「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 第二幕 2024 -いつかあの頂で- 作:カービィ改二
ニューヨークを牛耳っていた裏の組織への時雨の挑戦。
そして時雨の前に現れる第3勢力とは…
ここから、皇帝になった後から首都高武者修行までの数ヶ月の経験が生きてくることになります。
act.22「Desert Demon(砂漠の悪魔)」
2つのパーツメーカーによる、互いのテリトリーとプライドを賭けた過酷なバトル『ビッグゲーム』が繰り広げられていた魔都・ニューヨーク。
時雨と奈美子の働きかけで遂に双方の代表は互いに手を取り合った。
喧騒の絶えなかったニューヨークにも、ようやく静寂が訪れる――はずだった。
『情報屋サマンサ』…いや、バトルの仲裁組織『リブラ』の副代表『リブラのサマンサ』が双方の争いを裏で操っていた事が明るみに出るまでは…
―――ケミックとオクティの合同記者会見から2日後の夜、怪獣監督マルコのオフィス兼事務所。
この日、仕事を終えた時雨とマルコは今後の雇用契約について話し合っていた。
もとより1ヶ月半限定の短期雇用。
その契約期間は既に終わりに近づいているのだった。
「…お疲れ様、時雨ちゃん。この1ヶ月とちょっと間、僕の下でアルバイトをしてみてどうだったかな?」
「はい…僕にとっては、映画監督の下で働くなんて…今までにない経験だったので、その…言葉にするのが難しいんですが、色々と勉強になりました」
マルコの言葉に対し、緊張しながらも時雨はそう答えた。
基本的に時雨がやっていた仕事は整備士業。
モデルやグラビアの仕事もやったことはあるが、よりにもよって映画監督の下で雑用や撮影協力をするなんてことは…今まででは到底あり得なかった経験である。というか映画監督の下で直属のアルバイトなど、果たしてどれだけの人間が出来るのか。
一種のコネを行こう活用した結果とはいえ、周りから見れば羨望の眼差しを受けてもおかしくないだろう。
そして時雨自身、それを経験したことは時雨にとっても「仕事」という一面では大きな経験値となっていた。
「僕としては正直、君が望むのであるならば…雇用契約を延長しても構わないと思う。君はアメリカに来て君なりに必死に仕事をしていたのは僕もわかっているよ」
「そうおっしゃっていただけると…僕もうれしいですね」
「ただ…やはり君にはこれからの事があるからね。君にはもうレーサーとしてのデビューの時期が迫っている…僕としてはレーサーとしての仕事を優先するべきだと思っているんだ」
「そうですね。やっぱり、僕には待っている人たちがいるので…」
「うんうん。君のチームのお偉いさんたちも、きっと君たちの事を待っているはずだよ」
マルコはやはり、時雨のプロレーサーとしての本職を優先するべきだと考えていた。
それがやはり、時雨の今後を左右するからと思っていたからかもしれない。
だが同時にマルコはある人物の心配の事もした。
「ただ…僕は奈美子ちゃんの事が心配なんだ。まさかあのサマンサと親密だったとはね…」
マルコが気になったのは、あの合同会見の後憔悴していた奈美子の事だった。
信用していた人間に裏切られた以上、相当ショックだったのだろう。
そんな苦しみは、マルコにとっても筆舌にしがたい。
すると時雨はある質問をしていた。
「あの…マルコ監督は、サマンサの事は知っていたんですか?」
「うん、名前だけは知っていたんだ。ただ…胡散臭くてどうしても関わりたくなかったんだよね。何か裏があると思っていたけど…まさかリブラの副代表だったなんてね。これは表に出れば大きなスキャンダルになるだろう」
「まだ、あまり知られていないという事ですね…」
「ああ。残念ながら抗争をしたもの同士ニューヨークで煙たがれていたこともあって、まだケミックもオクティも完全な信用回復にまでは至っていないようだ。こればかりは時間の問題だろうけどね。」
「…未だにリブラの支持が大きい、ということでしょうか」
「うん。彼らはやはり治安維持組織という側面があった。どこかではっきりと尻尾を出せば、彼らの信用も落とすことが出来るだろうが…」
大都会ニューヨーク。
嘗て互いの覇権を争っていたケミックとオクティだが、和解したとはいえまだ数日。
そう簡単に世間が許してくれるとは思えないと、マルコは考えていた。
それに加えてリブラの支持は大きかった。
彼らのおかげでニューヨークの治安が維持されていると思っている市民も少なかったようだ。
だが合弁企業立ち上げなどを発表した日以来、リブラの活動は表向きでは沈黙を貫いている。
正確には、ケミックとオクティの抗争が「リブラによって行われている」のが隠されている。
何か仕込んでいるのか、それとも表に出るタイミングを見計らってるのか。
それはわからないが、やはり不気味なものが時雨にもあった。
「ただ…もし彼らが表に出てきたとき、時雨ちゃんや奈美子ちゃんは間違えなくターゲットにされてしまうだろう」
「僕たちが、ですか」
「ああ。彼らは抗争がないと生きていけないようなものだ。平和になってしまっては、治安維持の必要もなくなるからね…構想を終わらせた、と言う一種のその恨みから、君たちは狙われてしまうかもしれない」
「……」
今後リブラが表立って活動した時、時雨はリブラのドライバーたちからバトルを要求されるかもしれない。
マルコはそのことを危惧していた。
何が起こるかわからないと思っていたからだろう。
だが同時にこうも考えていた。
「とはいえ、だ。僕が思うからに…君にとってプロのドライバーと戦うというのは、本望だと思っているんだけど…どうだろう?」
時雨が今後プロの世界に挑戦していく以上、マルコは時雨がプロのドライバーにどこまで通用するのか興味を持っているのではないか、と勘付いていた。
同時に時雨自身も、プロのドライバーと戦える事は願ったり叶ったりなのかもしれない…そうも思っていた。
「…そうですね。僕はやっぱり、「限界まで戦いたい」と思っていて…どこまで自分が、プロのドライバーたちに今通用するのかを…確かめてみたいと思っています」
時雨はそう答えた。
やはり時雨自身が「限界まで戦いたい」という願いに関しては箱根で口にした時から全くもって変わっていなかった。
それはやはり、雪風と言う非常に高い壁に挑むことが決まっているからであり、同時に「艦娘」という兵器としての本能なのかもしれない。
「うんうん。やっぱり君はそういうところがあるからね…」
時雨の言葉に対してマルコも納得したかのように答えた。
だが同時に彼はこうも伝えた。
「ただしこれだけは言っておきたいんだ。君の向上心は素晴らしいものがある…でも同時に、その向上心がある時こそ、足元をすくわれる可能性だって非常に高いということを言っておきたい」
「それって…どんな時も油断するな、ってこと事ですか?」
「まあ、そうだね。僕はやっぱり君が前へ突き進む姿を見て、どこかそう思ってしまったんだ。無理をしていい時と無理をしない時は、必ず分けるべきだと僕は思っている」
「無理をしていい時、無理をしない時…ですか。ありがとうございます。もしリブラのドライバーに戦う事になっても…絶対に、油断しないで挑戦したいと思います」
マルコからの忠告…それは、一番調子に乗っている時ほど足元をすくわれやすい、という年長者からの一種の忠告だった。
だが同時にそれは、時雨自身もよく理解していた。
今まで自分は負けなしでここまで来た以上、調子に乗っているところがあると感じることがあったのだ。
そしてそうである以上、これから先も勝ち続けるためにはどんな相手でも絶対に油断してはいけない、無理をしていい場面と無理をしてはいけない場面を考えなくてはならない、というのがマルコの忠告だった。
時雨にとってもそれは理解していたので、素直に受け入れるのだった。
「うんうん、君の素直な姿勢は僕も見習いたいね…おっといけない。少し話がずれてしまったね。これからのことについて話を戻そう」
「あ…はい」
そう言ってマルコは雇用契約の話に戻した。
「それでは予定通り、君との雇用契約は次回の更新をもって終了…解雇としたい。1週間後の終了で、少ししたら就労ビザも期限切れになるからね。そこから先は不法滞在になってしまうことを注意してほしい」
「はい…今までお世話になりました」
「お金については契約終了の日に手渡しとしたいけど、前払いしてほしいときは言ってほしい。今は…大丈夫かな?」
「はい、問題ないです」
「…わかった。それじゃあ、あと1週間…最後までよろしくね。あと、もし帰国する日が決まったらその時はまた僕に伝えてね。速めに連絡してくれれば、マシン移動用のレッカーも手配できるし、輸送の手続きも手伝うことが出来る」
「わかりました…2週間以内には、すべてにケリをつけたいと思っています」
「…わかった。それじゃあ、正確な日付が決まったらまたよろしくね」
そう言って時雨とマルコの契約の話は終わり、時雨はオフィスを出て帰宅するのだった。
―――合同記者会見から4日後、時雨・奈美子のホーム。
仲裁組織と思われていた『リブラ』が実は全ての黒幕であり、サマンサがその代表だったと発覚してから、5日が経とうとしていた。
マルコと時雨の契約の話の後も、奈美子は完全に気落ち…父親・相楽ヒュウガの居場所が既に別の場所であると判明したにも関わらず、帰国を決断できていなかった。
だがこの日、奈美子の事を励まそうとケミックからアビゲイル、オクティからウーゴが時雨と奈美子のホームを訪れていた。
「ナミコォ…!このドアをォォ…!開けておくれよォォォ…!」
ウーゴが奈美子の部屋のドアを叩きながらそう言った。
ドアには鍵がかけられており、奈美子はすっかり落ち込んでいるようだ。
だがその様子を見て、横にいたアビゲイルは呆れるかのように毒を吐いた。
「うっわ…キモッ…キモすぎ…そんな声のかけ方したら、ますます出てこなくなるでしょうが!右も左も分からないニューヨークで1番信頼していた相手に騙されてたのよ。少しは気づかってあげなさいよ…ほら、電話もなってるわよ」
「あぁ…!?電話だァ…!?こっちは忙しいってのにィ…!」
そう言ってウーゴはやむなくポケットに入れていたスマートフォンの電話に出た。
「もぉしもし…?…なんだとォ…!?場所はどこだァ…?マンハッタン?しょうがねぇ、今から行くよォ…」
ウーゴは呆れつつもそう答えて電話を切った。
「あの…今のは?」
ウーゴの様子が気になった時雨が声を掛ける。
「ちっ…また車が奪われたんだってよォ…いいようにリブラに遊ばれてるぜェ…」
「そんな…」
「ケミック&モレックとオクティが争わないとリブラは存在意義を問われる。…迷惑な話だけど、『私たち』の問題ね」
どうやらまたリブラのドライバーによる自動車盗難が起こったようだ。
共同会見からの数日間、表に現れたリブラのドライバーたちによってケミックやオクティのドライバーたちがビッグゲームによって車を奪われるという事件が頻発していたのである。
「ナミコ、時雨!とにかく向こうに帰りなさい。何のためにニューヨークに来たかを、よく考えるの!いいわね!?」
「あ……」
そうアビゲイルが言って、ウーゴとアビゲイルは問題解決のために時雨と奈美子のホームを出ていくのだった。
時雨はそれをぼんやりと見送った。
2人が出ていった玄関の鍵を掛けたところで再び奈美子の部屋の前に立ち、時雨がドアをノックする。
「奈美子、聞こえる?どうしたいかは任せ…」
すると、時雨が奈美子に対してそう言った時だった。
玄関の呼び鈴が鳴った。
「(…呼び鈴?アビゲイルさんかウーゴさんが、忘れ物でもしたのかな……?)」
こうも続けて来客が表れるとは珍しい。
だがよく考えてみれば、ウーゴかアビゲイルが忘れ物でもしたのではないか?
そう思っていた時雨だったが、あることに気が付いた。
「(あれ…?エンジン音が聞こえた。でも、さっきのエンジン音はRKクーペやCTRのエンジン音じゃない。じゃあ、一体誰が…?)」
外から聞こえてきたエンジン音はすぐに消えた。
だが、先ほどまでいたウーゴやアビゲイルの車のエンジン音ではないのはわかった。
となると、一体誰が?
ケミックやオクティの知り合いかもしれないが、もしかしたらリブラのドライバーである可能性も十分にある。
「(サマンサがリブラのドライバーたちにこの家の事を伝えていたら…直々に宣戦布告もあり得るかもしれない。慎重になろう)」
サマンサは一度このホームに来たことがある。
そしてそうである以上、住処は知られているのである。
その為、リブラのドライバーが直々に宣戦布告してきてもおかしくはない…
そう思った時雨は、玄関のドアスコープに取り付けられていたカバーを外し…誰なのかを確認する。
「……え?」
そこには、人がいた。
だがそれは、アビゲイルやウーゴではない。そしてリブラのドライバーでもない。
それでも時雨は問題ないと認識して、カバーを付けなおしたうえで鍵を外した。
なぜなら…
「あ、こんばんは…」
そう言ってドアを開けた先に立っていたのは…
「よう、時雨ェ!久しぶりだなアァ!!」
粘着質で有名な、黒い肌の日系ブラジル人のレーサーだったからである。
だが同時に、時雨はその姿にはとても見覚えがあった以上…すぐに名前を思い出した。
「ろ…ロベルト、さん!」
「おう!名前を覚えてくれていたみたいだなァ。久々にその顔見れて嬉しいぜェ」
大きな袋を両手で抱えていた…ロベルトと呼ばれたレーサースーツの黒い肌の男は、上機嫌そうにそう答えた。
"粘着レーサー"ロベルト。フルネームは「ロベルト・オリベイラ・サントス・サイトウ」。
世界的に人気のあるレーサーの1人で、日系ブラジル人。類まれな実力を持つレーサーの1人だが、非常に感情的で負けず嫌い。
感情が高ぶると大声で泣き出したり、バトルに負けると落ち込みすぎて気絶したりする。
特徴的な髪形をしているが、これは名家である実家のしきたりで整えられているもの。
プロレーサーの傍ら、先祖代々続く大規模なコーヒー農園を経営しており、実力を認めた者にはコーヒー豆をプレゼントするという一面もある。
「俺達もいるぜ…ハハン。久々だな、時雨ちゃん」
「お、お久しぶりです。時雨さん!」
そう言って、後ろから現れたのは…甘いマスクの生い立ちの元レーサーと、"真の貴公子"の異名を持つ兄弟だった。
だが同時に、彼らに関しても時雨にとっては面識があった。
「カールさんに、ヨハンさんまで!?どうしてここに…?」
時雨が言ったカールとヨハン。この2人もレーサーである。
”貴公子”カール、"真の貴公子"ヨハン。
ドイツ人の兄弟であり、どちらもプロレーサー。
兄であるカール…本名「カール・ヴィルヘルム」は以前から世界中にファンを持ち、現役最強と呼ばれるほどのドイツ人レーサー。その人気で得たスポンサー収入でセレブとして有名だった。気さくな人物なので好感度も高いのだが…実はその正体は、ただのアベレージレベルのレーサー。
弟のヨハンを替え玉にすることでチャンピオンの地位を守っていたが、時雨たちと箱根で出会ったことによるひと悶着によって正体がバレてしまった。
レーサーとしての実力は最低限あったのでライセンス剝奪…とまではいかなかったが、事情が事情故に現在はレーサーを引退。謹慎期間を経てヨハンのマネージャーを務めている。
弟のヨハン…本名「ヨハン・ヴィルヘルム」は、アイドル好きなオタクで覚束ない性格から以前は兄から「グズ」と蔑まれていたが…時雨たちとのバトルや経験を経て、その正体をカミングアウト。
悶着が解決した後はカールの正体として後に会見を行い、現在は表舞台で活躍する。
普段こそ覚束ない性格だがレースの時は覚醒し、高い状況判断能力を生かした、世界トップクラスの実力を見せる。
勿論真の姿を見せたことで兄からグズと言われることはなくなった。
実は3人は時雨と箱根でバトルしたことがあり、その際は時雨が地の利を生かしたバトルを展開して勝利している。
ちなみにロベルトの車は青のGVBインプレッサ、カールの車は黒のジュークR、ヨハンの車は赤いNC1型NSXである。
「お前らがニューヨークでバリバリやってるって話を聞いて、こっちでのレースついでにヨハン達と訪れたくなってなァ。探してたら丁度、それっぽい家があったから尋ねさせてもらったぜェ。あ、これはお土産のうちの農園のコーヒー豆だァ。また美味しいのが出来てるぜェ…」
そう言ってロベルトは持ってきていたコーヒー豆の袋を時雨に手渡した。
重さにしては…1キロはあるだろうか。
「あ、ありがとうございます…って、重い…」
「ロベルトさん、時雨さんにはさすがに重いですよ…」
「う…そうだなァ。悪い、時雨」
「時雨ちゃん、色々と聞きたいこともあるし…お邪魔していいかな?それは俺が運ぼう」
「あ、はい…是非。どうぞ中へ」
「それじゃ、お邪魔するぜェ」
そう言って部屋に入ることを許した時雨。
玄関からロベルト、ヨハン、カールが時雨に連れられて行く。
玄関から連れられた3人は、時雨によってリビングの椅子に座るように促された。
コーヒー豆の袋を別のところに置いた上で椅子に座った4人が、テーブル越しに会話を始める。
「こんなところに住んでいたんですね…」
ヨハンが見渡してそう口にした。
どうやらヨハンにとっては住居に関しても興味があるようだ。
「このリビングキッチンと、個人の寝室、あとは車庫の小さな家ですが…少しの間ニューヨークにいるくらいなら、問題はないんです。あ、今お茶をお持ちしますね」
「ああ、いいよ…別に。俺達は突然来て押し掛けたんだ。そういうサービスはいいよ」
「そ、そうですか?」
「そうだぜェ。ま、さっきのコーヒー豆を使ってくれてもいいが…ドリップも時間がかかりそうだしなァ」
「いい」と言ったのはカールとロベルトだった。
流石に自分たちが押しかけてしまったことを自覚しているようだ。
そう言っている時に時雨に話しかけたのは、ロベルトだった。
「それにしても噂を聞いた時は驚いたぜェ。お前ら2人、なんでニューヨークなんかにいるんだァ?」
「実は…」
ロベルトの問いに時雨は全てを話した。
自分はプロレーサーとしてデビューが決まったこと。
自分たちが武者修行のためにニューヨークに来たこと。
そのついでに、奈美子の父親がニューヨークで何をしたのかを知りたかったということ。
ニューヨークのバトルシーンではケミックとオクティと言う2つの組織が車を奪い合う「ビッグゲーム」という形で抗争しており、仲介組織であるリブラと言う組織があったということ。
自分たちがケミックとオクティのドライバーたちを倒し、先日の合同記者会見まで繋げたということ。
自分たちがニューヨークで世話になった「情報屋サマンサ」という女性が、実はリブラの副代表と言う、一種のスパイだったということ。
ケミックとオクティの抗争が解決したところで、リブラのドライバーであるプロレーサーたちが暗躍を始めたということ。
そして実際今、ニューヨークの一部で彼らとのバトルが勃発しているらしいということ。
それらを話し終えた時、3人の表情にはそれぞれ驚きと言うべき表情が浮かんでいた。
「そうだったんですね…お2人は、ナミコさんのお父さんのこともあるけど、高い目標に向かって…ニューヨークに来ていたんですね」
「これは…向上心の塊と言ってもいいかもしれないな、ハハン…」
「しかし噂には聞いていたが…ニューヨークのストリートシーンの混乱は、まさかプロレーサー共の仲裁組織が…プロの奴らが原因だったのかァ」
「それで、ナミコちゃんはこっちで世話になった人間…リブラの副代表と言うスパイに裏切られて落ち込んでいると…ふむ、大変だったね」
「ナミコさん…」
ヨハンは時雨の目標の高さに驚き、カールは時雨の向上心を認めて奈美子に同情し、ロベルトはニューヨークのバトルシーンの実態に驚いているようだった。
すると、そこから口を動かしたのはカールだった。
「それで時雨ちゃん、君はこれからどうするんだ?あと2週間もないうちに、箱根に戻る必要があるんだろう?」
「…そうですね。でも、奈美子がどうするかによって…僕もどうするかは変わると思うんです」
「ナミコさんに、付き合うんですか?」
「はい…それに、リブラのドライバーたちは、プロのドライバーだって聞いています。僕は…プロのドライバーたちに興味があるんです」
「興味ィ?それって…プロのドライバーたちと戦いたい、ってことかァ?」
「それもありますし…やっぱり、僕としても…親友が奈美子を裏切ったことが、許せないんですよ」
「そうかァ…お前は人思いなんだな」
「でも、話を聞いているだけでもちょっと僕としても…許せない気持ちはありますね」
そう言ったのはヨハンだった。
彼は普段こそ覚束ないが、やはりレースとなると超真剣。
貴公子と呼ばれるだけの実力とマナーを持ち合わせている以上、プロレーサーがアマチュアを寄ってたかっていたぶっているという現実は…許せないものだった。
覚束ないような眼をしていた彼の眼は、レーサーとしての超本気の真剣な眼差しだった。
「ほう?ヨハンもそう思うかァ?」
「ええ…どんな理由にせよ、リブラのドライバーたちがやっているのは…プロの名を語った上での、ストリートシーンのアマチュアいじめじゃないですか。僕としては…許せませんね」
「全くだ。俺だって替え玉でヨハンを使っていたとはいえ、一応プロである以上アマチュアをイジメるようなことはしない。きっと奴らはプロ失格…あるいはプロからの落ちこぼれと言うべき奴らなのかもしれないな」
「ヨハン、カール…実は俺も同じ気持ちなんだぜェ。まあ俺としても…プロの面目を潰すようなことをしているヤツは、許せねェんだよ」
「皆さん…」
ヨハンの言葉に、兄であるカールやロベルトも同調するように互いに言葉を口にした。
それぞれがそれぞれで、怒りのような感情を抱いている…そう時雨は認識するのだった。
「んで、さっきの話を聞いた限りバトルしているそうだが…奴らはどこに?」
「あの…先程知り合いに電話がきて、それで…」
するとその時だ、リビングのドアが開いた。
そこにいたのは…奈美子だった。
「時雨…」
「ん…ああ、奈美子。来てくれたんだね」
「ええ…って、え!?ヨハン君!?カール!?ロベルト!?どうしてここに…!?」
ドアを開けてヨハン達を見た奈美子は驚くしかなかった。
よりにもよってニューヨークで、どうしてかつて箱根でバトルしたプロレーサーたちが?
一体どうしてこんなところにいるのか?そう思うのは当然と言えば当然だった。
「よォ、久しぶりだなナビ子。時雨から色々と事情を聞かせてもらったぜェ。リブラなんて組織が…プロの面汚しみたいなことしてやがるってことだよなァ」
「そ、それは…」
奈美子に話しかけたのはロベルトだった。
やはり彼はリブラと言うドライバーたちに怒りのようなものを感じていた。
「ナミコさん、その…大変だとは思いますが、元気だしてくださいね」
「無理だけは…しないでくれよ」
だが同時に慰めたのはヨハンとカールだった。
やはり彼らとしては奈美子が相当のショックを受けていることを気にかけていたのだろう。
すると、その言葉に答えるように奈美子はこう答えた。
「みんな…心配してくれてありがとう。でも、もう決めたから大丈夫。時雨…あなたにお願いしたいことがあるの」
「……それは?」
奈美子の言葉を受け取った彼ら彼女たちは、やがてホームを出ていくのであった。
―――ニューヨーク・トライストリート往路スタート/復路ゴール地点。
2台のマシンがバトルをしている。
後方のチャージャーR/Tに対し、先行するマシン…ランエボ4は圧倒的な実力で先行していた。
…そしてそのままゴールラインを先に切ったのはリブラのマシン、ランエボ4だった。
ラージがゴールしたのは、それから5秒も後だった。
5人はバトルをコース脇で見守っていた。
「あれが、リブラのドライバーですか?」
「ええ。チャージャーの方は私たちの知り合いだけどね」
「驚いたぜェ…あれは確かに、プロとしては問題ない実力はあるぜェ。噂は本当だったんだなァ」
「ハハン…だが、プロはプロでもあれはちょっとな…」
各々感想を語る時雨の仲間たち。
実力自体はそれなりにあるようだ。
「でも、あれだと車が…」
「ビッグゲームの件だろォ?どうするんだァ?」
時雨はチャージャーが奪われてしまうのではないかと懸念していた。
如何せん5秒以上の大差がある以上、完敗と言えば完敗だ。
このままではまずいかもしれない。
そう思った時雨は一歩動き出した。
「皆さん、僕と奈美子はリブラのドライバーたちに挑んできます。あの遅かった方の車は…僕の知り合いが乗っているんです」
「あァ?そりゃマズいなァ…」
「わかりました。僕たちはどうすれば…」
「これはあくまで僕たちが解決するべきだと思っています…皆さんは、ここで待っていて」
時雨はあえて最初から仲間の手を使わない方針にしていた。
初っ端から手の内は見せたくなかったのかもしれないし、自分たちの問題は自分たちで解決するべきと思っていたからかもしれない。
「…わかったぜェ」
「じゃあ一旦僕たちはここに…」
「ハハン…待ってるよ」
そう3人の返答を聞いたところで時雨は軽く頭を下げて、奈美子と時雨はバトルを終えた2台の元へと向かっていく。
―――往路スタート地点。
「ぐううっ!なんてドラテクをしてるダス!こんなにドリフト慣れしているなんて聞いてないダス!!」
「う…動きが前と比べ物にならないっ!こんなPower、なかったはずだよっ!」
バトルに負けた2人…技術主任のラージとパワー信者のスミスがタジタジになりながらそう互いに口を開いた。
絶体絶命の2人の前に、先程バトルをしたリブラのドライバー2人が迫る。
「当たり前だ。我々『リブラ』を何だと思っている?世界じゅうの元プロドライバーが集まった、精鋭集団だぞ?今までは、お前たちケミックとオクティがバトルするときの『お遊び』レベルの走りに合わせてやっていたのさ」
「ビッグゲームなんだろう?さあ、その車のキーを渡してもらおう」
だが、もう1人のリブラのドライバーがそう言った時だった。
「…ちょっと待つダス。誰か来ている?」
「このV6エンジンの音は…!?」
「ああ?一体誰が…まさか!」
ラージとスミスが互いに顔を向き合い、「助けが来た」と確信した。
そして数秒したところで、金色に輝くZ33が…彼らの元へとやってきた。
停車したZ33からドライバーと助手席のナビが降りた。
その2人は…紛れもない、例の「ドライブモンスター」だった。
「お前らは…?」
「ナミコ!時雨!向こうに帰ったはずじゃあ!?」
「と、ともかく助かったダス!2人とも、リブラのドライバーをやっつけるダスよ!」
スミスとラージが時雨たちに声を掛ける。
すると奈美子がリブラのドライバーたちを指さしてこう宣言した。
「さっきのバトルは見させてもらったわ…ケミックとオクティから奪った全ての車のキーを賭けて、『ビッグゲーム』を挑ませてもらうわよ!」
「悪いけど、勝たせてもらうよ」
奈美子も時雨も既に準備は出来ている。
時雨としてもリブラのドライバーたちがどれ程の実力があるかは興味があった。
そしてそうである以上、戦いたいと強く願うのだった。
するとリブラのドライバーは、彼女たちを待っていたかのように口を動かした。
「ハッ!てめえらの噂は聞いてるぜ。だが、リブラがそこのお子様どもと違うってことをわからせてやるぜ!」
「…わかりました。始めましょう」
リブラのドライバーに対し、時雨は静かに闘志をみなぎらせるかのようにそう答えた。
互いの車にドライバーたちが乗り込み、スタート地点へと移動していく。
―――vs元ラリードライバーA
推奨BGM:SATURDAY NIGHT(from SUPER EUROBEAT vol.81)
バトルの前に、今回のコースの舞台となる「トライストリート」の構造を説明する。
トライストリートの往路コースは、吊り橋上からスタート。
緩い左カーブを抜け、吊り橋を渡り切ったところで第1コーナーとなる右直角コーナー。
第1コーナーを抜けたら僅かなストレートの後に第2コーナーとなる右ヘアピンコーナー。
第2ヘアピンを抜けたら再び吊り橋なのでその上のアクセル全開で走るストレート区間。
吊り橋を抜けたところで第3コーナーとなる左高速コーナー。
コーナーを抜けた直後にあるトンネル区間のストレート区間を走り、トンネル出口と同時に第4コーナーの左ロング高速コーナー。
コーナー突入と共に繁華街区間に入り、第4コーナーから少々のストレート区間を抜けたところで、公園に沿う形で最終の右高速コーナー。
最終コーナーを抜けたら最終ストレートを駆け抜けるとゴールとなる。
「(例のドライバーがどれ程の実力かは知らねえが…まあいい)」
相手の車は青いランエボ4。
エアロパーツが全面的にカスタムされており、チューニングとしても手が施されているマシン。
ラリードライバーとしては選んでもおかしくないマシンで、例のドライバーへと挑戦しようとしていた。
相手はケミックやオクティの大幹部を撃破したドライバー。
だが結局のところ彼らはあくまでアマチュア。
仮にも自分がプロドライバーである以上、負けるはずがないのだ。
そうドライバーの男は勘ぐっていた。
「(まずは…全力走行で走って、余裕を持とう)」
一方の時雨。
彼女は最初のバトルにおいて、全開走行で一気に大逃げしていく作戦に出ようとしていた。
何せ相手の車は自分よりも格下のランエボ4。
素の馬力では2倍の差がある以上、よほどのことがない限り負けることはあり得ないのだ。
そしてそうである以上、まずはパワーを生かして逃げて、コースを把握するところから始める。
力任せのウォーミングアップとも言うべきことを時雨はやろうとしていた。
一気に逃げた後は惰性で走ることで、コースのポイントを掴む。
今はとにかくマシン性能をフルに生かし、圧倒した上でコースを把握する。
それが今後続くことになるバトルへの最大の対策だと、時雨は思っていた。
そしてその認識をはっきりさせたところで、カーナビのカウントダウンが始まろうとしていた。
右レーン、Z33。左レーン、ランエボ4。
2台のカーナビが同期し、カウントダウンが始まる。
3
2
1
GO!
「っ…!」
「……」
GOサインが出たのと同時に、ギアを切り替えてアクセルを全開にして加速していく2台。
バックファイアーを噴き出しながらスタートダッシュで加速していく2台だが、先手を取ったのは…Z33だった。
「(くっ…初っ端からかよ!)」
「……」
時雨はZ33の性能を過信してはいなかったが、ボルトオンターボと軽量プロペラシャフトが生み出す圧倒的な加速によって、明らかにスペックが高いことを時雨は理解していた。
それはやはり、時雨がずっとアメリカでかの国の車たちとバトルをし続けることが多かったからかもしれない。
ストレート区間でZ33は一気に180キロ近くまで加速し、後方のランエボ4を引き離していく。
時雨が願った通りの大逃げ展開だった。
後方のランエボ4のノーズとの車間距離はあっという間に車2台近くまで広がった。
スタートダッシュでマシン性能をフルに生かして加速していくZ33。
一方で必死に食いつかんと加速するランエボ4。
だがその加速差は明らかだった。
ランエボ4の性能は良くて400馬力程度。
だがZ33はボルトオンターボ搭載で600馬力オーバー。
ストレートスピードにおいて圧倒的に優位なのは明らかだった。
「(だが…!ストレートで速くても、コーナーも速くなきゃ意味がない!何が何でも食いついてやる…)」
スタート直後のストレート区間で離されても、リブラのドライバーは決して諦めていなかった。
何せまだ車間距離は2台分程度。
追いつこうと思えばコーナーでも追いつけるはずだ。
そう思いつつも、目の前のZ33は第1コーナーへと飛び込んでいく。
「(ストレート区間で振り切るのは不本意だけどね…コースを知らない以上、とにかく逃げてコースを把握するんだ)」
ストレート区間を170キロ以上で駆け抜けていくZ33。
後方のランエボ4は振り切りかけているが、コーナーでも全力走行をすることで更にリードを広げたい。
まずは全開走行で一気に逃げて、徐々に余裕を作っていきたい。
そう思う中で、目の前のコーナーが迫る。
「―――!」
コーナー直前で走行レーンの中央を走る中でアクセルリリースからブレーキを踏み、ハンドルを僅かに左に曲げる。
速度は180キロ近くから140キロ台まで下がる。
そして速度が下がったところで、ハンドルを右に曲げてアクセルオン。
左向きから右へと回頭し、タイヤが空転し始める。
後輪からわずかに白煙を上げつつもドリフト状態になったところで、今度はハンドルを左に切り返す。
走行レーンの左端から一気に右端へと切り込むZ33。
コーナー中間で走行レーンの右端まで迫る中で、時雨はパーシャルスロットル状態のままアクセルを踏み続ける。
クリッピングポイントを狙ったように走ったZ33は、徐々に走行レーンの左側へと膨らんでいく。
軽量スポーティなZ33を、半ば勢い任せでリアを振り回してドリフトさせていく姿は圧巻と言えば圧巻だった。
コーナー出口が迫る中で時雨はアクセルをリリースし、ハンドルをニュートラルに戻していく。
そうすることで、走行ラインが膨れる中でZ33のタイヤの空転は徐々に収まる。
そしてコーナー出口においてZ33は完全に前方を向いた。
タイヤの空転が収まったのを認識した時雨は、リリースしていたアクセルを全開に踏み込む。
コース中央にあるラバーポールスレスレをZ33の左サイドがかすめたところで、一気にZ33は前方へと推進。
走行ラインとしては完全なアウトインアウトの中で、速度は130キロ台から160キロ台まで加速してストレートへと飛び込む。
「(最初から全開で行くか?いや…)」
わずかなストレート区間が終わると、すぐに第2コーナーの右ヘアピンコーナーである。
ヘアピンコーナーと言うきつい角度のコーナーを攻める以上、アウトコースから車線をまたぐ形のドリフトを取るのも一つ。
だが下手に大きなアングルのドリフトをしてしまうと今後のバトルに支障を下してしまうかもしれない。
ゼロカウンターや2車線をまたいだドリフトは、最後の切り札として取っておきたいと時雨は思っていた。
何より時雨はこのコースに対して経験値が0も同然。
同じニューヨークであっても、異なる地でいきなり切り札を披露するのは愚策であると認識するのだった。
後方ではランエボ4が追い付かんと第1コーナーをドリフトしている。
だが一方で先ほどのストレートスピードの事を考えても、ストレート1つ全開走行で走れば確実に振り切れるだろう…そう時雨はふと認識した。
「(逃げている以上、少し余裕をもって…)」
逃げている状態の中、時雨はまずミスをしないことを優先した。
目の前のコーナー…右ヘアピンコーナーに対し、時雨は早めにブレーキを踏み込んで速度を110キロまで減速させる。
早めにブレーキを踏み込んで安全マージンを取る中で時雨はすっ、とハンドルを左に曲げる。
コーナー入口のラバーポールの設置地点にZ33のノーズが到達したところで、時雨はハンドルをぐい、と右に切り返してアクセルを踏み込む。
左から右へと一気に車の重心が移ったZ33は、そのままフェイントモーションで第2コーナーへと飛び込む。
「(スローイン、ファストアウト…そのままスピードを上げるように…)」
左を向いていたZ33は一気に右を向いて、走行レーンの左端から右端へと迫っていく。
コーナー直前で減速して、コーナーを駆け抜けるのと同時に加速させるように…時雨はアクセルを踏み込む。
右を向いてアクセルを全開にしたところで、時雨はハンドルを左に切り返してカウンターを当てる。
ドリフトアングルが55度以上と言う、付けすぎとも言うべき角度だが…それでも時雨はアクセルを遠慮なく踏み続ける。
最初のコースなので匙加減が分からない以上、早めに減速してドリフトのアングルも深くする。
ヘアピン中間でZ33は走行レーンの右端をドリフトしていく。
早めにブレーキングした上でドリフトをしたことで理想的なラインを描いてはいたが、それでもまだ余裕はある。
そんな中でZ33はヘアピンを駆け抜け、コーナーを立ち上がろうとしている。
「(まだ余裕はあるな…)」
Z33がドリフトしながら走行レーンの右端から膨れていく中、時雨は速度に余裕があることを感づいていた。
スローインファストアウトとは言うが、スローインすぎると認識したのだ。
あと20キロは出しても余裕だろう…そう時雨は認識した。
そう認識したところで、目の前のストレート区間が視界に入る。
それと同時に時雨はアクセルをリリースし、ハンドルを徐々にニュートラルに戻していく。
後輪の空転は徐々に収まり、Z33は右向きからストレート方面へとノーズを向ける。
走行ラインも典型的なアウトインアウト…だが、どちらかと言えばまだ余裕はあった。
そしてZ33の左サイドがラバーポールスレスレを通り抜け、タイヤの空転が完全に収まったところで前方のストレートの方向をZ33は向いた。
「(僕の全力走行に…ついて来れるのか?)」
第2コーナーを脱出し、2つ目のストレート区間で時雨はアクセルを全開に踏み込む。
相手のマシンスペックを試すかのように全開走行に入るZ33。
速度は110キロ台から170キロまで一気に加速する。
吊り橋区間を全開走行で走り抜けるZ33。
周りの景色が一気に後ろに飛んでいく中で、時雨は前を見てアクセルを踏み続けていく。
「(相手の実力はそれなりだけど…車の性能自体は僕の車には、及ばないってことだよね)」
バックミラーを軽く見ると、後方のランエボ4のフロントライトが小さくなっていくのを認識した。
どうやら自分のマシンスペックの方が明らかに上と言う事だろう。
そう思うと時雨はほっとしたが、同時に自分が振り切れたのはこのマシンのおかげであるということを忘れていなかった。
2つのストレートで一気に振り切ることが出来ていたのは、やはりこのZ33の性能がちゃんとチューニングされているから…と、時雨は思った。
次のコーナーが左コーナー…それも高速コーナーであるのを確認した時雨は、そのままウインカーを左に出してZ33を左レーンへと移動させる。
「(俺が…俺がこんなに、あっさり…!)」
第2コーナーでドリフトするランエボ4。
だが既にZ33は既に吊り橋を駆け抜け、第3コーナーである左高速コーナーへと飛び込んでドリフトしていた。
ストレートでの爆発的な加速力に対し、ランエボのドライバーは愕然とするしかなかった。
あまりにもパワー差がありすぎる。
いくら280馬力級のマシンで、それをチューニングして400馬力はあるとはいえ、それでも例のマシンのパワーは桁違い。
コーナーでもちゃんとドリフトは出来ていた。
だが例のドライバーはそれ以上に攻め込んでいる。
おそらく例のドライバーは最初のバトルであるのは間違えないが、同時にコーナーでもストレートでも早いのであれば…もう追いつける見込みはない。
あっさりと振り切られたリブラのドライバーは、そう負けを認めて第2コーナーを抜けてストレートに入ったところでアクセルを抜いた。
元々のマシン性能の差と言うこともあるのだが、Z33はあっさりとランエボ4を振り切ってしまうのだった。
―――勝者、時雨。
タイム差は5秒近くという圧勝だった。
「スゲェ…時雨のヤツ、更に速くなってるぜェ!!」
「確かに…これは、僕たちと箱根で走り合った時よりも速くなっている!車が変わったのもそうかもしれないけど、それ以上に…走りが洗練されている!」
「驚いたな…この短時間で多くのドライバーとバトルした結果が、ここで出てきているということかもしれないな。ハハン…これはすごい成長ぶりだ」
一方、ギャラリーとして見ていた例の3人。
3人とも時雨の実力がさらに上がっていることを実感した。
以前箱根で走り合った時よりも、確実にレベルアップが施されている…そう互いに思った。
「しかし驚いたぜェ…最初のコーナーと2つ目のコーナーでのランエボ4も見てはいたが、これではっきりと確信できたなァ。どうやら落ちこぼれクラスだが、ちゃんとしたプロか元プロだぜェ。時雨が言ってたことは本当ということかァ」
「…ええ。そうみたいですね」
ロベルトもヨハンも驚いていた。
最初は信じられなかったが、相手の実力は間違えなくプロレベル。
だが時雨と言う超大物が相手である以上、相手が悪すぎた。
時雨はともかく、普通のドライバーなら勝負にならないほどの実力は確実にあると2人は分析していた。
「だが見た感じ、あの車のパワーを生かしたゴリ押しとも言うべきかもしれないな…」
「あァ?どういうことだァ?」
カールがそう分析したのは、やはり時雨がZ33という新車に乗り換えていたからかもしれない。
「日産・フェアレディZ…あの車、おそらくZ33のVersionSTだな。最高級モデルを更にチューニングすることで、パワーをフルに発揮している…が、同時にストレート区間で一気に差をつけてそのマージンを維持する、大逃げのようなやり方だ」
現状280馬力あるZ33の性能をターボ搭載で更にパワーアップさせているのはいいが、このコースは初めてなのかコーナーではどこかぎこちないところがカールには見えていた。
もしあのままの走りを維持していたら…
「じゃあ兄さん、時雨さんは…」
「あの調子をずっと続けていたら、ちょっと危ないかもな…」
カールは時雨の走りが長くはもたないのではないかと危惧していた。
先程のようなマシンに負担をかけるような走りでは、かなりの数いるドライバーたちの前でマシンが悲鳴を上げてしまうかもしれない…そう思ったのだ。
「なるほどなァ…だが、なんだかアイツの走りは…俺の体が熱くなりそうなんだよなァ。ウズウズする、というか」
「…奇遇ですね、ロベルトさん。僕もなんだか…少し、ドキドキしてきたんです」
「2人とも…どうするんだ?」
ロベルトは時雨のその走りに感化されたのか、気分が高ぶりつつあるのを感じ取っていた。
一言で言えばかなり興奮していたのである。
興奮による高揚が彼を支配しようとしていた中、ウズウズしていた彼はこう口火を切った。
「決まってるだろォ!?あああもう、我慢は出来ねえ!時雨のところに行くぞォ!ヨハン!カール!」
「は、はい!!」
「お、俺もか…!?」
そう言ってロベルトは興奮のあまり、愛車に乗り込んで時雨たちの方へと向かっていく。
そしてそれを追いかけるように、ヨハンとカールもそれぞれの愛車に乗り込むのだった。
リブラのドライバーたちと時雨、奈美子の方へと一目散に車を走らせる。
―――同じ頃。
こちらはバトルを見届けていたラージとスミス。
「さすがダス!!ジェレマイアCEOとビッグママに勝っただけはあるダス!!」
「…Hey、ラージ、何か変じゃないかっ?時雨のマシンが、今までと違う…!何とも表しがたいPowerを感じるぜ…!まるで、怒りのような…!」
スミスは時雨のマシンに変化が起きていることを感じ取っていた。
まるで烈火のような、赤いオーラが彼女のマシンを包んでいる。
それはまるで、奈美子を裏切ったサマンサへの怒りを具現化したかのようなもの。
そしてそんなオーラをまとった時雨のマシンは、明らかに今までよりも走りに磨きがかかっていた。
「なんて速さだ…お前たち、ヒュウガの娘…ナミコとドライバー、時雨だな!?」
車を降りたリブラのドライバーが、やってきた時雨と奈美子に問いかける。
「うん…そうだよ」
「私たち、リブラの規模を知りたいの。どんなドライバーがいるのか、主要なドライバーは誰なのかを全部話して」
時雨と奈美子は互いにそう答えた。
リブラの規模を知りたい、と言う言葉に対し…ドライバーは動揺してこう返事をする。
「何を…何を考えている?知ってどうするつもりだ?」
一体何を考えているのか?
何のために知りたいのか?
そうリブラのドライバーは答えるも、時雨は冷淡にこう口にした。
「別に…僕たちは単に、情報が欲しいんだ」
「ち、ちょっと待ってろ…電話をしてくる」
そう言ってドライバーの男はその場を離れてサマンサへと電話を掛ける。
―――数分後。
「…そう、分かったわ。大丈夫、ナミコも時雨も車を奪って売り飛ばしたり、バラしたりするような子じゃない。理由?私は…2人のことをよく知ってるから…それじゃ、気をつけて帰ってきて。See you」
例のドライバーからの連絡に対し、時雨と奈美子が安全であるということを電話相手に伝えた。
彼女たちはニューヨーク市長からあてがわれた特別なアジトに潜んでいた。
「(遂に来てしまったか…)」
電話を切ると、サマンサは小さくため息をついた。
ついに時雨たちが自分たちへ反逆を開始した。
いずれこうなるであろう、とは思っていたが…遂に来てしまったのだ。
こうなってしまった以上全面戦争は避けられないだろう…そうサマンサは思うのであった。
するとその様子をじっと見る、1人の男がいた。
「サマンサ…そのドライバーは速いのか?速いんだろ?なぁ、速いって言えよ。」
「…恐らく、今のニューヨークで最速クラスのドライバーよ、ケヴィン。」
ケヴィンと呼ばれた男の言葉に、サマンサは「最速クラス」と答えた。
その言葉を聞いたケヴィンはニヤリ、としたかと思いきやこう口を動かした。
「グフフフ、そうこなくっちゃな。…ちょっと、『散歩』に行ってくる。グフフフ…」
ケヴィンと呼ばれた男は不敵な笑みを浮かべながら、ガレージへと向かう。
後を追うように、次々と他のドライバー達も彼に従って歩いていく。
「(『リブラ』は走りに取り憑かれ、社会に溶け込めず、自分の居場所をなくした元プロドライバーの安息の地。お父さんの遺産を使って『リブラ』を作り、組織化した…ここまで来るのに4年かかった…私の肩には三百数十のドライバー、メンテスタッフの人生がかかっている。絶対に引くわけにはいかない…!)」
サマンサは静かにそう思うのだった。
―――同じ頃。
時雨がリブラのドライバーに勝利した話を聞き、別のリブラのドライバーが勝負を時雨に仕掛けようとしていた。
「ちっ…次は俺と…?」
するとその時だった。
どこからかエンジン音が聞こえてくる。
この場に誰かが近づいている。
「何だ、一体?」
「この音は?」
「あっ、おい!あの車たちは!?」
リブラのドライバーたちがそう呟くと、3台の車がすぐそばに停車した。
そして停車した3台の車のうち1台…GVBインプレッサのドライバーが降りて時雨と奈美子、リブラのドライバーたちの元へと一目散に向かった。
「お前ら、ちょっと待ったァァァーーー!!!」
そう言って時雨たちの前へ一目散にやってきたのは…
例の日系ブラジル人のレーサー、ロベルトだった。
「ろ、ロベルト!?」
「きてくれたんですか?」
驚く奈美子と時雨。
だが同時にロベルトはこうも言葉を続ける。
「時雨、大丈夫だったかァ?さっきのバトル、十分に堪能させてもらったぜ」
「は、はあ…あの、ここに来たってことは…」
「ああ、手伝いに来たぜェ」
そう時雨が言ったところでロベルトがリブラのドライバーたちにこう宣告した。
「お前ら…時雨を倒そうってなら、俺が相手だァ!時雨共々、相手になるぜェ!!」
「え…」
「え…!?」
「な、何者だお前…いきなり何しにきやがった!?お前は一体、誰だ!」
リブラのドライバーの1人が動揺したかのようにそう問いただす。
だがロベルトはわかっていたようにこう口にする。
「俺かァ?俺はな…時雨のダチだよ。プロレーサーのロベルト、ってなァ!!」
胸に右手を当て、自分の事を言うようにそうロベルトははっきりと言い切った。
その言葉を聞いたリブラのドライバーたちは、皆動揺し始めていた。
「ろ、ロベルトって…その特徴的な髪と黒い肌、まさか『粘着レーサー』のロベルト・オリベイラか!?」
「嘘だろ…!?何でこんなところに!?」
「ほォ…俺のことは知ってるのか。まあそんなことはいい…時雨から話は聞いたが、お前らは仮にもプロレーサーだろォ?」
「え?ええっと…」
「そうだが…」
ロベルトの存在に動揺しつつも、質問に答えるリブラのドライバーたち。
何せ相手は世界トップクラスで、世界を股にかけて活躍する現役のプロレーサー。
そんな人間がまさか時雨の仲間なのか?
そう思っていると、自らの怒りを発散させるかのようにこうロベルトは口にした。
「お前らのやってることは時雨から全部聞かせてもらったぜェ。仮にもプロのお前らが、一介のアマチュアを寄って集って車を奪って、ニューヨーク全体を混乱の渦に巻き込むことなんてしやがって…そんなこと、みっともないと思わねえのか!?レーサーのプライドはどうしたァ!?あァ!?」
「そ、それは…」
リブラのドライバーたちの行動は完全にロベルトの逆鱗に触れたようだった。
やはり彼としてはプロレーサーがアマチュアをイジメていたという事実が認められないようだ。
「全部聞かせてもらった以上、俺も我慢の限界だァ…お前らが寄って集って時雨を潰そうってなら…俺も相手になるぜェ!!お前らの腐った性根を、叩き直してやらァ!!」
「えっ?」
「な…!」
ロベルトの言葉に対し、余計に動揺するリブラのドライバーたち。
何せ相手は世界トップクラスの粘着レーサー。
そんな人間の怒りを買ったとなれば、どうなるかはわからない。
すると周囲のドライバーたちが動揺する中で、時雨がロベルトに話しかける。
「あの、いいんですか?本当に…」
「いいんだよ。全部俺の本心だァ…それにお前らがイジメられそうになっているのを、放っておくことはできやしねェ」
「は、はあ…」
ロベルトは時雨に協力することは全くもって問題なく、むしろ大歓迎と言うかのようにそう口にした。
すると、その時だった。
「…僕たちにも、やらせてください」
ドライバーたちをかき分け、やってきたのは…やはり白髪のドイツ人レーサーの弟と、そのマネージャーの兄だった。
緊張している兄はともかく、弟の目は…文字通りの真剣そのもので、怒りに満ちていた。
「ヨハン君!それにカールも!」
「な…」
「よ、ヨハンって…まさかあの、貴公子のヨハンか!?それに兄のカールも!?何でこんなところに…!」
奈美子の言葉に、リブラのドライバーたちはさらに動転する。
よりにもよって世界トップクラスのドライバーたちが、何故今日こんなところに?
そしてなぜ、時雨に協力を申し出ようとしているのか?
「時雨さんたちには、僕は借りがあるんです。それに僕も、プロになった人たちがアマチュアにバトルを扇動して混乱を招いていたなんて…同じプロとして、許せないんです!」
「くそっ、お前らにも全てバレてんのか…!」
「み、皆さん…」
すると、時雨が声を掛けようとしたところで、ロベルトが時雨にこう持ち掛けてきた。
「時雨ェ、俺達にも手伝わせろよ!箱根で俺達ゃ世話になったんだ。こんなところで無様な負け姿を見るのなんて、見たくもねェんだよ!」
「え、でも…」
「戸惑っている暇はありません…何せ相手はプロのレーサー。こんな人たちを相手にしていたらジリ貧になっちゃいます!僕のNSXも、ロベルトさんのGVBインプレッサも、兄さんのジュークRも、みんな戦えます!」
「それは…そうですが…」
予想もつかぬ展開に動揺する時雨。
何せ今のバトルは仮にもプロドライバーたちとのバトルと言う、自分にとっての通過点。
自分にとっての大きな成長の機会であると思っていた以上、ハードルが下がってしまうことを予見していた。
高いハードルを越えることは時雨にとっては大歓迎だったが、それがまさか知り合いの協力と言う形で大きく下げられようとしている。
棒高跳びで言えば世界記録レベルの高さが、その半分以下に引き下がってしまうことを意味していた。
だがそれでも、その誘いを無下に断ることは出来ない。
なにせ彼らに対して自分は貸しがある。
ギブアンドテイク、という言葉がある以上…そのお礼は失礼にならないように、受け取るべきなのかもしれない。
そして同時に、下手に意固地になっても自分には損しかないだろう…そうも認識するのだった。
そんな中で再び例のレーサー3人が時雨に協力を持ちかける。
「やらせてくれ、時雨ェ!!」
「時雨さん!」
「時雨…!」
3人の必死の持ちかけ。
それを聞いてしまった以上、時雨としての回答は一つだけだった。
「……わかりました。よろしく、お願いします…!」
援軍…文字通りの支援艦隊による支援攻撃の許可。
それが、躊躇しながらも選んだ時雨の選択だった。
そしてその言葉が伝わった以上、例のドライバー3人はやる気をたぎらせるのだった。
「よっしゃあああああ!!そうとなったらお前ら、束になってみんなかかってきやがれェェェ!!」
「時雨さんに相手をするなら、僕たちも相手だ!覚悟しろ!!」
「替え玉だったとは言え、一時は貴公子と呼ばれた俺に勝負か…いいだろう、相手しよう。ハハン(大丈夫俺は少し前まで現役俺は少し前まで現役俺は少し前まで現役…)」
互いに声を上げる3人。
その様子はさながら怪獣たちの雄たけび、とも言うべきだった。
「ひ、ひいい…」
「くそっ、こうなったら仕方ねえ…俺が行ってくる!」
「じゃあ、俺もだ!」
「俺も!!」
例のドライバーたちに動揺しつつも、それぞれ勝負を仕掛けるリブラのドライバーたち。
だがその行動は皆おぼづかず、完璧に怯んでしまっていた。
如何せん相手は現役トップクラス、それも世界規模のレーサー…怯んでしまうのも当然と言えば当然なのだが。
「オラオラオラァ!現役の実力を見せてやるぜぇ!!」
「時雨さんたちがピンチなんだ…僕も、やらないと!!うおーっ!!」
世界トップクラスドライバーたちの咆哮がニューヨーク中にこだましようとしている中、ニューヨークの一部を舞台にした「時雨連合軍vsリブラ」の全面戦争が幕を開ける。
時雨がリブラのドライバーを標的にバトルをしているという噂は、瞬く間にニューヨークに広まった。
だが同時に、世界的なレーサーであるロベルト、ヨハン、そしてカールの3人が時雨の援軍となっていることも噂に広まった。
そこから先は文字通りの一騎当千。
ドライバーの4人はリブラのプロレーサーたちを皆確実に倒していく。
10人、20人と、リブラのドライバーたちは皆例の4人にどんどん倒されていくというのがオチだった。
「す、凄いダス…!!リブラがプロレーサーの集まりとは言え、相手は世界的に活躍する現役のレーサー、ヨハンとロベルト、それにカール…!あのリブラの奴らが、こうもあっさりと倒されていくダス!!」
「すげぇ…本当にスゲェよ!時雨やナミコにも負けてない、AmazingなPowerだぜ!!リブラなんか本物の奴らに比べるとザコ同然というわけか!あんな援軍が、時雨にいたなんて…!!何処で知り合ったんだ!?」
バトルの様子を見守っていたラージとスミスは互いにそう口にした。
抗争状態のなか、まさしく「ファンタスティック・フォー」とも呼ぶべき4人が…プロドライバー集団を蹂躙していく。
一網打尽、一騎当千の姿に彼らも茫然とするしかなかった。
「さあ、次のドライバーは誰?サマンサが出てくるまで、私達は止まらないわ!」
奈美子が発破をかける。
「オラオラァ!藪をつついて怖気づいたかァ!?」
バトルの最中ロベルトが挑発するも、リブラのドライバーはあっという間に一蹴される。
「先に勝負を仕掛けてきたのはそっちなのに…その程度か!?もっとかかって来い!!」
ヨハンが勝負を挑むも、リブラのドライバーは追いつけない。
「全くだらしないな。少し前まで俺も現役だったというのに、一般人になった俺よりも遅いじゃないか。ハハン…」
カールが焦りながらもバトルし、ドライバーたちを倒していく。
各々が一騎当千するという現状は、リブラのドライバーたちを混乱させるのには十分すぎた。
「くそっ、なんて奴らだ!元プロの俺たちをこうもあっさり…なんとかしねえと…副代表に連絡を…!」
そう言ってリブラのドライバーの1人がサマンサへと電話を掛ける。
「なんですって?時雨の援軍が現れて、それがよりにもよって現役レーサーのヨハンとロベルト、それにカール?嘘でしょ…?」
サマンサとしては信じられなかった。
相手はあの時雨だ。裸一貫同然でニューヨークにやってきた時雨だ。
いや、だからこそかもしれない。
ここにきて箱根での縁が、彼女たちを助ける要因になっているのかもしれない。
だがどちらにせよ、プロレーサーに自分たちの行動がバレてしまった以上かなりまずいことになった。
そうサマンサはいやでも痛感した。
「このままじゃ壊滅しちまう!何とかしてくれ…!!」
「(これはとてもまずいことになったわ…時雨がこんな隠し球を用意していたなんて、思ってもいなかった…)くっ…すぐにケヴィンを派遣するわ。でも負けていい理由にはならない…リブラを続けるためにも、なんとしてでも時間を稼いで!」
そう言ってサマンサは電話を切った。
援軍を呼びたいところだが、幹部のドライバーたちは運悪く皆不在なのだ。
「ふ、ふざけんな…代表も無茶言いやがる。相手は世界で活躍するレーサー2人を味方に付けたモンスターだぞ…?それに、カールも替え玉だったとは言えちゃんと実力はある…」
「あんなチューンドのNSXやWRX、ジュークRなんて…!」
リブラのドライバーたちは4人+ナビゲーターの1人に挑もうとするが、あまりにも高い障壁であることを理解しているためか躊躇している。
そんな中であるドライバーが立候補しようとしていた。
「俺が行く。『渇き』が…もう…限界だ…」
よろよろとマシンに向かったドライバーが、時雨へと勝負を挑むのだった。
◇ ◇ ◇
「…よし!勝ったわ!」
「ふう…何とかなったね」
バトルを終えて一旦停車したZ33で2人が互いに呟いた。
だが対戦したドライバーはバトルに疲れたのかハンドルに腕を預けてじっとしている。
リブラのメンバーが心配そうに車に駆け寄った。
「おい、大丈夫か?もう『渇き』はおさまったか?」
「ああ、大丈夫だ…満足した。さすがサマンサが見出したドライバーなだけはあるな…」
駆け寄った仲間に対し、対戦相手のドライバーはそう呟いた。
そして車を降りた彼は、こちらも車を降りていた時雨と奈美子の元へ向かって鍵を渡しに行く。
「俺たちがケミックとオクティから奪ったカギだ。俺はバトルしていないが、一緒に渡しておく」
時雨が受け取った鍵の数は10本以上。
その様子を傍から見ていたロベルトとヨハンは怒りを露にした。
「テメェ、こんなに沢山車を奪ってやがったのかァ!?全くだらしねえなアマチュアをイジメやがって!!」
「こんなの、蛮行ですよ…信じられない!」
「す、すまない…反省してるから、勘弁してくれ」
そう言って対戦相手の男は頭を下げた。
「…代わりに、今お前がバトルしたあいつの車を奪うのだけは、どうか勘弁してやってくれないか?誓って、もうビッグゲームはしない」
そう仲間が時雨と奈美子に頭を下げて懇願した。
その様子を見たカールが問いかける。
「どうするんだ、2人とも」
「鍵はいらないわ。持ち主に返して」
奈美子はカギはいらない、と言った。
すると、ここで口を動かしたのは時雨だった。
「…代わりに質問があるんだけど、彼が言ってた『渇き』ってどういうことですか?」
するとその質問に対し、仲間のドライバーがこう答える。
「俺たちは元プロだ。走ることが日常だった…プロをやめても、常に走ってないとあんな風におかしくなっちまうやつが稀に出てくるんだ。リブラの幹部の1人、元プロのドライバーで『砂漠の悪魔』の異名を持つケヴィンってやつもな…」
「『砂漠の悪魔』…」
「そんな異名がつくなんて、相当のドライバーに違いないわね」
リブラのドライバーが話した砂漠の悪魔、という言葉が気になった奈美子と時雨。
するとその時だった。
「あァ?『砂漠の悪魔』のケヴィン!!?」
「え…」
「まさか…!」
「3人とも…どうしたの?」
「知り合いですか?」
ロベルトとヨハン、カールが互いに驚いていた。
一体どういうことなのか…と時雨が問うと、こうロベルトが言った。
「世界的に有名だったラリーストだぜェ。俺も会ったことはねェが…」
そうロベルトは彼の事を説明するかのように口を動かし始めた。
◇ ◇ ◇
―――同じ頃。
リブラのアジトのガレージにおいて、1台だけ取り残されていた車の中で、ケヴィンはカーナビの画面を繰り返しタッチしている。
だが、返ってくるのは毎度この音声だった。
『最初から操作をやりなおして下さい』
するとその様子を見かねたサマンサが、ケヴィンの様子を見に来た。
「…ケヴィン、まだいたの?」
「グフフフ……サマンサ助けてくれ。カーナビの設定が分からない」
ケヴィンはどこか情けなさそうにそう言うのだった。
―――数十分後。
時雨たちが幾度となくバトルを繰り返すことで、リブラのドライバーたちは確実に数を減らしていた。
4人とバトルをして残るのは敗者の山。
いくら彼らが元プロやドロップアウトした人間たちとはいえ、現役や今後プロになる新星相手には全くもって敵わなかった。
「ケヴィンのヤツ、まだ来ないのか?うかうかしてると、壊滅待った無しだぞ…」
「くそっ…渇く…!悪いが先にヤツらとバトルさせてもらう。これ以上は待てない!」
リブラのドライバーの1人が、息も荒く立ち上がる。フラフラしている足取りは頼りなく、途中で仲間の肩を借りていた。
彼はそのまま時雨と奈美子の元へと向かった。
「あの…ええ?」
「ちょっと待って。そんな状態でバトルをしたんじゃ、こっちも勝った気にならないわ。せめて落ち着いてから」
奈美子がそう言うとドライバーの男はこう叫んだ。
「うるせぇ!俺はなぁ!現役時代と同じように走れる!俺の……俺達のラリーは、まだ終わっちゃいない!!」
「…悪いが、こいつとバトルしてやってくれないか?俺達は腐っても元プロだ。ハンドルを握れば、元に戻る」
肩を貸していた仲間はそう懇願するように言った。
だがその様子は現役トップクラスのドライバーたちからすると呆れるしかない状態だった。
「チッ…どいつもこいつも狂ってやがる。バトルしねェと生きていけないなんて、まるでゾンビじゃねえか!」
「一体、どうしてこんなになるまで放っておいたんだ…!?」
「だがそれでも技術はそれなりだ…プライドもあるのだろうか」
そばにいたロベルトがその様子を見てそう呟き、ヨハンもただただ呆然としていた。
相手のドライバーたちは一体どうしてこうなってしまったのか。
彼らの疑問は共通していた。
「バトルになれば落ち着くってこと…?ハンドルを握ると性格が変わるっていうのと一緒なのかしら…それならバトルするけど、本当に大丈夫?」
「バトル…バトルだな?よし、早くやろうぜ。人の心配してるお前らを今から後悔させてやるよ」
奈美子の言葉に、リブラのドライバーはそう呟き車へと向かおうとする。
だがそんな中で時雨は冷静に口を動かした。
「…わかりました。始めましょう」
そう言って時雨と奈美子は再びZ33へと乗り込んでコースへと移動していく。
◇ ◇ ◇
―――vs元ラリー世界3位
推奨BGM:STOP AND GO(from SUPER EUROBEAT vol.158)
相手の車は黒いパルサーGTI-R。
ここにきて日産のラリー出場前提マシンである。
左レーン、パルサー。右レーン、Z33。
コースはトライストリート復路。
トライストリートの復路は、スタート直後のストレートを駆け抜けたところで第1コーナーとなる左直角コーナー。
そこから右ロング高速コーナー、トンネル区間を抜けた先にある右高速コーナーと続いて吊り橋上の2つ目のストレート。
吊り橋を渡り切ったところで左ヘアピンコーナー、僅かなストレートの後に最終の左直角コーナー。
そして2つ目の吊り橋の中間までの最終ストレートを駆け抜けたところがゴールとなる。
「(いくらヨハン達と戦ったことがある奴だからって…箱根で世話になっただかなんだか知らねえが、ここはニューヨークだ!俺たちが走り慣れているところで、そう簡単に勝たせるかよ!!)」
リブラのドライバーは時雨に対し高をくくっていた。
世界トップクラスのレーサーが箱根で世話になっただか何だか知らないが、ここはニューヨークである。
何べんも何べんも走りなれているこのニューヨーク後において、経験値は明らかに自分の方が上である。
そしてそうである以上、あんなよそ者には負けるわけがないのだ。
仮に相手がヨハンやロベルトであったらあっという間にやられてしまうかもしれないが、相手はそれに匹敵するとは思えない…そう思っていたのだった。
そして男がそう思う中で、カーナビのカウントダウンが始まろうとしていた。
3
2
1
GO!
「っ…!」
「……」
カウントと同時にギアを1速に入れるリブラのドライバー。
一方でカウントと同時にギアをDレンジに切り替える時雨。
スタート直後のストレートを加速していく2台。
だがやはり…スタート直後のストレートでの加速で優位だったのはZ33だった。
龍が天高く舞い上がるかのような爆発的な加速力を持つそのマシン…Z33は、普通の車くらいなら軽く置き去りにできるのだ。
Z33の速度は一気に170キロ以上まで跳ね上がっていたが、パルサーの速度は頑張っても130キロ台。
スタート直後の加速では決して280馬力級のマシンにも負けないパルサーではあるものの…如何せん相手が悪かった。
「(くそっ…速い!)」
相手のマシンが只者ではないことはわかっていたが、それでもまさかこうもあっさりとストレートで振り切られかけるとは思ってもいなかった。
あっという間にパルサーのフロントとZ33のリアの車間距離は車2台分まで開く。
ストレート区間で差を開くZ33だが、目の前には第1コーナーの左直角コーナーが迫る。
「……!」
目の前にコーナーが迫る中で時雨はブレーキを軽く踏み込んで減速させたかと思いきや左ウインカーを出してハンドルをくい、と50度ほど左に曲げてZ33を左レーンへと移動させる。
140キロ台で飛び込んだZ33は後輪が滑り出してドリフト状態へ。
タイヤが白煙を僅かに上げる中で、一気にZ33のドリフトアングルが45度に達した。
Z33の左サイドがコース左端の歩道との境界すれすれをかすめる…それこそ隙間数十センチといったところで、時雨は左に曲げていたハンドルを右に100度以上くい、と切り返してカウンターを当てる。
140キロ台でドリフトしていくZ33は、確実に後方のパルサーを引き離しつつあった。
「(っ…!)」
一方のパルサー。
スタートダッシュ直後の大逃げによって差をつけられてしまったが、この先のストレートで食らいつけないというわけではない。
今はとにかくコーナーへの突っ込み勝負で差を詰めたいところ。
限界までブレーキを我慢して突っ込むことで、ドリフト時の速度を高速に保ったまま駆け抜けたいと思っていたのだ。
先行するZ33のテールライトが第1コーナーの先へと消えようとしている中、パルサーも第1コーナーへと飛び込もうとしている。
速度は140キロ台。
コーナー直前でアクセルオフ、ブレーキを軽く踏み込んだ直後にサイドブレーキを引きマシンを強引にドリフト状態へ持って行こうとする。
だがハンドルの舵角は135度以上。
明らかに曲げすぎと言えば曲げすぎなのだが…これにはちゃんとした理由があった。
ドリフト状態で飛び込んだパルサーは、そのまま左レーンの中央をドリフトしていく。
この時点でもハンドルを左に切っていた。
いや、曲げないとドリフト出来ない…ドリフトが続かないというべきか。
「(くっ…わかってはいたが、これだからコイツは…!)」
パルサーGTI-Rは曲がらないマシンとして有名だ。
直線区間では一気に加速する速さがあるが、今回ばかりは何せ相手が悪かった。
500馬力以上の化け物エンジンを搭載するZ33。
そんじょそこらの280馬力級のマシンとは格が違うのだ。
ラリードライバーである彼はそんな「曲がらない」マシンを手懐けてはいるものの、今までケミックやオクティという隠したドライバーたちを相手にしてきたことが原因だったのか、腕がなまってしまっているようだ。
ここにきてアマチュアイジメのツケが回ってきたともいえるのかもしれない。
4WDで曲がらないとされるパルサーを強引にドリフトさせるだけの技術は流石だが、やはり相手のスペックが悪い。
パルサーが第1コーナーをドリフトしていく中で、先行するZ33は既に第1コーナーを立ち上がって、右レーンに移動したかと思いきや第2コーナーに飛び込んでいた。
やはりストレートスピードがコーナーリングスピードに直結しているのか、それとも勢い任せの走りがコースにハマったのか…先行するZ33は第1コーナーを立ち上がった勢いを維持したまま第2コーナーをドリフトしていく。
ドリフトしていく最中でパルサーも第1コーナーを立ち上がり、アクセル全開のまま加速していく。
「(アイツの走りはマシンパワーに頼っただけのゴリ押しじゃない…走るたびに、洗練されている!?)」
コーナーを抜けた時の勢いを維持したままドリフトしていくZ33。
だがそのコーナーリングスピードはパルサーのコーナー脱出速度よりも早いものだった。
傍から見ればパワーをフルに生かしたゴリ押しに見えるだろう。
だが実際はそれだけではない。
Z33は第2コーナーのロングコーナーを完全なインベタ…右フロントを右端の壁スレスレへと隙間数十センチまで接近させていた。
そんな状態でも時雨は涼しい顔でハンドルを軽く左に曲げ、カウンターを当てながらアクセルをパーシャル状態で踏み続けている。
「(少しずつ慣れてきたんだ…これなら、全力を出さなくて済むかも)」
バトルを重ねるうちに時雨はコースを徐々に理解し始めており、それが心のゆとりにも繋がっていたのだった。
そしてその心のゆとりが生まれることによって力むことがなくなり…走りを更に流暢なものにすることが出来た。
第2コーナーをインベタのラインでドリフトし続けることが出来ていたのも、無駄にカウンターを付けすぎることなく、おまけにハンドルの舵角も一定の角度を維持しながらドリフト出来ていたからなのかもしれない。
繁華街の中のロングコーナーを駆け抜ける中で、時雨はアクセルをある程度踏み続けてドリフトさせ続ける。
そんな中で目の前にコーナー出口の目安となるトンネルの入り口が迫る。
「(スタート直後に差をつけた以上、早めに勝負を決める…!)」
既にある程度差がついている以上、1つ目の吊り橋で後方のパルサーを完全に振り切って相手の心を折りに行く。
コース中盤まで全開走行で、そこから先は惰性でいいかもしれない。
そう思ったところで、アクセルオフ。
左に曲げていたハンドルをニュートラルに戻していく。
ニュートラルに戻していく中でZ33はインベタから徐々に走行レーンの左側まで膨れていく。
そしてトンネルの直前でタイヤの空転が収まり、トンネルの方向を向いたところで時雨は再びアクセルを8割まで踏み込む。
140キロ台だったZ33の速度は160キロ近くまで加速する。
そんな中でトンネルに飛び込み、160キロまで到達しようとしたところで第3コーナーの右高速コーナーへとZ33は接近していく。
「……!」
次のコーナーは角度が緩いとはいえ、ブレーキを踏まないとオーバースピード。
アクセルオフからブレーキをフラッシュさせたかと思いきや、ハンドルを右に40度ほど切って再びアクセルオン。
滑り出したところで今度は45度ほどハンドルを左に切り返してカウンター状態へ。
カウンターを当てたまま、150キロ台という速度でZ33をドリフトさせていく時雨。
トンネル出口からストレートの勢いを維持したままZ33はドリフトしていく。
「(ここで振り切る…!)」
高速コーナーを立ち上がればすぐに吊り橋上のストレートだ。
ここを全開で走り抜ければ、相手への致命傷になるだろう。
繁華街の出口…吊り橋の入口がコーナーの出口だ。
150キロ近くでありながら、時雨はアクセルをリリースしてハンドルをニュートラルへと戻していくことでドリフト状態からタイヤのグリップを回復していく。
Z33が右端の壁スレスレから走行レーンの中央まで膨らんだところでタイヤのグリップは回復し、ノーズがストレートを向いた。
タイヤの空転が収まったことを認識した時雨は、勝負を決めるべくアクセルを全開に加速させる。
速度は150キロ台から190キロ近くまで加速させていく。
ストレート区間での伸びは圧巻。
後方のパルサーを完全に振り切る勢いのまま、ウインカーを左に出してZ33を左レーンへと移動させる。
吊り橋の中央で左レーンに移したところで、Z33のバックミラーにはもうパルサーの姿はかなり小さくなっているのだった。
「(あそこまでの実力だとは…だが……この感覚は…)」
Z33が吊り橋を渡り切ろうとしたところで、パルサーは第3コーナーの中間をドリフトしていた。
傍から見れば完全に振り切られたと言っても過言ではないだろう。
だがリブラのドライバーにとってはどこか諦観するのと同時に満足感のようなものもあった。
あそこまで振り切られてしまった以上、自分としてはもう敵う相手ではないと自覚できたからか、それとも速すぎて追いつけないということを嫌でもわかったからか。
何にせよ、リブラのドライバーにとっては満足感のようなものがあった。
パルサーが第3コーナーを立ち上がったところで、Z33が第4コーナーのヘアピンの先に消えた。
パルサーのドライバーは諦観するかのようにアクセルを抜いて、流すかのようにストレート区間を走らせるのだった。
完全に降参したも同然であり、その10秒後にはZ33は2つ目の吊り橋を渡り切ってゴールしていたのだった。
◇ ◇ ◇
―――バトル後。
バトルをしたドライバーが時雨を呼び止め、こうお礼をした。
「いい腕をしているな…『渇き』はおさまったぜ、ありがとよ」
「…いえ、僕は全力で走っただけなので」
バトル後、リブラのドライバーは満足そうに言ったが…時雨は「全力で走っただけ」と謙遜していた。
「ラリーって言ってたけど、あなたは元ラリードライバーだったの?」
奈美子は気になったかのようにそう言った。
「ああ…現役から退いて久しいが、嫉妬する程だぜ。まあ、でもリブラが拾ってくれたから、できたバトルかもしれねぇな」
「リブラが…」
「(元プロたちの集まる組織、『リブラ』…サマンサはリブラを作って、走ることしかできないドライバーの受け皿を作ろうとしていた…?)」
リブラのドライバーに対し、奈美子は深く考えていた。
一体何のためのリブラだったのか?
すると考えているうちに、彼女たちのところへ例のドライバーがやってきた。
「少しずつわかってきたなァ。奴らはプロで通用しなくなったり、問題を起こしてドロップアウトしたプロ失格の奴らってわけだァ。本当に情けねェ」
やはり憤怒の様子のロベルト。
どんなにバトルしても仮にもプロがアマチュアをイジメていたという構図は変わらない。
そうである以上、彼が怒りを露にするのは当然と言えば当然だった。
だがその言葉は、リブラのドライバーにとっては怒りのスイッチになりかねなかった。
「プロ失格だなんて…そんな軽々しく言うな!」
元プロでもプロ失格とは言われたくなかったご様子。
だがロベルトにとってはその態度も怒りの火種になりかねなかった。
「うるせェ!お前らが市民を巻き込んで迷惑をかけたのは言うまでもねェ事実だろォ!?笑わせるなァ、このレーサーの面汚しの恥知らず共がァ!!!」
「くっ、くそぉ…言い返せない…」
「わかったら俺たちの前からさっさと失せやがれェ!!」
「ひ、ひいぃ…」
その気迫に押されたのか、リブラのドライバーは逃げるように立ち去るのだった。
「ふん、カスが!」
「(それにしてもロベルトさんがこんなに怒ってるのは、追いかけてたカールさんがヨハンさんの替え玉だったのが明らかになった時以来だ…本当に怒ってる)」
時雨はふとそう思っていた。
ロベルトはかなり感情的になりやすいドライバーである。
負けたら相当落ち込み、執着するとトコトン追いかけてくる粘着気質。
だが彼にとって、今回の出来事は怒りのスイッチを起動させるのにはあまりに十分だったのかもしれない。
すると、奈美子がロベルトに「あの」と声をかけようとした瞬間だった。
「あれは…?」
「グレーの…VABかァ?」
1台の車がやってきた。
そのマシン…VAB型のWRXは彼らの前に目が血走り、髪の乱れたドライバーが中から姿を現した。
「グフフフ…『ラリーチーム』はここでバトルしていたのか…」
運転席から降りたその男は、そう呟いた。
そしてそれを見たリブラのドライバーたちが駆け寄る。
「ケヴィン!? コ・ドライバーがいないと1分で迷うお前が、どうやってココに!?」
仲間たちは驚いていた。
普段はカーナビをも使えない男が、一体どうしてここに?
「あの人が…リブラの幹部の1人、『砂漠の悪魔』ケヴィン!?」
「リブラの幹部…?」
「まさか…!?」
「し、信じられん。あの男が…あの男が、『砂漠の悪魔』かァ!?10年でまさかあそこまで変わり果てるとは…廃人同然じゃネェか!!」
「驚いたな…まさかあそこまで変わり果てるとは」
廃人同然のドライバーを見た5人は、各々が反応する。
ヨハンにとっては信じられなかったし、ロベルトにとっては想像を絶していたし、カールにとっても変わり果てすぎていた。
すると驚くプロレーサー3人に対し、時雨はこう質問する。
「あの…そんなに、違うんですか?」
「昔は俺にも負けず劣らずのイケメンだったんだよ。映像でしか見てないが、美人の奥さんも連れて…だが、まさかここまで変わり果てるとは思ってもいなかった」
そう答えたのはカールだった。どうやら彼の事を知っているようだ。
するとケヴィンは仲間たちにこう激昂した。
明らかにキレていた。
「サマンサにカーナビを設定してもらったが…こんな機械、コ・ドライバーとして何の役にもたたん!!」
「お、落ち着けよケヴィン…機械のナビゲーションがコ・ドライバーなワケが…」
ケヴィンにとってカーナビはコドライバー同然だったようだ。
場をなだめる仲間たち。
だがケヴィンはさらに言葉を続ける。
「ペース配分も速度の指示もなく、コーナーの指示も適当すぎる!その『右に曲がれ』の指示は何だ!?『2R(ツーライト)』か?『4R<(フォーライトオープン)』か?『5R+3L/C(ファイブライトアンドスリーレフトオーバークレスト)』か!?」
「お、落ち着けって!俺がコ・ドライバーやるから。例の2人とのバトルコースは…」
そう言って仲間の1人がコ・ドライバーに立候補した。
嵐のような男の様子に、奈美子はある疑問を抱いていた。
「あ、あのロベルト…聞きたいんだけど、なんか呪文みたいな言葉がいっぱい出てきたけど何?コ・ドライバーとかツーライトとか」
そう言って奈美子はロベルトに質問した。
「そうか、お前はラリーは未経験かァ。コ・ドライバーはナビゲーターの別称。ツーライトは右2度のコーナー。コ・ドライバーが書くペースノートの用語だぜェ。まあ専門用語だなァ」
「そ、そうなんだ…なんていうか、凄い濃そうな人が来たわね…」
彼らにとってもあまりにも濃いドライバーだった。
するとヨハンとカールがこんなことを口にする。
「昔からそんな一途な人だったそうです。しかし…あんな姿になるなんて」
「全くだ…」
「あの…僕はあまり知らないんですけど、皆さんが言うように、本当にラリーでも有名なドライバーなんですか?」
そう質問したのは時雨だった。
やはり彼女も、ケヴィンが有名なドライバーなのかについては疑問があったようだ。
その質問に対し、ロベルト、カール、ヨハンは各々こう回答した。
「本当だぜェ。『砂漠の悪魔』はフランス出身のラリードライバー、『ケヴィン・ペルナール』の通称だァ。特に砂漠ステージでは、緻密すぎる走行コースを組んでいたんだぜェ。だが後に続こうとしたドライバーが、次々と事故を起こすことで有名だったんだぜェ」
「彼に『安全策』なんて言葉は無い。どんな橋でも向こう岸まで渡してあるなら、必ず渡ってしまうと言われていたな。しかも、奴だけに見えるベストラインで…現役の時の映像を見たことがあるが、本当に恐ろしいドライバーだ」
「『奴の後ろは追ってはいけない。イージーに見えるそのラインは、後続のドライバー達を地獄へ導くデスラインだ』…と、あの人と走ったドライバーは、口を揃えて言っていたんです」
ロベルト、カール、ヨハンが各々そう語った。
やはり現役からしても目星をつけるほどの実力者なのだろう。
「…そうなんですね…現役の皆さんがそこまで仰るなんて」
現役のドライバーたちも多少の恐れを持っていることに、時雨も「やはりあの人はすごい人なのかもしれない」と意識を改めるのだった。
その後、ラリー勢とのバトルを数回こなすうちに…いつの間にかケヴィンがいなくなっていることに奈美子が気付いた。
「あれ…ケヴィンが、いない?」
「え?…本当だ、いないね。どうしたんだろう?」
時雨が周りを見渡しても、ケヴィンのマシンはいつの間にかいなくなった。
すると、そこにやってきたのは…ロベルトとカールだった。
奈美子と時雨が慌てて話しかけに行く。
「お前らァ、どうした?」
「た、大変!ケヴィンがいないわ!」
「何ィ!?」
「まさか…!どこにいった!?」
奈美子の言葉に動揺するロベルトとカール。
だがそんな中で…
「みんな、落ち着いて。彼は今レッキに行ったんです。逃げたりはしてませんよ。僕が見ました」
後からやってきたヨハンは冷静だった。
「なんだ、レッキか」
「れ、レッキ?聞いたこともないんだけど…」
「それって…一体?」
レッキと言う聞きなれない言葉。
ロベルトは知っているようだが、奈美子と時雨は疑問を口にした。
「ヨハン、時雨ちゃんとナミコちゃんはラリー未経験だぞ…説明しないと」
「一言で言えば、コースの下見です。どこでブレーキングをするか、どこでハンドルを切るかとか確認しに行ったんですよ」
「そうなんですね…」
「なるほどなァ、ヤツはラリーをやるつもりってわけかァ」
ヨハンの言葉に納得した時雨とロベルト。
すると、気になったことを奈美子が口にする。
「なんというか…バトルのことしか見えていないようね」
すると、そのことに対してカールがこう口にした。
「これは映像で見ただけなんだが…10年前はケヴィンの奥さんが、コ・ドライバーをやってた。だが程なくして離婚、それ以降あの人は消息不明だったんだ」
「消息不明…」
「ああ。俺達も幻のラリーストなんて言っていたが、まさかニューヨークに潜伏していやがったとはなァ。それもニューヨークに混乱をもたらした組織…リブラなんかに」
時雨の言葉に対し、ロベルトもやはり驚いている様子だった。
「でも様子を見たところ、離婚して以来ずっとあんな感じのようですね…」
ヨハンもケヴィンの変貌ぶりから、離婚して以来ずっとあの調子なのでは…と思っていたのと同時に、変わり果てすぎていて未だに信じられない様子だった。
ラリーに一途になりすぎた人間の慣れの果て、とも言うべき姿に呆れも哀れみも抱いているようだった。
するとロベルトが時雨にこう話しかける。
「時雨、お前もナビ子を大切にするんだぜェ。最後まで安全に走りきりたいならなァ」
ロベルトとしては今後成長の機会がいくらでも見込める時雨も、下手をしたらあのようになってしまうのではないか…とふと危惧した。
「…肝に、銘じておきます」
時雨はロベルトの言葉を素直に受け入れるのだった。
「まかせて、時雨!私がしっかりサポートするからね!とにかく、リブラの牙城の一角を崩すチャンスが巡ってきたわ。リブラの幹部のケヴィン…絶対に勝つわよ!」
「…時雨は素直だからいいが、ナビ子はナビ子で相変わらず元気だなァ。まあ、その無邪気さは褒めてやるぜェ」
「でも、ナミコさんがいれば…きっと時雨さんは大丈夫だと思います」
奈美子は無邪気に答えたが、ロベルトは多少呆れ気味にそう答えた。
だがそれでも奈美子の言葉に対し、ヨハンは「きっと大丈夫」と太鼓判を押すのだった。
「さて、残ってる奴らを潰しにいこうぜェ!数も少ねえからな…」
「ええ…行きましょう!」
「……!」
そう言ってロベルトが発破をかけ、彼らは再びバトルへと挑んでいく。
◇ ◇ ◇
リブラの元ラリードライバー達を軒並み撃破し終えた頃、レッキから戻ってきたケヴィンがリブラのドライバーたちの前に姿を現した。
一方でロベルトとヨハン、カールたちも軒並み撃破し終えて集結していた。
「はっはっはァ!元プロとか言ってたが、俺達にしちゃァ大したことはなかったぜェ!所詮この程度ってことだなァ」
「ええ…本当ですよ。でも、腕自体はちゃんとプロの実力はあるみたいですね」
「…正直俺もギリギリとはいえ、何とかなってよかった」
ロベルトとヨハン、カールも相手の実力を読み取っていたようだ。
やはり元プロと言うこともあって、ちゃんとそれなりの実力はあるようだ。
とはいえ、世界トップクラスレーサーの彼らにとっては到底敵と言うわけではなかったのだが。
そしてそこへ、ほとんどの敵を倒し終えた例の2人…時雨と奈美子も戻ってきた。
「よォ、時雨!お前らもその調子なら大丈夫だったようだなァ?」
「あっ…はい。お陰様で、本当に助かりました…ありがとうございます」
そう言って時雨が頭を下げ、奈美子も続けて頭を下げた。
「時雨さん、奈美子さん、大丈夫でしたか?皆さんプロドライバーだったので、レベルは高かったと思うんですが…」
「そうですね…でも、何とかなりました」
ヨハンも心配していたが、時雨は何とかなったようだった。
するとその様子を見たカールが今度は話しかける。
「ハハハ…そうか。だが時雨ちゃん、ここからが本番だ」
「本番?」
「ええ…ケヴィンさんとの対決は、問題の当事者である時雨さんにしかできません。僕たちはあくまで、あなたの援軍なんです」
ヨハンはそう言い切った。
彼らはあくまで時雨の仲間であり、援軍。
彼女たちがピンチになったから助太刀に現れたのであって、問題の当事者と言うわけではないのである。
そしてそうである以上、最後の最後は時雨に決着をつけてもらう必要があると考えていた。
「根本的な問題の解決は…君たちにしかできない。実力を見せつけに行くんだ」
「お前らがニューヨークで武者修行しているという話を聞いていた以上…俺はお前らの進化に興味がある。その成果を、俺達の前で見せてくれよォ!!」
「時雨さん、ナミコさん…あとはあなたたち次第です。頑張って!」
3人が互いに時雨たちを鼓舞する。
それはまるで、期待と同時に、「立ち止まらずに走り続けろ」と言っているようだった。
そしてそれを把握した以上、時雨が言う言葉はただ一つ。
「わかりました…僕たち、いってきます!」
「みんな…ありがとう!」
時雨と奈美子は互いに3人へそう言って、ケヴィンの元へと向かっていく。
ケヴィンの元には数名のリブラのドライバーと、愛車であるVAB型WRXが止まっていた。
3人が対峙して会話する。
「グフフフ…遂にきたな。はぁ…はぁ…ぐうっ…長らく『渇いていた』ところだ」
目がうつろで、あまり体調が良いとは思えない。
そう考えた以上、時雨と奈美子は互いに心配した。
「あの…本当にいいんですか?」
「ものすごく体調が悪そうね…余計なお世話かもしれないけど、それで本当にバトルできるの?」
互いに心配する時雨と奈美子。
だがケヴィンはわかっていたかのように口火を切る。
「俺のことは気にするな!車に乗れば平気だ!存分に堪能させてもらうぞ…は…はやく…バトルを…」
とにかくバトルを求めるケヴィン。
この状況を解決するには、やはりバトルしかないのだろう…そう時雨は直感した。
そしてそうである以上、自分は負けるわけにはいかない…と、闘志を心にみなぎらせる。
「……わかりました。始めましょう」
バトルという言葉を聞いた時雨は冷静にそう答えた。
時雨の言葉を聞いたケヴィンは、苦悶の表情を浮かべながら愛車へと乗り込む。
それを見届けた時雨と奈美子も、互いにZ33へと乗り込むのだった。
◇ ◇ ◇
―――vs砂漠の悪魔ケヴィン
推奨BGM:SAVE A PRAYER(from SUPER EUROBEAT vol.193)
相手の車はグレーのVAB型WRX。
エアロに手が入っており、マシン自体もかなりチューニングされていると思われる。
コースはトライストリート往路。
左レーン、Z33。右レーン、WRXという形で吊り橋の中間に2台が並んでスタートの時を待っている。
「(全てを、ドライビングに捧げてきた。走らなければ、生きていけない。砂漠も、ニューヨークも大して変わらない。どちらも渇く…走りに、ドライバーに…!)」
ケヴィンにとってはニューヨークで走ることもラリーで走ることも変わらないと考えていた。
結局のところ誰よりも速く走ることが全て。
思いっきり走ることが出来るというのは、何よりも幸せだった。
「(リブラは本当にいい場所だぜ。ここが誰にも犯されぬ、ドライバーの楽園だ!誰にも邪魔させねえ!)」
全てをドライビングに捧げてきた以上、リブラと言う楽園は自分にとってはなくてはならないもの。
そうである以上、たとえよそ者に潰されるようなことがあっても決して邪魔はさせない、とケヴィンは思っていた。
「(プロレーサーである以上、ユキと対決するための実践練習になる。伝説とか悪魔とかよく分からないけど…あの人と戦って、自分の力を試すんだ)」
一方の時雨。
相手がプロであろうと、アマであろうと、自分には超えるべき目標があることは変わらなかった。
どんなに速いドライバーであったとしても、ゼロヨンチャンプの異名を持った雪風には到底及ばない…そう時雨は過信してもいた。
実際ゼロヨンチャンプになった雪風の実力が、どれ程の実力なのかはわからない。
しかしプロからも実力を認められた自分が負けた以上、確実にプロレーサーの中でもやっていける程の実力があるのではないか…そう時雨は思った。
だが同時に、雪風を倒すという最大の目標を達成するためには…他のプロレーサーたちとの戦いはあくまで通過点でしか過ぎないのである。
そしてそれほどの実力があるドライバーを追いかけている以上…あることにも時雨は気が付いていた。
「(速い相手であればあるほど、僕はきっと…ユキに追いつけるはずだ。そうである以上、絶対に油断しない…!)」
相手が速くなれば速くなるほど、その壁は限りなく雪風のそれに近づいていく。
そしてそれは言い換えれば、その壁を乗り越えれば確実に自分が追いかけている目標に近づくことが出来る…そう時雨は信じてやまなかった。
そしてそうである以上、プロレーサー相手でも絶対に負けたくない…絶対に勝ちに行く、という思いが強くなるのは当然と言えば当然だった。
2台のドライバーが互いにアクセルをある程度踏み込んでエンジンを噴かす。
そんな中でカーナビのカウントダウンが始まろうとしていた。
3
2
1
GO!
「っ…!」
「……」
スタートと同時にギアを切り替えるケヴィン。
同じくギアをDレンジに入れる時雨。
アクセル全開で踏み込むケヴィン。
だが一方で、アクセルを半分程度まで踏み込む時雨。
そうなると、先行するのは…言うまでもなくケヴィンのWRXだった。
スタートダッシュを決めたケヴィンのWRXは、スタート直後のストレートで140キロ台まで加速する。
「(ここにきて先行させた…?どういうつもりだ?)」
ケヴィンにとっては不可解だった。
パワーでは明らかに向こうに利がある以上、後方に付けた理由が分からないのだ。
相手の出方を見ているのか、それとも連戦でマシンが限界に近いのか?
何にせよ、これはチャンスである…そう思ったケヴィンはアクセルを全開に踏み込んで逃げようとしていた。
「(あなたが本当にプロなのか、僕は気になっているんだ…あなたの実力を見せてくれ)」
一方の時雨は、アクセルをある程度踏み込んでケヴィンのWRXの後方に付ける。
吊り橋の先が近づく中でウインカーを右に出して、ケヴィンのマシンのテールに付ける。
速度はやはり140キロ台だが、車間距離はそれこそ1メートルあるかないかの距離を維持したままZ33を走行させる。
「(何にせよ俺に先行を許した以上は、俺の勝手にやらせてもらう…!)」
この先のコーナーに関してはもうどうすればいいかが分かっている。
コドライバーがこの先のコーナーについて指示する中で、WRXは第1コーナーの右直角コーナーへと飛び込んでいく。
ケヴィンはブレーキを踏み込み、ハンドルを軽く左に曲げたかと思いきや右へと切り返す。舵角としては90度程度である。
時雨の得意技であるフェイントモーションを行ったのだ。
速度は150キロ台から130キロ台まで下がってドリフトする。
「っ…!」
強引なフェイントモーションでドリフトしていくWRX。
走行ラインはやはりアウトインアウトだった。
ラリーをやっている以上誰よりも速く走る必要がある。
そんな強い思いがケヴィンのWRXを前へ前へと走らせていく。
「(上手い…けれど、勝てない相手じゃない)」
一方、後方でWRXがフェイントモーションで飛び込む様子を見た時雨。
自分と同じフェイントモーションで飛び込む姿は時雨にとっても新鮮だった。
多少はそんな走りをしているドライバーはいたが、幹部としては珍しい。
だがそれを認識したところでZ33も第1コーナーへと接近する。
「(仮にもここが砂漠や砂利道、雪道なら、きっと同じようには走れない。でもここは市街地…ロベルトさん曰く『ターマック』らしい。そうであるなら……)」
もし自分が、経験値が圧倒的に不足しているオフロードだったら間違えなくあの車には追い付けないだろう。
だが、市街地コースと言う互角の環境であるのならば…飛び込めるのでは?
そう認識した時雨は、ブレーキを踏み込んでハンドルを軽く左に曲げた。
速度が150キロから140キロ近くまで下がったところで、アクセルオンと共にハンドルを右に切り返す。
舵角としては100度程度。
ケヴィンよりも舵角は深かった。
左から一気に右へと回頭してドリフトしていくZ33。
アウトインアウトのラインを描き、コーナーへと切り込んでいく。
そんな中でも時雨はハンドルを左に切り返してカウンターを当てる。
走行レーンの真ん中からクリッピングポイント…コーナー中間の右端の壁を狙ったかのような走りで、Z33をドリフトさせていく。
右端の壁との隙間は十センチあるかないか。
それくらいなまで攻め込んでいた。
「…!」
コーナー中間を抜けたところでアクセルオフ、アウトに膨れるZ33のタイヤの空転を収め、ハンドルをニュートラルに戻していく。
そしてコーナー出口の方向をZ33が向いたところで再びアクセルオン。
今度は全開にして踏み込むことで、既にコーナーを抜けていたWRXに肉薄する。
コーナー脱出速度は150キロ。
一方でWRXのコーナー脱出速度は150キロに到達していない。
結果として車間距離は1つのコーナーであっという間にテールトゥノーズにまで縮まった。
「(付いてきてる!?怖くないのか?全開で攻めることが…!?)」
ケヴィンにとっては相手のドライバーにおける恐怖に対する耐性が異様に高いのか、それとも恐怖と言う感情自体が存在しないのか…と思わざるを得なかった。
いくら自分がラリーストとはいえ、ほんの僅かではあるものの必ず走りにゆとりはある。
だが後方のドライバーは、明らかにそれ以上に攻め込んでいる以上…ゆとりがない。
それは言ってしまえば、恐怖に対する感覚がマヒしているのか、それとも彼女の走りが洗練されているかのどちらかである。
だがそう思ったところでWRXは第2コーナーの右ヘアピンコーナーへと飛び込む。
ブレーキングからハンドルを軽く左に曲げたかと思いきや、速度が120キロまで下がったところでハンドルを右に切り返して、後輪を強引にグリップアウトさせる。
速度としては120キロ台、ハンドルの舵角としては120度ほどで、ラリー仕込みのフェイントモーションで4WDのWRXを強引にドリフトさせていく。
走行ラインとしては…右レーンの中央より僅かに右に存在するレールの上をグラインドするような形だった。
「(僕が越えるべき壁は、もっともっと上にある。そしてその壁にこの人は…きっと、敵わない!僕にとっての通過点でしかないことを、走りで示すんだ…)」
目の前のWRXがコーナーに飛び込んだ瞬間、オーバーテイクのシナリオが時雨の脳裏に映った。
ヘアピンへと飛び込もうとしているWRXだが、自分とは同じようには攻め込めない。
どうやら多少の安全マージンを取っているようだ。
そしてそんな隙をあからさまに見せるというなら…自分は飛び込むまで。
「―――!」
ハンドルを左に90度近く曲げたかと思いきや、ブレーキロック寸前までブレーキを踏み込む。
そしてそこからZ33を旋回させるべく、ハンドルを120度以上右へ切り返す。
コーナー入り口にある、コース中央のラバーポールを寸前でかわし、Z33のノーズは左から右へと一気に回頭する。
150キロ台から140キロ近くまで減速したかと思いきや、Z33はWRXとの間にある隙間を狙ってドリフトしていく。
その隙間を狙うかのようにハンドルを左に切り返してカウンターを当てて、周囲の光景がコマ送りのように流れていく中でZ33を隙間に飛び込むように調整していく。
10キロ以上と言う速度差は小さいようでかなり大きい。
次の瞬間には、Z33はWRXの右ノーズと右端のガードレールの間の隙間にその車体をねじ込んでいた。
「(な…なんだとっ!?)」
WRXの右サイドに捻じ込み、強引にドリフトしていくZ33。
ケヴィンは動揺したのかアクセルをわずかに抜いてしまい、加速が一瞬だけ鈍ってしまった。
「(…ここだ!)」
走行レーン中央付近を走っていたWRXを押し出すような形で強引にマシンをねじ込み、そのままノーズをWRXの先に出したZ33。
そんな中で時雨はアクセルをリリースし、ハンドルをニュートラルに戻していくことでタイヤの空転を抑え…コーナー出口が迫る中でZ33のノーズをコーナー直後の吊り橋上ストレートの方向へピッタリと合わせる。
そして合わせたところで再びアクセルを全開に踏み込み、そのままの勢いでZ33を加速させる。
時雨がとったやり方はコーナーで攻めることもそうだが、やはりマシンスペックをフルに生かした方法だった。
ラリーカー同然のWRXは加速に優れるが、ストレートスピードが決して優れるというわけではない。
何よりZ33はその軽量ボディでコーナーもぐんぐん攻めていけるし、ボルトオンターボでパワーも強化されている。
いくらケヴィンのマシンがチューニングされているとはいえ、やはりZ33のチューニングが破格なのだ。
マシン性能をフルに生かす走りで、後方のWRXを引き離していく。
「(そんな強引な走りで、俺のラインを…超えた!?)」
一方、コース中央まで膨れかけたWRXを必死に制御するケヴィン。
ラバーポールに左サイドが接触するスレスレでWRXはコーナーを立ち上がる。
コーナー出口においてアクセルを全開にしていたが、その加速はZ33には到底及ばない。
やはり龍が天へと昇っていくかのような圧倒的な加速力は、ラリーカー同然のWRXをも凌駕していた。
吊り橋上のストレートを疾駆していくZ33を追いかけ、必死にアクセルを踏み続ける。
それでも車間距離はぐんぐんと引き離されていく。
「(振り切られる…ストレートじゃ、向こうに分があるのか…!)」
まだ若い少女という見かけ以上の勢い任せ。だがそれでいて走りには無駄がない。
おまけにコーナーでのギリギリのライン、下手したら壁に接触待ったナシのレベルまで攻め込むことに対して全くもって躊躇がない。
まさに怖いもの知らずと言ってもいい。
或いは何か、修羅場を乗り越えてきた経験があるのか?
一体どんな経験をしたら、あそこまで強引ながら素早いドライビングが出来るのか。
そんな疑問をケヴィンは抱くが、そんな中でもZ33とWRXの車間距離は刻々と開いていく。
Z33はケヴィンの視界から消えようとしていた。
「(プロなのは事実だろうけど…やっぱりユキには、到底及ばない!)」
ストレート区間で左ウインカーを出し、走行レーンを移動したZ33の中で時雨はそう思っていた。
雪風に追い詰められたあの感覚…覇気同然のそれは、ケヴィンからは感じられなかった。
どんなに伝説のドライバーでも、10年もたてばその威厳も多少は損なわれてしまうものなのかもしれない。
そしてそうである以上、時雨はあっさりと獲物として彼のマシンを…調理してしまった。
その上で調理してしまったら…もう彼女にとっては用なし同然。
時雨はストレート区間を190キロ近くまで加速した上で、第3コーナーへと飛び込む。
コーナー直前でブレーキをフラッシュさせたかと思いきや、そのままの勢いで後輪を僅かにスライドさせたままドリフトしていく。
速度は170キロ以上。
第3コーナーと第4コーナーはどちらも高速コーナーであるとはいえ、明らかにオーバースピード同然で飛び込んだかと思いきや、そのまま走行レーンの中央をドリフトしていく。
タイヤのグリップもまだあったし、同時にマシンスペックも破格と言っていいものだった。
「(同じスピードで飛び込めない…ヤツは俺達の常識を超えたドライバーだ…!)」
先行するZ33を追いかけるケヴィンは、先行するZ33のブレーキングを真似することが出来なかった。
いや、真似をしたらマシンの限界を超えてしまう。
同じ風にブレーキングで飛び込めない。
そう思ってしまった以上、ケヴィンのメンタルは折られてしまったも同然だった。
Z33はケヴィンの視界から消え、第3コーナーの先のトンネルへと駆け抜けていく。
「(どこかの誰かが言っていたんだ…『誰かが貧乏くじを引かなきゃいけないんだよ』…って)」
第3コーナーをドリフトで駆け抜け、同じく第4コーナーを20度程度のドリフトアングルでドリフトしていくZ33の中で、時雨はそう思った。
リブラと言うドライバーたちを倒し、ニューヨークの治安を取り戻すためには誰かがやらなくてはいけない。
そしてそれをやるには、自分しかない。
いや、彼らを超えるドライビングが出来るのは今、自分しかいない。
観光同然でやってきたドライバーたちが一朝一夕で済ませられるほど甘いものではない。
多くのドライバーたちと戦ってきた以上、自分がその貧乏くじを引かなくてはならない。
そう認識したところでZ33は第4コーナーを立ち上がり、最終コーナーである右直角コーナーへ走り抜けていく。
だが第4コーナーと最終コーナーの間の区間は短いため、あえて時雨はレーン移動をすることなく最終コーナーへと飛び込んでいく。
「(もしそれが僕ならば…その貧乏くじを、上手く使うだけなんだ……!)」
ブレーキを踏み込み、ハンドルを右に曲げて後輪を滑らせたかと思いきや再びアクセルを踏み込む。
そんな中で自分がリブラのドライバーたちと戦う事になる以上、自分はその経験を今後に向けて有効活用するまでだということを認識した。
多くの元プロ、セミプロのドライバーたちと戦える以上…この経験は、間違えなく今後バトルすることになるであろう雪風との戦いに向けて、腕を磨くいい経験になるのは間違えないだろう…そう時雨は考えたのだった。
Z33は最終コーナーを脱出し、それと同時に時雨はアクセルを全開に踏み込む。
最終ストレートをアクセル全開でZ33を加速させていく時雨。
周りの景色があっという間に後ろに消えていく中で、恐怖と言う感情が怒りの感情に飲まれて消えたのか…190キロ以上と言う速度でもアクセルを全開に踏み続けることをやめなかった。
そしてZ33はストレートを駆け抜け…そのままストレートエンドのゴールを駆け抜けた。
―――勝者、時雨。
ケヴィンとのタイム差は4秒以上という圧勝だった。
「はっはっはァ!!スゲェ!本当にケヴィンに勝ちやがったァ!!」
「時雨ちゃんの走りは、以前よりも遥かにレベルアップしているな…ハハン、ここまでのドライバーになるとは…!」
「すごい…本当に、すごい…!あの2人が、こんなに速く走れるなんて…!!」
バトルを見届けた3人は、互いに感想を言い合った。
そのどれもが、時雨の走りに太鼓判を押していた。
彼らにとっても時雨の実力は十分だったと言えるだろう。
―――バトルを終えて戻ってきたZ33が、3人の前に停車した。
そしてZ33から、時雨と奈美子が降りたところで3人の元へ向かう。
「すげェよ、時雨!!まさか『砂漠の悪魔』に勝っちまうなんてよォ!!」
「素晴らしい走りでした…!まさか、あそこまで圧倒するとは…!」
「見事だったよ、2人とも…ハハン」
3人が時雨たちへとねぎらいの言葉をかけた。
「ど、どうもありがとう…」
時雨は不思議な感覚の中、軽く感謝の言葉を伝えるのだった。
「ぐ、グフっ…」
Z33の後ろに停車したWRXから降りてきたケヴィン。
ケヴィンに対し、奈美子が言い放った。
「私たちの勝ちよ!時雨の実力、舐めないで!」
奈美子の言葉に対し、周りにいたリブラのドライバーたちが徐々に騒ぎ出す。
「し、信じらんねぇ…ケヴィンに勝っちまうなんて…」
「ケミックとオクティを倒したってのはフロック(マグレ)じゃねえ。それを元プロの…俺達の前で証明しやがった」
リブラのドライバーたちがおのおのに反応する。
まさかあのケヴィンがこうも破れてしまうとは。
するとリブラのドライバーの1人がこう言って彼らに詰め寄る。
「おい、もう1回だ!再戦しろ!お前らみたいな奴と戦える機会、人生に何度もねえ!」
「こいつらを取り囲め!」
そう言って多くのドライバーたちが5人を取り囲んでいき、気が付くと時雨や奈美子、ロベルト、カール、ヨハンはリブラのドライバーたちに周囲を取り囲まれていた。
「ハハン…参ったな、これじゃ逃げられないぞ…(もう勘弁してくれ~~~!!)」
「くそォ、どいつもこいつもしつこいやつらだぜェ」
「いい加減にしてください!あなたたちが僕らに負けたのは―――」
するとその時だった。
5人の元へ寄ってきて、リブラのドライバーたちを説得しにやってきたのは…誰を隠そう、ケヴィンだった。
「お前ら、時雨たちから離れろ。曲がりなりにもプロで食ってた連中が、よってたかって恥ずかしいぜ…俺たちの出番はもう終わりだ」
ケヴィンはもう覚悟をしていたかのように、そう言った。
だがリブラのドライバーたちはそれを良しとしないようだった。
「ケヴィン!リブラを裏切る気か!? リブラは…俺たちの、最後の楽園なんだ。それが無くなったら、俺たちはのたれ死ぬしかねえんだぞ!」
その言葉に対して、ケヴィンはどこか諦観したかのようにこう口にする。
「どうせお前らには無理だ。俺にも勝てねえんだからな。それともお前らは表彰台に上がった奴らに、客席から卵ぶん投げるような下衆になりてえっていうのかっ!!!」
「そ、それは…」
「……」
ケヴィンの一喝にリブラのドライバーたちは一気に黙り込んだ。
すると、それを見たケヴィンが時雨と奈美子…5人に視線を合わせて話しかけた。
「グフフフ…いい車に、いいコ・ドライバー、そして…いいドライバーに、いい仲間たちだ。自己紹介はしてなかったな…俺はケヴィンだ。お前らが奈美子と時雨…そしてレーサーのロベルトとヨハン、カールだな」
その場を収めてくれたケヴィンに対し、奈美子も時雨も印象は良いものだと判断していた。
「ええ。私はナビの相楽奈美子。ドライバーはこの時雨よ。色々とありがとう」
「…時雨です。よろしく」
「ロベルトだ…さっきは失礼な態度をして済まなかったなァ」
「ヨハンです。まさかあなたとこんなところでお会いできるとは思いませんでした…」
「…カールです。以後お見知りおきを」
5人の態度はやはりケヴィンを満足させるものだったらしい。
するとケヴィンはこう口にした。
「グフフフ…スカッとする奴らだぜ…それに不思議だ。バトル後はすぐ渇いちまうんだが、今はだいぶ楽だ。まだ起こらねえ」
「……」
「だが覚えておけ、お前ら。お前たちもドライバーである以上は、この『渇き』と一生つきあうことになる。…俺のようになるなよ」
ケヴィンの言葉に、奈美子と時雨は軽く頷くのだった。
すると、その様子を見ていたヨハンがこう口を動かす。
「ケヴィンさん…あなたとまさかこんなところでお会いできるとは思いませんでした」
世界トップクラスレーサーの1人であるヨハンにとっても、こんな場所で伝説のラリーストと出会うことになるとは全くもって思っていなかった。
それは彼にとってもうれしい事であったのと同時に、残酷な現実に呆れかえっているようでもあった。
そして続けてヨハンはこう怒りを露にするように口にする。
「だけど今日ここでお会いできた以上……今日の一連の流れは、リブラの事も含めて自動車連盟に報告させていただきます!!」
「な…!!」
ヨハンの言葉を聞いたリブラのドライバーたちが多く動揺していた。
「ど、どうするつもりだ!何をするつもりだ!?」
リブラのドライバーの1人がヨハンに質問する。
いったい彼は何をするつもりなのか?
するとヨハンが続けて口を動かす。
「時雨さんから聞きましたよ?治安維持のためのプロレーサーたちが、バトルを扇動してニューヨークのバトルシーンを混乱させていたって…!!」
「くそっ、全てお見通しだってことか…!」
「僕は怒ってるんです。プロレーサーとしてのプライドも捨てて自己満足なバトルばかりに興じて、周りの迷惑を考えていないことが…!」
ヨハンは、今回の一件をモータースポーツを統括する自動車連盟に報告するつもりのようだ。
こうでもしないと気が収まらないといった感じだった。
「なるほどなァ…まあ報告するのは賛成だぜェ。俺としても、プロレーサーがアマチュアをイジメていたってことがマジで今もイライラしているくらいだしなァ」
「全くだ。こんなのはレーサーの名誉を傷つけるような大スキャンダル…今まで話にならなかったこと自体が不思議なくらいだ、ハハン」
ヨハンのやることに関して、ロベルトとカールも賛成していた。
やはりプロがアマチュアをイジメていたという事実が彼らを怒らせているようだ。
すると、更にヨハンは言葉を続ける。
「それにケヴィンさん…あなたは10年間も失踪状態だったんだ。行方不明届が出てずっと連盟や本国の方でも捜索が出ていたんですよ?なのに、その末がこんなのなんて…!」
「そ、それは…グフッ…」
「ともかく!今回の一件はプロレーサーの信用問題にも関わる以上…自動車連盟の方に報告させていただきます!!」
ヨハンは怒りを吐露しつくすかのように宣言した。
その言葉に対し、リブラのドライバーたちはさらに動揺している。
「そ、そんな!」
「やめてくれ!」
「ええい黙れ黙れェ!!仮にもプロの奴らが、バトルを扇動してニューヨークを混乱させていたなんて不祥事、問答無用の言語道断だぜェ!!時雨が勝った以上、援軍である俺達の勝手にさせてもらうぜェ!!!」
「今回の件は証拠もスマホに保存してあるし、俺達には付き合いのある有力なニュースメディアもある…逃げられると思うなよ、ハハン」
「皆さん仮にもプロなんです。ライセンス剥奪と連盟からの追放処分くらいは、最低限覚悟しておいてください!!」
「「「………」」」
プロレーサーとしてはアマチュアいじめや混乱を招くことなど言語道断、と言わんばかりにヨハンは言い切った。
やはりロベルトの言う通り、今回の一件は不祥事ともとれるからだろう。
それにカールが証拠をしっかりと握っている以上、もはや言い逃れは困難だった。
「け、ケヴィン!レーサーとしての先輩であるお前から何とか言ってやってくれないか!?」
リブラのメンバーの1人が泣き落としと言わんばかりにケヴィンにすり寄った。
だが、当のケヴィンは覚悟していたかのようにこう口にした。
「無茶を言うな。ヨハンたちが怒るのも、言っていることも至極当然のことだ…俺たちはやりすぎてしまったんだ。俺自身いずれ全てがバレるということも、覚悟していたくらいだ…」
ケヴィンは「煮るなり焼くなり好きにしろ」と言わんばかりにそう言い切った。
時雨もこの一件に関しては完全に無言を貫き、あまり強くは関わりたくないようだ。
だが一方で、その諦めの良さを見たヨハンはこうも口にするのだった。
「まあ…単に報告するだけじゃありませんよ。皆さんの事を何とかできないか、連盟に直訴もしますから…待っていてください」
「ほ、本当か!?俺達を何とかしてくれるのか!?」
「絶対とは言えないが…まあ、待っていてくれよ。ハハン…」
ヨハンとカールはお情けで「元プロたちの事」を何とかしたいと思っていた。
そしてその言葉を聞いたドライバーたちは、どこか胸をなでおろしているようでもあった。
「そうだな…せいぜい何とかならないか、連盟の方に相談くらいはしておく。待っとけよォ」
そう言って、ロベルトも相談を約束するのだった。
するとその様子を見たヨハンが、時雨と奈美子にこう話しかける。
「時雨さん、ナミコさん、お騒がせしてすいませんが…僕たちに一旦ついてきてくれませんか?リブラの情報について…聞き出しておきたいんです」
「え、ええ?」
「僕たちも…?」
「お願いします!情報を発信することになる以上、正確なものが知りたいんです。少しでいいので…!」
「は、はあ…」
「わかりました…」
ヨハンに頭を下げられた以上、時雨と奈美子は「わかった」としか言うことは出来なかった。
そのまま2人は流されるがままにヨハン達に連れられて行くのだった。
ニューヨークで暴れていたリブラのドライバーたちによる騒動は、時雨と奈美子、そして助太刀であるプロレーサーたち…ヨハンやロベルト、カールの手によって一時的とはいえ解決した。
そしてヨハン達が自動車連盟に相談することにより、ニューヨークの抗争の仲裁組織のはずであったプロレーサー集団の実態が、徐々に世界へと明るみになろうとしていた…
幹部のケヴィンが敗れたという知らせ、そして「ドライブモンスター」こと時雨が世界的なプロレーサーと接点があったという話題は、リブラのドライバーたちを動揺させた。
そしてその話に関しては早々に、リブラの幹部となるドライバーたちの耳にも伝わっているのだった。
―――リブラのアジト、幹部用会議室。
円卓に幹部のドライバーが集う。
「ウソ、負けたのぉ〜?あの『砂漠の悪魔』がぁ〜?反射神経とドライブの正確さでは、リブラでもトップクラスなのにぃ〜?しかも、乱入してきたドライバーが、あの貴公子ヨハンと粘着レーサーのロベルトって…マジぃ~?」
薄着でインディアン系アクセサリーを身に着けている、センター分けのロングヘアーの女性…リブラの幹部の一人がそう言った。
彼女にとっても、例のドライバーがプロレーサーと接点があったことに関しては驚きを隠せていなかった。
「まさか現役の本職、それも世界トップクラスのそれとパイプがあるとはな…こりゃかなりまずいことになったな。おまけにケヴィンが負けちまったし、どうすんだよ…副代表サンよ」
赤色の短髪が特徴のイタリア人男性が続けてそう口にした。
よりにもよって世界トップクラスレーサーと接点があることは、これはかなりまずいことになってしまった…そう男は呟いた。
彼は情報流出がかなりまずいものだと危惧していた。
どうにかしないとリブラが壊滅してしまうのは間違えないだろう…
だがそう思う中でサマンサはこう口にした。
「どうもこうもないわ。どちらかが潰れるまでバトルするだけ。速ければ勝つし、 遅ければ負ける。援軍が来ても叩き潰せばいい…」
仮に彼女がどんな援軍がいても、リブラのドライバー総出でつぶせばいい…そう口にした。
だがそれは、男にとっては怒りを買うようなやり方だったのだ折る。
男が言葉を荒らげる。
「そんな正攻法でやってたら、 ケヴィンみてぇに負けんだろうが!おまけに本職に俺たちの実態がバレた以上、のんきにやってる場合じゃねえ!…悪りぃが、俺は俺でやらせてもらう」
そう言って立ち上がった男は部屋を出ようとしていた。
するとサマンサがこう話しかける。
「次はあなたが行くのね。いいわ、必要なものはある?」
そうサマンサが言ったところで、男はこう口にした。
「…なら情報を集めてくれ。あの2人の近くにいたんだ。それぐれぇ簡単だろう?」
次の主役となる男は、そうサマンサに依頼するのだった。
(第22話End)