「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 第二幕 2024 -いつかあの頂で- 作:カービィ改二
バトルはまだまだ続きます。
そしてリブラの存在意義とは?
「勝負師」の異名で活躍していた、元プロレーサー・リッカルド。
彼もまた走りへの渇望に抗えず、ケヴィン同様、リブラに身を置いていた。
車泥棒を繰り返していたリッカルドは、時雨の愛車を盗もうとするも失敗。
時雨の援軍として現れた「閃光のルチア」や「狼のバージニア」たちによって確保される。
そして時雨の要望を受けたリッカルドは自ら愛車を駆ってバトルし、敗北。
リッカルドはバージニアやクーラの仲間たちの監視下に置かれることになった。
それから4日間、ニューヨークでバトルは1度も起こらなかった。
―――ニューヨーク、ウーゴのダイナーの近く。
この日、時雨と奈美子はウーゴのダイナーの近くで…当の用心棒であるビクトル、そしてケミックのオリビアと会話していた。
「…というわけなの。リブラってものすごく厄介な人達ね。しかも、元プロなだけあってみんな恐ろしく速い!」
「……」
奈美子の言葉にビクトルは静かに頷いていた。
彼や彼女もリブラのドライバーたちの事は気になっていたようだ。
ビクトルは奈美子の言葉に静かに頷いていた。
「リブラの幹部はまだいるのよね…この調子じゃサマンサのところまで、たどり着くのにどれくらいかかるのか…」
「奈美子…」
奈美子はどこか弱気そうに言った。
「弱気になっちゃだめよー!時雨ちゃんはナビちゃんを信じて走ってくれてるんだしー、ならナビちゃんも時雨ちゃんを信じて進まないと、でしょーう?それに―――」
すると、オリビアがそう奈美子を励ました時だった。
「…2人で力を合わせたら、大きなことができるかもだけどぉ~。悲しみも2倍になっちゃうのよ~。例えば大クラッシュしたときとかねぇ~」
そう言って現れたのは、センター分けのロングヘアーが特徴の女性。
容姿としては薄着でインディアン系アクセサリーを身に着けている。
「あなたは…?」
「Wow!あなた…オーバルレーサーのレベッカ・クロウじゃなーい!私、ケミック&モレックのオリビア!あなたの大ファンだったの!」
時雨が何者なのかを問うと、その存在に気が付いたのはオリビアだった。
「有名人…ですか?」
「デビュー戦のポールポジション獲得をはじめ数々の記録を樹立し、『幸運の女神』と称された伝説のドライバーに会えるなんて!信じられなーい!握手して!」
そう言ってオリビアはレベッカの方へと向かっていく。
やはり興味があるようだ。
オリビアの言葉に多少レベッカは喜んだが、こう口にした。
「ありがとう、オリビア。でも、『元』オーバルレーサーよぉ~。もうレース界からは足を洗ったわ~」
彼女曰く、レース界隈からは足を洗ったようだ。
一体どういうことか?彼女に一体何があったのか?
そう思っているとオリビアはまた言葉を続ける。
「あなたが1年前にレースで大事故を起こしてから心配してたんだけど…無事だったのねー!…いつからニューヨークに?」
「ケミック&モレックとグレートオクティカスタムズが~。パーツのシェア争い始めてから~。呼ばれたのよね~」
オリビアはレベッカがいつからニューヨークにいたのが気になったが、それに関しては、「ケミックとオクティがパーツのシェア争いを始めたころ」と答えた。
「2つの勢力が~争ってるからさぁ~。ちょっと手を貸してくれってねぇ~。最近じゃ、両者のバトルをもっと煽るように言われてたんだけどさぁ~」
レベッカが片手を上げると、付近に停めてあった自動車にエンジンが入り、一斉に唸りを上げた。
「そんなわけでぇ~、時雨ぇ~みんなとバトルさせてもらうわ~。準備はいい~?」
「今から…?」
「…わかりました、始めましょう」
レベッカの言葉に対して奈美子は多少驚いたが、時雨は静かに頷いた。
そしてその上で奈美子共々愛車の方へと向かっていく。
「元オーバルレーサーのみんな~、がんばってね~」
レベッカは、自分の仲間たちを鼓舞するようにそう言うのだった。
推奨BGM:TAKE THIS WAY(from SUPER EUROBEAT vol.203)
―――vsゴッデスズレーサーA
相手の車は黄色のC6コルベット(ZR1)。
コースはトライストリート往路。吊り橋上からのスタートである。
右レーン、Z33。左レーン、C6コルベット。
「(相手がどんなに速いマシンでも…食いつけばいいんだろ?)」
コルベットのドライバーは静かにZ33の方を見た。
相手がコーナーで速くても、ストレートで食らいつけばいいだけの話…そう思っていた。
ここまでどんなに速いドライバーたちと戦ってきたとはいえ、ここまでくれば運の尽き。
幸運の女神の邪魔はさせない…そう思っていた。
「(さて…どんな相手か)」
一方の時雨も相手の出方が気になっていた。
相手の車はエマのマシンと同じC6コルベットであるが、エマのマシン程はチューニングされていないようだ。
それは単なる自信か、それとも単純に車の弧のみなのかはわからないが。
だがまずはやはり、相手の動向を探る必要がある。
ストレートが速いのか?コーナーが速いのか?
コルベットと言う大柄のマシンである以上ストレートが速いとは思うが、コーナーが遅いとは限らない。
相手を試すことを決めたところで、カーナビのカウントダウンが始まろうとしていた。
3
2
1
GO!
「―――!」
「……」
互いにギアを切り替え、アクセルを踏み込むことで加速していく2台。
互いにアクセルを全開に踏み込み、一気に160キロ以上まで加速する。
先手を取ったのは…先に160キロ台に到達したのはZ33だった。
パワーをフルに生かした加速で、C6コルベットより完全に前に出た。
「っ…速い!だが…」
一方こちらはスタートで出遅れたC6コルベット。
だがそれでもそれを見越したかのように、スタート直後のストレートで右ウインカーを出してZ33の後方に付ける。
2台はそのままストレート区間を走り抜ける。
「(後ろに付いた…スリップストリームに?)」
後方のコルベットがZ33の後ろに付いた。
何か狙いがあるか…と言われれば、一番に思うのは空気抵抗の軽減、いわばスリップストリームだろう。
後方のC6コルベットのヘッドライトが徐々に大きくなり、一定の間隔を保っている。
「(でも、ここからついて来れるのか?)」
時雨はふと思った。
ストレート区間が終われば2つのコーナー。
右直角コーナーと右ヘアピンコーナー。
仮にストレートで食らいつけても、コーナー区間で追いつけなければ何も意味はないのだ。
果たして相手にそれほどの実力があるのか?
そう思っている中、目の前には第1コーナーの右直角コーナーが迫る。
「くっ…!」
「……」
先にアクセルオフ、ブレーキを掛けたのはC6コルベットだった。
操縦するコルベットがあのZ33より重い以上、同じタイミングで飛び込む度胸は彼にはなかった。
オーバルでの追い抜きは慣れていても、コーナーでの駆け引きはどちらかと言えば苦手。
スリップストリームからの追い抜き自体は容易いが、逆にコーナーでどう攻めるかについては比較的苦手な方だった。
馬力では明らかにC6コルベットの方が上で、追いつける可能性としてはやはりストレート区間でのスリップストリームを用いた追い抜きが一番容易だろう。
C6コルベットに続いて、Z33も軽くハンドルを左に切った上でワンテンポ遅れてブレーキを掛ける。
「(…ここだ!)」
速度が160キロ台から130キロ台まで減速したZ33。
後方のC6コルベットも130キロまで減速する。
時雨ほどの度胸がないのか、それともコーナーリングが苦手なのかはわからない…だが、時雨のZ33よりもさらに減速していた。
だがブレーキを掛けた時雨は、ハンドルを左から右へと切り返してその大きな車体を一気に左から右へと振り回す。
お手本通りのフェイントモーションだが、これが速い。
走行レーンの左端から右端へと一気に移動し、そのままコーナー出口で左端に移動するように…そんなラインを思い描き、それを狙ってアクセルオン、ハンドルを左に切ってカウンターを当てる。
130キロ台を維持しながらZ33は右端の壁スレスレを駆け抜け、そのまま走行レーン目いっぱい…左端スレスレまで膨れていく。
一方のコルベットはお手本のようなドリフトで、走行レーンの真ん中をグラインドするようにドリフトしていく。
「(やっぱりか…コーナーじゃ、まだまだ甘い!)」
「(速い…!?)」
元プロレーサーが操縦している以上、C6コルベットが決して遅いというわけではない。
恐怖と言う感情がマヒしているかのような高速ドリフト…それこそコーナーを限界スレスレ速度域でアウトインアウトのラインを走ることで滅茶苦茶攻め込んでいる時雨の走りが異常なのであり、普通の人間であればコーナー中央をグラインドするかなるべく減速してアウトインアウトのラインを取るかの大抵どちらかである。
異様なスピードでドリフトする時雨が異常と言えば異常なのだ。
コーナー出口が迫る最中で時雨はアクセルオフから徐々にハンドルをニュートラルに戻し、慣性に任せてZ33のタイヤグリップを回復させる。
そのまま前方を向いたZ33は、タイヤグリップを回復してコーナーを立ち上がる。
後方のC6コルベットはコーナーを立ち上がるが、コーナー脱出速度では明らかに時雨の方が上だった。
「(コーナー2つでバックミラーから消し去る…!)」
今後のバトルの事を考えれば、短期決戦の方がいいのかもしれない。
そう時雨は認識した。
そのためなら、最初の2つのコーナーで限界まで攻め込んで相手をスリップストリームに入れないようにすればいいのかもしれない。
行ってしまえば大逃げの走り方。
スピードが要求される部分にせよ、テクニックが要求される部分にせよ…どちらかで自分が速いというのであるならば、そこで振り切ればよい…行ってしまえば相手の弱点を的確に付けば早期決着は可能だ。
前々からそうであるとはいえ、何ともまあ非常に単純な話である。
そう彼女は認識したところで、第2コーナーの右ヘアピンコーナーが迫る。
「……!」
速度が140キロ台であるZ33の前にコーナーが迫る。
コーナー直前で時雨はアクセルオフからハンドルを僅かに左に軽く曲げ、フルブレーキング。
速度は120キロまで減速し、Z33は僅かに左を向いていた。
速度計が117キロを示したところでハンドルを一気に右に切り返してアクセルオン。
こうすればすぐにZ33の後輪が滑り始める。
言ってしまえば後輪のグリップアウトなのだが、それでも時雨はハンドルを右に曲げ続けてZ33を走行レーンの左側から右側までラインを描くようにドリフトさせていく。
ハンドルを左に切り返し、ヘアピンコーナーを110度以上の角度で派手にドリフトするZ33。
コーナー右端の壁スレスレをZ33のノーズがかすめ、そのまま走行レーンの左端へと膨らんでいく。
膨らんでいく中で時雨はアクセルをリリースし、Z33のドリフトをマシンに任せる。
ハンドルを左に曲げていたことでZ33のドリフトは徐々に収まっていき、それと同時に時雨はハンドルをニュートラルに戻していく。
「(コーナーで振り切った以上、あとはもう追いつかせない!)」
Z33のグリップが回復し、目の前のストレートを視認したところで時雨はアクセルを全開で踏み込む。
最初の敵とはいえ、一気に大逃げすると決めた以上アクセルを全開に踏み込んで勝負を決めようとしていた。
130キロ近くから一気に加速するZ33。
目の前の2つ目の吊り橋ストレートをアクセル全開で駆け抜ける。
速度は一気に170キロ台まで加速していく。
まるで龍が天高く舞い上がるかのような加速の中で、高速で景色が後ろに遠ざかる。
だがそれでも時雨はアクセルを踏み続けることをやめない。
一度決めたポリシーは可能な限り崩さない…それが一種の時雨の強みとなっていた。
「(速すぎる…!?)」
一方のC6コルベット。
素の馬力自体はZ33よりも格上なのだが、如何せん相手はボルトオンターボを搭載したチューンドマシン。
軽量スポーティなFRマシンをコーナースレスレまで躊躇なく制御する技術とその爆発的な加速に対し、C6コルベットのドライバーは感嘆するしかなかった。
C6コルベットは第2コーナーを脱出するも、すでにZ33は前方の吊り橋の中間部。
スリップストリームに入ろうにも、距離がありすぎて入ろうにも入れない。
こうなってしまってはもうジリ貧だった。
「(追いつけない…俺の腕なんて、こんなものか…!)」
目の前のZ33が第3コーナーの左高速コーナーに飛び込み、ドリフトしていく姿をC6コルベットのドライバーは吊り橋の中間部分で認識していた。
いくら自分がストレートでの駆け引きが得意だからと言って、コーナーで振り切られてしまってはもうだめだ。
そう思ったC6コルベットのドライバーは吊り橋を渡り切ろうとした時点でアクセルを抜くのだった。
―――ゴール後。
「よしっ!元オーバルレースのドライバーでも時雨は負けないわ!」
「うん…まあ、問題なさそうだね」
ゴールを走り抜け、一旦停止したZ33の車内で奈美子と時雨はそう語った。
「(義妹から聞いてたけど、予想以上にイイドライバーねぇ~)」
一方でゴールラインを切った時雨の車を、レベッカは微笑みながら眺めつつもそう思っていた。
◇ ◇ ◇
一旦バトルを終えて、奈美子と時雨が先ほどまでの場所に戻ってきた。
その場所には例の3人が待ち構えていた。
「ふ~ん…予想以上だね、驚いたよ」
レベッカは時雨と奈美子の実力を認めたかのようにそう口にした。
すると、オリビアが気になったかのように話しかける。
「レベッカ、あなた…オーバルレーサーをやめて、リブラのドライバーになったの…?」
その言葉に、レベッカはふふん、と呼吸を整えたかのようにしてこう言った。
「例の大事故以来さぁ~。最盛期の走りができなくなったの~。でも私は、それでも身を投じたくて~。1つ間違えればまた事故を起こしかねない、極限での走りのスリルにさぁ~?」
「極限のスリル…?」
時雨が疑問を口にすると、レベッカは言葉を続ける。
「だから危険なシチュエーションにさぁ~、あえて自分から飛びこむようになったの~。そしたらプロチームを解雇されちゃった~。ひどいと思わない~?」
レベッカは嘗てのクラッシュによってスリルばかりを求めるようになってしまったようだ。
だが、そのことを聞いた奈美子はどこか怒るかのように、同時に呆れるかのようにこう口にする。
「そんなの、あたりまえよ!プロチームがそんな走りを許すわけないわ…事故にあったのは気の毒だったけど、どうしてせっかく助かった命をもっと大切にしようとしないの!?」
奈美子の言葉に対し、レベッカは「そうはいわれても」と言うかのようにこう口にした。
「そんなこと言ったって仕方ないじゃない~?私はもう、ヒリヒリする命の綱渡り無しには生きていけない体になっちゃったの~。…で、そんな私に走る環境を与えてくれたのがリブラだったってワケ~」
「走る環境……」
スリルを求めるようになってしまったレベッカにとって、リブラは都合のいい場所だったようだ。
「そういうワケなんでぇ~。今の私にはリブラが必要なのよねぇ~。だから~、ケミックとオクティが~、仲良くなるとぉ、困るのよねぇ~」
「…冗談じゃない!ケミックとオクティは今、団結の道を歩んでいるの!絶対に邪魔はさせないわ!」
奈美子としてはリブラが暗躍することだけはやはり避けたかった。
これ以上変にニューヨークが混沌とした状態になるのだけは避けたかった以上、軽く怒りのような感情も出ていた。
「ふう~ん…って、あれ?」
レベッカがバトルを促そうとした時、彼女の元へ1人のドライバーが焦りながらやってくる。
「れ、レベッカ!大変だ!」
そう言ってレベッカのところにやってきたのは、男のリブラのドライバー。
彼は異様に血相を変えていた。明らかに焦っていた。
「何さ、そんな血相変えてぇ~?」
「そ、それが…俺達がバトルを吹っ掛けたヤツが、こっちに向かってる!そいつら、速すぎて…俺達じゃ追いつけない…!」
血相を変えていたドライバーが放った言葉、「リブラのドライバーが吹っ掛けたバトル相手がこっちに向かっている」ということだった。
リブラのドライバーたちは一応元プロのドライバーが大半なのだが、一体どういうことか?
「…ハァ?あなたたち元プロのオーバルレーサーたちでしょ…?そんなわけ…」
「マジなんだよ!その車たちが今こっちに向かってる!」
「リブラのドライバーたちが負ける車…?」
「…あれ?」
すると、遠くからレーシングカーを彷彿させるような車の音が聞こえてきた。
数にして3台はいる。その音は徐々にこちらへと近づいてくる。
「あ、あれだ!あの車たちだよ!!封鎖エリアに入り込んだところで追い返すためにバトルを吹っ掛けたんだが、追いつけない!」
「え…何、あの車たちぃ…私、知らないよ?」
レベッカたちの方へやってきたのは、3台のマシン。
アメリカ国旗のような派手なカラーをしたフォード・マスタング302。
黒色で、全体的に派手目なエアロとバーチカルGTウイングが目立つ、黒いドラゴンのようなマシン。
そしてその2台のお目付け役とも言うべき…白のレクサスRX300。
それらのマシンが、レベッカたちの近くに止まった。
「…BNR32に、マスタングに、レクサスRX300!?」
「まさか…!?」
「えっ?どうしたの?2人も驚いて…」
「……(このマシンたちは、一体何者だ?)」
奈美子と時雨が驚いている姿に、オリビアも驚きつつ話しかける。
ビクトルも不思議に思っていた。
彼女たちが驚いている姿はめったに見られない以上、珍しいのと同時に不思議だったのだ。
一体この3台は何者なのか?
そう思っていると3台が停車し、それぞれの車からドライバーたちが降りてきた。
「やっと着いたわね。来る間にも何度も何度もバトルを挑まれて…フユカイな程に治安が悪いなんて思わなかったわ」
「しっかしテーマパークに来たみたいだなぁ。テンション上がるなー」
「でもすごいわねー、ここに来るまでにもファイトばかりふっかけられて…噂は聞いていたけど、よそ者にここまで厳しくなったなんてね」
マスタングから降りてきたのは、プライド高めな金髪ショートヘアの、レーシングスーツをまとった女性。
一方で、BNR32から降りてきたのは黒髪ロングのツンツンした、こちらもレーシングスーツをまとった女性。
そしてRX300から降りてきたのは、当の2人を引率するかのような…先程の2人よりも少し年上の、茶髪のショートヘア女性だった。
それらの顔ぶれには、時雨も奈美子も顔を良く知っていた。
「ら、ライナさんに、シャーロットさん…!?」
「それに、ユカちゃん先生も!?ど、どうしてここに?」
ライナ、シャーロット、ユカ。
彼女たちもよく知る顔だった。
その言葉に気が付いた3人は、時雨と奈美子の元へとやってくる。
「…よう、2人とも。やっぱりここにいたんだな?また会えて嬉しいぜ!」
「久しいわね、2人とも。何やらレーサーこぼれとかいうフユカイな連中とバトルしてるみたいだけど?」
「お久しぶり、時雨ちゃん!奈美子ちゃん!噂通りアメリカでもファイトしてるみたいね!」
「ど、どうも…」
3人が時雨と奈美子に話しかけに来た。
時雨も奈美子も、突然やってきた3人に関しては顔なじみだった。
何せ、「皇帝」の名を継いだ後、彼女たちに色々と指導をしたことがあるからだ。
―――「"峠の新世代"ライナ」。
モータースポーツに関わる人員を育成する「箱根レーシング学園」に在学中の学生で、「プロレーシングドライバー育成特別専科(プロ専科)」の学年首席という実力派ドライバー。
元々はひねくれていたが、時雨や奈美子との出会いをきっかけにさらに技術を向上、現在はプロ候補生として修行中である。
600馬力以上のモンスターマシンである、BNR32"Bahamut"を駆るドライビングテクニックは非常に高く、伊達に「首席」の座を持っているだけはある。
―――「クールなシャーロット」。
「箱根レーシング学園」の学生で、「プロレーシングドライバー育成特別専科(プロ専科)」の学年準首席という実力派ドライバー。
父親がレーサー、母親がファッションデザイナーと言う裕福な家庭に育ったこともあり、レーシングドライバーだけでなく新進ファッションデザイナーとして「Maximum Star」というファッションブランドを展開しているアーティスト。
元々レーサー候補生としての実力も高いが、時雨や奈美子との出会いを経て、今では主席であるライナとタッグを組んでいる。
ライナに対してはキツい言葉を浴びせることも多いが、同時に「喧嘩するほど仲がいい」関係である。
こちらも550馬力以上のモンスターマシンであるフォード・マスタング ボス302 "Maximum Star"を駆る。
―――「レーシング教員のユカ」。
箱根レーシング学園の「プロレーシングドライバー育成特別専科(プロ専科)」の教員。
実は元プロレーサーであり、現役時代も好成績を収めてきた。
だが彼女は「後進を育てたい」という願いをかなえるべく引退、レーシング学園の教員となった。
「皇帝」となった時雨と奈美子に対し、「噂の峠コンビ」としてライナやシャーロットの指導を依頼した張本人でもある。
引退したとは言え実力は現役レベルであり、大型マシンであるレクサス・RX300を軽々と乗りこなしてしまう実力を持つ。
「あれぇ~?もしかして、あなた…ファッションブランドの『マキシマム・スター』のデザイナーじゃない!?」
「おや、ご存じですか…私、『マキシマム・スター』でのデザイナー…シャーロットと申します」
「…時雨の知り合いか?」
オリビアがシャーロットの存在に驚き、ビクトルが時雨の仲間であるかを問う。
「は、はい…僕と同じ、箱根のドライバーで…学生なんです」
「学生だと?」
「でもユカちゃん先生、どうしてこんなところに?」
「実はね、ライナとシャーロットを連れて…短期留学と言うべきか、特別課外授業、というべきかな?こっちでのレース観戦やレーシングチームへの密着とか、アラスカでのラリー体験とかをしてたの!」
「す、すごい…」
「まぁ、アタシらも伊達に『主席』って呼ばれてるだけはあるからな…んで話は聞いてるけど、あいつらが噂の『リブラ』か?」
「う、うん…」
「ふうん…あいつらが、ねえ」
時雨たちの周りを既にリブラのドライバーたちが取り囲んでいた。
感動の場面を台無しにするような状況ではあるが、ライナとしてはあまり気にしていなかった。
だが、ふとあることを思いついた。
「(待てよ?プロレーサーたちが集まっているという事ならば…あたしたちもバトルするいいチャンスじゃないか?)」
プロ候補生であるライナとシャーロット。
その実力は、一時は時雨を追い詰める程の高いものだ。
加えて今後彼女にはプロの道が待っている以上…「自分たちがプロに敵うことが出来るのか」と言うことに、ライナは興味があった。
そしてリブラと言う、元プロのレーサーたちの集まりは…彼女にとってはあまりにも都合のいいものだった。
そんな中で、ライナは自分たちにとってはあまりにも都合がいいことに気が付いた。
「(こんなに多くのレーサーたちが集まっているんだ…この機会、無駄にできるか!ようし…)」
自分たちがプロに敵うことが出来るか、という一種の腕試し。
確かに自分はプロレーサーたちから指導を受けている以上、実力はある。
だが実戦経験はまだまだ乏しい。
このストリートレースがもしいい経験になるのだとしたら…
そう思ったライナは、ある言葉を発するのだった。
「うわーっ、大変だー!時雨がコワモテな男たちに襲われてるぞー!ヘールプアース(Help us)!」
「え!?」
「え?」
「What's!?」
「ふぇ!?」
「…!?」
「!?」
「!!?」
ライナが発した言葉に動揺する一同。
それどころか、リブラのドライバーたちも動揺している。
いきなり大声を発したと思いきや何事か?
「ち、ちょっと!アンタ!何そんな…」
「まあ待てよ…お前、興味がないか?」
困惑しながらシャーロットが話しかけるが、ライナはそれを見越して2人で少しだけその場を離れた。
「興味?」
「ほら…例の奴らはプロだろ?今のアタシたちがどこまでやれるか、興味ないか?」
「それは…」
「ここにいるだけでもまず50人はいる!こんな状態じゃアイツらでもやられちまうよ。どうだ?アタシらの小手調べもそうだけど、箱根でも恩もある…やってみないか?」
「……」
シャーロットとしても、時雨と奈美子に対しては恩義があった。
箱根で色々と指導をしてもらったことで、今はコイツ…ライナとの「喧嘩するほど仲がいい」コンビになった。
あの指導を受けて、自分たちはさらに速くなることが出来た。
そう言う意味では恩義は間違えなくある。
そんな恩義のある人間がプロドライバーから袋叩きにされそうになっているのは…自分でも見逃すことは出来ない。
そしてそうである以上…彼女がやる行動はただ一つだった。
「大変よ~!2人の東洋人がレーサーたちにイジメに遭おうとしている~!」
ライナのノリに乗っかってしまったシャーロット。
やはり彼女としてもプロのドライバーに戦う事に関しては興味があるようだ。
「へ…?」
「わ、What's going on?」
レベッカとしてもオリビアとしてもは意味が分からなかった。
そんなことを口にして一体何をするというのか?
「ちょっと!あなたたち、何を…」
奇行に走る2人…学園の首席と準主席を見て、引率であったユカが止めに入ろうとする。
するとそれを「待っていた」かのようにライナがユカの手を掴んでこう言った。
「ユカちゃん先生、頼むよ~!アタシらが世話になった恩人がピンチなんだよ~?折角だし、恩返しくらいしてもいいと思うんだけどさ~!」
「そ、それは…」
「お願いします、教官!私としても…いくらあの2人が実力派だとは言え、放っておくことはあまりにもフユカイです!見た感じ、結構人いますよね!?袋叩きですよ、これじゃあ!」
「ええ…」
ユカにとってはあまりにも考えられない光景だった。
いくらヤンチャなところがあるライナが奇行に走るのならともかく、よりにもよって真面目なシャーロットにまでそう言われてしまった。
普段は真っ向から対立することが多い2人から説得されるなんて思ってもいなかったのだ。
「(大事にしたくはないけど…あの2人に色々世話になったのも事実!やるしかない…)」
ユカとしてはあまり大事にはしたくない。
だが同時に、時雨たちにも恩義を感じているのもまた事実。
そしてそんな世話になった人間がピンチである以上、自分としても放っておくことは出来なかった。
そう思ったユカは、ライナとシャーロットにこう口を告げる。
「…わかったわ。あの2人には、私も恩があるからね…!ただし、事故ったら承知しないからね!それにあなたたちがやるなら、私もやるわ…!」
「うっひょう、さすがユカちゃん先生!頼りになるぅ!」
「あ、ありがとうございます!」
ユカに対してライナとシャーロットは軽く頭を下げる。
実際元プロレーサーであるユカとしても、リブラのドライバーたちの実力が気になっていたようだ。
そして次の瞬間には時雨と奈美子にこう告げていた。
「ってなわけで時雨、ナビ子、手伝わせてくれよ!」
「ええっ!?」
「い、いいの…!?そんな急に…」
突然の救援の申し入れ。
よりにもよって慣れない土地でのバトル…本当に大丈夫なのか?
そう思っていると、オリビアとビクトルも話しかけにきた。
「W,Wait…Are you serious?」
「待つんだ。いくら君たちが学生とはいえ、相手は元プロだ…変に喧嘩を吹っ掛けたら…」
ビクトルとしては、いきなり現れた時雨の仲間がリブラのドライバーに敵うのか疑問だった。
いくら時雨の知り合いとは言え、実力が未知数な学生がプロに挑んでいくなど普通に考えてしまえばとんでもない無茶だ。
だが、ビクトルがそう口を動かしていた時だった。
「あんたの言いたいことはわかるよ…だけどな!アタシらはみんな時雨に世話になったんだ!恩人に対して足元向けて寝られるか?涎垂らしてボーっと見ているだけか?そんなのはアタシが許さないんだよ!」
「それは…」
ライナとしてはバトルをしたいのも事実だが、同時に世話になったのも事実だった。
そしてそうである以上、放っておくことはやはりできないようだった。
「…ビクトルさん。心配いりませんよ」
「時雨?」
「彼女たちは皆、速いです」
「…Really?」
時雨はライナたちの実力にお墨付きをするかのようにそう言った。
彼女たちに一度は追い詰められた経験があるからこそ、彼女はそう口にできた。
その言葉を聞いたビクトルやオリビアも押し黙るのしかない。
「さあ時雨、頼むよ!アタシらにもやらせてくれ!」
「時雨、お願い!」
「時雨ちゃん!」
最後の確認と言わんばかりに、3人が時雨を見て口にする。
「指示を出せ」と言うかのように強い口調だった。
そしてそうである以上…時雨が言うべき言葉はただ一つ。
「…お願い、します!」
援護射撃の許可、まさにそれだった。
「よっしゃあ!おい、お前ら!時雨とナビ子にバトルを挑むって言うなら…アタシらも相手になるぜ!!」
「私も忘れてもらっては困るわ!さあ、かかってきなさい!」
「な…!?」
「くっ、やっぱり時雨の援軍ってわけかよ…!やるしかねえ!!」
時雨の援軍が現れた、という情報を得たリブラのドライバーたちは多少動揺しながらも勝負を挑んでいく。
「元プロだか何だか知らないけど…それが本当ならアマチュアをいたぶるのは見てられないわね、ホンットフユカイだわ!しかも仕打ちを受けているのがあの2人なら…余計によ!!」
シャーロットとしてはプロドライバーであることはともかく、あの2人が多くのプロドライバーたちからイジメ同然の扱いを受けるのは不愉快極まりなかった。
そしてそうである以上、彼女としてもバトルへと挑む大きなモチベーションになっていた。
「指導員としてあまり大ごとにはしたくないんだけど…これは特例ね。いいわ、私にもかかってきなさい!私も、一応プロよ!!ファイトを見せてあげるわ!」
一方のユカとしてはあまり大事にしたくはなかった。だが、主席と準主席のドライバーたちの意見も一理あった以上…リブラのドライバーたちに挑んでいくこともいとわないようになっていた。
彼女もまたバトルへと挑んでいく。
「あの2人には色々世話になったから…そうである以上、窮地に立たされているならあたしも戦うよ!!鍛えるに鍛えたこの走りを、目に焼き付けな!!行くぞ、"Bahamut"!!アイツらにお前の力を見せつけるんだ!!」
そして例のドライバー…ライナ。プロに近い彼女としては、恩人への恩返しもそうだがやはりプロレーサーへの実力の小手調べが一番に興味があった。
そしてそうである以上…バトルへと一目散に挑んでいく。
―――時雨の援軍が到着して数十分後。
レベッカはおろか、オリビアやビクトルも驚いていた。
時雨の知り合いと言うことも合って実力の高さは期待したが、その予想の範疇を超えていたのだ。
前の「閃光のルチア」などが相手ならともかく、今の相手は下手をしたら時雨と同等…あるいはそれ以下の若き女性2人とその引率のドライバー。
そんな彼女たちの前に、リブラのドライバーたちが次々と敗者の山を積み上げていく。
「うげぇ…マジぃ?時雨の仲間って、皆速いって噂は聞いてたけど、速すぎない…?ちょっと引くわ…」
「Unbelievable…!なんて速さなの!?時雨の仲間は皆ハイレベルだって聞いてたけど、まさかここまでなんて…!」
「……!(時雨の実力から察していたが、まさか…!)」
次々と勝ち星を挙げていくユカ、ライナ、シャーロットの姿に対し、レベッカはドン引きしており、オリビアも驚いていた。
プロ候補生、とは聞いていたが…まさかここまでの走りをするとは。
どんどんと倒されていくリブラのドライバーたちに対し、3人は驚嘆するしかなかった。
―――同じ頃。
「それにしても、オーバルトラックを走っていたレーサーは、公道のバトルでも全然問題なく走るのね…ライナやシャーロットたちは大丈夫かしら?」
「…きっと、大丈夫じゃないかな?」
一旦休憩を入れた時雨は、シャーロットやライナが問題ないと認識していた。
何せライナもシャーロットも車自体はとんでもなくカスタムされている。
素の馬力は下手をしたら自分のZ33を超えるくらいの実力、そして自分にも負けないくらいのドラテクを持っている。
それは、嘗て「指導した」時雨だからこそわかっていた。
「よう、シャーロット。その調子じゃ大丈夫そうだな?」
「ふん…アンタに心配されるほど、私は腐っていないわ!」
一方、ライナとシャーロットは数戦終えて偶然同じ場所に居合わせていた。
どこか心配するかのように言ったライナだが、シャーロットは案の定ツンツンしながら答えた。
「いい根性なこった。それにしてもバトルしてるドライバーたち、前には出られるんだけど…直線だとちょっと怖えな」
「ええ…ストレートが少しでもあったら、ビタっと私たちのマシンの後ろにくっついてる。ブレーキでもかけようものなら、ぶつかるんじゃないかって思うわ。フユカイなものよ!」
「だがこりゃ…噂通り、プロなのは間違えないな」
「ええ、それも…オーバルレーサーに違いないわ!」
ライナとシャーロットは、リブラのドライバーたちが本当にプロであることを実感するのだった。
―――同じ頃。
バトルへと向かおうとしていた時雨と奈美子の前に、ビクトルが立ちはだかっていた。
彼は静かに時雨を見つめていた。
「な、なによ。言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ!」
「あの…」
「…時雨、ドラフティング…スリップストリームを恐れるな。恐れを無視せず、恐れを意識し、コントロールするんだ」
そう時雨に対し、ビクトルは言った。
「うわ!?しゃべった!?…じゃなくて、えっと…アドバイスしてくれてる?」
「……(黙ってまっすぐ前を向いている)」
「スリップストリーム…」
「わかっているとは思うけど…前を走る車へ接触しない程度にくっついて、空気抵抗を軽減して加速を上げる走り方よ」
忘れていたことを思い出すように、時雨は軽く頷いた。
マシンの後方に付けると速度が上がるということはわかっていたが、それを「スリップストリーム」と言うことは忘れていた。
「う、うん…」
「…よし、バトルに戻ろう!ビクトル!アドバイスありがとう!今度お礼に、お手製のゴハンをご馳走するわ!」
「…フン!」
奈美子の言葉に対し、ビクトルはバカにしたような笑みを浮かべていた。
「な、なんでよ!できるわけないと思ってるんでしょ!?料理ぐらいできますから!!えっと……パスタ茹でたりとか…」
「まあまあ…ありがとう、ビクトルさん。相手が待ってるし、行こうか」
「う、うん!」
「……」
バトルへと向かっていく時雨と奈美子を、ビクトルは静かに見ていた。
その様子はまるで、武運長久を祈っているようだった。
―――数戦後。
「時雨はおろか、その仲間たちも…更に速くなりやがった!今までのは、まだ余裕があったってことかよ!」
「それにあの援軍のドライバーたちも皆速い…!若い奴らもそうだが、あのレクサスも…!下手したら俺たちと同じくらいの年齢なのに、何が違うってんだ!?」
リブラのドライバーたちは、時雨はおろか時雨の援軍のドライバーたちにもタジタジだった。
成長を続ける時雨に対し、既にかなり成熟しているライナとシャーロット、そしてユカ。
うち2人はプロ候補生で、もう1人も元プロなのだから当然と言えば当然なのだが…それでも圧倒され続けている。
「おう、時雨。お前らも順調そうだな」
「う、うん…」
「私たちと走り合って以降、あなたも着実にそのセンスに磨きをかけているのね…流石『峠の実力派コンビ』だわ」
「ど、どうも」
時雨の様子が気になったライナとシャーロットが、時雨と奈美子に話しかけにきていた。
すると、その時だった。
「…あら?」
「あの車は…CTR?」
「何だ、知り合いか?」
「ええ、まあ…」
ネットリした動きのCTRがレベッカたちの目の前で停止したかと思うと、中からネットリした男が姿を現した。
「おぉゥ…時雨とバトルをしてるって噂を聞いて飛んできたが…本物のォォ…幸運のォ…女神ィィ…!レベッカ・クロウじゃないのオオ…!!」
「なになに~?このお兄さんだぁれ?」
レベッカと対面したのは…案の定ウーゴだった。
「はじめましてェ…オイラはァ…バーテンダーのォォ…ウーゴってんだァァ。あんたのファンだったんだ、よろしくお願いするよォォ…!!」
ウーゴはレベッカの右手の甲に熱い口づけをした。
ギャラリーから『うわぁ…』という悲鳴とも嫌悪ともつかない声が漏れた。
そしてそれは、時雨の仲間たちも同じだった。
「うわ…またフユカイな」
「お前ら、あんなヤツと付き合ってたの?」
「ま、まあ根は悪い人じゃないから…」
「そうなの…?」
ウーゴのキツさに対しては、当のシャーロットもライナも呆れていた。
いい年こいた親父が年下女性に対してメロメロになっているのは、2人でも呆れる様子だった。
「うげぇ~。あなた、あと100倍に希釈しても薄まりそうにない、濃い顔と喋り方ねぇ~。女性へのアプローチもヘタねぇ~。初対面の女性相手にさぁ~。いきなり手の甲に口づけってぇ~。ホント最低すぎて引くわよねぇ~」
そうレベッカが呆れるかのように言うと、ウーゴはまるで顎を殴られ気を失ったかのように膝をがっくりと折りまげて、その場に崩れ落ちた。
「あーあ。あのオッサン、クリティカルヒットじゃねえか…」
「確かに今のは、100%ウーゴが悪いけど!」
「放っておきなさい、あんなロートルは無視したほうがいいわ。フユカイだもの」
「でも…」
落ち込んだウーゴに対し、ライナもシャーロットもやはり女性として気に食わなかったのか、非難の言葉を浴びせていた。
それでもやはり時雨にとっては知り合いなので少しだけ心配していた。
「ナミコに匹敵するゥ…ダメージの与えかたにィ…オイラ、完全にノックアウトだよォォ…」
ウーゴは地面に崩れ落ちつつそう嘆いていた。
だがそんな中で、レベッカはこう口にする。
「ちょっとぉ~なになに~?どうして落ち込んでるわけぇ~?別にただ『濃くてヘタで最低で引く』って言っただけじゃん~。私はあなたの人格とかさぁ~。人間そのものは否定してないじゃない~。1ラップ目がダメだからってさぁ~。2ラップ目もダメってわけじゃないよ~?」
その言葉に対し、ウーゴは立ち直ってレベッカに迫る。
「それはァ…オイラにもオ…可能性がァ…..あるってェ…そういう風に受け取って…よろしいのかなァ…..?」
「聞き分けのいいハンサム、私は好きよぉ~?(うわぁ~、この人チョロいわね~。現役時代の握手会を思い出すわ~)」
レベッカにとってはチョロすぎた。
だが、その様子を遠巻きで見ていた1人の東洋人がいた。
「(うわあ、露骨…ファイトのくそもありゃしない)」
バトルを終え、一瞬見に来ていた引率のドライバー…ユカ。
レベッカの態度は、年長者であるユカにとっても不快なものだったらしい。
「『幸運の女神』は健在だァ…オイラ…これからもずっと、あんたのファンでいるよォ…あんたについて行くよォォ…!」
「ちょ、ちょっと!ウーゴ!あんた、どっちの味方なの!?」
「(どっちの味方、か…)」
ウーゴのヘラヘラとした態度に対して、奈美子は呆れるしかなかった。
同時に、そばで見ていたオリビアもどこか思う節があったようだ。
だが…
「クソが、とんだ茶番だな…バトルに戻るぞ」
「え、ええ…」
「あっ…」
そう言ってどこか怒っているかのようなライナが先導に、再び4人がバトルへと臨んでいく。
◇ ◇ ◇
「それにしても、例のドライバーたちは走りが危ないっちゃありゃしない!こんなのじゃあ、いずれ事故を起こすわ…私が直々にファイトするくらいの気持ちでいないと」
リブラのドライバーたちとバトルする中で、レーシングスクールの教官であるユカはドン引きしていた。
自分も元プロであるとはいえ、あそこまで過激な走りはしなかった。
勇気と無謀をはき違えているドライバーたちが多いこと多いこと。
これが未来ある若者なら指導する価値はあるようだが、皆現役を退いたドライバーたちであるに違いない。
まさかここまでレーサーが腐るとは…そう呆れていたのだった。
だが同時に、何が彼らをそうさせているのかも疑問があった。
―――一方、その頃。
「私達、元オーバルレーサーは~、ずっとそういう世界で生きてきたのよ~。リスクの無い走りに、結果はついてこないわ~」
「その通りだよォ…実績抜群のオ…幸運の女神が言うんだから、間違いねェよオ…」
レベッカとウーゴが例の場所で残ったドライバーたち…オリビア、ビクトルたちに対してそう話していた。
ビクトルは2人を訝しげに見ていた。
「オーバルレーサーってさぁ~。毎時250キロ以上のスピードで、死と隣り合わせの駆け引きをしているのよぉ~」
「その通りだよォ…オーバルレース界のトップを突っ走ってたァ…幸運の女神が言うんだから、間違いねェよオ…」
「Shut up!…ねぇ、キモいオジサン。少し黙っててくれるー?」
オリビアは流石にウーゴの口調に対してイライラしていたようだった。
だが、そう言った次の瞬間だった。
彼女の目が変わったかのように、ある言葉を口にした。
「追い越しをかける瞬間はすごくってねぇ~。心拍数はマラソンランナー並だしい~。緊張で血が逆流するようになるのよぉ~。どんな感覚か想像できるぅ~?」
そう言って微笑を浮かべるレベッカに、オリビアとビクトル、そしてウーゴの背筋が凍りついた。
「それはもう、普通の人生じゃ味わえない『至極の快感』なのよねぇ~。たとえ事故るリスクを背負ってでも、やめられないのよぉ~」
だが、レベッカがそう言葉を続けた時だった。
「ふぅん…あんたの言い分はわかった。聞いて損したよ。このヤク中が」
「…へ?」
そこにやってきたドライバー…レベッカの言葉を聞いて「損をした」と言ったのはライナだった。
その顔には怒りが露わになっていた。
「ライナ、ちゃん…?」
オリビアがどこか不穏に感じたところで、ライナは言葉を続ける。
「アンタの言葉、聞いてるだけで実に気持ち悪いんだよ。言ってることがただのヤク中の無謀モノなんだもん。ペチャクチャペチャクチャくだらねぇゴタクばっかり並べやがってよ!」
ヤク中、という言葉、そしてくだらないゴタク。
そう感じていたライナにとって、レベッカの存在はストレスそのものになっていた。
こんなドライバーがプロになったのが不思議なくらいだったのである。
「ヤク中…?あたしがぁ~?」
「ああ、そうだよ。アンタはスリルに依存した結果、ただの無謀モノになって全てを失った負け犬だよ!!」
「ま、負け犬…?」
暴言を吐くライナに対し、どこかレベッカは動揺していた。
「だってそうじゃないか?プロのレースは1人でやれるものじゃない…スリルと求めた結果無謀な走りをして、チームを追放されて…『プロって言うのは他人から見られていること』を忘れたのか!?」
ライナとしては、1人で走るスプリントならともかく、長距離走るレースでは…ピットクルーや監督、マネージャーやセカンドドライバーなど複数の人間がチームに関わっていることを知っていた。
そしてそうである以上、レベッカの事は「独りよがり」であると決めつけるのであった。
「うげ…じゃあ~あなたはさ~、同じような状況になってもならないって言うの~?」
「ああ、ならないね。あたしはそんな状況になる寸前でストップをかけられる。アンタにはその技術がないのか…舐めるなよ!」
どこか動揺するレベッカに対し、ライナは強がることもなくスラスラとそう口にしていた。
完全に怒っているが、同時に「自分こそが一番」と言わんばかりの自身の強さだった。
「うそぉ~?また強がっちゃってぇ~」
「…悪いけど、嘘じゃないわ。コイツの実力は本物だもの!」
そう言って現れたのは、例の金髪ドライバー…シャーロットだった。
「あなたの言動は聞いててフユカイなのよ!何がスリルよ、何が追い越しの瞬間よ!極限のスリルなんてジェットコースターに乗れば出来るし、追い抜きなんて高速道路でもできる!人を巻き込むようなことをする以上、プロレーサーとしては失格同然よ!!」
シャーロットとしてもレベッカの言葉はやはり不満があるようだった。
スリルを求めるのならば人を危険にさらすな、他人の事をもっと考えろ…それが彼女の言葉である。
そして2人に追い込まれた以上、レベッカとしてはどこか弱気になるしかなかった。
「うげ…何さぁ~そんなにマジにならなくてもいいじゃん…それに、ジェットコースターのそれとかとは別物じゃん…」
「ふん。アンタの話を聞いて損したよ…悪いがリブラの奴らは本気で潰させてもらう。行くぞシャーロット」
「…ええ!!」
「あ…」
そう言って、怒り心頭という形で意気投合した2人は再びリブラのドライバーたちとのバトルへと挑んでいく。
―――数分後。
「クソ…クソが!ここまでやって勝てねえのか!アイツら…どんだけの修羅場くぐってきてやがる!」
「まったく、マナーのマの字もないファイトだわ。こんなのじゃ、追放されても当然ね…命がいくつあっても足りない!噂には聞いていたけど、本当に命知らずばかりね…」
リブラのドライバーはまたユカに敗れていた。
ユカは「リブラのドライバーたちが命知らず同然のドライバーが多い」という話を聞いていた以上、それは本当だと実感した。
案の定無理に攻めすぎてコーナー3つでスピンしていたのだ。
ハイペースな自分に無理に追いつこうとしてコーナーに突っ込みすぎて、お釣りをもらうドライバーの多いこと多いこと。
ユカとしても呆れるしかなかった。
―――同じ頃。
「(腕のある時雨の仲間だからこそ今の勝負、無事に乗り切れた…並のドライバーではどうなっていたか)」
ユカとリブラのドライバーのバトルを見て、ビクトルはそう思った。
やはり時雨の援軍の実力の高さは本物のようだ。
すると、レベッカに話しかけるかのようにビクトルが口を動かした。
「…バトルにリスクはつきものだ。だが、貴様らのような命を顧みない走りはリスクとは言わない…彼女たちが言っていた通り、ただ無謀なだけだ」
珍しく口を動かしたビクトル。
するとその様子を意外に思ったかのように、レベッカが話しかける。
「あら~?あなた喋れたの~?…ここにいるのは皆レースで事故起こして、チームを追い出された奴ばかりだけどさ~。幸運なことに、みんな生きててねぇ~スピードの虜がそれぞれバラバラに走ると、それこそ手がつけられないでしょ~?だから一緒に行動しているの~。何か問題ある~?」
「(これが女神だと?悪い冗談だ。コイツは、今まで会ったドライバーの中で1番危険なヤツだ…!)」
ビクトルは黙っていたが、レベッカが「危険な奴」と認識するようになっていた。
「(あの人の目は、今は烏合の衆の1人だわ…でも、どこか強がっているようにも見える…)」
その様子を見ていたのは、様子を見に来ていたユカ。
レベッカの目は完全にレーサーのそれとは異なるもの。
ただのスリルを求めているだけのドライバーである。
だが同時に、レベッカはどこか強がっているようにも見えてしまった。
「Hey, レベッカ…」
「幻滅した?…ま、無理もないか~。これじゃまるで『幸運の女神』じゃなくて、『不幸の女神』だもんね~」
オリビアがレベッカに話しかける。
レベッカは「幻滅したでしょ?」と言わんばかりにそう言った。
だが、次の瞬間だった。
「…まっさかー!幻滅なんかしないわよぉー。それよりも、私は決めたわー!」
「え?」
そうレベッカが言うと、オリビアはあまりにも突拍子もないことを口にした。
「今から私はー、現役時代からのファンとして、レベッカとその仲間の皆さんを、応援することにしまーす!イエーッ!!」
「…ほえっ!?」
「(ほえっ!?)」
「え?」
オリビアの突拍子もない提案に、レベッカやビクトル、それにその場に居合わせたユカも驚くしかなかったのだった。
推奨BGM:SPEED KING(from Delta Ultimate Collection Presents: Kings Of Eurobeat)
―――vsレベッカ親衛隊班長
相手の車は青のNSX(NA1)TYPE-R。
コースはトライストリート復路。
左レーン、Z33。右レーン、NSXが並んでスタートを待つ。
「(コーナーでもストレートでも限界まで攻め込んで、食らいついてやる)」
NA1のドライバーは静かにそう思っていた。
相手の車が速いのは自分でもわかっている以上、とにかく速く走る。
コーナーでもストレートでも何が何でも食らいついてやる。
それくらいの気持ちでしか追い抜けないだろう。
そう思っていた。
「(段々とわかってきたぞ…このドライバーたちはやっぱりコーナーでは遅い。相手に食らいつかせなければいいんだ)」
時雨は相手のドライバーたちの特性を理解し始めていた。
オーバルドライバーである以上、やはり彼らはストレートで強引に攻め立ててくる傾向にある。
このZ33のパワーがなければあっという間に追い抜かれてしまうであろうが、何とかまだなっている。
自分よりも遥かなハイパワーであるライナやシャーロットのマシンであればなんとかなるが、純粋なパワーではそれらより多少なりとも劣っているのが事実。
そうである以上、仕掛けるのはやはりコーナーだ。
勝負所はある程度定まってきた。
仕掛けるとしたら、高速コーナーかその先のヘアピン。
そう決めたところで、カーナビのカウントダウンが始まろうとしていた。
3
2
1
GO!
「く…!」
「……」
GOカウントと共にギアを切り替え、アクセルを全開に踏み込む2人。
2台のマフラーからバックファイアーが吹き出る中、2台は互角の加速でスタートダッシュを決める。
2台の速度は一気に140キロ台まで跳ね上がった。
「(やっぱり付いてくるか…)」
「(行けるぜ…例のドライバーと互角だ!このままアウトから追い抜いてやる!)」
ストレート区間をサイドバイサイドで駆け抜ける2台。
目の前には第1コーナーである左直角コーナーが迫る。
すると、NA1のドライバーはふと思った。
「(向こうが大外刈りを出来るというなら、俺にだってできないことはない!)」
時雨のドライビングの1つ、アウトコースからのぶち抜き。
相手よりも素早く走ればインコースであるとアウトコースであろうと追い抜けるという魂胆ではあるが、そう単純なものではない。
時雨の神経がある意味マヒしているからこそ出来るのではあるが、子のドライバーはそれでもできると思っているようだ。
2台の前に第1コーナーが迫る。
「……」
「っ…!」
先にブレーキを掛けたのは…意外にも時雨だった。
NA1のドライバーは時雨よりもワンテンポ遅れてブレーキを掛けたのだ。
これは意外な展開と言えば意外だろう。
普段はブレーキを遅らせ気味の時雨が早めにブレーキを掛けるというのも珍しい事ではない。
だが、NA1のドライバーは「自分のブレーキポイントでも問題ないと思ったのか…時雨よりもオーバースピードで突っ込んだ。
「っ…!」
NA1のドライバーは時雨のまねをすればもしかしたら速く走れるのかもしれない、そう思っているところがあった。
それは言ってしまえば、走りの模倣だ。
時雨と同じように飛び込んで同じようにブレーキングをして、同じようにドリフトすれば…負けることはない。
いや、プロとしての経験などからして自分の方が速く走れるだろう…そう思った。
そう思ったNA1のドライバーは、ハンドルをすっ、と右に曲げたかと思いきや、ブレーキリリースとアクセルオンと同時にハンドルを左に切り返す。
その時の速度は120キロ台。
一気にぐい、と曲がったNA1は、一気に直角以上の角度までドリフトアングルを付けてタイヤを滑らせる。
「(アングルを付けすぎた…!?)」
異様にアングルが付いているNA1。
時雨とリブラのドライバーの違いは、走り以外にもあった。
例えばマシン。
Z33は言ってしまえば「重い」のだ。
Z33は約1.5トン近くというNA1に比べればヘビーな車体である以上、同じ舵角でも直角コーナーではドリフトアングルが必要以上に付かない、という面もある。
言ってしまえば重い車体が「曲がりすぎる」ことを抑えることが出来るのだ。
だがNA1はスーパーカーということを含めても、1.4トン近くと明らかにZ33よりも軽い。
おまけにMR車と言う「本来あまりドリフトには向かない」マシンを強引にドリフトさせてしまったら…挙動が安定しないのは当然と言えば当然。
加速ではMRと言うこともあって優れてはいたが、それでも純粋なパワーではほぼ互角。
だが一方で、あのZ33がとんでもなくチューニングされているのもまた事実。
そしてそうである以上…NA1のドライバーにある光景が見えた。
「……」
左レーンでハンドルを僅かに右に曲げつつドリフトさせる時雨。
速度は130キロ近く。
僅かながらもZ33の方が素早くドリフト出来ていて、おまけにドリフトアングルもNA1よりも抑えめ。
一言で言えば、時雨のドリフトの方が速かった。
それはやはり、NA1のドライビングがSNS映え重視の「パフォーマンス重視」になってしまっていたということなのかもしれない。
だが一方で時雨のZ33のドライビングはフェイントモーションこそあれど、必要最低限のドリフトアングルと言う素早いドリフト。
角度としては50度程度。
必要最低限のドリフトをこなしたZ33は、あっという間に派手なドリフトで失速気味のNA1をインからぶち抜いてオーバーテイク。
そのままアクセルオフからハンドルをニュートラル、タイヤの空転が収まったところでコーナーを脱出する。
前方のストレート区間目掛けて加速するZ33は、バックファイアーを噴き出してそのままの勢いで加速していく。
「(食らいつけない!?向こうが、速い…!)」
第1コーナーをアクセル全開で立ち上がるNA1。
だがアウトコースと言う事と速度が遅いということもあり、前方のZ33がどんどんと話されていく。
速度は130キロ台だが、向こうは間違えなく150キロ近くは出ているだろう。
そんな中でも必死にアクセルを踏み込むのは良いのだが、それでも距離は引き離されていく。
「(そんな見様見真似で僕の走りを真似されてたまるものか)」
一方、フェイントモーションで失速したNA1を見て時雨はそう思った。
ここまで数多くの敵を倒してきたが、基本的に直角コーナーやヘアピンコーナーは殆どがフェイントモーション。
数多くのコーナーでフェイントモーションをこなしてきた以上、彼女はその限界も利点も欠点も注意点も自然と身についていた。
言ってしまえば彼女の専売特許同然になっていたのである。
「(僕と同じように飛び込むというなら、飛び込んで来い!)」
第2コーナーに飛び込む寸前で、時雨の走りはどちらかと言えば「レクチャーする」側になっていた。
ストレート区間で右ウインカーを出して左レーンから右レーンへ移るZ33。
本来ならばスリップストリームに入って加速できるのだが、速度差がありすぎて距離がみるみると引き離されていく。
速度が160キロ近くに到達する寸前で、時雨はアクセルオフからブレーキを一瞬だけ踏み込み、そのまま右へとハンドルを曲げる。
勢いに乗っていたZ33はそれを維持したまま右へと回頭。
そのまま走行レーンの右端へと迫る勢いでタイヤを滑らせてドリフトしていく。
Z33の右側ノーズと壁との隙間10数センチ…プロでも躊躇するかのようなラインどりを、時雨は遠慮なく攻めていく。
アクセルをある程度踏み込むことで、速度は150キロ近くを維持している。
そんな中でも時雨はハンドルを軽く左に切ってカウンターを当てていた。
「(付いて来れない…?なら、振り切るまで)」
右バックミラーを瞬時に見て、NA1の存在が食らいついてきていないことに時雨は気が付いた。
相手がいくらプロとはいえ、自分に追いついてきていないのだ。
どういう事情かは知らないが、これではもうさっさと振り切ってしまった方がいいだろう。
コーナー出口が迫る中で、時雨はアクセルをリリースしてそのままハンドルを左からニュートラルへとゆっくりと戻していく。
それはまるで、タイヤのグリップを待つかのようだった。
タイヤの空転が徐々に収まり、Z33は第2コーナー出口のトンネルに飛び込もうとしていた。
「(…振り切る!)」
コーナー出口でタイヤのグリップが回復したところでアクセルを全開に踏み込む。
直角コーナーでも高速コーナーでも食らいつけないのならばさっさと振り切ってしまった方がいい。
そう認識した時雨はアクセルを一気に踏み込んで160キロ台までZ33を加速させる。
巨体なマシンを、560馬力を誇るエンジンが本領発揮と言わんばかりに加速させていく。
トンネル区間で完全に後方を引き離していた。
「(くそ…!ついていけない!同じスピードでコーナーに飛び込んだら、こっちの命がいくらあっても足りない…!)」
第2コーナー前のストレート区間において、後方から必死に追いかけるリブラのドライバーは時雨のドライビングに驚くしかなかった。
プロの自分でもある程度のマージンはあっても、それを明らかに超えたドライビングである。
行ってしまえば時雨の走りは限界スレスレ同然。
真似なんてしようと思えばクラッシュと隣り合わせ。
いくらスリルを求めていても、クラッシュだけは求めていない。
同じような走りを繰り返していたら間違えなく事故ってしまうだろう。
そう認識したのは、やはり彼がプロとしての経験があったからかもしれない。
経験は時として挑戦することへの弊害にもなるのである…車の限界をわかっているからこそ、攻め込めない。
言ってしまえば足かせになっていた。
どんなに踏み込んでも自分では同じようには飛び込めない。
同じラインを描いても多少は速度が落ちてしまう。
同じラインでも同じスピードで飛び込めないし、同じスピードでも同じラインでは飛び込めない。
時雨の走りは少しでもミスをすれば同じ走りができない、そんな超繊細なものだった。
だが同時に、時雨はマシンの限界を確かめるかのように…徐々にマシンを際どいラインに乗っけて限界スレスレの速さで走り抜けていく。
前方のZ33はトンネル区間を駆け抜け、第3コーナーの右高速コーナーをやはり第2コーナーと同じように…いや正確には第2コーナー以上の速度でドリフトする。
そしてそのラインはやはり右端の壁スレスレを駆け抜ける際どいものだった。
自分がストレート区間で無謀に食らいつく走りだというのであるならば、相手はコーナー区間でとんでもなく無謀なラインを描く走りだというべきだろうか。
速度域も先ほどまでよりも上がり、もう自分では追いつけないほどの速度域。
先の高速コーナーでかなり攻め込んだ走りをして、次の高速コーナーでさらに踏み込んでいる。
やはり「限界を試している」と言われても過言ではないだろう。
そしてそうである以上、自分はもはや踏み台にしか過ぎないと認識するのは簡単だった。
「(もうダメだ…速すぎる!同じように飛び込めないし、後ろにも付けられない…)」
第2コーナーを攻め込むも、トンネルを走るNA1。
だが…第3コーナーの先の吊り橋上のストレートを走り抜けるZ33を、NA1のドライバーはただ茫然と見ていることしかできないのだった。
一旦スピードが付いたらそこから先はもはやノンストップ。
そうである以上、簡単には止められない。
それはやはり、仮にニトロを使って食らいついても同じようにコーナーに飛び込めないと思ったからかもしれない。
Z33はストレート区間を駆け抜け、テールライトの軌跡を描きながら第4コーナーのヘアピンの先に消えてしまった。
それを見たNA1のドライバーが戦意喪失してしまったのは想像に難くないだろう。
―――勝者、時雨。
NA1とのタイム差は4秒以上あった。
◇ ◇ ◇
バトルを終えて、Z33がコース外の路肩にハザードランプを点けて停車した。
「奈美子、大丈夫かい?だいぶ疲れが出てるみたいだけど」
停車した車から降りて休憩を取ろうとしたところで、時雨は心配したかのように奈美子に話しかける。
「ううん、平気よ。絶対サマンサには会わないといけないし…オリビアやライナ達みたいに応援してくれる人も沢山いるから、弱音なんて吐いて…ん?」
すると、奈美子が口を動かしていたその時だった。
「おおい、ナビ子!時雨!大変だ!!」
時雨たちの元にやってきたのは、例のドライバー…ライナとシャーロットだった。
「ライナさんにシャーロットさん…?どうしたの?」
「それが、何か大騒ぎになっていて…」
「大騒ぎ?」
「いいから、早くこっちに来てくれ!」
「う、うん」
ライナとシャーロットに連れられ、時雨と奈美子は現場へと向かう。
「リブラのドライバーのみんなー!私のこと知ってる?元スーパーモデルのオリビア・フローレスよぉー!イエーッ!私も今日から、あなた達の幸運の女神よーん!時雨とナビちゃん、そして援軍の皆は強いけど、頑張ってバトルしてねーっ!!」
「オリビアァ…どこかで見たことあると思ったら、元スーパーモデルだったとはなァ…レベッカもあんたも、どっちもイイよ…!」
ドライバーたちの中心にいたのは例のドライバー…セクシーボディを持つ女性、オリビア。
リブラのドライバーたちは右腕を挙げ、声を張り上げている。
ギャラリーも集まってきて、大いに盛り上がっている。
そしてレベッカもウーゴもその様子には盛り上がっていた。
「…フン!」
そばにやってきた奈美子たちに対し、ビクトルはチラリと見た上で鼻で笑った。
「…はぁ!?どういうことよ、これ!なんでオリビアがリブラを応援してるの!?しかも凄く盛り上がってるし!」
「一体どうして、こんなことを?オリビアさんの考えが読めないよ…」
奈美子と時雨にとっては訳が分からなかった。
一体どういうことなのか?
すると、そう思っていた時だった。
「あ、時雨ちゃん!奈美子ちゃん!ライナにシャーロットも!」
騒ぎの外で茫然と見ていたのはユカ。
彼女も一部始終を見ていた一人だ。
4人がやってきたのに気が付いて、話しかけに来ていた。
「ユカちゃん先生!?これって、一体…」
「実は、あの中心のオリビア…さんだっけ?本当に突然、オリビアさんがリブラのドライバーをファイトし始めちゃって…」
「え…本当にいきなり、なんですか?」
「ええ…」
ユカ自身、どうしてこうなったのかが分からず困惑していた。
すると、ライナが「もしかして自分のせい?」と言わんばかりにこう口にした。
「すまん2人とも…もしかしたら、アタシがイライラしてあのレベッカってクソ女に思った本音ぶちかましたらかも…」
「本音?」
「それって?」
一体どういうことなのか?
そう思っていると、ライナはどこか申し訳なさそうにこう口にした。
「なんつーかその…スリルばっかり求めている姿に呆れて、反論しちゃったんだ。それでもしかしたら、あの金髪ネーちゃん…オリビアを焚きつけちゃったのかも…」
「そんなことを?」
「全く、何やってくれてるのよ!実にフユカイだわ!」
「いや、お前も少しは同調してただろ…だがこればっかりはアタシらのせいだ」
普段は喧嘩ばかりしている2人だが、今回ばかりはライナは罪悪感を感じているのか、軽くしか言い返さなかった。
だが、その時だった。
「うぐぐ…盛り上がっちゃって何よ!『幸運の女神』ったって、2人とも美形でスタイルがよくて運転が上手いだけじゃない!行くわよ、皆!」
「ええっ!?」
「えっ?お、おい!」
「全く…」
「ち、ちょっと!」
そうライナとシャーロットが言うと、奈美子は時雨を連れて当の2人のそばへと迫る。
またライナとシャーロットもついて行く。
「ちょっと!!リブラのドライバー!!時雨だってね、幸運の女神なんだから!!絶対に負けないわよ!!」
「そうだそうだー!アタシらだっているんだぜー!!」
「舐められたら困るわよ…この2人はハイセンスなんだから!!」
「ええ……」
「ああ、もう…」
完全にムードに流された3人に対し、時雨は冷静だった。
一体どういうことなのか、意味が分からなかったのである。
変に飛び込むのはよした方がいいのでは…そう思っていた。
「ハッ!そんな東洋人だらけなんで興味ねえよ!こっちは大人数を熱狂させるダブルビッグ女神様だぜ!」
「そうだそうだ!てめえらみてえな東洋人なんかこっちから願い下げだぜ!」
だが案の定、リブラのドライバーたちは彼女たちを蔑ろにしているようだった。
「な、なによなによ!…時雨~なんとかしてよぉ!」
「そ、そう言われても…」
泣きつかれた時雨だが、今回ばかりはどうしようもなかった。
だがその様子を見て、ライナがあることを思いつく。
「こうなったら…アタシらの本領発揮だ」
「え、アンタ…どうするの?」
そうシャーロットが言った瞬間だった。
「ナビ子!あっちで時雨の服を脱がせ!!」
「え!?う、うん…」
「へ?」
「シャーロット、お前のブランドのサンプルはあるか!?」
「へっ!?2セットだけあるわ…」
「よっしゃ、たしかレーシングスーツと夏服だったな…夏服の方をすぐに持ってこい!…時雨!悪いけど大人しくしてろよ!!」
「は、ハァ!?」
そう言ってライナと奈美子は急いで人目のつかない場所へと連れていき、時雨のジャケットを強引に脱がす。
その間にシャーロットは車に詰め込んでいたブランドサンプルの衣装を持ってくる。
「え、な、何を…うわーっ!!」
ライナと奈美子に連れて行かれる時雨。
そして数分後には、あっという間にジャケットを脱がされて、シャーロットのブランドの服を着た時雨がいた。
「ふう…着替えたわね!」
「おーおー、似合ってるじゃないか」
「ふふん、私が思った通りのハイセンスな体形ね!」
そう言って着せられていたのは…まさかの水着。
青色を基調とした水着に、青のガーターリングを右ふとももに通している。
頭には麦わら帽子、更に薄めのシャツとネクタイを付けている。
一言で言えば「時雨改三」の水着そのまま。
豊満なバストとヒップが嫌と言うほど露わになっていた。
寒がる時雨はこう口にした。
「ううう、ひどいじゃないか。寒いというのに急にこんな服に着替えさせるなんて…!」
「ご、ごめん!時雨…」
「悪い、ちょっとお前のセクシーボディを使わせてもらうぜ」
「え?」
「おいお前らどうだ!これが箱根の時雨なんだよ!!」
そうライナはリブラのドライバーたちに勝ち誇ったかのように告げ、リブラのドライバーたちに見せびらかした。
リブラのドライバーたちの方へ、恥じらいながらゆっくりと歩いていく時雨。
その反応はと言うと…
「お、おいおいおい…」
「か、可愛い…」
「おいアイツ、結構バストもヒップもねえか!?あの身長であのバスト…下手したらオリビア以上かもしれないぞ!?」
「それにあれは、『マキシマム・スター』の水着じゃねえか!!」
「東洋人舐めてたけど、まさかあんな奴がいるなんて…!」
「速くてセクシーな奴なんて、負け知らずじゃねえか!」
「うおおおお!あれが本当の女神だァァァ!!」
「東洋の神秘に違いねぇ!!」
「教祖様ぁぁぁ~~~!!」
そう言ってリブラのドライバーたちは皆鼻の下を伸ばしながら時雨の方へやってくる。
その体つきとセクシーな服装に対して皆完璧にメロメロだった。
「「「しーぐーれ!!しーぐーれ!!」」」
「え、えええ…」
「よっしゃ、大成功だな」
「フフン…さすがモデルにもなっただけはあるわ!ハイセンスな体つきにハイセンスな服を着れば、こうなるのは当然ね!」
リブラのドライバーたちが完全に寝返ったかのように、彼女に従事するかのように時雨の名を呼びまくる。
その姿に対して時雨はただただ動揺するしかなかった。
それほどなまでに時雨の体つきはセクシーボディだったのだ。
今まではジャケットでその姿を隠していたが、実際そのジャケットの中はノースリーブのドデカバスト。
この時の服装としては…そのバストとヒップをフルに活かしたあの水着。
元々ニューヨークでは複数枚ジャケットを羽織っていた。言ってしまえば着痩せしていたのだ。
だが実際の外観はセミロングの黒髪を後ろで一つ三つ編みにし、先っぽを赤いリボンで括っている。
アホ毛完備で、改三ということもあってバストもヒップもあり、モテるポテンシャルは元からあった。
更には急に水着を着せられたことによる恥じらいも全開。顔はすっかり赤面していた。
オリビアやレベッカですらも羨むような、文字通りモデル体型の美貌だった。
「Wow…あの子は普段ジャケットを羽織ってたけど、あんな体つきだったのね!私にも負けず劣らずだわ…でも何で隠していたのかしら?やっぱり寒いから?」
「うげぇ…マジぃ?あの子あたしより身長低いわりにバストあるじゃん…こりゃ、負け知らずってヤツかな」
「時雨ェェェ!まさか、お前さんがそこまでのセクシーボディィィ…だったなんてヨォォ…!」
「……フンス!フンス!(必死になってごまかしているが、鼻の下が伸びまくっている)」
時雨のスレンダーボディに対しては、流石のオリビアやレベッカも愕然としていた。
それどころかウーゴやビクトルですらも悶絶させるかのようなスケベボディだった。
自分と同じくらいの身長で、今までは隠されていたボディが明らかになると…下手したらオリビア以上にオッパイは大きいのではないか。
おまけに服装は大胆な水着。
そのセクシーボディに対してはオリビアもレベッカも驚くことしかできなかったし、男性陣は案の定と言うべきか鼻の下を伸ばしまくっていた。
だが、こんな状況では場が収まらないと思ったレベッカはこう口にする。
「…まあ、いいか。こうなったら、誰が1番『幸運の女神』にふさわしいか、バトルで決めようか~!」
「くっそう…アイツは確かに女神かもしれねえ!だが『幸運の女神』の通り名は、あんたにこそふさわしい!俺の走りで、それを証明してみせるぜ!」
「いいよいいよぉ~、その調子~!最高速で走っておいでぇ~!」
そう言ってレベッカはリブラのドライバーを送り出した。
「コラーっ!皆何やってるの!」
「うげ、先生…」
「その服、シャーロットのじゃない!こんな寒い中そんな水着に時雨ちゃんを着替えさせるなんて、どういうつもり!?」
時雨の服を見せびらかす様子を見て、ユカが説教をするかのようにやってきた。
あまりにも破天荒な行動に対して怒るのも無理はない。
ユカとしては、時雨が来ていた服がシャーロットがデザインしたものであるということを把握しているのだった。
機能性の高いその夏服は、気温が低い中では明らかに薄着すぎる。
下手に着ていたら風邪をひいてしまうかもしれない。
「ご、ごめん先生…でも、奴らの注目を集めるためにはこれしかなかったんだ…」
「教官、すいません!この騒ぎを収めるためにはこれしかなくて…」
「これしかなくて、じゃないわよ!時雨ちゃん、ごめんね!この2人がバカなファイトばっかりやって…」
ライナとシャーロットがユカに謝るも、ユカは時雨に謝った。
「い、いえ…あ、バトル相手が待ってるので…」
「シャーロット、早く元の服装に着替えさせて!」
「そ、そうね…私の車の方に来て!」
「えええ…」
そう言って奈美子は、シャーロットが預かっていた時雨の服を速く着替えさせるように指示するのだった。
―――その後、何とか着替えを済ませた時雨は再び仲間たちと共にリブラのドライバーたちとのバトルに挑んでいく。
―――数戦後。
奈美子と時雨、そしてその援軍たちは皆リブラのドライバーたちに勝利を収めていた。
「やった!大勝利!!やっぱりあなたは『箱根の時雨』よ、時雨!」
「は、はは…なんか、ちょっと照れちゃうね」
時雨は奈美子の言葉に照れ隠しをしながらそう言った。
「さあ、どんどん行きましょう!『箱根の時雨』という女神とその仲間たちの力を、嫌って言うほど分からせてあげないと!」
「うん…そうだね!」
自信を取り戻しつつあった奈美子の言葉に対し、時雨もそう言うのだった。
「いい感じだぜ…!何だか段々と楽しくなってきたな!」
一方のライナ。
彼女自身多くのプロドライバーたちと戦ってきていて、爽快感を感じるようになっていたようだ。
それはやはり、プロに自分たちの実力が通用することが分かったからか。
「全く、男ってのは美女を見た途端すぐに鼻を伸ばして…ホントにフユカイよね!その精魂ハナから叩きなおしてやるんだから!!」
一方のシャーロット。
彼女にとっては、リブラのドライバーたちが鼻の下を伸ばしまくっていることが明らかに不愉快だったようだ。
そしてその気持ちが、彼女のドライビングテクニックを更に高める大きな要因となっていく。
「ああもう、こうなったらなるがままよ…!ファイトに身を任せるしかないわね!」
一方のユカ。
優等生であり同時に超癖のある2人に対して完全に振り回されていた。
だがここまで来てしまった以上、彼女としてはもう勢い任せにやるしかないと思うのだった。
そしてその勢い任せも、彼女にとってはいい方向へとつながっていく。
―――同じ頃。
「みんな頑張って~!!God speed~!!」
「行け行けー!全力バトルよー!あなた達リブラには『幸運の女神』が2人もついてるんだからね!イエーッ!」
リブラのドライバーたちは全員が車へと乗り込んでいる。
レベッカとオリビアは共に、元気いっぱいにリブラのドライバーを送り出した。
そしてそれに応じるかのように、時雨の援軍たちもバトルへと挑んでいく。
するとレベッカが疑問に思ったかのようにこう口にした。
「それにしてもホント、どうかしちゃってるよねぇ~。敵のドライバーを応援するってさぁ~。オリビア、一体どうしちゃったのよぉ~?」
オリビアはその質問に、どこかわかっていたかのようにこう口にする。
「どうもこうもないわよー!前に言ったでしょ?私はあなたのファンなの、今も昔も!」
すると、そう言った時だった。
オリビアの明るい笑顔は、どこかオリビアの事を気にするような顔になった。
「…だから、今のあなた達が失くしてしまったものを、もう1度見つける手助けをしてあげたいのよ」
「……(黙って頷いている)」
オリビアの言葉に対し、ビクトルは静かに頷いていた。
どうやら彼も気持ちは同じようだ。
「失くしたものぉ~?なぞかけはキライじゃないけどさぁ~。私たち、失くしたものなんて無いわよぉ~?」
「大丈夫よ、レベッカ。きっとあなた達はもう見つけてるわ。ずっと失くしてた、『純粋に走ることの楽しさ』を…!」
「……」
レベッカは強がるように言ったが、オリビアはそれを受け止めるかのようにそう言うのだった。
バトルを終えたリブラのドライバーが、レベッカの元へと戻ってきた。
これまでの悲壮的な雰囲気はなく、表情はどこか晴れ晴れしているようだった。
一方で、殆どのリブラのドライバーたちを破った時雨と奈美子も既にバトルを終えていたライナたちの元へとやってきた。
「よう、時雨!その調子なら大丈夫そうだったな」
「はい…皆さんもご無事のようで、何よりです」
「ええ、勿論…!こんなところでやられる私たちじゃないわ!」
時雨はどこか安堵したかのようにそう口にした。
するとその時だった。
「ところでさ、アタシら気が付いたんだよ…」
「…一体何に?」
「楽しいんだ、走るのがマジで楽しいんだよ!あの金髪ネーちゃん、やってくれたなぁ!」
「へ?」
ライナが語った「楽しい」と言う感情。
そしてオリビアに対する感心。
一体どういうことなのか?
「ええ…悔しいけど、何だかホントにユカイだわ!なんか、色々思い出した気分…!」
「実際そうね…素晴らしいファイトだわ!」
「楽しい、ですか」
「走ることを楽しむってこと、最近のアタシたちは忘れていたみたいだ…こりゃ、一本取られたよ!」
ライナやユカ、シャーロットが各々語る「走ることは楽しむこと」。
その初心を、彼女たちも思い出したかのようだった。
もしかしたらオリビアがレベッカの方を応援していたのには、それが大きな理由だったのかもしれない。
「さあ、ここまで来たら後は正念場となるファイトだけね」
「正念場…」
「ああ。例の総大将を倒すチャンスだ」
「あなたたちがアメリカで修行を積んできたのは知っているわ。そのハイセンスな走りが、どれ程さらに進化したのか…私たちに見せて頂戴!」
「最高のファイトを期待しているわ!」
「さあ、総大将のところへ行こうぜ…ここまできて…負けるなよ!」
「は、はい!」
そう言って5人はレベッカたちのところへ向かう。
「お仲間さんの力もあるけど、世界ランクトップクラスだった元プロレーサーたち相手にバリバリ勝っちゃうなんて~ビックリ~!」
「すまん、レベッカ…!で、でも俺は、絶対に絶対に、アンタの方が『幸運の女神』にふさわしいと思ってる…!」
驚くレベッカに対し、リブラのドライバーは土下座で謝り通していた。
「もう、失礼ね!そんなに絶対を連呼することないでしょ!ねぇ、時雨!?」
「は、はは…」
あちこちから大きな笑いが起きる。気がつけばリブラのドライバーもレベッカも、更にはライナたちも皆笑っていた。
「アハハ!…まったくもう~。これが狙いだったのね、オリビア~。私達を応援するふりしてナミコ達を焚き付け、お祭りムードを作るっていう~?」
「え…そういう事だったの!?」
「ってことは、まさか…!?」
「すっかり乗せられてたけど、そうだったの…!?」
レベッカの言葉に、ユカやライナ、シャーロットも驚いていた。
実際にオリビアは、奈美子たちを焚きつけてお祭りムードを作り上げたかったようだ。
「さぁて…なんのことかしらー?」
オリビアはとぼけたようにそう言った。
彼女は意外と打算的なところがあったようだ。
「え?オリビアがレベッカを応援してたのは、私たちを焚き付けるためだったって…」
「…どういうことですか?」
未だにポカンとしている奈美子と時雨。
だがそれに対して、オリビアはどこかごまかすようにこう口にした。
「うふ、ごめんねナビちゃん、時雨ちゃん、黙ってて。後でカイザーバーガーのギガカロリーシェイクおごりながら説明するから!」
「はあ…まあ、この場が収まればいいんですが」
「よくわからないけど、それで手を打つわ!」
オリビアの言葉に対しては、奈美子と時雨は「まあどうでもいいか」と言う様に言葉を続けた。
「(ナビちゃん…あなたが対抗意識を燃やしてくれたことでいいムードができて、レベッカ達の意識も変わった。あなたやあなたの仲間たちのおかげよ。そういう意味じゃ、あなたや時雨もやっぱり『幸運の女神』なのかもしれないわねー!)」
「なんだかよくわからねェが…よかった…よかったよ…!」
オリビアは静かにそう思い、ウーゴも涙をポロポロと流しながらそう言った。
「(そもそものキッカケはこのキモいオジサンだけど…まぁ、オジサンには別に、お礼とかはいいかー!)」
とはいえウーゴに対しては、オリビアは辛辣ながらもそう思った。
「…あーあ、まったくもう~。まんまとやられた気分だわ~。あんた達も、うちの連中も、そんなに楽しそうにしちゃってさ~。すっかり調子が狂っちゃった~。命のやりとりとか、ギリギリのスリルとか…そこが本質じゃないんだ、って~」
「アンタ…もしかしてわかってくれたのか?」
「気がついたようね?」
レベッカはどこか納得しつつも「やられた」と言った。
その様子を見て、ライナもシャーロットも「彼女はわかったのかもしれない」と把握した。
「色々思い出したのよね~。レースの前も、こんな感じだったわ~。緊張感はある…けど、何だかフワフワする。ワクワクして、たまらない…!」
「(目の色が変わった…レーサーとしての目つきになった!)」
レベッカの言葉とその表情を見て、ユカは静かにそう思った。
これは、レーサーとしての自分のような顔だ。
レーサー時代は、レースの前においては自分も同じような感覚だった。
この顔なら、危険な走りはしない。
文字通りの真剣勝負になるだろう…そうユカは感じた。
「レベッカ…」
「今もそう…純粋にバトルがしたくて、したくて…!…時雨。勝負…受けてくれるわよね?」
レベッカは時雨に対してそう真剣に言った。
その様子を見た奈美子と時雨は、軽く顔を合わせて互いに頷いた。
そしてその上で時雨はレベッカの顔を見た。
「わかりました…この勝負、お受けしましょう!」
時雨はその勝負を受けて立つのだった。
「時雨…頑張れよ!」
「ここで負けたら本当にフユカイなんだからね!!勝ちなさいよ!!」
「時雨ちゃん!奈美子ちゃん!ファイトぉー!!」
ライナやシャーロット、ユカからは時雨に対して盛大な声援が送られていた。
やはり彼女たちとしてもこんなところで負ける事は許さないようだ。
「…皆さん、ありがとう。僕たち、行ってきます!」
ライナやシャーロット達からの声援を受け、時雨と奈美子はZ33に乗り込んでいく。
そしてそれと同時に、レベッカも愛車に乗り込むのだった。
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―――vs幸運の女神レベッカ
相手の車は赤色で、黒の派手なステッカーが全体的に塗装されたフォード・マスタングGTファストバック。
5リッターVBエンジンを搭載した460馬力のモダンマッスルカーである。
派手にカスタムされているマシンは、やはりそれ相応に手が加えられているのは間違えない。
コースはトライストリート往路。
左レーン、マスタングGT。右レーン、Z33。
2台が並んでスタートを待つ。
「(私自身が…真の『幸運の女神』であることを、証明するんだから!)」
レベッカは自分を奮い立たせるようにそう思った。
自分は何度となく勝利へとチームを導いてきた、同時にその分だけ修羅場を潜り抜けてきた。
圧倒的なプロとしての経験値…それが彼女にとっての一種の自信であった。
そしてそうである以上、よそ者にそう簡単に負けるわけにはいかない…そう彼女は思うのだった。
「(幸運の女神、か…それなら、僕も知っている)」
時雨は相手が自身を「幸運の女神」と称しているのが気になっていた。
自分自身で女神と言うからには、それは間違えなく自信があるという事だろう。
それ相応の速さがあるのも間違えない。
だが一方で時雨にはこんな思惑もあった。
「(僕にとっての『幸運の女神』は、ユキだ…そしてそれを目標にしている以上、そう簡単に立ち止まることは出来ない…!)」
そう、「幸運の女神」を自称するものはレベッカ以外にもいたのだ。
それこそが、時雨のライバルでもあるユキ…雪風。
彼女はやはり何度となく凄惨な戦いを乗り越えてきたし、同時にゼロヨンドライバーとしても様々なバトルを乗り越えてきた経験がある。
そしてそんなドライバーを目標にしている以上、目の前で雪風以外に「幸運の女神」を自称するのであるならば…自分は負けるわけにはいかない。
こんなところで立ち止まることなど、自分自身が許さないのだ。
「(本物の『幸運の女神』に挑むことになる以上、絶対に譲れない…!)」
自分自身が認めるドライバー…雪風こと、「幸運の女神」。
もしそのドライバー以外に「幸運」を自称するというのであるならば…自分自身が壁を壊すのみ。
絶対に負けないという意志が、時雨のハンドルを握る手の握力を強めていた。
そしてそんな中で、カーナビのカウントダウンが始まろうとしていた。
3
2
1
GO!
「―――!」
「……」
スタートと同時にアクセルを全開に踏み込み、加速していく2台。
加速としてはほぼ互角。
馬力はマスタングの方が上だが、車重はZ33の方が300キロ近く軽い。
結果として加速競争ではほぼ互角だった。
吊り橋上を駆け抜けていく2台は互いに170キロ以上まで加速している。
「(相手の走りをどう見るか…)」
時雨としては相手のドライビングが気になっていた。
幸運の女神を自称するだけのドライビングとはどれほどのものなのか?
本当にそれ相応なのか?
自分を追い詰めるだけの実力があるのか?
それらが時雨にとっては気になっていた。
その実力を確かめるためには、第1コーナーと第2コーナーをどれだけ攻めることが出来るかによって大体判断できるだろう…そう時雨は認識した。
「(少しアクセルを抜いて…)」
180キロまで加速する中で、時雨は軽くアクセルを抜いた。
互角の加速だったマスタングとZ33だが、吊り橋をの4分の3を渡ったところでマスタングが前に出た。
「(あれ…チャンス?)」
レベッカはZ33の加速が鈍ったのを見逃さなかった。
加速特化故にマシンの最高速度に達したのか?
だがそんなことを考えてもこれはバトル。
前に出るチャンスがあるというのなら、ここは出てしまおう。
そう思ったレベッカはウインカーを出してすっ、とハンドルを右に切ってレーンチェンジ。
マスタングとZ33がテールトゥノーズの状態になった。
そしてそんな状態の中で2台は吊り橋を渡り切ろうとしており、目の前には第1コーナーである右直角コーナーが迫っていた。
「(さあ…あたしについて来れる!?)」
コーナーで振り切るくらいの気持ちでいたレベッカ。
さっさと2つのコーナーで振り切ってしまった方がいいと考えた彼女は、ブレーキングポイントギリギリまで粘ってアクセルを踏み続ける。
「―――!」
ノーズがちょうど吊り橋を渡り切ったところで、ブレーキを思いっきり踏み込む。
ブレーキランプが光り、速度が一気に180キロから150キロ近くまで減速する。
そこからハンドルを一気に右へと切り、後輪を強引に滑らせようとしたところでアクセルオン。
右を向いたマシンにカウンターを当てるべくハンドルを左に切り返し、そのままドリフトしていく。
直角コーナーを140キロ台でドリフトしていくマスタング。
後方からはZ33も追従する形でドリフトしていく。
「……」
一方の時雨。
相手のドライビングとシンクロするやり方は容易だ。
如何せんZ33の車重は1.5トン近く。
1.7トンは車重があるマスタングよりも、はるかに軽いのだ。
同時に相手のドライビングにはある程度の余裕がある。
それはやはりプロとしての経験を積んでいるが故に自然と作り上げられてしまったリミッターと言うべきか。
多くの経験が彼女のドライビングの限界を知ることを出来ていた。
だが一方で、経験と言うのは時に足枷にもなるものだ。
何故なら、限界を超えることに躊躇してしまうから。
ストリートシーンにおいては時として、己の限界を超えるような無茶も必要。
時雨の場合は経験不足が逆に「どこまで走れるのか」という一種の限界を求めるがゆえに無茶をすることに対して全くもって躊躇がなかった。
それは、車重が軽いマスタングに強引についていくという形になっていたのだ。
「―――!」
コーナー出口寸前でレベッカはアクセルリリース、ハンドルをニュートラルに戻してタイヤのグリップを回復させたかと思いきやすぐにアクセルオンで加速。
マスタングはバックファイアーを噴き出して加速する。
「……」
一方の時雨も同じようにアクセルをリリースしたかと思いきや瞬時にハンドルをニュートラルに戻し、タイヤのグリップを回復させて7割程度アクセルオン。
バックファイアーを噴き出すマスタングに食らいつく。
Z33のノーズとマスタングのテールの車間距離は0.5台分程度。
付かず離れずの一定の距離を維持しながら、コーナーを脱出する。
軽さと加速では有利なZ33だが、時雨は後方から食らいつくというやり方を取っていた。
「(やっぱりすごいけど…まだまだ!)」
レベッカはどこか負けん気を現したかのようにアクセルを踏み続ける。
だが、ここはもどかしいところ。
何せ前方にはすぐに第2コーナーである右ヘアピンコーナーが迫るからだ。
アクセルオンで多少引き離したのはいいが、すぐに次のコーナーが迫る以上無理にアクセルを踏むことは出来ない。
攻めるところと守るところの思慮分別自体はついていた。
「(あたしの走りに…ついて来れる!?)」
時雨の度胸を試すかのようにレベッカはブレーキングを我慢している。
目の前にコーナーが迫るスリル。
この感覚だ、この恐怖心こそが生きている証拠だ。
レベッカは自分がどこかその感覚に未だに酔っていることを自覚しながらも、ブレーキングを我慢していた。
後方のZ33が僅かに離れたのを見逃さなかったレベッカは、そこからアクセルオフに次いでブレーキを踏み込む。
「―――!」
多少オーバースピード気味でありながらも、コーナーに突っ込むマスタング。
150キロ台から120キロ台まで減速し、ハンドルを右に曲げる。
後輪が滑り出したところでアクセルオン、タイヤの空転と同時にハンドルを左に切り返してカウンターを当てる。
マスタングはそのまま走行レーンの中央を突っ走るかのように、120度以上のドリフトアングルでドリフトしていく。
「……」
一方の時雨。
こちらはレベッカのやり方をほとんど気にすることなく、マイペースだった。
他人の走りを見極めることも大切だが、攻め込むときは相手の走りに縛られていては絶対に追い越せない。
そんなことは時雨がよくわかっていた。
そしてそうである以上…時雨はレベッカよりもわずかにブレーキを早めた…かと思いきや、ハンドルをくい、と軽く左に曲げ、そこから一気に右へと切り返す。
速度は150キロ台から130キロ近くまで減速し、アクセルオンと共にタイヤが滑り出してドリフト状態へ。
フェイントモーションのドリフトで、走行ラインは走行レーンの左端から右端目いっぱいまで攻め込むというなかなかに際どいアウトインアウトだった。
「―――!」
前方でドリフトするマスタングが徐々に迫る中、パラレルドリフト状態を維持する。
マシンが徐々に近づいて、下手をしたら接触をしてしまうのではないか…そんな中でも時雨は全くもってアクセルをリリースすることはなかった。
相手が実力者であるということを見越してか、それとも単純に恐怖心が全くないか。
どちらかはわからないが、それでも時雨はアクセルを踏み続けることを躊躇しない。
マスタングの右サイドとZ33の左サイドは10センチほどまで迫るが、レベッカも時雨も互いにアクセルを抜くことはない。
ヘアピンをパラレル状態でドリフトしていく2台は、そのままの加速でヘアピンコーナーを立ち上がる。
アクセルオフからグリップを回復させ、目の前の吊り橋…ロングストレートへと向けて、2台はアクセル全開で加速していく。
先程のヘアピンコーナーで、Z33のノーズとマスタングのテールの車間距離は10センチ程度まで縮まっていた。
ヘアピン突入前は1メートルはあったが、それがセンチ単位まで縮まっているということは…やはり時雨の方が速いということを示しているのだった。
「(なるほど、実力はわかった…)」
「(ギリギリまで付いてきてる!やっぱり…速い!)」
後方にじっくりと迫っているZ33。
その姿を見て、レベッカは驚くしかなかった。
この「幸運の女神」にギリギリまで食らいついてくるとは。
正直言って予想以上だ。
2台の速度は既に180キロ近くまで到達しようとしていた。
「(抜くのは単純…じっくりと追い詰めるんだ)」
一方の時雨。
後方からマスタングに食らいついている状態だが、そんな状態でも時雨の精神状態にはゆとりがあった。
徹底的に追いかけているのだが、はっきり言ってどこでも追い抜けてしまうだろう。
それくらいなまでの心の余裕がある。
何故なら…
「(どんな女神であっても、やっぱりユキ程じゃない…!)」
自分が唯一認めるライバル、雪風。
時雨は彼女こそが幸運の女神にふさわしいと信じてやまなかった。
いま彼女を追い詰めている事を考えると、レベッカには彼女ほどの実力があるとは思えない。
そしてそうであると考えた以上、レベッカは「偽りの女神」であると思っていた。
時雨自身が「偽り」であると考えた以上…時雨がやるべきことは1つだけだった。
「……!?」
一方のレベッカ。
吊り橋上を走っている上で、突如としてぞくっと背筋が一瞬だけ凍るように感じた。
一瞬だったとはいえ、今のは一体何なのか?
体調不良?そんなわけない。万全な状態じゃないと自分はレースをしないし、今日も問題はなかった。
バックミラーがギラギラと光る中で、レベッカはある事実に気が付こうとしていた。
「(何、これ…後ろから、物凄いプレッシャーを感じる…!あたしが…追い詰められてる!?)」
時雨のマシンから感じられる覇気のようなもの。
それはレベッカにとってもかなりのものだった。
自分自身最年少でポールポジションをとったり優勝をしたりした偉業があるが、そんな自分でも不思議と後方からのプレッシャーに根負けしてしまいそうになっていた。
それも、プロのレースならともかく…アマチュアの、それも舶来のドライバーからそれを感じた。
「(まるでダディ…いや、もしかしたら…あの伝説のレーサーのような、似たような何かを感じる!)」
レベッカにとってその走りは自分のダディ…つまり父親以上のものを感じ取っていた。
それくらいなまでに、後方からのプレッシャーが強かったのだ。
いくら後方に付けられることに慣れているとはいえ、追い詰められるような感覚になることは滅多にない。
隙間は数センチもないくらいにまで後方に迫っていた。
ドラフティングを全くもって恐れていない。
それくらいなまでにピッタリと食いついて、スッポンのごとく離れない。
それがレベッカにとっても異様なまでのプレッシャーになっていた。
2台はそのまま吊り橋上を渡り切ろうとしていた。
「(どこから…どこからくる!?)」
滅多に動揺しないレベッカだが、ここに来てなぜか時雨に対して動揺していた。
2台はテールトゥノーズの状態を維持しながら第3コーナーの左高速コーナーへと迫っていく。
だが、目の前に迫るコーナーに対してブレーキを踏み込もうとした瞬間だった。
「(隙あり…!)」
Z33の右ウインカーが光ったかと思いきや、Z33は左レーンから右レーンへと移った。
そしてそこからブレーキを一瞬だけかけ、軽くハンドルを左に切り返す。
ハンドルを右から左に切り返し、アクセルオン。
だが、走行レーンは右レーンのまま。
マスタングを追いかけるべく、オーバースピードで突っ込んでそのまま高速コーナーでぶち抜くというやり方。
言ってしまえば、フェイントモーションの応用である。
派手なアングルでヘアピンコーナーや直角コーナーを曲がるのに向いているフェイントモーションだが、決して高速コーナーなどに応用できないという訳ではない。
フェイントモーションはいわばコーナーでドリフトをするための「切欠」に過ぎないのだ。
そしてその切欠のために…時雨は左レーンから右レーンへと移動し、ハンドルを瞬時に左に曲げて後輪を滑らせる。
「(アウトコースから!?速い…!)」
第3コーナーの左レーンでドリフトするマスタングを、Z33はアウトコースからそのままぶち抜こうとする。
マスタングは左レーンの左端…それこそインベタのラインを描くようにドリフトしているのに、Z33はその軽い車体と、多少の不利をひっくり返せられるほどの加速力でコーナーを強行突破していく。
マスタングの速度が160キロ台であるのに対し、Z33は180キロ台。
フェイントモーションと必要最低限のブレーキングで、レベッカのマシンよりもアウトコースなのにも関わらずあっという間にサイドバイサイドになっていた。
2台はそのままコーナー出口へと向かっていく。
「っ…!」
「……!」
2台が同じタイミングでハンドルをニュートラルに戻し、アクセルオン。
加速のタイミング自体はほぼ同じ。
2台がコーナーを立ち上がる。
だが…
「(振り切られる…!)」
ノーズを取ったのは、Z33だった。
加速で優位なのはZ33。
アウトコースであっても、圧倒的な加速性能を生かして不利な条件をリカバリーしている。
そのままZ33がノーズだけ先行したままの状態で、2台はトンネル区間に飛び込む。
「(くっ…攻めないと、追いつけない!でも、インコースであれば…)」
トンネル区間を走る2台だが、すぐに第4コーナーの左高速コーナーに迫る。
そんな中でレベッカは自分の優位性を信じてやまなかった。
いくらコーナーで向こうが速いとはいえ、次のコーナーではレーンチェンジをしながらのフェイントモーションは出来ない。
そしてそうである以上…アウトコースのZ33は間違えなく自分よりも遅くなるだろう…そう信じていた。
トンネル出口に差し掛かっていたZ33がブレーキをフラッシュさせたかと思いきやタイヤを滑らせて、走行レーンの左端をインベタのラインで走るようにドリフトし始める。
レベッカもそれを追うかのようにハンドルを左に曲げる。
だが、レベッカがブレーキを踏み込んだ瞬間だった。
「―――!?」
一瞬の判断ミスだった。
ブレーキがワンテンポ遅れたことでマスタングはインベタのラインを描かず、走行ラインの中央を走るようなラインになった。
レベッカは気が付かなかったが、彼女は時雨のドライビングに乗せられていたのである。
先程までのプレッシャーに委縮して自分の走りを見失ったのか、それとも相手の走りに乗せられてしまったのかはわからない。
だがそれでもインベタの走行ラインを走っていたZ33に対し、マスタングは走行レーンの中央を走ってしまった。
これだけ見ればわずかな差ではあるものの、速度はZ33の方が上。
アウトコースであるにもかかわらず、Z33は遂にドリフトしながらマスタングを完全にぶち抜いてしまった。
「(抜かれた…!?)」
コーナーで追い抜かれるのは屈辱的だったが、相手は例のドライバー。
覚悟はしていたが、まさかここまでとは思わなかった。
だがそれでも、まだ立ち上がり勝負で負けたわけではない。
ハンドルを僅かに右に曲げてカウンターを当てつつもアクセルを踏み込み、必死に迫ろうとする。
テールトゥノーズの状態でドリフトし続ける2台の前に、第4コーナーの出口が迫る。
「(一気にケリを…ここで決める!)」
時雨としては高速コーナーが勝負どころだと認識していた。
ここでの加速競争に勝てば…きっと相手の心を折ることは出来るだろう。
そう認識した時雨は、コーナー出口直前でアクセルを抜いたかと思いきや直後にハンドルをニュートラルに戻し、タイヤの空転を抑えた上でアクセルを全開に踏み込む。
タイヤの空転が収まっていたZ33は、そのままの勢いで一気に加速する。
文字通り、天高く舞い上がる金色の龍のように…加速は鋭いものだった。
速度としては150キロ台から190キロまで加速していた。
「(加速が違う…!?これじゃあ、追いつけな~い…)」
前方のZ33が加速する中で、レベッカは相手のドライビングに戦慄するかのようにそう思った。
アクセルオフからタイヤのグリップを回復させて再び加速したのはいいが、こちらは良くて150キロ近くから170キロ台。
わずか10キロ程ではあるが、これはスプリントにおいては想像以上に大きなアドバンテージと化していた。
そしてそうであることを認識したレベッカは、「もはや手に負えない」と思ってしまうのだった。
じらされてじらされて、それで集中力を失って加速負け…完全に相手の術中にはまってしまっていた。
前方を走るZ33は、みるみるうちにマスタングとの車間距離を離していく。
第4コーナーを駆け抜け、Z33とマスタングの車間距離は車1台分まで広がろうとしていた。
アクセル全開でZ33を追うレベッカだったが、すぐに最終コーナーの右直角コーナーが迫っている。
「(最後まで油断するつもりはない…!)」
最終コーナーである右直角コーナー。
ここでミスをしたら全てが水泡に帰してしまうことを覚悟していた時雨だが、同時に攻めることも忘れない。
180キロ台まで加速しているのはいいが、下手なことをして相手に追い抜かれることだけは絶対にごめんだ。
そう思った時雨は、意識を集中させてブレーキングに集中する。
目の前に繁華街区間の右直角コーナーが迫る。
速度は180キロ台を維持し続ける中で、目の前のコーナーがスローモーションで迫ってくる。
「―――――!」
目の前の情景がスローモーションで動く中で、そのタイミングを時雨は見落としていなかった。
ハンドルを軽く左に切ったかと思いきやブレーキを思いっきり踏み込み、底からハンドルを思いっきり右に切って後輪を滑らせる。
フェイントを付けて後輪が滑り始めたところで、アクセルオン。
速度は150キロ台まで落ちていたが、そこから再びアクセルオンで徐々に加速していく。
アクセルオンで右を向いた瞬間に、すぐに左へと切り返してカウンターを当てる。
ドリフトアングルは50度程度だが、右から左へと一気に切り返したZ33はそのままコーナーの右端…それこそ壁スレスレを狙うかのようにドリフトしていく。
ノーズを壁に接近させることも全くもって躊躇しない中で、Z33はコーナー中間から徐々にアウトへと膨れていく。
「(これで…終わらせる!)」
Z33がアウトに膨れていく中で、時雨はアクセルをリリース。
左に曲げていたハンドルをワンテンポ遅れてニュートラルに戻し、再びアクセルオン。
最終ストレートへと向かって全開走行に入る。
150キロ台からバックファイアーを噴き出したZ33はそのまま最終ストレートで210キロ近くまで加速していくのだった。
「(うげ、マジぃ…同じスピードで飛び込めないよ…)」
ドリフトしているマスタング。
最終コーナー直前で右レーンに移ったのはいいが、Z33が限界までブレーキを我慢してそこからフェイントモーションでコーナーをインベタのラインで攻め込むことで距離を引き離していた。
同じスピードでコーナーに飛び込んだら下手をしたらクラッシュしてしまうかもしれないと思った以上、勝負から降りるという選択肢を取るのだった。
そして距離が引き離されていくことを認識したレベッカは、もはや諦めたかのようにこう思うのだった。
「(時雨の走り方、私のダディみたいだねぇ~。ありゃ、本物の『サモトラケのニケ』(勝利の女神)だよ…)」
レベッカは時雨の実力を認めるかのようにそう思いつつアクセルを踏んでいた。
最終ストレートをZ33が駆け抜け、そのまま2秒近く経った後にマスタングも最終ストレートを駆け抜けていく。
Z33が210キロ近くまで加速し、マスタングが190キロ近くが最高速度だったということを考えれば、勝敗はもう火を見るよりも明らかだろう。
―――勝者、時雨。
タイム差は2秒近くあった。
「す、すごい…!まさかあそこまでのファイトをするなんて、流石『峠の実力派コンビ』ね!」
「本当にすごい…!まさかこれ程までハイセンスなバトルをするなんて、見ているこっちとしてもユカイだわ!」
「マジでスゲェ…やっぱスゲェよ!アイツら、また速くなったんだな!」
バトルを見届けた3人が各々感想を言っていた。
彼女たちにとっても時雨のバトルはかなりのものだったのは間違えない。
勝負を終えて戻ってきたZ33の前に、例の3人がやってきて…車を降りた時雨と奈美子を拍手で迎え入れた。
そして次第に他の仲間やリブラのドライバーたちも集まってきた。
その様子はまさしく祝福に包まれ、同時にその中心にいた時雨の姿こそ本日のヒーローと言うべき様子だった。
「ナイスファイトだったわ、時雨ちゃん!」
「お前ら、ニューヨークでさらに速くなったんだな!」
「ここまでのハイセンスな走りをすれば、私たちからしても文句なしよ…!」
「み、皆さん…ありがとうございます」
3人の祝福の言葉に対し、時雨はどこか照れ隠しをしながらそう答えた。
そして答えたところで、オリビアやビクトルも駆けつけ…時雨のZ33の隣に、レベッカの車が止まって彼女がやってきた。
レベッカの様子を皆待ち構える。
「いやぁ~、負けた負けたぁ~。でも、楽しかったかな…走るのがこんなに楽しいなんて、最近すっかり忘れてたな~」
「アンタ…」
車から降りてのほほんと笑っていたレベッカだったが、しばらくして声を殺して涙を流し…そのまま泣きはじめた。
「あっ…」
「あっ!」
その様子を見かねたオリビアはレベッカに駆け寄り、黙って胸を貸していた。
すると、泣いていたレベッカに対してユカもワンテンポ遅れて近くに寄って労うかのようにこう口にした。
「素晴らしいファイトだったわ…あのファイトはどっちが勝ってもおかしくなかった。あなたもとてもいい走りだったわ」
「え…あ、ありがとう…」
すると、ユカが励ました時だった。
「ヘェイ…レベッカァ…今度はァ…オイラの胸でェ…泣いておくれよォ…」
「グスッ……キモイから、ムリィ~」
ウーゴが自分の胸を貸そうとしたが、案の定断られた。結果としてウーゴは白目をむいてバッタリと倒れるのだった。
「ちょっ…!大丈夫!?」
「…気にしなくていい。いつものことだ」
その様子を見たユカが心配したが、ビクトルは黙ってウーゴを担ぐと自分の車に押し込んだ。
そしてその場へ、ライナやシャーロット、時雨や奈美子がやってきた。
「あ、あの…レベッカ…私たちは、ええっと…」
奈美子がそう言うと、レベッカは涙を拭いてオリビアの元を離れ…こう口にした。
「…今日はありがと、時雨、ナミコ。でもあなたたちが悪いのよ~?自暴自棄で無謀な走りばかりしてた私に、バトルの本来の楽しさを思い出させてくれちゃってぇ~」
「いえ、僕は全力でバトルしただけですから…」
レベッカの言葉に対し、時雨は静かにそう答えた。
「謙遜するなよ、時雨!お前ら、本当にすごかったんだからさぁ!」
「ええ…あの一戦は、私たちからしてもとんでもなくハイセンスなバトルだったんだから!2人はもっと胸を張りなさい!勿論、レベッカさんもね」
「レベッカさんにも言ったけど、あそこまで全力で走ればもう勝ち負けも関係ないわ…!本当にナイスファイトだったわよ!!」
「は、はあ…」
時雨と奈美子のすぐそばに、例の3人もやってきていた。
勝ちをあまり実感できない時雨に対し、ライナもシャーロットも、そしてユカも褒めていた。
だがそれでも時雨にとってはむしろ、「勝ててよかった」という気持ちが先行していた。
すると、レベッカがこう口にする。
「だからこれは、私のドライバー観を壊された『悔し涙』よ~。あなたやそのお仲間さんたちは、まるでストリートで腕を磨いた私のダディみたいなドライバーね~。…妹に聞いた通りでびっくりだわ~」
「…妹?」
「あれー?妹さんいたの?妹さんって誰かしらー?」
レベッカの言葉に対し、奈美子とオリビアが互いに反応する。
そんな中でレベッカは言葉を続ける。
「あれ~?言ってなかったっけぇ~。義理の妹で、一緒に育ったんだけどねぇ~。副代表の『サマンサ・ウォード』よ~まあ、私のダディとのつながりで、サマンサは私の家に来たんだけど…」
すると、その言葉を聞いた瞬間だった。奈美子はレベッカの元へ一気に近寄った。
「お、おい…ナビ子?」
「どうしたのよ、そんなに血相を変えて…」
「ナニナニぃ~?ナミコ、顔が近いんだけどぉ~。メイク落ちてるの恥ずかしいからやめて~」
レベッカに思いっきり顔を合わせた奈美子は、こう口にした。
「レベッカ!その話、詳しく聞かせて!!!」
シャーロットやライナたちにとって、奈美子の憔悴ぶりは不穏だった。
ライナが疑問を口にする。
「なあ、どうしたんだよ?あんな血相変えて…そのサマンサって、何だよ?」
「『サマンサ』って言うのは、僕たちが探している人なんです…その人は、リブラの副代表で…」
ライナの質問に答えたのは時雨だった。
「…なるほどね。あなたたちがニューヨークでリブラ相手に戦っていたのは、そういうことがあったから?」
「ん?どういうことだよ?」
「だから、リブラの副代表に会いたいという目的があったから、ということでしょうって…」
「あ…そうなのか?」
「はい…」
ライナとシャーロットが互いに納得する中で、レベッカは言葉を続ける。
「サマンサのダディ『オスカー・ウォード』は賞金ランキングの上位に名を連ねるような、有名ドライバーだったのよ~」
「…オスカー・ウォード!?まさかあのレーサーの!?」
レベッカの言葉に反応したのはユカだった。
「あれ?たしか、ユカちゃんセンセイ…だったっけ。知っているの?」
「ええ…私もアメリカでレース観戦をしたことがあって、その人がレースで優勝したのを見たわ。でも、たしか数年前に…」
「うん…事故で亡くなって…」
「…マジかよ?んで、そのサマンサってヤツはどうなったんだ?」
ライナの質問に対し、レベッカは一息ついて言葉を続けた。
「そしたら残された遺産を求めて、『自称親戚』やら、『自称許婚』やらがウジャウジャ出てきたんだってぇ~。冗談じゃないよねぇ~」
レベッカが言った真実…それは、サマンサの父親は元々有名なレーサーだったが、レース中の事故で亡くなった後、彼女の元へその遺産を狙ってくる輩が多く表れたという事だった。
「許婚って…いや、莫大な遺産がある以上、そんな与太話はあるわよね…まあフユカイな奴が案の定現れたと」
「じゃあ、なんでレベッカの家に養子になったのかな?」
シャーロットが呆れたように反応し、その上で時雨が質問する。
「亡くなったサマンサのダディが、うちのダディの親友だった縁で、私らの家族になったってワケよぉ~。苗字だけそのままなんだけどねぇ~…んで、うちに来てからしばらくして、サマンサは亡くなったダディの遺産でリブラを作ったのよねぇ~。理由は―――」
「これまでバトルしたリブラのドライバーを見ててわかったわ。行き場を失った元レーサーを、1人でも多く助けたいと思ったから…そうなんでしょ?」
レベッカが語る中で、奈美子がそう口にした。
レベッカは「わかっていたか」と納得したかのような顔をして、こう口にした。
「…そのとおりよ~。ま、もっとも私なんかはそれに乗じて好き放題やってた、不肖の姉だったけどね~…あんまり感情を表に出さない子だけど、きっとニューヨークで誰よりも優しい子だって、お姉さんは思うわぁ~」
「サマンサが引けない理由が、やっとわかった。走りたいと望むドライバーたちのためにリブラが作られたんだもの…」
レベッカの言葉に対し、奈美子はやっと納得できたかのようにそう口にした。
すると、レベッカの話を聞いていたライナたちも各々に反応しだした。
「…あたし、色々とWEBニュースとかSNSとか見てたから誤解してたけど…やっぱりリブラに入る原因ってあるんだな。単にニューヨークで迷惑ばっかりかけている連中、ってイメージだったけど…これはちょっと、マズいことしたかな」
「どうするのよあんた…勝手に無法者の集まりなんて決めつけるから、マズいことになってない?」
「それは…」
「教官、ここはビシッとライナに…って、あれ?」
シャーロットがユカに話しかけようとすると、ユカは不思議と真剣な顔になっていた。
その集中する顔に対しては、シャーロットも不思議と話しかけられなかった。
「(走りたい、か…ちょっとあたしもわかる気がする。まあ、私は後進を育てたいって思いが強くなったから自ら身を引いたけど…でももしその思いが彼らや彼女を暴走させていたとするのならば、その努力の方向性を正せば…もしかしたら)」
ユカは元プロだが、後進を育成したいという夢が生まれたから引退した。
幸いにも自分には教育のセンスがあったから教員として活躍出来ているが、そのポストが引退したドライバー全員にあるわけではない。
リブラのドライバーたちは走りたくても走れない…そんな欲望をかなえるために、リブラはある。
だが、それではニューヨークの市民に迷惑をかけてしまう。
何か方法があるのではないか?
ユカは静かにじっくりと考えていた。
すると、ユカはあることに気が付いた。
「(…さっきのレベッカさんの走りを見て確信できた。彼女には…経験も、才能もある…!ならば私たちが名乗りを上げて、その才能を生かせる場所の手がかりを作るんだ…!)」
そう思ったユカは、はっとしてこう口にする。
「ねえ、レベッカさん!」
「ほへ?」
「これを受け取ってほしいの!」
そう言ってレベッカに近づいたユカが手渡したのは、1枚の名刺だった。
「え…何これ、名刺?」
そこに書かれていたのは、ユカの本名と所属組織…「箱根レーシング学園」の事。
その様子を見たレベッカはどこか納得したかのようにこう口にした。
「箱根レーシング学園…?オネーさん、やっぱりレーシングスクールのインストラクターだったんだ…じゃああの2人の実力の高さもわかるかな…」
「ええ…あなたたちと同じ元プロのね。さっきの時雨ちゃんとのファイトを見て、とても面白いことが出来そうな気がするの!きっと、リブラの皆さんも…役に立ってくれるはず!」
ユカははっきりと淀みない顔でそう言った。
彼らの存在がきっと役に立つ、とは一体どういうことなのだろうか?
「え、リブラのドライバーが役に立つ…?それって?」
「ちょっと今すぐには言えないけど…お願い!少し待つことにはなるけど、リブラの代表に連絡できるようにしておきたいの!」
そう言ってユカは、レベッカに対して頭を思いっきり下げた。
「お、おい…先生…」
「何、やってるんですか?」
その様子はライナとシャーロットにとってはあまりにも異様な光景だった。
自分たちの教官が、見ず知らずの人間に対して思いっきり頭を下げている。
これは一体どういうことなのだろうか?
「は、はあ…?でも、それ本当…?」
レベッカにとっても疑問でしかなかった。
見ず知らずの人間に、「リブラの代表に連絡できるようにしたい」と言われたら普通は断るのが当然だが、ユカは明らかに頭を下げて「お願い」をする誠実な態度だった。
そんなことをされたら、無下にするのもどうかとレベッカは思った。
「大丈夫…私は絶対に裏切らないし、あなたたちの才能を無駄にさせるつもりはないわ!少し時間はかかると思うけど、きっといい知らせになると思うから!」
「はあ…」
ユカの態度に対し、レベッカは「一体何が始まろうとしているのか?」と疑問に思わざるを得なかった。
そう言ったところで、ユカは身を引いた。
「…ユカちゃん先生、何を考えているんだ?」
「教えてくれませんか?」
「ふふっ、それはまだ内緒よ。でも…きっと、あなたたちのためにもなること、だから!」
ライナやシャーロットから質問を投げかけられたユカは、「この先をお楽しみに」と言わんばかりににっこりとそう言うのだった。
―――数日後、ウーゴのダイナー。
ダイナーには、シェイカーを振るウーゴと食事をするリチャードの姿があった。
「ってな感じでェ…この店でェ…ビクトルと朝まで語り合ったってわけよォ…どう思うリチャードォ…?」
そう言ってウーゴはシェイカーからグラスにカクテルを入れ、それをリチャードに差し出した。
「…1つだけ確かなことは、ウーゴはその女神に嫌われてるということだね。で、リブラの代表について、何か分かったことはあるかな?」
安いピザを貪りながら、そう各々感想を口にする。
「アンタ…ずいぶんハッキリ言うなァ……副代表はァ、サマンサ・ウォードでェ…間違いないみたいだァ。そしてレベッカ・クロウの『ダディ』ってのがァ…リブラの代表に違いねェ…」
「ほう…?あの『幸運の女神』の父親が…?」
「その代表はバトルをするみたいだがァ…デトロイトで自動車部品の製造をしていたこと以外にィ…何をしていたのか不明だァ…考えたってェ…しょうがねぇぜェ…。時雨とナミコを頼る以外にィ…道は無いんだからよォ…」
ウーゴは時雨と奈美子との話から、リブラの代表の事を聞き出すことに成功していた。
例の「情報屋サマンサ」はリブラの副代表で間違えない。
そして代表である男もいるのだが、細かいことはわからない。
それが現状だった。
すると、リチャードはウーゴの言葉に対してこう断言した。
「いや、そんなことはない。確かに時雨達が切り開いてくれた道だが、それを守っていくのは…他ならぬボクら、ニューヨーカーの使命なのだから…!」
(第24話End)