「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 第二幕 2024 -いつかあの頂で- 作:カービィ改二
今回は序盤にゲストを入れてます。
本来はイベントキャラですが…まさかのあの人の登場です。
奈美子の父親、ヒュウガが過去に何を経験したのかを知るべく…首都高へと進出した、奈美子と時雨。
アイドルのイズミから借りた前期FD3Sに乗って首都高に現れ、SNS中毒のドライバー「ミズキ」に勝利した2人は、手がかりの車「ライジング・サン」の事を知っている人物を紹介される。
その人物の名は「セイヤ」。
彼と会話する時は絶対に口にしてはならない禁句がある。
その禁句は―――「ライジング・サン」。
―――ミズキとの出会いから2日後の夜、時雨と奈美子は都内にいた。
だがその場所は、佐々木PAや鈴森PAではない。
首都高のある路線から少し離れた場所だった。
愛車であるワンエイティに乗り込み、ある人物を訪ねる為…時雨と奈美子は、少し早めに箱根から都内へやってきた。
「(あれかな…)」
一般道路を走り、ある店を見つけた時雨はその店の入口から敷地内へ入っていく。
そして、店先に時雨はワンエイティを止めてエンジンを切った。
「ここ?」
「ここだよ」
時刻は夜9時過ぎ。
店は既に閉まっていた。
だが、時雨はそれをわかっているようだった。
「チューニングショップ『PRIDE』…」
奈美子が店の名前を呟いた。
そして同時に、まさかと思った。
「裏のガレージに行けばいいみたいだ」
「そうなの?」
「うん。行こう」
店の前に止めたワンエイティをそのままに、車を降りた2人が裏側へと回る。
店の裏側は整備ガレージになっており、車が複数台止まっている。
そしてあるガレージの中に入り、時雨は探している人物の名を呼んだ。
「ごめんください!レオさん、いらっしゃいますかー?」
ガレージの中では愛車のFD3Sを整備している男の存在があった。
「ん?おおー!時雨ちゃんとナビ子ちゃんじゃーん!よく来てくれたな!時間通りって感じかな?」
黒い肌のちょい悪親父が時雨と奈美子に気が付き、車の方から時雨と奈美子の方へ向かってきた。
「お久しぶりです、レオさん」
レオと呼ばれた男に、時雨は挨拶で軽く頭を下げた。
その様子に奈美子は驚きを隠せなかった。
「え…時雨、レオさんの事知ってるの!?」
「あれ?奈美子ちゃん知らなかったの?ちょっと前に『ピット』に行ったらハルカに追い返されちゃってさあ…その後、時雨ちゃんに間を取ってもらったんだよ」
「まあ、そんな感じかな」
「そ、そうだったんだ…」
「チョイ悪親父のレオ」。彼は都内の「PRIDE」というチューニングショップで、チューナー兼オーナーとして活動している。
そしてそんな彼は、時雨の雇主でもあるハルカの父親なのであるが…お調子者で女誑しな性格が原因で、妻とは別居状態。そして娘であるハルカからも疎まれてしまっている。
年齢を重ねた今でこそ落ち着いてはいるが、嘗ては伝説のナンパ師として箱根で名を馳せており、それが愛車である「Fatal Stinger」の由来となっている。
なお、「PRIDE」をオープンする前は「カーファクトリー・ピット」のオーナーだった。
因みにレオというのはニックネームであり本当の名前は「シシマル」というらしい。
先の通り愛車はFD3S"Fatal Stinger"。最近、時雨との出会いもあって一からチューンを見直して白色から黒色へと塗り替えた。
「それにしても時雨ちゃん、また痩せた?グラビアの写真を見た時より更に綺麗になってるような気がするんだけど」
「はは…そうですね。まあ、経験は積んだって感じでしょうか」
時雨は冗談に対して軽く微笑んでそう言った。
「いいねえぶれないねえ!…それにしても驚いたよ。いきなりオレに電話をよこして挨拶に行きたい、だなんて。ハルカも少しは時雨ちゃんを見習ってほしいところだな、ハハハ!」
陽気に彼は笑いながらそう言った。
「こっちの方でバトルする事になったから、挨拶に来たんです。あ、挨拶でこれを…」
そう言って時雨は手土産として箱根の土産屋で売っていた温泉まんじゅうの箱を差し出した。
「タハーッ!わざわざありがとう!オレこう言うの好きなんだよ…ところで話があるって聞いたけど?」
「はい」
「見た感じ話も長くなりそうだし、立ち話もあれだから椅子持ってくるぜ」
「あ、お願いします」
そう言ってレオは鉄パイプ椅子を3台持ってきてそれを開いた。
「これもあげるよ」
「あ、どうも」
「ありがとうございます」
そう言って時雨と奈美子に手渡したのは冷えた缶コーヒーであり、奈美子と時雨はそれぞれ受け取った。
3人がそれぞれ椅子に腰かけたあと、レオが口を開く。
「それにしても聞いたよ時雨ちゃん。首都高でバトルしたんだって?」
「はい」
SNSで話題になっていたこともあり、レオは時雨が首都高に来ていた事を知っていた。
「勝ったって聞いたけど、どうだった?」
「どうだった…と言いますと?」
「初めての首都高だったわけだし、怖くはなかったか?」
時雨にとっては初体験だった首都高。
レオとしてはその感想を聞いて見たかった。
「そうですね…たくさんの車がいて、初めてのコースって事もあって…その、色々な部分で緊張はしましたけど、走り屋たちとバトルしているうちに、慣れちゃいました」
「時雨…」
最初こそ不安も少なくなかった首都高でのバトル。
だが、バトル経験を重ねるごとに彼女の速さはより洗練されていった。
それはいわば、首都高に対して順応していっているということなのであろう。
「タハーッ!物凄い順応能力だな!いくら箱根でのバトル経験が豊富とはいえ、周りの景色も雰囲気も何もかも違う首都高にすぐ慣れちゃうなんて、時雨ちゃんはやっぱり才能の塊なんだな!」
レオは時雨の実力を称賛するようにそう言った。
だが時雨はそれに対して更に謙遜するようにこう言った。
「いや…僕の力なんて些細なものです。僕だけじゃなくて…奈美子や、車のお陰でもあったんです」
「ハハハ!そうかそうか…ナビ子ちゃんも良いパートナーって事だな」
「あ…そうですね。でも改めて時雨からそう言われると、やっぱり嬉しいです」
奈美子はどこか恥ずかしげにそう言った。
「ところで小耳にはさんだんだけど…時雨ちゃん、FDに乗ってバトルしてたんだって?」
「あ、はい。実は…今日僕がレオさんの元を訪れたのは、その感想を聞いてほしかったからでもあるんです」
「おおーそうだったのか!んで、実際のところ感想は?どうだった?」
自分が普段から乗っているロータリーマシンに知り合いが乗ったという事を聞いていただけあって、レオは興味津々のようだった。
するとレオの言葉に対し、時雨は言葉を考えながらこう言った。
「そうですね…いい車だな、とは思いました。実際に首都高で乗ってみて…車自体結構曲がるし、トラクションや最高速度も…いい感じだなって」
すると時雨の感想にレオは嬉しそうにこう言った。
「タハーッ!わかる?やっぱりFDっていい車だよなぁ!俺としても我が子を褒められているみたいで嬉しいよ!」
「はは…そうですね」
時雨は軽く微笑んでそう言った。どうやらレオを上機嫌にさせたようだ。
するとレオはこう切り出した。
「ようし気に入った。時雨ちゃん、今後『D1』の上位カテゴリにも出るんだろう?もし今後FDやFC、RX-8に乗って出場したいって言うなら、俺もマシンサポートを買って出るよ」
「えっ!?D1のマシンの…!?」
「ああ。俺としては時雨ちゃんほどの人間ならスポンサーも買って出たいほどだね」
「やったじゃない時雨!こんな形でマシンメンテナンスに協力してくれる人が現れるなんて…こうなったら、D1に出るマシンはもうFDとかFCにしちゃわない?」
サポートの申し出に喜ぶ奈美子。
だが、時雨の顔は決して喜んでいるという訳ではなかった。
「ありがとうございます。ただ…」
「ん?」
そう言うと時雨は持論を切り出す。
「今の僕にとっては、まだあの車が正解だとは思いません。僕は、様々な車に乗って…どんな車であればD1で活躍できるか、しっかりと考えていきたいんです」
すると時雨のその言葉に対して、レオも一定の理解を示してこう言った。
「なるほどな…まあ、車って言っても様々な選択肢があるだろうからな。今様々な方面から注目されている時雨ちゃんなら、その膨大な選択肢があるはずだ。ただ、ロータリーも答えの一つとして置いてほしいね」
「…はい。そうですね」
そう言って時雨はコーヒーを飲んだ。
「それで、ここからが本題なんですが…」
「ん?何だ?」
コーヒーを飲んだ時雨は、更に話を進める。
「レオさんは、『ライジング・サン』って車を知っていますか?」
「『ライジング・サン』…?」
「はい。首都高じゃ、『伝説のマシン』って言われてるんです。こっちの方に住んでいるレオさんなら、もしかしたら何か知ってるかも…って、僕は思って」
そう、レオの本拠地は都内・首都高。
時雨よりもはるかに経験豊富であることを考えて、彼女はレオが少しは何かを知っているのではないかと思った。
そして実際、時雨は奈美子共々レオの元を訪れるのだった。
だが、レオの反応はどちらかと言えば苦いものだった。
「『ライジング・サン』、か…首都高の伝説のマシンって話は有名だな。だが実を言うと、俺も詳しい事は知らないんだ」
「レオさんも、あまり知らないんですか?」
「ああ…噂自体はもう何十年も前からあるから知ってるけど、如何せん夜明け前って言う時間帯がな…」
「時間帯?」
「俺はどちらかと言えば、夜の早いうち…つまり日が変わるくらいの前まで走る人間なんだよ。でも、『ライジング・サン』は明け方に近い時間帯に走っていたって話だ」
「時間帯が違うから会った事が無かった…ってことですか」
「ああ。夜通し走る人間もいるっちゃいるけど、俺の場合は夜の早い時間に走って、あとは深夜にガレージでマシン調整ばかりやっていたからな」
「そうだったんですね…」
「まあでも、『ライジング・サンは外車である』って話は聞いたことがあるがな」
「外車、ですか…」
「ライジング・サン」が現れるのは決まって夜の深い時間帯から明け方にかけて。
しかも神出鬼没である「ライジング・サン」は、東京中心に活動するレオであっても会う事は出来ていないのであった。
すると、レオの話を聞いて時雨は更に話を進める。
「そういえば奈美子、あのメモは持っているかい?」
「え?あるけど…」
「メモ?」
すると奈美子が、右ポケットに入れていたメモを取り出す。
そしてそれをレオに手渡した。
「『ライジング・サン 0500』…?」
「僕達が『ライジング・サン』を探す理由は、奈美子のお父さんのジャケットに入っていたこのメモが気になったからなんです。奈美子のお父さんは過去にどのような事を経験したのか…それを知りたいなって、思ったから…」
今までのバトルで「ライジング・サン」が車である事は分かった。
だが、0500の意味は分からない。
するとレオが少し考えた上でこう言った。
「ふーむ。ライジング・サンはともかく、0500が気になるな…」
「0500…ですか」
時雨の言葉にレオが更に話を進める。
「ああ。俺としては『ライジング・サン』…朝日が昇るということから無難に、時刻の事だと思うが…ナンバープレートか車の識別番号の可能性もあるかもな」
「ナンバープレートか識別番号…ですか」
「ああ。・500ってナンバープレートがあってもおかしくはないだろうし、分類番号は…まあありえないか」
「……」
レオの推測ではやはり時刻の事だと推測していたが、車のナンバープレートや識別番号の可能性もある事を伝えた。
そしてそれを伝えた後、再び奈美子にメモを渡すのだった。
そしてそれを見た時雨は、感謝の言葉を伝える。
「わかりました…今日はお話しさせて頂きありがとうございました」
「ん?話はそれくらいか?」
「はい…実はこれから、また首都高でバトルする事になってるんです。だから、ちょっと長居は…」
時雨は申し訳なさそうにそう言った。
「そうか…また同じコースなのか?」
「そうですね…場所が場所なので」
「なるほどな、わかった…じゃあ今日はこれくらいにしておくか。店の出口まで送るよ」
「ありがとうございます」
そう言って椅子から立ち上がった3人は店先へと向かうのだった。
◇ ◇ ◇
「しっかしこの前も見たけど、本当に派手なエアロだな…時雨ちゃんのワンエイティは」
「よく、言われます」
「でも、エアロだけが華じゃないんですよ?時雨は本当に速いんですから!」
「タハーッ!ナビ子ちゃんも時雨ちゃんの事を信じてるんだね。二人とも互いの相棒を大切にしなよ!」
「はい、ありがとうございます」
ワンエイティの前で3人は最後の会話をする。
そして時雨が返事をしたところで、時雨と奈美子が乗り込んでワンエイティに乗り込む。
キーを指した時雨は、エンジンを始動させるのだった。
するとエンジンを始動したところで時雨が運転席側の窓を開けてレオに話しかける。
「レオさん、本日はありがとうございました」
「ああ、時雨ちゃんとナビ子ちゃんもわざわざ挨拶回りありがとう。オレもちょっと『ライジング・サン』については調べてみるから…もし何かあったら電話するよ。それと、ハルカによろしく伝えておいてくれ」
「わかりました、よろしくお願いします」
「今日はありがとうございました!」
「おう!また今度な!」
レオの言葉に軽く会釈した時雨は窓を閉め、ワンエイティを発進させる。
通りに出たワンエイティはそのまま首都高へと向かうのだった。
―――鈴森PA。
時雨と奈美子は首都高へと上がり、ミズキが言っていたPAにやってきた。
「首都高って…明るいね」
車を駐車した時雨がそう呟いた。
時刻は既に日が変わる直前。
なのに走り屋は多く、街の明かりもネオンも輝いていた。
今まで真っ暗闇の夜道の峠を走り抜けて来ていたことを考えると、時雨にとっては不思議な感覚になっていた。
「ええ…みんなここを走りたくなるのも分かるわ」
時雨の言葉に奈美子がそう返事をした。
「…じゃあ、それらしき人を探そうか」
そう言って時雨はワンエイティを降り、奈美子も降りた。
車にロックを掛けた時雨が周りを見渡す。
「あれ?」
時雨の視界に入ったのはシャンパングラスを片手に盛り上がっている、ホストとお客だった。
恐らく皆車で来ているのだろう。
「セイヤ王子にバイタン1本頂きました!王子から始まるぅーッ!サンサンナナビョーシッ!そぉーれ、イッキ!イッキ!イッキ!」
「……(ごくごくごくごく)」
中央にいた男が瓶の飲み物を全て飲み干した。
「さすが『ホーリーナイツ』の王子様ッ!1本で?終わらないのが?王子様?バイタン2本目入りまーす!飲んで、飲んで、飲んじゃってー!」
「……(ごくごくごくごく)」
男は続けて瓶の飲み物を飲み干していく。
「…あれかな」
「間違えなくあれね…って、アルコール!?」
奈美子にとっては信じがたい光景だった。
車で運転する以上お酒を飲むという事は酒気帯び運転になりかねない。
「ちょっと待って!ストップ!ストーップ!!」
「あっ、奈美子!」
その光景に焦った奈美子がホストたちの元へ向かう。
時雨も遅れて付いて行く。
「飲んだら乗るな!飲むなら乗るな!!」
すると、中央にいた金髪のホストの男が「待っていた」と言わんばかりに乞う態度を示した。
「ご新規の姫様、お2人入りまーす!…はい、奈美子姫と時雨姫。セイヤからのお近づきの一杯、どうぞ。梅の炭酸ジュース、略したバイタンね」
「え…」
そう言って奈美子は差し出されたシャンパングラスの飲み物を一口だけ飲んだ。
それに応じて、時雨もシャンパングラスの飲み物を同じように一口だけ口にする。
「…あ、ホントにジュースだ」
「(…あまり美味しくない)」
普段からジュースを全く飲まない時雨にとっては、バイタンの味は不味いものだった。
するとその様子を見かねたセイヤが時雨に声をかける。
「おや?…もしかして気に入らなかった?」
「…すいません、ジュースは飲まないので」
「(しまった…差し出す飲み物を聞いとくべきだったな…)」
そう言って時雨はグラスをセイヤに戻した。
だが、セイヤは客の態度に慣れているのか意外と気にしていないようだった。
寧ろ、彼女を口説くのに致命的なミスを下のではないか…と思っていた。
「これは失礼…もしかして普通の水とかの方が良かったかな」
「いえ、いいんです…別に」
時雨はセイヤにフォローされても、意外とそっけない態度を取っていた。
セイヤは一筋縄では彼女を口説けないと思ったのか、ターゲットを奈美子に集中しようとしている。
すると、奈美子が気になったことを話しかけた。
「…あれ、今さっき『奈美子姫』『時雨姫』って言った?時雨はともかく、どうして私の名前を?」
そう言うとセイヤが返事をするようにこう言う。
「ミズキからメッセージが来ていてね。ドライバーの時雨姫…箱根の時雨。その相棒の奈美子姫が尋ねてくるって…んで、要件は?」
その言葉に対し、奈美子が話し出す。
「ええっと…ちょっと探しているものがあって…その、車なんですけど…」
「車?奈美子姫、車好きなわけ?あ、もしかして自分で結構車弄ったりする感じ?」
手慣れたかのような口調でセイヤが自分の空気へと引きずりこんでいく。
「え?ええっと…まぁ、そうですけど…チューンパーツとか見るのは少し…」
すると隙に付け入るかのようにセイヤが攻勢を続ける。
「へぇ!そうなんだ!最近言いチューンパーツが出たんだけどさ、一緒に見に行かない?電話番号を教えてよ」
出会って間もないというのに、セイヤは完全に奈美子を口説きにかかっていた。
この調子では相手の思うがままだ…そう思った時雨は、遂に重い口を動かす。
「さて、ところで時雨姫の方も…」
「セイヤさん」
ずっと奈美子の方を見ていたセイヤだったが、ある程度覇気を強めたかのように時雨はセイヤの名を言う。
「…時雨姫?」
「僕たちは追いかけている人がいるんです。それは…あなたも追いかけている、伝説の存在だ」
「……」
時雨の言葉に、一瞬でピりつくムードになる。
だが同時に、時雨は禁句を話してはいけないという事をよくわかっていた。
「あなたに『その存在』の事を聞いてはいけない、という話はミズキから聞いている。でもだからこそ、僕は自分の実力を示してあなたから聞き出したいんだ。速い人間が全て…僕はそう思っているけれど、きっとそうだろう?」
時雨は「ライジング・サン」の名前を出さないように考えながら、そう言った。
その言葉に対し、周りのホストは少し顔が引きつったように見えた。
お客の方もある程度引いているようだった。
だが、その存在の名前を出さなかったことで…セイヤの感情は少しだけ抑えられていた。
「ふーん、なるほど…まあ俺も、君たちの実力が気になるんだ。折角だし、まずはここにいるホスト仲間…『ホーリーナイツ』のメンバー相手にバトルしてきてよ。話はそれからかな」
セイヤはクールに振る舞っているように見えたが、実際の所ある程度感情がヒートアップしようとしていた。
とはいえ本気で激情した時の彼よりかははるかにマシな態度でもあった。
それは「ライジング・サン」の名前を出さなかったからか、はたまた単に女相手だから緩くしたためかはわからないが。
「…奈美子、準備しよう」
「え、ええ…」
「やってくれるかい?じゃあ、車で待っていてくれよ。こっちでメンバーを指名しておく」
セイヤの言葉に軽く頷いた時雨は、奈美子と共に愛車であるワンエイティの方へ向かっていく。
すると向かっていく最中、セイヤの怒鳴り声が響いた。
「あの2人は明言こそしなかったが、きっとあの車を狙っているに違いねえ!邪魔をさせるな…箱根のドライバーに俺らの強さを見せつけてやれ!」
セイヤが時雨たちの前でそんな声を出さなかったのは、やはり女相手だったからだろうか。
推奨BGM:COMMUNICATION(from SUPER EUROBEAT vol.84)
―――vs売上No.8ホスト
コースは鈴森PAから佐々木PAに向けてのコース。
相手の車は白のBL5レガシィ。時雨のマシンは言わずもがなワンエイティ。
PAの入口に2台の車が並び、20キロで並走する。
左レーン、ワンエイティ。右レーン、レガシィ。
「(箱根の時雨だか何だか知らねえが、セイヤさんに盾突く奴は容赦しねえぞ…!)」
ドライバーのホストはそう思っていた。
2台の前にスタートラインが迫る。
「(さあ…行くぞ!)」
スタートラインを2台のフロントタイヤが踏みつけたところで、アクセルを全開にして踏み込んでいくホスト。
加速していく2台は首都高の本戦へ合流し、加速していく。
「―――――」
時雨もアクセルを徐々に踏み込んでいく。
パドルシフトに切り替えていた時雨だが、スタートの時点ではあえての2速加速だった。
通常時よりも鈍い加速で、レガシィとは徐々に差が付いて行く。
レガシィが100キロ、ワンエイティが80キロまで加速する中、レガシィのテールとワンエイティのノーズの車間距離は車3台分程まで広がっていた。
第1コーナーの右ヘアピンコーナーが迫る。
「(さあ、付いてこいよ…!)」
先行するレガシィが、アクセルオフからブレーキをかけて他後にサイドブレーキを引く。
後輪が滑り出したレガシィはあっという間にドリフト状態になる。速度は70キロ台を示していた。
都会のビルの間にあるヘアピンコーナー、その右車線を白色のレガシィが駆け抜けていく。
「(……)」
右ウィンカーを点けて車線を変え、右車線…インコースに入るワンエイティ。
速度は110キロを示していた。
第1コーナーが迫る中、コーナー直前で時雨はアクセルオフからそのまま右足のつま先でブレーキを踏み込む。
強めに踏まれた事によってマシンは90キロ台まで減速する。
そしてその間にハンドルを右に曲げ、徐々にマシンの体勢を崩していく。
「―――!」
マシンが壁の方向を向こうとしたところで、アクセルを全開にして踏み込む。
後輪が滑り出してドリフト状態へ…そのままハンドルを左に曲げ、カウンターを当てる。
ドリフト状態を維持したまま、ワンエイティは2.5車線ある走行レーンのイン側の壁寸前…文字通りのクリッピングポイントを狙ったかのような走りをしていた。
クリッピングポイントを抜けたワンエイティの前に、コーナーの出口が迫る。
アクセルを一瞬だけ抜き、ドリフト状態を止めるように再びアクセルを調整。
そして右端の路肩から車線に移り、車線とマシンが平行になる寸前でハンドルをニュートラルに戻してアクセルを半分ほど踏み込んでいく。
こうすることで、文字通りのブレーキングドリフトが一丁上がり。
コーナー立ち上がりの時点でワンエイティは110キロまで加速していた。
「(前の車は…)」
時雨が前方を確認すると、レガシィは第2コーナーをドリフトしていた。
相手の車は既に左レーンに移っていたようだ。
だが、1個のコーナーで車間距離は確実に狭まっていた。
「(相手はある程度バトル経験があるみたいだ…)」
車間距離こそ縮まってはいても、時雨にとっては相手がある程度バトルの経験があるという事は勘付いていた。
変にノロノロ走っていたら間違えなく勝てないだろう。
だが、今はある程度の距離を維持しないといけない。
それは、ある事の為に。
「(こっちはまだリードしているが…)」
一方のレガシィのドライバー。
第2コーナーをドリフトで抜け、そのまま右車線にレガシィを移す。
第3コーナーの右直角コーナーが迫る。
そんな中でドライバーは不思議な感覚に陥っていた。
「(何だこれ…徐々に追いつめられているような…?)」
後方とはある程度の差がついている。
だが、自分にとってはどこか不快な感覚だった。
何かがいる。自分では感じ取れないような何かが、後ろにいる。
「っ…!」
コーナー直前でサイドブレーキを引き、ハンドルを右に曲げて後輪を滑らせる。
アクセルを踏み込み、ドリフトに不向きな四輪駆動マシンを強引にドリフトさせていく。
直角コーナーは直ぐに終わりを迎え、アクセルを抜いてハンドルをニュートラルにしたところで、再びアクセルを踏み込む。
レガシィはコーナー脱出と共に加速する。
だが、思った通りにはいかない。
「(なんだ、こりゃあ…!?)」
アクセルを踏み込んでコーナーを脱出したのはいいが、レガシィのドライバーにとっては不快感に近い何かがずっと残り続けていた。
その不快感が、コーナーを抜けるたびに大きくなっていく。
第3コーナーを抜けたところで、第4コーナーの左直角コーナーが迫る。
車線を左に切り替え、ブレーキを踏み込む。
110キロだったレガシィは、70キロまで減速する。
そこでサイドブレーキを引き、ハンドルを左に曲げてアクセルを踏み込む。
直ぐにカウンターを当てる事で走行レーン上に存在するレールを走るかのように、車線内をドリフトしていくレガシィ。
コーナー出口が迫ったところでアクセルを離し、ハンドルをニュートラルにしたところでアクセルを踏み込む。
「(直線区間だが…っ!?)」
第4コーナーを抜け、第5コーナーの左ヘアピンまではわずかながらストレート区間である。
だがここで、ストレート区間を加速するレガシィにある物が迫る。
後方に迫るは黄色のキセノンヘッドライト。
間違えなくバトル相手だった。
「(相手はある程度バトル経験があるみたいだ…けど)」
第4コーナーを抜け、ストレート区間で半分ほど踏み込むワンエイティのドライバー…時雨。
だが、これでも本気ではない。
それにはある理由が関係していた。
「(初っ端から手の内を見せるのは誰だって出来る事だ…なら、限界の半分以下で行く!)」
そう、本気を出したところでボスであるセイヤに手の内を見せてしまう事になる。
そうなってしまったら何かしらの対策をたてられてもおかしくないのである。
相手の実力が未知数である以上、自分の走りを分析されてしまったら…自分の走りを仲間から伝えられたらそれは自分にとっても不利になる。
だったら最低限、ストレート区間ではマシンの性能を封印したほうがいいのではないか?
そう時雨は思っていた。
「(1個のコーナーでタイヤは温まった。あとは角度を抑えて…)」
タイヤマネージメントの事も時雨は考えていた。
下手にスピードや角度を付けたドリフトはタイヤを摩耗させてしまうだけである。
可能な限りドリフトに近いグリップ走行…言うは易いが行うのは難しい。
持久戦を求められている以上、下手なドリフトでマシンをヘタらせる事は許されない。
文字通りのマシンマネージメントが要求されているのであった。
第5コーナーの左ヘアピンが迫る。
「(早めにブレーキを踏んで…よし)」
速度が130キロから85キロまで減速させる。
コーナー直前でキッチリと減速したところで、ハンドルを左に曲げる。
マシンが徐々に左を向いたところで徐々にアクセルを踏み込み、ハンドルを右に戻してカウンターを当てる。
ドリフトを始めたワンエイティは、左車線の走行レーン上をなぞるかのようにドリフトしていく。
「―――!」
ドリフト区間であるゼブラゾーン上をドリフトしていくワンエイティ。
1個目のコーナーの様にアウトインアウトのようなドリフトはせず、走行レーンをなぞるかのようにドリフトしていく。
あっという間にコーナーを抜けようとしていたところで、アクセルオフからハンドルをニュートラルに戻す。
そして横滑りが収まったところでアクセルを踏み込む。
90キロから115キロまでぐん、と加速したワンエイティは、レガシィを猛追していく。
「(あ、あの野郎コーナーが速い…!)」
バックミラーが光る事で、レガシィのドライバーは後方から物凄い勢いで迫ってくることを認識した。
車間距離はあっという間に車0.5台分まで縮まっていた。
第6コーナーの右の緩いコーナー。
レガシィは軽くブレーキングして左車線をグリップで抜けていく。
だが、ワンエイティは車線を切り替えることなくブレーキを軽く踏んでマシンをテールスライドさせていく。
グリップとドリフトの走りの違い。
しかし車間距離はあっという間に縮まっていく。
「(追いつかれた…!?スタートで出遅れたと思ったのに…!)」
「(前の人は…実力を出してない僕にとっても、敵ではないかな)」
スタートで余裕をこいていたレガシィのドライバー。
しかし手を抜いて加速抑え目にスタートした時雨。
心理的に余裕があるのは明らかに時雨だった。
「(だが、この先のシケインで…!?)」
第7コーナー、第8コーナーの左から右のシケイン区間。
レガシィが以前ほんのわずかなリードを取る中、ワンエイティはまさかの右車線へと移動する。
「(まさかここで追い抜きを…!?)」
「――――」
第7コーナー直前。軽くブレーキを踏み込み、サイドブレーキを引いてハンドルを左に曲げて強引に後輪を滑らせるレガシィ。
一方右車線に移った事で前方こそクリアに慣れど、スリップストリームの効果は無くなったワンエイティ。
アウトコースであるため不利になると思われた。
だが
「っ…!」
「―――!」
ブレーキを軽く踏み込み、そのままハンドルを左に曲げる。
そしてそのまま2台のドライバーがアクセルを踏み込む。
だがコーナー走行速度はワンエイティの方が上だった。
シケインにおける最初のコーナーで2台が並列になる。
カウンターを軽く当てた2台が並列状態のままコーナーを抜ける。
すぐに次の右コーナー…シケインの2個目のコーナーが迫る。
「しまっ…!」
「(ここだ!)」
並列状態の2台だが、8個目のコーナーは時雨にとって有利な右コーナー。
先を見越したことで、時雨にとって有利な方向に働いていた。
2台のブレーキが点滅し、ハンドルを右に曲げてパラレル状態でドリフトする。
だが、次の瞬間にはインコースである時雨のワンエイティがレガシィを追い抜かしていた。
短いそのコーナーは直ぐに終わり、すぐに直線区間に。
「(だが…っ!)」
一方でレガシィのドライバーはまだ諦めてはいなかった。
何せ第9コーナーは合流分岐の左ロングコーナー。
追い抜かそうと思えば追い抜けるはずだ。
だが、ワンエイティは次のコーナーまでのウィンカーを出す余裕はなかったためか…右車線を走り続けていた。
「っ…!」
「―――!」
ブレーキを踏み込むレガシィ。
先行するワンエイティはワンテンポ遅れてブレーキを踏み込む。
サイドブレーキを引いてハンドルを左に曲げるレガシィ。
一方でブレーキを踏んだ後に左にハンドルを曲げるワンエイティ。
2台のマシンがドリフトしていく。
しかし、明確な違いは確かにあった。
「(離される……っ!?)」
「―――――」
レガシィとワンエイティの車間距離がどんどん離れていく。
こちらはアクセルを全開に踏み込んでも、ワンエイティは自分以上の速さでコーナーを駆け抜けていく。
ワンエイティのテールライトが閃光を描きながら、テールが離れていく。
アクセルを踏み込んでも、ワンエイティの影はどんどん離れていった。
あっという間に車間距離は1台、1.5台分と開いていく。
「っ……」
ロングコーナーを抜け、コーナーの終わりでワンエイティのテールとレガシィのノーズの車間距離は3台分まで開いていた。
それは、序盤での車間距離とほぼ同等…いや、最終第10コーナーを含めればそれ以上だった。
第10コーナーである緩い右コーナーをアクセルオフで抜けたワンエイティは、立ち上がった直後にそのまま佐々木PAへと飛び込んでいった。
―――1人目のドライバーを倒した時点で、本気を出していない状態でもタイム差は2秒近くあったのだった。
◇ ◇ ◇
―――鈴森PA。
最初のドライバーを倒した時雨と奈美子のワンエイティは、一度セイヤの場所に戻っていた。
戻ってきた2人にセイヤが迫り、時雨が話しかけた。
「最初の人は倒したよ」
「ほう、やるな…1回戦ってどうだった?俺達『ホーリーナイツ』は、ライジング・サンを倒すためにホスト仲間と姫たちで作ったチームだ。少しは実力がわかってもらったと思うけど…」
「(自分で言う分にはいいんだね…)」
時雨が多少呆れにも近い感情を抱く中、セイヤは言葉を続ける。
だがその口調は、先ほどまでの穏やかなものは、話しているうちに感情的になっていった。
「俺はあの車を倒すためにテクニックを磨き、マシンを改造してきた…No.1ホストにだってなれたんだ。俺に不可能な事は…何もないと思っているんだ!」
すると、その言葉を聞いた時雨がある質問をする。
「なら、あなたが追いかけている…『ライジング・サン』を倒す事も?」
「…ああ、今の俺なら出来る!いや、勝たなければいけねえんだ!!」
その言葉を聞いた時雨は、唆すようにこう言葉を続ける。
「もし、僕があなたの代わりに『ライジング・サン』を倒す、と言ったら?」
「…何だと?」
その言葉を聞いたチームメンバーたちが一気にざわつく。
幾ら相手が女とはいえ、セイヤに直接そんな事を言っていいのか?
そう思っている最中、時雨は言葉を続ける。
「この僕、『箱根の時雨』があなたの代わりにライジング・サンを倒すよ。あなたは…僕達に対して、相手が女だからって甘すぎる。僕を舐めているようにしか見えないんだ。『ライジング・サン』がどんな走り屋かは知らないけど、きっと完全無欠の走り屋だと思う。そんな走り屋に挑むには…素人目で見ても、甘すぎる」
「おいこのアマ!たかだか1回俺たちに勝った分際で…」
時雨に舐められたと思ったホスト仲間の一人が怒りを露わにする。
するとその様子を見かねたセイヤが宥めにかかる。
彼は相手が女であるという認識を持っていた以上、何とか怒りをセーブしていた。
とはいえ何かの拍子で爆発しそうな雰囲気ではあったが。
「よせ、相手は仮にも姫だぞ!それに彼女の言っている事も一理ある…」
「っ…!」
「お前はこれを飲んで少し頭を冷やせ」
周りに宥められる中、ホスト仲間は差し出されたバイタンを飲み干す。
するとその様子を見た時雨が、条件を提示してきた。
「セイヤさん、お願いだ。『ホーリーナイツ』のメンバー達に僕が勝って、あなたにも勝てたら…『ライジング・サン』の事を教えて欲しい」
「…もし、お前さんが負けたら?」
「あなたの太客になっても構わない。ばいたんたわーとか、ほすととか、よく分からないけど、それくらいやらないとね」
するとその言葉を聞いたセイヤは、冷静にこう言った。
「…その勝負、乗った。俺はマシンの方を整備をしてくる。戻ってくるまで負けるなよ」
セイヤの言葉に時雨は静かに頷いた。
どうやら彼は時雨の覚悟を認めてくれたようだ。
一方でチームメンバーに対してもセイヤは檄を飛ばした。
「お前ら、相手が女だからって舐めてかかるなよ!ここじゃ速い奴が全てだ…!」
そう言った後、セイヤは自分の車の方に向かう。
残ったのはチームメンバー達だけだった。
「次は俺だ!俺と勝負しろ!」
「あっ、待って!セイヤ君に認めさせるためには私が…!」
「うるせえ!セイヤさんが舐められているのに黙っていられるか!!」
次々と時雨にバトルを申し込む「ホーリーナイツ」のメンバー達。
「誰でもいいよ…相手になるさ」
時雨はどこか不敵な笑みを露わにしてそう言うのだった。
―――数戦後。
「いい感じよ時雨!このワンエイティでももう問題なさそうね!」
「うん、そうだね」
ワンエイティを停車させ、車を降りて次の相手を探す時雨と奈美子。
すると、駐車場の一角で愛車であるパープルのBCNR33を整備するセイヤに、先ほどのバトル相手であったホストの男が話しかけに行く。
「すいませんセイヤさん、負けました…」
「この写詐欺野郎…負けてんじゃねぇよ。相手が姫であっても舐めるなって、俺は言ったよな?」
「す、すいません…でも、あいつらマジバカっ速なんです!」
「そういうことじゃねーっつーの。テメー自身の中身を磨けって言ってんの!!」
セイヤはまるで教育するかのように言葉を続ける。
「接客業だぞ?もっと接客を勉強しろ。お客様への心配り、気配りが命なんだよ…こっちにこい、太客の姫を相手に俺が手本を見せてやるから」
そう言ってセイヤと連れのホストは車を離れ、姫の元へと向かっていく。
「あの調子じゃ、取り付く島もなさそうだね」
「ええ…まあ、バトルはしてくれるみたいだけど、随分熱心なのね…」
「この状況で後輩に指導するなんて、まだまだ余裕なのかな」
「どうかしら…すごい努力家なのは分かるけど」
時雨にとっては彼がかなりの心のゆとりを持っているように感じられた。
そしてそれと同時に、同時に努力家でもあるように見受けられたのだった。
一方で、セイヤが話しかけた太客がセイヤにこう言っていた。
「セイヤくぅ~ん?なんかこっちが負けばっかりで退屈してきちゃったぁ~今から店に戻れば『日の出(ホストクラブの早朝営業)』で遊べるじゃ~ん?ねぇ、戻ろうよぉ~?」
それを聞いたセイヤは、これを聞き逃さすことなくこう言った。
「姫…俺達が一度でもあの二人に勝てばすぐにでも戻ってピンドンタワーを作ってあげるよ」
すると太客は、心のハートを射られたかのようにこう言った。
「王子ったら…やる気にさせるのが上手いんだから…わかったわ!すぐ行ってくる!」
そう言ってセイヤの元を離れた太客は、時雨たちの元へと向かう。
対峙した彼女は、時雨と奈美子にこう宣戦布告するのだった。
「あんたたち!セイヤの何かかは知らないけど…次は私が相手よ!」
時雨は軽く頷き、奈美子と共にワンエイティの方へと向かって乗り込むのだった。
◇ ◇ ◇
推奨BGM:LOVE FOR SALE(from SUPER EUROBEAT vol.71)
―――vsピンドンタワーの常連
相手の車はFD2シビック。
コースは佐々木PAから鈴森PA方面。
左レーン、白のFD2シビック。右レーン、ワンエイティ。
2台が並走でPA出口へと向かっていく。
「(―――さて)」
2台のフロントタイヤがスタートラインを踏みつける。
FD2シビックのドライバーがアクセルを踏みつける。
そしてワンテンポ遅れて時雨もワンエイティのアクセルを踏みつけた。
FD2シビックがボンネット部分だけがリードした状態で本戦に合流する。
速度は110キロ台。
第1コーナーの緩い左コーナーが迫る。
「(セイヤ君…見てて!)」
FD2シビックのドライバーがサイドブレーキを引き、シビックを強引にドリフトさせる。
ドリフトに向かないFFマシンのシビックであるが、それを強引にやるのである。
「……」
一方の時雨は決して焦っていなかった。
相手に手の内を見せないようにあえて手加減をしている。
アクセルオフからブレーキを軽く踏み、ハンドルをくいと左に曲げたところでアクセルを踏み込んで後輪を滑らせる。
滑ったのと同時にハンドルを右に少しだけ曲げてカウンターを当てる。
2台のマシンが並走しながらドリフトしていく。
「―――」
コーナー出口でアクセルを抜いてハンドルをニュートラルに戻し、再びアクセルを踏み込んでコーナーを立ち上がる。
立ち上がりで速いワンエイティが、FD2シビックと完全に並走状態になった。
「(っ…邪魔!)」
FD2シビックのドライバーにとっては完全に進路を塞がれるような形になった。
第2コーナーは右のロングコーナーである以上、シビックのドライバーにとっては右車線に移りたかった。
だがそんなスペースはなかった。
「(抜かさせないし、抜かさない)」
時雨にとってはこれも作戦のうちだった。
敢えて並走で実力を装って、相手にプレッシャーをかけていく。
そして並走していきながらも最後に追い抜けば自らの手の内を見せる事もなく、マシンダメージも抑える事が出来る。
だが、幾ら相手が雑魚とはいえ相手の実力も知らないでそれをやるという事はなかなかの博打である。
相手がしびれを切らせて車線変更をしてきてしまったら、それこそ接触事故になりかねない。
時雨は博打を仕掛けてもいたのだった。
2台が並走状態で第2コーナーの右ロングコーナーへ迫る。
ほぼ同じタイミングでコーナーに突入する2台。そしてブレーキタイミングもほぼ同じ。
ハンドルを曲げるタイミングもほぼ同じ。
違うとしたら、インコースであるワンエイティがあえて強めにブレーキを踏んだこと、ハンドルの舵角、サイドブレーキを引いたか引いていないか。
FD2シビックがFドリをする以上サイドブレーキを踏むのは自明の理ではあるが、ワンエイティは後輪駆動なのでそんな動作をしなくてもテクニックさえあれば後輪を滑らせることはお手の物である。
ではなぜ、時雨はブレーキを強めに踏んだのか。
それは…
「―――!?」
FD2シビックのドライバーにとっては不思議な光景だった。
インコースであるワンエイティが自分を追い抜かない。
手加減をしているのか、それとも相手の実力なのか?
ここまで何戦もしているから疲労がたまっているのか?
アクセルを踏み続け、FD2シビックはドリフトし続ける。
そしてそのサイドに付けるかのようにワンエイティもドリフトし続ける。
「(っ…なんなのコレ…!?)」
サイドに迫るワンエイティからひしひしとプレッシャーを感じる。
それはまるで、「どこでも追い抜くことができるぞ」という意思表示のようなものだった。
だが、追い抜かない。
どういう作戦かは知らないが、一瞬でも油断したら自分が負けてしまうのではないか、とは想像できた。
ロングコーナーを90キロ台で駆け抜けていく2台。
だがアウトコースで追い抜かれないという事なら、ほんの少しながらFD2シビックのほうが速いのだろう。
FD2シビックは左レーンのギリギリ、ワンエイティは右レーンの車線の上をなぞるようにドリフトしていく。
FD2シビックは必死に走ってこそいるが、ワンエイティはどちらかと言えば天真爛漫を地で行くかのような走りだった。
言ってしまえば心のゆとりが全くもって違った。時雨のワンエイティにはまだまだ余裕すら見えた。
白煙を上げながら2台がコーナー出口へと迫っていく。
「―――っ!」
「……」
アクセルオフからハンドルを戻し、再びアクセルを踏み込む。
FD2シビックの方は全速力だったが、ワンエイティは明らかに実力をセーブしていた。
加速で互角なのである。
スタートから第2コーナー脱出まで2台はずっと並走状態だった。
「(くっ…しつこい!)」
FD2シビックのドライバーにはプレッシャーが溜まりまくっていた。
ずっと自分の実力を観察するかのように隣のレーンのワンエイティが並走し続けているのである。
それも、振り切られることもなくずっとである。
おまけに手加減されているのも感じ取っていた以上、ストレスが溜まっていく。
速度が120キロ台まで加速していく中、第3コーナーと第4コーナーの左、右のシケイン地帯が迫る。
ブレーキをフラッシュさせ、サイドブレーキを引いて左に強引にドリフトさせる。
そしてそれに応じるかのように、まるでFD2シビックのドライビングをマネするかのようにワンエイティもドリフトする。
ワンエイティはアウトコースであるが、差がつかない。
FD2シビックよりも旋回速度が速いのである。
だが、立ち上がりでFD2シビックが食らいつく。
2台は並走状態で第4コーナーへ迫る。
「―――!」
FD2シビックのドライバーがブレーキを踏むのと同時に時雨もアクセルオフ、ブレーキを踏む。
そこからハンドルを右に曲げて、アクセルを踏み込む。
軽く後輪を滑らせながら、第4コーナーを駆け抜ける。
やはりここでも2台は並走状態だった。
「(どっからどこまでも…!)」
FD2シビックのドライバーにとっては精神的に余裕がなくなっていく。
引き離そうと思えば食らいつかれ、追い越されそうになったかと思えば追いつける。
互角の勝負と言えば聞こえはいいが、同時に何とかして追い抜きたいという気持ちが強くなってしまう為、心のゆとりはなくなっていく。
並走状態を続けながら、第5コーナーの左直角コーナーが迫る。
「くっ…!!」
「(あれ?)」
ブレーキングからハンドルを左に曲げ、再びアクセルオン。
そしてそんなブレーキングをする際、時雨はある事に気が付く。
FD2シビックのブレーキングのタイミングが、これまでのドライバーたちに比べるとごくわずかではあるが遅いように感じた。
ハンドルを右に曲げてカウンターを当てる最中、時雨は直感である事を把握した。
「(相手は限界寸前だ…このままずっと並走状態で圧力を与え続ければ!)」
時雨は直感ではあるがそう認識する。
コーナー出口寸前でアクセルを抜いたのと同時に、右に曲げてカウンターを当てていたハンドルをニュートラルに。
2台が並走状態で第5コーナーと第6コーナーの間のストレート区間を走る。
ワンエイティは加速を抑えめに、FD2シビックを敢えて並走で走り続けていく。
並走する2台の前に、第コーナーの右ヘアピンコーナーが迫る。
「(何としても…前に…!)」
FD2シビックのドライバーにとっては何とかして前に出たかった。
次のコーナーはインコースに突入できなければ追い抜かれてしまう可能性が高いというのはドライバー本人が認識していた。
兎に角速く突っ込んでリードを抑えなければ。
そう思った瞬間だった。
「(…オーバースピード!?)」
「(…ここだ!)」
FD2シビック、痛恨のオーバースピード。
並走していたワンエイティはブレーキタイミングが遅れた事を感じ取り、速めにブレーキを踏む。
サイドブレーキを引いたのはいいが、速度が速すぎたのかFD2シビックはコーナーの外側へと膨れていく。
一方のワンエイティはブレーキを速めに踏み、路肩のコーナー端までマシンのノーズを接近させる。
ヘアピンコーナーを2台のマシンが駆け抜けるが、コーナーリング速度は明らかにワンエイティの方が上だった。
インコースという事もあり、ワンエイティが一瞬にして追い抜いてしまった。
FD2シビックは路肩にこそはみ出つつも、何とか壁との接触は免れた。
だが速度は明らかにワンエイティより遅かった。
「(加速で…追いつけない!?)」
ワンエイティの加速が、先ほどまでと明らかに違う。
先ほどまでは自分とほぼ互角だったのに、その倍以上の加速に感じ取れた。
わずかなストレート区間でもあっという間に差が開いていく。
先ほどまでは余裕をかましていた…という事実は、嫌というほど突き付けられることになった。
「(そ、そんな)」
第7コーナーの右直角コーナー直前でシビックは右車線に移ったが、ワンエイティの加速差には追いつけない。
サイドブレーキを引いてドリフトさせたはいいが、ワンエイティはFD2シビックを置き去りにする勢いでドリフトしていく。
先ほどまでは完全に余裕をかましていた。
だが、追い抜いてしまった以上そんな演技をする必要はないと思われてしまったのだろう。
第7コーナーの先にワンエイティはあっという間に消えた。
「(追いつけない…!)」
第6コーナーをサイドブレーキドリフトで何とか抜けたFD2シビックだったが、この時点でワンエイティは第8、第9コーナーの左から右への連続コーナー地帯へと突入していた。
完全にFD2シビックは置き去りだった。
「(―――よし)」
一方の時雨。
完全にFD2シビックを置き去りにしたのはよいが、決して油断はしていなかった。
何せ何度も走ったとはいえまだ箱根程熟練度がある訳でもない首都高。
本気を出した以上最後の最後まで本気で行く。
そんな思いで第9コーナーの右直角コーナーを抜け、最終第10コーナーである左ヘアピンが迫る。
「(……!)」
左車線に移ったのと同時にそのままアクセルオフからブレーキング。
ハンドルを曲げたままであったため、ワンエイティの後輪はあっという間に滑り出す。
だが、時雨にとってはその方が都合がいい。
車線変更からそのまま滑らかにブレーキング、そしてドリフト状態に入ろうとしたところでアクセルオン。
後輪が滑り出してドリフトの角度がある程度付いたところでハンドルを右に切り返してカウンターを当てる。
車線変更からそのままドリフトしていくワンエイティ。
失速は必要最低限に、左ヘアピンを疾駆していく。
100キロ以上の速度でコーナーをドリフトしていく姿は、圧巻そのものだった。
「(…最後だ!)」
コーナーの出口が迫る中、時雨はアクセルオフからハンドルをニュートラルに戻す。
ドリフトが徐々に収まっていく中、トラクションを得たワンエイティはゴールである鈴森PAへ向かって最終ストレートを駆け抜けていく。
コーナーの立ち上がりで速度は一気に140キロ台まで加速し、そのまま鈴森PAへと滑り込むのだった。
―――結果は言わずもがな、時雨の圧勝だった。
タイム差は3秒近くあった。
◇ ◇ ◇
―――鈴森PA。
「ふう…こんなところかな」
「『えぇ、お客様。お帰りはあちらでーす』…なんちゃって!」
「ううう…」
マシンを降りた奈美子が、同じく降りてきたFD2シビックのドライバーに退くように促した。
すると、バトル結果を見に来たセイヤがこう言った。
「いや、それでいいよ奈美子姫。遅い太客はこのチームにおいてはただの客だ。しかし残念だよ…あの姫のピンドンタワー、もう見れなくなるなんてね」
セイヤの言葉に致命傷を負った太客は、嘆きの怨嗟を上げるしかなかった。
「いやあああっ!!セイヤぁ…捨てないでぇ…セイヤぁ…!!」
「さて、お二人さん。あの人は一旦放っておこう」
「は、はあ」
時雨と奈美子の方を向いたセイヤはそう言った。
だがあまりの態度に時雨と奈美子は疑問を呈さずには入れなかった。
「…少し、やりすぎちゃったかな」
「セイヤさんはそれでいいの?」
「ああいう姫はちょっと突き放すと、大きなネギを背負ってくるんだ。その時は、最大限の優しさで受け止めてあげるだけさ」
セイヤはまるでわかっているかのようにそう言った。だが彼の言葉は続く。
「…あの車は、ライジング・サンは俺を受け止めてくれない。あの女の様において行かれるのは二度とごめんだ。どこまでも追いかけてやる!」
セイヤは完全に自己陶酔に浸っているかのようだった。
それを見かねた時雨は、こう進言する。
「セイヤさん、僕達とバトルしましょう。もうあと数名バトルすれば、『ホーリーナイツ』のバトル相手はセイヤさんだけだ。ここまで来れば…どうかな?」
「もし私たちが勝ったら、セイヤさんの知っている事を…全部話してもらいますから」
時雨と奈美子の目は真剣そのものだった。
するとセイヤはその態度を認めたかのように、こう言った。
「…いいだろう。こっちのマシン整備も終わったから、少し慣らし運転してくる。残ってるうちのメンバーに…負けるなよ」
そう言ってセイヤは愛車の方へと向かうのだった。
―――鈴森PA
さらに数戦後、ホーリーナイツのメンバーを全員倒した時雨と奈美子は、PA奥の駐車場でセイヤを待っていた。
そして待っている最中、遠くから青白いライトを照らしながら、パープルのBCNR33GT-Rが現れた。
駐車したBCNR33からは、例の男が降りて時雨たちの前へと向かった。
「待たせたな、お二人さん…」
「来ましたね…セイヤさん」
「僕達も何時でも行けます。バトルしましょう」
奈美子と時雨がそうセイヤに対して伝えた。
するとセイヤは彼女たちにある言葉を口にする。
「ああ、早速バトルと行きたいが…先に話しておくことがある。ライジング・サンの事だ」
「えっ!?」
「いいんですか?」
「これは俺の意志だ。何も問題ない…」
驚く奈美子と時雨に対し、セイヤはポツリポツリと話始める。
「数年前、俺はたった一度だけライジング・サンとバトルした。…いや、正直追いつけなくてバトルと言えるものすら起こらなかったな…暗くて車種まではよく分からなかったが、色は覚えている。『赤』だ…赤い車だ」
「赤……」
「太陽の色…ということですか」
「ああ…No.1ホストになって何でもできると思ってたんだろうな。『光』すらも俺は勝てると思ってた。気が付けば俺は借金までしてまでマシンの改造にのめり込んでいった。『ライジング・サン』という車を倒すことに憑りつかれていたのさ」
セイヤは過去を回想するかのようにそう言うのだった。
「そんな事が…」
「…セイヤさんは、一体首都高のどこでバトルをしたんです?」
時雨と奈美子の言葉に対し、セイヤは受け止めるかのようにこう言った。
「…それはお前が俺にバトルで勝てたら話す。さあ、やろうぜ時雨姫。俺の…最後のバトルだ」
「……わかりました。全力で相手させてもらいます」
時雨の言葉に対し、軽く頷いたセイヤは再びBCNR33に乗り込むのだった。
◇ ◇ ◇
推奨BGM:MISSION IMPOSSIBLE(from EUROPANIC!5)
―――vs歌舞伎町の王子セイヤ
2台のマシンが駐車場から抜け出し、PA出口へ向かって並走していく。
左レーン、BCNR33。右レーン、ワンエイティ。
2台のマシンが並走状態でPA出口寸前のスタートラインへ向かう。
「(先ほどのバトルを見ていても、なかなかの芸達者なのはわかる…だが、俺にもプライドってやつがあるからな…!)」
並走状態でセイヤは静かにそう思っていた。
「(―――長かった。これで僕も)」
一方の時雨はどこか安堵感があった。
やっとボスと戦う事が出来たからか、それとも別の理由か。
時速20キロで並走する2台の前にスタートラインが迫る。
そして次の瞬間には、2台が並走状態でスタートラインを踏みつけた。
「―――!」
「……!」
スタートラインを踏みつけた2台が、一気に加速する。
だがその瞬間だった。
「(一気に行かせてもらうよ)」
そう言って時雨はハンドルに付けられているニトロスイッチを右手親指で押した。
20キロ台だったマシンは一気に170キロ台まで加速する。
「(―――速すぎる!?)」
相手がニトロを使った事に気が付いたセイヤも遅れまいとニトロスイッチを押す。
だが、こちらの加速は予想以上に鈍い。
マニュアル車という事もあってシフトアップも必要だが、それを含めても加速で差が付く。
レッドゾーンに入った瞬間にクラッチを切ってシフトアップ、一気に4速まで加速する。
だが、速度は120キロまでしか加速していない。
スタートダッシュで一気に差が付けられてしまう。
「(まさかさっきは…余裕をかませていたのか…!?)」
本戦に合流した2台は、スタート直後のストレート区間でも遠慮なく加速していく。
だが、ストレート区間での最高速度も歴然だった。
2台の車間距離はあっという間に4台、5台と開いていく。
「(だが、そんな速度でコーナーを曲がれるわけが…!)」
そう、第1コーナーは右のヘアピン。
ウィンカーを出して左車線から右車線へ移ったセイヤのBCNR33だが、時雨のワンエイティは後方を気にすることなくコーナーへと突っ込んでいく。
そしてヘアピンの直前だった。
「(―――!)」
右端の路肩の方へスライドしたかと思いきや、ワンエイティのノーズはヘアピンとは逆の向きを向きかけていた。
そしてその瞬間、アクセルオフから一気にブレーキを踏み込んで荷重を車の前へ持ってくる。
次の瞬間にはハンドルを右に曲げてアクセルを踏み込むと後輪が一気に滑り出していく。
ここまでのバトルではほとんど封印していた時雨の十八番、フェイントモーションである。
オーバースピード気味に突っ込んだワンエイティだったが、実際はその許容速度にはまだ達していなかった。
140キロ台というスピードでヘアピンをドリフトしていき、ワンエイティはあっという間にBCNR33のドライバーの視界から消えた。
「(何だよそれ…!?)」
フェイントモーションを見たセイヤは愕然とするしかなかった。
今までの走りではあんなに派手なパフォーマンスを披露する事はなかったはずだ。
仲間たちからの話では、今までは単純なブレーキングドリフトであったと聞いているが、あそこまで派手なフェイントモーションをされるとは思わなかった。
そして今までは自分たちの仲間がミスをしなければある程度の互角の勝負を繰り広げていたので、大したことはないと思っていた。
だが、今のあの車の走りやコーナーリング、さらにはコーナーリング中の速度は今までのバトルとは明らかに違うという事をセイヤは勘付いた。
「(余裕かましてやがったな…!)」
スタートダッシュであっという間に置いて行かれたBCNR33。完全に防戦一方だった。
先ほどまでは間違えなく手加減をしていたのだろう。
ギリギリの勝負というのも全て演技。
結局のところ自分と戦うまで体力やマシンコンディションを温存していたと考えれば、先ほどまである程度の差だけを付けて勝利していたというのも納得がいく。
あっという間に視界から消えたワンエイティを必死に追いかけて第1コーナーの右ヘアピンへと突っ込む。
だが、サイドブレーキを引いてR33をドリフトさせようとした次の瞬間だった。
「(なっ…!)」
ワンエイティが自分の想像以上の速度でコーナーに突っ込んだことに触発されて事で、自分も思いっきりコーナーに突っ込んだ。
速度としては130キロ台…ワンエイティなら曲がれる速度ではあった。
だが、BCNR33の場合は違った。タイヤが悲鳴を上げて右レーンから左レーンまでふくれていく。
サイドブレーキを引いてハンドルを右に曲げ、マシンを強引にドリフトさせたまではよかった。だが、オーバースピードすぎてアウトに膨れてしまったのである。
クイックにヘアピンコーナーのインコースを抜けていったワンエイティに対し、BCNR33は左レーンまで膨れていく。
何とか立て直したのはいいが、立ち上がりの速度も明らかにもたついていた。
完全に向こうのペースに弄ばされていた。
だが一方で、ここでセイヤにある疑問が浮かぶ。
「(あれ程の連戦を重ねてきているのに、なんであそこまで余裕で踏んでいける…!?)」
セイヤにとっては時雨のワンエイティのペースは明らかに異常だった。
マシンスペックについてもそうかもしれないが、ここまで何戦もしてきているのに全くもってペースが乱れない。
それどころかマシンコンディションに関しても大きくは低下していないように見える。
普通、何回もバトルを繰り返せばタイヤが悲鳴を上げるのは当然と言えば当然。
グリップ力は無くなってマシンはスピンしやすくなるだけでなく、タイヤがパンクをしてもおかしくない。
だがあのワンエイティはそんな事も気にしないかのように第2コーナーへと突入していく姿をセイヤは見ていた。
ではタイヤがヘタレていない理由は何か?
それに関しては、1つの理由があった。
その圧倒的な第2コーナーから第4コーナーまでの直角コーナー地帯を抜け、第5コーナーの左ヘアピンを左車線でドリフトしているワンエイティ。
時雨はマシンのある部分に関心を抱いていた。
「(流石もしもの為に用意しておいたハードタイヤだ…グリップ自体は多少劣るけど、耐久性はとても高い)」
この時、時雨のワンエイティが装着していたタイヤの硬さはスーパーハードというべきものだった。
連戦を予想していた時雨はこの日、ハードタイヤとなる硬さのタイヤを装着していたのである。
スーパーハードタイヤはその名の通り硬いタイヤであるが、このタイヤはノーマルタイヤと比べるとグリップ力こそ低下気味ではあるが、耐久性に関してはとても高いものである。
だがグリップ力が低下しがちなワンエイティを時雨は何故乗りこなすことが出来たのか?
その理由は単純。グリップ力が低下したほうが、時雨にとって都合がいいからである。
時雨の走り方は言うまでもない典型的なドリフト走行。グリップ力が低い方が、ドリフトに持ち込みやすいのである。
ガチガチのグリップ走行ならともかく、ドリフトをメインにしている時雨の走り方にとっては耐久性の高いタイヤの方がドリフトを誘発しやすいのである。
そしてそんなタイヤを使っていて何度もドリフトを繰り返しても、タイヤは通常時よりもはるかに耐久性を保っていた。
「(速い…いや、それどころか―――)」
第3コーナーである右直角コーナーを抜け、必死に追いかけるセイヤ。
だが、ワンエイティのテールライトは既に第4コーナーはおろか第5コーナーに突入していた。
完全にワンエイティはBCNR33を振り切っていた。
もはやこの先のコーナーを同じように攻めても追いつけない。
いや、同じように攻められるはずもなかった。
こうなってしまった以上、セイヤはもうこう諦観するしかなかった。
「(箱根の時雨は……ライジング・サンの再来だ…)」
第4コーナー、第5コーナーを抜けて完全にワンエイティのテールは見えなくなった。
相手の実力を見誤ったことで、あっという間に勝敗は決まってしまった。
ニトロを仮に吹かしたところで、絶対に追いつけない。
もはや一方的に蹂躙される状態だった。
セイヤが認める間もなく、完全に勝負はついていた。
「(―――どこまで速く走れれば、ライジング・サンに追いつけるかな?)」
シケイン地帯を抜け、第9コーナーの左ロングコーナーをドリフトしている時雨はふとそう思った。
相手であるセイヤのBCNR33は完全にバックミラーから消え去った。
かつて神風のトオルから差し出され、その車で箱根の峠を駆け抜けただけでなく、ショウとの戦いの後からは自らの手で整備して、整備工場で働いたお金で更に一部のマシンパーツを強化したワンエイティ。
車の事を知れば知るほど、この車のポテンシャルは時雨の想像以上にさらに開花していく。
そして時雨自身も、より速く走る為に…この車と今まで以上に向き合っていきたいと切に願っていたのだった。
「(もっと…今以上に、車の事が知りたいんだ。この車の…限界まで、自分自身がどこまで戦えるかを確かめるために…走りたい)」
第9コーナーを抜け、最終第10コーナーの緩い右コーナーを抜けたところでゴールである佐々木PAが迫る。
コーナー脱出時、170キロ台という速度で駆け抜けていくワンエイティはそのままの勢いで佐々木PAへと滑り込むのだった。
―――勝者、時雨。
タイム差は6秒以上だった。
―――佐々木PA
ゴール地点のPAに滑り込み、駐車場にワンエイティが止まった。
駐車していると、このワンエイティがモンスターマシンであることを忘れさせるような空気になっていた。
「ふう…」
「お疲れ時雨。言う間でもなく圧勝だったけど、どうだった?」
「うん、今まではずっと速度に縛りをかけていたから…正直ここまで振り切れるとは思わなかったよ」
駐車場にワンエイティを止め、サイドブレーキを引いて完全にマシンを停車させた時雨に、奈美子が話しかけた。
時雨自身ここまで相手が乗ってくれるとは思わなかったようだ。
そして同時に今まで縛っていた自分のマシンの本領を全て発揮した事で、時雨自身どこか満足しているような表情だった。
奈美子が話を続ける。
「今の調子なら、このワンエイティでも首都高は全然問題なさそうね?」
「そうだね…まだまだこの車でいけると思うよ。やっぱり…この車なら、僕も速く走れると思うから、ね」
「そっか…また改めてトオルにもお礼を言っておかないとね」
結果は一言で言えば時雨の完全勝利だった。
6秒以上のぶっちぎりのタイム。
スタート直後にニトロを吹かして大逃げを図ったが、これが見事に成功。
早々にセイヤの心を折る事が出来ていたのだった。
それどころか今までほとんど披露していなかったフェイントモーションを披露する事でさらにコーナーを素早く攻め、コーナーでも完全に相手にしなかった。
それくらい、時雨の速さが際立っていたのだった。
コースの知識と時雨自身のテクニック、そしてマシンの速さ。これらが合わさった結果、時雨のワンエイティはBCNR33という格上マシンに対しても圧勝する事が出来たのだった。
すると会話している最中、対戦相手のBCNR33も佐々木PAに入ってきたのだった。
それに気が付いた時雨と奈美子がワンエイティを降りてBCNR33の方へと向かう。
声を掛けようとした時雨と奈美子は、セイヤのある様子に気が付いた。
「…落ち込んでるね」
「まあ、あそこまで振り切っちゃったからね…無理もない話だわ」
セイヤは首をガックリと折っていた。
やはりあそこまで圧倒されてしまった事にショックを隠せなかったのだろう。
だが二人からの視線を感じたのか、セイヤは車を降りて時雨と奈美子の前へとやってきた。
「セイヤさん…」
「…ライジング・サンはまだまだだな。だが、お前たちの走りにはライジング・サンと同じようなものを感じられた。とてもじゃないけど、俺の敵う相手ではなかったって事だな」
「なんかその…すいません」
時雨が軽く謝った。
だがセイヤは気にしないかのように言葉を続けた。
「いや、あそこまで振り切られたならもうお手上げだ。俺自身全開バトルをしてあそこまで振り切られたなら…悔いはないさ。ありがとう、時雨姫…いや、『箱根の時雨』」
「…僕は、大したことはしていません。僕は僕の本気で走っただけですから」
時雨は謙遜するかのようにそう言った。
「ふふ…そうか。だが約束は約束だ。俺がバトルした場所だけど…」
だが、その瞬間だった。
セイヤが場所を言いかけたその時、大きなクラクションと共にヘッドライトのハイビームが3人を照らした。
「なっ…!?」
「!?」
「これは…!?」
すると、動揺した3人の元へ1人の男とその部下数名が現れた。
「オイオイオイ!探しましたよ、セイヤさぁん…」
「…アンタは!」
「パーキングを転々としながら仕事をしているそうで、苦労しましたよ」
「っ…くそっ…!」
「おい、お連れしろ。『丁重に』な」
ガラの悪い男たちがセイヤを取り囲む。
黒い布をかぶせられたセイヤは、あっという間に車のトランクに押し込まれた。
「セイヤさん!?」
「一体、これは…!?」
「お2人さん、お騒がせしました。よいドライブを…」
そう言って男たちはセイヤを連れ去ろうとしていたのだった。
奈美子が制止させようとする。
「ち、ちょっと待ってください!あなたは誰ですか!?セイヤさんが何かしたんですか!?」
すると奈美子の言葉に対し、男が正体を明かす。
「俺は『黒威ファイナンス』のアクツだ。セイヤは俺達から金を借りたまま逃げた。だから捕まえた…それだけさ」
「セイヤさんが…?」
顔の左目部分に傷をつけた、サングラスのスーツ男は「アクツ」と名乗った。
どうやらセイヤは彼が経営するサラ金…はたまた闇金から金を借りたのだろう。
セイヤのマシンはそれなりにチューンされていたが、彼…いや、銀行から金を借りて逃げてしまった…というのはあながち間違いではないようだ。
すると、アクツが言葉を続ける。
「お前ら、セイヤとどんな関係だ?」
「そ、それは…その、『ライジング・サン』…っていう車の事を探してて、セイヤさんが場所を…」
奈美子がどこかしどろもどろに答える。
だがアクツはあまり興味がなさそうだった。
「ほーう、『ライジング・サン』…ね。ま、俺には関係ない話だ。おい、ソイツをさっさと連れていけ!」
そう言ってアクツの子分たちによって、セイヤは車ごと運ばれていった。
「時雨、どうしよう!このままだと…最後の手掛かりなのに!」
「ど、どうしようって言われてもこれは…」
時雨自身アクツの強面に多少なりとも委縮しているようだった。
明らかに自分たちが関わってはいけない人間なのではないか、そう時雨は直感していた。
下手に因縁を吹っ掛けたらろくでもない事になりかねない、ここは一旦引いた方がいいのではないか?
そう思わざるを得なかった。
だが、そう思っていた時だった。
「……あ、あの!!ちょっと待ってください!!」
「どうした?世間知らずのお嬢ちゃん?」
アクツが聞き返すと、奈美子はあまりにも突拍子もないことを言い出した。
「こ、これからレースバトルをして、もしこっちが勝ったら…セイヤさんの借金を、全部なしにしてください!!」
「ほーう?」
「……えええっ!?な、奈美子!?何を言っているの!?」
あまりにも突拍子の無い事に、アクツはおろか時雨は驚きを隠せなかった。
いくら情報が欲しいとはいえ、今のコンディションで更に連戦をするとしたら勝てるのか?
時雨にとってはあまりにも不安材料がありすぎた。
だがそんな中で、アクツが口を動かす。
「一方的な要求だな。じゃあ俺からも提案だ。そっちが負けたらセイヤの借金を小娘に全額払ってもらおう。どうだ?」
「…失礼ですが、借金を払うとしたらいくらくらいですか?」
ここで時雨がお金の話題に食らいついた。
もしかしたら、自分だったら払えるかも…?何故か時雨はそう思っていた。
だが、答えは残酷だった。
「おいおいお嬢ちゃん、まさかだが建て替えるつもりか?…まあ合計600万のトニの数年分だから滅茶苦茶莫大な金額にはなるわな」
「トニって…10日で2割って、事ですか!?」
「知らねえみたいだが、闇金っていうのはそういうもんだぜ…」
「そんな…」
時雨にとっては、どこか温情で曲げてくれるかもしれない…と思っていたのかもしれない。
だがそんな希望はあっさりと打ち砕かれた。
まあ相手が闇金である以上、当然と言えば当然なのではあるが。
だがそんな状態でも奈美子は言葉を続ける。
「…いいですよ!時雨は絶対に、負けませんから!」
「奈美子…」
奈美子はそう言い切った。
時雨はもう完全に振り回されっぱなしだった。
「…いいだろう。だが、ドライバーのお嬢ちゃんの方は覚悟が出来てないようだな」
「え?」
「あ、いや…その…」
どうやらアクツは時雨の調子があまりよくない事を見透かしていたようだ。
それに対して時雨も図星で反応してしまう。
仮に本気を出せない相手とバトルをしてもそれは面白くないとでも思ったのだろうか。
時雨の額には汗がダラダラと流れていた。
「オイオイオイ、そんな調子で大丈夫か?俺達とバトルする以上、腹を括ってもらわねぇと困るもんだなぁ」
「……」
時雨は押し黙るのと同時に、アクツと目線を合わせようとしなかった。
どうやら完全に相手の圧に呑まれて、委縮してしまっていたのである。
それを見かねたアクツはこう提案してきた。
「まあいい、本当に俺たちに挑む気であるならば20分以内に首都高の環状線江戸橋エリアに来い。だが俺達と戦う以上…覚悟しろよ?オイ、行くぞ」
そう言ってアクツは仲間たち共々時雨と奈美子の前から立ち去った。
愛車である灰色のチェイサーは佐々木PAを出て、仲間たちのマシン共々首都高江戸橋方面へと向かっていったのだった。
PAが静かになったところで、時雨が奈美子に話しかける。
「…奈美子、いくら君が威勢が良くても、先ほどの連戦でのワンエイティの性能低下は免れないよ。万全の状態じゃないと…どうなるかわからない」
「時雨は相手の事を買いかぶりすぎよ!それにこのままみすみすと手がかりを放っておくわけにはいかないわ!」
「でも…」
「ここで止まる事は出来ないわ…時雨、最低限タイヤと水温油温のチェックだけして、早くアクツたちを追いましょ!」
「…タイヤとかのチェックはどうするんだい?」
「ワンエイティのロールケージの下に予備のラジエータ水とエンジンオイル、手動ポンプを固定してあるわ。急いでチェックしていきましょ!」
最低限マシンのコンディションを回復するための道具自体は持ってきていた。
完璧な状態になるとは思えないが、ないよりはマシというべきだった。
予備のオイルやポンプの事を聞いた時雨は、どこか腹を括ったかのようにこう言った。
「…奈美子、悪いけど僕は負けても責任は取れないよ。さっき言った、借金の部分もそれでもいいなら…」
「わかってるわ…私は、時雨が勝つことを信じてるから!」
「……わかった。すぐに準備してあの人たちを追おう」
「ええ、早くやりましょ!」
そう言って時雨と奈美子はワンエイティのエンジンオイルとラジエータ水、そしてタイヤの空気圧の確認をした。
幸いにも先ほどまで時雨がセーブをする運転をしていたこともあり、そこまでは手間暇はかからずに済んだ。
「(結局僕は奈美子に振り回されっぱなしになるのか…まあ、でもいいか。このバトルもいい経験になるだろうし)」
マシンチェックをしている間、時雨はアクツたちとのバトルを割り切るのだった。
「(もはやこれも、修行の一環だ…僕のライバルなら、こんな状況位容易く乗り越えるだろうから!)」
自分のチームの仲間であり、ライバルの存在をふと思い出す時雨。
彼女であればどんな状況でも乗り越えてしまうだろう…そう時雨はふと思ったのだった。
そう考えると、自分としても負けてはいられない。
自然と負けん気が強くなる中で、時雨はワンエイティを首都高環状線江戸橋ジャンクションへと走らせるのだった。
失われかけている「ライジング・サン」の手掛かりを追うべく、時雨は新コースでのバトルへと挑むことになる。
(第2話End)