「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 第二幕 2024 -いつかあの頂で- 作:カービィ改二
遂に雪風のブロック決勝…強豪たちが待ち受けます。
本作ではpixiv、ハーメルンの両方で連載していますが…今回と次回、ハーメルンでは「New Release Collection」と題してBGMを「2024年、2025年リリースのスーパーユーロビート」をメインに選定します。
―――2回戦が全て終わり、ブロック決勝が始まる前。
箱崎PAにて。
「さて、次もまた俺がカメラカーの運転か…ん、時間も近いから行くか」
Aブロック決勝戦まで待機してたRZ34のドライバー…相楽ヒュウガ。
集合時間を確認したヒュウガは、次のレースのためにRZ34のエンジンを起動する。
「いよいよブロック決勝だが、まあ気楽に走っていくか」
そう言ってヒュウガは、カメラカーとなるRZ34で本線へ合流。次のレースの集合地点である汐留方面へとマシンを移動させていく。
―――Aブロック決勝直前、トヨタアリーナ東京。
司会進行であるオリビアが次のレースに向けて声を上げていた。
「ハァーイ!みんなー!ブロックごとの戦いもいよいよ大詰め!Aブロックの決勝戦を始めるわよ~ん!」
遂に雪風が出場しているブロックの決勝が始まろうとしていたのだった。
そしてその様子は、築地市場跡にある特設ブースにおいても時雨と奈美子は情報を受け取っていた。
とはいえ、彼女たちのレースはまだなのでマシンセッティングと整備をしている最中だったが。
観戦会場の様子をモニターで見ていた時雨と奈美子は互いに口を動かす。
「『幾多のレースが行われてきていた『ザ・スピリッツ・イン・トーキョー』もいよいよ大詰めです。ここからはAブロック、Bブロックごとに決勝レースが行われます。1回戦、2回戦を勝ち上がってきた6人のドライバーと、そのマシンによるレースが行われます」
一方で、衛星放送の実況アナウンサーの声も特設ブースに響いていた。
当然、そのことは時雨と奈美子も受け取っていた。
「次のブロック決勝で勝てば総合決勝。ちょっとワクワクしてきたわね…時雨!」
「そうだね…僕たちもBブロック決勝に出る以上、セッティングを整えよう」
すっかり調子を取り戻した奈美子に対し、時雨もどこか微笑ましそうにそう答えた。
すると、2人の様子を見ていたDr.ソウイチがやってきて声を掛ける。
「うむ、いい覚悟だ…君たちであれば勝てるかもしれないね。次のコースの情報を持ってきたぞ」
そう言ってソウイチがタブレットを渡し、次のコースの情報を渡す。
コース名としては…新環状右回りと書かれていた。
「次の僕たちのコースは…新環状右回り、か」
「ええ…箱崎PAスタート、深川線、湾岸線を経由して…レインボーブリッジ、汐留から都心環状線内回りの銀座エリアを経由して戻ってくる2周のレースになるわ」
「なるほど…全体的にスピードが出るコースみたいだね」
新環状右回り。首都高のドライバーたちの間ではそう言われるルート。高速区間も狭い区間もヘアピンもある、至れり尽くせりなコース。テクニックもマシンスペックも求められるコースであるというのは言うまでもなかった。
一方で時雨は次のレースの情報を得て内容を確認していた。
「それで、ユキのコースは逆の…新環状左回りだね」
「ええ。汐留スタートで浜崎橋を左に行って…レインボーブリッジから湾岸線へ。辰巳JCTから深川線方面に向かって、向島方面へ。箱崎JCTで都心環状線外回りと合流して、銀座エリアへ。汐留、浜崎橋を通ればゴールよ。周回数はこっちも2周ね」
「新環状…か。全体的にパワーが求められるようだね」
「うむ。パワーとスピード、そして2車線の狭いコースを柔軟に走れる度胸が必要だな」
新環状ルートは都心環状線部分のテクニカルセクションと、深川線、湾岸線、台場線のパワーセクションの2構成。
全体的にはスピードが求められるコースではあるが、江戸橋JCT(右回り)や箱崎JCT(左回り)のヘアピンやところどころに存在する直角コーナーなど、テクニックも必要なコースでもある。
すると、ソウイチはあることを気にしたかのようにこう口にする。
「しかし、ここまで来た以上雪風君は本当に勝つだろうか?」
ソウイチはやはり雪風に疑問があった。
いくら彼女が藤原コンツェルン傘下のレーシングチーム所属であり、相当な実力者であるとはいえ…ここまでくるとアマチュアトップクラスの強豪たちがひしめき合うレベル。
プロデビューもしている彼女だが、本当に勝てるか?
するとそう思っていたところ、時雨がこう口にする。
「…勝ちます。きっと勝ちますよ。ユキは絶対に、勝ちあがってくるはずです」
「時雨…」
「ふむ…言っておいてなんだが、あまり気負いしすぎないでくれよ。彼女の事を気にしていると、走りにも影響が出かねない。君は君の事で集中するべきだ」
ソウイチは時雨が雪風の事を気にしすぎていることを察していた。
もし時雨が雪風の事ばかり考えていたら、当然ドライビングにも影響が出かねないことを見越したうえでの発言だった。
それを聞いた時雨は、はっとなった。
「彼女にとらわれすぎ」ということを自覚したようだ。
「ソウイチ先生…そうですね。ちゃんと僕の車の方も、仕上げたいと思います」
「うむ、そうしてくれ」
「さあ、最後の大詰めよ。ブロック決勝は勝てるようにしましょ!」
こうして、3人のブロック決勝に向けてのマシン仕上げが始まるのだった。
◇ ◇ ◇
―――同じ頃、汐留入口付近Aブロック決勝集合地点。
既にレースに出場するマシンたちが集う中、カメラカーであるRZ34が一番後ろにいた。
すると、レース開始前のスタンバイ時点で待機していたマシンのそばで、ドライバーたちが会話をしている。
その場にいたのは…ヒュウガ、レベッカ、ケヴィン、そしてチェイスだった。
車から降りている4人だが、スタート直前に会話をしていた。
「はぁ~もう少し走りたかったんだけどな~。残念だわ~」
マシンを見て、レベッカは言った。
実際彼女は自分でカメラカーを運転したかったようだ。
するとそれを聞いたヒュウガがこう口にする。
「その割にはえらく簡単にOKしてくれたじゃねえかよ。今更どうした?」
ヒュウガがそう言うと、レベッカは返事をするようにこう口にする。
「だってぇ~世界を股にかけるテストドライバーが~、このRZ34カスタムで走るのを~、横で見ないわけにはいかないもの~。でもぉ~、私やリブラの皆が今後お世話になる人への挨拶の方が大切だからさぁ~」
「そうだな…ケヴィン、済まないが頼む」
レベッカは本来、このレースでのカメラカーを運転する予定だった。
だが実際は、彼女にはある事情があってそれをヒュウガに譲ったのである。
どうやら、「リブラのドライバーたちが世話になる存在への挨拶」が優先されたようだ。
するとそれを聞いたヒュウガがあることを口にする。
「挨拶、ねえ…リブラの代表の娘であるお前さんがそう言うとは、そりゃよっぽどの人だな。だから今ケヴィンが横に乗ったのか…」
「グフフ…カーナビがてんでダメな俺だが、最低限日常で使う家電製品くらいなら何とかなる。カメラなんて映していればいいんだろ?…レベッカの方は例のヤツへの挨拶、頼むぜ」
ケヴィンは既にカメラを構えており、レース中の撮影のスタンバイが出来ていた。
今回のレースではケヴィンが助手席で撮影をするようだ。
するとその言葉を聞いたレベッカがこう返事をする。
「まかせてぇ~。時雨たちにもぉ~よろしく伝えておくわぁ~」
「ケヴィン、頼むぞ」
「じゃあ、そろそろ出番だ。ケヴィンはカメラは頼むぜ…俺もこいつに乗るのは久しぶりだからな。多少荒くなるかもしれねえが、踏ん張ってくれよ」
「グフフ…いいだろう。じゃあ行ってくる」
会話が一段落したところで、ヒュウガがそう言って車に乗り込んでいく。
話を済ませたところで、ケヴィンも助手席に乗り込んだ。
相変わらずカメラは一定に構えたままだった。
「行ってらっしゃ~い」
「…楽しめよ」
車に乗り込んだ2人にそう言ったレベッカとチェイスは、その場を離れていく。
「おう、とりあえずその録画ボタンを押してくれればあとはもうカメラを向ければいい。頼むぜ」
「グフフ…任せな。ここぞというときの集中力は抜群だ。カメラくらいやれる」
先導車両のスタートを待つ中で、ヒュウガはカメラを改めて確認するのだった。
カメラは既に録画モードになっており、撮影自体は始まっているようだった。
―――数分後。
Aブロック決勝に出場する6台のマシン、そして最後尾のカメラカーであるRZ34が汐留入口から首都高に入ろうとしている。
6台のマシンは一定の間隔を保ちながら一列で料金所へと入っていく。
「さあまもなく、Aブロックの決勝戦が始まります。このレースの勝者が総合決勝に進出です」
実況のアナウンサーがそう言ったところで、先頭のマシン…BNR32が料金所へと入ろうとしていた。
料金所を抜けたらスタートである。
50キロのローリングスタートで、6台のマシンが縦に連なって走行していく。
料金所を抜けた先頭のマシンが加速し始め、それに呼応するかのように料金所を通過したマシンたちが次々と加速していく。
「よっしゃあ、行くぞ!!」
「っ…!」
「さあ、行くぜ!」
「―――!」
「……!」
雪風の前を走る5台がそれぞれ加速して環状線外回りへと合流する。
合流したマシンは各々のラインを描きながら、汐留S字を抜けて加速していく。
だがそんな中で、雪風はやはりスタート直後の混乱を避けるべくスロースタートを決め込んだ。
するとそんな中で藤原大輔から無線が飛ぶ。
「いくらお前さんが実力の持ち主でも、流石に今回は一筋縄じゃ行かないぞ…スパートをかける場所は事前に決めたとおりだが、大丈夫か?」
「はい、問題ありません」
「よし…それぞれのマシンの車間が開いたら、1台1台調理するんだ」
「わかりました、高速区間までは抑えめで行きますね」
「ああ…お前さんのペースなら抑えめでも5位くらいならすぐに追いつくだろう。接近次第スリップにくっついて相手を油断させるんだ」
「はいっ、了解です!」
藤原大輔とは前もってスパートを決める場所を決めていた。
どんな相手が来ても、確実に調理していくまで。
彼女の実力なら絶対に負けないと藤原は信用していたからこその発言だった。
汐留S字を抜けたところで、雪風はゆっくりとアクセルを踏み込んでいく。
スカイラインニスモは雪風と対話するかのように、二人三脚のような息の良さで加速していく。
100キロから150キロ、200キロへと確実に加速していく中で、浜崎橋JCTを左方向に進み、レインボーブリッジを目指して加速していく。
「(スタート直後の混乱を抑えたんだろうが、本当に追いつくのか…?)」
一方、スカイラインニスモの後方ではカメラカーのRZ34が付かず離れずの位置を維持しながら加速するのであった。
ドライバーはどこか不安そうになりながらも、同じくアクセルを踏み込んでいく。
―――雪風が追い上げを開始した直後。
「フウ…!一仕事した後の食べ歩きは美味いダス…あっ!」
「見つけた、あれがそうみたいね」
特設ブースを見つけた2人が、目的のドライバーを見つけてそう言った。
目的の人物…時雨と奈美子は会話しているが、休憩中の模様だ。
「おーい!2人ともー!」
「あれ?」
「あっ、ラージさんにアビゲイル!久しぶりね!」
特設ブース近くの整備場。
その中にBNR32は運び込まれ、セッティングと部品整備がされていた。
時雨、奈美子、ソウイチは一旦外に出て休憩中であった。
そんな中でラージとアビゲイルが訪れていた。
「もしかして、お仕事が終わったの?」
「ああ…もう残すはブロック決勝のみダスからね。必要な人間以外はフリータイムダス」
「暇も出来たし、折角だからあなたたちに会いに来たわけ…その様子だとマシン整備の真っ最中という訳ね?」
「ええ。次のレースが正念場だからね」
すると、4人が会話していたところでDr.ソウイチもやってきた。
彼もまた彼らが気になったかのように話しかける。
「ふむ、奈美子君。ニューヨークでの知り合いかね?」
「はい、こっちがラージさん、こっちがアビゲイル…2人ともケミックの社員さんです」
「なるほど…私は高島ソウイチ。時雨君のチームでレース監督をさせてもらっている…よろしくお願いするよ」
「ら、ラージダス…よろしくダス」
「アビゲイルよ、よろしく…」
レース監督、と言う言葉に対しては流石のラージもアビゲイルも驚いていた。
今はまだ小規模チームとは言え、実際にレース監督などがいるとスケールは変わる。
自分の武者修行のためにアメリカに来たという噂自体は聞いていたが、まさか本当だとは思ってもいなかった。
すると、時雨があることに気がついて提案する。
「あの…ここまで人が多くなると、立ち話もどうかと思います。中に入りませんか?」
「え、いいダスか?」
「はい…」
「そうね、時雨。じゃあみんなこっちに…」
そう言って奈美子たちはブース内へ移動する。
ブース内にはレースモニタと状態モニタなどが用意され、雪風のレースが中継されていた。
ちなみに、すぐ隣にはBNR32が止められている整備場スペースが存在する。
5人が入ったところでラージが口を開く。
「それにしても…時雨も無事にブロック決勝までコマを進めたダスね、流石に俺達を倒してきただけの実力は言うまでもないダス」
「まあ…私たちが用意したステージなんだもの。それくらいやってもらわないと困るくらいだけどね」
「あ、あはは…その、ケミックやオクティの皆さんには、こんなことをしてもらって…本当に頭が上がりません」
「そんなことはないダス。時雨は混沌としていたニューヨークを救ってくれた救世主…それをもっと誇りに思ってもいいダス。そんなドライバーに対しては、俺達が敬意を払うのも当然ダス」
ラージは時雨に対して敬意を払うのは当然だと言った。
だが時雨はそれを鼻にかけることもなく、躊躇しているかのように口を動かす。
「そうは言っても…あれは、僕だけの力じゃないんです。僕以外にも、多くの人の力があったから…ニューヨークに平穏を取り戻すことが出来たのであって…」
「はあー…全く、鼻にかけないのはいいけど謙虚すぎるのも問題よ…時雨はもっと、自分の実力に胸を張りなさい!」
「あ、あはは…」
ラージもアビゲイルも時雨と奈美子を称賛していたが、同時に「もっと胸を張れ」と言わんばかりにそう鼓舞した。
すると、アビゲイルはあることを思い出したかのように奈美子にこう声を掛ける。
「そう言えばナミコ、お父さんは見つかった?サマンサも来てるみたいだけど、見つかった?」
「ううん、どっちもまだなの。でも、2人とも走り続けていればきっと会える。だから私たちは走り続けるわ!」
「そう、その元気があるなら大丈夫そうね。マシン整備も順調に行われているみたいだし…ブロック決勝であなたたちが活躍するのを期待しているわ」
「うん、ありがとう」
アビゲイルに対し、奈美子はお礼を告げた。
すると、ラージが整備中のマシンを気にしたかのようにこう口にする。
「しかし…今回の大会のために用意された時雨のマシン、映像で少しだけ見たけど、あれはすごいマシンダス…」
「800馬力オーバーのBNR32よね?禍々しい紫色のマシンね…たしか、R35GT-Rのエンジンを積んでいるそうだけど」
特設ブース内の整備場には例のマシンが止まっており、その状態でもただならぬ気配を纏っていた。
「うん、まあ…そういったところかな」
「まさか時雨がここまでのモンスターマシンを仕上げるなんてね。私たちでもそう簡単には用意できるはずもないわよ?」
ラージもアビゲイルも時雨のマシンに対しては驚くしかなかった。
スペック表は既にみているのでわかってはいたが、それでも実際にそんなマシンを見たらただただ呆然としていた。
R35GT-Rのエンジンを積んだBNR32。
とんでもないパワーのマシンであるのは言うまでもないだろう。
すると、アビゲイルが時雨と奈美子を見てこう口にする。
「それにしても時雨、ナミコ。あなたたちをニューヨークで見てから、私は考え方が変わったわ。本当に凄いわね、2人とも」
「え?えっと、アビゲイル。いきなりどうしたの?」
「敵の頭を押さえつけることをせず、従わせることもせず、自らの走りだけで周りの状況を変え、仲間を作っていく…私も、あなたたちのようになりたい。仲間たちが私についてきてくれるような、そんな存在になりたい。私は、あなたたちを見ていてそんな帝王学を導き出した」
「帝王学…」
「ええ。私はあなたたちから学ばせてもらった。だからこそ、進化を続けるあなたたちには期待をしておきたい。次のレースでも…勝ってほしい」
アビゲイルはどうやら人の上に立つための帝王学を時雨から見出したようだ。
そのことに関しては時雨は軽く微笑んで、こう口にする。
「うん…そこまで期待をされたら、僕も裏切らないようにしないとね。僕自身、まだ負けられないから」
「フフッ…どこまでも走りに純粋なのね、時雨は。そんな強いあなただからこそ、私は魅了されたのかもしれないわ」
アビゲイルは時雨の事に対して納得するかのようにそう口にした。
だが一方で、時雨は「そんなことはどうでもいい」と言うかのようにこう口を開く。
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「…ところでアビゲイルさん、あなたが僕に期待してくれるのはいいんだ。でもその代わりに…僕の要望を聞いてくれるかい?」
「要望?…何かしら」
「…僕なんかの活躍よりも、今レースで走っているユキ…『雪風』の活躍を見てほしい」
時雨の表情は明らかに真剣なものになった。
時雨の要望はやはり、自分のライバルであり相棒の雪風の実力を知ってほしいというものだった。
だがアビゲイルにとってはそれは疑問でしかなかった。
「ユキカゼ…?たしか、スカイラインニスモの…」
「はい…その人は、僕がアメリカに渡る全ての切欠になった人で…僕の相棒であり、ライバルであり、そして最大の宿敵なんです」
「アメリカに渡るきっかけ…そして時雨のライバル?」
「実は2人とも…時雨はアメリカに来る前、雪風ちゃんとバトルをしていて…それで、時雨は負けたの」
真面目な表情となった奈美子の言葉に対し、ラージもアビゲイルも顔の色が変わった。
とはいえ、時雨が負けた…という話を聞いた以上、驚くのは無理もない話だった。
「…何だって!?時雨が…負けた、ダス!?」
「噓でしょ…!?アメリカで敵なしだった、あの時雨が!?」
「うん…正確には、レースでは僕は勝ったんだ。でも、バトル自体は…ユキに、雪風に…完敗だった」
「…なるほど、『試合に勝って勝負に負けた』ということダスか」
「はい…」
時雨の言葉に対し、ラージは納得したかのようにそう言った。
レース結果でこそ勝ったが、バトルでは負けた…結果でこそ勝ってはいるが、やはりそれは時雨が納得するものではなかったということだろう。
すると、アビゲイルが雪風の所在を気にしたかのようにこう口にする。
「…その、『ユキカゼ』は今レースに出ているのよね?」
「ええ。Aブロックの決勝にね…」
すると、奈美子がそう言った時だった。
「あーっと、またまたスロースタートの雪風選手、後方から物凄い追い上げだーっ!!5位のCTRに食らいついていく―――っ!!」
モニターに取り付けられているスピーカーから、テレビの実況アナウンサーによる声が響いた。
◇ ◇ ◇
―――レインボーブリッジ。
2台のマシンが右車線を走行しつつ、テールトゥノーズの状態でバトルをしていた。
赤いCTR…ライジング・サン。対するはグレーのスカイラインニスモ。
ドライバーは言うまでもないだろう。エニシと雪風だ。
CTRは後方から食らいつかれたことによりアクセルを全開に踏み込むが、ストレート区間でまくし立てられるのが現実だった。
レインボーブリッジのストレート区間で、2台はあっという間に300キロ近くまで加速していく。
だがそれでも、スカイラインニスモはCTRの後方でスリップストリームの状態を維持し続ける。
「(離れない…一体何だコイツは!?)」
赤いCTRのドライバー…エニシはバックミラーを見て動揺していた。
後方から突如として迫ってきたスカイラインニスモ。
コーナーで自分よりも速いスピードで食らいついてきた以上、追い抜けばいいのにどこまでも後方に食らいついている。
スリップストリーム状態を維持し続けるスカイラインニスモは、明らかに後方からプレッシャーを与えていた。
「(こいつは…まるで、ヒュウガのような…!)」
「……」
レインボーブリッジを駆け抜ける間、エニシはスカイラインニスモからヒュウガに似たものを感じ取っていた。
前を走れば逃げられ、後ろに付かれればプレッシャーを与えられる。
雪風の走りは、それに似たようなものがあった。
ストレート区間で270キロ近い速度を出しても、どこまでも食らいついてくる。
それどころか、底が知れない。
300キロ近い速度を出してレインボーブリッジを渡り切ろうとしていたところでも、スカイラインニスモはずっと食いついて離れなかった。
目の前には台場出口付近の左直角コーナーが迫ろうとしていた。
「っ…!」
レインボーブリッジを渡り切った先にある左直角コーナー。
それに備えるかのように、エニシは速めにブレーキを踏み込む。
速度は270キロから210キロへ。
だが次の瞬間。
ブレーキングポイントを見計らったのか、スカイラインニスモはエニシのマシンを左サイドから追い抜いた。
「(な…ノーブレーキ!?曲がるのか…!?)」
CTRの減速を見越していたかのように追い抜いたスカイラインニスモ。
ノーブレーキのまま突っ込んでいく…ように思われた次の瞬間。
「なっ…!?」
ブレーキランプ点灯…雪風がブレーキを強く踏み込んだかと思いきや、スカイラインニスモはとっさに方向を変える。
タックインしつつも、後輪を僅かに滑らせつつコーナーを駆け抜ける。
足回りが強靭なのか、それともエニシの度胸が足りないのか…どうなのかはわからない。
ただ言えるのは、250キロ以上と言うスピードでありながら…一瞬でも操作をミスればスピンやクラッシュ待ったなしだというのに、雪風はアクセルを踏み続けることをやめていない。
「(スピードを乗せたまま…っと)」
かなりのスピードでドリフトするスカイラインニスモを、まるで愛犬を手懐けるかのようにドリフトさせる雪風。
ハンドルを軽く右に曲げてカウンターを当てつつもある程度アクセルを踏み込み、スカイラインニスモを走らせる。
強靭な足回りとチューニングが施されている愛車を信用しているからこその行動だ。
そのまま雪風は軽く右にハンドルを曲げてカウンターを当てる。
滑り続けるタイヤをわずかな舵角で調整することで、滑らかな加速を実現させる。
ターンインからコーナーが滑り出したかと思いきや、コーナー出口でわずかにハンドルを右に切った上ですぐにアクセルオン。
そのままアクセルオンの状態でタイヤのグリップを回復させたかと思いきや、280キロ以上のスピードを維持してストレート区間を再び走り抜けていく。
台場出口先のロングストレート区間へと飛び込んだスカイラインニスモは、あっという間に独壇場を築き上げていた。
だが同時に、それを数十メートル離れたところでRZ34が追従する形で追いかけていく。
当然、そのマシンにもエニシのCTRは置いてけぼりを食らうのだった。
「ほう…序盤はスロースタートだったあいつ、大した腕だぜ。確かあのドライバーの名前…雪風、だったか。またペース上げてきやがった」
「グフフ…まあカメラでしっかり写してるから安心しな」
一方で、スカイラインニスモを追いかけていたカメラカーのRZ34は確実に追従していた。
スカイラインニスモのドライビングに対し、ドライバーであるヒュウガはどこか期待するかのようにRZ34のペースを上げていく。
「(あっという間に消えた…嘘だろ)」
台場出口横を駆け抜けたCTRだったが、もうこの時点で完全にスカイラインニスモとRZ34には置き去りの状態だった。
◇ ◇ ◇
―――スカイラインニスモがCTRを振り切った頃。
「す、すごいダス…ここまでの走り屋がいたとは!!」
「これは…なんて走りなの?時雨も確かにすごいけど、あのドライバーは…時雨が気にかけるのもわかる。とんでもないドライバーだわ!」
「そうでしょ?あれが、時雨を破ったドライバーの実力なの…」
「雪風君は時雨君を追い詰めただけはある…私でも実際2人が対決するとなったら、どうなるか想像がつかない」
「ユキは…本当に速いんです。下手をしたら、僕も食われてしまう…」
雪風の実力を見て、ラージもアビゲイルも驚くしかなかった。
あのCTRはかなりチューニングされているのにも関わらず、それを全くもって敵にしていないかのようにオーバーテイク。
一瞬の隙を縫うかのようなドライビングに関して、2人はただただ驚くしかなかった。
すると、アビゲイルは静かにこう口を開く。
「…時雨みたいな純粋に走りばかりを追い求めることもそうだけど、それと同時に…『走りを楽しむ』ことも必要かもしれない。あのドライバーは…ドラテク以上の、凄まじい何かを感じる。私が考えていた帝王学も、まだまだ詰めが甘かったようね」
「アビゲイルさん…」
アビゲイルは自分自身の未熟さを吐くかのようにそう言った。
だが同時にこうも口にする。
「ただ…時雨があのドライバーに絶対に勝てない、とは思えない。時雨には…培ってきた速さがある。あなたがニューヨークで戦ってきたことは、決して無駄じゃないはずよ。その経験を生かせば…」
「…そうですね。そうかもしれない」
アビゲイルは時雨に対して、「ニューヨークで培ってきたものがあるだろう」と言うかのようにそう言った。
そして時雨はそれに対して、真剣にそう答えるしかなかった。
すると、その緊迫した空気を打ち破るかのようにラージのスマホが鳴る。
「…はい、もしもし?え、呼び出し?わ、わかったダス…」
「ラージ爺さん?」
「大会本部からの呼び出しダス…一旦戻って来いと」
「そう…わかったわ。じゃあ3人とも、また後で来るわ」
「う、うん」
「ありがとう、2人とも」
そう言ってラージとアビゲイルをこの場を去っていくのだった。
再び時雨と奈美子、ソウイチがブースに残されたところで、2人は再びマシン整備に勤しむ。
◇ ◇ ◇
―――有明JCT手前にて。
『少しタイヤが滑ったようだが、大丈夫か?』
「スタート直後はタイヤが冷えてましたからね。温まったから問題ありませんよ」
雪風は藤原大輔から通信を受けていた。
先程タイヤを滑らせていたようだが、一体何があったのか…と気になったようだ。
だが実際、雪風にとっては後輪タイヤを滑らせることでタイヤを無理やり温めるというやり方だったようだ。
その証拠に、台場出口から有明JCTまでの区間において雪風は全くタイヤを滑らせていなかった。
有明JCTが迫る中で、雪風は楽しみながらもアクセルを踏み続ける。
『ハハッ、タイヤを温めるためにわざとドリフトしたのか。まあドリフトは適度に使い分けろよ』
「はいっ、頑張ります!」
雪風の言葉に対し、藤原は多少驚きつつも「無理はするな」と言うかのようにそう口にするのだった。
―――ブロック決勝中盤、観戦会場。
「さあさあ、Aブロック決勝戦も盛り上がってきたわ~!先頭を走るGRスープラを追いかけて、後方のスカイラインニスモが猛追しているわ~!ドライバーの雪風選手は、要注目のドライバーよ~ん!!」
観戦会場の司会進行であるオリビアも、やはり雪風の実力に注目しているようだった。
◇ ◇ ◇
―――同じ頃、特設ブース近辺整備場。
時雨のBNR32を前にして、例の3人が作戦会議を立てていた。
「次のレース…作戦としてはどうする?」
「そうですね…スタート直後から2周目までは中間を維持するのはどうでしょうか?」
「中盤まではある程度の順位を維持するって形にするの?」
「うん。それで、タイヤを維持して最後に追い詰めるんだ」
「追い上げ型のドライビングか…いいだろう、わかった。ではターボブーストは…」
今回のための整備スタッフがマシンを整える中で、ソウイチと奈美子、時雨は次のレースの作戦会議をしていた。
マシンセッティングやコース状況の把握が必要である以上、彼らは綿密に作戦を立てるようにしていたのである。
すると、そこに1人の男がやってきていることに時雨と奈美子が気が付いた。
「…あ!」
特設ブースにやってきた男は…ブロンドヘアーの赤いスーツを着た、主催企業の片割れの元社長、リチャードだった。
やはり彼も時雨たちの元を訪れていたのである。
「やあ、相変わらずのドライブモンスターっぷりだったね。ここまでのレース…君に飲み込まれてしまいそうだったよ」
「リチャードさん!」
「前のレースはコーヒーを飲みながらゆっくり見物とさせてもらったよ…まあ、司会進行としての仕事がとても多かったけど、やっと落ち着いたってところかな」
今回のイベントに関して、ケミックもオクティも社員総出でイベントの運営に取り掛かっている。
それは、ケミックの社長でありイベント管理者であるリチャードであっても同様だった。
それでいて、リチャードもやっと休憩が撮れたという状態である。
「そうだったんですね…じゃあ、一段落したという事でしょうか?」
「うん。ちょっと気になったから君たちの様子を見に来たのさ。マシンセッティングと整備の方は順調かい?」
「あ、はい…次のレースには間に合います」
「そうか、それなら何よりだよ」
時雨たちの様子を見て安心するリチャード。
すると、ソウイチが話しかけてきた。
「失礼…確かあなたは、ケミック&モレック元社長の…?」
「ああ、どうも。時雨君のチームの監督さんですよね?いかにも、私はリチャード・サマー…以後お見知りおきを」
「初めまして。時雨君のチームの監督…高島ソウイチです。Dr.ソウイチと呼んでください」
「よろしく、Mr.ソウイチ…時雨君のマシン準備は順調ですか?」
「ええ、次のレースに向けて整えている途中です」
「噂は聞いてますよ。なんでもR35GT-Rのエンジンを載せたそうじゃないですか…すごい車ですね」
「いや…これくらいしないと、決勝に行けないという事でしょう」
どこか躊躇しながらも受け答えするソウイチ。
リチャード自身、時雨のマシンの事については既にスペックを知っていたようだ。
伊達にR35GT-Rのエンジンを搭載したBNR32。
そんな怪物マシンを乗りこなす仲間がいたら、気にするのは当然と言えば当然だろう。
すると、時雨がふと気になったことを口にする。
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「あの、リチャードさん」
「ん、ああ…ごめん時雨。何だい?」
時雨の事に気が付いたリチャードが振り向く。
「ここにきたからには、僕はお願いしたいことがあるんです」
「お願い?」
「僕たちに注目するくらいなら、どうしても注目してほしい人がいるんです」
「…それは?」
「今、決勝戦で走っている雪風選手…ユキです」
時雨としては、1人でも多くの仲間に雪風のドライビングを見てもらいたかった。
それは時雨にとっても十分すぎる本望だった。
「…ユキカゼ?あの追い上げてきた選手かな?君のライバルと言う話は聞いているけど…」
「はい…僕がニューヨークに行く大きな切欠になったんです」
すると、時雨がそう言った時だった。
「4位の雪風選手、追い上げが止まらな―――い!!次のドライバーに照準を定めて追い抜こうとしているわ―――!!」
オリビアの実況の声が響こうとしていた。
◇ ◇ ◇
―――辰巳JCT付近。
湾岸線から深川線へと分岐する地点において、青色のNA2型NSXが走り抜けていく。
一方、後方の湾岸線区間ではスカイラインニスモが320キロ以上のスピードで快走している。
「ほう、やっぱりあの藤原の息子がプロデュースしただけのマシンはあるな。直線での伸びもかなりいい。これなら2位くらいまでは軽く食らいつけそうだぜ」
「グフフ…藤原コンツェルンと面識があるのか?」
「ああ。あそこの会長とは旧知の仲だよ」
「グフフ…なるほどな。だからこの大会に出てくれたのか」
「まあ、あの人から頼まれちゃ断れねえよ…おっと、スカイラインニスモが次のマシンに接敵するぞ」
追跡するRZ34の中で、ヒュウガとケヴィンが互いに話していた。
ヒュウガが今回の大会に来てくれたのは、やはり藤原コンツェルン側からの要請もあったようだ。
だがそんな中で、有明出口付近を通過したスカイラインニスモが徐々にNSXへと迫っていく。
「藤原さん、後ろからRZ34が来ているんですけど…」
「ああ、あれはカメラカーだ。君を撮影してるんだろう…気にしなくていいよ」
「は、はい」
一方の雪風は、後方からRZ34がずっと追いかけ続けていることが気になっていた。
レースに参加しているという訳ではなさそうだが、一体何者なのか?
そう思った以上質問するのは当然だったが、藤原自身はカメラカーの事をわかっていた。
すると雪風がそう返事したところで、藤原はあることを続ける。
「それより…もう間もなく4位のマシンに接敵する。車種はNA2のNSXだ」
「わかりました。普通に追い抜けますか?」
「ああ。君のペースならいけるはずだ。ヘアピンで狙ってみろ」
「はいっ、追い抜きますね」
藤原からの指令を素直に受け取った雪風だが、アクセルはずっと踏み続けている。
先行するNA2は深川線に入っていた。
『と、トオルさん!!雪風ちゃんが来てるッス!!!』
「ちいっ、来やがったか…!」
青のNA2のドライバー…正体は「神風のトオル」だった。
やはり彼が言った通り、雪風との直接対決となったのだ。
だがこのブロック決勝レースはとにかくレベルの高いレース。
そんな彼でも4位を走るのが精いっぱいだった。
速度は300キロは出ているが、それでも後方からスカイラインニスモが迫ってくる。
どうやら本気を出し始めたらしい。
この先のストレート区間では確実に食らいつかれてしまう。
だったら目の前のコーナーで少しでも差を広げて時間稼ぎをするまで…
そうトオルは思っていた。
「(あの時雨がずっと追いかけている『艦娘』…雪風。おめーさんの実力を見せてくれよ!!)」
トオル自身、雪風が「艦娘」であることは奈美子や時雨から聞いていた。
そしてそうである以上、彼女の「才能」については気になってもいた。
パワーで食らいつかれているのならば、間違えなくこちらに武がない。
何せこの先深川線向島線エリアは2車線の超ロングストレートが目立つ。
もしパワーで負ける以上、彼女の実力を見届けるまで…そうトオルは覚悟を決めるのだった。
辰巳PA真横の1車線に狭まる地帯にNA2は飛び込んでいく。
「っ…!」
300キロ以上で1車線地帯に飛び込むのは流石のトオルでも恐怖を感じる。
早めにアクセルを抜いてブレーキを踏み込み、前方に見える左ヘアピンコーナーに備える。
速度は300キロ台から240キロ台まで下がった。
「(見えた!)」
前方でアクセルを抜いて速度を落としたNA2。
既にNA2は1車線地帯に飛び込んでいるが、スカイラインニスモも確実に迫っている。
NA2は前方のヘアピンコーナーに向けてブレーキランプを点灯させ、マシンを減速させていた。
だが、ここで雪風は思わぬ奇策に出る。
「(ここでちょっと、ギャンブル!)」
前方のNA2が迫る中で、雪風はアクセルを踏み続けてブレーキを我慢。
1車線地帯に飛び込むすれすれまでブレーキングを我慢し、前方のNA2に猛追する。
そのまま辰巳PAとの境界…1車線地帯に飛び込んだところで、雪風はアクセルオフからフルブレーキング。
車間距離があっという間に車1台分近くまで迫る。
前方に迫るNA2。ブレーキングしているとはいえ、その車体はみるみる近づいていく。
だが、次の瞬間だった。
「(…道が見えた!)」
NA2が辰巳PA出口…つまり2車線地帯に飛び込んだ直後、雪風にはNA2の右サイドと壁の間に隙間が広がっていく算段だった。
そこに飛び込むようにすれば…追い抜ける。
そう確信した雪風は、ブレーキをリリース。
そのまま滑走状態のままNA2と壁の間のわずかな隙間へと飛び込んでいく。
「っ…!?」
NA2が1車線地帯から2車線に抜け出した瞬間だった。
左車線を走っていたNA2の右サイドを、スカイラインニスモがほとんど減速せずに飛び込んできたかと思いきやそのまま右車線からオーバーテイク。
ヘアピンコーナーへの突っ込み勝負で、例のマシンが強引にオーバーテイクを施してきたのだ。
それも車線縮小で減速した隙を活用して、車線拡張となった瞬間にぶち抜かれた。
1車線地帯から2車線地帯に拡張する部分ではNA2と壁の間には隙間があったが、その隙間はしいて車1台の横幅ギリギリ分。
だがそこを、何の躊躇もなくスカイラインニスモは飛び込んだのだ。
それも、完璧に狙いをすましていたかのように。
いくら熟練者であるトオルであっても、僅かな隙間を狙ったかのようなドライビングには驚くしかなかった。
だがそれだけではない。
「(っ…!?)」
NA2が減速していく中で、スカイラインニスモも減速していく。
だが右を向いていたスカイラインニスモは、ブレーキングで速度を落としたかと思いきや突如として左を向いたのだ。
そしてそのまま左車線を走っていたNA2に覆いかぶさるかのように、タイヤを滑らせてドリフトしていく。
そうなった以上、トオルもフルブレーキングからハンドルを左に曲げてNA2をドリフトさせる。
時雨の十八番、フェイントモーション。
最初に右から一気に左に曲げるというハンドリングをした以上、できないことではない。
だがそれでも200キロオーバーでドリフトをする姿は圧巻で、NA2を引き離していく。
パラレルドリフト…かと思いきや、トオルのNA2のドリフトスピードはスカイラインニスモに比べると遅く、ヘアピンコーナーを200キロ以上と言う爆速で駆け抜けるスカイラインニスモとの車間距離は開いていく一方だった。
「(速い…!?)」
右車線からNA2を覆いかぶせるかのようなドリフト。
アウトインアウトのラインを描き、スカイラインニスモはコーナー出口が迫るにつれてアウトへと膨れていく。
そんな中でも雪風はアクセルをある程度踏み続けて振り切らんとする。
「(さあ…振り切るよ!)」
コーナー出口でハンドルを軽く右に曲げてカウンターを当てた後、ある程度踏み込んでいたアクセルを全開にしてフルスロットル。
ヘアピンをまるで鉄砲水のように立ち上がったスカイラインニスモは、そのまま超ロングストレートに向けて加速し続けていく。
あっという間に速度は310キロ以上に達し、NA2との車間距離は広がりつつある。
そしてそれを数十メートル後方で追いかけるかのように、カメラカーのRZ34もNA2を追い抜いて走り去っていく。
「(何だよあの突っ込み…どうなってるんだよアイツは!?)」
トオルとしてはただただ愕然とするしかなかった。
今回のために用意したNA2…"Storm Wind"だが、これでもターボ化を施して600馬力以上はある。
だがそんなマシンが、例のスカイラインニスモには手も足も出ない。
一応トオルもコーナー脱出と同時にアクセル全開、270キロ以上までは加速している。
加速も最高速も、あまりに格が違ったのだ。嵐以上の猛吹雪…そう言えばいいのかもしれない。
そしてそうである以上、トオルはもう実力を認めるしかないのだった。
「すまんヒロシ、やられちまった…」
『と、トオルさん…』
弱音を吐くようにトオルは無線に対してそう言った。
完全に「神風連合」のプライドもへし折られてしまった。
まさかここまで格が違いすぎるとは思わなかった。
あの藤原コンツェルンのバックアップを受けているとはいえ、まさかここまでの速さなんて思いもよらなかったのである。
振り切られてしまった以上認めざるを得ない一方で、トオルはあることにも気が付いていた。
「(しかしあれが、『艦娘』ということか…俺達とは、根本的に何もかもが違うってわけだ!ハハハ!!こりゃあ、時雨も危ういかもな…!!)」
時雨の成長を見ていた彼は、雪風も艦娘であることを思い出していた。
時雨も雪風も、主戦場こそ異なるものの「艦娘」であり、「走り屋」である。
時雨は何度も何度も壁を乗り越え、そして時にチートのような力を得て走り抜けてきた。
そしてそれは、雪風もそうだった。
そうである以上…自分のような、ある程度の実力者とは違う何かがあるし、時雨ももしかしたら勝てない可能性がある…トオルはそう雪風の実力を認めるように思うのだった。
前方のスカイラインニスモは、ストレート区間で完全に点と化すのだった。
「ふうー」
『…少し疲れてきてるか?』
一方、深川線のロングストレートを300キロ以上のスピードで走り抜けるスカイラインニスモ。
NA2を振り切った雪風は安堵の表情を浮かべつつため息をついた。
博打に挑んだとはいえ、まさかここまでうまくいくとは思ってもいなかったのである。
それを気にしたかのように藤原が無線で通信を入れる。
すると、それに対して雪風はこう答える。
「いや、そうじゃなくて…さっきの車、追い抜けるか不安だったので」
『ハハハ、ちょっと君を鼓舞した影響が出たかな。まあ次の車はまだしばらく先だ…このロングストレートではアクセルを調整して走るんだ。下手なべた踏みじゃマシンコンディションを下げるだけだぞ』
「わかりました、気を付けますね」
深川線のロングストレート区間において、雪風は300キロ台を維持するようにアクセルを僅かに踏み込んで調整。
そのまま長い長いロングストレート区間を一定の速度で走り続けていく。
◇ ◇ ◇
―――スカイラインニスモとNA2がヘアピンを抜けた頃。
「驚いた…まるでヒュウガを彷彿とさせるような、力強くも美しいドライビングだ。こんなにも速いとは…」
雪風の怒涛の追い上げに対しては、リチャードもただただ驚嘆するしかなかった。
「あの混沌としたニューヨークを制する人なんて、ヒュウガ以外にいないと思ってたけど…どうやら僕もまだまだだったみたいね。時雨もそうだけど、もしかしたら彼女にも…」
「そうですね…僕も、ユキなら僕以上の速さでニューヨークを制することが出来ると思っているんです。それくらい、ユキはすごいんです」
「時雨…」
時雨は雪風の活躍の事を自分の事のように持ち上げていた。それはやはり、時雨自身も雪風自身も互いに認めるライバルであり宿敵同士であるからだろうか。
だが一方で、真剣な表情をしていた時雨を気にしたかのようにリチャードはこう口にする。
「あのドライビングを目の当たりにした以上、君がそういうのも無理はない話だ。ただ…君は少し、気負いすぎているような気がするね。もっとリラックスしてもいいよ」
「そうだな…やはり私が言った通りだ。少しは落ち着いてくれ」
「は、はい…」
あまりに真剣な顔をしていた時雨に対して、リチャードは「もっと落ち着け」と言わんかのようにそう言うのだった。
それはやはり、ソウイチも言っていた事であった。
すると、リチャードは奈美子に顔を向けてこう口にする。
「そういえば、ヒュウガには会えたのかい?」
「いえ、それが…なんでもスタッフとして潜り込んでいると聞いているんですが…」
「スタッフ?…多分、あの映像に映っている、Aブロック決勝を撮影しているRZ34のカメラカーを運転しているんじゃないか?」
「え?」
そう言って再び中継モニターを見ると、雪風のスカイラインニスモを撮影するようにRZ34のフェアレディZが追走しているのが見えた。
先程のカメラの映像も、このRZ34からのものだったようだ。
マシンの外観からして時雨のRZ34とは異なるものであるのは間違えないだろう。
「あのRZ34は…」
「うーん…運転席が暗くてよくわからないんですよね。本当にお父さんなのかどうかも…」
奈美子はRZ34の事が気になったが、一方でそのマシンのドライバーについてはよくわからなかった。
すると、リチャードが言葉を続ける。
「まあ、そうだね…ただ、スタッフとしては潜り込んでいる話は聞いている。それに走りだけでいうなら、僕の記憶にあるヒュウガそのままだったよ」
「そうなんですね…」
リチャード自身、ヒュウガがこの大会に潜り込んでいる話は聞いていた。
スタッフの1人として仕事しているそうだが、おそらくあのRZ34に乗り込んでいるのだろう…と彼は直感しているのだった。
だが一方で彼はこう言った。
「まあでも、あのレースが終わったらカメラカーもこの近くにやってくるはずだ。落ち着いて確認するといいよ」
「あ、そうですね…確か浜崎橋がゴールだったので」
「ああ…それじゃあ僕は総合決勝の準備のため、会場の方に戻らせてもらう。君たちの決勝レースが、上手くいくことを期待しているよ。Good Luck!」
リチャードは時雨たちが上手くいくことを願うようにそう口にするのだった。
「あ…ありがとうございます!」
「僕たち、頑張りますね」
奈美子と時雨の言葉に対し、軽く微笑んだリチャードはその場を後にするのだった。
―――数分後。
サマンサはスマホでライブ映像を見てレースを確認していた。
「(速度を落としていてもわかる…うまいとかの次元じゃない。カスタムRZ34とそのドライバー、ヒュウガの『凄さ』…自分の気持ちに正しく生き、人生で『走り』を何よりも優先させた、パパとどことなく似ている人…)」
カメラカーの映像を見る限り、間違えなくドライバーはあのヒュウガだろう。
そう思えたのは、やはり父親とヒュウガの走りが何となく似ていると思ったからだろうか。
だが一方であるマシンにも目星をつけていた。
「(ただ、それ以上に気にしてしまう。あのスカイラインニスモ…最後尾からの追い上げだけど、一体何者なの…?)」
先のレースにおいて、マシントラブルを装って大逆転勝利をしただけでなく、急勾配の坂を用いて車高の低いマシンを飛び越えてオーバーテイクをしたスカイラインニスモ。
そのドライバーの事に関しても、サマンサは気になっていた。
確か名前は「ユキカゼ」と言っただろうか。
大会全体で見ても台風の目となっている彼女は、一体何者なのか…?
そうサマンサは思うのだった。
◇ ◇ ◇
―――雪風が次のドライバーを追いかけている頃。
時雨の顔見知りであるそこそこ年のある男1人とその娘、そしてレーシング教官とその教え子の合計4人が、時雨と奈美子がマシン整備をしている特設ブースへと向かっていた。
「チェイスさん、本当にこのあたりにいるんですか?」
「ああ。確かにこの周辺のブースにいると聞いているが…」
「あっ、あれじゃない?おーい!」
そう言ってやってきたのは、時雨の顔見知りである例の組織…「リブラ」の幹部2人と、レーシング学園の講師、そして優等生。
彼らはブースの外でドリンクを飲んで休憩していた時雨たちに気が付き、声を掛けに行く。
すると、声に気が付いた2人はその方向を向いて互いに驚くのだった。
「あれは…」
「ええっ!?レベッカにチェイスさん、それにユカちゃん先生とシャーロット…!?」
時雨と奈美子が驚きつつも、例の4人が話しかけに行く。
「ヤッホ~時雨。久しぶり~」
「久しいな、時雨。そして奈美子も」
「お久しぶり、2人とも!今日の大会でもファイトしてるみたいね」
「相変わらずハイセンスな走りをしているそうじゃない。活躍で来ていて何よりだわ」
時雨と奈美子にとっては珍しい顔ぶれだった。
リブラのドライバーであるレベッカとチェイスはともかく、なぜユカとシャーロットがいるのか?
「お、お久しぶりです…」
「皆さん、どうしてここに?それに、どうして皆さんが一緒に…?というか、ライナがレース中ですよね?」
そう、今回のAブロック決勝には「"峠の新世代"ライナ」が出場しているのだ。
そのことを疑問に思った奈美子だが、それをわかっていたかのようにユカが言葉を続ける。
「ああ、ライナは今チヨコ先生に任せてもらってるから大丈夫」
「あ、そうなんですね?じゃあ、皆さんどうして?」
ユカ曰く、ライナは既に別の教員に任せてもらっているようだ。
するとレベッカが口を動かす。
「今日はさ~、2人に色々とお話があってきたんだ~」
「お話、ですか?」
「ああ。その前に…どうして俺達が、彼女たちと一緒にいるかを先に話す必要があるな」
「はあ…」
そう言ってチェイスは事情を話し始めた。
彼曰く、時雨とチェイスがバトルをした直後に、箱根レーシング学園の教官であるユカから「スカウト」を受けたらしい。
最初こそ怪しんだが、妹であるレベッカが「箱根レーシング学園」の教官の名刺を持っていたこともあり、直接対面したという事から信用することにしたという。
その後合同式典の数週間後、箱根レーシング学園を訪問。
レーシング学園においてユカから言われた内容…それこそが、「レベッカに自分の過去を振り返りながら、特別授業の教官をしてもらいたい」という内容だった。
レベッカ自身、「私たちみたいな無法者に折角差し伸べられた手を断るのもどうかと思う」と言われたこともあり、2人はそれに合意。
その後はレーシング学園の教官たちの協力もあって特別授業を実施したという。
ちなみに特別授業の内容としては、「自分の経験談を教訓にする」「どうして自分がリブラに入ったのか」「プロを目指す上での教訓」「プロでも通用するドライビングテクニック」などが盛り込まれていたらしい。
なお特別授業の間までのアパートを宛がわれただけでなく、生活面でのサポートをしたそうだ。
「じゃあレベッカ、この大会までに箱根レーシング学園で授業をしたって言うの!?」
「えへへ~まあね~」
「特別授業の評判は良かったと見ているが…実際どうだった、シャーロット君?君から見てレベッカの授業はどうだったかね」
「ええ。実際授業を受けたけど、すごくためになる授業だったわ。純粋なドライビングテクニックの伝授もそうだけど、レベッカさんがなんでスリルばっかりを求めるようになったのか、その教訓を私たちに教えてくれた…」
「そうだったんですね」
レベッカが行った特別授業は、現役学生であるシャーロットとしても評判のいいものだった。
時雨がその言葉に納得したところで、ユカが一息ついて再び口を動かす。
「それでね、ここからが重要な話なんだけど…」
「重要な話?」
そう言って、ユカはにっこりとしたかと思いきやこう口にした。
「実はね、今回の件を受けて『リブラ』のドライバーたちをある程度レーシング学園の教官として採用する見込みなの」
「えーっ!?リブラのドライバーがレーシング学園の講師に!?」
「そうなのよ。その足掛かりとしてレベッカさんの特別授業というファイトから初めて、生徒の皆からの評判を聞いて…結果としてだけどまずは非常勤と言う形で、レベッカさんからレーシング学園の講師として働くことになったの」
「す、すごいわ!まさかレベッカがレーシング学園の講師になるなんて!」
そう、箱根レーシング学園ではレベッカをはじめとしたリブラのドライバーたちを複数名採用する予定だという。
やはりリブラのドライバーたちは元プロレーサー。
それなりの実力と教えられるものがあると判断したのだろう。
すると時雨が何かに気が付いたかのようにこう口にする。
「じゃあ、ユカちゃん先生がレベッカさんをスカウトしたのは…そういう経験と向き合ってもらうためだった、ということでしょうか?」
「まあ結果的にそういうことになるね。あと、レベッカさんは英語も流暢だから…きっと英会話とかもできるかな、って思ったの。うちの学校、意外とそういう講師がいなくてね」
「そうだったんですね…」
「それにさ、レベッカさんと時雨ちゃんの走りを見て、色々な過去もありそうだったし…ぜひその経験を踏まえて授業してもらいたかったの。リブラの事情に関してはある程度わかっていたから、もしかしたら私たちが助け舟になれるかも…ってね」
ユカとしてはやはりリブラの事情を知っていたからこそ、ドラテクのある彼女たちに「後進育成」を依頼するのだった。
既にドライバーとしてのピークは過ぎている者が多いが、同時にそれだからこそ何かを伝えることが出来るのではないかともユカは考えていたのだった。
それこそ、ユカ自身が「後進を育てたい」という思いから現役を引退したように。
「それで『リブラのドライバーたちを採用する』にあたって、実際にレベッカさんには特別授業をしてもらったの。シャーロットも言ったけど、生徒や教官たちの中でもかなり評判でね…是非今後、ステップを踏んだ上で教員として常勤採用したいって」
「えーっ!?じゃあ、レベッカはこれから箱根に住むことに!?」
「そうなんだよね~、いや~こんなことになるなんて思わなかったわ~。今はまだホテルだけど、今後は学園の教官寮に住ませてもらうつもりだわ~」
なんとレベッカは授業の評判からして、レーシング学園で正式に教鞭をふるうことになったという。
勿論、非常勤からのスタートではあるものの…今後は常勤採用を目指すことになっているらしい。
すると、チェイスが口を挟むようにこう口にする。
「驚くのはまだ早い、それだけじゃないんだ」
「というと?」
「これは学園の理事長から聞いた話だが、レーシング学園はやはり入学希望者が多いらしくてな…近畿地方にも学校を設立する予定なんだ」
「近畿地方、ですか?」
「ええ。場所としては…六甲になるのかな。それで、どうしても教官が欲しいから…リブラのドライバーをいくらか採用する予定なの!」
チェイスとユカ曰く、レーシング学園は入学希望者が増えていることから六甲に新しく学園を設立する予定だという。
そしてその学園においても、今後試験を踏まえてという形にはなるもののリブラのドライバーをいくらか採用するらしい。
「新しくできる学園でも、レベッカ以外のリブラのドライバーが教官に?」
「ええ。勿論、採用試験である程度選抜するつもりだけどね」
「それに時雨、六甲だけじゃないんだ」
「…と言うと?」
「現在はまだ計画段階だが、六甲のそれも軌道に乗り次第、アメリカにも進出する予定だと聞いている」
「えっ!?レーシング学園がアメリカに!?」
「そうなの。アメリカにも、留学も容易にするための施設を設立する予定なの。現地の学生募集はまだ未定だけど…勿論そこでも、リブラのドライバーさんたちをある程度雇用する見込みよ」
何とレーシング学園は今後アメリカにも分校を設立する予定らしい。
「それだけじゃない。お前たちが導いてくれた『貴公子ヨハン』『粘着レーサーロベルト』によって、自動車連盟においてレーサーのセカンドキャリアに関して議題になったらしい。そちら側からもセカンドキャリア支援などの救済策が取り決められたそうだ」
「そうなんですね…」
「すごいわ…!リブラのドライバーたちのセカンドキャリアに関しても、色々と決まろうとしているのね!」
リブラのドライバーたちの様子を目の当たりにしたプロレーサーたち…ヨハンやロベルト、そしてカール。
彼らが自動車連盟に掛け合ったことにより、現役を離れてしまったドライバーたちのセカンドキャリア支援がより事細やかに行われるという。
すると、チェイスがそう言ったところでレベッカが軽く微笑みながら口を動かす。
「いや〜、あたしもリブラにいた時とか~別の人に色々ドラテクとか教える事はあったけれど〜、まさか異国の地で〜レーサー候補生たちに授業をする事になるとは思わなかったわ〜。でも〜、それも自分の過去と向き合えていい経験だったし〜、まさかあたしやパパを必要としている場所が見つかるなんてね~。おまけに私以外のリブラのドライバーたちも~、いくらか救われそうだわ〜。リブラのドライバーたちに助け舟を出してくれたのは~、みんな時雨のおかげよね〜」
「僕、ですか?」
「そうよ〜?だってぇ〜、ユカちゃん先生たちを導いたのは間違えなく時雨だったに違いないわ〜。結果的に~時雨があたしやパパを含めたリブラの救世主になるとは思わなかったわよ〜。これなら〜、サマンサのダディも幾分か救われてくれるはずよね〜。本当に~時雨には頭が上がらないわ~」
レベッカとしては過去にも他のドライバーに色々教えることはあっても、まさか異国の地でそれをやるとは思わなかったし、同時にそれで自分の存在意義を見出すことが出来るとは思っていなかった。
おまけに自分以外のリブラのドライバーたちもある程度は救われそうであることに関しては、のほほんとした口調ながらも時雨に対してとても感謝しているようだった。
すると、それに同調するかのようにチェイスも口を動かす。
「俺自身、これは時雨のおかげであると思っている…彼女たちと巡り合わせてくれてありがとう。これでオスカーやリブラのドライバーたちも、少しは救われるはずだ。お前と出会わなければ、こんな出会いはきっとなかっただろう。感謝する」
「え…いや、そんな…」
「またまた謙遜しちゃってぇ~、時雨はもっと胸を張っていいんだよぉ~?もしユカちゃん先生たちを導かなければ…あたしが過去の経験としっかりと向き合うことはなかっただろうし!」
「本当だよ!あたしたちがニューヨークのあの場所に行けたのは、きっと時雨ちゃんがファイトしてくれたからだと思うの!アタシからもお礼を言わせて!本当にありがとう!」
「フフッ…私としても、こんなにもハイセンスなドライバーに教えてもらう機会があるとは思わなかったわ。私もまだまだ未熟だって気が付いたし、しくじらないように気を付けないといけないと思えたの。それ以外にも収穫があるし…これもやっぱり、あなたのおかげだとしか言いようがないわ。心から感謝するわ」
レベッカを含めた4人から言われた感謝の言葉。
それに関しては時雨は複雑な感情を抱いていた。
何せ自分はずっと自分らしく走り続けていただけ。
その副作用としてリブラのドライバーたちは救われたのだから、自分は大したことはしていないつもりだった。
それはやはり、あまり人からお礼を言われることに慣れていない時雨だからの感性と言うべきか。
だがそんな中で、時雨はあることを思い出したかのようにこう口にする。
「は、はあ…あの、僕はお礼なんてどうでもいいんです。ただ、その代わりに…」
「ん?」
そう一息置いたところで、時雨は真剣な顔で…4人にしてほしいことを明確に口にする。
推奨BGM:TO BEAT OR NOT TO BEAT(from SUPER EUROBEAT 2024)
「僕の最大のライバルである、雪風の走りを…見てくれませんか?」
「へ…ユキ、カゼ?」
「今走っている、雪風選手か…それが、お前の最大のライバルだというのか?」
「はい…」
レベッカが茫然とするも、チェイスはそのドライバーの事を知っているようだった。
すると、時雨はこうも口を動かす。
「ユキは…以前僕とサーキットで走り合って、僕は負けているんです」
真剣な眼差しで時雨がそう言うと、例の4人は皆動揺していた。
「何だと…」
「何ですって?『峠の最速コンビ』の時雨ちゃんが負けた!?」
「ニューヨークの覇者である時雨が、バトルで負けた…?それ、マジぃ~?」
「どういうことなの…何があったというの!?」
動揺する4人。
何せニューヨークの覇者であり、峠の最速コンビの片割れである時雨から、「負けた」と言う言葉が出るとは思ってもいなかったのである。
一体彼女に何があったというのか?
4人が動揺する中で、時雨は言葉を続ける。
「…とにかく、ユキの走りを見てもらえますか?見てもらえれば、何で僕が負けたのか…何で僕が気にかけているのかが、わかると思います」
「…わかった、良いだろう」
「ブースの中にレースモニターがあるはずです。それを見ましょう」
「いいの?」
「知り合いだから、大丈夫かと」
「そうか…じゃあ失礼するぞ」
そう言って整備場の中に入っていく4人。
中にはセッティング中のBNR32と、中継用モニターが設置されていた。
中継用モニターをDr.ソウイチが見ていたが、時雨たちに気が付いてそちらに顔を向ける。
「時雨君、またお客さんか?」
「ええ、まあ…紹介はあとでします。あの、レースモニターだけ見せてもらえますか?ユキの走りを見せてあげたいんです」
「わかった。雪風君は順当に追い上げている…見てくれ」
そう言ってソウイチはその場を離れ、モニターを皆が見た。
「3位のBNR32と4位のスカイラインニスモ、熾烈な攻防戦だ―――!!」
スピーカーからは実況による大きな声が響いていた。
◇ ◇ ◇
―――福住出口~箱崎JCT付近。
隅田川を渡る直前、2台のマシンが競り合っている。
左車線を走るは黒の派手にカスタムされたBNR32、そして右車線を走るはステルスグレーのスカイラインニスモ。
2台が並走状態のまま走り抜けていく。
「(くそっ…!なんだよこいつ…!いきなり横に食いついてきたと思いきや、離れねえ…!!)」
『落ち着きなさい!今ここで相手の走りに乗ったらビターな結果しかないわ!!』
「(お、落ち着けったって…何だよコイツ!これまで走ってきた奴と比べ物にならねえ…!!)」
ライナにとっては自分がこれまでに戦ったことのないレベルの、言ってしまえば異次元のレベルの相手。
あの時雨をも超える実力を持つ、とんでもないドライバーと戦っている。
その圧力に屈しているのか、ライナのBNR32の走りはいつの間にかチョロチョロと小物感が出てしまっている。
その様子を見られていたのか、特設ブースからは教官からの檄が飛ぶ。
「(さーて、この先2つのヘアピンがあるけど…どうしようかな~)」
一方、雪風はじわじわと追い詰める中でパッシングポイントを考えていた。
1つは箱崎JCT…小松川線との分岐直後にある左ヘアピン。
もう1つはこの先、江戸橋JCTにおける都心環状線外回りとの合流直前にある左ヘアピン。
どちらも全体の道幅自体は同じだ。
だからどちらで抜いても構わない。
だが、箱崎JCTのヘアピンは、抜けた後に再び右直角コーナーがある。
一方で江戸橋JCTのヘアピンは、抜けた後に京橋方面までのロングストレートがある。
どちらで抜くか…雪風が考える中で、2台は箱崎PA入口に接近する。
「(まあ、追いつけたってことはマシンパワーではこっちが有利なんだよね。極限までプレッシャーを与えて、ストレートで振り切るかな)」
300キロ以上のスピードで走る中で、雪風は決心した。
追い抜くなら2つ目のヘアピン。
そこまではプレッシャーを与え続けよう…そう決めた以上、雪風は並走状態を維持することを決めた。
サイドバイサイドを維持し続ける2台。
余裕がある雪風に対し、ライナは徐々に追い詰められていく。
「(腕でも速さでも格の違いを見せつけるくらいの覚悟じゃないと)」
今自分に注目しているドライバーは藤原大輔や赤沢だけじゃない。
あの時雨もこのレースを見ている可能性が高いのだ。
そうである以上、オーディエンスも盛り上げつつも同時に格の違いを見せつけるようなドライビングをしたい。
そう思っているうちに、2台は小松川線との分岐が近づいていた。
「(っ…こうなったらせめてコーナーじゃインは譲るかよ!)」
一方のライナ。
今までは深川線のロングストレートという事もあってスピード勝負で食いついてきた。
だがこの先はテクニカルセクション。
2つのヘアピンと直角コーナー。
道幅も広くなったり狭くなったりを繰り返す複雑なセクション。
こうなったらコーナーで差をつけるしかない。
そう思ったところで、目の前に小松川線との分岐、そしてその先にある左ヘアピンが迫る。
300キロ以上のスピードで2台が走り抜けようとしていた。
「……」
「くっ……!」
ワンテンポ早めにブレーキを踏み込んだ雪風。
一方で、オーバースピード気味に突っ込むべくブレーキを遅らせたライナ。
互いにフルブレーキングを分岐手前からかけて、300キロ台から200キロまで減速する。
どちらもレーシング仕様のブレーキを装着しているだけにできる芸当だ。
だが、突っ込み気味に飛び込んだ様子を見て雪風はふとあることに気が付いた。
「(おっと、そんな調子じゃ曲がらないよ~)」
ライナのマシンがオーバースピード気味に突っ込んだと認識したのだ。
そんなんじゃアウトに膨れる。
そうのん指揮した次の瞬間には、雪風はブレーキングからハンドルを左に曲げて後輪をわずかに滑らせる。
ドリフト状態ではあるがそのアングルは必要最小限にとどめ、速度もグリップ走行とほぼ変わらない速度…150キロ程度だった。
そしてそのままスカイラインニスモは派手なアングルを付けてドリフトするBNR32の真後ろを走行していく。
「(よ、よし…インを抑えた…っ!?)」
ハンドルを左に140度以上曲げていたライナ。
だがオーバースピード気味に突っ込んだライナのBNR32は、タイヤが悲鳴を上げたのか後輪が滑り出した。
FR化してあることもあるのか、オーバースピードに突っ込んだことで一気に左に向いた。
「(や、ヤバ…!!)」
左側を走っていたBNR32が、アウトへ膨れていく。
左に曲げていたハンドルを右に切り返してカウンターを当てる。
速度は150キロまで落ちて、ドリフトアングルは90度近くついている。
今回のような比較的長距離なレースでは派手なドリフトの多用は逆効果であるのはライナでもわかっていた。
だが雪風からのプレッシャーに押されたのか、突っ込みすぎてドリフト状態になってしまった。
BNR32が左端から右端へと膨れる中で、ライナはハンドルを右に曲げ続けてカウンターを当て、何とか接触しない程度にドリフトさせていく。
「(くそっ、インを…!?)」
この調子ではあのスカイラインニスモに内側を突かれてしまうだろう。
そう思ったライナだが、予想とは逆にスカイラインニスモはBNR32の後方にぴったりとくいついてグリップ走行でヘアピンコーナーを立ち上がる。
カウンターを当てつつもタイヤのグリップを回復させ、ヘアピンを脱出するBNR32。
それに追従する形でスカイラインニスモもコーナーを立ち上がる。
「(抜かない?どういうつもりだ…!?)」
2台がヘアピンを抜けて3車線地帯に突入する中で、ライナはふと疑問に思っていた。
隙を見せてしまった以上いくらでも追い抜けるはずだ。
だがあのスカイラインニスモは追い抜かなかった。
これは一体どういうことか?
「(まあ、追い抜きのポイントを早めても…絵にならないよね)」
一方の雪風。
追い抜きのポイントは2つ目のヘアピンと決めていた以上、下手に追い抜かしても自分としては「絵にならない」と思ってしまった。
抜こうと思えばもうどこでも抜けてしまうのだ。
それならば、無理せず決めた場所で追い抜けばいいのではないか。
そう雪風は決心した。
アクセルを踏み込み、ドリフト状態からなんとか回復したBNR32のテールに食らいつかせる。
「(やべえ…後ろのマシンに意識を取られてる。このまんまじゃ精神が持たねえ!)」
一方のライナは必死だった。
先のヘアピンで追い抜かれてもおかしくなかったのに、なぜか後方に付かれた。
だがここにきてその意味はある程度わかったように思える。
後方のマシンは追い抜くポイントを決めていて、それまでに自分にプレッシャーを与え続けて余裕を持ったオーバーテイクをしようとしているのだ。
それが分かった以上、何が何でも逃げなくてはならない。
弧のプレッシャーを与えられる射程圏から逃げなくては、追い抜かれるのは必至だろう。
3車線地帯の一番左の車線をテールトゥノーズで走り抜ける2台。
そんな2台の目の前に、右直角コーナーが迫る。
「(少し油断だけさせて…っと)」
2台の前に右直角コーナーが迫る中で、雪風はアクセルをリリースしてブレーキを軽く踏み込む。
だがそれは本来のブレーキポイントより手前で、本来仕掛けるべきポイントよりも明らかに速いもの。
一体何をしようとしているのか?
「(引いた?…今がチャンスだ!)」
一方、バックミラーから少し離れたのを見たライナは目の前のコーナーに思いっきり飛び込んでいく。
速度が230キロを示したところで、ブレーキを軽く踏んで一番左の車線から右車線へと突っ込む。
ここでは攻め込んでこないだろう…そう思った以上、突っ込み気味でコーナーに飛び込む必要がある。
コーナーに飛び込んだところで、思いっきりハンドルを右に曲げる。
ハンドルを右に曲げたBNR32は、コーナーのインを狙うかのように突っ込んでいく。
だが、次の瞬間だった。
「(…曲がり切らない!?)」
突っ込んだのは良いが、オーバースピード気味だったのかラインが膨れていくBNR32。
本来は一番右の車線を走るべきだが、それが僅かに膨れて右車線と真ん中車線で辛うじてグリップしている状態だった。
だがそれでもオーバースピードだったのか、外側へと膨れていく。
明らかに後方に意識を集中しすぎたことが原因だったのかもしれない。
するとその時だった。
「(もらい!)」
「(な…に!?)」
走行ラインが膨れることを予見したかのように、右車線をスカイラインニスモが走り抜けていく。
アウトに膨れるBNR32を横目に、僅かにタイヤを滑らせながらもそのまま右車線を走行し、BNR32をあっさりとオーバーテイク。
軽くドリフト状態ではあるが、多少タイヤを滑らせて走り抜けるBNR32に比べると明らかに速いものだった。
おまけにそんな状態であるにもかかわらず、殆どカウンターを当てていない。
僅かながらのドリフトであるも、ゼロカウンターを決めている。
そんな状態である以上、追い抜かれるのは必死だったのかもしれない。
「(やら、れた…!!)」
アンダーステアが出ていたところをあまりにもあっさりと狙われてしまった。
アンダーステアが出てしまったのはやはり後方のマシンの存在に誘惑されたのもそうだが、プレッシャーを与えられて負けてしまったこともあるのだろう。
そう認識したところで、スカイラインニスモはコーナーを脱出してそのまま江戸橋JCTへ。
BNR32も左車線まで膨れるもののタイヤのグリップを回復させ、そのまま江戸橋JCT方面へとスカイラインニスモを追いかける。
「(くそぉ…追い抜くなら、もうこの先のヘアピンしかねえ…!)」
江戸橋JCT、都心環状線外回り方面。
上り坂を上り切ったところに左ヘアピンコーナー。
ライナはパワー差で負けていることを自覚していた以上、ここで何とか追い抜いてあとは銀座のテクニカルセクションまでブロックするしかないと思っていた。
先行するスカイラインニスモは、上り坂を駆け上がってヘアピンコーナーへと突っ込んでいく。
一方のBNR32も分岐を抜け、スカイラインニスモを車間距離1台開いたところで追いかけていく。
スカイラインニスモは2つ目の左ヘアピンコーナーへと飛び込もうとしているが、ライナはここである異変に気が付いた。
「(ヘアピンなのに減速しない?…っ!?)」
スカイラインニスモが減速しないでコーナーに飛び込むと認識した直後、ブレーキランプが点灯した。
スカイラインニスモは左ではなく右を向いていた。
かと思いきや、次の瞬間。
「―――!!」
フルブレーキングから、右から左へと回頭するスカイラインニスモ。
速度が250キロから180キロまで減速しつつも、そのままの勢いでヘアピンコーナーをドリフトしていく。
ライナのドリフトよりも多少抑えめのアングルでありながらも、同時に素早くコーナーを駆け抜けるスカイラインニスモ。
そんな走りを見た以上、ライナはあるデジャヴを感じる。
「(ありえねえ…時雨よりもさらに自然にフェイントモーションを決めやがった…!)」
時雨の十八番、フェイントモーション。
それを、あのスカイラインニスモのドライバーはあっさりとやってのけた。
それも、時雨よりも素早いスピードで…下手をしたらスピンしかねない速度で。
同じスピードで突っ込めない。
そう本能的に感じ取ってしまった。
だがそれでも追いつけないことは許されない以上…スカイラインニスモを追いかけるかのようにライナもアクセルオフ、ブレーキングへ。
速度は240キロから150キロまで下がる。
そんな中で、スピードが下がったところでハンドルを一気に左に切ってコーナーへ飛び込む。
だが一方で、ヘアピンコーナーを立ち上がろうとしていたスカイラインニスモは既にコーナーを脱出してストレート区間へと突入しようとしていた。
そしてストレート区間に飛び込んだところで…まるで幻影を生み出すかのように、スカイラインニスモは加速していく。
150キロ台から一気に250キロ台…これまで全くもって本気を出していなかったが、ようやく牙を剥いたかのように。
「(離される…!!)」
そのパワーを誇示するかのように、京橋方面のストレートを疾駆していくスカイラインニスモ。
一方のBNR32もコーナーを立ち上がってアクセル全開で踏み込んでいくが、加速は明らかにスカイラインニスモの方が上。
パワー勝負も得意のはずのBNR32が…バハムートが、全くもって追いつけない。
異様な程の加速でスカイラインニスモが加速していく中、ライナもアクセルを全開に踏み続ける。
車間距離が車2台、3台、4台とみるみるうちに開いていく。
その差は縮まることなんてなく引き離される一方。
そしてあっという間にスカイラインニスモのテールライトは橋脚付近の先へと消えた。
普通ならビビってブレーキを踏み込むところを、ほんの一瞬のブレーキフラッシュだけでスカイラインニスモはコーナーの先へと消えてしまったのだった。
「うそ、だろ…追いつけない!」
あまりにもあっさりと振り切られてしまった以上、ライナはもう諦めることしかできなかった。
◇ ◇ ◇
―――ライナが追い抜かれた頃、特設ブース。
「なんてファイトなの…あのライナが、こうもあっさりと引導を渡されるなんて!!」
「ライナは見たところ明らかに全力を出している…ハイセンスそのものよ。なのに、それを全くもって敵にしていないくらい…あのスカイラインニスモは、とてつもなく速い!」
「これは…納得したわ〜。時雨が執着するのも~無理ないわぁ~」
「なんてことだ。学園首席で、今後プロ入り確実と言われているライナ君がこうも…これは、いくら俺達が挑んでも無理だ」
観戦していた4人は各々感想を述べた。
そのどれもが、雪風の実力に対して驚嘆するものばかり。
やはり彼ら彼女たちにとっても雪風の実力は想定以上と言っても過言ではないだろう。
「わかってもらえたなら、それでいいです」
「時雨…」
時雨はどこか怖気づくも、同時に「彼女の実力をわかってもらえてよかった」とも思っていた。
それはやはり、最大のライバルであり最大の相棒であるという事からだろうか。
すると、その言葉を聞いた4人はどこか時雨を鼓舞するかのようにこう口々にする。
「ま、まあ~もしこの後時雨があのドライバーとバトルすることになっても~あのドライバーがレースに勝つってわけでも~時雨が負けるってわけでも~、決まったわけじゃあないし~?まだ時雨には~ブロック決勝があるし~…?あたしたちもさ~応援してるからさ~…」
レベッカはどこか空回り気味にそう口にした。
実力を見た以上唖然とするしかないが、それでも時雨が負けると決まったわけではない以上そう言うしかなかった。
「そ、そうね…!時雨ちゃん、怖気づいちゃダメよ!ファイトすることを恐れないで!」
「2人の言う通りだ…最初から恐れていてばかりではダメだ。バトルの結果は最後まで分からない。お前の活躍を期待させてもらう」
「時雨、頑張りなさいよ!箱根のドライバーのプライドにかけても、負けてしまった私の分まで…頼むわ!」
4人はどこか躊躇しながらも互いにそう言うのだった。
すると、その言葉を聞いた時雨は軽く微笑んでこう言った。
「皆さん…ありがとう。ただちょっと、もう少しマシンセッティングを見直してこようと思います」
「ん?そうか…わかった。俺達はしばらくこのブースの近くにいる。何か手伝えることがあったら声を掛けろ」
チェイスの言葉に対して軽く頷いた時雨は、そのままその場を後にするのだった。
―――数分後。
ユカとシャーロットは既に移動し、特設ブースには奈美子やソウイチの他にレベッカとチェイスが残った。
だが彼らもまた別の場所の様子を見に行くために、移動しようとしていた。
すると、例の「ナミコを裏切った女性」…サマンサ・ウォードが現れようとしていた。
特設ブースを出て、チェイスとレベッカが移動しようとしていた時だった。
2人とサマンサがばったりと再会する。
「おお、サマンサ…来たか」
「ヤッホ~サマンサ。2人に会いに来たんだよね〜?」
「…ええ」
2人と会う前、サマンサは前もってチェイスに電話しておいた。
レベッカの1件もあったために、彼に聞けば奈美子や時雨がどこにいるかが分かると思っていたからだ。
すると、チェイスはこう口にする。
「時雨と奈美子ならブースの中にいる。マシンチェックをしているから、少し気を付けてくれ」
「…気を付けるって、何に?」
マシンのチェック中だという中で、何に気を付ければいいのか?
そう思ったところでレベッカがこう口にする。
「少しぃ~カリカリしてるのよ~。それにサマンサが来たってなれば、ねぇ~」
「……」
レベッカ曰く、時雨はカリカリしているらしい。
やはりブロック決勝が近づいているからだろうか。
すると、チェイスはこう口にする。
「俺たちはまた総合決勝に向けて準備をしに行かなくてはならない。何かあったら連絡しろ」
「…OK」
「んじゃあとはよろしく~」
そう言ってチェイスとレベッカはその場を後にするのだった。
サマンサは特設ブースの中に入っていく。
特設ブースの中には…今開催されているレースが映るレースモニターを見つめる奈美子とDr.ソウイチの姿があった。
「あっ…!サマンサ!」
「…久しぶり」
「ええ、久しぶり。来てくれると思っていたわ」
奈美子はサマンサが来たことを少しだけ驚くも、チェイスから「サマンサが来る」と聞いていた以上…衝撃的というわけではなかった。
「…例のドライバーかね?」
「ええ、彼女がサマンサです…サマンサ、この人はソウイチ先生。今大会では時雨のレース監督よ」
「レース監督…そう。I am Samantha Ward. Nice to meet you.」
「うむ…I heard about you from Mr.Chase。私は高島ソウイチ…I am Souichi Takashima. Please call me Dr.Souichi」
「…よろしく」
ソウイチに対して軽く挨拶を済ませるサマンサ。
すると、奈美子に対してサマンサは目線を向けたかと思いきや、こう口にする。
「ナミコ…最低限あなたにこれだけ伝えておくわ。あのレースのカメラカー、あなたのパパ…ヒュウガが運転してる」
「ええっ?」
「前のレースでガヤルドの車を運転しているのを見た。それで後を追ったけど…そのままあのRZ34に乗り込んだの」
「目の前で見ていたの?」
「ええ…間違えなく、ヒュウガだったわ」
「そっか…ありがとう」
「遂に君のお父さんがいることがわかったか…よかったな、奈美子君」
「先生、ありがとうございます」
サマンサによって遂に奈美子の父親…ヒュウガがRZ34に乗り込んでいることが明確になった。
するとサマンサはあることを気にしたかのようにこう口にする。
「そういえば、時雨は?」
「整備場でマシン整備の方をしているようだ。少しは自分でやりたいって言ってな…」
「…そう。すぐ隣よね?」
「うん…会いに行くの?」
「……ええ」
「わかったわ…付いてきて」
サマンサはどこか覚悟を決めたかのように口にしたところで、奈美子はサマンサを連れて整備場へ移動する。
そこには、禍々しい紫色を纏ったBNR32と、そのマシンを目の前からしゃがみながらも真剣に見つめる時雨の姿があった。
どうやら車高やキャンバー角に関して気になっているようだ。
「時雨」
「…奈美子」
奈美子が話しかけたところで時雨は奈美子の方を向く。
「お客さんが…」
「……」
奈美子の言葉に何かを察したのか、時雨は再びBNR32の方を向いた。
どうやら自分が嫌な何かが近づいていることを察したようだ。
時雨がBNR32の方を向いたところで、サマンサが奈美子の陰からひょっこりと現れる。
「…サマンサ」
「わかってる…ここから先は私だけでいいわ」
「…よろしくね」
小声でそう話したところで、奈美子はその場を離れた。
車を見つめる時雨、そして遠巻きにそれを見るサマンサ。
すると、サマンサは時雨の近くに寄ってしゃがんだところで声を掛ける。
「あの、時雨……」
「……」
サマンサが時雨に対して話しかけようとするも、彼女はぷいと首をそっぽに向けた。
ニューヨークでの因縁が続いているのか、やはり彼女は怒っているようだ。
その様子を見たサマンサは、言葉に迷いつつもこう口にする。
「時雨…あなたのことはパパ…チェイスやビッグママたちから全部聞いたわ。あなたと奈美子の関係、なぜニューヨークに来たのか、どのようにしてニューヨークでのマシンを手に入れたのか…」
「……」
「でもその中で奈美子は…あなたのLifesaver…その、『イノチノオンジン』って話も…」
「……」
時雨はその言葉に一瞬だけはっとするも、すぐにその感情は消えた。
顔を向けていないのでサマンサは時雨の表情が分からないが、それでもサマンサは独り言のように言葉を続ける。
「ナミコが、走りのことを教えてくれて…ドライバーの世界に引き込んでくれたって話だって、プロレーサーデビューも近いって話だって…怒るわよね…あなたにとっての命の恩人を裏切るようなことを、したら…」
「……」
サマンサは時雨がなぜ怒ったのか、時雨と奈美子の関係はどのようなものなのか…それらは全てサマンサは理解していた。
その中でも「奈美子は時雨の命の恩人」であることを聞いていた以上、やはりサマンサは申し訳ないと思っていたし…殴られても無理のない話であると思っていた。
そしてそんな中で、まとめるかのようにサマンサはこう口を開く。
「ナミコを裏切るようなことになってしまったのは、本当に、申し訳なく思っているわ…だから……」
そう言った時だった。
時雨は大きなため息をついたかと思いきや、立ち上がってこう口にする。
「時雨…」
「…何を君は勘違いしているんだい?」
「え?」
まだ時雨はサマンサの方向を向いていない。
だがそれでも、時雨はある決心を固めたかのようにこう口にする。
「僕は君に対して怒っているんじゃなくって、君がいつまでも『過ぎてしまったこと』に対してぐちぐちと悩んでいることに怒っているんだ」
「……」
そういった所で時雨はサマンサの方を向く。
その表情は人を見下したり、邪推したり、怪訝にしているというよりかは…真剣そのものだった。
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「確かに僕は君を許すつもりはない。でも、It's no use crying over spilt milk…『覆水盆に返らず』。起こってしまったことは、もうどうでもいいとも思っているんだ」
「時雨…?」
「だからもし、君が本当に申し訳ないと思っているなら…君の誠意を行動でみせる代わりに、1つだけ僕の願いを聞いてほしい」
「…それは?」
時雨としては起こってしまったことはもうどうでもいいと考えていた。
そしてそう考えていた以上、あることを伝える。
「僕の最大のライバルであるユキの…雪風の活躍を見てくれ」
「ユキ…カゼ…?」
自分なんかよりも、雪風に注目してほしい。
それが時雨の要望だった。
「中継モニターで注目されているはずだ。僕と見よう」
「え、ええ…?」
そう言って時雨は右手でサマンサの右手を引っ張って整備場を出る。
例の特設ブースに、時雨とサマンサは戻ってきた。
「時雨君、マシン整備の方はどうかね」
「大体終わりました。セッティングも大きな変更はしなくていいと思います。だから、例のバトルの方を…」
「うむ、わかった。雪風君は今、2位のスカイラインニスモ…つまり同じマシンを追いかけているところだ」
「なるほど…」
すると、状況を聞いたところで時雨はサマンサの方をじろりと見た。
「(まさか、例のアクロバット走行をしたスカイラインニスモ?それが、時雨の最大のライバルだと言うの?)」
びくりとしたサマンサだが、何かを理解したかのようでもあった。
「さあ、サマンサ。これがニューヨークにまで修行するきっかけとなった、僕の追いかけていたドライバーだ…ユキの走りを、その目に焼き付けてほしい」
「………」
サマンサは時雨の圧に対し、軽く頷くことしかできないのだった。
時雨が異様に注目する雪風とは何者なのか?
そうサマンサが気にする中で、4人はレースモニターを各々見つめる。
◇ ◇ ◇
―――レインボーブリッジ中間地点。
雪風のスカイラインニスモは300キロ以上のスピードでレインボーブリッジを疾走していた。
夜闇を切り裂くスカイラインニスモの車内で、雪風はヘッドセットに対してこう呟く。
「藤原さん、1つ聞いていいですか?」
『何だ?』
「2位の車のペースって、1位のそれより速いですか?」
「…ああ、速い。あのドライバーのペースなら1位に食いつけるだろう。間違えなくスパートをかけてくるだろうからな。だが今のキミのペースはそれよりも速いぞ。2位は君と同じマシンだが…チューニングもドラテクもこちらの方が格上だ」
2位の車は自分の車と同じマシンであると聞いた雪風。
それを聞いた途端、あることを閃いたかのようにこう口にする。
「藤原さん…あたし、やりたいことがあるんです」
『やりたいこと?』
「それは…」
そう言って雪風は作戦を伝える。
その言葉を聞いた藤原は、軽くニッ…としたかと思いきや、こう伝える。
『いいだろう…君がそう言うならやってみろ。だが、そう言った以上必ず勝てよ!』
「はいっ、グレと戦うためにも勝ちに行きます!!」
そう言った雪風は、前方のマシン…スカイラインニスモを追い抜くべく再びペースを上げる。
―――数十秒後。
台場出口先の右ロング高速コーナーにおいて、雪風のマシンは2位のマシンに食らいつこうとしていた。
そのマシンは…雪風と同じ黒色のスカイラインニスモだった。
「(来たか…!例のスカイラインニスモ!まさか私と同じ車との直接対決になるとは…!)」
外国からやってきた金髪の、王室のような格式ばった服を着た貴公子…文字通りの王子は「ついにやってきたか」と覚悟を決めたかのようにそう思った。
―――「"最速プリンス"オリバー」。
北欧の小さな王国「スピリツニア王国」の次期国王であり、現王子。
頭も顔もよく、「イケメン王子」と持て囃されている。
ある目的のためにこの国を訪れており、本大会への出場はその一環となっているらしい。
実はそのイケメンな外観に対して、性格はかなり野心的。
時として王室傘下の企業などを用いて土地を支配しようとするなど裏ではかなり陰湿であるが、基本的にスキャンダルは出てこない。
雪風と同じスカイラインニスモに搭乗しているが、こちらはスカイラインニスモリミテッド。
またカラーも同じくステルスグレーなのだが、雪風のマシンと異なりボンネットに2本の白色ツートンが入っている。
「(1回戦での活躍を聞いて、このドライバーは必ず私とぶつかり合うと思っていた…)」
オリバー自身、雪風と言うドライバーには興味があった。
自分とは異なるグレードとはいえ、同じマシンに乗っているドライバー。
おまけにスロースタートからのテールトゥウィン、しかも1位の車を上から飛び越えてオーバーテイクと言う離れ業を披露したドライバー。
聞けば女性と言う話ではないか。
そんな実力者とのバトルは、オリバー自身が興味があった。
後方に迫るスカイラインニスモ…雪風のマシンを見て、オリバーは決心をする。
「(いいだろう…私と勝負だ!)」
「(この先の左ヘアピンで…追い抜く!)」
有明JCT近くの右高速ロングコーナーを、右車線で駆け抜ける2台。
雪風のマシンは最高速も伸び、あっさりとオリバーのマシンの後方に付けた。
後方からスリップストリームの恩恵を受けつつも、雪風のマシンはピッタリと離れなかった。
速度は互いに300キロ以上は出ている。
「(食いつかれた…だが、そう簡単には抜かせまい!)」
高速コーナー区間を抜け、目の前には有明JCT。
ジャンクションを抜けた先にあるのは2車線の左ヘアピンコーナー。
どこから抜かれてもおかしくないと思っていたオリバーは、ここは堪え時だと考えていた。
後方から食らいつかれても、コーナーで決して速いとは限らない。
いくらパワーがあっても、コーナーワークでこちらが速ければいいのだ。
そう思った以上、少しは余裕があった。
目の前に左ヘアピンコーナーが迫る中で、アクセルオフ。
そこからブレーキを踏み込んでコーナーに備える。
「っ…!」
分岐通過直前にブレーキを踏み込み、コーナーに備えるオリバー。
速度は300キロ以上のスピードから200キロ以下まで一気に下がった。
一方の後方のマシンも僅かに早いタイミングでブレーキを踏み込んだらしく、後方にわずかに車間距離が広がったように思える。
どうやらこちらの方がコーナーは攻め込めているのかもしれない。
ブレーキを踏み込んで、ハンドルを左に曲げてアクセルオン。
180キロ以上のスピードで後輪を滑らせ、右にカウンターを当てる。
右車線から左車線、そして左端のゼブラゾーンギリギリをドリフトで走り抜けていくオリバーのマシン。
後方のマシンを引き離さんとアクセルをある程度踏み続けてドリフト状態を維持させる。
「(…使えるものを、使う!)」
一方の雪風。
分岐直前でハンドルを軽く右に曲げたかと思いきや、そこからフルブレーキング。
ブレーキロック寸前まで踏み込むことでストンと速度が落ちたのと同時に、ハンドルを一気に左に切り返してアクセルを踏み込む。
右から左へと一気に回頭する雪風のマシン。
ゼブラゾーンギリギリを走っているオリバーのマシン目掛けて突進する。
白煙を僅かに上げつつもスカイラインニスモはインコースに突っ込み、ゼブラゾーン上のわずかな隙間を狙ってフェイントモーションドリフトで駆け抜けていく。
「(なっ…!)」
雪風のマシンは突っ込み気味にコーナーに飛び込み、そこからフェイントモーションでオリバーのマシンの内側に潜り込んだ。
ゼブラゾーンに飛び込んだ雪風のマシンは、オリバーのマシンよりもドリフトアングル抑えめに、素早くコーナーを立ち上がっていく。
そしてコーナー出口に迫ろうとしている中で、オーバースピード気味に突っ込んだ雪風のマシンはオリバーのマシンより内側に潜り込み、ドリフトしながらあっさりとオリバーのマシンの前に出た。
ゼブラゾーンに突っ込んでオリバーのマシンを強引にオーバーテイクするというやり方はなかなかのものだが、同時に彼女の実力の高さをも示す結果となった。
「(バカな…!フェイントモーション1つで、こんなにも!?)」
あまりにもあっさりとした幕切れ。
勝負にもならないレベルで、あっさりと追い抜かれてしまった。
そんな速さには、流石のオリバーも衝撃を受けるしかなかった。
フェイントモーションドリフトでゼブラゾーンを駆け抜け、そのまま左車線から右車線まで膨らみながらもアクセル全開…コーナー突入時の勢いを維持しながら立ち上がっていく雪風のマシン。
それを見た以上、オリバーも必死になってアクセルを踏み込むしかなかった。
だが、コーナー脱出の際にオリバーはある絶望的な事実に気が付く。
「(くそっ…これでは、追いつけない!)」
目の前に広がるは湾岸線。
ここから辰巳PAの先までは超ロングストレートが続く。
ここで向こうの方がスピードに乗っている以上、振り切られる可能性は高い。
何が何でも振り切られまいとオリバーもアクセルを踏み込む。
速度は180キロ台から240キロまで加速する。
前方の雪風のマシンもほぼ同じスピードまで加速していた。
だが、台場線から湾岸線に合流したところでオリバーはあることに気が付く。
「(追い抜いたのに、ペースを落とした?どういうつもりだ?)」
コーナー脱出時のスピードが速かった雪風のマシンに、追いついているのだ。
徐々に車間距離が狭まっているのをオリバーは気が付いていた。
湾岸線合流から、そのまま3車線地帯を走る2台。
だがオリバーのマシンの加速がいいのかトップスピードが高いのか、ストレート区間でオリバーのマシンが雪風のマシンとサイドバイサイドになったかと思いきやそのまま追い抜いた。
オリバー自身一体何が起きているのかはわからなかったが、オリバーは逃げるつもりでアクセルを全開に踏み込む。
「(あたしはあたし自身の実力を見せた。あとはあの車のドライバーの実力を知りたい…)」
雪風自身、同じマシンに乗っているドライバーの実力に関しては興味があった。
コーナーでは軽くぶち抜けたが、もし相手が油断していたら…と思ったのだ。
そう思った以上、雪風は純粋に相手のドライビングとマシンスペックに興味があった。
スピードを試したいと思った雪風は、パーシャルスロットルだったアクセルを踏み込む。
再び加速力を得た雪風のマシンは、オリバーのマシンに追従する形でぴったりと後方に食らいつく。
スリップストリーム、テールトゥノーズと言う形で2台は湾岸線を北上する。
そしてそんな中で、オリバーはある事実に気が付いた。
「(まさか…私は試されているのか?)」
相手のドライバーは間違えなく自分を試しているのだ。
自分はかなりの実力者と評されることもあるだけに、そんな相手の実力を試すなど…とんでもない器のドライバーだ。
文字通り喧嘩を売られているも同然だった。
そう気が付いた以上、冷静だったオリバーは徐々に苛立ちを露にしていく。
「(私と同じマシンに乗っているドライバー風情が…面白い!その勝負、受けて立つ!!)」
「(さあ、逃げてみて!)」
後方にびったりとくっついた雪風のスカイラインニスモに対し、オリバーは喧嘩を買うかのようにアクセルを踏み続ける。
2台はそのまま300キロオーバーの世界へと駆け抜けていき、辰巳JCTへと走り抜けていく。
◇ ◇ ◇
―――並走状態の中、特設ブース。
4人が中継映像を見ている。
2台のスカイラインニスモがテールトゥノーズの状態を維持しながら辰巳JCTを通過して深川線へと飛び込んでいた。
「2台のスカイラインニスモが互いに互角の走りをしている…やはり雪風君でも少し苦戦するようになってきたか」
「ユキ…」
「雪風ちゃん、勝てるのかな…」
「(いや、違う…あれは……)」
ソウイチ、時雨、奈美子はやはり雪風のバトルの様子を不安がっていた。
ここまでサクサクと追い抜いてきた雪風だが、ここにきて同じマシンとのバトルとなって実力が拮抗状態となってしまった。
追い抜こうにも追いつけず、離されようとしても離されない。
離されないことは問題ないが、追い抜けないことが3人にとってもどこか歯がゆさを感じるようになっていた。
だが一方で黙り込んでいたサマンサは、あることを気にかけていた。
「(追いつかれた方は、完全に罠にはまってる…あれは、そんな走りだわ。まだまだ余裕が見える…腹の底が知れない走りだわ)」
サマンサは雪風の走りを戦略の1つであると気が付いていた。
わざと相手と付かず離れずの距離を維持して、プレッシャーを与え続ける戦法。
だがそれは下手をしたら自分のマシンコンディションにも影響が出かねない諸刃の剣。
そんなことをして勝てるのか?ゴールは近づいているというのに、勝てるのか?
そう思ったサマンサだが、あることにも気が付いていた。
すると時雨が話しかける。
「ここまででどうだい?あれが、あの走りがユキなんだ」
「え、ええ…あなたが追いかけるのも、納得できたわ」
「そうだね…きっと君もわかったはずだ。ユキは、とんでもなく速いって」
「時雨は少し買いかぶっているところがあるって皆言ってるけど…そんなのはあの走りを見た以上、誤りじゃないと思うわ。やっぱり、雪風ちゃんは…時雨の最大のライバルね」
「最大の、ライバル……」
時雨と奈美子が断言した「最大のライバル」。
先程の走りを見ていたら、それもわからないことはない。
だが、それだけでは普通は論拠不足だろう。
それでもサマンサにはあるものが見えていた。
「(幻なんかじゃない。パパ…オスカー・ウォードの影がよぎった……)」
伝説のレーサー、オスカー・ウォード。今は亡きサマンサの父親である。
その走りが、雪風の走りから感じられた。
いや、正確に言えば雪風の走りがオスカーの走りに完全に重なったのだ。
もし、自分の父親が同じスカイラインニスモに乗っていたら…間違えなく雪風と同じ走りをするかもしれない。
自分の父親であり、同時にずっと影を追い続けている存在。
それが、雪風と完全にダブって見えた。
そしてそう見えてしまった以上、サマンサはある感情を抱くのだった。
「(勝てない…もしあんな走りをされたら…私はおろか、時雨も勝てないかもしれない!)」
勝てない。
時雨も自分も勝てない。
自分の父親と言う、永遠に超えることのできない存在が雪風と一体になっていたら…
自分は…サマンサ・ウォードは、勝てない。
あの人物はもうこの世界にいない以上…勝てる可能性は、0に等しいのかもしれない。
雪風の走りはサマンサに対しても「絶対に勝てない」という一種の絶望を植え付けるのには十分すぎるものだった。
―――2台がサイドバイサイドで延々とバトルを続ける最中。
推奨BGM:INFERNO HURRICANE(from SUPER EUROBEAT 2025)
「2台のスカイラインニスモが付かず離れずのデッドヒート!このバトルがどこまで続くのか〜!?」
実況のアナウンサーが叫ぶように実況する。
2台は辰巳から福住、箱崎方面へ走るが、木場出口付近からずっと並走状態だったのだ。
どこまでもどこまでも幽霊のように付きまとう雪風の走りは、露骨でありながらも不気味だった。
左車線に雪風のスカイラインニスモ、右車線にオリバーのスカイラインニスモ。
2台はどこまでも並走状態を続ける。
「(くっ、どこまでも…しつこいものだ!)」
オリバーは頭に血が上っているのを感じていた。
いくら自分が実力者とはいえ、ここまでの行動をされるとは思ってもいなかったのだ。
加速して逃げようにも減速して離れようにも、あのスカイラインニスモはどこまでもどこまでも付きまとってくる。
このままではマシンに確実にダメージが入りかねない。
苦悩し続ける状況が続いていた。
「(追いついた方は幾分か余裕があるが、先行してた方は余裕がないな…こりゃ、掌の上で踊らされてる感じだ。プリンス様はいつまでメンタルが持つかな)」
一方、後方で追いかけ続けるRZ34のドライバー…ヒュウガは、雪風の走りが「わざと」であることを認識していた。
何のために、と言えばやはりプリンスの精神を削るため…と言えばいいだろう。
だが同時に、あることも起こりえると思っていた。
「(だがこの調子じゃ、普通に大逃げで走っていた『アイツ』に追いつきそうだな…こりゃ、三つ巴になるか)」
◇ ◇ ◇
―――数分後。
1台のマシンが江戸橋JCT手前の右直角コーナーを駆け抜けていく。
黒のリバティーウォークエアロのGRスープラだ。
だがそんなドライバーは、マシンに対してある異常を感じていた。
「(チッ…少しペースを上げたことで水温と油温が上がってるし、おまけにタイヤもグリップがなくなってきた。大逃げの際にペースを上げすぎた…?)」
スタート直後にハイペースで大逃げに挑んだのは良かったが、予想以上にレース距離が長く…マシンスペックを見余ってしまったようだ。
タイヤの食いつきが悪くなってきているように感じる。
ここまでペースは維持してきたつもりだが、どうやらスタート直後の大逃げの際にタイヤを酷使してしまっていたようだ。
「(長距離レースとはいえ、ちゃんと考えないなんて私も腕がなまったものね!)」
少しだけ公開しつつも、ドライバーである女性…奈美子とそっくりのその女性はそう思った。
そう思ったところでGRスープラは分岐点を通過し、環状線外回り方面へ。
上り坂を上っていく中で、目の前の左ヘアピンコーナーに備えてブレーキを踏み込む。
だがそんな中で、バックミラーが白く光る。
それに気が付き一瞬だけ見ると、そこには…2台のスカイラインニスモが並走して走っているのが見えた。
「(遂に追いついてきたわね…時雨ちゃんの、最大のライバル!それに例の最速プリンスも…いいわ。お母さんが、あなたたちの実力を見極めてあげる!!)」
ヘアピンコーナーに向けて減速し、ハンドルを左に曲げてグリップ走行で通過するGRスープラ。
コーナー脱出後のストレートにおいては一番左の車線へと移動し、例のマシン2台を待ち構えるのだった。
それはやはり、ここまで追い上げてきた雪風の実力を知りたかったからか、それとも多少の慢心からかはわからないが。
「(くっ、なんてことだ…ここまでのデッドヒートになると思っていなかった。バトルが長引きすぎている!これではマシンコンディションが…!)」
一方、右車線を走るマシンのドライバー…オリバーはマシンコンディションの低下を危惧していた。
雪風に食らいつかれてから、引き離さんと全開走行。
だがそれでも引き離せず、振り切られずの一定の距離を維持し続けている。
全開走行をしていれば、当然マシンスペックの低下もあり得るだろう。
実際水温はもう100度を突破していたし、油温も117度まで上がっている。
いくらレースのためにチューニングを施していても、やはり首都高の長距離コース2周となると、マシンが悲鳴を上げだすのも無理はない話だった。
2台は並走しながらも江戸橋JCTの左へピンコーナーに飛び込んでいく。
「(どこまでもどこまでも並走してきて私のラインの邪魔をする…!消そうとしても、全くもって消えない…!インに飛び込もうとしても、並走状態…弄ばれているのか!?)」
雪風のマシンはずっと左車線にいた。
インコースに飛び込もうとしてもブロックされるし、引き離そうとしてもスピードを上げられて引き離せない。
これは一体どういうことなのかがわからなかった。
左ヘアピンコーナーを通過中でも2台はずっと並走状態。
インコースを取っている雪風は追い抜こうと思えば追い抜けるのだが、なぜかそれをしない。
並走状態という事もあってドリフトはせず、ずっとグリップ走行のままである。
速度は互いに150キロを維持していた。
「(追い抜いても追いついてくるし、ペースをわざと崩しても向こうも食らいついてくる…まるで猟犬に腕をかまれているも同然だ。どうすればいい…ん!?)」
そう、雪風はずっとオリバーのマシンにペースを合わせて崩していないのだ。
一言でいえば、ずっと並走状態で挑発をしているというべきか。
すると、オリバーはヘアピンを抜けようとした時にあることに気がついた。
「(まさか…1位のマシンか!?追いついた…!?)」
雪風に翻弄されていたこともあってすっかり忘れていたが、オリバーはいつの間にか1位のマシンに接近していることにようやく気が付いた。
ここまでバトルが長引くとは思わなかったが、どうやらもう片方のスカイラインニスモは…おそらくではあるが、1位のマシンに追いつくためにずっと自分を挑発して引っ張っていたのかもしれない。
「(ふふ、ふふふ…この私が弄ばれていたのは不覚だが、これは絶好の機会だ!ゴールも近い…この先の直線区間で1位を追い抜いてやる!!)」
「(さあ、最後の1台…このまま追い抜こう!)」
ここまで来たらもう例のスカイラインニスモには興味がない。
1位だけをぶち抜けばいい。
相手のペースに乗せられてしまっていたのは屈辱かもしれないが、それでも勝てばよいのだ。
そう思った以上、オリバーはストレート区間を全開で踏み込むことを決める。
2台が並走状態のまま左ヘアピンコーナーを立ち上がり、オリバーはアクセルを全開に踏み込む。
一方の雪風も負けじとアクセルを踏み込んでいた。
「(来たわね…さあ、行くわよ!)」
立ち上がりをあえて抑え、勝負がしたいと考えていたGRスープラのドライバー…美奈子。
2台のスカイラインニスモが並走状態で加速していく中で接近してくる。
それに応じて美奈子も、パーシャルスロットルからフルスロットルまで踏み込んでいく。
「(追いつける…!)」
雪風は加速する中でスープラが迫るのを見ていた。
だが、スープラは段々と速度が乗っていく。
そして環状線に合流した直後、下り坂区間の3車線区間へ。
3車線を左から美奈子のマシン、雪風のマシン、オリバーのマシンが並ぶ。
「っ…!」
「―――!」
「ぐうっ…!」
3ワイドで並ぶ3台が、互角の速度…250キロ以上のスピードで並んでいく。
3台は江戸橋JCTから京橋JCTに向けての下り坂区間で、その勾配を生かしてどんどんと加速し続ける。
あっという間に300キロ以上のスピードに到達したが、ここで目の前にあるものが迫る。
「(この先は京橋JCTで車線減少…だが、私は引くわけにはいかないのだ!!)」
そう、京橋JCTの分岐後、環状線は3車線から2車線になってしまうのだ。
誰か1台が脱落しなくてはいけないのだ。
本来は分岐を左に行く以上、右に行く必要がある。
だがそれでも互いのプライドがぶつかる以上、絶対に引くことは許されない。
3人はアクセルを踏み続ける。
「(…死ぬ気なの!?このままじゃ、2台が…!)」
3ワイドで走行し続ける3台だが、どのマシンも引くつもりはない。
誰かが引かなくてはいかない。
誰かが引かないと事故が起きかねない。
だが、美奈子がそう思った次の瞬間だった。
「―――っ!?」
右サイドに迫る影。
雪風のマシン…ステルスグレーのスカイラインニスモが美奈子の方に迫ってくる。
まさか、突っ込んでくるのか!?
そう思った次の瞬間だった。
スカイラインニスモはGRスープラにギリギリまで接近したところで一定の距離を保ちながら並走していく。
そして雪風のマシンの右横には案の定オリバーのマシンもいた。
「な…!」
「……」
「(バカな…死にたいのか!?なんて無茶を…!!)」
あまりにも異様な光景に対して、美奈子もオリバーも愕然とするしかなかった。
車線と車線の間のセンターラインを、雪風のマシンは走り続けている。
車同士の隙間は数十センチあるかないか、という文字通りの極限状態。
2車線の中で3台が3ワイド状態で並ぶ。
左車線のGRスープラ、境界線…真ん中を走る雪風のスカイラインニスモ、右車線のオリバーのスカイラインニスモ。
3台は並んだ状態で一歩も引かなかった。
目の前には橋脚が迫るというのに、雪風はアクセルを抜こうとしない。
恐怖と言う感情が存在しないのか、それとも神経がマヒしているのか。
それはわからないが、GRスープラとスカイラインニスモの隙間は数センチもあるかないか、本当に接触寸前と言っても過言ではなかった。
そんな状態の中、3台は並走状態で京橋JCT横を通過する。
目の前には1つ目の橋脚が迫る。
「(やめて…引いて!)」
「……」
「(何をしている!早く、引け…!!)」
美奈子は真横に迫る雪風のマシン…スカイラインニスモに恐怖していた。
このまま真っ直ぐ走り続ければ、案の定橋脚に突き刺さってしまうのは間違えない。
だがそれでも雪風は引くことを辞めずアクセルを踏み続ける。
何かを過信しているのか、それとも限界まで我慢するつもりなのかはわからない。
だがそれでも言えるのは、アクセルを全くもって抜くつもりがないという事だ。
並走する3台の前に橋脚は迫っていく。
だが次の瞬間だった。
「(っ…!)」
雪風から発せられる「気迫」に押されてしまったのか、それとも橋脚通過直後のコーナーに対しての予備動作か、美奈子はGRスープラのアクセルを抜いた。
いや、正確には「借り物だから傷をつけるわけにはいかなかった」と言うべきか。
この車は「デストロイア」であり、同時に「時雨のマシン」でもあるのだ。
そうである以上、事故ったりキズを付けたりなんてしたらシャレにならない。
美奈子は泣く泣く身を引くしかなかった。
「(見えた!)」
美奈子がアクセルを引いたのと同じ瞬間、雪風は狙った隙間を目掛けて左車線へ。
そして移動した直後、雪風のマシンは橋脚の左側を通過した。
橋脚との隙間はまさに数センチ程度、文字通りの間一髪とも言うべきドライビングだった。
「(わかっていたのか…?奴は、こうなることを!?)」
一方、並走するオリバーとしても驚くしかなかった。
どちらかが引くだろうと見越していたのか、それともただの度胸試しかはわからない。
だが、これはとんでもなくクレイジーで恐ろしい実力の持ち主だ。
そう思ったところで、2台のスカイラインニスモは並走しながら橋脚直後の左高速コーナーを駆け抜けていく。
そのまま2台は並走し続けて、環状線を走り抜けていく。
「(とんでもない場面に出くわしてしまったわ…こんなのに巻き込まれたらひとたまりもないくらいね)」
一方、並走する2台のスカイラインニスモを後ろから追いかけ続けるGRスープラ。
並走し続ける2台は新富町出口横、2つ目の橋脚を抜けても並走状態を続けている。
実力が互角なのか、それともわざとなのかはわからない。
だがスパートをかけているのは間違えない。
そう見込んだ以上、美奈子がやる戦略は1つだけだった。
「(でも、こうなったら漁夫の利狙いよ。あの2台が全開走行でコンディションを低下させたところを、この車が突く!)」
美奈子はまだ諦めていなかった。
ゴール手前で再び3ワイドになる部分がある。
そこでぶち抜けば、文句はないはずだ。
そうである以上、今は堪えるしかない。
2台のスカイラインニスモが並走し続ける中、美奈子は雪風のマシンの後方に付けてスリップストリームで何とか食らいつきながら追走していた。
3台はそのまま銀座付近のロングストレートを駆け抜けていく。
◇ ◇ ◇
―――数分前、2台のスカイラインニスモがGRスープラに追いつく間際。
奈美子はあることを思い出したかのようにこう口にする。
「でも最初参加者リストを見た時は驚いたわよ…まさか私のお母さんがこの大会に出てたなんて!」
「…お母さん?ナミコの?」
「ええ…相楽美奈子。私のお母さんの名前よ…」
「…何ですって?あなたのお母さんが、エリア決勝まで勝ち進んだって言うの?」
「うん…」
そう、奈美子と翔の母親、そしてヒュウガの妻である相楽美奈子。
彼女はなんとこの大会に出場しているというのだ。
「そんな人が、どうしてこの大会に?」
「それが、何も聞いてないの…お母さん、大会に出るなんて一言も言っていなかったし」
「サプライズ、ってことかしら…まあ父親がモンスターであるのは知っていたけど、あなたの母親もモンスターってことね。似たような人には似たような人が寄り付く…」
「うーん…」
すると、サマンサの言葉を聞いた時雨が怪訝な顔でこう口にする。
「人の親の事をバケモノ呼ばわりはどうかと思う…けど、それは僕も間違えじゃないと思うんだ」
「…そうね。やはり今回のイベントはアマチュアでも精鋭だらけ…ここまでよくのし上がってこれたと思うわ」
サマンサが反省した上でそう口にしたところで、奈美子がまた疑問を口にする。
「でもさあ、いくら私たちに黙って出場していたとはいえ、最低限一言くらい伝えてもよかったんじゃない?」
「どういうこと?」
「だってお母さんが今乗っている車、本当は時雨のGRスープラなのよ?」
「…噓でしょ?」
「本当よ。なんなら、ニューヨークで使っていたマシンも兄さんからのプレゼントだったの」
「そ、そうなのね…」
サマンサは時雨が複数台も車をもらっていたことに驚くしかなかった。
いや、よく考えてみたらニューヨークにまで単身やってきた時雨の事だ。
ニューヨークで仲間たちと共に無双してリブラを壊滅させた時雨の事だ。
今回の大会の為にモンスターマシンを仕込んだ時雨の事だ。
何が起きても不思議ではないとも思った。
そんな中で奈美子は時雨に話しかける。
「名義は兄さんなんだろうけど、勝手に乗り回してるわけよね…時雨は怒らないの?」
「……」
「時雨?何をそんな黙り込んで…」
そう、美奈子が乗っているGRスープラは本来時雨にプレゼントされた一品…「完全生命体」を模したマシン、"Destroyer"なのである。
リバティーウォークのボディキットが輝く黒いマシンである以上、そのマシンであることに偽りはなかったのである。
300キロを出すことも可能な、時雨のために作られた最高速仕様のモンスターマシン。
そんなマシンを勝手に使われたら怒るのも無理はない話である。
だが奈美子とサマンサが時雨を見ると、時雨は静かに黙り込んでいた。
一体何を考えているというのか?
「(いや、ここまでこれたのは奈美子やショウさんのお母さんだからだ。美奈子さんなら…初代皇帝なら、あの車くらい軽々と乗りこなしてしまいかねない。僕にその実力を見せてくれるというなら…)」
一方、当の時雨は1人考え込んでいた。
時雨は美奈子の実力を聞いていた。それこそが初代皇帝と言う肩書を持つほどのレベル。
皇帝と呼ばれた男…ショウの実力を知っている以上、「初代皇帝」もそれ相応、あるいはそれ以上であると時雨は認識していた。
だから、この大会でも上位に食い込んでもおかしくない。
いくら長年のブランクがあるとはいえ、ショウが自分のために作ってくれたマシン…"Destroyer"を…300キロオーバーも余裕で出るモンスターマシンに乗っているというなら…彼女であるなら、ここまで来ても全くもって不思議ではない。
もしあの人があの車を速く乗りこなすことが出来るというなら…そう時雨は考え込んでいた。
するとそれを見かねたサマンサがこう口にする。
「ねえ時雨、聞いてる?ナミコが話しかけているのよ?」
「え?ああ、ごめん…そうだね。お母さん、か…」
サマンサの言葉にハッとするも、再び時雨は考え込むのだった。
◇ ◇ ◇
推奨BGM:DANCING IN THE SKY(from SUPER EUROBEAT 2025)
―――そして、並走し続ける2台のスカイラインニスモと、それらを追走するGRスープラが汐留トンネルに飛び込んだ直後。
「(どこまで行っても並走状態…こっちがペースを上げれば向こうも食らいついてきて、離せない…!!)」
「……」
「(チッ…こんな状態じゃ抜こうにも抜けないわ。こうなった以上仕掛けるとしたら、この先の汐留S字…!)」
オリバーも美奈子も追い詰められていた。
どこまでいっても2台のスカイラインニスモが並走し続けるのだ。
それはトンネル出口に至ってもずっと同じだった。
200キロ以上のスピードを2台は維持しながら並走状態で走り続ける。
また同時にすり抜ける程のスペースはない。
そうである以上、美奈子はどこまでも歯がゆい感覚に合った。
3台は汐留トンネルを抜け、そのまま汐留ストレートへ。
トンネルを出て上り坂区間のストレート。
走り抜ける2台のスカイラインニスモを、スープラはテールトゥノーズで追いかけ続けていた。
「(この先のコーナーが勝負だ…何が何でも勝ちに行く!!勝つのは…私だ!!)」
「(これで…どうなるかな)」
「(悪いけどお母さんが諦めるわけにはいかないわ…!雪風ちゃん、勝つのは私よ!)」
互いの思いが交錯する中、3台のマシンは汐留ストレートを270キロ以上の速度で駆け抜けていく。
だが、目の前が開けた時だった。
「(道が…開く!!)」
そう、汐留S字は八重洲線方面からの合流があるので2車線から3車線へ拡張となる。
美奈子はそのタイミングを見逃していなかったのだ。
汐留入口の合流直後、GRスープラは狙ったかのように3車線の一番左の車線へ。
「っ…!!」
「……!」
「くっ…!!」
コーナー直前で再び3ワイドとなる3台。
超大接戦のまま、最終コーナーに飛び込もうとしている。
すると、その時だった。
「……」
1番最初にブレーキを踏み込んだのは、雪風だった。
並んでいた3台のうち、雪風が一番早くブレーキを踏んでノーズをひっこめた。
雪風のマシンが早めにブレーキを踏み込んだことで、アウトコースにいたオリバーのマシンが雪風のマシンよりリードして追い抜いた。
だがその瞬間だった。
「(今だ!!!)」
雪風のマシンがノーズをひっこめるのをオリバーは見逃していなかった。
ここからアウトインアウトのラインを描き、雪風のマシンと1位のマシンをそのままブロックしながら駆け抜けよう。
そう思った以上、オリバーはブレーキを踏み込んでハンドルを一気に左に曲げる。
「もらった!」
だが、そう思いつつオリバーがハンドルを切った次の瞬間だった。
突然、後輪のタイヤのグリップの感覚がなくなったのだ。
ここに来て、タイヤが悲鳴を上げたのだ。
雪風の猛追によってプレッシャーを与えられていたのは事実だが、同時にマシンコンディションが低下していたことをオリバーは見落としていたのだ。
それはやはり、雪風からかなりのプレッシャーを与えられたからか。
「なっ…!?」
ハンドルを適度に曲げたのはいいが、タイヤがグリップを失ったのか一気に左にタックイン。
「(しまった!!タイヤのグリップが…!!)」
「…ぶつかる!?」
オーバーステアで向かう先には…なんと美奈子のGRスープラ。
彼女のマシンも軽くブレーキを踏み込んだはいいが、オリバーのマシンとほぼ同じタイミングだったのだ。
このままでは進路上にGRスープラが重なり、接触してしまう。
事故だけは絶対に避けたい。
そう思ってしまったオリバーは急いでハンドルを右に曲げる。
一方の美奈子も、突然目の前に現れたスカイラインニスモの存在に驚くしかなかった。
このままではテールに突っ込んでしまう…そう思った以上とっさの判断でブレーキを踏み込むしかない。
そして互いにブレーキを掛けるも、どちらもとっさの判断によるフルブレーキングだった。
2台のマシンはどちらもタイヤが摩耗している。
ではそんな中で突然フルブレーキングをしたらどうなるか?
「っ……!!」
「しまっ…!!」
タイヤのグリップがないも同然の状態での急ブレーキ、からのオーバーステア、おまけに逆ハンドルを切ったことによって、フェイントモーション同然に右にスピンし始めたオリバーのスカイラインニスモ。
こうなってしまってはもう止まらない。GRスープラの前をかすめたことで接触自体は回避したが、急ハンドルで右に曲げすぎたこともあって右回転のスピン状態に。
一方の美奈子のGRスープラも、突発的な状況に対して急ブレーキを踏んだことでブレーキロック、ハンドルを曲げていたこともあって左回転のスピン状態となってしまった。
幸いにも接触寸前だったが、2台のマシンは互いに回転をしながら速度を落としていく。
そして、スピンして失速していく2台の間を縫うかのように…雪風のマシンは悠々と駆け抜けていく。
「(いただき!)」
「(おっと…!)」
スピンして脱落する2台を、雪風は悠々と追い抜いていく。
そして、カメラカーのRZ34もまた停止した2台をすり抜けていった。
すり抜けていった2台のマシン。
そのまま走り抜けていった後、スカイラインニスモリミテッドとGRスープラはなんとか立ち直って加速していく。
だが、スピン状態から立ち直った直後には、既に雪風のマシンとカメラカーは浜崎橋JCTを右方向に走り抜けていった。
浜崎橋JCTのゲート下がゴールである以上、どちらに行ってもいいが…2台はそのまま都心環状線外回りへと走り抜けていくのだった。
「(くっ…なんということだ。私の野望もこの程度だったか。しかしこれが最初からの狙いだったのか…こうも私が手玉に取られるとは。私も熱くなりすぎたようだ…こんなところにとんでもない落とし穴があったとはな)」
「(…してやられたわ。あの子、とんでもない策略家なのね。時雨ちゃんがライバルだというのも…納得したわ)」
オリバーも美奈子も愕然とするしかなかった。
雪風の狙い、それこそがマシンコンディションが低下したマシン同士による同士討ち。
本来雪風のスカイラインニスモは、モンスターマシン級のチューニングが施されている。
それこそ、レーシングカーと遜色がないほどにだ。
それでいてオリバーのマシンをずっと追い続けていたのは、彼にプレッシャーを与え続けて混乱させるため。
ずっと並走し続ける、というわざとストレスになるような走りをしてオリバーを錯乱させて、ドライビングミスに1位の美奈子のGRスープラを巻き込むという、なかなかに邪道なやり方だった。
そんなやり方をされた以上、オリバーも美奈子も負けを認めるしかないのだった。
「追い抜き完了ですっ!」
『よくやった、雪風。有言実行だな。しかしまあまたよくやるぜ』
一方、勝利した雪風。
それを藤原に報告した雪風は軽く微笑むのだった。
激戦を制した彼女ではあるが、バトル後は涼しい風だった。
「(まさか例のドライバーが美奈子をこうも弄ぶとはな。こりゃあ、なかなかの相手に違いねえ)」
一方で、カメラカーのドライバーであるその男も…雪風の実力に関してはそう認めるかのようにふと思うのだった。
◇ ◇ ◇
―――ゴール直後、特設ブースにて。
「まさかここまでことがうまく運ぶとは」
「ええ…雪風ちゃんは実力があるのはわかっていたけど、まさかこんな…」
「…僕は信じていましたよ。ユキが勝つって」
バトルの結末を見届けたソウイチ、奈美子、時雨は互いにそう思っていた。
まさかここまで雪風のターンになるとは思いもよらなかったのである。
雪風は2位にずっとプレッシャーを与え続けて、最終的に1位を巻き込んで自滅させるという…文字に書くとなかなかえぐい戦法を発揮していた。
「どうだった?サマンサ…彼女のことは」
「……」
サマンサを見た時雨だったが、彼女はただただ絶句していた。
何せ…
「(相手のペースに合わせて走っていたかと思いきや、それはプレッシャーを与えるもの…まさか2台の相手の自滅を同時に誘うなんて!心理戦でこうも弄ぶとは…)」
サマンサにとってはあまりにも雪風のやり方が都合がよすぎると思ってしまった。
まさかプレッシャーを与え続けた結果が相手の自滅、そしてその自滅に巻き込んでの漁夫の利。
こんなうまくいくことがあり得るのだろうか。
いや、時雨の最大のライバルである彼女であれば…
そう思ってしまった以上、サマンサはこう結論付けるのだった。
「(これで確信したわ。勝てない…こんなとんでもない強敵には、私はおろか、時雨でも勝てない!『神の手』でなんとかなるか、ならないか…とんでもない強敵だわ…)」
―――バトル後、築地市場跡特設ブースエリア。
バトルを終えて戻ってきたスカイラインニスモが、ブース近くの駐車場に停車した。
バトル後はそこに戻ってくるように指示が出ていたのだ。
芝公園出口から築地市場まで普通に走行し、そのまま戻ってきた。
そして…戻ってきた時に雪風のマシンを待ち受けていたのは、最大のライバルとその仲間たち、そして赤沢だった。
「雪風、やったな!まさかブロック決勝で勝利するなんて…!」
「えへへ、ありがとうございます」
一番に出迎えた元ゼロヨンチャンプ…赤沢は雪風を褒めたたえていた。
雪風は赤沢にお礼を言うと、気になったことを口にする。
「あの、グレたちはここにいたんですか?」
「ああ、ずっといたんだ。俺はやることが終わったから色々回ってたけど、ここに来たって感じかな」
「そうなんですね…」
時雨たちがずっとここにいたのかを聞いたところで、雪風は時雨から祝福の言葉を受ける。
「ユキ、決勝進出おめでとう」
「えへへ、ありがとう」
「すごい走りだったわ、雪風ちゃん!あそこまでの走りをしたら…総合決勝進出も皆納得しているはずよ!」
「うむ。台風の目のような走りだった…やはり君こそが大会の主役の1人と言ってもおかしくはないだろう」
「奈美子さん、ソウイチ先生…ありがとうございます」
すると、皆が雪風を褒め称えていた時だった。
遠方から先程のレースに出ていたGRスープラがやってきて、雪風のマシンのすぐそばに止まった。
そしてそこから、ドライバーが降りてくる。
「いや~、負けた負けた。まさかここまでのドライバーさんがいるなんてね」
リバティーウォークのGRスープラから降りてきたドライバー…相楽美奈子。
その表情は負けたにも関わらずどこか晴れやかだった。
それはやはり、全力でバトルが出来たことに満足しているからだろうか。
「あっ、さっきのGRスープラの…」
「ええ、初めまして…と言うべきかしら。雪風ちゃん?」
「は、はい」
「私は相楽美奈子。そこにいる…奈美子の母親よ」
「えっ、グレの相棒…奈美子さんのお母さんだったんですか?」
雪風の元にやってきた美奈子は、雪風に対して親しげに挨拶する。
だがそんな様子を見ていた時雨は茫然と質問し、奈美子は怒ったかのように詰め寄る。
「美奈子さん…」
「お母さん、これは一体どういうこと!?大会に勝手に出て、しかも時雨のGRスープラを勝手に乗り回して、おまけにブロック決勝まで勝ち進むなんて…!!せめて説明して!!」
「な、奈美子君。落ち着くんだ」
錯乱する奈美子に対して、落ち着くようにソウイチが言う。
とはいえ流石の美奈子も怒っている奈美子に対して、「流石にまずいか」と言う態度をとっていた。
「マジかよ、あのGRスープラは奈美子ちゃんのお母さんが乗っていたのか…いや、相楽って名字だしまさかとは思ったが」
「はい、そうなんです…」
赤沢が驚く中で、時雨はそう返事をする。
すると、怒る奈美子に対して美奈子はごまかすかのように取り繕う。
「あっちゃー、バレてた?まあリバティーウォークのGRスープラなんてどこにでもいそうだけど…」
「そんなことは聞いてない!そのマシン、そのエアロとカラーからしてどっからどう見ても時雨のマシンじゃない!何で時雨のマシンを勝手にお母さんが乗り回してたわけ!?」
そこまで怒っていたのは、やはり母子の関係だったからだろうか。
すると、美奈子はわかっていたかのように口にする。
「単純よ…この車はね、ショウから借りたのよ。ショウが車を時雨ちゃんに複数台プレゼントしたって言うから、ニューヨークに持っていってないマシンを1台ね…」
「兄さんから?でも、どうして…お母さん、うちにはセフィーロがあったでしょ?そりゃあ、あのセフィーロなんかじゃ遅すぎて大会出場なんてありえないけど…」
そう、美奈子は時雨のマシンをショウから借りたのだ。
やはり例のマシンたちは名義は相楽翔扱いなのだろう。
「ええ、だから借りたの。私も自分の腕試しがしてみたかったから…」
「でも、どういうこと?お母さんがここまで走れるなんて聞いていないんだけど!」
「そりゃあ、まあ…ねえ」
どこかはぐらかす美奈子だが、それを見かねた時雨が割って入る。
「まあまあ奈美子、もういいじゃないか。終わったことを無理に突き詰めても…」
時雨は異様なまでに穏やかだった。
普通だったら自分に宛がわれた車を勝手に乗り回された、という理由から激怒してもおかしくはないはずだ。
それを抜きにしても異様に冷静だった。
それを見かねた奈美子が話しかける。
「時雨!なんであなたはそう穏やかなの?あなた、兄さんから託された大切なマシンを勝手に乗り回されていたのよ!?」
「そうだな…そこに関しては、君も気にするべきだと思う」
「時雨、ここは怒りなさい。ナミコのお母さんはあなたのマシンを勝手に乗り回していたのよ」
「グレ…」
「何でそんなに冷静なんだ…?」
「そうは言われても、ねえ…」
奈美子に次いで、ソウイチもサマンサ、更には雪風も赤沢も「美奈子に対して怒るべき」と説得していた。
だがそんなことは気にせず、時雨は美奈子に対して軽く頭を下げる。
「それよりも美奈子さん、さっきは素晴らしいレースでした」
「ふふっ、ありがとう時雨ちゃん。私の走り、どうだった?」
すると、ここで感極まったのか…時雨は遂にキーワードを口にしてしまう。
「美奈子さんはやっぱり、初代皇帝と呼ばれただけは……あ」
「あっ…」
「初代皇帝と言われていたことは秘密にしろ」…美奈子から言われていた言伝だ。
だが、感極まったのか…時雨はその言葉を口にしてしまった。
「しまった」と言うべき態度をとる時雨だったが、その言葉が出てしまった以上時すでに遅しだった。
「初代、皇帝…?」
「お母さん、どういうこと?皇帝…!?」
「はあ…時雨ちゃんがネタ晴らししちゃった以上、もう言うしかないわね。私はね、箱根で『初代皇帝』って呼ばれていたの」
サマンサと奈美子が疑問に思う中で、美奈子はあっさりと「自分が初代皇帝と呼ばれていたこと」を暴露するのだった。
「し、初代皇帝!?!?!?どういうことなの、お母さん!!そんなの聞いてないよ!!」
「いや、時雨ちゃんが言った通りよ?私はね、ショウが『皇帝』を名乗るずっと前に『皇帝』って呼ばれていたの」
「は、はあ…!?」
唖然とする奈美子。
まあ自分の母親が「皇帝」なんて呼ばれていたドライバーであると聞いた以上、驚くしかないのだが。
すると、サマンサが時雨に質問する。
ソウイチも雪風も赤沢も時雨のところにやってきた。
「時雨、あなたはナミコのお母さんが『皇帝』と呼ばれているドライバーであることを知っていたの?」
「…実は、そうなんだよね。それに美奈子さんは、僕がニューヨークに行くきっかけになった人なんだ」
「どういうことかね?」
サマンサの質問に対して、「初代皇帝であるのを知っていた」と答える時雨。
だが一方で、別の話も口にする。
「僕、最初ニューヨークは行きたくなかったんです。時間的な都合があって、それで変に迷惑をかけるのがいやだったから…」
「ふむ、たしかに2ヶ月と言う時間的制約はあったが…君は行く決心を固めたわけだね。何があったというんだ?」
「実は、悩んでいた中で美奈子さんに呼び出されて…全部聞いたんです。美奈子さんが、初代皇帝と呼ばれていたことを。それで、美奈子さんは…僕がニューヨークに行くことを勧めて、励ましてくれたんです」
そう、時雨は美奈子に呼び出されて彼女に「ニューヨークに行くべき」と励まされた。
それは、時雨以外誰も知らない話だった。
「そ、そうだったの!?」
「でもじゃあ、グレは奈美子さんのお母さんとバトルを…?」
「うーん、それはちょっと違うわね。どちらかと言えばあれは教習というべきかしら?」
「教習?どういうことですか?」
驚く奈美子、質問する雪風。
すると、美奈子から出た「教習」という言葉に赤沢が食いついた。
そこから先、答えたのは時雨である。
「僕と美奈子さんがバトルをしたのは、オフロードの路面だったんだ」
「オフロード!?まさかワンエイティで?」
「うん…それで、美奈子さんはオフロードの走り方を教えてくれたんだ…」
「そ、そうだったの!?お母さん、本当!?」
時雨の言葉に対して、奈美子はただただ驚くことしかなかった。
時雨はこれまでオフロード未体験。
そんな中で自分の母親が時雨に教習をしたとなれば、ただ驚くしかないだろう。
すると、美奈子が答えを添えてこう口にする。
「ええ、本当よ。時雨ちゃん、あの時から既に筋がよかったけど…やっぱりニューヨークで色々と腕を磨いて、経験も積んだようね」
「はい、本当にその節はありがとうございました」
美奈子の言葉に対し、時雨はまた頭を下げた。
やはり美奈子の影響と言うのはかなりあったようだ。
その様子を見ていたソウイチ、赤沢、雪風もただただ驚いていたが、同時にこう口にした。
「そうだったのか…時雨君がニューヨークに行くきっかけになったのは、美奈子さん…あなたの影響があったという事ですね」
「ええ、まあそういったところかしら」
「しっかし驚いたな。奈美子ちゃんのお兄さんは『皇帝』、親父さんは『神の手』、お袋さんは『初代皇帝』…こりゃ、とんでもなくねえか?生まれ持ってのドライバー一家、すごい家系だな…」
「グレは本当にすごい人たちに支えられているんだね」
「うん、まあね」
雪風たちが納得する中で、時雨は雪風の言葉にそう口にする。
だが一方で、まだ終わっていない事象があった。
そのことを奈美子は口にする。
「で、でも!それとこれは話が別でしょ?時雨、あなたは勝手にあなたのGRスープラを…『デストロイヤー』を使われたのよ?いくら兄さんの許可があったとはいえ…!」
奈美子としては、初代皇帝と呼ばれていることと、時雨のGRスープラを勝手に使われたことは話が別だと考えていた。
少しは怒るべきである、とやはり奈美子は言いたげにそう言う。
だがそんな中で時雨はこう口にする。
「まあ、美奈子さんは僕がニューヨークに行く決心を固める大きな切欠になったから、そのお礼代わりと言えば…」
「時雨…」
「…あなたは本当に、それでいいのね?」
「うん。僕は美奈子さんにお世話になったからね…ギブアンドテイク、っていうのかな」
サマンサが質問しても、時雨はやはり穏やかなままだった。
「時雨君…まあ、君がそう言うならこれでいいか」
「だな…言ってることもわからなくはねえし」
穏やかな時雨に対しては、皆がそう納得するしかなかった。
本人がもう気にしていないのならば、そこまで追求する必要はないのかもしれない。
「ふふっ、ありがとう時雨ちゃん。でも、勝手に使ったことは流石に謝っておくわ。本当にごめんなさいね?」
「いえ、いいんです。もう終わったことは…」
「お母さん…そのかわり!今度ちゃんと、お母さんの『皇帝』の話を聞かせてよね?」
「ええ、わかったわよ奈美子…その話、しっかりしておかないとね」
追及が終わったところで、美奈子は少しだけ謝罪をした。
一方で奈美子としては、やはり美奈子が『皇帝』と呼ばれていることに関してはまだ気になっていたので話を今後するように伝えるのだった。
◇ ◇ ◇
「(やっと見つけた…あのドライバーこそ、我が国のプリンセス候補に相応しい…!)」
一方、先のレースで雪風とバトルをしたオリバー。
先のレースで出場していたスカイラインニスモのドライバーが女性であると聞いた以上、自分が求める「プリンセス」に違いないことを確信していた。
もし彼女の力を借りれば、一旦潰えた野望もまたいくらでも復活できる。
そう野心的になっていた彼はずっと雪風の事を探していたのだが…築地市場跡までやってきた時、遂に雪風の存在を発見した。
おまけに先のレースで出場した時雨の存在もいるではないか。
彼女に説得してもらえば、我が「スピリツニア王国」の確固たる地位が揺らぐことは絶対にありえない。
そう思った以上、オリバーはスカイラインニスモリミテッドを駐車場の端に止め、車から降りた。
車を降りたオリバーは雪風たちの元へと向かおうとしていた。
だが、向かおうとしていたその時。
「そこまでだ!」
「!?」
どこからか声が響いたかと思いきや、オリバーは身の回りを突然黒いスーツの男たちに囲まれた。
「な、なんだこれは!?私は誰だと思っている!『スピリツニア王国』の…」
「ああ、そうだな…クソ王子」
そう言ってSP達の間を縫ってやってきたのは、本大会のスポンサー…「藤原コンツェルン」の御曹司、藤原大輔だった。
彼は雪風の元へと向かおうとしていた中で、ある計画を実行していた。
「ふ、藤原大輔…!貴様…!!」
「貴様のマシンから、不正改造と思われるパーツが発見された。悪いが本レースで貴様は失格とさせてもらう」
「な…言いがかりだ!」
「それだけじゃない。貴様は母国において贈収賄の疑い、さらには母国での不倫容疑、本大会でのスタッフへのパワハラ、モラハラ、恐喝容疑が出てる…証拠は出ているぞ。お前らの側近たちも皆俺達が捕らえた。スキャンダルの塊だったようだな」
「ぐっ…!!なぜ、それを貴様が!?」
「お前さんを恨んでいる人がたくさんいたみたいだからな…頼まれていたんだよ。連れていけ!」
藤原がそう指示すると、次の瞬間にはSPたちにオリバーは確保された。
「な、放せ…うわ~~っ!!」
「大人しくしろ!強制送還を覚悟するんだな…」
多くのSPに確保されたまま、オリバーはどこかへと連れていかれるのだった。
その場には藤原大輔が残された…かと思いきや、その様子を陰で見守っていた美人探偵がひょっこりと出てきて藤原のそばにやってきた。
やってきたその人物に、藤原は頭を下げる。
「高木さん、ありがとうございました。おかげで助かりました」
「フフッ、気にしないで。あなたはそれ相応の対価を払ってくれただけだから」
―――高木玲子。
ゼロヨンチャンプRR-Zの登場人物であり、高木探偵事務所の探偵。
原作では主人公…赤沢に才能を見出し、元チャンプの調査を依頼する人物。
今回は藤原大輔から依頼を受けていたようだ。
「しかし仮にも一国の王家の王子とはいえ、贈収賄や脅迫じみた事をやっていたという複数のスキャンダルを出せばもう王政は失墜でしょう。奴は俺達藤原コンツェルン傘下の企業や、それ以外の企業を乗っ取って支配しようとしていた…でももうおしまいです。それを未然に防げただけでも何よりですよ」
「ええ…これは明日にはもう世界的な大ニュースになるでしょうね。まあ、報酬はよろしくね?」
「はい、お任せください」
高木の言葉に対し、藤原は静かに頭を下げるのだった。
「何か叫び声がしなかった?」
「さあ…」
一方、叫び声が聞こえる中で雪風や時雨などは事の顛末も知らずに会話に浸っていた。
その後、オリバーは「レース後のマシンチェックにおいて、規定違反が発覚したため強制的に失格」の処分が下されるのだった。
―――オリバーが連行された数分後。
「はー、楽しい撮影作業もこれで終わりかー。まあ、なんやかんやで最近の走り屋のレベルもわかってよかったかなー。美奈子も現役と負けないくらいの実力があるって分かったし」
「グフフ…そんなことを言って走りたいんだろ?さっきから前の車を抜きたくて抜きたくてしょうがないって気持ちが、抑えきれてないぜ?」
「さすがに元プロレーサーの目はごまかせねえってわけか。まあでも少し疲れたし、ちょっと休憩でも取るかな」
RZ34のカメラカーは休憩をとるために、雪風のスカイラインニスモが止まっている駐車場へとやってきた。
近くに止まったRZ34は、そのままエンジンを止めて完全に停止するのだった。
「あ、カメラカーのRZ34が来た!あれにお父さんが…?」
「ええ、間違えないわね…」
「…お父さん?奈美子さんの?」
「うん…」
時雨と雪風、美奈子やサマンサ、そしてソウイチや赤沢がRZ34を見ている中で、奈美子はバトルを撮影していたRZ34に向かった。
それを追いかけるように、時雨や雪風、美奈子やサマンサ、ソウイチ、赤沢もその場に向かう。
オーバーフェンダー、ワイドボディ化されたエアロパーツセット、派手なGTウィング、そして迷彩柄のバイナルが特徴的なカスタムRZ34は、間違いなく強者の雰囲気を漂わせていた。
奈美子がドライバーズシート側のウインドーを見つめる。
「ついに父と子の再会…か」
その様子を見ていたサマンサは静かにそう呟いた。
「……」
「お…お父さん!私よ!相楽奈美子!お父さんに会いに来たの!」
奈美子はウインドー越しに、ドライバーに対してそう言うのだった。
その言葉を聞いたドライバーは、RZ34から降りてきてこう口にする。
「おおー美奈子!…なんで大学のときみたいに髪青くしてんだ?カツラか?」
あまりにも素っ気ない言葉に、奈美子は肩を落とす。
言ってしまえばお笑いコントでずっこけるかのようだった。
すると、その様子を見ていた時雨がこう口にする。
「お久しぶりです…ヒュウガさん」
「おう…久々だな、時雨。あれから数ヶ月…元気そうで何よりだ。あと今更だが退院おめでとう」
そう言って時雨は頭を軽く下げた。
すると、頭を上げたところでサマンサが時雨に質問する。
「時雨…やっぱり面識があったのね?」
「うん。ちょっと前に僕は入院してさ、その時に美奈子さんと一緒にお見舞いに来てくれたんだ」
「そ、そうなのね」
「この人が、ヒュウガさん…」
サマンサが事情を理解し、雪風が茫然と見る中で、ヒュウガは奈美子に対して質問する。
「しかし美奈子…お前、ちょっと前に会った時より大分若返ったような。お前…本当に美奈子か?」
すると、その言葉に流石に呆れたのか奈美子がこう返事する。
「もう!美奈子はお母さんの名前!私はその美奈子の娘の奈・美・子!!…なんならお母さん、そこにいるでしょ?」
「え?」
奈美子が指を指した先には…案の定、美奈子がいた。
冗談を言うヒュウガに対し、呆れたかのように美奈子が口を動かす。
「はあ…ちょっと前に会った時と全く変わらないわね、あなた」
「うげ、美奈子!?わ、わりぃ…いたんだな。だが噂に聞いていたが、やっぱりおめえも出ていたんだな…」
「ええ。込み入った事情があってね」
「おめーも相変わらず無茶するぜ全く。昔と全然実力が衰えてないんだもんなー」
「ええ、まあね」
流石に本人がいる前で冗談をするのは申し訳なかったのか、ヒュウガは軽く謝った。
すると、ヒュウガは奈美子を向いてこう口にする。
「しかし十数年も家に帰ってねえからな。そりゃ子供も大きくなるわな!…前に会った時もそうだったが、すっかり母さんにそっくりだな奈美子」
流石に無神経な言葉に、奈美子もどこか感情を爆発させ気味にこう口にする。
「んもう!いくらちょっと前に箱根に顔を見せたとはいえ、十数年も家族をほっといて…何か他に言うことはないの!?お母さんにも謝りなよ!!」
奈美子の言葉に、ヒュウガは申し訳なさそうにこう口にする。
「あー…その、なんだ…本当にすまなかった!俺は呼ばれたら世界じゅうどこでも行く、雇われテストドライバーなんだよ!家族のことなんておかまいなし!俺は車が大好きで、しょうがない人間で…だから殴れッ!お父さんを殴れッ!」
そう言ってヒュウガは頭を下げた。
流石に突発的過ぎる行動に対して、奈美子も時雨も驚くしかなかった。
「な、殴れって…」
「まったく、やれやれだわ。相変わらずなのね…あなた」
どこか呆れる奈美子、そして美奈子も「変わらない」と呆れていた。
すると、ここで口を割ったのは赤沢だった。
「おいあんた、奈美子ちゃんのオヤジさんなんだろ?」
「ん?そうだが、お前は…たしか元ゼロヨンチャンプだったか?」
「ああ、そうだよ。流石に態度が目に余ったからちょっと言わせてもらうぜ。あんた、いくら何でも舐めすぎだろ!」
「あ、赤沢さん…」
あまり人前で怒ることのない赤沢が、珍しく怒っている。
流石に舐め腐った態度のようだったようだ。
雪風が落ち着かせようとする。
「あんたなあ、奈美子ちゃんは心配してたそうじゃねえか。それで再会したら再会したでいけ好かない態度取りやがって。それが何年も一緒にいない奥さんと娘さんの前でする態度かよ!?」
「赤沢さん、ストップ!ストップです!」
「落ち着きなさい」
流石に飄々としすぎた態度に対して、赤沢が怒りを露にしていた。
その様子を雪風と時雨、更にはサマンサが抑えようとする。
そこでさらに動いたのはソウイチだった。
「…そうだな。だがまずは奈美子君の言い分を聞こうか」
「へっ?」
「奈美子君は何か言おうとしていたようだが…」
いきなりソウイチに話を振られた奈美子は動揺するしかなかった。
すると口を動かしてこう口にする。
「えっと、何から言えばいいのか、えーと…とりあえず…ありがとう!」
奈美子が口にした言葉、それは意外や意外の感謝の言葉だった。
その言葉に対し、皆が驚く。
ヒュウガも当然驚いていた。
「んあ!?変な声出ちまった…怒ってねぇのか?」
「怒ってるに決まってるでしょ!!でも、でもね…」
そう奈美子が何かを言いかけたところで、彼女は一呼吸おいてこう口にする。
「お父さんが昔何をしたのかを知りたくて首都高に出て、ニューヨークにまで行って…色んな人と出会って、色んな経験ができたし…それに、お父さんにやっと会うことができた。だから、ありがとう…かな」
「奈美子…」
「奈美子……」
「奈美子君…」
「奈美子ちゃん…」
「奈美子さん…」
「(ありがとう、か…もしパパと私が今会えたら、やっぱりこんな会話をするのかしら)」
照れ隠しをしながら答える奈美子。
しんみりとしたムードに皆が包まれる中、サマンサはそう思っていた。
すると、奈美子は決心を固めたかのようにこう口にする。
「だから、たまにはちゃんと家に帰ってきて!私たち…ずっと待ってるんだから!」
「…悪いが、それとこれは話が別だ。今は何も聞けないな」
「えっ…」
「な、なんで!?」
奈美子の言葉に対し、ヒュウガは素っ気なさそうにそう答えた。
するとヒュウガは背を向け、こう口にする。
「俺にものを聞きたいなら、頂点まで上がってきな…そういえばスカイラインニスモのドライバーであるお前さん、ちょっといいか?」
「はい、何でしょう?」
そう言ってヒュウガは雪風が気になったかのように顔を向け、言葉を続ける。
「確か雪風、って言ったな。噂じゃ藤原んとこの坊主に世話になってるそうじゃないか」
「は、はい」
「もし藤原の坊主やそのオヤジに会ったら、そいつらに一言よろしく伝えておいてくれ。まあお前さんとは決勝レースで会うことが決まってるから、そこでまた会おうぜ」
「はあ」
「あんた…大輔と面識が?」
ヒュウガは藤原大輔によろしくと口にした。
すると、藤原と面識があることが気になった赤沢が質問する。
「いや、そいつとはない。だがそいつのオヤジとは面識があるからな。じゃあちょっと俺はまた用事が出来た…また後で会おう」
そういうと、ヒュウガは再びRZ34に乗り込んだ。
そしてそのまま急いでどこかへと消えてしまった。
現場には7人が残された。
「もう!お父さんってば、はぐらかして全然話を聞こうとしてくれない…!」
「全く変わらないわね、あの人は。昔からどうしてもはぐらかす癖があるのよ」
「照れくさい…のかしら?父親って良くわからないわね」
「全く、自分勝手で困った人だな…見てられねえよ。少しくらい顔を合わせてもいいものを」
各々が感想を口にする中で、時雨はあることを口にする。
「まあ、逃げるわけじゃないのがわかっただけでもよかったよ。それにしても、総合決勝か…あの人も相当自信があるみたいだね」
「ええ、遂に私たちもここまできたわね…もうそろそろ時間だわ」
時雨にはまだブロック決勝が残っている。
ここさえ乗り越えてしまえば遂にヒュウガ、そして雪風との直接対決だ。
すると、ソウイチが時雨に対してこう口にする。
「遂に君は来るところまで来たんだ。マシンを万全にした以上、あとは君のドライビングが全て…健闘を祈るよ」
「グレ、最後の壁を乗り越えられるように頑張って!」
「俺達の分まで…頑張ってくれよ!」
「あなたにはニューヨークで培ってきたものがある…頑張って!」
「…Good Luck.」
ソウイチ、雪風、赤沢、美奈子、そしてサマンサ。
時雨は各々から激励の言葉を受けていた。
その言葉の数々を受けた以上、時雨は「何が何でも勝ちに行く」と決意を新たにするのだった。
「皆さん…ありがとう!僕、勝ちに行きます」
「みんな…ありがとう!」
「さあ、もう間もなく時間だ。車に乗り込もう」
「…はい!」
激励の言葉を聞き入れた時雨は、仲間たちと共に愛車…BNR32に乗り込むために整備場に向かうのだった。
(第30話End)