「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 第二幕 2024 -いつかあの頂で- 作:カービィ改二
ここまで長々とありがとうございました。
Epilogue「Someday At That Top(いつかあの頂で)」
首都高・首都環状を舞台にしたアマチュアレース大会、「ザ・スピリッツ・イン・トーキョー」。
Aブロック、Bブロックを勝ち上がってきたドライバー…雪風と時雨は、遂にチャンピオンであり奈美子の父親…相楽ヒュウガに挑戦することになる。
そして決勝レースにおいて主催者側から用意されたマシン…それこそが、80年代から90年代に一世を風靡したモンスターマシン、グループCカー…正確に言えばそれに外観やエンジン性能などを全て極限まで似せたレプリカによるものだった。
さすがにそんなマシンでバトルする以上いきなりのレース…という訳ではなく、2回に分けた練習走行を通した上で行われる決勝レースは、首都環状各地を走り抜けるという大々的なものとなっていた。
果たして時雨や雪風はスーパーモンスターマシンを制御し、ヒュウガに勝利できるのか。
そしてヒュウガに用意されたマシンとは一体?
推奨BGM:ANGEL,DEVIL(from SUPER EUROBEAT 2025)
―――練習走行、1回目。
1台のグループCカー…正確にはそれに極限まで酷似したレプリカが、都心環状線内回りから浜崎橋JCTへ。
右ヘアピンコーナーを抜けて、横羽線方面へと走っていく。
日産・R89C。
日産が当時の耐久選手権やル・マン24時間耐久レースに出場するために開発したグループCカー。
ローラ・カーズ製のシャシーを搭載、エンジンは3500ccV8ターボエンジンを採用し、最高出力800psを超えるモンスターマシンとなっている。
そんなマシンが首都環状を爆走しているというのだから、とても現実離れしていると言ってもおかしくないだろう。
R89Cといえば、カーボンモノコックの脆弱性が指摘されることもあるが…今回ばかりはケミックとオクティ、そして藤原コンツェルンの手により補強がある程度加わっており、「まっすぐ走らせることが困難」というわけではない。
だがそれでも、元々グループCカーもいうこともあって「マシン自体がとんでもないモンスターマシン」であるという事実自体は何ら変わりもなかった。
「っう…!」
ハンドルをしっかりと握り、何とか制御するドライバー…「箱根の時雨」こと時雨。
だがここにきて彼女はレーシングスーツとレーシングヘルメットをまとっていた。
これまでのマシンとは違って快適装備は必要最低限まで取り除かれ、「レースに勝つこと」だけを目標とされたグループCカーは…時雨にとっては恐れるのに十分すぎた。
250キロ以上という速度域は慣れているが、マシン自体には明らかに違和感があった。
とはいえ旋回時もブレーキング時も、シートにがっちりと固定されていることもあって大きな違和感はない。
それこそ、レーシング用のバケットシートを搭載しているBNR32とほぼほぼ同じ感覚だった。
だがそれ以上に恐ろしいのは、その強大なエンジンによるターボラグ。
グループCカーならではのターボラグはやはり時雨を苦しめる大きな要因となっていた。
強靭な加速力はBNR32以上、それでいてパワーもエンジン出力もターボラグも足回りもそれ以上。
おまけにレースカーならではのMR車両という事もあり、アクセルワークを調整しないとマシンが安定するはずもない。
少しのアクセルワークやハンドル操作の乱れが命取りとなりかねない。
「(僕のBNR32をも超えるパワーを、全身で感じる…一瞬でも油断したら…どこへ吹き飛ばされてしまうかわからない。これは、ゴジラ以上の何かだ…)」
いくら「皇帝」の異名を持つとはいえ、たかだかプロデビューしたての一介の走り屋がグループCカーに搭乗して首都高を走っている…それを書くだけでも、あまりにも異常事態と言っても過言ではないだろう。
後継車のR92CPに乗ったことのある、今では「レジェンドドライバー」と呼ばれる者たちですら、「もう二度と乗りたくない」と言いたくなるほどのスペック。
一瞬でも制御をミスれば即クラッシュ待ったなし。
おまけに今回の場合、エスケープゾーンなんてまったく存在しない首都環状でのレース。
これは、人から見れば「人体実験」「拷問」と言われてもおかしくはないだろう。
今回のためにレーシングスーツやヘルメットに身を包んでいるとはいえ、根幹のマシンがモンスターすぎることは何ら変わりない。
ヘアピンコーナー直前で250キロから者の数秒で80キロまで減速。
かと思いきやヘアピンコーナーから分岐に向けて加速するR89Cは、80キロ台から250キロまでものの数秒で加速していく。
その加速Gによって体がシートに縛り付け同然になる中で、時雨は必死になって制御していた。
青、赤、白…トリコロールカラーに包まれたグループCカーが首都高の夜闇を切り裂く。
そんな中で無線が飛んできた。
『時雨、大丈夫?操縦出来てる?」
「なんとか、ね…今は横羽線を下っているから、とりあえず大黒PAに行くよ。セッティングを調整したいから待ってて。あと数分もしないはず…今は集中したいから、そこで色々話すよ」
『わ、わかったわ…気を付けてね!」
そう言って無線は切れた。
芝浦入口付近から鉄道貨物線とモノレールの高架下をくぐり、天王洲方面へR89Cは加速していく。
「(とんでもないマシンに乗ってしまった…この世界には、こんな車があるんだ…)」
BNR32では到底感じることのなかったとんでもない加速。
おまけにブレーキ含めた足回りもレーシング仕様なので、踏み込めばきっちりと止まって曲がる。
だが一瞬でもハンドルワークやアクセルワークを誤ると、即クラッシュやスピン待ったなしというとんでもないマシンである。
チューニングカーなら何台も何台も乗ってきた時雨だが、グループCカー…プロトタイプカーなんてものは乗ったことがない。
いや、乗れる筈もないのだ。
ハンドル右横のトリガーを引っ張ってシフトアップ。
本来グループCカーはクラッチ付きのシーケンシャルシフトであるが、レプリカであるこの車に搭載されているのはパドルシフト。
幸いにもクラッチ操作不要なので、加速に躊躇したりエンストということはない。
加えて言えばTCSとABSも搭載しており、おまけに現代のハイグリップタイヤを装着しているので、少なくとも「その当時の実物」よりかは操縦はなんとかできるものだった。
だがやはりその強大なエンジンパワーばかりはどうしようもなく、ターボラグが最大の敵となっている。
横羽線芝浦〜天王洲間のストレート区間でも加速は止まらず、どんどんと加速していく。
300キロ以上になってもまだまだ加速は止まらない。
自分のBNR32だって340キロくらいが速度の限界だったが、それ以上のスピードを出せるくらいのとんでもない加速。
天王洲近くまでずっと加速していくR89Cのハンドルを、時雨はしっかりと握り続けていた。
一応今回のために常人でもある程度制御できる仕様にはなっているそうだが…それでも根幹の、とんでもないモンスターマシンという事実自体は何も変わらない。
「(少しはわかってきたとはいえ、やっぱり怖さは隠せない…でも、それとは違う感情もある)」
310キロ以上の速度で疾駆するR89C。
とはいえ、ある程度走っていたこともあって時雨はアクセルを踏み込めるようになっていた。
コースに対しても熟練度があり、それに対する不安はなかった。
それでもターボラグとの戦いは続いているのだが。
天王洲アイル駅直前の左直角コーナーに備え、早めにアクセルオフ、そこからブレーキをじわりと徐々に踏み込んで減速させる。
丁寧なアクセルワークとブレーキングにより、なんとか時雨はR89Cを操縦出来ていた。
「(アウトインアウトで攻めるよりは、まずは車線に沿って…)」
右車線を走りつつも、速度を160キロまで慎重に減速させる時雨。
ハンドルワークもゆっくり丁寧と言ってもよく、マシンが暴れないように必死に制御していた。
下り坂の左直角コーナーを抜けてストレート方向を向いたところでハンドルをニュートラルに。
そこから再びゆっくりとアクセルオン。
R89Cはそのモンスターパワーを発揮するようにぐん、と一直線に飛ぶ弓矢の如く加速していく。
「っ…!」
弓矢のような加速で再びシートに縛り付け同然になる時雨。
だがそんな状態でもアクセルを抜く事もハンドルから手を離すこともなかった。
少しは慣れたとはいえ、やはりシートに雁字搦め同然になるのは避けられない。
それでもアクセルを踏まないと雪風やヒュウガには勝てない。
そう思った以上、多少の恐怖があっても妥協することはなかった。
R89Cは天王洲から京浜運河へ。
東品川の右高速コーナーをアクセル全開で抜け、モノレールに沿う長い長いストレート区間へ。
するとそこで、時雨はあることに気がついた。
「(…前から車が?今この近辺は全面的に封鎖されているはずだよね?)」
250キロ以上のスピードでR89Cを走らせる中で、時雨はあることに気がついた。
対向車線を1台の車が走ってきているのだ。
そして時雨がそれを認識して数秒がしたところで2台はすれ違い…その車はバックミラーのはるか彼方へと消えていた。
おそらく向こうの車も自分と同じくらいの速度…250キロは出しているのだろう。
そうなると相対速度は最低でも500キロにも達し、あっという間に消え去るのは無理もない話だった。
一体なぜ今首都高を走っているのか?あの車は何だったのか?
時雨はそう疑問に思った一方で、そのマシンとすれ違った時…時雨はそのマシンから不思議なものを感じ取っていた。
「(何…今の車?すれ違っただけでビリっときた…)」
時雨が全身に感じたもの…静電気に近いそれ。
すれ違ったマシンから、時雨は不思議と迫力を感じていたのだった。
そんな迫力の余韻を残しつつも、R89Cは勝島方面、平和島へと疾走していく。
◇ ◇ ◇
推奨BGM:RACING RHYTHM(from SUPER EUROBEAT 2025)
―――時雨が横羽線を南下している頃。
新環状ルート、福住入口付近。
「くううっ…」
こちらは全体的に青色に塗られつつも白いフロントバンパーを装着したプロトタイプカー…ミノルタトヨタ90C-V。
搭乗しているドライバーは…時雨の最大のライバル、雪風だった。
新環状ルートの福住出口から辰巳方面へと走らせていた。
細かな場所としては右直角コーナーを抜けたあたりである。
ミノルタトヨタ・90C-V。
こちらもルマン24時間レース参戦用に開発されたグループCカー。
それまでに搭載されていた3600ccV8ターボエンジンを3600ccエンジンに載せ替え、こちらも最低800馬力以上を発揮するマシンとなっている。
やはりそんな超モンスターマシンが首都高を走るというのはやはり違和感としかないだろう。
一部のみ市街地区間を走るサルトサーキットとは異なり、こちらは完全封鎖の都市高速道路。
先にも書いた通りエスケープゾーンなんてないし、路面もサーキットのそれに比べると明らかに荒い。
そんな中でも必死にハンドルを握り、90C-Vを制御し続ける。
やはりケミックやオクティ、藤原コンツェルンの手が入っているとはいえ…基本はモンスターマシン。
ゼロヨンチャンプの異名を持つ雪風でも、少なからず苦戦しているのがオチだった。
だがそれでも、時雨よりかは早めに順応している節もあった。
何故なら…
「(ゼロヨンのファニーカーを走らせたことがあるけど…この車はコーナーも曲がれる以上、あの車より明らかに速い…!)」
メーター250キロ。
アクセルを全開に踏み込みつつも塩浜方面へと90C-Vを走らせる中で、雪風はそう思った。
そう、馬力だけで見ればグループCカーよりも遥かに高出力のマシンにも雪風は乗ったことがあるのだ。
ファニーカー…アメリカのドラッグレースで用いられる専用のレースカー。
雪風はそんなマシンに藤原コンツェルンの好意によって乗ったことがある。
勿論、以前のチャンプを破るためにその車とバトルをしたこともあり…そしてゼロヨンと言う特殊条件下とはいえ勝利をした。
当時用意されたファニーカーはV12ターボエンジン、馬力自体は1500馬力以上。
しかしそんなレギュレーション違反同然のマシンに勝たないと、元チャンプには勝てなかった。
そして後に雪風自身ファニーカーに乗って試乗したのだが…直線勝負のゼロヨンとはいえ、圧倒的な馬力によって一時は昏倒寸前にまで陥った。
それくらいなまでの爆発的な加速力とスピードを持つマシンだったのだ。
もっとも、ファニーカーはもとよりレギュレーション違反なのでその記録も参考記録程度になったのだが。
だが今回乗っているマシンは、馬力自体はそれ未満であるのだが…やはりコーナーを高速で曲がることのできるマシン。
直線勝負ならともかく、コーナー勝負なら圧倒的にファニーカーよりも分がある。
「(トヨタ初のルマン入賞マシン、かあ…すごい車なのは間違えないね)」
今でこそ、ル・マンでも総合優勝を誇るトヨタ車。
だがその道のりはとても長く、この車が初めて入賞してから28年もかかった。
その偉大な一歩と言えば誇らしいが、同時にとんでもなくレベルの高い世界でもあるのだ。
そんな偉大な一歩となったマシンを操縦できることを、雪風としてはとても嬉しかった。
塩浜入口が迫る中で、直前の左高速コーナーを左車線のまま走り抜ける90C-V。
雪風はある感情を抱いていた。
「(この国には…こんな車があるんだ。こんなクルマでレースできることが、何だかとっても…ワクワクする!)」
怖い、大変、という感情と言うよりは…雪風にとっては好奇心の方が先に来ていた。
塩浜から辰巳方面へのロングストレート区間において90C-Vが320キロ以上のスピードで疾走していく中で、雪風は不思議と高揚感を感じていた。
未知との遭遇とのワクワク…好奇心と言うべきか。
世の中にはこんな車があると知れた喜びからか。
どちらにせよ、とんでもないモンスターマシンを操縦しているにあたってそう考えるのはかなり頭のネジがぶっ飛んでいると言っても過言ではないだろう。
ラリーやサーキットで経験を積んだ彼女だからこその感覚かはわからない。
だがそれでも、「モンスターマシンを操縦して楽しい」と思うのは…やはりどこかぶっ飛んでいると言っても間違えはない。
そんな中で、藤原から無線が飛んできた。
『雪風君、大丈夫か?マシンの調子はどうだ?』
「大丈夫…大丈夫ですっ!この車、とってもいい車ですっ!」
『そ、そうか…とりあえず湾岸線を西行に走って、大黒PAへ向かってくれ』
「は、はいっ…」
雪風自身どこか感情の高ぶりに混乱しつつも、なんとか90C-Vを操縦させていくのだった。
90C-Vはその後辰巳JCTから湾岸線に合流、そのまま湾岸線を西行きに走行していく。
―――数十分後、大黒PA。
総合決勝のスタート地点となる大黒PAには、既に司会進行のオリビア、並びに時雨や雪風の仲間たちが移動していた。
普段こそ封鎖されることのない大黒PAだが、多くの人々と車たちが集っている光景は異様と言えば異様だろう。
そして同時に、パーキングの端にはマシンセッティングやガソリン補給用の特殊ブースが用意されていた。
各々の仲間たち、そしてチャンピオンであるヒュウガが待機する中で、皆心配そうにPA入口を見ていた。
すると、その時だった。
「来たぞ!R89Cだー!!」
「90C-Vもじきに来るぞ!ブースへ誘導しろ!!」
大黒PAにゆっくりと入ってくるR89C。
この時点である程度疲労がたまっているようで、ゆっくりとPAに入ってくる。
運営スタッフによって特殊ブース…時雨の仲間たちが多く集う場所へと移動していく。
一方の90C-Vも数十秒遅れてやってきた。
こちらもスタッフによって雪風の仲間たちの元へと移動していく。
互いのマシンが爆音を響かせながらも、2台はピットゾーンへとやってきて停車した。
互いのマシンから降りてきたドライバーたちは仲間たちの元へと向かい、各々のマシンのセッティングを行うのだった。
一方で各々の感想としては…
時雨曰く、「怖いけど、同時にこの車で首都環状各地を走り抜けるのが楽しみなマシン」。
一方の雪風曰く、「実際どうなるかわからないけど、楽しくて最高のバトルが出来るマシン」という。
◇ ◇ ◇
―――雪風の到着から数分後。
互いに休憩しつつもセッティングの修整方針が決まったというところで、大会運営スタッフにセッティング調整をしてもらう中で、オリビアによるインターバル中のインタビューが始まろうとしていた。
「ハーイエブリバディ!キャンユーヒア!?」
特設ステージにおいて、カメラに向かって話しかけるオリビア。
相変わらずのそのボディを振り回すかのようにカメラへと声を掛けていた。
中継先は…やはり観戦会場だ。
一方、中継先の映像を見せたスタッフによってオリビアは「声が伝わっている事」を認識した。
「OK、OK!会場の熱気はここにいても伝わってくるわ~!ついに次がラストバトル!時雨、雪風、そして、ヒュウガ・サガラの最終決戦よーん!!2人は一旦トレーニングが終わってインターバルを挟んでいるわ!このインターバル中にインタビューを行うから、楽しみにしててね~!2回目のトレーニングが終わって最終調整が終わったら、いよいよレーススタート!あと40分程あるけど、屋台の料理とかも楽しんでね~!!」
まだ時間がかかることを伝えたオリビア。
やはりグループCカーというのは操縦がとんでもなく難しい以上、2回にわたって練習走行を行うことが決まっていた。
そしてその待機中の間に、屋台などで料理を買いに行くことを勧めるのだった。
―――同じ頃、トヨタアリーナ東京。
「うおー!ついに決勝戦かー!」
「終わっちまうのが寂しいけど…やっぱ早く見たいぜぇー!」
「だがその前に折角だし、あのグループCカーの走りをまた見てみたいぜー!!」
トヨタアリーナ東京では観客たちが盛り上がっていた。
やはりグループCカーのレースは注目の的だったようだ。
―――大黒PA。
オリビアが最終決戦へと進んだドライバーたち…時雨、雪風、ヒュウガの名前をコールすると、会場の反応は2つに分かれていた。
1つは純粋にショーを楽しむ盛り上がり。
そしてもう1つは、ただ静かに…食い入るように状況を見つめる者、思いをめぐらせる者たちだった。
自分より実力が上位の者同士のバトル。
最速にとりつかれたドライバー達は、理性ではなく本能で、このバトルが自分たちにとってどういうものであるかをわかっていた。
「(最速を賭けた最後のバトルの時も、近い…)」
大黒PAの現場すぐ近くで中継を見守っていたサマンサは静かにそう思っていた。
そんな中で、奈美子の父…ヒュウガと、時雨と雪風、そして各々の仲間たちが対峙する。
対峙したところで、ヒュウガは軽口を飛ばした。
「本当に決勝に来るとはな…!奈美子、お前のパートナーの時雨は…大したやつだな。それにAブロックの雪風も…話は聞いているぜ?」
「あ、はい…」
ヒュウガの言葉に対して多少照れ臭そうに返事をする雪風。
するとそれを見かねた奈美子が口を動かす
「…時雨も雪風ちゃんもほんと凄腕なんだから!それに、時雨はお父さんが何をしたのかを知るために、私と一緒にニューヨークに行ってくれて…」
「ああ…お前達、ニューヨークまで来てたんだってな」
「いくらお仕事の関係だからって、私たちがニューヨークに行く前に別の国に行っちゃうんだから!もう、信じられない!どうしてそんなに自分勝手なの!?」
「あー…まあ、仕方ねえじゃねえか?仕事の都合だってあるんだしよお…それに、お前らが来るなんて想像できなかったしな」
多少怒りを露にする奈美子に対し、ヒュウガはやはり飄々とした態度をとっていた。
◇ ◇ ◇
―――1年前、ニューヨーク。
オクティの本拠地にて。
エマとヒュウガが話していた。
「そうかい…お得意様からの仕事の目途がついたんだね」
「ああ。元々ここに来る前からスケジュールが入っていて、やっと仕事に取り組めるからな…本当に申し訳ねえ。お金とかそういう問題じゃないが、俺とも付き合いがある連中だから断れなくてな…中途半端になっちまってすまねえ」
この日、ヒュウガはニューヨークを去ろうとしていた。
既に本作でも書いた通り…「ドリスピア王国」からの仕事の依頼があったからである。
この仕事はとんでもなく大規模であり、莫大な報酬も約束されたいたのだが…なにより前もって約束されていた計画だったので、そのスケジュールの日が来てしまったのだ。
申し訳なさそうに語るヒュウガに対し、エマは自信があるようにこう口にする。
「大丈夫!グレートオクティは簡単には潰されやしないさね!」
「あのエンジンルーム…リチャードとなら、絶対にうまくいくはずだ。焦らず合併の話に持っていってくれ」
「前々から決まっていた仕事なら、そっちを優先するべきさ。さあさあ、行った行った!まあまた仕事が落ち着いたらニューヨークにも来てね」
そう言ってエマはヒュウガを送り出したのだった。
◇ ◇ ◇
「…世界を舞台に走り続けることが、俺の人生だからだ。それはあいつも…お前の母親もわかってくれてるはずだ」
ヒュウガは1年前の事を回顧するかのようにそう口にした。
だが、そう口にした時だった。
「ええ、流石にわかってるわよ?あなた。そうじゃなきゃ、ずっと心配なんてしてないし」
「全く…誰かに似て相変わらずフリーダムな人だ」
そう言って、仲間たちの間から時雨のと奈美子の元へやってきたのは…誰を隠そうヒュウガの妻であるミナコと、息子のショウだった。
「お母さん!?」
「それに、ショウさんも!」
「うげっ…美奈子!?それにショウ…!いつの間に…もしかして全部聞いていたのか?」
「フッ…ああ。時雨が心配になってな」
美奈子とショウがやってきたところで、奈美子がさらに口を動かす。
「たしかにお母さんはお父さんのことを悪く言うことは一度もなかった…でも、それと寂しくないっていうのは別問題よ!」
「親父たちのコネでMY24を手に入れた俺から見ても、親父はそれ以上に自分勝手すぎる。たまには家に戻ってやってくれないか」
「そうね…私としてもたまには戻ってきてほしいところよ」
「ヒュウガさん…お願いできますか?」
「あたしからも、是非っ!」
「あんた…何とかならねえのかよ?」
「ヒュウガさん…」
奈美子に続き、ショウや美奈子、時雨や雪風、赤沢や藤原も説得に加わっていた。
だが、ヒュウガは全てをわかっていたかのようにこう口にした。
「誰も俺は止められねえ。俺は俺の道を走る」
その言葉に対してギャラリーの多くは落胆し、一部ではブーイングも飛んでいた。
「("俺は俺の道を走る”か…家族もいるのにほんと自分勝手。パパと…オスカー・ウォードと同じね)」
一方で、様子を見守っていたサマンサはヒュウガに対して自分のなき父親を思い浮かべていた。
姿はともかくその姿勢はほとんど同じだったのだ。
だがそんな中で、決意を示すかのように奈美子がこう口にする。
「止めてみせるわ…!時雨が、雪風ちゃんが、お父さんを止めてみせる!負けたら、家に戻ってもらうわ!」
「親父…奈美子や時雨のためにも、帰ってもらうからな」
「勝負に負けたら…いいわね?」
奈美子の言葉に加え、ショウも美奈子もヒュウガを睨んでいた。
流石に家族全員から言われるとヒュウガもたじたじのようだった。
「…まあいい、わかった…約束するよ。ところで、時雨…それに雪風か。お前さんたちは、命をかけて走ったことがあるか?」
口約束をしたところで、ヒュウガは時雨と雪風に目線を向けて質問を投げかけた。
どうやら2人の事が気になったようだ。
その質問に対し、時雨は意図をくみ取ることが出来なかったため質問し返す。
「…どういうことですか?」
「俺の仕事はフリーのテストドライバーだ。俺が運転するのは安全性も完全には担保されてない、試作段階のマシン。文字通り、俺は毎回命をかけている。俺はどの車も限界の限界まで引き出す。あえて言う。『ただのバトル』に負けることはありえない。たとえ今回のように、運営が車を用意してくれても…だ」
ヒュウガはどこか自信があるようにそう言葉を続ける。
だが一方で、時雨もあることを伝えるかのように口を動かす。
「…その『ありえない』に勝つために、僕はここにいるんです。でも、それ以上に…」
「ん?」
「僕の行動はそのほとんどが、奈美子やショウさんといった『命の恩人』に恩返しをしたい、という1つの理念の上に成り立っていると思うんです」
「ほう?」
時雨にとって、自分が走り続けている理由と言うのは…奈美子やショウと言った「命の恩人たち」に対する恩返しが全てだった。
「僕は…自分が走り屋になったのも、箱根の皇帝になったのも、プロレーサーデビューに至ったのも、首都高やニューヨークに行ったのも、そしてこの大会で勝ち上がってきたのも…全部、奈美子やショウさんへの恩返しのためなんです」
「時雨…」
「時雨……」
「グレ…」
「時雨ちゃん…」
時雨にとって、これまでの行動は全てが「恩返し」のためというのが一貫していた。
彼女が言った通り、走り屋になったのも、プロレーサーデビューをしたのも、ニューヨークに行ったのも、ここまで勝ち上がってきたのも…全てが、恩返しをしたいという理念の上での行動だった。
その上で時雨はどこか感情的になるかのようにこう言葉を続ける。
「だからもし、『バトルに挑むこと』『最速になること』『自分の限界まで戦うこと』が恩返しになるのなら…どんな相手でも全力で挑みにいきます。そしてもし、奈美子を傷つけるというなら…たとえ家族でも…」
時雨が発する言葉の数々から、怒りに似た感情が見え隠れする。
すると、それを察したのか…ショウが時雨の顔面の前に右腕をかざして、彼女の言葉を遮った。
「ショウさん?」
「…時雨、もういい。お前の言いたいことはきっと伝わった」
「あ…すいません」
「…なるほどな。まあわかった」
ショウが何かを…時雨の怒りの感情を感じ取ったのか、静止に入った。
流石にショウの前という事もあり、時雨は感情を落ち着かせるのだった。
ショウの行動にヒュウガは疑問に思うものの、時雨の行動理念はわかった。
すると、ヒュウガは雪風に顔を向けた。
「雪風、お前さんはどうだ?」
質問された雪風だったが、先の時雨の話を聞いていて何をするべきかはわかっていた。
彼女もまたヒュウガに対して口を動かす。
「あたしは…この場に、最大のライバルと戦うためにここにいると思っています。その…全ては『箱根の時雨』と戦うための、通過点なんです。そしてそうである以上…たとえ伝説のドライバーであろうと、無敗のレーサーだろうと、プロレーサーだろうと、負けるつもりはありません。そしてあたしはグレと共に、速くなりたいって…グレと同じように自分の限界まで戦いたいって、心から思っています」
「ユキ…」
「雪風ちゃん…」
「雪風君…」
「雪風…」
雪風の行動理念は「時雨に追いつき、同時に限界まで戦いたい」というものだった。
その為に彼女はゼロヨンデビューを果たし、チャンプになり、藤原コンツェルンのお膝元で仕事をし、この大会でここまで勝ち上がってきた。
全てはやはり、雪風にも一貫した理念があったからこそ…だった。
2人の言葉を聞いたヒュウガは、納得したかのように頷いた。
「…いいだろう。そこまで言うなら、お前ら2人…俺に勝ってみな」
ヒュウガはバトルを了承するかのようにそう口にした。
かと思いきや、ヒュウガはさらに言葉を続ける。
「…と言いたいが、俺にとっちゃ、俺とお前たちは不釣り合いだと思った」
「え?」
「……?」
そうヒュウガが言うと、口調を整えてあまりにも衝撃的な言葉を発しようとしていた。
「今回のレース…わりぃが俺は出場を辞退したい」
「なっ…!?」
「え…!?」
「そんな!?」
「…はっ!?」
チャンピオンドライバーの突然の出場辞退。
その状況に対し、ドライバーも時雨や奈美子の仲間たちも動揺していた。
クールで冷静なサマンサですら動揺している。
ここまで来て一体何を言い出しているのか?
その言葉を聞いたスタッフや観客たちも皆動揺している。
「あの…僕の言ったことに、なにかありましたか?」
動揺する時雨は「もしかして自分に原因があったのか?」と思った以上、ヒュウガに質問した。
だがヒュウガは改めてこう断言する。
「いや、お前たちの言葉に不満があったという訳ではない。だが、それほどの事をいう奴に対して、俺は小さい存在だと思っちまってな…悪いが俺はもう決めたんだ。改めて…俺は決勝レースを辞退する」
ヒュウガから発せられたのはやはり、「決勝レースを辞退する」という決意表明。
「そ、そんな!」
奈美子がショックのあまり声を荒らげる。
まさかの掛けられていた梯子が外される事態。
この状況には大会主催陣も動揺するしかないし、それ以上に奈美子やその仲間たちですら動揺していた。
「ひ、卑怯よ!!ここまで盛り上げたっていうのに、お父さんはバトルから逃げるというの!?」
「親父、ここまで来て何を言っているんだ?時雨や奈美子を傷つけるというなら、俺はアンタが親であっても許さないぞ!」
「あなた、どういうつもり?ここまで盛り上がったらもう逃げられないと思うんだけど」
実の娘である奈美子が動揺しつつそう声を掛けた。
あまりにもショックだったようだ。
何より息子であるショウは、普段以上に怒りを顕にしていた。
加えて妻であるミナコも、「ここでそんなことをいうとは思わなかった」と言うかのように呆れつつそう言った。
だがそれらもわかっていたのか…ヒュウガは言葉を続ける。
「どういうつもりもねぇよ。俺は辞退する…それだけさ」
ヒュウガの態度はやはり飄々としていた。
冷静だったショウもどこか頭に血が上りそうになっていた。
「時雨、兄さん、どうしよう!!このままじゃお父さんが逃げちゃう!!」
狂乱寸前の状態で奈美子は時雨とショウに話しかける。
だがその時だった。
「…おい!」
そう言って様子を見かねた藤原大輔がSP達に号令をかけ、相楽ヒュウガを取り囲むように指示した。
あっという間にヒュウガはSP達に取り囲まれ、逃げ場を失った。
すると、その様子を見かねたヒュウガはどこか「そうじゃない」と言うかのように口を動かす。
ヒュウガのあまりの態度に対し、その場にいたギャラリーたちからもブーイングが飛んだ。
流石にここまできてバトルを辞退するとなれば、非難の嵐となるのは当然だろう。
だが一方で、ヒュウガはわかっていたかのようにこう口にする。
「まあまあ落ち着け。お前ら、ちょっと誤解しているんじゃねえか?」
「誤解もなにも、お父さんはバトルを辞退するって…!」
奈美子がそう言うと、ヒュウガは弁明するかのようにこう口にする。
「確かに俺はレースを辞退するとは言った。だがな、『勝負に挑まない』というだけじゃねえんだ」
「…どういうこと?」
「お前らよく考えてみろ?見たところ時雨や雪風は、俺の半分以下の年齢だ。そんなところに俺みたいなオヤジが出しゃばっても、それこそ場違いってもんだろ?」
「それは…」
そう、ヒュウガは見た目からしても既に壮年のドライバー。
いくら「神の手」と呼ばれようとも、時雨や雪風の倍の年齢であるという事実自体は変えられない。
「見た感じハタチあるかないか…そんな奴が俺とバトルしても、それこそ不釣り合いってもんだよ」
「…だが親父。今更アンタは何を言っているんだ?今回の大会は、親父を出場させるために莫大な金と時間をかけている。目玉となるイベントが中止になったら、どれだけの損害が出ると思っているんだ?時雨と雪風の一騎打ちとなっても、チャンピオン不在となれば拍子抜けも甚だしい。そこを考えたことはないのか?」
「あー…それは……」
ヒュウガは自分と時雨や雪風がバトルするのには色々と不釣り合いだと弁明する。
だが一方で、ショウは「莫大な時間と金を無駄にするのか?」と正論をぶつける。
流石にその言葉を言われると、ヒュウガですら追い詰められ気味になっていた。
すると、その時だった。
「まさか……ヒュウガさん!」
「時雨?」
「グレ…?」
ここに来て、ずっと黙りこくっていた時雨が「何かを思い出した」かのように口を動かした。
時雨はヒュウガをじっと見ていたこともあり、ヒュウガもそれに反応する。
「ん?どうした」
「ヒュウガさん、1つだけ質問していいですか?」
「何だ?」
時雨はヒュウガにあることを質問する。
「今回のレースは、僕やユキだけじゃなくてヒュウガさんにも…主催者側から車が用意されているはずですよね」
「ああ…そうだな」
「だとしたら…今『ヒュウガさんが乗る車』を運転しているのは、誰なんですか?」
「あ…!」
「…なぜその質問を?」
そう、今回のレースは時雨や雪風と言ったブロック決勝の勝者たちだけでなく、ヒュウガにも車が用意されているのだ。
そのマシンは、先ほどのグループCカーに匹敵するマシンであるのは間違えがないだろう。
しかし先ほどR89Cと90C-Vが大黒PAに到着した時点で、既にヒュウガは大黒PA入りしていた。
つまり、ヒュウガもマシンをシェイクダウンするために首都高を周回していないと辻褄が合わないのだ。
だが、いくら神の手とはいえ…同じグループCカーを操縦するのには時雨や雪風と同じくらい苦労するはず。
スタンドプレーでレースに挑めるとは到底思えないし、同時に自分たちよりも速く大黒PAに付いたのは間違えがない。
しかし、R89Cと90C-Vが誘導されたピットゾーンにはマシンが1台も止まっていない…つまり、ヒュウガが乗っていたマシンが存在しなかったのだ。
だが一方で、時雨はある事実を…練習走行中に遭遇したある事実を口にする。
「僕、見たんです…練習走行中に、ヒュウガさんが乗るであろう車を。車種は分からないけど…R89Cと似た形状のマシンでした」
「え…!?」
「それって…!」
そう、横羽線を下っている際に反対車線を走行していた…時雨や雪風が駆るマシンと似た形状のマシン。
時雨はそのマシンと遭遇したことを口にする。
その言葉を聞いたヒュウガは、「気が付いたか」と言うかのようにこう口にする。
「そうか…すれ違ったかランデブー走行したのかはわからねえが、俺が乗る予定だった車を見ちまったってわけだな?」
「…はい」
「そうか……わかった」
自分が乗る車を見た、となれば…仕方ない。
ヒュウガは諦めたかのように言葉を続ける。
「実はな、お前ら。今回のレースに俺は出場しないっていうのは、前々から決めていた。だからこそ…俺は前もって、俺の代役を立てていたんだ。俺なんかよりもずっと若くて、俺よりもずっと首都環状を知り尽くして、俺よりもずっと速い…この場に相応しいドライバーだ」
「代役…?」
「ちょっと待つんだよ!ヒュウガ、いくら首都環状と言う特殊なフィールドだからって…唯一無二なアンタの代役なんて、いるのかい?」
「ああ…それも普通の奴なんかじゃねえ」
ヒュウガは今回のレースのために「代役」を用意した。
だが、ニューヨークですぐ近くにいたビッグママ…エマが疑問を口にする。
「神の手」と呼ばれるようなドライバーの代役なんているのか?
そう疑問を口にするも、ヒュウガは「いる」と断言した。
ヒュウガはさらに言葉を続ける。
「なあお前ら、『俺が首都環状で負けた』って噂は知ってるか?」
「その噂は聞いています。奈美子も聞いていたそうですが…」
「そうか、やっぱり耳に入っていたか」
「時雨とナミコがこの国に戻ってからしばらくして噂になり始めていた…貴様の実力を考えるととても信じられないから受け流していたが、それは本当なのか?」
「お父さん…やっぱり、バトルに負けたって噂は本当だったの?」
「親父…」
相楽ヒュウガの敗北。
この噂話はオクティのジェレマイアも小耳にはさんでいた。
だがしかし、伊達に「神の手」と呼ばれるドライバー。
そんなドライバーがあっさり敗北するなんてことは、誰も信じられることが出来なかった。
それはやはり、時雨や奈美子、雪風だけでなく…ニューヨークで会った仲間たちも皆、全員が「デマ」だと思い込んでいた。
奈美子はその事実確認をするために、「負けたのは本当なのか?」と質問を投げかける。
するとヒュウガは、どこか諦めたかのようにこう口にする。
「ああ、こればっかりは本当だ…はっきり言って、俺も年貢の納め時だと思っちまったよ」
神の手と呼ばれるドライバー…ヒュウガの敗北。
今まではあくまでSNS上の噂話であったために嘘くさかったが、ここにきて当の本人が認める事態になった。
ヒュウガは更に言葉を続ける。
「今回のレースは、俺は代役としてそいつにレースに出てもらうことにした。負け犬の俺なんかよりも、この場において遥かに適任のドライバーだ」
「そのドライバーって、まさか…?」
時雨がそう言うと、ヒュウガは一息ついてこう口にする。
「そいつの異名は『究極の不沈艦』…奈美子や時雨がこの国に戻ってくる直前に、『首都環状最速』と呼ばれたドライバーだ」
ヒュウガの言葉に対し、皆が動揺する。
「究極の不沈艦」といえば、SNSでも話題だった、正体不明の「首都環状最速」のドライバーではないか。
何でも新世代の首都高ドライバーたちの一角、「THE 4NOVAS」の頂点だと言われている。
そんなドライバーがヒュウガに勝った。
その事実だけでも、その場にいたギャラリーや時雨・雪風、更にはその仲間たちも動揺するしかなかった。
「『究極の不沈艦』…!?まさか、本当に?」
「それに、『首都環状最速』…って!?」
時雨がはっとした。
奈美子から聞いた噂、そのドライバーも「不沈艦」と呼ばれていたのだ。
そのドライバーがまさか、この場に現れるというのか?
そう思ったところで、ヒュウガが言葉を続ける。
「ああ…噂は本当だ。そいつが俺を破ったドライバーだよ。そしてそいつが乗っている車が…もう少しで来るはずだ」
「一体、何に乗っているというの…?」
時雨と雪風はどうやら「究極の不沈艦」とバトルすることになるのだろう。
そういうことはわかった。
だが、そのドライバーは一体何に乗っているというのか?
すると、奈美子がそう疑問を投げかけた時だった。
近くにいたスタッフにトランシーバで無線が飛んでいた。
「大黒PAのスタッフ、聞こえるか?もうじきヒュウガが乗る予定のマシンが大黒PAにやってくるぞ!!」
「何!?了解した、こっちで誘導する!」
スタッフたちがあわただしく動き出す。
R89Cと90C-Vを誘導した時のように、多くのスタッフが慌ただしく動いていた。
その姿は滑稽ながらも、同時にとても不穏だった。
「お父さんがドライブする予定だった車が来る…!?」
「まさか…!」
「一体、何が来るの…?」
「何だよ…何が来るって言うんだ!?」
奈美子、時雨、雪風、赤沢…各々が疑問に思う中、高速道路上からレースカーの爆音が響いてくる。
その音を聞いた、その場にいた人々は皆騒然とする。
どこかで聞いたことのある、ロータリーサウンドの爆音だったからだ。
「この獣のような爆音…まさか、ロータリー!?」
「じゃあ、ロータリーのプロトタイプカー…?ってことは!!」
ロータリーサウンドのプロトタイプカー。
R89Cや90C-Vのように、この国の車であるとなると…もう1台しか思い当たらない。
本線からのスロープ区間を降りて、大黒PAに入ってきたのは…オレンジと緑を纏った伝説のグループCカーだった。
「あれは…」
「さっきすれ違った車だ…!」
時雨が先程横羽線ですれ違った、オレンジと緑のプロトタイプカー。
間違えなく先ほどのマシンと同じものだった。
そのマシンこそ、この国のメーカーでは始めてル・マンを制したマシン…正確に言えばこれもまたそのレプリカだった。
「さあー、今回ヒュウガ・サガラが搭乗するマシンがやってきたわ~!!この国のマシンで史上初めて、ル・マンを制したマシン…マツダ・787Bよ〜〜〜〜ん!!!」
「な、787B……!?!?」
「まさか…あの伝説のマシンとバトルを!?」
「遂に、来たか…!」
奈美子もハルカも、そして主催陣の1人である藤原も、皆驚くしかなかった。
マツダ・787B。
オレンジとグリーンの派手なグループCレースカー。
この国のメーカーのマシンとしては、初めてル・マン24時間レースを制覇したマシンである。
1990年にデビューしたマシン「787」をベースに、新開発された700馬力の4ローター自然吸気エンジン「R26B型」エンジンを搭載したレース専用車両。
馬力自体は最低でも700馬力以上でありながら高い安定性と燃費の高さを持ち、何より他を圧倒するコーナーリング性能を持つマシン。
他のレース用エンジンに比べると馬力自体は低いが、耐久性とその軽さによって高い戦闘力を誇示。
その特徴を生かした戦略をしたことで、初めてル・マンを制覇するマシンとまでなった…まさしく伝説中の伝説のマシン。
またエンジンサウンドも素晴らしく、「天使の福音」と称されるほどのものである。
そんな787Bは大黒PAに入ってくるのと同時に、大会運営スタッフに誘導されてピットゾーンへと向かい…先に止められていたR89C、90C-Vの後ろに駐車したところでエンジンが止まった。
ドアが開き、中からドライバーがゆっくりと降りてくる。
すると、それを見たヒュウガが「あいつが今回の相手だ」と言うかのようにこう口にする。
「さあ、紹介と行こうか。時雨と雪風には…あの787Bに乗っているドライバーと勝負してもらう」
「あの車のドライバーに…」
「ああ…おーいスタッフ!そのドライバーをこっちに連れてきてくれ!!」
787Bから降りてきたのは、黒色のヘルメットを被ったレーシングスーツのドライバー。
そのドライバーが、スタッフに誘導されてゆっくりとやってくる。
そしてヒュウガのところにやってきたかと思いきや…ドライバーは時雨たちと対面した。
「……」
「……」
「紹介するぜ。こいつが『究極の不沈艦』…お前たち2人とバトルしてもらう奴だ。ヘルメットを脱いでくれ」
時雨、雪風と対面する中で…787Bのドライバーは、ヒュウガに指示されてレーシングヘルメット、そしてインナーを脱ぐのだった。
インナーを脱いだそのドライバーは時雨と雪風…そしてその仲間たちを見て明かるげに、こう口にする。
「やあ!君たちが僕の今日の相手かい?…楽しい夜にしようね!」
「………!!!!!」
「え、ええっ……?」
「嘘……うそ……!?」
「…!!!」
「!?!?」
「……!!!」
「!!!?」
「…!?」
「!!?」
そのドライバー…どこかマイペースそうでありながらボーイッシュな緑髪ショートヘアの女性ドライバーは、時雨や雪風たちに対して明かるげに挨拶をするのだった。
だがその挨拶をする最中、時雨はただただ狼狽し、奈美子も雪風も、それどころかショウや美奈子、赤沢や藤原と言った時雨や雪風の仲間たちも驚くことしかできないのだった。
よりにもよって何故、どうしてここに彼女が。
こんな若者の彼女が本当にヒュウガを破ったのか。
この2つに質問は分けられた。
そんな中でヒュウガが、そのドライバーを紹介するかのようにこう口にする。
「こいつは最上。こう見えて…首都環状で『究極の不沈艦』なんて呼ばれた、『首都環状最速』だよ」
「えへへ…時雨さんと雪風さんだっけ?今日はよろしくね!」
ヒュウガは例のドライバーを「最上」と紹介した。
そしてそうである以上、更に時雨は驚くことしかできなかった。
「も…もが、み……!」
時雨や雪風、奈美子たちにとっては到底信じられなかった。
実際時雨自身、精神攻撃的にもかなり大きなダメージを受けてただただ動揺、狼狽して混乱するしかなかった。
何せ787Bから降りてきたのは…
かつて「あの時代」において、時雨や雪風とも面識のあった少女…
「航空巡洋艦」の少女こと、「最上」そのものだったのだから。
全ては「これ」を書くための盛大な前フリだった―――
Next is…
Release in 2026.1
Coming soon…
推奨BGM
作者のカービィ改二です。
「『艦これ』いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 第二幕 2024 -いつかあの頂で-」、いかがでしたでしょうか。
ここまで約100万文字以上…ドリスピ第2部という下地があったけど、マジで長かった…。
少なくとも2025年中には完結できたことはまあよかったです。
既に書いた通り、本作は「盛大な前フリ」でした。
というのも本作を作る最大の切欠は、やはり2024年8月に「首都高バトル(Steam版)」の発売が告知されたこと。
これを機に、「艦これ×首都高バトル新作の小説を書きたい!」となったのが最大の切欠だったりします。
そしてその上で、折角なら「いつかあの路で」と物語をリンクさせたい!時雨や雪風の壁にしたい!その為にはどうすればスムーズに書けるか?…となったら、やはり「ドリスピの第2章」とリンクさせるべきだと考えたわけです。
結果本来のラスボスであるヒュウガが咬ませ犬同然になりましたが…まあそこは次回作でフォローを入れる予定なのでお楽しみに。
ここから先は最上の物語ですが、作者は現段階でSteam版首都高バトルにおいては「首都高の化身」として無敗1周クリア+全ノーマルカーをR35エンジンorLFAエンジンに換装済み+フルチューンまではやりこんだ、ことを記載しておきます。
最上のマシンは…まあチラ見せはしましたが、どのようにしてそんなマシンに乗ることになるのかはご期待くださいませ。
本作「いつ頂」では時雨だけでなく雪風の活躍も部分的に書きましたが、いかがでしたでしょうか?
ゼロヨンチャンプRR-Z編を書こうにも環境が整えられず没になりましたが、その分骨は拾えたと認識しています。
あの作品は発売が30年前だから色々ゼロヨンのルールとか、現代のスーパーカー(GT-RやNSXとか)とルールの整合性整えるの大変だったし…(笑)
まあともかく、これでやっと…「本当に書きたかったもの」が書ける見込みとなります。
来年いっぱい第3部…正確には「空白の数ヶ月間」として、「最上×首都高バトル編」…もとい「いつかあの環で」を投稿していければと思います。
次回作はプロローグを年内に投稿予定です。
本格始動は来年初め以降になりますが、それまでどうかご期待くださいませ。
それでは、また次回作で!
もしよければ感想と評価もお願いします。