「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 第二幕 2024 -いつかあの頂で-   作:カービィ改二

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第18話です。
ケミックのテリトリー内で起こる奇妙な事件。
その中心にいる人物とはいったい何者なのか?


act.18「Painter(オクティのペインター)」

マシンパワーを上げることに心血を注ぐグレートオクティの技術者「スミス」。バトル後炎上した彼の車だったが、奈美子の機転で消火させることができた。

スミスからの情報で、相楽ヒュウガの行方の手がかりは、オクティの代表である「ビッグママ」が握っていることが発覚する。

ビッグママの手がかりを探す2人にケミック&モレックのアビゲイルから「とにかく来てほしい」という連絡が入ったのだが…

 

 

推奨BGM

―――スミスとのバトルから数日後。

アビゲイルからの連絡を受け取った時雨と奈美子は、彼女の下へと向かった。

そして呼び出された場所に行くと…アビゲイルの車には、見事なスプレーアートが施されていた。

不機嫌そうなアビゲイルとは対照的に、ナビ子は嬉しそうにはしゃいでいる。

 

「チッ…今度から、こちらからの連絡は時雨のスマホに入れるわ。私の愛車を見たナミコの第一声、あなたも聞いたでしょ?」

「う、うん…それにしても、これは…」

「『まるでアメリカみたい!』って!自分が今、どこで何をしているのか、まるで自覚が無いのよ、この子!…ちょっとナミコ、聞いてるの!?」

子供のようにはしゃぐ奈美子に対しアビゲイルは怒り心頭であり、時雨も苦笑いで見ていた。

 

「聞いてる聞いてる!すごい絵よねぇ!断言できるわ、これはプロの仕事ね!ロゴも丁寧に描かれてるし…ってあれ?」

すると、車に描かれていたロゴに対して奈美子はあることに気が付いた。

そのロゴは、時雨や奈美子でも見覚えのあるものだった。

 

「このロゴって、オクティの…」

そう、アビゲイルのRKクーペに描かれていたのは、グレートオクティのロゴだったのである。

 

「…バトルを仕掛けに来ることはなくなった。でも、今度は私たちの車を勝手にペイントする事件が、ケミック&モレックのテリトリー内で続発している」

「そんなことが?」

「問題なのは…みんな大喜びしてるってこと!私たちに無い技術だからかもしれないけど、うちにとっては大問題よ。そう、丁度あんな感じでスプレーされて…」

「あれ?」

アビゲイルの視線の先には、車を取り囲む集団がいた。手にはスプレー缶を持っており、車へ向けて吹きつけている。

その中心にいたのは水色のパンクヘアーとガスマスクが特徴の女性。

 

「ふ、2人とも、あいつらよ!!犯人!!」

「何だって!?」

騒ぎ立てるアビゲイル。

するとその様子に気が付いたペインター集団がその場から逃げていく。

 

「チッ…クソどもに見つかった。たとえバトルを仕掛けられてもケミックは相手にすんじゃねぇぞ」

「俺が一番後ろについて追ってきたヤツを止める。クロエ、ガレージで待っててくれ!」

「わかった…頼む!」

クロエと呼ばれた女性は、一目散に愛車に乗り込んでその場を去っていく。

 

「逃げた…追わなきゃ!アビゲイルもいけるわよね?1台より2台よ!」

奈美子がアビゲイルに問いかけるも、当の彼女は生理的にも嫌な顔をしていた。

 

「いや…ごめん、ムリ。こんなストリートアートみたいなの…私の趣味に合わないのよ!今は、この車に乗りたくないわ……」

やはり彼女のRKクーペに描かれていたデザインは彼女にとっては好みではないようだ。

その様子に呆れたかのように、時雨はこう言った。

 

「そ、そんなことを言っている場合かい?相手はあのオクティだよ?」

「ゴメン…やっぱり、生理的にムリ…」

そのアビゲイルの様子を見て、時雨はため息をつくかのようにこう言った。

 

「仕方ない…奈美子、とにかく追いかけよう!」

「う、うん!」

そう言ってZ33に乗り込んだ2人はすぐに先行するオクティのマシンたちを追いかけていく。

 

 

 


 

 

 

―――vsオクティのペインターA

推奨BGM:BLUE JEAN(from EUROBEAT FLASH vol.7)

 

オクティのペインターが乗ったマシン…黒の180SXは例の吊り橋からビッグストリートへと飛び込んでいく。

吊り橋を渡った先が当のビッグストリート復路だ。

 

「(相手の車は僕がよく知っている…コーナー2つもあれば、すぐに追いつける!)」

相手の車たちは基本的にパワー偏重。

マシンに相当無理をさせているチューンである以上、逃げイッキのバトルを望んでくるだろう。

だが逆に言えば、限界を迎えるのも早いという事。

こちらも負けじと追いつけばいいだけの話だった。

おまけに時雨は相手の車の事を殆ど知り尽くしたも同然。

1度ブローさせて乗り換えたくらいの愛着がある車であり、同時にマシン限界についてもわかっていた。

前方のマシンとの距離差は車3台分くらいある。

前方のマシンは第1コーナーの左直角コーナーへと飛び込んでいく。

数秒遅れてZ33もコーナーに飛び込む。

 

「―――!」

左レーンを走るZ33。

コーナー直前で軽くハンドルを右に曲げたかと思いきやそのままブレーキングと共に左に切り返す。

フェイントモーションでコーナーに飛び込んだZ33は、160キロ近くの速度で僅かに白煙を上げながらドリフトしていく。

繁華街の中を駆け抜けていくZ33のテールライトが、ネオン輝く繁華街を切り裂くように光の軌跡を描いていく。

インベタのラインを描きながら、左端の壁との隙間十センチ程度を駆け抜けていくZ33。

壁に迫るような勢いでも時雨は僅かにハンドルを右に切ってカウンターを当てつつもアクセルを踏み続ける。

160キロ近くを維持しているZ33は、前方を走るワンエイティにみるみる接近していく。

 

「(や、ヤバい!!)」

前方で逃げるワンエイティのドライバーは動揺するしかなかった。

後方からはまるで鬼のような速さで例のZ33が迫ってくる。

自分よりもはるかに速い速度でドリフトしているZ33から、こちらは必死に逃げるまで。

だが、後方から迫るZ33を気にしたその瞬間だった。

 

「(…レーンチェンジが間に合わない!?)」

第1コーナーを立ち上がったのはいいのだが、後方に目を奪われるあまり第2コーナーへの突っ込みでミスを犯してしまった。

本来第2コーナーは右直角コーナーなので、第1コーナーと第2コーナーの間でレーンチェンジをするべきである。

だがワンエイティのドライバーは後方を見てしまったがあまり、ハンドル操作をミスって左レーンのまま走り続けてしまった。

こうなってしまうと一気にアウトコースと言うこともあり、タイムロスは免れない。

慌ててブレーキを踏んでハンドルを右に曲げ、ワンエイティをドリフトさせる。

 

「(…外のままか、ならば!)」

第1コーナーを立ち上がっていく時雨のZ33。

先行するマシンは第2コーナーでも左レーンを走り続けているのを時雨はコーナーを立ち上がる最中に確認していた。

どうやらレーンチェンジの余裕はなかったようだ。

ならばもうこちらにやるべきことは1つ。

コーナーとコーナーの間でレーンチェンジをして内側からあっさり追い抜けばいい。

向こうの速度は確実に自分より下である以上、もう追いつけるはずだ。

そう思う中で、Z33は第1コーナーの出口へと迫っていく。

 

「―――!」

アクセルをリリースし、カウンターを当てるべく右に曲げていたハンドルを更に右へと切り込む。

左向きを向いていたZ33は、徐々に右へと向いていく。

そしてドリフト時以上にハンドルを切り込んだことで、Z33は左レーンから右レーンへと進路を変えていく。

第1コーナーを適正速度でドリフトし続けていたこともあり、第2コーナーもほぼ速度を落とさずにドリフトで突入しかけていた。

ウインカーを出しながら左レーンから右レーンへとドリフトしていくZ33。

そして右レーンに移り、第2コーナーに飛び込んでトンネルに入りかけたところで時雨はハンドルを右から左へと切り返してカウンターを当てる。

Z33は右レーンの右端、それこそ壁スレスレの走行ラインを描き、前方を走るワンエイティへ肉薄していく。

前方のワンエイティはトンネル内で必死にドリフトし続けている。

だが速度は130キロにも満たない。

おまけにアウトコースと言うこともあり、必死になってアクセルを踏み続けているようだが…如何せんZ33とは元からの戦闘力の違いもあってか、あっさりと追いつかれていた。

 

「(よし…ここだ!)」

「っ…!」

トンネルに入った2台だが、Z33はそのままの勢いで猛追する。

2台はトンネル区間をドリフトし続けるが、インコースを出しかも速度が上であるZ33が明らかに優勢だった。

インベタのラインを描くZ33、一方で走行レーン上をドリフトし続けるのが精いっぱいなワンエイティ。

勝負はもうついていたも同然だった。

 

「―――!」

トンネルの4分の3を過ぎたところで、遂にZ33がインコースからワンエイティを追い抜いた。

走行ラインの甘さもあり、Z33はあっさりとワンエイティをオーバーテイクすることが出来ていた。

だが、追い抜いた次の瞬間だった。

 

「―――っ!?」

「あっ…」

トンネルを飛び出した瞬間、Z33はワンエイティを追い抜いたが…それと同時にワンエイティに大きな異変が起きていた。

ワンエイティのマフラーから噴き出る白煙。

バックミラーにワンエイティのマフラーから白煙を噴き出す姿がかすかに時雨も確認できていた。

どうやら相手の車はエンジンブローしてしまったようだ。

相手の車がドリフト状態から一気にスピードダウンしていく。

車に無理をさせすぎたのか、マシンのパーツが壊れたらしい。

時雨にとってももはやおなじみの光景だった。

そのままブレーキランプを点灯させたその車は、ハザードランプと共にコースの左端へと停車した。

だが、Z33はそんなこともお構いなしと言わんばかりに最終コーナーである第3コーナーへ飛び込んでいく。

勝負である以上ゴールまで走ることが時雨にとってはマナーだと考えていたのだ。

 

「(やれやれ、まただよ…呆れちゃうね)」

ムリに減速させることなく、第3コーナーへ飛び込んでZ33をドリフトさせ続ける時雨。

第3コーナーに勢いのまま飛び込んだZ33だが、その走行ラインは勝負がついていたということもあって甘いものだった。

走行レーンを変えることもなく、下手にインに寄せすぎず、右レーンの真ん中を走るようにドリフトしていた。

そしてコーナーの立ち上がりにおいても…時雨はアクセルを全開に踏むことなく、マシンを労わるようにハーフスロットル以下でアクセルを踏むのだった。

オクティの支配エリアに入ったのはいいが、当の相手はマシントラブルで失速。

当のワンエイティは第2コーナーと第3コーナーの間で、左レーンの左端にハザードランプを付けて停車した。

一方のZ33は、一旦勝負をつけるべく最終ストレートをゆっくりと立ち上がってそのままゴールするのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

推奨BGM

「くそっ!ツイてないぜ…よりにもよってヒュウガの娘とケミックの用心棒に捕まるとはな」

男は諦めたかのようにそう言った。

Uターンして戻ってきたZ33から、時雨と奈美子が降りてマシンの方へ近づく。

それに応じて男も車から降り、男はこう言葉を発した。

 

「俺はバトルしたつもりもなければ、負けたという自覚もねぇ。そもそもバトルをしにケミックのテリトリーに入ったつもりはねぇぞ」

車から降りた男は、時雨と奈美子にそう言った。

そのことに対して2人は一瞬顔を合わせた後に会話を続ける。

 

「…どういうことですか?」

「どうしてわざわざそんなことを言うの?ケミックには言わないであげるから、理由を聞かせてほしいんだけど…」

「…お前たちがいるから、バトルとは違う形でケミックと戦おうと決めた。あいつらになくて、俺たちにあるもの、それは…」

「(ゴクリ…)そ、それは…?」

奈美子は息を呑んで話を聞くのだった。

 

 

―――同じ頃。

オクティのテリトリーのガレージ。

 

時雨と奈美子から逃げた彼女とその仲間たち。

ガレージにはグレートオクティカスタムズのボディーカラー担当者が集まっている。

例の彼女…ペインター・クロエは他のスタッフに向けて、静かに話し始めた。

 

「ヒュウガの娘と時雨がケミックのテリトリーを監視している…クソが!あれじゃあアタシらの陣地におびき出せねぇ!」

「おいクロエ、どうするんだよ?アイツらをおびき出すんだろ?」

仲間の一人がそう呟いた。

だがクロエはわかっているようにこう言った。

 

「…アタシらアーティストはケミックの車をオクティのマークの入った宣伝カーに仕立て上げんだよ。挑発すりゃ侵入してくるだろ」

クロエにとってそれは宣戦布告も同然だった。

挑発すれば例のドライバーも出てくるだろう。

そんな算段だった。

 

 

 


 

 

 

推奨BGM

―――最初のドライバーとのバトルから30分後。

オクティのペインターたちがいたずらと言わんばかりにケミックのテリトリーに入り込み、カーペイントを行っていた。

そしてその都度その都度時雨と奈美子が相手をする。

だが下っ端たちが例のペインターを逃がすようにしている中で、時雨と奈美子が部下たちとバトルさせるようにしたことで、ペインター集団のリーダーには逃げられてばかりの状態だった。

 

「うぅっ、逃げられた…こういうのを一人相撲って言うのかしら?」

時雨と奈美子は基本的にバトルには勝利し続けていた。

だがそのバトルに付き合う中で、ペインター集団のリーダーには逃げられてばかり。

バトルをすぐに終わらせて追いかけようにも、30秒もあれば遠くに逃げられてしまっているのがオチだった。

 

「ちょっと車を止めよう」

「え、ええ…」

裏路地にZ33を持ち込み、ハザードランプを付けて駐車する。

 

「はあ…ホント、どうしたらいいのか…」

すると、奈美子がそう呟いた時だった。

奈美子のスマートフォンが鳴った。

電話相手は…奈美子も時雨も知っている例の人物だった。

 

「奈美子、電話だよ?」

「っと、サマンサから電話だ。ハロー?何かわかった?」

『ナミコ、誰か分かったわ。さっき言ってたオクティの塗装担当。名前はクロエ…スプレーアーティストの 『ペインター・クロエ』よ』

実は最初のバトルの後、奈美子はサマンサに連絡をして情報収集を依頼していた。

情報収集の内容は非常に単純。

巷を騒がせているペインター集団のリーダーの正体を調べてほしい、ということだ。

そしてその情報は…すぐにサマンサから伝えられることになった。

 

「スプレーアーティスト!だからあんなに綺麗にペイントしてたのね。私たちはよく知らないけど、ニューヨークじゃ有名なの?」

『…有名だったらオクティでカーペイントはやってないわ。オクティのどこかのガレージを仕事場にしているみたいだけど…』

「あ、そうなんだ。じゃあうまいこと尾行すれば場所はわかるわね…」

『…え?』

「ありがとう、サマンサ!このお礼は必ずするわ!」

『ちょ、ちょっと、ナミコ。『尾行すれば』って一体……』

そう言ったところで奈美子は電話を切った。

 

「どうだった?」

「中心人物はオクティの塗装担当で、名前はクロエ。オクティのどこかのガレージを仕事場にしてるみたい」

「じゃあ、オクティの支配地域の方に行けば…」

「ええ、きっと会えるわ!」

「そっか…わかった、そうとなれば早速行ってみよう。見回るくらいなら大丈夫なはずだ」

「うん!」

そう言って時雨は再びZ33を発進させ、一路オクティのテリトリーエリアへと向かうのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

―――数十分後。

時雨と奈美子はオクティのガレージをしらみつぶしに尋ね、クロエがどこにいるのかを探した。

3件目にして、クロエがいるであろうペイントガレージを突き止め、そこに行くのだった。

ガレージの横に横付けする形でZ33が駐車されている。

車の盗難防止のため、時雨が車内に残っていた。

奈美子はオクティの塗装担当スタッフと会話している。

 

「い、いや…車をペイントしにここまで来たワケじゃなくて…ですね。じ、実はクロエっていう人を…」

「チッ、冷やかしかよ!まあいい…いまペイントパターンのカタログを持って来るから、見るだけ見ろよ!もしかしたら気が変わるかもしれねぇしな」

すると、それを見かねた男がケミックのドライバーに声を掛ける。

だがその男は、時雨と奈美子も知っている顔だった。

 

「Hey Hey, クールになれよ。このネーちゃん、声が震えてるじゃねーの。お客様をビビらせようなんざ、商売人の風上にもおけない…」

「あれ…スミスさん!?どうしてここに!?…って、オクティのテリトリーなんだから当然か。自動車をペイントしに来たんですか?」

「おお、ナミコじゃねぇか!なんでまたオクティのテリトリーに?…時雨はどうした?」

「すぐに出られるように車の中で待ってます。呼んできますね!」

「お、おう」

そう言って奈美子は時雨を呼びに行く。

 

―――奈美子がガレージで話している頃。

ガレージに横付けする形でZ33が停車していた。

車内では時雨が待機している。

するとそのマシンの様子を見たオクティのドライバーが、近くにやってきた。

そしてそこには例のドライバー…ペインター・クロエもいた。

 

「おい、あの車…ケミックのテリトリーでバトルを仕掛けてた車じゃないか?」

「バカ言うなよ。東洋人の女がいねぇだろ。いつも2人で走ってるって聞いてるぜ」

「チッ…いずれにしてもウチの店の前に駐車されるのは迷惑だ。誰かバトルでも何でもやって、あの車をスクラップにしちまえ」

「わかった」

そう言ってクロエの仲間の一人が、時雨のZ33の方へと向かっていく。

窓をコンコンと軽く叩くと、時雨はウインドーを開けた。

 

「おいお前、噂のケミックの用心棒か」

「そうだけど…」

「(うお、近づいてみたらケミックのオリビア以上のセクシーボディ!?)オクティのテリトリーで好き勝手やってタダですむと思うなよ?車を出せ」

「…悪いけど、今は相棒を待っているんだ」

すると、時雨のその言葉を聞いたオクティのドライバーはにやりとしたかと思いきやこう口にした。

 

「そのパートナーはオクティが既に預かってるって言ったら、どうする…?」

「…奈美子に一体何を?」

何故か時雨は冷静だった。

それはオクティのドライバーたちが決して、根っからの悪人たちではないということをわかっていたからと言うべきか。

反応が薄い時雨に対し、オクティのドライバーは挑発するようにこう口にした。

 

「勝ったら教えてやるよ、コースに来い!」

「あ…」

そう言ってオクティのドライバーは急いで車へと乗り込み、さっさとコースへと移動していく。

 

「(…ええい、仕方ない!)」

据え膳食わぬは…と言うよりは、据えバトル断るは走り屋の恥。

挑まれてしまった以上どんな相手でもバトルしなければならない。

だが同時に奈美子ならまあ大丈夫だろう、と思っていた時雨はエンジンを始動してZ33を発進させる。

 

「あ、あれ?時雨の車が…!」

ガレージ前に出てきた奈美子。

だが時雨のマシン…Z33の姿がどこにもない。

この時点で時雨のZ33はコースの方へと向かってしまった。

 

「私を置いて行っちゃった!?ウソでしょ!?…あっ、まさか待っている間にバトルを挑まれて?」

奈美子はこの時思い出したが、敵対勢力の本拠地である以上…時雨に火の粉が降りかかることは十分にあり得るのだ。

もし本当に火の粉が降りかかってしまったのなら、時雨はバトルへと向かってしまったのかもしれない。

奈美子は不思議と納得していた。

 

「あれは…ヒュウガの娘?どうしてこんなところに…?」

すると、近くにいたクロエが奈美子の存在に気が付いた。

一体どうしてこんなところに?

だがこれはもしかしたら好都合かもしれない。

そう彼女は思った。

 

「へっ…丁度いい…来い!アートになってもらうぜ…!」

Z33を茫然と見送った奈美子の姿を、クロエはちゃんと捉えていたのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

―――vs3年目ペインター

推奨BGM:MAXI(from EUROMACH14)

 

 

相手の車は黄色のスバル360。

小型のマシンだが、リアウイングやエアロパーツが大幅に手を加えられており、マシンとしてもチューニングが施されていそうなのは時雨でもわかった。

コースはビッグストリート往路。左レーン、Z33。右レーン、スバル360。

 

「(相手の車は見た目からして古そうだ。でも…)」

時雨としてはどんな相手でも油断するつもりはなかった。

どんな相手でも油断せずに挑んでいこうと思っていた。

コースには多少慣れていても、そういう時に限って慢心してしくじる可能性が高いことは時雨でも理解はしていた。

そうである以上、どんな相手でも必ず倒すまで。

そしてそう思う中で、カーナビのカウントダウンが始まる。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「っ…!」

「―――!」

スタートと共にアクセルを全開にし、ギアをDレンジに切り替える時雨。

スタート直後のストレートを、戦闘機の離陸と言わんばかりの加速で速度を上げていく。

速度は一気に180キロ以上まで跳ね上がった。

繁華街の中を金色の超ドラゴンマシンが疾駆していく。

さながら昇り龍とも言わんばかりの加速の中で、Z33はウインカーを出した上で左レーンから右レーンへと移る。

態勢としては完全に大逃げに入っていた。

 

「(くっ…速い!!)」

スバル360のドライバーにとっては覚悟の上だったが、それでも予想をはるかに上回る走りだった。

ニトロなしにして、早々に車間距離が3台以上まで開いていく。

いくら自分の車が素のスペックがあまりにも遅いスバル360とはいえ、まさかここまで引き離されるとは思わなかった。

繁華街のストレートで必死にアクセルを踏み続けるが、速度は140キロ台が限界。

そんな中で前方のZ33は第1コーナーの右直角ロングコーナーへと飛び込んでいく。

 

「……!」

速度が190キロに到達しようとしたところで、時雨はアクセルをリリースしてブレーキを踏み込む。

そこからハンドルを軽く左に曲げたかと思いきや、ブレーキリリースと同時にハンドルを一気に右に切り返し、後輪を滑らせる。

後輪が滑り始めたところで再びアクセルオン、今度は徐々にハンドルを左に切り返していく。

そして一定のドリフトアングルとなったところで、時雨はハンドルを一定の角度を維持して左に曲げ続ける。

速度は150キロ台を維持し、右レーンの左端から右端へとラインを描いたかと思いきや、コーナー中間の時点で完全にインベタのラインを駆け抜けていた。

隙間数十センチ程度のラインを描きつつ、時雨は躊躇なくアクセルを踏み込んでいく。

とはいえアンダーを出さないためにもパーシャルスロットルではあるのだが。

それでも速度は150キロ台を維持し続けている。

羽を生やした龍が獲物を捕らえたかのように、Z33は滑らかにドリフトし続けていく。

 

「(パートナーを人質に取られているのに、全くもって走りに動揺が見られねえ!!それどころか…)」

一方、スバル360は第1コーナーに飛び込もうとしていた。

揺さぶりをかけたのでブレーキングミスとかを犯すだろうと思っていたが、そんなことは全くなかった。

それどころか、別の仲間たちとバトルした時よりもさらに速くなっているのではないかと錯覚した。

明らかに速すぎる。

相手のマシンスペックもあるのだろうが、それ以上に躊躇なくコーナーに飛び込めているあのドライバーが信じられなかった。

コーナー直前でブレーキをかけ、そこからハンドルを右に曲げてスバル360をドリフトさせる。

軽量マシンでハンドリングを強化してあるということもあって、速度は130キロ台を出してはいる。

だが、当のあの車は全くもって追いつける気配がなかった。

それどころかみるみる差が開いていく。

スバル360はドリフトしながらインベタのラインを描くように走行ラインを調整するのだが、それでも徐々に徐々に外側へと膨れていく。

 

「(走りに迷いがない…なんでそんなに真っ直ぐな走りができるんだ!?)」

コーナーへの飛び込みを見て、Z33の走りには迷いがないことを直感したドライバー。

だがそれはコーナーへの突っ込みは当然ながら、コーナーリングにおいても全くもって変わらなかった。

相手のスペックに圧倒されつつあるのか、スバル360はZ33に離されていく。

 

「(相手が古い車である以上、さっさと逃げるまで…!)」

一方の時雨。

こちらは焦りや躊躇といった感情はなく、とにかく大逃げの姿勢に固執していた。

相手のマシンが自分よりもパワー面で劣る以上、ハンドリングや足回りがかなり強化されている可能性があると認識していたのだ。

そんな中でZ33の目の前に第1コーナーの出口が迫る。

 

「(…でもまあ、奈美子の方はどうせ大丈夫だろうけど)」

ふとそう思った中で、時雨はハンドルを左に切り続けてアクセルをリリースした。

徐々にタイヤの空転が収まっていく中、Z33は右向きから左向きへと変えていく。

第1コーナーを抜け、第2コーナーとの間で時雨はアクセルを踏み込み、ウインカーを出したかと思いきやZ33を右レーンから左レーンへと移動させる。

Z33はドリフトしながら走行レーンを変え、左レーンに入ったかと思いきやそのまま第2コーナーの左直角コーナーへと飛び込んでいく。

速度は150キロ台を維持しながら、殆ど失速することなく第2コーナーをドリフトし続ける。

トンネル区間に入りかけたところで時雨はハンドルを右へと切り返してカウンターを当てる。

左端の壁スレスレ…隙間数十センチのところを維持しながら、時雨はアクセルを踏み込んでマシンをドリフトさせ続けていた。

車のドリフトアングルは20度にも満たない必要最小限のもの。

だがそんな中でも時雨の走りにはやはり迷いはない。

奈美子の事だからどうせ問題ないと思っていたフシもあるのだろう。

Z33はドリフトしながらトンネル区間を抜け、そのままコーナー出口へと迫っていく。

そんな中で時雨はアクセルオフにしたうえでハンドルを右からニュートラルに戻し、タイヤのグリップを回復させる。

インベタのラインを描いていたZ33は、タイヤの空転が収まるのと同時に徐々に走行レーンの右側へと膨れていく。

だがそれでも左レーンから右レーンへとはみ出ることはない。

そしてコーナー出口に差し掛かったところで時雨はパーシャルスロットル状態までアクセルを踏み込む。

速度は160キロまで加速する中、Z33は第3コーナーへと接近する。

 

「(もう流石に大丈夫かな)」

時雨は本来右レーンに移るべきところで左レーンを維持し続けた。

この時時雨は後々別のバトルが控えていると考えていた。

そうである以上下手に車線変更してタイヤのグリップが下がっては意味がないと思ったのかもしれない。

だが同時にアウトコースである以上、速めのブレーキングが必要なのもわかっている。

160キロ台になったところで時雨はアクセルオフからブレーキをしっかりと踏み込み、130キロ台まで減速させる。

その上でハンドルを左に軽く切り、そこから一気に右へとハンドルを切り返してアクセルを踏み込む。

アクセルを踏み込んだ上でハンドルを右に切り返し、タイヤを空転させつつドリフトさせる。

第1コーナーや第2コーナーよりもキツいコーナーである以上、ハンドルを曲げる角度はそれらの時よりも上だった。

コーナー中央のラバーポールに接触しないように調整しつつも、Z33はラバーポールスレスレのインベタのラインを描くかのようにドリフトしていく。

 

「(いくら大丈夫とはいえ、気を抜いてはいけない…このまま!)」

時雨としては勝敗が分かっていていても最後まで油断するつもりは全くなかった。

最後の最後で油断して負けたなんて話はシャレにならないからだ。

まだこのコースに対する熟練度が足りていない以上、自分は限界までアクセルを踏み込むまで。

そう思いつつ時雨はハンドルを左に切ってカウンターを当てつつもZ33をドリフトさせ続ける。

繁華街の間を疾駆するZ33は、やがてコーナー出口の吊り橋へと迫っていく。

コーナーの7割を過ぎたところで時雨はコーナー出口の吊り橋を認識し、そこでアクセルをリリースしたのと同時にハンドルを徐々にニュートラルに戻していく。

エンジンパワーが抑えられたZ33の後輪は空転を収めていく。

それと同時に走行ラインは右端から徐々に左端へと膨れていく。

速度は130キロ台でありながら、そのままコーナーの出口へと迫る。

 

「―――!」

Z33が前方の吊り橋の方向を向いたところで、時雨はハンドルをニュートラルにした上でアクセルを再び全開で踏み込んだ。

残るは前方の吊り橋上にあるゴールのみ。

そこへ向かって一目散で駆けだすように、天に上るかのように時雨はZ33を加速させる。

速度は130キロ台から一気に170キロ台まで加速し、そのままZ33は吊り橋を渡り切ったのだった。

第2コーナーから吊り橋を渡り切るまで、時雨はバックミラーを一切見ずにZ33を走らせていた。

 

「(あ、ありゃあヤバい…)」

一方、Z33が吊り橋を渡り切ったところでまだ第2コーナーと第3コーナーの間を走っていたスバル360。

勝負がついたことにより、時雨の速さを改めて実感するのだった。

 

 

―――勝負は言うまでもなく時雨の勝ちだが、タイム差は8秒以上と言うぶっちぎりだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

推奨BGM

「へへ…やるじゃねえかよ…」

吊り橋の先で待機していたZ33。

そこへ、Z33の後ろにスバル360を停車させたドライバーが近づいてくる。

2人が対峙してたが、案の定時雨は怪訝そうな顔で見ていた。

だが時雨は決して取り乱すこともなく、いたって冷静だった。

 

「…奈美子はどこに?」

「さっきのガレージに戻れ…そしたらわかるぜ。お前のパートナーがどうなってるのかがな…」

「……」

軽く蔑むかのような目をした時雨は、さっさとZ33に乗り込んで再び先ほどのガレージへと戻っていった。

 

「…何であいつ、冷静なんだ?」

時雨は奈美子を人質に取られたも同然だったのに、走りは全くもって動揺していなかった。

それどころか怒りの感情が彼女を更に早くさせているようにも思えた。

普通怒りや悲しみの感情を抱けばマシンコントロールにはほころびが確実に出るはずなのに、一体なぜ?

オクティのドライバーにとっては謎でしかなかった。

 

 

 

―――オクティのガレージ。

再び時雨はZ33をガレージ前に横付けする形で駐車していた。

そしてガレージに入っていく。

 

「さて、奈美子はどこに…」

こんな状況においても、時雨は奈美子に対して楽観的だった。

やはり様々な困難を彼女と共に乗り越えてきた以上信頼関係があったから、なのかもしれない。

すると、ガレージの奥の方へ行くとあるものに時雨は気が付いた。

 

「…あれ?これは?」

照明の下に奈美子の顔が映っていた。

だが同時に、そこにいたのは例のドライバー…クロエだった。

両手にはスプレー缶を持っている。

 

「おい!時雨!!よく見ておけよ!オクティのテリトリーに来た奴らは……こうしてやる!!」

そう言って奈美子の顔はスプレーで真っ赤になっていく。

 

「……」

だが、時雨は無反応だった。いや、正確に言えば引いているようだった。

そしてそれは、クロエが塗り終えるまでずっと続いていた。

 

「……ありゃ?」

塗り終えた時、クロエとしては予想外だった。

まさかのノーリアクション。

普通相棒がペイントまみれにされたら誰だって怒るはずなのに、何故?

しかもよりによってノーリアクション。一体どういうことなのか?

すると、時雨が口を動かした。

 

「はあ…そもそも壁に人の絵を勝手に描いて、おまけにそれを塗りつぶすって、どういう趣味をしているんだい?」

「!?」

時雨はやはり冷静だった。

寧ろ呆れているようだった。

 

「な、何だよ…お前のパートナーがスプレーまみれなんだぞ!?おい、もっと反応したらどうだ!?」

クロエは予想外のリアクションに逆切れ気味にそう言った。

だがむしろ時雨にとってはさらに呆れる要因になりかねなかった。

 

「いや、そうは言ってもただの落書きじゃないか…趣味が悪いよ」

「う、うぐぐ…こ、この野郎…」

正論を言った時雨に対し、クロエが歯ぎしりをするようにそう言った時だった。

 

「ホントよね!いくら壁に描いた絵だからって、私の顔が塗られているみたいでいい気持ちはしないわ!」

後ろからひょっこりと現れたのは本物の奈美子だった。

 

「ああ、奈美子…いたんだね。ところでさっきのは?クロエが?」

奈美子の無事であるということを確信していたとはいえ、少しは時雨もほっとした。

 

「ええ。スプレー2本持ちで、あっという間に描いたのよ!ホント、神業ってヤツね!」

「へえ…そうだったんだ。何か勿体ない気もするけどね」

「勿体ない、だぁ?」

「その技術をもっと別のところで使えば…才能の無駄使い、って言うべきかな」

時雨はどこか呆れつつもそう言ったが、クロエはわかっているかのようにこう言った。

 

「そんなのはこっちもわかってるよ。まあこっちは5人1組で1台の車を仕上げる。地の色を生かしたアートなら10分もせずに出来上がりさ」

「……」

落書きをやっていることに対しては時雨はあまりいい心地がしなかった。

それはやはり時雨もある程度のモラルを持っているからだろう。

すると奈美子がこう言った。

 

「さっき描いてたところを動画撮影したの!これサマンサに見せに行かなくちゃ」

「え…」

「じゃあ、私たちはこのへんで!時雨、戻りましょ!」

「えっ…あ、それじゃあ」

「あっ、おい!」

そう言って奈美子に連れられた時雨は、頭を軽く下げたあとにガレージを出てZ33に乗り込んでその場を後にした。

追いかけようとしたが、この場に彼女の車はない。

クロエだけが残された。

 

「行っちまった…あいつら、一体何をしに来たんだ?嫌がらせをしている相手の本拠地だっつーのに…アホか?」

「わかんねぇだろ?ヒュウガもあんな感じだったよなっ!妙に素直っつーか?人懐こいっつーか?」

そう言って入れ替わるように現れたのはパワー信者のスミスだった。

その様子に呆れるかのようにクロエはこう話す。

 

「で、スミスは何でここに?って、もうすぐ生まれるんだっけ、3人目のガキが。金もねぇのに…呆れるぜ」

「車に名前でも入れてもらおうかと思ってな!名前は…そうだな、ナミコにするぜ!HAHAHA!」

「はあ…全く、しょうがねえな~」

そう言ってスプレーを用意したクロエは、早々にスミスのチャージャーに文字を入れようとしていた。

 

「…って、冗談だ、クロエ!!待てっ、まだ描くな一!!!」

ガレージにはスミスの悲鳴も同然の声が響くのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

推奨BGM

―――数十分後。

時雨と奈美子はケミックの支配地域に戻り、サマンサと合流していた。

サマンサはナビ子が撮影したクロエのスプレーアートの神業動画をまじまじと眺めていた。

 

「で、オクティのドライバーに追われそうになりながらニンジャの如く戻ってきた。しかもちょっとした冒険をしてお土産まで?…まるで旅行者ね」

サマンサにとっては呆れるしかなかった。

一体何のためにオクティのテリトリーに行ったのか?

目的を忘れてこんな動画を取りに行くとは、正直バカと言っても過言ではないだろう。

 

「ええーサマンサひどーい!もしかしてお土産のドーナツが気に入らなかった、とか?」

「た、たはは…」

奈美子とサマンサの言葉に、時雨は苦笑いするしかなかった。

よくよく考えたら、商売敵の支配地域に乗り込んで無事に帰ってくるとはなかなかの無茶である。

だがサマンサは軽く呆れるようにこう言った。

 

「…ケミックの車にクロエが無断でペイントするのを、止めるために行ったんじゃないの?」

そう、本来の目的はそれだった。

だが奈美子はクロエの技術に見とれるあまり、そのことを忘れてしまっていたのだった。

 

「ご、ごめん忘れてた…じ、実際に会って話してみると、クロエも悪い人じゃなくって、あんまり強く言えないっていうか…」

「やっぱり旅行者じゃない…」

奈美子の言葉に、サマンサは呆れるしかなかった。

するとサマンサはこう言葉を続ける。

 

「ナミコ、目的を忘れちゃダメ。何をするために、遥々向こうからニューヨークまで来たの?」

「…お父さんが何をしたのかを知りに来た。お父さんが今どうしているのかは、オクティの代表が…ビッグママが知ってる」

「ケミックとの揉め事を何とかするにも、あなたの父親の事を知るにも、クロエから情報を引き出す必要がある。ビッグママについても同じよ」

サマンサは奈美子に説法をするかのようにそう説いた。

やはりまずはクロエから情報を引き出すことが必要のようだ。

その時、スマホの着信音が鳴り響いた。

ケミック&モレック宣伝部所属、元モデルのオリビアからのダイレクトメッセージだった。

どうやら、彼女の車もペイントされてしまったらしい。

 

「あ…時雨、行こう!今、私たちにできることをやらないと!」

「あ、うん。それじゃあ」

「ごめん。ありがとね、サマンサ!」

「え?あ…」

2人はサマンサに礼を言った上で再びZ33に乗り込み、ケミックのテリトリーへと移動していく。

長く伸びたテールライトが、道の先に溶けていく。サマンサは2人を見送るとポツリと独り言をつぶやいた。

 

「『私たちにできること』、か…」

 

 

 


 

 

推奨BGM

―――数分後。

時雨はオクティのペインター相手に勝利し、追い返していた。

オリビアの車は地面が割れたような、クラッシュパターンが施されている。

呆然と立ちつくすオリビアの傍らにはクロエが冷たい視線を送っていた。

そしてそこへ、オクティのドライバーを追い返した時雨と奈美子がやってきてた。

 

「これは…」

あまりそういうファッションに関しては興味がない時雨にとっても、かなり派手なペイントだった。

流石に自分のZ33にやられるのはちょっと…としか思えなかった。

 

「ナミコ、時雨…アタシの愛車…こんな感じに…」

オリビアの声はやはり震えていた。

それを見かねた奈美子が声を掛ける。

 

「オリビア…大丈夫?気をしっかり持って!ちゃんと処置すれば、ペイントは綺麗に落とせるから…」

だが、そう奈美子が言うとオリビアの反応は予想とは外れたものが返ってきた。

 

「どうして…?このカラーパターン、Absolutely Fantastic!(チョーすごい!)」

 

「…へ?」

「オリビアさん、こういうの好きなの?」

「もちろんよ!うちの会社は結構カタいところがあって、こういうのがあまりいい感じにとられてないからねえ~」

そう、オリビアにとってはクロエのペイントは好みだったのだ。

やはりセンスが光っていたのだろう。

するとそう言った時だった。

 

「当たり前だろモデルのねーちゃん!愛車とか言って個性もねぇクソッタレな車が多すぎんのが問題なんだよ!好きならイジれってんだ!バカどもが!」

「あ、クロエ…いたんだ」

冷たい視線を送っていたクロエがようやく表へ出てきた。

そして自分のペイントを見ろと言わんばかりに口を動かしていた。

するとその言葉に対し、オリビアがこう提案する。

 

「こういうセンスを持ってる職人がうちの会社には誰もいないのよねぇ〜。クロエちゃんだっけ?今からでもうちに遊びに来な〜い?」

オリビアとしてはぜひケミックに来てほしいようだ。

だがクロエはこう反発した。

 

「仕事があっからダメだ。貧乏ヒマ無しなんだよ!そうだな…ねーちゃんがウチの店に来てくれるなら大歓迎だ。…あとはオクティのパーツの宣伝してくれるならペイントは全部無料にしてやるぜ?とびっきりのアートを愛車に刻みつけてやる…」

どこか挑発気味に言ったクロエ。

だがその言葉に対し、オリビアはこう返事をする。

 

「それじゃあ〜…ハートマークの中にぃ〜ケミック&モレックとオクティのシンボルが入ってるマークとかできるかしらぁ〜?」

ケミックとオクティの歩み寄りのしるしとなるマークを作ってほしい…というのがオリビアの願いだったようだ。

だがそれに関しては、クロエの好みではなかったようだ。

 

「うげ…今の状況で何言ってんだ、ねーちゃん…やっぱパーツの宣伝の話はナシだ。こんな空気読めねえ奴に宣伝させたら、なに言われるかわかんねぇぞ、クソ!」

そう言ってクロエは再び愛車に乗り込んでオクティのテリトリーへと逃げるように去っていった。

 

「…行っちゃった」

「時雨、奈美子、どうするの?あの子とバトルするの?」

「ええ…お父さんの事の手がかりみたいなので」

「そっかぁ~まあ、しばらく戦っていればいずれ向こうから挑んでくると思うわぁ~頑張って!」

「は、はあ…どうも」

時雨と奈美子に励まし同然の言葉を贈るオリビア。

その言葉を受け取った時雨は、再びZ33に乗って一度ホームへと帰還するのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

推奨BGM

―――オリビアたちと会話して数十分後。

時雨たちはオクティのペインターであるドライバーたちをある程度破っていた。

その実力を認めたのか、クロエがビッグストリートにやってきた。

だがそれを察知したサマンサが、時雨と奈美子を再び呼び出していた。

 

「クソ疫病神…情報屋のサマンサ。客として来たわけじゃねぇな?アンタと話すことなんてこっちにはない。出てけよ、うっとーしい」

「分かってるわ。あの2人、ここに来るだろうから…私は友達のバトルを見届けにきただけ」

サマンサがそう言うと、連絡を受けていた奈美子と時雨がZ33に乗ってやってきた。

クロエのマシンの後ろに止める形で駐車し、車から降りた時雨と奈美子が2人のところへ向かってくる。

 

「サマンサ!クロエがいるって…」

「ええ、ここに」

そう言ってサマンサはクロエを指さした。

クロエはどこか不機嫌そうだった。

 

「クロエ…」

「遂にきやがったな。待ってたぜ」

先程までの不機嫌さを晴らしたかのように、クロエは時雨たちを待ち構えるかのようにそう言った。

だが、そう言ったところで次に口を動かしたのは奈美子だった。

 

「クロエ、ケミックの車にスプレーする嫌がらせ、これ以上はもうやめて!」

「…」

「あのペイントは芸術レベルだと思う。それでもやっぱり自分の愛車に知らない間にペイントされるのは…」

すると奈美子がそう言ったところで、クロエは「ちょっと待った」と言った。

そしてこう口を動かす。

 

「…ナミコ、それに時雨、一つだけ聞かせてくれ。ケミックのドライバーどもはアタシたちのペイント、何か言ってたか?」

「ペイントについて?」

「ああ。反応を知りたいんだ」

「うーん…」

クロエにとっては自分のペイントがケミックのドライバーたちに対してどう思われていたのかが気になっていたようだ。

すると、奈美子がこう口を動かした。

 

「喜んでる人もいるけど、趣味じゃないからって怒ってる人もいる。でも、どっちも『すごい』って言ってるわ。良くも悪くも評判よ」

「正直、あれほどのペイントならお金は取れると思うよ。でも、必要な人だけにペイントを施すようにしたほうがいいかもしれない。誰彼問わずやるのはちょっと…ね」

奈美子はクロエのペイントが良くも悪くも評判であること、時雨はお金は取れると思うのでもっと有効活用するべきであることを説いた。

そしてそれらの言葉は、クロエを満足させるには十分だった。

 

「へっ…そうか。そうだよな!敵のケミックのドライバーがすげえって言うんだからアタシはすげえんだよ!ビッグママにも才能あるって言われたしな!」

「ビッグママ…オクティの元締めに?」

「ああ…ナミコ、時雨、サンキュー!もうケミックのクソ車には何もしねえよ!これからはアタシの価値がもっと上がる、でかい仕事をしなきゃならねえからな!」

意外なほどに交渉は上手くいった。

どうやらペイントのいたずらに関してはしなくなるらしい。

 

「えっ!?いいの!?もっとなんかこう…ケミックに恨みとか色々あると思ってたんだけど…まあ、今後何もしないならこれで大丈夫ね」

「…本当にいいのかい?こんなにあっさり済むとは思わなかったんだけど…」

「まあ、時雨がそう言うのも無理ないよな…だが安心しろ、約束するさ」

するとその言葉を聞いた奈美子がこう質問する。

 

「じゃあ、お父さんのことを知ってる、ビッグママに会うにはどうしたらいいか教えてほしいんだけど…」

「ちょっと待てよ…それとこれとは別に決まってんだろ。どうしても聞きたかったら、バトルでアタシに勝ってみな」

クロエは奈美子の父親のことが知りたければバトルしろと挑戦してきた。

時雨にとってはそれは修行であるため、十分に好都合だった。

 

「…いつものコースでいいんだね?」

「ああ。ここまではお前ら2人は常勝街道を走ってこれたとは思う。だがそれもここまでってことを教えてやるよ!」

「…わかった」

すると時雨がそう言ったところで、サマンサが話しかけてくる。

 

「クロエはあんな感じの子だけど、ケミックのテリトリーから逃げるときは、仲間のドライバーと10秒近くも差をつけてる実力者よ。気をつけて」

「運転スキルを磨く努力をしたとはいえ、アーティストがどうして…?…考えたって仕方ないわね!時雨、勝とう!」

「…わかった。勝負だ、クロエ」

「ああ…始めようか!」

そう言ったところでクロエは愛車に乗り込んでいく。

そしてそれを追うように、時雨と奈美子もZ33に乗り込んだ。

 

 

 


 

 

 

―――vsペインター・クロエ

推奨BGM:ONE IN A MILLION(from SUPER EUROBEAT vol.111)

 

相手の車は青色で、ペイントが施されてエアロもフロントライトのカバーを取り外し、リアウイングをダックテールに改造することでレーシーに改造されたFD3Sだった。

コースはビッグストリート復路、吊り橋上からのスタート。

左レーン、FD3S。右レーン、Z33。

2台が並んでスタートを待っていた。

 

「(ヒュウガから教わったドライビングテクニックで、ヒュウガの娘がナビする車と戦う…運命の女神は底意地の悪いクソ女だな)」

スタート直前、クロエはそう思っていた。

かつて自分はヒュウガに手ほどきを受けた。

だが今、相手は自分に目を付けてくれたヒュウガの娘がナビするマシン。

そう思うと、やはり運命と言うのは残酷なのかもしれない。

 

「(まぁ、ここで負けるようならビッグママに会えるはずがない。時雨、試させてもらう。アンタが価値あるドライバーかどうか…!)」

クロエとしては純粋に時雨の実力に興味があった。

それは仮に、相手がヒュウガの娘を乗せたドライバーであったとしても。

何が何でも勝ちに行く…それくらいの精神だった。

 

「(……さて)」

一方、同じ日にバトルを何度も何度もこなしてきた時雨はやはり冷静だった。

何度も同じコースを走ってきたことで、徐々にコツを掴み始めていたのだ。

今では8割程度の実力でも相手を圧倒できるくらいのレベル。

おまけに今回の相手の車はチューンされているとはいえ、決して勝てない相手なんかではない。

純粋なパワーでは間違えなくこちらの方が上だし、油断さえしなければ追い抜けるだろう。

相手を見下すつもりはないが、同時に勝てないか不安になる相手と言うわけではない。

そしてそうである以上、時雨は全力で勝負するまでだと思うのだった。

そう認識したところで、カーナビのカウントダウンが始まろうとしていた。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「っ…!」

「―――!」

2台のマシンがスタートと共に一気に加速していく。

2台は並走していたかと思いきや、加速の伸びは右レーンのZ33の方が上だった。

吊り橋の端っこでZ33は完全にFD3Sより抜け出した。

 

「(っ…速い!スミスが言ってたな…アイツは普段ボーっとしてるけど、本気になるとヤバいって…どうやらそれはマジっぽいな)」

元の性能もあるのだが、速い。

あのZ33は完全に自分を倒しに来ている。

大トリと言うこともあって容赦ないのは当然と言えば当然だが、それでも食らいつくので精いっぱいである。

車間距離はあっという間に車2台近くまで開く。

 

「(先手を取れたなら…今は逃げよう)」

ストレートエンドが迫る中、時雨はとにかく逃げることに専念していた。

速度は180キロに達しているところで、目の前に第1コーナーの左直角ロングコーナーが迫る。

 

「(ストレートで馬鹿みたいに飛ばすのは誰だってできる…お前の実力を見せてみろ!)」

クロエにとってはパワーではなくテクニックに関して興味があった。

スミスが負けた理由はやはり技術で追い詰められたからだろうと考えていたからである。

パワー信者であるスミスがコーナーで負けたという話は聞いている。

それほど秀逸なコーナーワークを持っているのだろう。

先行するZ33が右レーンから左レーンへと移る。

そしてコーナー突入寸前でブレーキランプが点灯する。

 

「(…引き離す!)」

ブレーキを掛けたところでハンドルを僅かに右に曲げる。

速度が190キロ近くから150キロ近くまで下げたところで、ハンドルを左に切り返してアクセルオン。

後輪が滑り出したところでハンドルを右へと切り返していくことでカウンターを当てていく。

左レーンの右端を走っていたZ33は、コーナー突入と共にコーナーの内側へ。

そのまま左端の壁にノーズを接近させて、隙間数十センチの中でドリフトしていく。

カウンターを当て続ける中で、速度は150キロ台を維持し続けている。

 

「っ…!?」

クロエにとってはそのコーナーリングは予想外だった。

スミスが追い詰められたというコーナーリングと聞いていたが、まさかのフェイントモーション。

決して遅いというわけではないが、明らかにアングルを付けたパフォーマンス向けのドリフト。

それでいて、前方のZ33は一定の角度を維持しながらドリフトし続けている。

だが、それでも相手の車はもしやコーナーリングが遅いのではないか?

結局はスミスの自滅ではないのか?

そう錯覚するのだった。

 

「(そんな派手なフェイントモーションで、インのラインを…!)」

クロエは高をくくったかのようにそう思った。

あれくらいのフェイントモーションくらいなら、ヒュウガから教わった。

やろうと思えば自分でもできるはずだ。

そう思ったクロエは、意地になったのか…コーナー直前でブレーキを踏んだかと思いきや、ハンドルを右に曲げた。

ブレーキをフラッシュさせるように踏んだことで速度は150キロ台から140キロ近くまで下がった。

そしてそこからハンドルを左に切り返してアクセルを踏み込み、タイヤを空転させる。

タイヤが空転してある程度角度が付いたら右に曲げる。

基本的には時雨のやり方とほぼほぼ同じだ。

だが、時雨のフェイントモーションとクロエのフェイントモーションではある違いが生じていた。

 

「(ヤベェ…同じラインに乗れない!?)」

フェイントモーションでドリフトするFD3Sだが、走行ラインはレーンの中央をドリフトし続けるにとどまっていた。

あのZ33はFD3Sよりも重いのにも関わらず、コーナーの内側までノーズを接近させてドリフトしている。

一体どういうことなのか?

時雨はいとも容易くフェイントモーションでアウトインアウトのラインを描いているが、これを自在にコントロールさせるようにするのはとても難しい。

何せ最初のフェイントとなるハンドルの舵角、ハンドルを切り返すタイミングや舵角、アクセルオンのタイミングを少しでも間違えたりすると理想のラインを描くこともなくアウトへと膨らんでしまうからである。

アウトへと膨らんでしまったら当然、アンダーステアになって速度は落ちてしまう。

時雨はいともたやすくやっているが、これはいわばずっと平均台の上で体を維持し続けているようなもの。

集中力と反射神経、決断力のどれかが欠けてしまえばあっという間にインを譲ってしまうだろう。

フェイントモーションだけならともかく、それを細かくコントロールするためには一朝一夕で身に付く技術なんかではないのである。

基本的に多くのドリフトにおいてフェイントモーションや逆ドリフトで対処してきた時雨だからこそ、その経験値はクロエのそれとは段違いだったのである。

前方を走るZ33は、後方のFD3Sをみるみるうちに引き離していく。

車間距離は車2台近くから3台近くまで広がる。

 

「(だが、たかだか1個のコーナーだけで食らいつけないと決めつけるわけにはいかねぇ!次のコーナーでそんなアウトコースを走っていて…)」

勝負はまだ3分の1にも達していない。

1つのコーナーで食らいつけないだけで勝ち負けが決まったと判断するにはあまりにも早すぎる。

何か策を講じればこちらだって追いつけるはずだ。

ドリフトするFD3Sをコントロールしながら、クロエはそう思った。

向こうより速く走れば…向こうより速くドリフトすれば、勝機はある。

前方のZ33は徐々にクロエのFD3Sを引き離しているが、コーナーの終わりも近づいていた。

Z33が重いことはクロエも分かっている。

そしてそうである以上、次のコーナーでアンダーを出して外側のレーン…左レーンを維持し続けると思っていた。

 

「―――」

一方の時雨。

Z33は第1コーナーの出口へと迫っていく。

速度が160キロ近くになっているところで、まだZ33はドリフトし続ける。

そんな中で時雨はハンドルを更に右に曲げて、アクセルをリリースする。

アクセルリリースされたZ33は徐々に向きを左向きから右向きへと変えていく。

そんな中で時雨は右にウインカーを出す。

第1コーナーを突破し、第2コーナーとの間にあるラバーポールが存在しない部分でZ33は左レーンから右レーンへとそのまま進路を変えていく。

そして左レーンから右レーンへと移ったところで時雨は再びアクセルを踏み込み、タイヤを空転させる。

タイヤが空転したところである程度角度が付くので、右に曲げていたハンドルを今度は左に切り返す。

そしてその状態のままアクセルを踏み込み、ハンドルを僅かに左に曲げることでドリフトを維持し続ける。

左レーンから右レーンへ、滑らかなラインを描いたZ33は第2コーナー中間のトンネルへ飛び込んでいく。

 

「(ドリフトしながらそのまま車線変更しやがった…!?)」

こちらはクロエ。

Z33が第1コーナーのドリフトの勢いのまま左レーンから右レーンへ移ってしまった。

それもあまりにも滑らかだった。

普通だったらドリフトを区切るべきところを、ハイパワーに身を任せているあのZ33はパワーを生かしてドリフトを維持し続けながら、おまけにレーンチェンジまで施してしまった。

クロエにとっても決してできないことではないが…やはり技術が必要であるということを理解している以上、そう簡単にはできない。

だが、先行するZ33に何が何でも食らいつくためには自分も同じやり方でドリフトするしかなかった。

前方でドリフトし続けるZ33を追い変けるFD3Sの前に、第1コーナーの出口が迫る。

 

「(くっ…!)」

アクセルオフの上で、右に切っていたハンドルを更に右に切り込んでFD3Sを強引に左レーンから右レーンへ移そうとする。

左向きから右向きへと変わり、ウインカーを出した状態でFD3Sをレーンチェンジさせていく。

そして右レーンに移ったところで、再びアクセルオンでハンドルを左に切り返す。

カウンターを当てながらドリフトするFD3S。

だが、ここでクロエはあることに気が付く。

 

「(同じやり方で…追いつけない?)」

走行ラインの甘さなどもあってか、前方を走るZ33はみるみるうちにさを開いていく。クロエのFD3Sがトンネルに入りかけたところで、Z33はもうすでにトンネルを脱出していた。

前方を走るZ33は右端の壁との隙間が数十センチ程度と言う際どいラインを描いていたが、FD3Sはほぼ走行レーンの中央上。

レールの上をグラインドするようにドリフトし続けて入るのだが、コーナーリング速度の差と走行ラインの差もあって、前方を走るZ33との距離差はみるみるうちに広がっている。

 

「(同じ速度で、同じラインでドリフト出来ねえ…!)」

走行レーンの真ん中をドリフトし続けるFD3Sだが、壁との隙間数十センチでインベタという際どいラインを描いてドリフトし続けるZ33とはみるみる差が開くのは当然と言えば当然だった。

決してクロエが遅いというわけではない。

間違えなくペインター仲間の中ではトップなのである。

だが、時雨はそれ以上だった。

アクセルを下手に踏み込んで無茶をすればFD3Sはグリップアウトしてアンダーステアになること待ったなし。

下手にインに突っ込んだら速度が足らず失速待ったなし。

自分のFD3Sとは明らかにレベルの違う相手に対し、クロエとしてはもうどう対応すればいいんかが分からなかった。

 

「(こりゃ、ケタ違いのバケモンだ…あたしには、手に負えない!)」

2つのコーナーでクロエははっきりと痛感した。

この相手は間違えなく自分で相手ができるレベルの相手ではない。

もはや自分たちが敵うレベルどうこうの問題じゃあなかった。

前方のZ33はコーナーを駆け抜けてさらにFD3Sを引き離しつつあった。

 

「(最後のコーナー…絶対に食らいつかせない!)」

前方のZ33は第2コーナーを立ち上がり、最終第3コーナーである左直角ロングコーナーへと飛び込んでいく。

第2コーナーと第3コーナーの間でZ33はタイヤを軽く空転させながら、再び右レーンから左レーンへと走行レーンを変えるというトリッキーな走り方をしていた。

それどころか速度は150キロ台を維持し続け、130キロ台が目いっぱいだったクロエのFD3Sを完全に置き去りにしようとしているのだった。

 

「―――!」

左レーンに移ってアクセルオンでタイヤが空転、ドリフトし始めたところでハンドルを右に切り返す。

再び左端の壁との隙間数十センチ。

そんな状態でも遠慮なく時雨はハンドルを右に切り続けつつアクセルを踏み続ける。

コーナー中間にあるクリッピングポイント…左端をインベタの状態で駆け抜け、繁華街を切り裂くようにコーナーを立ち上がっていく。

僅かにグリップアウトしつつある中、時雨はアクセルをリリースしてハンドルを徐々にニュートラルに戻していく。

速度は140キロ台まで下がるが、挙動は安定していた。

 

「(…これで、止めだ!)」

時雨の前方に見えた最終ストレート。

その存在が徐々に大きくなっていく。

そんな中でZ33のグリップは回復しつつあった。

タイヤの空転は収まり、ハンドルを丁度ニュートラルに向けたところでZ33は走行レーンの真ん中にラインを膨らませつつも…完全にストレートの方向を向いた。

そしてそれを認識した時雨はアクセルを再びリリースし、最後の最後のスパートをかける。

一気に鞭を入れられたZ33は最後のストレート区間でゴール目掛けて突進するように加速していく。

その走る姿は、まるで黄金の光線…正確に言えば龍が放つ引力光線のようにあまりにも真っ直ぐだった。

ストレートエンドにあるゴールへと向かって疾駆するZ33。

速度はストレート区間で200キロ以上まで跳ね上がっていた。

 

「っ…!」

一方、こちらは第3コーナーを立ち上がったばかりのFD3S。

あまりにもハイペースすぎてニトロを使うタイミングが遅れてしまった以上、もう彼女にとってはどうすることも出来なかった。

第3コーナーを脱出しようとしたところで、Z33はストレートのはるか彼方にいたのをテールランプで認識した。

ストレートスピードは明らかにZ33の方が上で、どんなにアクセルを踏み込んでも追いつけない。

仮にニトロを使っても向こうだって使われる可能性がある以上、追いつけないと確信するのには時間がかからなかった。

 

「やっぱり、すげぇや…」

クロエは敗北を認めるかのようにそう静かに呟いた。

最終ストレートをアクセル全開で立ち上がるも、速度は160キロ台が限界。

もう完全に負けだった。

だが、クロエにとってはここまで圧倒された以上、異様に気分がすっきりもしていた。

 

―――勝者、時雨。

FD3Sがゴールを走り抜けたのは、Z33がゴールして4秒以上経過した後だった。

 

 

 


 

 

 

推奨BGM

―――バトル後。

時雨はZ33をストレートの先の左端路肩に、ハザードランプを焚いて駐車させていた。

完全に停止したところで時雨が呟く。

 

「ふう…勝ったね」

「お疲れ、時雨。どうだった?戦ってみて」

「うん…今までの人よりは、確かに速かった。でも、勝てない相手じゃなかったね」

「そっか…」

すると、コンコンと窓ガラスを軽くたたく音がした。

そこにいたのは…やはりクロエだった。

気が付くとクロエのマシンはZ33の後ろに止まっていた。

外のクロエは一度外に出ろというようにジェスチャーする。

それを見た時雨と奈美子は、Z33から降りてクロエと対峙するのだった。

 

「アタシの負けだね…名だたるケミックのドライバーとバトルして、スミスを倒しただけはあるな。認めてやる…いい腕だよ」

「…どうもありがとう」

クロエは時雨と奈美子の実力を認めるようにそう言った。

すると、時雨が軽くお礼を言った時だった。

 

「あの、クロエ。どうして他の人たちより速かったの?マシンの性能もあるとは思うんだけど、にしてもドライビングテクニックが…」

「一体誰から教わったのかな?」

そう奈美子と時雨が質問すると、クロエはこう返した。

 

「ああ…あのクソ野郎、ヒュウガに教わった。オクティのドライバーでも腕の立つ連中は、ヒュウガからマンツーマンでドライブの手解きを受けていたんだ」

「ヒュウガさんから?」

「ああ。じゃなきゃ設備も人材も豊富なケミックに対抗できるわけがねぇ…お前らがバトルしてきたのは、アタシがドライビングを教えた連中だ」

クロエのマシンは十分に速いが、それと同時に彼女のドラテクも雑魚よりかは上。

一体なぜ彼女がそこまでの実力を発揮できたのか…と言うと、やはり奈美子の父親からレクチャーを受けたからだという事だった。

 

「お父さんがみんなに教えていたんだ…いいなぁ。私にも教えてくれるかなぁ?」

奈美子はどこか羨ましそうにそう言った。

するとそれを聞いた時雨がクロエにこう質問する。

 

「僕たちはヒュウガさんが、オクティで何をしたのか知りたいんだ…ビッグママには、どこに行けば会えるのかな?」

時雨の言葉に対し、クロエは一息置いてこう口にする。

 

「…いいか?ヨソ者がビッグママと、いきなり直接会えると思うな。連絡役の野郎を紹介してやってもいい。まずはソイツらに会って、お前たちの腕前を見せつけろ。だが…ここにヤツはいないな?」

そう言ってクロエは周りを見たわす。

ヤツの言葉に奈美子は疑問に思った。

先ほどいたヤツ…つまり、サマンサと言う事だろう。

 

「ヤツ…って、サマンサのこと?」

「ああ。あいつが疫病神って言われてるのは知ってるよな?」

「ケミックの幹部の人とバトルした時に、少し聞いたくらいだけど…」

時雨がそう言うと、「まあいいわかった」と言ったクロエは、続けてこう口を動かす。

 

「いいか2人とも、あのクソ情報屋…サマンサには絶対に話すんじゃねぇぞ。あいつに漏れたら全て終わりだ、いいな」

クロエは何度も念を押すようにそう言った。

その表情は決して笑っていない、文字通りの真剣と言ったものだった。

その態度に対して、流石の2人もこくりと頷くのだった。

 

「わかった…」

「じゃあ、始めてくれ。メモは取るけど、いいかな?」

「ああ…だが奴に会っても、見せるんじゃねえぞ。連絡役の名は『ウーゴ』。場所は―――」

そうして、時雨と奈美子は連絡役のドライバーの情報を得るのだった。

 

グレートオクティの総大将である「ビッグママ」との連絡手段を手に入れた時雨と奈美子。

ペインター集団も破り、新たなドライバーたちが再び時雨と奈美子を待ち構えるのだった。

(第18話End)

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