんだ、あれは…!!)」
「(体はまだ…熱い…!!)」
サイドバイサイドとなったM5とZ33。
2台が吊り橋上のストレートを駆け抜ける中、ジェレマイアはZ33にある大きな変化が表れているのに気が付いた。
時雨自身は自分自身が炎に包まれるような感覚のままだった。
だが、その外観では大きな変化が生まれていた。
「(金色の…龍か……!?)」
巨大な金色の龍のようなオーラ、迫力を含んだそれをまとったZ33。
いや、正確に言えばそれは「龍神」だった。
金色の龍が、まるでZ33の真の姿であるかのように化身として表れていた。
そして金色の龍…Z33は、M5をストレートスピードで圧倒しようとしていた。
「(はっ、速い…!)」
金色の龍のオーラをまとったZ33は、今まで以上の速さだった。
M5がストレートスピードで引き離されていく。
ストレートの中間である以上、ニトロを使ってしまってはこの先で更に差が付けられてしまうことが分かっていたためにジェレマイアとしてはニトロを使えないもどかしさがあった。
ニューヨークの繁華街を切り裂くように駆け抜けるZ33。
電光石火のごとく加速していくそれは、今までとは遥かに違う、金色の上り龍となって、そのコースを圧倒的な速さで駆け抜けていく。
Z33に乗り込み、金色のオーラを放つほどになった時雨。
そして時雨は、今まで以上の遥かなる速さを実現するに至っていた。
「(今までは殆ど大まかだったけど、今ならはっきりとわかる…このコースでどんなラインを描けばいいか、どれだけアクセルを踏めばいいか、どれだけブレーキを我慢すればいいか、どれだけハンドルを曲げればいいか…!)」
同じコースを何度も何度も走り続けてきたことが、ここに来て大成しようとしていた。
全身が燃え盛る炎に包まれているように感じる中で、ハンドルのごくわずかな舵角の違いでマシンがどこへ行くのか大きく変化することを認識し、どこまでハンドルを曲げ、どのタイミングでアクセルやブレーキを調整すればいいのかが脳裏にはっきりとナビゲーション形式で入ってくる。
2台の前に第3コーナーである右直角コーナーが迫る。
時雨が見ていた目の前のラインは、予想したその通りのラインだった。
それを認識した時雨は、Z33のハンドルをわずかに左に曲げる。
「(…外から、だと!?)」
追いかけるジェレマイアにとってはアウトコースを走り続けるZ33が違和感の塊でしかなかった。
もしこのまま食らいつかせないようにするためには、右レーンに移るのが一番なのでは?
一体なぜ左レーンを?
そう思っていた時だった。
「(―――もらった!!)」
「―――!?」
左レーンでブレーキをフラッシュさせたかと思いきや、時雨は右ウインカーを出しハンドルを右へと一気に曲げる。
そのままZ33はフェイントモーションで右レーンの内側…右端の壁を狙っていくかのように旋回、ドリフトさせていく。
Z33が描いたライン…それは、左レーンの路肩からフェイントモーションで一気に右レーンの右端まで攻め込むというやり方、いわばコース全体を使った超大型のフェイントモーションだった。
「コーナーでアウトインアウトはダメ」なのであるが、「コーナー以外でレーン変更が禁止されている」というわけではない。
おまけに「車線変更時はウインカーを出す必要がある」が、「ウインカーを出しながらドリフトをしてはいけない」というわけでもない。
コーナーの直前でウインカーを出してドリフト状態に突入すれば、今まで以上の大きなラインを描いて、更にコーナーの内側へ攻寄ることのできるドリフトを行うことが出来る。
今までは1.5車線縛りだったものが、ここに来て3車線全体を使うほどまでの大きなドリフトとなっている。
あまりにも単純なやり方ではあるが、時雨は今まで「走行レーンの移動禁止」がローカルルールである箱根でずっと走ってきていたこともあり、そのやり方に縛られていたと言っても過言ではないだろう。
だがここにきて、その足枷から解放されつつあった時雨は「カーブの咆哮とは逆の車線から、ウインカーを出してインコースに飛び込んだ上で、再度ウインカーを出して元いたレーンへと飛び出していく」というやり方を取った。
先程も書いたが、誰も「ウインカーを出しながらドリフトをしてはいけない」とは言っていないのだ。
そしてそのラインは、M5が走るラインのさらに内側を攻め込もうとしていた。
「(ぐうっ、インを…追いつけない!!)」
「―――!」
必要最低限のブレーキで、最大のラインを描いてフェイントモーション、加えてカウンターをほとんど当てていない、アクセルワークのみのゼロカウンタードリフトでコーナーを駆け抜けていくZ33。
一方で、Z33が予想外のラインを描いたことによって動揺したジェレマイア。
ブレーキングから時雨と同じくフェイントモーションでドリフトしようにも、こちらは粗があるのかZ33とは同じラインを描けずにアウトインアウトのラインを描くも、コース全体を使った時雨のその走りに比べると明らかにインコースに攻め込めていない。
コーナー1つでも確実に車間距離は開きつつある。
先程まではテールトゥノーズだったのが、車1台以上まで広がっている。
第3コーナーをドリフトしたまま駆け抜けたZ33は、そのまま左ウインカーを出して、後輪を滑らせたまま左レーンの路肩の方まで膨らんでいく。
だがそれも、ドリフト時にカウンターをほとんど当てずにアクセルワークだけでドリフトしたから。
カウンターを当てた分の失速がほとんどない以上、M5との車間距離は確実に広がっていく。
「(離される…!)」
右レーンだけでフェイントモーションドリフトから立ち上がるM5。
ジェレマイアとしては何が何でも追いつく必要があったが、同じラインややり方ならともかく、殆どカウンターを当てない走りは難しいと考えていた。
本来4WD向きのフェイントモーションを、あのドライバーは完全に応用してアクセルワークだけでZ33をドリフトさせている。
そこまでの芸当は、十分な実力を持つ自分であっても到底無理がある。
ジェレマイアとしては自分が見ているものがあまりにも信じられないような感覚だった。
第3コーナーを立ち上がるM5だが、先行するZ33との車間距離は確実に広がっていく。
「(今なら…もっと速く、走れる……!!)」
第3コーナーと第4コーナーの間のストレート区間で、時雨はそう思った。
Z33を殆ど手懐けた時雨は、この車であればもっと速くなれるのではないかと言うことも思うようになっていた。
それはやはり、Z33を操縦していく中で時雨が徐々に成長しているということの証なのかもしれない。
「(っ、向こうがそのようなやり方なら…私も!!)」
一方のジェレマイア。
第3コーナー出口では右レーンに収まっていたが、第3コーナーと第4コーナーの間で時雨と同じ左レーンへとウインカーを出して移動する。
時雨にできて、自分に同じ走りができないと思っていたのだ。
コース全体を使った派手なフェイントモーション。あれが時雨にできるのであるならば、自分にだってできるはずだ。
そう信じた。
「―――!」
「―――――!!!」
第4コーナー…最終右直角コーナー直前。
左レーンの路肩に移動したZ33。
それにトレースするかのように後方に付けるM5。
ジェレマイアとしては、後方から食らいついて相手にプレッシャーを与えるということも考えていた。
コーナー直前で時雨はブレーキを踏み込み、ハンドルを左に曲げたかと思いきやウインカーを出して一気に右へと切り返す。
ワンテンポ遅れてジェレマイアも同じく、ハンドルを左に曲げたかと思いきやウインカー出して右へと切り返す。
左レーンの端から一気に右レーンの端へと切り込んでいく2台。
だが、ここで決定的な差が生まれた。
ハンドルを右に曲げた時雨だったが、そこからハンドルを左に切り返すことがなかったのだ。
アクセルワークだけでドリフトしていくZ33は、右レーンの右端…それこそ壁と隙間数センチの超ギリギリのラインを描き、ドリフトしてそのまま立ち上がっていく。
「(だ、ダメだ…私にはあんな、カウンターを当てない走り方は…!!)」
ジェレマイアにとってはそれはあまりにも無謀な走りだった。
カウンターを当てない豪快なドリフトなんて、FR車両では無理がありすぎる。
カウンターを当てればドリフトは安定するが、アクセルワークだけであそこまで安定したドリフトは自分でもできないと思ってしまった。
それ程なまでに時雨は限界ギリギリを攻め込み、そして同時にその天性の才能でコーナーを突破したのだ。
第4コーナーを、コース全体を使ったアウトインアウトでドリフトすることはジェレマイアでもできる。
だが、FR車でゼロカウンターとまでは…流石に彼でも限界があった。
コーナー途中でハンドルを左に切り返し、カウンターを当てる。
だが、カウンターを当てた分ジェレマイアのM5は先行するZ33と速度差が生じようとしていた。
そしてその速度差は…もはや最後のストレートでもどうしようもないほどの差を生もうとしていた。
Z33はゼロカウンター状態のまま右レーンからウインカーを出しつつ左レーンに飛び出し、左端の壁との隙間数十センチというところで僅かにハンドルを左に曲げてドリフトが収まった。
そのままZ33は最終ストレートの下り坂を直滑降のまま加速しながら走り抜ける。
「(今の僕なら、誰にも負けない…もっと高く、その限界の先へいくためにも、踏み込む―――!)」
最後の最後のとどめ。
コーナー出口で右レーンから左レーンへと膨れるZ33だが、ドリフトが収まりつつある中で時雨は再びニトロスイッチを押した。
勇猛果敢。超高速の体当たりとも言うべき速度で、Z33はストレートの先のゴールへと駆け抜けていく。
その龍の獣は…東京・首都環状においては幼体とも言うべき走りだった。
だがニューヨークへの移動に伴って封印され…ニューヨークで様々なドライバーたちと戦うことで徐々に実力を取り戻し、ジェレマイアとの戦いにおいて遂にマシンの真の力を覚醒させるに至った。
マシンの力を最大限に発揮できた最大の理由は、やはり環境変化と時雨の成長というのがあるのだろう。
彼女の成長に伴ってZ33も徐々に走りに答えるようになり、そしてジェレマイアとの戦いで遂に大成したと言える。
そしてその集大成の1つとして、金色の龍のオーラを放つまでのレベルと化していた。
「(ぐうっ、こうなったら…!!)」
同じくニトロを使ったジェレマイアだが、もうとても追いつけるようなものではなかった。
速度は200キロ以上を出して、後方のM5を完全に置き去りにしつつZ33はゴール直後のトンネルへと飛び込んだ。
だが、Z33がトンネルへと飛び込んだ次の瞬間だった。
「…あ!!」
Z33がゴールを駆け抜けたところで時雨はブレーキを徐々に踏むが、同時に後方の様子がおかしいことに気が付く。
ゴールとなるトンネル入り口を駆け抜けたところで、サイドブレーキをかけてUターン、そのままM5を会場の方へと移動させるジェレマイア。
どうやら会場へとそのまま直行しようとしているようだ。
「ジェレマイアが…!」
「会場に走っていく…!?」
決着はついた…時雨の勝利だった。しかしジェレマイアはその足で、リチャードの演説する会場へと向かった。
時雨も急いでサイドブレーキを引いてZ33をスピンターンさせ、会場へと向かう。
◇ ◇ ◇
―――会見会場
「――今こそ、父の理想を、『人に喜びを与えるパーツ』を、世界へ届けるための第一歩を踏み出す時が来た。そのために、私はオクティとの間にできた深い溝を埋めるため、対話によって解決を図る決意を固めた。それが―――」
リチャードが全てを言い切ろうとした瞬間だった。
「リチャード・サマー!!」
ジェレマイアの登場に、記者たちは驚いて一斉に振り向いた。息を切らせながら現れたジェレマイアは、笑みを浮かべるリチャードを鋭く睨みつけていた。
だが、当のリチャードは全くもって動揺していなかった。
むしろジェレマイアを歓迎しているようだった。
「――それが、僕がケミック&モレックを退社する理由だ。遅刻したけど、怒らないであげてね。僕の父の親友ーーー『新CEO』、ジェレマイア・スノー!!」
「……!?」
声を掛けられたジェレマイアは、動揺するしかなかった。
そしてリチャードの言葉と共に、ジェレマイアには多くのフラッシュが浴びせられたのだった。
―――会見終了後。
会見を終えた2人が、全てが終わった後の会見会場で立ち話をしていた。
一応バトル相手と言うこともあり、時雨と奈美子も同席している。
「リチャード…どういうつもりだ。私はCEOを辞めさせるつもりではいたが、会社を辞めさせるつもりはなかった…理由を聞かせてくれないか?」
ジェレマイアはリチャードの方針…リチャードが会社を辞めるということに動揺しているようだった。
最初からCEOは辞めさせる予定だったが、どうやら会社を辞めるというところまでは想定外だったようだ。
「おじさん、今まで本当にすまなかった。オクティとの問題は、おじさん一人の責任じゃない。CEOだった僕自身の問題でもあった。僕は何も言わず、行動にも移さなかった。全部をおじさんに押しつけたんだ…このまま卑怯者では終われない。だから僕は、声を上げた。僕を信じてくれた時雨とナミコのために、僕はスピーチをした。原稿なんて持ってなかったけど、誓って言う。あれは本心からの言葉だった」
リチャードは原稿を持たずに実施したスピーチは紛れもない本心であることをジェレマイアに伝えた。
オクティとの問題は自分でも責任を取りたい、というのが彼の主張であった。
その姿に対し、ジェレマイアは感心したかのようにこう口にする。
「リチャードは…それが『正しい』と信じているのだな。オクティと友好的な関係を築くことが、ケミック&モレックにとっても最善だと」
ジェレマイアはリチャードの言葉に、どこか納得するかのようにそう言った。
リチャードはジェレマイアの言葉に静かに頷いた。
すると、リチャードを擁護するかのように奈美子と時雨が説得にやってきた。
「ジェレマイアCEO、なんとかならないの?オクティと手を組むことが、ケミックにとっても良い結果を生むと思うの…!」
「僕もそう思います…何とかなりませんか?」
だが、ジェレマイアは「これは決定事項」と決めつけたかのようにこう言い放った。
「未来のことは分からん。だが1つ、確かに言えることがある。―――You're fired.(お前はクビだ)…これ以上、私から言うことはない。じゃあな…」
そう言ってジェレマイアはその場を去っていく。
その場には3人だけが残された。
「酷い…クビって!リチャードさんの思い、伝わらなかったのかしら…」
「…それは違うと思うよ」
「えっ?どういうこと?」
ジェレマイアの態度に怒る奈美子だが、時雨は寧ろ「これでいい」と満足しているようだった。
「ジェレマイアさんはきっと、リチャードさんが自分の道を歩むことを許してくれたんだと思う」
「リチャードさんが…?」
「うん。本当は技術者として僕を残したかったのに、それでも手放してくれた。僕の選択に賭けてくれたんだ…ありがとう、おじさん」
リチャードは静かにそう呟き、軽く頭を下げるのだった。
そして頭を上げたリチャードは奈美子と時雨の方を見てこう言った。
「あのスピーチは、オクティの連中も見ていたはずだ。きっと、僕にも何らかの形で接触してくるだろう。ナミコ…君のお父さんのこと、僕にできることがあるなら、全力でやってみるよ」
リチャードは今後も協力することを誓ってくれた。
それに対して奈美子と時雨は感謝でいっぱいだった。
「その…なんて言ったらいいか…リチャードさん、本当に申し訳ありません。お父さんのために、そんなことまで…」
「奈美子のために、本当にありがとうございます」
自分たちの事をどこか二の次にしているようにリチャードは感じ取り、こう言葉を続ける。
「自分のことになると急にしおらしくなるんだね、2人は。他人のためにはあんなに一生懸命なのに…こういう時は、なんて言うんだったっけ?『申し訳ない』じゃなくて…」
そうリチャードが言った時、奈美子と時雨ははっとしてにこやかな顔でこう言った。
「…そうですね!本当にありがとう!それと…これからもよろしくお願いします!」
「よろしく、お願いします!」
2人の顔に対し、リチャードも笑顔で答えるのだった。
◇ ◇ ◇
――翌日。
リチャード・サマーは、正式にケミック&モレックを退社した。
そして彼は、グレートオクティカスタムズとの対話に向け、個人の事務所を設立。
今は「話し合い」を武器に、オクティのテリトリーへと足を運び続けている。
一方、新たなCEOとなったジェレマイアは、ケミック&モレックの全社員と個別面談を実施。オクティとの「バトル禁止」を明文化した新たな契約を結び直し、社の方針を大きく転換させた。
ニューヨークには、確かに変化の兆しが見えていた。
街は少しずつ、平穏な夜を取り戻しつつあった。
……だが、その静けさが破られるのは、そう遠い未来ではなかった。
グレートオクティカスタムズが、ケミック&モレックのテリトリーへ攻勢を仕掛けてくるまでは。
そして新たなる出会いが、時雨をさらなる成長へと導くことになるのは…時間の問題でもあった。
―――会見の翌日。
欧州某国、某サーキット。
この日、そのサーキットにおいてはプロトタイプカーレース、ハイパーカーレースのフリー走行が開催されていた。
数日後の予選・決勝に向けて多くのプロトタイプカーやハイパーカーがフリー走行ながら凌ぎを削っている。
そしてそのレースには、例の男も参戦していた。
「……」
ピットエリアにおいて、スマートフォンの映像を見る金髪のイケメン男。
彼はやはりレーシングスーツを着ていた。
言うまでもなく、時雨を心から愛した男…相楽翔だった。
彼はフリー走行を一旦終え、休憩に入っていた。
スポーツドリンクを飲み終えた彼は、スマホの映像を見ている。
ここ最近の1週間程度で、ニューヨークのバトルシーンは様変わりしたそうだ。
そしてその陰にいたのは…彼自身がよく見覚えのある2人のアジア人。
例の会見を見守っていたが、やはりちらりと映ったのは…例の2人だった。
「(フッ…相変わらず見事だ、時雨。お前にはやはり俺を狂わせるだけの素質がある…)」
映像にわずかに映った自分の妹と、自分が心から愛した少女。
ショウはケミックの会見の陰の主役が時雨であるということを直感していた。
そして「ビッグゲーム」が流行っているニューヨークのバトルシーンにおいて、ケミックのCEOの交代劇には間違えなく彼女たちが影響を与えたということも認識してもいた。
「(この会見の裏側には、お前の活躍もあったのは違いないだろう。お前はやはり、ゲームチェンジャーというわけだな…)」
英語の会見を見て、CEOの交代劇が行われていることはショウでもわかった。
ビッグゲームの存在。親父がその渦中にいたそうだが、その火種もやはり彼のようだ。
その真相を知るべく奈美子と時雨は彼がニューヨークで何をしたのかを調査し、同時に武者修行をするために殴りこんだ。
そしてニューヨークのストリートシーンで一花咲かせた。
国内とは比にならないくらいレベルの高いニューヨークにおいて、全てを超越するドライバー。
それはまさしくゲームチェンジャーと言うべきかもしれない。
すると、スマホで映像を見ていた時だった。
「よう、ショウ!相変わらずシケた顔しやがるな!」
ショウの後ろから、頭にゴーグルをつけた不良風のアツい男がやってきてショウに話しかけた。
「…ガリュウか。フッ、お前も相変わらず豪放なもんだ」
椅子に座っていたショウの後ろから話しかけた、ガリュウと呼ばれた男。
"鬼神"ガリュウ。見かけ通りの熱血系主人公タイプの、豪放な性格な彼はストリートでは「Rollin'35」を率いるリーダーであり、R35のチューンドカー「不知火」を操るかなりの実力者だ。
そしてそんな彼は現在、チームメンバー共々海外のレーシングチームのスカウトを受けて国際的に活躍している。
それは、レーシングチームからのスポット参戦依頼を受けたショウと同じような立ち位置だった。
「ガッハッハ!言いやがるなお前も!…んで、何見てんだよ?」
「…昨日、ニューヨークで行われたある記者会見だ」
「記者会見?」
「ニューヨークで『ビッグゲーム』というレースが流行っているのは、知っているか?」
「ん?ああ…ちょっと小耳にはさんだくらいだが」
「どうやらそれが禁止になる方針だ」
「ほーう?」
そう言ってガリュウもスマートフォンをのぞき込む。
するとふと映った人影にガリュウははっとした。
「…ああ?今のって、時雨じゃねえか?この前の会見にいたのか!」
「フッ…やはりお前も知っているのか」
「はんっ…そうだよ。ちょっと前に箱根に言った時に奴とバトったんだ。俺に一泡吹かせるくらいの奴だよ…」
Rollin'35は、時雨が皇帝の名を継いだ後に箱根へ遠征したことがある。
箱根を制圧する勢いだったのだが、最終的にはガリュウ含めチームメンバーは皆時雨に敗れた。
あの時のロケットバニーワンエイティの存在は、ガリュウでもよく覚えていた。
騒動は起こしたが、同時に箱根にRollin'35のドライバーたちの実力ははっきりと残すことが出来た。
そしてそれから数カ月がたった現在は、レーシングチームからのオファーでフォーミュラ系のレースにスポット参戦している。
基本的にガリュウはレーシングチームからのスカウトもあり、主に欧州方面で活躍している。
そして同時に、彼が従える3人のドライバーも皆マネージャーやチューニングアドバイザーなどとして優秀であり、彼らもスタッフとして、時にドライバーとしてレーシングチームで活動しているのだった。
「フッ…そうだったのか。時雨は今、ニューヨークにいてな」
「アイツ、今ニューヨークにいるのか!?」
「ああ。込み入った事情があってな。まあ武者修行だが」
「そうか…そういえばアイツもレーサーデビューが決まったんだってな?」
「ああ。あと1ヶ月半もすれば東京に戻ると聞いている」
「まるで短期留学だな…」
「あながち間違いじゃないな」
「しかし…あいつも速くなっているというなら、俺もレースがなきゃアメリカに行きたいくらいだぜ」
「フッ、俺もだよ。あいつはニューヨークで速くなってるに違いないさ」
ガリュウ自身、時雨には借りがあった。
自分の限界以上の速さを持つ彼女ともう一度戦いたい。
まだ数ヶ月前のことなのでしばらく先にはなりそうだが、再会するまでに互いに腕を磨いていつか再び箱根でバトルしたいと思っていた。
「ガリュウさーん!マシンセッティング調整終わったから見に来てくださーい!」
「んっ…おう!すぐ行く!」
「…お呼びのようだな」
「ああ。ちょっと行ってくる…じゃあまた後で」
そう言ってガリュウはチームメンバーであるメガネの男…「技巧菩薩のタイガ」の下へと向かっていく。
セッティングに関して色々と聞きながら、ガリュウは自分のチームのピットスペースへと向かっていくのだった。
そして映像を見終えたショウは立ち上がり、ふとピットエリアの外に出る。
外の空は文字通りの青空が広がっていた。
そしてその青空を仰ぎながら、静かにショウは彼女への愛を再認識するかのようにこう思った。
「(時雨…忘れるな。お前は1人なんかじゃない。お前には、奈美子と…お前が戦ってきた、ライバルたちやサポーターたちがいる……そしてそれらとは決して、一度きりの関係ではないということを…!)」
天を仰いだショウは、静かにそう思うのだった。
―――時雨が皇帝の名を継ぎ、首都高へ乗り込むまでの数ヶ月の間に…箱根において走りあってきたライバルたち。
そして再会の時は、そう遠くない未来の出来事であるのをショウも時雨も、そして奈美子も知らないのだった。
そしてその再会が生み出す巨大な渦は近い将来、ニューヨークのストリートシーンを席巻し、根底からひっくり返すことになるとは…誰も知らなかった。
(第16話End)