「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 第二幕 2024 -いつかあの頂で- 作:カービィ改二
ケミックのドライバーたちを破った時雨の新たなる挑戦。
パワー主義の男が時雨を待ち構える。
act.17「Power(パワー・オブ・ドライブ)」
奈美子の父親が何をしたのかを知る為に訪れたニューヨークで、時雨と奈美子は情報屋のサマンサと出会った。
ニューヨークでは2社のパーツメーカーが勢力争いをしており、サマンサの手引きでその1社である「ケミック&モレック」のドライバー達とバトルをすることになった。
このバトルはケミック&モレックのCEO、リチャードの心を動かした。彼はもう1つのパーツメーカー、オクティとの対話を模索するため、COOジェレマイアに会社を譲り退職した。
そしてオクティこと『グレートオクティカスタムズ』からサマンサへ連絡が寄せられた。「あの国から来たドライバーに会いたい」と…
―――怪獣監督マルコのオフィス
この日、時雨はニューヨークでのバイト先の雇主である「怪獣監督マルコ」と個人面談をしていた。
仕事が終わり、一段落したところでマルコが話しかけてきたのだ。
机を挟んで、椅子に座った2人が対峙している。
「お疲れ様、時雨ちゃん。どうだい?もう2週間近く経ったけど、流石に仕事の方は慣れてきたかな?」
「えっと、はい…少しずつですけど、最初の時よりは…」
「そうか、よかった。最初君がここに来ると聞いた時は驚いたけど…どうやら、慣れてきたみたいだね」
「あ、はい」
マルコが現在撮影している映画の配給元である龍崎グループの総帥である龍崎トシゾウと、脚本家としての知り合いである白鳥ツバサからの依頼。
それは、次回映画をあの国においては龍崎グループが配給するのを確約する代わりに、時雨を短期アルバイトとして雇ってほしいというものだった。
仕事のパートナーである以上、断ることはできない。
加えて箱根で走り合った関係でもあるため、ある程度素性は知っている。
何より様々な困難が待ち受けるニューヨークの地。
知り合いであり、嘗て色々と面倒を掛けた以上、マルコとしては時雨の仕事を心配するのは当然と言えば当然だった。
すると、マルコがバッグの中から封筒を手渡した。
「これが今週分のキミの給料だ。受け取ってくれ」
「あ、ありがとうございます」
「わかっているとは思うけど、くれぐれも気を付けてくれ。東京とは違って必ずしも安全と言うわけじゃない…直行直帰を頼むよ」
紙袋には1週間分の給料が入っていた。
2週間働いているが、既に1週間分は先週もらっていた。
「お気遣いありがとうございます、いつも…」
「いやいや、これくらいどうってことないよ。君たちは今、異郷の地にいるも同然だから、僕としても心配になっちゃうんだよね」
「…本当にありがとうございます」
給料を受け取り、バッグに入れた時雨は頭を下げた。
給料の中身は最低賃金×5日×8時間分+時々ある残業代+α。
決して多いというわけではないが、長居するわけではないのだからそれくらいでも十分だった。
「ニューヨークに来てもう2週間程経つけど、生活にはなれたかい?」
「…そうですね。買い物とかそういうのとかも、マルコ監督にいろいろと教えていただいた場所があったので…ようやく板についてきた、といったところでしょうか」
「うんうん、そう言ってくれるとありがたいよ。君達にはここに来た時、近辺のマップを渡したはずだ。向こうの食品を専門に売っている店とか、色々なお店を記載しておいたけど、使ってくれたかな?」
「そうですね…雑貨とか食料品店とか色々と書かれていた場所は行きました。ただ…やっぱり東京と比べると、値段が高いですね…」
「そうなんだよね…ニューヨークはここ数年ひどいインフレでさ、物の価値がどんどん上がっているんだ。あとはやっぱり…君たちに言えるのは、どうか怪我だけはしないでほしいということだね」
「たしか、とても医療費が高いんですよね?以前も仰っていましたが…」
「うん…そうなんだよ。君たちは一応保険が用意されていると思うけど、それ抜きでもとても高いんだ。アメリカの破産の大きな原因が、入院による治療費って言われるくらいには…ね」
マルコは時雨たちがニューヨークに来た際、色々と身の回りの世話をしてくれていた。
勿論、家の事とか何から何までと言うわけではないが…最低限、ニューヨークで必要な心構え、身近な店、生活の上での注意などを教えてくれたのだ。
その中でもマルコが口を酸っぱくしていったのは、「ケガをしない事」だった。
アメリカの治療費は、かの国のそれよりもはるかに高額だ。
事故を起こしてけがをすればそれであっという間に大金が飛ぶ。
特に中流階層の破綻の最大要因は、入院などによる治療費であるくらいに。
いくら時雨と奈美子が海外でも通用する保険に入っているとはいえ、それでも高額になるのは間違えない。
それがアメリカの現実だった。
マルコ自身、アメリカで生活するうえで同じような苦労だけはしてほしくないと強く願っていた。
それが時雨たちへの大きな世話へとなっていたのだった。
「ご心配ありがとうございます。僕たち、気を付けます」
マルコの心配に対し、時雨はしっかりと受け取って感謝の意を伝えた。
その様子に対し、マルコもどこかにこやかだった。
するとマルコが口を動かす。
「うんうん、ぜひそうしてくれ。ところで…君と奈美子君は、ケミック&モレックのドライバーたちとバトルしてきたんだってね?」
「あ、はい…おかげさまで、色々とあって…」
「既に話は聞いているよ。やっと『ビッグゲーム』がなくなってくれるみたいなんだね」
「はい」
「これで僕たちも少しは安心して過ごすことが出来るよ。僕もやっぱり愛車が愛車だから、バトルを挑まれることもあるんだけど…如何せんそこまで付き合ってはいられなくてね」
「…大変だったんですね」
「うん…君たちには感謝しきれないよ。僕からもお礼として、さっき渡した給料に少しだけ色を付けておいた。是非受け取ってくれ」
マルコの愛車はチャージャーR/T。
往年のアメリカンマッスルカーだが、やはりマシンがマシンゆえに勝手にバトルを挑まれてしまうこともある。
それくらい治安が悪かったのだ。
ビッグゲームに巻き込まれかけては逃げていたのだが、時雨のおかげでやっとビッグゲームがなくなってくれるとなれば、マルコとしては感謝しかなかった。
すると、お金のことを理解した時雨は軽く頭を下げてこう言った。
「…ありがとうございます。ただ、まだ僕たちは目的を果たせていないんです」
「奈美子君のお父さんの事、だよね…結局ケミックの方では手がかりがあったのかい?」
「実は…ケミックの幹部の皆さんにも接触していたそうなんですが、それくらいしか…」
「そうか…となると、もう片方の勢力…オクティの方に関係があるのかな」
「おそらく、ですが」
「なるほど…となると、ケミックのドライバーの多くが敗れた以上、オクティはケミックの領域を奪いに来る可能性があるね…」
「…はい」
「これからまた、多くの人とバトルすることになるだろう…けど、君はそれが本望なんだろう?」
マルコは、これからも時雨が多くのドライバーとバトルすることを予見していた。
だがそれは、同時に時雨にとっても好都合であるということも見抜いていた。
「そうですね。僕はやっぱり、これからの事があるので…1人でも多くの人とバトルをして、経験を積んで、もっと速く車を操れるようにしたいんです」
「うんうん、いい心構えだよ。でもどうか、力みすぎないようにしてほしいね」
「力みすぎない?」
「気合を入れすぎて、空回りしないように気を付けてほしいという事さ。君は目標に対して一途になっているところがあるけれど…それだけが全てじゃない、ということもわかっておいてほしいんだ」
マルコにとっては時雨が目標に向かって一直線であるということを見抜いていた。
そして一途すぎることもそれはそれで問題であると説いて、時雨に注意を促すのだった。
するとその言葉を受けた時雨は、こう言った。
「お気遣い、本当にありがとうございます。僕…気を付けます」
そう時雨が言ったところで、面談はお開きとなった。
仕事後の面談を終えた時雨は、そのままホームへと戻るのだった。
◇ ◇ ◇
―――ホーム。
時雨がアルバイトから戻ってきたところで、奈美子と時雨、そしてサマンサはちょっとした祝勝パーティをしていた。
「ケミック&モレックとグレートオクティカスタムズの関係回復の第一歩を踏み出せたことを祝して乾杯!って言ってもノンアルコールだけどね」
「「乾杯」」
この時、奈美子とサマンサはノンアルコールビールを飲んでいた。また、時雨はミネラルウォーターを飲んでいた。
机の上には、サマンサが買ってきたカイザーバーガーのセットが置かれている。
「やっと一歩前進、って感じなんだね」
「一歩前進…一歩前進ね。喜ばしいと言えば喜ばしいのだけど…正直、この先が不安で仕方ないの」
サマンサがどこか心配そうにそう言った。
「もうビッグゲームでお互いの愛車をバラすようなことをしなくて済むのよ?和解しないほうがおかしいわ。大丈夫だと思ったから、オクティが連絡してきたんでしょ?本当にいろいろやってくれてありがとう、サマンサ!」
「僕からもお礼を言わせてもらうよ…本当にありがとう」
奈美子と時雨は互いにサマンサに礼の言葉を伝えた。
だが、サマンサはクールにこう振舞った。
「お礼はいいわ…オクティ側から会いたいって連絡が来たから設定しただけ。すぐにオクティ側からも連絡が来るはずよ。バトルになると思うから、どんな相手も油断しないで」
「ありがとう。気を付けるね」
サマンサの言葉に対し、時雨はそう礼をした。
結局この日は祝勝パーティで終わり、バトルは翌日以降にお預けになった。
だが一方で、奈美子と時雨は案の定最小のカイザーバーガーとフライドポテトのセットでも腹が十分に膨れたのだった。
―――時雨とマルコの面談の翌日。
遂にオクティ側のドライバーから、時雨に会いたいという連絡がサマンサ宛てにきた。
オクティ側の連絡によると、彼らのテリトリーである「ビッグストリート」にやってきてほしい、とのことだった。
―――ビッグストリート付近、駐車スペース。
車から降りた時雨と奈美子、そして待ち合わせにやってきていたサマンサがオクティのドライバーを待機していた。
「遂にケミックのドライバーとバトルすることになるのね…どんなドライバーたちなのかしら?」
「…この音は?」
ドロドロとした音が駐車スペースに近づいてくる。アメリカンマッスルカーだ。
ダッジ・チャージャーR/T…所謂初代チャージャーと、その仲間であろう車の2台。
チャージャーの方は時雨でも見覚えがあったが、違和感もあった。
「(マルコ監督?いや、違うか…)」
怪獣監督マルコの愛車も同じ車だが、その車とはエアロも色も違う。
どうやら別の人であるようだ。
「…オクティのドライバーが来たわね。わかっているとは思うけど、2人とも油断しないで」
サマンサの忠告に対し、時雨と奈美子は互いに頷くのだった。
チャージャーは駐車スペースに止まり、車からドレッドヘアーのジャマイカ系男性が降りてきた。
右手には愛用の大型スパナを持っている。
その男と3人が対峙する。
「いよう!我らがオクティの英雄殿!仲間を連れてお祝いに来たぜ!Great Power!!まったく、最高だよアンタは!」
「(グレートパワー…?)英雄?どういうこと?」
「俺たちの敵、ケミックをコテンパンにしてくれただろ?俺たちにとっちゃ、アンタらは英雄だ!」
時雨の事を英雄と言ったその男。
この人物が時雨たちにコンタクトを求めたのだろう。
「失礼ですが、あなたは一体?僕たちを呼び出した方ですよね?」
名前を聞くように時雨がそう言った。
「ああ、悪い悪い。俺はスミス。タクシードライバー兼メカニックだ。実はオクティは全員、兼業なんだ。みんな貧乏だからね!」
スミスと言った男はそう明るく言った。根の性格は明るいようだ。
「私はナビの相楽奈美子。こっちはパートナーの時雨です」
「時雨です、よろしく」
「おう、よろしくな!…にしても噂通りの美人な2人組なんだな。ちょっと驚いたよ」
スミスは時雨と奈美子のことについてどこか驚いていた。
やはり女性ドライバーと言うのは珍しいのかもしれない。
「意外、ですか?」
「ああ。ここでは女の走り屋は少ない方だからな」
「そうなんですね…あの、実は私達、父のことを調べていて…お父さんのことを…オクティにいた相楽ヒュウガについて知ってることを教えてほしいんです!」
目的を早々に伝えた奈美子。
だがスミスは待て待てと言うようにこう返事した。
「Hey Hey, 積もる話は後回しだ!まずはケミックのドライバーと渡り合った最高のPowerを見せてくれ!なぁに、負けても車を取りはしねぇさ!」
「バトルですか?いいですよ」
「OK!早速車を用意してくれ。まずは俺の仲間と勝負だ」
スミスの言葉を聞いた奈美子がサマンサにこう伝える。
「だってさ、サマンサ。やっぱりケミックとの争いがなくなって、喜んでもらえてるみたい…ちょっと走ってくるわね!」
「それじゃあ」
「ええ…2人共、気を付けて」
サマンサに見送られた2人は車に乗り込み、スタート地点へと移動していく。
◇ ◇ ◇
―――vsオクティエンジニアA
推奨BGM:POWER OF MAGIC(from SUPER EUROBEAT vol.3)
相手の車はホンダ・S800。
見かけはかなりカスタムされている往年のマシンだ。
コースはオクティの本拠地ともいえるコース、ビッグストリート。
このコースは3つの直角ロングコーナーと2つのロングストレートという非常に単調なコースだ。
往路の場合、繁華街のストレートをスタート地点ととして一気にスピードが乗る。
そこから最初のコーナー…右直角ロングコーナー。
繁華街の中をドリフトで駆け抜け、そのまま第2コーナー…左直角ロングコーナー。
コーナー内にあるトンネル区間もドリフトで駆け抜けて再び繁華街。
そして繁華街に入りかけたところで最終第3コーナー…右直角ロングコーナー。
最終コーナーを駆け抜けると吊り橋上のラストストレート。
吊り橋上のラストストレートを駆け抜け、吊り橋の中間がゴール地点である。
左レーン、Z33。右レーン、S800。
2台がバトル開始の瞬間を待ちわびるかのように並んで止まっていた。
「(ケミックに一泡吹かせた奴らの実力を見せてもらうぜ…)」
オクティのドライバーは静かにそう思っていた。
相手の実力は高いとはいえ、自分でも何か得られるものがあるかもしれない。
そう思うと、彼は自然と貪欲になった。
「(さて、2大勢力のもう片方だ。どんな実力なのか…お手並み拝見かな)」
一方の時雨は、ケミックのドライバーたちを相手にしてきた以上どこか余裕があった。
いくら相手のマシンが自分とは違ってかなりチューニングされているということをわかっていても、やはり限度と言うものがある。
何より純粋な性能差がある。
オクティの下っ端だから到底速いとは思えないが…逆に油断も出来ない。
そう思いつつ、時雨は冷静にアクセルを踏み込んでエンジンを軽く回すのだった。
そしてそんな中でカーナビのカウントダウンが徐々に減っていく。
3
2
1
GO!
「―――!!」
「……」
ギアを1速に入れるオクティのドライバー。
一方でギアをDレンジに入れる時雨。
互いにアクセル全開で踏み込んで加速する。
だが…加速で先手を取ったのは、書くまでもない。
「うぐ…速い!!」
「……」
スタートダッシュで一気に差を付けようと加速するZ33。
一方でS800も何とか加速して食らいつこうとするも、スタート直後のロングストレートで2台の差は一気に開いていく。
いくら何でも相手の車との格が違った。
流石にS800とZ33では、いくらチューニングが施されているとはいえあまりにも差がありすぎた。
スタート直後のストレート区間でZ33は一気に大逃げの態勢に入る。
速度は一気に190キロ以上まで加速していく。
「(ストレートで振り切るのは不本意だけど、これはバトルだからね。遠慮なくいくまで…!)」
時雨にとっては相手をパワーで振り切ることはあまりいい心地がしなかった。
だがこれはバトル。
もし油断なんかして負けたらそれこそシャレにならない。
そう思った以上、早々に右ウインカーを出してZ33を右レーンへと移動させる。
車間距離はあっという間に車2台分以上まで広がっていく。
繁華街の光がZ33に反射する中で、Z33は繁華街の中を切り裂くように第1コーナーの右直角ロングコーナーへと飛び込んでいく。
「(速度域が乗っている以上、まずは慎重に…)」
いくらニューヨーク後に慣れてきたとはいえ、今走っているコースは初めてのコース。
そうである以上、まずは雑魚相手に確実な勝利とコースへの順応を優先しなくてはいけない。
相手のマシンとは一気に差が付いた以上、ここまでくれば冷静にコーナーへ対処する必要がある。
目の前にコーナーの入り口が迫る中、時雨は速めにブレーキを踏み込む。
速めにブレーキングを施すことで速度は190キロ台から130キロ台まで下がった。
「(…ここだ!)」
ブレーキを踏み込んでしっかりと減速した上で、ハンドルを軽く左に曲げたかと思いきや右へと切り返してアクセルを踏み込む。
軽いフェイントモーションから後輪を滑らせ、一気にドリフト状態へ。
僅かに白煙を上げながらZ33はドリフトしていく。
ドリフト中にハンドルを僅かに左に曲げ、カウンターを当てながらドリフトし続けるZ33。
フェイントモーションからインベタのラインを描き、右レーンの右端…路肩部分に前輪を乗っけるような形でドリフト。
長いコーナーである以上、ドリフトし続けるべく時雨はパーシャルスロットルでアクセルを踏み続けていく。
速度をしっかりと減速させていたこともあり、Z33はアンダーステアを発生させることもなくインベタのラインでドリフトしてコーナーを駆け抜ける。
そしてそのままコーナーの出口へと迫っていく。
「……」
コーナーの出口が見えたところで、時雨はハンドルをニュートラルに戻していくのと同時にアクセルを抜いていく。
ラインが徐々にアンダーに膨れていく中で、Z33はタイヤのグリップを回復する。
グリップが回復したところで、Z33は右レーンの左端…ラバーポールの1メートルほど横を駆け抜けていく。
「―――!」
タイヤのグリップが完全に回復したところで時雨は再びアクセルを踏み込む時雨。
繁華街の中を颯爽と駆け抜けるZ33は、130キロ台から150キロ台まで加速していく。
だがそんな中で、目の前にはすぐ第2コーナーである左直角ロングコーナーが迫る。
それを見た以上、時雨は再びアクセルオフからブレーキング。
速度は160キロから130キロ台まで再び減速する。
減速したところでハンドルをすっ、と僅かに右に曲げたかと思いきや、そのまま左に切り返してアクセルオン。
アクセルオンと共にタイヤが滑り出したが、それを認知したところで時雨はハンドルを今度は右へと切り返す。
エンジンパワーが後輪に伝わったZ33は加速しながらドリフトするが、それでもアンダーステアは発生させることなく、ある程度のドリフトアングルを維持しながらドリフトし続ける。
再びZ33はインベタのラインを描いてコーナーを駆け抜ける。
「(ようし…)」
一定の速度域を維持しながらドリフトし続けるZ33。
コーナーの中間部にあるトンネルを駆け抜け、再び繁華街区間へ。
繁華街区間に入ったところでコーナー出口が迫る。
コーナー出口を認識したところで再び時雨はアクセルをリリースし、ハンドルをニュートラルへと戻していく。
ニュートラルに戻していく中でZ33のグリップは徐々に回復していき、やがてコーナー出口でタイヤの空転は完全に収まった。
「―――!」
第2コーナーと第3コーナーの間のストレート区間は短く、目と鼻の先である。
それを認識した以上、時雨はあえてハンドルを真っ直ぐ握り続けるもアクセルを全開に踏むことはなかった。
下手に加速してオーバースピードで突っ込むよりかは堅実にスピード調整をしたうえでドリフトすることを選んだのである。
ブレーキを軽くフラッシュさせ、ドリフトの切欠を作る。
そこから時雨は再びハンドルを僅かに左に庵下たかと思いきや、右へと切り返して後輪を滑らせる。
フェイントモーションを決めたZ33は一気にコーナーの内側のラインを描き、右端の壁スレスレのインベタのラインを描いてドリフトしていく。
速度としては140キロ台を維持していた。
長いコーナーの間、時雨はハンドルを左に切り返してカウンターを当て続ける。
そんな中でもアクセルをある程度踏み込んで、アンダーステアを出さない程度にZ33を加速させていた。
インベタのラインを描きながらドリフトしていくZ33は、一定の速度を維持しながらコーナーを駆け抜けていく。
そして繁華街の終わりが見えたところで、同時に最終ストレートが目に入った。
「(…ここだ!)」
コーナーの出口が迫る中で時雨はアクセルをリリースし、ハンドルを左からニュートラルへと戻していく。
タイヤの空転が収まるように滑走するZ33は、徐々にグリップを回復していく。
そしてコーナー出口…繁華街の出口の寸前、吊り橋の寸前でZ33はグリップを完全に回復した。
それを認識したところで時雨はアクセルを踏み込み、目の前の最終ストレートへ一目散に加速させていく。
速度は130キロ台から180キロ以上まで加速する。
「(最初のドライバーの車が車だったから何とかなったけど、やっぱり早くコースに慣れないと)」
最初のドライバーは車を含めても自分よりもはるかに格下だから何とか振り切ったが、もしこれが自分と同等のマシンに乗っていたらどうなっていたことか?
時雨は少しだけ不安になった。
もしここでオクティのドライバーたちとさらに戦う事になったら…
それこそスミスのようなドライバーと戦うまでに、早くコースに順応しなくてはならない。
そう思いつつも、時雨はZ33のアクセルを踏み込んで吊り橋上のゴールを駆け抜けるのだった。
「は、速すぎる……」
一方、こちらは時雨が置き去りにしたオクティのドライバー。
S800はZ33が最終ストレートを駆け抜けたところで、未だに第2コーナーのトンネル出口で右レーンの中央をドリフトし続けていた。
完全に自分の世界に入っていた時雨には置き去りにされてしまい、もう嫌でも負けを認めるしかなかった。
―――勝者、時雨。
タイム差はS800がゴール下の時点で6秒以上という完封ぶりだった。
◇ ◇ ◇
―――バトル後、駐車スペース。
戻ってきた2人をスミスが迎えた。
「Great Power!やるねぇ!ケミックパーツの性能評価をしているCEOのジェレマイアを倒したって噂、本当なんだな!…よし!んじゃあそのPowerでケミックの連中にビッグゲームを仕掛けようじゃないか!ニューヨークから奴らを追い出そうぜ!」
スミスは時雨と奈美子を褒めたたえるようにそう言ったが、同時に違和感もあった。
ケミックを追い出すとはどういうことか?
もう争う必要なんてものはないのに?
「ちょ、ちょっと待って。その必要はもう無いでしょ?リチャードさんは一緒にやろうって提案を…もうケミックと争うことなんて無いんじゃ…」
そう言った奈美子に対し、スミスは怪訝な顔をしてこう言った。
「あんなボンボンの戯言に付き合うとか、ヒュウガみたいな冗談はよしてくれよ。ケミックの奴等がいなくなりゃ、市場は俺たちオクティが独占だ。だがどうやらアンタ達とは、わかりあえないみたいだな……」
「まっ、俺たちの邪魔はしないでくれよっ!ここにいれば嫌でも話題になるはずさ…じゃあな、そのPowerを大事にしろよ?」
そう言ってスミスはその場を立ち去っていく。
「サマンサ…どうしよう。争いなんてもう、リチャードさんも、ケミックのみんなも、ジェレマイアCEOだって望んでないのに…」
「約束を反故にされたも同然だよ…こんなのじゃあ」
奈美子も時雨も互いに動揺していた。
一方的にビッグゲームをされてしまうのであれば…もうどうしようもない。
だが、サマンサは冷静に言葉を返した。
「…ナミコ、時雨。これは企業同士の戦いよ。特にグレートオクティカスタムズにとっては、ニューヨークで成り上がるための、最善にして最速の手段なの」
「成り上がる?それって、どういうことだい?」
時雨がそう言うと、サマンサは事情を話し始めた。
「ニューヨークを拠点とするグレートオクティカスタムズは、ここ3年で急激に成長した組織よ。会社ではなく共同体に近いわ」
「共同体?」
「それって、一体?」
サマンサの言葉に対し、奈美子と時雨は互いに疑問に思った。
企業ではなく共同体とは一体どういうことなのか?
サマンサが言葉を続ける。
「みんなそれぞれ自分の仕事を持ちつつ、仕事の合間を縫って各種自動車のパーツの開発、製作、そして販売をしてるってこと。決して裕福とはいえない経済事情の人々よ」
「…あまり豊かじゃない人たちってことだね」
「ええ。自身のパーツの凄さを見せつけるためには、バトルで勝たなきゃいけない。敗北すればパーツも売れなくなる。売れなくなれば貧困からも抜け出せない」
オクティのドライバーたちは皆貧困から這い上がってくるために必死に走るドライバーたちである。
そしてそうである以上、敗北は許されないのだ。
時雨のように、確約されている将来に向けてのレベルアップのために敗北が許されないのとは一味も二味も違った。
「バトルはオクティにとって生命線。恵まれない状況でパーツを製作できたのは、生きるか死ぬかに関わるからよ…きっと彼らは止まらないわ」
「みんな、必死で走っている…ってことだね」
「まあ、そんなところね」
相手の事情は分かった。
だがこれ以上ニューヨークを混沌に巻き込まないためには、戦うしかない。
そう奈美子と時雨は認識した。
「2社の争いを終わらせることは、私のお父さんの願いでもあるわ。悲劇で終わらせるわけにはいかないもの。バトルを仕掛けてくるオクティを止めよう!」
「そうだね…これもまた、僕にとってはいい経験かもしれない。どんな相手でも受けて立つよ」
争いを止めることと、自分自身のスキルアップ。
互いの思考には多少の違いはあれど、バトルに挑んでいくという方向性だけは一致していた。
「でも気を付けて。バランスの崩れた天秤は元には戻せない。ケミックとバトルをするのとはワケが違う。故障は多いけど、勝率はケミックより高い…一度のバトルに全てを賭ける相手よ」
「それでもやらなきゃ…オクティのドライバーから、お父さんが何をしたのかを聞くためにも、ここで投げ出すわけにはいかない」
「…そうだね。僕も、ただ傍観していることはできないよ」
「2社の争いを終わらせることは、私のお父さんの願いでもあるわ。悲劇で終わらせるわけにはいかないもの。バトルを仕掛けてくるオクティを止めよう!」
決意を新たにした2人に対し、サマンサはどこか激励するかのようにこう言った。
「The person out at sea must either sail or sink.(海に出た者は進むか沈むかしかない)…すぐにオクティのドライバーたちがやってくるはず。先ほどのバトルもあったからね…」
「ああ…サマンサ!何から何まで本当にありがとう!今はお礼もできないから、ハグで我慢してね!はいっ、ギューッ!!」
そう言って感極まっていた奈美子はサマンサに思いっきりハグをした。
流石に雪風が時雨にしたようにキスまではしていないが。
「私はハグなんか…ちょっ…もう!」
そう言ってすぐにサマンサは奈美子を離した。
「傾きすぎた天秤だけど元に戻しましょう…ああ、時雨、あなたはハグしなくていいわ。OK?」
「お、OK…」
サマンサの言葉に対して静かに時雨はそう答えるのだった。
好戦的なオクティのドライバーからケミック&モレックのテリトリーを守る時雨の噂は、瞬く間にニューヨークで広まった。
先のバトル結果を受けて、オクティのドライバーたちが時雨にターゲットを向けたようだ。
見回りをしていたサマンサが、スマホで時雨たちにメッセージを送った。
『…スミスが援軍を呼んだわ。さっきの駐車スペースに来れば、すぐにバトルになると思う』
「時雨、スミスが仲間たちを引き連れてここに来るそうよ」
「わかった。僕ももう準備は出来ているよ」
サマンサからのメッセージを確認した時雨と奈美子。
メッセージが送られるまで、時雨と奈美子は先程の駐車スペースにおいてマシンのセッティングを調整していた。
最初のバトルで感じたことを元に、マシンのセッティングを細かに調整していたのだ。
今まではオールマイティなセッティングだったが、ここに来て少しだけ最高速寄りにした方がいい、粘りを重視したセッティングにした方がいいと時雨は考えていた。
タイヤやガソリンなどは既に問題ないので、あとできることはマシンの細かなセッティングの調整だけだった。
すると、セッティングを終えた2人の前に…先ほどいたスミスとその仲間たちがやってきた。
車から降りたスミスが、時雨と奈美子に対峙する。
「あー、2人ともやっぱりいたか。まいったな…邪魔をするなと言っただろう?ヒュウガのことなら、全部話す。だから手を出さないでおくれよっ!」
スミスはどこか自分たちの事情に手を出さないように言った。
だが、軽く時雨と顔を合わせた奈美子がスミスの方を見てこう言った。
「スミスさん…ごめんなさい。リチャードさんの願いは、お父さんの、相楽ヒュウガの願いなの。だから、私は…」
だがその時だった。奈美子の言葉に、スミスと共に来たオクティのドライバーたちに動揺が走る…何か変なことを言ったのだろうか?
そう思っていた時、オクティのドライバーがこう口にする。
「残念だぜ…ヒュウガがケミックと関係を持ってたって噂は本当だったってことか」
「お前達がケミックの連中とのバトル後、奴等の車を奪わずに相手ドライバーに返してたのは…ケミックと内通していたからか!」
オクティのドライバーたちが怒りを露わにするかのようにそう口々に言いだした。
「ケミックの連中は歩み寄る振りをして、オクティの技術力ほしさに、俺らを吸収するにちがいない…!騙されねぇぞ!俺とバトルしやがれ!」
オクティのドライバーの1人が時雨と奈美子に迫るかのようにそう言った。
どうやらバトルしてほしいようだ。
「ナミコ、こうなっちまった以上は仕方ない…どっちかがダメになるまで走るしかない!Power比べ…『ビッグゲーム』だ!」
だがスミスがやむなしと言わんばかりにそういった時だった。
「……ふふふっ、ははははは!」
オクティの宣戦布告に対し、時雨はどこか不気味な笑みを露わにして笑った。
今まで押し黙っていた時雨だが、いきなり笑いだすのだから皆不気味に思うのは当然だった。
「し、時雨?」
「な、何だよ…お前、気味悪いな」
勝負を挑んだオクティのドライバーも時雨の豹変ぶりには驚くしかなかった。
今まで押し黙っていた彼女だが、ここに来て様子が変わりすぎている。一体どういうことなのか?
すると時雨がこう口を動かした。
「ああすいません。これほどまで僕とバトルしてくれるドライバーがいてくれたことが、嬉しくてね」
「は、はあ?」
「初めに言っておきますが、僕は誰の味方でもありません。ただ…ここにいる皆さんを倒したら、スミスさんはバトルしてくれますか?」
「ん?あ、ああ…わかった。約束する。まあ、勝てたらだけどな」
時雨の様子を不気味に思ったスミスだが、バトルには応じてくれるようだ。
「わかりました。それでは早速準備を」
「お、おう…」
そう互いに言ったところで時雨と奈美子、そして先ほど立候補したオクティのドライバーがそれぞれの車に乗り込んでいく。
「ねえ時雨、さっきのって…」
時雨たちのマシン…Z33に2人が乗り込んだところで、奈美子がそう言った。
すると時雨は包み隠さずこう口にした。
「僕の本心だよ。向こうからわざわざ挑んできてくれたんだ。僕としては1戦でも多くバトルできることがありがたいんだよ」
「え…」
「さあ、ここから本気のバトルだよ。油断せずに行こうか」
「え、ええ…」
時雨がそう言ったところで、奈美子が押し黙った。
時雨はZ33を発進させ、スタートラインへと移動するのだった。
―――同じ頃。
「なあ、アイツ…俺達が怒っても全くもって気にしていないようじゃなかったか?」
「あ、ああ…それになんか、不気味じゃないか?」
「不気味?」
「だってよ、さっきのアイツはまるで…どこかバトルに飢えているように見えたんだ。普通俺たちがあんだけ強い態度で言ったら…少しは委縮するもんじゃないか?」
「…そうだな」
ケミックのドライバーたちにとっては時雨の態度が不思議なものだった。
普通自分たちのような屈強な男たちに囲まれたも同然なら、多少は動揺するはずなのに全くもってそれが感じられない。
それどころかバトルすることを歓迎しているかのようだった。
「もしかしてアイツ…俺達を、バトルを仕掛けるようにおびき寄せたのか…!?」
「ま、まさか…そんなわけあるわけねえだろ」
オクティのドライバーたちは時雨の不気味さに対してそう口々にしていた。
普通だったら少しは委縮するはずなのに、なぜあんなにも自信があるようだったのか?
もしや奈美子の願いと時雨の願いはそれぞれ別なのではないか?
だがその真実はオクティのドライバーたちには分からなかった。
とはいえ時雨が思っていることは実際のところ一つだけ。
「(僕がレーサーとして成長できる糧になるというなら、誰だって構わない…どんどん弾を打ち込んで来い!)」
車をスタートラインへ移動させる中で、静かに時雨はそう思うのだった。
時雨にとってはあまりにも高い壁である「彼女」を超えるべく、時雨はバトルへと勤しんでいく。
◇ ◇ ◇
―――数戦後。
時雨はオクティのドライバーたちに確実に勝利を重ねていた。
だが同時に、奈美子と時雨は互いに相手のマシンの事を気にしていた。
「勝つには勝ったけど……対戦相手の車が…」
「最初のコーナーでエンジンブローなんて、やっぱり話にならないね」
時雨にとってはあまりにも期待はずれが多かった。
自信があるように言っていた男たちだったが、結局のところ大逃げすればそれに食いつこうと無理をしてエンジンが悲鳴を上げるのが大半。
一体何をしたらそんなことになるのか、時雨にとっては疑問しかなかったのと同時に、愛情もくそもないと思うのだった。
「ううん…ちょっと、見に行ってみる?きっとスタート地点に戻ってると思うわ」
「行ってみようか」
ゴール近くの路肩に止めていたZ33を発進させ、先ほどまでいたスタート地点付近にある駐車スペースに戻っていく。
相手の車は既にリタイアし、先ほどまでの駐車スペースに移動はしているものの…白煙を上げながら停止していた。
オクティのドライバーは車から降りると、頭をかきつつスミスに話しかけた。
「チッ…イカレやがった。スミス!どうすりゃいい!?修理の仕方なんざ俺にゃわかんねぇよ!」
「ターボがぶっ壊れてんねぇ…エンジンオイルの交換も必要だなっ!最寄りの自動車工場まで走れるかい?なあに、Powerで何とかなるさっ!また部品を調達しなきゃいけねぇな…」
白煙が上がった車のエンジンルームを見て、スミスはそう言った。
やはり知識はある程度あるようだ。
「おーい!解体業者に連絡入れて、目ぼしい廃車を押さえるよう言ってくれ!モチロン、Power価格で頼む!」
「うっす!」
そうスミスは別のオクティのドライバーにこう呼びかけた。
その様子は遠目で見ている奈美子と時雨にとってはあまりにも不思議な様子だった。
車を抑えるとは一体どういうことか?
「自分の愛車が壊れたのに…あの人たち平気なの?壊れてたらバラすって…?」
「オクティは元々、廃車同然の車を改造してる。今までバトルをした車は全部どこかから拾ってきた、誰のものでもない…捨てられた車なのよ」
奈美子と時雨のところに来ていたサマンサがそう言った。
彼らの車はどうやら廃品同然らしい。
「捨てられた、車…」
「壊れた車をバトルするためだけに作り直す…自社のパーツを売り込むために、グレートオクティカスタムズはバトルで勝ち続けて、貧困から這い上がってきた」
「本業じゃないからケミックのような、精度の高いパーツは作れない…粗製で短命だけど、バトルに勝つことに特化したパーツってことだね」
時雨が納得するかのようにそう言った。
彼らのパーツは壊れやすいが一瞬の力に特化したパーツであるようだ。
「それに…ビッグゲームで車の奪い合いが起こったのは、オクティに不利ってワケでもなかったの。バトル途中で壊れることも多かったけど…今はそれほど壊れてないみたい」
「耐久性が上がってきているんだね」
「ええ。でも、それもドライバー次第ね。スミスのように過度なパワー主義の人間も少なくはないわ」
オクティのパーツは時間経過とともに信頼性が上がってきているが、それでもドライバーの根幹は変えられない。
どn使いこなせるかはドライバー次第であるということをサマンサは伝えるかのようにそう言った。
「パワー主義、か…でもスプリントが多い以上、ケミックよりも手ごわい相手になりそうね…時雨、気を引き締めていきましょ!」
「…わかった。油断しないで行くよ!」
奈美子の言葉に対し、時雨は気を引き締めるようにそう言って再び次のバトルへと挑んでいく。
―――さらに数戦後。
例の駐車スペースに戻ってきたZ33に、サマンサがやってきた。
「お疲れ様、コーヒー買ってきたわ。目が冴えちゃうと思うけど、眠たくなって負けるよりはマシでしょう?一旦休憩しましょう」
そう言ったところで、時雨と奈美子は車のエンジンを切って車から降りた。
降りた2人にサマンサが缶コーヒーを手渡す。
すると休憩で飲んでいると、奈美子がこう口を動かした。
「…ホント、ニューヨークに来たときはどうなることかと思ったけど…サマンサがいてくれて本当に助かってる…いつもありがとう、サマンサ」
「僕も本当に助かっているよ。本当にありがとう」
奈美子と時雨が互いにサマンサに礼を告げる。
だがサマンサもむしろ助かっているというふうにこう口を動かした。
「私も助かってる。あなたたちが来てニューヨークが少し静かになったから。オクティの問題さえ片付けばもっと…あ、スミスが来たわ」
サマンサが口を動かしていると、3人の前にスミスがやってきた。
「やっぱりいたか、ナミコ、時雨、それと…情報屋のサマンサ。俺の作った試作Powerパーツ搭載の車でバトルしてくれないかい?てか、設計思想が間違ってたんだよなぁ!Powerが足りてねぇんだわ。バトルでの勝利を目指すなら、エンジン周りからやらないとなっ!」
スミスの考えはやはり言うまでもないパワー偏重だった。
力のゴリ押しであれば何でもなると思っているようだ。
だがその様子に、奈美子は苦い顔をしてこう言った。
「ス、スミスさん…ドラッグレースでもないですし、パワーは全てってワケじゃ…」
「Powerが全てじゃない…?HAHAHA!ナイスジョーク!強いPowerなくして車は動かない!ドリフトも強くなるに決まってるさ!」
奈美子の言葉を無視するようにそうスミスが言い返す。
すると、スミスが連れてきていたオクティのドライバーがこう言った。
「Powerをそんな甘く見てるとはな…こんな素人がケミックに勝ったなんて信じられねぇ!このバトル、俺の勝ちだな!」
「(絵に描いたようなパワー至上主義ね。ナミコも時雨も、こんなことで動揺するとも思えないけど)」
オクティのドライバーの言葉に対し、サマンサも呆れるようにそう思った。
だが、そう思って奈美子の様子を見ると…明らかに動揺していた。
「…ね、ねえ、車ってパワーが全てじゃないよね?ブレーキも、タイヤも、サスペンションだって重要だよね?」
「(絵に描いたように動揺してる…)」
サマンサにとっては奈美子の動揺ぶりは呆れるしかなかった。
そしてその様子は時雨も見ていた。
「ナミコ、落ちついて。『重要だと証明するために走って勝つ』 というのはどうかしら。あなたたちなら簡単でしょう?」
「え?ええっと…そ、そうね…」
サマンサが声を掛けるも、やっぱり奈美子は動揺している。
「(…仕方ないなあ。ちょっと動いてみよう)」
すると奈美子の様子を見かねた時雨は、頓智を利かせるかのようにこう口にした。
「スミスさん、ちょっといいですか?」
「お、何だ?」
「こういうのはどうだろう?皆さんと僕の車とバトルして、どっちが正しいのかをそれで決める」
「ほう?それは別にいいが…お前さんはどう考えているんだ?」
スミスとしてはどちらが正しいのかをバトルで決めるということに関しては問題ない。
だがその上で、時雨が何を思っているのかに関しては明確にしておきたかった。
すると時雨はこう口にした。
「トータルバランス、ですよ。お金が全てみたいな考え方になるかもしれませんけど、速くなるには車の全てを底上げする必要があるんです」
「時雨…」
時雨は車のバランスが一番であるとそう言ったが、スミスにとってはそれが「金持ちの考え方」と同じで気に入らないようだった。
「ほほう、口は達者みたいだな?いいぜ…そこまで言うなら、バトルで証明してみせろ!」
「…わかりました。ではご用意を」
そう言ったところで時雨と奈美子、オクティのドライバーが互いのマシンに乗り込んでスタート地点へ移動する。
◇ ◇ ◇
―――vs力みすぎのエンジニア
推奨BGM:SATISFACTION(from EUROBEAT FLASH vol.11)
相手の車はジョンクーパーワークス(RS6)。
コースはビッグストリート復路。
こちらは吊り橋の中間をスタートとし、吊り橋を渡り切ったところにある左直角ロングコーナーから繁華街。
繁華街区間を駆け抜け、第2コーナーの右直角ロングコーナー。
ロングコーナー中間のトンネルを駆け抜け、繁華街に入ったところでコーナー出口。
そして最終コーナーである左直角ロングコーナーを駆け抜け、最終ストレートを駆け抜けたところがゴールである。
どちらにせよストレート区間がコースの両方にある。
左レーン、クーパー。右レーン、Z33。
2台が横並びでスタートを待っている。
「(少しはこのコースが分かってきたし、相手の人たちの素性も何となくわかってきた…)」
スミスの口癖、「Power」。
言ってしまえば車に圧倒的なパワーだけを求める人間。
そしてそんなスミスの周りにいる人間も似たもの同士だった。
ストレートではそれなりに速いが、逆にコーナーは遅いというレベルじゃなかった。
コーナーもケミックのドライバーたちと戦ったコース…マネーストリートよりも遥かに単純であり、もし仮に自分がコーナーでへまをしなければまず間違えなく勝てるだろう。
そう時雨は思うようになっていた。
「(でも…くれぐれも油断はしないでいこう)」
どんな相手でも見くびらない。
仮に相手がコーナーで遅くても、その油断が命取りになることだってある。
振り切るレベルの差をつけるまでは、時雨は油断せずに行くことを決めるのだった。
そう意識する中で、カーナビのカウントが始まろうとしていた。
3
2
1
GO!
「っ…!」
「……」
ギアを1速に入れるオクティのドライバー。
ミッションをDレンジに入れる時雨。
2台がそれぞれのマフラーから青色のアフターファイアを噴き出しながらスタートダッシュで加速していく。
吊り橋上の2台だが、先行したのは言うまでもなくZ33だった。
スタートで早々に先手を取った時雨は、すぐにウインカーを出してハンドルを左に曲げる。
右レーンから左レーンに移り、2台はテールトゥノーズの状態で走り抜けていく。
「(後ろについてくるようにして…この先でどうなるか)」
この時、時雨は本気を出していなかった。
伊達にノーマルで200馬力程度のクーパーと、600馬力を誇るZ33ではいくらチューンを施しても振り切られてしまうのがオチだろう。
だがそれでもアクセルを抜いていたのは、時雨が長期戦を予見していたからだ。
いくらスプリントのバトルとはいえ、塵も積もればなんとやら。
マシンマネージメントが秀逸な時雨だからこそ、長い時間バトルすることを見越して車を制御する。
アクセルをある程度抜いていたことで、後方のクーパーと一定距離を維持するようにマシンをコントロールしていた。
2台は吊り橋を渡り終え、第1コーナーの左直角ロングコーナーへと迫っていく。
「(パワー主義の車である以上、ついてこれるかどうかはわからないけど…)」
相手のマシンがパワー主義であるということをわかっていても、時雨は決して油断はしていない。
ミスをしたら追いつかれるリスクだって十分にあり得るのだ。
速度が160キロ台の中、目の前には第1コーナーが迫っていく。
そんな中で時雨はアクセルをリリースし、ブレーキオンからハンドルを僅かに右に曲げる。
速度を140キロ近くに落としたところで、時雨はブレーキリリースからハンドルを左に曲げ、アクセルオン。
タイヤが空転し始めたところで時雨はハンドルを再び右に切り返し、カウンターを当てるようにしてドリフトしていく。
Z33のラインは外側から一気にコーナー内側へと変わり、左端の壁スレスレのインベタのラインを描いてドリフトしていた。
「(さあ…どうなる?)」
一定のアングルを維持するようにZ33をドリフトさせていく時雨。
だがそんなドリフトをしている最中でも気になったのは後方の存在。
相手の車は同じように飛び込めるのか?
そう思ってバックミラーに目を向けた時だった。
「(くっ……!)」
コーナーに飛び込んだところでサイドブレーキを引き、FFマシンであるクーパーをドリフトさせるオクティのドライバー。
だがパワー重視のマシンは時雨と同じタイミングでブレーキングをしても速度が落ちない。
明らかなオーバースピードだった。
サイドブレーキを引いて強引にドリフトさせるのは良かったが、明らかにタイムロス。
おまけにそれによってドリフトアングルは時雨以上の派手なものとなり、足回りが脆弱なクーパーは明らかにタイヤが食いつかず外へと膨らんでいく。
「(同じ速度で、曲がれねぇ…!!)」
サイドブレーキを引いて強引にドリフトさせたのは良かったが、明らかに自分のコーナーリングスピードがあのZ33より下である。
足回りが弱すぎるあまり、クーパーはコース中央のラバーポールをなぎ倒しながらコース中央をドリフトしていく。
そしてそんな中でも明らかにドリフト時の速度が下だったクーパーはみるみるうちにZ33から引き離されていくのだった。
「(ああ、やっぱりあの人もか……)」
第1コーナーから第2コーナーに飛び込み、車を左向きから右向きへと変える中で時雨はそう思った。
もはや呆れるしかなかった。スミスの知り合いと言うことはわかっていたが、案の定と言えば案の定のパワー極振りのセッティング。
ストレートスピードでは明らかに格上のZ33には食らいついてきていたが、コーナーに入ったとたんにアンダーを出して完全に振り切ってしまった。
車間距離はあっという間に車数台分まで開いていく。
おまけに時雨は走行レーンを変えることなく、左レーンでラバーポールギリギリのラインを描いてZ33をドリフトさせていた。
長いコーナーではあるが、Z33はラバーポールスレスレのインベタのラインを描いてドリフトさせていく。
相手がパワー重視であることをわかっているうえでも、時雨はこう思った。
「(今までずっと僕はコーナーで勝負することが多かったから、まだ何とかなってるんだよね。そこは忘れないようにしないと)」
そう、時雨は互角の相手に対してはフェイントモーションを生かしたドリフトで基本的に相手より早くドリフト出来ていた。
そして今回のオクティのドライバーたちとの戦いもそれを行っている。
ストレート区間では一応相手が食らいつくこともあるが、それでもその粘り強さもコーナーに飛び込んだ時点で一気になくなった。
コーナーをドリフトで駆け抜ければもう基本的に追いつけない。
それほどまでに、相手のドライバーたちはパワー重視だった。
そんなマシンたちである以上、コーナーワークが秀逸な時雨にとってはもはや敵と言うべきものではない、完全なワンサイドばかりだった。
「(少しは骨のある人と戦いたいけど、まだ練習だからね)」
最終第3コーナーの左直角ロングコーナーを駆け抜けるZ33。
そんな中で時雨にとっては、少しでも早い人間と戦いと思うようになっていた。
だが同時に今戦っている相手を中心に、より明確なラインを描くようにしたいとも考えていた。
今後このコースでもより速いドライバーたちが現れるだろう。
それは時雨もわかっていた以上、時雨はよりコースへ順応する必要があることを自覚するのだった。
「(…さて、これで終わりにしよう)」
第3コーナーの出口が迫る中で時雨はアクセルをリリースし、ハンドルをニュートラルに戻していく。
タイヤの空転が収まる中、インベタのラインからコース中央のラバーポールへとZ33が膨らんでいく。
そしてタイヤの空転が収まり、目の前の最終ストレートをZ33が向いた瞬間に時雨はハンドルをしっかり握ったうえでアクセルを踏み込むのだった。
最終ストレートを180キロ以上の速さまで加速して駆け抜けていくZ33。
最終ストレート区間でアクセルを全開にすれば、先のコーナーで差をつけていたらまず追いつかれない。
そんなことは時雨もよくわかっていた。
本来ならもっと労わるべきかもしれないが、ニトロを使ってくる可能性もある以上最後の最後だけは本気を出してアクセルを全開で踏み続ける。
そしてそのままZ33が200キロ以上の速度を出したところで、そのマシンはゴールラインを駆け抜けたのだった。
―――勝者、時雨。
タイム差は8秒以上の圧勝だった。
◇ ◇ ◇
―――バトル後、ストレート区間を走り抜けたZ33は徐々に減速して路肩に止まっていた。
「よし、勝ったわ!Powerだけが雌雄を決する要因じゃないって、身をもって証明できたわね!」
「うん、そうみたいだね」
「それにしてもPower…なんか発音が移っちゃったわ…直線の速さ、Powerもあなどれないわね…!」
時雨が返事した後、奈美子が気になったように言った。
だが、時雨はこう言葉を続ける。
「でも、まだ僕の敵ではなさそうだね。コーナー区間ではあまりにも遅いよ…」
「まあ、そうね…実際コーナー1つであっさり振り切っていたし…」
時雨にとってはストレート区間ではそれなりに速いが、コーナーではあまりにも遅いことに呆れるしかなかった。
それに関しては奈美子も同じことを思っていたようだ。
今まで自分は基本的にコーナーで敵をぶっちぎってきた以上、コーナー区間で遅すぎるのは完全に自分に対して有利であるということをよく理解していた。
そしてパワー偏重すぎるが故に、マシンが全くもって速く走ることのできないシロモノと化しているという事にも時雨は気が付いていたのだった。
「それにしても、一体どんな極端なパーツを組んだんだろう…?車体のバランスが取れてなかった。オクティの車がよく壊れる原因って、バランスを考えてないからだろうね」
「多分、ね。でも時雨…箱根とか首都高で走り込んだ時から、速い車はたくさんいたけど…それに比べたら、まだ物足りないって感じ?」
「うん。僕が知っている限りでも、もっと速い人は…いるから」
「…そうよね!時雨は皇帝にもなったんだし、それに箱根だけでも色んな人と走ってきたんだから…!」
「今後レーサーになることが決まっている以上、こんなところで立ち止まれないね。でも、ここでの経験は大切にしよう」
「ええ…頑張って、時雨!」
普段こそ黙っているが、こう見えて時雨は箱根において「皇帝」の座に就いた。
箱根でも首都高でも幾多の敵と戦い、勝利してきたという経験が間違えなく時雨にとってはかすかながらも自信となっていた。
そしてその経験と自信がある以上、自分はこんなところで立ち止まれないということも強く自覚するのであった。
―――同じ頃。
「スミス、すまねぇ。直線は悪くないんだが、ドリフトとなるとなかなか…ヒュウガのようには乗りこなせねえ…」
止まってしまったマシンのドライバーは、その場にやってきたスミスに対してこう言った。
ストレートでは圧倒的なパワーがあるが、ドリフトではとてもあの車には太刀打ちできない…そう断言した。
するとスミスは「心配するな」と言うかのようにこう口にした。
「俺には原因が分かった。More Power!!!もっともっとPowerを注ぎ込むしかない!!」
「More Power……!?そうかスミス!足りなかったのはやっぱりPowerか!」
そう談義する2人に対し、サマンサは隠れながら様子を見ていた。
「(自分の信じることを曲げないからこそ、奇妙にして個性的なものが生まれてくる。芸術家もエンジニアも同じってことね。あのジャンク品から、こんなすごいパーツを生み出せるのは凄いけど…Genius is but one remove from madness. (天才と狂人の差は紙一重)ね)」
サマンサはスミスの技術は認めながらも、方向性が間違っていると考えていた。
もしあのチューニング技術をもっと別の方向性で生かすことが出来れば…そう思うとやはり限界があるという事だろう。
◇ ◇ ◇
―――そこから数戦後。
サマンサは時雨と奈美子に合流し、彼らの状況について伝えた。
あまりにもパワー偏重のチューニングをしているということも。
「…と言う事があったの。ケミックが弱ってるから、ここぞとばかりにオクティはテリトリーを広げるわ。バランスを保たなきゃいけないから、彼らも必死でしょうね」
「そうだったんだ…」
するとサマンサに対し、奈美子がふと疑問を口にした。
「それにしてもどうしてお父さんはケミック側じゃなく、オクティ側としてバトルをしたんだろう?やっぱり貧しい人を助けてあげたかったからかな?」
奈美子にとっては疑問しかなかった。
なぜ自分の父親はオクティに付いたのか?
どうしてオクティの味方になったのか?
そう思っていると、サマンサがこう言った。
「水を差すようで悪いけど、こうであってほしい自分の父親像を勝手に想像するのはやめたほうがいいわ…事実を知って落ち込むこともあるから」
サマンサは奈美子に対してどこか深追いしない方がいいと諭すようにそう言った。
「う、うん……そうだね…言いたいことはいっぱいあるけど、直接お父さんに会ってから確かめることにするわ」
だが同時に、不思議に思ったサマンサは疑問を口にする。
「ナミコ、お父さんのこと、本当に何も知らないの?」
「え?ま、まぁ…お父さん、どういうつもりでオクティに…あっ、次の相手が来てる!?」
Z33の前に1台の車が停車した。次のバトル相手のようだ。
「2人とも、おしゃべりは終わりみたいだ。さあ、行こうか!」
「あ…」
時雨がそう言うと、2人はすぐに車に乗り込んで再びバトルへと挑んでいく。
サマンサは1人残されるのだった。
―――さらに数戦後。
「クソッ…スミス!ヒュウガの娘たちにまたやられた!…どうした?真面目な顔なんかして、何か悪いものでも食べたのか?」
「俺だって真面目な顔ぐらいするっての!…ケミックに協力したのが本当だとして、ヒュウガの目的が何だったのか、ちょっと考えてたってトコだ」
時雨のマシンに敗れたケミックのドライバーが、スミスの元へと戻っていた。
だが当のスミスは真剣な顔だった。
自分たちに何故ヒュウガは協力したのか…その真意は自分でも知らないのだ。
そこに関しては当のスミス達でも疑問に思うようになっていた。
「でも結局、ヒュウガは何が目的だったんだ?」
「…俺なりに考えたが、結局のところシンプルなこったよっ!オクティの走らせるための特殊な技術とケミックの精巧で耐久性のある技術。両方あればいいなと思ったんだろ?」
「『そうだオクティとケミックを一緒にしよう』…ってヤツか。その考えを1人で行動に移すあたり、マジでイカレてるぜ」
「娘も気持ちだけでアメリカに来るし、親子揃ってクレイジーなPowerだな!…まぁ、そのクレイジーっぷりは嫌いじゃないケドね」
スミス達にとっては、ヒュウガはケミックとオクティの技術の両方が欲しかったと結論付けるのだった。
そしてそれをスミスは「クレイジー」と断言し、奈美子に関してもそう思うのだった。
一方こちらは奈美子、時雨とサマンサ。
「オクティのドライバーに聞いても、お父さんのことはスミスさんしか知らないの一点張りね。私がもっとよくお父さんを知ってたらなぁ…」
「さっき話が途中だったけど…ナミコ、お父さんのこと、本当に何も知らないの?業界内であんなに凄い人なのに?」
サマンサにとってはヒュウガはすごい人物であるというのを知っていたのだが、当の子供が何も知らないということに関しては驚くしかなかった。
「う、うん…お父さんがオクティにいたのは、フリーランスのテストドライバーでパーツ評価試験の依頼が来たから?」
「…これは私の推測になるけど、ヒュウガはオクティの作るパーツに興味があったから、そのテスト走行と技術的な指導をしに行ったものだと…私もケミックも、オクティも思ってた」
サマンサにとってはヒュウガはオクティに興味があるから向かったのだと思っていた。
だがサマンサは空を見上げてこう言葉を続ける。
「でも…今はもっと別にあったんだって、私は思ってる。そうじゃなかったらケミックに出向いて、CEOに会わせろなんて言わないもの」
「じゃあ、ヒュウガさんの目的は…?」
「……わからない。でも、パーツが目的じゃないとは…私は思う」
すると、天を仰いでいたサマンサは時雨と奈美子の方を向いてこう口にした。
「現実は甘くない。2つの勢力がお互いのバトルで恨みを買いすぎた…でも走るのよね、時雨は」
2つの勢力が恨みを買いすぎて、抗争が起きる中で時雨は走る。
それはサマンサにとってもやはりクレイジーと言うべきだった。
「それ以外にできることはないからだよ。私的でも何でも、ケミックとオクティが手を取り合えばニューヨークは静かになる。それに僕は修行になる。一石二鳥だと思うからね」
「…時雨の言う通りね!走り続ければニューヨークも静かになるし、お父さんの行方も探せるし、時雨も速くなれる!」
時雨は成長を求め、奈美子は父親の真実を知り、同時にニューヨークが静かになる。
それらを全て成しえるためには、時雨は走り続けるしかないと思うのだった。
そしてそんな様子を、サマンサはどこか認めるようにこう言った。
「ナミコも時雨も、2人ともバカね…でも、羨ましいわ。それにオクティのドライバーたちは、きっとあなたたちとバトルすることを望んでいるはず…Good Luck。」
「ありがとう。頑張るね」
サマンサの激励の言葉に対し、時雨はにこやかな笑顔でそう言うのだった。
―――時雨と奈美子がスミスに出会って2時間後。
スミスが連れてきていた仲間たちは、皆時雨に倒されていた。
ハザードランプを付けて停車するZ33。
ペットボトルの水を飲んで時雨は休憩していた。
「よし…今日のバトルはここまでね!オクティのバトルも落ち着いてきたし、もう少し頑張れば話し合いの場が…」
「いや、まだだよ。今日の大一番が残っている」
水を飲んだ時雨がそう言った。
最後の最後の大一番。それこそ、スミスに挑むことだった。
「スミスさんに挑むのね?」
「うん。ここまで倒せばきっとバトルを受けてくれるはずだ」
「今まで連戦だったけど、大丈夫そう?」
「…僕は大丈夫だよ。もうコースはわかったからね。タイヤもいい感じに削れてきているし、もう準備は出来ているよ」
「そっか…じゃあ、話しかけに行きましょ」
「うん」
そう言ったところで時雨は再び車を発進させ、先ほどの駐車スペースへと向かうのだった。
◇ ◇ ◇
「―――きたか」
エンジン音を聞いて、スミスは例のドライバーがやってきたことを感知した。
愛車であるチャージャーR/Tの前で待っていたスミス。
その車の横に駐車する形でZ33が停車し、車からドライバーとナビゲーターの2人が降りてきた。
3人が対峙する。
「俺に話しかけに来たってことは、仲間たちを結構倒したんだな。まずは褒めてやる…見事なGreat Powerだ!」
スミスとしてはここまでやってきた実力に関しては認めるしかない。
時雨の事を褒めるようにそう言うのだった。
「じゃあ、僕とバトルしてくれますか?」
「ああ、いいだろう。だがその前に…ケミックみたいなFrail company(虚弱会社)とは比べ物にならない、本物のPowerってヤツを見せてやる!これを見てくれ」
そう言ってスミスは愛車であるチャージャーR/Tのボンネットを開く。
「どうだ!」という声と共に、スミスはエンジンルームを見せつけた。
ケミック&モレックの技術主任だったラージのものと比べても、付けられたパーツが奇妙だと誰が見ても気づくだろう。
「…かなり手が込んでますね」
「あ、あの…これ、勝つために本気で取り付けているんですか?こんなパーツつけたら、車が壊れるんじゃ…」
「壊れない車なんかない…車はPowerを乗せて走るものさっ!その結果壊れてしまっても、フレームは解体工場にいくらでもある!」
時雨と奈美子がおのおの反応する中、スミスは愛車が壊れても直せばいいという風に豪語した。
「成程…壊しても直せばいい、ってことですね」
「お、わかってくれるか?時雨…」
「いえ、僕は…」
すると、時雨が口を動かそうとしたときだった。
「そんな…そんな考え方!車を消耗品としてしか見てないなんて….」
ビクリとする時雨に対し、そう口火を切ったのは奈美子だった。
奈美子にとっては車を消耗品としか見ていない考えを認めたくないかのようだった。
だが、わかっていたかのようにスミスはこう口にする。
「…消耗品だよ。車は、作ったパーツは、俺ら貧乏人が生活を支えるための収入の1つでしかないんだよ。みんな生活が大変なんだ!苦しんでるんだ!それがようやく終わろうとしている!車に対する愛?そんなもの―――」
だが、その時だった。
「そんなことない!お父さんは…相楽ヒュウガは、車を消耗品だと思ってる人たちの場所に何年もいようなんて思わない!」
奈美子はスミスの考えを否定するかのようにそう言った。
流石にヒートアップした様子に時雨はあわあわとするしかなかった。
だがそんな中でも奈美子は口火を切ったかのようにこう口にする。
「スミスさん、ケミックとの決着にオクティが焦っていることは分かる。でも、車への情熱が消えかかったあなたに時雨は倒せない!」
「…じゃあよ、話は変わるが、実際のところ時雨はどう思っているんだ?」
「え?」
「え?ええっと、僕?」
ヒートアップする中で、スミスはふと疑問に思ったかのように時雨に話題を振った。
ここまであわあわと黙っているだけの時雨だったが、実際のところどう考えているのか?
それはスミスにとっても純粋に疑問だった。
「お前さんはトータルバランスとかさっき言ってたが、実際はどうなんだよ?いつまでたってもボーっと突っ立ってないで、何か言ったらどうだ?」
「……」
スミスがそう言う中で、一呼吸置いたところで時雨が口を動かした。
「…素人意見ですいませんが、僕はそう言うのはどうでもいいんです」
「時雨…!?」
「ほう?どういうこった?」
車が消耗品かそうでないかどうか、と言うところに関してはどうでもいいと言った時雨。
一体どういうことか?
「速く走るのが全てなんですよ。速く走れるなら、純粋なPowerなんて関係ないし、消耗品であってもタイムが出ればそれでいい。でも同時に求められるものは…車に対する愛だ」
「…お前もナミコと同じことを言うのか!?」
速く走るのが全てではあるが、同時に車に対する愛情が必要であると言った時雨。
それは奈美子の考えと似たようなものだった。
「僕の車は…僕だけのものじゃ、ないんです。あの車には、僕の事を心から愛してくれた人の、魂と情熱が込められている。そしてそんな人間の期待に答えなければいけない以上…僕は負けられないし、車と真正面から、愛を持って向き合わないといけない…」
「時雨……」
自分が今乗っているZ33は、自分の事を心から愛してくれた人間からのプレゼントである。
そしてそんな「プレゼント」を操る以上、自分は必ず成果を出さなければならないし、同時に車と1から向き合わないといけないと時雨は考えていた。
そしてそんな中で、時雨はある思いが強くなっていく。
「あとはそうですね…巨大な力を扱う者はそれを扱うだけの力が必要になると僕は思う…スミスさん。あなたには、その車を操る技術というPowerがありますか?今のあなたの思想には、全くもってないとしか思えない…技術鍛錬という別の意味でのPower、がです」
時雨はさらに、巨大な力を操るにはそれを操るだけの技術が必要であると説いた。
また時雨は、それがスミスにあるかどうか甚だ疑問だった。
車を消耗品だと思っている以上、そういう観点はおざなりなのではないかと思っていたのである。
そして同時に車に圧倒的なパワーを与えても、操る技術が必ずあるとは思えなかった。
「技術というPower…だと?…まあ、お前さんが言いたいことはわかった。なら、俺が『ある』と言ったらどうする?」
そうスミスが言うと、時雨は睨むようにスミスを見てこう言った。
「僕と勝負しましょう。僕自身で…僕の走りで、技術と愛情の必要性を証明しますよ。悪いけど僕にとって…あなたは通過点でしかない!」
時雨はあまりにも露骨で挑発的な態度を取った。
だがそれがスミスの怒りを買ったようだ。
「黙っていればこの野郎、言ってくれやがるな…!!俺に車に愛なんて……ない!!だって、こ、こっちは…生活がかかってるんだ!!Power is everything!(力こそが全て!) ケミックに対抗するために生み出した、勝つために生まれ変わった車を…オクティの真のPowerを見せてやる!さあ、車に乗れ!!」
怒りを露にしたかのようにスミスは言った。
「…わかりました。始めましょう」
「…!?」
スミスは怒りに身を任せて口を動かしたが、時雨にはまるで効いていなかったどころか、軽くあしらわれた。
それどころか覇気を込めたかのような強い口調と鋭い眼光で睨まれたことにより、スミスは蛇に睨まれたかのように動揺するのだった。
「(な、何だ今の?まあいい…)」
それでもその動揺を隠しつつも車に乗り込むスミス。
それを追うかのように、時雨と奈美子も再び愛車に乗り込んでスタート地点へと移動するのだった。
―――vsパワー信者のスミス
推奨BGM:THE POWER OF MONEY(from SUPER EUROBEAT vol.122)
相手の車はグレーに赤のファイアーパターンのペイントを施し、エアロを改造したチャージャーR/T…初代チャージャーである。
V8エンジンを搭載するそのマシンはノーマルでも7000cc以上、400馬力オーバーと言うかなりの排気量を持つ典型的なアメリカンマッスルカーだ。
先程スミスが言った通りパワー面に関してはかなりチューニングされており、実際マフラーからは爆音をとどろかせてパワーを誇示しているかのようだった。
「(Powerこそが全てなんだ…俺は何も間違っちゃいねえ!)」
スタート地点へ移動する際、時雨はそう思っていた。
自分にとってこの車はあくまで使い捨ての道具でしかない。
そして使い捨てである以上、この車がどうなっても構わない。
スミスはやけくそながらそう思っていた。
「(少し挑発しすぎたかな…)」
一方の時雨としては相手を挑発しすぎたと思っていた。
自分に話を振られると、自分の想像以上に饒舌になっていることに自分でも困惑している。
だが何にせよこの車が自分を愛してくれた人間からのプレゼントであり、同時に自分が今後レーサーとして成長していくための土台であるということは何の変わりのない事実。
そして同時に、与えられたマシンである以上そう易々と敗北することは自分でも許せない。
何よりどんな相手でも卑怯な手を使わずに勝てばいいのだ。
相手が力ばかりを求めるというなら、自分はその逆で技術を見せつける。
それだけのことであるとも思っていた。
「(まあ、いいか。あなたの実力を見せてみろ…!どんな相手でも僕は油断しない!)」
相手が相手でも見くびらずに挑む。
それが時雨の信念だった。
ハンドルをしっかりと握り、スタート地点に2台が並列で停車する。
左レーン、チャージャーR/T。右レーン、Z33。
1960年代製マシンと2000年代製マシンの対決だが、チューニングをしている以上どんな結果になるかはわからない。
2台に搭載されたカーナビがカウントダウンを始める。
3
2
1
GO!
「―――」
「LET'S GO!!POWWWEEEEEEEEEEERRRRR!!!」
スタートと同時にスミスは早々にニトロスイッチを押した。
アフターファイアを噴き出しながら、おまけにニトロを使ったチャージャーはあっという間に170キロ以上まで加速していく。
一方の時雨もアクセルを踏み込み、スタート直後のストレートでZ33を加速させていく。
だがストレート区間での速度は速度は150キロ程度。
ストレート区間で距離が離されていくのは言うまでもない。
「(一気に逃げるというのか…まあわかっていたけど)」
先行された時雨だが、どこかため息をつくようにそう思った。
典型的なパワー主義である以上、スタートでご自慢のパワーを発揮して一気に加速していくチャージャー。
だがそれでも時雨はお構いなく自分のペースでマシンを加速させていく。
アクセルも決してべた踏みではない。
速度は一定を維持しながらも、時雨は冷静だった。
「(前をとっても全く動揺していない?)」
スタートで大逃げを図るチャージャーは、ストレート区間でウインカーを出して右レーンへと移る。
最初のコーナーが右直角ロングコーナーだからである。
インコースを取るのは当然と言えば当然の帰結。
車間距離として車3台分くらいは開いている以上、スリップにも入らせない。
「(あんな走りをしていたら、すぐ自滅するだろう)」
ストレート区間でガンガン飛ばすチャージャーを見て、アクセルを踏み込みつつも時雨はふとそう思った。
パワーパワー言う人間がコーナーの事を考えているのか?
この先のコーナーをゴリ押しで行けるのか?
いや、いけるわけがない。あり得ない。
そう時雨が思っていると、目の前のチャージャーがコーナーに飛び込んでいく姿が見えた。
「くっ…!」
逃げるようにマシンを加速させつつ、第1コーナーへと飛び込むチャージャー。
度胸一発の走りで限界までブレーキを我慢する。
200キロ近くまで加速していたチャージャーだが、減速せずに突破しないわけにはいかない。
コーナー直前で強引にブレーキを踏み込み、サイドブレーキを引くスミス。
ハンドルを思いっきり右に曲げたところで、チャージャーは一気に右を向く。
派手な角度でドリフトするチャージャーは、走行レーンを塞がんと言わんばかりの勢いだった。
それくらいなまでの派手なドリフトだが、スピードという面では明らかに失速傾向だった。
チャージャーはアンダーステアを出し、コース中央のラバーポールをリアがゴツゴツと接触、なぎ倒しながらドリフトしていく。
派手なアングルとアンダーステアにより、チャージャーは一気に120キロ以下まで減速してしまっている。
足回りも弱いチャージャーは、外側の走行ラインを描きながらもラインを修正することが出来ずにドリフトし続ける。
カウンターの角度も足らず、ラバーポールをなぎ倒しながらドリフトし続ける。
「……」
一方こちらは時雨。
コーナー直前、アクセルオフからブレーキを強めに踏み込んでブレーキランプをフラッシュさせる時雨。
速度は160キロ近くから一気に130キロ台まで減速。
その上で軽くハンドルを左に切り、アクセルオンと共に右へと切り返す。
後輪を滑らせ始めたZ33は、一定の速度を維持しながら走行レーンの右端へとZ33を接近させる。
インベタのラインを描きながらドリフトし続けるZ33。
僅かに後輪から白煙を上げながらも、角度をつけることもなくスピーディにドリフトし続ける。
速度は140キロ台まで加速しながら、Z33の右ノーズと右端の壁との隙間を数十センチまで接近させる。
アングルも抑えめに、速いコーナーリングスピードを維持しながらドリフトしていくZ33は、見る見るうちにチャージャーに接近していく。
「(俺が…追い詰められている!?)」
「(そんな派手に角度を付けたら失速するのは当然だよ)」
チャージャーとZ33の車間距離は車1台分近くまで接近する。
チャージャーは第1コーナーを立ち上がって加速するが、すぐ次のコーナーが迫る以上思った以上に加速できない。
変に加速するとまたアンダーを出して失速する可能性があるからだ。
我慢するしかなかった。
おまけに左に曲げてもマシンが思った以上に曲がらない。
再びサイドブレーキを引いて、強引にチャージャーをドリフトさせる。
「(た、タイヤが食いつかねぇ…!!)」
「(ここだ!)」
タイヤが食いつかず、アウトに膨れていくチャージャー。
だがそんな中で時雨はその隙を見逃していなかった。
アクセルオフからハンドルを左に切り込み続ける中で、時雨は左ウインカーを出す。
後輪の空転が収まる中、Z33は右レーンから左レーンへと移動する。
左コーナーにおいて右レーンをドリフトし続けるチャージャーをわかっていたかのように、時雨は左レーンから追い抜きにかかる。
左レーンに移動した直後にブレーキを軽くフラッシュさせた時雨だが、左レーンに移った時の勢いでZ33は後輪を滑らせる。
目の前の左直角コーナーに適正速度より少し速めに突っ込むZ33だが、それでも時雨はハンドルを僅かに右に切り返してカウンターステアを当てる。
トンネル区間に入ったところで速度は140キロ台で、マシンの角度も抑えめ。
そしてそのままアウトコースに膨れているチャージャーを、悠々と追い抜いていく。
そしてそのままトンネルを抜け出したところでZ33は、まるで自分の敵でないかのようにチャージャーを追い抜いた。
「っ…!?」
スミスにとっては思ってもいなかった。
初代チャージャーの車重はおおよそ1680キロ。Z33の車重はVersionSTの場合1600キロ。
80キロの車重の差はかなり大きいが、それを加味した上でも走りが軽やかなのだ。
タイヤが食いついていないのか、左レーンに移動することも出来なかったチャージャー。
だが、あのZ33は左レーンに移っている。
一体なぜ、どういうことなのか?
「(パワーは一流でも運転技術は三流以下、か…根は悪い人じゃないのがまだ幸いかな)」
左コーナーでZ33をドリフトさせ続ける中で時雨はふと思った。
マシンが泣いているように思ったのだ。それくらいあの車は遅い。
正確にはパワーに特化しすぎてコーナーで本領を発揮できていない。
足回りが脆弱でパワーにタイヤが追い付いていない。
だがZ33は一定の走行ラインをキープしながら、アンダーステアも出すことなくインベタのラインを描きながらドリフトし続ける。
ドリフトアングルも25度に満たない最小限。
右に切り返そうと思えばいくらでも切り返すことのできる角度を維持しながら、Z33はドリフトしていた。
速度も150キロ近くと、明らかにチャージャーよりも速い速度だった。
「(くそっ…離される!!)」
スミスにとっては、あまりにも滑らかにドリフトするZ33の存在が忌々しかった。
派手なアングルを付けてドリフトするのはいいものの、速度は110キロ台まで低下している。
おまけにドリフトの角度も60度以上と、明らかに過度なアングルを付けている。
そんな状態では速度が上がるはずもないだろう。
目の前のZ33はみるみる引き離されていく。
「(残るコーナーはあと1つ…これで引き離す!)」
第2コーナーの出口のわずか先に、最終コーナーである右直角ロングコーナーがある。
第2コーナーと第3コーナーの間はレーン変更は可能と言えば可能だ。
だがわずかなので、軽やかに移動しないとすぐに中央のラバーポールに接触してしまうだろう。
カウンターステアのため右に35度ほどハンドルを曲げ続ける時雨。
そんな中で第2コーナー出口が迫る。
「……!」
ハンドルを右に曲げ続けたままアクセルオフ。
さらにハンドルを右に切り込んで、左向きを向いていたZ33を右向きへと変えていく。
タイヤの空転が収まる中、Z33は右向きとなり、左レーンの右端へと迫っていく。
右端に迫る中で時雨は右にウインカーを出し、Z33の走行レーンを左レーンから右レーンへと変えていく。
コーナー脱出時点で速度が150キロ台まで乗る中で、コーナー直前においてブレーキを軽くかけて140キロ台まで下げる。
右向きに向いていく中で時雨は再びアクセルを踏み込み、Z33の後輪を空転させる。
タイヤが空転し始めたところでZ33はドリフトし始め、一気のコーナーの内側…右レーンの右端へと迫っていく。
そんな中で時雨はハンドルを今度は左に少しだけ切り返してドリフトアングルを付けすぎないように調整、Z33がインベタのラインを走るように調整する。
路肩に前輪を乗っける形でドリフトし続けるZ33は、右端の壁との隙間を数十センチまで迫らせる中でドリフトさせていく。
速度が140キロ台を維持する中で、インベタのラインをドリフトし続ける。
後方のヘッドライトは段々と小さくなっていく。
「(何だよそれ…追いつけねえ!?)」
後方で追いかけるスミス。
だが、電光石火とも言うべきその速度にスミスは言葉を失うしかなかった。
自分の車よりもはるかに重い車だが、異様なほど軽やかにドリフトしている。
レーンチェンジという横移動も滑らかで、そこから更にスピーディにドリフトしていく。
一体なぜ、一体どうして?
パワーさえあればすぐに追いつけるはずではないのか?
一体どうして食らいつけない?
疑問しかなかった。
第2コーナーを立ち上がるチャージャーだったが、その速度はZ33に比べるとはるかに遅く、120キロ出ているかどうかだった。
前方のZ33はコーナーのはるか彼方へと消えかけている。
「(こうなったら、もっと…Powerを…!!)」
とにかく追いつくためには車にパワーを与えなければならない。
あまりにも単純な思考だった。
そしてそのためにやることはただ一つ。
コーナーリング中にニトロスイッチを押すという無謀なやり方だ。
確かにこのやり方であればエンジンパワーがタイヤには伝わるが、下手をしたらアウトに膨れる可能性だってある。
だが、前方のマシンに食らいつくためには何が何でもやるしかなかった。
第3コーナーに飛び込んだチャージャー。
アクセルオフからブレーキング、速度を100キロ台まで下げたところでハンドルを右に曲げ、一気にドリフトさせる。
ドリフトアングルは50度以上という派手なもので、明らかに速度が失速するのは言うまでもなかった。
だがそんな中で、最後の手段と言わんばかりにスミスはニトロスイッチを押す。
「(More……POOOOWWWWEEEERRRRRRRRRR!!)」
そう思った瞬間だった。
確かにニトロによるエンジンパワーはタイヤには伝わった。
だが、そのパワーを抑えられるほど、足回りは強くなかった。
それどころかドリフト中に無理にニトロを使ったせいで、ドリフトアングルが予想以上についてしまっている。
角度で言えば80度以上…明らかにスピン寸前だった。
「(しまっ…曲がらねえ!)」
80度以上のアングルを付けたチャージャーは、右レーンから左レーンへとはみ出していく。
そしてそのまま、電子制御もないチャージャーは右回転を始めた。
右にハンドルを曲げていたことで、グリップを失ったチャージャーは一気にぐるんと今までの進行方向とは逆方向を向く。
「うわああああっ!!」
ハンドルを左に曲げてももうどうしようもなかった。
重い車重によってマシンは左レーンにはみ出し、スピンしながら左端の壁へと接近していく。
足回りが疎かである以上、ブレーキを踏み込んでももう止まらない。
グルグルと回転するチャージャーを何とか止めようとしても、もはや止められない弾丸と化している。
1回転、2回転。
そんな中でチャージャーは左端の壁へと迫っていく。
そして次の瞬間だった。
「ひいいっ!!」
ガリガリガリガリ、ガッ!!
悲鳴のようなスキール音が聞こえた。
チャージャーの左サイドが遂に左端の壁と接触してしまったのだ。
正確に言えば左フロント、それこそエンジンルームに衝撃を与えてもおかしくない部分が壁にこすり続けた。
がりがりと悲鳴のような音を上げながらも、チャージャーは全くもって止まる気配はない。
ブレーキを踏み続けてももう止まらない。
そして数秒左端に壁をこすり続けた反動で、左端から右へとチャージャーは吹っ飛んだ。
今度は右端の壁へと迫っていく。
フロントが凹み、ライトが消えたチャージャーだったが止まる様子はない。
ブレーキを踏み続けてももう止まらない。
速度はまだ50キロは出ている。
「つう……!!」
少しずつ速度は下がったが、マシンのフロントへのダメージはかなり大きかった。
前方や左サイドは凹みまくっていた。
右に曲げ続けたことでチャージャーは壁の方向を向く。
空転し続ける中でブレーキを踏み続け、減速するチャージャー。
だがコースの右端へとチャージャーは接近する。
そしてそのまま右フロントをこすり続けて火花を上げながらも、チャージャーは吊り橋の上…8分の1のところでチャージャーは停車した。
「(この程度だったか…)」
一方、最終ストレートを立ち上がったZ33。
最終ストレートを立ち上がる中で、後方のチャージャーが外に膨れてスピンして左レーンに飛び出す姿がバックミラーに一瞬だけ映ったのを時雨が確認したが、ストレート区間でその姿はみるみる小さくなっていく。
それを見た時雨としては呆れてものも言えなかった。
パワーを求めたが、コーナーで完全に足回りがやられている。
パワーに足が追い付いていない。
やはり下手にパワーばかりを追い求めた結果なのだろう…と時雨は思った。
最終ストレート、時雨はマシンを労わるかのようにフルスロットルからアクセルをリリースしてマシンを労わる。
速度は150キロ台を維持し、全開走行には到底及ばない速度。
それでももう追いつかれることはないと思った以上、時雨は舐めプレイも同然のアクセルワークを施した。
そしてそのままZ33は、後方のチャージャーがスピンし続ける中で吊り橋中央のゴールを駆け抜けていくのだった。
「くそっ…ってあれ?」
最終ストレートの右端で、フロントがぼこぼこになりながらも何とか停車したチャージャー。
幸いにもスミスはシートベルトをしていたので大きなケガはない。
だが、停止したところでスミスはある異変に気が付いた。
焦げ臭い。おまけにボンネットが跳ね上がって前方からか白煙が上がっている。
「や、ヤバい…!!」
強引にニトロを注入したことに加えて先程の接触でフロントにダメージを負った以上、エンジンルームにも確実にダメージが入ったに違いない。
そして次の瞬間、スミスの乗るチャージャーのボンネットが吹き飛び、エンジンルームから火がたちこめる。
彼が慌てて車を降りると、エンジンから更に炎が上がった。
―――ゴール後、時雨と奈美子が乗ったZ33は吊り橋を渡り切って左車線の路肩にハザードランプを点けて駐車していた。
第3コーナーの先の死角となる位置である。
「勝ったわ!スミスさんの車…パワーもトルクもすごいけど…」
「口だけ達者だったけど、正直大したことなかったね」
「そ、そうね…」
「車を操る以上、やっぱりパワーだけじゃだめだね。それを操る技術も必要なんだ」
そう時雨が言うと、奈美子のスマートフォンにメッセージが送られてきた。
『大変よ!スミスの車が…』
送り主はサマンサだった。
どうやらかなりヤバい状況のようだ。
「し、時雨!」
「どうしたんだい?」
「サマンサから…スミスさんの車が!!」
「何だって!?」
その一報を聞いた時雨は、Z33をスピンターンしてコースへと戻っていく。
―――スミスの車の駐車地点。
「お、俺の車が試作パーツが…!!誰か!消火器は無いかっ!?こ、こうなったら手を突っ込んで…」
「ダメよ!死にたいの!?」
スミスが火を止めようとするも、サマンサが止めに入っている。
流石に死人が入るようなことだけは避けたいようだ。
チャージャーが止まっている場所に時雨が到着すると、当の車は火災でエンジンルームが炎に包まれていた。
「く、車が…」
「スミスさん、離れて!」
「む、無理だ!俺の車が…!」
「火傷じゃすまないわ!それにあなた…車は消耗品だって言ってたじゃない!」
車の炎を何とか抑えようとするスミスを、サマンサが抑えようとする。
そんな中で奈美子がさらに制止をかける。
だがそんな状況の中でスミスは車の方へ向かっていく。
一方でそんな中でスミスはこう口にした。
「ああ、車は消耗品だよ!乗り捨てられたスポーツカーたちは解体場で…ジャンクヤードで…スクラップにされるのを待っている…俺たちじゃ絶対に買えないような車がゴロゴロと捨てられてるんだ。勝つために俺たちが…生まれ変わらせてやったのに…俺がヘタクソなせいで…すまねぇ…本当にすまねぇ…!許してくれ、スミス2世号!」
その言葉を聞いた奈美子は、スミスの事を認めるかのようにこう口にした。
「その言葉だけで十分よ!スミスさん、離れて!ここは私たちに任せて!」
そう言って奈美子はバッグから何かをごそごそと取り出す。
そして次の瞬間だった。
「時雨!」
「!」
「これを火元に吹き掛けて!!」
そう言って奈美子が時雨に投げ渡したのは、携帯用の消火スプレーだった。
奈美子はさらにもう1本バッグから取り出している。
どうやら2本常備していたようだ。
「…っ!」
時雨は車のボンネット付近に近づき、受け取った消火スプレーを延焼しかけていたエンジンルームに吹きかける。
少し遅れて奈美子も携帯用の消火スプレーを取り出し、炎上するエンジンルームに吹きかけた。
2人の一斉放射もあり…チャージャーから燃え上がった炎はすぐに鎮火できた。
車は燃えたが全損レベルまでは至らず、自走はなんとか可能なレベルだった。
「ふう…間一髪だったね。それにしてもどうしてこんなものを?」
「前に壊れたオクティの車を見た時から準備しておいたのよ。備えあれば何とやらってね!」
「そうだったんだ。役に立ったみたいだね」
火災を収めた2人に対し、スミスとサマンサがやってきた。
「流石ね、2人とも。いい判断だった」
「ど、どうも」
サマンサが2人を褒めるように言うと、次に口を開いたのはスミスだった。
「Powerで負けて、車まで失うところだった。でも、スミス2世号は間一髪無事だった。ありがとなっ!ナミコ、時雨!!」
そう言ってスミスは頭を下げるのだった。
先程までの頑固な雰囲気とは明らかに別だった。
「いえ、僕たちは…当然のことをしただけです」
「HAHAHA!まあいいよ、お前さんが勝ったのは事実。少し俺もアタマが固すぎるとこがあったからな。悪かったな…」
頭を上げたスミスは自分のミスを認めるかのようにそう言った。
そしてスミスがそう言ったところで、時雨はこう口にした。
「じゃあ、お礼の代わりと言ってはなんですが…ヒュウガさんの事を教えていただけますか?」
そう時雨が言うと、スミスは苦い顔をしつつこう口にした。
「うーん…それが、ヒュウガのことを話してやりてぇが…実はここ1年以上、どこで何をしているかも分からないんだ。すまねぇ…」
やはりスミスは申し訳なさそうにそう言った。
「それって、比較的最近までお父さんがいたってこと?」
「スミスさん、他には何か知りませんか?」
奈美子と時雨がそう互いに質問すると、スミスは軽く頭を掻きむしってこう言った。
「オクティの代表…『ビッグママ』 と色々と話し込んでいたって聞いてる…何を話していたか、までは俺は知らないけどな」
「ビッグママ?」
時雨がそう言うと、サマンサは何かを知っているようにこう口にした。
「『ビッグママ』 か…オクティをまとめている存在がいるらしいのは私の情報網にかかってはいたけど…」
「そんな人がいるのかい?」
「ええ。でも、内部の人間であるスミスでもその対応…何か秘密にしたいことがあるのかも」
「秘密…か」
「時雨もナミコも外の人間だし、好都合かもしれない」
時雨の言葉にそう答えたサマンサだが、奈美子にとってはそれは疑問しかなかった。
「好都合…?いやいやいや!外の人間なら、余計に話してくれないでしょ!?」
「話してもらう必要は無い。バトルで勝って、口を割らせる…今の状況をチャンスに変えなきゃ、ヒュウガにはたどり着けないわ」
「結局はバトル次第、ってことかしら…」
「真相はバトルの先、と言うべきね」
奈美子の言葉にサマンサは静かにそう言った。
だがその言葉は、時雨の闘志を燃やすには十分だった。
「…やるしかないね。バランスの崩れたニューヨークを戻して、奈美子のお父さんがオクティで何をしたのかを知るためにも!」
「ええ…頑張ろう、時雨!」
多くのドライバーたちとのバトルが待つことを確信した時雨は、バトルする意志を明確にしてそう断言するのだった。
そして奈美子も、それを求めるために時雨を環ポートし続ける意志を再度明確にした。
ケミックの対立組織であるグレートオクティ。
その先陣となる挑戦者を破った時雨。
グレートオクティで時雨を待つドライバーたちとは、果たして?
(第17話End)