「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 第二幕 2024 -いつかあの頂で- 作:カービィ改二
リブラの最初のドライバーを破った時雨の前に現れる、新たな挑戦者と援軍。
奈美子の父は既にニューヨークにはいない事が判明した。
しかし奈美子は帰国せず、サマンサを探すためにリブラと戦う事を選択した。
元ラリードライバーたちを相手に勝利を重ね続ける時雨。
箱根でバトルをしたプロレーサー、ロベルト、ヨハン、カールの援護もあり、遂にはかつてラリー界で『砂漠の悪魔』と恐れられたドライバー、ケヴィン・ペリナールの撃破に成功する。
動揺したリブラの面々だったが、幹部ドライバーの1人が名乗りを上げた。彼は『自分なりの戦い方』で挑むようだが…?
―――ケヴィンとのバトルの翌日。
この日の夜、「野心家のアビゲイル」のマシンが盗まれてしまった。
ケミック&モレック本社から出てきたところで彼女のRKクーペが盗まれたのだが、その後ペインター・クロエとバトルをしていた。
クロエは今、オクティのテリトリー内を疾走する車…盗まれたアビゲイルの愛車『RKクーペ』を追跡している。
だが必死に喰らいつこうとするも、両者の間隔は開く一方だった。
「くそっ…速い!って、ん?」
すると突然、RKクーペはタイヤスモークを出しながらターンし停車。
クロエのFD3Sが後ろに止まったところで、やがて1人のドライバーが煙の中から姿を現した。
クロエも車から降りて、ドライバーに詰め寄ろうとする。
「オイ、人のテリトリーを好き放題荒らしまわってくれたな。覚悟はできてんだろうなテメェ!?」
「『覚悟』だと?オメーらのような野良犬ごときが軽々しく口にしていい言葉じゃねぇぞ?」
そう言って煙の中から現れたのは…赤色の短髪が特徴のイタリア人男性だった。
「テメェは…!何で…どうしてテメェが…テメェともあろうヤツが、リブラに!?」
クロエがそう言うも、男はまったく気にしていないようにこう吐き捨てた。
「例の奴らに伝えろ。この俺を正攻法で倒したかったら、命を捨てる覚悟で来いとな」
「あっ…!」
そう言って男は仲間の車に乗り、立ち去った。
すると入れ違いで、アビゲイルを乗せたオリビアの車…ダッジ・チャレンジャーがやってきた。
「あぁ、私の愛車!!っていうかタイヤくさっ!ドリフトでもしたっての!?外装は…大丈夫、そう…だけど…」
アビゲイルが愛車にすり寄り、マシンの様子を確認する。
すると、オリビアがクロエの様子が気になったようにこう話しかける。
「…ちょっとちょっと、クロエちゃーん?いつもみたいな乱暴さがないわよー?何があったのー?」
オリビアの言葉に、クロエはこう言った。
「リブラの幹部の1人が誰か分かった。だが、相手が悪すぎる。あの2人に『命知らず』とバトルなんざ、絶対にさせられねぇ」
「『命知らず』って…まさか!」
アビゲイルがそう言うと、断言するようにクロエは口を動かす。
「リッカルド・モレッティ。レースで勝つためならば命も惜しまない、死線を越えてきたサーキットレーサー、『勝負師リッカルド』だ!」
―――数十分後。
その場にやってきた時雨と奈美子に対し、3人は事情を説明した。
リブラからの刺客がアビゲイルの車を盗んだこと。
時雨と奈美子に挑戦状を叩きつけたこと。
男がいずれ時雨と奈美子の前に立ちはだかるであろうと言うこと。
それらが全てだった。
「勝負師リッカルド…?確か有名なサーキットレーサーだっけ?」
「有名どころの話じゃないわ!勝利のためになら可能性が低くても博打を打つドライバーよ!」
奈美子の言葉に、アビゲイルは「もっと危機感を持て」と言わんばかりに言った。
「チームオーダーは平気で無視するし、車が接触しようが迷惑がかかろうが平然としてやがるクソ野郎だ。もしマシンがぶっ壊れても、それで勝てるなら躊躇しねえ。勝つためなら何だってやるヤツだ…注意しろよ」
「う、うん…わかった」
時雨はクロエの言葉に対し、そういう事しかできないのだった。
―――翌日。
時雨と出会った世界的なレーサーの2人のWEBニュースが世界を駆けまわっていた。
ニューヨークの「ビッグゲーム」の実態、仲裁組織であるリブラの腐敗、そしてリブラに属するドライバーたちの実態。
世界的なレーサーであるロベルトとヨハンのインタビュー記事は瞬く間に世界中を駆け巡り、ニューヨークでは市長の責任問題にまで発展していた。
リブラの存在意義が問われる中、時雨のホームにはある人影と…彼女たちが知る別の影が迫ろうとしていた。
近くの駐車場に車を止めたドライバーたちが、時雨のホームへと歩いていく。
先導するのは、時雨をニューヨークで雇っていた怪獣監督マルコ、狼のバージニア、完璧女優クーラ。
その3人に連れられて、別の3人のドライバーも付いてきていた。
1人は若きイタリア系の女性社長、1人は東洋人の医者、もう1人は…どこかのゲームに出てくる勇者のような格好をした奇抜な男。
皆マルコに先導されて、時雨のホームへと向かっていく。
「さあ、こっちだよ」
「遂に時雨のホーム訪問なんだナ!」
「ええ…実に長かったわね」
先導するマルコに対し、5人の男女が付いていく。
「それにしても、時雨と奈美子がニューヨークにいるなんてね!ちょっと驚いたわ」
「うむ…そうだな。しかしそれと同時に、まさかここで皆合流できるとは思っていなかった」
「本当ですね…それも皆さん別の用事で、ニューヨークに来ているなんて」
クーラとバージニアについていく3人のドライバー…1人は女性、もう2人は東洋人の男性たち。
男の片方は、医者の容姿をしている。
もう片方の男は、RPGゲームに登場する勇者のような姿。
そして女性の方は…狼のぬいぐるみを抱えている、バージニアやクーラの妹分のような人物。
3人はかつて箱根で時雨と走り合ったドライバー達であった。
やはり時雨と面識がある以上、ニューヨークにそれぞれの目的で来ていたからには彼女に会いたいという気持ちがあるのだった。
「マルコ監督!もうそろそろかナ?」
「ええっと、たしかこのへんの…あった!あの家だよ」
そう言ってマルコが指さした先には、ガレージ付きの小さな家。
すると、その家を見たところで人々はある違和感に気が付く。
「…あれ?」
「あの人は…?」
ガレージに近づく2人の男たちに、バージニアとクーラが気が付いた。
どうやらガレージの住民とは違うようだが…?
―――同じ頃、住居のリビング。
「…しかし、自動車泥棒ねぇ。ネットの画像を見る限りだと、歪んだ笑い方をしてるし、悪党っぽい…」
「うん…そんな人が、リブラにいるんだね」
リビングで荷物を整理して、準備を整える2人。
そのまま部屋につながっているガレージへと向かおうとしている。
―――さらに同じ頃、ガレージのシャッター前。
「オイ、マジなんだろうな?ここに時雨の車があるってのは?」
「サマンサからの話だし間違いねぇ。車がガレージに入っていくのも見たそうだ。いつも通りの手順で行こうぜ」
リブラのドライバーが例の男…リッカルドに話しかける。
彼はどうやら時雨のマシンに興味があるようだ。
「しかしリブラの幹部様が、わざわざ危険をおかして車を盗むなんて酔狂もいいトコだな」
「わかってねぇなぁ…アブねぇからイイんだよ」
ガレージのシャッターにはカギがかかっている。
それをリッカルドは手慣れた手つきでピッキングしようとしていた。
ピッキングの工具を鍵穴に入れる。
―――同じ頃、時雨のホームの近く。
「あ、あれって…!?」
「ピッキングか…!?まずい!」
ゲームの勇者の格好の男が驚き、医師のような男がピッキングをしている姿に気が付いた。
そして次の瞬間だった。
「あ……Al ladro!!(ドロボーッ!!)」
そう言って帽子をかぶり、クマのぬいぐるみを持ったロングヘアーの女性がそう大声で叫んだ。
「!?!?」
「し、しまった!逃げるぞ!!」
「ひいい!!」
ピッキングの最中、よりにもよって通行人に犯行現場を目撃されてしまった。
こうなってしまった以上もう逃げるしかない。
リッカルドとリブラのドライバーは急いで仲間たちの元へと戻っていく。
「あ、逃げた!!」
「まずい!追わないと!」
「今の人物はまさか…車を持ってくるわ!」
勇者姿の男、医者の男、バージニアの妹分が互いに反応し、各々動いていく。
仲間の車に乗って逃げていくリッカルド。
その姿をマルコはしっかりと持っていた小型カメラに映しているのだった。
「おい、ズラかるぞ!犯行現場を通行人に見られちまった!出せ!出せ!出せ!!」
ガレージ近くに止められていた仲間の車に乗り込んだリッカルドは、急いで仲間に車を動かすように指示する。
「ドライバーもじきに出てくるな!バトルは俺に任せろ!」
リブラのドライバーの1人が無線でリッカルドに伝え、時雨の相手をするように伝えた。
「コラーッ!!待つんだナー!!!」
―――同じ頃、ホームの中。
「な、何?今大きな声が聞こえたんだけど…」
「一体周りで何が?」
そう言って2人が玄関ドアを開けると、そこにはマシンに乗って逃げていくリブラのドライバーたちがいた。
「あれって…!」
「時雨ー!ナミコー!!無事だったんだナー!」
時雨が逃げていくマシンの姿を見たところで、1人の少女がやってくる。
そう言って2人の下にやってきたのは…例の少女、バージニアだった。
「ば、バージニアさん!?どうしてここに…」
「早く車を出して、追いかけましょう!!」
「えっ?クーラさん!?」
バージニアのそばにきたのは、やはり彼女の姉であるクーラだった。
「あ、あなたは…!」
「話はあと!早く、追いかけて!!」
「時雨ちゃん!ドライバーたちは向こうに行ったよ!!」
そう言って、クーラとマルコは時雨に車を出して追いかけるように指示する。
「時雨、車出して!追いかけるわよ!」
「わ、わかった!」
そう言って時雨は急いでガレージのシャッターを開け、Z33のロックを外して乗り込んだかと思いきやすぐに発進させる。
ガレージをすぐに閉めた上でマルコが指した方向へとZ33を発進させ、向かっていく。
「まさか、マシンが奪われようとしていた?自宅も安全な場所じゃないわね…」
「でも、一体誰が?」
「おそらく、リッカルドだと思う…」
「この車を奪いに…?」
リブラのドライバーたちが逃げた方向へと走らせていくと、目の前に1台のマシンが表れてZ33をブロックし始めた。
「っ…!」
テールトゥノーズの状態で走る2台。
どうやらリブラのドライバーがリッカルドを逃がすために通せんぼしているようだ。
先行するマシンは…白いBMWのM3クーペ(E92)である。
「バトルコースが近いわ。そこで追い抜いて!」
「…わかった。踏むよ!」
2台はもつれたままトライストリート復路スタート地点へと飛び込んでいく。
―――vs元耐久レーサーA
推奨BGM:TAKE ME NOW(from SUPER EUROBEAT vol.102)
2台はそのまま60キロ台の速度を維持しながらコースイン。
テールトゥノーズの状態でトライストリート復路スタート地点となる繁華街区間を駆け抜ける。
コースイン直後からアクセル全開で先行するM3。
それにワンテンポ遅れる形でZ33も追いかけていく。
「(さてどこで攻めるか…)」
ストレート区間で右レーンから左レーンへと移るM3。
それに追随する形でZ33も左レーンへと移った。
まずは相手の出方を見計らって、隙が現れたら遠慮なく抜きに行く。
そしてその判断をするのは…1つコーナーを抜けるまで。
相手がアクセルを全開踏み込む中で時雨は半分程度まで踏み込む。
少しだけ車間距離を取って、相手の様子を出計らう策略である。
M3の速度が170キロ近く、Z33の速度が160キロ近くまで加速する中で、第1コーナーの左直角コーナーが迫る。
「―――!」
前方のM3がブレーキをかけたかと思いきや後輪を滑らせる。
ワンテンポ遅れて時雨もアクセルをリリースしてブレーキング。
速度は150キロ台から130キロ台へ。
ハンドルを軽く右に曲げたかと思いきや、左へ切り返してパーシャルスロットル程度にアクセルオン。
テールスライドしたZ33をコントロールするべくカウンターを当ててドリフトを維持する。
走行レーン中央から右端へ移動したかと思いきや、フェイントモーションで一気に左端の路肩へ。
壁との隙間数十センチのところをZ33のノーズがかすめていく。
先行するM3はコーナーを脱出しているが、ドリフトし続けるZ33も負けじと食らいつく。
コーナー出口寸前でアクセルをリリースしてハンドルをニュートラルに戻し、アウトに膨れていく中でZ33のタイヤの空転が徐々に収まっていく。
速度が130キロになったところでZ33はコース中央のラバーポールスレスレを駆け抜け、タイヤの空転が収まった。
そしてそこから再びアクセルを踏み込み、Z33を加速させていく。
すると前方を見ていた時雨が、あることに気が付いた。
「(コーナーで追いつけている…)」
最初のコーナーで時雨は、相手が幾分かマージンを取っていることを理解していた。
だがその余裕が、先行の場合隙にもなりかねないことは時雨自身がわかっている。
そしてその分、自分には追い付けるチャンスがある。
間違えなく自分の方がコーナーリングスピードが上なのである。
そうである以上…自分が攻め込むとしたら、最初の吊り橋まで。
アウトコースからでも攻め込んでいける…アウトコースから大外刈りのチャンスが時雨に見えた。
前方のM3が左レーンから右レーンへと映ったのと同時に時雨はアクセルを踏み込み、M3のサイドに食いつかんと加速させる。
「(ならば…外から!)」
速度は130キロ台から160キロ台まで加速する。
右レーンに移ったM3に追いつけている以上、スペックはこちらの方が上なのだろう。
もしこのまま向こうが妨害してくることがないというなら…ぶち抜くのも一つ。
先行するM3にZ33が徐々に食らいつく中で、第2コーナーである右高速コーナーが迫る。
先行するM3がブレーキをフラッシュさせてコーナーに飛び込む。
ワンテンポ遅れて時雨もブレーキをフラッシュさせて、速度を160キロ台から150キロまで落とし、アクセルオンと共にハンドルを右に切るが、高速コーナーと言うこともあり舵角は20度程度。
後輪が滑り出したZ33を制御するべく右から左へと切り返し、軽くカウンターを当てる。
ノーズをラバーポールスレスレを狙うようなドリフトでラインを描いていくZ33。
その速度はM3のそれよりも明らかに速く、同時に走行ライン自体も同じレーンであった場合ではあるものの…明らかに切り込んだものになっていた。
そしてアウトコースとはいえコーナーリングスピードが速いということは…先行するマシンに食らいつくという事でもあった。
「(何ッ!?外から…!?)」
M3のドライバーは動揺してパーシャルスロットルだったアクセルをさらに踏み込む。
ほぼ同等性能のマシンである以上、軽く踏み込めば追いつけるはず…そう思っていた。
だが、そんなことはなかった。
サイドバイサイドになったかと思いきや、M3とZ33は並走状態のままコーナーを脱出する。
コーナー脱出と共にトンネル区間に入り、サイドバイサイド。
普通であれば…M3の方が先行するだろう。
だが、次の瞬間だった。
「前に出ただと…!」
2台の速度差は数キロ程度ではあるものの、アウトコースであるZ33が前へと出る。
トンネル区間で徐々にZ33が先行し、Z33のテールとM3のノーズが0.5台分だけリードしたところで2台は第3コーナーである右高速コーナーへと飛び込んでいく。
「っ…!」
「……」
先にブレーキをフラッシュさせたのは…インコースであるはずのM3。
ワンテンポ遅れて時雨もブレーキをフラッシュさせ、ハンドルを僅かに右に切ったのと同時にアクセルオン。
僅かなテールスライドからカウンターを少しだけ当ててドリフトさせ続ける。
2台がドリフトしていく中で、Z33はアンダーを出してラインが膨れる…かと思いきやそんなことはなく、走行レーン右端のラバーポールスレスレを、20度程度という必要最小限のドリフトアングルで駆け抜けていく。
一方でM3はアングルを付けすぎていたのか、30度程度までM3のドリフトアングルを付けていた。
この10度というドリフトアングルが、コーナーリングスピードにも影響を与えているのは間違えない事実。
アウトコースと言う不利な条件ながらも…Z33はM3より前へと出ていく。
「―――!」
コーナー出口寸前でアクセルをリリースし、ワンテンポ置いてハンドルをニュートラルに戻す時雨。
すぐにタイヤの空転は収まり、アクセルオンと共に再び加速していく。
第3コーナーを抜けた直後にある吊り橋…ロングストレートにおいて速度は140キロ台から170キロ台まで一気に加速し、後方のM3を振り切らんと言う勢いだった。
「…っ!?」
一方のM3のドライバー。
こちらも第3コーナーを立ち上がって加速するのはいいが、相手の速度に比べると明らかに段違いだった。
先行したZ33はM3を振り切らんと言わんばかりに加速していく。
一方でM3のドライバーもアクセルを踏み込んでも食らいつけない。
あっという間にZ33は吊り橋を渡り切り、第4コーナー直前でブレーキを掛けたかと思いきやそのままフェイントモーションでコーナーに飛び込み…そして視界から消えた。
相手の車がとんでもなくチューニングされているのは…ドライバーでもわかった。
コーナーでもストレートでも追いつけないドライバーにはもう勝てる見込みはない…そうリブラのドライバーが勝負を諦めかけた時、リッカルドから無線が入った。
「バーカ、動揺してんじゃねぇよ。野良犬どもの草レースじゃねぇか。あっちのルールに従う道理はねぇ。停車すると思わせて、そのまま逃げろ!」
「っ…!」
そう言ってリブラのドライバーはハザードを出してコースから外れ、脇道へと逃げていく。
それこそ間違えなく敵前逃亡と言ってもよかった。
「(…あれ?いない?)」
時雨が相手のドライバーの様子が変なことに気が付いたのは、最終コーナーを立ち上がって2つ目の吊り橋を渡っていた時だった。
それを認識した時雨は、コースの左端の路肩にZ33を停車させる。
「逃げられた!?これまでバトルした相手はみんな停まって負けを認めるなりしてきたのに…ストリートレースを何だと思ってるの!?」
「って、あれ?」
奈美子が相手のドライバーに対して怒りを露にしつつ、2人が車を降りた瞬間だった。
目の前からリブラのドライバーたちがやってきて、やがて時雨のマシンと2人を取り囲んだ。
「まさか、リブラのドライバーたち…!?」
「リッカルドの下に行かせたきゃ、俺達を破るんだな!」
「っ…!」
あっという間に30人近いリブラのドライバーたちに取り囲まれた時雨と奈美子。
だが、次の瞬間だった。
「あれ…ちょっと待って。この音は?」
こちらに車の爆音が近づいてくる。
音からして何やらスーパーカーを筆頭にかなりのハイパワーマシンたちだ。
その音には、時雨や奈美子だけでなくリブラのドライバーたちも動揺している。
「な、何だ?」
「まさか、こいつの援軍か!?」
「一体…!?」
近づいてくるマシンの音。
アメリカンマッスルカーとレジェンダリースポーツカー。
更に、獰猛なイタリアンスーパーカーの音と国産車のエンジン音。
その音がやんだかと思いきや、時雨と奈美子の方に一直線にあるドライバーたちがやってくる。
「時雨ー!大丈夫かナー!?」
「時雨ー!!」
「ば、バージニアさん!」
「クーラさんも!?」
「それだけじゃないんだナ!」
やってきたのは、先日再会したばかりのバージニアとクーラの姉妹。
そしてワンテンポ遅れてやってきたのは…
「時雨!大丈夫!?」
「あなたはまさか…ルチアさん!?」
バージニアとクーラの後にやってきた、イタリア系のアメリカ人である彼女に時雨と奈美子は面識があった。
クマのぬいぐるみを持ち、どこかカリスマ性を持つ若き女性である。
―――閃光のルチア。イタリア系アメリカ人であり、バージニアとクーラの従姉妹。
そのためバージニアやクーラなどといった幼馴染や従姉妹を「ソレッラ(イタリア語で姉妹、お姉ちゃん)」と呼ぶ。
その実力は「閃光」と呼ばれるほどの高い実力を持ち、同時にアメリカでは有名な外食産業ファミリーのグループ企業社長…おまけに財閥のお嬢様と言う才色兼備のドライバー。
アツくなってしまうと関西弁が出てしまうのが玉にキズ。
嘗て箱根を訪れていたバージニアをアメリカに呼び戻そうとしていた際に時雨と出会い、紆余曲折を経て「バージニアがたまに箱根を訪れることを許可する」という形で打ち解けた過去がある。
そしてその際、あるドライバーから「最速メソッド」と呼ばれる理論を学んだことで大幅に実力を向上させたのだが…その人物もやはりここにいるようだ。
搭乗車種はランボルギーニ・アヴェンタドールSVJ。900台限定マシンを躊躇なく操縦する姿はまさしく「閃光」の名にふさわしい。
「心配したよ!大丈夫だったかい?」
そう言って時雨と奈美子の下にやってきたのは、時雨の雇主である…例の人物。
そしてそれに釣られて2人の東洋人もやってきた。
「マルコ監督!もしかして、バージニアさんたちを…?」
「ううん、それだけじゃないよ。実はルチアちゃんと…」
「まさか…」
そう言ってマルコが顔を向けた先には…2人の東洋人。
その2人もやはり時雨や奈美子とは面識があり、同時に時雨たちの事を心配していた。
「どうやらお前たちに怪我はなさそうだな、うむ…よかった」
「車も大丈夫そうですね」
「え、あなた方は…」
「クズミさんに…シンゴ、くん!?」
時雨と奈美子は互いに驚くことしかなかった。
ルチアとかつてチームを組んでいた東洋人2人の事は覚えていたとはいえ、まさかこんなところで合流できるとは思ってもいなかったのである。
―――最速メソッドのクズミ。本業は「ワンダードクター・K」の異名を持つ天才外科医で、医療用語を交えながら会話する。「恐怖心を払拭し、冷静で的確な状況判断とマシンコントロールで、意識的に『人馬一体』を生み出す」という「最速メソッド」を提唱する。
国内各地の峠を、同じ被験者であるシンゴと共に回っていたところ、時雨がそれに相応しいと判断して被験者となることを勧めるが、断られてしまう。
しかしその後ルチアと出会い、彼女を「最高の被験者」として受け入れる。
その後は本業が多忙になってチーム自体は自然解散状態となっていたが…?
搭乗車種はカスタムされた黒のY33グロリアグランツーリスモ。
―――なり切り勇者のシンゴ。ドリスピ世界では有名なRPG「スピリッツ・クロニクル」シリーズの主人公「ゆうしゃ」に憧れ、常にコスプレをしているドライバー。
「ゆうしゃ」のように勇気をもってバトルをしたいと思っている。
走りの天才だが人と争うバトルは苦手で、一時期はゴール寸前にアクセルを緩めてしまう癖があった。現在は自信を持ったのでほとんどしない。
一方で、集中するとゲームのメッセージでしゃべる癖が出てしまう。
クズミの「最速メソッド」の被験者の1人であるが、普段はしがないフリーランス。
搭乗車種は…この場においては、カスタムされたグレーのGRヤリスだった。
「皆さん…どうしてここに?」
「話はあと!このままでは時雨の車を盗もうとした犯人を逃しかねないわ!」
そう時雨に言ったルチアだが、すぐにリブラのドライバーたちを睨む。
その様子を見たリブラのドライバーたちは一瞬ぎょっとしたかと思ったが、すぐに口を動かした。
「ふん、何人来ても同じだ。リッカルドの後を追いたけりゃ俺達を倒していきな。まあ、リッカルドが簡単に逃げられるような隙だらけのお前らに、俺達が負けるわけがねえけどな」
「リッカルド…?まさかさっきの姿からして、あの『リッカルド・モレッティ』!?」
その言葉を聞いたルチアだが、その顔が一気に怒りの表情に変化した。
どうやら何かしらの因縁があるのかもしれない。
「だがこの状況では、例のドライバーを取り逃してしまうかもしれないな…」
「どうすれば…」
クズミやシンゴでも例のドライバーは取り逃しかねないと思った。
何せ通せんぼしているうちにリッカルドは遥か彼方に逃亡しかねない。
このままでは逃げられてしまうだろう。
するとそう口にした瞬間だった。
「私に考えがあるわ!汚い相手には、人海戦術よ…!」
そう言ったのはルチアだった。
一体何を提案するというのか?
「人海戦術、ですか?」
「ええ…任せて!」
時雨が疑問に思うと、ルチアはスマートフォンでどこかに電話し始めた。
そしてすぐに電話を切ると、時雨の援軍であるドライバーたちに声を掛けた。
「よし…!みんな!ここにいる『リブラ』のドライバーたちは手分けして倒していきましょう!倒していけば、リッカルドは捕まえられる…!」
「えっ、本当!?それって、一体…」
「話はあと!今はリブラのドライバーたちを倒すわよ!通せんぼを退かすまでなんだから!!」
奈美子の言葉に対し、ルチアは「とにかく通せんぼしているドライバーたちを倒すことを優先するべきと説いた。
「時雨!私たちにも任せてほしいんだナ!!」
「時雨君、仕事の分の恩返しをさせてもらうよ!」
「時雨!」
「時雨!!」
「時雨さん!」
「時雨!」
時雨の援軍として表れたドライバーたちが一斉に時雨の名前を叫ぶ。
やはり中心にいたのは…時雨だった。
そしてそうである以上、時雨はこの場をゆだねることを決めるのだった。
「…わかりました。お願いします!」
ここまでくればもう躊躇することはなかった。
先日のヨハンやロベルトの件もあった以上、自分たちの活躍が他のライバルたちに伝わっている可能性があったため…こうなることはあり得たのだ。
そしてそうである以上、孤軍奮闘するよりかは使えるコネは必要に応じて使うべきなのかもしれないと認識していた。
そう認識した時雨は、援軍のドライバーたちに支援砲撃の許可を出すのだった。
「親友のピンチには、助けに行くのが本当の仲間ってもんダナ!!金狼の力を見るんだナ!!アオオーン!」
一番に飛び出していったのはやはりバージニア。
彼女にとってもライバルであり箱根で世話になった時雨に対しては恩返しをしたいと思っていたし、プロレーサーにどれほどかなうかも興味があった。
「バージニアが世話になっている以上、恩を返さないとね…さあ、かかってきなさい!!」
姉のクーラもそれに負けじと勝負を挑んでいく。
伊達にカスタムされたカウンタックに乗って関東各地で名を上げたドライバー。
やはり「完璧女優」の名前は伊達ではないし、彼女としても時雨への恩がある以上…飛び込むのは当然だった。
「熱いね…素晴らしい友情だ!そんなものを身近に見せられたなら…僕もその渦に飛び込ませてもらおうか!」
バージニア達を連れてきたマルコ。
時雨を雇ったのもあるし、同時に仕事も評価していた。
そしてその結果と箱根での経験を、給料と恩返しで返したいと思っていた。
「仮にもプロのドライバーたちと戦うことで、私の最速メソッドにも磨きがかかるいい機会…勝負だ!!」
医師であり、「最速メソッド」の構築に余念がないクズミ。
そんな彼でも、プロレーサーと言う本職のドライバーたちに自分の理論がどこまで通用するかが興味があった。
そしてそれを是非、最速メソッドを究極のものにするためにフィードバックしたいと思っていた。
「時雨さんたちも戦っているんだ…僕たちも、負けてられない!!うおーっ!!」
「勇者」に憧れる青年、シンゴ。
仮にRPGゲームの勇者であるというならば、嘗て走り合った仲間のピンチには自ら助けに行くのが自然の流れ。
そして「最速メソッド」の被験者である以上、その実力がどこまで敵うのかと言う事にも興味があった。
「バージニアの故郷を荒らす不届き者は…ソレッラの友達を傷つける者は……私が許さない!!!」
「閃光」の異名を持つ若き女性、ルチア。
イタリア系のアメリカ人と言うこともあり、何やらリッカルドとは因縁があるようだ。
そしてそんな人物に傷つけられそうになっていた「友達」のピンチには颯爽と立ち上がり、プロ相手でも躊躇なく挑戦していく。
―――リブラのドライバーたち相手に、時雨と奈美子、そして援軍である金狼、完璧女優、映画監督、勇者、医者、そして閃光と呼ばれるドライバーたちが次々と勝利を重ねていく姿はあっという間に話題になった。
リブラのドライバーたちの実力は、到底彼ら彼女たちには及ぶこともなく…次々と敗れ去っていく。
「よし、勝った…!次のドライバーも倒そう!」
「…うん!」
2秒差でゴールしたZ33の中で、奈美子と時雨は多少安心したかのようにそう言った。
時雨の実力はプロ相手でも通用しているのは間違えない。
「はっはっはっ!タキる、タキるぞ!私の『最速メソッド』はプロ相手でも通用するようだな!!」
複数のレーサーたちとバトルをしていくうちに気分が高揚しているクズミ。
やはり自らの理論がプロ相手でも通用することを実証するいい機会だったようだ。
彼が操縦するY34グロリアは、リブラのドライバーたちを最低3秒以上の差をつけて圧倒していく。
「ゆうしゃのこうげき!シーフに500のダメージ!シーフをたおした!」
バトルに打ち込むあまり、すっかり興奮していたシンゴ。
リブラのドライバー相手にやはり最低2秒の差をつけて勝利するが、同時にバトルを重ねるごとにさらに速さが増していく。
今回用意されていたマシン…銀色のGRヤリスを制御し、プロレーサー相手に着実な勝利を重ねていく。
「なんだか段々楽しくなってきたんだナ!もっともっとかかってくるんだナー!!」
体中の熱りを感じていたバージニア。
バトルに熱狂するあまりすっかり髪の一部が耳の様に逆立っている。
「狼」と呼ばれた彼女である彼女に対し、リブラのドライバーたちはほとんど手も足も出ない。
赤色のカマロSSはまさに「狼」と言わんばかりの勢いでドライバーたちを食っていく。
「ふふっ、私の努力も決して無駄ではないみたいね…まさか、プロ相手にも通用するなんて」
周りの勢いに流されつつも、カウンタックを操縦するクーラ。
表面では冷静に取り繕っているが、実際は彼女もバトル大好き。
そしてやはり何でもかんでもこなす「完璧女優」と言われるだけあって、ドラテクもプロレーサーこぼれのドライバーたちを圧倒していた。
赤色のカウンタックはまごうことなき彼女の象徴。援軍のドライバーたちの中でも屈指の正確性でカウンタックを制御していく。
「いやー、このV36スカイラインのシェイクダウンに関してはハードだけど…まさかここまでとはね!楽しいよ、それにいい映像ばかりが撮れてるよ!!」
久々に購入した新車でバトルへと挑んでいくマルコ。
シェイクダウンとしてはハードだったが、かなりのハイパワーマシンに仕上がっている以上プロレーサーたちとの戦いは十分だった。
彼自身も高い実力を持っていたこともあり…乗り換えたばかりのリバティーウォークカスタムの黒いV36スカイラインで、バトルの映像をきっちりと収めつつもプロレーサーこぼれたちを圧倒していく。
「いくらプロとはいえ、『最速メソッド』を経験した私の敵では…ない!!」
そして「閃光」の異名を持つドライバー…ルチア。
箱根で経験した「最速メソッド」が、彼女の速さをより際立たせていた。
嘗て箱根で世話になった知人…それこそ恩義がある知人がピンチである以上、彼女が全力で援護に回るのは当然と言えば当然だった。
緑のアヴェンタドールSVJは、間違えなくニューヨークでもトップクラスのスピードでコースを駆け抜けていく。
箱根において時雨が共に走り合った仲間たち、そのいずれもがモンスターマシンを制御するドライバーたち…が、リブラのドライバーたちを一人また一人と圧倒していく。
「は、速い…!どうなってるんだ、アイツら!?」
「アヴェンタドールSVJに、カウンタックに、GRヤリスに、V36スカイライン…皆、速すぎる!!こんな奴らと、時雨は戦ってきたっていうのか…!?」
リブラのドライバーたちが彼ら彼女たちの活躍に混乱する中、また一人また一人とリブラのドライバーたちが敗れていく。
同時にリブラのドライバーたちの多くが驚愕するしかなかった。
ここまでのドライバーたちと共に争ってきたとは思ってもいなかったのである。
バトルが始まったかと思いきや、すぐにバトルの結果が出る。
そしてその結果が出るたび、敗北していたのは…リッカルドの仲間であるリブラのドライバーたちだった。
「ああ、チクショウ!負けた!このままじゃ時間の問題だぞ!?」
「だ、誰かリッカルドに連絡しろ!」
時雨の周りの実力者たちに対し、手も足も出ないリブラのドライバーたちが混乱するのは無理もなかった。
数日前にプロレーサーであるケヴィンやヨハンが時雨の援軍として表れたのは聞いていたが、こんな事態になるとは思ってもいなかったのだ。
アマチュアでもかなりの実力者、下手したらセミプロ級、あるいはプロでも通用するレベルの実力者たちの前に、敗者の山が積みあがっていく。
◇ ◇ ◇
―――同じ頃。
リッカルドは仲間の車から降りて裏路地に退避していた。
「(何とか逃げられた…っと電話か)」
そう思ったところでスマホをズボンのポケットから取り出して、電話に出る。
そのスピーカーからは、リブラのドライバーによる悲鳴にも近い声が聞こえてきた。
「大変なことになった!時雨の援軍が到着して、そいつらとバトル中だ!どうなってやがる!?」
「何だって?だが、援軍なんて…」
「『狼』のバージニア、『完璧女優』クーラだけじゃねえ…『閃光』のルチアが時雨の援軍に来やがった!!」
リブラのドライバーが悲鳴のような声で言ったドライバー、「閃光のルチア」。
そのドライバーの名を聞いたリッカルドは、動揺するしかなかった。
「なっ…冗談だろ!?閃光のルチアって言ったら、実力派のアヴェンタドール乗りじゃねえか…それが今なぜ、ニューヨークにいやがる…!?しかもそいつが、時雨の援軍…!?」
リッカルドですらも血の気が引いた。
「閃光のルチア」といえば自分に近いイタリア系のアメリカ人で食品会社の社長、おまけに超バカッ速のアヴェンタドールSVJ乗りじゃないか。
一体どうしてこんなところに?どうして時雨と関係が?
あまりにもありえないし、訳が分からなかった。
「ルチアたちだけじゃねえ、他に映画監督のマルコと東洋人2人もいる…そいつら含め皆、速すぎる!!リッカルド、どうすればいいんだ!?」
「…ちっ!すぐ折り返す」
リッカルドは舌打ちをして終話ボタンを押し、サマンサへと連絡した。
「おいサマンサ!どーいうことだ!?あんな奴らが時雨の仲間なんて聞いてねーぞ!!」
「はあ?あんな奴らって…」
「アヴェンタドールSVJ乗りのルチアと女優のクーラ、バージニアまで時雨の援軍に現れやがった!!こんなヤバい奴らが時雨の仲間なのか!?時雨の事は本当に調査したのかよ!?」
サマンサに対して怒りの声を荒らげるリッカルド。
時雨が正体不明のドライバーであるのは知っていたが、まさかここまでのパイプがあるとは思ってもいなかった。
それも、プロレーサーはともかく…相手は大財閥のお嬢様であり子会社の社長であるルチア。
そしてその取り巻きのドライバーたちに対して、リブラのドライバーたちが皆粉砕されていく以上…とんでもない実力のドライバーたちであることは言うまでもなかった。
こんな状態ではいくらリブラのドライバーたちが相手でも壊滅は待ったなしである。
「う、嘘……あり得ない。どうしてこんな時に?(ここまで来たらもうハッタリじゃない、時雨の人脈は…私の想像を遥かに超えている!!)」
閃光のルチア、と言えばイタリア系のアメリカ人で同時にアヴェンタドール乗りとしても有名である以上、サマンサでも驚くことしかなかった。
アマチュアトップクラスドライバーである彼女とよりによってコネがあるとは。
プロレーサーとのコネ、アマチュアトップドライバーとのコネ。
調査を実施したところ、かの国はおろか世界でも人気があり、「スーパースター」と称される「三刀流のナナミ」にスカウトされてD1地方戦に出場したという話は聞いていた。
彼女のスカウトによって、D1地方戦と言うドリフト競技のレースに出場、結果時雨は優勝したらしい。
いくら彼女がスカウトしたのがD1グランプリと言う大カテゴリの一番下のクラスとはいえ…プロレーサーとのコネは全くもっておかしくはなかった。
だがよりにもよってアマチュアトップクラスドライバーであり、「閃光」と呼ばれるドライバー…ルチアと関係があるとは思ってもいなかったのだ。
「とにかく俺は一旦アジトの方に……うおっ!?ガハッ!!何だおま…離せ、離せーッ!!」
取り押さえられたかのような音がしたかと思いきや、ガシャンという音の後にバタリ、という音がした。
人が倒されたような音だ。何者かに取り押さえられたのかもしれない。
そして次の瞬間には、通話が途切れた。
「ち、ちょっと?リッカルド!?電話が切れた…!?」
慌てて電話をし直すが、電源が切られてしまって出ない。
一体何が起きたというのか?
「(でもはっきりわかった…時雨の周りは、モンスターの周りはモンスターだらけってこと…!マシン、ドラテク、そして人脈…彼女は自覚してないだろうけど…奴は私達の常識を超えたドライバーだ……!!)」
電話を繰り返す中で、サマンサは自然とそう思った。
彼女が「ドライブモンスター」と呼ばれていたのは知っていたが、よりにもよって大手グループの御曹司であり「閃光」と呼ばれるドライバーと縁があるとは思ってもいなかった。
彼女が「ドライブモンスター」と呼ばれる以上、実力もドライビングも間違えなくモンスターである。
そして同時に、人脈もモンスターレベルであるということをサマンサは思い知るのだった。
それはやはり、「三刀流のナナミ」との縁や、ロベルトやヨハンと縁があるというのがわかったからだろうか。
「作り上げてしまった…ケミックとオクティは、とんでもないモンスターを…!」
サマンサはひとり嘆くかのようにそう呟くのだった。
―――vs裏レース常連レーサー
推奨BGM:MR.HEARTBREAK(from EUROBEAT BLAST vol.3)
相手の車は白色のマークXG's(GRX133)。
コースはトライストリート往路。
左レーン、Z33。右レーン、マークX。
2台がスタート地点である吊り橋の中腹に並び、スタートを待つ。
「(ユキの車と似たような車とのバトルも増えてきたな…これはこれでいいのかもしれない)」
ここまで来て、時雨は雪風のマシンと似たようなマシン…スポーツセダンとバトルする傾向が増えているのを感じていた。
所謂セダンマシンとのバトルが多くなっていたのである。
マークXもそうだが、M3クーペ、チェイサー、フーガ、Y33セドリック、レガシィ、ユーノスコスモ、アルテッツァ…もちろんこれら以外の普通の国産スポーツカーとのバトルも多いのだが、これはこれで面白いと感じるようになっていた。
雪風が乗っている車もセダン…それもメーカーワークスのチューニングが施されたモンスターマシンのセダンである。
似たようなマシンに乗り、同時に争うことが、時雨にとっても確実な経験値となりつつあることを彼女自身も強く認識していた。
そんな中でカーナビのカウントが始まろうとしていた。
3
2
1
GO!
「くっ…!」
「……」
ギアを切り替え、どこか必死そうにアクセルを踏み込むマークXのドライバー。
一方で同じようにギアを切り替えてアクセルを全開に踏み込むも、完全に涼しい風の時雨。
仲間たちがバトルをしている…自分が一人ではない、と言う現実…そんな心のゆとりが時雨を包んでいた。
そう思うと時雨のアクセルを踏む感覚は自然と強くなる。
仲間がいるということは、雑魚相手でもある程度の無茶が出来るという事。
ターボの爆音を轟かせてZ33を疾駆させる。
スタート直後の吊り橋上ストレートで、時雨は早々にZ33をマークXの前に出した上で右ウインカーを出し…右レーンに移った。
「(あの人たちはきっと負けない…でもだからといって、僕も油断するつもりはない。早々に振り切る!)」
早々にバトルの決着を求める時雨は、スタート直後から大逃げを図る。
速度はあっという間に170キロに達しようとしていた。
「っ…速い!」
マークXのドライバーも必死になってアクセルを踏み込み続ける。
だがスペック差もあり、ストレート区間では150キロまで加速するのが関の山だった。
先行するZ33との車間距離が徐々に引き離されていく中で、Z33は第1コーナーに飛び込もうとしていた。
「……!」
第1コーナーの直前で軽くハンドルを左に切ったかと思いきやアクセルオフ、そのままブレーキをかけて減速させる時雨。
そしてブレーキングで130キロ台まで減速したところで、ハンドルを一気に右に…90度以上切り返す。
一気に左から右へと回頭する中で、時雨はアクセルを踏み込んで後輪を空転させる。
ドリフト状態になったところでハンドルを再び右から左へと切り返して今度はカウンターを当てる。
直角コーナーにおいて45度ほどアングルを付けたZ33は、そのまま走行レーンの左端からコーナー中間で右端…それこそコーナーのクリッピングポイントを狙ったかのように飛び込み、アウトインアウトのラインを描いてドリフトしていく。
「……」
コーナー中間のクリッピングポイントを抜けたところでアクセルを抜き、左に曲げていたハンドルを徐々にニュートラルに戻していく。
空転していたタイヤが徐々に収まる中でZ33は右向き45度から前方…0度、つまり真っすぐを向く。
手慣れた手つきでドリフトを抑えるが、アクセルは半分程度しか踏んでいない。
速度も120キロ台から130キロ台までしか回復しないが,すぐに次の第2コーナー…右ヘアピンコーナーが迫る。
そうである以上、時雨は変にアクセルを踏み込んで加速する必要はないと判別していた。
「(…ここだ)」
ある程度場数を踏んだ以上、時雨は冷静だった。
アクセルオフからハンドルを左に切ったかと思いきや、早めにブレーキを踏み込んでハンドルを一気に右へと切り返す。
先程の直角コーナーよりもあ更にきついコーナーである以上、更に舵角をきつくしないとインには攻め込めないし、スピードも減速しないとオーバースピードでレーンからはみ出てしまう。
ラバーポールに接触すると失速待ったなしなので、それだけは避けるためにブレーキを踏み込んで確実に減速する。
速度は130キロ台から110キロまで減速したところで、アクセルを踏み込んで右へとハンドルを切り返すことでタイヤを空転させつつドリフト状態へ。
左を向いていたZ33は右へと一気に回頭し、ノーズが右の壁を向いたところでハンドルを左に切り返してカウンターを当てる。
コースの左端から右端へとドリフトしながら移動していくZ33。
コース右端の一点を狙ったかのようなドリフトで、走行レーンの右端…それこそ壁との隙間数センチといったところを狙い、クリッピングポイントを駆け抜けていく。
「……」
クリッピングポイントを抜け、コーナーの立ち上がり。
右端の壁との隙間数センチを抜けたZ33はコーナー出口へとアウトへと膨れていく。
そして膨れていく中で時雨はハンドルを左に曲げ続けながらアクセルオフ。
アクセルオフによってタイヤの空転が収まりつつある中で、Z33は右向き90度から左へと回頭していく。
速度が105キロになったところでZ33のグリップは回復し、ノーズが前方のストレートを向いていた。
それを見たところで、時雨は直感でアクセルを全開にする。
2つのコーナーを抜けた先にある吊り橋上のストレート。バトルのスタート直後からここで勝負を仕掛けに行くつもりだった。
「(直線区間で速いならそこを突けばいいし、コーナーで遅いならそこを突けばいい…)」
天へと昇る龍のような勢いで加速していくZ33。
ストレート区間で180キロ以上と言う爆速で走り抜け、後方のマークXを完全に振り切ろうとしていた。
時雨は相手の車との加速差に着目し、直線区間で振り切る方向にしていた。
スローイン・ファストアウト。
その策略は成功し、あっという間に相手の精神を折ることが出来ていたのだった。
「くっ!仮にもプロレーサーの俺が、こうも…!」
第2コーナーを立ち上がったばかりのマークX。
だがこの時点でZ33は吊り橋の先の第3コーナー…左高速コーナーを駆け抜け、トンネルへと飛び込んでいる。
Z33は完全にマークXを力でねじ伏せる形で圧倒するのだった。
リブラのドライバーは完全に手玉に取られるどころか相手にもされていない。
そしてそうである以上、アクセルを抜いて降参するしかない。
意気消沈したリブラのドライバーは、ハザードを出して吊り橋を渡り切ったところで…降参する形で右端の路肩に停車するのだった。
◇ ◇ ◇
―――バトル後。
リブラのドライバーたちとバトルを繰り広げて一息ついていた時雨と、彼女の援軍のドライバーの前に2台のキャデラック・CTS-Vが停車した。
2台の車から出てきたのは…屈強な体つきの、サングラスをかけた黒服の男たち。それこそルチアのSPだった。
「お嬢様、例の泥棒野郎をお連れしました」
黒服のリーダーであるドライバーがルチアに近づき、彼女にそう伝えた。
「フフッ、ありがとう。助かったわ…とりあえずここに出して」
「はっ!」
そう言って黒服たちがCTS-Vの後部座席から引き出したのは、両手を手錠で止められ、口をガムテープで止められたリッカルドの哀れな姿だった。
地面に正座の形でリッカルドは座らされた。
その姿を見たルチアは、近づいて口元のガムテープをはがす。
「この方が…」
「勝負師リッカルド、か…!」
ガムテープをはがしたことで顔が完全に露になったところで、シンゴとクズミが驚いていた。
そのドライバー自体の名前は聞いたことがあったが、まさかニューヨークで暴れまわっているとは思ってもいなかったのだ。
「あの…やっぱりお2人も知っていたんですか?」
「『レーサー引退後イタリアで過ごしていたが、公道レースで文化財破壊や自動車の窃盗で幾度となく逮捕』されていたドライバー、とは聞いていたが…うむ、墜ちたものだな」
「攻撃的な走りで有名な方だったんです。でもまさかそんな方が、ニューヨークを乱す組織の幹部だなんて…」
クズミもシンゴもリッカルドの話は聞いていたが、まさかニューヨークを陰で牛耳っていた組織のドライバーとなっていたことに関しては知らなかった。
そしてそうである以上、彼らも驚きつつも呆れていた。
「遂に捕まえたわよ。相手が悪かったわね…」
「年貢の納め時…観念するんだナ!」
ルチアの言葉に次いでバージニアもそう言った。
やはり時雨のマシンを盗もうとしたということは彼女たちを怒らせるのに十分だった。
「ち、畜生…」
「ソレッラ…バージニアのトモダチである時雨の車を盗もうとするなんて、どういうつもりなの?あなたの事は余罪含めて警察に突き出してもいいんだからね?今まではともかく、ソレッラのトモダチに危害を加えようとしたら…話は別よ!」
「うぐぐ…」
リッカルドの首元の服を掴んだ上で顔をぐい、と寄せてルチアが迫まる。
その気迫にリッカルドは完全に意気消沈していた。
「本当によくもこんなことをやってくれたわね。イタリアの恥さらしよ!」
「ぐっ…」
イタリア人の血が通っている以上、ルチアとしてもリッカルドの存在は「恥さらし」だった。
おまけに時雨のマシンを盗もうとしたという人間を許しておくわけにはいかなかった。
その怒り具合に対し、リッカルドは何も言う事が出来なかった。
下手に反論したら何をされるかもわからない以上、口をつぐむしかなかったのである。
するとその時だった。
「まあまあルチアさん、落ち着いてください。ほら、苦しがっているじゃないか…」
どこか「あなたはやりすぎてる」と言うかのように、時雨はルチアを落ち着かせた。
時雨がそう言ったところで、リッカルドの首元を掴んでいたルチアは手を離した。
「…時雨、どうする?リブラとの戦いでの中心はあなたよ。リッカルドはあなたの好きにしていい。警察に突き出すなら突き出すわよ?」
「うーん…そう言われても…」
ルチアの言葉に対し、時雨は困るしかなかった。
リッカルドを自由にするといいとは言われたが、別に自分はあまり気にしていない。
そう思った時雨はある提案をする。
「リッカルドさん。僕の要望は2つ…ケミックとオクティの事が落ち着くまで騒ぎを起こさないでほしい、ということと…僕と真剣勝負をしてほしいということだ」
時雨の言葉を聞いた援軍の一同やリブラのドライバーたちが騒然とする。
自分の車が盗まれかけたというのに、彼女はそんなクズ男を許すというのか?
時雨の言葉を聞いたルチアが時雨に問いかける。
「はあ!?時雨、あなたはこんな奴を許すつもりなの…!?甘いわよ、許したらまた同じことをしかねない…」
「そうだナ、時雨!ここはルチアが正論だナ!チームオーダーを無視したり車をわざとぶつけてきたりするくらい、ダーティなことをするドライバーである以上、何をするかはわからないんだナ!時雨、やめておくんだナ!」
「ここはもう窃盗未遂で警察に突き出した方がいいかもしれないわ」
ルチアの言葉に続き、バージニアもクーラも「バトルはやめておけ」と言った。
だがそれでも時雨にとってはある思いがあった。
「まあまあ、別に僕は未遂で終わったことをそれ以上追及することはしたくないんだ。それに許すも何も…僕にとってはプロレーサーとバトルできるいい機会だから、ね」
「時雨…」
リッカルドとバトルすることはあくまで通過点でしかない…そう時雨は言った。
そしてそうである以上、さっさとバトルをしたい…というのが時雨の要望だった。
「お前…俺を生かして、どうするつもりだ?警察に突き出すことくらいできるだろう?」
「特に何も…僕と真剣勝負をしてほしいだけですよ。どうかな?」
リッカルドの問いに対しても、時雨はそう答えた。
それはまるで、それ以上もそれ以下もない…ということだった。
「時雨…改めて聞くわ。正気なの?」
ルチアが神経を疑っても当然だった。
そこまでしてバトルに挑むというのか?
彼を許すというのか?
彼女にとっても時雨の魂胆が見えない、底が知れなかった。
だがそんな中で、3人のドライバーが声を掛ける。
「ルチアちゃん、時雨ちゃんは本気だよ。仕事を一緒にしてきた僕だから言えるけど、時雨ちゃんは正直者だからね」
「ふむ…ルチアよ、当事者である時雨がそう言うのだから、いいのではないか?問題の本質は彼女が一番わかっているはずだ…」
「僕も、この人と時雨さんのバトルには興味があります…」
ルチアに声を掛けたのはマルコ、クズミとシンゴだった。
マルコは時雨が言っていることは嘘偽りがないことを示し、クズミは時雨に任せるように委ね、シンゴは時雨とリッカルドのバトルに興味があるようだった。
仮に警察に突き出したら、そのどちらも敵わない。
「まあでも…なんというか、時雨らしいといえば時雨らしいんだナ!」
「全く…時雨って本当につかみどころがないわ。でも、それがいいんだけどね」
クーラにとっては時雨の態度は呆れる以外なかった。
だが、それも彼女の魅力であることはクーラでもわかってはいた。
それはやはり、嘗て箱根で色々と世話になった経験からだろう。
「…わかったわ。時雨の言ってることだし、信じてみようと思う」
折角かつて世話になった2人がそう言うのならば…とは思ったルチア。
そう言ってリッカルドをじっと睨んだ。
睨まれたリッカルドはビクッ、と動揺したが…その直後にルチアはこう口を開いた。
「あなたのことはあなたの車の場所までSPが連れていくわ。逃げられると思わないことね」
「う…わ、わかったよ…」
「さあ、連れてって!」
「はっ!」
手錠を付けられたままのリッカルドは、そのままSPたちに連れられてCTS-Vの後部座席へと乗り込むのだった。
◇ ◇ ◇
―――移動中の車内。
リッカルドはSPたちに囲まれて身動きが全く取れなかった。
逃げることなんてもってのほか。
こんな無様なことになるとは思わなかった。
全て、全て時雨のせいだ…彼はそう思っていた。
すると、リッカルドはSPに対して静かに呟いた。
「笑えよ…なあ!退屈な日常生活に対応できずひたすらスリルを求める、元サーキットレーサーの哀れな末路をよ!走るのを止めようとも思った。金があっても、美女がいても、時が経つほどに渇いていく…他の奴らと同じように!」
リッカルドにとってはひたすらにスリルを求める自分の姿をいっそ笑ってほしかった。
ケヴィンのように、金や女がいても走りに対する欲望が収まらない。
そんな姿はもう笑いものだ…そう思っていた。
だが、運転席や助手席のSPも、リッカルドの左右のSPも皆笑っていなかった。
「…だからリブラにいる。貴様が貴様自身を見失わないでいられる。渇きを癒せるのは走りだけということか。貴様も本当は、わかっているんだろう?」
「…ああ、居場所を守るために走る。この俺は…この俺自身と、渇きを癒せない仲間のために走る…!今のニューヨークを浄化されてたまるか。クソみてえな奴らが集まる泥みてえな場所は必要なんだ。あいつらには地元に帰ってもらう」
リッカルドは決意を固めたかのようにそう言った。
だが、SPは全くもって動揺していなかったのと同時に、こう口を開いた。
「決意を固めるのはいいが…彼女は、とんでもなく速いぞ。お嬢様ですら…一泡吹かせられたからな」
「…ちっ!」
黒服の言葉に対し、リッカルドは舌打ちをするしかなかった。
SPのドライバーたちがリッカルドの車を取りに行って10分後。
この時点で、時雨とその援軍のドライバーたちはリブラのドライバーたちを壊滅させていた。
「それにしても、リッカルドはリブラのアジトに行ったのかしら。本当に大丈夫かなあ」
「大丈夫よ、私のSPはみんな優秀だから…きっと、相手が悪いと思って逃げないわ」
奈美子の言葉に、ルチアはそう語った。
会社経営者のSPである以上、ある程度は優秀でないといけない。
そして同時にそれはルチア自身がよく理解していた。
「でも、リブラのアジトに行ったのなら私たちも行くべきだったかなあ」
「何で?」
「だって、リブラのアジトにはサマンサ…私たちが会いたいと思っているドライバーがいるから…」
ルチアの言葉に対し、奈美子はそう答えたが…一方で答えたのは時雨だった。
「どうだろう?でも、今僕たちが行ってもサマンサは顔を合わせてはくれないよ」
「そうかなあ…」
「僕に沢山の知り合いがいても、やっぱり僕自身の実力を示さないと」
すると時雨がそう言った時だった。
甲高いエンジン音が聞こえてくる。
「…あれは!」
そして近づいてきたのは…CTS-Vと、それについてくる形で黒色のランボルギーニ・ガヤルド。
ガヤルドの中から出てきたのは…ルチアのSPとリッカルドだった。
だが、リッカルドが降りてきたのは…助手席側。
勝負の場まではルチアのSPが乗ってきたのだ。
既にリッカルドは手錠も外されて自由の身となっている。
「お嬢様、例の車をお届けに参りました」
「フフッ、ありがとう。一旦下がっていいわ」
「はっ!」
そう言ってSPはいったんその場を下がった。
そして下がったのを見たところで、ルチアが時雨に話しかける。
「さあ時雨、あなたのご要望通り連れてきたわ。バトルと言う形でいいわね?」
「あ…はい」
すると、時雨がルチアの言葉に答えた時だった。
「フン、やってくれたな。まさかこれほどまでのパイプを持ってるなんて、つくづく想像を超えてくる奴だぜ」
リッカルドは時雨に対してそう言った。
だが、その態度はどこか開き直ったかの態度は奈美子の怒りを買ってもおかしくなかった。
「サーキットドライバーはみんな紳士だって話、ウソよね。だって、あなたみたいな人がいるんだもの!」
「ナミコや時雨を傷つけようとした事、許さないんだナ!」
「人のものを盗むのはダメって、子供でもわかることをやるなんて。本当に最低ね!」
奈美子の言葉に続いて、バージニアとクーラも互いに怒りを露にしていた。
だがその言葉に対し、リッカルドは「もう慣れた」と言わんばかりにこう言葉を続ける。
「はっ、そうだろうな。『紳士』なんてリブラにはいない。この俺も、取り巻きも全員、チームオーダーを破ったレーサーだ」
「え…」
時雨たちが破ってきたドライバーたちは皆レース界隈から追放されたプロレーサーたちだった。
だが同時に、時雨の取り巻きの1人が口を動かす。
「やはり…でもだから、走りが荒いわけですね。それが足かせになっているようだった」
そう口を動かしたのはシンゴだった。
彼自身、相手の走りのダーティ具合には気が付いているようだった。
彼は元々バトルが苦手で、ゴール直前で「わざとアクセルを抜く」癖があった。
だがそんな彼でも、リブラのドライバーたちのような「ダーティな真似」はしていなかった。
そして同時に、そんな走りをするリブラのドライバーたちに対して「ダーティな走りが逆に足かせになっている」と感じていた。
「何だと?」
「うむ…うむ。相手を傷つけるような走りよりも自分自身を高めていくような走りの方が明らかに速いというのは…最速メソッドのうちの1つだが、やはりそれは間違っていなかったようだ。こんな走りをしていたら、皆プロから追い出されるのも当然だろう」
口を開いたのはクズミだった。
彼が提唱する「最速メソッド」の1つにはやはり「ダーティな走りは遅いだけ」ということが定義されていたのだろう。
そして同時にそれが間違えではない、と彼自身も実感するのだった。
「最低限のルールすら守れないドライバーたちに、レーサーを名乗る資格なんてものはない!汚れた勝負師の汚名、本当にその通りだと思うわ…!」
リッカルドの開き直った態度はルチアを怒らせるのに十分だった。
自分自身もイタリア系である以上、イタリアの恥さらしとも言うべきドライバーの態度に彼女は完全に怒っていた。
だがその怒りも躱すかのように、リッカルドは口を動かす。
「うるせえ!チームの勝利のために、後続の車をブロックしろだの何だの、イチイチ指示してきやがって…ウンザリだ!上の奴らは実績が欲しいだけじゃねぇか!この俺が欲しいのは、この俺自身の1位だけなんだよ!2位でも3位でもねぇ!1位だ!チームオーダーなんざクソくらえだ!」
「うむむ…1位以外はみんな敗者ということだね。2位も3位も十分称賛されるけど、それだけじゃ満足できない。何と言うか、それはそれでまた哀れな…」
リッカルドの言葉に対し、マルコは憐みの感情を抱きつつもそう言った。
公式のレース…それこそスプリントならともかく長時間走るレースとなる以上、1stドライバー、2ndドライバーなどは勿論だが、ピットのメカニック、監督といった様々な人間の協力がないと、それこそ協調性がないと1位にはなれない。
それをマルコ自身も理解している以上、リッカルドの言葉に対しては「頂点しか目指せない」ということであると認識していた。
そしてそうである以上、マルコにとってリッカルドは憐みの対象であった。
「ああ、そうだよ!…時雨!!お前もそうじゃねえのか!?お前は、俺をバトルでぶちのめしたいんじゃねえのか!?」
そう言ってリッカルドは時雨にガンを飛ばした。
大声で指名されたことによって一瞬びくりとした時雨だったが、時雨はどこか困ったようにこう口を動かす。
「うーん…そう僕に話を振られても、困るんですよね」
「…え?」
こんな中で話を振られて困るとは一体どういうことなのか?
リッカルドがそう思うと、時雨はふと口を動かす。
「難しいことはわからないけど…僕たちには目的があるんです。『ゼロヨンチャンプ』と呼ばれたドライバーに勝つこと…その人は、あなたでも想像がつかないほどに…とんでもなく速い。その人に勝つためなら…反則やズル以外、何だってやるつもりです」
「む…ゼロヨンチャンプ、だと?」
「まさか!」
「…あの人を!?」
時雨の言葉に対し、クズミやシンゴ、クーラが驚いて声を出す。
どうやら「ゼロヨンチャンプ」の異名は彼ら彼女たちの間でも知られているようだ。
「ゼロヨンチャンプ、だと?まさか…?」
時雨の言葉を聞いたリッカルドはあるドライバーを思い出していた。
数年前にアメリカにやってきて、アメリカ各地やカナダ、メキシコなど縦横無尽に駆け回った挙句、各地のゼロヨンドライバーたちを圧倒して最終的にはアメリカで「ゼロヨンチャンプ」と呼ばれた東洋人がいたことを。
そのドライバーはゼロヨンでの才能は勿論だが、それ以外のレースでも高い才能を持っているという事を。
そしてそんなドライバーが今、国内外で活躍しているということを。
そんなドライバーを目標としている以上…やはり自分は通過点と言う事なのだろう。
リッカルドは改めて実感した。
「…ハハッ。俺達は所詮、目標を超えるための通過点ってことか。だがそうである以上、ケヴィンは本当にいいドライバーとバトルできたんだな…少し安心したぜ。それに、いつも仲間たちの中心にいるお前らが羨ましいよ」
リッカルドは時雨があくまで自分たちとの戦いは通過点でしかないということを理解した。
そしてそうである以上、ケヴィンが素晴らしいドライバーであるということもよく理解するのだった。
「…車に乗れ、時雨。誰が1番速いか教えてやる。負けたら2度とニューヨークに来るな!」
そう挑発的な態度をするも、バトルをすることを受け入れたリッカルド。
「…わかりました。始めましょう」
時雨はリッカルドの言葉に対し、静かにそう言うのだった。
その言葉を聞いた以上、時雨は奈美子共々Z33へと乗り込み…ガヤルドに付いていく形でコースへと移動していく。
◇ ◇ ◇
―――vs勝負師リッカルド
推奨BGM:RED CORE(from SUPER EUROBEAT vol.175)
先程記述した通り、相手のマシンは黒のガヤルド(LP560-4)。
所謂後期型ガヤルドである。
570馬力を誇る、V10エンジンの化け物マシン。
時雨のマシンのそれよりも馬力のあるスーパーカーである。
走行性能が安定する4WDマシンであるために、ドリフトには不向きであるのが欠点だが、同時にパワー面で優位…そんなマシンであった。
左レーン、ガヤルド。右レーン、Z33。
「(あのZ33がどんなスペックかは知らねえが、所詮フェアレディZ…ぶっちぎってやる!)」
リッカルドは自信があるようにそう思っていた。
いくらここまで多くのドライバーを破ってきたとはいえ、所詮フェアレディZ。
Z33は元々NA車両である以上、ターボ搭載のこちらのマシンの方が明らかに優位だろう。
そうである以上、ストレートでぶっちぎってしまうのが最善だろう。
自分の意地とプライドのためにも、負けるわけにはいかない…そう思っていた。
「(この車の最大の弱点はターボラグだ…どんなに技術があっても、そればっかりは事実)」
一方の時雨。
時雨自身もZ33の弱点を把握してはいた。
ボルトオンターボというチューニングをしている以上、パワー面で文句はないがマシンに負担をかけるのは間違えない。
これまでは車のターボパワーを生かしてゴリ押しをすることも出来ていたが、リブラの幹部…それこそ腐っても元レーサーである以上、パワーでゴリ押しは出来ない。
相手のマシンはイタリアのスーパーカー、ランボルギーニガヤルド。
今までの国産車とかであるならばともかく、パワーでのゴリ押しは不可能。
いくらある程度軽量化が施されていても、根本の車の重さばかりは変えられない。
だとしたら、どこで立ち向かうか?
やはりコーナー勝負か、それとも…
そう時雨は考える中で、車のカーナビがカウントダウンを始めようとしていた。
3
2
1
GO!
「―――!」
「……」
ギアを切り替え、アクセルを全開で踏み込む2人。
アフターファイアが2台のマフラーから噴き出る中…先手を取ったのは、ガヤルドだった。
やはり馬力が上であるのと4WDということもあり、直進安定性の高さを生かして加速していく。
車間距離は徐々に開きつつあり、スタート直後のストレートで車間0.5台分まで広がった。
ストレートを走る中で時雨はハンドルを左に曲げてZ33を右レーンから左レーンへと移っていく。
「(ルチアさんやクーラさんと同じメーカーの車だろうけど…そうである以上、ある程度高が知れている)」
以前ワンエイティでクーラやルチアのマシンと戦った時、自分は確かにストレート区間で苦戦した。
それはやはり、相手のマシンがかなりのハイパワーマシンであるということがあるからである。
だがそれでも、箱根と言う地元において時雨は勝利してきた。
それはやはり、時雨の地元であったというのと同時に、コーナーワークで相手より勝っていたからと言うのが大きいのだろう。
「(直線区間じゃ確かに有利かもしれないけど、コーナーではどうか?)」
Z33の速度計が160キロ台を示す中で、時雨は決して動揺していない。
あの車がどのようなマシンかは知らないが、ストレートだけ速いという訳ではなさそうだからである。
少しはマシンスペックを察している以上、コーナー勝負であると認識していた。
先行するガヤルドが第1コーナーの左直角コーナーに飛び込み、ブレーキをフラッシュさせたかと思いきや後輪を滑らせる。
ハイパワーカーと言うこともあり、4輪駆動車であるとはいえパワースライドも容易のようだ。
1秒足らずでZ33もコーナーに飛び込もうとしていた。
「…!」
コーナー直前でハンドルを駆る右に切ったかと思いきや、アクセルオフからのブレーキング。
速度が160キロから140キロまで下がる中で、ハンドルを左に切り返す。
後輪のグリップを失ったZ33がドリフト状態になるが、そこから時雨はパーシャルスロットルまで踏み込んだ上でハンドルを右へと切り返してカウンターを当てていく。
140キロと言う速度でドリフトするZ33。
コースの左レーンの右端…コース中央付近から一気に左へと回頭し、そのままアウトインアウトのラインを描いてドリフトするZ33。
ガヤルドの走行ラインは走行レーン上の中央をグラインドするかのような、スピードとしては速いがラインではまだ甘さがある走り。逃げているとはいえどこかマージンを取っているようだった。
際どいラインのアウトインアウトの走りは下手をすれば壁に接触しかねないリスキーな走りだが、時雨はそんなこともお構いなしにZ33を壁に近づけ…そしてコーナー出口に迫るにあたって膨らんでいく。
左端の壁との隙間は一瞬ではあるが、10センチにも満たないレベルにまで迫っていた。
そんな中でも時雨はアクセルを適度に踏み込んで、失速しないようにドリフトさせている。
そしてコーナー出口が迫り、Z33が徐々に膨らんでいく中で時雨はアクセルをリリース。
そこから右へと切り返していたハンドルを、タイヤの空転が徐々に収まる中でニュートラルに戻していく。
そんな中でタイヤのグリップが回復し、前方の繁華街区間を向く。
Z33のフロントはガヤルドのテールを向いていた。
「―――!」
ガヤルドの姿を認識した瞬間、時雨はアクセルを再び踏み込んで加速させる。
アクセル全開のパワーを受け取ったZ33は、先行するガヤルド目掛けて加速していく。
先程までストレート区間で引き離されていたが、ここからは逆転。
ガヤルドのテール目掛けてZ33は徐々に接近していく。
「(…向こうが、速い!?)」
一方のリッカルド。
コーナーを脱出して、繁華街区間を走る中でZ33の存在が徐々に近づいていることに気が付いていた。
ストレートスピードではガヤルドの方が優位。
しかしコーナーワークでは明らかに時雨の方が速く、1つコーナーがあれば確実に食いつかれている。
車重では明らかに軽いZ33である以上、その軽さを生かして加速をして迫ってくる。
それも、一気にと言うよりは…じりじりと確実に迫ってきていた。
スリップストリームに入らせまいとガヤルドを左レーンから右レーンへと移動させる。
「(後方で粘って相手のミスを誘うんだ…)」
時雨はあえて追い抜かさず、後方にずっと食い続けていた。
Z33の金色に光り輝く車体が、ガヤルドのバックミラーにずっと光り続けている。
空気抵抗が抑えられていることもあり、Z33はガヤルドよりも速い速度を出しており…徐々にではあるが確実に迫る。
ガヤルドとZ33の車間距離はスタート直後の車0.5台とちょっと程度から、テールトゥノーズにまでじりじりと迫っていた。
「(落ち着け…まだコーナーを1つ抜けたばかりだ。どんなにコーナーに食いつかれても、ストレートでぶっちぎればいいんだよ!!)」
後方からじりじりとプレッシャーを感じていたリッカルドだが、仮にコーナーで追いつかれても抜かれなければそれでいい…そう思っていた。
速度が180キロを示すところで、第2コーナーの右高速コーナー、第3コーナーの右高速コーナーが迫る。
「(第2コーナーと第3コーナーの間にはトンネルがあって、そこはストレート区間。パワーと直進性を生かせば…)」
コーナーが迫る中でリッカルドはそう思った。
コーナーで不利であっても、僅かでもストレート区間があれば振り切れる。
そう認識した。
そうである以上、コーナーでは食らいつかせない。
向こうよりも速い速度でドリフトして、食らいつかせないようにする。
第2コーナーが迫る中でリッカルドはブレーキを軽くフラッシュさせて、ハンドルを軽く右に切ったのと同時にそこからエンジンパワーによる勢い任せのまま後輪を滑らせる。
そして滑りだしたところでハンドルを左に切り返して、カウンターを当てつつガヤルドをドリフトさせる。
速度は170キロを示している中、ガヤルドは後輪からある程度の白煙を上げながらドリフトしていく。
派手に白煙を上げれば目くらまし同然の煙幕にもなるが、それでもコーナーリングスピードが求められる今は抑えめ。
インベタのラインを描きながら、ガヤルドの右ノーズは右端の壁へと迫る。
高速コーナーである以上すぐにコーナー出口が迫る中で、アクセルをリリースしてハンドルを左からニュートラルに戻す。
そしてトンネルに入りかけたところでアクセルを踏み込み、トンネル区間でフル加速。
4WDという特性を生かし、地面を蹴り上げるかのような勢いで加速していく。
「(トンネルで少しでも差をつけてやる…)」
比較的短いトンネル区間のストレートでもアクセル全開。
リッカルドは今は逃げに徹していた。
4WDという性能を生かせば、加速時の安定性は文句ない。
4つのタイヤで一気に前へと進む力が進めば…後方の重いマシンに差をつけることは可能だ。
トンネル区間で170キロから180キロ台へと上がる。
そしてそのまま第3コーナー…右高速コーナーへとガヤルドが飛び込む。
「っ…!」
再びブレーキを軽く踏み、ハンドルを右に曲げる。
ブレーキを踏んだことで速度は再び170キロまで下がり、後輪が滑り出す。
4輪駆動と言うこともあって本来挙動は安定しているが、それでもパワースライドは比較的容易だった。
速度も170キロを維持したままハンドルを左に曲げてカウンターを当て続ける。
走行ラインとしては、右レーンの中央からわずかに右を一定の曲線を描いてグラインドしている。
そのまま高速コーナーを勢いのままに走り抜けていく。
それだけの速度を出していれば後方からは追いつかれまい。
だが、そう思った次の瞬間だった。
「っ…!?」
第3コーナーでドリフトする中で、ガヤルドの右サイドに迫る大きな影。それこそが対戦相手のZ33だった。
ガヤルドの右サイドに右側ノーズを突っ込ませ、そのままの勢いでパラレルドリフト。
それどころか、ガヤルドよりもZ33はさらにインコースでドリフトしている。
右端の壁との隙間は…下手したら数センチ程度。
リッカルドも落ちこぼれとはいえプロレーサーである以上、攻める時は攻めるもののそうでない時はそうでない。
だがあのZ33は、コーナーと言うコーナー全てでアタックを仕掛けてきている。
マージンがない、という訳ではないが…その闘志を完全にドリフトに体現していた。
それどころか、先行するガヤルドとの隙間も10センチあるかないか。
2つの壁に迫る中でも、Z33のドライバー…時雨は攻め続けることをやめない。
ガヤルドが第3コーナーを抜けようとしたところで、リッカルドはアクセルを抜く。
だがそれを予見していたかのように、時雨はワンテンポ早めにアクセルを抜いてドリフト状態からタイヤのグリップを待っていた。
タイヤの空転が収まる中で左に庵下ていたハンドルをニュートラルに戻し、タイヤの空転が収まったところで再びアクセルを踏み込む。
速度が160キロ台から180キロ近くまで加速する中で、吊り橋上のストレートを駆け抜けていく。
だが、同時に…後方のZ33もガヤルドのテールに食らいついて全くもって離れなかった。
距離としてはガヤルドのテールとZ33のノーズが完全にテールトゥノーズ、それこそ隙間は数十センチあるかないかと言うレベルにまで迫っていた。
「(なんて野郎だ。ストレートでも離れねえ…それどころか、俺が追い詰められている!あの車に、俺が…?)」
リッカルドは第3コーナーまで踏み込んだ時点で時雨の異常性を理解した。
ストレート区間で振り切ろうとしたが思ったよりも振り切れない…つまりエンジンパワーでも負けていないという事。
そして高速コーナーでも直角コーナーでもZ33はガヤルドより速い速度でドリフト出来ている。
Z33が後付けターボと言う事を考えてもそれ以上に食らいつけている。
ただでさえターボ化改造を施されている以上…それを受け止めるための強靭な足回りが施されている可能性はあり得る。
そしてもう一つ、リッカルドには気になったことがあった。
「(俺でも攻めるときはある程度のマージンはあるのに、あいつは…!)」
先程の第3コーナー、Z33は右ノーズを右端の壁との隙間数センチレベルにまで攻めているように見えた。
見間違えの可能性は十分にあるが、それほどまでに際どいラインを描いてドリフトをしていたのである。
それくらいなまでに、相手の走りはプッシュしたものだった。
壁との隙間数センチまで攻め込むドライビングは、いくら自分が「勝負師」と呼ばれるドライバーであっても滅多にやらない。
それを、あのドライバーは何度も何度もやっているも同然。
コーナーで速いということは、向こうのコーナーリングスピードが上か、それとも走行ラインが際どいかのどちらかなのである。
時雨自身の感覚がマヒしているのか、それとも恐怖心と言うものがどこかにいってしまったのか…
それはわからないが、同時に後方から明らかにプレッシャーを感じるようになっていた。
「くそっ…!」
後方のZ33が迫る中で、リッカルドの精神には動揺が見られ始めていた。
「勝負師」と呼ばれる自分でもコーナーを攻める際はある程度のマージンは持っているが、時雨のそれは明らかにそれ以上の攻めっぷり。
重量差も気にしないパワフルな走りで、自分のガヤルドに食らいついてくる。
そして壁にぶつけることを厭わないかのような猛烈なアタック。
それらの現実が、リッカルドへと確実にプレッシャーを与えていた。
「(だが…この先にあるのはヘアピンと直角コーナー!あいつには…食らいつかせねえ!!)」
吊り橋を渡り切った先にあるのは第4コーナーである飛騨るヘアピンコーナー。
角度のきつい中速コーナーである以上、向こうには食らいつかせまい。
500キロも重いマシンであれば、自分と同じように飛び込めば絶対にアンダーステアを出して失速しかねないだろう。
そうリッカルドは認識していた。
吊り橋を渡り切ろうとしていた2台の前に、第4コーナーが迫る。
速度は互いに200キロ近く出ている。
「っ…!」
左ウインカーを出して移動するガヤルド。
そしてその上で左レーンに移動する。
目の前に左ヘアピンが迫る以上、当然だ。
ヘアピンが迫る中で、リッカルドはブレーキをかけてハンドルを左に曲げてそのままマシンをパワースライド。
速度が190キロ台から130キロ台まで減速する中で、ハンドルを左に曲げ続ける。
「(少なくともこの速度なら、ある程度のラインも維持できる!)」
先行している以上、マージンをある程度取る。
ある程度余裕がある時はミスをしないことが大切なのである。
ハンドルを左に曲げて一定のアングルを付けたところでカウンターを当てるべくハンドルを右に切り返してアクセルを踏み続ける。
走行レーンの真ん中をグラインドするかのようにドリフトするガヤルド。
だが、次の瞬間だった。
「(…ここだ!)」
後方の時雨は、リッカルドが左レーンに移っても走行レーンを変えなかった。
限界まで粘って、レーンを移す形でのアウトインアウトを狙っていたのである。
左レーンに移ったガヤルドがブレーキを掛けてワンテンポしたところで、時雨はウインカーを左に出してブレーキを掛ける。
ハンドルを一瞬だけ右に曲げたかと思いきや、そのまま左に切り返してオーバースピード気味に突っ込む。
速度は190キロ台から150キロ近くまで下がっていた。
だが同時に、ラインはかなり大掛かりなアウトインアウトである。
リッカルドのガヤルドと左端の歩道との間の隙間を狙うようにハンドルを曲げ、そこに向けてZ33を制御する。
Z33のドリフトが一定の角度…70度程を向いたところでハンドルを左から右へと切り返し、ラインを調整。
そして10キロ以上と言う速度差のまま、コーナーへと飛び込んでいく。
目の前にはドリフトしているガヤルドが迫る。
「な…!」
「(邪魔だ…退け!)」
パラレルドリフトで、下手をしたら接触してしまうかと言うレベルにまでZ33の左サイドを接近させる時雨。
それでもアクセルを踏み続けることをやめない。
そうでもしないと、彼には勝てないと認識していたからである。
だがその勢いは、まるで彼のマシンを外へと追い出さんと言わんばかりの勢いがあった。
ガヤルドよりもインコースを走り、外側のガヤルドを突き出すかのようだった。
「っ…しまっ……!」
時雨のマシンの一種の「気迫」に押されてしまったリッカルド。
衝動的にハンドルを更に右に切ってしまい、結果としてガヤルドは僅かに走行レーン上の右側へと膨らんでしまう。
そして次の瞬間だった。
Z33のノーズがガヤルドより先に出て、そのままオーバーテイク。
ドリフトし続けるZ33は左レーンの端スレスレでグリップを徐々に回復。
コーナー脱出直後に右ウインカーを出した上で、慣性に任せるがままに右レーンへ移ったのと同時に、僅かにタイヤを滑らせながら右レーンの右端…それこそ歩道とのスレスレまで膨らみつつも加速していく。
「(ぬ、抜けやがった…!!)」
自分でも想像のつかないラインで抜けてきた。
2レーンをまたいだドリフトは自分でもできないことでもない。
だが、時雨の走行ラインを見る限り右レーンのそれこそ右端から左レーンの左端をクリッピングポイントとした上で、コーナー脱出と同時に右レーンにはみ出すというかなりの際どいラインだった。
そしてそれと同時に…追い抜かれたZ33からリッカルドはあるものを感じ取ったために、コーナー脱出直前に委縮してしまっていた。
「(あいつは、見かけはまだハタチにも達してないようなのに…何でそこまでの、気迫があるんだ…!?)」
時雨の走りから感じ取ったプレッシャー…気迫。
その走りはレーサーであった自分からしても、あまりにも威風堂々としたものだった。
見かけはまだ20歳にも満たないのに、その道をずっと走り続けてきたカリスマ…プロレーサーの中でもかなりの大御所に匹敵するような、そんなものをリッカルドは感じ取っていた。
コーナー脱出でも差を付けられる中で、前方のZ33は最終コーナーである左直角コーナーに向けて、右レーンから左ウインカーを出してレーンチェンジ。
そしてそのレーンチェンジした瞬間にはブレーキをフラッシュさせて、後輪を滑らせていた。
「く、そ…!」
内心焦るリッカルド。
前方を走るZ33は、レーンチェンジの勢いのまま後輪を滑らせたかと思いきや左レーンの右端から左端…歩道を狙ってドリフトしていく。
そしてそのまま左端の歩道との隙間数センチ単位まで…下手をしたらボディをこすってしまうかもしれないレベルで、Z33をドリフトさせる。
左レーンを立ち上がるリッカルドでも、同じようにドリフトしようと思えばできるだろう。
だがここで、リッカルドは攻め込もうとは思わなかった。
「(だ、ダメだ…奴と同じように飛び込んだら、命が足りねえ!!)」
リッカルドが培ってきた経験からして、同じように攻め込むと確実にクラッシュしかねない。
それくらいの勢い任せなドリフトだった。
それはやはり、時雨の強引なオーバーテイクが彼を恐怖させてしまったのか、それともレーサーとしての経験からの防衛本能か。
どちらにせよ、リッカルドは「同じように攻め込んだらクラッシュしてしまう」と直感してしまうのだった。
まだまだ経験不足が故の「怖いもの知らず」。
それが時雨の強さでもあり、活気ある走りの大きな要因となっていた。
時雨のアグレッシブさと威厳に対する恐怖からか、それともレーサーとしての経験則からか、リッカルドは時雨よりも速くブレーキを踏み込んでしまった。
それもフラッシュさせるのではなく、ブレーキを踏み込んでいる。
言ってしまえば確実に曲げるための…守りの走りに入っていた。
ブレーキを掛けて左にハンドルを曲げることで、パワースライドから後輪を強引に曲げるリッカルド。
第4コーナー脱出時で150キロ近く出ていたが、130キロ台まで再び減速する。
だが、この時点でZ33はコーナーに突っ込む時点で150キロは出ていた。
リッカルドよりも遥かに速い速度でコーナーに飛び込み、同時に脱出していく姿は…リッカルドでも恐怖をするくらいだった。
下手に経験を積んでいたことが、時雨の「怖いもの知らず」な走りへとついていくことができない要因…それこそ足かせになっていた。
前方のZ33がテールライトの残光でラインを描き、コーナーの先へと駆け抜けていく。
一方で後方から追いかけるリッカルドも、アクセルを踏み込んで前方のZ33へと食らいつかんとする。
だが、その気迫に押し負けてしまったのか…それとも、何が起こるかわからないという恐怖心からか…アクセルを全開で踏み込んでいるつもりが…実際は8割程度だった。
前方のZ33が軽快にマシンを振り回してコーナーを立ち上がっていくのに対し、ガヤルドはどちらかと言えば完全に安全マージンを取った守りの走り。
Z33がアウトインアウトのラインを描く一方で、ガヤルドは走行レーン上の中央をグラインドするかのような、ある程度余裕がある走り。
怖いもの知らずとも言うべきZ33の走りに対し、リッカルドはもうお手上げと言ってもよかった。
前方のZ33がコーナーを脱出し、最終コーナーへと飛び込む。
一方で、ガヤルドを操縦するリッカルドもコーナー出口でアクセルをリリースしたかと思いきやカウンターステアを元に戻して再びアクセルオン。
全開で加速しようとするのはよかったが…コーナー脱出時に軽く20キロ近くはあった差が、最終ストレート上で大きな差を生み出していた。
「(追いつけない…クソッ)」
最終ストレートがある2つ目の吊り橋。
ここで時雨もリッカルドもアクセル全開で踏み続けていた。
だが、Z33のコーナー脱出速度は160キロ近くだったのに対し…ガヤルドのコーナー脱出速度は140キロ近く。
下手をしたら20キロ程の差があった以上…ストレート区間で差が付くのは当然だった。
前方を走るZ33の存在がみるみる小さくなる。
そのテールライトがリッカルドを嘲笑うように、そして敵ではないと豪語するかのように…リッカルドの視界から小さくなっていくのだった。
「(この俺が、こうも…ザマァねぇな……)」
リッカルドは諦めたかのようにそう思ってアクセルを抜くのだった。
完全に負けだった。
彼女の走りの気迫と、自分以上のアグレッシブさにリッカルドは白旗を上げざるを得ないのだった。
Z33は吊り橋を渡り切ってゴール。
一方のガヤルドもZ33から2秒近く遅れて吊り橋を渡り切った。
―――勝者、時雨。
プロをも調理してしまうその実力に、リブラのドライバーたちは再び戦慄するのだった。
「Wow!時雨の圧勝なんだナ!!」
「素晴らしいわ…!まさか、ここまで成長するなんて!」
「驚いた…!彼女は箱根で出会った時よりも、遥かに速くなってるよ!」
「はっはっはっ、流石だ!私がカルテに要観察対象と記載したドライバーなだけはある…!」
「すごい…本当にすごい!元レーサーを、こうもあっさりと倒しちゃうなんて!」
「ふふっ、スッキリしたわ!流石ソレッラのトモダチね!」
時雨の援軍のドライバーたちは各々が感想を言い、どれもが時雨を称賛していた。
やはりプロレーサーをあっと言うするだけのこともあった以上、彼女の実力は嫌でも思い知ったのだろう。
援軍のドライバーたちの前に止まったZ33から時雨と奈美子が降りてきた時、彼ら彼女たちは拍手で迎え入れた。
皆笑顔であり、時雨はその中心にいた。
「あ…皆さん、どうも」
拍手と笑顔で迎えられた時雨は、照れ隠しをしながらそう口を動かした。
やはり自分でも勝ったことに関しては信じられないようだ。
各々から賞賛の言葉を受ける時雨の前に、例のドライバーが迫ってくる。
「全く、羨ましい限りだぜ。お前…本当にいい仲間たちに恵まれてるんだな…」
そう言ってやってきたのは対戦相手であるリッカルドだった。
リッカルドに対し、時雨や彼女の援軍が皆顔を向ける。
彼もやはりどこか嫉妬しているかのようだった。
すると彼は諦めたかのようにこう口にした。
「リッカルドさん…」
「リブラは抜ける。どうだ、これで満足だろ?あとこれが車のキーだ…」
そう言ってリッカルドは時雨にガヤルドのキーを手渡した。
それを見た時雨は奈美子と軽く顔を合わせ、頷いた後にリッカルドに戻した。
「…キーは受け取らない。あなたの仲間やケヴィンの分も。ただ、ニューヨークが静かになるまで大人しくしててほしいの」
奈美子がそう言った。
だがリッカルドはこう反論した。
「…またリブラに戻って、バトルを仕掛ける可能性だってある。オメーらはそれでいいのか?」
そんな言葉に対し、時雨はこう口にした。
「またバトルする機会が増えるから…あなたのような速いドライバーなら、何度でも戦いたいくらいです。それが僕の、追いかけている人に近づけるというのなら…」
だがその態度は、リッカルドにとっては呆れてもおかしくないものだった。
「オメー…どんだけそいつに頭やられてんだ?あまりにも一途すぎる…ある意味、この俺より変な奴らだぜ」
呆れるようにそう口にするリッカルド。
だがいくら相棒の父親の事もあるとはいえ、「たった1人のドライバーに勝つためだけにわざわざアメリカに来た」ということを考えると、リッカルドが呆れてもおかしくはないものだった。
すると奈美子がこう口にする。
「そうかもしれないわね。でも私たちは、そうやってここまで来たの…それにケヴィンとあなたに会って分かった。走りに対しては誰よりも純粋で高潔だって。だからその点だけは信用しようと思うわ。悪い事はしてほしくないけどね」
「いつかまたバトルしましょう。楽しみにしてますから。それに…」
奈美子に続いてそう時雨は口にした。
すると言葉を続けようとしたところで、リッカルドは後ろを振り向いて立ち去ろうとする。
「へっ…誰がオメーなんかと走るかよ」
するとそう言って立ち去ろうとした時だった。
ルチアのSPたちがリッカルドを取り囲んだ。
バトルは終わったのに、一体どういうことか?
そう思っていると、ルチアがリッカルドの方へと向かった。
「リッカルド…さっきはいいバトルだったわ。でも、ここからは私たちとの話」
「…俺をどうするつもりだ?」
動揺するリッカルドに対し、ルチアは多少落ち着いたかのようにこう言った。
「どうするもなにも、あなたに言いたいことがあったから逃げられないようにしただけよ?」
「…何が言いたい?」
「言いたいことは単純。今日のところは時雨の顔に免じて許してあげるけど、次はないと思いなさい」
「そ、それは…」
「もし次時雨やソレッラ…バージニアやクーラに手を出したらそれこそ、ニューヨークから出ていくことになるからね!今日の一部始終もマルコ監督がしっかりと撮影している…リブラの後ろ盾ももうないようなものだから、どうなるかわからないわよ?」
「う、うぅ…わ、わかったよ。だから勘弁してくれ」
ルチアからの監視対象への指名。
それはリッカルドが二度と悪事を働くことが出来ないようにするためだった。
「ルチアさん」
時雨が軽く咳払いをしてルチアに話しかける。
その様子を見たルチアは怒りの形相をある程度抑えてリッカルドにこう宣告する。
「まあ…バトルすることで、あなたを許してくれた時雨に感謝しなさい?」
「……はい」
何か言い返したら身柄を拘束されてしまうのではないか、と思ったリッカルドは素直にそう答えるのだった。
するとその時だった。
ルチアのそばにバージニアとクーラがやってきた。
「ルチア、大丈夫なんだナ!コイツのことは私とクーラの知り合いたちにも頼んで、少しの間監視するからナ!」
「ええ…次はないと思いなさい?」
バージニアは笑っているようで同時に怒っていた。
やはり親友の車を盗もうとしたということを許すつもりはないのだろう。
そしてそれは、姉であるクーラも同じだった。
「ひっ…わ、わかったよ」
蛇に睨まれた蛙のように、リッカルドは降参した。
こんな人間たちに目を付けられてしまったらもう自分は何もできないかもしれない。
そう思っていると、ルチアはSP達に目を向けてリッカルドを解放したのだった。
リッカルドは自分の愛車へと向かって歩いていく。
眉間にシワを寄せ、『クソッ』と呟き、時雨の方を見た。
「時雨!!1度しか言わねぇ!!よく聞け!!」
「…!?」
「今夜は…今夜だけは、この俺が負けを認めてやる!完敗だ!!だから…だから、また走ろうぜ!!」
リッカルドは雄たけびのようにそう叫んだ。
「…!」
リッカルドの言葉を聞いた時雨は右手を額に当て、海軍式の敬礼を取った。
それこそが、最大限の敬意だった。
そしてそれを見たリッカルドは、赤面したままそのままガヤルドに乗ってその場を立ち去るのだった。
「ふう…一件落着ってところね」
リッカルドが立ち去ったところで、ルチアがそう一言呟いた。
時雨とリッカルドの因縁は時雨の勝利によって終わりを迎え、騒動も解決する形となった。
「それにしても時雨ー!とってもかっこよかったんだナ!今日のヒーローってところなんだナ!」
「ヒーロー?…ちょっと照れますね」
「何言ってるの?今日の中心はあなただったんだから、何も照れる必要はないわ。もっと誇ったほうがいいわよ」
ルチアが話しかけたところで、バージニアとクーラも時雨に話しかけた。
バージニアは時雨をヒーローと称したが、時雨はそれをどこか恥ずかしそうにしていた。
一方でクーラも、時雨がヒーローであることは間違えないと語った。
すると時雨が気になったかのように、ルチアたちに目を向ける。
「それにしても…皆さん、どうしてニューヨークにきたんですか?マルコ監督とクーラさん、バージニアさんは元からニューヨークにいたのでわかりますが…ルチアさんやシンゴさん、クズミさんは一体どうしてここに?」
時雨としては気になったことだった。
嘗て箱根で走り合った仲とはいえ、「最速メソッド」を提唱するドライバーであるクズミ、そのメソッドの被験対象であるシンゴとルチアが一体どうしてここにいるのか?
そう疑問を口にすると、3人は互いに答え始めた。
「うむ…実を言うと各々の事情があって、ニューヨークにいたんだ。私はお前たちと走った後、医学留学と言う形でニューヨーク近辺にいてな…」
「僕は、ゲームの…『スピリッツ・ワンダーランド』のニューヨークでのアニバーサリーイベントに、招待されてまして…」
「私はこっちで仕事があったから、ってところね」
そう、各々が各々でニューヨークに用事があったからであった。
クズミは超一流の医者であるが、同時に海外でも留学と言う形で渡米していたから。
シンゴは「なりきり勇者」の異名を世界に轟かせているゲーマー…それこそ大好きなゲームのリアルイベントに招待されていたから。
そしてルチアは会社経営者である以上、ニューヨークで仕事があったから。
本当に各々で用事があったのだった。
「そうだったんですね…皆さん、それぞれの事情があってニューヨークに…」
「ニューヨークにクズミさんがいることを僕は知っていたので、連絡を取っていたんです。近況報告も兼ねていたので…それでクズミさんがルチアさんもついでに連絡したら、ニューヨークにいる…と聞いたから合流したんです」
「そこからソレッラ…クーラさんに会ったら時雨がニューヨークにいるって聞いたから、知り合いのマルコ監督にお願いして連れてきてもらったの!」
「す、すごい…こんなことあるのね」
奈美子としても偶然が偶然を呼び寄せた…と思っていた。
それがまさかかつての「最速メソッド」の提唱チームの再結成になるとは思っていなかったのだった。
するとさらに、時雨が疑問を口にする。
「あの…ちょっと気になったんですが、シンゴさんは車を乗り換えたんですか?」
この時、シンゴは普段の車…ポルシェ718ケイマンのカスタムカー…「Excalibar」ではなかった。
そのことに気が付いた時雨が質問する。
「いえ…この車はクズミさんから『留学の間、データ取り用に乗ってくれ』と言われたのですが…予想以上に気に入っちゃったんです。だから、遠征の時はこの車に…」
「うむ…私が用意したマシン、GRヤリスこと『Durandal』だ。私の留学中における、最速メソッドの新たなデータ取りのためにシンゴに乗ってもらっていたが、これが予想以上に相性が良かったようでな…」
「Durandal」と名付けられたマシン、白銀のGRヤリス。
全面的にエアロがカスタムされ、リアには大きめのGTウイング。
その派手さは以前の「Excalibar」以上と言っても過言ではない。
「デュランダル…それに新たなデータ取り?」
「シンゴは今まで同じ車に乗っていた。だが私は同じような車ではなく、様々な車にも『最速メソッド』を適用できるようにさせたいと思っていてな…そこで差し出したのが、このGRヤリスだったというわけだ」
「そうだったんですね…」
「これ、乗ってみると結構速いんです。Excalibarもいい車ですが、それ以外の車にもって視野を広げるのも大切なんだなって…実感しましたね」
「本来4WDのマシンを軽々とドリフトさせていたわね…やっぱりシンゴ、あなたはすごいわ!」
「え、えへへ…少し照れますね」
ルチアとしては同じ「最速メソッド」の被験者であるシンゴの成長は素直に称賛するべきものがあった。
やはり彼女も4WDをドリフトさせることにはある程度の技量が必要であることを認識していたからだろう。
すると、話が一段落したところで口を開いたのは…引率してきた男、マルコだった。
「さて…今日は挨拶とサプライズのつもりで君たちのところを訪問するつもりだったんだ。少しの間になるけれど、君たちのホームに行ってもいいかい?」
「え…今から、ですか?」
「もしかしてちょっと遅くなっちゃったかもしれないけど…今までの事を皆にも是非共有しておきたいんだ。迷惑なら構わないけど…どうかな?勿論、明日の仕事は少し遅くていいから」
「無理にじゃなくていいわ。ただでさえもう日が変わったところだし…」
マルコとしては時雨のホームへ行くのはサプライズのつもりだったのだが、同時に軽い挨拶と今までの事を共有しておきたいと思っていたからだった。
奈美子としては、既に深夜0時を回った以上…遅いのではないかと思っていた。
そしてクーラもそのことについてはわかっていた。
だが一方で時雨は…
「いいですよ。今までの事は、皆さんに共有しておくべきかもしれませんし…」
そう言って時雨は彼ら彼女たちを招き入れるのだった。
◇ ◇ ◇
―――バトル現場からしばらく離れた駐車場。
リッカルドは車を止めて、車から降りて一人物思いに更けていた。
「“また走ろうぜ”…か。この俺が、あんなガラにもねぇことを言っちまうなんてな…でも、まさかあそこまでのパイプがあるとはな」
リッカルドは自分が到底言わなそうなことを言ってしまったことを意外に思っていた。
同時に、時雨にアマチュアでもトップクラスのレーサーと関わりがあることについても驚いていた。
そしてその取り巻きも皆速かった。
あんなにも速いドライバーたちとバトルしているのならば、時雨は間違えなく実力がある…それこそプロでも十分通用する実力はあるのに、なぜわざわざニューヨークに来たのか?
それはやはり、時雨が「ゼロヨンチャンプ」と呼ばれたレーサーに勝つことを目標にしている、というあまりにも一途な願いを叶えたいからと言うものだったのだろう。
「(それにしても…ゼロヨンチャンプ、か。数年前にアメリカ各地のゼロヨンレースを制し、チャンプになった東洋人のことは知ってはいたが…まさかそいつを目標にしてるとはな)」
スマホを開き、「ゼロヨンチャンプ」と呼ばれたドライバーの事を調べたリッカルド。
数年前、時雨と同じ国からやってきたドライバーがアメリカ全土やメキシコ、カナダを縦横無尽に駆け抜けて、のちに「ゼロヨンチャンプ」と呼ばれるドライバーになった話をリッカルドは思い出していた。
彼はその後帰国して今はプロレーサーとして活躍しているそうだが、まさかそこまでの実力のドライバーを目標にしているとは思ってもいなかった。
最近になって新たなドライバーにその座を譲ったそうだが、これは相当な高い壁だろう。
自分にはゼロヨンやドラッグレースの才能がなかったからすぐにやめてしまったが、それだからこそその才能を持つドライバーに挑むことが異常であるかと言うことを、リッカルドは自覚してもいた。
もしそんなドライバーに今の時雨が挑むとなったら…どうなるかはわからない。
相手は晴れの路面でも雨の路面でも、下手したら雪や氷上でもマシンをコントロールしてしまうほどの実力。
ゼロヨンは奥が深く、同時に他のレースへの応用も利くと言えば利くのだが…まさかその後プロでも活躍するそのドライバーに挑戦するためだけに、ニューヨークに来たとは思いもしなかった。
すると、スマホをいじっていたリッカルドの前に1人の男が表れた。
「…ん?」
顔を向けると…ブロンドヘアーの若い男性で眼鏡をかけ、パーツのアクセサリーを付けた紅色のスーツを着た男だった。
「やあ、ちょっといいかな?元サーキットレーサー『勝負師』リッカルド・モレッティさん」
そう言って口を開いた例の男…「天才技術士・リチャード」。
どうやら自分を探しに来たようだ。
スマホから目を話し、リチャードとリッカルドが対峙する。
「オメーは…確かケミックの元社長。この俺に何の用だ?」
だが、そう言った時…もう1人の男が表れた。
それはやはり、リッカルドでもよく知る顔だった。
「グフフフ…リッカルド、俺もいるぜ」
「ケヴィン!!一体どうしてここに?…お前ら、なにを企んでやがる!?」
時雨とのバトル以降ケヴィンはどこに行ったのか連絡が付かなかったのである。
それ以来の再会であり、「ケミック」の社長であるリチャードと一緒にいる以上何をしたいのかが分からなかった。
そしてそうである以上、リッカルドは声を荒らげた。
だがリチャードは…それをわかっていたかのように、こう口にした。
「なにって、決まってるさ。『サプライズ』だよ」
(第23話End)