「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 第二幕 2024 -いつかあの頂で- 作:カービィ改二
今回は実在の場所を舞台にレースです。
強面な男たちを相手に時雨は勝てるのか?
―――「ライジング・サン」を目の敵にしている歌舞伎町のホスト、セイヤ。
時雨の交渉により、彼が率いるチーム「ホーリーナイツ」とバトルする事になる。
最終的にセイヤにも勝利した時雨へ、「ライジング・サン」の話を切り出したその時、ガラの悪い男たちがセイヤを取り囲み、車のトランクへと押し込んだ。
ライジング・サンの手掛かりは、セイヤの拉致によってまさに消えようとしていたその時、奈美子が「バトルをして、勝負に勝ったら借金を帳消しにしてほしい」と懇願する。
その事を聞いたガラの悪い男たちの長…アクツは飲み込むも、20分の猶予を与えるのだった。
新たなるバトルの幕が切って落とされる―――。
―――首都高上野線、本町入り口付近一般道路。
真夜中の一般道路を、ガラの悪い男たちが路肩を占拠していた。
リーダーとなる男に部下の一人が話しかける。
「アクツさん、もうじき約束の時間ですが…」
「お、そうだな」
「…本当にくるんでしょうか?」
「さあな。ま、ライジング・サンだか何だか知らないが、知りたいと思っている以上くるだろ…しかし、気になる言葉だな」
アクツ自身、先ほどの世間知らずの少女が言っていた言葉…「ライジング・サン」という存在には興味があった。
もしかしたら一儲けできるのではないかもしれない。
首都高を走るドライバーとしての性か、それともただの関心か。
そうアクツが思っていた時だった。
「アクツさん!例のマシンが!」
「ほーう?…よし、俺のところまで誘導してやれ」
部下の一人が叫んだところで、例の2人が乗ったマシン…青色の派手なワンエイティがやってきた。
ゆっくりと走ってきて、先頭に止まっている灰色のチェイサーの元へと向かっていく。
「オーライ!オーライ!よし、ここでストップ!!」
部下の一人が停車するように促した。
ワンエイティがチェイサーの手前に縦列駐車する形で停車し、ドライバーと助手席のパートナーが車から降りてくる。
「…来たわ。時間は守っているはずだけど…」
「ほーう、約束を守ってきたか。まあ、逃げずにやってきた事だけは感心してやる…だが、負けた時はどうなるかわかっているな?」
「…はい」
時雨は覚悟を決めたかのように返事した。
アクツはそれに感心するかのように言葉を続ける。
「そんな怪訝な顔をしなくても、負けたら直ぐ借金返せるように『イイ仕事』紹介してやっからよ……そういえば、お前ら名前は?」
「私は相楽奈美子!こっちは時雨よ」
「……」
奈美子の言葉に時雨は軽く頷いた。
「お前らが『ライジング・サン』とやらにどれだけ入れ込んでるのかは分からねぇ。だが、覚悟は買ってやる」
「…ここにいる人たちに勝てば、いいんですよね?」
時雨が確かめるように聞き返す。
「ほーう、物分かりが良いな…まずはオレの部下と休まず連戦でバトルして、その上で俺に勝てば…セイヤの借金をチャラにしてやってもいい」
「…恨まないでくださいね」
「なあに、俺も走り屋の端くれだ。最低限は守ってやるよ…」
アクツは男に二言はないと言わんばかりにそう言った。
「勝負はこの近くの本町入口から入ってC1外回りへ。京橋JCTを並列60キロでスタート。汐留で八重洲線と合流するから、そこがゴールだ。バトルが終わったら芝公園出口まで行って、そこからまた帰りも芝公園から入って、汐留JCTの分岐から京橋JCTまでバトルしてもらう。本町出口で待っているから、そこで次のバトル相手を呼び出せ。わかったか?」
「……わかりました」
「話が分かったなら、早速相手してもらおう。オイ」
そう言ってアクツが部下の一人に視線を向けた。
「こいつらの相手をしてやれ。京橋から汐留までだ…」
「はい」
「お前らもさっさと準備しろ。夜は短いからな…」
「……」
アクツの言葉に対し、時雨と奈美子は無言で頷いてワンエイティへと乗り込むのだった。
―――vs取り立てランク17位
推奨BGM:MY WOMAN IS DANGEROUS(from MAHARAJA NIGHT vol.17)
首都高環状線は文字通り実在のコースとなる。
今回のスタートとなるのは、環状線外回りの京橋JCTから汐留付近まで。
スタートは京橋JCTの八重洲線との分岐点の方向案内板のゲートの下。
ゲートまでは法定速度の60キロを維持しながら都心環状線方面にスタートし、橋脚付近の第1コーナー…上り坂の左コーナー。
コーナーを抜けた後はしばしの直線、新富町出口付近の右の緩いコーナーが第2コーナー。
第2コーナー、2個目の橋脚を抜けたところで銀座出口、そこから先しばらくの間は道路の下をくぐり抜ける超ロングストレート区間。
約10秒近い、バトル区間の中でも屈指のロングストレートである。
道路の下をくぐり抜けたところで第3コーナー、第4コーナーとなるの左、右の連続複合コーナー。
ストレート区間で速度が乗っている以上ブレーキは必死だろう。
第4コーナーを抜けたところで銀座入口との合流、そのまま汐留トンネルへ。
汐留トンネル入り口付近に存在する第5コーナー…右直角コーナー、そしてトンネル出口にある最終第6コーナー…左高速コーナー。
第6コーナーを抜けたところで最終ストレート、八重洲線との合流付近に存在する「大型車はなるべく湾岸線をご利用ください」の看板が掲げられているゲートの下をくぐったところがゴールである。
「……」
相手のマシン、黒のNCロードスターが一番左車線、ワンエイティがその1つ右の車線で50キロという速度を保ちながら並走する。
夜の最も深い時間だからか、コースはクリアだった。
2台の前にスタートとなる案内板のゲートが迫る。
首都高は別コースこそは知ってはいたが、如何せん初めてのコース。
しかも練習をしていないという事もあり、時雨にとっては緊張感しかなかった。
だが、バトルを引き受けてしまった以上自分としてはどうにかするしかない。
まずは相手に付いて行き、隙を見出したところで追い抜く。
そうやるしかないと時雨は思っていた。
そんな下で、左車線を走るロードスターがハザードランプを点灯させる。
バトル開示の合図であった。
「(さあー、行くぜ!付いてきな…!)」
「……!」
ロードスターのドライバーがアクセルを一気に踏み込み、先行していく。
一方の時雨もじわじわとアクセルを踏み込んでいく。
加速ではほぼ互角になるように調整しつつ、時雨はロードスターと並走しながら走っていく。
2台が並走しながら環状線を走り、1つ目の橋脚付近まで並走していく。
速度は130キロ台だった。
橋脚の間を駆ける2台の前に最初のコーナーが迫っていく。
「(おらっ!)」
「……」
左車線を走るNCロードスターがブレーキをフラッシュさせ、サイドブレーキを引いてドリフトさせる。
120キロ以上でドリフトしていく。
一方の時雨もNCロードスターに合わせるかのようにドリフトしていく。
速度もアクセルの踏み具合も明らかに抑え目であった。
ロードスターのドライバーとの違いは、サイドブレーキを引かずに緩いブレーキングとハンドルワークだけでドリフトを誘発しているという事か。
その部分でも既に差が生じていた。
ハンドルを左に曲げたかと思いきや、カウンターをすぐに当てていた。
「(…?)」
一発目のコーナーの時点で、時雨は違和感を感じていた。
そんな違和感を感じながら第1コーナーを抜けていく。
コーナー出口でアクセルオフからハンドルをニュートラルに戻し、再びアクセルをゆっくりと踏み込む。
相手を追い越さない為に、コースを知るために。
だがそんな中で、時雨の中の不思議な感情が強くなっていく。
「(お…やるな)」
相手のドライバーは時雨に対して感心していた。
流石にセイヤたちを相手にしてきた以上多少の実力はあるみたいだ。
だが、相手の走りはどこかぎこちなさを感じる。
正確には、自分に追いついてくるのにいっぱいいっぱいという事か。
そう思う中で、新富町出口付近の第2コーナー…右高速コーナーが迫る。
並走する2台が互いにブレーキをフラッシュさせる。
ロードスターのドライバーはサイドブレーキを引いてリアをスライドさせる。
一方の時雨はハンドルワークだけでドリフトさせる。
2台は変わらず並走しながらドリフトしていく。
コーナーの出口は直ぐの為、2台のドライバーがアクセルオフからハンドルをニュートラルに戻して再びアクセルを踏み込む。
ここでもやはりロードスターのドライバーはアクセルを全開にするが、時雨は半分以下だった。
2つ目の橋脚を抜け、並走状態のまま2台は変わらず走り続けていく。
そんな中で時雨はある事に気が付く。
「(いかつい風貌をしている走り屋たちだから身構えていたけれど…全然、そうでもない?)」
そう。自分の敵ではないのである。
相手は闇金という事もあり、自分としては抵抗があった。
無理に相手をせずに、レオさんに任せればよかったのではないか?
変に勝ってしまうとまずいことになるのではないか?
最初こそ、そんな不安があった。
だが、見ている限り先ほどまで戦っていた相手と同等…あるいは少し上位であると時雨は認識できた。
勿論、「黒威ファイナンス」のドライバーたちの中でも一番最初の相手なので雑魚と言えば雑魚なのではあるが…それでも、相手のマシンは自分よりも格下のロードスターでもある。
そう思ったからには、作戦は決まった。
「(ならば…)」
ストレート区間を走る2台。
いつでも振り切る事は出来るのではないか。
そしてそうすれば、相手も押し黙ってくれるのではないか。
そう時雨は決心を固めた。
半分以下で調整していたアクセルの踏み具合を、8割ほどまで踏み込んでいく。
抑え気味だったワンエイティの加速は、先ほどよりも鋭いものになる。
銀座出口を過ぎたところでロードスターを追い抜いたワンエイティ。
そしてそのまま時雨はウインカーを左に出し、前方に見えていた左コーナーに向けて車線を変更する。
「(っ…!?)」
ロードスターのドライバーは動揺するしかなかった。
今でも全開で踏み込んでいたが、先ほどまで並走していたワンエイティがさらに加速していく。
どうやら相手のドライバーは自分にペースを合わせていただけだったようで、実力を見切ったのか…レース中盤で追い抜きにかかっていた。
「(ヤバい、ペース上げやがった!)」
ロードスターのドライバーはアクセルを全開で踏み込み続けるが、それでもワンエイティのテールが徐々に離れていく。
先ほどまでとは完全に加速が違う。
ロードスターに合わせていたかと思いきや、外見に負けず劣らずの加速ぶりだった。
サーキットでも攻めるかのような超ド派手なロケットバニーエアロのワンエイティ。
その本領が、コース中盤で発揮されようとしていた。
「(後でミスをする前提でペースを上げて…コースを攻める)」
速度が130キロ台から170キロ台まで加速するワンエイティ。
ストレート区間という事を加味しても、他の走り屋たちよりかははるかに踏み込んでいた。
ここでちょっと補足を入れておきたい。
時雨にとっては未知数の首都高環状線コース。
そんなコースを攻めるとしたら、どんな手段を取ればいいか?
大きく分けて3つだろう。
1つ目は早々に相手をぶっちぎって、フリー走行状態同然にしてコースを観察する。
2つ目は相手のペースに合わせてコースの状態を把握する。
3つ目はあえて出遅れて、相手の走りを見切っての終盤での逆転。
時雨は2つ目→1つ目という作戦を実行した。
普通のバトルであれば逃げようとしても食らいつかれるだけだろう。
しかし今回は相手がロードスターという格下の車であったという事もあり、コース中盤でも逃げの態勢に入る事が出来た。
それはやはり、時雨が相手のマシンスペックをある程度把握できていたからでもあるからだろう。
幾らチューニングしていていても、相手のマシンとのスペック差はそれなりにあったのである。
180キロまで加速したところで、第3、第4コーナーの複合コーナー地帯が迫る。
「(―――早めに)」
ワンエイティのノーズがコーナー90m程手前となったところでアクセルオフからブレーキを徐々に強め、マシンを適正とも言うべき速度まで減速させる。
幾ら攻め込んだとはいえ、コーナーにオーバースピードで突っ込んでクラッシュなんて言ったら洒落にならない。
しかも、最初の戦い。180キロから110キロまで減速したワンエイティ。
安全圏まで減速したところで時雨はハンドルを一気に左に曲げ、アクセルを踏み込む。
ワンエイティのノーズがくい、と回頭したかと思いきや後輪が滑り出す。
滑り出したところで時雨はハンドルを左から右に切り返し、カウンターを当てる。
そしてカウンターを当てたところで、時雨は次のコーナーを認識する。
「(…ここで!)」
ハンドルを右に曲げ続けた状態で、アクセルオフ。
110キロ台を維持しながら、ワンエイティのノーズは左から右へと面舵一杯。
右を向いた瞬間に時雨はハンドルを右から左に切り返し、同時にアクセルを踏み込んでドリフトを維持し続ける。
角度をつけながらも2つのコーナーを、ワンエイティは左車線をキープしながら連続でドリフトしていく。
そしてそのまま、複合コーナー地帯の出口へと向けて滑走していく。
コーナー出口でアクセルオフ、そのままハンドルをニュートラルに戻してワンエイティの態勢を整える。
そして進路が真っすぐを向いたところでアクセルを踏み込む。
速度は130キロ台から再び180キロまで加速していく。
「トンネルを抜けたところがゴールよ!最初は右コーナーだから、車線を変えて!」
「…うん!」
奈美子のガイドが入り、時雨が返事をする。
時雨にも遠くに汐留トンネルの存在が見えていた。
コーナー入口のコーナーは右コーナーである。
その事を認識した時雨は、ウインカーを右に点けたかと思いきやそのまま車線を変更する。
180キロ台を維持していたワンエイティが、汐留トンネル入り口に迫る。
「(ここで…!)」
気持ち早めにブレーキを踏み込み、安全圏まで速度を減速させる。
速度は180キロ台から120キロ台まで減速する。
ブレーキを強めに踏み込んだことで、後輪が滑り始めていた。
その事を認識していた時雨は、ほんの一瞬、ハンドルを少し…30度程だけ曲げ、そのままテールスライドをドリフトへとつなげていく。
ドリフトアングルが付いたワンエイティは、そのまま白煙を上げてドリフトしていく。
ドリフトしていく最中、壁の方向を向きかけたところでハンドルを左に切り返してカウンターを当てる。
カウンターを当てられたワンエイティは、右車線上に存在するレールの上をスライドしていくかのようにドリフトしていく。
「…っ!」
コーナー区間はトンネル全部という訳ではない。
トンネル内の直線区間を把握した時雨は、そのままアクセルオフからハンドルをニュートラルに戻していく。
ドリフトしていたタイヤが抑えられたことを認識して再びアクセルを踏み込むことで、真っすぐにワンエイティは加速する。
だが、短い直線区間の後には最終の左コーナー。
本来なら左車線に移っても良いところだが、そんな余裕はないと認識した時雨は、そのまま右車線でブレーキを踏み込み、右車線をはみ出さないようにハンドルを曲げ、アクセルオンでリアタイヤをテールスライドさせていく。
テールスライドし始めたところでハンドルを左から右に切り返し、カウンターを当てる。
「(このコーナーを抜ければ…)」
浅い角度でドリフトし続けるワンエイティ。
そんなワンエイティを、カウンターを当てながらドリフトさせ続ける時雨。
トンネルから一気に視界がクリアになる。
そしてその瞬間、時雨の目の前には最終ストレートが見えた。
アクセルをリリースし、ハンドルを徐々にニュートラルへと戻していく。
テールスライドを終えていくワンエイティは、壁との隙間数10cmという間隔でありながらも、最終ストレートの方向をノーズが向いたのと同時に強大なトラクションがかかる事となった。
アクセル全開で最終ストレートを駆け抜けていく。
トンネルを抜け、最終の上り坂。
上り坂でもアクセル全開で180キロ以上まで加速していくワンエイティ。
八重洲線との合流を抜け、大型車両向けの看板が掲げられているゲートをワンエイティはそのまま疾駆していくのだった。
「(し、信じられん…)」
一方のロードスターのドライバー。
ワンエイティがゴールした時点で、第5コーナーを抜けてトンネルを走っていた。
だが実力を見切られたのか、あっさりと置き去りを喰らってしまった。
相手は初めてなのに、こんなことがあるのか。
そう思うと彼は愕然とするしかなかったのだった。
ロードスターがゴールしたのは、ワンエイティのゴールから5秒近く経過した後だった。
◇ ◇ ◇
『すいません、負けました…あいつら、速いです』
「ほーうほうほう、あいつらは大きな口叩くだけはある。少しはデキそうだなァ、おい」
バトル結果をスマホの通話で受けたアクツは、感心するかのようにそう言った。
「だが俺たちも舐められたら終わりだ。そう簡単には終わらせるな…次のヤツにバトルするように言っておけ。休む時間を与えず、精神的にも肉体的にも追いこむようにな」
そう言ってアクツはスマホの終話ボタンを押した。
「(車バカのセイヤを追っかけていた以上、そう簡単にちぎられてはたまらないが…初めてのコースで5秒以上だと?)」
アクツは一人考え込むようにそう思っていた。
何せ相手は初めてと思われる首都高環状線。
幾らスピードが乗る区間とはいえ、早々に飛ばしている事はアクツでも把握していた。
もしかしたら意外と早く決着はつくのかもしれない…そう思うのだった。
◇ ◇ ◇
―――芝公園出入口付近。
先ほどのバトルを後から追っていたアクツの仲間たちの一部が、時雨たちを囲んでいた。
「ただの金貸しじゃない…さっきのホストたちよりも速いわ」
「うん…でも」
ワンエイティの中で時雨と奈美子は互いに心情を口にしていた。
確かに先ほどのホストたちよりかは速い。
通常時のペースは明らかに上がっている。
それでも、まだ余裕はあった。
それも、先ほどの20分で完全に吹っ切れてしまったかのようだった。
そしてそんな中で、時雨は心の中でこう思う。
「(この燃え上がるようなこの感情は…一体?まるで、一刻も早くさっきのコースを走りたいような…)」
時雨自身は言語化できていなかったが、首都高環状線という新たなコースに対して強い高揚感を抱いていた。
それはまるで、未知のコースに対して興味津々であるかのように。
さっきの一瞬だけでも首都高を200キロ近い速度で疾駆した事が、時雨に対してある種の感情を与えようとしていた。
そしてそんな中で、時雨はゆっくりと車を降りて取り囲む男たちにこう言うのだった。
「次の相手は誰?さっさと始めよう」
その表情は、先ほどまでのおどおどしていた表情とは全く異なる…高揚感に満ち溢れたかのような表情だった。
―――数戦後、本町出入口付近。
アクツたちの近くに止まったワンエイティ。
疲労がたまっている様子を見かねたアクツがワンエイティの方へ向かう。
それを見た時雨と奈美子が一時的に車を降りる。
「ほーうほうほう…まだまだ粘るか。まあある程度は実力があるみたいだな」
アクツは感心するようにそう言った。
するとその言葉に、奈美子は疲労を吐露するかのようにこう言った。
「本当にひっきりなしにくる…こんなんじゃ集中力が持たないわ!少し休みを…」
だが奈美子の言葉に対し、アクツは非情そうにこう言った。
「あぁ!?エンジン音がうるさくて聞こえねえな?」
「…何てヤツなの!」
感情を吐露する奈美子に対し、時雨は冷静そうに状況を見ていた。
するとその様子を見ていたアクツが、時雨に声をかける。
「しかしまあ女ども二人じゃあ大変そうだなあオイ!そうだ時雨…助けてやろうか?」
「えっ!?助けて、くれるの!?」
「……」
アクツの言葉に食いついたのは時雨ではなく奈美子だった。
だが、アクツは再び奈美子を揶揄うかのようにこう言葉を続けた。
「お前がセイヤと同額の借金を背負うって言うなら、少しの間休ませてやってもいいぜ、オイ?」
「何よそれ!そんな無茶苦茶な話、聞き入れられるわけないわ!」
「…いや、そんなのは必要ない」
「え?」
奈美子が怒りに近い感情を露にする中、時雨は静かにそう言った。
その感情は至って冷静だった。そしてそんな中で言葉を続ける。
「次の相手をよこしてよ」
「ほーう?ここにきて強がるか…ならお望み通り、相手させてやるよ。次、いけ」
そう言ってアクツは後ろを振り向いて自分の車の方へ戻っていった。
次のバトル相手が車を動かし始める。
奈美子と時雨もそれに合わせて再びワンエイティに乗り込んだ。
「時雨、本当に大丈夫…?」
シートベルトをして助手席に座った奈美子が心配そうに時雨に話しかける。
先ほどまでのは強がりなのではないか?そう思ったのである。
だが、時雨はこう言った。
「僕は平気だよ…これくらい軽くこなせないと、プロのレースでも…耐えられないから!」
「時雨…」
そう、時雨はまだアマチュアとはいえ今後プロの世界に進出していくレーサーの端くれ。
首都高にやってきたのも、奈美子の父親が首都高で何をしたのかという事を知るという目的があったのだが、それだけではなく…時雨自身のスキルアップ、レベルアップを図る、いわば武者修行の為であった。
プロの世界では、今までとは段違いの苦難や困難が待ち構えているであろうという事は時雨でも自覚していた。
そしてそうである以上、こんな状況は絶対に乗り越えないといけないと思っていた。
とはいえ時雨にとっては、セイヤたちとの戦いも、アクツたちとの戦いも…あくまで今後のステップアップの一環にしか過ぎない。
一方で同時に、アクツが多くの人間を送り込んでくること自体は非常に好都合。禍を転じて福と為す、を地で行こうとしていたのである。
そしてそんな中で同時に、ある感情をも抱いていた。
「(こんな窮地くらい、乗り越えなければいけないんだ…ショウさんや、ユキだったら、軽々と乗り越えてしまうだろうから!)」
自らを心から愛してくれた先代の皇帝、相楽翔。そして、「あの時代」においてコンビを組んだ、最大の相棒でありレーサーとしてのライバルこと丹陽…雪風。
片や箱根で最速と呼ばれた男。片や現役ゼロヨンチャンプで、現役の少女。
彼と彼女なら、首都高における苦難も容易く乗り越えてしまうだろう。
そう時雨は思っていた。
そしてそうである以上、時雨としては負けん気が露になるのは自然の摂理である。
そんな負けん気が徐々に強まる中で、時雨は再び首都高へとマシンを走らせるのだった。
◇ ◇ ◇
―――vsイヌ好き取り立て屋
推奨BGM:RAGE HARD(from SUPER EUROBEAT vol.65)
コースは汐留ジャンクションから京橋付近までの都心環状線内回り。
汐留JCTの分岐下を並走でスタートし、スタート直後のストレートから汐留トンネル。
トンネル入口の右直角コーナー、トンネル出口の左高速コーナーを抜けて1つ目のストレート。
ストレート区間を走った後、銀座付近の左、右の複合コーナー地帯。
そこから再び超ロングストレート。
新富町付近に存在する緩い左高速コーナーを抜け、1つ目の橋脚。
第3ストレートを抜け、2つ目の橋脚前に存在する右高速コーナー。
そして最終ストレートとして、八重洲線との合流付近がゴールとなる。
「……」
右レーン、相手の赤いGTO。左レーン、青のワンエイティ。
互いに速度は50キロ台で並走する。
そして並走する2台がスタートとなる分岐案内板のゲートを通り抜けた瞬間だった。
「っ…!」
「……」
GTOのドライバーがアクセルを踏み込み、加速していく。
そしてそれを追うように、時雨もワンテンポ遅れて徐々にアクセルをゆっくりと踏み込んでいく。
速度は一気に130キロ台まで加速する。
先行したGTOが早々に第1コーナーの右直角コーナーに向けて車線を右にへ変え、ワンエイティの前に付く。
「(先行したが…)」
GTOのドライバーは何とか先行していたが、それでもまだバトルは序盤の序盤。
第1コーナーにすら飛び込んでいないのである。
GTOのテールとワンエイティのノーズの車間距離は数メートル程度しかない。
まるでわざと食らいついているような…そう一瞬思ったが、そう思おうとしたところにトンネル入口…第1コーナーの右直角コーナーが迫る。
ブレーキをかけ、サイドブレーキを引いてハンドルを右に曲げる。
4駆のGTOの後輪が滑り始める中で、アクセルを全開に踏み込んでテールスライドさせ続ける。
速度は100キロ台。
車線をはみ出さないように必死にハンドルを左に曲げてカウンターを当てながらドリフトしていく。
そしてコーナー出口でアクセルを踏み続けながらも、徐々にハンドルをニュートラルに戻して加速していく。
スムーズに加速するGTO。
これは相手がチューンされているとはいえ差を付ける事が出来ただろう。
そう思ってバックミラーをちらっと見る。
「(張り付かれてる…!?)」
GTOの真後ろには、張り付くかのようにワンエイティがいた。
立ち上がりでも互角、いや…向こうのほうが速いのかもしれない。
コーナーでは安定する4駆に対し、あちらはドリフト重視の走り方。
向こうがこちら側に合わせているのか。
だとしたら何のために?
そう思っている中、第2コーナーの左高速コーナーが迫る。
「っ…!」
左にウィンカーを出して車線変更。少しでも速くコーナーを駆けるべくインコースへ。
だが、ワンエイティは車線を変更しない。
そんな中でGTOのノーズがコーナーに突入しかける。
アクセルオフからサイドブレーキを引き、ハンドルを左に曲げてGTOをテールスライドさせる。
速度は120キロ台。少しでも速く駆け抜けるべく、GTOのドライバーはハンドルを右に少しだけ曲げながらアクセルを踏み続ける。
トンネル出口が迫る中、徐々にハンドルをニュートラルに戻し、アクセルを踏み続ける。
コーナーを脱出し、汐留トンネルを脱出する。
インコースであるならばあのワンエイティとも差があるだろう。
そう思った瞬間だった。
「(横にいる…!?)」
ワンエイティは、GTOのほぼ真横にペースを合わせるかのように走っていた。
先ほどの高速コーナーではアウトコースで不利なはずなのに。
2台は並走しながらストレート区間を走っていく。
「(やっぱりだ…この人たちは、風貌こそいかつくて、威勢もいいけれど…実力自体はそうでもない)」
一方の時雨。
相手のGTOのドライバーに関して、アクツの子分という事もあってある程度威勢の良さは分かっていた。
しかし、走り屋というのはマシンと自分のドラテクが全て。
威勢が良くても、ドラテクが良くても、マシンが良くても、そのどれかが書けてしまったらバランスというのは一瞬では崩壊してしまうのである。
相手のドライバーのドラテクは勿論のこと、マシン自体も時雨のワンエイティほどはチューンされていないものであるという認識だった。
敢えて速度をキープしながら、ワンエイティとGTOが並走状態になるようにアクセルを一定の感覚で踏み続ける。
「(走り屋なのは事実なんだろうけれど…それでも箱根で戦ってきた人々に比べれば、そうでもないかな)」
以前まで戦ってきた箱根の四天王たち、そしてジョーカー軍、皇帝。
時雨にとってはそれらと戦ってきただけでもかなりの経験値となっていた。
たった数ヶ月で箱根の頂点に君臨できたのは、多くの人間の助けと自分のドラテクがあったから。そして勝っても決して表面上は傲慢にならない謙虚な姿勢。
それらの経験は、短期集中という形で組み上げられた以上…粗削りではあるものの、時雨をプロの世界まで導くほどの成果と化していた。
「(この先のストレートでいくらでも追い抜かせるはず…そう言えば、ちょっと前に読んだ漫画に、行ってみたい言葉があるんだよね…」
並走を続ける2台。
アクセルを必死に踏み続けるGTOのドライバー。
一方ある程度の余裕をもってアクセルを踏む時雨。
2台の前に第3コーナー、第4コーナーの左から右への複合コーナーが迫る。
「っ…!」
GTOのドライバーがブレーキを踏む。
だが、ワンエイティはそれに対してさらにワンテンポ遅れてブレーキを踏んだ。
明らかに突っ込んでいる。
曲がらないのでは?
そう思った瞬間だった。
「……!」
ブレーキを踏んだかと思いきや、アクセルオンからハンドルを左に曲げる。
後輪がテールスライドを始め、ハンドルを右に切り返す。
ワンエイティの後輪が暴れかける中、それをあやすかのようにハンドルを冷静に操作する時雨。
ワンエイティが左向きを向いてドリフトしたかと思いきや、そのまま右に一気に回頭して第4コーナーをも駆け抜けていく。
車線をはみ出さないようにワンエイティは1車線の中でドリフトし続ける。
そのままコーナーの出口が迫る。時雨の目の前にロングストレートが見えた。
それを認識した瞬間、時雨はハンドルを徐々にニュートラルに戻しつつアクセルを抜いた。
そしてドリフトを終えようとした瞬間だった。
「(『吠えろ、ワンエイティ』!)」
ハンドルをニュートラルにし、前方のストレートに対しアクセルを全開に踏み込む。
今までは封印していたワンエイティの加速が、一時的ではあるとはいえ露になった。
ここまで全開で踏み込んでいなかった時雨だったが、ここにきて相手のGTOを振りかかりにかかる。
これまでのどちらかといえば鈍い加速から、100キロ台から一気に160キロ台まで加速していく。
「(な…!?)」
GTOのドライバーにとっては驚愕するしかなかった。
今まで並走していた時以上に段違いの加速だった。
複合コーナーとはいえほぼ差が無かったところに、あの加速である。
今までなら互角だったかもしれないが、どうやらそれは羊の皮を被っていただけだったのかもしれない。
そしてそんな化けの皮がはがれた。
それこそが、あのワンエイティは見かけが派手なだけでなく、中身もモンスターだと。
GTOも加速こそすれど、その差は圧倒的。
ストレート区間でぐんぐんとワンエイティとの差が開いていく。
明らかに向こうの加速も最高出力も上であるという事を痛感するしかなかった。
ワンエイティのテールライトがどんどん離れていく。
あっという間に車間距離は4台、5台分まで開いていく。
だがGTOのドライバーも諦めてはいなかった。
「(だが、そんなパワーじゃ…残りのコーナーで…)」
そう。第5コーナーと最終第6コーナーの存在。
幾ら高速コーナーとはいえ、あのワンエイティの足回りがどんなものかは把握していない。
もしかしたらパワー重視のアンバランスなマシンなのかもしれない。
そんな、一種の一縷の望みに賭けていた。
遥か前方を走るワンエイティが、新富町出口付近の左高速コーナーへと突入していく。
だが、次の瞬間だった。
「(曲がりやがった…!なんて強靭な足回りだ…!!)」
ブレーキをフラッシュさせたかと思いきや、軽くテールスライドしたワンエイティ。
そして200キロ近い速度において、時雨のワンエイティは決してアウトに膨れていなかった。
一歩間違えれば壁へドカンとも言うべき状況においても、ワンエイティはアウトに膨れていなかった。
そしてそのまま橋脚付近を抜け、ワンエイティはGTOのドライバーから見えなくなったのだった。
「(それにしても、本当になんてコースなんだ…箱根に比べて道幅ははるかに狭いし、サーキットみたいにエスケープゾーンはない。路面のうねりも箱根以上だ…本気で攻めるとなると危険度がかなり高い、サーキットが…首都高にはあるというのか…)」
最終コーナー付近の橋脚を抜けた時点で、ワンエイティを制御する時雨はアクセルを踏み込みながらそう思っていた。
首都高というコースは自分にとってもコース全体が狭い。
そして以前走った箱根サーキットみたいにエスケープゾーンも全くない。
更に路面のうねりや凹凸も箱根以上に整備されていない。
こんなところを走る人々がいると思うと、時雨にとっては驚くしかなかった。
こんな危険なコースを全開で走り込む人たちがいる…そう思うと、時雨にとってはどこか怖さを感じた。
だが一方で、こんな事も思っていた。
「(でも…面白い。あの時みたいに…熱くなっちゃうんだよね!)」
初めて箱根を走ったあの感覚。
自分が知らないコースを駆け抜けるというあの感覚。
それが時雨の中で沸々と蘇りつつあった。
そしてそんな感情を時雨はドキドキしながらも楽しんでいるようだった。
ハッキリ言ってしまえば、時雨にとってはとても楽しく、そして極めてみたいと思っていた。
ワンエイティは八重洲線との合流付近を駆け抜け、ゴールするのだった。
―――勝者、時雨。
GTOとのタイム差はここでも5秒以上という大差をつけていた。
◇ ◇ ◇
―――本町出入口付近。
「オイオイ、どうした?そろそろ疲れて来たか?」
車を降りた時雨と奈美子に対し、アクツが呼びかける。
「余計なお世話よ。確かに連続のバトルは辛いだろうけど…時雨なら、油断せずに行けば勝てるわ!」
奈美子がアクツの部下たちを見てそう言った。
15人ほどいたアクツの部下たちは残り数名。
あと1、2往復してくれば全員だろう。
すると強がる奈美子に対し、アクツはこう言った。
「ほうほうほう…ま、やめたくなったらいつでも言ってくれ。セイヤのように優しく送迎してやるからな。タコ部屋でも埠頭でも風俗でも…好きなところにな?」
だが、時雨は意に介さないようにこう口にした。
「…まあ、何だっていいさ。次の相手をよこしなよ」
「ほう…いいだろう。次、いけ」
時雨の言葉に対し、アクツは冷徹にそう仲間に指示するのだった。
―――さらに数戦後。
遂に時雨はアクツの仲間たちを破り、ついに最後の戦いへと赴こうとしていた。
アクツのマシンの後ろにワンエイティの止まり、時雨と奈美子が車から降りたところで、奈美子がアクツに呼び掛ける。
「アクツ、残りはもうアンタ1人よ!これに勝てばセイヤさんの借金は約束通り…」
「約束?何の話だ?念書も調印もないのに、何言ってんだオイ?」
アクツはにやにやしながらもそう言った。
しかしその態度は奈美子を怒らせるのに十分だった。
「この…卑怯者!約束の1つも守れないの!?」
「何マジギレしてるんだ?まったく、ユーモアの1つも分からねぇのか?オイ?」
奈美子に対して冗談を言うアクツ。
するとその言葉に対して呆れたかのようにため息をついたのは…時雨だった。
「…冗談を言っている暇があるなら、さっさと乗り込んでくれ。僕はバトルをしに来ているんだ」
そう言った時雨に対し、アクツは感心したかのようにこう言葉を続ける。
「ほーう?お前さんの方はお前さんの方で、バトルをしているうちに度胸も貫禄も付いたって感じだな…最初に会った時のビクビクした様子とは大違いだ。気に入ったよ…」
そう言って態度を改めるアクツ。
時雨に対してこう言葉を続けた。
「約束通り、お前らが勝ったらセイヤの借金は帳消しにして解放してやる」
「…守ってもらいますよ?」
「いいだろう。さあ、かかってきやがれ…!」
そう言ってアクツが愛車に乗り込み、首都高へと向かっていく。
「時雨、行きましょう!」
「うん!」
そう言って奈美子と時雨もワンエイティに乗り込むのだった。
◇ ◇ ◇
―――vs闇金のアクツ
推奨BGM:MONEY 4 LOVE(from SUPER EUROBEAT vol.79)
相手の車は灰色のチェイサー。
ファイアーパターンのペイントが施されていた。
走行レーンは、左レーンワンエイティ。右レーン、灰色のチェイサー。
コースは京橋JCTから汐留付近まで。
2台が50キロ台を維持しながら走っていく。
「(さあて…見せてもらうぜ)」
アクツは久々のバトルに心躍るかのように思っていた。
京橋JCT付近のゲートを抜けたところで、アクセルを全開で踏み込む。
「―――!」
一方のワンエイティ。
時雨も徐々にアクセルを踏み込んでいく。
だが、加速は鈍い。
マシンをあえて労わるかのようにあえてアクセルを徐々に踏み込み、加速していく。
だが、そんな最中前方にチェイサーが一足抜け出て、そのまま左車線へと移動する。
2台がテールトゥノーズの状態から徐々に離されていく。
「(やはりスタミナ切れか…ここまでの連戦がジャブの様に聞いているみたいだな)」
先行するアクツは、バックミラー越しのワンエイティを見てそう思った。
ただでさえセイヤたちとのバトルに加え、自分たちとのバトル。
少なくとも30戦近くは連続でこなしている以上、精神的にも来るところがあるだろう。
幾ら相手がセイヤを破っても、自分たちが更にバトルをするとなるとスタミナもマシンも持たない。
そう思うのは当然と言えば当然であった。
チェイサーが徐々に差を広げる中、1つ目の橋脚を2台が駆け抜けていく。
最初のコーナーである左高速コーナーが迫る。
「(…脅しをかけてみるか)」
ここでアクツは一芝居打つことを決める。
「(橋脚の間じゃあレーン移動は不可能。さあ、どうするか見せて見な!)」
ブレーキを早めにかけ、逃げ場がないように相手を動揺させる。
一言で言えばフェイントをかけた。
150キロ台から110キロまで減速すれば、嫌でも相手の前に迫ってくる。
そんな中でハンドルを左に曲げてドリフトして、完全に道を塞ぐ。
チェイサーの長い全長で、左レーンが完全に塞がれようとしていた。
「時雨っ!!」
「!!」
目の前に一気に迫ってくるチェイサー。
チェイサーのテールからワンエイティのノーズまでの車間距離としては3台分から一気に数メートルまで迫ってくる。
ブレーキをかける余裕なんてものはない。
このままでは追突間違えなしである。
もう間に合わない…そう奈美子は思った。
「(…どうする!?)」
だがそんな中でも、スローモーションの中で時雨は諦めていなかった。
前方を完全に塞がれている。
左右に曲がれば壁に接触間違えなし。
ブレーキは間に合わない。仮にサイドブレーキを引いてもそうだろう。
それでも刻一刻と状況は変わっていく。
チェイサーのテールが迫っていく。
すると次の瞬間にあるものが見えた。
「(……ここだ!)」
チェイサーが橋脚区間を抜け出し、現れたわずかな隙間。
そしてそれが刻一刻と広がっていく。
ワンエイティなら、このワンエイティならいけるかもしれない。
それが時雨に見えた。
そしてそれが見えてしまった以上、時雨は博打を打つのだった。
ハンドルを右に曲げて、ワンエイティのノーズを隙間に差し込んでいく。
そして次の瞬間だった。
「(な…!?)」
ワンエイティのノーズとチェイサーのテール、隙間数センチ。
ワイドボディ化されているためか、まさに間一髪。
そしてそのまま左レーンから右レーンに飛び出たワンエイティだが、コーナー自体は左高速コーナー。
このままではぶつかってしまう。
そう思った次の瞬間だった。
「―――!」
右から左へと一気にハンドルを切り返す時雨。
そしてそのままアクセルを踏み込んでいく。
後輪が一気に滑り始め、マシンが右から左へと一気に向く。
時雨にとっての伝家の宝刀、フェイントモーションが炸裂した瞬間である。
加速していくワンエイティの右サイドは徐々に壁に近づいていく。
だがそんな中でも時雨はワンエイティのアクセルを踏み続けていた。
それはワンエイティがぶつからないという事を確信してか、それとも単に追い抜くためか。
そして次の瞬間だった。
「(ま、曲がった…!!)」
奈美子がそう安堵する。
ワンエイティの右リアが壁ギリギリを駆け抜け、そのままの勢いでチェイサーを追い抜いてしまった。
右リアとの隙間は文字通り5センチ以下と言ってもいいだろう。
それくらい超ギリギリの走行ラインを描いていた。
針の穴に糸を通すかのようなドライビングとは、まさにこのことだろう。
コーナーの上り坂をそのままの勢いで駆け抜け、コーナー出口でアクセルオフ。
そしてそのままハンドルをニュートラルに戻してアクセルを全開にする。
ドリフトを終えたワンエイティは、一気に推進力を得て加速していく。
「(やったっ…!!)」
「(抜かされた…だと!?)」
アクツにとっては信じがたい光景だった。
普通であればブレーキをかけて減速するのが一番だろう。
それで軽く接触するレベルであればまあ御の字だった。
だが、あのドライバーはそんな事に目もくれず…ほんのごく僅かの隙間を通り抜けて、そのままフェイントモーションでドリフトしていった。
しかも、そのままの勢いで自分の車…チェイサーを追い抜いてしまった。
「(たった1つのコーナーでここまで…)」
「(抜いてしまったならもう逃げるだけだ、行くよ…!)」
追い抜いて、アクセルを踏んでしまった以上もう躊躇する事はない。
そう思ってしまった以上、時雨は全開でアクセルを踏み込んでいく。
上り坂を抜けて下り坂、第2コーナーである新富町付近の右高速コーナーまででも、その距離は明らかに広がっていった。
「(このチェイサーが離される…!?スピードが違う…!)」
アクツはそう思わざるを得なかった。
2JZを載せたチェイサーが振り切られかけている。
そのまま第2コーナーに2台が迫る。
「くっ…!」
先鋒のワンエイティは既にブレーキをフラッシュさせてドリフト状態になっている。
アクツもチェイサーのブレーキをかけてハンドルを右に曲げ、マシンをドリフト状態へ。
だが、その速度差は歴然。
ワンエイティのドライバー…時雨のリミッターが外れてしまったかのように、ワンエイティは加速していく。
その差がみるみる広がる中、2台は2つ目の橋脚を抜けていく。
「(何てヤツだ…つくづく甚振り甲斐のあるヤツだぜ)」
ワンエイティの先行状態のまま、2台はロングストレートへ。
ワンエイティの最高速度が上という事もあり、2台の差は徐々に開いていく。
だが、ここでアクツは更なる手段に出る。
左レーンから右レーンへと車線を変えた瞬間だった。
「(なら…これはどうだ!?)」
そう言って右手の親指で、ハンドルに取り付けられていたニトロボタンを押す。
チェイサーは一気に推進力を得て加速していく。
120キロから165キロまで加速し、一気に迫る。
下手をしたらそのまま追突してしまうかもしれないくらい猛烈なプッシュだった。
だが、次の瞬間だった。
「―――っ!?」
後方に迫ったチェイサーの猛追をひらりと躱すかのように右から左車線へと進路を変えるワンエイティ。
迫ってくる怪物を避けるそのそぶりはまるで闘牛士のようだった。
あまりにもクイックな動作でチェイサーは追いかける事が出来なかった。
そして次の瞬間だった。
「く…!」
ワンエイティにチェイサーが並走しかけたところで、第4、第5コーナーである左から右への連続コーナーが迫る。
ワンエイティにワンテンポ遅れてブレーキを踏み込むのはよいが、如何せんアウトコース。
フルブレーキからハンドルを左に曲げ、チェイサーをドリフトさせる。
一方のワンエイティも並走状態でドリフトしていく。
だが、コーナーでもその差は徐々に開いていく。
向こうのコーナーリング性能の方が上のようだ。
ハンドルを左から右に切り返し、そしてそのままマシンを左から右へと振り回す。
連続コーナー地帯で2台はドリフトして抜けていくも、2つのコーナーを抜けた時点でワンエイティは完全にチェイサーを引き離そうとしていた。
コーナーを抜けた時点でワンエイティはチェイサーとの車間距離を確実に広げようとしていた。
「(脅しをかけるつもりだったが、まさかこうも…)」
この時点で、アクツは相手の技量の高さと精神面の強さに驚きを隠しきれずにいた。
自分は確かに裏社会の人間ではあるが、それでもここまで度胸のある人間は珍しい。
最初こそおどおどしているように見えたあの少女が、バトルを重ねてここまで覚醒する事が出来るとは。
それはアクツ自身でも予想だにしていなかった。
だがその実力を見たアクツは、一方でこうも思うようになった。
「(時雨と言ったな…これは、面白い奴になりそうだな!ククク…お前の事を…追いかけ続けてやるよ!)」
アクツは、時雨の実力を認めるとともに…何か面白い事になりそうであるという事を実感したのだった。
汐留トンネルを抜け、ワンエイティは完全にチェイサーを振り切っていた。
そして汐留JCT付近のゲートを2台が駆け抜けたが…その差は5秒以上という、時雨の完勝であった。
―――芝公園出入口付近。
出口から降りたワンエイティは、道路の左端にハザードランプを点けて停車していた。
「勝ったわ!私たち勝ったのよ!!」
「…ふう。何とか終わったね」
奈美子が歓喜に近い声を挙げる中、額の汗を右腕でぬぐって時雨はそう言った。
「本当にありがとう、時雨!」
「あ、あはは…まあ、いい経験になったとは思うよ」
時雨にとってはアクツたちとのバトルは決して悪い経験ではなかった。
幾ら強面とはいえ、場数を踏むという事は出来た。
時雨としては危ない橋を渡る結果にはなったものの…経験値を積むという事に関しては結果オーライとも言えた。
「それにしても、寿命が10年縮まったわ…」
「まあ、これに懲りたら無理なバトルは吹っ掛けない方がいいよ」
「そ、それは…そうね。ごめん、時雨」
時雨は奈美子に多少説教をするかのようにそう忠告した。
奈美子としては、いくら自分の目的があるとはいえ…流石にそう言われてしまったら謝る事しか出来ないのであった。
そしてそうこう言っているうちにアクツのチェイサーがワンエイティの後ろに付ける形で停車した。
ワンエイティから降りた時雨と奈美子が、同じくチェイサーから降りてきたアクツに話しかける。
「私達の勝ちよ!さあ、今すぐセイヤさんを解放して!」
奈美子がそう言ったところで、アクツは再び揶揄うかのようにこう言った。
「しまった~、解放の指示を出し忘れてたー。セイヤは今頃、海の底だわー。何て俺はバカなことをやったんだー。協会の懺悔室に電話で予約を入れないとー」
「そ、そんな…!」
「(うわあ、流石にわざとらしい…)」
アクツのその言葉に対し、奈美子が驚愕する中で時雨は多少呆れるかのようにそう思っていた。
だが互いにそう言った瞬間、アクツのスマートフォンが鳴った。
それに対し、アクツは黙って電話に出る。
「…ほう?…そうかそうか。まあいい、わかった。…オイ、お前ら。セイヤは解放した」
やり取りを聞くに、どうやらセイヤは無事に解放されたようだった。
「あーびっくりした…何よもう、大ウソつき!…でも、約束を守ってくれたことはお礼を言うわ」
奈美子が安堵する中、その言葉に対してアクツは言葉を続けた。
「勘違いするなよ、オイ。情に流されたわけじゃない。興味が出たんだよ。ライジング・サンって車…そして『箱根の時雨』の可能性に」
「僕の可能性?それって…」
時雨がそう言いかけたところで、奈美子がはっと反応する。
「時雨をどうするつもり!?」
「なあに、別にどうするもねえよ。俺が負けたのは事実だしな。まあ、『ライジング・サン』って車の捜索、手伝ってやってもいいぜ、オイ」
「え…?」
アクツの言葉に対し、奈美子がそう言葉をこぼす中で時雨が反応する。
「ち、ちょっと待ってください。僕達は、ただでさえ借金の帳消しって無茶すぎる要求をしたんですよ?そんなのを受け入れてもらった上に、捜索だなんて…」
「なあに、いいんだ。これは俺がやりたいからやる…それだけだ」
アクツは時雨の言葉に対し、そう淡々と答えた。
だが、アクツの顔を見ていた時雨はこう口を開くのだった。
「…いえ、それは結構です」
「え!?」
時雨から伝えられた言葉、それは「わざわざライジング・サンを探すことは必要ない」ということだった。
そんな事を言ってしまった以上、奈美子が驚愕するのはとても無理のない話ではあった。
「ほう?折角の『ライジング・サン』の情報を得れるチャンスだというのに、ふいにするというのか?」
「ふいに…というわけじゃ、ないんですが…その」
「ち、ちょっと時雨!こっち来て!」
「え?」
時雨が発した言葉に対し、奈美子が内輪で話すように誘う。
アクツの方から一旦離れ、奈美子と時雨が話を続ける。
「時雨、あなた何言ってるの?ここで情報を集めなければ、ライジング・サンへの道が閉ざされてしまう可能性があるのよ!?それに、いくらあの人があの人とはいえ…向こうから差し出された手を振り払うなんて…」
奈美子にとっては、父親の件について手掛かりが失われてしまうのではないかと不安に思っていた。
そして時雨はその手掛かりをふいにしようとしているのではないかと思わざるを得なかった。
だが、時雨は全てをわかっていたかのように、一息置いて言葉を続ける。
「…奈美子、僕が何のために首都高に来ているかを忘れたかい?」
「え?それは…」
時雨が首都高に持ってきた目的。
それは奈美子の父親の件は勿論だが、それ以上に武者修行の件が大きかった。
その事を理解していた時雨は、奈美子にこう言葉を続ける。
「僕はセイヤさんたちとのバトル、アクツさんたちとのバトルを含めて、とんでもない数のバトルを1晩にして経験する事が出来たんだ。僕はそれだけで十分だ…」
「でも!折角の情報が…!」
動揺する奈美子。だがその様子に対し、時雨はどこか清々しい顔でこう言った。
「…それは、心配いらないと思うよ」
「え?」
動揺し続ける奈美子に対し、時雨はどこか自信ありげに言葉を続ける。
「僕がショウさんに出会えたように…走り続けていれば、きっと真実は見えてくるはずだ」
「でも…!」
「奈美子、僕を信じてくれ…僕は走り屋だ。走り込んでいれば、自然と情報なんていくらでも現れると思う…」
「で、でも…そんな、うまく行く?」
走り続けていれば真実は自然と現れる。
時雨はそう言った。
実際、皇帝探しの時もバトルをし続けていたら自然と道は開かれたので、時雨がそう言うのも多少は無理のない話ではあったのだが…だがそれでも、時雨はまだポリシーを示すかのようにこう言った。
「忘れてはいけないのは、僕は首都高に『武者修行』の為に来ているという事だ。ライジング・サンも知るべき情報かもしれないけど、走り続けていれば…道は自然と開かれる。僕はそう思うんだ」
「時雨…」
時雨と奈美子の間では、首都高に来た最優先の理由で相違が生じていた。
時雨にとっては武者修行。奈美子にとっては父親の手掛かり、過去に父親が首都高で何をしていたか。
そしてそんな中で時雨は、武者修行をしていれば自然と手掛かりは見つかると言った。
自分が信用しているドライバーである以上、奈美子は押し黙る事しか出来なかった。
「…話をつけにいこう」
奈美子が押し黙ったのを確認した時雨は、共にアクツの方へ向かった。
アクツと対峙した時雨は、軽く頭を下げて言葉を続けた。
「アクツさん、今日はバトルありがとうございました。今回の連戦の数々は、僕にとってもとても大きな経験になりました」
「ほう?バトル相手に礼を言うとは…ナビの小娘と違って礼儀正しいもんだな?」
「今日僕達が首都高に来たのは、ライジング・サンの事はそうですが…最優先は、僕自身の武者修行のためだったんです。慣れないコースに飛び込んで、沢山の相手とバトル経験を積む…それが十分にできただけでも、とても良かったと思うんです」
そう時雨が言うと、アクツは納得したかのように返事をした。
「なるほど…小娘はともかく、お前にとってはライジング・サンを探すことも、セイヤや俺達とバトルする事も、結局は修行の一環だったという事か。で、ライジング・サンの事についてはどうするんだ?セイヤから話を聞くのはともかく、それだけじゃ足りないだろう?」
「ライジング・サンの事は、首都高を走り込んで調べます。走り続けていれば…自然と道が開けると思うんです」
「時雨…」
奈美子が静かに呟く。
時雨はこれからのスタンスを明らかにするように、アクツに対して言った。
そしてその瞳はどこまでも純粋であるかのように、そして同時に新鮮に…アクツには映ったのだった。
「…お前さんの心意気はわかったよ。ま、俺達は俺達で探してみる。お前らみたいな若い女が自らの命も顧みず探し出したい車…詳しくは知らないみたいだが、俺の勘なら、こいつぁ余程のタマだ」
「…そうなんですね」
「何かあったら連絡しておこう」
「……」
アクツの言葉に対し、時雨は軽く頷いた。
一方の奈美子も、頭を下げていた。
「数日程すればすぐに情報が得られるはずだ。ま、更に速いヤツと会えるであろうことも楽しみに待っておけ。じゃあな、『箱根の時雨』。精々頑張れよ」
そう言ってアクツは再びチェイサーに乗り込み、その場を去っていった。
その後、奈美子と時雨はセイヤと再会。
セイヤから、「ライジング・サン」とバトルをした場所について聞きだすことに成功した。
混迷深まる首都高でのバトル。
果たして時雨たちを待つものとは、一体…?
(第3話End)