「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 第二幕 2024 -いつかあの頂で- 作:カービィ改二
遂に大会が始まります。
今回は時雨が追いかけていたドライバーの実力を披露したいと思います。
―――遂に時雨は「この国」へ戻ってきた。
それと同時に、ニューヨークで知り合ったドライバーたち…ケミックとオクティの2つのパーツメーカー、そして雪風のチームのスポンサー…藤原コンツェルンと他協力会社によって実施される、国内最高規模のアマチュアレース大会…「ザ・スピリッツ」が開催されることを、Dr.ソウイチに伝える。
だが彼から告げられたのは、時雨を心から愛する男…相楽翔により、新たなるマシンが用意されているという事だった。
用意されていたマシン…「超ゴジラ」の異名を持つBNR32スカイラインGT-Rを受け取った時雨は、そのマシンで「ザ・スピリッツ」に出場することを決意した…。
帰国から1か月半後。
遂に首都高・首都環状を舞台にした大規模なアマチュアレース大会、「ザ・スピリッツ・イン・トーキョー」の開催日がやってきた。
ーーー夜17時半、トヨタアリーナ東京。
東京はお台場にある大規模アリーナ。
10000人もの収容人数があり、スポーツイベントも数多く開催されるアリーナである。
そのアリーナにおいて、遂に大規模大会…「ザ・スピリッツ」の開幕式が行われようとしていた。
「ハァーイ、エブリバディー!!今日は『ザ・スピリッツ』に来てくれてありがとー!トーキョー・カナガワのハイウェイを舞台にした史上最高にビッグスケールなレース大会が、いよいよ開催よ〜ん!」
特設ステージ中央に立つケミックの金髪女性…オリビア。
彼女がそう言うと、ギャラリーたちが皆沸き立っていた。
「このイベントは予選レースと決勝レースに分かれてるわよ〜ん!選手のみんなは、集合時間までに集合地点に集まってね〜ん!」
その言葉と共に、再びギャラリーが盛り上がる。
1万人以上のギャラリーは、間違えなくプロスポーツ並みだろう。
「イヤッホウー!!おいおいウマノ!すげえなホント!このスピリッツ・トーキョーって!!」
「ほんとだなヤジカワ〜!首都高でこんなことやっちまうなんて、主催者は頭おかしいぜ!勿論いい意味でな!」
ギャラリーの野次馬ドライバーたちが互いにそう言っていた。
やはり首都高や首都環状を貸し切ってのレース大会はあまりにも異常と言うべきだろう。
◇ ◇ ◇
―――同じ頃。
「スピリッツテレビをご覧の皆様、こんばんは。アナウンサーの桃山モエです。本日はなんと!都心の首都環状エリアを貸し切っての大アマチュアレース大会、『ザ・スピリッツ』の開幕会場からお送りします!ご覧ください、この大熱狂ぶり!!首都環状エリアを貸し切ってのレース大会はまさに前代未聞!!モータースポーツ好きの私ももう高揚が抑えられません!!」
アナウンサーとして、テレビカメラに向かって報道関係者スペースから取材する若い女性。
彼女もやはりモータースポーツが好きで、このイベントに関しては並々ならぬ意気込みを持っているようだ。
「(いや〜まさかオイラがこんな前代未聞の超ビッグイベントの撮影で関わることになるとはね!人生何が起こるか分からないもんだ!!今日は楽しむぞ〜〜〜!!)」
一方で、撮影を見守る年配のプロデューサー。
彼もやはり車好きという事もあり、このイベントに関してはとても関心があった。
そしてそんなイベントを特集番組プロデューサーを務めることになったのは、とんでもない誉れでもあった。
「ウフフ…『地底家族TV』でこの熱狂をライブで配信中…これで収益もきっとガッポガッポザマス!」
「すごい熱気…こんなの、箱根でも…滅多に、ない」
「いや~たまらないね!この熱気は、ボクたちだけ味わうのはもったいないくらいだよ!この熱気を、一人でも多くの人に伝えたいね!」
「ああ…この大イベント、俺たちみんなで見届けてやろうぜ!!」
同じ頃、会場に入り込んだ動画配信者の「家族のようで家族じゃない集団」が、既に動画配信サイトでライブ配信を実施しているのだった。
様々な人物の事情が入り混じる中、開会式は進行していく。
◇ ◇ ◇
「ついにこの日が来たわね…この国でこの規模のレースは前代未聞。最速を目指す者なら、必ず出場するはず!きっとお父さんも…!」
「そうだね…決勝に行けるまで、なんとしても勝ち続けよう!」
開会式が終わり、参加者たちが移動し始める中で時雨と奈美子は一旦ドライバーたちが移動するのを待っていた。
時雨が出るレースはまだしばらく先であり、時間に余裕があったのだ。
そしてそのすぐそばには…雪風もいた。
彼女が出るレースも少し先なのだ。
開会式が終わり、時雨に雪風が話しかけてきた。
「グレ、遂にこの日が来たんだね」
「うん…でもまずはやっぱり、総合決勝に行かないと」
「最低3回、かぁ…レース自体は少ないけど、コースがとても長いんだよね」
「うん…環状線を2周したりとか、湾岸線から横羽線…つまりストレート区間がどこまでも続く区間でレースすることになったりとか、結構振れ幅があるみたい」
今回のレース大会のコースは様々だ。都心環状線内回りと外回り、新環状ルート右回り(レインボーブリッジ経由)と左回り、横羽線から湾岸線へ戻ってくるコース、湾岸線から横羽線へ戻ってくるコース、更には八重樫線・黒羽根線・司馬庭園線を用いた周回コース。
それぞれコースによって周回数が異なるが、基本的にはどれも1レースで25キロ以上は走ることになる。
これは、山から降りたり上ったりするだけの峠とは比べて明らかに長距離だ。
コースは勾配も路面の跳ねも複雑、ストレートやコーナーも低速から超高速までとんでもなくバラエティ豊か。
とにかくセッティングが必須なコースだらけ。
一筋縄ではうまくいくはずのないものであるのは、言うまでもないだろう。
「僕はBブロック、ユキはAブロック…わかっていたけど、こうなるね」
「うん…真剣勝負は総合決勝までお預け、だね」
既にある程度決まっていたこととはいえ、すぐにはバトルはできないそうだ。
「でも、僕はユキが勝ち続けるって…信じてるから」
「そう?だったらあたしも、グレが総合決勝に来るって信じるから!」
そう言って時雨と雪風は互いに手を取り合った。
「きっと壁は高いと思う。でも…頑張って」
「時雨も頑張るけど、雪風ちゃんも応援してるから!」
「えへへ、ありがとう」
時雨と奈美子が雪風を激励するように言ったところで、時雨と雪風は手を放す。
「それじゃあ…武運長久を」
「…グレも頑張ってね!」
そう言って2人は互いの右手で作った拳を、軽くコツンと当てた。
すると、拳同士を当てた時だった。
「おいおいお前ら!俺達がいるのも忘れてもらっては困るぜ?」
「え?」
「あっ!」
「皆さん!」
そう言って現れたのは、時雨と雪風のそれぞれの仲間たちだった。
そんな彼らも今日は時雨と雪風のライバルである。
「赤沢さん!それに…チャンプ!」
「トオルにショウさんも!」
やってきた4人…相楽翔、神風のトオル、元ゼロヨンチャンプ赤沢、そして先代のゼロヨンチャンプ。
彼らもやはり、本大会に出場していたのである。
「遅れて済まなかった、時雨、ナビ子。そして雪風君も」
「あっ、はい…お久しぶりです」
ショウは時雨や奈美子はともかく、雪風に対して明るめに振舞った。
以前時雨がD1地方戦に出た時に顔は知っていたが、こうやって正面から向き合うことになるのは初めてだった。
その金髪のイケメンから感じられる威厳に、少なからず雪風は萎縮していた。
すると、先に話し始めたのは…先代のゼロヨンチャンプだった。
「雪風君やショウ君から聞いているよ…君が時雨君、そして奈美子君だね?」
「あ、はい…」
「あの、もしかして」
「ああ、先代の『ゼロヨンチャンプ』だよ。これからよろしく。あと、前の会合に出れなくて済まなかったね」
時雨と奈美子に現れたもう1人の若き男性…先代のゼロヨンチャンプ。
赤沢の前のゼロヨンチャンプであり、彼に敗れた後その後再挑戦して再度チャンプに。
そして2度目のチャンプになった後、雪風に敗れてその座を譲った。
現在は現役のプロレーサーであり、車種はMY18のミッドナイトオパールエディションR35GT-Rである。
「いえ…いいんです。あの、元チャンプは…名前で呼んだ方がいいんじゃないでしょうか?」
「うーん…まあ名前で呼ばれるのに慣れてないから、『元チャンプ』でいいよ」
「それでいいんですか?」
「フッ、相変わらずだな…まあいい」
元ゼロヨンチャンプはあまり名前で呼ばれることを好まないようだ。
メタい事を言えば「ゼロヨンチャンプ」「ゼロヨンチャンプ2」の主人公である彼は、本来のプレイヤーが名前を決める必要があるので…「名前で呼べない」のが正確なのだが。
「今回の抽選の結果、雪風は俺たちのチームのトオルとブロック決勝で戦うことになった」
「そうなの?」
「トオルさんと…」
「壁はそれなりに高いかもしれねえが…まあ勝ち抜いてもし当たった時はよろしくな。そん時は全力で勝負しようぜ」
「は、はい!」
雪風に対して軽く笑みをこぼしたトオル。
それに対して、雪風は多少緊張したかのようにそう返事をした。
そこからショウは時雨に目を向けて話を続ける。
「そして時雨…お前は勝ち進んだ場合、2回戦で元チャンプ赤沢、ブロック決勝で俺や元チャンプとバトルすることになる」
「2回戦で赤沢さん、チャンプやショウさんとブロック決勝で…!」
「壁は高い…そして俺自身手加減をするつもりはない。バトルする時は覚悟しておけ」
「まあ、俺ともよろしく頼むよ。全力で勝負だ」
「俺も相手するから、よろしくな!」
「…はい!」
3人から注目されている時雨は、多少自分を誇ったかのようにそう返事をした。
そして返事を聞いた時だった。
「よし…本来なら円陣を組みたいが、ここで変に集まるのもどうかと思う。敬礼で済ませよう」
「け、敬礼?」
「こんなところで?」
「ああ。皆頼む。士気を上げたいんだ」
「わかった…」
ショウからの提案、それは士気を高めるための敬礼だった。
時雨と奈美子が疑問に思うも、ショウに説得された。
そして時雨と雪風、そしてそれに対する男4人が向き合った時だった。
「皆の武運超久を願って、敬礼!!」
ショウが海軍式敬礼をすると、時雨も奈美子も雪風もビシッ、と海軍式の敬礼をした。
一方でその言葉に驚いたのか、赤沢と元チャンプ、そしてトオルは遅れて陸軍式の敬礼をした。
そして敬礼をした後、時雨が口を開く。
「それじゃあ、僕と奈美子は移動します。マシンセッティングを整えておきたいので」
「みんなも頑張ってね」
「ああ…健闘を祈る」
「頑張ってねー!」
「負けんじゃねえぞ!」
「頑張れよ!」
そう言って時雨と奈美子は軽く頭を下げた上でその場を去って移動していく。
その場には5人が残された。
「雪風はこの会場でいいんだな」
「はいっ、ここにいれば藤原さんが来てくれるそうです」
「わかった。じゃあひとまず解散かな…俺たちもマシンを整えたいからな」
「ああ…それじゃあ、俺も…集合地点へ行かせてもらう」
そう口にしたのはショウだった。
ショウが出るレースは時間があるものの、やはり移動が必要なため先に動き出そうとしていた。
「じゃあな、ショウ。頑張れよ」
「負けるなよ!」
「ショウさん、お気を付けて!」
「……」
残った4人に対し、ショウは軽く会釈した上でその場を離れた。
◇ ◇ ◇
愛車であるMY24式R35GT-Rに乗ったショウは、1人目的の集合地点へと移動していく。
この日のために以前以上にチューニングしたマシンだ。
だが移動していく中で、ショウはふと物思いに更けていた。
「(本当にあの2人が直接対決をすることになった場合、どっちが勝つか…想像がつかない)」
時雨と雪風の2人が本当に真剣勝負をすることになった場合、どっちが勝つのか。
それ自体は素朴な疑問である。
だが、彼にとってはどちらが勝つか想像がつかなかった。
何故なら、時雨はショウの狂愛によってこの世界に導かれ、雪風も台湾に転生してそこからこの国にゼロヨンドライバーとしてやってきたからだ。
ただの走り屋ならともかく、彼女たちは元「艦娘」…普通の人間とは違う。
普通なら当然あり得ないことだが、あの戦火の世界からこの国へと転生したのだ。
それも、方や自分のとんでもない愛が導き…もう片方もやはり何かに導かれたのか、転生できた。
方や「箱根の皇帝」、方や「現役ゼロヨンチャンプ」。
この世界に、ここまでの実力を持った元「艦娘」はあの2人以外いるとは思えない。
あの2人は互いに特別であるが、同時に互いに様々な経験を積んでいる以上、その上積みされた経験でどちらが勝つかが予想できない。
それに加えて、あることも回想していた。
「(時雨は…俺が心から愛した。サービス終了時にレベル175…つまりカンストに到達したし、おまけに今の彼女は改三だ。一方の雪風も…俺はサービス終了の時点でレベル172…ナンバー2まで到達させたし、丹陽を経て改二になった。純粋にこの因縁が関係しているというのならば、どんなことがあっても時雨に分がある。だが、今回の相手はあの雪風だ…奇跡の駆逐艦。大番狂わせもありえなくもない。先の大戦で時雨は命を落としたが、雪風は終戦まで生き延びて、台湾に渡ったくらいなんだ…)」
ショウは、「艦これ」においてサービス終了までに時雨をレベルカンストまで育成していた。
一方で、雪風に関しても艦隊のナンバー2だった。
もし純粋にこのレベル差が走りに影響するのであるならば、間違えなく時雨に分があるだろう。
何せ時雨は「改三」。普通の改装よりもさらに強化されているのだ。
だが一方で、今回の相手はあの雪風だ。
この国における戦争でも雪風は戦争を生き抜き、丹陽として台湾で活躍した。
そこは先の大戦で沈んだ時雨とは大きな違いであり…言ってしまえば、「雪風なら何でもあり得てしまう」のだ。
それは言ってしまえば、雪風が「異能生存艦」なんて称されているくらいに。
過酷な戦いを何度も何度も乗り越えてきた雪風だからこそ、レベルが上の時雨をも食ってしまう可能性は十二分にあり得る。
本当に、何が起こるかが全くもって想定が出来なかった。
「(数々のゼロヨンレースで勝ち抜き、そしてラリースト、テストドライバー、アマチュアレーサーとして腕を磨いた彼女が相手である以上、何が起こるか分からない。それこそもし時雨が負けるようなことがあったら……)」
ショウとしては時雨には負けてほしくない、壁を乗り越えてほしいと思っていた。
だが、彼女がニューヨークに行っている間、雪風もテスターやラリーで活躍して着実に経験と実力を付けた。
もしその「伸び」が時雨以上だったとしたら……時雨は雪風に食われてしまうだろう。
本当に何が起きてもおかしくなかった。
「(勝ち抜くことを信じるしかない。俺は、時雨を…そしてこの戦いが終わったら、俺は……)」
ショウとしては、もはや時雨を信じるしかなかった。
彼女の成長を、彼女のドラテクを、そして「この時代」での命の恩人…最大の相棒による力を。
だが、ふと車を走らせていると、あることも頭に浮かんだ。
「(それにしても、なぜあの人が大会に?GRスープラを借りたいと言っていたが、まさかこのために?)」
ショウは、トーナメント表に書かれていたある名前が気がかりでもあるのだった。
あの人物が、自分も知るあの人物がなぜここに?
そう思ったところで、ショウのマシンは目的地付近に到着するのだった。
―――二十分後。
雪風が1回戦に出場している。
遂に雪風が出場するレースが行われるのだ。
首都環状内回りに入ったペースカーに連れられて、6台のマシンがフォーメーションラップを走っている。
6台は芝公園入口から都心環状線浜崎橋JCTを抜け、そのまま羽田線との合流地点を走っていく。
そんな中で、最後尾にいる雪風はインカムからある通信を受けていた。
『雪風君、さっきも言ったが君の実力なら江戸橋まで80キロで走っていても勝てる。予定通りスタート直後はしばらくスローペースでいってくれ』
雪風のヘッドセットから、藤原大輔の声が聞こえてくる。
今回のレースでの監督は、雪風自身の才能を見出した彼なのだ。
彼曰く、雪風はこのレースでは1分の差をもゴールまでにひっくり返せるという。
「わかりました、江戸橋の分岐まではスローペース。そこから思い切って突撃します!」
「ようし…君の実力を存分に見せつけて、会場を盛り上げろ!そして勝ちに行けよ」
「はいっ、頑張ります!」
雪風ははっきりとした声で、そう藤原に答えるのだった。
「さあ~、1回戦第3レース、スタートよ~ん!!コースは都心環状線内回り、2周の勝負!汐留ランプウェイがスタート&ゴール。先導するリブラのドライバーのセーフティカーが汐留出口方面に入って、先頭の車が分岐の案内板を通過したところでスタートよ~!!」
「さあまもなく、第3レースが開催されます。このレースではアマチュアの走り屋たちの中でも実力者が集っているという事で、私たちも注目しています。いよいよスタートです!」
オリビアと実況のアナウンサーが互いにそう口にしたところで、ペースカーが汐留出口方面へ。
そして先頭のマシンが分岐付近の案内板の下を潜り抜けた瞬間だった。
「このポジションがある以上、ここは逃げるんだぜ…!」
「何が何でも勝ちに行く!!行くぞ!」
「くっ、逃がしてたまるガネ……!!」
「そう簡単に負けるわけにはいかないアル!!」
「っ…!!」
ペースカーが汐留出口方面に入り、先頭車両であるNC1型NSXが案内板のあるゲートの下をくぐったところで、アクセルを全開に踏み込む。
そしてそれに合わせて、後続車両もアクセルを踏み込んで加速していく。
スタート自体はクリーンなものとなった。
「さあー先行争いはNC1型NSXがリード、そこからGR86、ランエボ8、ミニクーパー、RKクーペと続きます……あら?」
実況のアナウンサーがあることに気が付く。
各マシンがスタートともにアクセルを踏み込んでいくのにも関わらず、最後尾を走っているV37スカイラインニスモが全くもって加速する気配を見せないのだ。
「これはどういうことでしょう?最後尾のV37スカイライン、スタートシグナルが出たにも関わらずスピードが上がっていません。マシントラブルでしょうか?」
「おいおいウマノ、何だあの車?ドライブにでもきたのか?」
「さあ?マシントラブルじゃね?」
アナウンサーも、一部の観客も疑問に思っていた。
レースがスタートしたのに、何故最後尾のあの車は加速しないのか?
一体どういうことなのか?
「………」
『スタートはしたが焦る必要はないぞ、君ならゴールまでに追いつくはずだ』
スタート直後の下り坂を、ローリングスタートと同じ80キロで維持したまま走行させる雪風。
藤原からのアドバイスを受けていることもあり、全くもって動揺は見られない。
寧ろ余裕すらあった。
前方の最後尾の車が視界から消えかける中で、汐留トンネルに入ったV37スカイラインニスモは80キロを維持したまま右車線を走行。
トンネルに入ってもスローペースを維持していた。
「(もうわかっているけど、首都環状はすごいコース…少し油断をしたら車が跳ねるし、道は狭いし、コーナーは種類が多すぎる…一朝一夕での攻略は難しい)」
雪風自身、車のセットアップのために何度も首都環状を走っていた。
都心環状線、深川線、向島線、台場線、羽田線、横羽線、湾岸線、大黒線。
全コースを一通り走りつくしてはいる。
だがそれでも、彼女でも一朝一夕でのコース攻略は難しいと考えていた。
「(でも…シミュレータでも何回も走ったから、イメージは出来てる。コースももう見慣れているし、今日は一般車はいない…勝てる!)」
雪風は走り込みによるマシン調整もしてあるし、藤原コンツェルン側で用意されていたレーシングシミュレータで何度も首都高を走り込んでいた。
自分のマシンに極限まで近いデータやマシンセッティングの走り込みで何度も何度も周回した以上、コースは嫌と言うほど叩き込まれていた。
それが雪風の経験でもあり、同時に彼女の自信となっていた。
普段の夜の首都高であれば一般車を避けるテクニックが必要だが、今回は貸し切りのサーキット。
サーキットレースの経験もある彼女にとっては、もはや怖いものなしだった。
◇ ◇ ◇
ーーー雪風のレースがスタートする直前、特設ピットガレージ付近。
今回の大会ではプレハブの特設ピットガレージが用意されていた。
移動前にマシンメンテナンスを済ませたところで、時雨にソウイチが話しかける。
「注目のAブロック1回戦…雪風君が出場しているレースが始まるわけだが、時雨君は雪風君が勝つと思うかね?」
「勿論、ユキが勝つと思いますね」
「ほう…まあ、やはりか」
ソウイチにとっては時雨に対して「雪風が勝つか」と質問したことは野暮だったようだ。
だがそう思っていると、時雨はこう言葉を続ける。
「ユキは…負けませんよ。あの戦いで、あの場にいた僕が…共に争い、戦い抜いた僕が保証します」
「時雨…」
静かに呟いた時雨。だが、ソウイチは「ふむ」と一息ついてこう口にした。
「確かに雪風君は嘗て不沈艦と呼ばれたが…君は少し、買いかぶりすぎていないか?」
「それでも僕は、ユキが負けることはないと…信じてます。あの頂でバトルするまでは…僕と、バトルすることになるまでは」
ソウイチにとっては時雨が雪風を買いかぶりすぎではないかと思っていた。
だがそれでも、あの戦争で共に戦い、そしてあの海で斃れた時雨にとっては…雪風は何があってもおかしくないと決めつけていた。
すると、時計を見て時雨はこう口にする。
「じゃあ奈美子、先生、僕もレースがあるので…」
「ええ…無線で応援してるからね!」
「あとは無線で連絡するよ…ヘッドセットを忘れないでくれ」
「はい…行ってきます」
ポケットに入れていた小型ヘッドセットを右耳に取り付け、時雨はBNR32に乗り込んでいく。
すぐ近くに止められていたBNR32は、VR38による怪獣のように獰猛なエンジン音を唸らせたかと思いきや、ゆっくりと集合会場へと発進した。
「相変わらず、末恐ろしいマシンだな…」
怪獣の咆哮に近いその爆音を聞き、ソウイチは静かに呟くのだった。
モニター上に映されているマップには、既にBNR32の座標が表示され…座標はそのまま集合会場へと向かっていく。
推奨BGM:I'M CRAZY FOR YOUR LOVE(from EUROMACH3)
―――時雨がレースに向けて移動している頃。
1台のんびりと80キロで走っていたV37スカイラインニスモは、江戸橋ジャンクションを左方向…都心環状線内回り方面へと移動していく。
一定の速度を維持しながら、ついにヘアピンを抜けて深川線からの合流地点を通過しようとしている。
既に前方のマシンとの差は既に圧倒的なものとなっていた。
だが、合流地点を走り抜けようとしてた時に雪風はヘッドセットにかけてこう叫ぶように声を掛けた。
「江戸橋のヘアピンを通過しました!」
「よし、思いっきりやれ!スタートだ!!」
「はいっ、突撃します!」
藤原の声を受けた雪風は、アクセルを全開に踏み込んでマシンを加速させる。
パドルシフトの右パドルをカチカチと押しつつ、マシンを順当に加速させていく。
風が唸るかのようなエンジン音は響かせ、加速していくスカイラインニスモ。
速度は80キロ台からあっという間に230キロに到達した。
それでも雪風は、時にハンドルを適度に切りつつも跳ねまくっている路面を気にすることなく、アクセルを全開で踏み続ける。
「あれが雪風、ね…時雨が追いかけているドライバーなんだね。しかしスタートから第1チェックである江戸橋までにトップと1分近く…今で1分ちょっとのディスアドバンテージをつけるなんて、どういうつもりかね?まさか追い抜きに?」
関係者ブースで中継映像を観ていたビッグママ・エマ。
雪風のマシンが加速していく姿を見た彼女は、スタート直後の脱落を「わざと」やったと認識していた。
テレビ中継のアナウンサーが「マシントラブル」と言っていたが、加速する姿を見る限りそうは思えない。
だがもし、わざとやったのなら何故なのか?
パフォーマンスにしても…あり得るのか?
理由が思いつかなかった。
だが、考えている中で…スカイラインニスモは、5位のマシンに接近しようとしていた。
「クソ…!あまりにパンピーすぎて本気を出せねえ!こんなんじゃ黒威グループの恥さらしだ!!なんとしてでも前に…」
『レイン様!後ろから1台来てます!猛烈なスピードです!』
「はァ?何だって?さっきマシントラブルでさっさと後方に消えたマシンが?」
『はい!』
竹橋JCT付近を走行する5位のマシン…RUF・RKクーペを操縦する紫髪で黒いコートを羽織った男は、部下からの無線を受けていた。
―――"死神"レイン。
金融企業「黒威グループ」の幹部。
年齢は若く見え、紫色の髪で黒いコートを羽織り、髑髏のプリントが入った黒いシャツを着ている。
気分屋の上に目的を果たすためなら手段を選ばない傲慢な性格で、自分がやったことを棚に上げたり相手の約束を無効にしたりと自己中心的。
レインの名の由来は「バトルに負けた者たちが実力の差に打ちひしがれ、涙雨で身を濡らす」ことから。
そのため、自分の本気度を「天気予報・降水確率」に例え、100%になると「死神」のオーラを発動する。
実は時雨とも因縁があったのだが、彼女に敗北したことが影響で黒威グループでの地位は低下。
その後は一時期行方をくらましたが、汚名返上もかねて本大会に出場していた。
だが本大会のドライバーたちは皆強豪揃い…おまけに首都環状の経験が少ない彼にとっては、苦戦を強いられるのも無理のない話だった。
愛車は黒のRKクーペ。
「面白え…やってや……」
竹橋JCTを抜け、目の前に北の丸出口と北の丸トンネルが見える中で、RKクーペは右車線を走る。
こうなったら後方からやってくるマシンの進路妨害をしてやろう。
だが、そう思った次の瞬間だった。
「(あっかんべー!)」
「へ?」
北の丸出口前の左高速コーナーを抜けて、後方のライトを認識した瞬間だった。
左サイドをグレーのスカイラインニスモが、まるで一般車を追い抜かすかのような勢いで追い抜いて行った。
電光石火の瞬間移動そのもの。
まるで自分の車を止まっているかのように認識していたそのマシンは、あっさりとRKクーペを追い抜くのだった。
「なっ…なああ!?」
180キロは出しているRKクーペ。
だが、例のスカイラインニスモは明らかにそれ以上の速度で走り抜ける。
目の前の北の丸トンネルへと飛び込んだスカイラインニスモは、レインの視界から徐々に小さくなっていく。
目視で見ても280キロ以上は出ているのではないか?
「何だありゃあ…速すぎる!追いつけねえ!!」
アクセルを全開に踏み込んでも200キロ程度となるRKクーペの加速。
そしてそのまま前方のスカイラインニスモは、トンネル出口前にある右高速コーナーの先へと消えた。
「クソッ、おい!!なんでもっと早く連絡しなかった!!」
『それが…例のマシンはこの狭い環状線で260キロは出ていて、気がついたときには…』
「う、嘘だろ…?」
いくら走り屋としての経験があるレインにとっても、相手のスピードがあまりにも異常であることはすぐに把握できた。
この狭い環状線で260キロ?
とても信じられないことだ。
「(こんな右にも左にも振り回される、狭い環状線の神田橋付近で260キロ以上を出していた!?頭のネジ何本吹っ飛んでやがる!!)」
江戸橋から神田橋までの区間は狭くてパンピーな高速コーナーセクション。
だからこそ些細なハンドルミスが命取り。
高速コーナーとは言え跳ねる以上ハンドルを奪われてもおかしくないのだ。
一体あのスカイラインニスモのドライバーは何をしたというのか。
まるで一般車を追い抜かすような感覚で追い抜いて行ってしまった以上、嫌でもその実力は思い知らされた。
「ば、化け物か…クソッ!!」
RKクーペのハンドルを右手の拳で強く叩くも、レインのマシンはあっさりとスカイラインニスモに置いてけぼりを食らうのだった。
これではもう自分の地位は完全に地の底に落ちてしまいかねない…レインはそう思うしかなかった。
―――一方でマシンをある程度減速させた上でドリフト状態になりながらも、千代田トンネルに飛び込んだスカイラインニスモ。
速度は180キロ台まで落ちていたが、そこで雪風がハンドルを右に曲げてカウンターを当てながらマシンを滑らかに加速させる中で、藤原に対して無線を入れる。
「大輔さん、まず1台振り切りました!」
『いいぞ…だが予定よりも速いペースだ。タイヤマネジメントをしっかりしろよ!」
「はいっ、頑張ります!」
この時点では雪風の走りは想定以上のハイペースなもの。
それを注意させるように藤原は伝え、雪風もそれに対して応答する。
雪風はマシンのタイヤに気を配りつつも、スカイラインニスモをトップへ向けて快走させる。
千代田トンネルでアクセルは当然べた踏み…あっという間に250キロ以上の速度でコースを駆け抜けていく。
◇ ◇ ◇
―――雪風がRKクーペを追い抜いた頃。
「あーーーっと!!スタート直後にマシントラブルで後方に消えていたV37スカイライン、5位のRKクーペをあっさりと追い抜いたーーー!!先ほどのマシントラブルによるスローペースは演技だったとでもいうのかーーー!!?」
実況現場では大騒ぎとなっていた。
テレビ撮影のアナウンサーが大声で叫ぶ。
先程のスタート時点で大きく後退していたスカイラインニスモが、想像を絶するレベルの猛烈なスピードで追い上げてきているのだからそう大声で叫ぶのも無理のない話なのだが。
そんな言葉を聞いた以上、会場では一気に大歓声が上がっていた。
ドベからの大復活劇…そんなものを見せられてしまったら、オーディエンスは盛り上がるのは当然と言えば当然かもしれない。
「何だと…最初のチェックで1分のディスアドバンテージをつけて、それを猛烈な勢いで追い上げている!?」
「嘘でしょ…!?スタート直後にスローペースでスタートしたのは、わざとだったっていうの!?」
一方、特設ピットガレージにてソウイチと奈美子は情報を受け取っていた。
どうやら江戸橋のチェックポイントの時点で、トップのマシンとの差は1分程あったという。
それを例のスカイラインニスモは、猛烈なスピードで追い上げて確実に詰めようとしている。
それほどなまでにドライバーの実力も、マシンのスペックも高いという事は…ソウイチも嫌でも思い知ることが出来た。
「時雨君が『勝つ』って言っていたのも無理はない…これは、想像を絶するほどにとんでもないドライバーだ!経過観察はおろか、要観察レベルだな…もし実際に2人がオペをすることになったら……」
「やっぱり、時雨は……」
こんな実力を出されてしまっては……正面対決をする場合、時雨は勝てないかもしれない。
一瞬だけだが、そう2人は思ってしまった。
雪風の走りは、2人が怯むほどに恐怖と言う感情を与えていたのだ。
時雨は余裕を持った走りをすることは出来るが、追い込まれているのにあそこまでの走りをすることが出来るとは思えない。
はっきり言えば、雪風の潜在能力は時雨よりも遥かに上であろう…いやでも2人は思い知らされるのだった。
「もう見てもらってると思うけど、今回はドライバー同士のバトルを、迫力あるカメラカーの車載カメラでもエンジョイしてね!もちろん、カメラカーも凄腕ドライバーよ!ニューヨークでは誰でも知ってる凄腕ドライバーたちの組織、『リブラ』の皆さんよ〜ん!」
オリビアがそうカメラに向かって言う。
「今説明があった通りニューヨークを席巻したドライバー集団、リブラの皆さんは元レーサーの皆さん。そんな方々により、後方から迫力あるレースをお送りすることが出来ています!私もカメラカーに同乗して、皆さんを追い回してみたいほどです!!」
一方で、中継用カメラに向かってアナウンサーの女性もそう言っていた。
―――同じ頃、首都高黒羽根線。
レースをするマシンたちの後方で、カメラカーとなるVAB型WRXが走っている。
運転席の男…「砂漠の悪魔ケヴィン」と、例の「神の手」…が会話していた。
「グフフフ…資料は読み込んでいたとは言え、噂通り首都高は相当ピーキーなコースだな。ハイウェイでこれほど楽しめるとは思わなかったぜ」
ケヴィンにとっては首都高はとんでもなくピーキーのようだ。
以前どこかの漫画で、「この国の人間は大都会にサーキットを作ってしまった」と言わしめたほどのコース…首都高。
それはやはり、ケヴィンにとっても実感していた。
だが同時に、助手席にいるある男の事が気になっていた。
「ていうか、なんで『お前』がカメラマンなんだ?確かにSTAFFの腕章はついてるが…『お前』、カメラは素人だろうが」
「気にするなよ、ケヴィン。決勝レースまで暇なんでな、ツテで頼み込んでやらせてもらってんだ。まあ、俺のことは気にしなくていい」
「神の手」…ヒュウガ。今回のチャンピオンとして決勝レースに出場することになっている男だ。
その男が、何故かケヴィンのマシンの助手席にいる。
決勝レースまでは暇であるのはわかるが、まさかここで乗ってくるとは思ってもいなかった。
だがレースのカメラカーとしてWRXを走らせている以上、ケヴィンとしてはそれ以上言及する暇はない。
とはいえ、何か企んでいるのではないか…という事も少なからず察していた。
「グフフ…何か企んでやがるな?どうでもいいが、邪魔はするなよ。コ・ドライバーじゃないなら、マリオネットのように大人しくしてな」
「おう、アンタの走り、楽しませてもらうぜ」
そうヒュウガが言ったところで、WRXはレースの後方から追跡していく。
◇ ◇ ◇
―――雪風が参加しているレースの開始直前。
「やっとついたわ…それにしてもトーキョーって、どこもかしこもビルばっかりで方角感覚が狂わされるわね」
フードを被った金髪の例の女性…サマンサ・ウォードは遂に東京の地へと降りていた。
目的地である観戦会場よりはるかに離れた東京駅八重洲口に彼女はやってきていた。
だが、住み慣れたニューヨークとは異なり、ビル群の数々に圧倒されていた。
そして同時に、資料を見た上であることも気にしていた。
「しかもこの国のハイウェイは…テーマパークのカートコースじゃないのよね?…クレイジーだわ」
例のコース…首都環状、首都高。資料や映像資料を見ただけではあるが、サマンサにとってもあまりにも複雑怪奇なコースだった。
こんなところでレースをするというのか…とんでもないことだ。
そう思ったのと同時に、ある悩みも持つことになった。
「おまけに鉄道や地下鉄、バスで移動しようとしても、針の穴を縫うかのように入り組んでいて、わかりにくいっちゃありゃしない…」
サマンサは東京の混みごみとした交通網に呆れていた。
こんなにも複雑では、どこにいけばいいのかもわからないほどだ。
おまけに東京駅は新宿駅や梅田駅にも負けず劣らずの大型ダンジョン駅。
成田空港から特急列車に乗ってきたは良いものの、横須賀線地下ホームから何処へ行けばいいかわからず、散々地下や駅ホームをさまよう羽目に。
何とか東京駅を脱したのはいいが、既に迷子同然。
おまけに予定の時間を30分以上オーバーしているため、何としてでも急いで会場に行く必要があった。
「ただでさえこの駅で時間をロスした以上、仕方ないわ…」
そう言ったサマンサは、急いで出口へ向かう。
八重洲口の駅前ターミナルへやってきた彼女は、あるものを探す。
「Taxi……!」
タクシー乗り場を探すサマンサ。
目視で確認した彼女は、急いでタクシー乗り場へ。
夜の早い時間帯ということもあってまだ客の数は少なく、タクシーが待機している。
行灯を付けた白色ボディに両サイドに青ラインのが入ったタクシーが先頭に止まっている。
「Hey, Taxi!」
サマンサに気が付いたタクシードライバーが、停車していたタクシーのドアを開ける。
ドアが開いたところでサマンサは乗り込んだ。
「お客さん、どちらまで?」
ドアを閉めた上で、運転手が質問してきた。
「あ、えっと…I want to go 『ザ・スピリッツ』Championship place…」
そう言って運転手に例の大会の会場まで向かうように指示するサマンサ。
だが、この運転手に分かるのか?
そう思ったサマンサは、チェイスが待つ場所が記された地図アプリを提示する。
「『ザ・スピリッツ』のplace?…OK!Do we go faster?」
「…Please」
分かりにくかったかもしれないが、運転手には伝わったようだ。
おまけに早く移動することを提案されたサマンサ。
今はなるべく早く義父であるチェイスの元へ行く必要がある。
そう思った彼女は、速く車を移動させるように指示するのだった。
そしてそれを聞いた運転手は…軽くニヤリとしたかと思いきや、料金メーターを設定してこう口にした。
「Sure.Please set your seatbelt.Be careful!」
「Huh?…っ!?」
急発進で一気にシートに押し付けられたかと思いきや、八重洲通りに入ったタクシーはそのまま高速で「ザ・スピリッツ」の観戦会場へと向かっていく。
◇ ◇ ◇
―――サマンサがタクシーに乗って移動している最中にて。
特設ガレージにて、Dr.ソウイチと奈美子が時雨のバトルの様子を見守っていた。
だが、レースはまだ始まっていない。フォーメーションラップであった。
「時雨が出ているレースのフォーメーションラップが始まったが、まだスタートは先のようだな」
「ええ…ってあれ?あの2人は」
ふと気になったかのように奈美子が周りを見ると、見慣れた2人の男と女がこちらにやってきているのが見えた。
「おう、ナミコ!やっと見つけたぜ…」
「久々だな」
そう言って現れたのはオクティのパワー主義男とペインターの女。
やはり顔見知りだった。
「スミス、クロエ!お久しぶり!」
「時雨は…もうレースに行ったのか」
「うん。今回のレースは同乗が出来ないから、無線で指示することになっているわ。もうじきスタートだけどね」
今回のレースでは普段と同じようにナビをすることは出来ない。
レースと言う形もあり、必要に応じて無線でのナビをすることが出来る。
とはいえそれができるかどうかはその人物がいるかどうかにも影響されるので、参加者全員にナビがいるという訳ではなかった。
すると、会話を気にしたソウイチが話かける。
「奈美子君、知り合いかい?」
「あっ、ソウイチ先生!…えっとね2人とも、この人が時雨のレース監督であるソウイチ先生。先生、この人はニューヨークで知り合ったスミスさんとクロエ…スミスさんはタクシードライバーで、クロエはカーペイントの天才なんです」
「ほほう…初めまして。私は高島ソウイチ。時雨君のレース監督をさせてもらっている」
レース監督、と聞いてスミスとクロエの2人は軽く身構えた。
明らかにしっかりとしている男性だ。
まさかこんな人が時雨の監督とは…そう思っていた。
「お、おう…スミスだ、よろしくな」
「クロエだ…よろしく。しかしレース監督なんて、本格的だな…」
「うむ。時雨君はまだアマチュアだから小規模とはいえレーシングチームのドライバーだからね」
「レーシングチーム!ビッグママから聞いてたが、やっぱりアイツはただもんじゃねえな…」
「レーサーデビューの話も、マジだったんだな…」
スミスとクロエは時雨がレーサーとしての修行のためにニューヨークにやってきていたという事を聞いていた。
そしてそうである以上、彼女のためのレーシングチームもあるのではないか…とは思っていたが、やはり実際にあるとなると、それはそれで驚くしかなかった。
「それにしても2人ともどうしたの?もう時雨は次のレースに向けて移動しちゃったけど…」
「今日俺達は大会スタッフの一員なんだよ。その仕事が一段落したから、時雨とナミコを探し回っていたわけさ」
「ところで、父親はもう見たか?」
「ううん、まだなの…やっぱり時雨のレースもあるからね。でも、勝ち続ければ会える…そんな気がするわ!」
「…それなんだがよ、いい情報があるんだ」
「いい情報?」
奈美子がそう口にすると、クロエはこう返した。
「一瞬だけ見たが、ヒュウガはこの大会にいる。以前と同じ服を着ていたから間違いねえ。最後のチャンピオンとして出てくるはずだぞ」
「本当!?」
「よかったな、奈美子君。決勝まで行けば確実に会えるだろう」
「先生…やっとお父さんに会えるのね。ありがとう、クロエ!」
「なあに、気にするな。時雨に頑張るように伝えてくれよ」
クロエが時雨に対して頑張るように伝えてほしい、と言ったところで奈美子はあることを思い出したかのようにこう口にする。
「あ、そうだ2人とも…実はその時雨から、『もし知り合いに会ったら』って伝言を頼まれているの」
「伝言?」
「何だよそれ?」
スミスとクロエが聞き返したところで、奈美子が真剣な顔をしてこう口にした。
「『僕なんかの活躍よりも、ライバルである雪風の活躍を見てほしい』…って」
奈美子は真剣にそう言ったが、2人にとっては疑問でしかなかった。
一体どういうことなのか?
「Huh?自分なんかよりもその…ライバルの活躍?」
「ユキカゼって…レースに出てる、雪風選手の事か?オリビアも言っていた…」
ニューヨークで修行をした自分よりも、そのライバルの方を気にしてほしいとは一体どういうつもりなのか?
名前自体は聞いているが、一体なぜなのか?
そう思ったところで、奈美子が言葉を続ける。
「ええ…時雨はね、その人に追いつくためにアメリカまで行ったようなものなの」
「…マジかよ?どんだけすげえんだ?」
「それは……」
すると、奈美子が雪風のことを話そうとした時だった。
ライブ映像から実況のアナウンサーによる大きな声が響く。
「こちらは第3レース!5番手に浮上した雪風選手、すごい追い上げだーーー!!トップとの差を徐々に縮めています!!」
◇ ◇ ◇
推奨BGM:CRAZY FOR YOU(from SUPER EUROBEAT vol.87)
―――数分後。
雪風が駆るスカイラインニスモは霞が関トンネルの前半部分を走行していた。
「今霞が関出口だな?もうすぐ次のライバルに追いつけるはずだ」
霞が関トンネル内を260キロ以上という爆速で通過するスカイラインニスモ。
霞が関出口付近の右直角コーナーに対し、前もってブレーキを掛けて減速した上でコーナーに飛び込む。
そんな中で雪風は藤原から無線を受けていた。
「了解ですっ!車種は何ですか?」
「黒のミニ・クーパーだ。この先のストレート区間で捻り潰してみせろ」
「わかりました、見つけたらすぐに追い抜きますね!」
「ああ、やってしまえ!」
霞が関出口付近の右直角コーナーを走り抜けたスカイラインニスモは、220キロ台から260キロ以上の速度まで加速して疾駆していく。
「(うぐぐっ、ここ最近忙しかったのもあるけど…やっぱり首都高は箱根以上にテクニカルで、思い通りに操縦できないアル…)」
クーパーのドライバーである女性…中国人の女性はそう苦戦しつつそう思っていた。
―――"朱雀"のシャンラン。
箱根の市街地エリアに構える人気中華料理店「武禄軒」の看板娘。
茶色髪の左右のお団子ヘアにシュシュを付け、朱雀の柄が入った赤いチャイナドレスを着ている。
語尾に「~アル」と付けるのが特徴。
あっさりとひねくれた性格で、言い寄ろうとする者に「秘孔を突く」と脅す。
「朱雀」の称号を持つ中華街界隈の超級ドライバーで、免許取り立てで無名だった頃に「中華街最強王者決定戦」で優勝をかっさらう程ドラテクの技術は高いのだが当の本人はバトルにはあまり興味がなく、イメージを崩したくないためにやる気を出せずにいた。
しかし今回の大会の話を聞き、店の仲間や父親と特訓を重ねるうちにやがて「走り」の楽しさに目覚めるようになる。
父特製の月餅が好物で、食べる個数が多いほど実力を発揮する。
搭乗車種は黒色のR56型ジョンクーパーワークス。
ここ最近は多忙だったようで、あまり走り込みが出来ていないようだ。
首都高と言う複雑怪奇なコースに対してもまだ順応していないとも思われる。
「(最近はテレビにも取り上げられて客がわんさかやってきて、走りの時間も大して取れなかったアル…でも、それを言い訳にしたくはないアル!)」
今回、シャンランのマシンはマシン調整不足と走り込み不足と言う二重苦に陥っていた。
やはりその原因は、テレビで取り上げられたことによってただでさえ多い客足がさらに多くなってしまったことが原因だろう。
そんなこともあって本日の走りは不調気味で、あえなく4位と言う順位にいた。
「(ストレート…!なんとしてでもスピードを稼がなきゃマズいアル!)」
霞が関トンネルを抜けた先にある赤坂ストレート。
数百メートルながらストレート区間である以上、ここで少しでも加速してスピードを稼がなくてはいけない。
トンネル出口で180キロ台だったが、そこからアクセルオンで200キロまで加速する。
しかしストレート直前の緩い左コーナーを立ち上がり、左車線を走っていた時…無線から悲痛な声が響いた。
「シャンラン!スタート直後に脱落していたスカイラインが追い付いてきてるヨ!!」
「へ?さっきのスカイラインが…?」
父親の声だった。
「3…2…1…」
前方を走る、左の緩いコーナーを走っているジョンクーパーワークス。
それを雪風は視界に捉えてカウントをした。
「(突撃!)」
緩い左コーナーを立ち上がり、赤坂ストレート突入。
アウトインアウトでコーナーを駆け抜けたかと思いきや、ストレートの中間で左車線を走るクーパーを右車線から追い抜きにかかる。
当然アクセル全開で、全くもって躊躇はない。
雪風の視界にあっという間にクーパーが迫り…谷町JCTが近づく中、ストレートエンド寸前でスカイラインニスモはあっさりとクーパーをオーバーテイクして後方へ消えた。
相対速度としては+100キロは軽くある。
まるで一般車両を追い抜くような感覚で、あっさりとクーパーを調理してしまった。
「うわああっ!?」
「シャンラン…!?大丈夫ネ!?」
後方からの突然の突風に襲われて、クーパーが揺らぐ。
それくらいの猛烈なスピードで追い抜かれたのだ。
風圧に押されて左回転しそうになるが、慌ててブレーキを踏み込んで右にハンドルを曲げることで事なきを得た。
だが、グリップを回復したところで200キロ出ていた速度は130キロまで下がっていた。
「ぬ、抜かれたアル……一瞬だった、アル!」
「はあっ!?まさか、例の車にネ…!?」
谷町JCT直前にある数百メートルのストレート…赤坂ストレート。
そのストレートエンドにおいて、スカイラインニスモは余裕で300キロ以上を出していた。
赤坂ストレート直後の高速コーナー地帯もそのままのスピードを維持して、あっという間にクーパーのドライバーの視界からスカイラインニスモは消えた。
「そんな……うぐぐっ、もっと調子が良ければ…!」
ここ最近の多忙とマシン調整不足が原因で下位に沈んでしまったが、どんなに言い訳をしても遅いのは言うまでもない事実。
本来自分が持つ「朱雀」の力を出すタイミングすら与えられなかった以上、敗北するのは当然と言えば当然だったのかもしれない。
急いで前方のマシンを追いかけるが、追いかけ始めた時点で既にスカイラインニスモは遥か彼方へと走り去っていたのだった。
こんなにも相手にされないとは…彼女にとってもあまりにも想定外すぎて茫然とするしかなかった。
「ふーん、ふふーん」
一方の雪風。
ブレーキを踏んで減速させたかと思いきや、そのまま軽くタイヤを滑らせて一ノ橋JCT直後の左直角コーナーをドリフトで立ち上がるスカイラインニスモ。
そんな中で雪風は軽く鼻歌を歌っていた。
走りが楽しくなってきたのか、それとも心理的な余裕からか?
だがその声は、監督でもある藤原の元にも届いていた。
「鼻歌なんて上機嫌だな?」
「えへへ、やっぱり楽しいんですよ」
「そうか…まあ、足元救われないように気を付けろよ!君なら問題ないと思うが」
「はいっ、気を付けますね!」
藤原は雪風の実力を信用しつつも、注意するようにそう告げた。
一ノ橋JCTから芝公園方面へのストレート区間を、スカイラインニスモは290キロ近い速度で駆け抜けていく。
◇ ◇ ◇
「あいつが、そうなのか?」
「ええ…」
実況映像を見ていたスミスが恐ろしいものを見ているかのようにそう呟いた。
それに対して奈美子は静かにそう言うしかなかった。
実況映像が流れる中で、中継用のアナウンサーによる声が響く。
「雪風選手、スタート直後から江戸橋JCTまで超スロー走行でしたが、ここに来てまさかのとんでもない追い上げ!あっという間に4位のクーパーを追い抜いたーーー!!トップとの大差も覆せるかもしれません!!」
アナウンサーによる言葉を聞いたスミスとクロエは愕然とするしかなかった。
「…マジかよ?トップと1分差を追い詰める勢い!?」
「あの速さ…素人の俺でもわかる。とんでもなくCrazyなPowerじゃねえか…!!」
とても信じられないことが目の前で起こっている。
あの時雨でもやらなさそうなことが、目の前で起こっている。
「クレージー」…この一言に尽きてしまうだろう。
だがそんな中で、映像を見たソウイチはこう呟いた。
「…驚いたな。ディスアドバンテージを自ら課して、それをひっくり返そうとしている」
「Huh?どういうことだよ?」
「レース状況を見る限り、あれはわざとやったんだと思われる」
ソウイチはスタート直後に脱落していた姿を見ていた。
それが今、明らかに猛烈なペースで走行することでアドバンテージをひっくり返そうとしている。
普通に走れば大逃げで勝利出来てしまうだろうが、ここではあえて不利なアドバンテージを付けている。
これは一体どういうことなのか…と考えると、やはり彼女が彼女自身の実力を披露するためのパフォーマンスだと、ソウイチは考えていた。
「わざと…?何のために?」
「おそらくは、オーディエンスを盛り上げるためのパフォーマンス…これはとんでもない相手だぞ」
「観客を盛り上げるための行動ってことか…だが、そんなことをして勝てるのか!?」
「……勝つわ」
ソウイチの言葉にクロエとスミスが驚く中で、「雪風が勝つ」と答えたのは奈美子だった。
その顔は明らかに真剣そのものだった。
「ナミコ?そんな断言して…」
「勝つと思うわ…時雨もそう言っていたし、あの実力を目の当たりにした以上、そう言う事しかできない」
「ナミコ……」
2人がその光景を異様に思う中で、奈美子はこう言葉を続ける。
「時雨はあの子と、ニューヨークに来る前にバトルをしているの…それで、時雨を追い詰めた」
「……マジかよ?」
「ええ…バトル自体は時雨が勝ったけど、時雨は言っていたの。『この勝負は僕の完敗だ』って…」
「ニューヨークを制した時雨に、そこまで言わせるとは…TerribleなPowerというべきだな。もし直接対決をすることになったら、時雨はホントに勝てるのか…?」
スミスがそういった所で、場の空気は悪くなる一方だった。
だがそれを見かねたクロエがこう言葉を告げる。
「ま、まあ…時雨が負けるって決まったわけじゃねえし?ほら、奈美子!あいつが優勝したら優勝カップにイカしたペイントしてやるって…伝えてくれよ。あ、あたしたちまた仕事があるから…」
「そうだな、悪いがまた後でな」
「うん…じゃあね」
そう言ってスミスとクロエは気まずそうにしながらも、時雨たちのチームの元を離れるのだった。
するとそれを見たところで、ソウイチが奈美子に話しかける。
「奈美子君、時雨君のレースが間もなく始まるようだ。ヘッドセットを付けてくれ」
「あっ、はい」
そう言って奈美子は手渡されたヘッドセットを頭に付けた。
そして付けられていたマイクで時雨に話しかける。
「時雨ー!聞こえる?」
『うん、聞こえるよ奈美子』
「ついに第1レースよ。雪風ちゃんにも負けないよう、頑張りましょ!」
「ありがとう、頑張るね」
『周りの状況や残りの距離などは適宜報告するから、もし何かあったら伝えてほしい』
『わかりました、お願いします…それじゃあ、スタートしたらすぐにトップに立つようにしますね』
「大逃げの戦法か…了解した。スタート直後の混乱に気をつけてくれ」
『はい、気をつけます』
ソウイチと奈美子に対し、時雨は冷静に作戦を伝えた。
雪風が観戦会場を席巻する中、時雨が出場するレースもついに始まろうとしていた。
―――時雨のレースが開始されて数分後。
「1回戦のレースも好調に進んでいるわね~。ところ変わってこっちでは…優勝候補の1人である時雨も、順調にレースで走行しているみたいね!まだまだ盛り上がっていきましょー!リブラの皆ー!撮影車両の運転、引き続きよろしくね~ん!」
ライブ映像に伴い、観戦会場のオリビアがそう告げる。
「…なるほど、リブラの皆はカメラ役、か。適材適所ってことね」
スマホで中継映像を見ていたサマンサは、そう静かに呟いた。
彼女は既に観戦会場にやってきていた。
裏口の関係者入口へと入ってくる。
そしてそこには、前もって連絡を受けていたチェイスの姿があった。
「サマンサ、やっと来たか。決勝ぐらいになると、撮影車両のドライバーもトップレベルでないといけないからな」
サマンサの姿を見たチェイスがそう口にする。
ということは、まさか?…そう思ったサマンサがこう口にする。
「私に走れっていうの?観客の1人としてワインを飲みながらエンジョイしようと思ってたんだけど。…ワインよりは『サケ』かしら?」
サマンサとしては決勝レースにカメラカーの運転で出ることは好まなかった。
一人静かにしていたいと思っていたのである。
だがチェイスはこう言葉を続ける。
「オスカーが見ていた世界は、フロントガラス越しにしか見えない。それに、オスカーもお前も、走っている時が1番セクシーだ」
「…パパ。私はもうおだてられて、舞い上がる子供じゃないわ…私から離れていくリブラの皆を見て、素直に喜べるほど大人でもないけど」
チェイスの言葉に対し、サマンサはジョークであると受け止めた。
あまりいい心地がしなかったのである。
それでもチェイスは言葉を続ける。
「離れていく?それは間違いだ。捨てることもできた組織の名前を使い続け、全員が今なお走り続けている。とんでもない頑固者の集まりなのか、それともどうしようもない偏屈共か…俺にはわからない。皆お前が作った組織に拾われた連中だ」
「…そう」
チェイスとしてはリブラのドライバーたちが今も走り続けていることを誇りに思っていた。そしてそれは、サマンサの功績であるという事を直に伝えるのだった。
だがチェイスはここである言葉を口にする。
「そうだサマンサ、すまんが少ししたら移動しなくてはいけない。レベッカの件で、挨拶をするべき人間がいるようだ」
「……」
「少ししたらここを離れさせてもらう。例の人物がこっちに来ていたら移動するから…決勝レースの件は考えておいてくれ」
自分の娘…レベッカに仕事を与えた「ある人間」。
それは、チェイスも今後世話になるであろう人物の1人。
その人間が、この大会に関係者として出ているようだ。
果たしてそれは一体何者なのか?
◇ ◇ ◇
―――その頃、時雨のマシンは八重樫線を爆走していた。
後方のマシンとの車間距離は軽く100m以上。
それくらいなレベルで圧倒していた。
『後方とのタイム差を教えてください』
「現在のタイム差はプラス4秒だ。スタート直後の大逃げが大きかったようだな…そのペースを維持し続ければ、ゴールまで食いつかれることもないだろう。今後の事も考えて少し慎重になるのも選択肢だが、君に任せるよ」
特設ガレージにおいて、レースモニターを見るソウイチ。
時雨のマシン…BNR32と後続のマシンとのタイム差を確認していた。
タイム差的には今の彼女であれば問題ないだろう…そうソウイチは認識した。
『わかりました、今のペースを維持します。後ろから追い上げがあってタイム差が縮まりそうだったら言ってください』
「了解した。ただし水温油温やタイヤ管理も忘れないでくれ」
「今のままならいけるわ。でも油断しないでね、時雨!」
『ありがとう…頑張るね』
別のコース…八重樫線でレース中の時雨。
既にスタート直後の大逃げが決まり、大幅なアドバンテージを得ていた。
無線越しでも精神が安定しているのを、ソウイチも奈美子も聞き取っていた。
無線を終えた奈美子は、今の調子なら問題なさそうだと一息つく。
「先生、ちょっと離れていいですか?少し緊張しちゃって…」
「まあ、無理もないさ。今の時雨君の事は私に任せてくれ。さっきみたいに知り合いが来る可能性もあるんだろう?」
「あ、はい…」
そう言って奈美子は特設ガレージを離れ、休憩に入る。
いくら時雨が現状余裕であることが分かっていても、流石に緊張していたようだ。
「おぉゥ…!ここにいたかァ…ナミコォォォ…!」
「ナミコ、久々だな」
そう言って奈美子の前に現れたのは…やはり顔馴染みのガタイのいい男とメキシカンハットを被った男の2人。
「ウーゴ!ビクトル!2人も仕事が落ち着いたから来たの?」
「あァ…レース開始直前の混乱が一段落したからなァ…レースの方はァ…いいのかァ?」
「今は別の人に見てもらっているわ。私は休憩中よ」
奈美子は2人に今は休憩中であることを告げた。
「そうか…ところでナミコ、この国は狭いが規律がよく…美しい国だな。この国の車がつくづくハイクオリティな理由だと思い知らされる」
「あ、ありがとう…てっきり無言かと」
ナミコにとってはビクトルが口を動かしたのが意外だった。
やはり普段の無口な彼の印象が強いからだろうか。
「仕事ではないからな…ところでナミコ、俺達から大切な話がある」
「もしかしてお父さんの話!?…あ、ちょっと待って」
「どうした?」
大切な話、と聞いて奈美子はあることを思い出した。
「もし知り合いに会ったら伝えてほしい」と時雨から言われていたことだ。
「その…お話をする前に、時雨から伝言を受け取っているの」
「伝言…?まさかァ、オイラにィ…ラブコール、かァ…?」
「そんなわけないでしょ。えっとね…『僕の走りよりも、雪風の走りを見てほしい』って…」
「ユキ…カゼェ…?」
「今第3レースで走っているV37スカイラインか…何故だ?」
「それは…見ればわかると思うわ」
そう言って近くで流れていたライブ映像を3人は見た。
「こちらは第3レース。最下位からスタートした雪風選手、その勢いが止まりません!たった今汐留分岐を通過し、2周目に入りました!現在4位、このペースなら、いずれトップに食らいつく可能性もあります!」
カメラはスカイラインニスモを追尾していた。
時にスポットカメラに映るが、やはりそのカメラはスカイラインニスモばかりを写している。
「あれかァ…」
「丁度いいわ。見てみましょう」
「ふむ…」
3人は中継映像を見ることを決めるのだった。
◇ ◇ ◇
推奨BGM:LADY SPEED RACER(from SUPER EUROBEAT vol.226)
―――スカイラインニスモは、スタート/ゴール地点の汐留ランプウェイ付近を走行して汐留トンネル前の下り坂を走っていた。
そこで雪風が状況報告のために藤原に無線を入れる。
「今、汐留を通過しました」
「少しペースを抑えたか…でもこの調子でも、ゴールまでには確実にトップへ追いつけるぞ。マシンはどうだ?」
「タイヤもまだ食らいついてますし、水温も油温も問題ありません…水温は95度、油温は103度です」
「了解した。次のマシンはグレーのランエボ8…今のペースならS字先のストレートで遭遇予定だ。おそらく邪魔をしてくるだろうが、ブロックに屈することなくすぐに追い抜け。もたつくなよ」
次の車はランエボ8。
今のペースなら雪風はすぐに追いつく見込みらしい。
無線を聞いたところで、トンネル内の右直角コーナーに向けてブレーキを踏み込んでハンドルを曲げる。
後輪を滑らせながらドリフトしつつ最初のコーナーを颯爽と駆け抜け、そのままトンネル出口の左高速コーナーへ。
左パドルを引いてシフトダウンしつつも、すぐに汐留トンネルを抜けようとしていた。
「わかりました、やります!」
「次の相手は金の力だけで車を走らせている成金野郎だ。格の違いを思い知らせろ!」
「はいっ、突撃します!」
藤原は雪風に鞭入れをするかのようにそう告げるのだった。
230キロは軽く出しているスカイラインニスモは、トンネルを抜けて次のコーナーへ向かって走っていく。
銀座出口前のS字コーナー前でブレーキを踏んでハンドルをすっ、と左に曲げたかと思いきやすぐにアクセルオン。
一気に右に切り返して左から右へと振り回し、先行するマシンに食らいつこうとする。
先行するマシンはストレート中間を駆け抜けている。
「(うぐぐぐっ…何とか国内屈指のプロモーターである藤原コンツェルンが主催の一社であるレース大会に参加できたけど…まさか、ここまでレベルが高いなんて聞いてないガネ…!!)」
先行するマシン…グレーのランエボ8で、サングラスをかけた成金男はそう思っていた。
―――成金のマサル。
本名、銭持マサル。
銭持兄弟の長男で、カーディーラー「銭持販売」のオーナーであり、金歯が特徴。
派手好き・成金趣味でなんでも金で解決しようとする傲慢な男。
これまでに何度も箱根で悪行を重ねているが、その都度時雨に敗北して懲らしめられている。
ドラテク自体も兄弟から指摘されて強化されてこそはいれど、今回は苦戦中。
愛車はかなりお金をかけた派手なグレーのランエボ8。
「マサル兄さん!気を付けてくれ、後ろから車が来てるよ!スタートで出遅れたスカイラインだ!!」
「(いくらワイに金があるからって、国内屈指のプロモーターである藤原コンツェルンには敵いはしないガネ…だからこそこのレースガネ!このレースで少しでも上位に入って、少しは見返さ…)」
今回、マサルは他の兄弟たちのサポートもあって特設ガレージから通信を受けていた。
兄弟の中でも一番まともな末っ子…プロレーサーである男、ブラックスワンのセイから警告が飛ぶが、当のマサルは全くもって聞こえていない。
「(追い抜きまで3、2、1…)」
一方で先行するマシンを視界に捉えた雪風だが、気にしていないかのようにアクセルを踏み続けている。
視界に入ったランエボ8が徐々に大きくなる中で、左車線を走るランエボ8が眼中にないかのようにアクセルを全開に踏み続ける。
どうやら向こうはこちらのマシンに全く気が付いていないようだ。
ならば、サッサと追い抜く…そう雪風は認識し、アクセルを全開に踏み続けることをやめない。
速度としては220キロは出ている。おまけにストレート区間で加速し続けている。
いくら一般車がいないとはいえ、狭い環状線においてこの速度は狂気の沙汰と言うべきだろう。
ターゲットを捕捉した雪風は、アクセルを踏み続けることをやめない。
そして次の瞬間だった。
「(べーっ!)」
『危ない、兄さん!』
『マサル兄さん!!』
『兄さん!!!』
「へ?」
無線で、兄弟たちから「危ない」という言葉をマサルが受け取った次の瞬間だった。
右側から風が吹いたかのような感覚に陥ったかと思いきや、そのまま猛烈な勢いでスカイラインニスモが颯爽と追い抜いて行った。
相対速度では…明らかに向こうの方が60キロ近い速度を出している。
170キロ台のこのマシンに対し、向こうは260キロ以上は出ていた。
その光景に対し、マサルは驚くしかなかった。
「し、しまった!お前ら、何で後方の事を言わなかったガネ!!」
『セイ兄さんは言っていたもんね!なんで聞いていなかったもんね!?』
『兄さん、とにかく追いかけてくれ!』
『アクセルを踏み続けろ、マッチョ!!』
「そ、そうは言っても…スピードが違いすぎるガネ…!!」
兄弟たちから声がかけられるも、マサルにはアクセルを踏み続けるしかない。
アクセルを全開で踏み続けても、前方を走るスカイラインニスモはみるみる小さくなっていく。
「(ストレートで振り切るのは不本意だけど…これはバトルだから。二度とバックミラーに映らせない!)」
アクセルを踏み続ける中、雪風は後方のランエボ8を振り切るつもりでいた。
1つ目の橋脚付近を通過したところで、後方のランエボ8のフロントライトは小さくなっていく。
もう振り切っているが、目の前には京橋出口。
その先には下り坂と2つ目の橋脚。
ハンドルを左に軽く曲げた上でブレーキを踏み込み、そこから右へと切り返して逆ドリフト。
軽くジャンプしたかと思いきやジャンプと共に左向きから右向きへ。
ジャンプ中にハンドルを左に切り返してカウンター。
速度が190キロになったところでアクセルオン、そのまま橋脚のうち左側へと飛び込むようにドリフトしていく。
「(トップになるためには、アクセル全開!)」
後輪がわずかに滑り続ける中でアクセル全開。橋脚をくぐっている最中にタイヤのグリップを回復したスカイラインニスモは、そのまま前方のロングストレートへ向けて加速を始める。
800馬力以上のスーパーモンスターマシンが、200キロ台から加速していく。
八重洲方面からの合流を経て3車線となり、上り坂を上っている最中に速度は一気に300キロまで到達。
短いストレートでも狭いコースでも躊躇なくアクセルを踏んでいけるのが、雪風の最大の強みだった。
「(ワイの、ワイが金をかけまくった車が…!?踏み込めない…!!同じように飛び込んだら…命がいくつあっても、足りないガネ!!)」
一方、橋脚前の下り坂で安全マージンを最大限取って減速したランエボ8。
だがこの時点で120キロ台まで下がっていた以上、もう追いつく見込みはなくなった。
今のポジションをキープするのが精いっぱいとしか言いようはなかった。
こうなってしまってはもう精神を完全に打ちのめされたも同然。
今のポジションを維持するための守りの走りになってしまった。
◇ ◇ ◇
―――雪風が抜いたころ、特設ガレージ外。
「ぬ、抜いたーーー!!スカイラインニスモ、あっさり3位のランエボ8をオーバーテイクだーーー!!!」
アナウンサーによる絶叫に近い声がスピーカーから響く。
映像のスカイラインニスモは逆ドリフトを決めてストレート区間で猛烈な加速を披露する。
スピード計測によって速度が表示されているが、そのスピードは230キロ台からどんどん加速していって止まらない。
「お…オオゥ…驚かされたなァ…」
「これは……なんて奴だ!ここまでのドライバーとは…ヒュウガを彷彿とさせる…いや、もしかしたら…」
V37スカイラインニスモがあっさりと前のドライバーを調理してしまったことに対し、ウーゴとビクトルも驚くしかなかった。
その様子を見た奈美子がこう口にする。
「すごい走りでしょ?マシンもドラテクも段違い…あれが、時雨がずっと追いかけているドライバーなの…」
「まさかァ……あれほどまでの実力…とはァ…」
「ああ…なんでもスタート直後にスロースタートで、最大で1分以上の差がついていたそうじゃないか。それを明らかに逆転するようなペースだ…」
「スタートで1分の差をォ…わざとつけてェ、それに食らいつく…だとォ!?とんでもねェ…パフォーマンスだなァ…」
2人ですら、雪風の異常な速さに対して痛感するしかなかった。
それほどなまでに、例のドライバーはとんでもなく速いのだ。
するとそれを見ていた奈美子が続けてこう口にする。
「2人があの子の速さをわかってくれたなら、それでいいわ。それでビクトル、大切な話があるって聞いたけど…」
ビクトルとウーゴの2人が雪風の速さを理解したところで、奈美子は再び話を振る。
「そうだな、その話をしよう…それで、先ほどの話だが…『シンジュク』と『シブヤ』はどっちがいい?それとも『ダイカンヤマ』とかの方がいいのか?」
「…え?新宿?渋谷?どういうこと?」
自分の父親の事かと思いきや、まさかの観光についての話。
一体どういうことか?
「妹と一緒に東京観光がしたい。若い女性におすすめの観光スポットがいい。個人的には『アサクサ』や『ウエノ』がいいと思っているんだが…」
「えーと……そ、そうね、やっぱりファッション的には渋谷?的な?あ、あと原宿とかもいい的な?でも…(原宿行ったことないけどあ、でも浅草の方ってスカイツリーあるし、それはそれで…千葉も近いからあそこにも行けるし…メイドカフェとか好きだったらアキバも…)」
そう言って奈美子は悩んだ結果黙りこくってしまった。
その様子にはさすがのビクトルも疑問に思った。
「どうした、ヒュウガの娘。頭を抱えるような難問なのか?」
「その…ごめん!私は箱根出身だから、東京についてはそこまで詳しくないの…素直に観光案内に行った方がいいかもしれないわ…」
「オォゥ…ちょっと予想外の回答…だなァ…」
奈美子は時雨を見習ってなのか、ビクトルに対して正直に答えることにした。
やはり知らないことに関しては素直になるべきだろう…そう考えたのは、隠し事をせずに素直な時雨の影響なのかもしれない。
奈美子の言葉を聞いたビクトルはこう口にする。
「そうか、すまなかった。まあ観光はこの大会後だ…父親が見つかるといいな、ヒュウガの娘」
「あ、うん。ありがと!絶対お父さんと会ってみせるわ!…ところでさ、2人はお父さんのことについて何か知っていることはある?」
「ヒュウガについてか?すまないが、特に情報はない…」
奈美子に対して、ビクトルは申し訳なさそうにそう言った。
「そっか…ウーゴは?」
「ヒュウガのォ…?俺は何も知らねェ…それどころかァ…何も教えてくれなかったぜェ…」
ウーゴに対して質問した奈美子だったが、ここでふと疑問に思った。
何も教えてくれないとはどういうことか?
「それって、どういうこと?何か隠してるってこと?」
「ヒュウガはなァ……こんな素晴らしい年頃の娘のことをォ…1つも教えてくれなかったからなァ…オイラなら自慢するよォ…」
「(お父さん、忘れてる?いやそんなことないよね。何せ数か月前に会ったばかりなんだもん)」
ヒュウガは数か月前、箱根を訪れて奈美子と時雨の前に現れた。
忙しい人間とは言え、流石に人の顔を忘れるほど野暮な人間という訳ではないだろう。
それでも、何もオクティのドライバーたちに伝えていないという事はそれなりに重要だと奈美子は認識するのだった。
「わかったわ、ウーゴ。そのことだけでも受け取っておくわ」
「んんゥ…?何か知らねえがァ…役に立って良かったよォ…大会終わったら1杯どうだいィ…?いいイザカヤを見つけておくよオ…」
ウーゴとしてはやっぱり奈美子を口説きたいようだ。
だがその言葉を聞いた奈美子は苦笑いしつつこう口にする。
「あー…うん、そうね!行けたら行くわ!行けたら、ね!あっ、時雨の方に進展があったみたいだから…ごめん、ガレージの方に戻るわ!」
そう言って奈美子は足早に特設ガレージへと移動しようとする。
「そうか、わかった。俺達もまた次の仕事がある…行こう」
「オオゥ…そうだなァ…。じゃあァ、時雨にもォ…よろしく伝えてくれよォ…」
2人がそう言ったところで、奈美子は軽く頷いてさっさと特設ガレージへと移動するのだった。
推奨BGM:STOP ME FALLING DOWN(from SUPER EURO FREAK vol.1)
―――奈美子がウーゴやビクトルと会話して数分後。
別のバトルコースにて。
「次のコーナーは気をつけろよ。複合コーナーだからな。ま、アンタなら大丈夫か。あ、あとさっきのストレートは、2速で引っ張ったほうがよかったな。この車の性能的にはそれで抜け…あ、抜いちゃだめだった」
カメラを持っていた助手席の男…相楽ヒュウガは既にコースを把握しきっていた。
それと同時に、運転手であるケヴィンにアドバイスをする。
「(こいつ…コースの把握だけじゃなく、この短時間で俺の車の限界性能まで把握しやがった…まったく大したもんだぜ…グフフ!)」
コースだけでなくマシンの限界まであっという間に把握する。
その圧倒的な順応度の高さには、元プロレーサーのケヴィンですらも驚愕するのだった。
◇ ◇ ◇
―――同じ頃。
雪風が駆るスカイラインニスモは神田橋付近を250キロ以上の猛烈な速度で疾駆していた。
「神田橋を通過しました。ペースはどうですか?」
ヘッドセットに向かって雪風が話しかける。
『よし、そのペースだ。次のマシンはオレンジのGR86だな…相手は老舗チューンショップの弟子。向こうのマシンはターボ化が施されているとはいえ、こちらの敵ではないはずだ。食らいついてみせろ』
通信相手…藤原大輔から次のマシンに関して情報が入った。
すると、雪風があることに対して疑問を口にする。
「今のペースなら何処で追いつきますか?」
「千代田トンネル入口前のヘアピンの前だ」
「あのヘアピン前のストレート…すぐ食らいつけそうですね」
「ああ…遠慮なくやっていいぞ」
「はいっ、突撃します!」
そう言ったところでスカイラインニスモは竹橋JCTを通過し、先行するGR86を猛追する。
―――一方その頃。
北の丸トンネルを、カーボンボンネットが装着されたオレンジのGR86が走っている。
速度は220キロを示していた。
『ミカゲさん、気をつけて!後ろからスカイラインが来てます!!』
「何ぃ!?ついに来やがったか…」
『ゲッハッハ!!ここまで食らいついてくるとは思わなかった…とにかく逃げ切ってみな!!』
通信相手のメガネの整備士と、かなりの高齢のチューナーから通信を受けたGR86のドライバーの女性は、ここまで前方を必死に追いかけていたが…遂に後方からも追い上げがやってきたことに多少恐怖した。
―――男勝りのミカゲ。
箱根のチューニングショップ、「チューニングショップもうり」の従業員。
"箱根の怪物"の異名を持つチューナーの弟子の1人。
褐色肌で茶色いショートパーマの髪型が特徴な女性で、活発かつ感情的なドライビングを得意とする。
愛車であるGR86"Cruel Cat"は高いスペックを誇るが、今回のバトルでは相手が悪いのか…2位を走行していた。
「(くそっ…!トップのマシンとのスペックが違うのか、どんどん離されちまう…!おまけに最初ドベだったスカイラインが追い付いてやがる?冗談じゃない…!)」
先行する1位のマシンは、いくらかなりチューニングがされている彼女のマシンでも差を広げられつつあった。
それくらいパワーが段違いなのである。
そんな状況に焦りを感じつつも、ミカゲは黙ってアクセルを踏み続けるしかない。
「きた……!?」
だが、認識した次の瞬間だった。
目の前には千代田トンネルが迫るが、同時に左ヘアピンコーナーが迫る。
「(インさえ閉めちまえば、そのパワーだって…!)」
左車線をふさぐようにドリフトすれば、向こうのラインを潰すことが出来るだろう。
そう認識したミカゲはブレーキをかけて減速させた上で、左車線でGR86をドリフトさせている。
だが次の瞬間だった。
「何…っ!!?」
「(そんな単純な話じゃない…)」
通せんぼをものともしないかのように、スカイラインニスモは右車線上をドリフトしつつアウトコースから大外刈り。
右車線上をドリフトしつつもあっさり外側からGR86をオーバーテイク。
大外刈りをしたかと思いきや、ゼロカウンター同然でグリップを回復しつつ千代田トンネル内のストレート区間に飛び込んだスカイラインニスモはあっという間にそのパワーを発揮して加速していく。
隙を突かれたGR86は、ストレートで振り切られようとしていた。
「は、速い…!!あれが、雪風…なんて野郎だ!!」
巷では噂になっていた、「時雨のライバル」。
「皇帝」の座に就いた少女の「最大のライバル」であるのは、ミカゲも知っていた。
だがその実力は明らかに段違い。
あまりの速さに彼女であっても驚愕することしかできなかった。
「あんな奴が、時雨のライバルなのか?これは、とんでもない奴だぞ…!?」
アクセルを全開に踏み込んでも、全くもって追いつけないどころか距離が離されていく。
新宿線との分岐付近へと迫る中で、スカイラインニスモはあっという間に高速コーナーの先に消えた。
「ストレートで追いつけない…!くそっ…!!」
追いつけなくても、何とか差を広げられないようにしなくては。
だが、そう思ってアクセルを踏み込んだところであることに気が付いた。
「なっ…おい、どうしたんだよ!…嘘だろ、水温と油温が……!」
アクセルを踏み込んでも加速がほとんどしないし、ボンネットから白煙を噴き出してしまっていた。
一体どういうことなのかとメーターを見ると、ダッシュボードの水温・油温系が赤いランプを光らせている。
水温115度、油温145度…明らかなオーバーヒート状態になってしまっていたのだ。
これまで1位のマシンに追いつかんと全開で踏み続けていたのもあるが…雪風のプッシュに食らいつかんと踏み込んだ結果、遂にマシンに支障をきたすことになってしまった。
こうなってしまっては再起不能だろう。
『ミカゲさん?大丈夫ですか!?』
『まさか…やっちまったのかね?』
通信相手の2人が心配そうにそう声を掛ける。
だが、聞こえてきたのは悲痛な叫びだった。
「水温も油温もいっぱいいっぱいだ…トップを追いかけるあまり、マシンを労わっていなかった…!!」
水温と油温が上がりまくっていたこともあり、オーバーヒートで失速するGR86。
マシントラブルによって失速する中でハザードランプを出して、GR86をセーフティゾーン…それこそ、三宅坂JCTの分岐を左ではなく右に行ったところで停車させるのだった。
『やられたね。あそこまで躊躇なくスピードを出されたら、もうドラテクとかそう言うのはもう関係ない。相手が悪かったのかもしれないね』
『ミカゲさん…動きませんか?』
「くそっ…ごめんよ、"Cruel Cat"…!ここじゃ、あまりにも力不足だったか…!!」
ミカゲはハンドルをこぶしで叩くも、己の未熟さに涙するのだった。
V37スカイラインニスモは、残酷なまでにそのテールを見せつけながらも千代田トンネルを280キロ以上と言う常軌を逸した速度で駆け抜けていく。
◇ ◇ ◇
―――オーバーテイクした頃。
1回戦のレースが複数完結したところで、主催会社であるケミックとオクティ、そして藤原コンツェルンの重役たちによるコメントタイムとなっていた。
「それではここで、主催会社の代表であるビッグママに一言頂きたいと思います。ビッグママ、どうぞ!」
そう言ってオリビアがマイクをビッグママに向ける。
カメラマンがビッグママを写したところで、ビッグママが口を動かし始めた。
「…みんな、今日は来てくれてありがとう。本当にいい夜だ。星はなくても、流星たちがこの国のハイウェイで光り輝いている。今日というこの日は二度と来ない。みんなにとって『輝ける夜』になるよう、私は祈ってるよ。ここにいるすべての人に感謝と祝福を!」
ビッグママがそう言うと、中継を見ていたアリーナの観客たちは大歓声に包まれた。
「ビッグママ、ありがと~!…続きまして本レースの特別アンバサダー、岩本ヨシマサ様より…コメントをいただきたいと思います。お願いしま~す!」
そう言ってオリビアは隣にいた男…雪風のチームのオーナーであり、監督…そしてこの大会のアンバサダーの元レーサーにマイクを渡した。
「皆さん、こんにちは…今回の大会の特別アンバサダー、岩本ヨシマサです。今回の大会は首都高、首都環状を貸し切っての大規模アマチュアレース大会。首都高や箱根と言った走りの聖地を走り、常日頃から走り込んでいる皆さんにとっての最高の舞台になることを私としても願っております。そして観客の皆さんも、本日のような機会は間違えなく一期一会だと認識しております。ドライバーの皆様も、観客の皆様も、そしてドライバーを支えるナビやサポーターの皆様も、本大会を楽しんでいただければと思います」
例の男…大会アンバサダーの元レーサーがそう言うと、会場はさらに熱気だって拍手の嵐となった。
伊達にかつて、「ゼロヨンキング」と呼ばれた男なだけはあるようだ。
―――雪風がGR86を追い抜いた少し後。
「ハァ~イ!予選の1回戦も徐々にゴールするレースが増えてきたわ~!特に今クライマックスのレースでの注目選手をご紹介するわよ~ん!」
徐々に1回戦のレース結果が明らかになっていく。
そんな中でオリビアは、注目選手の名を呼ぼうとしていた。
「まずはニューヨークの皆から一目置かれた凄腕ドライバー、時雨選手ー!順調に1位を走行してるわよ〜ん!」
注目選手の1人は、やはり時雨だ。
実力の事をよくわかっているオリビアだからこそ、彼女の事はやはり気にしていた。
「そしてその時雨選手がライバル視している~、現役『ゼロヨンチャンプ』の、雪風選手よ〜ん!雪風選手のレースはまもなくトップが谷町JCTを通過予定…でも、雪風選手も諦めずに追いかけているわ~!スタート直後にマシントラブルで大差を付けられていたけど、この調子ならもしかしたらトップに躍り出られるかもしれないわよ~!!テールトゥウインなんて起きたら、それこそとんでもないことに違いないわ~!」
オリビアは時雨が雪風を気にしていることを既に把握していた。
そしてそうである以上、やはりオリビアは雪風の名も注目選手の1人として挙げるのだった。
◇ ◇ ◇
推奨BGM:BLACK SHEEP(from GREurosound vol.10 CREATOR COLLECTION)
―――一方、こちらは雪風。
スカイラインニスモは赤坂ストレートを抜け、谷町JCTを通過していた。
速度は315キロを示し、短距離のストレートながら300キロ以上と言う猛烈な速度を出して疾駆していく。
「今谷町JCTを通過しました。次の車との差はどうですか?」
300キロ以上のスピードでありながらも、ヘッドセットに話しかける雪風には余裕があった。
彼女には恐怖と言うものがないのか、それとも頭のねじが何本か吹き飛んでいるのか…300キロ以上と言う速度でも平気で通信を行っていた。
彼女の精神状態も安定している。
「よーし、これなら間違えなくゴールまでにトップに食いつくぞ。君の実力を見込んで目標セクタータイムを前もって計算していたが、それと寸分狂いもないペースだ。タイヤとかも問題ないか?」
「水温も油温も安定していて、タイヤもまだ全然グリップしてます!ピックアップも大丈夫です。トップは…思いっきり食っちゃいますよ?」
「ああ、トップはNC1のNSX…芝公園出口手前で遭遇する見込みだ。存分にやってくれ!ゴールもそろそろだし、勝ちに行けよ!」
「はいっ、頑張ります!」
谷町JCTから飯倉方面へと爆走するスカイラインニスモの中で、雪風はそう明るく答えるのだった。
◇ ◇ ◇
一ノ橋JCTから芝公園方面へと走行する、トップのマシン。
一ノ橋JCTを通過し、左直角コーナーを200キロ近い速度で疾駆していくマシン…赤色のカスタムされたNC1型NSXである。
「(えぐっ…!今日は普段陰にいるぼくも目立つことのできる日…!ここまでくれば何が何でも、トップは譲らない…のだぜ!)」
トップのマシン…NC1型NSXのドライバー、青髪の若い女性ドライバーはそう思っていた。
―――「闇属性のマユリ」。
都内の大学に通う大学1年生。数少ない趣味は車で、愛車のNSXは、運転免許を取れたお祝いとして父親から譲り受けた。
内向的な性格が原因で都会での1人暮らしに馴染めず、1日中部屋に引きこもっている。
やる気の問題で料理が出来ず、人見知りで外食も苦手なため、青森の実家から送られてくる果物を食べて飢えを凌いでいる。
分厚い心の壁が邪魔して他人と仲良くできない状態に危機を覚え、趣味の車を通して友人を作ろうとしたことが切欠で本大会に出場。
ドラテク自体はあったのと同時に人見知りな性格による大逃げ戦法により、1位を走行出来ていた。
だが、大逃げによってずっとハイペースで走っていたこともあり…その走りには徐々に影響が及ぼうとしていた。
「(ハァハァ…でも、お、なかが…ん?)」
ここ数日、果物しか食べていないことによってすっかり空腹状態に。
おまけにハードな首都高の路面に少なからず振り回されていたことにより、間違えなく影響が出ていた。
水温も油温も上がり、走りには徐々にぼろが出ている。
だが芝公園付近の東京タワーが徐々に左端に迫ってくる中で、NC1の後方に1台のマシンが迫ってきていた。
「(き、きちゃった…ま、マズ…い…ぜ…!!)」
ここまでマユリはスタートの時よりある程度ペースは下げていたとはいえ、それでも後方に食らいつかれまいとハイペースで走行していた。
そしてそのハイペース具合は、間違えなくマユリを疲弊させていた。
NC1のアクセルを全開に踏み込んで、今のポジションを必死になって維持しようとしている。
長いストレート区間で速度は180キロ台から250キロ台まで加速していく。
だがそれでも、バックミラーの白い光は確実に大きくなってきていた。
「(にげ、ないと…!!)」
「―――」
250キロからさらに加速していくNC1に対し、スカイラインニスモはそれ以上の速さで加速していく。
車間距離としては車4台はあったが、芝公園の出口前のS字コーナーが迫るにつれてみるみる距離が縮まる。
NC1の直前に「芝公園出口」の案内板が掲げられているが、それを見たところでブレーキを掛けてマシンを減速させる。
右へとハンドルを切り、オーバースピードで突っ込みつつもコーナーを駆け抜ける。
4WDであるNC1はそのタイヤをグリップさせ、S字コーナーの最初の右コーナーを220キロで駆け抜けていく。
多少の怖さこそあれど、踏み込まなければ食いつかれてしまう。
だが、踏み込んだら接触のリスクもある。
そうである以上、マユリが選択をする必要があるのは言うまでもなかった。
「な…っ!食いつかれた…!!」
NC1にトレースするかのように僅かにタイヤを滑らせつつも後方に付けたスカイラインニスモ。
2つ目のS字コーナー…左コーナーから右コーナーへとなるそれの前で、2台は完ぺきなまでのテールトゥノーズになっていた。
こうなってしまってはもう何が何でもブロックして前に行かせないようにしなくてはいけない。
そう思ってしまったマユリには、完全に焦りが生まれていた。
「(後方からプレッシャーをかけて…そして…最大のパフォーマンスで、会場を沸かせる!)」
雪風はラストの1台を追い抜くことに対してもパフォーマンスを披露しようとしていた。
後方からプレッシャーをかけまくって相手のメンタルを揺さぶり、一定のポイントに到達したらそこでぶち抜く。
一定のポイントまでは後方で粘って相手の動揺を誘う。
全てが雪風の算段の上だった。
先行するNC1の後方に付け、プレッシャーをかけまくるスカイラインニスモ。
こんな状況ではマユリが精神的にもストレスを抱えるのは言うまでもなかった。
「し、しつこい…!うぐぐっ…でも、諦めない…ぜ!!」
目の前のS字コーナー…最初の左コーナーに飛び込むNC1。
ブレーキを踏み込んで速度を260キロから210キロまで落とし、タイヤを僅かに滑らせながらも右車線から左車線へ…そしてコーナー内側を通ったところでコーナーを立ち上がり、コース中央へ。
そしてコース中央に到達したところで、すぐ次の第2コーナー…右コーナーが迫る。
だがそれでも、前もって必要以上に減速していたこともあり…右コーナーに対してはノーブレーキで突っ込むことが出来ていた。
「(向こうのコーナーリング速度が遅い。これなら、いける…!!仕掛けるなら、この先の下り坂ヘアピンコーナー!)」
芝公園入口付近のストレート区間で、雪風はあえて加速をワンテンポ遅らせることでスカイラインニスモをNC1から少しだけ離れさせる。
向こうが250キロ以上まで加速する中で、スカイラインニスモは240キロ台を示していた。
あることを仕掛けよう、と雪風は画策している。
「(離れた?でも、チャンスなんだ…ぜ!)」
「……」
マユリにとっては千載一遇のチャンス到来。
最終コーナー…浜崎橋JCT先の下り坂の左ヘアピンコーナー。
そこまで粘ればもう自分は勝てるだろう。
速度は270キロ以上まで加速する。
目の前にはモノレールの線路が見え…そのほぼ直下がジャンクションだ。
そして左方面に向かうと…環状線方面であり、下り坂を伴った左ヘアピンコーナーである。
「(次のコーナーさえ我慢すれば、もうあの車には追い付けないはず…だぜ!!)」
マユリとしてはもう「勝った」と確信していた。
車間距離が離れていることもあり、多少ブレーキングを遅らせてくる可能性はある。
だがそれでも…先ほどの2つのS字コーナーで追いつけないのであるならば、追い越してくる可能性は低くなっている。
そうである以上、マユリは早めにアクセルオフ、そこからブレーキングを始めて左車線へ移動する。
「(しめた!)」
NC1がジャンクションを左方向に向かおうとしていた時、スカイラインニスモはモノレールの線路の下を潜ろうとしていた。
NC1はブレーキングを始めてマシンを減速させている。
雪風にとってはこれはもう計画通り。自分の想定した方法で、ぶち抜く。
この方法なら、もしカメラに写っているというならば嫌でもパフォーマンスになるだろう。
そう思った雪風は、NC1のブレーキングポイントを通過しても…ブレーキングをしなかった。
『お、おい!オーバースピード…』
「―――!!」
藤原の声が聞こえたところで、雪風はアクセルオフからブレーキロック寸前まで踏み込んだ。
前方にNC1が迫るが、既にNC1は坂を下り始めている。
速度は260キロ台から一気に190キロまで下がっていく。
コース中央を走行しつつも、ハンドルをくい、と左に曲げた。
「いっけー!!」
「うぐ…!?」
雪風がハンドルを左に曲げた瞬間だった。
速度は190キロ台。
減速するNC1の頭上を、そのマシンが飛び越えていく。
ヘアピン直前の下り坂で減速していたNC1を、スカイラインニスモはなんと飛び越えてオーバーテイクしようとしていた。
「(車高の低いNSXを、ジャンプで追い抜いた!?!?)」
下り坂直前でジャンプしたスカイラインニスモは、明らかなオーバースピードでジャンプするも…コーナーの方向、左側を向きながらジャンプしていた。
そしてジャンプしてNC1を飛び越える形でオーバーテイクしたスカイラインニスモは、コース中央に着地すると同時に4つのタイヤを滑らせる。
「曲がれーーー!!」
160キロ以上という猛烈なスピードでドリフトするスカイラインニスモ。
ラインどりこそ無茶苦茶だが、タイヤを滑らせながらアウトへと膨れていく。
そんな中でも雪風は冷静にハンドルを右に切ってドリフトを調整。
ドリフトアングルを付けすぎないように調整しつつも、スカイラインニスモはみるみるうちにアウトに膨れる。
だがそんな中でも冷静に雪風はマシンをコントロールしていた。
左車線から右車線へと膨れ、壁と右リアの隙間1cm。
あわやクラッシュ寸前のスレスレを駆け抜けたところで、スカイラインニスモはコーナーを立ち上がって横羽線からの合流地点へと膨れる形で突破。
合流した直後にグリップを回復してそのままそのパワーを生かして加速していく。
相手のマシンを飛び越えてオーバーテイク、さらにそのままドリフトで壁との隙間1cmという超ギリギリのドリフトでそのままコーナーを脱出する。
文字にするだけでもとんでもないアクロバティック走法だった。
タイヤのグリップを回復させたところで、150キロ台から一気に250キロオーバーまで加速するスカイラインニスモ。
そのマシンパワーをフルに生かし、ゴールに向けて加速していく。
「ま、曲がったあああーーー!!雪風選手のスカイラインニスモ、バンプのジャンプでNSXを上から追い抜いたかと思いきやそのままコーナーを曲がったあああーーー!!!!!」
「全く、無茶しやがる。まあ、彼女の思い切りの良さが出たな」
アナウンサーが大声でそう叫び、同時に藤原もどこか呆れ気味にそう口にした。
だが、雪風の実力を信用していたのか…怒りはしなかった。
パフォーマンスにもなったし、彼女の実力の裏付けにもなった。
それだけでも十分すぎるくらいだった。
「え、えぐっ…し、信じられない芸当…なん、だぜ…あんなの、やられたら…」
一方、NC1がヘアピンを立ち上がろうとしていたところで…スカイラインニスモはその性能をフルに生かし、あっという間に最終の汐留JCT寸前のS字コーナーへと飛び込もうとしている。
あんな芸当をされてしまっては、日陰者である自分の立場はもうない…マユリはもう完全に白旗を上げるしかない。
そうマユリが認識したところで前方を走るスカイラインニスモは僅かに減速したかと思いきや、そのままゴール手前のS字コーナーを僅かなドリフトで駆け抜けて、そのまま汐留ランプウェイ方面へと走り抜けていった。
汐留のS字コーナー前のストレートを駆けるNC1だったが…あっという間に視界から消えた。
こうなってしまってはもう完全に敵にされていないことを自覚するのだった。
「ゴーーール!!1回戦第3試合を制したのは、スカイラインニスモの雪風選手よ〜〜〜ん!!」
ゴールである案内板下をスカイラインニスモが通過したところで…オリビアが叫ぶのだった。
勝者、雪風。
その類まれな実力を示しての完勝だった。
『よくやった、雪風。お前ならできると思っていたぞ…これで大きなパフォーマンスになったはずだ』
「ありがとうございます。藤原さんが的確に状況報告してくれたおかげですっ!」
『しかしまあ、あんなことをやるなんてな…驚かされるよ』
「藤原さんが『観客を盛り上げろ』って、おっしゃっていましたからね。あたしはそれを試しただけです」
『ハハッ、言ってくれるじゃねえか。だがまあ、ここから先はあんな無茶はしないでくれよ』
「はい…次からは、また早い相手ばかりが来ると思っていますからね。博打はこれだけにします」
『ああ、そうしてくれ…』
ランプウェイを走行しつつ、汐留出口へと走るスカイラインニスモ。
フィニッシュしたこともあったのでマシンを減速させる中で、雪風は藤原から通信を受けていた。
レース監督でもある藤原としてもあそこまでの博打をされるとは思っていなかったが、それでも雪風の実力を信用していたから怒ることはしなかった。
雪風のアーティスティックな走りで観客を徹底的に沸かせるという、藤原大輔の目論見は大成功に終わったのだから、当然と言えば当然だが。
「スゴいな…スローペースなのはやはりパフォーマンスだったのか!まさかここまでの実力とは…これはタダモノじゃない!」
「まさか、最後の最後にあんなことをするなんて…」
一方で、時雨の勝利を確信していたソウイチと奈美子も、雪風のレース結果を見て愕然としつつそう互いに呟くのだった。
―――雪風がゴールして数分後。
時雨も1回戦を1位でゴールし、準決勝にコマを進めた。
そしてゴール後、時雨が駆るBNR32はソウイチたちの元へと戻ってきた。
「時雨、お疲れ。いい走りだったわ!」
「うむ。素晴らしい走りだった…これで次のレースに出れるんだな」
ソウイチたちの近くで車を止め、やってきた時雨は奈美子とソウイチから互いにねぎらいの言葉を受けていた。
「ありがとう。奈美子、ソウイチ先生」
「あとはライバルである雪風ちゃん…あなたの予想通り1位だったわ。テールトゥウインの大逆転よ」
「そっか…さすがユキだね」
そう3人が話していると、ある人物が近づいてきた。
「さっきはいい走りだったよ、時雨。エスコートしたあの夜以上の走りだったし、あの夜を思い出せたね」
黒人の大きな体の女性…「ビッグママ」ことエマだった。
「あなたはたしか、主催企業の…」
「エマさん!お久しぶりです」
「ママ!ニューヨークでは本当にありがとう!」
「ハハ、いいのいいの。様子を見に来たけど、その調子なら問題なさそうだね」
「あ、はい…どうも。この大会で優勝して、奈美子のお父さんも探し出したいと思います」
エマに対し、奈美子も時雨も互いにお礼を言った。
エマは2人が問題ないことをしっかりと認識したが、同時にあることを伝える。
「もしヒュウガに会ったら、その時はよろしく言っておいてくれないかい?ああ、あとサマンサもいるからそっちにもね」
「えええっ!?サマンサも来てるの!?」
「……チッ」
奈美子が驚く一方、時雨は静かに舌打ちをした。
まだ彼女を許しているわけではないようだ。
その様子を察した奈美子は、「これは自分一人で会った方がいいかもしれない」と痛感するのだった。
だが、舌打ちしていた様子にはビッグママも少しだけ気が付いていた。
「…時雨?」
「いえ、何でもありません。彼女はどこにいるんですか?」
「さっきチェイスのところにいたと聞いたけど、どこかに行ってしまったみたいだけどね。まあ、彼女ならアンタ達の走りを見てるだろうさ」
「わかったわ…サマンサにも、また会ってみる」
「お話、ありがとうございます」
サマンサの事も探すと決めた2人は、エマに対して改めてお礼をするのだった。
勝ち残ったマシンたちのヘッドライトは、次の道を照らし出す。
◇ ◇ ◇
―――同じ頃。
レースのカメラカーであったVAB型WRXが、その役割を終えて首都高を降り…一般道の端っこで駐車していた。
そして車から降りた2人が、互いに言葉を口にする。
「あの時雨って奴、安定しつつもいい走りしてやがるな。流石にナビ子が相棒に選んだだけはあるか。さて、ちょっと休憩してくるかね」
「グフフ…奴ならアンタを倒せるかもな。それほどの逸材だ。俺達と藤原コンツェルンで用意できた最高のマシン同士なら…ヤツにも分があるだろう」
「ほう?俺を知っててそう言うのか。おもしれぇ…楽しみになってきたぜ。じゃあな」
助手席に座っていた男…相楽ヒュウガは興味深そうにそう呟くも、そのままその場を後にして別のスタッフの元へと移動する。
「(しかし同時に気になったのは、あの『雪風』とやらだ…)」
ヒュウガは時雨だけでなく、雪風にも目星をつけていた。
その理由としては…もはや言うまでもないだろう。
「(いくら1回戦とはいえ、スタート直後に1分間のセルフアドバンテージを用意して、それを予定調和の如くゴールまでに食らいつく…これは間違えなく只者じゃねえな)」
雪風がスタート直後にスロー走行となって、最初のチェックである江戸橋までに1分の差をわざと作り…そこからゴールまでに大逆転をするという情報は既にヒュウガも受け取っていた。
並みいる実力派ドライバーたちを相手にそんなことをするというのは、、ヒュウガでもやった試しがない。
明らかに只者ではないことをヒュウガは認識するのだった。
「(『ゼロヨンチャンプ』と『箱根の時雨』、そして俺…誰が勝てるかな)」
もし例のドライバーたちが決勝に進出し、自分とバトルすることになったらどうなるか…
そう考えると、ヒュウガにとっては多少楽しみが増えた。
だが一方でこうも考えていた。
「(ま、俺は正直もう出る気がしないんだけど…『アイツ』がここに来なければ、俺が勝負しちゃおうかな)」
―――十分後。
第1レースを終えた時雨は、次のレースに向けて休憩していた。
渡されたペットボトルの水を飲んでいる。
またBNR32に関しても、ハルカなど専属のメカニックたちによって整備や細かなメンテナンスが施されている途中だった。
そんな中で、奈美子が時雨に話しかける。
「そういえば時雨、こんな噂が流れてるの…」
「噂?」
「お父さんは、前の雪風ちゃんのチームとの会合があった時期に…既に東京にいたそうなの」
「そうなのかい?」
「それで、ここからが重要なんだけど…」
そう言った奈美子は、少し頭を下げつつも真剣な顔でこう口にした。
「お父さん、首都環状でとある走り屋にバトルをしたら…負けちゃったって……」
相楽ヒュウガの、首都環状での敗北。
そのことを聞いた時雨は、驚くしかなかった。
「何だって…?ヒュウガさんが?」
「詳しい話は分からないの。でも、私たちがニューヨークに行ってる間に…首都環状エリアで、突然現れたドライバーに走り屋たちが皆敗れて、その人は『最速』と呼ばれるようになったみたいで…」
「…その人とバトルをしたと?」
「確証はないけど、そんな話があるわ…」
奈美子は藤原コンツェルン側から、ヒュウガがすでに東京に戻ってきていることと、ヒュウガが敗北したという情報を受け取っていた。
実力者であるヒュウガを破る相手は一体何者なのか?
そう時雨が思っていたところで、奈美子が言葉を続ける。
「それで、その人は首都環状エリアで、『究極の不沈艦』って呼ばれていたそうなの…」
「不沈艦」。
その言葉に時雨ははっとした。
まさか、雪風がヒュウガを既に破ってしまったのか?
さっきのレースのことも考えると、彼女なら決してあり得ない話ではない。
そう思った時雨は動揺しつつもこう口にする。
「まさか、ユキが?」
「いや、その話については私も藤原さんや赤沢さん、元チャンプとかまゆみちゃんにも確認をしたの。でも、雪風ちゃんは首都環状エリアで走り込みやシミュレータによるトレーニングはしていたそうだけど、走り込みにおいてバトルは申し込んだことがなくて…挑戦を受けても拒否したって…」
奈美子は藤原コンツェルン側の人間に、雪風の動向を聞いていた。
彼ら曰く、首都環状ではバトルをしたことがないという。
そうである以上、ヒュウガが敗北したという事実とは矛盾する。
おそらくではあるが、雪風ではないだろう。
「じゃあ、ユキじゃないんだ…」
「ええ…そうみたい」
「一体、何者なんだろう…?」
本職のテストドライバーであるヒュウガを破る走り屋とは何者なのか?
そう時雨が思っていたところで、奈美子は続けてこう口にする。
「お父さん、そんなことがあった以上本当に来てくれるのかな…バトルに、チャンピオンとして出てくれるのかな…?」
「…それは、わからないよ。でも、僕たちは走り続けるだけだ。奈美子が落ち込んでも状況は変わらないと思う。ケミックやオクティの皆を信じよう」
奈美子の心配は、勝負に負けてしまったヒュウガがこの大会に本当に来てくれるのかと言うものだった。
勝負に負けて自信を無くしてしまったなんて言うのならば、それは明らかにシャレにならない。
だがそれでも時雨は、とにかく決勝まで突っ走るしかないと告げた。
そう告げられた奈美子は、それまで多少暗くなっていた顔が少しだけ明るくなったかのようにこう口にした。
「…そうね!お父さんの方も心配だけど、やっぱり時雨には雪風ちゃんとバトルすることも目的だしね!」
「そうだね…とりあえず、次のレースに向けてマシンの調整をしようか」
「ええ!スタッフの皆さんの話を聞いて、細かく調整しましょう!」
そう奈美子が言ったところで、時雨は既に休憩用の飲料を飲み干していた。
互いに次のレースに挑むことをはっきりとした2人は休憩を終えて、チームで用意した整備士やチューナーたちのアドバイスを聞きつつマシンセッティング…細かい部分での調整へ取り組むのだった。
「(しかし『不沈艦』か…一体何者なんだろう?…まあ、今は誰でもいいか。目先の試合に集中するんだ)」
マシン整備中、時雨はふとそう考えたが…すぐに「目先に集中する」ということを決意するのだった。
(第28話End)