「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 第二幕 2024 -いつかあの頂で-   作:カービィ改二

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長らくお待たせして申し訳ありません。
「いつ路」第二幕、遂に開幕です。

箱根でその名を馳せた時雨の新たなる物語、どうぞお楽しみください。


首都高武者修行編
act.1「Fasion(ファッションドライバー)」


推奨BGM

 

奈美子の父親、ヒュウガの古いジャケットのポケットに挟まっていたメモ「ライジング・サン 0500」。

謎について奈美子が時雨に話していた時、現れたのは「首都高最速のライジング・サン」を名乗る男だった。

 

彼の言葉を聞いた奈美子は、時雨に「首都高での武者修行」を提案する。

4か月後のレーシングチーム本格始動までの間、修行を積むべきだと考えていた時雨は、奈美子の後押しもあり、首都高への武者修行を始めようとしていた……。

 

 

新たなステージに、「箱根の時雨」のマシンの咆哮がこだまする―――――。

 

 

 

「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ

第二幕 2024 -いつかあの頂で-

 

 

 


 

 

 

 

推奨BGM

「首都高最速のライジング・サン」の名乗る男、ミズキとの出会いの翌日。

仕事用のツナギを着た時雨はこの日、普段通り「カーファクトリー・ピット」でマシン整備に取り組んでいた。

車に乗ればこそ「箱根の時雨」と呼ばれるような才能あるドライバーに変身する彼女…時雨ではあるが、その日常は一介の自動車整備士に過ぎない。

これも、彼女にとっての命の恩人への恩返しでもあり、そして時雨自身の為でもあるという事はよく理解していた。

この時、時雨は整備ガレージに止められていたJZX100マークIIのボンネットを開け、エンジン整備を行っていた。

 

「(とりあえず、エンジンオイルからかな…まあ確実に交換だろうけど…)」

エンジン内部におけるエンジンオイル部分から確認している。

まあ整備に来る以上間違えなくオイルは黒くなっているのだろうとは時雨は思っていた。

オイルレベルケージを回し、取り出す。

取り出してそれをペーパータオルに拭き取った。

案の定色は焦げ茶色…当然エンジンオイルは劣化しているのであろうという事は時雨は認識した。

 

「やはり交換が必要ですね…やり方は大丈夫ですよね?」

横で確認の手順を見えていたハルカが呟いた。

 

「はい、大丈夫です」

「それじゃあ、エンジンオイル交換からお願いします」

「あ…はい」

そう言ってハルカは時雨にエンジンオイル交換をするように促した。

するとその時だった。

ピンポーン、と店先の呼び出しベルが鳴った。

 

「…お客さん?」

「私、出てきますね。オイル交換お願いします」

「あ、はい」

そう言ってハルカが店先へと向かっていた。

そこで待っていたのは…

 

「いらっしゃいませー…あ、あなたは!」

「よお…時雨はいるか?」

見た目こそ派手なアイドルだが、男言葉を話す「麗泥魔鈍奈」とそのマネージャーであった。

 

「いますけど、何か用ですか?」

「あいつに直でお願いがあってきたんだ…呼び出してくれないか?」

「いいですよ、ちょっと待っててくださいね」

そう言ってハルカは整備ガレージの方へ戻ってきた。

 

「時雨さん、イズミさんが…」

「イズミが?僕に?」

「はい。何か急ぎの要件みたいです」

「すぐ行くよ」

ハルカの言葉に対し、時雨は整備道具を置いて店先へと向かう。

店先に現れた時雨に対し、イズミは待っていたかのようにこう言った。

 

「おおー時雨!待っていたぜ!」

「イズミ…僕に用かい?それに、トモミさんも?」

「久しいわね、時雨。その様子だとやっぱり車の整備に取り組んでいるってところかしら」

「ああ、えっと…そうですね。普段はこの服でずっと車の整備とかやってます」

ツナギ姿の時雨に感心するイズミとトモミ。

その言葉に対し、時雨はどこか恥ずかしげに答えた。

 

「それで、僕に何か用があると…?」

「ああ、そうだった。あたいも仕事があるから手短に話させてもらうよ」

「はあ」

そう時雨が答えたところで、イズミは遂に用件を伝えた。

 

 

「お願いだ時雨、あたいの車の感想を聞かせてくれ!」

 

 

「…え?」

「か、感想?」

ハルカと時雨がポカンとしながら返事した。

ポカンとするのも無理が無い話であった。何せそう言ったイズミとトモミは時雨に対して頭を思いっきり下げたのだから。

 

「あの、感想を聞きたいって…どういうことですか?」

ハルカが質問する。

するとイズミとトモミは頭を上げた。

 

「詳しく説明するわ」

そう言ってトモミが説明を始めた。

彼女の話によると、現状ライトチューンのFD3S…それのロータリーエンジン30周年モデルであるRS-Rに乗っているイズミだが、今後このマシンに対し更なるチューニングを加えていく予定だという。

だがチューニングをするという事は決まっても、それがどのような方針にするか、何処の部分からチューニングしていくかはまだ詳しく決まっていないという。

本当はイズミ自身がその部分は決めていく必要があるのだが、イズミは現在東京のテレビ局で複数の番組の司会を務めるほどまでに多忙な人物と化しており、チューニングをしようとしてもそこまでの時間が割けないという課題に直面していた。

この日、時雨の前に現れたのも何とか時間をやりくりして現れたのだった。

 

「そうだったんだ…でも、何で僕を指名したんだい?」

説明を受けて依頼内容を理解した時雨だったが、どうして自分がその車に乗る事になったのかという事については疑問を抱いていた。

するとその質問に、イズミが答える。

 

「やっぱりさ、今後の車のチューニングを決める以上…値以上の実力のある人に触れてもらった方が、あたいでももしかしたら気が付かないところがあるかな…って思ったわけよ」

「だから、僕に?」

「ああ。それが1つ目の理由だ」

イズミとしては、実力のある人間に自分のFD3Sに触れてもらう事で自分でも気が付かないようなところを見つけ出そうとしていたらしい。

だが、それだけが理由という訳ではない。

イズミが言葉を続ける。

 

「あとはそうだな…時雨、お前今後レーシングチームとして本格的に活動していくんだろ?」

「う、うん」

「だったらさ、今後に向けてあたいの車に乗ってみたいと思わないかい?」

「イズミのFDに?」

「そうだ。お前はワンエイティやフェアレディZと言った日産車には乗ってきたと思う…でも、別のメーカーの車にも触れてみたいと思わないか?」

「それは…」

時雨はD1地方戦に出場はしたが、それ以降は基本的にグラビアや峠でのレースがメインだった。

一方でD1地方戦で初参加にして初優勝を果たした時雨は、翌年のD1ライツ…つまりD1グランプリとD1地方戦の間のカテゴリーへの出場が決まっていた。

その為の準備期間の4か月間であるが、ナンバープレート付きマシンでの参加が不可能という事もあり、新たなマシンの準備を整えたりするなど、ライセンス取得など今後の予定がある程度決まっていた。

一方で新たなマシンを取得する必要がある以上、時雨は再びマシン選びを吟味する必要があるのだった。

ドリフトマシンは色々あれど、実際の所マツダ車は初めてだ。

D1グランプリにもFD3Sは出場経験があるが、自分では全く乗った事はなかった。

そしてそんな「初めて」に時雨は興味を持ってもいた。

だがそんな中で時雨はイズミに聞き返す。

 

「確かに僕は、乗ってみたいとは思う…けど、本当に僕でいいのかい?」

「ああ、構わないよ。とにかくあたいのFDに乗ってみて欲しいんだ。それでお前の感想が聞きたい」

イズミの眼は、時雨をじっと見て離さなかった。

どうやら本当にやって欲しいようだ。

そしてそれを感じ取った時雨の解答は一択だった。

 

「そこまで言われたら、僕も断るわけにはいかないかな…」

「本当かい?よっしゃ、助かるよ!お代は弾むぜ」

「いや別に、お代なんて…」

「いやいや、折角あなたを指名したんだから…それほどのお金は用意したわ。黙って受け取って欲しいわね」

「は、はあ…」

イズミの言葉に対し、トモミも感謝の意を伝えるかのようにそう言った。

すると、ある事に気が付いた時雨が質問する。

 

「そうだ、期間は?いつまでに回答してほしいんだい?」

「そうだなぁ…これから1週間程地方ロケがあるんだ。だからそれまでに終わってくれたらいいぜ」

「1週間か…」

「…どうします?」

1週間、という言葉を聞いて悩む時雨。

普段の仕事の上にさらに追加の仕事。

それに今日の夜から首都高への武者修行も決まっている。

少し悩んだ時雨だったが、ここで再び質問する。

 

「イズミ、仮に僕がFDに乗っていた時に、箱根とかでバトルを仕掛けられたらどうすればいい?」

「ああ?別に応じてバトルしていいぜ」

「本当かい?」

「ああ…でも、何でそんな事を聞くんだい?」

「…実は」

そう言って時雨は事情を話した。

首都高から現れた刺客。

そしてそれに応じて決めた、首都高での武者修行。

本当であれば自らのワンエイティで行くべきなのだが、いきなりハイパワーのマシンで突撃しても事故るだけであると考えた事。

それらを話すのだった。

 

「なるほどなぁ…『ライジング・サン』だか何だか知らねえけど、まああたいは別に首都高で使っても構わないよ」

「イズミ、いいの?」

「皇帝のモンスターマシンと互角の勝負を繰り広げたRZ34にも乗ったんだ。あれに比べれば明らかにスペックは低いし、きっと扱いやすいだろうから大丈夫だろ」

「イズミ…」

初めてのコースを、初めてのマシンで攻める事になる。

そう聞くとイズミにとっては悪い方かもしれなかった。

だがそれでも時雨の実力の事も知っていたイズミは、その腕を信用する事を決めたのだった。

するとイズミは時雨に対し、こう釘を刺した。

 

「ま、ないとは思うけど事故るなよ?あとあたいに渡す時はちゃんと整備が終わった状態で頼むぜ」

「……」

イズミが言った、バトルで使ってもいいという一種の「お墨付き」。

ならもし、仮にもノーマル状態同士ならワンエイティよりも速いFD3Sに乗っていたら?

首都高のドライバーたちはFD3Sにどれほど敵う人物がいるのか?

時雨にとっても首都高のレベルというのは興味があった。

そしてそうなった以上、時雨の返事はたった1つだった。

 

「わかった…もしかしたらバトルするかもしれないけど、整備を請け負うよ」

「よっしゃ、ありがとな!車を渡す時に、あたいのFD3Sの感想をしっかりと聞かせてくれよ?」

「本当にありがとう…それでハルカさん、整備のお代としてはどれくらいになる見込みかしら?」

「あ、えっと…」

そう言って工賃などを計算していくハルカ。

金額を聞いたイズミとトモミは、それに色を付けて支払うのを約束するのと同時に時雨へFD3Sを託すのであった。

 

 

 

こうして1週間の間、普段のワンエイティではなくイズミのFD3Sを借りて首都高で武者修行をする事になった。

 

 

 

 


 

 

 

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―――同日、夜10時。

時雨は奈美子を助手席に乗せ、借り物の黄色いFD3Sに乗って首都高を訪れていた。

路線名は「八重樫線」である。

 

東京23区内に存在する高速道路ではあるが、現在は15年程前に開通したバイパス道路の存在もあり、交通量はめっきり減っていた。

そしてその減った交通量を穴埋めするかのように現れたのが…東京中の走り屋たちなのであった。

首都高という都会の中のサーキットとも言うべき場所ではあるが、八重樫線に関しては車の横幅に対して1.5倍以上はあるであろう幅の広い2車線+車1台分程度の路肩が両側にあるという比較的広い道路である。

一方でコーナーはヘアピンあり高速コーナーありといったバラエティに富んだコースとなっている。

そんな八重樫線を、外観がほぼどノーマルのFD3Sが法定速度である80キロを遵守した状態で走っていく。

そしてそのFD3Sを先導するかのように、グレーのランエボⅧが走っていた。

 

―――FD3Sの車内。

時雨が運転する中、奈美子が呟いた。

 

「でも驚いたわ、まさか立ち寄ったパーキングエリアでこうもあっさり『ミズキ』のチームメンバーに会えるなんて!」

「正直、運が良かったと思うよ。あのドライバーも僕達を見て少し驚いていたみたいだし、えすえぬえす…で情報が広まっているみたいだね」

「私の情報が、かぁ…まあ、今はあのランエボⅧに付いて行きましょ!」

そう奈美子が言ったところで、時雨は前方を走るランエボⅧと一定の距離を保ちながら八重樫線をレッキがてら走っていく。

 

「(ミズキ君が言っていたドライバーとこうもあっさり会えるなんてな…折角だし、会わせてやりますか!)」

一方のランエボⅧのドライバーの男は静かにそう思っていた。

彼が噂にした箱根のドライバーとこうも合う事が出来るとは思っていなかった。

正体はよくわからないが、ミズキが多少誇らしげに言っていたところを考えると迎えてあげるべきなのだろう…とも彼は思っていたのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

―――チーム「ミューホップ」のメンバーが集うコーヒーショップ。

チームメンバーたちが集う中、リーダーのミズキがスマホの電話に出る。

 

「もしもし?…え?ライジング・サンの友達だっていったら、連れて行ってくれと言われた?それで今引き連れてる?俺も有名になったなあ…」

奇抜なファッションをした男、「アパレル店長のミズキ」が少し感心するかのように言った。

その言葉に対し、チームメンバーたちが少しだけどよめく。

 

「引き連れてんなら速くいつもの店に来いって」

そう言ってミズキは通話を切り、再びSNSを開く。

 

「『コーヒー飲みながらファッション談義。砂糖入りとか邪道だよね~?w』…と」

そう言ってミズキはSNSに投稿するのだった。

 

「ミズキさん、来るんですって?」

「ああ、来るみたいだし…歓迎してあげようか」

「噂の箱根のドライバー…楽しみだなぁ」

ミズキに対し、チームメンバーが話しかける。

どうやら箱根の美人ドライバーというだけあって、男臭いチームメンバーたちにとっては楽しみでしかなかったようだ。

 

 

 


 

 

 

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―――コーヒーショップ。

駐車場には既に「ミューホップ」のメンバー達のマシンが駐車されていた。

その数はざっと20台以上はある。

そしてその中には当然、ミズキのS13シルビアも含まれていたのだった。

 

「この店に?」

「ああ。入口はこっちだ」

駐車場に止めたランエボⅧの横に止まるように、FD3Sが駐車された。

車から降りた時雨と奈美子が、チームメンバーに引き連れられてコーヒーショップに入っていく。

 

「ああ、いた…おーい、ミズキさーん!」

ショップに入ったチームメンバーがミズキの姿を見つけ、ミズキに声をかける。

 

「おー、ナミちゃんじゃーん!みんな、紹介するわ!箱根でバトルをした時知り合った、ナミちゃん!可愛くね?」

チームメンバーによって引き連れられた奈美子と時雨。

ミズキの言葉に対し、チームメンバーたちが次々と奈美子へ視線を向ける。

だが、奈美子が注目されるばかりで時雨に関してはあまり注目されていなかった。

「箱根でミズキを逆ナンしたって噂の子か!?」という声も上がった。

 

「えっ!?ちょ、ちょっと!私、逆ナンなんかしてません!」

ミズキの言葉に動揺する奈美子。

だがそれを意に介さないかのように、ミズキは言葉を続ける。

 

「遠慮する事ねーし?『オレ等のグループの新しい仲間www ナミちゃんでーすwww」…と。写真を撮って…」

そう言ってシャッター音が鳴ったと思いきや、ミズキはそのままSNSに画像を送信するのだった。

そして感心したかのように、ミズキはスマートフォンの投稿を奈美子に見せるのだった。

ただし画像はあくまで縦向きであり、時雨の姿はほぼ写っていないも同然だった。

 

「ほら、見て!みんなのリアクション!ナミちゃんカワイイって言ってる!ヒュー!ナミちゃん、に・んき・も・のぉ!」

「えっ!?わ、私が可愛い…?いやー、照れるなぁ…って、ちがーう!ライジング・サンについて詳しく教えて欲しいの。くだらないSNSの話はどうでもいいから!」

だが、奈美子がそう言い放った瞬間だった。

あまり周りの空気を気にしないであろう時雨にとっても、コーヒーショップ内の空気が一変した事に気が付いた。

一瞬で周りの空気が凍り付いたのである。

 

「(…地雷を踏んだかな)」

後ろで話を聞いている最中、そう思った時雨。

すると時雨が黙っている中、ミズキの仲間2人がこう奈美子に食い寄る。

 

「ちょっと待てよ。くだらないって何だよ?ここにいるみんな、ミズキくんのSNSのでつながった仲間なんだけど?」

「箱根の山猿が、喧嘩売ってんの?ここ首都高。俺達の庭。勝てると思ってんの?」

スーツの仲間に次いでタンクトップの男が奈美子に食い寄って言った。

空気が悪くなる中で、ミズキはおどおどしながら制止させようとする。

 

「お、落ち着けよ。ナミちゃんと俺は仲間だし?特別に教えてあげても―――」

だが、その制止を振り切るかのようにタンクトップの男がこう言った。

 

「ミズキ君をディスってただで済むと思ってんの?こいつらに俺らの実力、見せてやるわ。かかってこいよ、箱根の田舎もん!」

宣戦布告とも言うべき言葉を言い放つ、タンクトップの男。

するとその言葉に、ここまで急速潜航状態の潜水艦の如く静かに話を聞いていた反応した。

 

推奨BGM

「じゃあ、僕が相手になるよ」

「時雨!」

「ああん?何だお前?さっきからこいつの横でボサッと突っ立っていたと思ったら…」

「どういう事情だか知らないけど、奈美子に火の粉を吹っ掛けるというなら僕が相手だ」

キッ、とした顔でタンクトップにガンを飛ばすかのように時雨はそう言い放った。

 

「ほほう…いいだろう。じゃあ俺が相手だ。さっさと車に乗れよ!」

「(ど、どうしよう…このままじゃ…な、何とかしないと…!)」

一触即発の状態の前に、ミズキはただおどおどする事しか出来ないのであった。

だがそんな事を意に介さないかの如く、時雨と奈美子はコーヒーショップを出ていく。

そしてそのまま、これまで乗ってきたFD3Sに乗り込む。

コーヒーショップに駐車されていたマシンたちのエンジンが一斉に起動し、こうなるともうミズキには止められない。

 

「(オレのバカ野郎…!)」

絶望に近い顔をしながらも、ミズキは泣く泣くS13シルビアのエンジンを起動するのだった。

 

 


 

 

チーム「ミューホップ」のテリトリーであるコース、首都高八重樫線(やえがしせん)は、コース幅こそ広けどテクニカルなコースとなっている。

八重樫線においては、基本的に2つのパーキングエリア間で行われるレースがメインとなっている。

スタート地点であるPA、佐々木(ささき)PAをスタート地点とすると、スタート地点の緩い左コーナー。

その緩いコーナーを抜けたところで、分岐点に存在する右の緩いロングコーナー。

緩いロングコーナーを抜けたところで、左、右とリズミカルなハンドルワークが必要となるシケイン。

シケインを抜けたところで左直角コーナー、若干のストレート区間の次に現れるのは右のヘアピンコーナー。

息継ぎのストレートを挟んだかと思いきや2つ目の右ヘアピンコーナー。

その右ヘアピンコーナーを抜けたところで、今度は左、右となる連続直角コーナー区間。

そして連続直角コーナー区間を抜けたところで最終の左ヘアピンコーナー。

最終ストレートを駆け抜けたところに存在する鈴森(すずもり)PAがゴール地点である。

 

因みにこれを逆にしたルートも存在するが、基本的には佐々木から鈴森までがバトルのメインと言ってもいいだろう。

ただ、PAでUターンする事で小さなサーキットとなる事も可能だ。

 

また何より、「首都高では箱根のローカルルールは通用しない」ということも特筆しておく。

基本的に箱根においては、左右のレーンをコイントスで決めており、ゴールまでそれぞれのレーンをはみ出すことの内容にそれぞれがそれぞれのレーンを走っていた。

どんな悪役であってもそのルールに関しては守っていた。

だがそれはあくまで箱根におけるローカルルール。

首都高においてはバトル中の車線変更もスリップストリームも可能なのである。

「コーナー区間の中央にオレンジポールが複数並んでいるという、整備された環境」という複雑な事情が絡んでいたが故の箱根のルールが特殊なのであったので、高速道路の中央にオレンジポールなど存在しないのである。

そしていわば箱根のルールから外れるという事は、いわば完全アウェーの公道レースに参加する事になるという事でもあった…。

 

佐々木PAにミューホップのメンバー達、時雨と奈美子、そしてそれぞれのマシンが集う。

車から一度降りた時雨と奈美子に対し、最初のドライバーがバトルのルールの説明をしていた。

 

「勝負はこの先の鈴森PAまでの1本。先に鈴森PAに滑り込んだら勝ちだ」

「……」

ミューホップのメンバーからルールを聞き、軽く頷く時雨。

メンバーが話を続ける。

 

「箱根は箱根の特殊なルールがあるそうだが…まあ、ここでも似たようなルールがある。基本的にタイマンでのバトルはコーナー区間においては、緊急時以外レーン移動禁止だ」

「コーナー区間ではレーン移動禁止…じゃあ、それ以外では?」

「普通に車線変更してもいい。だが、最初のコーナーで入った車線は、レースの最後まで守ってもらう」

「…あと、スタートは?」

「ローリングスタートだ。このPAの出口のところに黄色いラインが見えるだろ?あそこを互いに20キロでスタートするんだ」

そう言ってメンバーが指を指す。本線への合流する2車線の前に、あの黄色いラインが存在する。

そこを2台が並走した状態で20キロでスタートした後は全開走行である。

走り屋の巣窟となっている為、殆ど合流直後に車はやって来ない…が、安全面も兼ねて黄色いラインの横には2灯式の信号が存在した。

信号の下…緑色に光っている時はスタート可能だが、これが信号の上…赤に光っている間は、合流の部分或いは近くに車がいるという事である。

なお、黄色いラインの10m手前に車が2台並べば、合流側の方では赤色の警告灯が光るので、本線のマシンは強制的に左端か右端の路肩へと移るのがルールと言えばルールらしい…。

そして何より特筆すべき点は、ブレーキングポイントとなる「ドリフトライン」が存在しない事でもあった。

箱根でバトルした時、地面にはドリフト開始・終了地点となる黄色いラインと、ドリフト区間中のゼブラゾーンが存在していた。

しかし首都高においては、目安となるドリフトラインが少しあるだけで、あくまで参考と言うべきものになっていた。

まあ一言で言うならば、ドリフトするならドリフトするで自らのラインを決めなくてはならないということである。

 

「ここでのルールはそんなもんだ。これでいいか?」

「…わかった。早速始めよう」

時雨がそう言ったところで、2台のドライバーがそれぞれのマシンへと乗り込む。

ワンテンポ遅れて奈美子もFD3Sの助手席へと乗り込むのだった。

 

 

「(ナミちゃんたちも乗り気だし、結局止められなかった…どうしよう…)」

一方でバトルの前のスタンバイの様子を見ていたミズキは、静かにそう思うのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

―――vsショップの常連A

推奨BGM:SAY YOU LOVE ME(from That's EUROBEAT vol.31)

 

相手の車はグレーのランエボⅧ。

見かけはノーマルである。

一方でこちらのFD3Sも多少チューンされているとはいえ、外観はほぼノーマルであった。

 

「時雨…」

「…目先のバトルに集中しよう。コースでブレーキのタイミングを教えてくれ」

「う、うん…」

初めての首都高でのバトルに対し、奈美子は不安を感じていた。

だがそれでも、サーキット走行経験のある時雨にとってはむしろ首都高のルールにやりやすさをも感じていた。

速く走る為なら、限られたラインではなく自在にラインを構築して自分の走りをする。

その方が自分にとっては合っているのではないか?

そう時雨は思うのだった。

 

「動き出した。行くよ」

相手のランエボⅧがゆっくりと動き出す。PAの通路の2車線における右レーンへとランエボⅧが入る。

FD3Sは自然と左レーンへと入るのだった。

20キロという低速走行の中、2台がスタートライン直前で並走する。

スタートラインまで15m、10m、5mと確実に迫る。

そして遂に、並走した2台がスタートラインとなる黄色いラインを踏むのであった。

 

 

「(よーし、行くぞ!)」

「……!」

そう言って、2台のドライバーが互いにアクセルを全開で踏み込む。

加速差で抜け出したのはFD3Sだった。

2台は本戦へと合流し、みるみる加速していく。

FD3Sが一台抜け出したが、ランエボⅧも食らいつかんとスリップストリームに入った。

 

「(後ろに食らいついた状態か…でも、このまま第1コーナーだ)」

最初の左コーナー。

このコーナーは緩い左コーナーというだけあって、時雨有利。

ドリフトの参考となる黄色いラインはあれど、それは箱根のそれよりも薄いものだった。

本当に参考レベルにしか過ぎないようだ。

コーナー直前で時雨は軽くアクセルを抜く。

速度は118キロだった。

 

「(……)」

軽くハンドルを左に切り、再びアクセルを全開で踏み込む。

バランスを崩しかけたマシンがテールスライドを始める。

そしてそれと同時にハンドルを右に切り返し、カウンターを当てる。

 

「(あれ…)」

サイドブレーキを引いたランエボⅧのドライバーに違和感が走った。

カウンターを当ててドリフトする最中、相手が有利な走行レーンを走っているという事を含んでも予想以上に離されていく。

その距離は3m、5mとみるみる離されていく。

そしてコーナー出口のラインでドリフトをやめてアクセルを踏み込んでも、立ち上がりでも食らいつけない。

加速では有利なはずのランエボが、みるみる引き離されていく。

 

「(だが…!)」

第2コーナーは右のロングコーナー。

抜こうと思えばFDなんてすぐに食らいつけるはずである。

ブレーキをフラッシュさせ、サイドブレーキを引いたかと思いきや右にハンドルを曲げる。

姿勢を崩したランエボⅧは白煙を上げてドリフトし始める。

速度メーターは100キロを示していた。

インコースという事もあって追いつけるだろう。

そう思っていた。

だが、実態は違う。

 

「(食らいつけない…!?)」

相手のFDの方が明らかに旋回速度が上なのである。

向こうのタイヤが良質なのか、自分のタイヤがヘタっているのか。

それとも向こうのパワーが単純に上なのか。

何にせよ、スペックでは明らかにこちらが劣っている事は明白だった。

前方を走るFD3Sとの距離は徐々に広がっていく。

 

「(これが、ロータリー…加速も申し分ないし、何より曲がる)」

一方こちらは先行する時雨の車内。

完全に自分の世界に入っていた。

コーナー2つでFDの挙動というのがある程度は理解できた。

加速レスポンスも、チューニングされたワンエイティほどではないとはいえ…明らかに高い。

コーナーでドリフトしている際も速度が120キロ台を維持していた。

第2コーナーを抜け、高速シケイン区間。

左、右とクイックなハンドルさばきが要求されるコーナーではあるが、時雨はそれを見越したかのように、ハンドルをくいと曲げてFDのリアをパワースライドさせる。

一番最初のワンエイティ以上のエンジンの手ごたえを感じつつ、強化された後のワンエイティと同じような感覚で、マシンのパワーに任せたパワースライドを実現する。

 

「(軽くチューニングされた状態でこれなら…やっぱり化ける可能性というのはあるのかな)」

時雨はあまりチューニングカーの事は知らない。

しかし、FD3Sというマシンに関してはチューニングベースの土台となっていてもおかしくないという事については自覚していた。

それくらい、FD3Sにも魅力を感じていたのである。

シケイン区間をマシンの挙動に任せたまま、左レーンを走行していくFD3S。

目の前には左の直角コーナーが迫る。

 

「(ここで…)」

ドリフト開始地点の目の前5mでブレーキをフルで踏み込み、あえてタイヤをロックさせる。

そんな状態でハンドルを45度程まで曲げれば、あっという間にFD3Sがスピンするかのように後輪を滑らせる。

100キロ以上出ていれば、時雨にとってはブレーキングドリフトなんてものはお手の物だった。

450馬力程度というモンスターなワンエイティを手名付けている彼女にとって、それ以下の馬力のマシンはお手の物とも言うべきだった。

速度は110キロだが、構わずドリフトしていく。

リアタイヤが滑るFD3Sのハンドルを左から右に切り返してカウンターを当てる。

アングルをある程度付けたFD3Sは白煙を上げながら直角コーナーを左側の走行レーン目いっぱいにドリフトしていく。

 

「(すぐに次のヘアピン…!)」

コーナー出口でアクセルを一瞬抜いて、ハンドルをニュートラルに戻した後に再びアクセルを踏み込む。

だが、落ち着いている暇はない。

ものの数秒で次の右ヘアピンが迫るのである。

マシンの速度が130キロという速度の中、ブレーキを踏み込みつつ、ハンドルを左に曲げる。

そして速度計が70キロを示したところでブレーキリリース、アクセルオンと共にハンドルを一気に右に切り返す。

 

「(……!)」

時雨の得意技、フェイントモーションドリフト。

右レーンでの左コーナー、左レーンでの右コーナーという「アウトレーンの不利なコーナー」では、時雨はこの技でコーナーを切り抜けてきた。

そしてそれを、イズミのFD3Sでも披露した。

回頭性の高いFD3Sは、まるでぐるんと宙返りをするかのように、右回転で進路を逆向きに変える。

だが、これでいいのである。走っているコーナーはヘアピンであり、そうでもないとクラッシュしてしまう可能性だってあるのだから。

それでもドリフトのアングルを付けすぎていると判断した時雨は、直ぐにハンドルを右から左に切り返してカウンターを当てる。

 

「(やっぱりすごい。この車は、ライトチューンでも僕のワンエイティと同じくらいの旋回性がある…これが、FD3S…)」

スピンしすぎないようにハンドルを左に切り返し、ドリフト状態でありながも徐々にヘアピンを立ち上がっていくFD3S。

そしてコーナー出口寸前で、ドリフトアングルがほぼなくなるようにカウンターを当て続け…アクセルを抜いたところでハンドルをニュートラルに戻す。

そしてその状態で推進力を得るべく、時雨は再びアクセルを踏み込んでいく。

 

「―――!」

アクセルを全開で踏み込むことで、その加速Gが時雨を襲う。

シートに打ち付けられるかのような圧迫感を感じながらも、アクセルを踏むことはやめなかった。

これはあくまでバトルなので、手を抜く事は時雨自身も許さなかったからである。

短いストレート区間だが、ここで時雨は右のサイドミラーを見る。

 

「(あれ?)」

右側サイドミラーを軽く見たが、ランエボⅧはもういなかった。

ロータリーの爆音にかき消されていたのか、はたまた時雨が自分の世界に入っていたからか、完全にランエボⅧの姿は消えていた。

ヘアピンを抜けた直後とはいえ、ランエボⅧは完全にFD3Sの視界から消えていたのであった。

 

「(あのドライバーは大したことはなかったんだ…まあ、いいか)」

軽く幻滅しつつも、時雨は決して手を抜く事はなかった。

2個目の右ヘアピンでも軽くハンドルを左に曲げて一気に右に曲げるフェイントモーション。

相手の心を完全におらんと言わんばかりのその走りは、もはや時雨にとっての「相手への幻滅」を示すかのようだった。

 

 

「な、何なんだよあの野郎…」

一方のランエボⅧは、直角コーナーシケイン区間の中間を走っていた。

ドライバーはそう涙声で呟くしかなかったのだった。

 

もはやこの時点で勝負はついていた。

1人目に関して言えば言う間でもなく、時雨の圧勝であった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「(首都高でバトルなう。箱根の相手とリベンジバトル!チョー盛り上がってまーす!…っと、写真を撮って…)」

ミズキがバトルの様子を撮影し、SNSに上げる。

一方で最初のドライバーを倒したことにより、首都高のドライバーたちも時雨の実力に感心し始めた。

 

「なあ、あいつヤバくねーか?」

「ああ、最初の相手とはいえ…」

「ええい、次は俺だ!おい!お前俺と勝負しろ!」

そう言って次の相手が時雨にバトルをするように促す。

 

 

「…いいよ。誰でもかかって来てよ」

相手の挑戦に対し、時雨はただ受け入れるだけだった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

―――最初のドライバーから数戦した後。

 

「ほら、見てみてナミちゃん!この国のドライバーたちがいいなーって言ってる!そ、それでね、モノの相談なんだけど…」

次のバトル相手を待っていた時雨と奈美子の前に、ミズキが現れてスマホの画面を見せる。

だが、時雨がきっ、と睨むのと同時に奈美子が反論する。

 

「ミズキの話なんか聞くものですか!どうせまた嘘ついて、SNSに報告するつもりなんでしょ?」

「変な嘘をつくのはやめてもらいたいね」

奈美子の言葉に対し、時雨が追撃するように畳みかける。

 

「う、うぐ…」

もはやミズキには取り付く島もなかった。

 

「この調子でアンタも倒して見せるわ!」

「さあ、次の相手をよこしなよ」

奈美子も時雨も自信があるように互いにそう言った。

するとその言葉を見かねたのか、ミズキの仲間がこう言いだした。

 

「調子に乗ってんじゃねぇぞ!次にミズキ君がSNSにアップするのはな…お前らが負けて土下座している姿だよ!なっ、ミズキくん!」

啖呵を切るように仲間の一人がそう言いだした。

だが、ミズキの反応はいまいちなものであった。

 

「あ、当たり前だし?俺の仲間が負けるわけ…ねーじゃん?よ、よし、ちょっとぶちのめしてきなよ!」

そう言うミズキの顔には徐々に汗がにじみ出てきていた。

 

「おい!さっさと準備しろ!!」

ミズキの仲間…ショップの経理がバトルを促してきた。

 

「いいよ、始めようか」

相手の威嚇を全く意に介さないように、時雨はそう言って奈美子共々FD3Sに乗り込むのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

―――vsショップの販売員

推奨BGM:WOW TOKYO(from EUROMACH5)

 

 

相手の車は赤色のR32GT-R。見かけはノーマルのようだ。

 

ここでもコース概要を軽く書いておく。

スタート地点であるPA、鈴森(すずもり)PAをスタート地点とすると、スタート地点のストレートの直後、右ヘアピンコーナー。

そのヘアピンコーナーを抜けたところで、左、右という連続コーナー区間。

連続コーナー区間を抜けて左ヘアピン。

息継ぎのストレート区間を抜けて2回目の左ヘアピン。

ヘアピンを抜けた後、左、右とシケイン。

シケインを抜けた後、別方面からの合流地点付近となる左ロングコーナー。

そしてそのまま右の緩いコーナーを抜け、最終ストレートを駆け抜けたところにある佐々木《ささき》PAがゴール地点である。

 

「…さて」

R32GT-Rのドライバーがそう呟き、右レーンに入る。

そしてそれに並走する形で、FD3Sは左レーンからスタートとなった。

PA出口のスタートラインを2台が20キロで通過したところで、アクセルを全開に踏み込んでいく。

本戦に合流した2台が、スタート直後のストレート区間を抜けて最初の右ヘアピンへと近づいていく。

互いに速度は120キロまで出ていた。

加速としてはFDの方がやや有利というべきだが、テールトゥノーズでR32が食らいついていた。

 

「(さあ、最初のコーナーだ…)」

R32のドライバーがアクセルオフからブレーキを踏む。

右レーンというインコースである以上、R32が有利なのはわかっている。

だからこそインコースから突けばいい。

そう思っていた。

だが

 

「―――!」

一方の時雨。

ブレーキを軽く踏み、ハンドルを左から一気に右に曲げる。

だが、その舵角は最初の時よりも浅い角度になっていた。

120度以上曲げていたハンドルだったが、いつの間にか直角90度未満まで舵角が収まっていたのである。

マシンの操縦性についてその両手両足を持って学習した時雨は、「どれだけの速度であればどれだけのコーナーを速く曲がれるのか」という事に関して理解が深まっていた。

そしてその理解が高まるという事は、言ってしまえばコーナーリングの時の速度が上がっているという事をも意味していた。

リアタイヤが滑り出し、ドリフト状態へ。

そしてドリフトを認識した直後、再びハンドルを左に切り返してカウンターを当てる。

タイヤのスキール音が響く中で車線をはみ出ないように、FD3Sは左レーンを100キロ以上でドリフトしていく。

 

「(っ…速い!?)」

インコースである右レーンを走るR32のコーナーリング速度は80キロ程度。

インコースであるという事を差し引いてもFD3Sとは速度差が生じていた。

FD3Sのテールライトが閃光を描く。

R32のドライバーは自分のマシンをそれに追いつかんと必死になってアクセルを踏み続ける。

ドリフトしているR32はテールスライドを続けながら何とか加速していく。

だが、ドリフト中という事もあり思った以上に速度が上がらない。

勿論それはドリフトしているFD3Sも同じなのだが。

 

「(アウトコースを走ってるのに…差が離される?)」

カウンターを当て続けながらも立ち上がりでハンドルをニュートラルに戻し、再びアクセルを踏み込む。

だが、この時点でFD3SとR32の車間距離は車1台分まで開いていた。

テールトゥノーズの状態であった事を考えると、明らかに距離が離されていた。

 

「っ…!」

R32のドライバーは必死にアクセルを踏み込む。

何とかして次の左直角コーナーまでに追いつかなければいけない。

そう思いながらR32に対し、アクセルを踏み込むことで鞭を入れていく。

FD3Sを追いかける形でR32も左直角コーナーに突入する。

だが、差は少しずつ開いていく。

 

「(バトルを重ねるごとに、時雨の走りが洗練されていっているような…)」

一方助手席の奈美子は、操縦する時雨を見てそう思っていた。

そのスカイブルーの瞳と顔つきは完全に普段のワンエイティに乗っている時と同じように見えてきた。

それだけこの車に対して理解が深まってきたという事だろう。

序盤こそ感じられた何とも言えぬぎこちなさが、何戦もバトルを重ねるうちに消えている。

そう奈美子は思った。

 

「(段々とこの車がわかってきた。乗りこなすことが出来れば…この車は、速い!)」

左直角コーナーから右直角コーナーへ。

アクセルオフからハンドルを右に曲げ続ける事で、左から右へとマシンを振り回し、連続コーナー地帯をドリフトしたまま駆け抜けていくFD3S。

速度は常に120キロ以上出ている。

車線は通常の1.5倍の広さに加え路肩もある以上2.5車線というべきだが、その2.5車線をフルに活用するようにFD3Sはドリフトしていく。

2.5車線という縛りは、時雨にとって「限られた区画でコントロールする」という一種の制約付きトレーニングとして一役買っていた。

今後さらなる上位カテゴリーのドリフト競技に出場する以上、卓越したドリフトコントロール技術は必須とも言うべきもの。

狙った位置にドリフトしていく…時として壁スレスレをピンポイントで狙うという技術は、時雨にとっては必要である。

そして首都高という高速域でのバトルは、その技術を磨くのに好条件でもあった。

 

「(ワンエイティ以上の身軽さを感じる…ロータリーってこういうものなのかな?)」

右直角コーナーから左直角コーナーへ。

FD3Sは走って良し曲がって良しのマシンとしては有名。

峠のヒルクライムでもその強靭なパワーを発揮し、コーナーでは曲がる。

そして今時雨が乗っているFD3Sは、ライトチューンとはいえトランスミッションやマフラー系がチューニングされていた。

そうなれば多少とはいえ鬼に金棒。狭い峠だけでなく、首都高と言った峠よりも上の速度域でも十分に戦う事が出来ていた。

連続コーナー地帯を抜け、2個目の左ヘアピンが迫る。

 

「―――!」

フルブレーキングであえてタイヤをロックし、ハンドルを右に少しだけ回す。

そして次の瞬間には、ハンドルを一気に左に切り返してアクセルを踏み込む。

パワーを与えられたタイヤが滑り出す中、ハンドルを右に切り返してカウンターを当てる。

お得意のフェイントモーションで車線から左端の路肩までマシンのノーズを迫らせる。

隙間には幾分余裕はあるが、それでも数回走った事だけを考えると上出来だった。

速度も100キロ以上出ており、後方から少々の白煙が上がる。

そしてそのままコーナー出口でアクセルを一旦抜き、ニュートラルに戻したところで再びアクセルオン。

真正面にパワーを与えられたFD3Sはぐん、と加速していく。

ヘアピンコーナーを駆け抜けたFDは、そのままシケイン地帯へと突入する。

 

「(ち、畜生…!)」

一方、追跡するR32。

グリップ重視のR32は走りがぎこちなく、完全に置いてけぼりだった。

ドリフトに向かないマシンを無理くりサイドブレーキを引いてドリフトさせているのだから無理もない話ではあるのだが。

左直角コーナーを入ったところで、FD3Sは既にヘアピンの先へと姿を消そうとしていた。

向こうの走りはまるで氷上を滑るフィギュアスケーターの様に軽やかなものだった。

それはまるで、嘗て水上を駆け抜けた艦娘の様に…。

 

「(軽やかだ…それに滑らかに走ってくれている)」

シケイン地帯を左、右、左と逆ドリフトを決めて駆け抜けていくFD3S。

この時点で既に後方のR32は見えなくなっていた。

もはや完全に勝負はついていた。

それでも時雨はアクセルを抜くことなく、次の左ロングコーナーへと駆け抜けていく。

ブレーキをきゅっ、と踏んだかと思いきや、ハンドルを左に曲げて後輪が滑り出す。

そのままハンドルを右に切り返してカウンターを当て続けながら徐々にマシンを加速させていく。

コーナー出口でアクセルオフからハンドルを元に戻し、再びFD3Sを加速させる。

そのまま最終の右コーナーを駆け抜けてゴールへと疾走した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

―――佐々木PA。

駐車場の一角でハザードランプを点けて停車するFD3S。

バトルをする度に、ギャラリーから声が上がっており、SNSではこのバトルが話題になっていた。

この時、一旦のトイレ休憩のために時雨と奈美子は車外に出ていた。

 

「それなりの数をバトルしてるけど、どう?時雨…まだまだ余裕って感じ?」

そう言って、助手席の奈美子がペットボトルの水を差しだす。

 

「そうだね…まだまだこれからだよ」

そう言った時雨は軽く水を口にした。

 

「それにしても、随分スタミナがあるのね…時雨って。やっぱり、過去の経験もあるのかな?」

「どうだろう…今の僕には関係ないと思うけど…」

すると時雨はこう言った。

 

「でも、自動車レースについてはスタミナは必要不可欠だと思うんだ。これもこれで、いい特訓だと思うよ」

「時雨…」

「それにしても、大将はまだまだ出てこない感じかな?」

この時点で時雨は既に10戦近くこなしていた。

バトルを様々なドライバーに挑戦される度に、その都度FD3Sで返り討ちにしていたのである。

一方で疲労の色は全く出ていない。

日頃の仕事に加えて、夜の首都高での全力走行。

それでも彼女にはどこか余裕すら感じられた。

 

「ええ…本当に口ばっかりね。アイツが出てくるまで勝ち続けましょ!…って、あれ?」

「どうしたの?」

そう言って奈美子がスマートフォンを取り出し、SNSを見る。

そしてこう発した。

 

「私たち、応援されてるみたい…」

「どこで?」

「SNSでよ。それに、周りの人の反応も…」

「あ……」

そう言って周りを見ると、ギャラリーたちが自分と奈美子を応援しているように見えた。

あまり細かい事は分からないが、どうやら自分たちの味方がいないわけではなさそうだ。

 

「あ!『連勝記録更新中、すげぇドライバーだ!』だってさ!頑張ろう!」

「…わかった。次の相手を選んでもらおうか」

そう言って奈美子と時雨はミズキの元へと向かう。

一方でミズキのところには、彼の仲間たちが話し込んでいた。

 

「ミズキくん、ごめん。あいつらマジで速すぎる…そろそろバトル頼むよ!仲間たちの為に、勝って見返してくれ!」

そう言ってミズキにバトルをお願いする仲間の一人。

するとその言葉に、どこか時間稼ぎの様にミズキが返事をする。

 

「ほ、ほら、まだサークルの奴らいるし?ナミちゃんたちに東京を楽しませないとさ??ほら、俺ってチョー優しいし?」

だがその言葉に対し、ミズキの表情には焦りが出ていた。

 

「そ、そうだね…あいつらどうせ負けるしな!せいぜい東京観光でもしてもらおうか!」

仲間の一人がどこか納得したかのようにそう言った。

すると場の空気を読んだ時雨がこう話しかける。

 

「話は済んだかい?次の相手を…」

「…ミズキくん、俺やってくるわ。いつまでもチョーシ乗らせるわけにいかないっしょ」

時雨の言葉に対し、ミズキの仲間の一人が立候補した。

 

「次はあなただね?ようし…」

そう言って時雨と奈美子、そしてミズキの仲間の一人はそれぞれの車へと向かうのだった。

 

「(奈美子曰く、えすえぬえす…では『ミズキって口ばっかりじゃない?さっさとバトルしろよ、アイツ』なんて言われているみたいだ…引きずり出すのは、意外と時間がかからないかもしれない)」

そう思いつつ、時雨は次のバトルへと向かっていく。

だが、時雨は未だに横文字に慣れないでいた。

 

 

 


 

 

推奨BGM

―――さらに数戦後、佐々木PA。

 

「し、信じられねーよ…」

時雨にバトルを挑んだミズキの仲間の一人に対し、仲間たちが向かう。

タイム差は何と5秒以上。

この時点で時雨の走りは最初の時以上にさらに洗練されていた。

もはやミズキの仲間たちには手に負えない状態だった。

顔面蒼白になっていた男…今さっき時雨とバトルをした男が何かを思い出すかのように話し始める。

 

「あいつら、さらに速くなってねえか!?」

「あ、ああ…こんな短時間であんなに速くなるものなのか!?」

すると、メンバーの1人がある事に気が付いたかのようにこう切り出す。

 

「なあ、俺ヤバい事に気が付いたんだ…」

「何だよ?」

「あの箱根から出てきた二人組、片方の奴って『時雨』って言ってたよな?」

「あ、ああ…それがどうした?」

「箱根から出てきた、時雨…なんだけどさ、ちょっと前に、箱根で『皇帝』になったってやつがいるんだ…」

「こ、皇帝…!?」

「えっと…あった!これだよ…」

そう言ってミズキの仲間が見せたのは、水着姿のグラビアで話題沸騰となっている時雨の姿だった。

セクシーな水着姿の少女は、まごう事なき箱根からの挑戦者だった。

 

「あ、あいつじゃねえか…」

「おい…なんでこんな有名人なのに、ミズキくんは気が付いてないんだよ…!」

「こんな奴にバトルされたらたまったもんじゃねーや、俺は降りるぞ」

「当たり前だ!俺も逃げる!!」

「藪をつついて蛇を出しちまった…逃げるぞ」

そう言って、SNSの話で盛り上がっていたミズキの仲間たちはPAから車を出して退散していく。

 

「お、おーい!!どこ行くんだよー!!」

「仲間たちが消えていく?」

「あれだけいたのに…?」

ミズキの仲間たちが一斉にPAから退去していく。

その様子には奈美子も時雨も唖然とするしかなかった。

よりにもよって敵前逃亡とは思いもよらない事態である。

すると、その時だった。

ミズキのスマホがSNSの通知でいっぱいになっている事に気が付いた。

 

「(え、何で?何でこんなにSNSの反応が増えてるの?)」

あのFD3Sの横姿を取った写真が、異様なまでにバズっている。

それも、奈美子の写真の比ではないレベルで反応が伸びていた。

だが、SNSの反応はこうだった。

 

「あーあ、よりにもよってあのバカッ速な子に勝負挑むなんて」

「ミズキの眼も節穴すぎるだろ、あんな奴敵うわけないって」

「でもなんで箱根で一声上げた奴が首都高に?」

「この前のグラビア知らないのか?ありゃ文字通りのダイナマイトボディだったよなぁ」

「うわーいいなあ、噂のドライバーとバトルするなんて!」

「アマチュアレースとはいえサーキット経験者に挑まんとする首都高のライジング・サン(笑)」

「さっさと首都高から降りて、チームリーダー変えたほうがいいんじゃね?」

「ミズキの命運もここまでだなwww」

奈美子に関する反応は0に近かった。

それどころか、あのFD3Sに対する反応が大半を占めているのだった。

そしてそんなドライバーに立ち向かおうとしている事に対して、「身の程知らず」「驕り高ぶった奴の末路」などと書かれ、炎上と言うべきものになっていた。

 

「(これ…ナミちゃんに反応してるんじゃない…?あのFD3Sのドライバーに反応してるのか…?)」

ミズキにとっては困惑するしかなかった。

ほぼどノーマルのFD3S。

ミズキにとってはそうにしか見えなかった。

 

「(あのFDのドライバー…何者なんだ!?)」

「ミズキくん!次俺行ってくるよ!」

「お、おう!」

ミズキが何者なのかを考える間もなく、次の仲間がバトルへと向かっていく。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

―――そしてさらに時雨がバトルを重ねて数戦した後。

 

「大変だよ!仲間がみんな逃げだした!!バトルで負けたくないって…」

数少ない、PAに残っていたミズキの仲間がミズキに話しかける。

 

「なんだって!?あ、あいつら…勝手に盛り上がってヤバくなったら置き去りかよ!!」

「もう残ってるのはミズキくんだけだ!!」

「そ、そんな…!?ん?」

そう言ってスマートフォンの通知を確認するミズキ。

だがそんな中でも、SNSのではミズキにバトルを促す投稿が増えていく。

 

「おい、ミズキ、走れよ。早くしろよ」

「山猿相手に服を着たサル惨敗(笑)」

SNSではミズキに対し、こんなリプが付き始めていた。

 

「こいつら、さっきは知ってた仲間…!?さ、最悪だ…!」

「箱根の山猿の癖に生意気な…!ミズキくん、ミズキくん!真打登場だよ!!」

イライラを募らせるミズキに対し、遂に仲間たちもバトルするように促す。

 

「い、いやぁ~残念だなぁ!これから原宿で打ち合わせだし?箱根の方々にはお帰り願え…」

だが、それを断るように仲間たちがミズキを取り囲んだ。

 

「ミズキくん、SNS見てみろよ!ここで勝たないと、お前マジでヤバいって!!」

そう言ってスマホのSNS画面を見るミズキ。ミズキのコメントは共通した言葉があった。

「バトルしろ!」…この願いは皆共通のようだ。

 

「何が起きてるの?」

「仲間割れ…?」

その様子を見ていた奈美子と時雨はただ近くに寄ってそう呟くしかなかった。

するとその様子を見たミズキの仲間がこう発破をかけるように言った。

 

「おいお前ら!ミズキくんがバトルしてくれるそうだぞ!」

「そうなのかい?でも…」

仲間の言葉に対し、ミズキの顔を見る時雨。

明らかに顔色が悪くなっているように見えた。

こんな調子で大丈夫なのか?

敵の大将でありながらもそう時雨は思わざるを得なかった。

すると、奈美子が遂にこう言った。

 

「ミズキ、現実から逃げないで。正々堂々バトルしましょ?」

「あれ程啖呵を切ったのにこんなザマかい?君には失望したよ」

奈美子の言葉に次いで、時雨がミズキに発破をかけるようにそう言った。

 

「く、くそ…お前らのせいだ!俺の『首都高最速のライジング・サン』が!お前らなんかのせいで!!」

自暴自棄になるミズキ。

そして遂にこう言いだした。

 

「やってやる!お前らを倒して勝ち続けて、『首都高最速のライジング・サン』になってやるんだ!クソクソクソっ!!!」

もはや見境もなかった。

 

「何だっていいさ。相手になるよ」

そんな様子に対し、時雨はそうアッサリというのだった。

 

 

 

 


 

 

 

 

―――vsアパレル店長のミズキ

推奨BGM:ANOTHER DESIRE(from SUPER DUPER EUROBEAT vol.4)

 

スタート直前、佐々木PAには2台が並んでいた。

左レーン、FD3S。右レーン、S13シルビア。

S13シルビアには赤いボディカラーに青い2本のレーシングストライプが縦に描かれていた。

エアロに関しても軽くリアウイングが改造されていた。

 

「(どうして…どうしてこうなった!!)」

周りに囃し立てられて、よりにもよってバトルをする事になってしまった。

正直自分には自信が無い。

ここまでの快進撃を見ているだけでも、自分にとっては格上の相手なのではないか。

そうミズキは予感していた。

だが、こうなってしまった以上どうしようもない。

彼はやむを得ず目先に集中するのだった。

 

「(何戦も重ねている事もあって、タイヤにはかなり負担がかかっているはず…無理は出来ない)」

一方の時雨。

ここまで時雨はほぼ手加減なしでかっ飛ばしてきた。

ある程度ドリフトをするときは用心していたとはいえ、マシンに関してはそれなりに負担がかかっているのであろうという事は、箱根を散々走ってきた以上想像は容易だった。

だが、ここが最後のひと踏ん張りである。

ここで勝負に勝って、ライジング・サンとやらの事を聞きだす…そう思っていた。

そしてそう思っているうちに、右レーンのS13シルビアが発進した。

時雨も軽くアクセルを踏んで並走するように走っていく。

するとその時だった。

 

「時雨!」

「!」

「ここが正念場よ。頑張って!」

助手席の奈美子が激励するかのようにそう言った。

その言葉にこくりと頷く時雨。

だが同時に、こんな言葉を口にした。

 

「…ちょっと怖い思いをするかもしれないけど、僕を信じてくれ」

「え…?信じるって?」

「いいから」

「わ、わかったわ…」

半ば押し黙らせるかのように、時雨はそう言った。

そうこう言っているうちにS13シルビアとFD3Sは並走状態になった。

 

「(くそっ、一気に逃げてやる!!)」

スタートラインである黄色の線を踏み越えた直後、ミズキは一気にアクセルを踏み込んだ。

本戦に合流したS13シルビアは20キロから50キロ、70キロへと加速していく。

 

「……」

それを追いかけるように時雨もアクセルを徐々に踏み込んでいく。

だが、加速は今までよりも鈍い。

 

「(踏み込まない…相手に先行させるのかしら?)」

奈美子は今までの時雨の走りを見て勘付いていた。

スロースタートの場合、時雨にとっては相手の実力を判断するか、相手の様子を見るかのどちらか。

普通に加速勝負であればFD3Sの方に分があるのは言うまでもない。

だが時雨はそのチャンスを敢えて放棄した。

それはまるで、相手の実力を確かめたいと思っているかのように。

本戦に合流しても、速度は90キロ台をキープし続ける。

先行するS13シルビアとは少しずつではあるが差が開く。

 

「(後ろに付いた…?一体、どういうつもりだ…?)」

S13シルビアの左サイドミラーがピカピカと光り続ける。

そんな中で第1コーナーの左コーナーへ突入する。

サイドブレーキからハンドルを左に曲げ、そのまま右にカウンターを当てるミズキ。

3速でドリフトしていくS13シルビアにカウンターを当て続ける。

速度は70キロ台で、必死にアクセルを踏み続ける。

一方、後方ではほぼ同等の速度でFD3Sも後輪を滑らせてドリフトしていた。

 

「(これがS13シルビア…僕のワンエイティとは兄弟車と言われているらしいけれど、どうやらそうみたいだ)」

第1コーナーを抜け、第2コーナーへ向かっていく2台。

FD3Sはインコースではあったが、S13シルビアの走りを見たいと思っていた時雨はあえて踏み込まなかった。

S13シルビアの走りを見ていて、時雨はワンエイティに似たようなものを感じ取っていた。

やはりそれは、S13シルビアとワンエイティが兄弟車と言われているからかもしれない。

自分のワンエイティは原形をとどめていない程魔改造…チューニングされたものではあるが、それ以前に乗っていたワンエイティと、見ているだけでも似ている感覚を感じていた。

だが同時に、時雨はある事にも気が付いた。

 

「(でも…)」

第2コーナー、右ロングコーナーに突入する2台。

時雨はブレーキを軽く踏んでマシンの重心を前に持ってきたかと思いきや、アクセルを踏み込むのと同時にハンドルを右に曲げて後輪をテールスライドさせる。

滑り出したところでハンドルを左に曲げ、カウンターを当てながらアクセルを踏み込む。

S13シルビアは右レーンでドリフトし続けるが、FD3Sも食らいついている。

 

「(あのドライバーには、ライジング・サンを名乗るほどの風格を感じられないかな…)」

時雨たちが追いかける「ライジング・サン」。

時雨はそのドライバーの事をかなりの実力者なのではないか、と思っていた。

だが、ミズキのS13シルビアからは全くもってその風格を感じる事が出来ない。

後方のFD3Sから逃げる為に必死になっているのは、マシン後方から見ていた時雨でも認識出来ていた。

そして同時に時雨はマシンのある変化も見ていた。

 

「(チューニングも内部は大したことがなさそうだ。車自体がふらついてる)」

時雨はS13シルビアの車体がロールしている事に気が付いていた。

車体がふらついている。恐らくスタビライザーを強化していないのだろう。

自分が操縦しているFD3Sでも横向きのふらつきは殆どないのに、あのS13シルビアはふらついている。

どうやら足回りは傍から見ても脆弱のようだ。

 

「(差が詰まってる…?向こうはアウトコースだろ…!)」

バックミラーの光が大きくなる。

アウトコースのFD3Sが徐々に迫ってくることにミズキは気が付いていた。

コーナーワークでも自分が負けている。

インコースという事で何とか抑える事は出来ているが、このままではいずれジリ貧である事はミズキ自身が気付いていた。

S13シルビアが先行する中、第2コーナーを抜けた2台が連続シケイン地帯へと突入する。

だが、その瞬間だった。

 

「(本物の「ライジング・サン」なら…僕のプレッシャーも気にしないはずだ!)」

立ち上がる瞬間にハンドルをくん、と右に曲げた時雨。

車線が入れ替わり、ミズキと同じ右レーンに突入する。

 

「(車線を入れ替えた…?スリップに付く気か!?)」

真後ろに映った事を気が付いたミズキは、FD3Sがスリップストリームに入った事に気が付いた。

もしそうだとしたら、この先のいずれかの直線区間で追い抜きに来るのだろう。

そう思った。

そしてそんな最中、第3コーナーの左コーナー…シケインの最初のコーナーに突入する。

ブレーキを踏んで減速し、サイドブレーキをくいと引いてハンドルを左に曲げる。

S13シルビアはリアタイヤを滑らせ始める。ハンドルを右に切り返してカウンターを当てる。

速度計は70キロを示している。

S13シルビアの後方数メートルにいるFD3Sはスッポンの如く食いついて離れない。

FD3Sもミズキの速度とほぼ同等の速度でドリフトしているのはミズキも気が付いていた。

だが、それ以上にミズキはあるものを感じていた。

 

「(な、なんだ…!この、後ろからのプレッシャーは…!?)」

後方から迫るFD3Sから発せられる重圧。

それはミズキに悪寒のような形で表れていた。

あのFD3Sがずっと食らいついて離れない。

だがあのFD3Sは追い抜こうと思えばいつでも追い抜けるはずである。

それでもFD3Sは一向に追い抜こうとしない。

ミズキはプレッシャーと同時にある事にも気が付いていた。

 

「(FDの加速が鈍い…まさかアクセルを踏んでない?)」

「……」

時雨は大将戦にも拘らず実力を完全にセーブしていたのである。

それはS13シルビアに対して食らいつけているという心理的な余裕からか、それとも彼の実力を見極めんとしているからか。

第3コーナーを抜けた2台は、右車線で数珠つなぎの様に駆け抜けていく。

コーナーでは離れる事も迫る事もない、一定のペースを維持し続ける。

 

「(ふざけるな…!俺相手に手加減なんて…!)」

だがミズキがそう思って第4コーナーの右コーナーに突入した瞬間だった。

 

「っ…!?」

ブレーキングのタイミングが遅れ、右レーンから左レーンに飛び出るS13シルビア。

ブレーキを強く踏み込んで減速する。

後輪を滑らせたかと思いきや、間一髪で立て直す。

これで抜かされてしまった…そう思った。だが、その予想とは違った。

 

「(え…?)」

左レーンに移ったS13シルビアに追従する形で、FD3Sはずっと食らいついてきた。

向こうも失速したのか?

いや違う。コースアウトした以上向こうは追い抜けたはずである。

だが、FD3Sはずっと真後ろにいる。

それはまるで自分を追いかける警察のパトカーのようだった。

 

「(抜こうと思えば追い抜けるのに、何で追い抜かないんだよ…!)」

ミズキのプレッシャーはどんどんとたまっていく。

第5コーナーの左直角コーナーに迫るまで、2台は一定の距離を維持し続ける。

ミズキは逃げようとせんとアクセルを踏み続ける。

 

「(向こうが必死になっているのは伝わってきた)」

一方の時雨。

ミズキの後方にずっと彼女は食らいついて離さなかった。

とはいえミズキを追い抜かさなかったのは、FD3Sを多少いたわった上での行為だった。

 

「(それにしても…こっちは連戦で水温油温もいっぱいいっぱいで、タイヤもズルズルなのに…その程度なのかな)」

そう、FD3Sのタイヤは連戦の結果グリップを失いかけていた。

連戦による過度のドリフトが確実にタイヤを苦しめていた。

だからこそあえて必要以上に減速し、ここぞというところまでは我慢する。

FD3Sはあえて第4コーナーでドリフトせずにグリップで駆け抜けていた。

そしてあえてミズキの後方に食いつかんとしていたのも、タイヤを労わってあえてアウトにはみ出た結果だった。

 

「(くそっ、思い通りに操れない!何なんだよコレ…!)」

「(ここで食らいつけるなら、どこでも追い抜けそうだ)」

アクセルを踏み続けても、FD3SはS13シルビアの後ろについて一定の距離を保ち続けている。

その一定の距離が離れる事も狭まる事もない。

それがミズキにとっては不気味でしかなかった。

S13シルビアの加速が普段以上に遅く感じる。

だが、距離も離れない。

ずっと後方で虎視眈々と敵を見ていた。

だが、第5コーナーの左直角コーナーに迫った時だった。

 

「(ボロが出始めたならば、あえて!)」

FD3Sのアクセルを踏み込み、S13シルビアのテールに完全に食らいつく。

バンパープッシュしてもおかしくないレベルでFD3SがS13シルビアに接近する。

だが、接触しない。

流石にそこはお客の車だからだろう。

だが、まるでスッポンの様に食らいついて離さない。

 

「(く、来るな…!)」

バックミラーが白色に光り続ける。

それがミズキの精神へプレッシャーとして与え続けていた。

精神的な疲労がミズキを蝕んでいく。

第5コーナー直前でブレーキを踏み込み、100キロ台から70キロ台まで減速する。

サイドブレーキをかけて、ハンドルを左に曲げる。

 

「(ここだ!)」

後方で食らいついていた時雨もアクセルオフでブレーキを踏み込み、アクセルオンからハンドルを軽く右に切ったかと思いきや一気に左へ曲げる。

典型的なフェイントモーションのやり方だった。

FD3SのノーズがS13シルビアの左サイドに迫る。

 

「(時雨っ!?)」

「え……!?」

それは、公道のレースではめったに見れない…いや、あり得ないと言っても過言ではないものだった。

高速道路を走る2台が、並行してドリフトしているのである。

それだけ書けば何もおかしい事はない。

だが、FD3Sは「追い抜こうとはしていない」のである。

だがそれは、前を走るS13シルビアに「合わせた」かのようなドリフトだった。

正確に言えば、FD3SはS13シルビアよりもノーズの部分だけインコースに入っていた。

さながらD1グランプリのそれだった。

 

「っ…!!」

ハンドルを右に曲げてカウンターを当て、態勢を立て直すS13シルビア。

それと同時にFD3Sは再びS13シルビアのリアに食らいつく。

だが、その状況の中でミズキが動揺するのは当然と言えば当然だった。

異常なレベルまでFD3Sが自分の左サイドまで接近していたのである。

FD3Sの右サイドとS13シルビアの左サイドにはどれだけの距離があっただろうか?

1メートルから2メートル…下手したら1メートル以下まで迫られてしまったのではないか?

 

「(今のは…!?)」

「(こんな公道で、パラレルドリフトなんて…!)」

ミズキにとっても奈美子にとってもそれが異常な光景である事に気が付いていた。

今行っているのは公道レースである。

速さが求められるレースにおいて、あのFD3Sはドリフトの美しさを見せびらかすかのように自分の真横に迫ってきた。

それどころかコーナーを抜けても自分を追い抜かなかった。

それはまるで、FD3Sのドライバーが「これが自分の実力だ」と暗示するかのようだった。

 

「(どういうつもりなんだ…!?)」

「(時雨が言っていたことがようやくわかった気がする…これは、凄い…!)」

心臓の鼓動が異常なまでに高まっているのをミズキは感じていた。

もはや逃げないと、また同じことをされてしまうかもしれない。

兎に角アクセルを踏み込み続ける。80キロ台から100キロ台まで加速する。

だが、ミズキがあまりにも異様な光景に動揺した次の瞬間だった。

 

「(あっ、ダメだ)」

「(…オーバースピードっ!?)」

FD3SがS13シルビアから引き離されていくが、それは次のコーナーを見越しての上だった。

第6コーナーは右のヘアピンコーナー。

ヘアピンコーナーに対して100キロ以上という速度は、ミズキのS13シルビアにとっては明らかにオーバースピードだった。

だがそれに気が付いたのはコーナーの数メートル手前。

速度を出し過ぎたS13シルビアが速度超過でコーナーに突っ込むのは必然だった。

 

「っ!!」

ブレーキを踏み込み、慌てて減速せんとサイドブレーキを引くミズキ。

だが、ハンドルを一気に右に切った瞬間だった。

 

「しまっ…!」

急激なブレーキによるタイヤロック、そしてオーバースピードによるグリップアウト。

タイヤが悲鳴を上げた。

後輪が白煙を上げ、S13シルビアはぐるんと右回転する。

 

「う、うわあああああっ!!」

グリップアウトしたS13シルビアは、そのまま路肩へとオーバーラン。

右に150度程曲がったS13シルビアは、もはや態勢を立て直すことが不可能だった。

左に目一杯ハンドルを曲げてカウンターを当てても、ブレーキを踏み込んでも、立て直せない。

スピンして停止するのが精いっぱいだった。

 

「……」

ハーフスピンする様子のS13シルビアの横を、右レーンに移った時雨のFD3Sは悠々と追い抜いていく。

そのまま第7コーナーの右直角コーナーを抜け、そのままゴールへと駆け抜けていくFD3S。

勝負はあまりにも呆気ないものだった。

時雨の圧勝だった。

 

「(この人は、違う…)」

一方でゴールまで駆け抜ける間、時雨は呆れにも近い感情を抱いていた。

そしてそんな空虚感を抱きながら、時雨はFD3Sをゴールである鈴森PAへと走らせるのだった。

 

 

 

 


 

 

 

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―――鈴森PA。

バトルを終え、駐車場に入ってきたFD3S。

駐車場の一角に入ったFD3Sのドライバー…時雨はサイドブレーキを入れ、エンジンを止めた。

 

「ふう…」

「お疲れ、時雨。余裕って感じ?」

「まあまあ、かな…」

奈美子の言葉に対し、どこか抽象的に答える時雨。

すると、奈美子に対し時雨はこう言った。

 

「怖い思いさせてごめんね。あそこまで攻め込んだドリフトは…初めて見ただろう?」

「別に怖くはなかったけど…ちょっと驚いちゃった。サーキットならともかく、初めての首都高であそこまで攻め込んだドリフトをするなんてね」

奈美子自身あんなパラレルドリフトをされるとは思っていなかった。

下手したら隙間数十センチレベルの幅寄せだった。

ほぼほぼD1グランプリのそれだった。

相手の実力を見越していたのかは知らないが、まさか自分の相棒があそこまで攻め込んだドリフトをするなんて思いもよらなかったのだ。

 

「D1地方戦での走りが、まさか首都高でも出来るなんて」

「…僕は、あえて相手に揺さぶりをかけるためにやっただけだよ」

「あれで揺さぶりなんて…まあ、時雨の事は信じていたけど…」

「…でも、正直この車じゃやらないほうがよかったかな」

「そうね…この車は借り物だしね」

時雨はここにきてようやく、自分の車が借り物の車であることに気が付いていた。

相手から信用を置かれているとはいえ、下手したら接触事故レベルのものだった。

時雨はやりすぎてしまった事を少なからず後悔するのだった。

そして2人が離している間に、相手のS13シルビアも鈴森PAに入ってきた。

 

「……」

駐車場の一角に止まったS13シルビアを降りてきた男…ミズキは、ガックリとうなだれた様子で、両手を地面について完全に意気消沈していた。

バトルを終えた2台に、ミズキの車に駆け寄る仲間は誰一人いないのだった。

 

「うう、畜生…」

そうミズキは嘆くしかなかった。

完全に独りぼっちだった。

その様子を見ていた奈美子と時雨はこう呟くのだった。

 

「自業自得とはいえ、なんだかちょっと可哀想ね」

「でも、良い薬になったんじゃないかな?驕り高ぶったら必ず罰が当たるって…そう思ったね」

既にFD3Sを降りていた奈美子と時雨はそう互いに言った。

すると、鈴森PAに入ってきたのは1台の見覚えのあるマシンだった。

 

「あれ?あの赤黒のハチロク…」

「まさか?」

奈美子と時雨の知り合いのAE86トレノは、駐車場に止まった。

ドライバーが降りたところで、その彼は奈美子と時雨の元へと向かう。

 

「おー時雨ちゃんとナビ子じゃねぇか!お疲れさーん!」

「ヒロシ?なんでここに?」

時雨が疑問を口にする。

 

「SNSで話題になってたんで見に来たぜぇ!いやー遠かった…ってあぁん?」

そう言って駐車場を見渡すと、彼には違和感しか生まれなかった。

 

「仲間が大勢いるって書いてたのに、あいつはボッチなのか?」

「鋭い突っ込みするわね、あんた…」

「実は…」

そう言って時雨はヒロシに事情を説明する。

SNSの仲間たちは、自分たちがバトルする都度「負けたくないから」という理由で逃げ出していた事。

結局は彼は踊らされていたという現実。

そしてバトルで時雨は彼を圧倒してしまい、完膚なきまでに心を折ってしまったという事。

 

「はえー…時雨ちゃんもやっぱりあいつに勝てたんだなぁ」

「うん、まあね。でも正直、『首都高最速』なんて言う割には大したことはなかったかな…」

「バッサリいうわね、時雨…まあこればっかりは自業自得だろうけど」

すると立ち上がったミズキは3人に近づき、こう呟くのだった。

 

「ハハッ、そうだよな。わかっていたさ…こうなることぐらい。SNSで人気者になっても、仲間だと思って仲良くしても、ヤバくなったら相手にしなくなるよな。何だろうな、仲間って…」

その顔はもはや完全に絶望に打ちひしがれていた。

すると、それを見かねたヒロシが近づきこう話しかける。

 

「おい、ミズキよぉ。何だかよくわからねぇが…特別に俺様がダチになってやってもいいぜぇ?…そのかわりSNSでバッチリ俺様の事を広めろよな!」

「え?」

「ヒロシ?」

すると、その言葉に対しどこか吹っ切れたかのようにこうミズキは開き直ってこう言った。

 

「…ふふっ、アフロって面白いじゃん?一緒に写真撮ろうぜ!」

その顔は、やっと仲間が出来たという満足感にも感じられた。

そう言ってヒロシとミズキは互いに写真を撮り合った。

 

「…これで、いいのかな」

「見る限り一件落着、ってところじゃない?」

時雨と奈美子は、一件落着した事を認識して互いにそう呟いた。

すると、写真を撮り終えたミズキが時雨と奈美子の元へと向かっていく。

そして2人に対してこう話しかける。

 

「本当に速かったよ…俺の完敗さ」

「ああ、いや別に…その、あそこまで攻め込んじゃって…すいません」

ミズキの言葉に対し、時雨はそう言って軽く頭を下げた。

時雨はあのパラレルドリフトに対し、どこか申し訳なさも感じていた。

だが、返事は意外なものだった。

 

「いや、いいんだ…あそこまでオレの走りに合わせるような走りをされちゃ、俺が言う事はもう何もない…とてもじゃないけど、俺が敵うシロモノじゃなかったって事はよくわかったよ」

「ミズキ…」

ミズキの観念した様子に、奈美子がぼそりと呟いた。

するとミズキが更にある提案をしてきた。

 

「なあ、二人とも。俺は謝罪を兼ねて、3人で写真を撮りたいんだ…」

「僕達と?」

「ああ…これは俺なりのけじめだ。二人には色々迷惑を掛けちゃったからね…」

「ええ…?ここにきてもやるの?」

「オレの謝罪も兼ねてるんだ。頼む、やらせてくれ!」

そう言ってミズキは頭を下げた。

 

「まあ、いいんじゃないかな?」

「時雨、いいの?」

「あそこまでの態度を示されたら、断れないかな」

「サンキュー!助かるよ!!…んじゃあ、早速並んで…アフロさあ、写真撮ってよ!」

「俺様かぁ?まあ、誰もいないからな…いいぜぇ」

そう言ってスマートフォンを渡されたヒロシは、横並びの3人をスマートフォンの中に収めてシャッターボタンを押した。

そしてスマホを再び渡されたミズキは、こうSNSに投稿するのだった。

 

「『完膚なきまで潰されました、箱根のドライバー舐めてました。本当にすいませんでした』…っと」

そう言って奈美子、時雨、ミズキが収まった写真を撮ってSNSへと送信するのだった。

すると、早々にスマートフォンのプッシュ通知が光った。

画面を点け、その内容を見たミズキの顔がみるみる青くなる。

 

「よりにもよって箱根の時雨に挑戦するとか、ミズキも身の程知らずだろwww」

「箱根の時雨ってすごかったんだな…」

「箱根の時雨、マジ美人!!ミズキも幸せ者だろ!w」

「こんなカワイ子ちゃん2人組のレーサーなんて本当にいるんだな…」

「でもなんで首都高にいるんだ?」

ミズキは返信の内容に愕然とするしかなかった。

 

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「え…?箱根の、時雨…?」

箱根の時雨。

その言葉を知ったミズキは、驚きを隠せなくなる。

数週間前、D1地方戦でデビューし、そのままグラビアも行った、箱根では超話題のレーサー。

そんな彼女が、今自分の前にいる。

噂自体は聞いていたが、まさか本当にいるとは。

 

「君は…まさか本当に、『箱根の時雨』…なのか!?」

「あ…はい、一応。周りからはそう言われてます」

ミズキの言葉に対し、時雨は恥ずかしがるようにそう言った。

 

「おいおいおい、アンタ時雨ちゃんの事を知らねぇのか?箱根じゃ『皇帝』なんて呼ばれてるドライバーだぜぇ?この前のグラビアもすごかったんだからなぁ?」

ヒロシが時雨を自分の立派な仲間であることを誇示するかのように言った。

 

「ひ、ヒロシ…」

「あまりその事は言わないでほしいな…」

当の奈美子と時雨はあまりいいようには思ってなかった。

 

「なんでだよ?時雨ちゃんはもっと胸張るべきだと思うぜぇ?折角の名声がもったいない気がするしなぁ」

「それは…」

「そうかもしれないけど…」

ヒロシの言葉に対し、躊躇するように奈美子と時雨はそう言った。

だがヒロシの言葉に対し、ミズキはさらに気を落としていく。

 

「そ、そうだったんだ…それじゃあ、俺なんかじゃ敵わないよな…」

ミズキはがっくりと膝を落とすも、どこか納得したかのように言った。

その姿はさながら自虐しているようでありつつも、負けても仕方ないと言わん感じだった。

するとその様子に対し、時雨が話しかける。

 

「あの…僕の事、知っていたんですか?」

「SNSでも話題になっていたんだ。D1地方戦で初出場にして優勝した、今話題のスーパー美人レーサーだって。でも、本人だとは思わなかったよ」

「ほら、以前グラビアでも写真撮ったでしょ?時雨、結構あれ反響凄かったらしいわよ」

「そうなんだ…でも僕、そういうものを使わないので…」

「え?じゃあ、電話を持っていないのか!?」

「一応…これだけは貰ったんですが、それ以外は…」

そう言って手提げ袋から取り出したのは所謂「子供向けスマートフォン」だった。

子供向けスマートフォンは、SNSにはほぼ対応していないシロモノである。

 

「スマートフォンはスマートフォンでも、子供向けのそれじゃないか…」

「はい…」

時雨はそんなスマートフォンを使っている以上、SNSというのをよくわからない。

最近ようやくそれを買ったそうだが、それでも日頃の仕事に忙殺されている以上無用の長物と化しているのだった。

SNSでは話題になっていたそうだが、それはあくまで自分自身の走りを極める為に、いわば自分の為に走っていたのである為に、周りの反応など全くもって気にかけていなかったのだった。

 

「た、たはは…まさか僕とは真逆の人間に、こうも叩き潰されるなんて…少し目が覚めたような感覚だよ」

「真逆?」

「ほら、俺ってSNSばっかりだろ?でも君はそのSNSすら知らないも同然。こりゃあ、俺に罰が当たったのかもしれないな…」

「ミズキ…」

すると、そう言ったところでミズキは時雨の実力を認めるようにこう言った。

 

「それにしても…あそこまでギリギリに攻める事が出来るドリフトを見せられちゃ、『箱根の時雨』なんていうのは、嫌でも実力を認めるしかないね。本当に参ったよ」

「…ごめんなさい、ちょっとやりすぎちゃったかな」

ミズキの言葉に対し、時雨はどこかやりすぎてしまったのではないかと思っていた。

まあそれは当然と言えば当然だろう。

D1グランプリというプロ同士の戦いであるのならばともかく、ミズキは素人中の素人。

しかも今行っていたのは「どちらが速いのか」を決める公道レース。

ドリフトの美しさを競うものなんかではないのである。

本来あり得ない事が、この首都高で起きていたのである。

だが、時雨のドリフトに関してミズキはこう言った。

 

「あ、あはは…いや、いいんだ。あそこまで攻め込むドリフトを見せられちゃ、俺はもう何も言えないよ。あの実力なら、D1地方戦で勝ったって言うのも納得出来ちゃったし…」

ミズキにとっては不思議と清々しい気分だった。

自分とは明らかに格の違うドライバーであった。そう考えると負けても当然なのだろうと考えれば、もはや達観にも近い感情が湧いていたのだった。

 

「ミズキ…」

「じゃあ、僕からのお願いだ。君が知っているライジング・サンについての事を教えて欲しい」

時雨ははっきりとした口調でそう言った。

 

「…わかった。これも約束だからね」

そう言ってミズキは、自らの知っている情報を吐露し始めた。

 

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―――「ライジング・サン」。

それは夜明けとともに立ち去る車の伝説。

20年以上、首都高に君臨し続けた赤い車の通称だという。

圧倒的な強さを誇ったライジング・サンに関東中の腕利きがバトルを挑み、そして誰もが皆自信を喪失して何も語らずに首都高から立ち去った。

しかし10年ほど前、「ライジング・サン」は首都高のバトルシーンから姿を消した。

そしてそれ以降は真偽不明の目撃報告がごくまれに話題に上がるくらいだったという。

 

「…じゃあ、あんたのあの車は本物の『ライジング・サン』とは何も関係もないってこと?」

全てを話したミズキに奈美子が質問する。

 

「ああ…カッコいいだろ?ファッションリーダーで、車もイケてる。名前が『ライジング・サン』だったら、SNSのみんなから注目されるし…」

「なんだ、そうだったのね…」

「じゃあ、本物の『ライジング・サン』の事を良く知っている人って、誰か心当たりはないかな?」

ミズキに対し、奈美子が反応した後に時雨が質問する。

するとその言葉に対し、ミズキはある事を言った。

 

「オレに色々車の事を教えてくれた、『セイヤ』って人…かな。数日に1回の感覚でこのPAにいるんだ。仕事が忙しいらしいし、今日はいないみたいだけど…」

「その人って、どんな人なのかな?」

「あの人は狂ったように車を改造しているんだ。俺でもあまり近寄りがたい…あと、もう一個注意しておいてほしいんだ」

「それは?」

時雨がそう言うと、ミズキは警告するように言った。

 

「『首都高最速のライジング・サン』のことは話しちゃダメだ。まともに話をしたいのならね…」

「……」

「俺から言えることはこれで全てさ…じゃあ、俺はこれで。本当にごめんね、2人とも」

「あ…」

そう言って頭を下げたミズキは、顔を上げた後すぐにS13シルビアに乗り込み、ヒロシのAE86トレノと共に首都高の闇へと消えていったのだった。

PAには時雨と奈美子だけが残された。

 

「ライジング・サンの事を聞きたいのに、ライジング・サンのことを聞いちゃダメ?」

「どういうことだろう…?」

奈美子と時雨がそれぞれ疑問を口にするのだった。

 

ともあれマシンのタイヤをかなり消耗していたこともあり、この日は箱根へと戻る事を決めたのだった。

 

 

 


 

 

 

―――1週間後、カーファクトリー・ピット。

 

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「よお時雨!整備の方は終わったか?」

「ピット」には、地方ロケから戻ってきたイズミとトモミがいた。

地方から戻って来て早々にマシンを引き取りに来ていたのだ。

 

「うん、もうこれで大丈夫だよ」

「よかった。整備引き受けてくれてありがとな」

「私からもお礼を言わせてもらうわ、本当にありがとう。お代は後でハルカさんから受け取ってね」

時雨の言葉に対し、2人はお礼を言った。

 

「…んで、どうだ?あたいの車に乗った感想は…何か思った事とかあったか?」

イズミが時雨に対し、気になっていたことを続けて聞く。

 

「うーん…そうだね。正直まだ何とも言えないけど…ノーマルのワンエイティよりもはるかにパワーや旋回性があると思ったんだ」

「ほう?…FDの特性については掴めたみたいだな。ま、特性としちゃ正解だな」

「やっぱり、そういうものかな?」

「FD3Sはやっぱり加速も最高速も良くて、おまけに曲がる…新車だったときは『国内最速のコーナリングマシン』なんて異名もあったほどよ」

「そうなんですね。ただ…」

「ん?」

すると、時雨は気になった部分を話だした。

 

「これは、僕がずっとワンエイティに乗っているからだと思うんですが…ドリフト時の安定性が僕のワンエイティよりも低いように感じたんだ」

「安定性、か。振り回されるような感覚だったって事か?」

「僕はそう思ったね。曲がるマシンなのはいいけれど、それを自在にコントロールできるようにするには、車の方も調整をする必要があると思うんだ」

「なるほどね…コーナーリングマシンなのは事実だけど、曲がりすぎも欠点と言えば欠点にはなるわね」

「あとは直線区間で踏んでいていても、空気の壁…っていうのかな?そう言うのを感じちゃってさ…」

「む…こりゃ、エアロ辺りもまずリアスポあたり取り換えた方がいいかもな」

イズミのマシンは現状、内部はある程度チューニングされているとはいえ外観についてはほぼどノーマル。

装着しているリアスポイラーに関しても後期型に比べれば明らかに小さいもので、空力的には不利だと言わざるを得ないだろう。

 

「一応今のFDも350馬力くらいはあるんだけどさ…やっぱりこう、エアロ部分はほぼ手付かずなんだよな…やっぱりそこからかな」

「僕は、そう思ったね。あと気になったのは燃費かな…」

「…やっぱり、気になったか?」

「1日首都高で10戦くらいこなしたところでかなりガソリンが減っててさ。そこの部分もチューニングできるならしておきたいと思ったね」

「まあ、そうだよなあ。こりゃ、燃調系も優先かもな…長距離は走れるようにしておきたいからな」

ロータリーエンジンの宿命とも言える燃費問題。

時雨はそこの部分についても問題があるのではないかという事に気が付いていたのだった。

前に乗っていたFD3Sも燃費部分での改良は行っていたのだが、今のFDはそれ以上の燃費が悪かった。

やはりそこの部分の改善に関しては優先すべきだろう、そう時雨は言うのだった。

 

「ともかく、お前に色々意見を聞けて良かったよ。やみくもにパワーを上げていたのがもしかしたら足枷になっていたのかもな…」

「やっぱりバランスというべきなのかしら」

「そうだね。やっぱり僕が思ったのは、あのFDをとにかくパワーを上げたいって感じられたから…」

「ちょっとエアロとか燃費改善の部分を重点的にやってみるか。あとはまあこっちでやるさ。仕上がった時はお前に連絡するよ」

「…そうだね。その時はまた見ようかな」

「ああ、頼むぜ」

すると、話が一段落したところでトモミがある質問をしてきた。

 

「…ところで時雨、あなたあのFDを使って首都高でバトルをするって言ってたけれど、その件はどうなったの?」

「ああ、えっと…その、相手の車はチューンされていたとはいえ…僕の走りもあって、何とか勝ちました。相手も格下のマシンだったので」

「相手は雑魚だったのか?」

「僕が初めてということもあったので少し苦戦したけど…それでも、今まで戦ってきた人々には及ばない、って感じかな」

「あたいたちにも及ばない井の中の蛙ってことか?アハハ!まーだとしたらお灸を据えられたんじゃないか?」

「うん…そうだね」

イズミの言葉に対し、時雨は軽く笑って言った。

 

「でも首都高で少し名前を挙げてしまった以上…時雨、あなたにはいずれ新たなる刺客が来ると思うわ」

「新たなる、刺客…」

「ああ。今回は相手が雑魚だったかもしれないが、これからますます速くなると思うぜ。時雨、今のうちに首都高に慣れちまえよ」

「…そうだね。僕も当面首都高に行く予定だから、特訓するつもりだよ」

「ま、せいぜい武者修行頑張れよ。お前がレーシングチームで活躍できるよう、あたいたちも応援してるからな!」

「レーサーとしてこれから過酷な道になるかもしれないけれど、頑張ってね。時雨」

「ありがとう、2人共」

そう言ったところでイズミは整備されたFD3Sに乗り込んだ後、Z34のトモミ共々「ピット」を後にした。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

―――数日後、東京都内某テレビ局楽屋。

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「しっかし、SNSで『箱根の時雨』があんなにも話題になるとはな…」

「本当に首都高に行っていたのね。武者修行の話も本当だったみたい」

イズミ達もSNSの話題については知っていた。

よりにもよって本当に首都高に行って名前を挙げてくるとは。

時雨の実力については、イズミ達も驚くしかなかった。

 

「まあ、あたいたち四天王を倒すほどの実力だ。勝っても何もおかしくねえだろ」

「そうね…でもこれで、またさらにチューニングの方針を決めないといけないわね」

「そうだなぁ…目指すはやっぱり、打倒『箱根の時雨』!なんてな…アハハ!」

単なるチューニングでは時雨には追いつけない。

そんな事をイズミとトモミは痛感した。

 

「もっとマシンを詰めていくようにしましょ?」

「おう、しっかり煮詰めるとするか…!」

するとそう言った時だった。

 

「イズミさーん!次の番組の準備お願いします」

「あ、はーい!すぐ参りまーす!」

ドアを開け、スタッフが準備を促す。

その言葉に対しては、イズミはキャピキャピ声で答えた。

 

「…ま、今は仕事に集中するよ」

「ええ、気を付けて」

そういってイズミは番組の準備に取り掛かるべく、着替え室を出ていくのだった。

 

 

この数か月後、イズミは本当にFD3Sを仕上げて、「Dreamer」という名を付けるまでのマシンを完成させるのだが…

それについてはまた別のお話である。

(第1話End)

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