「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 第二幕 2024 -いつかあの頂で-   作:カービィ改二

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第31話です。
遂に時雨がブロック決勝へ。

そして水面下で動き出すもう1人の影。


act.31「Godzillas(怪獣使い達)」

推奨BGM

―――時雨が次のレースに向けて動き出した頃。

1台のマシン…水色のFL5シビックがお台場方面にやってきていた。

特設駐車場の隅っこに駐車したFL5シビックから、ドライバーが降りてくる。

シビックから降りてきたそのドライバーは、一旦にぎやかな方向へと向かう。

 

「(やっと仕事も一段落っと。タクシーも家に戻して、仕事中に気になった場所まで車を引っ張り出してきたけど、すごい人だなあ)」

会場近くには夜店が多く立ち並んでおり、そこには例の大会を見に来た観客たちの多くが訪れていた。

夜22時前だというのに、かなりの客が並んでいるし、食べ物を食べたり飲み物を飲んだりで楽しんでいるようだ。

これは一体何の集まりなのか?

そう周りを見渡しながらぶらぶらと歩いていると、目の前からやってきた人物にぶつかった。

 

「お…っと、ゴメンね!」

「ああ、いえ…すいません。ちょっと聞きたいんですが、これって何かの集まりですか?」

「ええ、首都高を貸し切って行われている大規模レース大会『ザ・スピリッツ』の観客の人たちよ。大会開催に応じて、夜店が出ているの。あなたは…観客?見た感じ走り屋じゃなさそうだけど…」

「ああ、いえ…ただの通りすがりなんです」

ぶつかった人物に対し、FL5のドライバーは「これは何の集まりなのか?」と聞いていた。

その人物曰く、首都高で開催されているレース大会に乗じて行われているもののようだ。

 

「そっか。まあ、首都高で大規模なレース大会が行われているのよ」

「そうなんですね…どうりでお客さんが…」

「ん、何か言った?」

「ああ、いえ…その、レース観戦のためにたくさんの人が集まっているんですか?」

FL5のドライバーは、たかがレース観戦のためだけにたくさんの人が集まっているのかが気になっていた。

すると、その人物はにっこりとしてこう口にする。

 

「ええ、そうよ。もしよかったらあなたも見に来ない?」

「ええっ?」

「きっと面白いものが見れると思うわ。もう間もなく決勝レースが行われるそうなの」

「は、はあ…あの、あなたは」

「ああ、紹介が遅れたね。私はカンナ。こう見えて元プロレーサーで、今は車のチューニングショップ…車を速くするためのお店の代表なの」

―――リバティーなカンナ。

島根のチューニングショップ「タイムイズリバティー」の代表である元プロレーサーの女性。

「リバティー」が口癖で、その名の通り自由奔放な性格。

車を自由にチューニングして走るために店を開業したという過去を持つ。

引退して数年のプロレーサーではあるが、その実力は全くもって衰えていない。

「時を操るような走り」が得意で、その走りも自由奔放そのもの。

箱根で有名な伝説的チューナーに教えを請う為に、妹や弟と共に島根から上京してきた。

愛車はレクサス・LFAのカスタムカー"Chronos"。

 

「カンナさん、ですか。よろしく」

すると、FL5シビックのドライバーが挨拶をしようとするとカンナがあることに気が付いた。

 

「って、いけない!もう決勝レースが始まるわ!早くいかないと!」

「え?」

「レースはすぐ始まるわ。私と一緒に来てよ!」

「えええっ?」

FL5のドライバーは、カンナによって観戦会場へと引っ張られていくのだった。

 

 

 

 

 

推奨BGM

―――数分後。

観戦会場のトヨタアリーナ東京にて。

 

「さあ~いよいよBブロック決勝戦!猛者たちによる戦いが始まるわよ~ん!!」

オリビアが叫び、モニターにはスタート直前のマシンたちが映し出される。

S2000、NSX、R35GT-Rニスモ、BNR32、MY18R35GT-R、MY24R35GT-R。

ブロック決勝までくるとある程度のパワーを持つマシンたちが集うのも当然だった。

 

「ブロックごとのトーナメントも遂に最終戦、Bブロック決勝戦がここ、箱崎PAよりスタートとなります。今回のレースでは箱崎PAをスタート、深川線から福住、塩浜、辰巳を経由し、有明JCTを左折、レインボーブリッジと都心環状線内回り区間を経由し、箱崎まで戻ってくる通称『新環状右回り』ルートとなります。パワーもテクニックも要求されるこのルートを、6台のマシンが2周のレースでトップを争います」

同じ頃、箱崎PAではスタートの様子を実況アナウンサーが見届けていた。

2回目の決勝レースは珍しく、箱崎PAからのスタート。

その為、各選手への無線などを行う拠点となる特設ブースは箱崎PAに用意されていた。

最後の最後という事もあって整備場はなく、特設のセコンドブースのみだけがPAの一角に用意されている。

実況アナウンサーが様子を見守る中、6台のマシンが黒いガヤルドに先導されてスタート前のフォーメーションラップを始める。

 

「(さあ…行くぜ!)」

「(ふっふっふ…本気で行くよー!)」

「(何が何でも…勝つぞッ!!)」

「……」

「(さあ…始めよう!)」

「(この俺が首都高で負けるわけにはいかない…勝たせてもらう)」

先頭のガヤルドがコース左端の非常停車帯に寄ったところで、先頭のマシンから加速していく。

勢い任せに加速していく3台。

4位スタートのBNR32、5位と6位のマシンも遅れながらもゆっくりと加速していく。

だがBNR32は、少しだけペースを上げて後方のマシンを引き離すように加速していく。

 

「(後方にいるのはショウさん、そして元チャンプ…終盤で食らいついてくるに違いない。ペースをある程度温存しつつ1位で待つか…)」

後方にいるマシン2台はどちらもR35GT-R。

ショウと、元ゼロヨンチャンプ。

例の2人とは間違えなく戦う事になるだろう。

その時をどこか楽しみにしつつも、時雨は少しだけペースアップしてBNR32を福住方面へと走らせていく。

 

200キロ台でBNR32を走らせる中で、エンジンキーに取り付けられていた「ゴジラの着ぐるみをしたハムスター」のキーホルダーはゆらゆらと揺れていた。

 

 

 


 

 

 

推奨BGM

―――同じ頃。

 

「おっ、あのブースか?」

「はい。私たちなら関係者だから入れると思います」

特設のセコンドブースに近づく2人の影。

整備士の女性と、レンコン好きの女性の凸凹コンビ。

そんな2人も、箱崎PAを訪れていた。

レース中ではあるが、軽く声を掛けるくらいなら問題ないだろう…そう思っていたところで、奈美子に話しかける。

 

「奈美子さん。 お久しぶりです」

「おう、久々だなナビ子」

「あ…イロハさん!ジュリアさん!やっぱり2人も大会に?」

レース中とはいえ周りに車がいなかったこともあり、奈美子は彼女たちに反応した。

すると、ジュリアが返事をするようにこう口にする。

 

「まあな…だがやっぱり皆速すぎて、アタシらはもう脱落したよ。全く、悔しいよ…」

「タスクさんに教わった通りのセッティングをしてみたんですが…まだまだ乗りこなすことは難しいですね」

「タスクさんって…マッドブリッツの!?でも、どうして?」

ジュリアは悔しげに、イロハは覚悟していたかのように語る中で、奈美子は質問する。

すると、イロハが敬意をし始めた。

 

「私たち『埼玉サウザンド』と、 ジュリアさんの 『筑波連合』 は今、『東京マッドブリッツ』に情報をもらったりドラテク指南を受けたりしたんです」

「そうなんだ…その3チームがつながるなんて、想像できないわね」

「みんな目的は一致してますからね。『ニューヨークから戻ってきた『箱根の時雨』 を倒す』 って。特訓の甲斐もあって私の実力は伸びた。それにジュリアさんも伸びた…いや、そう思っていたんです」

「思っていた…?」

イロハは完全に諦めたかのように言葉を続ける。

 

「…今日の大会の時雨さんの走りを見てわかりました。『箱根の時雨』はもう、私たちが到底手の届かないところまで駆け上がってしまった…と」

「ああ…ハッキリ言って完敗だよ。アタシら、やっぱり井の中の蛙だったみたいなんだ」

「それって…」

奈美子が口を動かすと、ジュリアが言葉を続ける。

 

「アタシらは結局抽選落ちはともかく、1回戦で負けた人間が大半。最後の砦だったエニシも、Aブロックの決勝で敗れちまったからな…」

「そっか…そういえばそうだったわね」

そう、「ライジング・サン」ことエニシも雪風の前に敗れて決勝負け。

何とか決勝まで行ったことで面目こそ保てたが、やはり出場したからには優勝したかった…というのは皆の本音だろう。

それこそ、イロハやジュリアであっても。

 

「『東京マッドブリッツ』 の連中のおかげで、アタシらが速くなれたのは間違いねぇ。そこからさらに伸びるかは結局自分たち次第だとも思っていた。だが、時雨やそれ以外の連中はそれ以上のスピードで速くなってやがる。オーバー300キロ以上と言うスピードで首都環状を突っ走ってるんだ。もうアタシからは何も言えねえよ」

「ジュリアさん…」

ジュリアは時雨の速さをその目にしっかりと焼き付けていた。

やはり環状線や黒羽根線などで300キロ以上出していた姿は、ジュリアにとっても驚くしかなかったようだ。

だが一方で、ジュリアは気になったことも口にする。

 

「時雨のヤツについて、聞いてるぜ。スポンサーに藤原コンツェルン、スーパーバイザーにプロレーサーの塚本ナナミ、日比野テツヤ、相楽翔といったプロレーサーたちがいて、おまけに時雨ともう1人のためのレーシングチームまで作っちまったって…」

「それは…」

「ほんっと、凄いよな…あたしら、そんな怪物と戦っていたんだって…誇りに思うよ」

「え?」

ジュリアは「プロレーサーから注目されているドライバーと戦えたこと」を誇りに思っていた。

それは一体なぜなのか?

 

「だってそうじゃねえか?アイツがプロの道に進む上で、アタシらがその過程にいるんだからさ!プロに進めたのは少しはアタシらのおかげってわけだろ?」

「そ、それはそうだけど…」

「やっぱりアイツはすごかったんだな。おまけにブロック決勝まで勝ち上がったんならもう笑うしかねえ。ニューヨークで暴れまわってもまだ足りネェってか。その貪欲さだけは脱帽もんだ」

時雨の活躍ぶりはやはりジュリアにとってもただただ驚くしかなかったようだ。

その暴れん坊ぶり…疾走ぶりは彼女にすとってしっかりと心に残ったことだろう。

そしてそうである以上、彼女たちが気になっているのは…時雨がブロック決勝でどのようなレースをするか、といったところだった。

 

「ここまで来た以上、レースがどうなるか見届けさせてもらいたいな」

「あっ、気になります!お願いします、奈美子さん!」

ジュリアとイロハは奈美子に対して、「レースの様子を見届けたい」と口にする。

その言葉を聞いた以上、奈美子としては断る必要もなかった。

 

「…わかったわ。でも、レース中だから落ち着くまでは邪魔しないでね」

「はいよ、わかった」

「大丈夫です」

そう言って奈美子はイロハとジュリアを連れて特設のセコンドブースへと向かう。

特設ブースには複数のモニターが用意され、そのうち数台にはレースの状況が実際に映されている。

また1台には時雨のマシンのコンディションや、前後のマシンとの距離差が表示されていた。

そしてブースでレースを見届けていたのは…Dr.ソウイチの他に、時雨の最大のライバルである雪風、そしてそのサポーターである赤沢、そしてサマンサがいた。

 

「おっ、奈美子ちゃんか。時雨ちゃんは今4位だぜ…順当ってところか」

「丁度いいところに来たな奈美子君、間もなく3位と接敵する…ヘッドセットを」

「あっ、はい…ごめん2人とも、ちょっとレースがあるから」

「いえ、こちらこそすいません」

「時雨のレース、追い抜くまでは集中してくれよ!」

イロハとジュリアの言葉に軽く頷いた奈美子はヘッドセットを装着した上で、モニターを見て時雨のマシンの状況を確認する。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

推奨BGM:MUSIC POLICE(from SUPER EUROBEAT 2025)

辰巳JCT付近。

4位を走行するBNR32を、時雨は一定のペースで操縦していた。

夜闇を切り裂くように駆け抜けていくBNR32は、250キロと言う巡航速度を維持して走行している。

だがそんな中で時雨はある感覚に陥っていた。

 

「(230キロ以上の世界だと、周りの景色があっという間に後ろに飛んでいく…それを怖いと思わない僕は、正直どうかしていると思う)」

少なくとも200キロ以上と言うスピードでかっ飛ばす時雨だが、それと同時に周りの光景がぐんぐんと後ろに遠ざかっていくことを認識していた。

それでも時雨は全くもってアクセルを引かない。

いや、アクセルを踏み込まないと追いつけないと認識していた以上引けないのだ。

 

「(何気ない道路の路面だけど、少し車の操作を誤れば吹き飛んでしまうかもしれない)」

首都高はいくらサーキットであるとはいえ、基本的に路面が荒い。

走りの聖地である箱根がどれ程整備されているのかを思い知らされる。

一瞬操作をミスったら車がどこへ吹き飛ぶかわからない。

そんなリスクがある中でも、時雨はアクセルを踏み続けていた。

 

「(でも、怖くない。それはやっぱり、僕の力と…ゴジラの、ショウさんの力…いや、それ以上の沢山の人の力があったからだ)」

目の前に辰巳JCT直後の右直角コーナーが迫る中で、ブレーキを踏み込んで減速させる。

250キロ台から180キロ台まで減速し、そのままゆっくりとハンドルを右に曲げる。

 

「(周りの人から見れば、僕はメカニックだ。でも僕は、ドライバーとしての側面が大きい…)」

アクセルをある程度だけ踏み込みつつ、グリップ走行のまま直角コーナーを駆け抜けるBNR32。

後輪タイヤが滑り出すこともなく、安定した速度域で走行していた。

そんな中で時雨は、自分がメカニックでありドライバーであることを思い出していた。

自分がここまでこれたのは、自分だけの力ではないのだ。

奈美子やソウイチ、そしてショウやシノブ。

様々な人間が協力して、この車をコースに最適化していてくれている。

これが自分だけの力だったらどれだけ労力がかかったことか。

今この首都高で車を信じて走らせていられるのは、多くの人間の支えがあったから…ということを自覚していた。

 

「(これは僕だけの力じゃない。多くの人の助けがあることを、忘れないようにしたい)」

ここまでこれたのは自分だけの力ではないのだ。

だからこそ恩返しがしたい。

そう思う中で、BNR32は直角コーナーを脱出しようとしている。

コーナー出口が迫るにつれて、時雨はアクセルを踏み込んでBNR32を加速させていく。

すると、コーナー脱出と同時にある車の姿が時雨の視界に映った。

 

「(赤いGT-Rニスモ…)」

3位を走るR35GT-Rニスモの存在が、時雨の目に映った。

どうやら今までの巡航速度で追いつけていたようだ。

R35GT-Rニスモは辰巳JCT後の下り坂を下ろうとしている。

時雨としてはライバルを捉えた以上、追い抜きたいという思いが強くなる。

そんな中で時雨に無線が飛ぶ。

 

『時雨君。目の前にR35GT-Rニスモが見えたはずだ。この直線で追い抜くんだ』

「…追い抜きます」

ソウイチからの言葉…この直線区間で追い抜けというオーダーだった。

辰巳JCT直後の右直角コーナーを抜けた後、湾岸線に合流、そこから台場線の分岐までは長い長いロングストレート区間。

福住入口付近から辰巳JCTまでの2車線+高速コーナー区間とは違て明らかにスピードが出るのだ。

そこで追い抜け、と言う以上全開を出してもいいという事だ。

だが時雨は、ある懸念を持っていた。

 

「(スタート直後からスローペースだったけど、ちょっと切り替えが早かったかな…まあ、いいか。追いついたのなら、振り切るのみ…!)」

スタート直後から時雨はペースを抑えているつもりだった。

だが実際、前の車に追いつけている以上ペースは速めという事なのかもしれない。

とはいえそんな中で敵を視認した以上、バトルはさっさと済ませるべきだろう…そう思った時雨は、コーナー脱出直後からアクセルを全開に踏み込んでBNR32を加速させる。

前方右車線を赤いGT-Rニスモが走っているのを時雨は視認した。

 

「(遂に来たか…ッ、箱根の時雨!!俺がお前を打ち破り…再び箱根を支配して見せるッ!!)」

GT-Rニスモのドライバー…ガタイのいい野心の強い男は後方から迫るBNR32に気が付いていた。

―――「"ワルの顔役"タニヤ」。

かつて「箱根商店街連盟」の理事を務めた男。

その正体は、卓越したドラテクを武器に箱根の治安を守るべく精力的に活動する箱根のご当地ヒーロー「TA仮面」のリーダー「TA仮面レッド」だった。

周囲からの信頼が厚い男だったが、一方で野心的で強い権力に異常な執着心を持っている。

かつて「TA仮面」の別メンバーが欠員になった時に奈美子と時雨に代役を頼んだが、結果として彼女たちにその野心的な性格、箱根を支配しようとして暗躍していたことがバレ、結果として箱根から追放されてしまった。

現在は都内に暗躍しているらしいが、その詳細は不明。

搭乗車種は赤いMY17式R35GT-Rニスモ。

 

「(この大会で奴に復讐できそうなのも何かの縁…勝ってオレの実力を示して見せるッ!!)」

タニヤとしては因縁のある時雨をここで打ち破ることで名声を回復したいと思っていた。

そして何が何でも勝ちたいと思う以上…アクセルを踏み込む力は自然と強くなる。

絶対に負けたくないという意思が走りからもあらわになっていた。

湾岸線に合流したGT-Rニスモはそのまま3車線のうち中央へと移動する。

 

「(ゴジラの名を持つマシンである以上、この車は言うまでもなく繊細だ…でも同時に、相手を食らい尽くせるほどのパワーもある)」

一方、前方を走るGT-Rニスモに対して時雨は全くもって焦っていなかった。

BNR32の性能を彼女はよく理解していたのだ。

絶大なパワーと足回りを持つBNR32だが、同時に繊細に運転することが求められる。

だが一方でこのストレートでぶち抜き、コーナーで差をつけることが出来れば確実に振り切れるはずだ。

そう思った以上、時雨はアクセルをフルスロットルで踏み込んでいく。

東雲JCT付近で、前方のGT-Rニスモがどんどんと迫っていく。

BNR32はGT-Rニスモの後方に付け、スリップストリームで鋭く加速していく。

 

「―――っ!?な、何だその加速は…!?」

「(立ち直れないくらいに…燃やし尽くせ!)」

ゴジラの熱線…ここぞというタイミングで使う放射火炎のような加速を見せて、加速するBNR32。

時雨は性能差で相手の心を折ろうとしていた。

アクセル全開で加速することで、あっという間にBNR32は320キロオーバーまで加速する。

そこからも加速が止まる気配はなく…みるみるうちにGT-Rニスモに食らいついていく。

GT-Rニスモ、300キロ近く。一方、BNR32は330キロオーバー。

車間距離数メートルとなったところで、時雨はハンドルをくい、と右に曲げてBNR32を右車線へと移動させる。

瞬間移動のように移動したかと思いきや、一番右車線を走っていたGT-RニスモをBNR32はあっさりと追い抜いてしまった。

場所としては、東雲JCT直後付近での出来事だった。

 

「(ば、バカな…300キロ近く出しているのに、そこから離される…!?)」

タニヤはアクセルを全開に踏み込んで、逃げているつもりだった。

だが、相手のBNR32はそれ以上の速度でストレート区間を駆け抜けていく。

時速340キロ。普通に考えたらとんでもない速度を出す中で、時雨はアクセルを踏み続けることをやめない。

東雲JCTから有明方面へとBNR32は加速し続ける。

 

「(速すぎる…!)」

タニヤとしては驚くしかなかった。

自分の車は型落ちとはいえGT-Rニスモなのだ。

それが、あんな何十年も前のBNR32に一蹴されてしまうとは思っていなかった。

前方を走るBNR32はどんどんと小さくなっていく。

 

「(もうすぐ有明JCT…左に入って、そこから直角コーナー…)」

一方の時雨はコースの事を考えていた。

有明JCTから台場線に入り、上り坂を上り切ったところに右直角コーナーがある。

そこでスピード差を示す…つまりコーナーでもストレートでも追いつけないと認識させればこちらの勝ちだ。

そう時雨は認識した。

 

「(ドリフトは使用せず、タイヤのグリップを生かして…)」

時雨はここに来て、お得意のドリフト走法を封印していた。

やはりBNR32に搭載されているアテーサE-TSの存在故にドリフトが難しいことをわかっていたからか、それとも無難に200キロオーバーでのドリフトが危険だと思ったからかはわからないが。

有明JCTを左方向に向かい、上り坂を340キロ近い速度で駆けあがっていくBNR32。

だが上り坂を駆け上がる中で、時雨は右車線から左車線にBNR32を移すのと同時に早めにブレーキを踏み込んだ。

 

「(やっぱり車に振り回されるようじゃダメかな…それにしても、今回の大会はなかなかに恐ろしい)」

ブレーキを踏み込んでBNR32を減速させる中で、時雨はふと思った。

今回の大会はなかなかに過酷であるという事を思い出していたのだ。

 

「(ストリートスタイルということからヘルメットはあくまで「任意」扱い。レーシングスーツとかも自由。300キロなんてよく考えたら怖いのに…)」

速度を220キロ台まで減速させた時雨。

コーナー直前できっちりと減速した上で、ハンドルを右に曲げてターンイン。

左車線から右車線、ゼブラゾーンへとアウトインアウトのラインを描きつつ曲がっていくBNR32。

そんな中でも時雨はアクセルをある程度踏み込んで速度を維持し続けていた。

タイヤが滑ることもなくスイスイと曲がっていくBNR32。

そんな中で時雨は別の事も考えていた。

 

「(まあ、かくいう僕やユキも今は普段通りの服なんだけどね。でもニトロ使用禁止も当然かな…)」

時雨は相手を振り切り、よそ事をするほどまでの余裕があった。

今回、時雨の服装はレーシングスーツなどではなく普段と同じ服装である。

おまけに、300キロ以上出しているのにヘルメット類もなし。言ってしまえば「ストリートスタイル」のまんまだった。

今回の大会では基本的にストリートスタイルが自然とされているため、皆レーシングスーツやヘルメットという訳ではなく…皆カジュアルでナチュラルな服装ばかりだった。

首都高でも200キロ以上のスピードは出していたが…今回の大会のスピードレンジは明らかにそれを凌駕するもの。

都心環状線や新環状ルートであるなら加減速があるのでまだしも、湾岸線や横羽線では普通に300キロ以上のスピードレンジを維持する必要がある。

ハッキリ言えば、レーシングカーと遜色ないスピードを出すことになるのだ。

それを、私服でとなると…よっぽどこの首都環状や首都高を走り慣れた者ならともかく、普通の人間にとっては常軌を逸しているといっても過言ではないだろう。

そんな大会だからか、今回の大会ではニトロの装着禁止…お助けアイテムなしのガチンコ勝負となっていた。

そんなよそ事を考えているうちに、BNR32は右直角コーナーを立ち上がり、湾岸線北行きからの合流付近を通過。

そのまま時雨はアクセルを踏み込んでBNR32を加速させていく。

速度はあっという間に300キロ台まで到達し、そのまま台場線を走行。

一気にレインボーブリッジへと走り抜けていく。

 

「(速い…速すぎる!!あんな奴にこの俺がっ…!)」

同じ頃GT-Rニスモは、右直角コーナー手前でブレーキングしている途中。

速度は300キロ台から200キロまで落としていく。

ブレーキングを粘ったはいいが、それでも追いつけない。

純粋なパワーで明らかに負けていた。

いくらノーマルで600馬力のGT-Rニスモとはいえ…今回の相手ばかりはあまりにも悪すぎる。

例のモンスターマシンはまるで相手にしていないかのように振り切られてしまっていた。

 

「(クソッ…!箱根で台風の目と化していたアイツが、ここまで速くなるとは…!!)」

まさかかつて敵対したドライバーがあの車に乗ることでここまで速くなるとは思わなかった。

ドライバーとしての実力は申し分ないし、あのマシンの性能も明らかなモンスターマシンだろう。

そんなモンスターマシンを乗りこなすまで成長するとは…やはり早めに潰しておくべきだったのかもしれない。

そうタニヤは後悔するしかなかった。

だが同時にこのままでは後塵を拝すしかない…そう思った次の瞬間だった。

 

「……!」

「っ…!?」

右直角コーナーを脱出し、アウトに膨れて左車線を走っているGT-Rニスモ。

だが、コーナーを脱出した直後…そのすぐ右横を、1台のマシンが追い抜いて行った。

湾岸線との合流からレインボーブリッジまでの長いスピード区間でもまるでその瞬発力を発揮するかのように、GT-Rニスモを振り切る勢いで走り去っていく。

GT-Rニスモのスピードメーターが300キロを示しても、当のマシンは全くもって追いつく気配がない。

加速でもコーナーリングでも明らかにこちらよりも上で、とても追いつけない。

だが、あんなマシンがいただろうか?…いや、いた。

今回のレースではGT-Rが自分を含め3台も走行している。

そのうちの1台…おそらく、プロレーサーのどちらかだろう。

 

「(ッ…さっきのはまさか、ゼロヨンチャンプ!?アイツにもまさか…!)」

ドベ2を走行することになったタニヤは、追い抜いて行ったR35GT-Rに愕然とするしかなかった。

現役のゼロヨンチャンプのマシン。

それが、直線区間でその性能をフルに発揮するかのように加速していく。

一方のタニヤも負けじとアクセルを踏み込むも…ギヤ比を誤っていたのか、それとも純粋なパワー不足なのか、ストレート区間でもコーナー区間でも追いつくことは一切できなかった。

タニヤのマシンはズルズルと後方へと消えていく。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「ふう…なんとかなったわね」

「すげえ…あっさりと追い抜いた!!」

マシンを振り切ったことで、奈美子は一息ついてヘッドセットを外した。

一方でR35GT-Rを振り切った様子を見て、ジュリアは驚くしかなかった。

 

「…凄いです凄いです凄いです!やっぱりお2人は最強です!埼玉サウザンドに入ってください!県内の好きな所に家も建てますからっ!!」

一方のイロハはナミコをゆさゆさと揺らして、奈美子に対して「またチームに入ってほしい」と言わんばかりの態度を取った。

するとここで、奈美子はイロハの方を見てどこか呆れたかのようにこう口にする。

 

「はあ…また時雨に唆されても知りませんよ?次は遠征のためのスポンサーになるように要求されそう…」

「そ、それくらいなら寧ろぜひやりたいですっ!!」

そう言ったイロハだが、さらに奈美子は言葉を続ける。

 

「でも、遠征費用とか馬鹿になりませんよ?何せ時雨、D1ライツはシーズン出場が決まっているから全国各地に遠征することになっているんだから。おまけにしばらく全国各地のサーキットに行く予定ですし、パスポートを取ったからまた海外もありえますよ?あとはメカニックへの給料とか、整備費、サーキット使用料とかも…一体年間でいくらかかるやら…」

「うぐっ…!!」

時雨は今後D1ライツに出場が決まっており、それこそエビスサーキットや日光、茂原や備北など様々なコースを転々とすることになる。

いくら年間5回の遠征とはいえ、アマチュアレベルのドライバーでは明らかに負担が大きすぎる。

それはやはり、いくら整備士であっても店を持っている以上大きな移動ができないイロハが一番わかっていた。

そう思うと、イロハはもうこれ以上は難しそうだと思うしかなかった。

 

「ハッハッハ、こりゃ一本取られたなイロハ!」

「うぐぐ…」

あっけにとられるイロハに対し、ジュリアは呆れつつも笑っていた。

すると、レースの状況を見てそれを見ていた他の仲間たちも口を動かす。

 

「しっかしすげえな、時雨ちゃん。後方からの追い上げもあっさり振り切っちまった」

「まあ、グレなら当然ですよ」

「それにしてもとんでもなくキレた走りをしてやがる…アタシらがいくら練習しても追いつけないレベルだ…!ありゃとんでもない才能だ。もうどうしようもないくらいだな!」

赤沢と雪風、そしてジュリアが各々発言する。

すると、その時だった。

 

「…そうでもないですよ?」

「え?」

ジュリアの言葉に反論するかのように口にしたのは、雪風だった。

 

「グレは、確かに速いです。でも…グレの速さは『才能』じゃないんです。あたしに追いつくために、様々な人とバトルをしてきたんですよ。それにあの車の力もありますし…努力の方向性さえ間違わなければ、きっと誰でも追いつけると思いますよ?」

「…この人は?」

「雪風ちゃん…時雨が首都高で武者修行をするきっかけになった人物なんです。時雨の最大のライバルなの」

「えっ、マジか?たしかAブロック決勝で勝った奴だよな?そんな奴が時雨のライバルだったのか…」

「じゃあ、あなたが現役の…『ゼロヨンチャンプ』ですか!?」

「はいっ、一応ゼロヨンチャンプなんて呼ばれています。イロハさんとジュリアさん、でしたっけ?お2人は速い人たちからセッティングを学んで、互いに努力をしてきたんですよね?」

雪風と言うドライバーがいること自体は聞いていたが、ジュリアとイロハはそんな彼女がこんなところにいるとは思わなかった。

それも、時雨とほぼ同い年のドライバーではないか。

すると、驚いている中で雪風が言葉を続ける。

 

「は、はい」

「そうだけど…」

「だったらあとはコースを走り込むだけですよ。あるいは車のチューニングをもっと極めるか…」

「い、いや…そう言われても…」

「なあ…」

雪風が言っていることは非常に単純なもの。

速くコースを走りたければ走りを極めるように努力しろ、というものだった。

 

「走り屋とかモータースポーツなんて、結局どれだけガソリンやタイヤやオイルを使っただけなんですよ。あたしは確かに運よくゼロヨンチャンプになれたけど、普通はどれだけ努力できたかなんですから。コーナーの曲がり方やドリフトのやり方とか学んだら、あとはそれを実践すればいいんです。それが出来なければ、もっと別の工夫とかもあるはずだと思うんですが…」

「ほう、言ってくれるじゃねえか。まあ間違えじゃねえな…お前の場合は圧倒的に運が良かったけど」

「んもう、赤沢さん!」

「「……」」

「(この子、正気なの?いくらそんな単純な理論とはいえ…)」

雪風の言っていることは間違えではなかった。

ストリートレースでの車と言うのはどれだけお金を費やしたかと言うのが結論であるとはいえる。

雪風の場合運がよかったのもあるが、それ以上に彼女はスタートダッシュやドリフトに時間を費やした。

だから、ゼロヨンチャンプでも首都高のレースで活躍できた。

努力の方向性さえ間違わなければきっと速くなれる…それが、Aブロック優勝者の言葉だった。

その子とは至極当然なのだが、あまりにも曇りなき目をしていた雪風の言葉に対して2人はただただ唖然とするしかなかった。

 

「またアタシらも特訓のし直しだな」

「はい…ちょっと自分に自信を持ちすぎていたのかもしれません」

雪風の言葉に対しては絶句する2人だったが、「ゼロヨンチャンプ」という実力者である以上口をつぐむしかなかったのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

―――同じ頃。

 

「(ほう…悪くねえ腕だ。見た感じありゃ800馬力はあるモンスターだが、それを見事に手なづけているな。やっぱりある程度は知っていたが、ショウが気にいるのもわかる…)」

別の場所で中継映像を見ていたヒュウガは、時雨に対してふとそう思うのだった。

ペースを安定させて走る時雨は、まだ爪を隠している。

だがそれでも、その実力は僅かながらにじみ出ている。

あれは確かな速さを持つドライバーの実力だ。

そうヒュウガは思っていた。

だが一方で…ヒュウガはあることを気にしていた。

 

「(しかし雲行きが怪しいな…一雨来るか?)」

 

 

 


 

 

 

 

推奨BGM

―――数分後。

 

「ジュリアたちは…あそこのようだ」

「あのブースかあ。結構デカくね?」

特設のセコンドブースへと近づく2人の影。

やはり時雨の知り合いだった。

建物に入ると、多くの仲間たちがただただレースモニターを見て注目している。

すると、その陰に気が付いたかのようにジュリアとイロハが2人のドライバーの方を向いた。

 

「おう、タスク…来たか」

「それに、レツさんも!」

「来たぞ…奈美子、久々だな」

「久しぶりだな、ナミちゃん!」

やってきたドライバーこそ、元東京マッドブリッツの幹部…タスクとレツだった。

 

「タスクさん!イロハさんとジュリアさんから話は聞きました。2人ともマッドブリッツに色々と鍛えられたって、喜んでましたよ!」

「別に彼女らのためじゃない。我々がこの首都高で2度と負けないためだと思っていた…」

「思っていた?」

奈美子が疑問に思うと、タスクは落ち込んだようにこう言った。

 

「残念ながら私も既に敗北済み。鍛えたと思っていたこと自体おこがましい…無策で、何も考えずに走っていたのが大きかったか」

「コイツ、大会のレースで負けて相当凹んでいるんだ…まあ1回戦落ちだったからなあ」

「…レツさんは?」

「何とか2回戦には進めた…だが、そこでお流れよ。走りもいろいろ研究したつもりだったんだが、やっぱり基本的なパワーもテクニックもまだまだってもんだったな…」

そう、タスクもレツもどちらも2回戦までに負けてしまったのだ。

やはり彼らにとっても今回の大会のレベルは高かったという事だろう。

すると、サマンサがまた気にかけたように質問する。

 

「…知り合い?」

「ええ」

「ナミコ、あなたと時雨は知り合いとか友達多すぎじゃない?一体この国で何してきたの…?」

「別に何も…走ってきただけだよ」

「……」

奈美子の言葉に対して、サマンサは愕然とするしかなかった。

すると、レツとタスクは言葉を続ける。

 

「俺達は確かに腕を磨いたつもりだった。だが、それは井の中の蛙と言うものだったのかもしれない…」

「それでも時雨は、『箱根の時雨』は違うと俺は信じている」

「…違う?」

タスクの言葉に疑問を抱いたのはサマンサだった。

それは一体どういうことなのか?

 

「時雨の走りは、単なる『数字』や『言葉』だけでは表すことが出来ない。私はこれまで重要視していなかったそれを、今までの私の走りにプラスしたいと思っている…」

「……」

時雨の走りは、ただの言葉では表せない…それこそ特別な何かがある。

そうタスクは断言した。

だが、その時だった。

 

「…あれ?」

レースモニターを見ると、映像に水滴がついていることに気が付いた。

どうやら、雨が降り始めたようだ。

 

「雨か…」

タスクは雨が降り始めたことを悪く思っていた。

普通のドライバーなら悪天候ほど嫌いなコンディションはない。

これは時雨もまずいのではないか?

そう思いつつもレースモニターを見届ける。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

推奨BGM:UNICORNS(from SUPER EUROBEAT 2025)

―――雨が降り始める直前。

時雨のBNR32はレインボーブリッジを渡り切っていた。

台場線からスピードが乗っていたこともあって、レインボーブリッジ上で330キロを記録している。

渡り切った直後にある右直角コーナーゆえにブレーキを踏み込んだこともあって、今は240キロまで下がっているが…それでもハイペースなことには変わりなかった。

 

「(雲行きが怪しい…もう数分もしないうちに雨が降るだろう)」

先程から空模様が怪しいと判断していた。

今日は場所により通り雨があるといわれていたのだ。

時雨のマシンが履いているのはストリート仕様のタイヤであるため、排水性はしっかりある。

普通の一般道の路面であれば基本的に問題ない万能タイヤである。

 

「(さっきのプッシュからスピードを維持している分、少し水温と油温が気になるな…)」

レインボーブリッジを330キロというスピードで駆け抜けている中で、時雨はマシンコンディションが気になった。

いくらペースを落としたタイミングもあったとはいえ、油温は104度、水温は今94度…まだ問題はない。

だが今後後方からマシンが追い上げてくることを考えると、少しは温度を下げておきたいという思惑もあった。

 

「時雨君、もう間もなく2位のマシンと接敵予定だ」

「車種は何ですか?」

『NSX…NA2型だ。だが、MUGEN RR Conceptといって、特別なコンセプトカーだ。普通のマシンとは一味も二味も違う…気を付けてくれ』

「わかりました…追いつきます」

目の前には芝浦PA。

その出口の先…左右の連続コーナーに、白いNSX…コンセプトカーのレプリカのそれが、走っていた。

 

「(2位のマシンは…環状線に合流したら追い抜こう)」

スピードが乗っている以上、無理に追い詰めて接触するよりかはコーナーで追い抜く。

それが時雨の方針だった。

この先ストレート区間とテクニカル区間が複合するが、やはり追い抜きポイントとしては環状線に合流しての汐留S字コーナーだろう。

スピードに多少乗せた上で突っ込めば、いくらでも追い抜けるに違いない。

そう認識した時雨は、アクセルを調整しつつも前方を走るNSXコンセプトに挑戦状をたたき込む。

 

「(おおっ、キタキター!あれが例の『箱根の時雨』ちんだね~?現役の『皇帝』と戦えるなんて、激アゲだよぉ~!!)」

NSXを操縦するギャル風の社長女性ドライバーはバックミラーが光ったことを見て感じ取った。

例のBNR32が追い上げてきているという話を聞いていたのだ。

遂に来たか、と覚悟を決めていた。

―――激アゲ★社長のナツミ。

見た目こそイケイケなギャル女性でありながら、その正体は大手IT企業の社長。

実は子持ちであり、子供たちも走り屋であるという年齢不詳な人物。

主にWebサービスやWebサイト、さらにはスマホアプリ、プラットフォームなど手広く運営するやり手である一方、やはり性格自体はギャルならではのアゲアゲ。

しかし一方でそのドラテクの実力は非常に高く、かつて箱根で「当時の皇帝と肩を並べる程の超実力派」とまで言われたドライバーだった。

だが会社経営が波に乗ったところで多忙となり、家庭の事情もあって引退。

最近はある程度余裕が出来たため、現在は「ある新規アプリの開発」のためにこの大会に出ているという。

搭乗車種はNSX(NA2)の無限製コンセプトカー、MUGEN RR Concept。

 

「って、ありゃ?」

NSXは芝浦PA直後の左コーナーから右コーナーへ。

そんな中でナツミはマシンを操縦する中であることに気がついた。

いつの間にかフロントガラスが濡れていたのだ。

嫌な予感がした。

雨が降ってくる可能性が高いのだ。

 

「(まさか…雨!?ヤバぁ…通り雨ありそうって聞いてたけど、ここで来るかぁ…!!)」

ナツミ自身、雨が降る可能性は知っていた。

だが270キロ以上と言うスピードレンジを雨の中でかっ飛ばすというのは、実力が高くてもプロレーサーではない彼女にとっては敷居が高かった。

あっという間にフロントガラスの雨粒の数は増えていき、あっという間に雨が降り出した。

まさかの通り雨により、あっという間に路面はウェットコンディションへと変化していく。

幸いにもNSXが2つのコーナーを脱出したところで雨脚は増していく。

それに合わせてナツミはNSXのワイパーを最高速度で回す。

 

「(雨は振り始めが一番怖いのよねぇ…ペースを下げるしかないわぁ…!)」

雨の中で200キロ以上と言うスピードでかっ飛ばすこと自体がとんでもなく無謀であるということ自体はナツミ自身がよくわかっていた。

何せここは首都高、それも首都環状エリア。

エスケープゾーンなんてものはなく、一瞬の操作ミスが命取りになりかねないほどのコース。

しかも雨となるとマシンの制御はさらにハードルが引きあがることは言うまでもない。

ただでさえ滑る路面でタイヤを取られる可能性だっていくらでもあるのだ。

直進する中で雨脚は徐々に強くなる。

目の前には浜崎橋JCTが見える。

今回のレースでは環状線内回りに行く必要がある。

 

「(でもこの先のトンネル区間、そこからのテクニカルセクションに入ればまた体勢を立て直してマージンを作れるはずだしぃ…!)」

羽田線との合流直前に右車線を走るNSX。

そこから合流した直後にハンドルをすっと右に曲げて、4車線のうち一番右の車線へ。

そのまま分岐直後の左高速コーナーにおいてアウトインアウトのラインを取れるように、都心環状線内回り方面へと疾駆していく。

 

「(今まではユキに注目させることで、周りからのプレッシャーを抑えていた。でも、ここから先はそうはいかない。自分で期待を超えていくんだ)」

一方の時雨のBNR32。

こちらも浜崎橋JCT手前の4車線地帯へ。

そんな中で時雨は覚悟を決めていた。

周りからのプレッシャー、期待には負けない。

何より自分自身で壁を乗り越えていく必要がある。

当たり前ではあるが、その決心を固めていた。

そしてそうである以上、前方のマシンを追い抜きたいという気持ちも強くなる。

前方のNSXが都心環状線分岐付近の左高速コーナーをアウトインアウトのラインで駆け抜けていく中で、時雨はアクセルを踏み込んで前のマシンへと接近させていく。

雨の中でもアクセルを踏み続けることで、その車間距離は確実に縮まっていく。

 

「(雨が降り始めたおかげで水温と油温が下がるはずだし、相手の走りは守りに入るはず…これはチャンスだ。隙を見せたら、そこを突くまで!)」

時雨は自分自身が「悪天候に強い人間」であることを理解していた。

雨の中でもアクセルを踏み続けるという度胸があるのだ。

おまけにBNR32という、アテーサE-TSを搭載して「スピンさせないようにしている車」であるならば猶更鬼に金棒。

250キロ以上と言う速度域でも遠慮せずにアクセルを踏み続ける。

 

「(つう…この高速域で、雨はマジでヤバぁ…!いくら首都環状は慣れているからって、雨はヤバいって…!!)」

一方、雨の降り始めという事もあってナツミは一種のキツさを感じていた。

路面の埃が雨で流され始めたことにより、一気にスリッピーに。

250キロオーバーと言う速度域で車が滑ってしまったらあっという間にスピン待ったなし。

峠の200キロ台ならともかく、首都環状でそのスピード領域はあまりにも危険だと判断していた。

一瞬でも油断すればコンクリートウォールにドカン。

いくら貸し切り状態とはいえ安全マージンもくそもない、そんなサーキットで雨なんて降られたら、攻めることは難しくなるのは当然だろう。

 

「(安全マージンを取らないと、命が足りないってば…!)」

都心環状線内回り号中直前の左高速コーナーを、ブレーキングした上でなんとかアクセルオフのままスルーしたNSX。

その先の合流地帯から汐留S字まではロングストレートである以上、ナツミはアクセルを踏み込む。

速度は220キロから270キロまで加速していく。

 

「(雨の降り始めが一番危険なのは僕もわかっている。やっぱり向こうも必死みたいだ…)」

一方の時雨は、同じようにコーナーに飛び込むも…一瞬だけブレーキを踏み込んだうえでアクセルオフのままコーナーを通過する。

コーナー脱出時のスピードは明らかにこちらの方が上。

雨というコンディションは、アテーサE-TSを搭載しているBNR32にとってはかなり有利な条件だった。

簡単にマシンが横滑りしないので、コーナーでもガンガン攻めていける。

とはいえあまりのハイスピードに多少滑ることもあれど、そこは覚悟の上。

時雨が自然と身につけていた自信が、「それでも問題ない」と認識する大きな一因となっていた。

前方のNSXが迫る中、時雨はアクセルを踏み続ける。

 

「(だからこそ…僕から逃げてみろ!)」

前方には都心環状線内回りとの合流。

2車線から4車線、そこから3車線へ。3車線になれば汐留S字。

そこでぶち抜けばいい…時雨は認識した。

スピードレンジと突っ込み勝負。ここで勝負を決めて、自分はさらに上に行く。

時雨はそう認識した。

速度は290キロまで加速する。

雨が降り続ける中で、NSXとの車間距離は確実に詰めていた。

前方のNSXが徐々に大きくなっていく。

 

「(噓でしょ……向こうのペースが速い!?)」

「(踏んでいける…僕の方が速い!)」

雨が降りしきる中で、2台は環状線に合流。

新交通システムの高架下…汐留S字へと迫っていく。

方や280キロ、方や300キロ近く。

車間距離は迫るが、同時にコーナーも迫る。

2台は一番右の車線でテールトゥノーズを維持しつつも、最初の左コーナーへと飛び込む。

 

「―――!!」

「……」

早めにアクセルオフ、からブレーキを踏み込むナツミ。

だが、時雨はそれ以上にブレーキを我慢してS字コーナーの最初のコーナー…左コーナーへと飛び込んでいく。

NSXが早めに速度を280キロから180キロまで落とす中、BNR32は300キロから200キロまで落とす。

ブレーキングからアクセルオフのままナツミがハンドルを左に曲げ、時雨もナツミより多少浅めにハンドルを左に曲げる。

だが、NSXが一番右の車線から一番左の車線へと移る中で、BNR32はそれを追い越すペースで真ん中の車線へ。

前方がガラ空きになったところを狙ったかのように、BNR32は突っ込んでいく。

 

「(っ…!?)」

コーナーワークではある程度余裕を持ちつつも攻め込んだつもりだったナツミ。

だが、走行ラインで攻め込んだのはいいが…スピードが足りていない。

一方の時雨はスピードで攻め込み、真ん中の車線を走りつつもNSXの走行ラインを潰すかのような形となった。

 

「(噓でしょ…この大雨の中で全くもってペースを落としてない。そりゃないって…!?)」

最初の左コーナーを抜けたら、すぐに右コーナー。

左に攻め込んだのはいいが、真ん中を走られてしまったことで今のスピードではラインが潰されてしまっている。

おまけに雨が降っている以上、スリップのリスクも高い。

サイドバイサイドで走る2台だが、ナツミとしては何としてでも追い抜きたい。

だが、今のスピードでアウトから追い抜こうとするとアンダーステアで壁へ一直線だろう。

目の前に右コーナーが迫る中で、ナツミはブレーキを更に踏むしかなかった。

ラインを潰された以上、自分がスピードを落としてそのラインへと移るしかない。

NSXの速度は180キロ台から160キロへと下がり、次の瞬間にはBNR32はNSXよりもノーズを突き出して右へと旋回する。

BNR32は真ん中の車線から右の車線へ。そして汐留JCTの分岐直前には再び真ん中の車線へ。

一方のNSXもテールトゥノーズの状態ながら、BNR32の後方に付けて追いかける。

だがコーナーリングスピードは明らかにBNR32の方が上。

雨の中の立ち上がりでもアクセルを全開に踏み続け、その安定性を維持しながらもBNR32は加速する。

しかし一方、MRのNSXも追いかけるように加速しているが、その加速は鈍く…どこか躊躇している。

やはり雨の路面でスリップする危険性があったからか、それとも単純にコーナーリングスピードの差がここに出ていたか。

どちらにせよ、コーナー立ち上がりの初期段階でアクセルを踏み込めなかったことは大きなハンディと化していた。

 

「(っ…やられたぁ。まさかこの雨を味方につけるとはねー…)」

雨の路面でもアクセル全開で加速していくBNR32。

雨を味方につけて加速していくBNR32の姿はまさしく水を得た魚同然。

汐留JCT直後の下り坂で2台は加速するが、その加速差もあってあっという間にナツミのNSXとの車間距離を広げていく。

ナツミとしては完全に一撃離脱同然でやられたのを痛感するのと同時に、その度胸に驚くのだった。

 

「(時々思うんだ。僕は夢を見ているんじゃないかって。あの海の底で、僕は眠りについて夢を見続けているんじゃないかって…)」

BNR32は汐留トンネル内の右直角コーナーへ。

250キロまで加速したところでブレーキを踏み込んだ時雨は、コーナーへ飛び込む中で物思いに更けていた。

今の自分は、ここまでかなり順調である自分は…長い長い夢を見ているのではないか。

あの海で沈んだ自分が、肉体こそ滅んだけど魂と言う形で夢を見ているのではないか。

思い通りになることの多かった以上、時雨はふと思っていた。

この夢が冷めたら自分はどうなるのか。

再び自分は戦場に飛び込むことになるのではないか。

なぜか時雨はそんなことを考えていた。

 

「(だけど今は…ただ前へ走るんだ。自分自身の限界まで戦うって、決めたんだ…)」

汐留トンネルの最初のコーナーで180キロまで減速して、アクセルオフのままハンドルを右に。

左車線から右車線へと移り、コーナー脱出で再び左車線へ。

左車線へと移る中で時雨は再びアクセルを踏み込み、BNR32を加速させていく。

汐留トンネルの左高速コーナーを抜けたところで、先ほどまでバックミラーに映っていたNSXはお祭り屋台のスーパーボールサイズにまで小さくなっていき…そのサイズはトンネルを抜けてしばらくしたところで完全に点になった。

BNR32はその後も勢いを止めることなく、1位のマシンを目掛けて駆け抜けていく。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「す、げぇ…!時雨ちゃん、雨をもろともせずにあっさりと2位のNSXを追い抜きやがった!」

「(噂には聞いていたが、ここまでとは…もはや私たちが到底届くはずのない領域まで、時雨は行ってしまったのかもしれない)」

NSXをオーバーテイクした姿に対し、レツもタスクもただただ驚くしかなかった。

まさか雨が降っている中でこうもあっさりと追い抜いてしまうとは。

いくらBNR32がアテーサET-Sを搭載しているとはいえ、それでも相手のドライバーは実力者だ。

それを、完璧に雨を味方につけて追い抜いてしまった以上…驚くしかない。

 

「素晴らしい走りだ…まさか雨をも味方につけるとは。本来の私なら隅々まで分析し、各コーナーごとのアクセルワークやブレーキングワークさえ計算していたところだ。だがそれだけじゃない…」

「…しかし、 まさかここまで速くなるなんてな。こんなことならタスクからもっと色々勉強しておくんだったな。走りの事も、車の事も」

タスクもレツも時雨の走りに対してはすっかり魅了されていた。

すると、タスクは何かに気が付いたかのようにこう口にする。

 

「やはり時雨の走りには、俺達の実力以上のプラスアルファがある…それは言葉に表せない。ただ、言えるのは…ヤツの走りを見届けることが、俺の楽しみだったのかもしれないな…」

「タスクさん…?」

タスクは自分自身が何か変わり始めていることを感じていた。

彼女が速くなることを望み、同時に…彼女の走りには自分たちにない何かがある。

そう思った以上、あることを口にする。

 

「俺達には皆足りないものがある。チーム同士、今後も互いを助力し合えればいいな。それで少しでも、時雨に追いつければ…」

「…お前、 本当にタスクか!?きっもちワリィ!どう思うナミちゃん!?」

「いや…驚きはしますけど別に、いいことですし…」

タスクとしてはやはりチーム同士腕を磨いて、少しでも時雨に近づきたいと願うしかなかった。

その様子はレツから見るとあまりにも不気味だった。

一方でレツはこう口にする。

 

「くおぉ~時雨ちゃん!タスクにそこまで言わしめたんだ、どうか優勝してくれ~!!」

「は、はは…」

あそこまでの勢いを見た以上、レツとしては時雨の優勝を願うしかないのだった。

その様子を苦笑いしつつも見ていた奈美子だったが、ふと別の方向を見るとあることに気が付いた。

 

「あれ、サマンサ?」

サマンサがいない。

先程までそばにいたサマンサが、どこかに行ってしまった。

すると、そのことに気が付いたソウイチが声を掛ける。

 

「ああ、サマンサ君はちょっと用事があるから、と出ていったよ」

「あ、そうですか…」

ソウイチはサマンサが「用事がある」と言って出ていったのを伝えるのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

―――建物の外。

サーサーと雨が降る中で、サマンサは傘を差しながらある場所に電話をしていた。

 

『…どうした?』

「パパ…総合決勝は横に乗せてもらっていいかしら?時雨やユキカゼの走りを後ろから見たいの」

『構わないが、それでいいのか?…ヒュウガやユキカゼはオスカーに似てる走りをする奴らだ。見るのはつらいのかもしれないが』

「今のままじゃ時雨は、ヒュウガやユキカゼに勝てないわ…そう頭では思ってるはずなのに、なぜか期待もしてる」

『…なぜ自分をそう思わせるのか、フロントガラス越しに確認したい、か。やはりお前はドライバーだ。 俺はうれしく思う。今回の大会決勝のカメラカーに、特別なマシンを用意してあるから…それに乗るといい』

「特別なマシン?」

『まあ、それはお楽しみだ。お前にはそれを一足先に見せたい…興味があるなら大会運営本部に来てくれ。スタッフに声を掛ければ通じるはずだ』

「…I see. 行くわ」

そう言って電話を切ったサマンサは、すぐそばにいた大会スタッフに声を掛ける。

スタッフによって車に乗せてもらい、大会運営本部へと移動するのだった。

 

 

 


 

 

 

推奨BGM

―――数分後、観戦会場。

 

「皆盛り上がってるぅー?んー?聞こえないわー!み・ん・な!盛り上がってるぅー!?」

雨が降ってしまったことで、屋内とはいえどこか声が落ち込んでいるように感じていた。

すると、オリビアは発破をかけるように声を掛ける。

 

「雨で少し気分が落ちちゃったかな~?でもー私たちの走りへの魂は簡単に燃え尽きないこと、示してあげましょ~!!」

オリビアのメロメロボイスに対し、会場は再び活気づくのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

―――同じ頃。

観戦会場で2人のドライバーが映像を見ながら感想を口にしていた。

 

「あのBNR32…どう思う?僕は…とても速いって思ったけど」

「なかなかの走りだ…注目を集めるのも分かるし、今なら首都高トップクラスに駆け上がれる」

首都環状屈指の実力者である2人のドライバーは、時雨の走りについてそう互いに口にしていた。

すると、若者の方が「師匠」に質問する。

 

「でも、出なくてよかったのかな?こんなの人生で一度きりだと思ったんだけど」

「それはお前もそうだろう?抽選にも参加していないそうじゃないか?」

そう、2人は首都環状屈指の実力者なのに、今回の大会には出場すらしていなかったのだ。

その理由はなぜか?

 

「僕は…苦手なんだよね。こういう、舞台が…」

「なら、俺も同じだ。俺たちはあくまでバトルがメイン。こういう形のレースをしたいわけじゃないのさ」

「そっか…まあ、知り合いも皆負けちゃったみたいだし、そういうことなのかな…」

そう、首都環状の走り屋たちは「バトル」が出来ても、レースが出来るとは限らないのだ。

どちらかと言えばアンダーグラウンドな世界で活躍するドライバーたちである以上、今回みたいにスポットライトを当てられるのが嫌いであるというドライバーも多数いる。

この2人の場合もそうだった。

 

「(それにしてもあの紫のマシン…まるで、俺の師匠みたいだな……)」

年上の男はふと紫のBNR32についてそう思うのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

推奨BGM:RACE ME WILD(from SUPER EUROBEAT 2025)

―――同じ頃。都心環状線銀座〜新富町付近。

高架下の2車線地帯をBNR32が猛追する。

すると、300キロ近くを出している中で無線が飛ぶ。

 

『時雨、次のマシンが前に迫っているわ。1位のマシン…S2000よ』

『S2000?あのオープンカーの?』

「油断しないでくれ。相手のマシンはターボ化と魔改造が施されたモンスターマシンだ。ここまで勝ち上がってきた以上言うまでもないだろうが…」

300キロ以上のスピードで快走するBNR32で、時雨は奈美子たちから無線を受けていた。

どうやら次の相手が迫っているようだ。

 

「わかりました。追い抜きます…勝負は長引かせません」

『それと…相手はペースが落ちている。雨で戸惑っているようにも見える』

「チャンスってことですか?」

『ああ…それも千載一遇の、だ。今のペースなら江戸橋JCTまでに追いつけるだろう』

「…このチャンス、勝ち取って見せます」

ソウイチ曰く、チャンスが来ているらしい。

どうやら相手のマシンは雨に不慣れ。

ここまではずっとドライコンディションだったが、この悪天候において相手は苦戦しているようだ。

ソウイチは時雨が悪天候でさらに力を発揮することが出来る、という事を知っていた以上…彼女に発破をかけるのだった。

BNR32は300キロ台でそのまま新富町出口横を通過する。

 

「(来やがった…!ついに俺のところにも、か…!!)」

バックミラーが光ったことで、S2000のドライバーは後方から食らいつかれたことを認識した。

その姿はまだまだ若い男だった。

―――新社会人のアラシ。

つい最近、新社会人になった若者。

どこから手に入れたのか、J'S RACINGの魔王号S2000…のレプリカを操る。

一時期「最速になれる伝説の桜の木」を求めて関東中を走り回っていたことがある。

若者ならではの豪快さと大胆さを持ち、「嵐を呼ぶ男」と言わんばかりの走りでここまでのし上がってきた。

 

「(S2000か…軽いオープンカーでここまでよく来ている。いや…軽くてパワーがあるから攻め込めているんだ。でも…そのマシンでこの雨を走り抜けられるのか?)」

後方から追いかける時雨にとってはいささか疑問だった。

これまではドライコンディションであったために多少のゴリ押しも可能だっただろう。

あるいは才能があったのかもしれない。

だが、雨が降り始めたという事は…求められるのは、コーナーを攻めるというよりはこの状況を乗り切るという事。

 

「(や、ば…!雨で足元取られまくりだ!!思い通りに操れねえ…!!)」

アラシは自分の走りの調子が狂っていることを認識していた。

やはり格式ばっているレースである上に、雨で路面が滑りやすくなっていることが大きいのかもしれない。

雨のコンディションでここまで全開のレースをしたことなんて今までなかった以上、苦戦するのは無理もない話なのだが。

紙一重のテクニックで何とかS2000を操縦させるのが精いっぱいだった。

京橋出口直後の下り坂でブレーキを踏み込むもタイヤは食いついておらず、右車線から左車線へと膨れていく。

目の前には2つ目の橋脚が迫るが、接触寸前の間一髪で左車線へ。

左端の壁ともスレスレのところを走るというギリギリの状態だった。

 

「(相手のペースが落ちているのなら、確実に差をつけるためにさらに動揺を誘うか…)」

新富町出口直後の1つ目の橋脚を右車線で通過。

BNR32はそのまま京橋出口方面へと走り抜ける。

 

「(慎重に後ろにつけて…腕で食らいつけないなら、パワーで。パワーで食いつけないなら、腕で…単純と言えば単純だ)」

どこで相手を追い抜くか…それはやはり使い分けが必要であると時雨は感じていた。

コーナーで苦戦しているのであるならば、この先のコーナーで追い抜けばいいのかもしれない。

京橋出口直前でブレーキを踏み込み、BNR32を減速させて左車線へ。

京橋出口直後の下り坂で減速する中で時雨はハンドルをすっ、と右に曲げて左車線から右車線へ。

緩いS字コーナーを、全体の中央を貫くような走りで…なるべくハンドルを曲げないようにしつつBNR32を橋脚へ接近させる。

ロングブレーキングという事もあって速度は300キロ台から200キロ台まで落ちる。

雨が降る中でもフルブレーキを掛けても、ハンドルを大きく曲げることがなかったためか車が暴れることはなかった。

下り坂を抜けて橋脚を右車線へ飛び込む直前にブレーキリリース、そのままニュートラル状態へ。

飛び込んだところでハンドルをニュートラルにした上で再びアクセルオン。

前方を走るS2000を目掛けてBNR32を加速させていく。

 

「(ここ最近ストレスが溜まってるのもそうだけど、雨で思い通りに操れないことがここまでイライラさせられるなんてな…!)」

「(目標を捕捉した…追い抜く!)」

橋脚を抜け出し、前方にS2000の姿が見えた。

橋脚区間からロングストレートへ。

八重洲線からの合流直後を走っているS2000へBNR32は猛追していく。

速度は200キロ台から250キロ台まで加速する。

 

「(後ろから…!?スピードが違う!!)」

「(さあ、僕から逃げてみろ!)」

アラシの走りからはどこかちょろちょろと小物臭が漂っている…ように時雨は感じていた。

やはり彼があまり雨の路面に慣れていない…いや、雨の路面に慣れていてもここまでの速度域でかっ飛ばしたことがないからだろう。

雨の中をモンスターマシンで、それも250キロ以上のスピードで走り抜けるなんて言ったら常人では怖いに決まっているのだ。

結局彼も、常人の延長線上にいるのであり…やはり怖さを感じていたのだった。

八重洲線合流から3車線区間へ。

真ん中の車線から右の車線へと移るS2000。

そしてそれを目掛けてBNR32もテールに付く。

加速するS2000を目掛けて加速するBNR32は、完全に後ろに食らいついた。

 

「(後ろに付かれた…!)」

「……」

後方に食らいつかれたS2000。

アラシはとにかくアクセルを踏み込んで逃げるしかなかった。

速度は300キロ近くまで加速するが、雨の中で300キロを出すなんて恐怖しかなかった。

峠のスピードレンジと首都高のスピードレンジが違うという事はわかっていたが、それでもやはり怖くないといったら嘘だ。

おまけに後方から食らいつかれている以上アクセルを抜くことは許されない。

逃げて勝ちに行くか、アクセルを抜いて楽を得るか…

だが、勝つためには今はただ逃げるしかない。

それでもBNR32からのプレッシャーはどんどんと増していく。

 

「(折角ブロック決勝までこれたんだ!こんなところで負けてたまるかよ!)」

そう、このレースはブロック決勝。

ここで優勝すればそれなりの賞金は得れるし、名前を知らしめることだってできる。

諦めるわけにはいかないし、負けたくない。

2台はテールトゥノーズの状態のまま江戸橋JCT方面へと走り抜けていく。

 

「―――!!」

「……!」

江戸橋JCT直前のバンプ。

2台はテールトゥノーズの状態で300キロ以上のスピードで僅かにはねた2台。

そのまま右車線を走り続ける2台は、やはりテールトゥノーズの状態で向島線方面へ。

速度は310キロは出ている。

高架下区間に入り、いきなりレインコンディションからドライコンディションへ。

雨が降りしきる中で2台は前方のヘアピンへ向けて走り抜けていく。

だが、2台が向島線方面に進路を進めた時だった。

 

「(おっと…危ない)」

時雨は前方のヘアピンに備えて、早めにアクセルオフ、ブレーキングを開始。

フルブレーキング同然のブレーキングだが、ドライコンディションの中で速度は320キロから200キロ台まで落ちていく。

前方のS2000はブレーキングを遅らせているようだ。

だがそれでも時雨はマイペースにブレーキを踏み込んでいた。

ブレーキングの最中、時雨は早めにハンドルを左に一瞬だけ切って右車線から左車線へとBNR32を移動させる。

 

「(BNR32が離れた…っ!?)」

時雨がブレーキを踏み込んでワンテンポ置いたところで、アラシもアクセルオフからブレーキングへ。

目の前は江戸橋JCT右ヘアピンへ、S2000はオーバースピード気味に突っ込んでいく。

前方のヘアピンが迫る中で、アラシもアクセルオフからブレーキングへ。

速度は320キロ台から200キロ台まで減速させる。

ハンドルを僅かに曲げて、S2000を右車線から左車線へ。

そして高架下から抜けると同時にハンドルを一気に右へ曲げてアウトインアウトのラインを描こうとする。

 

「っ…!」

高架下を抜け、ヘアピンへ突入するS2000。

速度は180キロまで落ちていたが、これでも突っ込みすぎである。

だが、後方のBNR32から逃げるべくアクセルを全開に踏み込んだ瞬間だった。

 

「(後輪が…何だ!?)」

アクセル全開と共に、アラシは後輪のグリップが一気に失われたことを感じ取った。

勢い良くコーナーに飛び込んだのはいいが、高架下から外へ。

つまりドライコンディションからレインコンディションに変わった瞬間を、アラシは油断してしまった。

レインコンディションと言う状況で、ハンドルを曲げつつもアクセル全開にしたことによって足元を取られてしまった。

前もってハンドルを曲げつつも、ドライコンディションからレインコンディションに変わった瞬間にアクセルを踏み込んだらどうなるか?

ドライコンディションならタイヤが食いつく状況でも、レインコンディションであれば別。

言ってしまえば、後方のBNR32から逃げようとしたところでプレッシャーに押されてしまったのだ。

ハンドルをかなり曲げていたこともあり、後輪が滑り出したS2000はアンダーステアで外へと膨らんでいく。

伊達に600馬力以上のマシンで、おまけに雨の状況でハンドルを曲げた上でアクセル全開なんかにしたらどうなるか?

言うまでもないだろう。

立ち上がるのを我慢していたのは良いが、その限界がきてアクセルワークを誤ってしまったのだ。

普通であればコーナーリング中のアクセルは抑えるのが基本だろうが、アラシは焦ってしまったのだ。

若さゆえの勢いの良さが乱雑なアクセルワークとして裏目に出たか、はたまた後方からのプレッシャーに負けたか。

いずれにせよ後輪が滑り出した以上、カウンターを当てなければならないが…アラシは焦ってハンドルを左に曲げる。

 

「(や、ヤバい!!)」

後輪が言うことを聞かないS2000。

右にハーフスピンしたかと思いきや、今度はカウンターを当てすぎて左を向く。

制御不能同然の状態になってしまった以上、アラシはアクセルを抜いてブレーキを踏み込むしかなかった。

だがそれでもS2000はレインコンディションの中でいう事を聞かずに蛇行し続ける。

車が左を向いたらハンドルを右に向け、車が右を向いたらハンドルを左に向ける。

もはや振り子の作用の如く車体を左右に揺らすS2000。

では、その振り子が限界となったらどうなるか?

 

「うわあああっ!!」

右にハーフスピン、切り返して左にハーフスピン、再び切り返して右にハーフスピン。

雨の中でいう事を聞かないS2000は、右にハーフスピンしたところでこんどはぐるんと時計回りにスピンする。

雨によって摩擦係数が下がっていたこともあり、S2000のタイヤはあっという間にグリップを失ってスピンし始めた。

左車線から右車線へとスピンするS2000。

だがそんな中で、後方にいたBNR32は…まるでその状況を待っていたかのように、あっさりと左車線からS2000をオーバーテイク。

そのままBNR32は下り坂を下り、スピンしたS2000を完全に振り切るように加速していく。

スピンしたS2000は、なんとか右車線に留まる形で停車した。

方向としては完全に逆走同然だった。

 

「(や、やられた…嵐に振り回されたんだ)」

雨が降りしきる中で、ハンドルを右に曲げて再び進路を取るS2000。

だが、スピンした影響は大きく…既にBNR32は箱崎JCTの先へと走り去っているのだった。

何とか体勢を立て直して走り出すS2000だったが、この時点で完全に勝敗は喫していた。

 

「(この世界で起きていることは、僕にとってあまりにも都合が良すぎる。勿論僕だけが、というわけじゃないとは思う。でも、僕にとっては都合が良すぎる)」

―――一方、こちらはあっさりとオーバーテイクした時雨。

時雨は今までの事をふと回顧していた。

今身の回りで起きていることが、あまりにも自分自身に都合がよすぎるのではないか…

そう思ってしまった。

だが無理もない話である。

何せあの海で沈んで、いきなり走り屋デビューして、そこから皇帝と呼ばれるようになって…ニューヨークまで行ってしまった。

そしてそれらの出来事の合間合間には必ず壁があった。

だが同時に、その壁は「差し出された救いの手」によってあっさりと砕かれてしまった。

これを「都合がいい」と言わずして何というだろうか。

まあ勿論、自分には才能があったから救いの手が差し伸べられた名も事実なのではあるが。

 

「(僕が僕自身の限界まで戦い抜いた時、この長い夢は覚めてしまうだろう…目が覚めるまでに僕の命が先に潰えるか、それとも限界まで戦って真っ白に燃え尽きるか…)」

時雨は、今走り屋として生きていることを「長い長い夢」と認識するようになっていた。

そしてその長い夢から覚めた時、自分に何が起こるかわからない。

そんな恐怖を抱くようになっていたのである。

だが一方で仮に今自分が見ている者が夢だったというのならば、それまで自分は何ができるか。

そう思うようにもなっていた。

自分の命が潰えて夢から覚めるか、それとも真っ白に燃え尽きて夢から覚めるか。

戦った記憶が人々に残るのであるならば、後者の方がいいのは間違えがないだろう。

 

「(でも僕は走り続けるしか、ない…僕の走りは、多くの人に支えられている以上……その期待に応え、恩返しをするために)」

それでも時雨は、今自分が走り続けているのは「恩返し」のためであることを忘れていなかった。

そしてその恩に報いるために…時雨はアクセルを踏み込んでマシンを走らせていく。

そう認識したところで、時雨のBNR32は福住出口直前の右直角コーナー、左直角コーナーの複合コーナー地帯へと走り抜けていく。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

―――BNR32がS2000を追い抜いた頃。

 

「抜いた…!」

「す、すげえ!!」

「おおー、グレもやるぅ!」

「うむ…また速くなっているな!」

タスクやレツ、雪風やソウイチも時雨の速さには納得していた。

あのS2000は間違えなくかなりチューニングされているのは間違えないのに、それをまるで一瞬の隙をついたかのように追い抜いた。

その姿に対し、時雨の仲間たちは大きく歓声に沸いた。

すると、歓声に沸く中で1人の男が現れた。

 

「随分と騒がしく話してるな。時雨たちが『東京マッドブリッツ』に入るのか?」

「え、エニシさん!!」

東京マッドブリッツのリーダー…エニシ。

彼もバトルを終えて、時雨の応援にやってきたのだ。

 

「悪い冗談だな、エニシ…それより、 この大会に出てるぞ。ヒュウガが」

「ああ、どうやらカメラカーのドライブという形で肩慣らしをしているらしい。迷彩柄のRZ34に追い抜かれたとき、ヒュウガの姿を見た」

「迷彩柄のRZ34…そっか、エニシさんが出たレースのカメラカーだったわね」

タスクの言葉に、エニシは「見た」と言った。

やはりRZ34のドライバーはヒュウガだったのだろう。

 

「ああ。一瞬だけ見えたが、間違えなくヒュウガだった。おそらく総合決勝でチャンピオンとして出るんだろうな。バトルが出来ないとわかっていても、身震いするもんだ…」

「エニシさん…」

エニシはヒュウガに会うこと自体が身震いするといった。

だが一方で、こうも口にする。

 

「俺は時雨や奈美子に負けて、やっと『ライジング・サン』 に向き合えた。そして思ったんだ…『強くなりたい』と。だが、俺はその思いと言うものが中途半端だったという事も思い知ったよ」

「中途半端…?」

エニシは「強くなりたい」と願ったが、その願いはあまりにも中途半端だと自覚していた。

一体どういうことなのか…と奈美子が思うと、エニシは雪風の方を向いた。

雪風はびくりとしたが、エニシは言葉を続ける。

 

「そこにいる少女…雪風に、あっさりと打ち砕かれてしまった。俺は強くなりたいと思っていたが、どうやら彼女の願いが…それ以外のドライバーの走りへの思いが、圧倒的に上だったようだ」

「エニシさん…」

エニシ自身、雪風の実力はとんでもなく高いものだと自覚していた。

だが同時にこうも思っていた。

 

「だが、これで終わったわけではない。もしその意志が弱いのであるならば、走り続けて強くしていけばいい…車も速くすればいい。俺はそうも思ったんだ」

エニシとしては、自分自身が「最速になる」という思いは中途半端なものだったと感じていた。

それはやはり、10年のブランクもそうだが…雪風に打ち負かされてしまったことが大きいのかもしれない。

さらにエニシは言葉を続ける。

 

「この大会を経て、俺は新たな自分と向き合えたような気がする。そしてそうである以上…俺は走り続けて、壁を乗り越えていきたい。また0からやり直すつもりでいたい」

「エニシ…」

「俺は確かに敗れた。だがこれで終わりじゃない。最期まで俺は走り続ける…そしてそうである以上、時雨には…『伝説』を超えてほしいと思っている」

「……」

時雨に対して期待をするかのようにエニシはそう口にする。

それはやはり、優勝してほしいという思いも含んでいるのだろう。

すると、その言葉が気になったかのように口を動かしたのは…雪風だった。

 

「グレは、きっと伝説になれますよ」

「雪風ちゃん?」

時雨は伝説になる…そう雪風は断言する。

それは一体どんな根拠なのか?

 

「奈美子さんから聞きましたけど、あたしはグレから『最大のライバル』って思われていたそうなんです。でもそれは、あたしも同じなんです。グレを超えるために、あたしはゼロヨンだけじゃなくてラリーとかジムカーナ、サーキットレースとかにも挑戦した。そしてグレは、あたしを超えるために首都高やニューヨークでバトルに打ち込んだ…って聞いています」

「雪風ちゃん…」

「互いが互いにライバルだと思い込むことで、より腕に磨きをかけることが出来たんだと思っているんです」

時雨は雪風を「最大のライバル」と思っていたが、それは雪風も同じだったのだ。

互いにそう思うことによって、互いに努力して、そして継続的に腕を磨いていくことが出来た。

かつて「勝負に勝った」雪風自身も「試合では負けた」こともあって時雨の実力を認めていた以上、「時雨は間違えなく伝説になる」と思っていた。

すると雪風はこうも言葉を続ける。

 

「ここまで来た以上、グレはあたしを倒すために全力を尽くすはず。でも『伝説にもなりえる』からこそ、あたしも負けたくないんです。そう強く思いを持つことが…大切なのかなって、思います」

ここまであまり闘志を見せなかった雪風だが、時雨とバトルをすることになると聞いた時から…彼女は秘めたる思いを露にするようになっていた。

それはやはり、最大のライバルとの決着を望んでいるからか、それとも単純に優勝したいからかどうかはわからなかったが。

その秘めたる闘志を見て、エニシは納得したかのようにこう口にする。

 

「くくく…そうか。最大のライバルであるお前さんからしても時雨は伝説になる、か…ならば話は早い。まずはヤツがどこまで行けるのかを、見届けさせてもらうぞ」

まずはやはり時雨のバトルの結果が気になる。

そうエニシは口にした。

そこからエニシもレースモニターを見つめる。

 

「(チャンプを呑むか、皇帝を打ち壊すか…)」

エニシは静かにそう思った。

 

 

 


 

 

 

推奨BGM

―――時雨のBNR32が福住方面へ走り抜ける頃。

トヨタアリーナ東京ではオリビアがバトルの現状を報告するようにこう口にする。

 

「いよいよBブロック決勝クライマックスに入ってきたわよ~ん!トップ争いをするのはハイパーに凄いドライバーたちばっかりだから、見逃したら次の人生も後悔するわよ~ん!!」

時雨のマシンが先行する中で、「ここからは見ないと損」と伝えるかのようにオリビアはそう言うのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

―――同じ頃、別の観戦会場。

今回の大会はトヨタアリーナ東京だけでなく、複数のパブリックビューイングが用意されていた。

なおそこでも入場料を払えば一部指定席の自由席ではあるとはいえ…椅子に座って観戦することが出来る。

とはいえ自由席は安価である以上、よくある鉄パイプ椅子なのだが。

一言でいえば、VIPや指定席はトヨタアリーナ東京、それ以外のパブリックビューイングでは自由席or立ち見なのだ。

今回の場合、複数に観戦会場が用意されているほか…ネット配信もあって全国や世界各地でその映像を見ている者がいるのだった。

そして、お台場の別会場では…例の元レーサーと、それに連れられたドライバーが共に椅子に座って観戦していた。

 

「やっぱりすごくリバティーしてるね、例のBNR32!快進撃は知っていたけど、あそこまで走るなんてね」

映像を見ながら、カンナは感心していた。

例のBNR32がものすごく速いとは聞いていたが、まさかここまでとは思わなかったのである。

箱根の時雨と名高いドライバー。しかし実際ここまで速いとなると舌を巻くしかないだろう。

するとそう言ったところで例のドライバーが疑問を口にする。

 

「あの車の運転手って…そんなに、すごい人なんですか?」

「ええ、『箱根の時雨』って呼ばれているらしいわ」

「箱根の、時雨…?」

「何でも数ヶ月で『皇帝』って呼ばれるようになったらしくて、そこから首都高でも勝ち星を挙げていたんだって。すごくリバティーよね!」

「は、はあ…」

「でもちょっと前に行方を暗ました、と思いきやまさかのニューヨーク渡航!そこでも勝利を重ねていたんだから、本当にすごい人よ!」

「ニューヨーク…」

そう言うと、FL5のドライバーは黙りこくってしまった。

映像を茫然と見ながらも、何かを考えているようだった。

 

「あれ?どうしたの?」

突然静かになったドライバーに対し、カンナは声を掛ける。

だが、当のドライバーは静かに映像を観察していた。

 

「(あの車…他の車と、何かが違う…他の車が必死なのに、まるであの車は…走ることを楽しんでいるような…)」

例のドライバーは、疾走するBNR32を見て静かにそう思うのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

推奨BGM:RACE TO THE SUN(from SUPER EUROBEAT 2025)

―――同じ頃、塩浜入口付近。

2車線の深川線をBNR32は独走していた。

 

「(雨は上がったけど、路面はまだ濡れている…)」

ほんの一瞬の通り雨だったこともあり、雨は既に上がっている。ハーフウェットコンディションだ。

先程までは動かしていたワイパーも解除したのはいいが、路面はやはり雨上がりという事でまだまだウェット状態。

いくら時雨は雨が得意だとは言えど、油断はできない状態だった。

また、雨が降っている最中はその恩恵を最大限に得るためにハイペースだったものの…降り止んで独走状態となった今はペースもどちらかといえば抑えめ。

暫定王者として挑戦者を待ち構えるかのような態度だった。

速度自体はアクセルを僅かに踏み込む…パーシャルスロットル状態のまま、280キロを維持し続けている。

 

「(今回のレースはドリフトをほとんどしない形だからいいけど…)」

今回の大会において、時雨は得意のドリフトをほとんど封印していた。

ドリフトはやり方次第では速いのだが、今回の時雨のマシンは前後のトルク比が完全な50対50故に、ドリフトには向かないことを聞いていたからというのもあるのかもしれない。

雨を味方にするか、敵になるか。

時雨は雨を味方にするやり方を選んだ。

車の安定性を取って、確実に勝ちに行く方針を取ったのである。

すると、バックミラーが白く光ったのと同時にソウイチから無線が飛んできた。

 

『時雨君、元チャンプが迫ってきている。ペースを上げるんだ』

「わかりました…そう簡単には譲りません」

『直線区間が続く以上、ペースを上げればそう簡単に追い抜かれることはないはずよ…頑張って、時雨!』

「…ありがとう。踏んでいくよ」

その光源はどんどんと大きくなる。

いくらペースを落としていたとはいえ、流石に速い。

追い抜かれないように時雨もアクセルを踏み込む。

ここに追いついてくるとしたら…例のドライバーの2人のうちのどちらか。

光源が大きくなるにつれて、そのフロントマスクが露となる。

 

「(後ろからGT-R…やっぱりあのフロントはショウさんのものじゃない)」

後方から近づいてくるR35GT-R。

だが、フロントバンパーの形からしてMY24ではない。

おそらくMY18だろう。

 

「(遂に追いついたぞ…ショウ君が一番気にかけているドライバーか!)」

元ゼロヨンチャンプ。

正確に言えば「ゼロヨンチャンプ」「ゼロヨンチャンプ2」の主人公。

ひょんなことからゼロヨンの世界に飛び込み、それまで「ゼロヨンキング」と呼ばれていた人物を破って「ゼロヨンチャンプ」と呼ばれるようになった元国内最速ドライバー。

アメリカからやってきたドライバーに敗北してからはアメリカ本土へ殴り込み。

各地のゼロヨンレースで勝利したことで、海外でも「ゼロヨンチャンプ」の名を轟かせた。

国内に戻ってきてからは正式にプロレーサーとしてデビュー。

現在もゼロヨングランプリに参加する一方で、プロレーサーとして主にフォーミュラ以外のハコ車レースには限るものの…国内海外問わず活躍している。

そしてそんな彼は、元「皇帝」こと相楽翔とも面識があるのだった。

 

「(例の雪風ちゃんと言い、彼女と言い…若い女性ドライバーの台頭が著しい…だが、俺も負けていられるか!勝負だ!!)」

以前のチャンプ、赤沢に勝利して再びゼロヨン最速となった彼。

しかしその後雪風に敗れ、現在はゼロヨン挑戦者並びにプロレーサーとして活躍している。

そしてショウから話を聞いていた以上…時雨とはいずれ対決してみたいと思っていた。

今回のような大舞台…アマチュアメインの大会で推薦があったから特別参戦できたとはいえ、まさか首都高でバトルすることが出来るとは思わなかった。

そしてショウがずっと注目しているという以上…あの雪風と同じくらい、時雨にも興味を持っているのだった。

このバトルで彼女の実力の底力を見たい。

そう思う以上、元チャンプは時雨のBNR32に勝負を仕掛けようとしていた。

 

「(一進一退で食いついてもタイヤを使うだけだ…ならば、少しだけペースを上げて)」

塩浜から辰巳方面へ走る2台は300キロ以上のスピードで疾駆していく。

長い長いストレートから右高速コーナー。

アクセルべた踏みで問題ないと認識した以上、時雨はアクセルを抜くことをやめない。

メーターは315キロを示し、さらに加速していく。

後方のMY18は食らいついて離さないままずっと後方をキープし続けている。

 

「(メーター320キロ…これでも追い抜けない。すごいな…付かず離れずの絶妙な距離を維持している。さっきの雨からずっと余裕をかましていたのか…!?)」

チャンプとしては、ここまでハイペースに追い上げてきた以上追い抜けると思っていた。

だが実際のところは、時雨がペースを上げたことによってテールトゥノーズ…付かず離れずの距離を維持し続けていた。

2台は右車線でテールトゥノーズの状態を維持して、辰巳JCTへの直線区間を走り続けていく。

速度は320キロ以上。

2台が接近戦を演じ続ける中で、目の前には右直角コーナーが迫る。

だが、コーナーが迫る中でMY18が左車線へ出た。

そして左車線へ移ったところで、MY18とBNR32がサイドバイサイドとなる。

 

「(大外刈りでやってやる…!)」

「……」

スリップストリームの恩恵を受けたMY18。

コーナーで外から捻じ込んでぶち抜くことで勝負を仕掛けようとしていた。

2台がサイドバイサイドとなるが、時雨にはまだ余裕があった。

インコースを取っていればまだ余裕があるのだ。

だが、MY18がアクセルオフからブレーキを踏み込んだ瞬間だった。

 

「…!?」

MY18がブレーキを踏み込んだが、BNR32はノーズが先に出て追い抜いた。

BNR32の後方はブレーキランプが点灯していたが、BNR32はMY18以上のスピードでコーナーに突っ込んでいた。

速度は軽く200キロ近くは出ているに違いない。

それでいて突っ込んだところでBNR32は右へと旋回していき、右端のゼブラゾーンへと飛び込んでいく。

 

「(…俺より、ブレーキングが遅い!?同じタイミングでブレーキを踏めない…!)」

「……」

インコースを走りながらも、アウトインアウトのラインでコーナー内側のゼブラゾーンへと突っ込んでいくBNR32。

タイヤを僅かに滑らせつつも、ドリフトすることのない速度でコーナーを駆け抜けていく。

速度としては180キロは出ている。

一方で、MY18もBNR32とサイドバイサイドになるようにアウトインアウトのラインを描く。

だが、ゼブラゾーンに突っ込むことはなく右車線とゼブラゾーンのスレスレを走っていた。

サイドバイサイドの状態で2台は右直角コーナーを駆け抜けていく。

 

「(壁へぶつかることを全く恐れていないかのような走りだ。ここまでのドライバーとは…!)」

インコースを走っていたBNR32は、そのままアウトコースのMY18を押し出すかのようにゼブラゾーンから右車線へと膨れていく。

それに応じるかのように、MY18も右車線から左車線へ膨れるようにハンドルの舵角を調整する。

2台は並走状態からBNR32がノーズを突き出し、そのままMY18をオーバーテイク。

そのままBNR32がノーズを突き出した状態のままコーナーを脱出してストレート区間に入ったところで、少しずつではあるが車間距離は開いていく。

 

「(コーナーでのブレーキングが遅くて、おまけにいくらインコースを走っていたとはいえこちらよりも加速がいい…?)」

元チャンプは時雨の速さに関して疑問を感じていた。

一体なぜ、彼女のマシンはそこまでの走りができるのか?

そう思う中で、2台は辰巳PA横を通過して湾岸線合流直前の下り坂へと走っていく。

やはりBNR32が先行し、MY18も車線変更をしてBNR32の後ろにつけてスリップストリームで加速を稼いでいる状態だった。

すると、湾岸線合流直前に元チャンプはあることに気が付く。

 

「(そうか…軽いんだ!あのBNR32は俺の車よりも軽いから、多少ブレーキングポイントが遅くても速度を落とせてしまうし、コーナーリングも軽やかだ…!)」

R35GT-RとBNR32。

元々の馬力の違いもあるとはいえ、時雨のマシンはR35GT-Rのエンジンを積んでいるのでほぼ皮だけBNR32の魔改造マシンである。

では、その2台の大きな違いとは何か?

形状は勿論、元々のエンジンが違うのも事実。

排気量も違うし、細かな駆動形式も違うといってもいいだろう。

だがそれ以外に、数値上もっとわかりやすい差があった。

それは車だけでなく様々な物体に共通しているものだ。

車の重さである。

BNR32は軽くて1430キロ、重くて1480キロ。

一方のR35GT-Rは少なく見積もっても1700キロはある。

少なくとも200キロ以上と言う大きな差があるのだ。

いくらR35GT-RがVR38という強大なエンジンを積んでいるので馬力差自体はカバーできるとは言え、元々の車重の差自体は覆すことのできない事実。

そしてその差が、VR38を積んだ2台の間で加速力として大きな差を生み出そうとしていた。

やはりBNR32はMY18の前を走りつつ湾岸線の直線区間を320キロ以上と言う猛烈な速度で加速していく。

 

「(またギアが上がったような…どこまで速くなるんだ、この子は!…もう、誰も止められないんじゃないか!?)」

2台がテールトゥノーズに近い状況で加速しているが、速度としてはほぼほぼ互角に近づこうとしていた。

2台のギア比としてはやはり同じ程度の最高速度に設定されているという事だろう。

チャンプとしては、この直線区間で食らいつくことは困難なのではないかと思い始めていた。

すると、その時だった。

 

「(元より僕の方がペースは上…なら、無理に競り合わずに…)」

時雨は一瞬だけではあるがアクセルを抜いた。

BNR32の後方から青色のアフターファイアが吹き出たのをチャンプは見落とさなかった。

 

「(何だ、今のは?)」

この直線区間でアクセルを抜いたということ自体が不可解だった。

一体何をしようとしていたのか?

だが、その一瞬のアクセルオフでBNR32は加速がほんの一瞬だけ鈍った。

その一瞬の加速の鈍りにより、R35GT-Rはわずかながら前方のBNR32に迫っていく。

だが、一瞬迫ったとはいえ…あっという間に速度差はなくなった。

ギア比ではやはり最高速と言う一面ではほとんど同じという事だろう。

 

「(雪風ちゃんとは逆に、引っ張る作戦か…!?)」

「(付いてきてよ元チャンプ。僕が更なる速さへ押し上げて見せる。何で僕がショウさんから気にいられているのかを、走りで見せてあげる!)」

時雨としては、元チャンプを自分と同等の領域に持って行きたいと思っていたし、同時に「ショウからなぜ自分が気にいられているのか」を披露したいとも思っていた。

先程のアフターファイアは半ば挑発と言ってもいいだろう。

それでも320キロ以上のスピードを維持しているのだから流石と言うべきか。

2台は3車線のうち真ん中の車線をMY18、一番右の車線をBNR32は走り続けている。

時雨は自分の走りを披露したいといわんばかりにアクセルを踏み続ける。

速度は一定でありながらも、左サイドのMY18も食らい続けていた。

 

「(逃がすか…!)」

チャンプもBNR32を逃がすまいと踏み込み続け、サイドバイサイドの状態を維持できるようにハンドルをしっかり握ってMY18を操縦する。

BNR32もやはり加速し、2台はほぼほぼ同じ速度を維持していた。

 

2台はやがて有明JCTを左折、そこから台場・レインボーブリッジ方面へと走行していく。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「来てくれたか、サマンサ」

「それで、今回の大会の総合決勝で乗れるカメラカーと言うのは…」

「お前は俺に車をねだると思っていたから、『忘れ物』にしっかりと似たそれを用意した」

「忘れ物…?」

「思い出せもしないのか?モノトーンカラーのフォード・GTだ。空輸で送ってもらった…いや、正確にはフォード・GTはGTでも、あれとは同じものではない」

「え……?」

チェイスが大会運営関係者用のガレージにサマンサを通すと、そこには…時雨と戦った時に使った「あのマシン」に…カラーリングこそ酷似しているものの、素体の異なるそれが、用意されていた。

 

「これは…」

「フォード・GTはフォード・GTだが…この車は、2代目だ。2017年式、フォード・GTだ。今回のために軽くシェイクダウンは済ませてあるが、お前にはこれに乗ってもらいたい」

 

そう、今回の大会の総合決勝のカメラカーとして用意されたマシン…それは、フォード・GT "Heaven and Hell"…ではなく、2017年式フォード・GT…つまり2代目フォード・GT "Orpheus"だったのである。

 

 

 


 

 

 

推奨BGM

―――数分後。1位のBNR32と2位のミッドナイトオパールGT-Rはずっと接戦の状態が続いていた。

 

「さあ~レースもクライマックス!!汐留から江戸橋までの環状線区間、このまま1位の時雨は死守できるかしら~!?」

オリビアがレースモニターを見つつそう口にする。

やはり時雨のバトルが気になっているようだ。

BNR32とMY18GT-Rはずっと接戦状態であり、どちらが勝ってもおかしくない状況だった。

レースの状況を見て、観戦会場のドライバーたちは皆盛り上がっていた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

―――同じ頃、パブリックビューイング。

 

「いや~、やっぱりあの2台はリバティーしてるね!これぞ決勝戦って感じ!」

カンナは2台の接戦の様子を「決勝戦らしい」と感じ取っていた。

どちらも互いに全力でバトルをしている様子は、彼女にとっても十分満足できるものだったという事だろう。

そしてそれほどまでに、互いの実力が高いという事を示しているのだった。

だが一方で、すぐ右横でバトルの様子を見ていたFL5のドライバーは別の事を考えていた。

 

「(違う…あのBNR32、一生懸命走っているようにはどこか落ち着いているような…)」

FL5のドライバーはBNR32の走りに違和感を感じていた。

一生懸命走っているというよりかは、ある程度実力をセーブしているような感じだったのだ。

自身を持ちつつもどっしりと身構えて、相手を待ち構えるようなそんな走り。

全開走行ではない。では一体なぜあんな走りになっているのか?

そう疑問に思うが、同時にあることも思い出していた。

 

「(あれが…強者の余裕?首都高最速のドライバーも、あんな感じだったような気がする)」

首都高最速のドライバー。

そのドライバーも、あのBNR32と同じような風格を持っていたように感じる。

実力を全開にして戦うというよりは、相手の走りを受け止めるような走り。

そして弱点を虎視眈々と狙い、そこを突くような…そんな走り。

BNR32の走りは、「首都高最速」のドライバーに似たようなものがあると感じ取っていた。

だがそれでも、FL5のドライバーにとっては不思議な疑問がわいた。

その疑問をカンナにぶつける。

 

「ねえ、カンナさん」

「ん、どうしたの?」

「なんで皆、必死になって走っているんでしょうか?」

「え?」

「僕には、よくわからないんです。なんであそこまで必死になって走るのかな、って」

なぜ、走り屋たちはあそこまで必死なのか?

確かに自分も、壁を乗り越えるために必死になっていたのは覚えている。

だがそれでも、その感覚と…今走っているドライバーたちが一生懸命走るのとは話が違うように思えていた。

すると、カンナがそれに答える。

 

「うーん…答えるのは単純だけど、1番になるためかな?」

「それは…そうかもしれませんが、何というかそれだけじゃなくて。何だろう…みんな必死になってゴールを目指しているような…そりゃあ、レースなんだからそうかもしれませんが、それ以上に何というか…」

FL5のドライバーとしてはこの感覚をどう伝えればいいのかが分からなかった。

1番になりたいのだから必死になるのはわかる。

だがそれ以上の感覚をあのドライバーたちは持っているように思える。

自分にはない、何かを持っている…そう思った。

すると、カンナがその疑問に答えるようにこう口にする。

 

「ふーん…私もそれには上手く答えられないんだけどさ、私としては『楽しい』からなんじゃないかな、って」

「楽しい?」

「走ることが楽しくなければ、きっとあそこまで速くなれないよ」

カンナは、「楽しいと思わなければあそこまで走ることは出来ない」と思っていた。

実際、走ることが楽しくなければあそこまで熱くなることは出来ないはずだ。

その言葉を聞いたFL5のドライバーはさらに疑問を口にする。

 

「走ることが、楽しい…?」

「そうそう!私も走り屋なんだけどさ、やっぱり続けているのは『楽しいから』なんだよ!皆は知ることを楽しまなきゃ、あそこまでのレベルには到達できないはず!」

「……」

今まで自分は、壁を乗り越えるために走り続けてきた。

実際、走ることが楽しいと思った事は…ないといったらウソだが、少なかった。

全ては最速と言う壁を乗り越えるために必死になっていたのだ。

そして同時に、レースモニターを見てあることにも気が付いた。

 

「(今まで客観的に、自分や人の走りを気にしなかったから…新鮮だ)」

そう、FL5のドライバーは今まで自分の走りがどのように見えるのかを考えたことがなかったのだ。

それはやはり、そこまで考える余裕や機会がなかったからだろうか。

だが同時にあることも思い出す。

 

「(思い返せば、走り合ってきた皆がそうだった…どこか走りを楽しんでいるようだった…)」

よくよく考えてみれば、これまで共に走ってきた皆々がどこかバトルを楽しんでいるようだった。

自分はやはり、「どこまで戦えるか」が気になったからこそ…走り続けたが、「楽しい」という感覚になったのは少ない。

自分にとって、車とは一種の目的を叶える手段であったのだ。

だがその概念も、あのドライバーたちを見ていて崩れ去ろうとしている。

 

「(なんだろう…走っている姿を見て、不思議な感じになっている…)」

レースモニタで疾駆するマシンたち。

その走る姿を見て、FL5のドライバーは不思議な感覚に陥っていた。

あまり「楽しい」とは感じたことがなかったのに、あそこまでのドライビングをするとは。

他人の走りを見るというのが、ここまで新鮮だったとは。

そう思っていると、ある言葉を思い出す。

 

「(あの人が言ってたな…『走り続けろ』って…)」

最強のドライバーから言われた言葉。

でも自分はその真意を理解できず、自分の前に立ちはだかった壁を全て壊してしまったために…燃え尽きてしまった。

最近になって再び首都高と向き合うことは出来たが…ここまでその意味はあまり理解していたんかった。

だが、走り続けるドライバーたちを見て…ふとFL5のドライバーはこう思う。

 

「(『最強』になって、燃え尽きたと思っていたんだけどな…あんな人たちが、この世界にはいたんだな…)」

井の中の蛙。

確かに自分は首都高で名を上げた。

だがそれでも、「世界最速」というわけではない。

自分が知らないドライバーや走り屋が、目の前にいるのだ。

もし、あのドライバーたちが失いかけた自分の情熱を取り戻してくれるというのならば…

もし、自分があのドライバーたちに挑戦できる権利が本当にあるというのならば…

 

「(もし、自分に本当にあの渦に飛び込めるだけの実力が、あるというなら…)」

FL5のドライバーは、もしあの渦に自分が飛び込めたら…とふと思ってしまった。

正確には、自分にあるチャンスをふいにしかねないと思っていた。

自分には、その資格がある。

自分には、それだけの秘めたるプライドがある。

今までは何となく走っていて、何となくバトルをして、何となく勝ち進んでいたけれど…

やっと、自分が追うべき存在が見えたかもしれない。

するとその時だった。FL5のドライバーは椅子から立ち上がった。

横にいたカンナが声を掛ける。

 

「どうしたの?」

「カンナさん、だっけ?悪いけど、いかないと」

「ええー?折角これから面白くなってくるのに?もうクライマックスが近いよ?」

カンナはどこかがっかりするかのようにそう口にした。

やはりもうクライマックスが近い以上、違和感しかなかったのだろう。

だがFL5のドライバーは申し訳なさそうにこう口にする。

 

「すみません…でも、急用を思い出したんです。行かなくちゃいけません」

「そっかあ…なら仕方ないね。また会おうよ」

「…ええ、また」

急用、と聞いた以上カンナは静かに送り出すしかなかった。

そう言ってFL5のドライバーはその場を後にする。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

―――数分後。

2台はレインボーブリッジと芝浦PAを通過し、浜崎橋JCTから都心環状線内回りへと合流。

抜きつ抜かれつのデッドヒートを演じていた。

ストレートではパワーのあるMY18が食らいつき、コーナーでは軽さを武器にしたBNR32が先行する。

一進一退の攻防とはこのことである。

2台は汐留トンネルへと飛び込もうとしていた。

 

「(くそっ…ストレートで引き離そうと思えばコーナーで食らいつかれる。何とか同じペースで攻めていくのが精いっぱいだ…!)」

「(さすがはR35GT-Rだ…だけど、この先はコーナー地帯だ。ここで差をつけて…ん?)」

時にテールトゥノーズ、時にサイドバイサイドという大接戦を演じている2台。

だがトンネルを抜けようとしたところで、新たなる挑戦者が後方から現れようとしていた。

 

推奨BGM:ICE ON FIRE(from GREurosound vol.10 CREATOR COLLECTION)

「(計画通りだ。チャンプ…それに、時雨……!!)」

後方から迫るミレニアムジェイドに近いカラーのMY24式R35GT-R。

時雨のライバルであり同時に時雨を心から愛した男…相楽翔のマシンである。

今回のために、時雨とかつてバトルしたMY24を一からチューニングを見直して持ってきていたのである。

後方から特徴的なフロントマスクのそのマシンが迫ってくる。

 

「(待っていた…僕はずっと、あなたと戦う時を…)」

「(ショウ君…追いついてきたか…!)」

2台はサイドバイサイドの状態でブレーキング。

軽さに分があるBNR32はワンテンポ遅れてブレーキを踏み込み、再びノーズをMY18より先に出した。

アウトコースということもあって差をつけられたMY18。

だがストレートの伸び勝負ではこちらに武がある以上、多少差をつけられても元チャンプは動揺せずにアクセルを踏み込む。

一方で元チャンプはあることが気がかりに思った。

 

「(しかしショウ君は、俺や時雨ちゃんよりもハイペースで攻めてきたのか!?)」

そう。ショウと元チャンプのマシンはどちらも、発売時期の違いこそあれど同じR35GT-Rである。

だからこそ、追いついてきたこと自体が不可解だった。

先程までずっと潜伏していて、最後の最後の大逆転をするべく勝負を仕掛けてきたのか、それとも何か違いがあるのか。

それはわからないが、あることによって元チャンプは「ショウが自分たちに追いついてくることは出来る」と勘付いた。

 

「(あり得るとしたら…ギア比だ!あの車は、俺や時雨ちゃんの車よりも最高速寄りのセッティングなんだ!!)」

同じマシンとはいえ、マシンセッティング自体は千差万別。

時雨のマシンも元チャンプのマシンもショウのマシンもミッション系のセッティングは異なるはずである。

実際ショウのマシンは、ロングストレートが続く深川線、湾岸線、台場線でその性能を最大限に生かせるように最高速重視のセッティングになっていた。

BNR32とMY18はどちらかといえば加速も最高速も取った凡庸なセッティングではあったが、ショウのマシンはどちらかと言えば最高速寄り。

先の2台が340キロ程度が最高速度であるのならば、ショウのマシンは370キロは出てもおかしくないマシンだったのである。

そしてそんなマシンを全開走行で駆っている以上、先行する2台に追いつけるのは時間の問題だった。

汐留トンネル内でショウは完全に2人をロックオンしていた。

 

「(時雨…ここまで至らせたのは、お前の力と俺の車あってこそだ…俺は、お前が道を切り開けるように車を用意した…)」

―――一方、当のMY24のドライバー…相楽翔はトンネル内の右直角コーナーでマシンを旋回させる中でそう思っていた。

自分は時雨の最後の壁になる…そのつもりでいたのである。

時雨には最後の壁を乗り越え、自分の父親や雪風と戦ってもらいたい。

それがショウの本望であり、同時に「本気で戦いたい」と思っていた。

 

「(だからこそ、だ!俺は…最速に相応しいお前の、最後の壁になってみせる!!勝負だ!時雨…今回のために用意した俺のマシン…"Minus-One"を、越えてみせろ!!)」

ショウはゴジラの異名を持つマシンに、それこそ「アカデミー賞を取ったそれ」を模した名前を付けていた。

そんなマシンで、究極のゴジラと戦い、更なる速さへ導く。

それがショウの本望だった。

汐留トンネルを抜け、2台に迫るMY24。

左車線をBNR32、右車線をMY18。一方でMY24はコース中央に陣取って車線をまたぐ状態で走っていた。

先行する2台のうち、MY18がブレーキランプを点灯させる。

そしてワンテンポ遅れてBNR32もブレーキランプが点灯して減速する。

 

「―――!」

それを見たショウだが、アクセルオフはともかくブレーキは遅らせてコーナーへ突っ込んでいく。

ブレーキング中にハンドルを僅かに右に曲げたかと思いきや、アクセルオンと共に一気に左に切り返す。

時雨お得意のフェイントモーション同然のハンドリングで、コース右端から左端へと切り込んでいく。

その速度はMY24のそれよりも速く、最初の左コーナーでMY18よりも先にノーズを捻じ込んだ。

 

「(何っ!?)」

早めにブレーキを踏み込んだ元チャンプ。

だがそこを突くかのように、MY24はそのノーズをインコースに捻じ込んできた。

強引にねじ込まれたことにより、MY18はアウトに膨れていく。

早めにブレーキを踏み込んだことで間一髪で右端の壁との接触は免れた。

MY24が追うBNR32は、銀座出口の真横…車線としては右車線から左車線へと膨らんでいく。

ショウはガラ空きだった右車線を目掛けるかのようにハンドルを左から右へ一気に切り返し、MY24をコーナーの内側に捻じ込んでいく。

 

「―――!!」

一方の時雨は、後方に迫るMY24のライトを見て驚くしかなかった。

自分と同じフェイントモーション同然のコーナーリングで飛び込んだかと思いきや、そのまま右車線へ。

BNR32がアクセルオンで加速する中で、MY24もそれに食らいつかんと加速していく。

加速勝負ではほぼほぼ互角。

重いはずのMY24が、同じエンジンを積んでいて軽いBNR32に食らいついてくる。

一体どういうことなのか?

だが時雨は負けないようにアクセルを全開に踏み込んでBNR32を加速させていく。

 

「(俺と同じマシンなのに、コーナーで向こうが速い!?)」

「(ショウさん、一体何を…!?)」

「(フッ…作戦通りだ。あとはこの後何事もなければ…少なくとも最終ヘアピンで全てが終わる!)」

コーナー脱出と共に右車線を走りつつも、左車線を走るBNR32に肉薄するMY24。

銀座から新富町までの高架下区間を走る中で、2台は300キロに到達するかというスピードのままサイドバイサイドになった。

並走状態の2台のドライバーは互いにアクセルを踏み続けることをやめない。

傍から見れば究極進化した最強のゴジラ対世界を制した史上最高のゴジラという縮図だった。

 

「(耐えろ…今はコーナーで食いつかれないようにするんだ!)」

全身が燃え盛るような、体が炎に包まれる感覚の中で、ショウから追われる時雨は決して何も諦めていなかった。

ショウのマシンが攻め込んできた以上、自分はそれ以上に攻め込む必要がある。

この先は下り坂と左から右へと振り回される複合コーナー区間。

そこで差をつければ、そこから先のストレートで食いつかれても…まだチャンスはある。

そう時雨は思った。

 

「(最後まで粘り抜く!)」

後方の2台のR35GT-Rに食らいつかせまいと決意を新たにした時雨。

一層前方に集中し、自分の走りをすることで勝利を自分に手繰り寄せるつもりでいた。

最後の最後まで諦めるつもりは全くもってない。

自分の力を全力で発揮して、相手を粉砕する。

それくらいの強い気持ちでいた。

2台がサイドバイサイドで走り続ける中で、銀座出口横を通過…したかと思いきや、次の瞬間には1つめの橋脚を通過していた。

橋脚を抜けたところで京橋出口。

上り坂を上ったかと思いきや、すぐに下り坂の右コーナー。

そしてそこを抜ければすぐに2つ目の橋脚だ。

 

「(くうっ…ずっとサイドバイサイドで追い抜く隙間が全くない…)」

一方、後ろでずっと追いかけ続けていた元チャンプはずっと歯がゆい思いをし続けていた。

2人の実力もあり、全くもって追い抜く隙間も隙もないのだ。

だがそれでも全くもって諦めるつもりはなかった。

最後の最後まで自分の実力を信じれば道は開ける…そう思っていた。

絶対に2人を逃がさない。そう思っていた。

前方の2台は橋脚を通過したのと同時に、全くもって同じタイミングでブレーキング。

一方でそれを追うかのように自分もアクセルオフからブレーキング。

MY24のテールすれすれまでMY18のノーズを接近させたかと思いきや、僅かにハンドルを右に曲げて下り坂の先の橋脚の右側を通過できるように調整する。

ブレーキを掛け始めた時点で上り坂を上がっていたこともあって速度は300キロ台から一気に200キロまで減速する。

 

「―――!!」

「……!」

攻め込みつつも多少の安定性を担保し、サイドバイサイドの2台は下り坂を下る中でアクセルオフの滑走状態のまま橋脚の左側と右側をそれぞれ通過する。

一方、MY24の後方に付けていたMY18も同じように飛び込んではMY24のテールにずっと食いつき続けていた。

そして橋脚を通過中の2台は、全くもって同じタイミングでアクセルを全開にして加速していく。

勿論それに追従する形で、MY18もアクセルを踏み込んでマシンを加速させる。

 

「(加速はほぼ互角…!)」

「(いける…時雨に食いついている!)」

「(っう…!スリップストリームに入っていなかったらおしまいだ!)」

BNR32とMY24の加速はほぼ互角。

一方でMY18はわずかながら加速で後れを取る。

どういう原理なのかは知らないが、同じR35GT-Rであるのに加速で差が付くのは違和感しかなかった。

だがそれでも、MY24の後方を走り続けていたことでスリップストリームの恩恵を得たMY18は辛うじて先行する2台に食いついていた。

前方には江戸橋JCTまで続く長いロングストレートがある以上、皆がアクセルを全開で踏み込み続けるのは当然だった。

2車線区間を走り続ける3台だが、やがてそこに八重洲線が合流することになる。

こうなると2車線は一気に3車線となる。

先行する2台の速度が共に280キロ台に到達しようとしたところで、車線数は2車線から3車線になった。

そして3車線になった次の瞬間だった。

 

「(早めに右によって分岐に備える…)」

「―――!」

八重洲線が合流して3車線となったところで、真ん中の車線から一番右の車線に移動するMY24。

一方でそれを追うかのように、MY18もMY24のテールを走り続ける。

また一番左の車線を走っていたBNR32も、ワンテンポ遅れつつ分岐に向けて真ん中の車線へと車線を変更。

3台が皆アクセルを踏み続けていた。

真ん中の車線のBNR32と一番右の車線のMY24がサイドバイサイド。

一方のMY18もMY24とテールトゥノーズ。

どのマシンのドライバーもアクセルを踏み込み続けて、そのまま上り坂を駆け上がっていく。

速度は度のマシンも300キロを優に越していた。

 

「(ショウさんでも容赦するつもりはない…通してもらう!!)」

「(最後のヘアピンであいつに引導を渡してやる!!)」

「(ショウ君のマシンのスリップで、ぶち抜く!!)」

互いが互いにアクセルを踏み続けつつも三者三様の思いが交錯する中、3台は江戸橋JCTへと接近する。

江戸橋JCT直前のバンプでわずかに跳ね、先行する2台が向島線方面へ。

同じく追走していたMY18もMY24の後ろにピッタリ食いつく形で向島線方面へと飛び込んでいく。

だが、それと同時に3人は前方のヘアピンコーナーを認識してアクセルをリリースする。

 

「―――!!」

「……!!!」

「……!」

時雨とショウがブレーキを踏み込んだのは同じタイミング。

そして接触寸前で元チャンプもブレーキを踏み込む。

3台はブレーキングしながらも右ヘアピンコーナーへと飛び込んでいく。

フルブレーキングによって速度は310キロ近くから140キロ台まで落ちる。

3台の水温も油温も上がり切る中で、皆負けたくないという思いが3台それぞれに強いオーラとして表れていた。

時雨のマシンは青色のオーラ、ショウのマシンは赤いオーラ、元チャンプのマシンは黄色のオーラ。

互いが互いに攻め込み、コーナーに飛び込まんとする。

コーナー直前でもやはり並走状態のままBNR32とMY24は走り続ける。

そして車線から車体の半分程度はみ出る形で2台はターンインを決め込む。

右車線の半分以上をまたいでいるBNR32はともかく、MY24とMY18はゼブラゾーンに車の半分以上を飛び出してコーナーを攻め込んでいた。

 

「……」

「(これで、終わりだ!)」

並走状態で走る2台。

壁や互いのマシン同士の隙間が十数センチあるかないかまで攻め込んでいる。

インコースであるMY24の方が有利であるのは言うまでもない。

BNR32よりも先にノーズを突き出したMY24。

勝負あったと思い込んでハンドルを僅かにニュートラルに戻しつつもアクセルを踏み込んだショウ。

だが次の瞬間だった。

 

「…!?」

「…!!」

ショウは足元に違和感を感じていた。

いや、体には問題はない。

だがアクセルの反応が鈍い。

加速が全く伸びない。

いや、ほとんど反応していない。

ここに来て何があったのか。

ショウはアクセルをべた踏みにして踏み込むが全くもって加速せず、その左横をBNR32が加速していく。

 

「(加速が鈍い…?ショウさんのマシンが離れていく…!?)」

アクセル全開で立ち上がる中で、ショウのMY24と追随していたMY18が後方へと去っていく。

フロントライトの光源は小さくなっていく。

そのまま下り坂区間で加速していくBNR32は、そこから大差を広げようとしていた。

一体何があったのか?

だが今はゴールすることが先と言わんばかりにアクセルを踏み込み、そのまま向島線合流への下り坂を下っていく。

向島線合流からゴール地点の小松川線方面へとBNR32を加速させて、列記としたウイニングランを行うのだった。

 

 

「(嘘だろ…進路を塞がれた!?くそっ…!)」

あまりにも予期しない出来事だった。

ずっとテールに食いついていたMY24が加速しなかったことにより、まさかの通せんぼと言う形となってしまったのだ。

元チャンプはこんな状況になるとは思っておらず、動揺してMY24のテールすれすれまでMY18のノーズを接近させていた。

だがMY24の加速が伸びない中で、何とかガラ空きとなった左車線へ移動。

そのままMY24をオーバーテイクしてBNR32を追走していく。

 

「(…ガス欠!?くっ、車重を限界まで軽くするための作戦が仇となったか…)」

一方、ショウはメーターを見て愕然とした。

ガソリンメーターが「E」の表示を示していたのだ。

言ってしまえばガス欠だ。

アクセルを踏み込んでも速度が伸びなかったのは、ガス欠が原因だった。

ガス欠となったMY24の左サイドを、通せんぼから脱出したMY18が追い抜いていく。

しかし一体なぜこんなことになったのか?

 

「(R32とR35の車重差、最低でも200キロ…どんなにマシンの軽量化を施してもその差を埋めるには、俺自身が軽くなるか、ガソリン積載量を必要最低限にするしかなかった…)」

先にも言った通り、BNR32とR35GT-Rには最低でも200キロ以上の差があった。

明らかにBNR32が軽い以上、R35GT-Rでは機敏さと言う意味では不利であるのは間違えないだろう。

では、その不利な条件をひっくり返すためにはどうするか?…答えは単純。

車を別の方法で軽くすればいいのだ。

実際にショウは最後のスパートで食らいつけるようにガソリンを必要最低限まで減らしていたのだ。

だがしかし、最後の最後にしてまさか自分がやった作戦が仇となった。

時雨のペース配分が想定以上で、本来ならガス欠ギリギリでゴールできるはずが…ゴール直前にガス欠となってしまったのである。

言ってしまえば、時雨の走りにショウは完ぺきに惑わされてしまったのだ。

 

「(通常時以上の軽さの引き換えに完走できるかのリスクが伴った…そして時雨の一途な走りに、どこまでも走り抜けていこうとする姿勢に…俺は狂わせられて、ペースを乱してしまったようだ)」

ショウは車を辛うじて走行させる中で、そう思った。

どうやら時雨を倒すことに一途になりすぎたことで、逆に策に溺れてしまったようだ。

ガス欠で失速したMY24。

一方でそのガス欠したMY24に通せんぼと言う形でタイムロスをしたMY18。

どちらにせよスムーズにヘアピンを脱出したBNR32には、もう追いつける余地はなかった。

 

「(認めてやる…いい走りだ。時雨はゴジラを完璧に乗りこなしたようだな)」

「(すごいな…まさか、現役レーサーの俺やショウ君がここまでやられるなんて、予想外だったよ)」

走り去っていったBNR32を見て、ショウも元チャンプも負けを認めざるしかなかった。

一方でショウは、時雨が「ゴジラ」を完璧に乗りこなしていたことに満足するのだった。

そして同時にこんなことを願う。

 

「(もう誰も、彼女を止められない。時雨…路は開けた。ここから先はお前の路…お前だけの路を行け!雪風に…そして父さんに、勝て!!)」

箱崎JCTから小松川線方面、箱崎PAへと走っていくBNR32を見て、ショウは静かにそう願うのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

推奨BGM

ショウのGT-Rとの決着がついた時、箱崎PAでは時雨の仲間たちが歓声に沸いていた。

やはり時雨の勝利が歓喜するべきものであったのは言うまでもないだろう。

だが歓声に包まれる中、エニシはあることを思っていた。

 

「(見事だ、時雨…だがこれでようやく互角と言うべきか。相楽ヒュウガ…そして、雪風。あの2人とは勝つか負けるか…わからないくらいの互角だ)」

そう、これでギリギリヒュウガや雪風とは互角であるという現実。

先程の接戦で実力は分かった。

だがそれだけでは、足りない。

何とか互角が精一杯。

これでヒュウガや雪風に勝つためにはどうすればいいのか?

そう考えた時、エニシはあることにも気が付いた。

 

「(しかし時雨は…逆境ほど強くなる。守りたいものがあるほど、その欲望が強くなるほど…彼女は速くなる)」

その強い思いこそが、彼女を速くするのではないか。

そこに勝機はある…そうエニシは認識するのだった。

 

 

 


 

 

 

推奨BGM

―――時雨がゴールした頃、お台場のパブリックビューイング会場。

時雨たちのバトルは会場を大いに沸かせていた。

激しいバトルは観客たちの心を満たすのには十分だったようだ。

そしてそんな中で、カンナも同じように感心していた。

 

「(やっぱり例のBNR32はすごいわね…とってもリバティーな走りだった。自由奔放、私のそれを行く素晴らしい走りだったと思うわ)」

元プロレーサーの彼女からしても、時雨の実力は一目置くレベル。

そう彼女は認めるように思った。

すると、その時だった。

 

「よう、上姉貴。ここにいたのか」

「あら、カエデにウメ!」

「姉さん、ここにいたんですね。ずっとスマホにメッセージを入れていたのに、全く返事がなかったので心配しましたよ」

そう言ってすぐそばに現れたのは、カンナの弟と妹。

言うまでもなく2人もチューニングショップ経営の関係者だ。

どうやらカンナをずっと探していたようだ。

 

「え…ごめん!レース観戦に集中してて気が付かなかった…」

「まあ、仕方ねえよ。今回のレースは俺達も別の場所で見ていたけど、やっぱりすごいもんだぜ。ブロック決勝までくれば当然なのかもしれねえがな」

カンナの弟と妹にとってもやはり今回のバトルは満足できるものだった。

あそこまでの激しい応酬をすればまあ当然といえば当然なのだが。

すると、弟の方があることに気が付いた。

 

「ところで上姉貴…なんか気分よさそうじゃねえか。どうかしたのか?」

「ふふん、何か走り屋について気になっている子がいてさ、その子に『走ることの楽しさ』についていろいろと教えてあげてたんだ!今その子は急用があるから、って別の場所に行っちゃったみたいだけど…」

カンナは先程のFL5のドライバーに「走ることの楽しさ」を説いたことで上機嫌だった。

それが自然と顔に現れていたようだ。

すると、カンナの妹がそのことを気にしたかのように口を動かす。

 

「ほう、走ることの楽しさについて…ですか。それで、その人の名前は?今その人はもうここにいないのはわかりますが…」

「え?名前…?」

ここでカンナはある致命的なミスをしていることに気が付いた。

走ることの楽しさについて力説したのはいいが、当の人物の名前を聞き出せていないではないか。

そう思った以上、彼女の顔が青くなっていくのは言うまでもなかった。

 

「しまった、あの子の名前聞くの忘れた!」

「おいおい何やってるんだよ?いくら力説したって言っても名前を聞かなきゃあ…」

弟が呆れたかのようにそう言うと、カンナは立ち上がった。

 

「上姉貴?」

「まだ近くにいるかな…ちょっと探してくるよ!」

「あっ、上姉貴!」

「姉さん!?」

そう言ってカンナは急いでその場を後にする。

その場には弟と妹が残された。

 

「(とにかくまずは車に乗り込んで…まだきっとそう遠くには行っていないはず…!)」

特設の観戦会場から少し離れた通りを見渡すカンナ。

すると、ある方向を見た時だった。

 

推奨BGM:TURN ON THE POWER(from SUPER EUROBEAT 2024)

「あっ!」

あるマシンがカンナの場所に迫ってきているのが見えた。

そのマシンは徐々に大きくなっていくが、同時に減速していく。

やがて歩道に立っていたカンナのすぐそばに止まったマシン、それこそ水色のFL5シビックだった。

 

「FL5シビック……?」

カンナのすぐそばに止まった以上、ドライバーが気になった。

すると、運転席方向に行ったところで…ドライバーがウインドーを開ける。

そこにいたのは…例の、「走りの楽しさを力説したドライバー」だった。

 

「カンナさん…」

「あなた、その車は…?そのシビックは、一体…」

カンナが驚きつつも口を動かす。

すると、FL5シビックのドライバーは覚悟を決めたかのようにこう口にする。

 

「カンナさん、少し見ていてくださいよ。僕なら…あの人を、時雨を倒せるかもしれません」

「ええっ?」

「それじゃあ」

FL5のドライバーは覇気を強めたかのようにそう言うと、ウインドーを締めてFL5シビックを発進させた。

滑らかに加速していく姿に対し、カンナは茫然と見届けるしかなかった。

 

「ち、ちょっとー!行っちゃった…」

止めようとしたところで、FL5シビックは遥か彼方へ。

どこへ行こうとしているのかすらわからなかったし、わけがわからなかった。

あのドライバーは一体何者なのか?

なぜ、あのシビックを?

ドライバーはなぜ、「時雨を止められる」なんて口にしたのか?

わけがわからない。

 

「(一体どういう事なの…まさか、あの人がレースに出るというの?でも、もうレースは総合決勝以外みんな終わっていて…)」

車道から歩道に戻って茫然と考えつくすカンナ。

だが考えているうちに、カンナはあることを思い出す。

水色のFL5シビックが、首都環状エリアを席巻して…「不沈艦」という異名を持つほどになったという事を。

そのことに気が付いたカンナは、はっとするしかなかった。

 

「(まさか…!いや、でもさっきのFL5シビック、噂になっていた…首都環状で名を馳せた、『究極の不沈艦』!?あの子が、まさか…!?でもそれじゃあ、尚更一体何をするというの?)」

先ほどのマシンからは、走り慣れた者のオーラを感じた。

ドライバー自体はその風格を感じなかったが、マシンに乗ったのなら話は別。

首都高を飲み込む大波のようなもの…波動のようなものを感じ取っていた。

あれは、速い者だけが纏うことが出来るものだ。

速い人間なら全員、というわけではないが…あのようなものがある以上、ある程度の実力があるのは間違えない。

だが、それがなぜあの人の車から?

先程のドライバーは一体何者なのか?

まさか本当に、「究極の不沈艦」のドライバーだったのか?

色々なことを考えていると、先ほど会場で再会した妹と弟がカンナの元にやってきた。

 

「おーい、上姉貴!どうしたんだよ、そんな急いで!?」

「姉さん、心配しましたよ。いきなり出ていくんですもの」

「……」

再会する3人。

だがカンナは2人に話しかけられていても、なぜか黙り込んでいた。

 

「上姉貴?どうしたんだよ?」

「姉さん…?」

「………」

もし、先ほどのドライバーが本当に「究極の不沈艦」なら…

もし、それほどの実力者であるというならば…

もし、「首都環状最速」であるというのならば…

様々な疑念が頭を駆け巡る。

 

「(ええい、追いかけよう!)」

先ほどの人が何かしでかすのではないか?

そう思ってしまった以上、カンナはある行動に出るために走り出す。

 

「あっ、上姉貴!」

「ゴメン!2人はちょっと観戦会場にいてよ!私、人探ししてくるわ!!」

「は、はぁ!?何だよそれ!?」

「姉さん!」

そう言ってカンナは駐車場に向かっていく。

どうやら愛車に乗り込んで近辺を探しに行くつもりのようだ。

その姿を弟と妹は驚きつつも見届けていた。

 

「ああ、行っちまったよ。でも上姉貴があそこまで取り乱すのって…珍しくねえか?」

「ええ、珍しいです。一体何があったというんでしょう?力説した人を探す、と言ってもそこまで重要なのでしょうか?」

カンナの弟と妹は、カンナの取り乱しぶりを見て唖然とするしかないのだった。

だが同時にこうも思った。

 

「…まあいいや。まだ総合決勝までは時間がある。それまでには上姉貴も戻ってくるだろ。俺達は会場に戻ろうぜ」

「ええ、そうですね…きっと戻ってくるでしょう」

弟と妹は、姉を信用したかのようにそう口にして再びパブリックビューイング会場へと戻っていく。

 

 

 


 

 

 

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―――数十分後。

 

「ハーイエブリバディー!!長かったトーナメントも遂にクライマックス!!総合決勝では、Aブロックの勝者とBブロックの勝者、そして…私たち主催が推薦した、チャンピオンの3人でバトルをしてもらうわ~!!」

観戦会場のステージでオリビアがそう宣言する。

宣言と同時に大きな歓声が上がった。

 

「まずはAブロックチャンピオン、現役『ゼロヨンチャンプ』こと雪風選手の登場よ~ん!!」

そうオリビアが言うと、ゲートの方から白いスモークが上がったと思いきや…そこから雪風が入場してくる。

雪風は観客席に対して軽く右腕を振って歓声にこたえる。

観声に答えつつ、雪風はオリビアのところにやってきた。

 

「次にBブロックチャンピオン、『箱根の時雨』こと時雨選手の登場よ~ん!!」

再び白いスモークが上がったかと思いきや、そこから時雨が入場する。

時雨も軽く観客席に向きつつ右手を振って観客席からの歓声に答える。

やがて時雨もオリビアの元にやってきた。

 

「そして~~~!!今大会において主催者側で招待したチャンピオンの登場よ~ん!!カモーン、ヒュウガ・サガ~~ラ~~~!!」

3回目のスモーク。相楽ヒュウガがゆっくりと入場してきた。

観客席からはやはり歓声が上がっている。

ヒュウガもやはりオリビアのところへ。

雪風、時雨、ヒュウガ。

3人が横並びで立っていた。

 

「というわけで、この3人が総合決勝の出場者よ~ん!!では続いて、最終レースのルールについて説明するわ~!」

そう言うと、オリビアはレースの説明を始める。

 

「総合決勝は首都環状を周回する形のレース!そしてチャンピオンと挑戦者2人の公平性を期して、主催者側で用意した3台のマシンで戦ってもらうわ~!!」

今回の大会決勝においては、首都環状を周回する形のレースとなった。

具体的に言うと、大黒PAからスタートして都心環状線や新環状エリアを中心に周回。最終的に横浜ベイブリッジを渡り切ったものがゴールとなる。

そしてここで、オリビアが衝撃的な発表をする。

 

「今回の大会において、私たち『ケミック』と『オクティ』だけじゃなく…国内屈指のコンツェルン、『藤原コンツェルン』の協力によって、国内でも最高級のマシンを用意することが出来たわー!!」

オリビアは今回の大会の主催者の協力によって、挑戦者とチャンピオンにそれぞれ「最高のマシン」を用意することが出来たという。

そのマシンは、普通であれば特別なチューニングカーだと想像がつくだろう。

だがオリビアは、ここであまりにも突拍子もない発言をすることになる。

 

「今回、チャンピオンと挑戦者2名のドライバーのために…なんと!!あの、グループCカーを用意したのよ~~~!!」

オリビアの発言に対し、観客席からも歓声とともに動揺が広がっていた。

ここにきて、まさかのレースカーを用いてのレースとなってしまったのだ。

元々「主催者側で用意したマシン」でレースすることは伝えられていたのだが、よりにもよってグループCカーとは想像が出来る筈もないだろう。

 

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「グループCカーだと…!?」

「ぐっ、グループCカー!?!?!?!?」

「何だと…!?」

その発表に対しては、ショウや奈美子、ソウイチですら驚くしかなかった。

まさかよりにもよって超モンスターマシンであるグループCカーに乗ってレースすることになるとは。

グループCカー。

モータースポーツファンであればその言葉を聞いただけで愕然とするだろう。

1980年代から1990年代前半まで行われた、モータースポーツカテゴリ…グループCにおいて用いられたレーシングカーである。

車体の規制や車両規定が緩かったこともあり、多くの自動車メーカーが参入。

開設当時は絶対王者、ポルシェを打倒するために世界各地のメーカーが車両を投入していったという過去がある。

国内メーカーにおいても、トヨタや日産、そしてもう1社が…グループCカーを用いた「世界耐久選手権」や「全日本耐久選手権」といったレースに参入することになった。

そしてその多くの参入や人気の結果がどうなったか…というと、マシンによっては最高時速400km/hに迫る、燃費以外ほぼ無制限のモンスターエンジンを搭載した化け物マシンばかりが登場する羽目に。

例えば日産・R92CPは富士スピードウェイのホームストレートで時速400km/hを超えるスピードを誇り、当時の日産のプロドライバーたちを持ってしても「マシンから降りると体中の震えが止まらなかった」というほど、恐ろしいマシンだったという。

グループCカーは基本的に、その圧倒的なパワーに対して当時のタイヤ性能が追いついておらずグリップが低く、加えてダウンフォースの低さやターボラグによるコントロール性の難しさから繊細なドライビングが求められることになる。

そんな超じゃじゃ馬マシンを用いたレースを、公道で。

しかもよりにもよって、超テクニカルなコースである首都高で走らせることになってしまったのである。

 

「し、信じられない…まるで人体実験じゃねえか!?」

「ま、まあ…タイヤ自体は最新のタイヤにするそうなので問題はないそうですが…」

「そう言う問題じゃねえだろ…グループCカーなんて素人が扱えるもんじゃねえぞ…!」

ヒロシもハルカもトオルもみな動揺していた。

いくらプロレーサーとしてのライセンスがあるとはいえ、あの2人に…そしてヒュウガに乗りこなせるのか?疑問しかなかった。

だがそんな中でオリビアはスクリーンを指さしてこう口にする。

 

「というわけで、チャンピオンへの挑戦者2人には、この2台のグループCカーに乗ってもらうわ~!!ルックザスクリ~~~ン!!」

観戦用のスクリーンに映し出された2台のマシン…グループCカーが映し出される。

1台は下地は青、ボンネットは白、ルーフの一部は赤というトリコロールカラーに塗られた日産製マシン。

もう1台は、白と水色に塗られた、企業ロゴの目立つトヨタ製マシン。

 

「さあー、たった今スクリーンに姿を現しました!!本大会のラストレースで使用されるマシンは、なんとグループCカー!!まずは挑戦者用のマシン、日産・R89Cとトヨタ・ミノルタトヨタ90C-Vの登場です!!」

日産・R89C、ミノルタトヨタ・90C-V。

ルマン出場をしたことのあるグループCカー2台が、今大会のブロックごとのチャンピオン2人が乗り込むマシンとなっていた。

 

「総合決勝では、Aブロック優勝者である雪風選手には90C-V、Bブロック優勝者である時雨選手にはR89Cに乗ってもらうわ〜!!」

トリコロールカラーが艶やかに輝くR89C。

白と水色のツーカラーが美しく輝く90C-V。

まさかよりにもよってこんな車に乗ることになるとは。

さすがの2人も思ってもみなかった。

 

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「400キロ以上出すことも可能なマシン、グループCカー…」

「僕がR89C、ユキが90C-V…か」

「チャンピオンのマシンはまたあとで紹介するから、カミングスーン!あと当然だけど、本レースにあたってドライバーの皆には、レーシングヘルメット並びにレーシングスーツ一式に着替えていただくわ~!!というわけで、チャレンジャーとチャンピオンの3人はスタッフに従ってスタンバイプリーズ!!あと3人には、まず30分間のフリー走行が用意されているわ~!!その間にマシンの感覚を把握するのと、セッティングを仕込んじゃってね~!!」

オリビアが進行を進める中で、時雨と雪風、そしてヒュウガは各々スタッフに連れられてマシンの元へと向かっていく。

そんな中で2人の元に互いのチームの仲間たちが集って話し出す。

 

「時雨…本当に大丈夫?あんな車でレースすることになるなんて…」

「いや、これでいいんだ…ユキとバトルするくらいなら、これくらいしないと」

「あ、あまり無茶しないでくださいね…!とても危険なマシンであることは言うまでもないんですから…!」

「そうね…しっかりマシンを詰めないと、あなたの命も危ないかもしれない」

「…わかっています。でも、命の危機なんて僕には何度もあったから」

「時雨…」

スタッフに連れられて行く中で、時雨の元には奈美子やハルカ、トーコが話しかけに行っていた。

だが当の時雨としては、あれほどのマシンで雪風とバトルすることが出来ることは何よりも光栄なことだった。

そうである以上、自分としては引くことはしない…そう思っていた。

 

「おい雪風、大丈夫か?お前さん、まさかあんなマシンに乗ることになるなんて…」

「大丈夫ですっ。あのマシン…乗ってみたいですっ!」

「で、でもよお…!」

「まあまあ赤沢よ、いいのではないか?結局乗りこなすのは雪風じゃからな…」

「が、ガンさん…」

「おう雪風。今回のマシン…とんでもなく凶暴なマシンであることは間違いねぇ。それでもお前は…乗りたいのか?」

「はいっ…乗りたいです!」

「うむ…わかった。それじゃあ、わしもセッティングに尽力しよう。そして…勝ちに行くぞ!」

「はいっ!」

「~~~っ!!わかったよ!!ここまできたらもう、俺も一蓮托生になってやる!!」

一方の雪風も、赤沢に声を掛けられていた。

雪風の表情はモンスターマシンに乗ることになる恐怖…というよりは、モンスターマシンに乗って最大のライバルとバトルできることへの興味と好奇心の方が勝っていた。

だがその一方で、伝説のチューナー…こと「岩本ガンジ」は、雪風の覚悟を聞いた上で改めて彼女に力を貸すことを決めるのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

―――3人と仲間たちがステージを去った後。

観客席では同様の声が広がっていた。

 

「本当に大丈夫なのか?失礼だけど、あんな若い女性ドライバーにグループCカーなんて…」

「ああ…後継のR92CPとはいえ、大御所レーサーが『出来ればもう2度とあの車に乗りたくない』とまで言わしめる車だぞ…」

「こりゃあ、人体実験同然だな……」

そう、熟練のレーサーならともかく、彼女たちはまだまだ若い。

いくらプロレーサーとはいえ彼女たちにはあまりにも荷が重いのではないか…と思うのは自然だった。

グループCカーはとんでもないパワーとダウンフォースを持つ、馬力の暴力と言っても過言ではないマシンたち。

ある大御所レーサーは、R89Cの後継…R92CPに乗った時、「できればもう2度とあの車に乗りたくない」とまで言わしめたのだ。

そうである以上、時雨や雪風と言った…見かけはあまりにも若い少女たちにとってはとんでもない負担になりかねないのではないか…とう思うのは当然だった。

だが、あの2人はトーナメントを勝ち上がってきたブロックチャンピオン同士。

誰も止めることなんてできやしないのだった。

だが一方で、こんな疑問も出ていた。

 

「しかしよぉ、ここまでしないと勝てないチャンピオンって…どんなモンスターに乗ってるんだ……?」

「まさか…!?あの伝説の、グループCカーか…!!?」

そう。時雨と雪風が乗るマシンはどちらもグループCカー。

それほどのマシンを用意しないと勝てない、チャンピオン…相楽ヒュウガのマシンとは一体何なのか?

ハイパーカーか?モンスターチューンドのチューニングカーか?

それとも…同じグループCのマシンか?

観客たちは各々が予想するのだった。

 

 

 


 

 

 

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―――時雨と雪風が準備に取り組む最中。

ヒュウガの元に、1人の人物が訪ねていた。

 

「こ、困ります!何ですか、あなたは…」

「いや、あの人に用があってきたんだけど…」

係員と1人のドライバーが揉めていた。

関係者エリアに入ろうとしていたのを係員は止めている。

どうやらそのドライバーは関係者以外と判断されたようだ。

するとその様子に気が付いたヒュウガが、その場を収めに向かう。

 

「あーおいそこのスタッフ、ちょっといいか?」

「はい?」

「そいつは俺の『ダチ』だ。通してやってくれないか?」

「ええっ?」

「悪いな、頼む」

「は、はあ…」

ヒュウガはそのドライバーを「ダチ」と言った。

どうやらヒュウガの関係者のようだ。

そのことを了承したスタッフが一旦退いたところで、そのドライバーとヒュウガが対面する。

 

「来てくれたか…時間ギリギリじゃねえか。心配したぜ」

「えへへ、ごめんごめん」

そのドライバーは、ヒュウガに対して軽そうに謝った。

だが一方で、ヒュウガはあることにも気が付いた。

 

「…目つきが変わったようだが、どうした?」

「さっきのブロック決勝の模様を見ててさ、大渦に飛び込んでみたいなって…思ったんだ」

ヒュウガは例のドライバーとは面識がある。

その人物の目の色が変わった、とヒュウガは認識した。

このドライバーであれば、もしかしたら…そう認識した。

 

「ほう…いいじゃねえか。今のお前さんなら、アイツらと同じくらいの勝負ができるかもしれねえ…やってくれるか?」

「そうだね…例の走り屋、興味あるよ。やるよ」

「よし、頼むぜ…『不沈艦』よ!」

ヒュウガはその人物に対して勝負を依頼するかのようにそう口にし、そのドライバーは頷いた。

その人物はヒュウガと共に、スタッフと共にあるマシンが止められているガレージへと向かうのだった。

そしてその「あるマシン」を見たそのドライバーは…にやりと笑みをこぼすのであった。

 

ヒュウガと接触したドライバーは一体何者なのか?

そしてヒュウガが搭乗することになるマシンとは一体?

(第31話End)

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