「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 第二幕 2024 -いつかあの頂で-   作:カービィ改二

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第21話です。
オクティとの戦いも遂に終盤へ。
そしてバトルの先に起こる、もう1人の艦娘の裏話。


act.21「Brightest Night(輝ける夜)」

ビッグママの行方を知る男「ウーゴ」。取り巻きのドライバーたちとバトルの最中、奈美子はウーゴが乗るはずの愛車が無いことに気づく。

ケミックのテリトリーから戻ったウーゴの車を運転していたのは、バウンサーのビクトルだった。

そしてビクトルが連れてきた人物はグレートオクティカスタムズの敵対勢力であった、ケミック&モレックCEO「ジェレマイア」だった。

 

推奨BGM

ダイナーの前で対峙するケミック、オクティの面々と時雨、奈美子。

沈黙の中で口を開いたのはウーゴだった。

 

「今日この日にィ…ケミックとオクティのォ…協力体制を敷くためにィ…両代表の会談の場を設けたのさァ…」

ウーゴは会談の場をダイナーに設けたことを時雨と奈美子に伝えた。

 

「えっ…えっ?じゃあ…オクティもケミックも、これ以上バトルをしないで済むの…?」

「そうなんですか?」

「ケミックのスタッフには、オクティとのバトル禁止を私が社長になった段階で通達した…あとはオクティ側だけだ」

ジェレマイアが多少説明するようにそう口にした。

 

「じゃあ今日ジェレマイアさんと会うオクティ側の代表っていうのは…?」

そう奈美子が口にすると、ウーゴがふふん、とどこか自慢するようにこう口にした。

 

「それがナミコ達の探し人のォ…『ビッグママ』だよォ…」

「ビッグママ…ってことは」

「そうだったんだ!ついに…たどり着いたのね!ビッグママに!」

すると、たどり着いたことに喜ぶ奈美子に対してリチャードがこう提案してきた。

 

「で、だ…ビッグママを先導するのを時雨とナミコ、2人にお願いしたい。オクティでもケミックでもない、2人にね」

「え……僕たちが、ですか…?」

だが、その瞬間だった。

リチャードの言葉にオクティのドライバーたちがどよめき、ビクトルの眉もピクリと動く。

ある者は急に電話をかけはじめ、またある者は慌てて車の整備をはじめたようだ。

 

「これは…」

「『エスコート』ってことかァ…?ビッグママを『エスコート』するのはァ、ヒュウガが成功してからァ…オクティの中で誰もできたことがないぜェ…」

ウーゴがそう言った。

どうやら相手は相当の実力者のようだ。

おそらく奈美子と時雨の行動には不満を持つ者がいてもおかしくない。

そのことを考えた時雨と奈美子は軽く顔を合わせて、互いに頷いた。

そして頷いた後、奈美子と時雨が互いにウーゴへ声を掛ける。

 

「ウーゴ、ビッグママのいる場所を教えて。必ず先導してみせるから!」

「15分だけ待っていてください。すぐにタイヤを取り換えてきます…もしこの周りで不満がある人がいたら、かかってくるように伝えてください!僕が…オクティのホームコースで相手になりますよ」

「…わかったァ…場所は……」

ウーゴの話を聞いた時雨と奈美子は駐車場に止めておいたZ33へと乗り込んで、一旦ガレージへ戻ってタイヤを取り換えに行くのだった。

 

時雨と奈美子が立ち去った後、混乱する様子を見てウーゴが呟いた。

 

「まったくゥ…ヒュウガの娘、カッコつけてくれるぜェ…ビッグママのエスコートの件、ほぼ即答しやがるなんてよォ…でもなァ…ビッグママに全く関係のないヤツに先導させるなんてェ…オイラ含めて誰も黙っちゃいないぜェ…」

するとその言葉を聞いたジェレマイアがどこか不信感をあらわにしたかのように口を動かす。

 

「貴様…この期に及んでケミックとオクティの歩み寄りを…未来への前進を台無しにするつもりか?」

「ウーゴ、よかったら理由を話してくれないかな?ビッグママの先導に随分とご執心みたいだけど」

そう口を開いたのはリチャードだった。

やはりウーゴたちがなぜそこまでビッグママの先導に執着しているのかが気になったようだ。

すると、ウーゴが「それは当然」と言うかのようにこう口にした。

 

「当たり前だァ…オイラたちオクティはなァ…みぃんなビッグママに恩があるんだよォ…ビッグママに恩を返せる機会をォ、誰も見逃せるわけねぇだろうがよォ…!」

そう、オクティのドライバーたちは皆ビッグママに救われた人間ばかり。

そしてそれを皆、返そうとしたいというのは…やはり同じだった。

 

「オイラも黙っちゃいられねぇなァ…また車をチェックしてくるかァ…」

そう言ってウーゴもダイナーを立ち去るのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

推奨BGM

―――時雨と奈美子がダイナーを立ち去って15分後。

時雨はZ33のタイヤを取り換え、ガソリンも給油した上で再びビッグストリート近くの駐車場へとやってきて駐車させていた。

ここにいれば、嫌でもオクティのドライバーとバトルすることになるだろう。

だが、それは時雨の算段の上だった。

もし自分たちの行動に不満があるというならば、実力を示して黙らせるだけ。

そう思っていると、1台のマシンが時雨と奈美子のマシンの近くに迫ってきた。

 

「いたな…時雨!ビッグママに会いに行くんなら、オクティの誰よりも速くなくっちゃな…!ラージとリチャードの意見を取り入れた新型試作パーツ…俺のようなドライバーでも超Powerの走りができるっ…!」

赤色の初代チャージャー。

派手にカスタムされたそのマシンに乗っているものこそ、時雨がオクティのテリトリーで初めにバトルした幹部…スミスだった。

 

「時雨!あれは…スミスさんの車!!」

「遂に来たね…さあ、行こうか!乗ってくれ」

「うん!」

そう言って時雨と奈美子はZ33に乗り込み、再びエンジンを始動させる。

 

「ラージとリチャードの意見を取り入れた新型試作パーツ…俺のようなドライバーでも超Powerの走りができるっ…!さあ、勝負だ…時雨!!」

Z33とチャージャーは駐車場を出て、そのままビッグストリートへと出ていくのだった。

 

―――vsパワー信者のスミス

推奨BGM:GO GO GUYS(from SUPER EUROBEAT vol.78)

 

相手の車はやはりチャージャーR/T。

コースはビッグストリート復路。

吊り橋上からのスタートとなる。

左レーン、Z33。右レーン、チャージャー。

因縁の相手との再戦が始まろうとしていた。

 

「(あいつの実力がすごいことはわかってる…だが、俺の車だって…!)」

スミスはどこかムキになっていた。

相手の実力が高いことはわかっているし、パワーもおそらく自分の車より上だ。

だがそれでもそう易々と引導を渡されるわけにはいかない。

意地になってでも勝ちに行く必要があるのだ。

絶対に負けたくないという意思がスミスにはあるのだった。

 

「(さて、まずは…慎重に)」

一方の時雨。

こちらも相手のことはわかっている。

極端なパワー主義であることは一朝一夕には変われない。

そうである以上、彼がパワーで逃げていくことは間違えない。

そうであるなら、技術で追い詰めていくのが一番ではないか。

そう思うのに時間はかからなかった。

そんな中でカーナビのカウントダウンが始まろうとしていた。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「LET'SGO!!POWWWEEEEEEEEEEERRRRR!!!」

「……」

スタートダッシュと共にニトロスイッチを押し、一気に大逃げの態勢に入るチャージャー。

速度は一気に150キロまで加速する。

一方のZ33も後方から食らいつくが、こちらはアクセル抑え目でありながらも150キロ近くまで加速する。

スタートダッシュと共に2台が吊り橋上を駆け抜けていき、先行したスミスのチャージャーが左レーンへ移動。

だが時雨も冷静に後方に付き、スリップストリームを使ってテールトゥノーズの状態へ。

車間距離は数メートルもない。

 

「(くそっ…離れない!)」

「(このまま食らいつけば…自滅は早いはずだ)」

ニトロを使っても、チャージャーの加速はZ33に負けていた。

それくらい相手の車のスペックが高いという事でもあるのだが、同時に後方にピッタリと食らいつかれたことはスミスにとって大きなプレッシャーになっていく。

目の前に迫る第1コーナー…左直角コーナー。

後方から攻め立てられている以上、我慢比べである。

スミスとしては何が何でも前を譲るつもりはない。

だが時雨としてはコーナー1つでその気になれば抜いてしまえる。

時雨はアクセルを調整しながらもチャージャーのテールに接触しない程度にZ33のノーズを接近させ、プレッシャーを与え続けていた。

 

「(離れろよ、クソ…!!)」

スミスとしてはどこまでコーナーを攻め込めるかの勝負なのだが、後方から攻められている以上ブレーキを極限まで我慢しなければならない。

仮にブレーキを踏んでしまったら後方のZ33もろとも巻き添えに事故を起こしてしまう。

そうである以上何が何でも我慢をしなくてはならない。

そしてコーナーの直前の時だった。

 

「…!」

「くっ!!」

先にブレーキを掛けたのは時雨。

何度も走り込んでいたことでブレーキングポイントが身についていたのだ。

時雨はアクセルオフからハンドルを僅かに右に曲げ、ブレーキングと共にハンドルを左に曲げ、そのままアクセルを踏み込んで後輪を滑らせる。

だが、スミスは…

 

「(しまった、曲がり切れない…!?)」

走り慣れていたスミスとしては、本来ブレーキを踏むべきタイミングは把握していた。

だがそのタイミングは、時雨のブレーキングポイントよりも早いもの。

つまり、いくらチューニングされていようとも素の性能が低いチャージャーではZ33と同じ走りをすることが出来る筈もないのだ。

ブレーキポイントの存在を時雨の手によって完全に忘却してしまっていたスミス。

慌ててフルブレーキを踏み込むも、強く踏みすぎたあまりブレーキロック。

ABSが搭載されていない初代チャージャーでは、現代の電子装備がバリバリ搭載されているZ33と同じ走りができる筈もない。

そしてブレーキロックが起こってしまった以上何が起こるのか?

それはあまりにも単純だった。

 

「だあああああああ~~~っ!!!曲がらねえ!!」

タイヤを左に曲げても全くもっていう事を聞かない。

完全な滑走状態で、チャージャーは真っすぐと走っていく。

本来コーナーに突入したらハンドルをコーナーの方向…つまり左コーナーなので左に曲げるべきなのに、ブレーキロックによって完全にタイヤが言うことを聞かなくなってしまっていた。

急ブレーキで速度は150キロ台から90キロ台まで下がるも、チャージャーは左レーンから右レーンへはみ出る。

ブレーキを離したことでブレーキロックが収まったところで、チャージャーはぐるんと左を向いて後輪を滑らせていく。

 

「うおおおおおおっ!?」

ハンドルを150度以上曲げていたこともあり、角度は一気に90度以上ついて左回転を始める。

左レーンから右レーンへ飛び出し、右レーンの右端の壁スレスレをスピンしつつも減速していくチャージャー。

だが、一方で当の時雨は…というと

 

「(はあ…やっぱりこうなっちゃうんだね…)」

完全に余裕だった。

左レーンの左端の壁に沿う形、文字通りのインベタのラインを描きつつ、Z33を140キロ以上の速度でドリフトさせていく。

右レーンで間一髪のドリフトをしているチャージャーを完全に振り切る勢いで、Z33はインベタのラインでドリフトして立ち上がっていくのだった。

一方、スピン状態に陥ったスミスのチャージャーはそのままコースの方向とは逆の方向を向いて、間一髪停車した。

 

「(…クソッ!ウデの悪さはPowerじゃカバーしきれなかったかっ…)」

チャージャーが停車した時点でZ33はコーナーの先の遥か彼方へ。

完敗だった。

相手の誘惑に踊らされた結果、スミスは自分自身の走りを見失ってあっさりと追い抜かされてしまった。

相手はプレッシャーをかけるのがとんでもなくものすごく上手い。

だが同時に、まんまと自分が乗せられてしまったことがとても悔しく思ったのだった。

 

「(だが…もうチューンドカーはビッグママのところに届けているっ!久しぶりにママの走りを見ることができそうだ!)」

スピンして停車したマシンを元の方向に戻したところで、スミスはそう思った。

負けはしたが、もう既に目的は果たした。

ここまできたら、命の恩人のドライバーの実力を見るだけ。

あとはもう成り行きに任せよう…そう思ったのだった。

 

 

 

―――数分後、児童養護施設『ビッグママ』。

幼い子供を寝かしつけたエマはスマホのメッセージに目を通し、ニッコリと笑った。

 

「そうかい…助かるよスミス。ついにこの時が来たんだねぇ。さて、こっちもそろそろ支度だわね…」

巨体の黒人女性、ビッグママ…こと、エマはそう呟いて準備を整えるのだった。

 

 


 

 

―――10分後。

推奨BGM

 

時雨と奈美子は襲い掛かってくるオクティのドライバーたちを一騎当千の勢いで倒していく。

何人かドライバーを倒し、今は駐車スペースで再び次の相手を待っている。

だが、そんな中で奈美子と時雨はある変化に気が付いていた。

 

「バトルを仕掛けてくるオクティのドライバーが、皆表情も走りも今までとあきらかに違うわ!」

「間違えなく真剣、だね」

そう、今までのドライバーとはレベルが上がっているのである。

皆が真剣ムード。まだ車の性能やドラテクがあるので何とかなっているが、もし油断をしたらそこを突かれてもおかしくないだろう。

そう2人は思っていた。

 

「でも…僕も負けてはいない」

「そうね…決して弱いってわけじゃないけど、まだまだ大丈夫そう?」

「うん…油断せずに行きたいね」

時雨としては大一番が迫っている以上、油断せずに行きたいと思っていた。

こんなところで簡単に折れる自分なんかではない…その思いが、時雨を更なる速さへと奮い立たせていた。

そう言って次のバトル相手を待機していると、時雨のマシンに後方から1台のマシンが迫ってきた。

青色の…ペイントされたFD3Sである。

 

「(見つけたぜ…時雨!ここで倒してやる、覚悟しろ!)」

時雨と奈美子のマシンを見たクロエは、FD3SをZ33の後ろに止めてパッシングする。

勝負しろ、という意思表示だった。

 

「次の相手は…クロエ!?」

「来たね…奈美子、乗り込んで」

「う、うん!」

バトルの依頼を受けた時雨と奈美子は、再びZ33へと乗り込んだ。

 

 

―――3年前、児童養護施設『ビッグママ』

この日、クロエは仕事の依頼で養護施設の壁にペイントを塗っていた。

だがその作業はどこか苛立ちもあった。

普段は売れていないとはいえスプレーアーティストをやっている自分に対して、なんでこんな仕事をしなくてはならないのか。

そんな不満を抱きながらも、彼女は依頼された仕事を終えようとしていた。

 

「おいババア、描き終わったぜ。そっちの注文どおり、『サン・ピエトロのピエタ』だ」

養護施設の壁にペイントを塗ったクロエがそう言った。

 

「ああ、クソッ!今日は店じまいだ!こんな絵を描かされるとは…養護施設の仕事なんざ二度とゴメンだ!アタシは帰る!」

不満そうに口を動かすクロエ。

自分としてはこんな仕事はやりたくなかったようだ。

だが、エマとしては壁に描かれたイラストを見て満足だったようだ。

 

「ありがとう。本当に美しいねぇ…アートの才能がある。うん…これで決心がついた」

「ああ?決心って…」

すると、イラストを見ていたエマがクロエを見てこう口にした。

 

「アンタにはカーペイントの仕事を提供できるようにするよ。器具は私が何とかするわね」

「……は?」

クロエにとっては鳩に豆鉄砲を食らったかのようだった。

ペイントをして、そこからいきなり車専門の仕事とは?

一体どういうことなのか?

この依頼主はふざけているのか?

苛立つかのようにクロエはこう口にした。

 

「ババア、寝ぼけてんのか?……アタシのことは、ほっとけよ。今までもこれからも、1人でやってくんだからよ」

クロエとしては1人でやっていきたい。

それは今も昔も、そしてこれからもそう思い続ける。

そう思っていた。

だが、エマはそれを慰めるかのようにこう口にした。

 

「…孤独はたくましさを与えるわね。でも、他人への甘え方を忘れてしまう。一度だけでいい。私に甘えてみちゃくれないかい?」

「……」

エマはクロエを迎え入れるかのように、そういうのだった。

 

 

―――現在。

 

「…あの出会いがなかったら、いまもアタシはずっと1人だったな…オクティで仲間ができた。アートの可能性も広がった」

ビッグママに救われなければ、今自分はどんな人生を歩んでいたのか。

そう思うと体がぞっとする。

仲間が出来た事も、自分のアートが広がったことも、本当に感謝しかない。

そしてそうである以上…

 

「ビッグママから色んなものを貰った…その恩を返すのはアタシだ。ビッグママのエスコートは…アタシがやる!」

恩を返したいという思いが、クロエを包み込むのだった。

そしてそんな思いがクロエを包み込む中で、2台はコースへと移動していく。

 

―――vsペインター・クロエ

推奨BGM:IN THE NAME OF LOVE(from SUPER EUROBEAT vol.88)

 

「(さて、それじゃあこのまま…)」

右レーンを走り続けるZ33。

その後ろに青いFD3Sがぴったりと付けている。

速度が50キロを維持したまま、2台はそのままローリングスタートでレースをスタートしようとしていた。

 

「……!」

「―――っ!?」

スタート地点を2台が通過し、先行するZ33のハザードランプが消えたところで互いにアクセルを全開にする。

だが、Z33の加速は明らかにFD3Sを振り切らんと言わんばかりの勢い…文字通りの大逃げだった。

ストレート区間でZ33の速度は一気に180キロまで跳ね上がる。

FD3Sの加速は良くて140キロ台。

明らかに振り切りにかかっていた。

 

「(くそ…初っ端からかよ!)」

「(僕が速いことを…知らしめるんだ)」

FD3Sという赤子の手をひねるつもりで、時雨はアクセルを踏み続ける。

スタート直後のストレートでも容赦なし。

先行するZ33のテールライトが第1コーナーである右直角コーナーへと飛び込もうとしていた。

 

「……」

コーナー直前、時雨は軽くハンドルを左に曲げていた。

そしてそこからブレーキを踏み込み、一気にハンドルを100度以上右へと切り返す。

速度は180キロから140キロ台まで下がり、Z33のテールは左から右へと一気に振り回していく。

アクセルオンで後輪が滑り出したところで、時雨はハンドルを左へと切り返してカウンターを当てる。

お手本通りのフェイントモーションでコーナーへ飛び込むZ33。

走行レーン真ん中を走っていたZ33は、そのままインベタのラインを描きながら壁へとノーズを接近させる。

隙間十数センチという際どいラインを描きながらも、Z33はアクセルワークで加速していく。

インベタのラインを描きながら走り抜けていくZ33の姿に、クロエは動揺するしかなかった。

 

「(同じ風には…攻め込めない!?)」

自分の限界を知っているからこそ、あそこまでは攻め込めないと自覚するのは無理もない話。

インベタで隙間数十センチのラインを描くことは自分でも可能だ。

だが、あそこまでスピーディにはできない。

それでも勝つためには…何としてでも食らいつかなくてはならない。

FD3Sの前に第1コーナーが迫る。

 

「くっ…!」

限界ギリギリまでブレーキを我慢し、コーナー直前でブレーキを踏み込む。

速度は150キロ台から130キロ台まで下がる。

ブレーキロック寸前まで踏み込み、サイドブレーキを引いてハンドルを右へ曲げる。

自分の限界を超えたらすぐにスピンだ。

そうである以上、限界スレスレのドライビングが要求される。

ノーズを右へと向け、後輪を空転させながらドリフトしていくFD3S。

そんな中でハンドルを左へと切り返してカウンターを当て続けるクロエ。

だがスピードはオーバースピード気味だったのか、インベタには攻め込めない。

良くて走行レーンの中央…のやや右側をドリフトさせていくのが精いっぱいだった。

 

「(あんなにも軽やかに、曲がるもんなのか…!?)」

クロエにとっては完全にZ33を手中に収めている時雨のドライビングに対して恐怖みたいなものを感じていた。

FD3SとZ33の車重は大体200キロ程Z33が重いが、それをまるで軽自動車のように軽々とドリフトさせ、そこからパワー全開でコーナーを突破していく。

スミスのようなパワーに頼った走りではあるが、同時にテクニックもかなり高い。

いや、正確に言えばテクニックが「上がってしまった」と言うべきか。

たくさんのドライバーたちと同じコースで何度も何度もバトルをしていたことが、彼女の技量にさらに磨きを与えていたのだった。

 

「っ…!」

コーナー中間からコーナー出口へ走り抜けていくFD3S。

だが、速度差とパワー差もあってあっという間にZ33はクロエの視界から消えようとしていた。

コーナー出口に向かうにつれて、Z33の姿が一瞬だけクロエの視界に映った。

だがその一瞬で、左レーンを走っていたZ33はあっという間に視界から消えて第2コーナーの彼方へ。

トンネル区間もあっという間に抜け、距離差は既に車3台以上まで広がっていた。

クロエは第1コーナーの出口が迫る中でアクセルリリース、ハンドルをニュートラルに戻すも…すでにその時点でZ33は視界から消えてしまった。

トンネルの先、第3コーナーへと飛び込んで完全に視界から消えていたのだった。

 

「(成長の度合いが速すぎる…アタシじゃ、とても追いつけない…!)」

いくらヒュウガに手ほどきを受けたとはいえ、それでもマシンにもテクニックにも限度があった。

それは時雨のマシンを見て嫌と言うほど痛感させられた。

彼女の成長スピードがあまりにも速すぎる、いや、正確に言えば多くのドライバーとバトルをしたことで通常よりも成長速度を速めてしまった…と言うべきだろう。

FD3Sが第1コーナーを突破した時点で既にZ33は遥か彼方、第3コーナーを駆け抜けている。

それも、容赦をするつもりもないのかZ33は左レーンから右レーンへ移ってまたインベタのラインを描いていた。

速度も150キロ以上…確実にFD3Sに食らいつかせないつもりらしい。

 

「アタシはもう…アイツには、追いつけないのか……!」

クロエがそう思うのは無理もなかった。

マシン性能もドラテクもあまりにも格が違いすぎる。

コーナー1つであっという間に振り切られてしまうとは思ってもいなかった。

もうどんなに頑張っても追いつけない…

そう思ったクロエは、泣く泣くFD3Sのハザードランプを点けた上でブレーキを踏んでリタイアするのだった。

 

「(悔しいけど、認めてやんよ!ちゃんと『エスコート』しないと…お前の愛車をアタシ色に染めっからな!)」

コースの右端、路肩にFD3Sを止めたクロエ。

コーナーのはるか彼方に消えたZ33に対し、そう実力を認めたのだった。

 

 

 

 

 

―――数分後。

推奨BGM

 

時雨と奈美子が乗ったZ33は、吊り橋を渡り切った先で次の相手を待っていた。

耐久レース同然でバトル相手を探している中、時雨はこう呟いた。

 

「クロエは完全に振り切ったけど…まだまだ先は長そうだね」

「え、ええ…でも、たかが『先導』じゃない。どうしてそこまで…」

コース先の路肩で一旦停車し、次の相手を待つZ33の車内で、奈美子は疑問を口にした。

一体何が彼ら彼女たちを駆り立てるのか?

そう疑問に思ったところで、時雨はこう考察した。

 

「ウーゴさんが言った通り、バトルに参加している全員がビッグママに恩があるんだ。しかも、人生を変えられるぐらいの恩が…」

「バトルを仕掛けている人たち全員が、ビッグママのために走ってるのね…じゃあもしかして、お父さんも誰かのために走ってたのかな?テストドライバーとして世界中で…」

「きっと、そうだと思うよ」

「時雨…」

「でも、僕も負けてはいられない。こんなところで立ち止まる僕なんかじゃないから、ね」

後方にやってきたマシンからのパッシングを確認し、再び時雨はZ33を移動させる。

 

 

 

 


 

 

 

―――クロエとのバトルから10分後。

推奨BGM

 

 

時雨は次の相手を待機するため、コースそばの路肩にZ33を止めている。

だが、襲い掛かるオクティのドライバーたちを破り続ける中で…奈美子と時雨はあることに気が付いていた。

 

「時雨、気づいた?挑んでくるオクティのドライバー、バトル途中でリタイアする車も多かったのに…」

「うん…耐久性は間違えなく上がっているし、確実に速くなっている。でも同時に、皆執念で走っているって感じだね」

そう、ビッグママのエスコートに躍起になっている人々が時雨に挑み続けている。

これまではマシントラブルになくマシンも多かったが、ここにきて完走率は確実に上がっていた。

同時に、少しずつではあるものの…相手のレベルも確実に上がっている。

だが一方で、自分たちに食いつかんと無理をしてアンダーステアを出したりスピンする人間も多くなってきていた。

そんな中で、停車してた時雨と奈美子のマシンの後ろにある車がやってきた。

 

「……」

運転に集中していた男…ビクトル。

やはり彼も時雨と奈美子に挑もうとしていた。

Z33の後方にGTOを止めたビクトルは、クラクションを軽く鳴らした。

バトルしろ、ということらしい。

 

「時雨、来たわ!ビクトルの車が…!!」

「わかった…行こう!」

ハザードランプを出して止まっていたZ33を動かす時雨。

そのままGTO共々コースへと移動していく。

 

 

―――3年前、寂れた道にて。

ナイフを持ったビクトルの脅迫に、ビッグママは両手を上げたあと、静かに自分の服のポケットを指した。

そしてこう伝えた。

 

「私のポケットに5ドル入ってるわ。持って行きなさい。…また1週間後に来るわ。何かほかに生活に必要なものはある?」

「…1週間後?何を考えている?自ら出向いてカモられるとは。脅されて、怖くはないのか?」

ビクトルとしては疑問でしかなかった。

なぜ自らカモになりに行くのか、脅されて怖くないのか?

一体どういうことなのか?

するとそう思っていると、エマはあることに気が付いて目を向ける。

 

「…あんた、裁縫が得意みたいだね。あんたのシャツを見ればわかるよ。破れたシャツを自分で縫って、大事に着ているようだね」

ビクトルが来ていたシャツは破れたシャツを継ぎはぎしたものだった。

その汚れ具合は部分ごとにまちまちで、必死になって継ぎはぎしていたのを、エマは見逃さなかった。

すると、図星を突かれたかのようにビクトルが口を動かす。

 

「これは…!妹が…妹がくれたものだ。捨てることなど…できない。俺はダメでも、妹にはまともに生活してほしいんだ。そのためなら俺は…」

ビクトルが悪行に手を染めていたのには理由があった。

自分が犠牲になってでも、自分の妹には普通に生活してもらいたい。

罪を被ってでも、妹のためになるならなんだって構わない。

そんな思いから、トコトン悪に落ちていこうとしていた。

だがそんな中でエマは呆れるかのようにこう口にした。

 

「『もう引き返せない』なんて思っちゃいないかい?笑っちゃうね。有名人じゃあるまいし!」

「それは……」

有名人なんかじゃないのに、今更引き返せないと何故悲観的なのか。

エマの言葉は一理あった。

するとエマはこう畳みかけてきた。

 

「生き方が間違っているとは言わない。ちょっとばっかし不器用なだけだわね。どうだい?もっとデカいものを縫い裁ちしてみたくないかい?」

 

―――現在。

 

「(…あの後、妹が特待生で大学へ進学することが決まった。全て…全てビッグママのお陰だ)」

オクティに入って、一定の稼ぎを得るようになったことで生活は一気に安定した。

ビッグママには足を向けて寝れない。

そんなことは彼が一番わかっていた。

そしてそうである以上…彼女を否が応でもエスコートしたいと思う気持ちが強くなっていく。

 

「(感謝は形にしなければならない。彼女をエスコートするのは俺だ…時雨…ここで負けてもらうぞ!)」

そうビクトルが認識したところで、2台はコースインしていく。

 

―――vsバウンサー・ビクトル

推奨BGM:FUNKY FUNLOVER(from SUPER EUROBEAT vol.159)

 

コースはビッグストリート復路。

2台が50キロでテールトゥノーズの状態、右レーンを走っている。

 

「(さっき攻めた分、ここで埋め合わせを…)」

先程のクロエとのバトルで大逃げを図った以上、どこかでマシンパワーをセーブしなくてはいけない。

ペース配分で山を作ったなら谷を作る必要があることを時雨は把握していた。

常日頃から全力疾走ではマシンが持つ筈もないのだ。

スタート地点である吊り橋中間を通過して、ハザードランプを消したところで時雨はある程度アクセルを踏む。

GTOは明らかに全開走行だった。

 

「(ペースが上がらない…?)」

スタート地点を通過したGTOだが、Z33には後方から食らいついている。

スリップストリームに入って加速を稼いでいる状態だった。

速度は140キロ出ているが、Z33はずっと一定の距離を維持しながら走り続ける。

早めに左ウインカーを出して左レーンに移ったのを確認したビクトルも、すぐに左レーンへとGTOを移動させる。

そのままGTOは140キロ台まで加速する。

目の前には第1コーナーの左直角ロングコーナーが迫る。

 

「(集中力が高くても、相手を揺さぶる技術はあるか…)」

時雨の作戦には複数のものがある。

格下のマシンにはスペックを生かした大逃げ、同等クラスのマシンに対してはライン潰し、格上か同等クラスであれば後方からのプレッシャー掛けまたは前方からのブロック。

時雨が選んだのは、ビクトルのマシンのスペックをわかったうえでの前方からのブロックだった。

相手のマシンの性能がある程度わかっている以上、自分に対して精神攻撃を仕掛けて追い抜いてくるのか。

時雨はそこが気になっていたのだった。

 

「(さあ…どこから追い抜いてくる?)」

GTOのテールに食らいつくZ33。

だが時雨のアクセルは6割程度で、明らかに手を抜いているも同然だった。

それでもドラフティング…文字通りのスリップストリームに入り、後方から着実にプレッシャーを与えていた。

速度は互いに150キロ台まで加速している。

先行するZ33がコーナーに飛び込もうとしていた。

 

「(さて、追いついて来れるか…?)」

第1コーナー…左直角ロングコーナー直前でブレーキをあえて強めに踏み込む時雨。

速度が120キロ台まで下がる中でハンドルを僅かに右に曲げ、そこから左へと切り返すのと同時にブレーキリリース。

僅かに右を向いたかと思いきや一気に左を向いたところでアクセルを踏み込むことで、Z33は左を向いてドリフトし始める。

派手目なドリフトアングル…50度以上のそれを維持しながら、Z33は走行レーンの中央をグラインドするようにドリフトしていく。

 

「(くっ……!)」

前方をドリフトしていくZ33に対し、ブレーキを踏み込んで減速するGTO。

そこからサイドブレーキを引いて、ハンドルを左に曲げる。

後輪が滑り始めてもハンドルを左に曲げ続け、何とかドリフトを維持させる。

速度が120キロまで下がったところで、アクセルは踏み続けるしかない。

 

「(同じ速度で…ドリフトできない?)」

「(やはり、か…そんな実力じゃ、僕には追い付けない…!)」

ハンドルを左に曲げ続けつつアクセルをある程度踏み込むことでGTOをドリフトさせるビクトル。

だが、アクセルを踏んでも踏んでも先行するZ33には食らいつけない。

それに何より相手の走りがビクトルには気にいらなかった。

 

「(そんな挑発的な走りで…!)」

時雨のドリフトは本来必要な最小限度のドリフトではなく、明らかにパフォーマンス向けの角度を付けたドリフト。

ドリフトアングルとしては70度以上はある。

少しカウンターを間違えればスピンしかねない角度だが、それでも時雨はハンドルを右に曲げ続けてカウンターを当てている。

だがそんな中でも時雨はお構いなしにアクセルを踏んでいるし、カウンターも調節している。

それでいて、速い。

速度は確実に130キロ以上は出ている。

追いつきそうで追いつけなさそうな絶妙な速さ。

それが、ビクトルにとっては苛立ちの要因になっていた。

少しでも踏み込めば追いつけてしまうのではないか?

そう思った瞬間だった。

 

「(…アンダーが!?)」

走行レーンである左レーン中央をドリフトしていたGTOだが、パーシャルスロットルからアクセルを踏み込むとみるみるうちにタイヤがグリップの限界を超えたためにアウトへと膨れていく。

アンダーステアを出したことで、道路中央のラバーポールをGTOのリアがぶつけてはなぎ倒していく。

プラスチック状であるのでマシンに対して傷がつかないのはいいが、接触し続けたことでGTOの速度はみるみるうちに落ちていく。

ラバーポールに接触したことで速度は100キロ台まで下がってしまう。

 

「……!」

パーシャルスロットル状態だったアクセルをリリースし、ただでさえ右に切っていたハンドルをさらに右へと切る時雨。

第1コーナーを抜け、第2コーナー直前で一気に仕掛けてきた。

スピンスレスレの角度を維持していたZ33が、左から右へと回頭する。

その巨体とも言うべきマシンではあるが、時雨はそれを難なく乗りこなしているとも言うべきだろう。

振り子の原理を応用して左向きから右向きへと変わっていくZ33は、右を向いたところで今度は全開でアクセルオン。

縦長の巨体はウインカーを右に出しつつも左レーンから右レーンへと移動し続ける中、ドリフト状態へ。

速度は140キロ以上まで加速し、そのままトンネル区間へ飛び込んでいく。

トンネルに入ったところで時雨はアクセルを全開からパーシャル状態へ。

マシンマネジメントも忘れてはいないが、同時に後方のGTOとの車間距離は車3台近くまで開いていた。

 

「っ……!」

前方を走るZ33のコーナーリングスピードが上がったのを認識したビクトル。

GTOよりも軽量なFRマシンであるZ33を、一瞬の迷いもなく左から右へと方向を変えた上に、そこから連続してドリフトしつつ加速していく。

GTOはコース中央のラバーポールをなぎ倒したことで失速していたが、何とか左レーン中央をドリフトしている。

だがもうこの時点でビクトルは追いつけないことに気が付いていた。

何せ今の速度は110キロ台。

向こうの速度は間違えなく140キロは出しているだろう。

こうなるともう追いつけないと自覚するのは当然と言えば当然だった。

トンネルの先にZ33のテールが消えていく。

完全にこちらを忘れてしまったかのように、自分の走りをしてZ33は疾駆していくのだった。

ノックアウト負けと言うべきだろう。

 

「(もはや、俺の敵ではないという事か…!!)」

第1コーナーを立ち上がったGTOだが、この時点でビクトルは戦意を失ってアクセルを抜いた。

そしてそのままハザードを出したGTOは、コース左端の路肩によろよろと停車するのだった。

 

「(見事だ…ビッグママは俺たちにとって特別な人だ。最も速いドライバーがビッグママをエスコートする権利がある。ヒュウガにはそれができた。俺は信じているぞ…時雨。お前はヒュウガと同様…いやそれ以上の特別なドライバーだと!)」

路肩に車を止めたビクトルは時雨に対して、期待するかのようにそう思うのだった。

 

 

 

―――ビクトルが止まっていた路肩のその先にて。

推奨BGM

 

「ビクトルに勝ったわね!挑んでくる数も減ってきたわ…この調子なら!」

「そうだね…油断せずに行こう」

「ええ…頑張って、時雨!」

バトル後、Z33をコース先の路肩に止めていたところで奈美子と時雨は互いに意志を確かめるようにそう言うのだった。

 

「すごいねェ……ここまで走れるとはァ…思わなかったよォ…だが次はオイラの番だぜェ…ネットリィ…ジックリィ…バトルを楽しもうぜェ…」

バトルを見守っていたウーゴがセットアップのためにCTRに乗り込み、車を移動させる。

 

「(こ、この寒気は…ウーゴ!)」

次のバトル相手を待っている中で、奈美子はどこか寒気でウーゴが来ようとしていることを感づいていたのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

―――ウーゴの車がバトルを仕掛けようとアクセルを踏み始めた頃、彼女のポケットから着信音が鳴った。

 

「もしもし…」

電話に出た女性…それはやはり、奈美子と時雨も世話になったサマンサ本人だった。

 

「なるほど、分かったわ。次のバトルはウーゴ、予想通りね。後は私がやるわ、ありがと」

コース脇でこっそりとバトルの様子を見ていたサマンサがそう電話に答え、電源を切った上で再びギャラリーの中にまぎれた。

 

 

 


 

 

 

時雨と奈美子のバトルに向けて、ウーゴはCTRを移動させていた。

推奨BGM

 

 

「(しかし速いだろうなァ……2人はァ…でも必ずゥ…抜いてやるさァ…)」

ウーゴは彼女たちの実力の高さを認めるかのようにそう思っていた。

そんな中である記憶が脳裏を駆け抜ける。

 

 

―――3年前、人通りの少ない裏路地にて。

メキシカンハットをかぶった男の前に、例の大柄の黒人女性がやってきて話しかける。

 

「アンタ、初めてか…?よくオイラを見つけてくれたなァ……いい仕事を紹介するぞォ…なぁに大丈夫さァ…笑顔の絶えないアットホームな職場だァ…最初は忙しいが、すぐに慣れるぜェ…?」

この時、ウーゴは昔は裏の仕事を斡旋する闇業者だった。

だが、闇落ちしたのにも理由と言うのは彼にもあった。

それを見抜いたかのように、エマはこう口にする。

 

「アンタ、その口八丁で人の人生を谷底へ突き落とすより、気分よくさせる仕事をやらないかい?」

エマとしてはウーゴの仕事が気にいらなかった。

言ってしまえば闇バイト同然の仕事に斡旋する詐欺師まがいの就職エージェント。

そんなのは彼女じゃなくても疎むのは当然だ。

だが、顔を背けたウーゴは自虐的にこう呟いた。

 

「うるせぇんだよォ…そんなもんしたってなァ…オイラは幸せになれねぇんだよォ…つらいことしか起こんねぇんだよォ…!」

「マイクパフォーマンスの得意だった元プロレスラーもカタ無しだわね……事故で相棒を亡くしたのは不幸だけど、全部が全部、アンタのせいじゃないだろう?死んだ相棒の分まで走り続ける…それ以外にアンタが生きる道は無いんじゃないかい?」

ウーゴが闇落ちした理由、それは相棒を失ったから。

就職エージェントをする前、彼はプロレスラーだった。

メキシコは格闘技の強い国ではあるが、彼もその例にもれずマイクパフォーマンスで有名な実力派プロレスラーだった。

そしてそこから自分を責めるかのように闇落ちしたという、なかなかな過去があったのだった。

 

―――現在。

 

「(オイラは相棒の分まで生きるんだァ…ビッグママはそれに気づかせてくれたァ…エスコートに相応しいのはァ…このオイラだァ…!!)」

そうウーゴが強く認識したところで、CTRはZ33の後方に付けてパッシング。

時雨と奈美子にバトルをするように促す。

 

「時雨、来たわ!ウーゴよ…!」

「わかった…行こう!」

ハザードランプを出していたZ33は、右ウインカーを出して再び発進。

そのままCTRを引き連れてコースへと移動していく。

 

―――vsネットリ口調のウーゴ

推奨BGM:GIMME FIVE(from THE BEST OF SUPER EUROBEAT 2022)

 

コースはビッグストリート往路。

Z33が先導する中、2台は右レーン中央を走行している。

そしてZ33がハザードランプを消したところで、2台が互いに全開走行へと突入する。

だが次の瞬間だった。

 

「(もはやネットリもォ…関係ないィ。勝つためにはァ……!)」

先手必勝。

そのやり方を認識したウーゴは、素早くハンドルを左に曲げてレーンを変えたかと思いきやすぐにニトロを使う。

こうすることで、スタートダッシュを決めてCTRを加速させていく。

速度はあっという間に170キロまで到達する。

 

「(ウーゴが…逃げる!?)」

「(いや、ダメだ…そんな執念だけの走りじゃ…)」

驚く奈美子、だが冷静に受け流す時雨。

時雨も同じくニトロスイッチを押してZ33を加速させる。

ニトロパワーでZ33を一気に加速させた時雨。

Z33の速度は190キロまで到達する。

ニトロ性能でもZ33の方が上だった。

あっという間にCTRの横に並んだかと思いきや、CTRよりノーズを前に出した。

 

「(く、おぉ…!ストレートでも、速いィ…!!)」

スタート直後のストレートでサイドバイサイドの状態になった2台。

だが、ニトロ持続時間が上だったのかZ33はCTRをあっさりオーバーテイク。

そのままロングストレートを駆け抜け、2台が第1コーナーである右直角ロングコーナーへと飛び込んでいく。

 

「(あの人の走りの根幹は執念だ…なら、届きそうで届かない距離を維持されたらどうなる?)」

時雨としては精神攻撃を仕掛けようとしている。

ウーゴの走りは今、ビッグママに会いに行くという執着心がある。

それを破壊するためには…精神的に追い詰めるしかない。

だとしたらどうするか?

パワーでぶっちぎる…のは相手のマシンがCTRなので難しい。

なら逆に、一定の距離を維持する走りをしたら?

そう思った時雨は、早めにブレーキを踏み込む。

速度は170キロ台から140キロ台まで下がる。

後方からCTRは追いついてくるが、速めのブレーキングによってインコースへと移るラインを潰した。

 

「(早めに…!)」

「(な…しまったァ!)」

ウーゴにとっては時雨の走りがフェイントだと思っていた。

だが、サイドバイサイドになったところである重大なミスをしたことにウーゴは気が付く。

追い抜くことに執着するあまり、本来インコースである右レーンを走るべきなのに…真横にZ33がいる以上、右レーンへと移ることが出来ない。

ブレーキを強く踏んでZ33を先行させればインコースによることは出来るが、それでは挙動を乱す原因になりかねない。

RR車であるCTRはドライビングに関しても繊細にならなくてはならない。

下手に急ブレーキを踏めばブレーキロックやタイヤロックで、コーナーリングにも影響しかねないのである。

滑らかにブレーキングをしなければCTRはあっという間に挙動を乱してスピンしかねないだろう。

慌ててブレーキを踏み込むも、それはあくまで前方のコーナーに向けて。

泣く泣くアウトコースを走ることになってしまった。

CTRの速度も160キロ台から140キロ近くまで下がる。

並走するCTRが少し左を向いたかと思いきや一気に右を向く。

 

「(そんなフェイントで…!)」

ブレーキを踏み込み、そこからある程度のアクセルオンと共にハンドルを右に曲げるウーゴ。

右に曲げたところでCTRのリアが滑り出し、左へとハンドルを曲げてカウンターを当てる。

CTRはアウトコースでありながら、ラバーポールにノーズを接近させて出来る限りのインベタで走るようにする。

だがウーゴとしては、時雨の走りが不服だった。

軽くコーナーとは逆方向を向けたかと思いきや、ハンドルを切り返して一気にコーナーの方向へドリフトする典型的なフェイントモーション。ウーゴにとってはそれは派手なアクションにしか見えなかった。

アクション重視の走りとなれば、芸術点こそ高いが今行っているのはレース。

フォーミュラドリフトやD1グランプリならともかく、公道のレースであそこまでフェイントモーションをする理由は何なのか?

それとも、フェイントモーションだから彼女の走りは速いのか?

ウーゴにとっては納得がいかなかった。

右サイドのZ33もインコースを走り、右端の壁スレスレのインベタの状態でドリフトしている。

だがそんな中でウーゴはあることに気が付く。

 

「(追いつけている…?)」

アウトコースであるCTRだが、徐々にインコースのZ33に接近していることに気が付いていた。

アウトコースなのに、何故?

サイドバイサイドの状態ではあるが、アウトコースのCTRの方が速いというのはウーゴでもわかった。

これなら追い抜けてしまうのでは?

そう思ったウーゴはさらにCTRを加速させようとアクセルを踏み込む。

 

「―――」

一方の時雨。

彼女にとっては全てが予測していた事態だった。

言ってしまえば計画通り…全ては彼女の掌の上。

だがそんな中でも時雨はアクセルをこまめに微調整しつつハンドルを左に曲げ続けてカウンターを当てる。

左サイドのCTRの存在は時雨でも確認できている以上、抜かすことも振り切ることもあえてしない。

ではそれはなぜか?

今までのバトルを見てきた読者ならきっとわかるだろう。

彼女の策略なのである。

 

「(いや…まさか…!)」

サイドバイサイドを維持し続ける2台。

コーナー出口が迫るにつれて、ウーゴは「追いつけた」と思ったのは誤解であったと認識した。

それは一体どういうことなのか?

コーナー出口が迫る中でアクセルオフからハンドルをニュートラルに戻していく。

タイヤの空転が収まる中でハンドルを僅かに右に曲げて微調整。

そしてコーナー出口でハンドルをニュートラルにし、再びアクセルオン。

アウトコースのCTRはコーナーから脱出し、同時にZ33もコーナーを立ち上がっていく。

ここでも完全にサイドバイサイドだった。

立ち上がりの速度も完全にCTRとZ33は互角で、150キロ台。

いや、正確に言えばZ33がCTRに「合わせた」と言ってもいいだろう。

サイドバイサイドでラインがふさがれている以上、CTRは右レーンへは移動できない。

 

「(追い抜けそうで追い抜けない…オイラの走りに合わせるような、絶妙な位置をキープし続けてやがるゥ……!!)」

何とも言えない歯がゆさとプレッシャーだった。

ルールがルール故の完全なライン潰し。

コーナーリング区間中のレーン移動は禁止だが、それ以外ではウインカーを出せばレーン移動は可能。

だが当然、走行レーンは車がギリギリ2台走れるか走れないかの幅。

仮にラバーポールに接触してしまえば大幅なタイムロスは待ったなしだろう。

そうである以上、車がインコースに寄るか減速しないと当然ライン移動は不可能になってしまう。

それは言い換えれば…「相手と同じペースで走ればレーン移動は絶対にできない」と言っても過言ではなかった。

実際はライン移動が許されている以上右レーン、左レーン、右レーンと走れば、理論上最速のラインなのではあるが…時雨の走りは完全にそれを見越したものだった。

おまけに右コーナーが多い以上右レーンを走るZ33の方が圧倒的に有利であることは言うまでもない。

 

「(く、っ……!だがァ、次のコーナーは…!)」

ウーゴの走りにぼろが出始めようとしていた。

だが次のコーナーはウーゴ有利の左直角コーナー。

やられた分今度は仕返しだ。

そう思いつつも目の前には第2コーナーが迫っていた。

踏み込んでいたアクセルをリリースしてブレーキをある程度踏み込んだ上で、ハンドルをすっ、と左に曲げる。

クイックだがマシンを暴れさせないように曲げていくウーゴ。

後輪が滑り出したところでアクセルオンだが、全開にはせずパーシャルスロットル。

CTRはレーン中央からインコースへと移動していき、左端の壁スレスレ…インベタのラインを描いてドリフトしていく。

 

「(どうだァ…?これで…)」

だが、次の瞬間CTRの右ミラーがキラリと光った。

アウトコースであるZ33は、CTRと並走状態でドリフトしていた上、明らかにCTRよりも速いのである。

やはり先ほどまで手を打似ていたという事だろう。

Z33もインベタ、ラバーポールスレスレのラインを描きながらドリフトしていく。

アクセル全開かどうかはわからないが、CTRに食らいつけている以上速度は確実にZ33の方が上だった。

2台はもつれたままトンネルへと飛び込んでいく。

 

「……」

時雨は全くもって動揺していなかった。

ここまでほぼ計画通りなのである。

ハンドルを軽く右に曲げてアクセルをある程度踏み続ける時雨。

全開にすることもなく、インベタのラインを描き続けている時雨の走りは明らかに「ウーゴに合わせている」ものだった。

カウンターをある程度当てつつも、トンネルを脱出する2台。

やはり未だにサイドバイサイドである。

トンネルを脱出した少し先にコーナー出口が迫る。

コーナーが迫る中で時雨はアクセルをリリース。タイヤの空転が収まりつつある中、右に曲げていたハンドルを徐々にニュートラルに戻していく。

そしてタイヤの空転が収まったところで、時雨はアクセルを…7割程度踏み込む。

一瞬ノーズが先行していたウーゴのCTRだが、あっという間にZ33のノーズが並ぶ。

完全なサイドバイサイド状態を維持し続けていた。

ここまでは完全に時雨の計画通りと言うべきだろう。

2台がサイドバイサイドの状態のまま第2コーナーを脱出し、そのままほぼ同じ速度で並走していく。

速度としては150キロ近くを出していた。

 

「(うぐぐ…ッ、ここまでナメられるとは…なァ…)」

ウーゴにとっては屈辱だった。

インコースだけならともかくアウトコースでも完全にサイドバイサイドをずっと維持されているということは、完全に相手が自分にペースを合わせている。

それはいわば本気を出していないという事であり、それがどれだけイライラを募らせることかは想像も容易い事だろう。

何が何でも前に行くしかない。

そうである以上右レーンに移動するのは絶対だ。

目の前には最終コーナーである第3コーナーが迫る。

ここでZ33のインから強引に追い抜くか、並列ドリフトで食らいついて最終ストレートでニトロを使えばまだ勝機はあるはずだ。

2台はずっと並走状態であるが、Z33はブレーキをかけようとしていない。

 

「(早く…退けよ……ォ!)」

何が何でもCTRのノーズをZ33の前にねじ込みたいウーゴ。

右ウインカーを出して進路移動をしようとしている。

だが時雨はブレーキをかけるタイミングを可能な限り遅らせようとしていた。

速度が160キロ程度出ている以上、ブレーキを踏み込まないとコーナーを曲がり切れないのは間違えない。

だがそんな中でも時雨は進路を全く譲るつもりがないのか、ずっとサイドバイサイドの状態。

ブレーキを極限まで我慢しているようだった。

そしてもうコーナーが10m程度となった次の瞬間だった。

 

「うっ…!」

時雨の意地に屈したのか、ウーゴはブレーキを強くかけてしまった。

それはいわば前を時雨に譲るということ同然。

次の瞬間Z33はCTRをあっさりと追い抜いてしまった。

先行させれば時雨には食らいつけるだろう、と思ってブレーキを踏んだのは良かったが…如何せん繊細なコントロールが要求される異常強いブレーキングはマシンコントロールを乱す大きな要因になりかねない。

だが、Z33がブレーキランプを点灯させたのはウーゴがブレーキを踏み込んだコンマ数秒後。

ほんの一瞬の差で、Z33がコーナーに素早く飛び込んだのだ。

コーナーに飛び込んだZ33は少しだけ左を向いたかと思いきやそのまま右を向いて、ブレーキランプが消える。

ブレーキランプが消えたZ33はタイヤが滑り始め、そのまま最終コーナーの右端へと迫る勢いでドリフトしていく。

一方ですっ、とノーズをひっこめたCTRは、コーナー入口のラバーポールに接触する寸前で進路移動。

CTRはZ33のテールに食らいつこうとするが、アクセルを踏み込んだ次の瞬間だった。

 

「ぐうっ…!」

右に進路移動した時からずっとハンドルを右に曲げていたこと、かつブレーキを強く踏み込んでいたことで後輪が不安定になり、CTRは一気に90度以上のドリフトアングルをついたままドリフトしていく。

いくら直角ロングコーナーとは言え、明らかに角度の付けすぎのハーフスピン同然だった。

ハンドルを左に切り返したのは良かったが、スピン寸前の角度を付けたCTRはそのまま壁の方向を向いた。

ハンドルを135度以上切り返したのはいいが、それでも回転は収まらない。

アクセルを踏まないとZ33に食らいつけないが、ブレーキを踏まないとスピンしてしまう。

こうなってしまった以上ウーゴとしてはもうヤケクソだった。

否、正確にはブレーキを踏むしかない。

何せ第1コーナー、第2コーナーで時雨は本気を出していなかったが…最終第3コーナーでは時雨はアクセルをパーシャルに抑えるのではなく全開で踏み込んで完全にCTRを振り切ろうとしていたのだから。

CTRのタイヤのグリップが失われていく中で、Z33はインベタのラインを描きながらスイスイと逃げていく。

そのテールライトは1つの弧を描きながら、右端の壁との隙間数十センチを、30度以下のドリフトアングルで駆け抜けていく。

速度はコーナー直前でブレーキを踏み込んだとはいえ、確実に150キロ近くは出ている。

そしてその速度は、失速しつつあるウーゴのマシンを振り切るのには十分な速度だった。

 

「くっ、そォ……!」

スピン寸前で泣く泣くアクセルオフからブレーキを掛けたウーゴ。

下手をしたらそのままスピンしていたかもしれないと考えると、勝負を降りる…負けを認めるしかなかった。

スピン寸前の角度…右に100度以上ノーズを曲げていたCTRは、みるみる速度を落とすうちにスピン寸前の状態からグリップを回復していく。

だがブレーキを強くかけたことで速度は80キロ以下までに下がり、前方を走るZ33に完全に振り切られかけていた。

グリップ走行でコーナーを立ち上がっていくCTRだが、もはや追いつく術はない。

仮にニトロを使っても、向こうだって使ってくる以上追いつけないだろう。

そうウーゴは認識するのだった。

 

「(やっぱり、か…僕もあまり人のことは言えないけど、下手に執着し続けちゃうと…)」

最終コーナーを駆け抜け、ストレートを走るZ33で時雨はそう思った。

ウーゴの走りは完全に時雨のプレッシャーに負け、ボロが出てしまっていた。

時雨はそれを、ウーゴ自身がビッグママに執着していたことが原因だと考えていたのだった。

最終ストレートの吊り橋区間をアクセル全開で踏み続け、Z33はCTRを完全に振り切ってゴールするのだった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

―――バトル後。

バトルした後、Z33は吊り橋を渡り切った先で路肩に止めていた。

推奨BGM

 

「勝てたわ!…ウーゴもビッグママに恩があるってことよね?何があったんだろう?」

「…きっと強い恩義があるんだ。そうじゃなきゃあそこまで必死にはならないよ」

「でも、ウーゴに勝ったってことは…!」

時雨と奈美子が互いに周りを確認して、オクティのドライバーたちがいないかを確認する。

周りには…もうバトルを求めるドライバーはいない。

どうやら自分たちは認められたようだ。

 

「これでもう誰の文句もないね…さあ、行こうか!」

「ええ…行きましょう!ビッグママがいる場所へ!」

そう言って時雨はZ33を発進させ、ビッグママがいる場所へと向かっていく。

 

「すげぇ覚悟だなァ…チクショウ、悔しいぜェ…!」

一方のウーゴ。

ウーゴにとっては悔しかった。

じらしてじらして集中力切れを待っていたかのような。

まさかあそこまでの実力は思わなかった。

自分が想像するよりもはるかにレベルアップの度合いが速くなっている。

もはや自分が相手にできるドライバーではない。

そんな現実があるものの、やはり悔しいと言えば悔しかった。

それでも、彼はこう思わずにはいられなかった。

 

「(それにしても、車が人を乗せられるならァ…一緒に記憶や思いだって乗せられるはずだァ…そしたら地球の反対側だって行けるよなァ…そうだろォ…?ナミコ、時雨…オイラの思いも一緒に乗せてってくれよォ……!!!)」

時雨と奈美子に対し、ウーゴは自らの思いもビッグママに届けてほしいと懇願するかのように、そう願うのだった。

 

 

 


 

 

 

―――10分後。

推奨BGM

 

バトルの状況を聞いていたサマンサは電話で、時雨のマシンがビッグママがいる場所へと向かっていることを聞いていた。

 

「…ついに時雨とビッグママが走る…OK、とてもいいわ、状況はクリア。準備に入りましょうか…」

そう言ってサマンサは電話を切り、上の空を見上げた。

 

 

「…時雨、ナミコ。GoodLuck…」

 

 

―――同じ頃。

ケミックとオクティの境界…その僅かにオクティ側にある児童養護施設。

その正門前に、例のドライバーを待ち受けている豊満な体型の黒人女性と、彼女のマシン…C6コルベットがいた。

彼女はやはり、例のドライバーを待っていた。

そして待っていると、彼女の向いていた方向から1台のマシンがやってきた。

例のマシン…金色に輝くZ33型フェアレディZはその女性の前で止まり、そのままライトオフからエンジンを止めた。

照明が照らす中で、車から降りてきた2人が例の女性と対峙する。

 

「あの…ビッグママ、ですか?」

そう口にしたのは時雨だった。

その言葉に対し、軽く女性は頷いた。

どこか慈愛の心を持っているように…時雨は思っていた。

 

「ええ…初めましてだね、2人とも。ヒュウガの娘…ナミコ・サガラ、そしてドライバーのシグレ・ニシノ。私はエマ…『ビッグママ』だよ」

時雨の言葉に対して自己紹介するようにエマは語った。

どうやらこの人物が時雨たちが探し求めた人物のようだ。

 

「(お、大きな人だわ……)は、初めまして…ビッグママですね…?あの、私、東京から――」

すると、ビッグママは何も言わずにナミコを抱きしめた。

 

 

推奨BGM

「あ、あの…」

どうしていいか分からなかった奈美子は直立不動で固まっている。

すると、エマはこう口にした。

 

「あの国からニューヨークまで、たった2人で父親を探しに…よくここまで来たね。大変だったろうに…つらいこともあっただろうに…もう大丈夫だわね、ナミコ。大丈夫、大丈夫だから…」

ビッグママの愛に包まれたからか、奈美子は抱きしめられたまま泣き始めた。

…慣れないニューヨークでの生活は想像以上に大変だったようだ。

だが数分間泣くと、奈美子の顔はスッキリしていた。

 

「うん、もう大丈夫!泣くだけ泣いたらスッキリした。気持ちを切り替えないとね!」

「あの…ヒュウガさんのこと、聞いていいですか?」

そう時雨が言うと、エマはどこか申し訳なさそうにこう口にした。

 

「…そうだね。まずはヒュウガの居場所を話しておきたい。ヒュウガは今、別の国へ行ってしまった」

「え……」

彼女曰く、ヒュウガはすでにここにはいないようだ。

一体どういうことなのか?

そう2人が思ったところで、エマは言葉を続ける。

 

「前からの予定で、『お得意様からの仕事依頼』があったらしい。詳しくは分からないけどね。時間は…そうだね。丁度、1年前だ。かなり大きな仕事が入ったから、と」

「…そうだったんですね」

奈美子は最初こそ驚いていたが、どこか覚悟していたかのようにそう呟いた。

だが、その様子はエマにとっては不思議だった。

ここまで来て父親はいなかった。

彼女たちは父親を捜しに来たのではないか?

 

「…ちょっと驚いたよ。あまり驚いていないみたいだね」

エマはそう口にした。

するとその時だった。

 

「あの…エマさん」

口を動かしたのは時雨だった。

 

「おや?どうしたんだい」

「僕がニューヨークに来た理由を、話してもいいですか?」

「…いいよ。話してみなさい」

一呼吸したところで、時雨が話し出す。

 

推奨BGM

「エマさん…実を言うと、僕はもうあと1ヶ月しないうちに、プロのレーサーとしてデビューすることが決まっているんです。だから、ここでの走りが一段落したら…僕たちはすぐに箱根へ戻らないといけない…」

「そうなのかい?でも、それとニューヨークに来たのにどういう関係が?」

エマにとっては疑問だった。

プロレーサーデビューが決まっている人間がなぜわざわざニューヨークに来たのか?

時雨が答えを出すかのようにこう口にする。

 

「僕がニューヨークに来たのは、武者修行と言う形で自分が知らない世界に飛び込んでみたかったから、なんです。奈美子のお父さんの件は、彼を探して再会する、というよりは…ニューヨークで何をしたかを知りたかったから、なんです。何なら、僕や奈美子とヒュウガさんは、ちょっと前に会って面識がありますからね」

「おや、ヒュウガと面識があったのかい?」

「ほんの数分だけですが…ちょっとお世話になったので」

「なるほど…それにしてもレーサーとして成長するための武者修行、ねえ…そうだったんだね」

時雨がニューヨークに来た理由は奈美子の父親の件もそうだが、同時に雪風という高い壁を越えるための武者修行だった。

彼女を越えるため、実地で多くの経験を積んで、少しでも速くなりたい…それが時雨の本望だった。

 

「それで、武者修行として様々な人間とバトルしたわけだけど…どうだった?収穫はあったのかい?」

「はい…とてもいい経験になったと思います。実際ここに来ていいことはとてもありました」

「いいこと、というと?」

「特訓はそうですけど…それ以上に、色んな人がいるということが分かったんです。車を良くするために必死な人、速く走るのに必死な人、ニューヨークを良くしようと躍起になっている人、生きるのに必死な人、そんな人々を助けようとする人…色んな人の価値観があるんだなって、僕は思いました。人種のサラダボウルって言葉を聞いたんですが、それは本当みたいですね」

「人種のサラダボウル、ねえ…アメリカを象徴する言葉だね、その言葉は。まあいろんな人間と触れ合えて、バトルが出来た…それはきっと、かなりの経験になったんじゃないかい?」

「はい…そして僕がここにいられるのは、自分だけの力じゃないんだって、たくさんの人の力によって支えられていることも…よくわかりました」

「フフ…そうかい。それを自覚できただけでも、きっと大きな収穫だよ」

「私としても、とても満足しているんです…時雨は速くなって、おまけにニューヨークが平和になりかけてる…憂いなく戻れるんだもの!この経験は、きっとプロのレースでも役に立つはず!」

「ナミコも得られたものは大きいようだね…それは何よりだよ」

エマは時雨や奈美子の成長を我が子の成長のように捉えていた。

すると、時雨が持っていたスマホの時間を確認する。

時刻は23時30分。

約束の時間を聞いていた以上、そろそろ移動しないとまずい。

 

推奨BGM

「エマさん、もうそろそろよろしいですか?皆があなたを…僕たちを待っています」

「あなたをオクティの代表として会談場所までエスコートさせていただきます!…といっても、ウーゴのダイナーまでなんですけど」

時雨たちがエマの下を訪ねたのは「エスコート」をするため。

時雨と奈美子の言葉に、エマは「待っていた」と言うかのようにこう口にした。

 

「『エスコート』ね…私を『先導』できたドライバーは今までただ1人…ヒュウガ・サガラだわね…すごく楽しみだわ。ニューヨークでも屈指のドライバー…時雨とバトルできるんだからね!」

「最強のドライバーを先導できるのが、楽しみです…全力で相手させていただきます!」

時雨はどこか自信があるように言った。

やはりこれまでのバトル経験が時雨を押し上げていたのだろう。

 

「私を前にしてそんなこと言うドライバーは今までいなかった。いいよ、私も力をつくすよ。この『Brightest Nite』でね」

「わかりました…始めましょう!」

そう言って3人はそれぞれの車に乗り込んで、コースへと移動していく。

 

 

 


 

 

 

―――vsビッグママ・エマ

推奨BGM:A NEVERENDING NIGHT(from SUPER EUROBEAT vol.191)

 

相手の車はシボレー・C6コルベット"Brightest Nite"。

「Helter Skelter」と同じく「R4」に登場したコース名がそのままマシン名になっている。

全体を紫色にまといつつもボンネット部分はスパークのように白く塗られ、同時にエアロもドラッグウィングと、空力でもパワーでもかなりのものがあるというのは、時雨でも認識出来た。

コースはマネーストリート復路、スタート地点に2台が並ぶ。

左レーン、Z33。右レーン、C6コルベット。

 

「(あのヒュウガの娘が、最大の相棒…それも私と同じ女性と共に、ニューヨークに来た…)」

ビッグママとしては、ヒュウガの娘が来たという事よりも、自分と同じ女性ドライバーがこんなところまで来たことは驚きしかなかった。

そして同時に、彼女はヒュウガ以上の子悪露強さがどこかにあるのかもしれない、そう認識した。

たった一人の相棒に付き合ってニューヨークまでくる…それは、はっきり言って普通の事ではない。

度胸も実力もきっとあるに違いない。そうビッグママは認識するのだった。

そしてそうである以上、自分は全力でバトルをしたい。

そんな思いがビッグママの心境に遭った。

 

「(特訓の終わりも、きっと近い…)」

雪風を超えるという最大の目標のための通過点。

そのもっとも重要なポイントが、いまここにある。

時雨はそう認識していた。

ケミック、そしてオクティ…2つのメーカーを凌駕できてこそ、やっと彼女に一歩近づけるのだろう。もし彼女だったら、その幸運と実力であっさりと手懐けていたに違いない。

そうも認識しているが、今この場所にいるのはまごうことなき自分と、相棒の奈美子だ。

そうである以上、今は自分の走りであのコルベットの前を走るまで。

 

「(限界まで戦う事がどういうことなのか、僕自身が証明する…!)」

自分の走りを体現して、特訓の成果を証明する。

そう時雨は強く思い、アクセルを踏む力が強くなる。

停止中のZ33のエンジン音が甲高く響き、C6コルベットのエンジンも甲高く響く。

互いに譲らない気持ちがエンジンに現れていた。

2台のエンジンの方向が響く中で、カーナビのカウントダウンが始まる。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「―――!」

「……!」

ギアを互いに切り替え、アクセル全開で加速していく2台。

加速勝負ではややZ33が前に出て、ノーズの部分だけ先行している。

互いにアクセル全開のまま、第1コーナーの左直角コーナーへと飛び込んでいく。

速度は互いに150キロまで上がるが、最初のコーナーはやはり度胸勝負。

どこまでブレーキを我慢するかが勝負である。

目の前にコーナーが迫る。

 

「っ…!」

「……」

2人がブレーキを踏み込む。

最初にブレーキを踏んだのは…ビッグママの方だった。

アウトコースと言うこともあるのか、それとも単なる反射神経の問題か。

完全にZ33が先行した状態でコーナーへ飛び込んでいく。

飛び込む直前に軽くハンドルを右に切ったかと思いきや、ブレーキングと共に左へ切り返す。

後輪が滑り出したところで、アクセルを全開にしてハンドルを右へと曲げてカウンターを当てていく。

ドリフトした状態で第1コーナーを駆け抜けるZ33。

だが、後方からは直前にレーンチェンジをしたC6コルベットがドリフト状態で食らいついてくる。

 

「(お手本のようなフェイントモーション…やるじゃないか時雨!前に出れないと思え、なんて言うだけの事はあるね…)」

右レーンから左レーンへと移った勢いのままに後輪を滑らせたC6コルベットは、Z33とつかず離れずの一定の距離…テールトゥノーズの状態を維持しながらドリフトしていく。

距離としては離れることもなく、振り切られることもない状態だった。

一方でビッグママは時雨のフェイントモーションを「お手本のよう」と認め、一目置いていた。

 

「あれが、ビッグママの走り…!いやそれより、あの車は…!」

「(あの改造は…)」

トンネル区間に飛び込んだ2台。

ドリフト状態でありながらも、2人バックミラーを気にしていた。

相手のC6コルベットは、ネオン輝く街中でも、トンネル内においても、まさしく今日の主役とも言うべき輝きを放っていた。

だがこちらも負けまい、と時雨もアクセルを踏み続けつつ僅かにハンドルを右に曲げてZ33をドリフトさせ続ける。

Z33は先行しつつも、トンネルを抜け出していく。

 

トンネルを抜けた2台が快走する姿はウーゴのダイナーのテレビに映し出されていた。

紫色と白色に輝くマシンと、極彩色に輝く青色のマシン。

どちらも負けじとパラレルドリフトをし続ける。

そしてその映像は、ケミックもオクティも関係なく、観客たちを魅了し続けていた。

 

「ビッグママが…アタシのペイントしたコルベットに乗ってる…!すげえ…すげえぜ!やったー!」

「……」

クロエが叫び、ビクトルが深く頷く。コルベットのペイントはクロエが施し、内装はビクトルが施したのだ。

2人にとって命の恩人によって走らせられている以上、歓喜の声を上げるのは当然と言えば当然だった。

 

「(それにしてもいい車だねぇこいつは。まずボディペイントはクロエだね。ニューヨークのまばゆいネオンの中でも一番星のように輝いてる。やっぱり私の目に間違いはなかった)」

ビッグママはコルベットのペイントをクロエが施したことを知っていた。

同時にまばゆいネオンの中でも確実に輝いていることに対してとても満足していた。

先行するZ33は第1コーナーを抜け、第2コーナーへと飛び込むべく左レーンから右レーンへウインカーを出して変えていく。

C6コルベットも第1コーナーを脱出したところで右ウインカーを出し、右レーンへと移動する。

2台の速度が速度が160キロ台の中でZ33がコーナーに飛び込み、すぐにC6コルベットもコーナーへと飛び込んでいく。

フェイントモーションを駆使したZ33のドリフトに対し、C6コルベットは典型的だが素早いブレーキングドリフト。

ブレーキを強く踏み込んだかと思いきやそのままリリース、一気にハンドルを右に曲げてZ33をドリフトさせる。

重くてパワーのある車体を躊躇なく右へと曲げ、後輪を滑らせていく。

2台はドリフト中ながらもテールトゥノーズの状態を維持し続けていた。

 

「(私にフィットしたこのシートは、ビクトルの仕事だね。彼は人を思いやって作業する。おかげで私もいい仕事…走りができる)」

C6コルベットのシートは巨体であるビッグママに十分フィットしており、ドリフト中でもその巨体をシートにホールドしていた。。

そうである以上、安心してマシンのアクセルやブレーキを踏み込み、同時に制御することが出来ていることを彼女としても満足していた。

長いコーナーでもその巨体はビクともせず、安定した運転姿勢を維持したままC6コルベットを走らせていた。

ビッグママがアクセルを踏み込む中で前方のZ33は第2コーナーを脱出して、吊り橋上のロングストレートへと加速していく。

一方のビッグママも、コーナー出口においてハンドルをニュートラルに戻し、アクセルオフから態勢を整えた直後に再びアクセルオン。

先行するZ33に肉薄していく。

2台の車間距離は未だにテールトゥノーズ…Z33のテールとC6のテールの距離は数メートルに満たない状態を維持し続けていた。

 

「(食らいついてくるけど…僕も負けていない!)」

ストレート区間で2台はテールトゥノーズの状態で疾走していく。

アクセル全開で互いに踏み込み、ストレート区間を走るうちに速度は200キロ以上は出ている。

吊り橋上を爆走する2台を、ライブカメラは克明に写し続けていた。

 

「なんてこった…すげえPowerだ!ビッグママ、ヒュウガが来た2年前より…圧倒的に速いじゃあないのォ!」

「ケミックとオクティが一緒になって…本当に…本当によかった…!ヒュウガにもこの光景を見せてやりたいよ…!」

「あれがァ…新たな時代の車のオ…走りなのかァ…!」

スミスが叫び、リチャードが納得しながら涙をこらえ、ウーゴがその走る姿を瞼に焼き付ける。

この景色こそ、ヒュウガに見せてあげたかった。

夢の姿が、今目の前で起きていることが互いに喜ばしかった。

 

「(エンジンを始めとするすべての部品…ケミックの安定性とオクティの爆発力がコラボしたパーツが、私の気持ちごと、マシンを前に進ませてくれる…)」

ビッグママはこのコルベットに、ケミックとオクティの技術の結晶体であるということをそのドライビングで実感していた。

実感する中で2台はストレートエンドに近づき、第3コーナーの右直角コーナーが迫る。

C6コルベットが最初にブレーキング、そこからハンドルを右へ。

そしてコンマ数秒遅れてZ33がコーナー直前でブレーキランプをフラッシュ。そこからハンドルを左に切ったかと思いきや、右に切り返してアクセルオン。

後輪が滑る中でZ33はアウトインアウト…コース右端のクリッピングポイントを狙った走りで、後方のコルベットとの距離を広げようとする。

一方でビッグママもそれに負けじとハンドルを右に曲げてアクセルオン、C6コルベットをアウトインアウトのラインで曲がれるようにドリフトさせる。

車間距離はわずかながらに開いたものの、現状は誤差の範囲とも言ってよかった。

だがそれでも、ビッグママは僅かに開いた車間距離も把握していた。

 

「(本当にいい車だよ。作った奴らのありったけの技術が、熱意が、全部…全部乗ってる!そしてそんな車を凌駕する時雨も…!)」

第3コーナーと第4コーナーの間のわずかなストレート。

それでも車間距離は徐々にZ33が引き離していく。

ビッグママは時雨の実力に関して認め始めていた。

エスコートするだけの実力に関してはどうやら本物のようだ。

僅かに差を広げつつあるZ33は、そのまま最終コーナーの右直角コーナーへと再び飛び込んでいく。

コーナー直前でブレーキを踏み込み、タイヤが左に曲がったかと思いきや右へと切り返し、そこからタイヤを空転させてドリフト。

その姿は確実にビッグママの脳裏に記憶されようとしていた。

派手ながらもこちらより確実に素早いフェイントモーションの走り。

それに負けじとビッグママもブレーキをかけ、そこからハンドルを右に曲げてC6コルベットをドリフトさせる。

無駄のないドライビングではあるものの、コーナーリング速度はZ33よりは下。

数値にしてはZ33が155キロ出ているなら、C6コルベットは147キロと言うべきだろう。

コーナーワークで僅かに負けつつも、それでも決して振り切られることはない。

それでもアウトインアウトのラインを描いたZ33は、C6コルベットを振り切らんと言う勢いでそのまま最終コーナーを立ち上がって最終ストレートへと疾走していく。

 

「(オクティのドライバーを支え続けてくれた、ウーゴのダイナーまでもう少しだ!最後まで最高のエスコートを…時雨!)」

この先のビッグストリートを走り抜ければウーゴのダイナーまではすぐだ。

ビッグママはそう認識したところで、アクセルオフからカウンターを当てていたハンドルをニュートラルに戻し、タイヤの空転が収まったところで再びアクセルを全開に踏み込んで、C6コルベットを加速させていく。

前方を走るZ33が最終ストレートの下り坂を下り切ろうとしている中、ビッグママも負けじとC6コルベットのアクセルを全開で踏み続けた。

Z33が200キロ以上出す中、C6コルベットも200キロ近くまで加速する。

Z33が僅かにC6コルベットを引き離しつつも、C6コルベットも決して振り切られることのない速度を互いに出して、2台はマネーストリートの最終ストレートを駆け抜けていくのだった。

 

 

 


 

 

 

―――2台がマネーストリートを駆け抜けた直後。

推奨BGM

 

「そろそろバトルも終わる頃ね…もしもし、祭りを盛り上げて。輝く夜のニューヨークの街に見合うぐらい大きく、ね…って、あら?」

ビッグストリートから少し離れた場所で、どこかに電話を掛ける情報屋サマンサ。

すると目の前を、1台のマシンがウーゴのダイナーの方面へと走り去っていった。

V36スカイラインだ。

ボディキットを装着したグレーのマシンだったが、あんなマシンがいたか?

いや、きっとギャラリーの1人だろう…そうサマンサは思った。

 

「…いや、何でもないわ。後はよろしくね」

どこかに電話を掛けつつも、彼女は再び夜闇に消えた。

 

―――同じ頃、ビッグストリート復路スタート地点の吊り橋近く。

 

「オネーちゃん、時雨とナミコのマシンがこっちに来てるそうだナ!話は聞いてたけど、本当に来ているとは思わなかったんだナ!」

「ふふ…遂に来たわね。相手はあのグレートオクティの代表、ビッグママなのも間違えない。クライマックスもきっと近いわね」

ビッグストリート復路近くの道路で、互いの車のそばで待機している女優姉妹。

方や、金髪のロングヘアーで、耳が付いたフードパーカーを着ている。

方や、銀色の様な色合いが特徴なロングヘアー。

彼女たちは、知り合いである時雨と奈美子がニューヨークで活躍しているという話を聞き、仕事の合間を縫ってニューヨークにやってきていた。

当然彼女たちは時雨や奈美子と面識がある。

とはいえ数か月前の話なので、比較的最近なのではあるが。

 

「それじゃあ、行きましょうか。まあ今日はバトルと言うよりは追いかけることがメインだから、ちょっと違うけど…あなたも気を付けてね?」

「わかってるんだナ!マルコ監督から酸っぱく言われてるんだナ!今日の私たちは『見届け人』なんだナー!」

「ええ…じゃあ、行きましょう!」

そう言って2人は互いのマシン…金髪は赤色のシボレー・カマロSS、銀髪は赤色のランボルギーニ・カウンタックにそれぞれ乗り込み、ビッグストリートの方へと移動していく。

 

 

―――2台がマネーストリートを駆け抜けた数分後。

2台はテールトゥノーズの状態のままビッグストリートへと向かっていた。

とはいえ一般道路であるためクールダウン、速度は互いに50キロに満たない速度だった。

Z33のテールとC6コルベットの車間距離が数メートル程度を維持しながら、2台は決戦の地へと走り続けていく。

 

推奨BGM:TOGETHER(from SUPER EUROBEAT vol.214)

「(ヒュウガ…アンタは大した人だわね。一生懸命な娘さんと一緒に、最高のドライバーをニューヨークに呼んでくれた。長いこと争っていた時代が終わる…ついに終止符が打てるんだよ。みんなの理想が形になるんだ)」

ビッグママはヒュウガに対して感謝に近い感情を抱いていた。

時雨と奈美子と言う、下手をしたらヒュウガをも凌駕するドライバーたちを呼び寄せるとは思ってもいなかったのだ。

それと同時にようやく長い間行われてきた対立抗争が終わりを迎えようとしている。

その切欠を作ってくれたヒュウガに対しても、ビッグママは感謝しても感謝しきれなかった。

 

「…時雨、ありがとう。本当にありがとう」

コースを移動している最中、奈美子が時雨に話しかけた。

 

「奈美子?いきなりどうしたの?」

奈美子の言葉に時雨は疑問に思った。

ここまで来て一体どうしたのか?

すると奈美子はさらに言葉を続ける。

 

「ニューヨークに、お父さんがいないのは覚悟していた。でも同時に…それ以上にステキな出会いがあった。ケミックのみんなに、オクティのみんな、それと…私たちの恩人、サマンサ、コーディネートしてくれたマルコ監督。時雨の走りで…皆の願いを1つにできる!」

「そうだね。このバトルが終わったら、もう一度、皆に感謝を伝えよう」

軽く顔を奈美子の方に向けた時雨は、深く頷いてそう言った。

 

「うん、わかった!最後まで頑張ってね、時雨!」

「…さあ、ゴールは近いよ。踏んでいこうか!」

「ええ!」

時雨の言葉に奈美子は激励の言葉を送り、時雨は再び前方へと視線を集中させる。

この夜の戦いももう終わろうとしているのは、時雨でも認識出来ていた。

 

「(オクティのみんな、ありがとう。ケミックのみんな、ありがとう。それに、ナミコ、時雨…本当にありがとう。最後の勝負をしようじゃないか。このネオンにきらめく夜に見合う、最高に輝いたバトルを!)」

戦いの終わりは近い。

そしてそうである以上、最初で最後の最強で最高のバトルをして盛り上げよう。

そうビッグママは強く認識した。

 

「(車の…最速の神様、ありがとう。時雨、感謝と共に最後まで駆け抜けて…ニューヨークの最後の夜を!)」

「(今日、ニューヨークのBrightest Nite(輝ける夜)にいる、すべての人に感謝と祝福を!)」

「(僕たちを…更なる速さへ導け、『義努羅』!)」

奈美子、ビッグママ、時雨の3人が互いにそう思う中で、2台はスタート地点の吊り橋を渡り始めていた。

渡り始めたところで、2台のドライバーはアクセルを全開にしてマシンを加速させ始めた。

長い長いストレート区間で2台は、右レーンをテールトゥノーズの状態で加速していく。

速度は互いに一気に170キロ以上まで到達しようとしていた。

 

「クライマックスは近いんだナ!途中からの乱入だけど、すごいスピードなんだナ!」

「ニューヨークでここまでのスピードを出すなんて…すごい。この時点で箱根の時以上に違いないわ」

一方、こちらは2台を発見して追いかけている金髪女優と銀髪女優。

ハンズフリー通話で互いに会話しながらのバトルである。

2人が操縦するマシンは一定の距離を突かず離れずの距離…車間距離としては車2台分程度を維持しながら、吊り橋を渡っていく。

第1コーナーに向けて、カウンタックが先行し、その後ろにカマロがピッタリと食らいついていた。

第1コーナーに飛び込むZ33とC6コルベット。

 

「(さあ、あなたの力を見せてみな…!)」

前方のZ33が右レーンからウインカーを出して左レーンへ。

一方のビッグママもそれに食らいつかんとウインカーを出す。

そのままC6コルベットも右レーンから左レーンへと移動し、第1コーナーへ飛び込む。

 

「っ…!」

「……!」

前方のZ33がブレーキをフラッシュさせたかと思いきや、レーンチェンジの勢いのままに後輪をスリップさせる。

スリップしたところで時雨はハンドルを右へと切り返し、Z33はその勢いのままドリフトしていく。

一方のビッグママもレーンチェンジの勢いのままにアクセルオフからブレーキを軽く踏み込み、再びアクセルオンでコルベットの後輪を滑らせる。

 

「(やるね…だが!)」

パーシャルスロットルからアクセル全開へ。

後輪が暴れかけるC6コルベットだが、その太い腕でハンドルを制御する。

車間距離は5メートルほど離れていたが、ドリフトしていく中でその距離はみるみる縮まっていく。

数メートル単位だったものが、2台がドリフトしていく中で1メートルもないほどまで接近している。

2台は完全なパラレルドリフト状態でコーナーをインベタのラインで駆け抜けていく。

車同士の隙間は数センチあるかないか、壁との隙間もそれくらいにまで迫る超ギリギリのインベタのラインを描きながら2台は第1コーナー…左直角コーナーを駆け抜けていく。

際どいドリフトをし続ける2台だが、車間距離もベッタリの状態を維持していた。

 

「(どうした?あんたの力はその程度かい…!)」

隙間数十センチという限界ギリギリまで攻め込むビッグママ。

これはいわば、前方のZ33を押し出さんと言わんばかりの勢いだったら。

一つ間違えれば接触間違えなしという状況でも絵馬はアクセルを踏み続けていた。

数十センチ、下手したら数センチという驚異の車間距離で、C6コルベットはZ33を追い出そうとしていた。

 

「時雨が食らいつかれてる…ピンチなんだナ!」

「いや…待って。まだ勝負は…!」

左レーンを走行するカマロ、右レーンを走行するカウンタック。

互いのドライバーが、時雨のピンチを認識していた。

だが…

 

推奨BGM:FLY WITH ME TONIGHT(from SUPER EUROBEAT vol.236)

「(後ろから僕を押し出す勢いで食らいついてきている…)」

ドリフトの最中、時雨は後方からビッグママのプレッシャーをひしひしと感じ取っていた。

右にハンドルを曲げてカウンターを当てつつも、時雨はアクセルを一定量踏み込み続けている。

プレッシャーは感じていたが、それは決して時雨の心を揺さぶりつくすというほどのものではなかった。

同時に時雨にはどこか余裕があった。

それは、ずっと走り続けてきたことの経験があるからか。

それとも時雨の心の中にある秘かな自信が感情として表れていたからか。

そしてそんな余裕を感じる中で、時雨の全身が熱を帯び始めていた。

感情の高ぶりと、熱狂が時雨を包み込む。

 

「(でも、先行した以上絶対に食らいつかせない…僕のすべてを出し切るんだ!)」

自分なりの走りをして、全力で走ること。

そして勝利は全力で走った結果に伴ってくるもの。

今は勝ち負けよりも、速く走って自分の走りを体現すること。

それが最大限の「エスコート」であると、時雨は認識していた。

繁華街区間に突入し、目の前に第1コーナーの出口が迫る。

目の前に迫る中で、時雨はアクセルを徐々にリリースしていく。

速度は150キロ台を維持していた。

 

「っ…!」

コーナー出口が迫る中で、限界まで攻めていたビッグママだったが、揺さぶりには至らなかった。

隙間数センチまで攻めたが、Z33は自分の走りをして全くもって動揺が見られなかった。

コーナー出口が迫る中で、C6コルベットも次のコーナーに向けてアクセルをリリース、カウンターを当てるべく右に曲げていたハンドルをさらに右に曲げた。

Z33の左サイドに接近していたC6コルベットだったが、アクセルオフによってあっという間に離れてテールトゥノーズの状態に。

前方のZ33は第1コーナーを脱出して、そのまま続く第2コーナーへと飛び込もうとしている。

次のコーナーは右コーナーと言うこともあり、Z33も右ウインカーを出していた。

 

「(僕の成果を見せるためにも…踏むまでだ…!)」

第1コーナーを脱出し、第2コーナーに向けてハンドルを右に曲げ続けている時雨。

だがハンドルは、ドリフト時よりもさらに深い角度…150度は右に切っていた。

そしてそれだけ切っていた以上、タイヤが僅かにスライドしつつも左レーンから右レーンへ移動していく。

速度は150キロ台…いくらコーナー脱出したばかりとは言え、次コーナーに向けては明らかにオーバースピードだった。

だがそれでも時雨はハンドルを右に曲げ続けていたハンドルを右に60度ほどまで抑えた上で、そのままの状態で飛び込む寸前に…ブレーキをフラッシュさせる。

速度が140キロ近くまで下がったところで、再び時雨はアクセルを踏み込む。

そして次の瞬間だった。

 

「―――!」

第1コーナーに飛び込む寸前まで下半身…特に両足にあった炎のような熱が、あっという間に上半身から頭の天辺まで一気に包み込んだ。

全身が炎に包まれるかのような状態の中で、時雨は意識を失わんと必死に抗いながらもハンドルをしっかりと握り続ける。

炎に包まれて焼死してしまうかのような感覚の中で、時雨はアクセルもパーシャル状態で踏み続けていた。

Z33は再び右端へと接近し、インベタのラインを描きながらドリフトしていく。

右端の壁との隙間は数センチまで接近するレベル。

一歩間違えればすぐに壁にドカンとも言うべきレベルだった。

だが、その舵角は普段に比べると明らかに異常なものだった。

そして、後方でZ33を追い続けるビッグママにおいても…時雨のマシンにあるものが見えていた。

 

「(あれは…金色の、龍…!?)」

時雨のZ33が纏うもの、それは青い炎…ではなく、金色の龍だった。

怪獣で言ってしまえば、伝説の超ドラゴン怪獣がマシンに乗り移ったかのような…

いや、マシン自体がその怪獣の具現化といっても過言ではないくらいだった。

ドリフトするC6コルベットにおいて、ビッグママもハンドルを僅かに左に曲げてパーシャルスロットル状態でアクセルを踏み続けるも…パラレルドリフト中の2台の車間距離は少しずつ離されていく。

ドリフト速度は明らかにZ33の方が上だった。

 

「す、すごい!私と同じ…いや、それ以上の迫力を感じるんだナ!!」

「これだけ攻めても離される…まさか…!」

一方で、後方から2台を追いかえる例の2人。

その2人も、遠目ながら時雨の走りに迫力を感じていた。

それはまるで、自分が狼としての本気を出したかのような、あるいは自分の姉が自分の限界を出した走りのような…。

今の自分たちが振り切られかけていても、何もおかしいことはなかった。

例の2人も必死になってアクセルワークとハンドリングに意識を集中させていた。

だがそれでも、その2人でもあることには気が付いていなかった。

テールトゥノーズから僅かに引き離される中、2台はトンネル区間へ。

そこでビッグママは時雨の走りにある特徴があることに気が付いていた。

 

「(タイヤが曲がっていない…ゼロカウンター…!?)」

少し離れて見たところ、Z33はなんとハンドルを左に切っていない。

つまり言ってしまえばカウンターを当てていないのだ。

本来ドリフトをしたらドリフト中は基本的にカウンターを当てるのが必須と言うべきだが…当の時雨は、全くもってハンドルを曲げずにアクセルワークだけでZ33をコントロールしている。

極限まで集中した時雨が施せる究極の業、それこそがゼロカウンタードリフト。

それが、ビッグママの目の前で炸裂していた。

 

「(驚いた…!ハイパワーFRで、そこまでの高等テクニックを…!)」

点と点を線でつなぐような、抜け目のないドリフト。

その巨体は走行レーンの大半を塞ぎ、そして同時に素早い。

左にハンドルを曲げてカウンターを当てていたC6コルベットは、コーナーの出口が迫る中で1m、また1mと引き離されつつあった。

金色の龍をまとったZ33は、そのままコーナーを脱出していく。

空転するタイヤが僅かに白煙を上げつつも、インベタのラインを描いていたZ33は右端から走行レーンの左端へと膨らんでいく。

そして膨らんでいくのと同時に、Z33の速度はみるみる加速していく。

 

「(振り切られる…!)」

ビッグママは時雨がアクセル全開で踏み込んでいることに気が付いていた。

コーナーリング速度は明らかに向こうが上で、数十キロ程度ではあるものの重いはずのZ33が軽やかに加速していく。

そのマシンパワーを後輪に完全に伝えきっていることを、そしてゼロカウンターと言う超高等技術により加速がスムーズであることにもビッグママは気が付いた。

本来4WDマシン向けの芸当であるゼロカウンタードリフトだが、それを時雨はハイパワースポーツのFRマシンで、やってのけている。

これだけでも実力の高さがうかがえるだろう。

 

「っ……!」

第2コーナーの出口が迫る中でZ33はアウトへと膨らんでいくが、同時に左ウインカーを出していた。

後輪がわずかに空転しつつも、Z33は前へと突き進む。

そして第2コーナーのラバーポールが連なる部分を抜けたところで、Z33はアンダーステアの勢いのまま右レーンから左レーンへと移動する。

一方のC6コルベットも、その姿を追わんとハンドルを左に曲げたままアクセルオフ。

Z33を追わんと、コーナー脱出と共に右レーンから左レーンへと移動させようとする。

前方のZ33は、金色の龍をまといながら、コーナー脱出の勢いのまま最終コーナー…左直角ロングコーナーへと飛び込んでいく。

一瞬ブレーキをフラッシュさせたかと思いきや、Z33は最終コーナーへと飛び込む。

速度は確実に150キロ以上は出ている中、Z33は後輪を空転させてドリフトしていく。

だがそれでも、Z33のタイヤはドリフトし始めた時にわずかに右を向いた…かと思いきや、再びタイヤがニュートラル状態に。

再びゼロカウンター状態でZ33はドリフトしていく。

 

「(ダメだ…追えない……!)」

最終コーナーに飛び込んだC6コルベットだが、インベタのラインをドリフトしてもZ33は少しずつ離されていく。

コーナーリングスピードが、明らかにZ33の方が上だった。

前方のZ33は、路肩部分に完全に乗っかりながらもインベタのラインを描く。

ノーズを左端の壁との隙間数センチと言うかなり際どいラインを描きながらも、ゼロカウンターと言う驚異的なドリフトで最終コーナーを立ち上がっていく。

速度は下手したら160キロは出ている中で、良くて150キロ近くしか出ていないC6コルベットは確実に引き離されつつあった。

アクセルを踏みつつもみるみる引き離される。

その状況に流石のビッグママも歯がゆさを感じるしかなかった。

 

「(忘れては、いけないんだ)」

最終コーナー中間を駆け抜け、前方に最終ストレートが視界に入った時、時雨はハンドルをしっかり握りつつもパーシャルスロットルからアクセルを踏み込んだ。

インベタのラインを描いていたZ33は、オーバースピード気味にコーナー出口が迫るにつれて膨らんでいく。

そんな中で、時雨はあることを自覚しつつあった。

 

「(僕がここまでこれたのは、僕だけの力じゃないんだ)」

自分がニューヨークに来れたのは、ニューヨークで活躍で来ているのは決して自分だけの力ではない。

そんな当たり前だが、バトルに没頭するあまり忘れかけていたことを時雨は思い出しつつあった。

思えば自分は本当にいろんな人間に助けられてきた。

あの世界においては、自分の元々の家族、自分に艤装を与えてくれた技術班の人々、そして時に出会い、別れもあれど…自分の周りにいた多くの、「艦娘」と言う仲間たち、自分たちがいるからこそ生活できている民間人の人々。

そしてこの世界においては…自分に走りや車の事を教えてくれた奈美子、自分を雇ってくれたハルカ、ディーラーとしてパーツなどを提供してくれたトーコ、初めての出会いから色々と気にかけてくれたヒロシ、以前のワンエイティを与えてくれたトオル、RZ34を差し出してくれたソウイチ先生、渡航費用を出してくれたトシゾウ、エニシ、御伽走子の面々、奈美子のお母さんであるミナコ、ニューヨークでコーディネートをしてくれたマルコ監督、ニューヨークでの走りに協力してくれた情報屋サマンサ、そして……自分の成長を見込んで車を差し出してくれただけでなく、何より自分の事を心から愛してくれた提督…ショウ。

今、あの世界から突然記憶喪失のまま箱根に投げ出されて…様々な出来事を経て走りの世界で活躍で来ているのは、自分の才能だけじゃなく、多くの人間の支えがあってと言うことを、時雨は再び自覚しつつあった。

そして出来るのならば、自分が活躍することで…名声を上げることで、多くの人々に報いたい。自分が限界まで戦い、そして結果を残すことが、最大の感謝の表し方であるというのを、時雨は改めて認識する。

そんな中でZ33は最終ストレート直前のコーナー出口へと迫る。

走行ラインは左端から走行レーンの右端スレスレまで移動していく。

移動する中で時雨はZ33の右ウインカーを出し、ある程度踏み込んでいたアクセルを再び全開まで踏み込んだ。

 

「(多くの人の力があって、僕がいることを…忘れては、いけないんだ―――)」

コーナー脱出と共にZ33は左レーンから右レーンへとはみ出て、ニュートラル状態だったハンドルを一瞬だけ右に切ることでタイヤの空転を収めた時雨は、最終ストレートに向けてニトロスイッチを押した。

アウトインアウトのラインを描いたZ33は、そのまま最終ストレートを立ち上がっていく。

160キロ出ていた速度計は、ニトロを使ったことであっという間に210キロ台まで到達する。

ここまでくれば、もう勝負は決まったと言っても過言ではない。

 

「っ……!」

一方、Z33が最終ストレートを加速していく中でC6コルベットもカウンターを当てた状態から最終コーナーを脱出しようとしていた。

だが最終コーナーを脱出しようとしていたところで、Z33がニトロを使っていたこともあり既に車間距離は車4台分以上。

アクセルリリースした上でハンドルをニュートラルに戻し、タイヤの空転が収まる中でハンドルに取り付けられているニトロスイッチを押したビッグママだったが、距離は縮まることなく引き離されていく。

最終ストレートを走り抜けていく2台だが、もはやこの時点で勝負は決まっているも同然だった。

 

「(少女のマシンに宿る金色の龍、か。素敵だよ…)」

ビッグママはZ33には金色の龍…正確には三つ首で翼を持ち、口から光線を放てる龍という、「龍神」が宿っていると…はっきりと認識したのだった。

そしてそれを認識した時点でZ33はゴールを駆け抜け、2秒程した後にC6コルベットもゴールするのだった。

 

―――勝者、時雨。

相楽ヒュウガ以来の「エスコート」は、おおよそ2秒の差をつけて成功させるのだった。

 

「時雨も奈美子も…ものすごく成長しているわ。でもまさか、『ビッグママ』と呼ばれるドライバーをここまで圧倒するなんて…」

「やっぱり時雨はすごいんだナ!文字通りの天才ドライバーなんだナ!!」

ゴールラインを駆け抜けていく2台を見て、カウンタックとカマロのドライバーは互いに実力を認めるようにそう呟いた。

C6コルベットのゴールから数秒後、2台を追いかけていたカウンタックとカマロもほぼ並走状態でゴールするのだった。

 

 

 


 

 

 

―――バトル後。

バトルを終え、熱狂の中で2つの主役がウーゴのダイナーの前に停車した。

 

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「終わった…」

「勝った…!時雨、ありがとう!ここまで走ってくれて…」

ハザードランプを点け、サイドブレーキをかけて停車したZ33の中で時雨と奈美子が互いにそう呟いた。

 

「…ううん、僕は大したことはしていないよ。僕は…自分の意志で走ったんだ」

「時雨…!」

時雨は奈美子の方を向いて、軽く微笑みながらそう言った。

自分の実力で、自分は限界まで走り切った。

それが時雨のすべてだった。

 

「さあ、降りようか。皆が…ケミックやオクティの皆が僕たちを待ってる!」

「うん!」

そう言って2人はZ33から降りて、ダイナー入口へと向かう。

車から降りてきた3人を、多くのドライバーたちが拍手で祝福していて、一部はスマホを構えて撮影していた。

ウーゴのダイナーの前に停車した2台に対し、リチャードは笑顔で手を振り、ジェレマイアは右手でサムズアップしていた。

リチャードとジェレマイアはすぐに3人の下へやってきて、一番に時雨と奈美子に話しかけた。

 

「時雨、見事に『先導』してきたね。今日だけはキミがニューヨークで1番だ」

「…よくやったな、時雨」

リチャードとジェレマイアが時雨と奈美子を褒めたたえるようにそう伝えた。

するとその時だった。

 

「時雨ー!ナミコー!!」

「えっ?」

「あれって…」

別方向から女性の声が聞こえ、時雨と奈美子、そして周りの人々がその方向を向く。

そう言って時雨と奈美子の方に、フードを被った金髪の少女が一目散でとびかかってきた。

彼女は勢いのまま時雨に飛びついてハグした。

 

「う、うわぁ!」

「時雨!?」

「へへへ、やっと捕まえたんだナ!」

時雨は突発的な状況に驚くも、「そういえばそうだった」と何かを思い出したようにこう口にした。

 

「ば、バージニアさん…?そっかアメリカだから…久しぶりだね」

「うん!久しぶりなんだナ!」

「バージニア…!ってことは、まさか!」

そう言って奈美子がバージニアと呼ばれた少女がやってきた方向を見ると、そこには彼女の姉らしき銀髪の女性が立っていた。

 

「ふふっ…久しぶりね時雨、ナビ子。先ほどは素晴らしい走りだったわ」

「クーラさんも…!お久しぶりです」

時雨が銀髪の女性の名前を呼ぶと、騒めきが大きくなる。

 

「お、おい…嘘だろ!?ば、バージニアとクーラって…あの『ゴールデンウルフ』と『パーフェクトアクター』の姉妹か!?」

ギャラリーとしてその場にいたスミスがかなり動揺していた。

ギャラリーたちはおろか、以前時雨と戦った他のメンバーも動揺している。

"狼"のバージニア…フルネームは「バージニア・ムーンライト」。

ニューヨーク出身の女性ドライバーで、本業は女優業。

金髪のロングヘアーで、耳が付いたフードパーカーを着ている。

言葉のアクセントが少し変わった話し方で、語尾に「~だナ」と付ける。

「皇帝」と呼ばれるドライバーが箱根にいると聞き、後に時雨とバトル。

箱根で出会った「虎」と呼ばれる走り屋たちに秘儀を教えてもらい、飲み込みの早さという才能で短期間の内に秘術を体得することが出来た。

秘術を発動させると狼の如く攻撃的な印象に変わり、覚醒すると金色に光り輝いて髪の一部が耳の様に逆立つ…が、その状態でも時雨には勝てなかった。

実は本業である女優業を休業してまで箱根にやってきており、姉に連れ戻されそうになっていたのだが…時雨の説得もあり、箱根での映画撮影経験を通して帰国。

現在はアメリカで姉共々女優業に復職していた。

なお搭乗マシンは先程の赤いカマロSSである。

 

一方の完璧女優クーラ…フルネーム「クーラ・ムーンライト」はバージニアの姉でアメリカ出身の女優。

数か月前に箱根で一部が撮影され、現在公開中のSF洋画「KAIBUTSU -アフロのヒロシ君-」のヒロインを務めた。

妹とは対照的に銀色の様な色合いが特徴。

役作りのためなら監督の要求をより完全な形で表現することから、監督たちの間では彼女のことを「完璧女優」を揶揄する隠語が生まれた。

ドラテクも役作りの一環として技術も優れ、ハンドルを握ることに一ヶ月足らずで実力派ドライバーとのレース対決にも勝利し、箱根を訪れる少し前には、マルコ監督の要望で関東の峠に赴き、数々の走り屋に勝利していた。

奔放なバージニアに芸能活動を復帰させるために彼女とのバトルに勝利して連れて帰ろうとするが、彼女と和解するために知り合った時雨と奈美子と走りを通して心を許し、妹が箱根に滞在する理由を理解したことで帰国話を取り下げた。

とはいえ当の妹は時雨に説得されて、「たまに箱根に行くことを許す」という条件の下で帰国することになった。

現在は妹共々女優業でアメリカ各地で仕事をしている。

奈美子や時雨との交流の中で即席ラーメンやカップラーメンにハマるようになったのは知られていない。

なお搭乗マシンは先程の赤いカウンタックである。

 

「あ、私の事知ってるのかナ?それはそれで嬉しいんだナー!」

名前を呼ばれたバージニアがスミスたちの方を向く。

 

「マジかよ…さっき時雨やビッグママを追いかけてたカマロとカウンタックは、あんたらの車だったのか!というかあんたら、この2人と知り合いだったのか!?」

驚きの声を上げたのは…クロエだった。

 

「時雨とナミコには箱根で色々お世話になったんだナ!でもまさか、ニューヨークで会えるなんて思ってもいなかったんだナー!」

そう言ってバージニアは質問に答えた。

その言葉に対し、ギャラリーの多くが騒然とする。

「狼」のドライバーが時雨と知り合いとは思いもよらなかったのである。

 

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「時雨…本当なのかい?まさか、狼のバージニアと知り合いとは…」

「あ、はい…そうですね。箱根の方でバトルもしたことがあって…」

「そうだったのか…驚いたな。あの2人とまさか交友関係があったとは」

リチャードが質問し、ジェレマイアが驚く。

狼のバージニアと完璧女優クーラと言えば、アメリカでも有名な女優姉妹であり、同時にアマチュアの中でもかなりの実力派ドライバーである。

そんな2人と交友関係があるとは思うはずもなかった。

すると、そんな中で1人の男が質問を口にする。

 

「じゃあ、クーラの方も…?」

次に疑問を口にしたのはビクトルだった。

 

「ええ…『KAIBUTSU -アフロのヒロシ君-』って映画を知ってる?」

「ああ!あのハチャメチャな映画だろ?うちの子たちが大好きなんだよ!この前も見に行ったぜ!」

そう口にしたのはスミス。

彼には子供が何人もおり、クーラがヒロインとして出演したその映画を見ていた。

 

「あれの一部シーンは箱根や東京で撮影したんだけど…実はね、時雨と奈美子にはその撮影の協力をしてもらったの。スタントドライバーと言う役割でね」

クーラの言葉に騒然とする一同。

 

「マジかよ…あの怪獣映画の協力に、時雨とナビ子が!?」

「す、スゲェ…!じゃあ、あの映画の監督であるマルコ監督とも!?」

「うん、そうだね。僕は2人がニューヨークに来た時、色々とコーディネートしたんだ。ちなみに、今の仕事の手伝いもさせてもらっているよ」

そう言ってギャラリーをかき分けながら、時雨と奈美子、バージニアとクーラの方へと例の監督…映画監督マルコがやってきた。

 

「マルコ監督!」

「バージニアさんたちを連れてきてくれたんですか?」

「うん。2人は今さっきニューヨークに戻ってきてね…時雨君と奈美子ちゃんがバトルをしているということを聞いたら、その場に行きたいと言っていたから…バトルが盛んなこの場所を教えてあげたんだ」

「そうだったんですね…ありがとうございます」

そう言って時雨と奈美子はマルコに頭を軽く下げた。

バージニアとクーラは元々ハリウッドの方で仕事していたが、数日前に負えて、次の仕事であるマルコの下へとやってきていた。

ニューヨークに戻ってきたのは今日である。

 

「それにしてもォ、監督が言っていたことは本当かよォ…時雨ェ!?世界的な大監督であるマルコ監督の下でェ…アルバイトなんてよォ…!?」

「ああ、はい…まあ、マルコ監督のお手伝いと言ったところでしょうか…」

「そんなに謙遜しなくていいよ、時雨ちゃん。君のおかげで僕はとても助かっているんだ。今日もいい映像が取れたからね」

「え、映像?でも監督、さっきのバトルには…」

「うん、僕は参加していない。でもバトルを見届けたバージニアとクーラの2人のマシンには、それぞれドライブレコーダーを取り付けたんだ。これだけでも今後の映画作りのきっといい資料になると思うよ。もし今度のドキュメンタリー映画を作るとしたら、それこそ名前は『ニューヨークの最も明るい夜(ブライテスト・ナイト)』ってね!」

マルコ監督の言葉に、一部では笑いも出たが同時に拍手も沸き上がった。

 

「それにしても時雨、お前とんでもないヤツだよ!なんでクーラやバージニア、マルコ監督と知り合いってことを黙っていたんだよ!」

「え?ええっと…別に、話すほどの事でもなかったので…」

「そんなことあるか!お前、ホントはすごいんだな!」

「そ、そうなのかな?」

「時雨、もっと話させてくれよ」

「ええっ?」

時雨の周りをオクティのギャラリーたちが囲いながら質問攻めにする。

まさしく「時雨は何者なのか」を知りたがっている様子だった。

映画俳優に詰め寄るインタビュアーの人々、を想像してもらえれば光景が目に浮かぶだろう。

時雨と奈美子、それにバージニアやクーラ、マルコはまさしくこの夜の中心と言っても過言ではなかったし、バージニアやクーラはサインを求められるほどになっていた。

だが同時にそれは…本来の主役であるケミックとオクティの代表を蚊帳の外にしてしまうレベルでもあった。

 

「…参ったな。時雨と奈美子に導かれた3人のおかげで、合同会見前なのにこの大混乱だ」

「まあ、無理はないよ…人気の女優さん2人と、ハリウッドでも活躍する映画監督さ。皆注目するのは無理もないと思うよ、おじさん…」

ジェレマイアとリチャードが互いに呆れ気味にそう口々にする。

するとその時だった。

 

「仕方ないね、こうなったらあたしにまかせな…」

そう言ってビッグママが時雨たちの方へ大きく手をたたきながら向かって混乱しているその場を収めていく。

 

「さあさあ皆落ち着いて!いいかい?5人が気になるのはわかるけど、これからケミックとオクティの合同記者会見だ。しっかりとした場だから、ちょっと大人しくしているんだよ?」

そうビッグママが号令をかけたところで、一同は一気に静まり返るのだった。

静まり返ったところでビッグママが熱狂の渦の中心にいた5人の下へと向かう。

そして向かったところで…彼女が3人に挨拶する。

 

「皆初めましてだね…私はエマ。グレートオクティの代表で、ビッグママなんて呼ばれている」

「初めまして、マルコです。例のパーツメーカー、オクティの代表にお会いできるとは…光栄です」

「バージニア・ムーンライトなんだナ!それでこっちが…」

「クーラ・ムーンライトです。色々とお騒がせしてすいません」

ビッグママと対峙した3人が互いに挨拶をすますと、ビッグママはこう提言してきた。

 

「ああ、いいんだよ。その代わりなんだけど…これからケミックとオクティの合同記者会見が行われるんだ。3人にも是非同席してもらいたいんだけど、いいかい?」

「私たちが、ですか?」

「ああ。別に特に話すこともないけど、その場にいればきっと盛り上がることだろう」

「ぜひお願いします。僕もこの共同会見はとても絵になると思っていまして…」

「私とバージニアも…騒がせてしまったお詫びとなるなら」

「ふふっ、ありがとう…時雨と奈美子も来てくれるよね?」

そう言ってビッグママは時雨と奈美子の方を向いた。

2人の答えは…

 

「勿論!」

「お願いします!」

互いに笑顔で了承するのだった。

 

 

 


 

 

 

―――数十分後。

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『ニューヨークの輝ける夜』…深夜24時、ネットメディアはキャプチャー画像と共に、号外で埋め尽くされる。

ケミック&モレック、オクティ両者の会談の模様はネットを介してライブ放送された。新型のパーツ製作から福祉事業の参入、共同出資による会社の設立も発表された。

なお会見には、マルコ、バージニア、クーラ、時雨、奈美子も同席していた。

 

「ニューヨークで対立していた2大企業の合弁企業…すごいんだナ!」

「すごい…前々から準備してたの?新型パーツはともかく、福祉事業から会社まで作るなんて……」

「ボクがパイプ役になって、話自体は色々と進んでたんだ。ただ、発表するまでにオクティのドライバーを落ち着かせるのが課題だったんだけど……」

「うまいことォ…ナミコとォ…時雨が…やってくれたんだよォ…感謝してるぜェ…!」

奈美子の疑問に対し、リチャードとウーゴが互いに感謝の気持ちを伝えるようにそう言った。

 

「オクティとケミックの全面戦争を避けることができたのは幸運だったな。時雨たちにオクティの不満の矛先を向けることができた」

「いやいや、2人ともすごいよ!まさしく僕が追い求めるニューヨークのヒーロー像そのものだ!」

「ヒーロー、ですか…少し恥ずかしいですね」

「それにしても…今までのバトルも、無駄じゃなかったんだ!これで、本当に争いがなくなるのね…」

時雨も奈美子も戦いが終わったことに対して安堵するようにそう互いに口にした。

 

「そうだ!サマンサに、そっちで暴れていたオクティのドライバーは、ジェレマイアを乗せたビクトルだったってことを伝えなきゃ…」

すると、ジェレマイアははて…と思った後、こう口にする。

 

「…なにを言っている?ビクトルは何もしていない。車に乗っていた私が知っている。バトルは一度も起きなかった」

 

「え…?」

「ウ、ウソ…じゃあサマンサの言ったことって…?」

ビクトルは何もしていない…一体どういうことなのか?

すると、時雨と奈美子がそう言うとウーゴがどこか覚悟していたかのようにこう口にした。

 

「…どうやらしっぽを出しやがったみたいだなァ…」

ウーゴは全てをわかっていたかのように口にした。

 

「しっぽ?それって…」

すると奈美子がそう言いかけたその時だった。

突然リチャードのスマホが鳴り、彼の「何だって!?」という声で、誰もが静まり返った。

…ジェレマイアとビッグママを除いては。

2人はどこか覚悟していたかのようだった。

すると口を動かしたのはビッグママだった。

 

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「…来たね。予想以上の早さだ。ジェレマイア、アンタの読みどおりだわね。私らが仲良くすると困るワケか」

「……そのための対策はしてきたつもりだ。あとは『奴ら』だけだからな」

「『奴ら』?一体何が起こったんですか?」

「リチャードさんも電話を受けて、なんだか慌ててるみたいですけど…」

時雨と奈美子が互いに疑問を口にする。

するとジェレマイアとビッグママは冷静に、現実を伝えるかのようにこう互いに口にした。

 

「私たちが禁じた、オクティとケミック&モレックのビッグゲームを扇動している奴らがいる。そいつらの代表が『情報屋サマンサ』…いや…」

 

「『サマンサ・ウォード』。元レーサー『オスカー・ウォード』の娘。世界中から凄腕ドライバーを集めた中立組織…『リブラ』の副代表だよ」

 

 

 

「……」

 

 

 

「…奈美子?大丈夫?」

「ナミコ?どうしたんだナ?」

「奈美子…?」

「奈美子君…?」

全ての点が1本の線で繋がった瞬間。

ビッグママの言葉に対し、時雨やバージニア、クーラやマルコが声を掛けるも、奈美子はひどく憔悴していたのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

―――数十分後。

会場を離れていた奈美子は、サマンサへと電話していた。

 

「もしもし、サマンサ…?夜遅くにごめんね…いま、話せる?」

奈美子はサマンサに電話しているが、その声は震えている。

 

『大丈夫、平気よ。私も起きてたから…どうしたの?声が震えているみたいだけど…』

サマンサとしては奈美子の声が震えていることが疑問だったようだ。

 

「あのさ…ウーゴの車なんだけど、一緒に乗っていたジェレマイアに聞いた。ケミックのテリトリーで暴れてなかったって。でね、ケミックとオクティがビッグゲームをまたはじめたって連絡が来たの。でも、ジェレマイアもビッグママもそんな指示出してないって……おかしいよね?」

『……そうね』

サマンサはどこか「バレたか」と言うかのように口にした。

だが、奈美子は言葉を続ける。

 

「……ねえ、サマンサ…嘘だよね?元レーサーの娘とか、リブラの副代表とか、バトルを扇動してるとか、そんなの全部。あなたは私たちを導いてくれた…ニューヨークが静かになることを誰よりも望んでいた、『情報屋サマンサ』よね?」

『……それは…』

遂にすべてがバレてしまった。

明らかに奈美子は憔悴している。

どうすればいいのかはサマンサでもわからない。

 

「サマンサ!嘘だって言って!お願い…お願いだから…!」

『ナミコ………ごめん』

そう言ってサマンサは強引に電話を切るのだった。

 

 

 


 

 

 

―――ニューヨークで合同会見が話題になった数時間後、例の国のSNSにおいて。

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「どうやら箱根のドライバーがニューヨークで活躍しているらしい」

「それって、『皇帝』のことか?」

「そうだ。箱根の時雨、らしいぞ…」

「マジかよ!あいつわざわざニューヨークに!?」

「ニューヨークで活躍する東洋人は、箱根の時雨なんだ…!」

「箱根の時雨、スゲー!いつかまたバトルしてぇな!」

「レーサーになる前にニューヨークをも席巻する『箱根の時雨』…か」

かの国においても、合同会見の情報はニュースサイトで話題となり、次第に走り屋やレーサーたちの間で話題になっていく。

それと同時にSNSでは、ニューヨークで活躍する東洋人の噂が広まっていた。

そしてそれが、「箱根の時雨」であるということも拡散されつつあった。

時雨と奈美子が知らない間に、彼女たちの話題は拡散されていく。

 

 

―――同じ頃。

横浜近郊、港の見える丘公園。

 

「(最近はご無沙汰だったが…雪風と向き合って、すっかりトラウマもなくなったな)」

公園駐車場に一台のマシン…赤色のFN2シビックが止まった。

その車から降りてきたのは…ほんの一瞬ながらも「ゼロヨンチャンプ」の名を持ち、現在は一浪して大学に入った男…赤沢だった。

赤いジャケットに帽子をかぶった若き青年である。年齢も20代前半。

そして、それをわかっていたかのように…茶色のジャケットを着た男が赤沢のところへやってきた。

 

「よう、赤沢」

「大輔!久々だな…どうだ、ここ最近のアイツの様子は?」

「ああ、お陰さんでデビューしたてながら大活躍だよ」

赤沢から下の名前で呼ばれた、ジャケットを羽織った男…藤原大輔。

彼は藤原コンツェルンの御曹司であり、元ゼロヨンレーサーである。

元々は赤沢の宿敵だったが、彼に敗れた現在はゼロヨングランプリの経営陣として活動している。

また、赤沢との関係もバトルを通して親友レベルにまで改善している。

そして同時に…雪風の才能を見抜き、後に家族を雪風に助けられたこともあって、お礼として当時新車のV37スカイラインニスモを差し出した人物の1人だった。

この日、雪風はゼロヨングランプリ以外の活動としてラリーにも出ているため…藤原自身は雪風の後見人となっていたのだった。

 

「今日は珍しいな?お前から呼び出すなんて」

「ああ…ここ最近忙しかったから久々に会ってみたいと思ってな。折角だし少し話さないか?」

「ん?いいけど…」

「飲み物と、今日の夕メシくらいならおごるぜ」

「お、サンキュー」

そう言って赤沢は藤原に連れられて自販機の方へ向かっていく。

赤沢は缶コーラ、藤原は缶コーヒーを買った。

それぞれ飲み物を買った2人は、そのまま港が見える場所にあるベンチに座るのだった。

 

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「しっかし、雪風がチャンプになってもう半年以上か…早いな、ホント」

ベンチに座り、コーラを軽く飲んだ赤沢がそう呟いた。

 

「ああ…だが彼女がこの国に来てからまだ1年も満たないんだろう?不思議な感覚だよ」

「そりゃそうだな…」

雪風がゼロヨンチャンプになったのは約半年とちょっと前。

そこから先雪風はずっと防衛戦に勝利し続けている。

彼女はチャンプとしての王座を守りながらも、プロのレース…ラリーやサーキットなどで腕を磨いているというわけだ。

 

「それにしても驚いたよな…車文化目当てでわざわざ台湾から留学してきて、それも元とはいえゼロヨンチャンプのお前の家に居候。そこからゼロヨンに目覚めてあれよあれよと言う間にゼロヨンチャンプだもんな」

「ああ…全くだよ。もう国籍もこの国に帰化したらしいからな」

雪風は元々この国の人物ではない。

彼女が元の戦争で生還し、台湾へ譲渡されたということを知っていればそれも当然と言えば当然だろう。

そして彼女はある方法で…この国にやってきた。

 

「確か元々この国と台湾人のハーフで、ずっとこの国に興味を持ってて…大学もその学部に進学、2年の留学で早稲田大学に行ったんだよな?」

「ああ、向こうでは『丹陽』って名乗って…こっちに来るにあたって『雪風』の名前を得たんだってさ」

彼女は台湾生まれ、ずっとこの国に来たがっていた。

大学入学を気に留学、赤沢の下へやってきたのだった。

 

「なるほどな…それでお前の下で色々と車を買ったりゼロヨンに挑んで、半年もせずにチャンプ…チャンプに挑む前には、しばらく離れていたとはいえ…彼女が草レースでお前を破るとは思っていなかったよ」

「そうか?俺はもうゼロヨンは辞めたし…」

「まあ、俺としてはお前さんにはいつでも戻ってきてもいいと思ってるんだがな…」

「よせやい、草レースはともかくゼロヨンのライセンスはとっくのとうに失効済み。それに今更アイツや元チャンプに挑めるほどの実力はねぇよ」

「でもあの事故の後…早大に進学した、って聞いたときは驚いたよ。入院中もかなり勉強してたそうじゃないか」

「ま、俺もやる時はやるからな!」

赤沢は既にゼロヨンライセンスは失効している。

一定期間出場がないと自然失効になるのだ。

彼は18歳でゼロヨンデビューして、たった数ヶ月であっという間にゼロヨンチャンプに。

だがその年の末の防衛戦で大クラッシュを起こし、ゼロヨンチャンプの座を失った。

一時は生死をさまよう大怪我だったものの、その後入院中に勉強して一念発起。

奇跡的な回復と元々の地頭の良さもあり、入院中の勉強期間もあって私立最高峰の早稲田大学に合格…つまり彼は1浪で早大に入ったのである。

だが入院中から大学2年生まで過去のトラウマに苛まれることとなり、ゼロヨンを引退していた。

ゼロヨンだけがダメで、車の運転は問題なかったものの…大学3年生になる直前に、台湾からの留学生として、雪風がやってきた。

実は赤沢本人は大学入学を切欠に実家を離れたが、その後赤沢の母親がホームステイ先として雪風を迎え入れることになっていた。

だがその矢先、赤沢の父親が交通事故に遭ったことでホームステイが困難に。

現在は回復しているとは言え一時は介護も必要だった程の重傷だった為に、母親のお願いを聞いた赤沢が、生活費の保証を前提に引越し先へ雪風を迎え入れたのだった。

なお、雪風が居候してきた後には赤沢はカー用品店でのバイトも始めていたため、車に対する知識もそれ内に身についている。

また生活面においてもゼロヨン挑戦時の「警備員アルバイト」や、雪風が来た後の「異世界の冒険」や「妖魔退治」で莫大な富を稼いだために、車の維持や日常生活には困らないほどの資産…それこそ数億円はあるのだが。

 

「でもホント、あの時は驚いたよ。まさかチャンプになった俺を追いかけてわざわざ台湾から、ゼロヨン目的でやってきたなんてな」

雪風は元々台湾で、赤沢がゼロヨンチャンプになったことを知っていた。

ホームステイ先として赤沢の実家を選んだのも、彼の下で生活したいと考えていたかららしい。

とはいえ雪風は最初、「この国の走りや文化に興味のあるガキンチョ」を演じていたのだが。

しかし、赤沢が藤原と再会した際のトラブルにおいて…雪風はそれの仲介に入った。

それを見た赤沢が藤原へ一芝居演じるように依頼、ゼロヨンで同一スペックの純正ヤリスで勝負したところ…なんと雪風は元トップクラスレーサーである藤原に、勝利してしまったのである。

後にその強さとゼロヨンに興味を持っていた理由は雪風本人から告げられるも…雪風としては、「チャンプの座を失った赤沢に元気を出してもらいたかった」というのと、「どうしても追いかけているドライバー…時雨がいる」と言うのが大きな理由だったという。

そしてそこから雪風はゼロヨンとアルバイトで稼いだお金、そして時に赤沢や「伝説のゼロヨンチューナー」の手を借りて、ゼロヨンチャンプまで上り詰めた。

因みに彼が運転してきたFN2シビックも彼が「警備員バイト」や「妖魔退治」、「異世界の冒険」で手に入れてきた財宝の数々を売却して稼いだ金で買ったものであり、先代のチャンプに挑む前に、雪風に挑んだマシンであった。

そして雪風とバトルしたことで「ゼロヨンバトルが出来ない」というトラウマは完全に克服したのだが…彼自身はもうゼロヨンの世界に戻るつもりはないらしい。

 

「しっかしそこから雪風はテストドライバーやラリーストとして仕事してるもんな…」

「今の時期はどうしてもシーズンオフなんだ。レースに参加しようとしてもレースがやってなければな…」

今の時期、レースはプロアマ含めシーズンオフ。

そうなると出来るのは自然相手に走る雪山のラリーか、やはり特訓か車に関する仕事…それこそ雑誌取材やマシンテスターなどくらいだろう。

ちなみに雪風自身藤原コンツェルン傘下の自動車関係企業で、マシンのテスターをやっている。

 

「そうだよな。それに俺も大学3年生の後期。サークルとかもやっていたとはいえ、もう就活も始まってるもんな…」

「ん、就職するつもりなのか?」

「ああ。ゼロヨンはもうやめたけど車は好きだから、その関係に就職したいんだ」

「じゃあインターンとかも?」

「メーカーを何社か、去年一昨年の夏に色々行ったよ。やっぱりそこら辺はちゃんとしないとな」

「お前の経験もあるし、早大なら仕事は困らないとは思うが…」

「どうだろうな…自動車メーカーなんて倍率凄いからなあ」

「まあ、もしお前がうちの企業に来たければそれはそれで大歓迎だ。お前の腕は俺が保証するからな…」

赤沢自身、ゼロヨンは辞めたが車の関係の仕事には就きたいと思っていた。

やはりそこは車と長い付き合いがあるからだろうか。

そして藤原自身も、付き合いがそれなりにある以上…コンツェルン傘下の企業にコネを与えてもいいと考えていたのだった。

 

「それも1つだと思うし、考えておくよ。しっかしお前から構想を聞いた時は驚いたな。ゼロヨントップドライバーを国内最高峰のレーサーに育成するプロジェクトなんてな…」

「もともとゼロヨンっていうのもちゃんとしたレースだからな。規模は国内最高峰のそれと比べるとマイナーかもしれないけど、同時に敷居が低くて、ステップアップの可能性もある。俺は彼女の…ゼロヨンチャンプの可能性を試してみたかったんだ」

「なるほどな…だから雪風は今、テストドライバーをしながらライセンス取得に勤しんでるんだってな」

「ああ。今はゼロヨンはともかく、サーキットレースは基本シーズンオフだからな。今のうちに必要なものは取らせてれば、早ければ次のシーズンからアマチュアレース出場の見込みが立っている」

「だからフリーの期間は4ヶ月、だったんだよな」

「ああ。あとはアマチュアレースでの雪風のスポンサーには俺達藤原コンツェルンが協力する。だがそこに雪風が探し求めていた時雨君のチーム…「TimeRain Racing」のメンツも加われば…よりチームの地盤は強固なものになると思った」

「だからジョイントを持ちかけたんだな…」

「まあな。デビューから数ヶ月でゼロヨンチャンプになった少女、雪風。同じく走り屋デビューから数ヶ月で箱根の『皇帝』の座に就いた少女、時雨。この2人にはかなりの可能性を俺は感じたんだ。勿論、前任の皇帝もだけど」

「俺もゼロヨンチャンプまでは半年とちょっとだったが、それでもライセンス取得から最短、じゃなかったんだよな。それを雪風は最年少記録含めて更新して、時雨ちゃんも同時期に『皇帝』に…か。話してるだけでもとんでもない話だよな」

「ああ、本当にそう思うよ。まあ一応先代のゼロヨンチャンプは独力でプロになって、更に先代のゼロヨンキングは端からプロレーサーだった。だが、雪風にはその人たち以上の、下手すればそれこそ世界規模で活躍できる可能性を感じたんだ。先代のチャンプは1度チャンプになるまで1年半かかったけど、雪風やお前はそれ以上のスピードだったからな」

「だからコンツェルン全体でバックアップする事を決めたのか…凄い話だよな、ホント」

「まあ、恩返しもあるからな。ゼロヨングランプリの八百長トラブルを解決してくれたくらいだし」

「でもそのお礼であのスカイラインニスモを渡したんだろ?甘やかしすぎじゃね?」

「まあ俺もそう言ったんだが、親父がどうしても…ってな。ホント感謝してるんだと思う」

「なるほどなあ…あれはかなり大々的だったもんな。一応、車とチームは別関係ってことか」

「ああ。車は親父、チームは俺の関係だ」

雪風が乗っているスカイラインニスモは実は藤原家からのプレゼントである。

ゼロヨングランプリを揺るがす大規模な八百長騒動と家族の誘拐事件があり、その事件の解決に赤沢と雪風、そして美人探偵が協力、結果としてその闇を明るみにしただけでなく、騒動も解決することが出来た。

そしてその事件解決に尽力した赤沢と雪風のために…会長直々に当時リリースされたばかりのV37スカイラインニスモが渡され、結果として2人はその車をチューニングしてゼロヨンチャンプに挑戦、結果勝利して「国内最速」の称号を得るのだった。

 

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「そういや噂、聞いたか?」

「噂?」

「ほら、時雨ちゃんと奈美子ちゃん!あの2人ニューヨークで大活躍なんだってな!SNSで話題沸騰だぜ?」

「ああ、聞いてるよ…ニューヨークに行く前に、俺にも相談を持ちかけられてた」

「相談?」

「2ヶ月で必ず戻るから、海外遠征をさせてくれ…ってな」

時雨と奈美子はニューヨークに行く前、今後チームとしても世話になる藤原大輔に対して前もって相談をしていていた。

藤原本人は今後チームの経営陣の一人として活動していくこともあり、話を通すのが筋と言えば筋だったのだ。

期間付きで戻ってくることを条件として言われた以上、藤原としては断る道理もなく、快く受け入れたのだった。

 

「なーんだ、知ってたのか。じゃあニューヨークに行くことも?」

「いや、そこは知らなかった。こちらの事情だから、ってな…資金援助の要請とかもなかったんだ」

「自分のケツは自分で拭く、ってことかなあ。しっかし驚いたな…時雨ちゃんと奈美子ちゃん、まさかニューヨークに行っちゃうなんて」

「武者修行だそうだ。なんでも奈美子ちゃんのお父さんの関係もあるらしい」

「親父さん?」

「『神の手』の異名を持つテストドライバー、相楽ヒュウガさんだ。10年前に首都高でバトルをした後、アメリカに渡って今はそっちの方で仕事してるらしい」

「『神の手』…ねぇ。なんか胡散臭くね?」

赤沢がどこか呆れ気味に口にした。

どこか中二病臭いと思ったのだろう。

だが赤沢の言葉に対し、藤原は真面目に答えようとしていた。

 

「それがあながち嘘じゃないんだよ。実は俺の親父も仕事関係で世話になったくらいだ」

「え、そうなのか?」

「元々親父とヒュウガさんは20年来の親交があったんだ。これは5年ほど前の話なんだが…当時親父が乗っていたマシンが原因不明のトラブルに見舞われた。うちの専属の整備士にも依頼したんだが、原因は分からずじまい…そこで偶然東京に戻ってきていたヒュウガさんに、調査を依頼したそうだ」

「それで、結果は?」

「軽く一般道を流したしただけで、すぐに原因を突き止めちまった。誰もわからなかったのに、一発で原因を突き止めたんだ」

「…マジで?そんな人がいるのか」

「ああ…他にもすごいぞ。あの人は試走車をサーキットで走らせたんだが、そのタイムは完成品を操縦したプロが破ることができなかったし、あとは1000馬力のスーパーカーを軽自動車で破ったそうだ」

「す、スゲェ…そんな人が、奈美子ちゃんの親父さんなのか…!」

「ああ…それで奥さんも峠で名を馳せたドライバーだったらしい。そして奈美子ちゃんのお兄さんは相楽翔…俺の先輩で、欧州をメインに活動するプロレーサー。まあ、最速の血を継いだサラブレッドってことだな」

「親も親なら子も子でバケモンで、そのバケモンを破る時雨ちゃんも…やっぱスゲェな」

モータースポーツはどちらかと言うと比較的素人な赤沢でも、それらの事を聞けば流石にヒュウガがすごい人物であるということはわかった。

1000馬力のスポーツカーに勝つ軽自動車、原因不明のトラブルを一発で解消する。

素人でもものすごい人物であることはわかるだろう。

時雨の横にいた相棒の父親がそれほどの才能であるというこてゃ、ナビのあの子も間違えなく高い実力者、いや、そうでなくても高い潜在能力があることは間違えがない、そう赤沢が認識するのには時間がかからなかった。

すると、ふと赤沢は何かを気になったかのようにこう発した。

 

「なあ、大輔」

「何だ?」

「もし、雪風と時雨ちゃん…成長した2人が今サーキットでバトルしたら、どっちが勝つんだろうな?あの時は時雨ちゃんが間一髪で勝ってたけど」

「……うーん」

互いに成長している以上、どちらが速いのか…そう思った藤原は、赤沢の言葉に悩むしかなかった。

 

 

 


 

 

 

―――横浜で赤沢と藤原が会話していたその日、数時間後の夜。

推奨BGM

 

"人形遣い"のツバサのレンタルガレージ前。

ガレージの前に、1台の車がやってきた。

それは、時雨を心から愛している男のマシンだった。

灰色に塗られたそのマシンは、時雨と出会った時よりも禍々しいオーラを放ちつつもガレージ前に停車した。

エンジンを止めたそのマシンから降りてきたのは…例のブロンドヘアーの男と金髪のイケメン男。

それこそ、白鳥ツバサと相楽翔だった。

因みにツバサは仕事用の白いスーツだが、ショウはストリートファッションを纏っていた。

 

「さて…どうだい。君としてのこの車への感想は」

「…俺はとんでもない車を仕上げてしまったと、つくづく実感してますよ」

「フフフ…そうだね。何せレーシングエンジンに近いものまで換装しちゃったんだから、文字通りの化け物だろうね。まさしく、『ゴジラ』に相応しいマシン。これが時雨君への『究極の一台』というわけか」

「…はい」

ショウとツバサはその車をフロントから眺めていた。

全体を紫色に塗られ、両サイドにも流星をイメージしたかのようなペイントが塗られたそのマシンは、エアロ自体は比較的抑えめではあるものの…その車から発せられる魔力と言うべきものは、普通のそれを明らかに凌駕したものと言っても過言ではなかった。

そして同時にそれはゴジラの異名を持つマシンにふさわしい姿である…そうショウは思っていた。

 

「しかし君も…随分時雨君に執着しているようだね?」

「…命の恩人なんですよ。あいつは気がついてないけど、俺が子供だった頃、一目惚れして…それでいて、命の恩人なんです」

ショウは時雨を助けた命の恩人だが、時雨自身もショウを助けた命の恩人だった。

提督として、鬱屈した自分の人生に生き甲斐を与えてくれた。

心の殻を破ってくれた。

物事に対して情熱的に、一途に愛することは素晴らしい事であるということを自覚させてくれた。

そしてショウ自身は、自らがかつて「レベル上限」という限界まで育てた時雨の可能性を信じている以上、自分がかつて乗っていたそれをチューンした「怪物マシン」を与えて、限界まで戦ってもらいたいと強く願っていた。

彼女の限界まで戦うためのマシン、それが今目の前にあるマシンだった。

 

「なるほど…ところでこの車は、君から渡すのかい?」

「いえ、俺にはまた用事があります。先生…俺のお願いを、聞いてくれますか?」

「…わかった。いいよ」

そう言ってショウはツバサに対してあることを伝え、それは快諾されることになった。

 

「(…時雨、すぐに機は熟すだろう。そしてお前が限界まで戦うためには、究極の一台が必要なんだ。残り2週間……お前の総仕上げだ。速くなって…俺の下へ来い…!)」

そのマシンを見ながらショウは静かにそう願うのだった。

熱狂の渦は間違えなくニューヨークを席巻する時が迫っていた。

 

 

 


 

 

 

そして、もう一つの噂。

 

「浜の雪風、箱根の時雨、そして首都環状で話題の、『究極の不沈艦』って、誰が一番速いんだろうな?」

 

究極の不沈艦と呼ばれるドライバーが、「首都環状」を席巻していること。

それは間違えなく、時雨や雪風に迫ろうとしていた。

 

箱根のメンツや横浜のメンツは誰も知らない、第三勢力が勃興しようとしているのだった……。

(第21話End)

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