「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 第二幕 2024 -いつかあの頂で- 作:カービィ改二
遂にリブラ代表との対決へ。
そして最後の助っ人とは。
バトル本来の楽しみを思い出した元オーバルレーサー・レベッカとのバトルを、「箱根レーシング学園」の首席ドライバーたちの援護と共に制し、勝利を収めた時雨と奈美子。
バトル後、レベッカはサマンサの義理の姉であり、彼女とサマンサは同じ家で育っていたこと、そしてそこに至るまでの経緯が発覚。
彼女曰く、時雨の走りはストリートで腕を磨いた彼の父親の走りに似ている、とのことだが…
ーーーレベッカとのバトルから3日後。
帰国まで残り3日のこの日、時雨は愛車であるZ33に乗ってニューヨークのストリートを見回っていた。
レベッカ達とのバトル以降は一気に静まり返り、一時の平穏が訪れていた。
「奈美子。今日の見回りはこれくらいで切り上げようと思うんだけど、もう一回りしたほうがいいかな?」
ドライバーである時雨が助手席の奈美子に話しかける。
だが、奈美子は無反応だった。
「……(サマンサの気持ちも分かる…でも、ケミックとオクティの皆が前に進み出している…一体どうしたらいいの?)」
奈美子は黙り込んで一人考えていた。
サマンサがどうしてリブラを立ち上げたのかはわかった。
だがケミックもオクティも共存の道を歩み始めている。
気持ちがわかる以上辛いものがある。
それに、先日ユカちゃん先生が言った「代表に連絡できるようにしたい」という内容も気になる。
リブラの存在はどうすれば?
考えがまとまる様子はない。
すると、様子を見かねた時雨が奈美子に再び声をかけようとしたその時だった。
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「(…いつの間に?バックミラーが光った…バトルかな?)」
見回りをしていたZ33の後方に1台のマシンが付いてきていることに気がついた。
車種は…赤色のFK8シビックである。
パッシングをしてきているということは…おそらくバトルをしろということだろう。
奈美子はまだ考え込んでいて後方に気がついてない。
「(僕に勝負を仕掛けてくるとしたら、おそらくリブラのドライバーだろう…ならば!)」
自分自身バトルを求められるということはよく分かっていた。
リブラのドライバーたちから恨みを買っているというのもわかっている。
加えて目の前にはバトルコース…トライストリート復路のスタート地点が見えた。
そしてそれらの条件が整った以上、やるべき事はただ一つだった。
「奈美子!!!」
「!!」
大声で奈美子の名を叫んだ時雨。
それと同時にアクセルを全開に踏み込む。
30キロ台から猛烈な勢いで加速したZ33の車内で、奈美子はバケットシートにガッチリと体をホールドされていた。
「ど、どうしたの時雨!?」
「バトルを仕掛けられたんだ!このままコースに行くよ!」
「バトル!?わ、わかったわ!」
動揺しながらも奈美子はそう答えたが、大逃げの姿勢に入っていた時雨にとっては涼しい風。
Z33はそのままコースへと向かっていく。
「ちっ、いきなりかよ…!」
一方のリブラのドライバーも驚いていた。
相手の車が速いことは覚悟していたが、まさかこうも大逃げされるとは。
よりにもよって先制攻撃を受けるとは思わなかった。
電光石火の勢いで加速するZ33を追いかけ、FK8シビックのドライバーもアクセルを踏み込む。
Z33がリードしたまま2台はトライストリート復路スタートである繁華街区間のストレートを駆け抜けていく。
先行するZ33が200キロ近く出して、後方のFK8シビックを確実に引き離していた。
2台が右レーンを走り抜けていく。
「(…コーナー3つで、バックミラーから消しさる!)」
ストレート区間を走る中で時雨はふと思った。
おそらくこれから仲間たちとのバトルがある以上、長引かせるわけにはいかない。
そうであれば短期決戦でさっさと相手の心を折るまで。
そう思った時雨は目の前のコーナーを確認する。
第1コーナーの左直角コーナーが迫る。
「……!」
コーナー直前で左ウインカーを出し、左にすっ、とハンドルを曲げる。
オーバースピード気味に突っ込むZ33だが、同時に左レーンにも進路を変えていた。
コーナー直前で時雨はアクセルオフからフルブレーキ…それこそブレーキロック寸前まで踏み込み、そのまま減速させたかと思いきやハンドルを左に切って強引に後輪を滑らせる。
速度が200キロ台から140キロ台まで減速し、後輪が僅かに白煙を上げて滑り出す。
左を向いたところでハンドルをすっ、と右に切り返してカウンターを当てつつもブレーキリリースからアクセルオン。
ドリフト状態でZ33を左端の壁に接近させつつ、アクセルを踏み続けて後方との距離を着実に離していく。
電光石火のようなドリフトで駆け抜けるZ33。
コーナー中間を隙間10センチ程度まで迫るが、すぐにコーナー出口が迫る。
「……」
コーナーが迫る中で時雨はアクセルをリリースし、右に曲げていたハンドルをゆっくりとニュートラルに戻す。
140キロ台でドリフトするZ33は徐々にグリップを回復し、コーナーを立ち上がる態勢へ。
後輪のグリップが回復したところで、時雨は再びアクセルを全開に踏み込む。
「(一気に行くぞ…!)」
文字通り初っ端からの大逃げの展開である。
ダラダラと続けるよりもさっさと振り切れば後々マージンを残せるだろう。
そう思っていた時雨はアクセルを全開に踏み込んで、Z33を繁華街区間において全開走行で走らせる。
速度はあっという間に180キロ台まで跳ね上がる。
「(次と次は…)」
繁華街区間の出口にある右高速コーナー、そしてトンネル区間、さらに右高速コーナー。
緩いコーナーであればある程度速度を維持しながらドリフト出来るに違いあるまい。
神経がマヒしているのか、それともコースを完全に熟知したのか、時雨はアクセルを踏み続けることに躊躇がなかった。
190キロ台になったところで時雨は右ウインカーを出してすっ、とハンドルを右に曲げる。
左レーンから右レーンへと移るZ33。
だがマシンの前にすぐに高速コーナーが迫る。
「……」
操縦に意識を集中し、アクセルオフ。
そしてブレーキを踏み込んだかと思いきやすぐにリリース。
速度は200キロ近くから180キロ近くまで下がり、突発的なブレーキに寄って後輪がグリップを失いかけていた。
不安定になる中でハンドルを僅かに右に曲げ、そこからドリフト状態へ。
170キロ以上でドリフトするZ33を手懐けるかのようにハンドルを右から左に切り返し、アクセルオンからカウンターを当ててドリフトさせる。
それでも時雨は全くもって躊躇はない。
何度も何度も走り続けたことで知識と経験が身についていたのである。
「(残り2つ…吊り橋のストレートまでは意識を集中させないと)」
吊り橋ストレートまでくれば後方を見る余裕が生まれる。
だがそれまではアクセルを踏み込んで、何が何でも相手には食らいつかせない。
この勝負は絶対に勝ちに行く…それくらいの気概で時雨はアクセルを踏み込み、コーナーリング中でもわずかに加速させる。
目の前にストレート区間となるトンネルが迫る中で、コーナーの出口も迫る。
そんな中で時雨はアクセルをリリースし、左に曲げていたハンドルを徐々にニュートラルに戻す。
タイヤの空転をじっくりと待つかのようにハンドルを戻したかと思いきや、すぐにコーナー出口。
そしてそのままタイヤのグリップが回復したところでアクセルオン。
アクセルオンで加速するZ33はそのままトンネルに飛び込む。
右レーンの左端から右端までラインを描いたかと思いきや、コーナー出口においてはラバーポールスレスレの絶妙なアウトインアウトのラインを描いて加速させる。
速度は170キロから再び200キロ台まで加速する。
「(ここが勝負所…!)」
トンネル区間出口にある右高速コーナー。
コーナーに迫るZ33は再び右レーンの左端を走っている。
トンネル出口に迫る中で、時雨は再びアクセルリリース。
そしてそこからハンドルをくい、と右に曲げたかと思いきやアクセルオフ、そしてブレーキをフラッシュ。
一瞬とはいえ一気にドン、と強いブレーキを踏まれたZ33は後輪のグリップを失う。
それを感知した時雨はハンドルを右に曲げ、後輪を強引に滑らせる。
「―――!」
右レーンの左端を走っていたZ33のノーズが一気に右端の壁へと迫る。
そんな中で時雨はハンドルを左に切り返し、アクセルをパーシャルスロットルまで踏み込んでカウンターを当てる。
速度は180キロを示しているなかで、時雨はアクセルを踏み続けることをやめない。
右端の壁が迫るものの時雨は全く気にしていない。
Z33のノーズが隙間10センチ程度まで迫ったところ…文字通りのコーナー中間のクリッピングポイントで、時雨はアクセルをリリース。
そこからZ33はアウトへと徐々に膨れていく。
「(コーナー脱出と共に速度を稼ぐんだ)」
この先のストレートで1キロでも速く走るためにはこのコーナーの出口が肝心。
そうである以上、冷静ながらもどこか慎重にハンドルをニュートラルに戻していく。
ドリフトアングルは20度程度と言う浅い角度であることもあり、あっという間にZ33はグリップを回復させる。
グリップを回復したところで、Z33は左サイドをラバーポールスレスレまで迫らせていた。
「(さあ…逃げるぞ!)」
コーナー出口と共にアクセルを全開に踏み込む時雨。
綱渡りのようなドライビングをしつつも、一気に加速させていく。
目の前のストレートを目掛けて全力疾走するZ33は、170キロ台から215キロ以上まで加速していく。
吊り橋上のストレートを全開で加速していく以上、時雨はフルスロットルに対しても躊躇はない。
アクセル全開で相手の心を折りに行くと決めていた以上、それは決まっていた事なのである。
そしてZ33が吊り橋上を駆け抜ける中で、時雨は軽くバックミラーを見た。
「(…撒けた、か)」
ストレート区間を200キロ以上という猛烈な速度で走り抜けるZ33の中で、時雨はバックミラーを軽く見て後方を確認する。
既にスタート地点までいたFK8シビックの姿はもうそこにはない。
先制攻撃からの大逃げで完全に振り切っていた。
「(だが、勝負である以上何が起こるかはわからない。このまま踏んでいく…!)」
時雨は相手が振り切れていても決して油断することはしていなかった。
変に余裕を見せたら、相手が相手である以上食いつかれてしまう可能性があった。
アマチュア相手ならともかく、今の相手は少なくとも元プロレーサー。
そうである以上、絶対に油断なんてものは許されない。
そう考えた時雨は、そのまま第4コーナーである左ヘアピンコーナー、最終コーナーである左直角コーナーでも全くもって妥協のない走りをすることを決めるのだった。
「(は、速い…!なんて判断力なんだ…)」
一方で第3コーナーを駆け抜けていたシビックのドライバーは、時雨の考えに反してもはやお手上げと言わんばかりにアクセルを緩めるのだった。
前方を走るZ33は鬼火のような速さで第4コーナーの左ヘアピンの先に消えた。
ここまで振り切られてしまってはもう手の施しようがないだろう。
そう思ってしまった以上、勝負から降りるのは当然と言えば当然だった。
―――勝者、時雨。
先制攻撃や相手が早々に降参したという事があったとはいえ、タイム差は5秒近くあった。
◇ ◇ ◇
「ごめん、時雨!考え込んでたら、バトルを仕掛けられていたのに気づかなくて…!」
最終ストレートを駆け抜け、アクセルを抜く時雨。
そんな中で奈美子が謝るが、時雨はあまり気にしていないようだった。
「いや、気にしないでいいよ。おそらくあれはリブラのドライバーだ」
おそらく先程のドライバーはリブラのドライバーだろう。
すると、時雨がそう言った時だった。
「待って!後ろから…路地の横からも車が!」
「何だって!?」
「こっちに向かって走ってきてる!」
複数台の車が自分たちを狙っていることに気がついた。
おそらくリブラのドライバーたちであるのには間違えない。
「(続けてバトルをするか?いや、待てよ…もし狙われているならば…)」
リブラのドライバーたちが自分を狙っているのは間違えない事実だ。
そしてそうである以上、自分がバトルを受けることになるのは間違えがない。
だがなるべくトラブルなくバトルに持ち込むためにはどうすればいいか?
そう思っていると、ある考えが時雨に浮かんだ。
時雨はそれを実行するべく、ゆっくりとブレーキを掛けるのと同時にハザードを出してZ33を路肩に停めた。
「時雨!?何をしてるの!?」
「…任せて」
奈美子を見た時雨は、そのまま両手を上げてZ33から降りた。
そこにリブラのドライバー数名がやってくる。
「僕たちにご用かい?用件を聞こうか」
思いもよらぬ行動に驚くリブラのドライバーたちに対し、時雨はそう告げるのだった。
◇ ◇ ◇
ーーー数分後。
「代表、彼女が俺たちに話しかけてきました。一応俺たちの用件を聞いてくれて…代表が探していることを伝えました。俺たちの誘導について来てくれるそうです」
「ほう…意外と、素直なヤツなんだな」
「ええ…ですがかなりカンが冴えた女です。流石副代表が見いだしたドライバーかと…とにかく、代表たちの場所に向かわせます。5分もあれば到着します」
「…わかった」
そう言って長い白髪が特徴の壮年…フードを被り、インディアン系アクセサリーを身につけている男は、静かに電話を切った。
ーーー5分後。
リブラのドライバーの車に誘導されるZ33。
その車内で、奈美子が話しかけた。
「でも驚いたわよ…まさかいきなり丸腰で車から降りて、ドライバーたちに話しかけに行くんだから。時雨も無茶するわよね…」
「ふふっ、まあ博打だったのは確かだと思うよ。でも、話して分からない人たちではないと思ったからね」
奈美子にとっては時雨の行動が驚くべきものだったのは間違えないだろう。
深夜のニューヨークでいきなり丸腰になって車から降りたかと思いきや、そのまま相手に話しかけに行くのだから。
ヘタをしたら連れ去りだってあり得た以上、とんでもない大博打だったのは言うまでもないだろう。
そう会話していると、前を走る車がハザードランプを付けて路肩に移動。
前と後ろをリブラのドライバーのマシンに囲まれた中で、時雨もハザードスイッチを押して路肩へと移動。
そしてそのまま前の車に連なる形で停車してエンジンを停めた。
「こっちだ、ついて来い」
そう言ってリブラのドライバーが、車から降りた奈美子と時雨を誘導する。
多くのリブラのドライバーたちが立っているなか、奈美子と時雨はその方向へと歩みを進める。
誘導した先には…フードを被った怪しげな男が立っていた。
その男にリブラのドライバーが話しかける。
「…代表、例のドライバー2人をお連れしました」
「ご苦労。下がっていいぞ」
「はっ!」
そう言って時雨たちを導いた男はその場を離れた。
そしてそれを見た男…フードを被った男が時雨と奈美子に話しかける。
「…よく来てくれた。意外と素直なドライバーなんだな。娘たちが見込むのもまあわからなくもない」
「娘?」
「娘たちの見込んだ…ってことは、あなたはレベッカとサマンサのお父さん!?」
男が放った娘という言葉に反応したのは、奈美子だった。
だが男はそれを気にせず話を続ける。
「俺はチェイス…チェイス・クロウだ。かつてはしがない自動車部品工場を営んでいたが…今はリブラの代表だ」
男…チェイスはリブラの代表だと言った。
するとそこに食いついたのは…誰を隠そう奈美子だった。
「チェイスさん…もう手を引いてください。ケミックもオクティも、新しい道を歩み始めているんです」
奈美子の言葉に、時雨もこくこくと頷いた。
だが、チェイスはそれに反論するかのようにこう口を動かした。
「それはこっちのセリフだよ、ナミコ・サガラ、時雨。君たちこそあの国に帰りなさい」
チェイスとしても一歩も引くつもりはないようだ。
すると口を再び動かしたのは…奈美子だった。
「…それはできないわ。このままじゃ帰るに帰れない」
「では諦めてもらうまでバトルするしかない…死んだ親友の娘の願いだ。俺も引くわけにはいかんのでな」
奈美子の言葉に対してチェイスも引く様子はなかった。
「悪いけど、時雨は負けないわ…!何せ『走りの聖地・箱根』で『凄腕』と呼ばれたドライバーなんだから!」
だが奈美子のその言葉に、チェイスは呆れるかのようにこう口にした。
「…聞き飽きたよ。そういった類の言葉は。誰もが自分を大きく見せようとデカい口で話してくる。『俺は地元じゃ1番速い』『敗北の味を知りたい』『伝説を作るのは俺だ』ってな」
「でも、時雨は特別よ!首都高…えっと、東京のハイウェイでも『新星』って呼ばれてて…」
「…確かに特別なドライバーはいる。サマンサの父親もそうだった。ここにいる連中も皆、『最速』に魅了されプロとして戦ってきた奴らばかりだ。そんな連中が嘗ての腕前を存分に披露できる組織…それがニューヨークのバトルを裏で操る、我々『リブラ』というわけだよ」
どこか退廃的な考えを持つチェイスは、ただただ持論を展開するだけだった。
「…だからといって、共存を目指しているケミックとオクティを邪魔するのは根本的に間違ってる!何か他に手があるはずだわ!」
「綺麗事だけじゃ、我々は生きられない。『必要悪』と言うやつだ。さあ、もういいだろう…どうせ話は平行線だ」
奈美子の言葉に対し、チェイスはさっさと切り上げるようにそう言った。
時雨は茫然と見ていることしかできなかった。
「…どうした、時雨。早く行ったらどうだ?バトルがお前を…」
だが、チェイスがバトルを促そうとしたその時だった。
「…ん?」
突然チェイスのスマホが鳴った。
どうやら仲間からの電話のようだ。
「どうした?…何だと?どういう事だ?……振り切られた?」
通話を終えたチェイスは、目に見えて動揺していた。
一体何が起きたというのか?
そう思った時雨が質問する。
「あの…チェイスさん?」
「前もって封鎖したエリアを監視していたリブラのドライバーを、蹴散らすマシンが複数台現れたそうだ…」
「えっ?」
時雨に対し、チェイスが詰め寄る。その顔は明らかに怒っていた。
一体何が起きたというのか?
「ち、チェイスさん…!?」
「時雨…素直に従うフリをして貴様、援軍を前もって呼んでいたというのか…!?俺たちに従ったのも、時間を稼ぐためだったというのか!?」
怒る様子に驚くしかない時雨。
そりゃそうだろう。先ほどまで冷静を保っていた男がいきなり憤怒すれば、そりゃ驚くしかなかった。
「な、何の事ですか!?僕、連絡手段はないようなものなんです!」
「…どういう事だ?」
「あの…」
そう言って時雨が取り出したのは、例の子供向けスマホだった。
だが基本的に時雨と奈美子は常に一緒にいるので、例のスマホも無用の長物と化しているのだった。
「このスマホは…」
「向こうで買った、最小限の機能しかないものなんです。子供向け、らしいんです…」
「み、見てくださいよ。電話帳も私と向こうの知り合い数人くらい…だから、連絡しようにも…」
「……」
奈美子がスマホの電話帳を見せると、チェイスは再び愕然とした。
そこの名前には…奈美子やハルカ、トーコ、ヒロシ、トオル、そしてソウイチ先生、ショウ、雪風くらいしかなかった。
先日、時雨の援軍として現れたドライバーたちの連絡先が全くないのだ。
おまけにこのスマホはSNSが使用できないと聞く。
となると、何が援軍のドライバーをニューヨークに導いたのかは分からない。
文字通りの正体不明…わけが分からなかった。
「…一体何が起きている?」
チェイスとしても狼狽する時雨を見て、彼女が嘘をついていないことはわかった。
だがそうである以上、リブラのドライバーたちを蹴散らす謎のマシンたちが一層謎だ。
どういう事なのか?
するとその時だった。
「だ、代表!見張りの奴らをぶっちぎったマシンがこっちに来ています…!」
「何だと!?」
チェイスの部下が必死になってやってきた。
そしてそれと同時に、遠方から激しい音が聞こえてくる。
「こ、この音は…!?」
時雨にとっても聞き覚えのある、重厚で激しい音だった。
それこそ、自分が嘗て追い越したあのドライバーのマシンの音に似ている。
その音に対しては、奈美子もチェイスも驚くしかなかった。
それも1台ではない。複数台のエンジン音が共鳴して轟音を発生させている。
「この音は…」
「R35、GT-Rだ…まさか、ショウさんが!?」
「え…兄さん…!?」
日産GT-R、という特別なマシン。
それこそ、時雨の事を10年以上心から愛している男…相楽翔が乗っているマシンだ。
VR38というV6ツインターボエンジンが轟かせる爆音。
それが複数台こちらに近づいていた。
そしてそのマシンたちは、夜闇を切り裂いて…複数台のそれが、近づいていた。
だがそのマシンの1台は、時雨を心から愛している者のそれとは違う…まるで、風の弱い新月の夜などに現れる火のような、夜闇の怪奇現象を現したようなペイントのマシンだった。
「ち、違う…R35だけど、あの車は!!」
「あの黒と赤のカスタムのGT-Rは…!」
「(何だ…何者だ!?)」
4台のマシンが時雨たちの方へやってきた。
そのどれもが、R35GT-Rだった。
先頭のマシンに連なる形で4台が路肩に止まり、それぞれの車からドライバーたちが降りてくる。
そして…時雨たちを見ると、一目散にやってきた。
その中でも先頭のマシンから降りてきたのは…赤いジャケットを着てゴーグルを頭に付けた、時雨よりも少し年上のフレッシュで、同時に鬼のような実力を秘めた…若い男だった。
「よお!時雨、久々だな…」
時雨の事を知っているかのように、先頭の男が時雨と奈美子の元へとやってきた。
そして彼は、時雨とは面識があるように接するのだった。
「が…ガリュウさん!!」
「ガリュウ…!?じゃあ、まさか…」
男の存在に驚く時雨と奈美子。
何せ彼は、時雨とも面識がある超実力派のドライバーだったからだ。
―――"鬼神"ガリュウ。
R35GT-Rオンリーの超実力派チーム、「Rollin'35」のリーダー。
少年漫画の主人公のような風貌をした典型的な熱血漢であり、同時に「鬼神」の名を持つ超実力派のドライバーである。
これまでに全国各地で競合ドライバーたちを撃破しており、「箱根落とし」と称して箱根の実力ドライバーたちを次々に撃破。
時雨とも箱根でバトルをし、長期戦の末に時雨が勝利した経験がある。
現在はその実力をプロにスカウトされ、国際レースでプロレーサーとして活躍している。
愛車はR35GT-R"不知火"。その名の通りR35を炎のようなペイントでカスタムしたモンスターマシンである。
「あたしたちもいるよ!」
「時雨ちゃ〜ん!オレちゃんたちが助けに来たよ〜!」
「時雨さん、お久しぶりです!」
「サンゴさんにツキオさんに、タイガさんも…!?」
「やっぱり、Rollin'35のみんなが!?」
そう言ってガリュウとともにやってきたのは、Rollin'35のメンバーたちだった。
―――"超速姫"サンゴ。
Rollin'35のチームメンバーの1人で、紅一点。愛車は青色のMY17式R35GT-R。
主に交渉や調整役を務める女性ドライバー。
レディースに近い外観や勝ち気で言葉遣いが乱暴な立ち振る舞いが原因でよく誤解されるが、実は古式ゆかしく花鳥風月を愛する性根の優しい性格。
ガリュウに心を寄せており、胸に秘めたその思いを川柳や短歌に込めているという純情な一面を持つ乙女であったりする。
実家は良家の一人娘で、プロドライバーでありながら同時に「コーラル☆あまみ」という柳号を持つ詩人としてもその界隈では有名で、その方面で食い扶持を稼いでいる。
―――"一番槍"ツキオ。
Rollin'35のチームメンバーの1人。愛車は白色の初期型のR35GT-R。
見かけ通りの陽気でお調子者な金髪の若者であるが、一度通った道を写真のように記憶するとされる「映像記憶能力」を持っている希有なドライバー。
チームにとってコース攻略に欠かせない人物で、初見コースを最初に走る事が多く、「一番槍」の名を持つ。
お調子者で怒られることも多いが、その分実力でカバーすることも多い。
―――"技巧菩薩"タイガ。
Rollin'35のサブリーダー。愛車はグレーのMY17式R35GT-R。
冷静沈着で人当たりの良い穏健派であるメガネの青年。
運転技術やチューニングにおいて深い知識と経験を持ち、面倒見もよいためにチームメンバーから深く慕われている。
そしてそんな真面目で温厚な人格から敬愛の念を込めて、チームメンバーたちからは「技巧菩薩」と呼ばれている。
実はそれまで無敗だったガリュウに対して唯一勝利したことのある人物で、それを気にチームを結成。
一時期は強者を絶対とするガリュウと、皆が楽しく切磋琢磨するチームを目指していたタイガで対立していたこともあったが、時雨との出会いを切欠にガリュウもタイガも互いの考えを受け入れたことで、そのわだかまりも解消している。
「Rollin'35だと?まさか…ストリートシーンで名を上げつつある新興株のチームが、何故ここに!?」
時雨が呟いた言葉に対し、チェイスでも愕然とした。
ここ最近、世界各地を駆け回り…同時に各地のサーキットやストリートレースシーンにおいても名を残している実力派のR35GT-R乗りたち。
そんなドライバーたちが、よりにもよって封鎖したニューヨークのストリートシーンに現れていた。
一体なぜ、今どうしてこんな場所に?
それも、時雨と知り合いのように振る舞っているが…一体どういうことなのか?
理解が出来なかった。
「俺達か?はんっ…ただの時雨のライバル、だよ。援軍って名前のな!!!」
「くっ、やはり時雨の…!」
ガリュウはチェイスに対し、そう言い切った。
どうやら時雨たちがニューヨークで活躍しているという噂を聞きつけてやってきたようだ。
そしてそれは、他のRollin'35のメンバーたちも同じだろう。
「まさか、僕たちの事を聞いてここに…?」
「ああ…ショウのヤツから聞いてたんだよ。お前たちがニューヨークで活躍してるってな…数日後にあるこっちでのレースついでに、様子を見に来させてもらったぜ。ま、お前たちが相手しているリブラのドライバーたちも気になったしな」
「ショウさん、が…?」
「それに、リブラのドライバーたちが気になるって…」
ガリュウは数週間前、サーキットで久々に顔を合わせた東洋人ドライバー…相楽翔から時雨たちの活躍を聞いていた。
ニューヨークで孤軍奮闘し、武者修行をしている2人の少女。
その少女たちは、嘗てRollin'35のドライバーたちも辛酸をなめられた程の実力がある。
そんな彼女たちが、ニューヨークと言う一種の魔境で己の実力をさらに引き上げるための武者修行をしている。
それも、今やその実態が明らかになったニューヨークの元プロレーサーたちを集めた組織…リブラを相手に。
彼女たちの実力が気になったのもそうだが、同時に元プロたちの実力がどれ程なのかについても彼らは興味があるのだった。
「ちっ…おい!」
するとチェイスは、残っていたリブラのドライバーたちに一斉に号令をかける。
号令を掛けられたドライバーたちは、時雨と奈美子、そしてその場に集っていたRollin'35のドライバーたちをあっという間に取り囲んだ。
どうやら解放されるためにはバトルをするしかないようだ。
「あっちゃあ、こりゃちょっとマズいかな…」
「やっぱり時雨の事を狙っているみたいだねえ…」
「ガリュウ、どうする?」
取り囲まれた様子に流石のRollin'35のメンバーたちも少しは動揺していた。
だがそんな中でガリュウは、冷静にその場を判断した上で…時雨に対してこんな提案をするのだった。
「…なあ時雨、折角こんな場所で会えたんだ。俺たちと勝負をしないか?名付けて『ハンティング・バトル』だ」
ガリュウからの思わぬ提案…それは時雨との勝負だった。
だが、周りが囲まれている中で競争をするとは一体どういうことなのか?
「それって、一体?」
「単純な話だ…ここにいるザコをどれだけ狩れたかを競うんだよ。ここまでバトルし続けているんだったら、お前でもきっとコイツらには勝てるだろうが…数があまりにも多い。だが単に俺達と共にツブしていくだけじゃ味気ないし、俺たちとしても撃墜数で競争をした方がやる気が出るからな…どうだ、乗ってくれないか?」
「それは…」
共闘を持ちかけられてはいるが、同時にリブラのドライバーたちをどれだけ倒すことが出来るかと言う競争も持ち掛けられていた。
彼としてはそちらの方がやる気が出るようだ。
そしてガリュウの言葉を聞いた他のRollin'35のドライバーたちも時雨を鼓舞するように互いに口にする。
「時雨ちゃんさあ~頼むよぉ!オレちゃんたちも、やる気出してやりたいんだよぉ〜!」
「ガリュウからの有り難い提案なんだ、乗らないわけないよねぇ!?」
「時雨さん…僕からも、お願いします!」
Rollin'35のドライバーたちからしても、時雨と競争をすることでやる気を引き上げつつリブラのドライバーたちを倒していきたいと考えていた。
それは言い換えてしまえば、全開でバトルをすることで時雨と自分たちがどれだけ成長しているのかを確かめたい、という一種の願望も含まれていた。
また同時に時雨自身も、久々にあえたドライバーたちに対して自分の実力がどれ程成長しているのかを試してみたいという気持ちもわずかながらもあった。
ニューヨークで徹底的に修行することで、自分がかつて箱根で戦ってきたドライバーたちとどれ程の差が生まれたか、どれ程の成長が出来たのか。それはやはり時雨でも興味がある。
もし自分の実力を披露できる場所であるというならば…
そう考えた時雨が口から発した言葉は、非常に単純なものになる。
「わかりました…その勝負、お受けしましょう!」
時雨はガリュウを見て、はっきりとそう答えた。
仲間内での撃破数バトル。それに時雨は乗るのだった。
「ガッハッハ!わかってるじゃねえか時雨!よっしゃあ、それじゃあ勝負だ!お前ら、全員かかれえ〜!!」
ガリュウの言葉を聞いたRolin'35のドライバーたち。
それを受けて次々とリブラのドライバーたちに勝負を挑んでいく。
「くっ、くそっ…!」
「やるしかねえ!」
ガリュウの発破に対して動揺するしかないリブラのドライバーたち。
次々とRollin'35のドライバーたちに勝負を挑まれていく。
「時雨ちゃんや奈美子ちゃんがピンチな以上、放ってはおけないね…オレちゃんが相手になるさ!!潰されたいヤツだけかかってきな!!」
「フフフ、『大都市に、赤い閃光、光るかな』…さあ、あたしが相手だよ!!」
「時雨さんがいなければ、このチームは間違えなく空中分解していた…だからこそ、今こそ恩返しをするときなんだ!!」
「リブラだが何だか知らねぇが、仮にもプロがアマチュアを潰そうって言うなら容赦はしねえ…何より時雨を俺より先に潰そうってなら、この俺たちが相手だ!!お前ら全員、遠慮なくかかってこい!!!」
各々が宣言するかのように一言ずつ思いを胸に、リブラのドライバーたちに挑んでいく。
「奈美子、いこう!僕たちも負けていられない…!」
「う、うん…!」
奈美子を引っ張ってバトルへと挑んでいく時雨。
やはり彼女としてもやる気は十分にあるようだ。
かくして、リブラと時雨連合軍の最終戦争が幕を開けた。
―――時雨がRollin'35のドライバーたちと合流してから数十分後。
時雨たちはチェイスが選抜したリブラのドライバーたちを次々と撃破していく。
「だ、代表!アイツら、とんでもなく速すぎます!!このままじゃ、全滅も時間の問題です…!」
「物凄い勢いで倒されてます!ミンチよりひでぇよ…」
R35GT-Rという、ストリートシーンにおいては明らかなモンスターマシンに乗っているドライバーたちに次々と倒されていく姿に、リブラのドライバーたちも混乱するしかなかった。
「くっ…時雨の実力も大概だが、まさかここまでの援軍がいたとは…」
さすがのチェイスもRollin'35や時雨の一騎当千とも言うべき姿には動揺するしかなかった。
数の暴力ならぬ質の暴力。
100人ほどいたリブラのドライバーたちが、みるみるうちに狩られていく。
このままでは遅かれ早かれリブラのドライバーたちは壊滅してしまうだろう…そうチェイスが思うのも無理のない話だった。
するとその時だった。
「おぉゥ…ようやく見つけたァ…リチャードォ…!!ここだょォ…!!」
「何処もかしこも通行止めになってると思ったら、時雨とそのお仲間さん達がバトル中のようだね…」
そう言ってやってきたのは、メキシカンハットを被ったダイナーのオーナー…ウーゴ、そしてブロンドヘアーの赤いスーツをまとった金髪ドライバー…前ケミック&モレック社長であるリチャードだった。
2人がチェイスに話しかけに行く。
「元ケミック&モレックのボンボンと…そっちは確か、オクティの…何をしに来た?お前たちは時雨の援軍としては力不足のように思えるが…それとも何だ?これまでお前たちのバトルを裏で操っていたリブラの代表に、揃って報復でも?」
すると、チェイスがあることに気が付いた。
2人はドライバーであるにも関わらず、何故か車で来ていない。
一体どういうことなのか?
「…車はどうした?」
「ここにはバスと歩きでやってきたんだ。もうリブラとバトルすることもないからね…そんな時代は終わったんだ」
チェイスの言葉に、リチャードが答えた。
どうやら2人はマイカーではなくバスでやってきたようだ。
するとウーゴがこう口にした。
「オイラたちはねェ…自慢しに来たんだよォ…3年近く車を奪い合ってェ…車を解体しあってた仲のオイラたちをォ…取り持ってくれた凄腕のドライバーをねェ…」
「ならば、それは認めよう。時雨はその成長度合いや人脈も含め、大した腕だ。だが、だからといってお前たちの融和をおいそれと認めるわけにはいかん」
ウーゴがどこか自慢するようにそう言うも、チェイスはそっけない態度だった。
そしてそこからリチャードも話しかける。
「Mr.チェイス…話がある。大事な話だ、聞いてもらえないか?」
「…これから時雨とうちのドライバーのバトルだ。とりあえず、それが終わってからにしてもらおうか」
リチャードの言葉も素っ気なく言ったチェイスは、時雨のバトルを見るように指示するのだった。
◇ ◇ ◇
推奨BGM:TERMINATOR(from SUPER EUROBEAT vol.157)
―――vs選抜内バトル勝率9割
相手の車はGRヤリス 1st Edition RZ。コースはトライストリート往路。
左レーン、GRヤリス。右レーン、Z33。
ここに来て比較的最新のマシンが対戦相手となった。
だがどちらにせよリブラのドライバーであることは変わりない。
次々と襲い掛かる刺客たちを倒すが、それでもある程度のところで実力が高止まりしているのが実情だった。
それでも最後まで走りぬくことが全てである以上…時雨のハンドルを握る握力は自然と強くなった。
そんな中でカーナビのカウントが始まろうとしていた。
3
2
1
GO!
「―――!」
「……」
2台のドライバーがギアを切り替え、アクセル全開で加速させる。
2台がそれぞれのパワーをフルに発揮して加速していくが、それでも加速差があるのは明らか。
ボルトオンターボにレーシングプロペラシャフトといったようにカリカリにチューニングされているZ33があっさりと前に出て、スタート直後の吊り橋ストレートを駆け抜けていく。
「くっ…速い!」
「(そう簡単に追いつかれてたまるものか)」
先手を取られたGRヤリスのドライバーは必死にアクセルを踏み続けるが、その距離はみるみるうちに引き離されていく。
一方で時雨自身もZ33のスペックの高さをある程度自覚していたこともあり、早々に逃げていく傾向にあった。
「(パワーで勝るならパワーで、逆ならコーナーで攻め込めばいい…)」
時雨は既にストリートレースでの必勝法をある程度身に付けつつあった。
パワーで勝るならそのままパワーでぶち抜けばいいし、そうじゃなければコーナーでぶち抜く。
単純明快ではあるが、これが一番理にかなっていた。
速度が180キロ台まで跳ね上がる中、Z33の目の前に第1コーナーの右直角コーナーが迫る。
「(まあ、ストレートで勝るならそれはそれで差をつけて…コーナーで相手の心を完全に折りに行くのもいいのかもね)」
ストレート区間で振り切ったのはいいが、コーナーでも更に差を付ければ確実に相手の心を折ることが出来る。
そして折ってしまえば相手が降参して、マシンへの負荷を早めに抑えることが出来る。
まだまだバトルが続く以上、ストレートで優位な車に対しては大逃げの姿勢になるのは当然だった。
そう思う中でハンドルを僅かに左に曲げたところでアクセルをリリースし、フルブレーキング。
速度は180キロ台から130キロ台まで減速している。
一気にフルブレーキングしたことでタイヤが不安定になるが、そこから一気に右に切り返してマシンの後輪を強引に滑らせる。
「―――」
後輪が滑り出してドリフト状態、そこからドリフトアングルが90度程付いたところでアクセルオン、更にハンドルを左に切り返してカウンターを当てる。
Z33は走行レーンの左端から一気に右へと移る中でドリフトしていく。
アウトインアウトのラインを描いてドリフトするZ33の中で、時雨はハンドルを左に切り続けてアクセルを踏み続けていた。
コーナーの中間にあるクリッピングポイント…走行レーンの右端スレスレを狙ったかのようにZ33はドリフト状態
だがすぐにコーナー出口は迫る。
ビル街の中をドリフトするZ33の前には、すぐにコーナー出口が視界に入る。
それと同時に時雨はアクセルをリリースし、左に曲げていたハンドルを徐々にニュートラルに戻す。
「……!」
マシンのドリフトアングルが徐々に収まり、マシンが完全に真っすぐを向いた。
そうなったところで時雨はアクセルを踏み込み、コーナーを鋭い加速で立ち上がっていく。
コース中央のラバーポールとZ33の左サイドとの隙間はたった十数センチというギリギリのアウトインアウトのラインを描き、130キロ台まで減速していたZ33はそのまま160キロ近くまで加速する。
だがそれでもこれはあくまで抑えめ。
何故なら…
「(直角コーナーの後のヘアピンコーナー…そこまでスピードを乗せたとしてもマシンに負荷をかけるだけだ。ならば…)」
そう、第2コーナーは右ヘアピンコーナー。
下手にスピードに乗ってもタイヤの摩耗を増やしたりブレーキに負荷をかけるだけ。
それが分かっている以上、あえてアクセルを踏み込まないというのも一つの策ではあった。
それでも前方のコーナーに対しては、現状明らかにオーバースピードではある。
そうである以上、減速は必死であろう。
「……」
コーナーが迫る中で、時雨は冷静にハンドルを先程よりもわずかに深く左に切ってアクセルオフ。
目の雨にコーナーが高速で迫る中、再びフルブレーキング。
速度が160キロ台から110キロ台まで減速させた上で、ハンドルを右に切ってアクセルオン。
この手順をやれば一気にマシンは右を向き、120度程のドリフトアングルを付けてドリフト状態へ。
フェイントモーションドリフトから角度が付く中でハンドルを左に切り返してカウンター。
120度程のドリフトアングルを維持しながらZ33をドリフトさせ続ける。
ドリフトしていくZ33は再び走行レーンの左端から右端へと移動していく。
右先端ノーズと右端の壁との隙間は数センチ程度まで迫るが、それでも時雨はアクセルを踏み続けてカウンターを当てていく。
そのままギリギリのアウトインアウトのラインを描いていくZ33はコーナー中間のクリッピングポイント…それこそ走行レーンの右端スレスレから走行レーンの左端へと膨れていく。
「―――!」
走行レーンの左端へとZ33が膨れていく中で時雨は再びアクセルオフ。
そしてそのまま左に切っていたハンドルを徐々にニュートラルに戻すことでタイヤのグリップを回復させていく。
Z33はあっという間にヘアピンコーナーの中間を駆け抜け、前方には第2ストレート…2つ目の吊り橋上のそれが迫る。
それを認識した時雨だが、そこから1秒も足らずしてZ33はその吊り橋の方向を向き、タイヤのグリップを回復させていた。
「(さあ…振り切る!)」
下手にバトルを長引かせるよりも短期決戦を選んだ時雨。
そうである以上、前方のストレートに向けて全力疾走するのは当然だった。
110キロまで下がっていたZ33だが、前方のストレートに向けてフルスロットル。
吊り橋上のストレートを目掛けて一気に180キロ近くまで加速する。
全速力で走り抜けるZ33の中で時雨はバケットシートに固定されているものの、バックミラーに目を移して後方を軽く確認した。
「(ここまで振り切れば…)」
吊り橋の3分の2を渡り切ったところで後方のGRヤリスのヘッドライトは完全に小さくなっていた。
明らかにこちらのスピードについて来れていないという事だろう。
ストレートスピードもコーナーリングスピードも自分より格下。
軽くてスペックもいいはずなのだが、今回ばかりは明らかに相手が割るという事なのだろう。
そんな中で時雨は次のコーナーに備えて左ウインカーをだsぢ高と思いきやZ33を左レーンへと移動させる。
勝負はついているも同然だが、それでも最後まで手を抜くことはしないのだった。
「(ど、どうなってるんだよこれ…!?)」
一方のGRヤリスのドライバーは完全にお手上げだった。
純粋なパワーだけならともかく、コーナーでも明らかに置き去り状態。
一体何が違うのか。
単純な答えとしてはやはりドラテクの技量だろう。
自分でもある程度のマージンがあるというのに、向こうの走りは明らかにマージンとは無縁の限界走行。
あんな走りでよく命が持っているものだ。
しかし同時に速すぎる。あんなはしりをしていたらじぶn命は確実に知事んでしまうのだろう…そうリブラのドライバーは思うのだった。
GRヤリスが第2コーナーを立ち上がったところでZ33は吊り橋を渡り切って第3コーナー…左高速コーナーへと飛び込んでそのまま消えていった。
「(こんなの、俺の手には負えない…!)」
前方のZ33が速すぎてコーナーの先に消えた。
その瞬間の時点で、もはや勝負は完全に付いていた。
ストレート区間でも速度は170キロも満たない速度である以上、コーナーでもストレートでも到底追いつける見込みはない。
600馬力を誇るモンスターチューンドのZ33に、GRヤリスのドライバーはあっさりと敗北を認めてアクセルを抜くのだった。
時雨の作戦であった超短期決戦は、思いのほかうまくいっているというのが現状だった。
―――勝者、時雨。
タイム差は4秒近くあった。
◇ ◇ ◇
「時雨の勝ちね!まだまだガリュウたちにも負けない以上、この調子で…ん?どうしたの?」
「あれ…」
ゴールラインの先でマシンを止めた時雨が指した先には、チェイスだけでなく…知り合いであるリチャードとウーゴがいた。
何やら会話をしているようだ。
「リチャードとウーゴが、チェイスさんと話してる?」
「いつの間に…?」
「気になるわね…ちょっと行ってみない?」
「うーん…まあ、いいか」
奈美子がそう言ったところで、時雨はZ33を彼らの方へと移動させていく。
「はんっ、まだまだ俺も…って、ああ?ありゃあ、時雨とナビ子の車?」
同じ頃、バトルを終えていたガリュウが時雨と奈美子のマシンに気が付いた。
バトルから一旦離脱してどこかに向かおうとしているようだ。
そして向かう方向には…先ほどまで話していた、フードを被ったオッサンの姿があった。
どうやら誰かと話しているようだ。
「(さっきのオッサンのとこへ何を?気になるから行ってみるか)」
時雨たちが向かうのを機にしたガリュウも、時雨たちの後を追うようにR35に乗って移動していく。
―――同じ頃。
「リチャード・サマー…ケミック&モレックのCEOを辞任し個人事務所を設立して、色々画策しているそうだな」
「ええ…今日は僕たちが思い描いている、新しいニューヨークレース界の在り方について、リブラの代表である、あなたに聞いてもらおうと思いましてね」
チェイスの言葉にリチャードが返答する。
するとその時だった。
「…リチャード、ウーゴ!どうしたの、2人とも?」
「お話し中、ですか?」
そう言って現れたのは、例のドライブモンスターとその相棒…時雨と奈美子だった。
そしてそれを見越したかのように、ウーゴが話しかける。
「イヨゥ…ナミコォ…時雨ェ…まぁ見てなァ…これからリチャードのォ…大演説が始まるよォ…」
「大演説?」
ウーゴ曰くリチャードの大演説が始まるようだ。
するとその時だった。
「おう、どうした?」
時雨と奈美子の元へとやってきたのは、先に号令をかけた張本人…ガリュウだった。
「ガリュウ?」
「あの、僕の知り合いの方が来て…話があるそうです。なんか、聞いてほしいって…」
「知り合いの話?」
ガリュウが来たところで、リチャードはニューヨークレース界の未来図を語った。
チェイスは黙って俯きながら、彼の言葉に耳を傾けていた。
一方で、その様子を時雨と奈美子、そしてそばにやってきていたガリュウも聞いていた。
「…なるほど、お前たちの言いたいことはよくわかった。ビッグゲームを終わらせ共存する両社に、リブラも合流し三者を共存させると…」
チェイスはそう言いつつも、こう言葉を続けた。
「…非現実的だな。絵空事といってもいいだろう」
「まるで話にならない」と言わんばかりの態度でチェイスはそう呟いた。
「なんだってェ…?どういうことなんだい、チェイスさんよォ…?」
「……」
ウーゴの言葉に対してチェイスは振り返りもせず、また問いかけに答えることもなく、リブラのドライバーに対して次のバトルの指示を出し始めた。
「はんっ…あのスーツが言ってることは、俺としても合理的だと思う。だがあの調子じゃ、やっぱり実力行使しかないようだな…」
「ガリュウさん…」
チェイスの様子を見て、ガリュウは彼がまだ心を開いていないことを察していた。
「車に乗れ、時雨、ナビ子。あのオッサンの真意を聞くには…バトルしかねぇよ。あのオッサンは意固地だ。説得は無理だろ」
「は…はい」
ガリュウは先程の長話を聞いていたチェイスの態度を見て、彼の真意を聞くためには時雨がバトルで勝利し続けるしか方法がないと考えていた。
そしてそうである以上、時雨も奈美子も黙ってZ33に乗り込んでバトルに挑むしか方法はなかった。
リチャードの演説を聞いて以来、ずっとチェイスは黙っていた。
重い空気が流れ続けていたが、しばらくして彼はようやく話の口火を切った。
そしてその場には、また様子を見に来た時雨と奈美子がいた。
「…確かにニューヨークにとって、ケミックとオクティが互いに協力し、切磋琢磨していくことは決して悪い話じゃないだろう」
「わかってくれたのね!じゃあ、あとはそこにリブラも加われば…」
だが、奈美子がそう言葉を続けた時だった。
「根本的に違うのだよ。我々リブラと、君たちでは」
「……」
チェイスは否定するかのようにそういった。
そのまま彼は言葉を続ける。
「…『リブラ』は、行き場所を失ってしまった元プロレーサーの集団だ。腕の衰え、事故の後遺症、問題を起こしてレース界から追放…理由は様々だが…共通している点がある。もし『リブラ』がなくなってしまっては、彼らが走りへの渇望にとらわれて…何をしでかすかわからない、ということだ」
リブラの存在意義を語るチェイス。
だが、それを言い切った時だった。
「…それは、『オスカー・ウォード』の二の舞を避けたい、ということでしょうか」
静かに口を動かしたのは、メガネの青年…"技巧菩薩"タイガだった。
いつの間にかバトルを終えて時雨たちの元へやってきていた彼が、静かに闘志をみなぎらせるようにそう口にした。
その言葉を聞いたチェイスは、はっとして声の元を向く。
「タイガさん…?なんでその人の名前を?」
「オスカー・ウォードの二の舞、って?」
タイガの言葉を聞いたチェイスだが、どこか動揺しているように見えた。
「坊主…貴様、なぜその名を?」
チェイスはタイガに対して静かに呟くが、タイガは言葉を続ける。
「時雨さん、奈美子さん…僕は、レーサーであった『オスカー・ウォード』のことを知っているんです」
「でもじゃあ、二の舞って…?」
「一体、その人に何があったんですか?」
奈美子と時雨が互いに疑問を口にすると、タイガが説明するように口を動かす。
「オスカー・ウォード氏は、アメリカでは間違えなく生涯賞金ランキングにも名を残すような実力派レーサーだったんです。でも、数年前のある日…スキャンダルを起こして、無期限出場停止処分になってしまった」
「無期限停止処分…?」
「そしてその後、ストリートレースをしていた際に事故を起こして…亡くなったと聞いています」
「……」
タイガ自身、オスカー・ウォードの存在は知っていた。
そしてそれだからこそ、彼がスキャンダルを起こしてしまったことに対しては不思議と違和感を持っていたのだった。
「スキャンダルを起こしたことと、事故で亡くなったこと自体は有名です。でも、そこに至る経緯、理由は新聞記事やWebニュースを見ても詳しくは書かれていなかった…おかげで今でも、彼に対するバッシングがあったりする…」
「…そうだな」
タイガの言葉に対して、チェイスもそのことについて多少同調するようにそう言った。
「僕がここにいるのは、オスカー・ウォード氏のスキャンダルの真実を知りたいから…そのスキャンダルの経緯を知っているのは、オスカー氏の唯一無二の親友であり、リブラの代表である…チェイス・クロウさんしか間違えなく知らない、と思っていたからなんです」
タイガはじっとチェイスの目を、「どうか話してほしい」と懇願するように見つめる。
「…坊主、貴様はどこで俺とオスカーに関係があるとわかった?」
「ネット記事やニュース、本や雑誌を漁って調べたんですよ。オスカーさんの戦歴は、僕たち向こうの走り屋の中も知っている人はいる。そうである以上…突然ストリートレースで命を落とすというのが、不可解だったんです。それに調べた上で…オスカーさんの活躍の陰には、必ずチェイスさんがいたこともわかった」
「…見事な調査だ。そこの部分だけは褒めてやる」
チェイスとしてはそこまで調べられたことは称賛に価した。
だがそう呟いた時だった。
「チェイスさん、無礼を承知の上でお願いします。あのスキャンダルの真相を、教えてくれませんか?僕にとってもあのレーサーの死は、不可解なものでしかないんです!生涯賞金ランキングにも名を乗せて、やがて伝説と称されたレーサーが突然命を絶つなんて…よっぽどの理由があったに間違いないはずなんだ!」
そう言ってタイガはチェイスに対して頭を下げた。
その姿は、普段の比較的おとなしいタイガの様子を見ている時雨や奈美子からしても異様なものだった。
流石の態度にチェイスも多少動揺したようだったが、すぐに言葉を続けた。
「…それは無理な話だ」
「どうしてですか…!?それを聞かない限り、あのレーサーの名誉は間違えなく地に落ちたままだ…二人三脚同然だった、チェイスさんの口から何かを言わないと!!」
頭を下げていたタイガを無視するかのように、チェイスは時雨と奈美子に顔を向けた。
「さぁ、もういいだろう。諦めて向こうへ帰ってくれ」
「……悪いですけど、僕たちも引き下がれません。その理由、ぜひ聞かせてほしいです」
チェイスの言葉に対し、時雨は静かにそう呟いた。
一癖も二癖もあるRollin'35のメンバーの中では基本的に大人しいタイガだが、ここにきて芯の強さが露になっていた。
その姿は時雨や奈美子からしても珍しい光景だった。
そしてその光景は、時雨と奈美子にとっても失いかけていた何かを取り戻すかのような感覚だったし、同時に真実も知りたかった。
「平行線か…いいだろう。次の相手を呼んでおこう。俺たちが選抜した相手を全員倒したら、少しは教えてやる」
「…お願いします」
そう言って時雨と奈美子は再びマシンの方へと向かっていく。
すると、その様子を追ってタイガが話しかけてきた。
「奈美子さん、時雨さん…すいません。あんな姿、間違えなく初めて見たと思いますが…どうしても気になったので、焦ってしまいました」
タイガにとってはあまりに変わり果てた姿が時雨たちを驚かせてしまったということを痛感していた。
普段はおとなしいタイガが、あそこまで取り乱すのは時雨たちからしても想像できなかった。
だが時雨たちは、気にしていないかのようにこう口にする。
「いえ、いいんです」
「そうそう…それにしても、オスカー・ウォードの真実か…バトルし続ければ、きっとわかるかもしれないわね」
タイガが話した、「オスカー・ウォードの真実」。
タイガ自身が気になっている以上、仲間である自分たちにとっても気になる事項だった。
伝説とも称されたレーサーの不可解な死には、一体どのような出来事があったのか。
それはやはり、時雨たちも気になった。
「そうですね…バトルし続ければ、間違えなく道は開けます。2人も頑張って!」
タイガ自身、バトルをし続ければきっと道は開かれると信じてやまなかった。
そしてそうである以上、彼が出来ることは時雨と奈美子を励ますという事だった。
「ありがとうございます」
「タイガさんも頑張ってね!」
「はい!」
そう言って時雨と奈美子、タイガは別れ…互いのマシンに乗ってバトルへと挑んでいく。
―――さらに数十分後。
「よし、時雨の勝ちね!」
「うん、何とかなったね」
時雨はまたリブラのドライバーに勝利しており、マシンを一旦コース先の右端の路肩に止めていた。
リブラのドライバーたちとバトルを繰り広げる中で、時雨は確実に実力が上がっている一方で…確実に疲労もたまりつつあった。
そして時雨は自分自身そのことに気が付いていた。
無理にバトルばかりに挑んでいたh自分の精神的にもやられてしまうかもしれない。
そう思った時雨は、こう口にした。
「ちょっと休憩しようか。車の状態も気になるからね」
「わかったわ…あれ?」
時雨が休憩しようと言ったところで、奈美子があることに気が付いた。
「どうしたの?」
「あれ…」
奈美子が指を指した先には、時雨の仲間であるウーゴやリチャード、そしてツキオやサンゴがいた。
どうやら軽く談笑しているようだ。
「ウーゴさんたちとツキオさんたち…?ちょっと気になるね。行ってみようか」
「え、ええ」
様子を見た時雨は、マシンを発進させて仲間たちの元へと向かうのだった。
「おおーやるね時雨ちゃーん!さっきのバトルも相変わらずの速さで安心したよぉ~!」
「フフ…さすがあたしたちに一泡吹かせただけはあるね!」
車を近くに止めてやってきた時雨と奈美子に対して話しかけたのは、Rollin'35におけるお調子者の一番槍…ツキオと、チームの紅一点であるサンゴ、あとはウーゴとリチャードだった。
「ツキオさんにサンゴさん…休憩ですか?」
「ああ、ガリュウさんから言われてね…やっぱりオレちゃんたちも少し無茶していたところがあったから、たまには休憩を取れってさぁ~」
「でもねえ、時雨もクールに振舞いすぎていないかい?そんなチョロチョロしすぎず、少しは肩の力を抜いたらどうだい?」
「そうだよォ…2人ともォ…もっと落ち着くんだよォ…」
「は、はあ…」
ツキオとサンゴ、そしてウーゴの言葉に対し、時雨としては「まあ、そうですね」といったイントネーションで答えるしかなかった。
するとその時だった。
その場にいたリチャードがこう声を掛ける。
「HAHAHA、そう言ったら気の毒だよ…僕たちがいるから見栄を張っているんだよ」
「オォウ…そうかもしれねえなァ…」
「だったらさウーゴ、こっちも『だよね』って顔しないと。せーのっ!」
そうリチャードが言うと、ウーゴとリチャードは口を埋めぼしすぉ食べた時のようにすぼめ、両目を中央に寄せて笑顔を作った。
突発的な行動だったが、その顔を見たRollin'35のドライバーと奈美子、そして時雨は互いに反応した。
「ぶっはははは!!何だよアンタら、変な顔しやがって!あーおかしい!うっひゃっひゃひゃ!」
「アハハハ!!ホントに何やってんだい!?お、おかしい…!」
「ははは!何その顔!?2人とも気が散るからおとなしくしてて!」
「は、はは…」
リチャードとウーゴの立ち振る舞いに対し、ツキオとサンゴだけでなく時雨と奈美子も笑みがこぼれていた。
「…ケミックとオクティの人間がそろってふざける光景なんて、ついぞ見たことがないな…もっとも、我々のせいだがな」
4人の談笑が響き渡る中で、チェイスは静かにそう言った。
その言葉に対し、その場にいた6人がチェイスの方を向く。
するとチェイスの言葉に気が付いたリチャードは、こう口にした。
「…Mr.チェイス。本当にリブラは、我々とともに歩むことはできないんですか?決して、そんなことはないはずだ」
「オイラもそう思うよォ…チェイス、あんたはリブラのドライバーのためと口では言っているがァ…まるで『リブラを継続させること』自体が目的になっているようにィ…オイラには見えるよォ…」
リチャードとウーゴが持論を展開する。
「そうそう。リブラの事情は知ってるけど、なんでそこまでリブラに固執するのかオレちゃんたちにはさっぱりわからないよ…」
「せめてその理由くらい教えても、いいんじゃないのかい…?」
リチャードやウーゴの言葉に対し、ツキオもサンゴも同調するようにそう口にした。
やはり2人にとってもチェイスの立ち振る舞いはどこか気になったようだ。
だがチェイスはそんな中でも冷徹に弧呟いた。
「…戯言を。さあ、バトルの再開だ」
そう言ってチェイスは再びリブラのドライバーに指示を出す。
その様子を見たツキオはどこか呆れたかのようにこう口にした。
「チッ…仕方ない。サンゴ、時雨ちゃん、ナビ子ちゃん、またやるしかないようだね」
「あ…はい」
「…まだまだ先は長そうだねぇ」
「こうなった以上仕方ないわ、行きましょうか」
そう言って4人は再び互いの車に乗り込んでコースへと移動していく。
―――時雨がRollin'35のドライバーたちと再会して1時間ほどが経過した後。
時雨とRollin'35のドライバーたちはリブラのドライバーたちのほとんどを壊滅させることに成功していた。
「…ガッハッハ!どうやらあのチェイスというオッサンが選抜したドライバーたちは皆倒したようだな」
「ふうー、なんとかなってよかった…慣れないコースだったのもあって少し疲れたなあ」
「まあ、あたしらもこんなところで負けてちゃあ…プロとしてはやってけないよね」
「でもやっぱり元プロと言うこともあって、普段よりはそれなりに速かった…時雨さんたちだけじゃ苦戦は必至だったに違いない」
リブラのドライバーたちのほとんどを倒していたRollin'35のドライバーたちが集っていた。
どうやら彼らとしてもリブラの実力者たちはそれなりのものだったようだ。
もし時雨だけが挑んでいたら力尽きていたに違いない…彼らでもそう思うのだった。
そんな中で、最後のドライバーを倒した時雨と奈美子がやってきた。
「ガリュウさん、皆さん!大丈夫でしたか?」
バトルを終えて戻ってきた時雨だが、自分の事よりもRollin'35のドライバーたちの心配を優先していた。
何せこのコースはそれなりに走り込んでいるが、別のドライバーたちは今日突撃してきてそこからそれなりの実力者たちとのバトルの連戦。
やはり少しは苦戦したに違いないと思った時雨は、そう声を掛けた。
「おう、時雨…俺達は大丈夫だ。お前も大丈夫そうだな?」
「あ、はい…」
「ドライバーたちは殆ど倒したみたいだし、『ハンティング・バトル』の結果を聞きたい。まずは俺たちから報告するから、最後に答えろ」
「は、はあ」
そう言ってガリュウはツキオの方を向いた。
「うし…ツキオ!お前は?」
「ガリュウさ~ん、オレちゃんは13人でーす」
「ほうほう、やるじゃねえか」
ツキオが倒したリブラのドライバーたちは13人。
一番槍とは言え、やはりどこか1つのバトルに時間をかけてしまったことがあるのだろう。
とはいえ上等ではあり、負けていないことを考えればかなりのものだ。
ツキオのカウントを聞いたガリュウは次にサンゴを気に掛ける。
「次はサンゴ!お前は?」
「15人よ…フフッ、最速姫に恥じない結果だと思うけど、どうかしら?」
「なるほど、悪くねぇぞ…お前もプロの世界で揉まれて腕を磨いたな」
「フフッ、ありがとう」
サンゴが倒したドライバーたちは15人。
速攻で倒すというよりは確実に倒していくことを優先した結果とされている。
サンゴのカウントを聞き、ガリュウはタイガの方を見た。
「次は…タイガ!お前は何人倒した?」
「えっと…17人だね。間違えなく…」
「ガッハッハ!あいかわらずスゲーな!流石俺に土を付けただけはある…」
副リーダーであるタイガが倒したドライバーたちは17人。
副リーダーとしての面目躍如と言うべきだろう。
ここまでガリュウはRollin'35のメンバーたちにリブラのドライバーたちを倒したカウント数を聞いた。
13、15、17…プロに近い実力者をそれだけ倒す以上、やはりRollin'35のドライバーたちは圧倒的な実力を持っていることに間違えないだろう。
そう思ったところで、ガリュウは時雨と奈美子の方を向いた。
「というわけで時雨、あとは俺とお前たちだ…」
「あ、はい…」
「俺は…丁度20人だ。お前たちは?」
リーダーであるガリュウが倒したドライバーたちは20人。
やはり鬼神と呼ばれるほどの実力があるだけはあった。
だがそれでも彼が気にしていたのは、やはり時雨がどれ程倒したかということだろう。
ガリュウが時雨と奈美子に撃墜数を確かめる。
ガリュウのカウントを聞いた時雨だが、どこかびくりとした上でこう答えた。
「えっと…実は、同じなんです。20人…」
時雨が恥ずかしそうに答えると、Rollin'35のドライバーたちは「おおー」と声を上げてその実力に対し拍手を浴びせていた。
「時雨ちゃんたち、やっぱりスゲーや!」
「素知らぬ顔で20人も…やるわね。腹の底が知れないってこういうことを言うのかしら」
「まさかこれほどの実力とは…ニューヨークでの走り込みの成果が、間違えなく出ているようですね。臣それしました」
「ああ…俺の期待を裏切らない活躍だぜ、時雨…お前たちはやっぱり、俺のライバルにふさわしい。褒めてやるよ」
「あ、ありがとうございます」
Rollin'35のドライバーたちから賞賛の言葉を受ける時雨と奈美子。
だがそれでも時雨にとってはあまり自覚がなかった。
自分たちは必死にバトルをしてきただけ…そう思っていたのが大きい。
やっぱり彼女にとっては武者修行が最大の目的だったので多くのドライバーたちと戦える事は大きいのだが、一方でその撃墜数をカウントすることなんてものはなかった。
Rollin'35のドライバーと再会する前までは、協力してリブラのドライバーたちを倒しつつもどこか孤独な闘い…とも言うべきだったが、ここに来てガリュウから「撃墜数の勝負」という明確な競争を持ちかけられた以上、その成果をはっきりと出すことが出来たのかもしれない…時雨はそう思うのだった。
すると、称賛される中でガリュウがこう話しかける。
「だが、わかっていると思うが…お前たちはここからが真骨頂だ」
「真骨頂?」
「ええ…あたしたちはあくまであなたのサポーターに過ぎない。わかっていると思うけど、例のドライバーと戦うのはあんたたちなんだよ!」
ガリュウの言葉に次いで、サンゴがそう言った。
自分たちはあくまで援軍である…そう断言するように彼女は言った。
「オレちゃんたちはこれまでに国内や世界各地を回って、様々なドライバーたちとレースをしてきた。だけどその分、時雨ちゃんたちも腕を磨いていると信じていたけど…どうやら、それを見れるいい機会なのかもしれないね!」
「進化したお二人の実力を…見極めさせてください!」
ツキオもタイガも、やはり「巨大な壁に挑んでいく時雨の姿」には興味があったようで、そう口々にした。
「皆…」
「さあ、お前らとお山の総大将との頂上対決だ。時雨、ナビ子…お前らの成長を、俺たちに見せてみろ!!」
「…はい!」
奈美子と時雨に対し、ガリュウも時雨の成長には興味があるようにそう言った。
チェイスとのバトルで最大限の実力を発揮して勝利しろ…そう言われているようだった。
その上でそれをくみ取った時雨は、頷きつつも答えた。
「さあ…行きましょう!例のリーダーが待っています…!」
そう言ってタイガが先導し、時雨たちと他のメンバーをチェイスの元へと向かわせるのだった。
◇ ◇ ◇
「…俺が選抜してきたメンバーを、援軍の力もあったとはいえ全員倒すとは思っていなかった…過ちを認め、訂正しよう。お前は実力も人脈も、特別なドライバーということだな」
「…ありがとうございます」
チェイスと対峙する時雨と奈美子、そしてRollin'35のドライバーたち。
チェイスは時雨たちの実力を認めるかのようにそう口にし、時雨が軽く返事をした。
するとその時だった。
「あの、チェイスさん…一つ、いいですか?」
「…何だ?」
「どうしてチェイスさんは、リブラの代表をしているんですか?」
チェイスに質問をしたのは、奈美子だった。
彼女はふと疑問に思った事を口にしていた。
「…どうしてそんなことを聞く?」
「元プロのドライバーたちが、行き場をなくしたのはわかります。でもチェイスさんはいくらでも選択肢があるはずです…どうしてそこまでリブラに拘るんですか?」
奈美子としては、チェイスはいくらでも選択肢があるはずなのにリブラと言う組織を結成したことが不思議でしかなかった。
一体何が彼をリブラに駆り立てたのか?
その質問を口にした時、見慣れた影が現れた。
「サマンサのダディ…オスカーさんがさ、昔、うちのオンボロ工場を…ダディをかばってくれたんだ~」
そう言ってひょっこりと現れたのは…チェイスの実の娘であるレベッカだった。
「ん?何だい、この娘は?」
「レベッカさん…チェイスさんの娘さんです」
「へえ…オッサン、娘がいたのか」
レベッカの存在について感心するサンゴとツキオ。
だが、当のチェイスはあまりいい心地がしなかった。
「レベッカ…余計な話はしなくていい」
あまり話をしてほしくないかのようにチェイスは言う。
だが彼女は聞く気はないようだ。
「大事な話だもの、そういうわけにもいかないわ~…メガネのオニーさん、さっき一瞬サマンサのダディ…オスカーの話をしていたよね~?」
そう言ってレベッカはタイガに視線を向けた。
「オスカーさんのことですか?はい、間違えなく」
「その真実、教えてあげるよ~」
どこか誘惑的に彼女は呟いたが、タイガは靡かなかった。
だがそれでも、彼女の話には興味があるようだった。
「本当ですか?」
「レベッカ、よしなさい」
興味を持ったタイガに対して口を動かそうとするレベッカを、チェイスは制止しようとする。
だがそれをお構いなしにレベッカは言葉を続ける。
「…私のダディはもともと、金属加工が専門だったんだ~。ダディとオスカーさんが親友だったことから、オスカーさんの車の部品を作ってたんだって~」
「なるほど…オスカーさんの車のパーツを、チェイスさんが?」
レベッカの告白に対し、タイガはメモを取っていた。
「その辺にしておけ。口を閉じろ、おしゃべり娘め」
「でも、ある時オスカーさんのチームでもっと最新の技術を持った大企業に部品の製造を任せよう、って話になったらしくて~」
「パーツの製造元の変更…そんなことが?」
「うん。それでオスカーさん、うちのダディを外すことに猛反対してお偉いさんを殴っちゃったんだって~その暴力沙汰がスキャンダルになって…そこから先はあなたも知っているはずだよ~」
レベッカの告白を聞いた時、タイガは落ち着きつつも驚いていた。
これが事の真相か、これが消し去られた真相か…そう納得しているように見えた。
「…そうだったんですね。今までに真相は闇の中だったけど、やっとすべて飲み込めた」
「あの、タイガさん。スキャンダルの事って…?」
「僕たちが知っているスキャンダルの内容としては、オスカーさんがチームのお偉いさんを殴ってしまったということだけが出回ったんです。でも、その真相に関しては間違えなく…チームの圧力でもみ消されてしまった、といってもいいのかもしれませんね」
タイガは真実が握りつぶされてしまったことに驚きつつもそう言葉を発した。
そのことを聞いたチェイスが補足するように口を開く。
「…その通りだ。メディアへの記者会見において、あいつが所属していたチームの代表はそこに至るまでの経緯をもみ消した。オスカーは無期限出場停止。そのストレスが祟ったのか、公道で無茶な走りを繰り返して…事故死した」
「なるほどねぇ…オスカー・ウォードのスキャンダル自体はあたしも知っていたけど、まさかそんな経緯があったなんてね…」
そう口にしたのは、サンゴだった。
やはり走り屋の間でもオスカーの話はそれなりに有名のようだ。
加えて彼女は帰国子女。アメリカに住んでいた時期もあるため、オスカーの事は知っていた。
「しかしチームの代表も、ひどいことをするもんだなぁ…聞いてる限りその人だけが原因というわけじゃないのに、スキャンダルの経緯をもみ消すなんて!」
「全くだ…だが、これもプロの世界の恐ろしさといえるのかもしれねぇ。レーシングチームで結局一番偉いのはチームの代表やオーナー。少しでもチームの輪を乱すものは排除されちまう…ってことだろうな」
レベッカの告白に対してツキオは軽く怒りを露にし、ガリュウはどこか納得していた。
そして各々の反応を見たチェイスが、こう口にする。
「…元レーサーの受け皿になる組織があれば、オスカーは死ななかったかもしれない。オスカーの実子であったサマンサの思いはリブラを生み、俺はその代表になった」
「そういうこと、だったんですね…」
チェイスの言葉に時雨は静かにつぶやいた。
サマンサがなぜリブラを立ち上げたのか、どのようにしてリブラが生まれたのか…
そのすべてが紐解かれた瞬間だった。
すると、そこで言葉を続けたのはタイガだった。
「じゃあ、リブラはその…オスカーさんの娘さんが持ちかけて…?」
「ああ。そしてサマンサを養子に迎えようとしたのは…俺だ。俺はいわば彼女から父親を奪った原因、せめてもの罪滅ぼしのつもりだった。だから、プロレーサーになる夢を捨て、たった1人でデトロイトにやってきた彼女がリブラの話を持ち掛けてきたとき、俺は全力で協力した…当然の流れだった」
「チェイスさん…そんな事があったんですね」
タイガが静かにそう呟くと、次に言葉を発したのは奈美子だった。
「…あなたがオスカーさんとサマンサへの思いから、リブラを続けたいと思っているのはよくわかったわ」
「ナビ子ちゃん…」
「でも私たちだって、出会った友のためにも、譲ることはできない…」
「…ナビ子、あんたどうするんだい?」
奈美子の言葉に対し、ツキオとサンゴが反応する。
「きっと話は平行線よ。だから…」
そう言って奈美子は時雨の方を軽く見た。
それを見た時雨は、軽く頷いた上でチェイスにこう宣言する。
「…バトルで決着をつけましょう。この街では、速い者こそが全てのはずです!」
「……!」
時雨の言葉に対し、チェイスに動揺が見られた。
「ガッハッハ!よく言い切った時雨!!」
「時雨さん…間違えないですね!」
「アッハッハ!面白い、実に素晴らしいよ!」
「時雨ちゃーん!いいぞもっとやれー!!」
時雨の言葉に同調するように囃し立てるRollin'35の一同。
そしてそれと同時に、チェイスもどこか笑みをこぼしていた。
「『速い者こそが正義』…だと?ふふ…ははは…!」
「あ、あれ?…ぼ、僕…変なこと言いましたか?」
チェイスの様子が変わったことに驚きつつも動揺する時雨。
だがその様子を見て、ガリュウが援護するように口々にこう話す。
「いやいや、何も間違っちゃいねーよ!お前は…最適解を出しやがった!!」
「ああ…それにオスカーの口癖だったんだよ、その言葉は」
ガリュウの言葉に次いで、チェイスもそう呟いた。
どうやらオスカー・ウォードの口癖だったようだ。
「そ、そうだったんですか?」
「ああ…お前の言う通り、この街じゃ『速い者こそが正義』…!バトルで決着をつけよう」
チェイスは時雨と奈美子を見て、そう宣言した。
その言葉に対し、時雨はこくりと頷くのだった。
「もし我々が負けたら…リブラは解散する。だが、もしお前たちが負けたら…これからもリブラは、このニューヨークレース界を裏で牛耳らせてもらう…!さあ、始めよう!」
「……わかりました。勝負しましょう」
チェイスの言葉に対して時雨もそう答え、各々の車へと乗り込んでいく。
遂に最後の戦いが始まろうとしていた。
「時雨ちゃーん!負けるなよー!!」
「時雨さん…頑張って!!」
「こんなところで挫けたら、あたしたちが許さないからねー!!」
「時雨…負けるなよ!全開で走ってこい!!」
応援するRollin'35のドライバーたちの言葉に、時雨はこくりと頷くのだった。
推奨BGM:DANCE IN THE STARLIGHT(from SUPER EUROBEAT vol.222)
―――vs北の伝説チェイス
相手の車は黒のレクサス・LFA。
超希少なスーパーカー、おまけに馬力はもノーマルZ33のほぼ倍となるの560馬力を誇るスーパーカー。
搭載されている4.8LのV型10気筒エンジンは天使の咆哮と称されるほどの超ハイスペックエンジン。
文字通り唯一無二のマシンと言っても過言ではなかった。
コースはトライストリート復路。左レーン、LFA。右レーン、Z33。
2台がスタート地点に並ぶ。
「(あのサマンサが目星をつけたほどのドライバーである以上、一筋縄ではいかないに違いあるまい…)」
スタート地点に止まっているLFAの車内でチェイスは静かに思っていた。
サマンサが目星をつけた理由もわからなくはない。
彼女が気が付いていなかったとはいえ、彼女には実力も伝手やコネもある。
Rollin'35というストリート専門チームが…リブラのドライバーたちを跋扈するだけのドライバーたちが舌を巻かれたという話を聞いた以上、どうやらその実力はたしかなものがあるのだろう。
だがそれでも自分が負けていい理由なんかにはならない。
彼女は「自分の武者修行のためにニューヨークに来ている」という噂も聞いたが、もしそうであるというのであるならば…自分は最後の壁になるまで。
チェイスとしては彼女の修行の成果にも興味があるのだった。
「(様々な人と戦ってきたけど…ここからどうなるかはわからない)」
一方の時雨。
彼女はニューヨークにおいてケミック、オクティ、そしてリブラ…様々なドライバーたちと戦って来た。
その一種の集大成が、リブラの代表であるチェイスとの戦いにある。
例の裏切り者…サマンサへの怒りと言うべきものも僅かにあるけれど、正直言えばそんなことはもうどうでもよかった。
彼女としてはもう、サマンサなんかよりも、最大のライバルであるユキ…雪風との戦いに備えておきたいと思っていた。
どんなにリブラのドライバーたちが速かろうとも、サマンサが速かろうとも、きっと雪風には追い付けない…そう静かに時雨は思っていた。
チェイスと言うそれなりに高い壁なんかよりも…雪風や現役のプロのドライバーたちという、今後最大の壁に挑むことになるであろう以上、ここで止まることは許されない。
そして同時に自分たちはこれからプロの世界に飛び込んでいくのである。
だからこそプロに極限まで近いドライバー…チェイスと戦って、実力をしっかりと示しておきたいと思っていた。
絶対に負けるわけにはいかない…皇帝との戦いのときにも表れていたその気持ちが、時雨の体を包もうとしているのだった。
チェイスなんかよりも、よりさらに高い壁へ挑む。そのためにも負けられない。
そう時雨は思う中で、カーナビのカウントが始まろうとしていた。
3
2
1
GO!
「―――!」
「……!」
スタート共に2人が共にギアを切り替え、アクセル全開で加速させる。
バックファイアーを噴き出しながらも2台はスタート直後のストレートを箱そうしていく。
サイドバイサイドでスタートした2台だが…先手を取ったのは、LFAだった。
黒の巨体が、徐々にZ33を引き離していく。
「(速い…)」
スタート直後の直線区間で180キロ以上まで加速するも、少しずつではあるが引き離されるZ33。
だが先手を取られても時雨は全くもって冷静だった。
確かに相手は速い。だがニューヨークと言う異郷の地において自分の車よりもスペックでは上の車に何回もバトルを挑まれてきた以上、時雨はちょっとのそっとの事では動揺しないほどのメンタルを鍛えることが出来ていたのだった。
そんな中で時雨は左ウインカーを出し高と思いきや、ハンドルを左にわずかに切ってZ33を左レーンへと移動させるのだった。
「(…先手を取ったとはいえ、全くもって動揺していない…)」
「(まあ、追いつけない相手じゃないね。だって…)」
ストレート区間で200キロ近くまで加速するLFAを追いかけるZ33。
テールトゥノーズの状態を維持して、2台はストレート区間を走り抜ける。
「(そういうドライバーである以上、コーナーで追い抜きに行く!)」
ストレートで不利ならコーナーで追い込む。
相手のスペックが上で逃げられるならプレッシャーをかけて相手を揺さぶる。
リブラのドライバーたち程度であるならば、その法則で勝ててしまうことに時雨は気が付いていた。
確かに相手のドライバーは速い。
でも、それでも決して追いつけないほどではない。
リブラのドライバーたちが早くても、所詮は元プロなのである。
これから、がある自分とは大差があった。
そんな中でLFAを追走している時雨だったが、同時にLFAのブレーキランプが点灯したのを時雨は見逃さなかった。
2台は連なる形で第1コーナー…左直角コーナーへと飛び込んでいく。
「……!」
LFAのブレーキングを感知した瞬間には時雨の両手が軽くハンドルを右に曲げ、足が自然とアクセルオフ、そこからブレーキを掛けていた。
速度は200キロ近くから一気に160キロ近くまで減速。
一方で前方のLFAも同じくらいの速度まで減速していた。
そしてブレーキングでLFAが迫る中でもブレーキを強めることなく、ハンドルを左に切り返して再びアクセルオン。
前方のLFAの後輪から白煙が上がり始めたところで、右から左へとZ33の重心が移ったところで後輪が滑り始める。
LFAのドリフトに次いで、Z33もテールスライドでドリフトを始める中、時雨はハンドルを左から右へと切り返して即座にカウンターを当てていた。
LFAのパワーはZ33のほぼ倍、一方で車重はほぼ同等クラス。
だがそれでも何度も何度も走ってきた以上走りなれていた時雨は、LFAよりもインコースを狙うかのようにZ33をドリフトさせる。
LFAの左ノーズが左端の壁数十センチのところを走り抜ける中、Z33は更に狭めて10センチあるかないかという怒涛のラインで駆け抜ける。
僅か数十センチ、されど数十センチ。
その差は地味に大きく、そして大胆。
コーナー中間から徐々にアウトへと膨れていく2台。
同じラインながらも僅かにインコースを駆け抜けていくZ33。
400キロと言うあまりにも大きい車重差を、ここまで培ってきた技術でカバーしていく。
LFAがラバーポールスレスレまで迫っていく時、時雨もアクセルをリリースして右に曲げていたハンドルを徐々にニュートラルに戻す。
滑走状態のZ33もLFAを追うかのようにタイヤのグリップを回復させる。
「―――!」
前方のLFAがコーナーを立ち上がって加速していく瞬間、時雨もハンドルをニュートラルに戻してアクセルオン。
それこそ、タイヤのグリップが回復した瞬間だった。
前方のLFAに食らいつかんと、Z33はLFAから生じるスリップストリームに飛び込んで加速していく。
400キロの車重差もドラフティングで打ち消す算段だった。
速度は150キロ台から190キロ近くまで加速していくが、同時にLFAのノーズに徐々に近づいていく。
「(ほんの少しだけど…こっちが速い!)」
「(コーナーで俺に追いつけて来れている?それにパワーも負けていない…!)」
テールトゥノーズの状態で食いつかれている。
向こうのマシンはこちらよりも素のパワーが低いのに食らいつけているとは、一体どういうことなのか。
チェイスとしてはよくわからなかった。
向こうがコーナーを攻め込んでいるのもわかるし、スリップストリームにも飛び込んでいる。
だがそれでも、素のパワー差を打ち消すほどのものではないはずだ。
では一体、何が彼女の走りを際立たせているのか?
「(まさか…)」
右ウインカーを出してハンドルを右に曲げるチェイス。
そのままLFAは左レーンから右レーンへレーンチェンジした。
だが、Z33はそれに追いついてこないで左レーンを走り続けている。
第1コーナーと第2コーナーの間のストレート区間なので、スリップストリームに入る以外に大差はない。
しかし一方で、次のコーナー直前までレーンチェンジをせずに、コーナー直前でレーンチェンジした反動のままにタイヤを滑らせてドリフト、という方法もあるだろう。
いや、わずかながらも博打かもしれないが、そちらの方が速い。
しかしなぜか、本能的にチェイスの両手が動いていた。
一体何が彼をそうさせたのか?
そこに至るにはあることにチェイスが気が付いていたことが挙げられる。
「(彼女は見た感じ20歳にも満たないのに…この気迫、この貫禄は…一体!?)」
先程までこそあどけない少女だが、車に乗るとその風格や威厳と言うものがはっきりと表れていた。
チェイスはそれをバトルで共に走る中でしっかりと気が付いていた。
走り続けてきた者と言う風格。
様々なドライバーを倒してきたという一種の威厳。
並々ならぬそれが、彼女のマシンから漂っていた。
言ってしまえば、そのプレッシャーからチェイスは逃げたのだ。
その方が、自分の精神的にも安定すると思ったからだろう。
そう思ったところで、目の前に第2コーナーの右高速コーナーが迫る。
「っ…!」
ブレーキを一瞬だけ強く踏んで速度を200キロから180キロに減速させる。そこから僅かにハンドルを右に切れば、すぐにテールスライド。そこからアクセルオンでドリフト状態へ
200キロ台から180キロ台まで減速するのはいいが…同時に後輪にきついブレーキを掛けたこともあって、少しでもハンドルを切ればすぐに後輪が滑り出す。
LFAは右レーンの中央部分から右端へと移動していく。
だがその時だった。
「―――!?」
LFAのすぐ右サイドに迫る金色のマシン。
それこそ、対戦相手である時雨のマシン…Z33だった。
LFAのノーズと右端の壁との隙間は十数センチはある。
だがそれ以上に、Z33のノーズと右端の壁との隙間は狭いのだ。
プロであっても数十センチと言う多少のマージンを取るところでも、相手のマシンは強引なラインでドリフトしていく。
それも、攻め込んでいるつもりの自分よりもインコースを攻め込んで。
「(ヤツの神経は、どうなっているんだ…!?)」
チェイスにとってはこの状況が信じられなかった。
まだ免許を取って数年にも満たないであろう彼女だが、何が彼女をそこまで際立たせているのか。
180キロ以上と言う高速ドリフトを決める2台だが、少しでもインを開けてしまえば確実に追い越されかねない。
そう思った以上、何が何でもインコースを塞ぐしかない。
現状徐々に隙間は広がっているが、とりあえずコーナー脱出まではその隙間が車1台分まで広がることはなさそうだ。
そう思ったところで、LFAの目の前にコーナー出口が迫る。
「…っ!」
アクセルオフと共に左に曲げていたハンドルをニュートラルに戻す。
だが徐々にアウトに膨れるLFAとシンクロするかのように、右サイドのZ33もLFAのテールに食い込んでいた。
「(こんなところで…!?)」
コーナー出口でまさかの横並びか…と思ったところだった。
サイドバイサイドになりそうなところだったが丁度LFAのタイヤグリップが回復。
アクセルをフルに踏み込んで逃げることを決め込んだ。
速度は再び180キロ台から加速していく。
LFAがトンネル区間に入ったところで、Z33もワンテンポ遅れて加速していく。
だがトンネル区間に入ったLFAの後方に、完全にテールトゥノーズの状態となったZ33が迫る。
「(後方から押しつぶされそうなこの感覚は…まるで、あいつの再来だ……!)」
チェイスの親友だった男…オスカー。時雨の走りから彼をチェイスは思い出していた。
彼はやはり、後方からのプレッシャーをかけるのが上手かった。
時雨の走りは、それを彷彿させるかのような勢いと圧力が合わさったものだった。
後方からのプレッシャーが徐々に大きくなっていく中で、2台はテールトゥノーズの状態で第3コーナー…右高速コーナーへと迫っていく。
「―――!」
「……」
コーナー直前で200キロ近く出ていた2台。
ブレーキを再び強く踏み込んだかと思いきや、そのままハンドルを右に曲げて強引に後輪を滑らせる。
LFAのノーズが再びコーナーの右端へと迫っていく。
一方で後方のZ33も隙間に少しでも食い込まんとインコースへと迫っていく。
そしてその結果、180キロ以上でドリフトする2台はパラレル状態のまま第3コーナーをドリフトしていく。
とはいえ先行するLFAと右端の壁の隙間は十センチはあるのに対し、Z33はそれ以上に攻め込んでいる。
文字通り壁をなめるかのような勢いでZ33はコーナーを攻め込んでいた。
逃げるチェイス、追う時雨。
だが逃げるチェイスは徐々に追い込まれる中、後追いの時雨にはまだ余裕がある。
それは一体なぜなのか?
模索する中で、LFAはコーナー出口に接近する。
「―――!」
アクセルオフから、前もって左に曲げていたハンドルをニュートラルに。
ドリフトアングルは30度もなかったので、すぐにグリップは回復する。
「……」
一方の時雨もアクセルをリリース…しない。
正確にはリリースはしたが、それはチェイスよりワンテンポ遅れた。
徐々に外側へと膨れていくLFAを追いかけていくが、LFAよりもわずかに素早いこともあってそのノーズを徐々にLFAと壁の間の隙間へと飛び込んでいく。
「……!?」
チェイスにとっては想像のつかないものだった。
徐々に外側へと膨れたLFAと、壁の間にその巨体…Z33が迫っていく。
だがとにかく、コーナー出口直前でアクセルを踏み込んで逃げるしかない。
そう思った以上、チェイスはLFAのタイヤのグリップが回復したのを認識した瞬間にアクセルを全開に踏み込む。
「(ここだ…!)」
一方の時雨もZ33のタイヤのグリップが回復した瞬間にアクセルを全開に踏み込んだ。
LFAと右端の壁との隙間にノーズをねじ込んでいた以上、時雨はアクセルを踏み込むしかない。
徐々に加速していくLFAを追いかけて、時雨もアクセルを踏み込み続けていく。
そして次の瞬間だった。
「(なっ…!?)」
横幅の広いLFA、そして同様に幅広いZ33。
LFAとZ33は、同じレーンで横並びの並走状態でコーナーを立ち上がり…そのまま1つ目の吊り橋ストレートを駆け抜けていく。
「(こんな狭い場所で、マシンをねじ込んだ…!?)」
速度は互いに200キロ以上まで加速していく中で、2台は並走し続ける。
だがチェイスとしてはあまりにも信じられない光景だった。
何せトライストリートに限らずニューヨークのバトルが盛んなストリートシーンは広くても左右対面走行で2車線+道路両端の路肩のみ。
言ってしまえば片側2車線ではなく…1.5車線未満の、並走するにしては狭い道路なのだ。
そんな中で時雨は躊躇なくその巨体をLFAと右端の壁の間の隙間に捻じ込んだ。
LFAと右端の壁との隙間は車1台分ギリギリあるかないか。
少し操縦をミスったらマシンか壁のどちらかに接触しかねない、それくらいのものだった。
勿論コーナー区間以外であれば、左レーンに移動することでその隙間は限りなく広くなるのだが…アウトインアウトのラインを描くためには、なるべくコースの端から端まで使いたいところである。
だが、路肩走行をしているZ33がいる以上…限界までアウトインアウトをするというやり方は阻止されてしまった。
「(これまではある程度隙があったかもしれない。だが…それが多くのバトルを経て、走りに磨きがかかってる…!)」
チェイスは時雨の走りがさらに磨きが走っていることを実感していた。
まさかここまでの走りをするとは思ってなんかもいなかった。
2台は右レーンで並走し続けている。
Z33の右サイド、左サイド共に十数センチあるかないかという極限状況の中でも、時雨はアクセルを踏み続けてチェイスのLFAとサイドバイサイドの状態を維持し続けていた。
下手な操作をしたらドカン間違えなしだというのに、時雨はアクセルを踏み続けることをやめない。
まさしくぶっ飛んでいるというべきだろう。
2台はそのまま200キロ以上の速度で吊り橋上を走り続ける。
だが、吊り橋の4分の3を渡り切った時だった。
「(っ…!)」
左ウインカーを出して、すっ…とハンドルを左に曲げる。
LFAは右レーンから左レーンへと移動する。
ここにきてチェイスは攻めるのではなく守りに入った。
相手が攻め込んでいる以上、守りに入って堅実にコーナーを立ち上がって抜かさせないようにしたのだ。
先にライン潰しをしてしまえばいい…その算段だった。
並走状態を続ける2台の前に、第4コーナー…吊り橋を渡り切った先にある左ヘアピンコーナーが迫る。
「―――!」
コーナーが迫る中、チェイスはアクセルリリースからフルブレーキを踏み込む。
一気に210キロから130キロ近くまで減速するLFA。
ここまで急減速すれば、タイヤに大きな影響を与えるのは間違えないだろう。
猛スピードからのフルブレーキング。
素人だったらスピン待ったなしであるが、チェイスはそこからハンドルを左に135度以上切ってLFAをドリフト状態へ持って行く。
フルブレーキングからのステアリング操作でのブレーキングドリフトは、とても自然と言っても過言ではなかった。
後輪を滑らせ始めたLFAは、そのまま左レーンの右端から左側へと進路を移しながらヘアピンコーナーをドリフトしていく。
「(ここまでやれば…)」
ドリフトアングルは120度以上というかなりの角度。
ヘアピンを曲がるのだから当然と言えば当然なのだが、下手をしたら走行レーンを塞いでしまうかもしれないくらいの角度である。
それを、ハンドルを左から右に切り返してカウンターを当てつつドリフトを維持しながら駆け抜けていく。
だが、次の瞬間だった。
「(…通してもらう!)」
LFAの左サイドミラーが光ったかと思いきや、次の瞬間にはZ33がその隙間に飛び込んでいた。
LFAよりも素早く、そして同時に抑えめのアングルでそのノーズを強引にねじ込んだかと思いきや…勢いを維持したままLFAとドリフトしながらサイドバイサイドへ。
「(っ…!?)」
Z33はコーナー中間で走行レーン左端のクリッピングポイントを抜けたかと思いきや…そのノーズをLFAの先端より先に出し抜いていた。
LFAも左側を攻めていたのだが、Z33から感じ取った威圧感…それこそ威厳、風格に押し出されてしまったのだ。
サイドバイサイド状態から僅かに速度が上のZ33がノーズをLFAよりも先に出したところで、LFAもZ33もドリフトを収めていく。
そしてドリフトを収めて再加速をしたところで、Z33は完全にLFAをオーバーテイク。
そこからはZ33とLFAはテールトゥノーズの状態でストレートを走る。
Z33が130キロ台から170キロ台まで加速し、一方のLFAも130キロ近くから160キロまで加速する。
だが2台の速度差により…Z33のテールとLFAのノーズの車間距離は徐々に離されていく。
「(抜かれた…!?そんな、バカな…!?)」
コーナーを立ち上がった2台だが、先ほどの光景はチェイスにとってはあまりにも信じられないものだった。
ある程度余裕を持った走りをしたつもりが、逆にそこを突かれてしまった。
下手にドリフトアングルを付けた走りをしたことによって、速度が失速していることをチェイスは忘れてしまっていたのである。
否、正確にはヘアピンにも関わらずチェイス未満のドリフトアングルで駆け抜けていったZ33の方が逆に異常とも言うべきか。
LFAよりも浅い角度でドリフトしてコーナーを立ち上がったZ33は、最終コーナーまでのわずかなストレートでも後方との距離を引き離さんと加速していく。
一方のLFAもZ33のスリップストリームに入って速度を必死に稼いでいた。
Z33がリードする中で、2台は最終コーナーである左直角コーナーへと飛び込んでいく。
「―――!」
「(噂に聞いていたが、フェイントモーションだろう…だがそんな走りで…!)」
ハンドルを僅かに右に曲げた上でブレーキを踏み込んだ時雨。
160キロ台から再び140キロ台まで減速する。
速度が下がったところで、時雨はハンドルを左に切り返してアクセルオン。
左レーンの右端から一気に左端へと切り込んでいく。
チェイスは時雨の走りを見て、「あれが時雨の走りか」と秘訣を見ていた。
だが同時に、時雨のフェイントモーションがあまりにもパフォーマンス向けの走りだと錯覚してしまう。
本来フェイントモーションは派手なアクション故に失速しがち。
遅いという訳ではないが、慣性ドリフトなど完成されすぎたドリフトに比べるとやはり遅い。
前方のZ33がフェイントモーションでコーナーに切り込んでいく中で、チェイスもその走りを真似しようとハンドルを僅かに右に切ったかと思いきやすぐにブレーキングと共に左に切り返してアクセルオン。
後方からZ33に食らいつかんとアクセルを踏み込んで加速させる。
だが、次の瞬間だった。
「(離される…!?)」
何故か、LFAよりも重いはずのZ33と同じラインに飛び込めない。
おまけにブレーキングに置いて速度を下げすぎたのか、コーナーリングスピードもわずかながらLFAの方が遅い。
コーナー左端のクリッピングポイントを駆け抜けたZ33に対し、LFAは良くてクリッピングポイントより僅かに右側を通過する。
左端の壁との隙間は十数センチはあったが、Z33のそれは数センチ単位と言うえげつないものだった。
それはやはり、時雨の走りが明らかに余裕が全くもってない際どい走りだったからかもしれない。
最後の最後においても、時雨は全くもって走りに妥協をすることはなかった。
それこそやはり、「油断したら負ける」と嫌でも自覚していたからだろうか。
ここまでくるとフェイントモーションはもはや時雨の専売特許同然となりつつあるのだった。
先行するZ33は既にコーナーを立ち上がろうとしていた。
「(これで、最後だ!)」
一方の時雨。
コーナー出口寸前でアクセルをリリースし、右に曲げてカウンターを当てていたハンドルをニュートラルに戻していく。
限界スレスレのアウトインアウトのラインを描いたZ33は、コーナー出口に存在する左レーンと右レーンのちょうど中央にあるラバーポールスレスレを右サイドが通過し…タイヤのグリップが収まった。
そして時雨がアクセルを踏み込んだのとと同時に…ハンドルに取り付けられているニトロスイッチに時雨の右手親指が伸びて、次の瞬間にはそれを押していた。
最後の最後のダメ押しのニトロ…完全に相手の心をへし折りに来ていた。
最終ストレートにおいて、Z33は140キロ台から一気に220キロ以上まで加速していく。
「(っ…!)」
最終ストレートにニトロを使って飛び込むZ33を見て、チェイスは自然とニトロスイッチに指が伸びていた。
LFAも最終ストレートに飛び込んでいたのはいいが、タイヤのグリップがわずかに回復していない。
このわずか、というのが意外と重要で…少しでも滑っていた場合、ハイパワーなマシンであれば後輪がさらに暴れる要因になりかねない。
先行するZ33に対し、チェイスは完全に心の余裕をなくして焦っていた。
まあもうレースも最終盤なので、焦るのは当然ではあるのだが。
結果として暴れかけたハンドルを必死になって握って制御するチェイスだが、LFAが加速する中でZ33は更に差を広げていく。
「(離される…追いつけない!)」
ニトロを噴射しながらも、あっという間にストレートの先へと走り抜けていくZ33。
吊り橋を渡り切ったところがゴールである以上、もはやどうしようもなかった。
LFAもニトロを使ってはいたのはいいが、完全にもうその差を縮められるものではない。
アクセル全開の上ででニトロを使うことで220キロ近くまでこちらも加速するのはいいのだが、向こうは既に220キロ以上まで加速していたこともあり、もはや追いつけないのはチェイスでも嫌でも痛感するのだった。
「(これほどの実力なら、あいつらを倒してきたのも納得できる。見事だ…時雨…!!)」
ストレート区間を疾駆してLFAを振り切っていくZ33の姿を見て、チェイスは納得するかのようにそう思うのだった。
―――勝者、時雨。
タイム差は2秒近くあった。
―――バトル後。
「す、すげぇ…!あのLFAに対して圧倒しやがった…!!」
「すごい…本当にすごい!時雨さんは間違えなく、僕たちと初めて出会った時よりもはるかにレベルアップしてる!!」
「『時の雨、摩天を貫く、光かな』…キタっ!このバトルで最高の句が生まれた…!やっぱり彼女たちはすごいわ!!」
「ガッハッハ!流石だな!!伊達に俺やショウが見込んだだけはある!!」
バトルを見届けたRollin'35のドライバーたちは皆時雨の成長度合いに感心していた。
まさかあそこまで、リブラの代表であるチェイスを圧倒してしまうとは思ってもいなかったのである。
いくら自分たちがR35GT-Rを乗りこなす実力者であるとはいえ、あそこまでそう易々と追い抜く事とは難しいに違いないだろう。
そう互いに思った以上、Rollin'35のドライバーたちは時雨の事を自然と褒めたたえるのだった。
そしてそのままバトルを終えて戻ってきたZ33から降りた2人を、Rollin'35のドライバーたちは拍手で迎え入れるのだった。
「あ、ありがとうございます…」
バトルにおいて時雨はチェイスを圧倒したのだが、それでもなぜか勝った自覚がなかった。
それはやはり、Rollin'35のドライバーたちによる手助けがあった事や相手からのプレッシャーをそれなりに感じ取っていた事があるのかもしれない。
赤面しながらも、彼女はぽつりとそう呟くしかなかった。
そして時雨と奈美子がRollin'35のドライバーたちに迎え入れられる中で、チェイスのマシン…黒のLFAがそばに止まり、車から降りたチェイスが時雨たちの元へとやってきた。
「見事だった…時雨。俺としても文句のつけようのない最高の走りだったと思う…」
「チェイスさん…」
「俺は全力を出してお前と戦った。そしてお前も全力で戦った。あそこまでのバトルをすれば、皆納得してくれるに違いあるまい…」
チェイスはバトルの結果を少しだけ悔しがりながらも、あそこまで圧倒された以上実力を認めざるを得ない、と言わんばかりにそう言うのだった。
そして次の瞬間だった。
「…約束だ。リブラの戦いは、これで終わりだ」
そう言った後、チェイスは、残っていたリブラメンバーにリブラ解散の旨を告げにいく。
皆がっくりと頭を垂れ、方々に散っていった。
「あの、チェイスさん…」
チェイスが残っていたリブラのドライバーたちに声を掛け終えたところで、時雨と奈美子が話しかけに行く。
だが、その顔は悔しいというよりもどこか清々しさを感じているようだった。
それでも奈美子と時雨の顔は、「申し訳ないことをしてしまったのではないか」という感じで暗い顔だった。
だがチェイスはそのことを気に賭けたかのようにこう口にする。
「…2人とも、そんな顔をするな…こうなることは覚悟していた。お前たちがここに乗ると分かった時点で、リブラの運命は決まっていたもんだ」
「チェイスさん…」
チェイスはどこか覚悟をしつつも、同時に満足をしたかのような顔をしていた。
そして同時に、時雨たちに「実力を誇るといい」と言わんばかりにそう言った。
「サマンサには俺から伝えておく…いい夢だった。2人とも達者でな」
「あ…」
チェイスはどこかにこやかな顔でそう言った。
彼としてもバトルにはやはり満足しているという事だろうか。
だがそう言ったところでチェイスは再びLFAに乗り込み、その場を後にするのだった。
天使の咆哮によるエンジン音が夜闇に消え去った後、残ったのは時雨と奈美子、そしてRollin'35のドライバーたちだけだった。
「時雨、みんな…これですべてが終わったのかな」
「うん…多分ね」
「でも、リブラのドライバーの人々はどうなるんだろう?私たち、実は酷いことをしたんじゃないかな…」
多少落ち込む奈美子。
するとその時だった。
「これでいいんだよ。リブラは終わった、ってことでいいんじゃねえか?」
「ガリュウ…?」
奈美子を励ますように口にしたのはガリュウだった。
「あれは見る限り、あのオッサンが自分で判断した結果だ。お前たちは何も考えることはねえよ…バトルと言う賭けの結果、お前たちが勝ったというのが全てだ」
ガリュウは時雨と奈美子をアフターケアするかのようにそう語った。
そしてそれに続いて、Rollin'35の他のドライバーたちも持論を口々にする。
「ナビ子さんは考えて、ここに残る決断をしたんですよね。もし何もせずに向こうに戻っても、間違えなく残らなかったことを後悔していたと思います」
「そうそう。オレちゃんとしても…すぐ帰ったら帰ったで、きっと2人は後悔していたと思うんだよね…」
「タイガさん、ツキオ…」
「まあ、あんたたちが難しい判断を迫られたのは察するよ。実際あたしらでも何が正解だとは言えないね。仮にあたしらがこの立場にいたとしても、あたしは勿論…タイガやツキオ、ガリュウできっと各々答えは違うさ。ナビ子はやって後悔するほうを選んだだけ、それだけだね」
「サンゴ…」
しんみりとした空気の中で、Rollin'35のドライバーたちが時雨と奈美子をケアするかのようにそう口々にした。
「それにしても時雨、すごかったぜ。俺たちが海外でレースに興じる中で、お前はさらに腕を磨いている…流石だぜ」
「ああ、いえ…僕は、必死になって走っただけなので…それに、皆さんのおかげで本当に助かりました」
「ハハハ、気にすることたぁねえよ。まあショウの奴から聞いてはいたが…どうやらお前たちの実力はさらにレベルアップした、ってところだな。アイツの言葉はやっぱりホンモノだったわけだ」
「やっぱり、兄さんが?」
「ああ…お前たちがニューヨークで活躍していることを聞いたからな。まっ、あいつからの押し売りってわけじゃないけどな」
「そうだったんですね…じゃあ、ガリュウさんたちが自分たちの意志で?」
「まあな。まあ俺たちもこれからアメリカでレースがあったから、そのついでだったというのもあるけどな」
ガリュウがニューヨークに来たのは、やはり時雨と奈美子がニューヨークで活躍しているのを聞いていたから。
またその情報源は…時雨たちがあの国のSNSで話題になる前から、奈美子の兄である相楽翔から話を聞いていたのだった。
時雨と共にリブラのドライバーたちとバトルをした彼らは、時雨たちの実力を「予想通り」という形で実力を認めるのだった。
「本当ならこのまま俺とバトルをしたいところだが、如何せん俺達には明日も予定がある…それに出来れば俺としては、互いに完璧な状態でバトルしたい」
ガリュウとしては、自分を含むRollin'35のドライバーたちとまたバトルをしてほしいようにそう言った。
だがそれでも、ガリュウにはこれ以上バトルをすることが出来ない明白な理由があった。
時間的制約と言うのは彼でもどうしようもなかった。
だがそれを覚悟していたかのように彼はこう口にする。
「だから名残惜しいが、今日はこれでお開きだ。その代わり時雨…1つだけ約束してほしいんだ」
「…それは?」
「お互いに腕を磨いて、またどこかで会おうぜ。その時は…万全な状態でバトルしようじゃねえか!」
互いに腕を磨いてまたどこかで会った時、その時は全開走行でバトルをしたい…それがガリュウの願いだった。
また時雨としても自らの更なるレベルアップに十分好都合だった。
そうである以上、時雨は軽く微笑んでこう口にした。
「そうですね…またどこかで、お願いします!」
「ガッハッハ!相変わらずの礼儀の良さだな!お前の姿を見てると、どこかスッキリするもんだ…」
ガリュウは礼儀の正しさを褒めるかのようにそう言うのだった。
「お前たちとここで会えて良かったぜ…また、会おう!」
「じゃーね2人とも!またどこかでー!」
「本日はありがとうございました!それじゃあ!」
「2人も達者でねー!!」
そう言って、Rollin'35のドライバーたちは各々のR35GT-Rに乗ってその場を後にしていくのだった。
「…行っちゃったね」
「ええ…本当に助かったわ」
例のコースには時雨と奈美子だけが残され、余韻に浸っていた。
すると、奈美子があることを思いついたかのようにこう口にした。
「ねえ時雨、ニューヨークで1つだけお願いがあるの…」
「…それって?」
時雨が聞き返すと、奈美子はこう口にした。
「向こうに戻る前に…直接話がしたいの。サマンサと、ね」
―――数時間後。
『…そう、わかったわ。代表のあなたが解散を決めたのなら…仕方ないわ』
「すまなかった、サマンサ…元はといえばオスカーが俺の生活を機にかけてくれて、大企業の参入を拒んだことから…」
リブラのアジトにおいて、チェイスはサマンサと電話していた。
その口からはどこか申し訳なさもにじみ出ていた。
だがそれでもサマンサは気にしていないかのようにこう言葉を続ける。
『それは違うわ…パパがあなたの部品に拘ったのは、あなたの生活を機にかけての同情でも、親友だからというなれ合いでもない…あなたのパーツを作る腕前が、大企業のテクノロジーなんかよりずっと優れていて最高だったから…って、パパは『あの日』、言っていたわ」
「オスカーが…そんなことを?」
『だからもう、罪滅ぼしで私に付き合ってくれなくても大丈夫よ、パパ…』
ふとサマンサが発した「パパ」という言葉にチェイスははっとした。
どうやら彼女は自分たちの事を認めてくれたのかもしれない。
そう思うと、チェイスの口は自然と動いた。
「サマンサ、お前…初めて俺を『パパ』と呼んでくれたな?」
「…面と向かっては照れ臭いから言わなかったけど…電話だったから、つい出ちゃっただけよ。…今までありがとう…もう1人の、私の大切なパパ」
サマンサがそう言ったところで、電話は切れた。
電話が切れたスマートフォンを机に置き、上の空を向いていたチェイスは茫然としていた。
リブラが解散してしまった以上、これから自分はどうするべきか…頭の中で様々な案がグルグルと回っていた。
「…さて、これからどうするか」
すると、そうチェイスが呟いた時だった。
スマートフォンのメールフォルダに1通のメールが届いていたことをチェイスは確認した。
「(…見知らぬアドレスからのメール?)」
メールフォルダに遭った新着メールの送信元は…見知らぬものだった。
そうである以上スパムか何かだろう…そう思いつつも、内容の確認のためにメールを開く。
「これは……」
チェイスはメールの内容を静かに見つめるのだった。
そしてそのメールは、やがてリブラのドライバーたちの運命をさらに左右することになるのは、チェイス自身でも知らなかったのだった。
(第25話End)