「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 第二幕 2024 -いつかあの頂で- 作:カービィ改二
時雨の第2回戦。
時雨も雪風に負けないくらいの速さを発揮するようになります。
ついに始まった大規模アマチュア大会、『ザ・スピリッツ・イン・トーキョー』。
時雨、そして雪風は予選の第1レースでアマチュアの歴戦たるドライバーたちとのレースとなる。
雪風はスタート直後にディスアドバンテージを付けてそれをひっくり返して勝利するという曲芸を披露し、その裏で時雨も勝利を収めていた。
そして、第2レースの前…時雨と奈美子、そしてそのチーム関係者たちの前には懐かしい秘書がやってきていた。
―――特設ブース近くの整備場にて。
今回の大会においては、チーム監督と関係者が立ち入りできる特設ブースと、整備スペースが首都高沿いの各所に設けられている。
具体的には、旧築地市場跡地の駐車場、お台場青海地区P区画とNO区画、大黒ふ頭PA、五潮PA、鈴森PA、佐々木PA、函崎PA、迎島PA、平和島PA(特設ブースのみ)、芝浦PA(特設ブースのみ)である。
現在、時雨と奈美子、そしてソウイチと藤原コンツェルンから派遣された整備士たちがいる特設ブースは、旧築地市場跡地の駐車場である。
マシン整備を整備士たちに依頼する中で、時雨と奈美子に当の秘書が話しかけにやってきていた。
「『連合チーム』を作った?…ってトシゾウさんから伝言を?」
「はい。奈美子様を送り出した後に『戻ってきたら驚かせてやりたい』と」
奈美子と時雨の前にいた例の社長秘書…ヤチヨはそう言った。
どうやら自分たちを待ち構えるための連合チームを用意したようだ。
だが、多少表情が暗くなったかと思いきやこう口にした。
「ただ…残念なことに連合チームは今、社長を除いて全滅していまして」
「え…全滅?トシゾウさん以外1回戦でみんな負けてしまったってこと…?」
そう、連合チームのメンバーがトーナメントに参加したのはいいが、やはり全員が参加できたわけではなく…同時に1回戦でかなりふるい落とされてしまったようだ。
そしてヤチヨはこう言葉を続ける。
「はい。今回の大会の出場者たちは…皆、とんでもない実力者たちの集まりです。私も…井の中の蛙であることを思い知らされました」
「じゃあ、ヤチヨさんも?」
「いえ、私は社長のナビをしていましたが…社長も正直ギリギリだったと言っても過言ではありません」
「トシゾウさんが…そうなんですね」
時雨はトシゾウがギリギリだったことに関しては驚かなかった。
これまでにも箱根で様々なドライバーとバトルしてきた以上、どんな強敵が現れても全くもっておかしくないのだ。
そしてもし、箱根でバトルをしたドライバーがこの大会に参加していたとしたら…かの「初代ライジング・サン」であっても、敗れてもおかしくはない。
まさに強豪だらけの大荒れ模様と言うべき状況。
だが何としても、この大海原を駆け抜けなければならない…時雨はそう思った。
すると、奈美子はふとあることを疑問に思った。
「でも、年齢を考えるとちょっと…そういうのを止めるのがヤチヨさんの役目なんじゃないんですか?」
「大事なのは『元気でいること』です。龍崎社長のドライバーの魂が、言わば『スピリッツ』が燃え上がっているそうでして。ともかく、皆さんとても速いドライバー達です。お2人もご用心を」
ヤチヨ自身、トシゾウの魂が燃え上がっているのを見届けたかったようだ。
だが一方で、奈美子はヤチヨの言葉に対して…こう口にした。
「『総合決勝まで駆け上がって見せます』と、伝えておいて下さい」
「かしこまりました。『連なる山々を超えていけ』と、龍崎社長より言伝を預かっております。では…失礼いたします」
そう言ってヤチヨは伝言を伝えたところで、彼女もまた特設ブースの方へと向かっていった。
その様子を見て、時雨はふと疑問に思った。
「ヤチヨさん、少し雰囲気が変わったね…何があったんだろう?」
これまで、カチコチだったヤチヨの雰囲気が少しだけ柔らかくなった…そう時雨は思った。
少し考えた奈美子だが、ふとある見解を示す。
「ヤチヨさんってトシゾウさんの秘書だし、きっとトシゾウさんにいいことがあったに違いないわ!」
トシゾウが何かいいことがあったのかもしれない…奈美子はそう思った。
そしてそう言ったところで、時雨は彼女の考えを肯定するようにこう口にした。
「そうかもしれないね…次のレースも全力で行こう!」
「ええ、準備しましょうか!」
次のレースに向けての作戦打ち合わせのため、奈美子と時雨はソウイチの元へと向かうのだった。
◇ ◇ ◇
―――トヨタアリーナ東京。
司会であるオリビアがマイク片手にこう口にする。
「ハーイエブリバディー!予選2回戦、注目のBブロック第4試合が始まるが始まるわよ〜ん!お客様は場所取りハリハリー!」
映像に映し出されているのは、先導車両に導かれる6台のマシン。
先頭からレクサス・IS350、ランボルギーニ・アヴェンタドール、スバル・STIパフォーマンスコンセプト、ダッジ・SRT10バイパー、ホンダ・FN2シビック、そして時雨のBNR32が連なって走っていく。
フォーメーションラップとなっているところである。
「さあ2回戦、Bブロック第4試合が間もなく始まります。今回のコースは都心環状線外回り、汐留ランプウェイからのスタートとなり…浜崎橋、芝公園、霞が関、神田橋、江戸橋、銀座を経由して周回、浜崎橋の分岐前がゴールとなる2周のレースとなります。都心環状線と合流したところでスタートとなります」
実況のアナウンサーが説明するようにそう口にした。
今回のコースは都心環状線外回り。
先に言った通り、汐留のランプウェイから合流したところでスタート、そしてそのまま環状線を2周するレースとなっている。
『時雨君、予定通りでいいな?』
汐留入口からフォーメーションラップが始まった時、ソウイチから時雨は通信を受け取っていた。
既に作戦話した通りだが、予定と変更がないかを確認する内容だった。
するとその言葉を聞いた時雨は、「問題ない」と言うようにこう口にした。
「はい。スタート直後の混乱を避けるために、スロースタートで行きます。ある程度車の間隔が開いたら…本気で行きますよ」
『了解した、ゴールまでにトップに食らいつくんだ』
「マシンパワーは十分だから、事故とミスだけは気をつけて!」
「うん、ありがとう」
『今回のコースは都心環状線外回り。汐留のランプウェイから合流したらスタートだ。ゴールは浜崎橋JCTだから、それだけ注意してくれ』
「はい、わかりました…奈美子、もし知り合いが来たら、その時は伝言をよろしくね」
『え、ええ…わかったわ』
「じゃあ、スタート直後はレースに集中します」
『了解』
そう言って時雨はいったん通信を切った。
スタート直後の混乱に巻き込まれないためにも、どうしても意識を集中する必要がある。
そんな中で時雨は一瞬だけあるものを見た。
「(ショウさん…僕を守ってくれ)」
そう思った時雨は、ショウからの贈り物であるそれに対して静かに思った。
BNR32のエンジンキーには、怪獣の着ぐるみをしたハムスターのキーホルダーがゆらゆらと揺れつつも取り付けられている。
それが、ショウからの贈り物だった。
ちらりとエンジンキーを見たところで、先導マシンであるペースカーがコース脇へと逸れた。
そしてそれを見た先頭車両が、アクセルを踏み込んで加速…レーススタートとなった。
「ブハハハハ!行くぜえええ―――!!」
「ふん…!」
「っ…行けえ!」
「っしゃあ、スタートだ!」
「さあて、行くぞ…!」
先行する5人のドライバーたちが、各々のマシンのアクセルを全開に踏み込んで加速していく。
スタート直後のS字コーナーを、各々のペースで駆け抜けていき…互いにマシンが散り散りになっていく。
「(さて、まずは慎重に…)」
スタート直後の混乱を避けるべく、時雨は前のマシンが加速し始めたところで軽くアクセルを踏み込んだ。
とはいえ、モンスタースペックであるこのマシンは少しアクセルを踏み込むだけでもものすごい加速をする。
少しだけ加速し、速度が120キロとなったところでアクセルを抜いて悠々とスタート直後のS字コーナーを突破する。
比較的ゆっくりと走行していたこともあり、すでに先行するマシンは浜崎橋JCTの分岐近くにいた。
それでも全く動揺せずに時雨は、アクセルを適度に踏み込んで速度を維持させる。
推奨BGM:SET MY HEART ON FIRE(from SUPER EURO FREAK vol.2)
「あーあ、仕事がないと暇だな。服もダセェ奴らばかりだし、全然つまらねー。折角だし時雨のとこへでも…お?」
仕事が一段落し、フラフラと時雨のチーム監督であるソウイチや奈美子たちがいる、特設ブースに歩いていくガスマスクを被った女…クロエ。
すると、特設ブースのすぐそばで奈美子が誰かと話している姿を見た。
かなり奇抜な格好をしている。一体何者か?
「ミズキ…まさかあんたがこの大会に出るなんて」
「久々だね、奈美子ちゃん。トシゾウさんって社長さんに誘われて連合チームの一員だったんだけど、残念ながら1回戦負けだよ…今回のレースは本当に速い人たちばかりだね」
そう言って現れたのは、奇抜な格好をしたアパレル店長…ミズキだった。
なお知り合いとの会話の間は、時雨の事はソウイチに任せてもらっている。
「そっか…まあ、仕方ないわね」
ミズキは連合チームの一員だったが、残念ながら強豪ドライバーたちの前には敵わなかったようだ。
だが、奈美子たちの様子を見てミズキはふと何かを察したかのようにこう口にした。
「あ、ごめん…もう時雨ちゃんのレースが始まってるよね?だったらお邪魔虫は離れてるよ…」
明らかにレベルが違う時雨のレースの前という事を察し、その場を立ち去ろうとした。
だが、それはそれでよくないと考えた奈美子はある提案をする。
「いや、いいわ…せっかくだし、時雨の走りを見てもらういい機会だと思う」
「…マジ?見てていいの?」
「ええ…見るだけならいいわ」
すると、奈美子がそう言ったところでソウイチが奈美子にヘッドセットを手渡す。
どうやら変化があるようだ。
「奈美子君、ヘッドセットを」
「あっ、はい」
そう言ってソウイチからヘッドセットを受け取った奈美子。
装着する前に、再びミズキにこう口にする。
「悪いけど、少しの間は喋れないから…」
「う、うん。黙って見てるよ」
そう言ってソウイチと奈美子はレースモニターに目を向ける。
ミズキもすぐそばで時雨のオンボードカメラを見守るのだった。
◇ ◇ ◇
汐留から新交通システムの高架下を通り、浜崎橋JCTへ。
浜崎橋JCTの先には右ロングヘアピンがあるが、時雨は少しだけ速度を落としてコーナーを走行させる。
「(スタート直後の混乱が収まってある程度マシンが少なくなった)」
速度は110キロ台。
一般車両と遜色ない速度であるが、ヘアピンコーナーである以上それでも問題なかった。
だが、目の前にある車が迫っている。
「(目の前のマシンは…赤いバイパー。トシゾウさんか…)」
だが、典型的なアメリカンマッスルカーであるバイパーの操縦に、トシゾウは何処か手こずっているように見えた。
「(くっ…やはり都心環状線外回りでは、パワーがありすぎるか…!だが、ストレートでこのバイパーの真骨頂を…)」
トシゾウはスタート直後の混乱に巻き込まれ、あれよあれよと5位に。
そして先行するマシンたちにはあっという間に引き離されてしまっていた。
おまけに重くてトルクが有り余るバイパーは、基本的に環状線には不向き。
路面に足をすくわれたり少しアクセル操作をミスればすぐにスピン、という弱点を持っていた。
「(この先のロングストレート…きっと追い抜けるだろう。慎重に…)」
浜崎橋JCT直後のロングヘアピンコーナーを120キロで慎重に走行するBNR32。
先行するバイパーがコーナー脱出と共に加速することで僅かながら離されるも、時雨は全く気にしていなかった。
踏むべきタイミングまでは堪えているのだ。
そして、コーナー出口の合流地点に到達した瞬間だった。
「(よし…ゆっくりとスロットルオン―――)」
コーナー脱出、羽田方面からの合流地点に到達したのと同時に、まるでマシンを手懐けるかのように時雨はアクセルを踏み込む。
徐々に踏み込み、やがてべた踏みとなったところでBNR32は前方を走るバイパーを捕捉。
モノレールの高架下で、コーナー脱出とともに加速するBNR32はバイパーの斜め右後方に迫る。
「っ…!?」
後方でスローペースだと思っていたBNR32が、獲物を一瞬でとらえたかのようなスピードで食らいにかかってきた。
1位とは既にかなりの差がついているとはいえ、まさかこんな序盤からスパートをかけるのか?
だがそうトシゾウが認識した次の瞬間には、BNR32はすぐにバイパーを追い抜いた。
速度はコーナー脱出時は120キロ程度だったが、オーバーテイク時点で240キロ、そこから更に270キロ以上まで加速する。
「な……!」
瞬殺だった。
ゴジラの咆哮というべきか、その加速はトシゾウのスーパーカーを引き離さんと言わんばかりのものだった。
モノレール高架下からゆっくり踏み込み、やがてベタ踏みとなったが最後、あっという間にバイパーをオーバーテイク。
そしてその加速のままストレート区間を疾駆する。
バイパーを追い抜いたBNR32はあっという間に車間距離を車数台分以上にまで引き離す。
「(280キロ…おっと)」
スピードメーターが280キロ近くを示したところで目の前に芝公園出口前のS字コーナーが迫る。
このコーナーで完全に振り切ろう。
そう思った時雨は、ブレーキを踏み込んでマシンを210キロまで減速させる。
減速と同時にハンドルを左に曲げるも、マシンはドリフトしない。
アテーサET-Sがフルに機能し、グリップ向けのマシンとなっていたのだ。
BNR32はわずかながら左を向いたかと思いきや、そのまま右車線から一気に左車線へと滑らかに駆け抜けていき…アウトインアウトのラインで最初の左コーナーを駆け抜けた次の瞬間には、そのまま右コーナーへと飛び込んでいく。
「(曲がる…)」
アクセルオフのまま左コーナーから右コーナーへ。
そのままコース中央から右車線、インベタのラインから膨れて左車線へ。
芝公園出口を横目に200キロ台で通過するBNR32は、アクセルオフのまま次のS字コーナー…右コーナーから左コーナーへと続くそれへと飛び込む。
ブレーキを強く踏み込んだこともありフェードが気になるが、それでもこの車の足回りはレーシングカーのそれに引けを取らないレベルでチューニングされているため、咄嗟の急ブレーキにも対応可能なシロモノとなっていた。
おまけに現在のギアは3速、エンジン回転数は6000近く。200キロ台で3速は、はっきりいってかなりの馬力を持っていることの裏付けともいえるだろう。
左車線から右車線へと進路を変え、一定の速度を維持しながらタイヤをグリップさせつつコーナーを走り抜ける。
「(…僕はもっと速くならないといけないから)」
2つ目のS字コーナー…右コーナーから左コーナーへと滑らかに走り抜けていくBNR32。
パーシャルスロットルで速度を維持しつつ、東京タワーを横目に快走。
そのまま左コーナーの出口が迫る中でアクセルをぐん、と踏み込んで加速させていく。
速度はあっという間に280キロまで加速した。
芝公園出口から入口までの短距離で280キロまで加速するという事を書けば、とんでもない馬力の暴力であるという事は言うまでもないだろう。
セミオートマチックという事もありギアの事も気にせず加速出来ており、運転に集中できていることも彼女のマシンが先行できる大きな要因と化していた。
「(まさか…あれ程のマシンとは!)」
芝公園出口を走り抜けるバイパー…それを操縦するトシゾウにとっては、あまりにも圧巻の光景だった。
嘗ては首都高を攻めることにどこか躊躇をしていた少女が、ここまであの車を制御できるとは思ってもみなかった。
エンジン音を聞く限り、普通のBNR32ではない…それこそ超モンスタースペックのマシンであるのは言うまでもないだろう。
そんなマシンを彼女は全く躊躇することなく制御できており、もはや自分の敵う相手ではないことはトシゾウでも痛感出来ていた。
芝公園出口先の2つ目のS字コーナーを抜けたが、既に前方のBNR32は姿を消していた。
完璧に振り切られたのだった。
「(ハッハッハ…!このバイパーはもはや敵ではないという事か…認めてやるよ、おめぇの度胸をな!…だが、この先は強豪だらけ…最後まで油断するなよ、時雨!!)」
あそこまで圧巻の走りで圧倒されてしまったのであるならば、もはや自分が言うことは何もない。
彼女の成長は間違えなくあるし、同時に自分が出る幕なんかではないことはもう嫌でも痛感した。
そう思ったトシゾウは、自分の走りをすることに専念するのと同時に…先行するドライバーたちを時雨が追い抜くことが出来るように願うのだった。
◇ ◇ ◇
「…すげえ。時雨ちゃん、比べ物にならないくらい速くなってるよ!あのトシゾウさんを、ストレートであっさりと…!」
「うむ…流石の実力だ。やはりこの大会に出るにあたって、あのBNR32を授かっただけはあるな」
特設ブースで、ミズキとソウイチは時雨の実力を見て驚いていた。
とはいえソウイチはマシンスペックについてわかっていたので、「ここまでやるか」と納得してもいたのだが。
するとマイクスイッチを入れたソウイチが時雨に無線を入れる。
「ナイスオーバーテイク。だがアタックの影響があるかもしれない…水温油温を見て、必要に応じてペースダウンを」
『了解です』
「まだまだ先は長いからな、慎重になってくれ」
ソウイチが無線で連絡する中、ミズキはあることを疑問にする。
「時雨ちゃん、なんであんな車を…?俺たちなんてまるで目にないような…」
「そうね…でも、あれくらいの事をして勝ちにいかなきゃいけないのよ。あれは…時雨が知り合いと共に作り上げた究極のマシンなの」
「……」
奈美子はあの車が「貰い物」であることをはぐらかした。
相楽翔と言う、時雨を心から愛した人間によるプロデュースであることは…彼女としてもあまり言わない方がいい事なのかもしれない、と思っていたからだろう。
とはいえマシンスペック的には「究極のマシン」と言っても全くもって過言ではない。
そう言ったところで、奈美子はミズキにあることを伝える。
「そうだミズキ、時雨から伝言を受け取っているの」
「俺に?」
「ええ。『僕なんかの走りなんかより、雪風の走りを見てほしい』…って」
「えっ?時雨ちゃんより、雪風…選手の?どういうこと?」
時雨からの伝言は、自分の走りなんかより雪風の走りを見ろという事。
一体どういうことなのか?
そう思ったところで、奈美子が言葉を続ける。
「雪風ちゃんは時雨の最大のライバルなの。そして互いに勝ち進めば…総合決勝で対決することになる」
「時雨ちゃんの、最大のライバル…」
「時雨がなんで、首都高で特訓をしようと思ったのかをわかってほしい、とのことよ」
「そ、そうなんだ…わかった、見届けるよ。あ、レースの方頑張ってね…って、あれ?」
そう言ったところで、ミズキはどこかバツが悪そうにその場を立ち去ろうとしていたが、同時にある人物に気が付く。
すぐそばにいたのは、ガスマスクを被った女性…クロエだった。
ミズキの事が気になったかのようにクロエが話しかける。
「ヘイ、そこの帽子男。見た感じ、時雨と奈美子の知り合いだろ?お前、随分クレイジーな格好してるな。その服どこで買った?」
「えっ?が…外国人…?あ、あのー、これ?」
ミズキとしては困惑するしかなかった。自分の服に興味があるようだが、この格好をした人物は一体?
すると、その声に気が付いた奈美子が話しかけに来る。
「クロエ?また来たんだ」
「奈美子…コイツはお前の知り合いだろ?」
「ええ…ミズキ、彼女はクロエ。ニューヨークで会った知り合いよ」
そう言って奈美子はクロエの事をミズキに紹介した。
どうやら彼女は時雨の知り合いのようだ。
「そうなんだ…これは、原宿にあるウチの店のだけど?」
「へぇ…ハラジュク…おい、この大会終わったらそのショップについて教えてくれ。色々とその服について聞きたいんだ」
まさかの服に対する興味。
言ってしまえば逆ナン同然だった。
そのことに対して、ミズキは驚くしかなかった。
「え?あ、ああ…まあ、いいけど…?」
「連絡先を教えてくれないか?あとで連絡させてもらう」
「あ、ああ…じゃあ、オレの名刺渡しておくよ」
「そうか、助かる」
そう言ってミズキは名刺をクロエに渡し、クロエはスマホの番号を教える。
連絡先を交換した後、クロエは再び奈美子に話しかける。
「ああ、奈美子…悪いな。時雨はレース中か。次の仕事も直にあるから、また後で来るよ。そこの帽子男もあとで連絡するぜ」
「え、ええ」
「あ、ああ…わかった」
そう言ったところでクロエはその場を立ち去った。
どうやら本当に仕事のようだった。
「クロエとミズキ。なんか凄い組み合わせだわ…色的に」
奈美子はふと不思議な感覚だった。
すると、それを見たソウイチが再び話しかける。
「話は終わったかね?またレースの方を見てくれ。すぐに赤坂だぞ」
「は、はい」
そう言ってソウイチは奈美子に再びヘッドセットを手渡すのだった。
BNR32はそんな様子を裏目に都心環状線外回りを爆走していく。
―――時雨がトシゾウのバイパーを追い抜いた頃、トヨタアリーナ東京の関係者出入口。
「そういえば…ここにナミコの父親、ヒュウガが来てるんだったわね…ちょっと探してみるか」
サマンサは観戦会場の関係者出入口にいたが、ここで奈美子の父親を捜し始めていた。
◇ ◇ ◇
―――同時刻、別のコース…首都高司馬庭園線にて。
「なんでオメーがこんな所でSTAFFの腕章つけて、カメラ抱えてんだよ?ニューヨークの有名人」
「え?そんな有名だったか?ただ気ままに走ってただけだけどなぁ」
カメラカーであるランボルギーニ・ガヤルドは、次のレースに向けてスタンバイしていた。
ドライバーは当然リッカルドだが…助手席にはやはり相楽ヒュウガの姿があった。
「へ、よく言うぜ。散々かき回していなくなりやがって。この俺がオメーをぶっ潰してやる予定だったのによ」
「ふーん、じゃあ俺に運転代わってもらえるか?それでわかる」
リッカルドとしては先にヒュウガを倒したかったようだが、ヒュウガ自身はそれをのらりくらりとかわすかのようにそう口にする。
その言葉はあまりにも不可解だった。
「あぁ?どういうことだ?そんないきなり…大体この俺仕様のガヤルドが、オメーなんかに扱えるわけ…」
「…そうだな。まあでも、少し走らせてくれよ。それでわかるはずだ」
このガヤルドはリッカルド仕様にセッティングされている…言ってしまえば素人がそう易々と乗りこなせるものではない。
だが相手は伊達に「神の手」と呼ばれたドライバーだ…実力も気になると言えば気になる。
そう思ったリッカルドは、あることを提案する。
「…わかったぜ。オメーの走りを見りゃこの俺が負けてるかどうかなんてすぐわかる。失笑はさせるなよ、有名人!」
リッカルドの言葉に頷いたヒュウガはドアを開けて車を降りるが、同時にリッカルドも車を降りる。
すぐに運転席と助手席のドライバーがチェンジする形で乗り換えた後…サイドブレーキを解除してガヤルドは発進するのだった。
◇ ◇ ◇
推奨BGM:BREAK MY HEART(from EUROPANIC!5)
―――同じ頃、特設ブース会場。
時雨のマシンは快調に都心環状線外回りを走り抜けている。
だがそんな中で、奈美子が近くに来たエンジン音の方に顔を向けると、見覚えのあるR33GT-Rが特設ブースのすぐそばに停まった。
「…あっ!」
「ナビ子姫…久々だな」
そう言って車から降りてきたのは…奈美子を口説こうとしたホスト、セイヤ。
その顔は明るくふるまいつつも、どこか落ち込んでいるようにも見える。
「時雨姫も飛ばしているようだな…今は『新星』か。この大会に出るにあたって、俺は滅茶苦茶特訓してきたんだがな…」
そう言ったセイヤの表情は、どこか落ち込み気味だった。
やはり彼も1回戦で早々に敗退してしまったようだ。
すると奈美子が口を動かす。
「セイヤさん…今度は特訓を?」
「ああ…トオルさんにこってり絞られて反省して、ずっと走りこんだんだ…だけど連合チームの一員ながら、残念ながら1回戦負けだ。俺もホントに情けねえよな」
彼もやはり例の連合チームのドライバーだったが、1回戦でものの見事に敗北してしまったそうだ。
そんな様子に関しては彼自身、そんな醜態をさらした以上「情けない」と自虐するように口にした。
すると、あることが気になった彼はこう口にする。
「時雨姫はR32に乗り換えたんだな」
「ええ…」
「『ライジング・サン』なんてものはもう俺の眼中にはない。俺の標的は『箱根の時雨』だけだと思っていたが、そのカンは間違ってなかったみたいだな」
「セイヤさん…」
すると、ソウイチが再び奈美子にヘッドセットを手渡す。
「奈美子君、次のドライバーと接敵する。準備を」
「あっ、はい…セイヤさん、ちょっと集中するわね。見ているだけならいいわ」
「…わかった」
奈美子の言葉に対し、セイヤもレースモニターを見つめる。
◇ ◇ ◇
「(赤坂から霞ヶ関トンネル…スピードが乗ってる)」
芝公園から飯倉出口、谷町JCTまでは僅かながらクーリング走行のために200キロ台で走っていたが、谷町からは再び全開走行へ。
赤坂のストレートで速度は320キロを記録。
だが霞ヶ関トンネル前の右コーナーが迫る中でフルブレーキング、250キロまで減速したところでコース中央を駆け抜けていく。
ある程度減速してコーナーを突破したBNR32は霞ヶ関トンネルに入り、再びパーシャルスロットルで一定の速度を維持。
トンネル内のストレート区間走行中に、ソウイチと奈美子から無線が入る。
『まもなく接敵予定だ。君の方が速いから追い抜ける』
「わかりました、追い抜きます」
『タイヤカスに気をつけて』
「了解」
そう言って前方に意識を集中すると、前に一瞬だけ見えたのは…グレーのセダンだった。
だが前方のセダンもそれなりの速さはあるようで、霞ヶ関出口付近の直角コーナーの先へと消えた。
「(マシンが見えた。IS350か…)」
レクサス・IS350。
前方のマシンにターゲットを捕捉した時雨は、ペースを維持しつつもターゲットへのアプローチを開始する。
速度は250キロ台を維持していたが、目の前には霞ヶ関入口直後の左直角コーナー。
ブレーキを少しだけかけて220キロまで減速して、そのままアクセルオフのままコーナーを突破する。
右車線から左車線へ、なめらかな一本の弧を描きつつ、そのままトンネル出口へとBNR32は疾走する。
「三宅坂JCTから千代田トンネル。このトンネルで追い抜く)」
霞ヶ関のトンネルを抜けたら三宅坂JCT、そしてすぐに千代田トンネル。
千代田トンネルは出口がきついヘアピンとはいえ、トンネル内自体は緩い右コーナーのみ。
ブロッキングさえされなければパワー差でオーバーテイクも可能だろう。
前方のマシンが徐々に近づいているのは、時雨でも把握していた。
240キロ台を維持させながら、時雨はBNR32を走行させていく。
「あああムシャクシャする!!いくら邪魔な車がいないとはいえ、こんなにピーキーで危険なコースじゃ俺もフラストレーションが溜まりっぱなしだ!!」
―――一方、こちらはIS350を操縦するドライバー。
彼は首都環状と言うあまりにも狭いコースにムシャクシャしつつも、何とかマシンを操縦していた。
トンネル内の右高速コーナーを240キロ以上の速度で走りつつ、IS350を手懐けている。
IS350を操縦するのは…絵にかいたかのような御曹司のドラ息子。
高級車を与えられてやりたい放題やる放蕩息子と言うべき男だった。
―――「御曹司のユウマ」。
大企業の社長夫妻の一人息子であり、生粋の御曹司。
金髪な成金趣味な外観からして、性格は典型的なドラ息子な傲慢でわがままそのもの。
腕っぷしが強い一方で何でもかんでも金や親の財力で解決しようとするからか評判は悪い。
とはいえドラテク自体はプロレーサー仕込みということもあり、アマチュアではそれなりに高い方であったりする。
今回の大会においてもやはり親の財力とチューンしたマシンという事もあるのだが…流石に2回戦にのし上がっていたのは己の実力もあった。
搭乗車種はグレーのレクサス・IS350 F スポーツモード Black S (GSE31)。
「(普段はあまり都心環状線を攻める気にはならねえが、まさかここまでピーキーなコースだったとはな…!クソッ!!)」
普段は首都高の八重樫線、黒羽根線方面を走っている彼だが、ここに来て超ピーキーな都心環状線でのバトルとなった。
八重樫線など走り慣れたコースに比べると明らかにコース幅は狭く、同時に路面もパンピーで跳ねる跳ねる。
おまけに合流やコーナーの数も多すぎることもあり、マシンをかっ飛ばすこと自体が正義な彼にとってはフラストレーションが自然とたまる一方だった。
そしてその結果…5位のバイパーはともかく、上位陣からは置き去りにされるほど走りには無駄が目立つのだった。
千代田トンネル内の右高速コーナー1つを抜け、新宿線との合流手前…2つ目の右高速コーナーに入ったところで、特設ブースからの無線が飛ぶ。
『…ウマ!ユウマ!』
「あぁ!?何だよ!」
『気を付けろ、後ろから1台来てる…!例の『箱根の時雨』だっ!!』
「は…?」
IS350がストレート区間に入ったのと同時にバックミラーを見ると、後方にはBNR32のヘッドライトが。
IS350は右車線を走っているが、BNR32は左車線をキープし続ける。
その光源は、どんどんと大きくなっていく。
「(…焼き尽くせ!)」
死角から現れたIS350。
BNR32という「ゴジラ」に放射熱線を吐いて「それ」を燃やし尽くすよう指示するかのように、時雨はアクセルを踏み込んで一気に追い抜きにかかる。
千代田トンネルのストレート区間…ここではパワーが圧倒的に有利だ。
そう認識していた時雨は、嫌でもアクセルを踏み込む。
240キロ台をキープしていた時雨だったが、ストレート区間ですぐに追い抜こうとしていたため、2つ目の高速コーナー手前の時点でパーシャルスロットルからフルスロットルへと切り替えていた。
そしてあっという間に300キロ以上まで加速する中で…時雨のBNR32はあっさりと、右車線を走っていたIS350を左車線から追い抜いてしまった。
「んなああああっ!!?」
やはり、瞬殺だった。
純粋なパワー勝負では時雨のマシンに圧倒的な分があるのだ。
BNR32、300キロオーバー。
IS350、250キロ程度。
こんなのでは瞬殺されるのも当然と言えば当然なのかもしれない。
「お、俺様のマシンが…あんなに、あっさりと!!」
『抜かれたか…まあ、あの人じゃ無理もないか…』
ブースのナビはどこか諦観気味にそう言った。
だがその態度はドライバーにとっては怒らせるのには十分だった。
「くそっ、追うぞ!!」
『オイオイ、無茶するな…』
「うるせえ!勝たなきゃいけねえんだろうが!!」
ストレート区間で食らいつかんとアクセルを踏み込むユウマ。
だが、2台は共に既にアクセル全開だったがゆえに…純粋な速さでは明らかにBNR32が有利。
アクセルを踏み込んでも距離を引き離されるのは無理のない話だった。
「(うぐぐっ、だが…出口には右ヘアピンが…!!)」
そう、千代田トンネルの出口には右ヘアピンコーナーがある。
ユウマはそこで失速することを期待していた。
「(このままコーナーで振り切ってしまおう)」
千代田トンネル出口のヘアピンコーナーに関しては、時雨も理解していた。
後方で追いかけてくるマシンは、パワー差でまず差をつけて追い打ちでコーナー勝負に持ち込む。
相手の実力こそわからないが、4位であるならば…それも有効かもしれない。
トンネルを300キロオーバーで駆け抜けるBNR32の前に、コーナーが迫る。
「―――!」
コーナーが迫る中でアクセルオフ、そこからフルブレーキング。
一気に200キロまで下がるが、それでもそんな中でハンドルを右に切ると後輪が滑り出す。
アテーサET-Sを搭載しているとはいえ、伊達に200キロ以上でのパワースライド自体を抑えることは出来ないのだ。
だがそれでも、ドリフトしない程度ながらタイヤが滑る中で時雨はハンドルをニュートラルに戻してマシンが滑りすぎないように調整。
結果として180キロ台まで下がったところで、左車線から右車線へと…アウトインアウトのラインを描き、ブレーキリリース。
そのままアクセルオンと共に千代田トンネル出口の右ヘアピンコーナーを駆け抜けていく。
「(な、何だよあの車…どんだけ足回りが強靭なんだよ!)」
自分よりも明らかに遅いブレーキングポイントで、自分の車よりも減速出来ている。
それほどなまでに足回りがしっかりとしたものだった。
言ってしまえばレーシングカーにも負けず劣らずのサスペンションやブレーキを搭載しているのだろう。
いくら自分が来るまで爆走することが好きとはいえ、そこまでのチューニングを施していない以上…コーナーでは攻め込むことが出来ない。
千代田トンネルを出たBNR32は、あっという間にIS350のドライバーの視界から消えて代官町方面へと疾走。
当のIS350はブレーキングで大きく減速した後…90キロ台という一般車とほぼ同等の速度でコーナーを脱出する。
だがIS350がコーナーを脱出した時点で…BNR32は既に代官町出口、北の丸トンネルへと飛び込んでいた。
「は、速すぎる…わからねえ、何がどうなってるんだよ!?」
『俺だって信じられねえよ…あの車、本当にBNR32なのか?』
特設ブースのナビですらも混乱するほどの速さ。
パワーも足回りも、そしてドライビングも…明らかにIS350のドライバーのそれをはるかに凌駕するものだった。
「感心してる場合か!!俺が勝つ方法を考えろ!!」
『いや、そんな速さじゃあ、ねえ…ブツブツ』
「畜生…一体奴の車は、どんだけパワーをもってやがるんだ!?クソッたれ!!」
多少ムキになってアクセルを踏み込むも、もう圧倒的な大差をつけられてしまった以上…追いつく見込みと言うものはない。
IS350というマシンは、ゴジラ…BNR32の猛攻の前に太刀打ちが全くできずに振り切られてしまうのだった。
IS350のオーバーテイクは、あまりにもあっさりと完了してしまうのだった。
◇ ◇ ◇
「すげえ…速い!」
BNR32があっという間にIS350をオーバーテイクした様子を見たセイヤは、驚くしかなかった。
あのIS350を、まるで敵と思っていないかのようにオーバーテイク。
相手のドライバーも伊達に1回戦を突破した以上それなりに実力はあるが、それでもそれをあっさり調理してしまうくらいには速かった。
そう思ったセイヤはこう言葉を続ける。
「あのR32…タダモノじゃねえな。R35GT-Rと遜色ない」
「ええ…あの車のエンジンは、VR38なの」
「…マジかよ?素人の俺でもわかるが、R35エンジンのR32をアイツは全く躊躇せずに制御できている!すごい速さだ…」
R32の正体が、R35のエンジンを乗せた魔改造マシンであると聞いたセイヤは驚くしかなかった。
だが同時に、一体そんなマシンをどうやって?
そう思ったところで、奈美子が続けて言葉を口にする。
「うん。あの車は…時雨をとても大切にしている人が、愛情を込めたマシンなのよ」
「え…じゃあ、アイツには…恋人が?」
恋人、と言う言葉にハッとした奈美子だが、ふとあることを思い出し…こう口にする。
「恋人…そうね。いや…恋人以上と言うべきかしら。時雨にとっても、その人にとっても、互いが特別な存在だから」
「……」
奈美子は、時雨とショウの関係をそれなりに理解しているつもりだった。
艦娘として、限界まで愛した男…「提督」こと相楽翔。
そんな「提督」に命を救われ、実力を認められたことで何台も車を与えられた少女…時雨。
提督と艦娘、という特殊な関係は対等関係ではない。
だがそれでも、ショウが時雨を心から愛していたのは否定できない事実だった。
その関係をどう例えればいいかはわからないが、奈美子はその関係を「恋人以上の特別な関係」と称するのだった。
「(ガチの恋人がいるのか…もしその人から、あのマシンとかを与えられたとしたら…)」
一方で、時雨には恋人がいるのだろう…そうセイヤは察した。
そしてあのマシンは、その人物による愛情の裏返しなのだということも、察していた。
自分がどんなにお金を賭けても、きっとあそこまでのマシンを作ることは出来ない。
仮にたくさんお金を車にかけても、きっと彼女はそれ以上に速くなる。
こちらが速くなれば彼女はその倍以上に速くなってしまう。
そうセイヤは思った。
もしその人物が、時雨の速さの糧になるというのであれば…自分のような人間は、もう彼女には何をやっても追いつけないのかもしれない。勝てない…永遠に彼女には勝てない。
そんな現実がセイヤの心を折るのは容易だった。
「…ハハッ、時雨姫は、もはや俺の手に届くものじゃないということだな…こっちが速くなっても、彼女は指数関数のように速くなっちまう。こんなのチート級だな」
どこか心を折られたのか、諦観したのか…セイヤは自虐的にそう口にした。
もし自分が速くなったところで、その倍以上に彼女が速くなってしまったら…もう自分は追いつけない。
どんなにお金をかけても、どんなスーパーカーに乗っても、きっと彼女には追い付けないだろう。
そう思ったセイヤは、時雨を諦めることしかできなかった。
そして時雨を追いかけることを完全に諦めたセイヤは、特設ブースを立ち去ろうとしていた。
「セイヤさん?」
「…時雨姫に伝えておいてくれよ。総合優勝した時は、俺が最高級のドンペリとシャンパンをご馳走してやる、ってな。あそこまでの実力を見せられたら、もう俺は何も言うことはねえよ」
セイヤが出来るのは、彼女に対して最高の振舞いをしてもてなすことだけ。
もし彼女に手を出したりなんかしたら…それこそ略奪。
そんなことをしてしまったら、ホストとしては失格だ。
人の客を取るも同然なのは、「爆弾」というべきもの。
そんなことだけはしたくない以上、セイヤは恋人との関係を静かに見守りたいと思うのだった。
「は、はあ…あ、そうだわ」
「ん?」
「時雨からこうも言われていたの…『僕の走りなんかより、雪風の走りを見てほしい』って…」
「…雪風?」
「時雨の最大のライバルよ…別のレースで走っているけど、どうしても見てほしいんだって」
「…気が向いたら、見ておくよ」
あまりの速さのギャップに絶望したセイヤは、そのままフラフラと立ち去るのだった。
推奨BGM:TOWER OF LOVE(from SUPER EUROBEAT vol.215)
―――時雨が3位のドライバーを追いかける頃。
観戦会場において、野次馬ドライバーの2人が会話していた。
「なあウマノ、さっき一瞬写ったレースで気になったんだけどさ、撮影車両の動き、凄くなかったか…?」
「だよなヤジカワ〜。確かにそんな感じだぜ。撮影車両も凄腕ドライバーって聞いたけど、とんでもなく気合が入ってたって言うか…」
一瞬だけ映った中継映像。
その中にはカメラカーの超繊細なドライビングが一瞬だけながら映った。
だがアベレージドライバーにとっては「僅かに速い」くらいの認識しかなかった。
それでもその違いに気が付いたドライバーは彼らだけではない。
◇ ◇ ◇
「(さっきのガヤルドはリッカルドか。彼は気性が荒いし仕事をこなせるか心配……って、もう私が気にすることもないわね…)」
中継映像を見たサマンサは、カメラカーがガヤルドであることを認識していた。
間違えなくリブラのドライバーのものだろう。
気性が荒いから仕事をこなせるかどうか不安だが、それでももう気にすることはないのかもしれない。
「(ナミコのお父さんを探さなくては)」
そう思ったサマンサは観戦会場を後にする。
◇ ◇ ◇
―――同じ頃。
時雨が駆るBNR32は江戸橋のヘアピンを走り抜け、深川方面・上野方面からの合流を経て3車線の江戸橋ストレートへと突入していた。
前方のストレートに対してはアクセル全開…ではなく、ある程度踏み込んだ走り。言ってしまえばパーシャルスロットル。
これもマシンをある程度労わっての事だった。
いくら1周目の終わりが近づいているとはいえ、まだゴールは15キロ以上先。
下手に攻め込みすぎてマシントラブルなんてことが起きたらシャレにならないのだ。
地方のサーキットなら全開走行も可能かもしれないが、ここは首都高。
とんでもなく1周が長い特設サーキットなのだ。
そうである以上、むやみやたらに攻め込むのではなく…「メリハリ」を付けてドライビングをすることが大切であるという事は時雨も理解していた。
すると、江戸橋ストレートの末端、3路線が合流する地点でソウイチから連絡が入ってきた。
「時雨君、もうまもなく3位と接敵予定だ」
「わかりました。踏み込みます」
「相手はランボルギーニ・アヴェンタドール。この先の高速コーナー、ストレート区間…銀座エリアで追い抜くんだ」
「…やってみます」
ソウイチの言葉に対し、時雨は「追い抜く」と伝えた。
そしてそうである以上、ある程度のペースアップは必死。
クーリングモードから戦闘モードへと入るようなものだった。
前方のアヴェンタドールは京橋JCT後の1つ目の橋脚を左側で通過し、直後のコーナーを駆け抜けていくのが見えた。
それを見た以上、時雨はアクセルを踏み込む。
『ユウキ君、遂に例のドライバーがお出ましのようだ』
「きっ、来た…!」
通信を受けたドライバーが、どこか緊張気味にそう言った。
ランボルギーニ・アヴェンタドール…ノーマルでも700馬力を誇るイタリア製スーパーカー。
そんなマシンを駆るのは…女性アイドルの格好をした「男」…つまり、男の娘だった。
―――「新人アイドルのユウキ」。
2人組アイドルユニット「ヴィーナス&ブレイブス」の片割れであり、黒髪ロングのアイドル。
本名は「ノリモトユウキ」。アイドルプロダクション所属のアイドル候補生だったが、数ヶ月前に別事務所に移籍してメジャーデビュー。
デビューシングルがスマッシュヒットとなり、あっという間に時の人となった若手アイドルである。
母子家庭で貧しい上に母が病気であることで、その弱みを掴まされて以前出場したアマチュアレース大会では八百長を強要されるといったこともあったが、本心で活躍するドライバーたちの姿を見て誘惑を断ち切っている。
一方でその様子を見ていた白鳥ツバサが彼女の謙虚な姿勢を見て、「秘めた才能」があることを確信。
彼からランボルギーニ・アヴェンタドールを授かり、その後アマチュアレース大会で優勝するほどの実力を持つ。
集中すると同時に周囲を静寂に包ませるプレッシャーを放つ特性があり、それがドライビングにおいて多大な強みとなっている。
母子家庭でずっと母の真似をしていく内に女性思考になっており、仕草も女性のそれなので人前では「女性」と振舞っているが、実際黒髪ロングの髪はウィッグであり、正体は男である。
なお、男であることはファンの間では暗黙の了解であるらしい。
搭乗車種はオレンジのランボルギーニ・アヴェンタドール。
700馬力を誇るスーパーカーだが、あまりの縦横の長さゆえに環状線のような狭いコースにおいては多少持て余し気味のようである。
『すぐ後ろまで来るだろう。君の力を見せるんだ!』
「は、はい!」
無線の声の主は、同じ事務所の先輩である白鳥ツバサだった。
彼は時雨のマシンのプロデュースをしたのと同時に、後輩であるユウキのナビとして参加していたのである。
1つ目の橋脚から新富町方面へ、ユウキは後方のBNR32から逃げるかのように加速させていく。
それを追うかのように、時雨もアクセルを踏み込んで追い抜きを敢行する。
「(1つ目の橋脚、スピードが乗った状態でそのままだ)」
BNR32の速度は270キロを示しているが、京橋ジャンクションを抜けて1つ目の橋脚を右車線で通過。
すぐに左高速コーナーが迫る。
「(左から右へ…)」
橋脚通過中において、ブレーキを一瞬だけかけてハンドルを軽く左に曲げてターンイン。
橋脚を抜けたのと同時に右車線から一気に左車線に飛び込むように加速するBNR32。
速度は250キロまで落ちたかと思いきや、すぐに加速してコーナーを走行しつつ上り坂を駆け上がる。
橋脚直後の上り坂は左高速コーナー、そして下り坂からは右高速コーナー。
そこから新富町出口までのストレート。
上り坂区間で踏み込めば、銀座のS字までに一気にスピードが乗る。
時雨がアクセルを踏み込むことで、BNR32の速度計が230キロから一気に280キロ以上まで加速する。
「(この車であれば、勝てる!)」
下り坂で一気に加速していくBNR32は、そのまま新富町出口を通過し、左車線へ。
前方のアヴェンタドールへ猛追する。
「(速い…!!)」
橋脚区間を走り抜け、アクセル全開で踏み込み続けるユウキ。
だが、700馬力のアヴェンタドールが後方から食らいつかれようとしている。
メーターは280キロは出ているが、それでも後方のマシンが食らいついてくる。
「(後ろに付かれた…!?このプレッシャーは一体!?)」
「(下手に付き合っている暇はない。次のS字で追い抜く)」
ストレート区間でスリップストリームに入ったBNR32は、アヴェンタドールの後方に付く。
すると次の瞬間には、左車線から右車線へと移ってサイドバイサイドとなる。
「(プレッシャーを与え続けて…)」
並走状態でも時雨は相手にプレッシャーを与え続けている。
銀座出口を通り、松屋通り下を300キロ近くで通過する2台。
2台の目の前には銀座S字が迫る。
「(くそ…!)」
「……」
プレッシャーに押されるユウキ。
一方、後方で押す時雨は余裕がある。
テールトゥノーズの状態で迫っているが、追い抜こうとはしない。
プレッシャーを与え続けてぼろが出るのを待っているのだ。
そして、コーナー手前80m程の位置にアヴェンタドールが迫った瞬間だった。
「(ここだ!)」
コーナーが迫る中で、時雨はアクセルオフからブレーキを踏み込む。
レーシングブレーキパットを付けているBNR32は、あっという間に300キロから180キロまで減速する。
ユウキもそれに気が付いたが、それと同時に咄嗟にアクセルオフから左足でブレーキを踏み込んでいた。
だが、ここでユウキはある痛恨のミスをしてしまっていたことに気が付く。
「(…突っ込みすぎている!?)」
「そこだ!」
オーバースピード気味に突っ込んだユウキのアヴェンタドール。
急いでサイドブレーキをを引いて強引にマシンを曲げるも、オーバースピードで突っ込んだことで制御不能寸前の状態に。
左に一気にハンドルを切ったことにより、アヴェンタドールは一気に左を向く。
そのままドリフト状態となり、ハンドルを右に切ったはいいが…ラインどりが無茶苦茶だったためにアウト…右車線へとマシンが膨れた。
「っ、くう…!!」
右リアサイドが壁と接触する寸前で何とかラインを修正し、右車線をドリフトし続けるアヴェンタドール。
すぐにアクセルをリリースし、そのまま左を向いていたアヴェンタドールを強引に右へと回頭させる。
アヴェンタドールは右車線から左車線へと一気に膨らみつつも、左車線上をドリフトしていく。
だが、次の瞬間だった。
「あ…!!」
アヴェンタドールが派手なドリフトをしている最中に、それを見越したかのようにBNR32はアヴェンタドールの右側をグリップ走行で通り抜ける。
文字通りのクロスラインを描き、コーナー直前で右車線から左車線へと移ったかと思いきや、BNR32が左を向く。
だが次の瞬間にはアクセルリリースにより、僅かにタイヤを滑らせながらも右へと回頭。
そのまま右車線を走行しつつも立ち上がっていく中で、アヴェンタドールをオーバーテイクする。
コーナーを突破したBNR32は、そのままの加速でストレート区間に突入する。
「(よし、この調子だ)」
後方からプレッシャーを与え続けていた状態から、オーバーテイクして振り切りにかかる時雨。
右コーナーも易々とクリアし、そこからは相手に食いつかれないようにアクセル全開。
180キロ台から一気に280キロオーバーまで加速させる。
BNR32のバックミラーに映っていたアヴェンタドールは、コーナー脱出と共になんとかグリップを回復させていたもののその姿はどんどんと小さくなっていく。
「(やられた…あのドライバーに誘導されたんだ)」
ユウキは自分の突っ込みすぎた原因が時雨のドライビングにあることを理解していた。
オーバースピード気味に突っ込むように仕込まれてしまったのだ。
プレッシャーの掛け方がとんでもなく上手く、いくらアヴェンタドール乗りであってもアマチュアなユウキにとっては、押し出されてしまうのも無理もない話だった。
トンネル区間にアヴェンタドールが入るも、BNR32は既にトンネル内の2つ目のコーナーを抜けてトンネル出口の上り坂区間を駆け上がっていく。
「(追いつけない…速すぎる!)」
S字コーナーの立ち上がりで置いて行かれるアヴェンタドール。
一方で、軽快ながらも逃げるように加速していくBNR32。
トンネルまでのストレート区間であっという間に差が開き、BNR32はあっという間に汐留トンネルのその先へと姿を消した。
「(パワーじゃ普通のR32くらいならあっさりと追いつけるはずなのに…まさか、ここまでのチューニングとは思わなかったな…)」
ユウキはアクセルを踏み込みながらも、諦め気味にそう思った。
いくらアヴェンタドールが700馬力のマシンとは言え、相手はおそらくそれ以上のスーパーモンスター。
自分にはマシンを操る技術がまだまだ足りない。
人を魅了する何かを持っていても、自分にはまだこの車をコントロールしきれていない。
あのBNR32と共に走ったことで、ユウキは嫌でもそのことを自覚するのだった。
「(見事だよ時雨君…いくらショウ君が丹精込めて作ったマシンであることを抜きにしても、ユウキ君がこうもあっさりとやられてしまうとはね。流石はリブラのプロレーサーたちを蹂躙しただけはある…)」
一方で特設ブースで応援していたツバサは、時雨の実力を認めるかのようにそう思った。
いくらスーパーカーとはいえ、かなり手の込んだモンスターにはとてもかなうものではないのだ…そうツバサは思った。
やはり時雨がニューヨークや首都高で場数を踏んできたことは、彼女にとって大きすぎる程の味方になっているのかもしれない。
経験の差でユウキを圧倒できたと納得するのだった。
「(だがユウキ君もここ最近忙しかったとはいえ、よく頑張った。あとは場数を踏めば、きっとそれ相応のドライバーになるはずだ…)」
また一方でツバサは、ユウキを叱ることも褒めることもなく、「今後に期待」と言う態度をとるのだった。
◇ ◇ ◇
『3位の車を抜きました。あと2台ですね?』
「よし、もう1周で残り2台だ。タイム差は約10秒…タイヤマネジメントをするようにして、ペースを調節するんだ」
『ここからコーナー区間なので下げますね』
「了解」
ペースを少し下げると言ったところで通信は終わった。
その様子を傍らで見ていた奈美子だが、ふとあることに気が付いた。
「(緊張の数々で喉が渇いてきたわ…)」
奈美子自身、時雨の走りに不安を感じていた。
それはやはり狭い首都高を躊躇なく200キロ以上の猛スピードで走り続けているのもあるのだろう。
そう思った奈美子は、ソウイチに声を掛けてその場を離れる
「すいませんちょっと、飲み物だけ…」
「ん?ああ…」
そう言って奈美子は特設ブースを少しだけ離れた。
すると、そこへ現れたのは…やはり時雨も奈美子もその顔を良く知る強面の男だった。
やくざのような巨体の男…まさしく彼だった。
「いよう、ナビ子。相変わらず時雨のヤツは飛ばしているみたいだな。これで親父も見つかって、大会優勝できれば言うことナシだなオイ!」
「アクツ…さん…!?どうしてここに?ま、まさか…アクツさんも、この大会に!?」
そう、闇金のアクツであった。
疑問に思った奈美子だが、それに対してアクツが答える。
「そのまさか…のわけねえだろ。お前ら、俺が楽しんでドライブ大会に出るタマとでも思ったのかオイ」
「じゃあ、なんのために?」
「この大会で自分の腕のなさを車のせいにするカモどもに、おいしーい話を持っていこうって思ってるだけだ」
アクツの狙いこそ、弱い走り屋たちに声を掛けてお金を貸そうという魂胆だった。
だが一方で、ある目的もあった。
「…まあ、実際は俺の会社の幹部候補が出ていたからその支援もしていたんだが…そいつぁ無様に負けちまったよ、だらしねえ」
「そうだったんですね」
「まあ…俺だって色々考えているんだよ」
アクツと同じグループの社員…それこそ"死神"レイン。
彼は雪風にぶっちぎられてしまったがゆえに、1回戦敗北と言う無様な醜態をさらしてしまっていた。
とにかく自分勝手でグループ内でも煙たがれることがあった彼。そんな醜態をアクツは見た以上、彼に対して見切りを付けるのも無理はないのかもしれない。
すると、その時だった。
「ちょっとよろしいですか?」
「…藤原さん!?」
そう言って奈美子の元へ現れたのは、時雨と雪風のチームのスポンサーである男…藤原大輔だった。
彼は仕事が一区切りしたところで、時雨たちの様子を見に来ていたのだ。
どこか親しげに話す奈美子に対し、アクツは少し驚いていた。
「藤原…?まさか、藤原コンツェルンの藤原大輔か!?」
「横やり失礼します。あなたは一体?」
「…俺か?まあナビ子と時雨のダチ、だよ」
時雨と奈美子の知り合いと言ったアクツ。
だが、藤原の目はごまかし切れなかった。
「失礼ですがあなた…黒威グループのアクツさんですよね?」
「…何故俺の名を?」
「走り屋の中でもかなり悪評が立っていますよ?俺も一応ゼロヨンのプロモーターなので、そこらへんはよくわかっているんです」
「フン、人聞きの悪いことを…」
藤原大輔自身、一線を退いたとはいえレースのプロモーター。
走り屋事情に関しては精通しており、中でも「弱い走り屋を食い物にしようとしている闇金がいる」という話は聞いていた。
「奈美子君とどのような関係かはわかりませんが、我々藤原コンツェルンは黒威グループのような反社会的勢力とは関わる気はございません…我々がスポンサーである以上、この会場からお引き取りを。もし退去しないのであれば大事にさせていただきます」
「藤原さん…」
藤原としてはアクツは邪魔な存在そのもの。
かなり悪名高い黒威グループとは関係を持たないようにしているそうだ。
そうである以上、奈美子を引き離そうとするのは当然と言えば当然だった。
そしてそれは、アクツにとっても同様。
国内屈指の大コンツェルンであり、モータースポーツのプロモーターとして名高い藤原コンツェルンに目を付けられてしまったら、最悪グループ解体もあり得てしまう。
一応今のところはお情けでグループ解体は回避されているそうだが、アクツが変なことをしたら何をされるかはわからない。
スキャンダルの証拠もかなり持っているそうだ。
明らかにアクツの方が格下であり、変なことをするは許されない。
すると、諦めたかのようにアクツはこう呟く。
「チッ…相変わらずジョーダンの通じねえ奴らだ。伊達にコンツェルンの御曹司なだけはあるんだな。まあ、時雨はニューヨークで3つの組織相手に大立ち回り、おまけにあの『藤原コンツェルン』とコネがあって、プロレーサーデビューもしたと来た…やはり、あいつはタダモンじゃねえな」
「全部知っているんですね…」
「まあな。だが流石に知ったときはびっくりしすぎて笑えちまったぜ…時雨に伝えておけ。お前がどこまで速くなれるか、影で最後まで見届けてやるってな、オイ!」
「は、はあ…」
アクツは陰で時雨の事を見守ると言った。
もし藤原コンツェルンと揉め事を起こしたらそれこそ走り屋として再起不能になってしまうかもしれないし、グループ解体もあり得てしまう。
見逃してはもらっている以上、ここは逃げるように立ち去るしかない。
「話は済みましたか?それではお引き取りを」
「チッ…じゃあな。俺と一緒にいると、お前さんだけじゃなく俺や会社が面倒くさいことになる。あばよ」
「あ、はあ…」
藤原の毅然とした態度に対してアクツはどこか不機嫌そうにしながらも、その場を立ち去るのだった。
立ち去るのを見て、藤原は奈美子に話しかける。
「大丈夫だったかい、奈美子君」
「あ、はい…あの…」
「俺達藤原コンツェルンの力があれば、もうあの人はやってこないよ。時雨君にも伝えてくれ」
「……」
「彼が所属している黒威グループは反社会的勢力と言っても過言ではない。俺達の関係者が監視しているから、安心してくれよ」
「はあ…」
藤原大輔はアクツを引き離すのだったが、奈美子としては正直お礼の一言くらいは伝えたいのだった。
推奨BGM:TELL ME WHY(from GREurosound vol.11)
―――時雨がアヴェンタドールを追い抜いた直後。
「…よし、じゃあちょっとだけ全開でいくぜ!」
「グッ…!!オ、オメー!?(ウソだろ…?今までのはナラシかよ…!!)」
別のレースでカメラカーをしていたガヤルドのドライバー…神の手の男は、車の事をわかったかのようにアクセルを踏み込んだ。
それと同時にガヤルドは一気に加速していく。
助手席のリッカルドはただただ驚愕するしかなかった。
◇ ◇ ◇
―――同じ頃。
「あの走りは、リッカルドの走りじゃない…誰?…まさか?」
一方のサマンサも中継映像のガヤルドの走りを見て、ドライバーがリッカルドでないことを感づき始めていた。
それを見た以上、サマンサはガヤルドがカメラカーをしているレースのスタート・ゴール地点へと急いで向かう。
◇ ◇ ◇
―――数分後。
「おうヤチヨ、おめぇから見て時雨の走りはどうだ?」
突然トシゾウからは言った通信。
それはマシンや道路状況の事ではなく、時雨の成長に関してだった。
基本的には時雨の走りも見ていたが、一気にジャンプアップしたことを考えると…とんでもなく高い実力であるのは言うまでもないだろう。
するとわかっているかのように、ヤチヨはこう答えた。
「とんでもなく速い走りですね。査定があればSSクラス…社長もこの速さを目の当たりにすれば、きっと大満足でしょう」
時雨の走りをふと見て、ヤチヨはそう思った事を口にした。
その言葉に対し、トシゾウは納得したかのように笑い、言葉を続ける。
「ハハハッ!ならキララのヤツにも食らいつきそうだな…ニューヨークから戻ってきて、随分とデカくなったようじゃねぇか!いつニューヨークから戻ってくるか楽しみで仕方なかった。それにまさか、こんな大舞台で走れるとはなぁ!」
「社長がとても楽しそうにしておられて、秘書の私としましても、恐悦至極に存じます」
喜ぶトシゾウに対し、ヤチヨは静かにそう答えた。
すると、トシゾウがあることを提案してきた。
「ヤチヨ、おめぇには大仕事を頼みたい。この大会で、あの2人のバトルを見守るという事を…頼む!」
◇ ◇ ◇
ーーー2周目、芝公園出口付近にて。
230キロ以上の速度でBNR32が疾駆していく。
一ツ橋JCTが迫る中で、時雨はソウイチから無線を傍受する。
『時雨君、次のオペだ…次のマシンは、スバルのコンセプトカーだ!!』
「たしか、BRZですよね?レーシングエンジンを載せた…」
『ああ…だがその速さは一線級だ。そしてドライバーは龍崎キララ…君たちが世話になった、トシゾウ社長のお孫さんだ!』
龍崎キララの名を聞いて、時雨は「遂に来たか」と覚悟を決めた。
そして覚悟を決めたところでBNR32は一ツ橋JCT直後の右直角コーナーを通過する。
「遂に、ですか…」
「私たちをニューヨークに行かせてくれたトシゾウさん…そのお孫さんであるキララちゃんに、成長した私たちの走りを見せてあげましょ!」
「そうだね。それで恩を返そう…!」
『彼女はアマチュアレース経験もカート経験も豊富だ。一筋縄ではいかないことを把握しておいてくれ』
「わかりました」
そう時雨は呟いた後、再びアクセルを踏み込む。
BNR32は飯倉出口横を240キロで通過していく。
◇ ◇ ◇
―――同じ頃、飯倉トンネル付近。
トンネル内を青色のカスタムされたBRZが駆け抜けていく。
『おう、嬢ちゃん。後ろから『箱根の時雨』が攻めてきているぜ』
「遂に…ですか。スタートで出遅れたと思いきや、追いついてきたとは!」
STIパフォーマンスコンセプト…正確にはそのレプリカのドライバー…龍崎キララは、特設ブースのチョイ悪オヤジ…レオからの無線を傍受していた。
スタートで出遅れたとはいえ、噂では800馬力以上の超モンスターマシン。
いくら自分のマシンがレーシングカーとはいえ、相手が悪い。
この環状線であればコーナーワークで勝負できるであろうが、それでもやはりパワー差で徐々に差を縮められてしまうのも事実だ。
「…引き離します。いくら相手がニューヨークを蹂躙した実力者とはいえ、そう簡単には抜かせません」
『よし、頑張れ。だがタイヤカスに気をつけろよ』
そう言って和服の生真面目な女性は決意を固めた。
―――「生真面目なキララ」…もとい、「"蒼き六連星"キララ」。
龍崎トシゾウの孫娘。和装姿で星柄の青い着物を着ている。
真面目な性格であり、強い信念を持っている。
サーキットスクールに通っており、講師である「冷酷な瞳のソウマ」に師事している。
弱冠18歳でありながらカートレース歴13年、実車でのサーキット歴5年とキャリアは長い。
公道でのレースは今回が初体験で、「チョイ悪オヤジのレオ」のマシンの助手席で間近に見た時雨の走り、そして首都高を走る多くのドライバーたちの走りを見て観察するうちに「速く作られた車」と「長く共にした車」の公道での速さの違いに気づき、本当に自分に合った車で走るのを希望。
今回の大会当日に龍崎家が手配したBRZSTIパフォーマンスコンセプト…の正確には極限まで似たレプリカに乗り換え、本大会に出場していた。
BRZはそのまま谷町JCTを通過するが、ここでバックミラーがまばゆくなる。
「(来ましたね…時雨さん!あなたとはいつか本気でお手合わせしたいと思っていた…)」
谷町JCT直後に高速右コーナー、そして赤坂エリアのストレート。
ストレート目掛けて加速していくBRZ。
そんな中でキララは時雨と手合わせがしたいと考えていた。
ずっと待ち望んでいた、時雨とのバトル。
それがまさか、こんな大舞台で適うとは思ってなんかもいなかった。
「(いいでしょう。これは非常に素晴らしい機会…!)」
こんな大舞台で決着をつけることが出来るというなら、それは自分としてもまごうことない本望。
首都高と言う大舞台でバトルをする機会は人生において何度あるか。
だが同時に、勝てるかも不安があった。
「(この車自体は400馬力…だけど、この狭い環状線なら十分!最高の舞台で…全力で勝負させていただきます!)」
赤坂ストレートを240キロ以上のスピードで疾駆するBRZ。
だがそれ以上のスピード…270キロ以上と言うスピードで猛追するBNR32。
時雨のマシンはモンスターチューンドということもあって800馬力はある。
だが一方で、キララのマシンは400馬力程度。
BRZというマシンを考えれば十分モンスターなのではあるが、時雨のマシンの馬力を聞いてしまうとやはり尻すぼみしてしまう印象だ。
それでもパワーだけが全てではない。
トータルバランスに優れたマシンこそが勝てるのだ。
そう思う中で、霞ヶ関トンネル直前の右直角コーナーが迫る。
キララはブレーキを踏み込み、タイヤを軽く空転させたうえでトンネルに飛び込む。
「(赤坂ストレートで追い抜かれなかったのは大きい。ブロックして相手のミスを誘うまで…!)」
幸いなことに、BRZは一足早く霞ヶ関トンネルへ。
後方からはBNR32が迫っているが、それでもストレート区間でパワー差で負けるという事はなくてよかった。
だがピンチはまだ続く。
霞ヶ関トンネルはストレートがそれなりに長いのだ。
霞ヶ関トンネルにおいてBNR32が猛追してくるが、それでもBRZはコース中央に陣取っていた。
左にわずかな隙間、右にもわずかな隙間。
ワイドボディでふさいだ以上、そう易々とは追い抜かせない。
230キロ以上のスピードとはいえ、後方を見事なまでにブロックしていた。
「(何が何でも行かせない!)」
ワイドボディ化されたBRZが、道路の中央を走って後方をブロック。
同じくワイドボディ化されたBNR32では、追い抜く隙間がほとんどない。
正確には、隙間があってもBRZに潰されてしまいかねない。
霞ヶ関出口付近を通過し、BRZは後方のブロックに徹しながらも250キロ以上のスピードでトンネル内を駆け抜けていく。
「(上手い…そう簡単に前を譲るつもりはないみたいだ)」
一方の時雨。
ブロックされたことは気になっていたが、それでもストレスという訳ではなかった。
相手はサーキット仕込みの若手ドライバー。
ブロックやプレッシャー掛けにも精通しているのだろう。
そしてこの「サーキット」と言う場所を走る以上…経験などの面からして幾分向こうに分があるという事だ。
それを理解しつつも、時雨はBRZの後方でずっと追い抜きのタイミングを見計らっていた。
2台は霞ヶ関トンネルのストレート区間を駆け抜けていく。
「(プロ仕込みという事は…正攻法では、きっと隙がないという事だろう。でも勝負を長びがせたくない…だとしたら…)」
相手はプロにも指導を受けたことのある超実力派だ。
サーキット仕込みのテクニックがある以上、易々と追い抜かすことを許してくれないに違いない。
だがそれでも前の車を追い抜かないと、レースには勝てない。
サーキットになくてストリートにしかないテクニックでぶち抜く必要があるだろう。
するとそう思ったところで、時雨は1つの手筈を思いついた。
「(…美奈子さんがやった、あれには…対処できるのかな?)」
ニューヨークに行く直前、自分を決断させてくれた奈美子の母親…美奈子にやられた、あの技。
あんな揺さぶりは、昼間のサーキットでは絶対にありえないやり方だ。
もし、それをここで自分が出来たら?
博打に出るのも一つなのでは?
追い抜くためには…ストリートならではの手段、それこそ接触やクラッシュ以外何でもありなそのやり方を実践するまで。
「(闇夜に溶け込む紫色のマシン…)」
目くらましならぬ、闇に溶け込む走り。
トンネルは照明が付いているので難しいが、もし夜闇の中で出来たら…?
追い抜けるかもしれない。
いくらブロック技術が秀逸であっても、彼女に対処できるとは限らない。
そう思ったところで2台の前に千代田トンネル内、霞ヶ関入口付近の左直角コーナーが迫る。
「……」
「…!」
互いにブレーキングをして減速する2台。
そんな中でもテールトゥノーズの状態を維持しながら、霞ヶ関入口付近の左直角コーナーを2台はわずかながら後輪を滑らせつつ走り抜けていく。
そして、目の前には…トンネル出口、上り坂の先に三宅坂JCTが見えた。
「(…ここだ、行け!)」
霞ヶ関トンネルと千代田トンネルの間の、外の部分。
ここであれば照明が眩いトンネル内に比べて夜闇が多い以上、闇に溶け込むことが出来る。
この紫色のBNR32なら、溶け込めるだろう。
そう思った時雨は、出口寸前でライトスイッチをOFFに切り替えてヘッドライトを消す。
目の前は一気にBRZのヘッドライトと、道を照らす街灯だけになった。
「(え…消えた…!?)」
「(もらった!)」
キララがちらりと見たバックミラーから、BNR32の存在が消えた。
霊圧と言うべきか、存在感そのものが消えたのだ。
動揺したキララは、三宅坂JCT通過直後の左高速コーナーに対してハンドルを曲げるタイミングが遅れてしまった。
そしてそれを見越したかのように、BNR32はがら空きとなった左車線に飛び込み…トンネル入口直前において、パワー差を見せつけるかのような加速を披露しながらサイドバイサイドとなる。
『まずい、横だ!』
「なっ…!!?」
レオの悲鳴のような声が聞こえた瞬間だった。
キララとしては、あまりに信じられない光景だった。
ライトを消して夜闇に隠れ、急襲するブラインドアタック。
首都高は峠程暗くはないが、それでも紫色のBNR32が夜闇に姿を隠すことが出来る程度には暗かった。
照明を消したことでキララのBRZのバックミラーからBNR32は消え、動揺して右車線…つまりアウトコースに膨れたところで、時雨はBRZを左車線からオーバーテイクにかかったのだ。
隙を見せてしまえばあとはパワーのゴリ押し。
伊達に800馬力のマシンである以上、そのパワーは段違いなのだ。
千代田トンネルに入ったところで、BNR32はライトオンと共に完全にBRZを出し抜いてオーバーテイクしてしまった。
「(やられた…!)」
BRZの馬力、400馬力程度。一方のBNR32は推定800馬力以上。
流石に長いストレート区間となると、セッティング上アキレス腱である最高速度の低さが露呈していた。
絶対的なパワー面で劣るBRZが前を走ることを許してしまったら、もう完全にBNR32のターンであるのは言うまでもない。
その爆発的なパワーで、BNR32はBRZを蹂躙するかのように加速していく。
千代田トンネルに入り、右高速コーナーを280キロ以上のスピードで駆け抜けていくBNR32。
一方のキララもそれに追いつかんとアクセルを踏み込むが…やはり400馬力のレース用エンジンとはいえ、最高速には難があった。
加速勝負でこそ強いBRZではあるが、長いストレートでは最高速度が頭打ち。
何とかストレート区間で280キロまでは出しているが、BNR32はそれ以上の速度…軽く310キロ以上は出ていた。
「(離される……!!)」
アクセルを全開に踏み込んでも、どうしようもなかった。
加速重視のマシンとなっていたBRZだが、それゆえにさすがに長いストレートとなるとアキレス腱である最高速度の低さが露見する羽目に。
千代田トンネルのロングストレートにおいては、もう自分が到底かなうようなものではなかった。
ストレート区間で隙を見せてしまったら、もうパワー差でねじ伏せられてしまう。
トンネル内の長いストレート区間でBNR32は完全に後方のBRZを振り切り、そのまま千代田トンネル出口のヘアピンコーナーを立ち上がる。あっという間にその姿が小さくなっていく。
最高速でもコーナーリング性能でも劣るマシンに…キララが勝つ手立ては、もうないも同然だった。
「(お爺様が敵わない以上わかっていたとはいえ、認めざるを得ない…あの人は、私よりはるかに格上だった…)」
千代田トンネル出口の遥か先に消えたBNR32に対し、キララはただただ悔しかった。
あまりにも格の違う相手であるということはわかってはいたが、やはり追い抜かれると悔しい。
だが一方で、こうも思っていた。
「(でも、この経験をバネにすればいい…次会う時は、逃がさない!)」
七転び八起き…次こそは。
そうキララは静かに決意するのだった。
BRZが前方に迫るヘアピンに対して減速する一方、BNR32は代官町出口…北の丸トンネルへと飛び込むことで、そのままキララの視界から消えた。
「(時雨ちゃん…驚いたぜ。純粋なパワーで負けた以上、オジサンのチームじゃ敵いそうもねえか)」
一方で、ぶち抜かれた様子を見ていたレオは静かにそう思うのだった。
◇ ◇ ◇
「時雨選手、また1台オーバーテイク―――!!この勢いは止まりません!追いついたドライバーたちを確実に調理しています!!」
実況のアナウンサーの声が響く。
千代田トンネル内で完璧にBNR32はBRZを振り切り、北の丸トンネルで独走状態となった。
「(さすがです時雨様。社長の孫娘、キララさんをこうもアッサリ追い抜くとは…以前には分からなかった、時雨様の大きさが、今では、はっきりと分かります)」
BNR32が爆走する様子を見て、ヤチヨは時雨の存在の大きさに気が付き始めていた。
これはとんでもない相手だ…そう思っている。
だが一方で、あることも思っていた。
「(…今度、イズミと一緒に箱根にドライブでも行こうかな。姉妹をもう一度やり直してみよう)」
ふと、ヤチヨは静かにそう思うのだった。
推奨BGM:TIGER! TIGER!(from THE BEST OF SUPER EUROBEAT 2021)
ーーー神田橋出口付近から神田橋JCT方面。
跳ねやすい路面にも拘わらず、時雨は軽快にBNR32を230キロ以上のスピードで飛ばしていた。
ゴール地点は近い以上、少しだけペースを上げる時雨。
そんな中でソウイチが無線を入れる。
『時雨君、トップのマシンとの差は徐々に縮まっている。もう間もなく遭遇予定だ。水温や油温、タイヤはどうかね?』
「水温95度、油温103度です…タイヤもまだグリップしてます。この調子なら!」
『ああ…このレース、勝てるぞ!』
『このレースに勝って、それをトシゾウさんに報告しよ!』
爆走するBNR32の中で、ソウイチと奈美子の言葉を聞いた時雨。
すると、あることに気が付いた。
「…奈美子も調子が上がってきたみたいだね」
「当たり前じゃない!だって…だってね!お父さんがこの首都高にいるんだもん!興奮せずにいられないわ!」
「そうだね…きっと、会えると思う」
奈美子が不思議な程に興奮していた。
一方で時雨もその言葉に対し、「きっと会える」とどこかやくそくするようにそどこか約束するようにそう口にした。
「江戸橋のヘアピンで追いつくぞ…最後の1台だ!ここからがオペの真骨頂だから、踏ん張ってくれよ!」
「…はい!」
『トップのドライバーは…赤沢君だ!』
「やっぱり、元ゼロヨンチャンプが…!」
『同じチームのドライバーとは言え、躊躇する必要はない。勝つためには全開でいくんだ!』
「はい!」
ソウイチは相手がだれであっても全力で挑みに行くように発破をかけた。
神田橋JCTを通過したBNR32のはるか先に、赤色のFK2シビックの姿が見えた。
遂に1位の座を捕捉したのだ。
その姿を見た以上、時雨はアクセルを踏み込んで猛追する。
―――一方、1位のマシン。
『赤沢君、バックからきてるわ!例のBNR32よ!』
「来たな…雪風のライバル、時雨ちゃん…いや、『箱根の時雨』!」
「この調子じゃ江戸橋のヘアピンで追いつかれるわ…気を付けて!」
「わかった!…俺もほんの一瞬だけゼロヨンチャンプだったんだ。その栄誉に賭けても…そう簡単に引導を渡されてたまるかよ!」
FK2シビックのドライバー…元ゼロヨンチャンプ赤沢はそう呟いた。
まだ20歳程度の若者だが、彼はほんの一瞬だけゼロヨンチャンプと呼ばれたことがある。
そうである以上、プライドと言うものもそれなりにあるのだった。
シビックは神田橋JCTから江戸橋JCTへ向かう緩やかな右ロング高速コーナーを走り抜けていく。
「(ここにいる1人でも多くの人に、僕の走りを見せつけるんだ!)」
BNR32を操縦する時雨は、前を走るFK2シビックを目掛けて猛追する。
アクセルを踏む力も、ハンドルを握る握力も強くなっているのを時雨は認識しつつも、BNR32を前へと走らせる。
高速コーナーから左直角コーナー。
軽くブレーキを踏んで減速させたかと思いきや、そのまま目の前のストレートへ一直線。
前方には江戸橋JCTを通過しようとしているFK2シビックが見えた。
コーナーで食らいつくことが出来れば、勝利の可能性は遥かに上がる。
280キロ以上のスピードでBNR32を操縦する時雨は、標的に照準を定めて走らせていく。
「(来やがった…!)」
バックミラーが白く輝き、後方からマシンが迫っていることを赤沢は認識した。
江戸橋JCTの分岐を通過し、上り坂を上り切ったところにあるのは右のヘアピンコーナーである。
「(だが、俺自身そう簡単に譲るわけにはいかねえ!)」
前方に迫るヘアピンコーナーに備え、アクセルオフからブレーキを踏み込む赤沢。
今回のために仕込んだマシンは、レーシングカーのブレーキパッドを備え付けていることもあって一気に270キロ台から160キロ台まで減速してハンドルを右に切る。
FFドリフトなどの特別な技術は使わずに、無難だが一番まともなグリップ走行でコーナーを駆け抜けていく。
目いっぱいブレーキングを我慢して、コーナーに飛び込んでいくFK2シビック。
だがそれでも、後方からは不思議な程に圧力と言うべきものが強くなっているのを感じていた。
ヘアピンコーナーで右にハンドルを曲げ続ける中で、とにかく逃げたいという気持ちも強くなる。
ここまで来た以上、せめて決勝戦には出てみたい。
たとえ雪風が一番気にかけているドライバーが相手であっても、自分は勝ちに行きたい。
だがそう思う中で、赤沢はある違和感を感じていた。
コーナーを160キロで脱出してアクセルを踏み込んだ瞬間だった。
「(距離が離れているのに、貫禄みたいなものを感じる…雪風と同じくらいの、いや…それ以上かもしれねえ。ちょっとでも気を抜いたら、吞まれちまう…!)」
後方から感じる強いプレッシャー…言ってしまえば貫禄。
彼女は雪風とほぼ同じ年齢なのに、雪風と同じようなもの…下手したら雪風以上のものを赤沢は感じ取っていた。
これは雪風が気にかけるのも当然であろうし、そう簡単に1位を取らせてはくれなさそうだ。
ヘアピンコーナーを抜け、上野線、深川線方面からの合流を経て3車線地帯、下り坂のロングストレートへ。
今はとにかく逃げるまで…そう強く思ってアクセルを全開に踏み込み、加速させていく。
当然、ストレート区間でレブリミットランプが赤く光ればクラッチを踏み込んでギアを切り替えて加速させる。
…ここまでシフトチェンジの部分は書かなかったが、赤沢を含め時雨たちも皆シフトランプが光ればシフトアップしているし、低回転になった時はシフトダウンしている。
とはいえ、時雨のマシンはパドルシフト、赤沢などほかのマシンは基本普通のシフトであるのだが。
だが3車線地帯に入ってアクセルを全開に踏み続けていても、後方からは白い光が大きくなっていく。
おそらく例のマシンは自分のそれよりも明らかにパワーがあり、同時に…コーナーでもこちらより速い可能性だって十分にあり得る。
そう考えている中で、後方のBNR32は遂に京橋JCT付近でFK2シビックに肉薄していた。
「―――!」
「(来やがった…だが、前だけは譲るかよ!)」
互いのマシンが300キロ以上と言う猛烈なスピードを出す中、2台はテールトゥノーズの状態を維持しながら2台は京橋JCTを左方向に通過、1つ目の橋脚区間へと疾駆させていく。
「(…ここだ!)」
2台は左方向に行ったのと同時に、時雨は2車線のうち左車線へとBNR32を移動させる。
スピードが乗っているBNR32は、その速さを生かしてあっという間にサイドバイサイドに。
「(くそっ…だが、この先は超高速コーナー!そう簡単に逃がしてたまるかよ!)」
一方、サイドバイサイドになったところで赤沢もどこか負けん気を露にする。
いくら相手の車がとんでもなく速いとはいえ、そう簡単にその座を譲ってたまるものか。
そう思った赤沢は、右車線を走行して橋脚を抜けたところで左車線にかぶせようとしていた。
インコースである以上、相手の車が減速すると思っているのだ。
2台は320キロ近い速度で駆け抜けていき、橋脚付近へと飛び込んだ。
「(内側を取ったなら、もう前は譲らない!)」
「(外から畳みかけてやる…!)」
橋脚の左側…つまり次のコーナーはインコース。
橋脚と言う一種のバリゲートを味方に、差をつけようとする時雨。
インコースである以上、有利なのは言うまでもない。
目の前の上り坂左高速コーナーを目掛けて突進するBNR32。
橋脚を抜けようとしたところで、ブレーキを踏み込む。
一方のFK2シビックはワンテンポ遅れてでブレーキを踏み込んだ。
2台は目の前のコーナーに向けてブレーキを踏み込む。
BNR32は一気にブレーキを踏み込んだことでタイヤがグリップを失いかけるも、すぐにブレーキをリリースすることでアクセルもブレーキも踏まない滑走状態に。
速度を270キロまで落とした上でハンドルを左に曲げる。
「(もらってやる…)」
橋脚部分でブレーキを踏み込み、280キロまで速度を落としたFN2シビック。
アウトインアウトのラインを取るべく、右サイドに橋脚が迫る。
そして橋脚を抜け出すのと同時に左へとハンドルを一気に切り返し、アクセルオン。
橋脚を抜け出した瞬間にBNR32を負けから塞ぐつもりだった。
だが、ハンドルを左に切ってFK2シビックが曲がり始めたその時だった。
「(外に膨れる…!?)」
BNR32がタイヤをグリップさせていたのにもかかわらず、FN2シビックはグリップを失って横滑りを始める。
橋脚を抜けた先でBNR32の進路を塞ごうとしたが、右端からコース中央に到達しようとしたところでタイヤがグリップを失ってアウトへと膨れていく。
4つのタイヤが滑る中で、咄嗟にハンドルを右に曲げてカウンターを当て続ける赤沢。
FN2シビックは何とかドリフト状態に抑えてはいたが、タイヤをグリップさせていたBNR32はその隙を見逃すはずもない。
「(マネジメントミスっちまった…!)」
「……」
左車線をグリップで走行していくBNR32は、そのままFN2シビックの左端を通過。
橋脚を抜けて左高速コーナーを抜けたところは、上り坂。
流石の時雨もアクセルを踏み込んでマシンを加速させる。
マシンがグリップを失って動揺する赤沢に対し、時雨は全くもって取り乱していなかった。
橋脚を抜けた直後に塞いでくるのはある程度予想は出来ていた以上、心構えはあった。
とはいえ、向こうがタイヤのグリップを失う…言ってしまえば自滅してくれたのは好都合だったが。
左車線をそのままグリップしていたBNR32は、そのまま下り坂から新富町出口方面へ。
アクセルを全開に踏み込み続けて、失速していた速度を加速させつつもFN2シビックとの差をつけていく。
「(これで、終わりだ)」
「(加速が違う…!)」
下り坂から新富町出口方面へのロングストレート。
BNR32は水を得た魚のように、その直線区間でアクセル全開のまま加速していく。
一方のFN2シビックもなんとかタイヤのグリップを回復させて加速するも、やはりR35GT-Rのエンジンを積んだBNR32とは馬力が違いすぎる。
800馬力のBNR32に対し、FN2シビックは良くて600馬力近く。
ここまでは何とかテクニックで後方のマシンを振り切ってきていたが、時雨のマシンは流石に相手が悪かった。
いくら自分のマシンがチューニングの天才によってチューニングされたマシンであったとしても、相手はスーパーカーのエンジンを積んだモンスターマシン。
それを制御する時雨と言う若い少女。
自分でもこの狭いストレート区間でアクセルを全開まで踏み込むことは多少躊躇するのに、相手は一方的に踏み込んでこちらを振り切りにかかっていた。
320キロオーバーと言うスピードで疾駆するBNR32に対し、赤沢は茫然とするしかなかった。
「(ダメだ…追いつけない!速すぎる…どんな神経してるんだ!?)」
一度失速してしまった以上、それに食らいつくためにはとにかくアクセルを踏んでいくしかない。
だがアクセルをどんなに踏み込んでも…その速度差が埋まることはなく、むしろ開いていく。
ただでさえ狭い都心環状線の銀座エリアだというのに、例のドライバーは全くもって躊躇することなくアクセルを踏み続ける。
それはまるで、自分の走りを誇示するかのように…自分の限界まで戦うという、意思を表すかのようなものだった。
「(これが、現役と辞めた人間の差か…まいったぜ)」
赤沢は、彗星の如く姿を小さくしていくBNR32に対して負けを認めるようにそう思うのだった。
いくら自分が「ゼロヨンチャンプ」と言われたとはいえ、現役との差は段違い。
黙って時雨の実力を認めたのだった。
BNR32はそのまま銀座のS字区間を抜け、独走状態のまま汐留方面へ疾駆していく。
―――勝者、時雨。
時雨はその後無事に浜崎橋JCTの案内板の下を潜り抜けて、1位でゴールするのだった。
―――旧築地市場跡、特設ブース。
バトルを終えたBNR32が、特設ブースのすぐそばに停車した。
エンジンを切ったBNR32から時雨が降りてきて、一目散に奈美子とソウイチがやってきた。
「やったわ、時雨!これでついにブロック決勝進出よ!」
「見事な逆転劇だったよ。君の実力もさらに磨きがかかっていることが散見できた…素晴らしい結果だ」
「奈美子、先生…ありがとうございます」
喜ぶ奈美子とソウイチに対し、時雨はどこか恥ずかしげにそう言った。
正直勝った自覚はなかった。
自分は全力で走った結果、1番速かった。
その事実だけを時雨は素直に受け入れるだけだった。
すると、歓喜する中で1台のマシンが時雨たちの近くで止まった。
赤色のバイパーから降りたのは…誰を隠そう、時雨たちの恩人の1人である龍崎トシゾウだった。
彼は車から降りてきて、時雨たちの元へとやってきた。
「つくづくいい夜だ。昔みてえに道路に活気がある。首都高全部がパーティー会場みたいだな」
「トシゾウさん…!ヤチヨさんに伝えたとおり、勝ちました!」
奈美子の言葉に対し、トシゾウは満足げにこう口にした。
「ああ、認めてやる…いい走りだったよ。どうやらニューヨークに行った甲斐はあったようだな」
「はい。その節は本当にありがとうございました」
そう言って時雨はトシゾウに頭を下げた。
だがトシゾウは気にしていないようにこう口にする。
「礼はいい。俺がしたくてやったことだからな。それに、こうして土産ももらってる」
「お土産…ですか?」
そう奈美子が言うと、トシゾウは満足するようにこう口にした。
「…こうやって大手を振って首都高でレースできるなんてな。聞けば、主催者の連中を動かしたのはお前らだそうじゃないか。誰もが一度は考えた公式の首都高レース。車に魅入られたバカヤロウの夢が実現している。長生きはするモンだな」
「トシゾウ社長…」
トシゾウの言葉に、静かにソウイチは呟いた。
すると、しんみりしていたところで…また1台の車が近づいてきた。
STIパフォーマンスコンセプトのレプリカである青のBRZ。
トシゾウのバイパーのすぐそばに止まると、やはりドライバーが車から降りてきた。
降りてきた女性のドライバーは、時雨たちの元へとやってきて声を掛ける。
「時雨さん…お見事でした」
「キララちゃん!」
「確か、先のBRZの…?」
時雨の事を褒めた女性…キララは、そのまま時雨に言葉を伝える。
「お爺様からお話は伺っていましたが、やはりアメリカで相当腕を磨かれたようですね…素晴らしいです」
「ああ、いや…別に僕は、全力で走っただけだから…」
「ハッハッハ!相変わらずだな時雨…お前は勝ったんだから、もっと胸を張ってもいいんだぜ?」
「あ、あはは…」
時雨は褒められるのにやはり弱く、謙遜するだけだった。
その様子を見たトシゾウは、どこかからかうようにそう口にした。
すると、そんな中でキララが言葉を続ける。
「私…バトルをしているうちに、色々と気が付いたんです」
「気が付いた?」
「はい…公道には公道のテクニックがあって、サーキットの技術全てが公道に応用できるわけではない…それに、やはり経験に勝るものはない、と…」
キララ自身、今回負けたことは悔しかった。
ブラインドアタックと言う「公道ならではのテクニック」に太刀打ちできなかったこともそれに拍車をかけていた。
とはいえやはり負けた原因は、首都高と言う実戦経験が不足している舞台であったこともある程度はあるのかもしれない。
するとソウイチが質問する。
「キララ君は、首都高は初めてだったのかね?」
「練習のために軽く流していることはありましたが…やはり、基本はシミュレータばかりでした」
「そうだったんだ…」
「サーキットを走っていたのでわかるのですが、やはり首都高を走り込んでいなかったのは…大きかったみたいです」
キララ自身、経験不足であるという事は自覚していた。
いくらシミュレータで練習していたとはいえ、やはり実際の首都高の感覚がまだまだ不足していたというのは言うまでもないだろう。
「キララよ、それに気が付けただけでも十分だぞ。お前はまだまだ若い。これからでもいいから公道を走ることもやっていけばいいんだぜ。この経験は決して無駄じゃないはずだ」
「お爺様…」
「そうそう!これからまた走ればいいのよ。また走りましょ?」
「僕もそう思うよ…またバトルしたいな」
「2人とも…ありがとうございます」
キララはトシゾウや奈美子、時雨に励まされたことで明るくふるまうことが出来るようになっていた。
すると会話している中で、また1台車がやってきた。
「あの車は…」
赤色のFK2シビックが、BRZの後ろに停車した。
停車したシビックから降りた男もまた、時雨たちの方へとやってきた。
「よう、時雨ちゃん…さっきは見事だったよ」
「赤沢さん!」
「あ、ありがとうございます」
2位でゴールした男…赤沢もやはり時雨とのバトルに満足しているようにそう言った。
「何だろうな。負けたって言うのに、俺はスッキリしてるんだ」
「すっきり、ですか?」
「ああ。あそこまでやられたからかな…不思議と満足しているんだ。お前さんの実力なら…雪風の奴も危ないかもしれないな」
「赤沢さん…」
赤沢は負けたことに関して悔しい、というよりは負けてスッキリしたと言った。
それはやはり、格の違いを思い知らされて、「笑うしかない」という状況だったからかもしれない。
とはいえ、彼からは嫌味なんてものは全く感じられることもなく…むしろバトルできたことを誇らしげに思っているようだった。
すると赤沢はこう言葉を続ける。
「時雨ちゃん、お前さんの実力…しっかりと見せてもらったぜ。あれなら雪風も気にするのもわかる…」
「ユキが、ですか」
「お前さんならきっと、総合決勝も行けるはずだ…雪風も必ず、な」
「赤沢さん…」
「ここまで来た以上、負けるなよ。あいつもお前さんとバトルすることを望んでいるはずだからな…!」
赤沢は時雨に対して、期待するように…そして同時に、雪風とのバトルを望んでいるようにそう言った。
「は、はい!頑張ります!」
「赤沢さんも、ありがとうございました!」
赤沢の言葉に対し、時雨は「頑張る」とだけ伝えて軽く頭を頭を下げた。
すると、赤沢の事を気に賭けたトシゾウが彼に話しかける。
「坊主は…たしかキララの前を走っていた、元『ゼロヨンチャンプ』だったな?」
「え?あ、はい…あんたは?」
「俺か?まあ公道じゃそれなりに名を馳せたジジイだよ…龍崎トシゾウってな。お前さんはしばらく現役を離れていたそうだが、今回の成績を考えると、ゼロヨンチャンプくらいなら十分復帰出来るだろう。どうだ、この機を切欠にまたゼロヨンの世界で輝くのは?なんなら俺がツテを用意するぞ」
「…えっ?赤沢さんがゼロヨンに復帰!?」
「お爺様、どういうつもりですか?」
「どういうつもりも何も、俺は単に実力があると見込んだから声を掛けただけだ。お前さんはキララと同じくらい若いし、ゼロヨンチャンプに半年でなるほどの実力もあると聞く。俺たち龍崎グループがサポートをしたらきっとまた、『ゼロヨンチャンプ』になれるはずだし…藤原大輔から聞いているが、別のモータースポーツでも活躍できるはずだぜ」
「うむ、そうだな。時雨君が追い付くまでは1位を走っていたことを考えると…君の潜在能力はきっと高いはずだよ」
トシゾウやソウイチとしては、キララより先にゴールした赤沢にも興味があった。
やはり「元ゼロヨンチャンプ」という肩書を知っていたこともあるのだろう。
だが赤沢はどこか申し訳なさそうな態度でこう口にした。
「あー…俺、よく『現役復帰しないか』って言われるんですけど、やっぱり雪風がいるので…お言葉はありがたいですけど、遠慮しときます」
赤沢自身、よく「現役復帰しないか」とは言われるらしいが、本人はもうゼロヨンに復帰するつもりはないらしい。
そしてそれこそ、現役のゼロヨンチャンプである雪風のサポーターとしてやっていきたいという。
その言葉を聞いた以上、トシゾウとしては無理に誘う道理はなかった。
「ハッハッハ、そうか…時雨のライバルである雪風か!ソイツもゼロヨンチャンプらしいな」
「ええ、まあ…」
「そいつの速さは聞いているからな…やはりすごい奴だとな」
「はは…まあ、そうですね」
トシゾウは今の「ゼロヨンチャンプ」のことも知ってはいた。
そしてそのドライバーが、時雨のライバルであるという事も把握していた。
赤沢としては、そんなドライバーの横に入れることが嬉しく思っていた。
するとトシゾウは勝者である時雨と奈美子に再び目を向けて、こう口を開く。
「…それにしても、修行の成果としては十分ふさわしいくらいいい走りだったぜ時雨。強豪集まるこのレースを1位とはな…流石だ。差し詰め車の灯りが星みたいだ」
「いえ、僕は…自分の全力で走った結果ですから」
トシゾウの言葉に対し、時雨はまだ謙虚にそう答えた。
するとその様子を見かねたトシゾウはまた言葉を続ける。
「相変わらず謙虚だな…そういや主催の奴が言ってたな。『星はなくても、流星たちがこの国のハイウェイで光り輝いている』…まさにお前たちは流星、いや…彗星だった。お前たちなら…総合優勝も出来るかもしれねえな。その調子で頑張れ」
トシゾウは時雨と奈美子を励ますようにそう口にした。
「私から見ても素晴らしい走りでした。決勝レースでもご武運を」
「俺たちの分まで頑張ってくれよ!」
トシゾウの言葉に続いて、キララと赤沢も2人を励ました。
それらの言葉を聞いた以上、時雨と奈美子としては…やはり「頑張る」としか答えるだけだった。
「トシゾウさん、キララちゃん、赤沢さん…ありがとう!私たち、優勝して…お父さんを見つけてきます!」
「僕たち、頑張りますね」
「ああ、お前らならできる。いや、そんだけ輝いてりゃきっと向こうから寄ってくるだろうな…今日は楽しかったぜ、また会おう!」
「ありがとうございました。また何処かで」
「ありがとうございました!」
勝利した者たちに感謝の言葉を告げて、「箱根の時雨」は頂点への階段をまた1段上がるのだった。
◇ ◇ ◇
―――同じ頃、首都高五潮PAにて。
レースを終えたカメラカーが、PAの端っこに停車していた。
ドライバーのオヤジはともかく、助手席の元レーサーは愕然としていた。
すると、オヤジの方がこう呟く。
「…どうだ?さすがにもうわかったよな。別にお前からの言葉は求めない…それじゃ、乗せてくれてありがとうな」
そう言って男はガヤルドから降り、その場を立ち去った。
助手席の男…勝負師リッカルドは愕然としていた。
「(…ショックだぜ……この俺のガヤルドを…この俺よりうまく操りやがった。しかも、少し横に乗せただけでだ)」
シートを倒し、額に右手を当てて愕然とするリッカルド。
自分仕様のガヤルドを、あのドライバーはあっさりと乗りこなした。
それも、首都高をほんの少し走っただけで。
こんなことになるとは、思ってなんかもいなかった。
そして愕然とする中で、リッカルドはこうふと思った。
「(こんなとんでもねえ奴だったのか。時雨…オメーでもこいつに勝つのは無理だろうな)」
茫然とするリッカルドは、しばらくその場を動かなかった。
―――数分後。
仕事を終えたヒュウガは、次の仕事に向けて移動していた。
スタッフの腕章を付けていた彼だが、流石に目立ってはいない。
だがそんな中で彼はある人物に目撃されていた。
「あのシルエットは…間違いない。サガラ…ヒュウガ!」
遠目でリッカルドのマシンを見ていたサマンサ。
遂に彼女はリッカルドのマシンから降りてきた奈美子の父親…ヒュウガの姿を視認するのだった。
時雨がトシゾウたちと会話している頃、築地市場跡の特設ブースから遥かに離れた場所…フジテレビ近くの一般道路。
「…負けた……」
観戦会場近くで、1台のR35GT-Rが道路脇に止まっていた。
側面に夜空…正確に言えば天の川の様な美しくもどこか儚げなペイントが施された、深夜の闇に溶け込むような濃い紫色をしたR35GT-Rは…意外と目立たないものの、首都高を走り続けてきた者としての風格や威厳はあった。
そんなマシンから降りてきたのは…まだあどけなさが残る若い少女。時雨や雪風と同じか、少し上くらいの年齢だった。
「(格式張った舞台で注目されたから、緊張して思った以上に力が出せなかった……)」
彼女もまた、「ザ・スピリッツ・イン・トーキョー」の出場者の1人だったが、どうやらR35GT-Rを駆る彼女であっても…今回の大会のレベルは相当高いものだったようだ。
首都高で相当名高いドライバーであるとはいえ、それはあくまで「アンダーグラウンドな世界」での話であって、「首都環状や首都高を封鎖して行われる」という一種の「格式ばったレース」には不慣れ。
結果大会進行や他のマシンに振り回され、思うように力を発揮できなかったという一面があった。
彼女は疲れていたのかフラフラと車から降り、茫然と空を見上げている。
「(みんな、負けちゃった。みんな…首都高を走り込んでいた、みんなが…)」
彼女は首都環状の走り屋の1人。
彼女の仲間も参加していたそうだが、どうやらその仲間たちすべてが敗れてしまったようだ。
そのことはやはり、自分たちが「井の中の蛙」であったことを思い知るのには十分だったし、同時に自分たちが「ムジナ」であったことも思い知らされた。
そして皆がバトルして散り散りになってしまったため…今の彼女は孤独であった。
だがそれでも、ある人物の事を思い出す。
「そういえば、『あの人』はいないのかな……」
首都環状で実力者と称される彼女は、初めてバトルをした「あの人物」のことをずっと気にかけているのと同時に、こんな大規模な大会に出場している様子が見受けられないことを…疑問に思うのだった。
(第29話End)