「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 第二幕 2024 -いつかあの頂で- 作:カービィ改二
ニューヨーク編もクライマックス。
そして時雨の中で蠢く感情とは。
―――チェイスとのバトルの翌日、時雨と奈美子のホーム。
「チェイスさんがリブラの解散を決断してくれたけど…私、サマンサの思いを踏みにじっちゃってるのよね、きっと」
奈美子はチェイスがリブラの解散を決断させたことが間違えだったのではないかと少しだけ後悔していた。
「どうだろう…でも、サマンサのリブラに対する思いが誰よりも強かったのは、間違いないよ」
時雨はそう答えた。
もし思いが強くなければ、きっとここまでやらないはずだ。
「ずっと電話も通じないし…心配だわ。もう時間もないし…せめて帰国前に、直接会って話がしたい。だって『情報屋サマンサ』は…私たちの友達だから!」
「…でも、会ってどうするんだい?君の気持ちを伝えるのかい?」
奈美子の言葉に時雨は疑問を口にした。
彼女に会ってどうするのか?
すると奈美子はこう答えた。
「会って何て言ったら良いのかわからない。謝るのも、慰めるのも、間違いを諭すのも、どれも何か違う気がする…でも、とにかく会って話がしたいの!」
「奈美子…」
奈美子はそう言うと、時雨の手を取って目を見つめた。
「時雨…お願い!私に力を貸して!」
命の恩人の言葉。
それに対して時雨は無下にすることが出来なかった以上、こう答えた。
「…わかった。早速だけど、サマンサを探そうか!」
「ええ!」
こうして、時雨と奈美子によるサマンサ探しが始まった。
―――リブラ本拠地近辺。
リブラのドライバーたちと走り合った「トライストリート」。
この近くに、リブラの本拠地はあった。
付近を愛車であるZ33で探すも、サマンサの姿は見当たらない。
「リブラの本拠地…ここらへんのはずよね?サマンサ、見当たらないなぁ」
「でも、ここまで来たら逃げるとも考えづらいし…もう少し待ってみよう」
「そうね…ってあれ?」
駐車場に止めていたZ33に戻ってきた2人。
すると、駐車場に1台の車が入ってくるのが見えた。
紫にペイントされたC6コルベット…夜のニューヨークでも一際目立つマシンだ。
マシンはZ33と向かいになるように止まり、車からドライバーの女と助手席の男が降りてきた。
「久しぶりだねナミコ!元気だったかい?」
巨体の女性…ビッグママ・エマ。
彼女と最後に会ったのは2週間近く前、リブラのドライバーたちが行動を始める直前。
だからこそ、久々だった。
「ビッグママ!?どうしてここに!?」
「…それに、あなたは!」
コルベットの助手席から降りてきたのは、少し年のある銀色のロングヘアーの男性。
だがやはり、時雨と奈美子にとっては面識があった。
「時雨、正装やドレスは…持っているわけがないな。車を待たせている。2人とも先導するから車に乗れ。すぐに仕立ててくれる店へ行くぞ」
「…ジェレマイアCEOも!?2人ともどうしたの?」
そう、ケミックの社長…ジェレマイア。
彼らはどうやら時雨を迎えに来たようだ。
するとジェレマイアが言葉を続ける。
「どうした、だと…?今日はケミック&モレックとグレートオクティカスタムズの合併式典だぞ」
「帰国を遅らせるって聞いたから招待状を送ったんだけど…その様子じゃあ見てないようだねぇ」
ジェレマイアが口にした「2社の合併式典」。
そのことに時雨も奈美子もポカンとするしかなかった。
「え、合併式典…?リブラを相手にしてたから、郵便物なんて見てなかった…合併式典なんてやるんですね」
「ごめんなさい、参加できそうにないの。実はリブラの副代表の…いや…情報屋のサマンサを探してて」
丁重に断る奈美子。
するとジェレマイアがふと疑問に思ったようにこう口にした。
「何だ、聞いていないのか?サマンサなら式典の会場に向けて車を出したと…」
サマンサが車を出した。
だがその言葉を聞いた奈美子と時雨は、互いに驚くしかなかった。
「ええっ!?サマンサが!?」
「まさか…!?」
「ん?どうした、2人とも」
ジェレマイアが疑問に思う中、奈美子も時雨も動転していた。
何かしでかすのではないか…その不安が2人を襲っていた。
「もしや行き場をなくして、勢い余って式典で何かしでかすのかも…行かなきゃ!!」
「わかった…すぐに行こう!さあ、車に乗って」
「うん!!あ、2人とも用事が出来たのでまた後で…!!」
そう言って時雨と奈美子は急いでZ33に乗り込み、エンジンを始動させる。
「ちょ、ちょいと待つんだよ!アンタたち、何かカン違いを…」
エマが時雨と奈美子を止めようとするも、エンジンを始動させたZ33は逃げるかのように発進。
そのままあっという間に駐車場を出て通りに出てしまった。
「ああ、行っちまったよ」
「しかたあるまい。『サプライズ』は相手の行動を完全に縛れないからな。手は打っているから問題はない」
「そうかい。なら、私たちも一足先に行こうかね」
慌てた様子に対してエマは呆れるしかなかったが、ジェレマイアにとっては既にこうなることもわかっているかのようだった。
◇ ◇ ◇
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「グフフフ…本当にジェレマイアの言った通り、時雨が出てきたな」
そう言って、駐車場に面する通りのしばらく先にいたのは…砂漠の悪魔ケヴィン。
既に愛車であるVAB型WRXに乗って路肩に停車、時雨が来るのをスタンバイしていた。
Z33が通過していくのを見て、ケヴィンもWRXを発進させる。
急いで移動していくZ33に対して気持ち速めに走行するWRXは、あっという間にZ33のテールに付けた。
「ん…あの車は!」
後方に接近してくるWRX。
カラーとエアロからして、ケヴィンのマシンであることは間違えなかった。
後方からのパッシングで、バトルしろという事はわかった。
「どういうこと?なんでケヴィンがバトルを仕掛けてきているの!?」
「わからない、でもこの先は確か…ビッグストリート?」
「まさかこの先でバトルしろ、ってこと…!?」
時雨は今走っている場所がビッグストリートへと繋がっていることを把握していた。
このままバトルしろ、ということだろう。
「この先に行けばビッグストリートのストレート区間だ…グフフ、既にレッキは済ませてある。今の俺に勝てるかな…?グフフフ…!」
後方に付け、スタート前からプレッシャーをかけるケヴィン。
ビル街を走り抜ける2台の前に、往路スタート地点が迫る。
「コースだ…逃げるよ!」
「う、うん!」
先手必勝と言わんばかりの態度で加速するZ33。
コース区間に入ったところでアクセルをべた踏み。
重いボディをすっ、と動かしたかと思いきやそのまま加速で逃げていく。
速度は50キロから180キロまでぐん、と加速する。
「っ…!?」
先制攻撃をもろに食らったケヴィン。
コースに入ったのと同時にZ33が一気に加速していくが、その速さは自分が戦った時以上に素早い、同時に躊躇のないものだった。
「くっ、あの時と同じ大逃げで…!」
素の馬力では明らかに不利なWRX。
何せ向こうのマシンは600馬力を誇るモンスターマシン。
おまけに圧倒的な加速力を持つ以上、ストレート区間では圧倒的に不利なのである。
「(だが、本当の勝負はコーナーに入ってからだ…俺だってそう簡単に諦めるわけにはいかん!!)」
スタート直後の大逃げで逃げていくZ33を必死になって追いかけるケヴィン。
だが、速度は180キロ以上に到達してもZ33は加速を止めずに車間距離を離していく。
一体何が彼女のマシンをそうさせているのか?
大してチューニングに変更がないはずなのに、何故?
前方のZ33は目の前の第1コーナー…右直角ロングコーナーに迫る。
「―――!」
速度が180キロ以上出ている中で、時雨はアクセルをリリース、ブレーキを踏むのと同時に軽くハンドルを左に切る。
マシンは左を向いたかと思いきや、面舵一杯で一気に右へ回頭。
思い切ったフェイントモーションで一気に後輪を滑らせてドリフト状態へ。
速度は180キロ以上から160キロ台まで下がったかと思いきや、走行レーンの左端から右端へとZ33は一気に移動していく。
高速移動状態でドリフトしながらもコーナーを駆け抜けるZ33。
そのまま右端の壁すれすれまでマシンを接近させたところで、ハンドルを左に切り返してカウンターを当てる。
「(このまま逃げる…!)」
隙間10センチ以下というとんでもなく際どいドリフトを披露していくZ33。
一方で速度も160キロ台まで加速しながら、必要最低限の角度でドリフトしていく。
壁スレスレの際どい走行ラインを走りながらも、それでも時雨はアクセルを踏み続けることはやめない。
「(速い…!?同じラインに乗っても、スピードが違いすぎる!!)」
後方でZ33を追いかけるWRX。
明らかに自分のマシンではオーバースピードの速度であのZ33はコーナーに飛び込み、同時にその勢いを維持しながらドリフトしていく。
自分でも流石に躊躇するようなスピード…まさしく電光石火とも言うべき速度でコーナーに飛び込んでは、限界知らずの際どいラインを描いてドリフトしていく。
「(このまま振り切る!)」
コーナー出口が迫る中で、時雨はアクセルリリース。
だがハンドルを左に切り続ける。
コーナー出口は近いのでハンドルは徐々にニュートラルに戻すのが鉄則だが、どういうつもりか?
スピードは160キロを示している。
一方でハンドルを左に曲げ続けていたことで右向きから左へと回頭する。
速度が徐々に下がりながらもZ33は第1コーナーを突破し、わずかなインターバル区間を置いてすぐに第2コーナー…トンネル内の左直角コーナーが迫る。
「(このままの速さで…)」
タイヤのグリップが回復していく中で、Z33は左へと回頭していくのと同時に左ウインカーを出す。
アクセルを再び踏み込んだ上でハンドルを左に切り続けたまま。
エンジンパワーを与えられたことでタイヤが空転し始めたところでZ33は一気に左を向き、右レーンから左レーンへ。
スピーディかつ滑らかに車線変更をしたままドリフトしていく。
ハンドルを左から右へ取り切り返し、後輪を滑らせたままで同時に速度は160キロ台を維持しながらZ33はトンネル区間へ。
トンネルに入ったかと思いきや、ノーズを左端の壁すれすれまで近づける。
典型的なインベタのラインを描きながらZ33はドリフトし続ける。
「(速い…!?コーナーだけじゃなくインターバルでも!?)」
後方でドリフトしながら追いかけるWRXだったが、速度は150キロ。明らかに時雨のそれよりも遅い。
一方でZ33を目で追いかけるものの、それがどんどん離れていくのが分かる。
同じように攻め込みたいが、これ以上踏み込んだら自分の限界を超えてしまう。
そう思ってしまうと、攻め込めない。
「(逃げ切る!)」
後方は見ていないが、マシンの気配は感じない。
どうやら自分は完全に振り切ってしまったようだ。
トンネル内でも壁すれすれまで接近させたかと思いきや、そのままの勢いでコーナーを立ち上がっていく。
速度はまた160キロを示している。
トンネル出口が迫る中で、時雨は再びアクセルをリリースした。
「……!」
第1コーナーの脱出寸前、ケヴィンは時雨のマシンがさらに速くなったことを直感で感じ取った。
第2コーナーの先へと消えていくZ33だが、そのマシンの姿が見え隠れするレベルまで遠ざかっている。
コーナー脱出時にアクセルを全開にして加速するWRXだが、それでも追いつける気配はない。
それどころかさらに距離が離れているような。
明らかに速すぎる、とんでもないモンスターになってしまった…元プロであるケヴィンですらもそう思うしかなかった。
「……」
第2コーナーと第3コーナーの間で、ハンドルを右に曲げ続けることで、多少タイヤを空転させつつも左レーンから右レーンへ。
目の前には右直角ロングコーナーが迫る。
目の前のコーナーに対して明らかにオーバースピードであると認識した時雨は、ブレーキを踏み込む。
これまでは比較的高速コーナーだったが、最終コーナーは今までよりも低速コーナー。
今までの勢いで飛び込んでしまっては走行レーンを飛び出して失速は間違えないだろう。
「―――!」
マシンを減速させるべくブレーキを思いっきり強く踏み込み、速度を160キロ台から140キロまで下げる。
ハンドルを右に僅かに曲げた上でブレーキロック寸前まで踏み込む絶妙なブレーキングで、マシンの態勢をあえて崩す。
真っ直ぐに走っていたZ33は、右へと回頭する。
そこからアクセルオンでタイヤが空転。
そのまま右レーンの左側から右端へと一気にZ33が移動していく。
速度は140キロ台を示したうえで、Z33はドリフト状態へ。
右端へと移動したZ33は、隙間10センチもないレベルのインベタでZ33を最低限のドリフトアングル…45度以下のそれでドリフトする。
長いコーナー区間でもアクセルを絶対に抜かずにハンドルを左に切り続けてカウンターを当て続けることで、Z33をインベタの状態のままドリフトさせていく。
「(吊り橋の先がゴール。ここでケリをつける!)」
コーナー中間から吊り橋が見えてくる。
コーナーの出口が近いということだ。
140キロ台と言う速度でインベタのラインを描いていたZ33は、アクセルをリリースしてハンドルを徐々にニュートラルへ戻す。
タイヤのグリップが回復していく中で、Z33は右端からコース中央へと徐々に膨れていく。
そしてそのまま、タイヤのグリップが回復した瞬間だった。
「―――!」
前方の吊り橋を目掛けてフルスロットルにアクセルを踏み込む。
最後の最後のとどめと言わんばかりの加速で、後方のWRXを置き去りに大逃げ状態。
130キロ台から190キロ近くまで加速して、吊り橋を渡り切ったのだった。
後方のバックミラーを見てもWRXはもうすでにいない。
勝負はもう完全に付いてた。
「(追いつけない…!速すぎる…!)」
一方のケヴィン。
プロレーサーでもあったケヴィンでも、あれほどまでの勢いを見せられてしまってはもう追いつけない。
若さと無謀さが両立するような、彼女ならではのとんでもなく突っ込んだ走り。
だがそれは、以前ラリーをやっていた自分ならできそうであっても…長らく現役を離れていた以上、もう自分にはできない。
自分はもう同じように走れないのだ…そう嫌でも実感するしかなかった。
そしてそう実感した以上、もう自分がバトルをする必要はない。
完全に勝負が決まったと見たケヴィンは、第3コーナー直前でハザードランプを出し、そのままコース左わきにマシンを停車させた。
「(グフフフ…とんでもねえ速さだ。チェイスとバトルをして、また一皮も二皮も剥けたようだな…)」
彼女の速さはさらに増している。
おそらく代表であるチェイスとのバトルでさらに腕を磨くことになったのだろう。
そしてリブラを壊滅させるほどの実力がある以上、もう自分には追い付けない。
とんでもないドライバーになってしまった、とケヴィンは実感するのだった。
◇ ◇ ◇
「っ…通行止め!?」
一方の時雨と奈美子。
ビッグストリートの先の吊り橋を渡り切ったところで、奈美子はあることに気が付いた。
吊り橋の先の通りが、複数台の車で塞がれているのである。
まるで自分たちを通すまいと言わんばかりの対応だった。
そんな状況では、時雨はハザードを出した上で路肩に一旦停止するしかなかった。
「奈美子、見て…リブラのドライバーが続々と待ち構えている!」
「一体、何のために…!?」
時雨としても奈美子としても訳が分からなかった。
一体なぜ自分たちは通せんぼを受けているのか?
なぜリブラのドライバーたちからバトルを受けることになっているのか?
すると、奈美子はあることに気が付いた。
「…そっか!みんなで結託して、サマンサを式典会場に送りこませるつもりなんだわ」
「まさか、そんな!」
奈美子はリブラのドライバーたちが何をしようとしているのかを直感で感じ取った。
そしてそれを聞いた時雨としては、とても止まってられない状態になった。
もし彼女を式典に呼んだら何をするかわからない…そうである以上、何が何でも彼女を探さなくては。
そう思うのも当然だった。
「何としてでも止めないと!」
「わかった…蹴散らそう!」
その場に残っていたドライバーたちに挑むことになった時雨だが、そのことに関しては躊躇なし。
修行の一環と割り切ればいくらでも彼女はバトルが出来るのだった。
一方でその様子を見ていたケヴィンは、WRXの車内から様子を見守っていた。
「これだけのドライバー、俺の現役時に全力で戦ってみたかった…会場で待っている。負けるなよ、時雨!」
様子を確認したケヴィンは、再びWRXを発進させて目的地へと移動していく。
流石に目的地自体は頭に入れていたこともあり、WRXはサッサと移動するのだった。
―――数十分後。
時雨はビッグストリートのドライバーたちを蹴散らして移動している。
その様子はネット中継されて、ニューヨークの人々の話題となっていた。
「時雨…よくもまぁあんなスピードで走れるダスなぁ…さすがにちょっと呆れるダスね」
「あの頃よりもMore Powerしちゃって…更に速くなってるんじゃあ、もう俺らじゃ相手になりそうにないねっ!」
ヘリからの中継を見ている中年男と黒人男。
ラージとスミスである。
彼らからしてみても、時雨の速さは異次元と言っても過言ではなかった。
すると、スマホの時刻をラージがあることに気がついた。
「おっと…もう時間ダス。スミス、原稿を用意するダス!『あの車』について、技術部門のスピーチがあるダスよ!」
「ヘイ!ラージ!ギガカロリーバーガーは置いて行ってくれっ!スピーチ中に食べちゃダメだよっ!」
そう言って2人は会場へ移動していく。
◇ ◇ ◇
推奨BGM:FRONTAL IMPACT(from SUPER EUROBEAT vol.179)
―――同じ頃。
「…おかしいわ。さっきのドライバーたちは倒したけど、まだ道が封鎖されている…?」
奈美子は走り続けているうちに疑問に思っていた。
道路が封鎖されて、一定の方向に移動させられているのだ。
その言葉に対し、時雨は気がついたかのようにこう口にする。
「間違えない…コースに誘導されているんだ!」
「じゃあこれ、チェイスさんの時と同じってこと…?」
だが奈美子がそう言いかけた時、時雨はこう口にする。
「多分ね…でも待って。ギャラリーがいつも以上に多い…それにみんな笑顔だよ」
「写真も撮ってる…?一体どうして…」
時雨も奈美子も、ギャラリーがいつも以上に多いことに気が付いていた。
どうやら自分たちがかなり注目されているようだ。
だがそんな中で繁華街を走るZ33の前に、ある車が迫る。
「待って…あの車は!」
前方を走るイタリア製スーパーカー。
黒のランボルギーニ・ガヤルド。
となるとドライバーは1人しかいない。
「ガヤルド…?ってことは、リッカルド!」
「だね…!」
「コースも近いわ。この先のコース、マネーストリートで追い抜きましょう!繁華街からのスタートになるわ!」
「わかった…踏んでいくよ!」
時雨はそう言い切ったところで、前方に意識を集中させる。
Z33はあっという間にガヤルドに追いつき、ガヤルドのテールに付けた。
「来たな…時雨。こんなに早く再戦できるなんて、思わなかったぜ…だが…悪くはねえ。サプライズだろうが勝負は勝負だ!オメーをぶっ倒して、最高にハイな夜にしてやるぜ!!」
リッカルドとしては再戦がこんなにも早く来ることは想定もしていなかった。
そしてそうである以上、あまりにも好都合であるとも思っていた。
2台がテールトゥノーズの状態でマネーストリート復路のスタート地点を通過する。
スタート地点までに2台の速度は既に180キロ以上まで加速していた。
目の前には早速第1コーナーである左直角ミドルコーナーが迫る。
スタート地点を通過したのと同時に2台が左レーンへ移動。
そのままコーナーへと飛び込んでいく。
「(アイツの走りは極限まで内側に詰め寄るインベタ走法!ならばインを開けなきゃあ…)」
リッカルドは時雨の走り方を限界までコーナーの端まで詰め寄るインベタ走法であると認識していた。
もしここでも同じやり方をするというのであるならば、その対策は非常に単純。
プロとして仕事をしていたこともある以上、自分だって同じスピードで飛び込めないことはないのだ。
ブレーキを早めに踏み、サイドブレーキを引く。
速度が180キロ台から130キロまで下がったところで左にハンドルを切り、ガヤルドを一気にインコースへ。
その巨体を左に振り回し、一気に左端のインベタのラインへドリフトさせていく。
「(よし…インは潰した!ヤツの走りなら…)」
相手の走りは極限までインベタに詰め寄る限界知らずの走り。
そしてそうであるのが分かっている以上、ここでも同じように攻め込んでくるに違いない。
先手を取ったのならば、そのラインを潰すまで…ここまでは計画通りだ。
だが、そう思った時だった。
「(…遅い!)」
「(な、に!?)」
コーナー左端をドリフトしていたガヤルドと、中央のラバーポールの間…それこそ、左レーンに存在していたアウトコースの隙間。
車1台ギリギリ分のそのスペースに、Z33はその車体を飛び込ませた。
そしてサイドバイサイドになったかと思いきや…その捻じ込ませた車体のノーズがガヤルドのノーズより先に出た。
「(詰めすぎだよ…そんな露骨なライン潰しじゃダメだ)」
「(外から!?)」
金色のマシンによる誘惑というべきか。
同じレーンでライン潰しをしたはずが、露骨すぎて逆にアウトコースがガラ空きに。
おまけにどちらにせよコーナーリングスピードがZ33の方が上だったこともあって、あっさりと追い抜きを許してしまった。
「(抜かれた…!?そんなあっさりと前に!?)」
ギリギリのスペースへと飛び込んだZ33は、そのコーナーリングスピードを生かしてあっさりとガヤルドの前に出た。
繁華街区間のコーナーにおける2台の追い抜きはあまりにもあっさりと、そしてとんでもないほどの瞬殺具合だった。
「(クソッ…!相手のライン潰しに集中したのか、速度を落としすぎた!!)」
後方からのプレッシャーに屈したのか、それとも相手を意識しすぎたのか。
プロとは思えないミスだった。
「ちっ…!」
あっさりと追い抜かれたが、パラレルドリフト状態となるZ33とガヤルド。
だが、その車間距離は少しずつ着実に開いていく。
ガヤルドの速度は140キロ近く出ていたが、Z33は明らかにそれ以上。
150キロは出ているのかもしれない。
先行するZ33がコーナーを脱出し、インターバル区間へ。
それを追いかけるようにリッカルドも、4WDのガヤルドにおいてアクセルオンで勢いのままコーナーを脱出する。
「(だが、この先のコーナーは…!)」
次のコーナーは右直角ロングコーナー。
そこまで速度が乗る必要もないが、同時にコーナーリングスピードも決して高いわけではない。
スピードが乗る必要がないし、向こうに食らいつこうと思えば食らいつけるはず…そう思った。
目の前のZ33は左レーンから右レーンへ。
それを追いかけるようにガヤルドも右レーンへ。
先行するZ33が軽く左を向いたかと思いきや、ブレーキを掛けて一気に右へと回頭。
速度は160キロ台から130キロまで下がった上で、フェイントモーションでコーナーへ飛び込む。
一方のリッカルドもブレーキを踏み込み、速度調整をした上でサイドブレーキを引いて強引にガヤルドをドリフトさせる。
だがそれでも、2台の車間距離は開いていく。
「(は、速い…!)」
コーナーへ突っ込むスピードが明らかに自分のそれよりも上。
それでいて外に膨れていないのは、やはりフェイントモーションの恩恵か。
フェイントモーションで飛び込んだZ33はすぐに、コーナーの内側へとそのラインを描いていく。
130キロ台のスピードを維持しながらZ33は、そのノーズと右端の壁との隙間10センチ以下…それこそ文字通りのスレスレのラインをドリフトで駆け抜けていく。
同時にそのドリフトアングルも必要最低限と言うべきものであり、45度あるかないか…文字通りのスピード重視のドリフトだった。
軽量スポーティなZ33が、後方のガヤルドを引き離していく。
後方のガヤルドもコーナーに飛び込んだが、こちらの速度は120キロ台。
車間距離は先ほど以上に広がっていく。
あっという間に車1台~2台分までは広がっていた。
「(離される……!)」
時雨と同じラインでドリフトしようとしても、速度が足りない。
同じスピードではドリフト出来ないし、同時に同じラインに乗ったら自分はクラッシュしてしまうだろう。
嘗てプロとして多くの経験を積んだことで出来上がった、一種の警報装置が脳裏で響いていた。
それほどまでに、時雨のドリフトはあまりにもアグレッシブであり怖いもの知らずだったのだ。
長い直角コーナーで、相手のマシンはガンガンアクセルを踏んでいるに違いない。
だがそれは、ガヤルドのコーナーリングスピードよりもさらに速いという事。
同じラインに飛び込んでもコーナーリングスピードで負け、同じスピードでドリフトしても同じラインに飛び込めない。
それくらいなまでに、Z33のドリフトは際どいものだった。
前方のZ33はコーナー出口に迫るにあたって徐々にアウトへと膨れていったが、ラバーポールスレスレを走り抜けた時に繁華街区間…コーナー区間を脱出。
コーナーを脱出したことでアクセルを全開に踏み込み、吊り橋上のストレートへと加速していく。
「くっ…!」
前方を走るZ33を追いかけてアクセルを踏み込むリッカルド。
前方のマシンを追いかける以上、アウトに膨れようが関係ない。
何せもうコーナー出口…それこそ繁華街区間の出口に近いのだ。
アクセル全開にしたことで、ドリフトが収まっていくガヤルド。
そしてそのままコーナーを脱出する…が、Z33との車間距離はさらに広がっている。
向こうのマシンの立ち上がりのスピードが速いのだ。
わずか数キロ以下、されど数キロ以下。
そのコーナーリングスピードの違いが、立ち上がりの後のストレートスピードに大きな差を与えていた。
ガヤルドが160キロ近くに達しようとしていた時、先行するZ33は190キロは出ているも同然。
既に吊り橋の半分を渡り切り、完全に振り切ろうとしていた。
「(ついていけねえ…ストレートでの伸びが違う!」
吊り橋上において、2台の車間距離はぐんぐんと引き離されていく。
そうなってしまった以上時雨の実力にはもうとても追いつけない。
そう認識したところで、先行するZ33は吊り橋を渡り切った場所にある第3コーナー…右直角コーナーの先に消えた。
ガヤルドの場所は吊り橋の5分の3を渡っているところだった。
こうなってしまった以上、もう追いつけないのは誰が見ても明らかだろう。
「(とても俺の相手じゃねえのか…!)」
そう認識したリッカルドは、アクセルを抜いてハザードボタンを押す。
ゆっくりと減速したガヤルドは、やがてコースの右端に停車するのだった。
「チッ…プロになるためにしっかりと鍛錬を積んできたようだ。こりゃあ、デビューしたら早々にとんでもない台風の目になりそうだな」
吊り橋を渡り切った場所…コース右脇の路肩にガヤルドを止めたリッカルドは、時雨が将来大物になることを直感していた。
プロデビュー前の今でさえ自分たちをこうもあっさりカモってしまう実力の高さ。
ストリートと言う狭いフィールドで終わるはずのない人間であるとリッカルドは認識するのだった。
「だがまあ、この俺も未熟だってことか…へっ、プロをやめた奴がもっと速く走りたいと思うなんて…バカみてえだぜ。ヤキが回ったもんだな…!」
同時にリッカルドにとっては、自分自身が失っていた情熱のようなものが再び自分に戻ってくるような感覚であった。
そしてそんな感覚に溺れそうになる中で、リッカルドは合同式典会場へとガヤルドを移動させるのであった。
◇ ◇ ◇
―――同じ頃。
「時雨、気づいてた?」
「何に?」
「上空をヘリが飛んでるのよ…私たちを撮っているみたい…」
「ヘリって、ヘリコプター?じゃあ、空からも追跡が?」
奈美子はバトルの最中、上空からヘリコプターで追跡されていることに気が付いていた。
時雨はほとんど気が付いていなかったが、一部で上空から照らされていたこともあって奈美子は気が付いてた。
「ええ…おそらくね」
「でも前には次のドライバーもいる。一体何が起きているんだろう?」
時雨としては何が起きているのかが全くもってわからなかった。
上空からも地上からも注目されている。
一体何が始まろうとしているのか?
すると、その様子を見た奈美子が改めて声を掛けた。
「…やることは変わらないわ。サマンサを止める…何があっても!」
「わかった。踏んでいくよ!」
奈美子の言葉に、時雨は再びアクセルを踏み込んで次のコースへと移動する。
コース脇は封鎖されているが、一部は解放されている。
それはどうやら、次のコースへと誘導するかのようなナビゲーションと化していた。
それらを認識した時雨と奈美子は、Z33を次のコースへと移動させる。
―――リッカルドを倒した頃。
「あれほどの人脈もドラテクも怪物クラスのドライバーを、罠にハメてバトルしてたんだと思うと…自分がバカらしく思えてくるわね」
「お前……そんなことやってたのか?真面目な営業のお嬢さんかと思ってたが、想像以上にゲスいな、お前」
ケミックのアビゲイルとオクティのクロエが、中継映像を見ながら互いにそう会話していた。
どうやら、時雨が爆走している様子を写した中継の映像を見てアビゲイルは自分自身に呆れていたようだ。
「野心的と言ってほしいわね。あの頃はケミック&モレックを変えるために幹部になってやろうって必死だっただけよ…まあ、オクティと合併しても幹部になろうって気持ちは変わらない…ちゃんと正攻法で、のし上がってみせるわ」
アビゲイルは自分自身が必死になっていたという事を実感していた。
だが同時に、あの2人に負けたことがきっかけで自分の不甲斐なさを理解し…正攻法でのし上がりたいとも痛感していた。
その様子を見ていたクロエは、どこか彼女の性格を認めるかのようにこう口にした。
「ハッ、そのほうがお前らしいぜ。じゃ、営業戦略の発表と『あの車』の発表記念パネルにライブペイントをしに行こうぜ」
「そうね…是非、イカしたペイントにしてちょうだい。最高にロックなものをね!」
クロエの言葉に対して、アビゲイルは「最高にロックなものを」と注文するのであった。
そう言ってクロエとアビゲイルは式典会場のイベント会場へと足を運ぶのだった。
◇ ◇ ◇
推奨BGM:KOOKY SPOOKY(from SUPER EUROBEAT vol.195)
―――同じ頃。
右車線を走るZ33の前に、ある車が現れようとしていた。
「(あ~、来た来た~。時雨が来たわ~。前にバトルしたときより速くなってる~)」
通りを流していたレベッカのマシン…マスタングファストバックの後方にZ33が近づいていく。
「ヘイヘ~イ!2人とも~、リベンジだよ~!女神の本気を見せてあげるよ~!前も本気だったけどね~!」
ハザードを出してバトルをするように促すレベッカ。
Z33の前方に付き、スタート地点へと誘導していく。
「あの車は…」
「レベッカ…!やっぱりサマンサのお姉さんとして、妹のためにバトルをするのね!」
「間違いないね。それにしてもケヴィンにリッカルド…そして義姉のレベッカ。サマンサはよほど信頼されてたんだね」
時雨はこれまでのバトルを通し、サマンサは多くの人間に信頼されていたという事を実感した。
そうでなければ、彼女のためだけに再びバトルを申し込んでくることはないだろう…そう思った。
だが、そんなしんみりとした空気の中で奈美子が檄を飛ばすようにこう口にした。
「…ダメよ、時雨。そういう感情はハンドリングを鈍らせるんだから…ツライのは私も同じよ。でも、走らなきゃ!!そう決めたんだから!」
「そうだね…バトルとなる以上、油断はしない!」
前方を走るマスタングにパッシングをして、バトルをするように促す。
「さすがサマンサ、罪な女よね~。時雨みたいな素敵なドライバーを本気にさせちゃうんだからね~いつか私も~…時雨を熱くさせられるようになりたいな~!でも今は~、いっぱい楽しんじゃお~!」
「この先はコースだ…向こうがスタートしたら、僕も踏んでいくよ」
「この先は…トライストリート!時雨、頑張って!」
繁華街区間を走る2台が、トライストリート復路のスタート地点を通過した。
その瞬間、レベッカはアクセルを踏み込んで先制攻撃を仕掛けるように加速していく。
「速くなったわ!油断しちゃだめよ、時雨!」
「―――!」
「幸運の女神は~、チャンスを二度も逃さないわよ~!!」
前方を走るマスタングを追いかけるように、時雨もアクセルを全開に踏み込んでいく。
繁華街付近のスタート地点直後に存在する、ストレート区間を2台が駆け抜けていく。
「(先手を取った以上、抜かせるわけにはいかないわ~)」
先手を取った以上、相手には絶対に前を出させない。
それくらいの気持ちでいた。
リッカルド同様、前を取ったらあとはとにかく逃げきる手法である。
マスタングだってそれなりに大きいマシンである以上、通せんぼと言う手立ては有効だろう。
スタート直後のストレートではマスタングは完全にZ33をブロックし、先行させまいと加速している。
だがそのブロックもやがてマスタングが左レーンへと移動し、第1コーナー…左直角コーナーへと備える。
「(同じラインに乗っていたら向こうの思うがままだ…)」
どこかで追い抜きに行かなくてはならない、と考えた時雨。
だが下手に長期戦にすると、仮にサマンサといざバトルすることになったらそれこそマシンの状態がどうなるかわからない。
今既に20人近く倒しているが、あと何人残っているかも想像ができない以上、フルパワーを短時間だけ発揮してさっさと相手の心を折ってしまうのが得策なのではないか、と時雨は考えていた。
「(相手に乗せられちゃダメなんだ…僕なりのやり方で行く!)」
相手と同じ走りをしていたら、付いていくことは出来るかもしれないが、追い抜くことは出来ない。
だったら早めに仕掛けてしまうべきではないか。
そう思った時雨は、前方のマスタングには追従せずにZ33を右レーンに留める。
「(ふふん、インを閉めちゃえばこのマスタングの性能を…)」
ブレーキを掛けてコーナーに備えるレベッカ。
マスタングは190キロ近くから140キロ台まで下がった。
早めにブレーキを掛けて、コーナーの内側まで攻めていく。
前の走りでは思いっきりインコースを走っていた以上、インさえ閉めてしまえばこっちのものだと思っていた。
ブレーキングからハンドルを左に曲げ、アクセルオン。そこから右にハンドルを切り返してカウンターを当てる。
タイヤの空転と共にマスタングをドリフトさせ、第1コーナーである直角コーナーを攻める。
レーン中央から一気に左に寄り、そのままアウトインアウトのラインへ。
時雨の走行ラインにも匹敵するくらいのラインでマスタングをドリフトさせる。
隙間は数十センチはあるが、それでも時雨にも負けず劣らずのドリフトである。
これくらい攻め込めば、相手は攻め込んでくるまい。
だが、その時だった。
「…え?」
ドリフトしている際、バックミラーがピカピカと光り続けていた。
光源は言うまでもなく相手のZ33だ。
そしてその光源は、少しずつではあるが眩しくなっているように感じる。
「(外から…ついて来れている!?)」
ドリフトアングルの付けすぎか、それともスピードが遅いのか?
どちらにせよ、Z33が大外刈りを仕掛けてきている。
それも、同じレーンではなく…右レーンで、である。
だがそれを認識したところで、マスタングの前にコーナー出口が迫る。
「っ…!」
アクセルオフからハンドルをニュートラルに戻し、タイヤのグリップを回復させる。
そしてコーナー脱出と共にアクセル全開。
こうすれば追いつけまい…そう思った。
「…!?」
マスタングがコーナーを脱出してワンテンポ置いたところで、後方からZ33がじりじりと接近している。
言ってしまえばコーナーリングスピードの差によって2台の車間距離が縮まっているのである。
繁華街区間のインターバル区間。
次のコーナーまでのストレート区間の長さはそれなりにあり、その長さを生かしてZ33が確実に追い上げてきていた。
「(まさか、向こうのコーナーリングスピードが速い!?)」
アウトコースであったにも関わらず、あのZ33は自分のマスタングに食らいついてきた。
速度は160キロは出ているが、向こうはそれ以上。明らかに170キロ近くは出ているだろう。
それどころか、インターバル区間において2台は完全に並走状態になってしまった。
相手のライン潰しをしようとしたが、逆にライン潰しを受ける羽目になってしまうとは思ってもいなかった。
「ちっ…!」
次のコーナーである右高速コーナーに備えるためにはどうしても減速するしかない。
一瞬ブレーキをフラッシュさせ、速度を減速させたかと思いきやZ33を先行させる。
完全に追い抜いたところでZ33を捉えるべくウインカーを出したうえで右レーンへ移動。
右レーンに移動してスリップストリームに付いたことで多少は車間距離が開くのが抑えられたが、それでも少しずつ離されようとしていた。
だが、離されかけたところでZ33のブレーキランプがフラッシュした。
「―――!」
前方のZ33のブレーキランプがフラッシュしたこともあり、2台の車間距離はテールトゥノーズ状態に。
同じ走行レーンでも外側から大外刈りを仕掛ければチャンスはいくらだってあるだろう。
そう思ったレベッカもブレーキをフラッシュさせ、ハンドルを一気に右に切ってドリフト状態へ。
その大きな車体を強引にテールスライドさせ、ドリフトさせながら大外刈りを決めようとしていた。
だが…ここであることにレベッカは気が付く。
「(っ…塞がれている!)」
Z33のボディが、右レーン全体を塞いでいた。
右レーンの左端にあるコース中央のラバーポールに接触したら失速間違えなしである以上、とてもマスタングのボディを捻じ込むだけの隙間はなかった。
右端においても、右端の壁とマスタングのノーズの間の隙間は狭すぎて飛び込めない。
これも相手の作戦なのか、それとも相手のミスなのかはわからない。
おそらくドリフトアングルをある程度つけて、コース中央を走ることで完璧に走行レーンを塞いてしまおう、という算段なのだろう。
何にせよ走行レーンが塞がれてしまっていては、追い抜くことは出来ない。
仮に左レーンに移動しても、ラバーポールとの接触は待ったなしだろう。
追い抜こうにも追い抜けないことは、レベッカにとって明らかなストレスになっていた。
「(退いてよ…!)」
パラレルドリフトを決める2台だが、その車間距離はつかず離れず。
アクセルを全開で踏み込んでドリフトさせていて、おまけにZ33を押し出そうとプレッシャーを与えても全くもって動揺が見られない。
完璧に自分の走りをしていて、相手の動向なんて気にしていないも同然。
自分の事しか見ていないのか、もうレベッカを相手にしていないかはわからない。
だがそれでも相手にされていないというのは言うまでもない事実だった。
「(こうなったらストレートで…!)」
コーナーで相手の思うつぼであるというならば、ストレートで何が何でも食らいついてオーバーテイクする。
自分は元々オーバルレースをメインに走っていた以上、そういう追い抜きは得意だ。
コーナーで無理に勝負を仕掛けずにストレートで追い抜いてしまえばいいのだと、レベッカは認識した。
コーナー出口を示す、トンネルの入り口が迫る。
先行するZ33がドリフトを収めていく中で、マスタングも僅かに離れてタイヤのグリップを回復させる。
「―――!」
先行するZ33がコーナーを脱出し、アクセル全開でトンネル区間へ。
一方のマスタングもそれに食らいつかんとアクセルを全開にしてZ33に食らいつく。
だが、マスタングがトンネル区間に入った時だった。
「(じりじりと離される…振り切られる!?)」
先行するZ33がそのパワーを生かして後方のマスタングを振り切りにかかっていた。
マスタングの速度が150キロは出ている中で、Z33はそのマスタングを振り切ろうとしている…となると間違えなく160キロは出ているだろう。
ストレート区間においてもそのコーナーリングスピードの差もあってか引き離されていく。
トンネル区間において、2台の差は確実に広がっていた。
「(仕掛けるなら、この先の高速コーナーとストレートだ)」
Z33を操縦する時雨は、そう認識した。
相手のマシンは確かに速いが、同時に早期決着を目指す必要がある。
そしてそうである以上、下手に長続きさせるのは愚の骨頂。
こうなれば次のコーナーを攻め込んで、その勢いのまま吊り橋上のストレートを全開走行で走り抜ければよい。
そう認識したところで、目の前にトンネル出口…第3コーナーである右高速コーナーが迫る。
「―――!」
アクセルオフからブレーキを強く踏み込んでフラッシュさせ、そのままハンドルを一気に右に曲げてアクセルオン。
そこからハンドルを左にわずかに切り返してカウンター。
一連のドリフト操作自体は慣れたものだが、それでも時雨は手を抜くことはない。
何せ相手は元プロレーサー…油断したらどこからともなく追抜きに来てしまうだろう。
そう認識した以上、何が何でも相手を封じて勝利にこだわる必要がある。
ハンドルを左に切り返して調整している中で、Z33は50度程度のドリフトアングルを維持しながら右レーンのど真ん中をドリフトしていた。
「(っ…!)」
レベッカにとっては完全に塞がれてしまったも同然。
コース中央をある程度のドリフトアングルでドリフトすることもまた、相手の追い抜きを抑制するための手段なのである。
ドリフトアングルはZ33と同等のそれを維持しながら、Z33と同じ速度…ではなく、5~6キロ程度だけマスタングが遅い状態でコーナーをドリフトさせる。
いくらアクセルを踏み込んでも、接触なんてしたらシャレにならない以上…レベッカにとってはもはや踏み込めないものだった。
先行するZ33は、また徐々にマスタングとの車間距離を広げるのだった。
「(これで終わらせる!)」
Z33の後方ミラーの光源が徐々に小さくなっていることに気が付いた時雨。
これはもう相手の精神が限界同然なのだろう…そう時雨は決断した。
「―――!」
コーナー出口でアクセルオフ、そのまま僅かに左に曲げていたハンドルをニュートラルに戻す。
そしてタイヤのグリップが回復し、前方を向いたところで吊り橋上のストレート目掛けてアクセルを全開に踏み込む。
速度は150キロ台から200キロオーバーまで加速していく。
その加速の高さにレベッカは驚愕するしかなかった。
完全に自分のマシン以上のそれなのである。
追いつこうと思えばできるかもしれないが、それでもレベッカにはもはや追いつく自信がなかった。
「(うわぁ…こうもアッサリ振り切られるなんて…)」
もはや敵う相手ではない。
そう認識した以上、降参するしか無かった。
負けを認めたレベッカはアクセルを抜き、マスタングを減速させていく。
減速させていく中で、Z33は走行レーンを右から左に移したかと思いきや、そのままブレーキを掛け、後輪を滑らせながらヘアピンコーナーの先に消えた。
「うぅ~、ぶっちぎられた~…」
マスタングを路肩に止めた時、レベッカは完敗だと認める様にそう思ったが同時にある感情も浮かんだ。
「(でも…ほんっとサイコ~!私を必要としている人たちとの仕事が終わったら~また走ろうね~時雨~!)」
彼女自身、時雨と走れた事には心から満足していたのだった。
「レベッカは振り切ったけど…なんであんなに楽しそうだったんだろう?」
「僕とバトルすることが楽しみだったとか?」
振り切ったZ33の車内で、奈美子はふと疑問を口にして時雨はそれに答えていた。
レベッカの走る様子は、バトルするというよりはランデブーを楽しむ、といったものだった。
バトルをしたかったのかもしれないが、それ以上に走りを楽しんでいた。
しかしそれがなぜ、そうなったのかは2人にはわからなかった。
「うーん、どうだろう…」
「でも、レベッカは待ち伏せしていた。じゃあ次はまさか、チェイスさん…?」
ここまで、リブラの幹部ドライバーたちと時雨はバトルしてきた。
そしてそうである以上、次のドライバーは…ほぼ間違えなくチェイスだろう。
そう2人は認識する。
「そうだね…間違いないと思う。気を引き締めていこう!時雨!」
「わかった…踏んでいくよ!」
次のコースへと向けて、時雨は再びZ33を疾駆させる。
―――同じ頃。
「(時雨と走ってたら、なんだかサーキットが恋しくなっちゃったなぁ~。フフッこんな楽しいこと、思い出させてくれるなんて…時雨、ありがとね~これで気兼ねなく、今度の『仕事』に打ち込めそうだわ~)」
レベッカは胸いっぱいに、またサーキットを走りたいという思いがあるのだった。
そしてそんな思いを胸に、レベッカも式典会場へと移動していく。
―――レベッカが敗れた頃。
「…って、メッセージがレベッカから来てたのよー!時雨ってホントに凄いドライバーよねー!」
「……」
オリビアはレベッカからメッセージを受け取っていた。
オリビアの言葉に対し、その場にいたビクトルは静かに黙ったまま前を見ていた。
だがそれを気にしないかのように、オリビアは言葉を続ける。
「やっぱりビクトルもそう思うのねー!うんうん、さすがオクティの内装担当!表じゃなくて心の内側も見てるってことね!」
「……」
オリビアが一方的に話すが、ビクトルは大きく息を吸い込んで吐き出している。
するとオリビアが気になることを口にした。
「で、どうかしらー?色々と話しかけてみたけどー、『あの車』の内装についてのコダワリをちゃんとスピーチできそうなのー?」
「……」
オリビアの言葉に対し、ビクトルは裏で静かに緊張しつつも、頑張って話すと心に固く誓いつつ、静かに頷いた。
◇ ◇ ◇
推奨BGM:HOT VAMPIRE(from SUPER EUROBEAT vol.193)
―――そこから数分後。
「…時雨、気づいてる?バトルしているドライバーたちが…」
「この速さ…間違いないね。チェイスさんの取り巻きのドライバーだ!」
時雨は何度かバトルを行っていたが、チェイスの取り巻きのドライバーたちが増えてきたことに気が付いていた。
間違えなくチェイスが近づいているだろう…そう認識した。
―――一方、少し離れた場所にて。
『代表、あと1分もしないうちに合流予定です。準備をお願いいたします』
LFAの車内で時雨のマシンを待つチェイスは、リブラのドライバーから連絡を受けていた。
だが、リブラのドライバーの言葉に対し、チェイスはこう言った。
「リブラはもう無くなった。だから俺もただの『チェイス』だ。そう呼べばいい」
すると電話相手のドライバーは、こう口にした。
「いえ…『北の伝説』チェイス・クロウが、今も我々の代表であることに変わりはないのです」
チェイスはやはり自分たちの尊敬する相手である、ということを断言するかのようにそう口にした。
その言葉に対し、チェイスは軽く微笑んだ。
「ならば、代表として言わせてもらう…同胞たちよ、式典会場で会おう」
そう言ってスマホの終話ボタンを押して、路肩に止めていたLFAを発進させる。
「(仲間…か。自分で言ってなんだが、存外こそばゆい。この齢になっても、共に走ってくれるドライバーがいるとは…)」
LFAをローリング走行させているなかで、チェイスはふとそう思った。
そう口にしたところでバックミラーが眩しくなる。
どうやら例のマシンが迫っているようだ。
「時雨!!チェイスさんのマシンが!」
「遂に来たね…踏んでいくよ!」
チェイスのマシン…黒のLFAを目視した瞬間、時雨はアクセルを全開に踏み込んでLFAを追い抜く。
「この先は…マネーストリート!上り坂の後に左直角コーナーよ!」
「わかった…!」
奈美子がこの先のコースを公言し、時雨も次のコーナーへと早めに備えるのだった。
速度があっという間に180キロオーバーに達する中で、Z33は右レーンから左レーンへと移動する。
「(時雨、お前も仲間の1人だ。娘は…いい友達を持ったな。俺に勝ってみせろ。そして娘に…サマンサにたどり着け。お前たちの友は、俺の先で待っているぞ!)」
チェイスとしては時雨は十分に自分の仲間であり、サマンサはいい友達を持ったことをよく理解していた。
そしてそうである以上、改めて本気でバトルをしたいと認識していた。
先行したZ33を追いかけるべく、チェイスもアクセルを全開にして踏み込んでいく。
左レーンに移ったZ33と、それを追いかけるLFA。
2台の車間距離はテールトゥノーズの状態だった。
2台の速度は共に190キロ近くまで出ている。
「(ギリギリまで相手を引き付けるんだ…)」
自分の限界までZ33のブレーキングを我慢する時雨。
目の前のコーナーは左直角コーナー。
相手のブレーキングを粘り、限界スレスレの速度でコーナーに飛び込むようにする。
粘って粘って…相手の動揺を誘うのだ。
「っ…!?」
限界ギリギリまでブレーキを我慢するZ33。
だが、チェイスにとってはそれが我慢ならなかった。
多くの経験を積んで車の事をわかっている以上、ブレーキ制動距離の事は自分でも把握している。
言い換えてしまえば、コーナー手前のどこでブレーキを踏めばよいかを自覚しているのだ。
明らかにオーバースピードで飛び込もうとしている以上、事故を起こしても間違えない。
目の前のZ33は左コーナーにもかかわらず右を向いている。
だが、チェイスがアクセルオフからブレーキを踏み込んだ瞬間だった。
「…!?」
Z33のブレーキランプが点灯してのはチェイスがブレーキを踏んだワンテンポ後だった。
そんな速度で曲がるのか?
そう思った瞬間だった。
ブレーキランプが点灯したところで、Z33はタイヤを一気に左に曲げて右向きから左向きへ。
オーバースピードからのフェイントモーションで、一気に方向を変えたかと思いきや後輪を滑らせてドリフト状態へ。
そのまま走行レーンの右端から一気に左端へと突っ込むZ33の姿は、あまりにも滑らかなもの。
一方のチェイスも早めのブレーキングからハンドルを左に曲げ、LFAをドリフト状態へ。
コーナー右端からクリッピングポイントとなるコーナー中間のレーン左端へ、勢いのままドリフトするZ33。
そしてそれを追いかけるかのようにハンドルを右に切り返すことで、パラレル状態でドリフトするLFA。
だがそれでも、前方を走るZ33のコーナーリングスピードが速いのか、2台の間の隙間は開いていく。
LFAの速度が140キロ台なのに、Z33は160キロ近くは出てるくらいの勢い。
そうである以上、引き離されるのは当然だった。
「(離される…!?)」
チェイスとしては驚くしかなかった。
プレッシャーを与えても全くもってビクともしない。
走りに焦りが露になっても、動揺がほとんど見られない。
それどころか、その焦りが彼女の走りを更に際どいものにさせている。
ドライバーのメンタルがほぼ正常であるはずのLFAが、コーナーリングスピードで負けている。
とんでもないことが目の前で起きていた。
「(あいつは間違えなく焦っているはず…なのになぜ、そんなに速く曲がれる!?)」
チェイスは先程プレッシャーを与えたことで、時雨が焦っているに違いないことを認識していた。
確かに先程後方に付けたこともあり、間違えなくプレッシャーを与えることは出来ていた。
だが彼女はそれを一切気にしないか、或いは撥ね退けるかのようなメンタルの強さを持っているに違いない。
そうチェイスが認識したところで、先行するZ33はアウトに膨れつつタイヤのグリップを回復させ、タイヤをニュートラルにしたところで再びアクセルオン。
前方のインターバル区間へ向けて加速していく。
一方のチェイスもそれに食らいつかんと、アクセルオフからハンドルをニュートラルに戻してタイヤのグリップを回復させる。
そしてコーナー出口のラバーポールスレスレをLFAの右サイドが通過したところで、アクセルオンで加速させる。
LFAが誇るV10エンジンが咆哮を上げるが、それでもZ33のそれには追い付けない。
コーナー脱出時の速度でもZ33の方が上だったのである。
「(一秒でも早く、彼女にたどり着くんだ)」
時雨の焦りとも言うべき思いが強くなる。それに呼応するかのように、Z33は加速していく。
時雨は短いインターバル区間でも、アクセルを踏み続けることをやめなかった。
一秒でも早く、相棒を裏切ったドライバーの元へたどり着くためにも…すぐにでも勝負を終えて、その場所に行きたい。
そんな思いが時雨の中で強くなっていた。
「(まさか…いやそんな、あり得るのか!?)」
インターバル区間で先行するZ33を追いかける中で、チェイスはふとある可能性に気が付いた。
ドライバーの中でも希有な才能。
もし彼女が自覚せずとも、その才能があったというならば…
自分はもしかしたらとんでもないモンスターを目覚めさせてしまったのかもしれないし、同時にリブラが壊滅されたことも、多くのライバルたちを魅了したことにも合点がいく。
Z33のテールとLFAのノーズの車間距離が車0.5台分以上にまで広がっている。
そんな状態の中、先行するZ33は第2コーナーである左直角コーナーへと飛び込もうとしている。
先程と同じく軽く右を向いたかと思いきや、ブレーキランプが点灯した直後にそのまま左へと向きを急激に変える。
そこから後輪を滑らせてアクセルオン、ドリフト状態へ…お馴染みのフェイントモーションではあるが、そのスピードは明らかに先程よりも上がっていた。
速度は150キロは出ているだろう。ドリフトアングルも60度あるかないか。
明らかにギリギリの状態で、Z33はノーズ先端と左端の壁の隙間10センチあるかないかと言うクリッピングポイントを駆け抜けていく。
「っ……!」
Z33に追従せんと限界までブレーキを我慢するチェイス。
そしてZ33がブレーキを掛けた地点でチェイスもブレーキを踏んだかと思いきやこちらはサイドブレーキを引いて強引にLFAをドリフト状態へ。
速度が170キロ台から150キロまで下がり、走行レーンの右端から左端へとラインを描く。
こちらもドリフトアングルは60度程度、LFAのノーズと左端の壁との隙間は数センチ近いもの。
下手をしたら時雨以上に攻め込んでいる。
ハンドルを右に曲げてカウンターを当てつつもアクセルを全開まで踏み込み、Z33に少しでも食らいつかんとする。
傍から見れば秀逸なレベルのパラレルドリフトではある。
だがそれでも、LFAは確実に車間距離を離されていた。
「(これだけ攻めても追いつけない…やはり、間違えない!)」
LFAがクリッピングポイントを抜けてアウトへ膨れようとしていた時、前方を走っていたZ33は既にコーナーを脱出してストレート区間へ。
完全にLFAを振り切りにかかっており、その速度は到底追いつけないものだった。
Z33は完全にLFAを振り切る勢いでコーナーを脱出し、前方の吊り橋…ロングストレート区間へと飛び込んで加速していく。
その勢いは、コーナーリングスピードの速さもあって完全にLFAを置き去りにせんと言わんばかりのものだった。
天高く上る龍のような勢いのまま、Z33は完全にLFAを振り切る。
LFAがコーナーを脱出したところで、Z33は吊り橋を4分の3渡り切って完全に振り切っていた。
ニトロを使わずして、Z33はその実力でLFAを圧倒したのだ。
そして同時にチェイスは、これまでに感じ取っていた疑念が確信へと変えていた。
「(奴はまさしく秩序の破壊神…それを彷彿とさせる、怒りや悲しみ、それに焦りといった負の感情を…車を速く走らせるパワーに出来る、希有なドライバーだ…!)」
チェイスは時雨の走りの秘訣を、「負の感情を走りに還元できること」と認識した。
怒りや悲しみ、焦りや不安といった負の感情は、大抵の場合ドライバーに悪影響を与えるのが関の山。
だが、時雨の走りには負の感情のうちの「焦り」が感じられても、それが走りに悪い影響を与えているとは思えない。
それくらいなまでに、コーナーワークもストレートスピードも異常だったのだ。
コーナーも素早く、同時にその脱出速度を生かしてストレートも速い。
Z33はストレート区間で確実に200キロ以上は出ていた。
そうである以上、みるみるうちに車間距離が開いてしまうのは当然と言えば当然だった。
「(それに奴の走りには…負の感情だけじゃない。無念や未練が具現化しているような…!)」
吊り橋の半分もわたっていないところで、LFAはZ33のテールライトを失念しようとしていた。
もはやコーナーワークでもストレートでもどちらでも敵わない以上、これ以上彼女に抗うことは無駄なあがきであると認識した。
圧倒的なコーナーリングスピードとパワーを認めるかのように、吊り橋を半分渡ったところでチェイスはアクセルを抜いてLFAを減速、そのまま路肩に停車させるのだった。
チェイスは完全に勝負から降り、負けを認めた。
「素晴らしい走りだった、時雨…オスカー。今度お前の墓に行く。そこで今までを語り合おう。あとは…」
マシンを停車させたチェイスは、一人静かにそう呟いた。
彼にとっても時雨の走りは十分に満足できるものだったようだ。
時雨の走りを見届けたチェイスは、他のリブラの幹部たちと同様にコースを逸れて合同式典会場へと移動させるのだった。
「チェイスさんも振り切った!もう、残るドライバーはいない!ならあとは…!」
「サマンサに会うだけだね!…って、あれ?」
一方、第3コーナー、第4コーナーを駆け抜けてゴール地点である繁華街区間まで走り切ったZ33。
バックミラーを確認して後方のマシンが付いてこないことを奈美子も時雨も確認した。
だが、そう認識してアクセルを抜いて減速した瞬間だった。
少し離れた前方において、同時に看板を持ったリブラのドライバーであろう男が看板を大きく掲げていた。
道路こそ封鎖されているが、看板には矢印と共に「SHIGURE NAMIKO, PIT IN PLEASE」と書かれていた。
どうやらそっちの方向に行ってほしいらしい。
それを見た時雨は、一旦ハザードランプを出してZ33を路肩に停車させる。
「あれは…」
「…ピットインサイン?あっちに行け、ってこと?」
時雨も奈美子も互いに疑問に思う。
リブラのドライバーではなく、自分たちに対して男は看板を掲げていた。
しかも自分たちに対して、名指しでピットインするように指示しているのだ。
一体どういうことなのか?
すると時雨はあることに気が付いた。
「もしかしたら、矢印の先にサマンサがいるのかも…」
「まさか!」
リブラのドライバーたちが自分をそう誘導するという事は、目的の人物がいるという事なのかもしれない。
そう時雨は思った。
だが何があるかはわからない。絶対に彼女がいるという保証自体はない。
なのでその場からUターンして逃げ去るのも一つだろう。
「どうする、時雨?」
「…行ってみようか」
奈美子の質問に対し、時雨はピットインすることを選択した。
「行くの?大丈夫…?」
「僕としても、マシンをしばらく全開走行させていたからね…休憩することは必要さ。それにもしかしたら、サマンサがいるかもしれない」
「そっか…それもそうね!」
ここまでリブラのドライバーたちとはずっと全開走行だった。
いくら既に自分には手の及ばないドライバーたちとは言え、それでも塵も積もれば…マシンへの負荷によってトラブルが起きかねない。
マシンへのダメージもタイヤダメージもそれなりに蓄積するはずだし、ガソリンも少なくなっていく。
そしてこれ以上耐久戦をやってもきりがないだろうし、もうドライバーもいないはずである。
そう思った時雨は、誘導に従って看板の方向へとZ33を移動させるのだった。
「(よかった。彼女の素直さを信用して…)」
後方からはチェイスも追いつき、彼のマシンもまた誘導に従って移動する。
―――合併式典会場
「2人とも、こっちへ」
リブラのドライバーに連れられ、車を降りた時雨と奈美子が誘導されていく。
「おオ…来たみたいだぞォ…ナミコオオオ…!」
「主賓の登場だ。さあお集まりの皆さん!盛大な拍手を!」
会場の中心にいたのは、ウーゴとリチャードだった。
時雨と奈美子がやってくると、彼女たちを待ち構えていたかのように盛大な拍手で迎えられた。
「…え!?なに?なに?私たちが拍手されてるの?どういうこと!?」
「この歓声は、一体…?」
一体これはどういう状況なのか、時雨たちにはよくわからない。
すると、時雨と奈美子が互いに見た目先には…ずっと探していた彼女の姿があった。
「あ!!サ、サマンサ…!」
「こんなところに…!」
長い間探し求めたドライバーとの再会。
それがようやく叶う事になった。
だが、例のドライバー…サマンサはどこか素っ気なさそうにこう口にした。
「Good Evening. ナミコ、時雨。そんな驚いた顔して、どうしたの?」
そのあまりにも素っ気ない態度に、奈美子が焦りながらもこう口にする。
「どうしたじゃないわよ!サマンサがこの合併式典を滅茶苦茶にして、ニューヨークをまた混乱させるつもりだと思って…!」
奈美子の言葉に対して、時雨もこくこくと頷く。
だがサマンサは疑問しか感じなかった。
「…なぜ?リブラは、あなた達が義父さんを倒したから、解体したのよ?それに、リブラはもう役目を終えてる」
「え?で、でも…」
「じゃあ、サマンサは…」
サマンサの言葉に対して動揺する2人だが、その後ろからある人物がやってきた。
「『サプライズ』だ、2人とも。不安にさせたのは悪かったが、いい知らせは驚きと共にあるべきだと思ってな」
後ろを振り向くと、そこにいたのは先程バトルをした初老のドライバー…チェイスだった。
「チェイスさん…じゃあ、これって!」
すると、奈美子がそう口にした時だった。
リチャードが進行を済めるかのようにこう口にした。
「さあ、合併式典を始めよう。エブリバディ!今日はようこそいらっしゃいました!この素晴らしい日に、皆さんが先ほどから待ち望んでいる、1台の車をご紹介します。これが、私たちの未来への挑戦です!」
そうリチャードが言ったところで、車にかけられていたベールがとられる。
そこに現れたのは、一目見るだけで吸い込まれそうなモノトーンのカラーリング。そして、一度見たら忘れられないような禍々しさを連想させる巨大ウイング……大歓声に包まれて現れたその車は、カスタムされた『Ford GT』だった。
目の前に現れたモノトーンカラーのカスタム『Ford GT』は、大歓声で迎えられていた。
困惑しつつも喜んでいるナビ子を、サマンサはいつも通りの無表情で見つめていた。
そして、リチャードが口を開く。
「この合併式典最大のメインイベントとして、エキシビションバトルを開催いたします!組み合わせは…合併締結を先導してくれた我らが恩人、西野時雨氏と…元リブラ副代表、サマンサ・ウォード氏!サマンサ氏には、ケミックとオクティの技術を結集して作り上げられた、このFord GTにご乗車いただきます!」
リチャードの言葉に、歓声が上がった。
ニューヨークでバトルをこなしてきた「ドライブモンスター」と、リブラの副代表の直接対決。
あまりにも想像できない事態だった。
「時雨とサマンサがバトルですって!?」
「今後の運営には元リブラの皆様のご協力…つまりドライバーのスキルも不可欠!その代表として、サマンサ氏にご協力いただくことになりました!」
そうリチャードが言ったところで、サマンサが軽く頭を下げる。
すると、時雨がリチャードに質問する。
「でも、どうしてこんなことを?」
「…サマンサとは色々あったけど、それは全て水に流し、彼女との勝負を今回のニューヨーク最後のバトルにしてもらおうと思ってね。いい趣向だろう?」
「オイラが考えたんだぜェ…サマンサがOKだってェ。チェイスに確認はとってあるからよオ…このぐらいしかできなかったがなァ…」
時雨の質問に対し、リチャードとウーゴが互いに答えた。
だがその回答に対し、奈美子は十分そうにこう口にした。
「十分よ…十分!ありがとう、ウーゴ、リチャード、みんなも…ありがとう!」
「僕としても…とても楽しみです」
奈美子に次いで、時雨も「バトルが楽しみ」と口にした。
すると、サマンサがリチャードに質問する。
「そういえば、このカスタムカー、名前はあるの?」
「それがまだ無いんだ。時雨かキミにつけてもらうのが良いと思ったんでね。バトルが終わるまでに考えてくれると助かる」
リチャード曰く、例のフォードGTに名前はまだついていないようだ。
「…わかったわ。楽しい夜になりそうね」
リチャードの言葉に対し、サマンサはどこか不気味な笑みを浮かべたかと思いきやそう口にした。
「それではお三方、ご準備を!」
そうリチャードが言い、歓声の中で時雨と奈美子、そしてサマンサに準備を促すのだった。
◇ ◇ ◇
その後エキシビションバトルのコース説明をしてもらい、サマンサや彼女のマシンと共にスタート地点についた。
コースとしては一般道を走り、その後トライストリート往路を走り抜けてゴールとなるらしい。
一般道自体はあくまでフォーメーションラップ…つまりウォーミングアップ同然。
本当のバトルはトライストリートに入ってからであることを説明された。
そんな中で奈美子は興奮しながらも笑顔だった。
「皆さんおまちかねの一!エキシビションバトル…まもなくウォーミングアップからスタートよーん!」
オリビアがそう言ったところで、バトルのマシン…Z33とフォードGTが横並びに並んだ。
スタート前にバトルのドライバー同士が軽く握手を交わし、互いに全力でバトルすることを誓う。
すると、時雨と奈美子が車に乗り込む直前だった。
「ねえ時雨、走る前に教えて?」
「何かな?」
「何であなたは、あんなにも幅広い人脈を持っているの?」
「サマンサ…?」
サマンサとしては時雨の秘めたるものに疑問を持っていた。
リブラのドライバーたちを圧倒する実力を持つ幅広い人脈の持ち主。
そしてアメリカまで渡ってこれる運の良さ。
彼女は一体なぜそういうものを持っているのか?
その質問に対して時雨は多少困惑するも、こう口にした。
「…僕は必死に走っているだけ、だよ。でもみんな…単に箱根で走りあった仲なんだよ。あとこれは僕の考えなんだけど、速い人には速い人が惹かれていくようなものだと、思っているんだ」
「……」
「速く走るのに言葉はいらないよ。自分のマシンと手足を、奈美子を…相棒を、信じるんだ」
速く走るのに言葉はいらない。
信じるのは自分のマシンと手足、そして相棒のみ。
そう時雨は断言した。
サマンサはその言葉に対し、軽くにやけたかと思いきやこう口にした。
「マシンと手足、そして相棒を信じる、ね…フフッ。いい答えだわ。あなたの言葉、覚えておくわ」
そう言ったところで、サマンサはフォードGTに乗り込んだ。
そしてそれを見て、時雨と奈美子もZ33に乗り込む。
◇ ◇ ◇
推奨BGM:ONE AND ONE(from EUROBEAT BLAST vol.2)
―――vsリブラのサマンサ
「時雨…ありがとう。時雨がいなかったら、私、ここまでは来れなかった…」
Z33に乗り込んだ車内で、奈美子は感謝を伝えるようにそう口にした。
「奈美子がニューヨークに行こうと決めたから、ここまで来れたんだよ。僕もきっと、腕を磨けたはずだ。最後の最後まで、油断しないでいこうか」
「うん!サマンサにもしっかり見せなきゃね!お礼がわりの、私たちの走り!」
「そうだね…これが僕の集大成だ。ニューヨークで鍛え上げた走りを、この場所で!」
奈美子の言葉に対し、時雨は全力で、同時に最後まで油断せずにバトルを完遂することを決意するのだった。
そう認識したところで、カーナビのカウントダウンが始まろうとしていた。
3
2
1
GO!
「……!」
「……」
スタートと同時に互いに息を合わせるかのようにギアを切り替え、アクセルをある程度踏み込んで発進する2台。
スタート直後は並走していたが、それは互いにマシンの実力を確かめるかのようなもの。
慣れ合いとも言っても過言ではないだろう。
「(さて…)」
2台のマシンの速度が80キロに到達したところで、サマンサがアクセルを踏み込んだ。
あっという間にZ33を追い抜き、フォードGTが先行する。
「速い…!」
「向こうのペースが速いんだ。遅れないように追いかけるよ」
フォードGTが追い抜いたところで、時雨もアクセルを少しずつ踏み込んでZ33を加速させる。
2台はほぼほぼテールトゥノーズと言ってもいい位置をキープしながら走行していた。
「…いい車だわ。加速のレスポンスもいいけど、それ以上に直進安定性が抜群ね。ケミックとオクティの技術の粋が、高い次元でコラボしてる…これなら、遠慮なくできるわ」
サマンサはフォードGTの感覚を確認しながら、そう思っていた。
これなら、自分が本当にやりたいことが出来るかもしれない。
そう思ったところで、目の前に迫る交差点を直進する。
本来なら、この交差点は左に曲がるはずである。
Z33は交差点に進入する前に速度を40キロまで落としていた。
「2つ目の交差点を左に曲がって行く時雨とサマ…あれー?サマンサがコースを離れていくわよー?」
実況のオリビアが疑問に思ったかのようにそう口にした。
本来のコースを離れていくサマンサのフォードGT。
一体どういうことなのか?
「……チッ!」
ジェレマイアが何かに気がついたかのようにトランシーバを取り出す。
「海か…川、海がいいかしらね。みんなによく見えるところがいいわ……リブラは、終わらせない」
リブラは再び体の底からメラメラと燃え上がるものを感じ取っていた。
そしてそうである以上…この車を、海にでも落として破壊すればいい。
そう思ってしまった。
だがその異変に気が付いていたのは、時雨と奈美子も同じだった。
交差点を左に曲がったZ33だが、そのまま走行する。
「サマンサがコースを離れた?」
「一体…何で?」
一方こちらは時雨と奈美子。
フォードGTは所定のコースを離れていくのを見て、コースを離れたことに関しては気が付いていた。
そして同時に時雨も奈美子も疑問に思った。
「道を間違ったのね、きっと。これじゃウォーミングアップにならないし、サマンサを迎えに…」
ナミコが言葉を続けようとしたとき、連絡用のトランシーバから声が聞こえた。
「おい時雨、ナミコ、無線が聞こえるか?サマンサは車を海に落とすつもりだ。止めろ!」
トランシーバから聞こえてきたのは、ジェレマイアの声だった。
謎の事態に時雨も奈美子も困惑するしかなかった。
「…え?ど、どういうこと?そんなことサマンサがするわけ…いや、そもそもどうやってそんなことを…」
奈美子がそう言うと、ジェレマイアがある事実を告げる。
「奴の車には演出用に車内カメラがある。ケミック&モレックとオクティが製作した車がリブラに破壊されれば、最悪元のニューヨークに戻る可能性もある」
「え…!?」
「元のって…私たちが来る前のってこと!?そ、そんな…サマンサが、そんなこと…そんなことするわけないじゃない!」
ジェレマイアの言葉に対し、奈美子はただ動揺するしかなかった。
だがそんな中でも時雨は冷静だった。
「いや、ありえなくはないはずだ…サマンサを追って話を聞こう!」
「その先のT字交差点を右折してビッグストリートを通り抜ければ、ヤツが向かっている方向へは近道だ。一番近いのはお前たちだからな、急げ!」
「は、はい!」
ジェレマイアからの助言を聞いた時雨は、フォードGTを追いかけるためにアクセルを全開に踏み込む。
Z33はフォードGTに食らいつくべくビッグストリートへ突入する。
◇ ◇ ◇
「あの混沌こそがニューヨークだったのに…パパのような悲劇をもう二度と起こさせないよう、リブラを作ったのに…なんでみんな邪魔をするの!」
サマンサとしてはリブラが解散したことに未だに納得していないようだ。
こうなったら自分が何が何でも元の混沌に戻す必要がある。
「この『融合の象徴』を海に突き落として、また元のニューヨークに戻してやるわ!いつも勝者と敗者…天国と地獄がある、混沌の日常に…!」
勝者と敗者だけがいるニューヨークこそが、本当のニューヨークにふさわしい。
そうサマンサは信じてやまなかった。
「…そうだ、いいことを思いついた。この車、名前が無かったのよね?じゃあ今、決めてあげるわ。この車の名前は…『Heaven and Hell』!」
白と黒、文字通り表裏一体のマシン…その名こそが「Heaven and Hell」。
天国と地獄。その地を司るマシンにふさわしい、そうサマンサは思った。
そしてそう思ったところで、フォードGTは市街地の通りを一目散に駆け抜けていく。
―――同じ頃。
「(圧倒的な後追いだ…)」
フォードGTが市街地を駆け抜ける中、Z33がビッグストリート復路のスタート地点…吊り橋を駆け抜ける。
そう簡単に追いつけないことは時雨でも認識していた以上、ここではバトルと言うよりはタイムトライアル同然である。
だがそれでも追いつく必要がある以上、全速力じゃないといけない。速度は既に210キロ以上出ている。
アクセルを全開に踏み込み、スタート直後のストレートをマシンパワー全開で駆け抜けていく。
だがそんな中で時雨はある感覚を抱いていた。
「(それにしても、この体が熱くなるような感覚は一体……?)」
サマンサを追いかけている最中、時雨は自分の体が熱くなっているのを感じていた雨は自分の体が熱くなっているのを感じていた。
とにかく彼女に1秒でも早く追いつかなくてはならない…その思いが焦りとなっている。
だがこの体の熱さは、その焦りとは別物だ。
そんな思いと熱さを抱きながらも、Z33は吊り橋を渡り切って第1コーナーである左直角ミドルロングコーナーに飛び込もうとしていた。
「―――!」
Z33は右レーンを走行しているが、左ウインカーを出している。
コーナーに飛び込む前、ハンドルを軽く右に曲げたかと思いきやフルブレーキング。
急ブレーキをかけてタイヤが空転し始め、そこからハンドルを一気に左へ切り返す。
150度以上切り返し、Z33は一気に左方向を向いて右レーンから左レーンへ。
タイヤが空転しながらもアクセル全開でドリフト状態へ。
第1コーナーに飛び込み、左レーンの左端まで思いっきり攻めまくるZ33。
それこそ独壇場だからこそ遠慮なくできる走りだった。
速度は220キロ台から170キロ台まで減速するも、左レーンの左端とノーズの隙間は文字通り数センチあるかないかと言うとんでもなく攻め込んだものだった。
ハッキリ言って異常なレベル。少しでもアクセルワークやハンドルワークを間違えたら壁へ一直線だが、それでも時雨はアクセルを踏み続けることをやめない。
「(体が熱いこの感覚のおかげか、速く走れている…!)」
時雨自身、自分が普通とは違うことに気が付いていた。
自分の体が灼熱状態であることを自覚していたからこそ、こんな走りが出来るということは彼女も把握していた。
ハンドルをほとんど曲げないゼロカウンターに近い状態…一応ほんの僅か、10度程はハンドルを右に曲げてカウンターを当てていた状態で、時雨はあることにも気が付こうとしていた。
「(…何となくわかったぞ。怒っているんだ…サマンサに、僕は怒っているんだ!)」
時雨は、この体の熱さがどのようなものか…という事に関しては、「怒り」が現れているという事に気が付いた。
この熱さの正体は、サマンサに対しての怒りであることを自覚した。
速度が170キロ台を維持しながらも、僅かにゼロカウンターに近い状態でZ33をドリフトさせ続ける時雨。
そんな速度でかっ飛ばしていた以上、目の前には第1コーナーの出口が迫る。
「―――!」
アクセルをリリースし、ワンテンポ遅れてハンドルをニュートラルに。
コース中央のラバーポールをZ33の右サイドが隙間数センチという超ギリギリの状態で駆け抜ける。
そこから再びアクセルオンでインターバル区間へ。
フルスロットルという事もあってハンドルが暴れ気味になるものの、時雨は右ウインカーを出した上で僅かにハンドルを右に曲げてZ33を右レーンへと移動させる。
速度は190キロ台まで加速するが、すぐに第2コーナーである右直角ミドルロングコーナーが迫る。
そんな中で、時雨はアクセルをリリースしてブレーキを踏み込む。
アウトインアウトのラインを描いたZ33は、第2コーナーでインベタのラインを描こうとしていた。
「(でもそれじゃあ、僕はサマンサの何に対して怒っているんだ?)」
よそ事を考えつつもアクセルオフからブレーキング。
フルブレーキングという事もあってタイヤが暴れかけるも、右に曲げて強引にタイヤを滑らせる。
速度は200キロから170キロ近くまで下がった上で、ドリフト状態へ。
走行レーンの左端を走っていたZ33は、ドリフト状態によって一気にコーナー内側…それこそ右端の壁すれすれまで接近する。
「(ダメだ、わからない)」
壁スレスレでハンドルを僅かに左に曲げて、カウンターを僅かに当てる時雨。
トンネル区間に入ってもアクセルを全開に踏み続け、Z33を高速でドリフトさせ続ける。
よそ事を考えていても、その意識はZ33をなるべく速くドリフトさせることに集中していた。
170キロ以上の速度でドリフトさせている中で、時雨は自分の体の熱さの原因を模索していた。
そんな中でZ33はトンネル区間を抜け、コーナー出口へと迫ろうとしていた。
「……!」
コーナー出口が迫る中で、時雨はカウンターを当てるべく曲げていたハンドルを更に左に切り込んだ。
そして同時にアクセルを全開に踏み込み、Z33を強引に加速させる。
エンジンパワーを強引に与えられたZ33は、一気に右から左へとスピンするかのように向きを変える。
ぐん、とコーナー出口で左を向いたZ33。
そこからハンドルを僅かに右に切り返してカウンターを当てるが、Z33は右レーンから左レーンへと移動していく。
「(今はこの感覚の事なんてどうでもいい。とにかく彼女のマシンに追いつくんだ!最悪、非常用手段を使うことも…)」
ウインカーを出した上でZ33を左レーンに移動させた時雨は体の熱さの事は一旦忘れていた。
とにかくサマンサのマシンに追いつくことが先決なのだ。
第3コーナーである左直角ロングコーナーへとドリフト状態のまま飛び込み、160キロ台を維持しながらドリフトしていく。
ドリフト状態の中、Z33はコーナーの内側へと切り込み…そのままノーズと左端の壁との隙間は数センチ単位と言う超ギリギリの際どいラインを駆け抜けていた。
あまりにも必至故に下手をしたら事故を起こしかねない走りだが、それでも時雨は前方に意識を集中させることで…壁にぶつからない超ギリギリのラインを走るよう、Z33を紙一重のテクニックでドリフトさせ続けていた。
ハンドルをわずかに右へと切り返し続け、ドリフトさせ続ける時雨。
左端の壁とZ33のノーズの隙間はずっと数センチ単位を維持する超インベタ走法。
アクセルをパーシャルスロットル状態で踏み続けることで、速度も維持し続けていた。
「(この先はもうロングストレート…1キロでも速度を稼ぐんだ。そして…)」
第3コーナーを抜ければ最終ロングストレートで、ビッグストリートはゴール。
勿論その先があるのでチェックポイントの方が正しいのだが。
170キロを示したところで、Z33の前方にコーナー出口が迫る。
アクセルをリリースし、ハンドルをワンテンポ遅れてニュートラルに戻す。
滑らかな立ち上がりにより、Z33はインベタのラインから徐々にアウトへと膨れていく。
そして走行レーンの中央に達した時、Z33はコーナーの出口に到達していた。
タイヤの空転が収まったことを認識した時雨は、アクセルを全開にして踏み込む。
「(少しでも食らいつくためには…!)」
アクセルを全開に踏み込んだことはいいが、それだけでは追いつけないことを時雨は理解していた。
そして食らいつくためにはこれしかない。
ハンドルに取り付けられていたニトロスイッチを右手親指で押して、Z33を強引に加速させる。
コーナー出口で170キロだったZ33は、ストレートエンドで240キロまで加速する。
ストレート区間をモノの数秒で駆け抜けるZ33は、サマンサのフォードGTに少しでも迫らんとその最高速度を発揮するのだった。
「(自分の精一杯の走りをしてはいる。でも先程のスタートは、時間差にして数十秒の出遅れだった…本当に間に合うのだろうか?)」
ジェレマイアの助言に従ってビッグストリートを駆け抜けたZ33。
ただサマンサのフォードGTを追いかけたのは数十秒遅れてから。
もし彼女が本気で逃げていたとしたら…本当にこれで追いつけるのか?
そう不安に思いつつも、時雨はZ33を疾駆させていく。
「(もしもの時は…ショウさん、僕たちを守ってくれ…)」
ハンドルに取り付けられていたあるスイッチを軽く見て、時雨はふとそうも願った。
◇ ◇ ◇
―――数十秒後。
サマンサのフォードGTは所定のコースを離れ、封鎖された一般道を暴走させていた。
封鎖されていたこともあり、速度としては180キロは優に出している。
バックミラーを確認し、後方をちらりと見たサマンサ。
どうやら後方には食らいついていないようだ。
「―――よし、ここまでくれば」
だがそう安堵した瞬間だった。
バックミラーに見慣れたヘッドライトが見えた。
白く光るその光こそ、間違えなく自分たちと最初共に走ったドライバー…時雨のマシンだった。
脇道から合流したZ33は、200キロ以上の速度でサマンサのフォードGTへと食らいつく。
「(噓でしょ…追いつかれた!?まさか裏道を使ったというの!?…さすが時雨ね。でも私は、諦めない…!)」
サマンサとしては信じられなかったが、相手が時雨である以上何が起きてもおかしくないとも思った。
だが追いつかれたところで自分のやりたいことが出来ないという訳ではない。
最後の最後まで逃げ切ってやる…そう思ったサマンサは、アクセルを全開に踏み込んで後方から接近するZ33を引き離そうとする。
フォードGTのテールとZ33のノーズの車間距離が車1.5台分となったところで、車間距離が広がることはなくなった。
フォードGTの加速がZ33の速度に追いついたのだ。
「何とか追いついたけど、この速さは…!?」
「ケミックとオクティが力を合わせて作り上げた車が、遅いわけがないよ。でもそれだけじゃない。サマンサが、ここまで走れるなんて…」
奈美子も時雨も互いに驚いていた。
サマンサの速さは自分たちの想定以上のものだ。
動揺する奈美子。
だが一方で時雨は別の感情を抱いていた。
「これは…最高の相手かもしれない」
「時雨…?」
時雨としては、「ようやく特訓の成果を披露する相手が現れた」と満足げだった。
今までの相手は、多少苦戦することは合ってもサマンサほどではない。
だがサマンサは速いが、決して雪風には及ばない。
それでもここまでの成果を披露するには…十分すぎる相手だ。
場とタイミングさえ合えば間違えなく最高の相手になる。
そう時雨は認識するのだった。
推奨BGM:TEARFUL EYES(from SUPER EUROBEAT vol.223)
―――同じ頃。
式典会場は、2台のバトルの際大混乱に陥っていた。
「おい!何してるダス!俺たちも後を追うんダスよ!追いつけなくても逃げ場をなくすことはできるダス!」
「リブラのチェイスとその娘は先に行った!すげえPowerだ!こっちも負けられないぞ!」
ラージとスミスが急いで愛車に乗り込み、後を追いかける。
「グフフフ…サマンサのやつ、まさかこんなことを考えていたなんてな…1本取られたな」
「バカかオメー!呑気に笑ってる場合じゃねえ!さっさと追いかけるぞ!!オメーは俺について来い!!」
ケヴィンとリッカルドも急いで互いの愛車に乗り込んで、後を追いかける。
「(さっきの走り方を見ればわかるわぁ~。過去の私と同じ、命なんて二の次って走りよね~。絶対止めてあげるわ~)」
「(速いな…さすがオスカーの娘、プロと契約する直前で父親が死ななければどんな人生になったかわからない…いい腕だ)」
レベッカは義理の姉を何が何でも止めようと思い、チェイスはサマンサの実力を認めつつ同時にこうも思った。
「(…オスカー!サマンサをお前のように逝かせたくない。彼女を守ってくれ…まだ天国に飛ぶには早すぎる!)」
天国にいるサマンサの父親…オスカー。
サマンサがそこに行くのにはあまりにも早すぎる。何が何でも止めなくてはいけない。
そう思うしかなかった。
「まずいわ…海までもう1マイル(約1600m)もない!時雨、ここまできて最後に失敗なんて許さないわよ!」
「クソ…!クソ…!止めろ…止めやがれ!時雨!!」
混乱する式典会場をまとめていたアビゲイルとクロエ。
中継の映像を見ながら、その様子を見守るしかなかった。
2台はみるみるうちに海に近づく。
「(状況はかなり厳しい。正直リブラのあの子がここまで走れるとは予想外だった。だけど、時雨なら…ニューヨークをその走りで導いてきた時雨なら…)」
「もう海はそこだ…何をしている…時雨!」
ビッグママであるエマでさえ状況が絶望的だと思っていた。
だが同時に、あの時雨であれば…とどこか期待していた。
映像を見ていたビクトルも、急いで車に乗り込んで移動する。
◇ ◇ ◇
―――同じ頃。
「(リブラは終わらせない!パパ、見てて!)」
だが、そう思ったサマンサの前にある光景が見えた。
「封鎖されてる!?くっ…」
海へと続く通りがリブラのドライバーたちによって封鎖されていた。
余儀なく迂回させられるフォードGT。
交差点を左折し、その先にある吊り橋へ。
言ってしまえば、トライストリートの復路が迫っているのだ。
「この先のトライストリートの先へ行けば…!」
するとその時だった。備え付けられていたトランシーバから声が聞こえる。
奈美子の声だ。
「サマンサ、だめよ!そんなことをしても何にもならない!どうして自分から苦しもうとするの!?お願い、停まって!」
友達の声が聞こえた。
だが、自分の欲望を叶えるためには鬼にならなくては。
強情になったサマンサはこう口にする。
「パパのような悲劇は、もう二度と起こさせない!絶対にリブラを、終わらせてたまるものか!」
だが、奈美子も負けじと反論する。
それと同時に後方からZ33が徐々に近づいていく。
「あなたがここで無茶な走りをして、もし万が一のことがあったら…私も時雨も、チェイスさんもレベッカも!皆が悲しむじゃないの!あなたがかつて味わった悲しみをもう誰にも味わわせたくない…だから、あなたはリブラを作ったんじゃないの!?」
「…………!」
はっとした。
だが、もう止められない。
200キロオーバーで駆け抜ける中で、2台はトライストリート復路へと飛び込んでいく。
「奈美子!何が何でもサマンサを止めるよ!どこでもいいから、掴ってくれ!」
「時雨…!お願い…サマンサを止めてっ!!」
トランシーバで説得を仕掛ける奈美子に対し、時雨はそう言って前方に集中する。
目の前にはすぐフォードGTが迫っている。
「それでも私は…私は…リブラを終わらせるわけにはいかない!!」
2台はトライストリート復路のスタートとなる吊り橋を渡り始めた。
200キロ以上と言うローリングスタートの中、2台は右レーンを走り抜けていく。
推奨BGM:MY EXIT HEAVEN(from SUPER EUROBEAT vol.243)
「(スリップストリームで追いつけている…)」
吊り橋上を走っている2台。
Z33はフォードGTの後ろに食らいついて離さない。
どこかで相手が隙を作れば追い抜けるだろうが、相手はあのサマンサ…プロレーサーの娘である以上そう易々とコーナーで隙は見せてくれないはずだ。
するとそう時雨が思っているところで、ある違和感を感じた。
「(それにしても…さっきから感じている、この体の熱さ…)」
体が熱いのだ。
全身が炎に包まれる感覚に近い。
だが、やはりある違いがあった。
「(両手両足からじゃない…体の中心、心臓から感じる…)」
全身が炎に包まれる感覚は、コーナーに飛び込んだ直後に両手両足から熱くなる。
だが、スタート地点の吊り橋を走っている今は違う。
体の中心、それこそ心臓からその熱さを感じるのだ。
集中する時雨は、あることに気が付いた。
「(この感情と向き合うんだ。この怒りの感情は、なぜ生まれる?)」
体の底から生まれる烈火のような感情…怒り。
先程独走をしたことで、自分が怒っていることはわかった。
ではなぜ自分はなぜ怒っているのか。
自分は何に対して怒っているのか。
時雨はまだ理解していなかった。
だが吊り橋の半分に到達しようとしたところで、時雨はある感情に気が付く。
「(許せない…)」
時雨に浮かんだ一つの感情の正体。
何かに対して、許せないという感情。
それが怒りに変わっている。
「(許せない…許せない……でも一体何に対して?)」
自分は何に対して許せないのか。
自分は何に対して怒っているのか。
周りの風景がスローモーションに移る中で、時雨は深い意識の中にいた。
多くのドライバーたちとバトルしている自分の姿がフラッシュバックする。
何かの拍子で車が吹き飛んでしまうかもしれない中で、時雨はあることに気が付こうとしていた。
「(そうか……やっと、向き合えた。僕の、本当の気持ち…)」
自分の深層心理と向き合えた瞬間。
それは同時に、心のなかに潜む悪魔…堕天使と契約を交わす瞬間。
自分は命の恩人である奈美子を裏切ったサマンサ・ウォードに対して、自覚していなかったが…実際はとんでもない怒りを抱いているという事。
時雨はやっと、意図せず心の中に閉じ込めていた…自分の感情、それも「破壊神」と化しているそれと…遂に向き合えた。
そしてそうである以上、時雨はこう認識した。
「(僕があなたを許せないのは、裏でニューヨークを牛耳っていたり、僕を利用したからじゃない)」
時雨の心の中に疼いていた「破壊神」が、時雨の精神を蝕もうとしようとしていた。
その怒りが体を包み込む。
それと同時に時雨は左ウインカーを出してZ33を右レーンから左レーンへと移動させる。
「(僕の相棒を…命の恩人を、裏切って傷つけたからだ!!裏切り者は駆逐する…覚悟しろ!!)」
そう思った次の瞬間、時雨は前方を走るフォードGTに照準を合わせていた。
何が何でも追い抜かしてやるというかのように気合を入れる。
「(奈美子を裏切ったあなたを憎み、大都会の混沌を生み出したあなたに挑む最後の一人が、この僕だ!もしもあなたが本当に混沌の元凶だというなら…僕から、僕の車から逃げ切ってみせろ!)」
アクセルを踏み続ける時雨。
しかしハンドルを握る握力は一段と強くなっていた。
目の前にコーナーが迫る。
「(走るべき線が…見えた!)」
前方に意識をしっかりと集中する中で、時雨の視界には自分が走るべきラインが見えた。
前方を走るフォードGTはブレーキを掛けていたかと思いきや、そのまま後輪を滑らせ始めている。
それに応じて時雨もアクセルオフからハンドルを僅かに左に曲げた上でブレーキを踏み込み、200キロ以上のスピードから一気に170キロへ。それと同時に右ウインカーを出す。
フルブレーキングと共にハンドルを一気に右に切り返し、左レーンから右レーンへ移動したかと思いきや、その勢いのままフェイントモーションでコーナーに飛び込む。
「―――!」
後輪が滑り出したところで、アクセルオンの上でハンドルを僅かに左に切り返す。
だが一定の角度が付いたところで時雨はハンドルをニュートラルに戻した。
走行レーン左端から右端へ一気に接近し、そのまま右端の壁との隙間数センチをドリフト状態で駆け抜ける。
ハンドルをニュートラルに戻したZ33は、先行するフォードGTのテールライトを追いかけるようにカウンターを当てずにドリフトしていく。
「(…食らいつく!)」
前方を走るフォードGTを追いかけ、ゼロカウンタードリフトを決めるZ33。
超アウトインアウトとも言うべきラインを取り、コーナー右端の壁へとZ33のノーズを接近させる。
左レーンから右レーンへ切り込んだZ33は、その猛烈なスピードでコーナーに飛び込み…右端の壁との隙間数センチというクリッピングポイントを駆け抜けたところでアウトへと膨れていく。
そのままアウトへと膨れたZ33は、コーナー出口のラバーポールの右端スレスレを通過したかと思いきやそのまま左レーンへと巨体を膨らませる。
そして左レーンへと移動しかけたところで時雨はアクセルオフ、そこからハンドルをわずかに左に曲げてカウンターを当てた。
わずかながらもカウンターを当てたことでZ33のタイヤのグリップは回復し、そこから再びアクセルオンで前進。
速度は170キロ台から再び190キロ台へ。
左レーンへと移動したZ33は、先行するフォードGTにわずかながらも確実に迫っていた。
「(前の車より確実に速い…追いつける!)」
だが次のコーナーは先程より更にきつい右ヘアピンコーナー。
先行するフォードGTも早めにブレーキを掛け、減速していた。
それを見た時雨も、アクセルオフから僅かにハンドルを左に曲げて、ブレーキを踏み込んでマシンを減速させる。
速度は190キロ台から130キロ台まで落ちる。
右ウインカーを出して一気にハンドルを右に切り、強引にタイヤを滑らせた状態でコーナーへ。
後輪が滑り出してからはアクセルを踏み込んだうえでタイヤを僅かに左に切り返し、カウンターを当てる。
前方を走るフォードGTも同じようにドリフト状態でコーナーの内側ギリギリ、それこそ隙間10センチ程度まで迫っていた。
だがその時だった。
「(…そこだっ!!)」
ほんのわずかにフォードGTがインコースを開けたのを、時雨はそれを見逃していなかった。
時雨は左に切っていたハンドルをニュートラルに戻した後は、アクセルワークでマシンコントロールをしつつも車の勢いに任せる。
Z33はコーナー内側スレスレ、それこそ隙間数センチと言う超ギリギリのラインをゼロカウンターで突破してしまった。
そしてそのままヘアピンの出口に迫るにつれてアウトへと膨れていき、コーナー出口でコース中央のラバーポールスレスレを再び通過。
コーナー出口のラバーポールそばを抜けたところで、慣性に任せた状態のまま右レーンから左レーンへと滑らかに移動。
そのままの勢いで前方のフォードGTへと猛追する。
速度は140キロから一気に180キロまで加速して行く。
「(加速勝負で…食いつく!!)」
吊り橋上のストレート区間を駆け抜けつつも、時雨はそう認識した。
フォードGTのテールランプが前方に迫ってくるのが分かる。
おまけにこの時点でフォードGTは右レーンから左レーンへと移っていたこともあり、あっさりとスリップストリームに飛び込んでいた。
スリップストリームの効果は絶大で、速度はあっという間に200キロ以上に到達しようとしていた。
前方のフォードGTへと、Z33は確実に肉薄する。
「(相手があの時雨である以上、何が何でも逃げ切る…!)」
一方、こちらは必死になってストレートでアクセル全開のまま踏み続けるサマンサ。
相手はあの時雨である以上、何が何でも逃げきる必要がある。
第2ストレートの吊り橋上でアクセルを全開にして、マシンを200キロまで加速させようとしていた。
だが、吊り橋の5分の3の地点でバックミラーをふと見た瞬間だった。
「(追いついてきた!?向こうが、速い…!)」
バックミラーを確認すると、すぐ真後ろにZ33の姿があった。
ピカピカに輝く金色のマシンがバックで嫌と言うほど輝いている。
向こうの方が加速では上のようだ。
「こうなったら…!」
サマンサは食いつかれる寸前、ハンドルに取り付けられていたニトロスイッチを右手親指で押した。
何が何でもストレート区間で逃げ切る作戦だ。
「(―――二度と奈美子を悲しませないようにしてやる!ショウさん…僕に、力を貸して!!)」
時雨は最後の最後の手段として、本来のニトロスイッチの下に取り付けられているもう一つのボタンに右手親指を伸ばした。
車2台がギリギリ走れるスペースを2台が並走し続けているその瞬間だった。
「―――!!」
「…!!!」
互いにニトロスイッチを押した瞬間。
2台のマフラーから互いにバックファイアーが吹き出る。
Z33とフォードGT。
ほぼ互角の加速…かと思いきや、次の瞬間。
「(振り切れない…その速さは、一体!?)」
ストレートエンドが近づく中でも、時雨とサマンサのどちらもアクセルを全開で踏み続けていた。
こうなったら次の第3コーナーである左高速コーナーへの突っ込み勝負。
だが、動揺してアクセルを緩めたサマンサのフォードGTは、Z33に比べるとトップスピードが伸びていない。
加速力とニトロ使用時の最高速度でZ33はフォードGTを追い抜いたのだ。
一方の時雨のZ33は、最後の突撃と言わんばかりの加速でフォードGTを追い抜いた。
「(ショウさんが教えてくれたんだ…『本当にピンチな時だけに使ってくれ』って…)」
時雨が押したスイッチは、通常のニトロとは異なるものだった。
ツインニトロスイッチ。
2回分のニトロを一度に噴射する装置である。
ショウはそのスイッチをZ33に搭載し、「本当に困った時だけに使ってくれ」と伝えていたのだった。
実際1回のニトロを複数回噴射するのならともかく、2回分のニトロを1回に噴射するとなるとマシン…特にエンジンへの負荷は大きくなってしまう。
その為何度も何度も使うことは出来ず、「本当に困った時だけに使え」と指示するのだった。
フォードGTを追い抜いたZ33はそのまま振り切りにかかろうとしていた。
「あれは!?」
「ドラゴンだ…!金色の、ドラゴンだ!」
テールトゥノーズの2台の様子を見て、ギャラリーの人々が叫ぶ。
ライブカメラに映されている2台を多くの人々が見守っていた。
サマンサのフォードGT、時雨のZ33。
サマンサの方はともかく、時雨のマシンは金色のドラゴンが具現化しているのを多くの人々が見守っていた。
「抜かれた…!?」
アウトコースからストレートでの加速をそのままにオーバーテイクしていくZ33。
金色の龍が天高く上るような加速により、Z33は完全にフォードGTの前に出たのだった。
「(くっ…!だけど、抜き返せばいい…!!)」
テールトゥノーズの状態になっても、サマンサは諦めるつもりはなかった。
前方のZ33がブレーキをフラッシュさせて後輪を滑らせたのと同時に、サマンサもアクセルオフからブレーキを一瞬だけ踏み込んでハンドルを左に曲げる。
ハンドルを左に曲げてアクセルオン、後輪が滑り出したところでハンドルを右に曲げてカウンターを当てる。
第3コーナーに飛び込んだ2台は2台の間の隙間数センチと言う超ギリギリのパラレルドリフトのままコーナーをドリフトしていこうとしていた。
だが、コーナーに飛び込んで2台がドリフトをし始めた時だった。
前方のZ33が急に迫ってきた。
「(強引だが…止めさせてもらう!!)」
ガッ。
フォードGTの右サイドから嫌な音がした。
Z33とフォードGTが接触したのだ。
癒着したかのように接触し続ける2台。
だがそこからガリガリとぶつかり続けていた次の瞬間だった。
「―――!!」
「っ……!」
ガシャ、と嫌な音がした瞬間、目の前のZ33が左回転を始める。
サイドブレーキを引き、ブレーキを踏み込んだうえでハンドルを左に曲げ続けていた時雨。
コーナーでのドリフト中に2台を接触させ、そのままの勢いでスピンさせて強引に停車させようとしたのだ。
Z33の車重、1.59トン。フォードGTの車重、1.66トン。
車重では僅かながらフォードGTの方が有利。
だが強引にZ33が回頭を始めたことで、フォードGTも巻き添えを食らう形であっという間に減速し始める。
ドリフトしていたこともあり、後輪はさらに滑り出した。
「っ…しまっ……!」
強引な接触による衝撃を食らったことにより、160キロ以上のスピードで左を向いたフォードGT。
ハンドルを更に右に切り込むものの、制御不能。
くるくると回転するZ33、同じくスピンするフォードGT。
どちらのマシンも左レーンから徐々に右側へと移動していき、コーナーの中間にあるラバーポールを何本も何本も倒していく。
2台はラバーポールを互いになぎ倒していたこともあって減速していくが、そんな状況では時雨は勿論、サマンサもフルブレーキで減速するのが精一杯だった。
第3コーナーにオーバースピードでコーナーに突っ込んだ2台は、ドリフト時の接触からスピン、そのままコース中央のラバーポールを複数なぎ倒した上で、コース中央に横たわるような形で並列状態で停車するのだった。
「やった…!時雨がサマンサを止めたダス!」
カーナビで中継映像を見ていたラージがそう口にした。
急いで海の方向へ愛車を走らせる。
「すげぇPowerだ!よしお前ら、すぐに車で周りを囲め!絶対スキマをあけるなよ!」
そうスミスが共有無線に対して言ったところで、中継のカメラの映像が止まった。
おそらく放送事故である以上強制的に止められたのだろう。
「……」
後方が白煙に埋もれていたフォードGT。
その車内から、サマンサが出てくる。
だが、白煙が徐々に晴れていく中のその時だった。
「サマンサあぁぁ―――ッ!!!!」
「ひっ…!」
沸き上がる白煙の中から忍者の如く現れた時雨は、サマンサに突進していく。
怒りの形相を露にした時雨は、Z33から降りたかと思いきやそのままフォードGTから降りていたサマンサへと襲い掛かる。
傍から見れば狂犬そのもの…そのあまりにも変わり果てた様子に、サマンサですら怯んでしまった。
そして次の瞬間だった。
バキッ!!
激しい音がその場に響いた。
文字通りの鉄拳制裁だった。
「があっ……!!」
車から降りた直後の勢いのままに、時雨は思いっきり突撃、そして右ストレートパンチをサマンサの左頬に食らわせた。
渾身のストレートパンチをもろに食らったサマンサは、まさかの鉄拳制裁という、あまりにも想定外の状況故に受け身をとることすら出来ずに吹き飛ばされ、そのままフォードGTに叩きつけられたと思いきや…うつ伏せで地面に倒れ込むのだった。
「うぐっ…!!」
「二度と…二度と奈美子を悲しませるな!!!!」
地面に蹲るサマンサに対し、更に追撃をするべくダッシュで飛び掛かろうとする時雨。
だが首根っこを取ろうとした次の瞬間、彼女の体は突如として動かなくなった。
後ろを見ると…時雨より身長が高い奈美子が、時雨を羽交い絞めにしていた。
その顔には涙が流れそうになっていた。
「時雨、やめて!!やめて!!!」
「離せ、離せえええ!!」
「もう、いいの!!もう…いいから…!!」
時雨は時雨自身が怒っているというよりかは、奈美子を裏切ったことに対して怒っていた。
黒い獣と化していた時雨の暴走は止まらない。
時雨よりも身長の高い奈美子でも、暴走を抑えることは出来なかった。
羽交い締めを解かんと時雨は暴れる。
「あれは…時雨!?それにサマンサ…!?何をやっているダス!!」
「時雨、何やってるんだよ!!」
「あっ、ラージ!スミス!!お願い!時雨を、時雨を止めて!!」
急いでその場にやってきたラージとスミスに、奈美子はSOSを出す。
だが、次の瞬間だった。
「があああっ!!」
油断した奈美子を見計らったのか、時雨は奈美子を思いっきり振り払った。
「きゃあああっ!!」
相棒にすら見境なく攻撃する姿はまさしくゴジラそのもの。
思いっきり振り払われたことで奈美子は羽交い締めを解いてしまい、地面に倒れた。
だが、すぐさまそばに駆け寄ったラージとスミスが時雨を再び止めようとする。
「離せ、離せ―――ッ!!」
「時雨…!落ち着くダス!!」
「何しているんだよ、時雨!!」
男2人がかりならさすがの時雨も止まるだろう。
だが、そう思った次の瞬間だった。
「邪魔を、するなあああ!!」
ドッ。
激しい音が響く。
「ぶっ!!!」
まさかの右ストレートキック。
勢い任せに腹を蹴られたラージはそのまま地面に押し倒された。
時雨は仲間にも牙を剥いていた。
「な、なんてPowerだ…これが、あの大人しい時雨なのか!?」
その蹴りの強さに、そばにいたスミスですら怖気づいた。
だがそれと同時に、時雨は羽交い締めしていたスミスの両腕を振り払い、倒れていたサマンサの方向へ突進していく。
「しまった!!」
「サマンサあああ―――っ!!!!」
「ひいいっ……!!」
遂にサマンサに迫り、勢いままに拳を振り上げる。
だが、振り上げた瞬間だった。
「っ…!?」
「時雨……すまん!!」
次の瞬間だった。
バウンサーであるビクトルが時雨の前に立ちはだかったかと思いきや、そのまま左手で時雨の右腕を掴んで受け止め、即座に時雨の腹元へ右ストレートを入れた。
ドッ。
「うっ…!」
いくら暴走しているとはいえ、彼女も所詮は若い女性。
さすがの時雨もこれには堪らずダウン、腹を抱えてその場に蹲った。
「ビクトル!」
「安心しろ、加減はした…」
女相手ゆえに流石に加減はした。
だがそれでも、時雨は地面に倒れ伏せた。
時雨は腹を抱えて蹲っている。
「ナミコ、あんた大丈夫!?」
「だ、大丈夫…大丈夫だから…」
アビゲイルが心配する中で、奈美子は軽く顔をさすってそういった。
幸いにも地面に顔を打ち付けた時の擦り傷くらいであり、大したことはなかった。
「とりあえず救護テントに運ぶぞ」
「奴の手足を縛れ!これ以上暴れさせるなよ!」
蹲ったかと思いきや体が震えている時雨を運ぶビクトルとクロエ。
時雨は大の大人たちによって既に取り押さえられていたが、それでもビクンビクンと時雨の体は震えていた。
「サマンサぁ……サマンサぁ……!!」
「落ち着け、時雨!」
「テメー、いい加減大人しくしろ!これ以上ことを荒らげるな!!」
執念か、怨念か…時雨はまだサマンサに恨みがあるらしい。
それでも、ビクトルやリッカルドと言った腕っぷしのある人々によって両手両足をがっちり固定された状態で移動していく。
「う、うう…」
「大丈夫か、サマンサ」
サマンサのところにチェイスがやってきた。
彼もサマンサを心配していた。
「ひどく腫れているな…俺たちも行こう」
「………」
奈美子に対し、サマンサの顔の左頬はひどく膨れていた。
プロボクサーが一般人を手加減なく殴ったようなもの、といえば分かるだろうか。
それくらいなまでにサマンサの左頬は腫れていた。
『二度と…二度と奈美子を悲しませるな!!!』
サマンサの脳裏には時雨の雄叫びとも呼ぶべきその言葉がこびり付くのだった。
サマンサが名づけた「Heaven and Hell」は海まで600mの所で止められた。
レースはアクシデントとして無効となり、結果も公表されることはなかった。
一連の騒動の後サマンサはチェイスの家に戻るが、奈美子が見舞いに来ても顔を出さず、自分の部屋に閉じこもったままだった。
一方の時雨も怒りが収まっていないのか、それとも申し訳なさからか、彼女の下へ行くことを一切拒否するのだった。
サマンサの左頬は、時雨の渾身の一撃を食らったこともあり見事な程に青く腫れていた。
―――翌日。
「時雨のプロレーサーデビューが近いんだろう?ニューヨークに来た本来の目的を忘れちゃいけないし、時雨の周りの人々に迷惑をかけるわけにはいかない。後のことは私達にまかせな」
「それにヒュウガを向こうで見つけるためにィ…いい手を思いついたんだよォ…詳細は追って連絡するからァ…楽しみにしててくれェ、ナミコォ…」
エマとウーゴが、サマンサの元を訪れた奈美子に対してそう言った。
「うん…ありがと」
2人の言葉に対し、奈美子はしんみりとした口調で話した。
「…サマンサのことが心配なんだね?」
「ええ…」
エマは奈美子を気にかけるようにそう言った。
やはり彼女が落ち込んでいるのが気になっているようだ。
するとリチャードが身を案ずるかのようにこう口にした。
「サマンサなら大丈夫。彼女はちょっと道に迷ってるだけだよ。きっかけがあれば絶対自分で歩ける。心配いらないさ」
リチャードはサマンサがすぐに立ち直れるだろう、そう確信していた。
だが一方で、エマがさらに言葉を続ける。
「…そういえば時雨は大丈夫かい?」
「ああ、えっと…一応。サマンサに会いたくないし、皆にも会わせる顔がないからって、伝えてくれと」
「そうかい…彼女は自分よりも、ナミコの感情を代弁してくれたんだろうね」
「まあ、無理もないよ。あそこまでの立ち振舞をした以上、彼女も後悔してるに違いないさ」
エマとしてはやはり時雨の方を心配していた。
あれだけ暴走して今日この場に姿を現していないということは、やはり心配するのは当然だろう。
だが、リチャードは彼女もすぐに立ち直れると思っているのだった。
すると、奈美子が言葉を続ける。
「でも、別に私は怒ってなんか…」
「…彼女はナミコの感情なんて関係なく、ナミコを傷つけたという事実が許せなかったんだろうね。それにしても、おとなしい子程怒ると何をしでかすかわからないって、よく言ったもんだね…」
「…あ、でも…一応、皆にごめんと伝えてくれ、って」
「そうかい…まあ、その言葉だけ受け取っておくよ。私たちは気にしていないって、彼女にもよろしく頼むね。明日は見送りに行くよ」
「あとは幸いにも、車が止まった所で中継は止まっていたんだ。彼女の暴行沙汰は気にしなくていいよ」
エマは彼女に対してはあまり積極的には触れず、「彼女によろしく」と伝えるのだった。
◇ ◇ ◇
―――事の発端は、サマンサの家を訪問する前に遡る。
「奈美子…昨日は本当にごめん!!」
「い、いや…ほら、もう大丈夫だから、頭上げてよ」
ホームにおいて奈美子は、時雨から土下座を受けていた。
いつぞやの奈美子の土下座とは、完璧に真逆の構図だった。
彼女がこれまでの仲間たちの前に顔を出さなかったのも、彼女自身が深く後悔して反省しているからだった。
顔を上げて立ち上がったところで時雨は言葉を続ける。
「皆の前にはもう顔見せできないよ…奈美子、悪いけどサマンサのところには君一人で行ってきてくれないかい?」
「ええ…?」
「お願い!僕としてはもう出る幕がないよ…」
「でも、車がないと…」
「じゃあ、近くまではいくよ…でも、皆には顔を合わせない。どうかな」
「え、ええ…まあ、それなら…でも、本当に何も覚えてないの?」
「うん…サマンサを追い抜いたところから記憶が無いんだ」
時雨の記憶はサマンサを追い抜かそうとしたところから吹き飛んでおり、サマンサを殴ったことは完全に忘れていた。
気絶していた部分も含め、ほとんどが無意識だったのかもしれない。
だがそれでもあの変貌ぶりはもはや二重人格を疑ってもおかしくないレベルであった。
「そ、そう…」
「ごめんね奈美子…何でもするから、許してくれ…」
「え、ええ…(サマンサと仲直りして、と言っても怒るだけだろうなあ…)」
奈美子としては、時雨に対してサマンサと仲直りしてほしかったが…激昂してしまう可能性がある以上、それは言えないものだった。
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―――式典から2日後、タイムリミットの日。
遂にニューヨークを旅立つ日がやってきた。
映画監督のマルコの手引きにより、諸々の手続きは円滑に済んだ。
ジョン・F・ケネディ空港にはこれまで出会った皆がこぞって見送りに来てくれたが、そこにサマンサの姿は無かった。
大勢に見送られ空港から飛び立った後も言葉少なく外を見ていた奈美子は、ずっとサマンサのことを考えていたのかもしれない。
一方の時雨は仲間たちに頭を深々と下げて謝罪をしたのと同時に、これからの事を静かに見据えていた。
「(遂に僕もプロデビューが近い…でもこれも通過点なんだ。僕が求めているのは…ユキを追い抜くのと、限界まで戦うことだから!)」
時雨は一人、静かにそう決意するのだった。
◇ ◇ ◇
―――更に二週間後。
チェイス自宅、サマンサの部屋。
そこには酒ばかりを飲んでいるサマンサの姿があった。
だがその様子は未だに立ち直っておらず、落ち込んでばかりいた。
その様子に対し、チェイスは見かねたかのようにこう口にする。
「サマンサ、ワインを飲んでるだけじゃいい知らせはこないぞ。来るのは葡萄の匂いに釣られた虫だけだ」
「……」
サマンサの左頬は未だに腫れが僅かながら残っていた。
まだ時雨の鉄拳制裁が尾を引いていた。
何よりあの時言われた言葉がまだ残っていたのである。
するとチェイスがこう口にする。
「…ケミックとオクティが作った団体が、かの国のハイウェイでカーレースの興行を行うらしい。大きな大会でナミコの父をおびき出す作戦だそうだ。そしてその大会には、時雨が追いかけている存在…『ゼロヨンチャンプ』も出すように2人から言われたという」
「……」
チェイスの言葉に対し、サマンサは顔を下に向けながらも静かに聞いていた。
彼はまた言葉を続ける。
「…そういえば彼女はあの時、父親がもうニューヨークにいないことがわかったのにすぐに帰国せず、お前を探すためにニューヨークに残ったんだったな…」
「……」
『ああ…サマンサ!本当にありがとう!今はお礼もできないから、ハグで我慢してね!はいっ、ギューッ!!』
以前、奈美子からサマンサはハグを受けていた。
そのことが脳裏にフラッシュバックする。
一方で時雨から言われたことも思い出す。
『二度と奈美子を悲しませるな!!!』
左頬は未だにズキズキと痛むことがあり、その都度その言葉を思い出させていた。
そんな中でまたチェイスは言葉を続ける。
「彼女は友達の『情報屋サマンサ』を探すと言っていたそうだ。父であるオスカーはいなくなったが、お前は代わりに大切なものを得たんだな。オスカーという無二の友を無くした俺にとっては、お前はうらやましい。そこまで思ってくれる友は一生に一人できるかできないか、だからな。そしてお前はそんな友人を裏切ったという現実と、改めて向き合うべきなのかもしれない」
「……」
グビリとワインを飲みほしたサマンサに対し、チェイスはこう言葉を続けた。
「ナミコと時雨は、お前の肩の荷を下ろしてくれたんだ。リブラを背負って、ニューヨークの街にとどまる必要はない。時雨とナミコがいるあの国にお礼をしに行ってはどうだ?それにオスカーが見ていた世界を、お前も見れるかもしれない」
「…いかないわ。興味なんて…ないもの」
サマンサはチェイスの提案に対し、そう断りを入れた。
奈美子はともかく、今もし彼女…時雨に再会したところで、何をされるかはわからない以上、サマンサとしては何もできなかった。
「たしかに時雨はかなり怒っていた以上、そう簡単には許してはくれないだろう。だが、行くことに価値があると俺は考えている。時雨は言っていたが…どうやらナミコは、時雨にとっての『命の恩人』だったそうだ」
「……」
「時雨は色々とナミコに世話になったと聞く。ナミコがいなければドライバーにもならなかったし、ニューヨークに来ることもなかった、とな。そんな話を聞いた以上、命の恩人を傷つけられて怒らない人間はいない…俺だって、親友であったオスカーの事を罵られたりしたらそれこそ怒ってしまうだろう。だから時雨の気持ちもわかる」
「……」
「時雨との関係修復は難しいだろう。だが、出来ないわけではない。実際俺に対して時雨は、『サマンサに「申し訳ない」と伝えてほしい』と言っていた…ほとぼりが冷めたら、会いに行くのも一つかもしれない…」
「……」
時雨はチェイスに対して、サマンサによろしく伝えるように言っていた。
そして同時に、彼女自身もやりすぎたことを後悔しているようだった。
「開催は数か月後だ、チケットは取っておく…俺はもう寝る。飲み過ぎには注意しろよ?『俺たち』の娘、サマンサよ…」
「…」
サマンサの部屋を出たチェイスは、そのまま立ち去ろうとした。
だが再びサマンサの部屋のドアが開いたかと思いきや、彼はこう口にした。
「言い忘れていたがサマンサよ、俺は一足先にあの国に行かなければならない」
「……?」
チェイスは例のイベントよりも先にあの国に行く必要があった。
一体どういうことなのか?
「あの国に、レベッカを必要としている人間がいる…まあ俺はあいつの子守だ」
「……」
「4日後、俺達は一足先にあの国に向かう。しばらくここの留守番を頼む。もしお前も…来る決心がついたなら、連絡しろ。チケットを手配する。まあ来るなら鍵を忘れるなよ」
そう言ってチェイスはその場を去っていった。
「(……あの国へ、か)」
サマンサはふと窓の外の夜空を見て、そう思うのだった。
世界は常に変わり続けている。
そしてリブラに属していたドライバーたちも…皆変わっていくのだろう。
そうサマンサはふと思うのだった。
時雨がニューヨークの覇者となったところでこの物語は終わるのか?
それとも新たなる戦いが始まるのか?
その答えは時雨のみが知る。
(第26話End)