「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 第二幕 2024 -いつかあの頂で- 作:カービィ改二
連絡係に出会おうとする時雨と奈美子に待ち受ける試練。
その人物の瞳は何を語るのか?
ケミック&モレックの車にペイントをしていたのはアートで対抗しようと考えたグレートオクティカスタムズのペインター、『クロエ』の仕業だった。
バトル後にビッグママとの連絡役である『ウーゴ』という男の居場所を教えてもらうが、1つだけ条件を提示された。
それは『サマンサに話さないこと』。
条件に疑問を持ちつつも、クロエと出会った数日後に時雨と奈美子は指示された場所へと向かった。
…そしてその場所のドアの前には、山のような大男が待ち構えていた。
「……」
「……」
クロエから教えてもらったダイナー…つまりは北米特有の簡易的な食堂、「ゲレーロ」の前には、2メートルに届こうかという大男が腕組みをして立っていた。
時雨と奈美子、そしてその男が対峙している。
「えっと、ウーゴっていう人がこのダイナーにいると聞いてきたんですけど…中に入れてもらませんか?」
「……」
男は奈美子の言葉に鼻息を荒くしている。
よほど気に食わないのだろうか。
時雨も一旦黙ってこの状況を見ているだけだった。
「困ったな…サマンサに連絡を…いや、ダメダメ!クロエに連絡するなって言われたし!」
奈美子はクロエから「サマンサにバレたら終わり」と聞いていた。
どういう理由かは知らないが、ダメなものはダメなのだろう。
―――同じ頃。
「この車…ケミックに加担した東洋人の車じゃないか?」
「ああ…間違えねえ」
「近くにいるのか?」
「どうだか…ちょっと行ってみるか」
「おう」
駐車場に止めていたZ33を見て、オクティのドライバー2人が気にかけていた。
否が応でも目立つ金色のマシンは、ここ最近テリトリーを騒がせているマシンとほぼほぼ同じマシンだ。
だとしたらこの近くに例のドライバーがいるのだろうか?
そう思ったオクティのドライバー達は、ゲレーロの方へと向かっていく。
そして片方の男がドアの前にいた男に話しかける。
「Hey!ビクトル!東洋人を見なかったか?」
だが同時に、もう片方の男があることに気が付く。
「…あっ!おい見ろ!あの東洋人…ヒュウガの娘の!それに隣のヤツも…!!」
ここでビクトルのところに奈美子と時雨がいたことに気が付く。
「ついにオクティのテリトリーまでバトルしに来やがったぞ!ビクトル、中に入れるんじゃねえぞ!」
男たちがビクトルに警戒するように言った。
だがそれは奈美子と時雨にとっては不都合だった。
「え!?ち、違う!私たちはウーゴに会いに…ね、ねぇ、誤解を解いてくれない?ええっと…ビクトルさん!」
「……」
奈美子の言葉を気にすることもなく、ビクトルと呼ばれた男はじっと時雨を見ている。
「(僕を見ている…この表情は、一体?)」
時雨にとっては不思議な感覚だった。
何故、自分を見ているのか?
その目は何を言おうとしているのか?
何が彼の目的なのか?
或いは……
「おい東洋人!ここがどこだかわかってねえみてえだな?今からそれを嫌ってほど、わからせてやるからバトルしやがれ!」
オクティのドライバーが時雨と奈美子に勝負を促す。
「もう、こっちは忙しいのに…!こうなったらバトルするしかないわ!戻ってきたらもう1回、中に入れてもらえるように交渉しましょ!」
「う、うん」
そう言って奈美子と時雨は急いで駐車場に止めていたZ33へと乗り込んでバトルへと挑んでいく。
◇ ◇ ◇
―――vsダイナーのお客A
推奨BGM:WONDER WOMAN(from EUROBEAT FLASH vol.15)
相手の車は黄色のZ32ツインターボ。やはりエアロの部分までカスタムが入っている。
コースはビッグストリート往路。
左レーン、Z32。右レーン、Z33がスタート地点に並ぶ。
「(1人目…まずは慎重に)」
何回も何回も同じコースで走っている以上、時雨の熟練度は間違えなく上がっていた。
相手が速くなる以上に、時雨の速さに磨きがかかっているのである。
油断さえしなければ雑魚相手であれば大逃げ出来てしまうだろう。
だがこの日の最初のバトルと言うこともあり、いきなりは本気を出さずにマシンをウォーミングアップさせていくこと…準備運動をさせることも時雨は考えていた。
スタート前に軽くアクセルを踏むことでエンジンをふかし、マシンの調子を確認する。
そしてそんな中で、カーナビのカウントダウンが始まろうとしていた。
3
2
1
GO!
「―――!」
「……」
ギアを1速に入れるオクティのドライバー。
同じくギアをDレンジに入れる時雨。
同時に2人が互いのマシンのアクセルを全開に踏み込む。
スタートで先手を取ったのは…やはり馬力面で有利なZ33だった。
3速から4速、4速から5速へと、軽量プロペラシャフトとボルトオンターボが生み出す加速は軽やかだった。
そして軽やかに加速する中でも、時雨は決してアクセルを抜くことなくスタート直後から全開で踏み込んでいた。
ストレート区間で一気に加速する中で、Z33はZ32を確実に引き離しつつある。
Z33のテールとZ32のノーズの車間距離はあっという間に車2台分以上まで開いた。
「(っ…速い!!)」
Z32のドライバーはただただ驚愕するしかなかった。
いくら相手が600馬力以上のモンスターに乗っているからとはいえ、こちらだってマシン自体には手をかなり入れている。
何よりZ32のツインターボだ。Z33はNAモデルしかない。
それでも追いつけない。アクセルを全開に踏み込んでも、Z33のテールはみるみる遠くなっていく。
やはり相手の車もかなり手が込んでいるのだろう。ボルトオンターボもあり得る。
だが同時に、それだけ飛ばしてコーナーに突っ込んでも平気なのか?
オクティのドライバーはふと思った。
いくらストレートで滅茶苦茶速くても、コーナーで遅ければ意味がないのでは?
噂では滅茶苦茶速いという話は聞いていたが、それはストレートだけの話なのではないか?
そう思っているうちに、Z33は第1コーナーの右直角ロングコーナーへと飛び込んでいく。
「……」
一方の時雨は、アクセル全開で踏み込み続けていても冷静だった。
第1コーナーは右のロングコーナーであるのを時雨は知っている。
これまでかれこれ50戦近く。
スプリントとはいえ、同じコースを何度も何度も走ってきた以上走るべきラインは既に時雨の脳裏にしっかりと浮かんでいた。
右レーン中央を走るZ33。速度は180キロ近く。
第1コーナーの直前数十メートルで、時雨はブレーキを踏み込む。
「―――!」
ウォーミングアップと言うこともあるのか、それとも大逃げが上手くいっていることもあって精神的に余裕があるのか、時雨は早めにアクセルオフ、そしてブレーキを踏み込んだ。
フルブレーキと言うわけではなく、マシンを労わるようなハーフブレーキ。
それでも速度は140キロ台まで下がっていく。
速度が下がる中で、時雨はハンドルを僅かに左に曲げて、適正速度でコーナーに飛び込んでいく。
「(…ここだ!)」
そう認識したところで、時雨はハンドルを左から右へと一気に切り返す。
それと同時にアクセルを一気に踏み込むことで、一気にタイヤを空転させていく。
やや左向きを向いていたZ33は勢い任せのまま右へと回頭する。
コーナーに合わせてドリフトするZ33。
だがその走行ラインはウォーミングアップと言うこともあってか浅く、走行レーン上の中央にあるレールをグラインドするかのようなドリフトだった。
シンプルでこそあれど、ドリフト自体は160キロ近く。
後続のマシンを引き離すのには十分だった。
ドリフトし続ける中で時雨はハンドルを僅かに左に切り、カウンターを当てつつもアクセルを踏み続ける。
エンジンパワーが後輪に伝わるZ33はそのままの勢いでドリフトし続けていた。
「(…直にすぐ次のコーナーだ)」
アクセルを踏み続け、同時にハンドルを僅かに左に曲げ続ける時雨。
繁華街の中のコーナーを、金色に輝くZ33が駆け抜けていく。
そのテールランプは夜闇を切り裂く赤い閃光として輝いている。
そんな中でも時雨は相手に勝つべく、アクセルを踏み続けることをやめなかった。
だがそんな時雨の目の前にも、第2コーナーが迫ろうとしていた。
第1コーナーを抜け、少しのインターバルを置いたらすぐに第2コーナーの左直角コーナーだ。
ロングコーナーの4分の3を駆け抜けたところで、時雨は左に曲げ続けていたハンドルを更に左に切り、アクセルをリリースした。
アクセルオフによってエンジンパワーの供給が止まったZ33は、右向きから左向きへと方向を変える。
走行レーンの中央を走っていたZ33は、丁度道路と平行になったところで第1コーナーを突破した。
左向きへと方向を変える中、時雨は左ウインカーを出してZ33を左レーンへと移動させようとしている。
タイヤの空転が収まってグリップを回復したZ33は、そのままの勢いで右レーンから左レーンへと移動していく。
インターバル区間で左レーンに移ったZ33は、そのままの勢いで第2コーナーへと飛び込む。
「―――!」
左レーンに入ってもハンドルを左に切り続けている時雨。
150キロ台というオーバースピード気味に突っ込むも、コーナー直前でアクセルを踏み込む。
アンダーステアを誘発させるかのようにZ33の後輪は滑り始める。
ハンドルが左を向いていたこともあり、一気にZ33は左回転を始める。
だが左に25度ほど回頭しようとしたところで、時雨はハンドルを左から右へと切り返してカウンターを当てる。
30度ほど左を向いたZ33は、そのまま走行レーンの中央を再びグラインドするようにドリフトしていく。
トンネル区間に入ったところでドリフトアングルは一定となり、走行ラインも完全に一本の曲線で描けるものとなった。
アクセルをある程度踏み続ける時雨。
Z33はグリップアウトすることもなく、走行レーンの中央を走り続ける。速度も一定だった。
「(…後ろはどうだろう?)」
時雨は一瞬だけバックミラーを確認した。
後方にいるのであるならば、バックミラーが光るはずだ。
だがバックミラーを見ても、それが目立って輝くことはなかった。
正確に言えば、相手の車のヘッドライトの光は繁華街の光にかき消されていた。
要するに、それくらい引き離してしまったのだ。
だが時雨が一瞬目を離したところでZ33はトンネルを抜け、第2コーナーの出口へと迫っていた。
「(少し速度を落とすか、それとも…)」
バックミラーを見てもヘッドライトの光がなかった以上、よっぽど引き離してしまったのだろう。
後々の事を考えて少しペースを下げるべきか?
それともここは一気に逃げきってしまうべきか?
速度は150キロ台のままである。
このまま勢い任せのまま第3コーナー…最終コーナーの右直角コーナーへと飛び込んでしまうのもありだろう。
だが、夜はまだ長い。
これから先10戦も20戦もするのであるのならば、いい意味で手を抜かないとやっていけない。
長い戦いになるとなれば、マシンコンディションのマネージメントも出来なければ意味がないのだ。
そして選んで選択は…
「(少し速度を落とそう。無理して連続でドリフトしていく必要もない)」
第2コーナーの出口が迫る中で、時雨はハンドルを徐々にニュートラルに戻していく。
加えてアクセルもリリースしたことでZ33はドリフトの態勢からグリップを徐々に回復していくが、速度も140キロ台まで落ちていく。
時雨は第2コーナーの脱出から第3コーナーにかけてはあえて逆ドリフトをすることなく、一瞬グリップを回復させることを選んだ。
それどころかフル加速ではなく、ハーフスロットルによって加速を抑えるようにするのだった。
やはり長い夜になるであろうということを予測したからである。
いくら奈美子がスペアのタイヤやオイルを用意しているからとはいえ、それがあっても何が起こるかが分からないのが現実である。
そうである以上、時雨がマシンを労わるのは当然と言えば当然だった。
そしてそんな決断をする中で、Z33のタイヤの空転は収まり、グリップは完全に回復していた。
「(……!)」
Z33のグリップが回復したところで時雨はアクセルを半分程度踏み込んだ。
加速はフルスロットルの時に比べると明らかに劣り、150キロ台までしか加速しない。
だが逆に言えば、それで十分だと時雨は認識したという事でもある。
左レーンを走り続けるZ33は、150キロ台のまま第3コーナーへと飛び込もうとしていた。
「(ここが…最後!)」
グリップを完全に回復させていた以上、レーンチェンジはドリフト時に比べると地味なものになった。
ウインカーを出してハンドルをさっ、と右に切ってレーンチェンジ。
右レーンの中央にZ33が移動する。
そしてハンドルをニュートラルに戻したところで再び時雨はアクセルリリースからブレーキング。
速度は150キロ台から130キロ台まで…余裕を持った速度で飛び込んでいく。
そしてブレーキングと共にわずかにハンドルを左に切ったかと思いきや、アクセルオンとともに再びハンドルを右に切り返す。
僅かに左向きになっていたZ33は再び右向きへと回頭し、タイヤを空転させていた。
回頭して後輪が滑り出したところでハンドルを左に切り返し、Z33をドリフトさせ続ける。
速度は130キロ台を維持しながら、Z33は右レーンの中央をドリフトし続けていく。
走行レーンの中央をグラインドしていくZ33は、慎重ながらも確実にコーナーを立ち上がっていく。
「(あとは…)」
Z33の前方にコーナー出口となる吊り橋が迫っていく。
迫る中で時雨はアクセルをリリースし、ハンドルを徐々にニュートラルに戻していく。
アクセルをリリースしたことでタイヤの空転は収まり、Z33は右向きから道路と平行になる形になる。
そして完全に真っすぐを向いた時、Z33の速度は130キロ台。
それでも、目の前の吊り橋を向いていたのを確認した時雨は…アクセルを6割がた踏み込んでZ33を加速させる。
最後の最後のスパート、全開とまではいわないものの、余裕を持った走りでZ33はゴール地点の吊り橋へと疾駆していく。
速度は150キロ台までしか加速していないが、後方のマシンを引き離すのにはとても十分だった。
何せバックミラーには結局、相手の車のヘッドライトの光は全く映らなかったのだから。
そしてそのままの状態を辞しつつ、Z33は150キロオーバーで吊り橋を渡り切ったのだった。
「(わかっちゃいたが、こうも…!)」
一方、ダイナーの客のドライバー。
相手が実力者であるということはわかっていたが、まさかここまで引き離されるとは思ってもいなかった。
時雨のZ33が最終ストレートを駆け抜けている頃には、Z32は第2コーナーと第3コーナーの間のインターバル区間だったのだ。
時雨が本気を出していないでこれなので、文字通りの完封負けと言うべきだろう。
その後Z32のドライバーは意地でもドライブし続けるのだが…大差をつけての敗北、という結果自体を覆すことはできなかった。
―――勝者、時雨。
タイム差は6秒以上という圧倒ぶりだった。
◇ ◇ ◇
―――バトル後、時雨と奈美子は再びダイナーに戻ってきた。
目的はやはり、ビクトルに退いてもらうためだ。
「さて、改めて…ビクトルさん、私たちは用事があってここに来たの。道を空けてもらえる?」
「……」
案の定ダイナーの前で待っていたビクトルは、腕組みをしたまま立っていた。
奈美子の言葉に全く動じていない。
「うーん、どうしよう…あ、そうだ」
「(何か考えないと…)」
再び悩む奈美子と時雨。
まずは正攻法と奈美子が話しかける。
「ビクトルさん、初めまして!私は相楽奈美子。こっちは時雨。ウーゴに会いに来ました」
「……」
だがビクトルは奈美子の話を聞いていないかのように、大きなアクビをしている。
その態度は奈美子を怒らせるのに十分だった。
「ちょっと、いい加減にしてよね!ウーゴに会わせてって言ってるの!そこを退いてもらえる!?」
「……」
怒りの直訴を無視するビクトル。
だが、時雨はあることに気がついた。
「(僕を気にしている…?)」
ビクトルはじっと時雨を見ていた。奈美子の事はほとんど無視しているようだ。
だが、なんとしてでも退いてほしい奈美子はこう口にする。
「こ、こうなったら色仕掛けよ!えっと、確かオリビアはこんな感じで……ビ、ビクトルさぁ~ん?そこぉ~どいてくれなぁ~い?」
オリビアのまねをして色仕掛けでビクトルを退かそうとする奈美子。
だが……
「……フンッ!」
そう言ってビクトルは奈美子の色仕掛けを鼻で笑うのだった。
「わ、笑わないでよ!こっちだって色々頑張ってるのに!」
奈美子としては笑われたことはやはり屈辱だった。
だが何としても、ドアを開かなくてはならない。
何をすればいいのか?
「うぅ、どうしたらいいの…?何か方法を考えなきゃ…時雨、どうしよう?」
奈美子が悩む中、時雨はあることに気が付いていた。
「(さっきから、僕だけを見ている…これは一体、何を言いたいんだろう?)」
そう、ビクトルは奈美子の事を気にすることなく、時雨だけを見ていたのだ。
彼の興味はやはり時雨のようだ。
一体どういうことなのか?
その目で彼は何を口にしようとしているのか?
するとその時だった。
「(…待てよ?確かクロエさんは言っていた…『ウーゴに会って実力を示してこい』、と)」
そう。ここに来る前に時雨と奈美子はクロエに「ウーゴに会って実力を示してこい」と言われていた。
ウーゴに実力を示すためには、間違えなくケミックのドライバーたちを倒せる実力を示す必要がある。
その上で仮に、この人物がウーゴの用心棒だとしたら…?
やはりこの人物にも同じように実力を示す必要があるのではないか?
何よりビクトルは奈美子よりも時雨を気にかけていたのを時雨も見ていた。
そしてそうである以上、あることを直感する。
「(この人はきっと、僕に興味がある…それに、少しだけど速そうだ。もしクロエさんの言っていたことが、『他のドライバーにも実力を示してこい』ということだとしたら…?)」
ビクトルは間違えなく自分に興味がある。
それはきっと、ドライバーとしての実力に興味があるのだろう。
そしてそうであると確信した以上、時雨としてはあることを思いついた。
「(そうか…わかったぞ。この突破口が!)」
そう思ったところで、色々と策を考えている奈美子に時雨は話しかけた。
「奈美子」
「えっ、時雨?ど、どうしたの?」
「わかったんだ。どうやったらビクトルさんを説得できるかが」
「本当!?どうするの…?」
「この場は僕に任せて」
「う、うん」
そう言って奈美子の前に出た時雨が、ビクトルと対峙する。
「Mr.ビクトル。僕はこの中にいる『ウーゴ』という人と話がしたい」
「……」
「でも、一筋縄じゃ行かないことだって、僕もわかる。何故なら…あなたも、僕の実力が知りたいんだろう?」
「あ……!」
奈美子もようやく気が付いたようだった。
ウーゴに会うためには、ここで実力を示す必要がある。
オクティのドライバーに太刀打ちできる程の実力を示してこいと言う事を、奈美子もようやく理解したようだった。
「ここに来る前に、クロエが言っていたんだ。僕たちが会いたい人について知るには、ウーゴの前で実力を示してこい、って。でもそれは…きっとあなたでもそうなんだと思う」
「……」
「時雨…」
時雨はどこかビクトルを説得しようとしつつも、同時に自分が何をするのかを伝えるかのように言葉を続ける。
そして時雨は、最後に確認をするかのようにこうビクトルへ伝える。
「僕たちが走りの実力を示せば、ウーゴに会わせてくれる…そうだよね?Mr.ビクトル!」
「……」
多少時雨は覇気を強めていった。ビクトルはほぼ動じていない。
だが……
「(目がほんの僅かだけど動いた…間違えない。僕が言っていることは合っているみたいだ)」
時雨はビクトルの目が多少変化したことに感づいていた。
やはり実力を示してこい、ということなのだろう…そう時雨は思った。
そしてそう思った以上…時雨は感情にこそ出してはいないが、嬉々とバトルへと臨んでいく。
「奈美子、ちょっと行ってこよう。僕たちの実力を示してくれば、きっと納得してくれるはずだ」
「え、ええ…!?今ので、分かったの?」
「クロエさんが言っていたことを守れば、きっと動いてくれるはずさ。僕の直感だけどね」
「は、はあ…まあ、時雨もバトルしたいのはわかるし、それでいいかもしれないけど…」
「決まりだね…Mr.ビクトル、待ってて!」
時雨がビクトルに対して軽く右手を振ったところで、時雨と奈美子は再びZ33を止めた駐車場へ向かっていく。
「……(イシンデンシン、か)」
オクティのドライバーたちに挑んでいく時雨の姿を見たビクトルは、静かにそう思うのと同時に…少しだけ驚いていたのだった。
―――10分後。
ゲレーロの入口に、1人の客が現れた。
それは時雨や奈美子でも見覚えのある青髪の女性だった。
「…あれ?ナミコ、時雨…入り口で何やってんだ?」
「ああ、クロエさん。来たんですね」
「ビクトルが中に入れてくれなくって…時雨が解決策を教えてくれたから、それをやっているの」
「解決策?」
クロエにとっては疑問だった。
ビクトルが中に入れてくれないのはともかく、それの解決策とは?
そう思っていると、時雨が口を動かした。
「僕たち、実力を示して入れてもらおうと思ったんです。オクティのドライバーたちに挑んで、実力を示せばきっと納得してもらえると思ったから…」
「へ、へえ…そうなのか」
クロエにとっては「そうなのか」としか言えなかった。
それが必ずしも合っているとは言えないし、間違えているとも言えない。
ただ、クロエにとっては「中に入れないのは別の理由があるのではないか?」と思ったが、彼女はあえて何も言わなかった。
同時にクロエはこう言葉を続ける。
「まあ…その、あれだ。ビクトルは『バウンサー』だ。ええっと…向こうの言葉で言うところの『ヨウジンボウ』ってヤツだよ。マナーの悪い客は力ずくで追い払う。それがダイナーのルールだからな」
「用心棒?そうなんだ…」
「……」
時雨がビクトルの事を知ったところで、彼はクロエを見ていた。
ビクトルの方を向いたクロエは、彼に話しかける。
「でくの坊…ビクトル、アタシは飲みにきただけだ。…あぁ?大丈夫だよ、車は置いてきた。言葉が通じるなら、さっさとどけよ」
「……」
そう言ってビクトルは扉を開け、クロエはダイナーの中へ入っていった。
「ええっ!?あんなにあっさりと…そっか、私たちもお客として入ればいいんだわ」
奈美子の言葉を聞いた時雨だが、ふとあることに気が付く。
「いや、ちょっと待ってくれ奈美子…」
「何?」
奈美子を止める時雨はこう考えた。
「クロエさんはきっと、ご飯を食べに来たんだ」
「それが、どうしたの?」
「さっきクロエさんは言っていたよね?ビクトルさんは、用心棒だって」
「う、うん…」
「目的が違うんだよ。ビクトルさんは多分、ウーゴの警護をしている。このお店で食事をするだけならともかく、ウーゴに用事がある僕たちだったら…」
「…やっぱり、実力を示さないとダメなのかしら」
「そうだね…きっとそうだと思う」
すると店の中からオクティのドライバーらしき人物が指先でキーホルダーを回しながら出てきた。
「うっぷす……あー食った食った!ここのタコスは最高だぜ!トルティーヤの原料のトウモロコシがいいんだなきっと!」
するとそのオクティのドライバーは時雨と奈美子を見て、「こんなところに噂の野郎が!」と言わんばかりにこう言った。
「おぉ?お前らは確か…腹ごなしにちょうどいい、バトルしろ!」
バトルを指名するオクティのドライバー。
多少躊躇する奈美子。
何故なら…
「こっちはまだ何も食べてないって言うのに…決めたわ、時雨!このバトル勝って私たちもタコス、いっぱい食べましょ!」
「う、うん(まあ、どっちにせよバトルするんだしいいか)」
バイト先で賄いを食べてきた時雨に対し、奈美子は腹を空かせていた。
とはいえ、時雨にとってもバトルできることは十分だった。
再び時雨と奈美子はバトルへと臨んでいく。
◇ ◇ ◇
―――数十分後。
時雨と奈美子はオクティのドライバーたちを数人程度倒していた。
路肩にZ33を止めて、時雨と奈美子は一息ついていた。
「よし!次こそ私たちもダイナーに入ってみせるわ!行くわよ、時雨!」
奈美子はゲレーロに入るためにも何とかビクトルを退かせたいと思っていた。
ある程度オクティのドライバーたちを破った以上、何とかなるだろうと考えていたのである。
だが、時雨はそれを良しとしなかった。
時雨としてはまだ自信がない。
「いや、まだダメだと思う…」
「ええっ?何で?」
「そう一筋縄ではいかないよ、きっと」
「時雨…」
これまでにある程度破ってきているものの、まだ数にして5、6人程度。
少なくとも20人くらいは欲しい…時雨はそう思っていた。
今までの経験上、それくらい倒していけば誰だって納得してくれていた。
まだ数が足りないのできっと退いてくれないだろう。
そう時雨は悲観的に考えていたのだった。
「十中八九断られると思うけど、それでもいいなら…行ってみるかい?」
「いいわ…やらないとわからないもの!」
「…それもそうだね。じゃあ、行こうか」
そう言って時雨と奈美子は駐車場へZ33を移動させ、再びゲレーロへ向かった。
―――ゲレーロ入口。
戻ってきた2人を見るビクトル。
視線はじっと時雨を見ていた。
「……」
「(少し目の様子が変わった…?やっぱり僕の事を気にしているみたいだけど、まだ実力を認めてくれそうじゃない…)」
じっと見られている中で、時雨はビクトルの目の様子がかすかに変わったことを感づいていた。
だがそれでも彼の事を満足させるには不十分であるとも思った。
必要なのは…実力を示すこと。
そう時雨は不思議と納得していたが、同時にやむを得ないと思っていた。
だがそんな中で、奈美子が説得のために口を動かした。
「ビクトル、中に入れてくれない?私たちはお客さんよ!タコスをお腹いっぱい食べに来たの!」
「……フンッ!」
ビクトルは奈美子の言葉を全くもって興味がないようにそう鼻で笑った。
「(やっぱり、か)」
「なんでよ~!!」
怒る奈美子に対し、時雨は「無理もない」と納得していたのだった。
◇ ◇ ◇
―――さらに数十分後、ダイナーの入口。
ナビ子が座る階段の横を、ダイナーへと入る客がすり抜けていく。
奈美子が「飲みに行く」という旨を伝えても、ビクトルは中に入れようとしない。
「何で私たちはダメで、他のお客さんは入れるのよ…」
「…やっぱり、僕たちの目的が目的だからだと思う」
「ウーゴに会うことが目的だから?」
「うん…きっと、実力を判断した上で会わせたいんだと思う」
「何が何でも腕を認めさせなきゃダメ、ってことね…」
「多分、だけどね」
再び対峙する奈美子と時雨、そしてビクトル。
ビクトルは時雨の方をずっと見ていた。
「……」
「やっぱり、僕の実力が気になるみたいだ」
「人も呼べないし、どうしたら…」
「正面突破しかないよ…って、あれ?」
すると、ダイナーの方へ一人の男がやってきた。
その男は、時雨や奈美子でも顔見知りの巨体な整備技師だった。
「ハァ…フゥ…!お、お前たち……オクティのダイナーの前で何やってるダスか?」
ケミックの整備技師、ラージ。
彼は何かから必死に逃げてきたかのようだ。
「ラージ!?あなたこそどうしてここに…?しかもそんなに息を切らして…」
「もしかして、ご飯を?」
「それもそうダスが、オクティのスミスって技師がこのダイナーにいるって、リチャードから聞いて来たダス。だが…さすがオクティのテリトリーダス。来る途中、何度もバトルを挑まれたダス…!」
それと同時に、道の奥から大きな排気音が聞こえる。
どうやら決着をつけることなく、ラージはここまで逃げ切ってきたようだ。
するとラージは時雨にすがるかのようにこう頭を下げてきた。
「た、助けてくれダス時雨!俺じゃアイツらを倒せないダス!」
「えっ!?」
「……」
時雨に対して頭を下げるラージ。
一方でビクトルに目を向けると、彼はじっと時雨を見ている。
どうやら、相手してきてほしいようだ。
「(間違えない…バトルして実力を見せてみろ、って目で言っている…)」
「オクティのドライバーなら結局、私たちにもバトルを挑まれそうだわ…時雨、どうせやるならこっちから仕掛けた方がいいと思うわ」
奈美子は先にバトルを仕掛けることを提案した。
そしてそれは時雨にとっても好都合だった。
「わかりました…ラージさん、オクティとのバトル、引き受けますよ。ビクトルさんも、見てて!」
「た、頼むダス!」
「……」
そう言って時雨と奈美子は、再び駐車場に止められていたZ33に乗り込んだ。
すると、コースへと移動していく中で時雨はふとこう口にした。
「それにしても…目は口程に物を言う、って本当なんだね」
時雨としては、ビクトルの目が「実力を示してこい」ということで直感していた。
走り屋である以上、バトルで全てを決めるということもわかっていたからこそそう言っていると考えたのだろう。
「そ、そうなのかしら…?でも、時雨が考えてることって直感でしょ?」
「まあ、そうだけど…僕たちがドライバーである以上、きっとそうに違いないさ」
「……」
時雨としてはバトルして腕を磨く口実が欲しかっただけでもあるのだが…
やはり、実力を示す必要性も強く認識していたのだった。
―――vs転職中の客
推奨BGM:WE ARE THE CHILDREN OF ROCK(from EUROMACH15)
相手の車は赤色のNDロードスター。
コースはビッグストリート復路。
左レーン、Z33。右レーン、NDロードスターという形でスタート地点に並ぶ。
「(少しずつ速くはなってきている…油断はできない)」
バトルに何回も何回も挑んでいくうちに、時雨のペースは安定してきていた。
スタートダッシュもミスることがなく、コーナーも一定の走行ラインを描いてドリフト出来ている。
集中していけば、きっと道は開かれるだろう…
そう思いつつも、時雨はアクセルを軽く踏んでエンジンを回転させる。
どんな相手でも油断せずに正攻法で立ち向かう。
そう思っているところで、カーナビのカウントダウンが始まる。
3
2
1
GO!
「―――!」
「……」
スタート共にロケットスタートを決めて加速する2台。
やはりスタートで先手を取ったのは…Z33だった。
龍が空高く飛翔していくように加速していくZ33は、伊達に600馬力のマシン。
相手がターボを付けていようが、素のスペックでは明らかに上である以上、先手を取れてしまうのは当然と言えば当然だった。
スタート直後の吊り橋上のストレートで一気に逃げの態勢に入ったZ33は、ロードスターとの車間距離を車3台近くまで広げていく。
「くそっ…速い!」
NDロードスターのドライバーはとにかくアクセルを踏み続けるしかなかった。
だが吊り橋上のストレートを駆け抜け、先行するZ33は逃げの態勢のまま第1コーナーである左直角ロングコーナーに飛び込んでいく。
「―――」
第1コーナー直前で速度は180キロ出ている。
後方のNDロードスターは完全に振り切ろうとしている中で時雨はアクセルオフ、ブレーキを踏み込んだ。
ブレーキングと共にハンドルを僅かに右に曲げ、ブレーキリリースと共に一気にハンドルを左に切り返す。
左に切り返したところでアクセルを踏み込んで空転させ、ドリフト状態へ。
ドリフト状態になって一定の角度となったところから今度はハンドルを右へと切り返し、カウンターを当てる。
十八番のフェイントモーションではあるが、そのドリフトも以前の派手なだけのフェイントモーションよりかは着実にドリフト速度が上がっていた。
ドリフトアングルも以前よりかは確実に浅いものとなっており、それがドリフトの速度を上げる大きな要因になっているのであった。
「(このまま…)」
Z33は左端の壁にノーズを接近させるようにドリフトし続ける。
隙間は数十センチもない。文字通りのインベタのラインを描いている。
おまけに速度も150キロ以上と、ドリフトにしてはハイスピード。
そんな中でも時雨はアクセルを踏み続け、インベタの際どいラインを描き続けることに躊躇しないのだった。
それはやはり、これまでの戦いの数々で積んだ経験が時雨をさらなる領域へと導いていることの証拠ともいえるだろう。
コーナー中間をインベタのラインを描きながら突破していく中、出口が迫っていく。
「(次のコーナーに向けて…)」
目の前にコーナーの出口が見えたところで時雨はアクセルオフ。
だがハンドルは右に曲げ続けたままだった。
アクセルオフによってタイヤの空転が収まる中、Z33は左向きから右向きへと方向を変えていく。
第1コーナーを脱出した時点でZ33は真っすぐを向いていたが、ハンドルは右を向き続けていた。
こうなった以上、Z33はタックインのごとく進路を右に変える。
当然そうなれば左レーンから右レーンに代わるのだが…この時点でZ33のウインカーは既に出されていたのだった。
速度は140キロ台でありながら、左レーンから右レーンへと一気に移動するZ33。
すぐに第2コーナーである右直角コーナーが迫る。
「……!」
ブレーキをちょこんと一瞬わずかに踏み込んだ上で、ハンドルを右に曲げ続けたままアクセルを踏み込むことでタイヤが空転し始める。
空転し始めたところでZ33は右を向き、ドリフトしたまま第2コーナーへと飛び込む。
走行レーンの中央を走っていたZ33は、そのまま右端へと向かっていく。
そして路肩に前輪を乗っけるような形でZ33はドリフトし続ける。
ドリフトし続ける中時雨はハンドルを右から左に切り返し、アクセルオンでドリフトさせていく。
140キロ以上の速度でも時雨は躊躇することなく、Z33の制御を手中に収めているのだった。
「くっ…は、速ぇ…!!」
一方、NDロードスターのドライバー。
第1コーナーを左レーンに移ってドリフトしているのは良かったが、先行するZ33はみるみる遠ざかっていく。
本来ならNDロードスターは軽い以上それを武器にできるはずなのに、それが全くもって通用しないと言ってもおかしくなかった。
コーナーでは明らかにロードスターよりも重いはずのZ33が、まるで軽自動車のようにスピーディに、軽やかにドリフトしていくのだ。
パワーは確実にあるし、自在に制御するだけの足回りも、同時にその重い車体をコントロールできるだけのテクニックも整えられている。
明らかに段違いの相手であることを、オクティのドライバーは痛感した。
第1コーナー出口が迫る時点で、Z33は第2コーナーにあるトンネルを抜けた場所…それこそオクティのドライバーの死角に入ってしまっていた。
「(この……!!)」
逃げまくるZ33を必死になって追いかけるあまり、頭に血が上り始めていた。
こうなるともう自棄である。
第1コーナーを立ち上がり、第2コーナーに飛び込む前にウインカーを出して右レーンに移るNDロードスター。
そのままノーブレーキで突っ込んでいく。
こうでもしないと追いつけないと思ったのだろうか。
だが、時雨でも最低限アクセルオフをしたにもかかわらず、ムキになってコーナーに飛び込んだらどうなるか?
第2コーナー直前でアクセルオフからサイトブレーキを引き、ハンドルを一気に右へと曲げた上でアクセルオン。
だが、次の瞬間だった。
「(突っ込みすぎた…!?)」
105度以上ハンドルを曲げ、最小限の減速…140キロ以上の速度でコーナーに突っ込んだところで、NDロードスターのタイヤが悲鳴を上げた。
やはりパワーを重視していた以上、マシンの足回りが悲鳴を上げるのは無理もない話だったのだろう。
一気に右を向いたのは良かったが、舵角がありすぎたあまりNDロードスターのタイヤがグリップを完全に失った。
「うおおおおっ!!」
オーバースピードによるアンダーステア。
ハンドルを左に切り返してももはやどうしようもなかった。
速度は140キロ以上というオーバースピードだったのが原因か、完全にタイヤがグリップを失ってNDロードスターは右回転していく。
慌ててブレーキをかけてハンドルを左に曲げ続けても、回転は止まらない。
正確には回転する速度は下がっていったが、もう勢いに任せるしかない。
頭に血が上ったあまり、Z33に必死に食らいつこうと完全に自分自身を見失ったオクティのドライバーは、愛車であるNDをスピンさせてしまうのであった。
右レーンからラバーポールをなぎ倒して、左レーンへと飛び出したNDロードスターは、左端の壁スレスレにリアサイドを接近させて停車した。
間一髪クラッシュはなかったが、この時点で完全に勝負はついていた。
「……」
一方NDロードスターがスピンして停車した時点で、Z33第3コーナーを抜けて最終ストレートを走行していた。
採取ストレートを走る中で、バックミラーにおいてNDロードスターのヘッドライトは全くもって見えず、完全に振り切ったことを時雨自身も認識していた。
とはいえ連戦によるマシンコンディション低下を防ぐため、アクセルの踏み具合はパーシャルスロットル。
速度は150キロ台を維持しながら、そのまま悠々とゴールするのであった。
◇ ◇ ◇
「(時雨…俺とバトルしたときより更に速くなってるダス。あんなのを相手にしてたかと思うとゾっとするダスね…)」
バトルの様子を見ていたラージは静かにそう思った。
時雨は以前よりもはるかに速くなっている。
まさか時雨の速さがここまでもの下は思ってもいなかった。
多くのドライバーと争い、戦ってきたことで彼女の走りはより洗練されている。
多くのドライバーたちとバトルしてきたことが、彼女のドラテクを磨き、更にマシンの真の性能を発揮するに至っていたに違いない。
そしてそうである以上、自分があのドライバーに負けるのは当然と言えば当然だったと、ラージは痛感するのだった。
そう思っている中、時雨と奈美子はZ33を再び駐車場に止めて戻ってきた。
「ありがとう、時雨、ナミコ。本当に助かったダスよ」
戻ってきた2人に対し、ラージは頭を下げた。
「…僕は、大したことはしていませんよ。僕は腕を磨きたいから、目的があるからバトルをしているだけです」
「時雨…」
「ともかく、ありがとう。じゃあ、俺は中に用があるダスから…」
時雨としてはとにかく自分の腕磨きをしたいというのがバトルの目的だった。
そしてそれを満たせた以上、彼女としては満足していた。
彼女の言葉を聞いたラージは、ゲレーロの入口へ向かっていく。
すると、奈美子がこう口を開く。
「しっかし、ラージもなかなか無茶するわね…でも、いくら無茶でもこの先は通れないと思うわ」
「えっ…そうかな?」
「あの筋肉モリモリのバウンサー、私たちを通そうとしないんだもの。ここはオクティのテリトリーだし、ケミックに手厳しいのは仕方ないけど…」
「…それは、どうかな?」
「えっ?」
「結局はラージさんもご飯を食べに来たんだから…」
「通れるって、言うの?」
「…うん」
奈美子の疑問に対し、時雨は「食事をしに来ただけなら通してくれるだろう」と思っていた。
やはりそこに関しては目的の違い云々があるのだろう。
そう思っていると、ラージとビクトルが対峙する。
ビクトルはギロリとラージを睨んでいる。
「……」
「…長年敵対していた間柄ダス。割り切れない気持ちもあるダス。ささやかだが、俺の気持ちダス。受け取ってほしいダス」
そう言ってラージが懐から取り出したのは、5ドル札だった。
ビクトルは5ドル札を受け取ると黙ってドアを開いた。
ラージは「それじゃあ」と声をかけ、ダイナーの中へと入っていく。
その様子を見ていた奈美子はあることを思いつく。
「やっぱり、通っていったね」
「そっか…これだ!私たち、オクティと敵対したままだったんだ。ビクトルの心情なんて、考えたこともなかった…行きましょ!」
「いや、でも……あ」
そう思い立った奈美子はドアを閉めたビクトルの前へ向かう。
遅れて時雨も向かった。
2人が並んでいるところでも、ビクトルは再び時雨をじっと見ていた。
「……」
「(奈美子に目もくれてない…ということは)」
この時点で時雨はもう結末を予測出来ていた。
奈美子には全くもって目もくれていない。
用件があるのは間違えなく自分なのだろう。
そう思う中で、奈美子が口を動かす。
「ビクトル!私たちも、ラージと同じでオクティと敵対する気はないの!ここには、ウーゴって人に情報を聞きに来ただけ!ダイナーを荒らすつもりはないわ、お願い、ここを通して!」
「…フンッ!」
奈美子が必死になって頭を下げるも、ビクトルは顔をそむけて拒否をしてしまった。
「ううう…し、時雨ぇ…」
頭を上げた奈美子は、ビクトルの態度に対してもはや降参と言わんばかりに時雨に泣きついた。
「無理もないよ、やっぱり、まだ実力が気になるみたいだね」
「まだダメなの…?もうお腹ペコペコよ…」
「こうなった以上、説得しようとしても無駄だよ。やっぱり、実力を示してこないと」
「……」
「ここまで来たらもう持久戦だ。どっちの心が折れるか、それまでやるしかないね」
そう言ったところで、奈美子はがくんと肩を下げる。
「あーあ…お客として来たと言っても入れないし、礼儀も尽くしたつもりなんだけど…ラージのようにお金も渡すべきかしら」
奈美子はひとり呟いた。
いくら他の人間と目的が違うとはいえ、もしかしたらお金で退いてくれるのではないか?
そう思っていた中で、奈美子は続けてこう口にする。
「まあ理由はきっと、ウーゴに会わせるに相応しいかを判断してるんだろうけど…会話すらしてくれないから、本当は何を考えているのかも分からない。今までで最大の敵だわ!」
「まあ…そうだね」
「ああ、もう!こんなときにサマンサがいてくれたら…」
だが、奈美子がそう言った瞬間だった。
「おい、いまサマンサって言ったか?…って、あれ?まさか東洋人?」
そう反応したのは、ダイナーから出てきたオクティのドライバーだった。
「こいつ、ヒュウガの娘か!ケミックの用心棒が何でここに!?まさか…ダイナーを襲撃にきたのか!」
「え!?ち、違うわ!!」
「(まずい…オクティではサマンサの名前は禁句だ)」
どうやらサマンサと言う言葉はよっぽどの禁句のようだ。
時雨は「言うな」と言われていた以上口を閉ざしていたが、奈美子のうっかりミスでつい口に出してしまった。
こうなると否が応でも周りから煙たがられるのは当然と言えば当然である。
「私たちはウーゴに会いにきただけで…あっそうだ、ビクトルに聞いてよ!彼にもさっきから同じことを説明して…」
「……」
ビクトルは巨体の肩をコキコキと鳴らしていた。
完全に敵対反応を示している以上、そう簡単には逃がしてくれないようだ。
「ビクトルの方はやる気満々じゃねえか!!俺にウソついてだまそうったって、そうはいかねえぞ!バトルしろ、ケミックの用心棒!」
そう言ってオクティのドライバーの1人が時雨に勝負を挑んできた。
「…ビクトルが話をしてくれない以上、どうしようもないわね…時雨、ここはバトルで決着をつけましょ!」
「わかった…始めよう」
「ようし、やってやるぜ!」
そう言って3人はそれぞれのマシンに乗り込み、再びバトルへと挑んでいくのだった。
―――十分後。
オクティのドライバーに勝利した時雨と奈美子は、再びダイナーの入口に戻ってきた。
「…それにしてもサマンサも罪な人ね。名前を出しただけで、バトルを挑まれるんだから。どれだけ恨みを買ってるのやら…」
「間違えなく、只者じゃないね…」
そう言ってダイナーの方へ歩いていると、2人の前に1人の顔見知りが表れた。
「やあ、お見事!久しぶりに時雨の走りを見れてよかったよ」
「リ、リチャードさん!?大丈夫なんですか?1人で来て…ここ、危ないですよ!…どうしてここに?」
そう、ダイナーにやってきていたのはオクティの対立組織…ケミックの元社長、リチャードだった。
「ダイナーにいるはずのスミスの悩み相談ってところかな。自分が作ってる新型のパーツについてボクとラージからadvice(助言)が欲しいってさ」
「アドバイス、ですか?」
そう時雨が言うと、リチャードは自信があるかのようにこう言いだした。
「だからボクはこう言ってやったのさ。"ボクらの意見なんか聞いたら、add vice(欠陥が足される)だけじゃないか?"ってね!HAHAHAHAHA!!」
「……」
リチャードの高笑いに対し、入口に立っていたビクトルは静かに鼻息を荒くしつつ笑っていた。
どうやらビクトルにとっては、リチャードのアメリカンジョークはツボにははまったようだ。
「は、はは…(…滑ってますよ。アメリカンジョークっていうものかもしれないけど…僕たちはアメリカンじゃないし、それに…)」
リチャードの言葉に対して、時雨は苦笑いで何とか受け流した。
だが何より気になったのは…奈美子の態度だった。
もしもこのアメリカンジョークが通用しないとなったら…そう思っていると、奈美子が真顔でこう口にした。
「…えっと、ごめんなさい、私、アメリカンジョークには疎くって……ど、どういう意味かしら?」
「「……」」
「ああ、やっぱり…」
奈美子の言葉によって、場の空気は一気に氷点下まで下がった。
時雨は何を言っているのかはわかっていたが、同時に「これはダメ」としか思わなかった。
やはり笑いのツボは時雨にも引っかからなかったようだ。
「な、なんかごめんなさい…」
「じ、じゃあまた相手が待ってるので…」
そう言って時雨は奈美子共々逃げるかのようにその場を後にし、再びバトルへと臨んでいくのだった。
◇ ◇ ◇
その後も何かにつけ現れ、絡んでくるオクティのドライバーとのバトルが続く。
だがしばらくして、ドライバーとバトルを終えてダイナーの入り口へと戻ると…そこにビクトルの姿は無かった。
「あれ、店の前にビクトルがいないわ!これはチャンスね、ダイナーの中に入りましょ!」
チャンスととらえた奈美子。
だが時雨はそれを良しとしなかった。
「いや、ちょっと待って。何か様子が変だ」
「ええっ?」
扉の奥から「やるのかテメェ」という挑発する声が聞こえてくる。
すると鉄製の扉が勢いよく開くと、中から客が飛び出してきた。
そしてそれを追い詰めるようにビクトルが迫る。
「うわぁ!?」
「うわっ!?」
驚く2人の前に、酔っ払いが倒れ込んでいた。
「わ、悪かった…もう来ない。これ以上はカンベンしてくれ…」
そう言って酔っ払いはヨタヨタと立ち上がり、その場を立ち去った。
それを見届けたビクトルが、2人をギロリと睨みつけた。
彼はまるで「待たせたな」と言いたげな目をしているのを、時雨は感じ取っていた。
「ひいっ…あは…あははは…いや、えっと、これはその…」
動揺する奈美子。
すると時雨が奈美子の手前に右手をかざした。
やはり時雨は冷静だった。
「奈美子、落ち着いて」
「え…?」
「…何かあったようですね?お仕事お疲れ様です」
かざしていた手を戻した後、そう言ってビクトルと目を合わせた時雨は軽く頭を下げた。
そして頭を下げたその時だった。
「……問題ない。仕事は終わりだ」
「え…」
「し、しゃべった!!仕事が終わり…?どういうこと?」
遂にビクトルは口を動かした。
どうやら彼は用心棒の仕事に勤しんでいたようだ。
ビクトルは言葉を続ける。
「別のバウンサーと交代だ。仕事中は誰とも口をきいてはいけない…ボスとの約束だ」
「あ、そうだったんですね」
ビクトルの言葉に、時雨は納得した。
だがビクトルはここから思いがけない言葉を告げた。
「…俺は時雨とバトルしたかった。お前を中に入れたら多分バトルできない…だから仕事が終わるまで待ってもらった」
そう、ビクトルは時雨とバトルをしたかったのだ。
だが、用心棒の仕事がある以上…時雨と奈美子を中に通したらバトルが出来なくなると思っていた。
オクティのドライバーとバトルしてもらったのは、仕事が終わるまでの時間稼ぎだったのである。
「そうだったんですね。僕…てっきり実力を示してこい、ってことかと」
時雨はどこか勘違いしていたことを恥じるかのようにそう言った。
だがビクトルはその言葉に対してもこう口にする。
「いや…正確にはそれもあった。スミスやクロエから話は聞いていたからな…俺もお前の実力を見てみたかった。あそこまで実力を示してくれれば、俺やウーゴとバトルするには十分だ」
「そうですか…ビクトルさん。僕たちとバトルがしたいというならば、お相手します」
時雨はビクトルとのバトルを歓迎するかのようにそう言った。
するとビクトルはこう言葉を告げる。
「うむ、頼む。『喧嘩よりドライブのほうが楽しい』。ヒュウガの言葉だ…俺はヤツには感謝している。夢中になれる何かを…人生を楽しむことを教えてくれた」
「お父さんが…?」
「ああ…その恩はバトルで返す。ヒュウガの娘に、好敵手の時雨に、最大の感謝を込めて…!」
「…わかりました。始めましょう」
ビクトルの言葉に時雨は闘志を静かにみなぎらせるかのように言った。
そしてビクトルも、時雨の言葉に対して軽く頷くのだった。
バトルすることを決めた3人はそれぞれの車へと向かっていく。
―――vsバウンサー・ビクトル
推奨BGM:FEVER THE NIGHT(from SUPER EUROBEAT vol.114)
相手の車は黒のZ16A型のGTO。マシンにはレーシング仕様のステッカーが施されていた。
コースはビッグストリート往路。
左レーン、Z33。右レーン、GTO。2台がスタート地点で並んで止まっている。
「(ヒュウガの娘と、その相棒のドライバー…か)」
ビクトルとしては、以前世話になった人間の娘とバトルすることになるというのはとても光栄な事であった。
そしてそんな小娘が相棒として支え続ける、ニューヨークで今話題の東洋人ドライバー。
こんな巡り合わせはビクトルにとっては奇跡同然だと思っていた。
相手の実力は噂程度とはいえ聞いているし、嘗て世話になった人間の妹と言うこともあって、尚更正々堂々と挑んでいたいという気持ちが高ぶっていた。
とはいえ絶対に負けたくない…そんな闘志も静かに、ふつふつと沸き上がりつつもあった。
「(相手のドライバーのマシンは…確かに速いだろう。でも…)」
相手のドライバーの実力は時雨はよくわからなかったが、バウンサーと言う役割を持っている以上確実に速いであろうことはわかっていた。
これまでのドライバーよりかは確実に速い何かがある…時雨はふと相手のマシンを思ってそう思ってもいた。
確実に、下っ端のドライバーたちに比べると一筋縄ではいくはずがないだろう。
おまけに相手の姿から見るに冷静さがあると思われる。
高速スプリントレースにおいて突破口をうまくつかなければ、先手を許されることはないだろう。
だが同時に、時雨にはある自信もあった。
「(そうである以上、ここまで温存してきた力を今こそ…!)」
そう、これまでの雑魚相手ではある程度ではあるものの手を抜いてきていた。
それは単にやる気がないという理由ではない。
今後控えているであろう、ビクトルやウーゴとのバトルに向けてマシンコンディションを維持するようにしたかったからである。
そしてその時はついに来た。
ビクトルとのバトルである以上、秘めた力を発揮する時。
最悪ドライビングテクニックでひねりつぶすか、力で五里押すかのどちらかになるかもしれない…そう時雨は認識するのだった。
そう時雨が認識するのは当然と言えば当然だった。
そしてそう思う中で、2台のカーナビのカウントダウンは始まろうとしていたのだった。
3
2
1
GO!
「っ……!」
「……」
GOサインと共にギアを切り替え、2台のドライバーがアクセルを踏み込む。
スタートダッシュを決めた2台が、並走しながら加速していく。
だが、一瞬並走したかと思った次の瞬間だった。
「(先行させた?)」
「……」
ビクトルにとっては意外な光景だった。
本来馬力面で不利であるはずのGTOが先行する。
時雨はアクセルを全開で踏み込んでいなかったのだ。
先行したGTOだが、第1コーナーに備えて右レーンへ移動する。
何せ最初のコーナーは右直角ロングコーナー。
左レーンを走っているGTOにとっては不利なのは言うまでもない。
どうやら相手は自分の実力を知りたがっているのかもしれない。
「(ヒュウガと同じ…掴みどころがないというべきか)」
ヒュウガのドライビングもやはり、時に大逃げ、時にピッタリ粘りつくという風に決まったスタイルがなかった。
先程までのバトルにおいても、時に全力疾走で大逃げ、時にゆっくり走って最終コーナーでぶち抜く…と言ったように時雨のドライビングは文字通りの「変幻自在」と言うべきだった。
後ろから追われる感覚は、ビクトルにとってもヒュウガを思い出させるのには十分だった。
スタート直後のストレートで速度は160キロ台まで上がる。
後方のZ33はピッタリとくっついて離れない。
じっくりとプレッシャーを掛けられている感覚だった。
「(だが、簡単に前は譲らんぞ!)」
ビクトルはどこかスイッチが入ったかのようにそう思った。
目の前に迫る第1コーナー。
速度が150キロ以上まで乗っている以上、どこでブレーキをかけるかが肝心。
スタート直後の直線で乗ったスピードをどこまで維持できるかと言う一種のチキンレースだ。
目の前に第1コーナーが迫る中で、ビクトルはブレーキをかけてマシンをある程度減速させる。
速度は160キロ台から130キロ台まで減速する。
「っ…!」
ハードブレーキングで挙動が不安定になりかけたところで、あえてハンドルを右に切ることでドリフト状態へ。
本来GTOは4WDであるが、ブレーキバランスを後輪強めに振り分けていたからこそできる芸当だった。
ドリフト状態になったところでハンドルを左に切り返し、カウンターを当てつつもアクセルワークを調整する。
スピーディな減速で飛び込んだGTOだが、やはり車重が影響しているのか右端までは攻め込むことが出来ていない。
走行レーン上の中央をグラインドし続けるようにドリフトしていく。
ドリフトしていく中で、ビクトルは右サイドへと視線を移す。
後方がどうなっているのか…と思った瞬間だった。
「な…!」
コーナー中間部分。
Z33はGTOよりもさらにインコースをドリフトしていた。
GTOよりも軽いZ33が、それを生かすかのようにインベタのラインでドリフトし続けている。
GTOの右サイドに付けて、完璧に食らいついていた。
一方でも操作をミスればあっさり追い抜かされてしまうだろう…そうビクトルが直感するのに時間はかからなかった。
自分のドリフトに集中していたので後方は見ていなかったが、今までのバトルのやり方と同じであれば…ドリフト直前にハンドルをコーナーと軽く逆方向に向けた上で切り返す…フェイントモーションを使って食らいついてきたのだろう。
「(うまい…コーナーで的確にインを突いてくる……!)」
繁華街の中のコーナーを、2台のマシンがパラレルドリフト状態でドリフトし続けていく。
メンタルが強いビクトルとはいえ、隙間数十センチ単位のドリフトとなるとやはり揺さぶられるものはあった。
自分のマシンよりもインコースで、それでいてきっちり食らいついてくるアクセルワークを持っている。
このドライバーにはやはりヒュウガと似たようなものがあると思っていたが、どうやらそれは強ち間違えではなかったようだ。
「(なるほど…やっぱり腕は悪くない)」
ドリフトし続けるZ33の車内で、時雨は静かにそう思った。
スタートであえて先行させた時雨だが、精神的には全くもって余裕があった。
相手が実力者であるということはわかっていても、やはり実力が気になったのだ。
ブレーキングからスピーディにドリフトしていく姿は、今までの雑魚とは確実に一線を画していた。
どうやら実力に関しては申し分ない。
だが一方で…
「(でも…勝てない相手じゃないね)」
時雨はそうも思っていた。
今現在、Z33をドリフトさせていく中でパラレル状態となっているが、コーナーに飛び込んだ時点で一瞬だけ相手の走りに迷いがあるように思えた。
食らいついてきたことに関して動揺しているように時雨は感じ取っていた。
もし食らいつかれたことに動揺しているというのであるならば、多少のイレギュラーで動揺させたらどうなるか?
そう考えた以上、時雨がやることはもう決まった。
そんな中で2台の前に第1コーナーの出口が迫る。
「―――!」
「……」
アクセルを踏み込むビクトル。
一方で、ビクトルよりも早めにアクセルを抜いて失速させた時雨。
2台の車間距離がわずかに開いた。
テールトゥノーズから0.3台近くまで車間距離が開く。
コーナー脱出でアクセルを踏み続けるビクトル。
一方で、タイヤの空転が収まったところで再びアクセルを踏み込む時雨。
4WDとFRのドライビングの差が生まれようとしていた。
GTOが先行する中、2台は第1コーナーを脱出して加速していく。
「(このまま内側を走るというなら、左に移るはずだ…先行した以上、コースを塞いででも絶対に抜かさせない!)」
そう思ったビクトルは、ウインカーを出したGTOを左レーンへと移動させる。
そのまま第2コーナーである左直角コーナーにGTOが飛び込もうとしたところで、ビクトルはアクセルオフでブレーキを踏み込んだかと思いきや、サイドブレーキを引いてGTOを強引にドリフト状態へ。
追従するZ33も同じように左レーンに移動する…と思われた。
「…!?」
「(内側に行くかと…思わせて)」
第2コーナーにあるトンネル区間において、ビクトルはあることに気が付いた。
Z33はGTOと違って左レーンではなく右レーンを走り続けている。
それどころか、そのZ33の速度が…ブレーキングをしたGTOに比べて速いし、インコース…コース中央のラバーポールスレスレをドリフトしている。
「(外から…!?)」
Z33は大外刈りを決めるかのように第2コーナーで右レーンを駆け抜けていく。
GTOの速度は130キロ台まで下がっていたのに対し、Z33の速度は150キロ台。
明らかにスピードが出ていた。
そしてそんな速度でドリフトしている以上…いくらアウトコースとはいえ、ビクトルのGTOを追い詰めるのは必然と言えば必然だった。
「(そんな速度で曲がるというのか…!?)」
言葉を出す事もなく動揺するビクトル。
だが、動揺した次の瞬間にはZ33がGTOを大外刈りと言う形式でオーバーテイク。
アウトコースと言う不利な条件の中、トンネル脱出の時点でZ33はGTOをオーバーテイクしてしまったのだった。
それでいてタイヤのグリップもZ33のパワーを確実に受け止めつつドリフトさせていた。
GTOよりも素早く、そして軽やかにドリフトするZ33がGTOを振り切ろうとしているのはもはや目に見えていた。
「(くっ…パワーも足回りも格が違うということか…!)」
GTOをドリフトさせていくビクトルだが、相手の車はもしかしたら自分では到底手の施しようがないほどの相手なのではないかと痛感するのは当然だった。
トンネル区間を抜け、Z33はノーズを左向きから右向きへと方向を変えていく。
そのドリフトは一瞬ブレーキをフラッシュさせるも、そこから先は殆ど勢い任せとも言うべき激しいもの。
左から右へと曲げる逆ドリフトで最終コーナーである第3コーナーへと飛び込んだ。
一方で、GTOもアクセルを全開に踏み込んでタイヤの空転を抑えるように加速していく。
「……!」
文字通りのパワーと足回りに裏打ちされたドライビング。
自分のGTOでもやろうと思えばできるのかもしれないが、足回りが持ちそうではない。
本来ドリフトには不向きなGTOを強引にドリフトさせているのはいいが、同じ走りをやれと言われたら到底できるものではなかった。
それほどまでに自分にはドラテクも不足している。
そしてそんな彼女の走りは、かつて世話になった人間…相楽ヒュウガを彷彿させるにはとても十分だった。
Z33は最終コーナーである右直角ロングコーナーを疾駆していく。
一方でGTOも何とか食らいつくべく、左レーンから右レーンへと移動する。
「(あれほどのマシンを自在に操るとは…これは間違えない…)」
時にフェイント、時に勢い任せ。
悪く言えば行き当たりばったりとも、良く言えば臨機応変ともいえるその走りは、ビクトルにとってはヒュウガを彷彿とさせるに十分すぎる程だった。
それほどまでに底の知れない相手だった。
一方でビクトルも最終コーナー直前でブレーキを踏み込み、そこからサイドブレーキを引いてドリフトしていくのはいいが…如何せん速度が不足していたのか、Z33の姿はコーナーの先へと消えていく。
こちらの速度が120キロ台であるなら、向こうは間違えなく160キロ以上は出ている程に…素早いものだった。
最終コーナーをドリフトしていくGTOにおいて、パーシャルスロットルでありながらハンドルを軽く左に曲げ続けるビクトル。
一定のエンジン回転数を維持しながらもドリフトしていくものの、速度は伸びない。
同じように飛び込んでドリフトしようにも、到底自分ではできるはずがないと思うのに時間はかからなかった。
繁華街区間を抜けて最終コーナーの先の吊り橋区間が見えたところで、Z33はそのまま吊り橋を向こう岸まで駆け抜けていた。
Z33は最終ストレートを全開で駆け抜け、到底取り返しがつかないほどの差を生んでいたのは言うまでもないものだった。
相手を弄び、最終的には実力でねじ伏せる…そんな走りも、ビクトルにとってはヒュウガを思い出すのには十分だった。
「(…見事だ。ヒュウガに匹敵する走り、十二分に堪能した)」
ビクトルは時雨のその走りに対し満足したかのように、コーナーを脱出したところでアクセルをゆっくりと抜いてブレーキをかけてマシンを減速させるのだった。
―――勝者、時雨。
タイム差は4秒以上あった。
―――バトル後。
ダイナーの駐車場に、バトルを終えた2台が戻ってきた。
互いに車を降りたところで、それぞれが顔を合わせて対峙する。
「素晴らしい走りだ。俺からも文句のつけようがない…やはり噂通りの実力だな」
「ありがとうございます」
時雨と奈美子、そしてビクトルが対峙したところで、ビクトルは時雨の実力を認めるかのようにそう言った。
そしてその言葉に対して時雨と奈美子は、安心したかのように軽く頭を下げるのだった。
「これでダイナーの中に入れるわね!ビクトル、案内よろしく…って、あれ?どうしたの?」
するとビクトルは頭を上げていた奈美子に対し、軽く頭を下げた。
「ナビ子…さっきは笑ってすまなかった。ヒュウガのことを思い出してな。よく似ているよ…ヒュウガに」
そう言ってビクトルは頭を上げた。
「ヒュウガさんに?」
「ああ。やはり親子と言うことだな…」
「え…私たちを鼻で笑っていたのはそういう意味だったの?」
「まあな…正直すまなかったと思う」
ビクトルが奈美子を笑っていたのは、実はヒュウガを思い出していたのもあったそうだ。
とはいえ事情を知らない以上彼が謝罪するのは当然と言えば当然だった。
「そっか…単にからかわれてただけだと思ったわ」
「俺のワガママに付き合わせて悪かったな」
そう言ったところで、ビクトルはゲレーロの扉を開いた。
「さあ、中に入れ。ボスのダイナー『ゲレーロ』のオーナー、ウーゴが中にいる…」
「お邪魔します」
ゲレーロの中は典型的なアメリカのダイナーだった。
すると一番最初に目を引いたのは…先ほど中に入ったクロエだった。
食事をしている彼女だったが、時雨と奈美子、ビクトルに気が付いて声を掛ける。
「あ、クロエ!」
「おう、おせぇぞお前ら。いつまでビクトルと遊んでるんだよ」
「ああ、ごめんね。ちょっと込み入った事情があったんだ」
「…あれ?ウーゴは、いないの?」
奈美子はここであることに気が付いた。
オクティの幹部の一人である、目的の人物…ウーゴがどこにもいないのだ。
「ああ、ビッグママを知ってるクソ野郎…ウーゴなら酔いつぶれてバックヤードで寝てっぞ」
「はぁ!?ど、どうして…?」
「あいつがいつも使う手だ。テキーラの飲み比べでアタシを酔い潰そうとしたんだよ。大して飲めないくせに…バカじゃねーの?」
「テキーラの飲み比べ…?」
クロエに言葉に対し、ビクトルは呆れるようにこう言った。
「『また』か。まったく…客人が来るときぐらい、大人しくしてほしいものだ」
するとクロエはビクトルにこんなお願いをする。
「なあビクトル、あそこで言い争ってるバカ共も追い出してくんねえか?うるせえんだよ、エンジンがどうとか」
「ん?」
そう言ってクロエが指を指した先にいたのは…先ほど入ってきたリチャードとラージ、そして先客であろうスミスだった。
「なぁに言ってるんだよっ!エンジンならV型8気筒に決まってるっ!すげえPowerが出るんだ!水平対向なんて汎用性もないしー」
「口をつけば汎用性ばかり…水平対向エンジンを見直したらどうダス?低重心、低振動、安定性は、もっと評価されるべきものダスよ!!」
「水を差すようで悪いけど…ボクはもっとロータリーエンジンの可能性について話をしたいと思ってるんだけど……」
スミス、ラージ、リチャード…先ほど店に入っていった3人は食事しながらも談義に熱中していたが、その様子はクロエでも呆れるほどだった。
「ずっとあの調子なんだよ…ナミコ、時雨、お前らからも何か……」
「…って、あれ?」
クロエが止めるように言ったところで、奈美子が横にいないことに時雨は気が付いた。
では実際、どこにいたのかというと…
「…ちょっと!!私の愛車に積んでる直列6気筒エンジンを無視しないでよね!」
「ハッ!笑わせないでくれっ!直列なんてPower不足な前世紀の遺物だよっ!」
「そんな昔の車に乗ってるなんて……車大国から来たナビが聞いて呆れるダス!」
「な、なにを〜!!バカにして!!冗談じゃないわ!!直列には直列のいいところが沢山あるんだから!!」
そう、先ほどまでのエンジン談議にいつの間にか飛び込んでいたのである。
その機動性の高さには時雨も驚くしかなかった。
「ハァ……ダメだコリャ」
奈美子がエンジン談義に入ったことで、ますます話がややこしくなった。
その姿にはクロエも呆れるしかなかった。
これは徹夜コースかもしれない…とその様子を茫然と見ていた時雨に対し、ビクトルはこう警告するかのように言った。
「…時雨、ヒュウガもあんな感じだった。この先も覚悟しておくんだな」
「た、たはは……」
ビクトルの言葉に対し、時雨は苦笑いするしかなかったのだった。
「オクティ」の3人目の刺客を破った時雨。
残るのは、ビッグママとの連絡役であるウーゴとのバトル。
実力を着実に開花しつつある時雨の前に、最後の壁は間違えなく迫りつつあるのだった。
(第19話End)