「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 第二幕 2024 -いつかあの頂で- 作:カービィ改二
「ライジング・サン」の手掛かりを求め、首都高のあるPAへ。
そしてそこで巻き起こるバトルの数々。
「ライジング・サン」の手掛かりを追うべく、拉致されかけたホスト・セイヤを助けるべく、賭け勝負をする事になった時雨と奈美子。
休憩する暇のない連続バトルを乗り越え、「黒威ファイナンス」の支店長・アクツから勝利をもぎ取る事に成功する。
アクツは時雨の実力を認め、「ライジング・サン」の捜索を手伝う事になったのだが…
―――アクツとのバトルから数日後。
時雨と奈美子は、芝浦PAにいた。
アクツとのバトルから2日後、彼女たちに「ライジング・サン」の手掛かりとなる情報が送られてきたのだ。
だが、それはアクツではなかった。
時雨が挨拶に向かっていたチューナー、レオだった。
彼は、「知り合いにライジング・サンについて知っているヤツがいるから、話を聞いてきた」と連絡をしてきたのだ。
そしてその情報によると、「前提として、芝浦PAで次の土曜日の夜11時に行ってそこでバトルをして実力を示してほしい」との事だった。
どうやらそこに現れる集団が、ライジング・サンについて知っているとの事だそうだ。
そして例の土曜日…夜10時15分。
駐車場の一角に止まっているワンエイティ内で、時雨と奈美子は待機していた。
「ねえ、時雨。ここで待ってれば『ライジング・サン』について知っている人がくるって話だけど…本当なのかな?」
「『週数回単位でこのPAに来ている』っていう情報だけど…どうなんだろう」
この時、時雨と奈美子は約束の時間より少し早めに箱崎PAにいた。
夜の芝浦PAということもあり、走り屋たちは決して少なくはなかった。
だが、そんな中で時雨がある変化に気が付く。
「…車が、入ってくる?」
PA入り口から入ってくる大量の車たち。
数にして…20台近くはいるだろうか。
そして車の様子を見た奈美子がある事に気が付く。
「あの車たち…みんなバトル用にチューンしてるみたい。もしかして、チーム…?」
「…いや、ちょっと待ってくれ。皆黒服だ」
チューニングされた車たちから降りてきたのは皆黒服の男たちだらけ。
そしてその男たちは車から降りたかと思えば、PAの掃除を始めた。
「掃除してる…」
「…何で?」
時雨と奈美子は男たちの行動に疑問を抱かざるを得なかった。
チューニングマシンに乗った黒服たちが降りてきたかと思えば、皆PAの掃除をしている。
不可解としか言わざるを得なかった。
すると、男たちの中心にいるであろう女性が男たちに声をかけた。
「PAの入口は封鎖した?」
「はい、しました」
「…よろしい。掃除は落ち葉の一つも残さないように」
「はっ!」
「あとの方はPAのお客様に、退去のお声がけを…」
そのすらりとした女性がそう言ったところで、ツカツカとワンエイティの方へ向かってきた。
「…こっちに来るね。一旦出よう」
「え、ええ」
それに気が付いた時雨がドアを開け、女性と対面する。
一方で、対面したところで奈美子もワンエイティから降りて時雨の方へ向かった。
「あの…僕達に何か用ですか?」
「申し訳ありません。こちら都合で大変恐縮ですが、PAからの退去をお願い致します」
「え…」
「こちら少ないですがお足代として…」
疑問を口にした時雨に対し、その女性は封筒を手渡した。
時雨が封筒の中身を確認する。
「1万円札が…10枚?」
時雨にとってはあまりにも違和感しかなかった。
退去料としては高すぎるのである。
するとそれを見た奈美子が声を荒らげるかのようにこう言った。
「こ、こんな大金、貰う筋合いないです!私たちはここから動きません。少なくとも、あと1時間程は…『ライジング・サン』を見るまでは!」
そう言って封筒を女性に返す奈美子。
一方で「ライジング・サン」という言葉に対し、黒服たちは一斉に反応し、ざわつく。
するとそんな中で、先ほどまで会話していた女性が左手を挙げると、ピタリと声が止んだ。
そんな中で奈美子が時雨に話しかける。
「…この反応、間違いないわ」
「『ライジング・サン』について…知ってるのかもしれない」
するとそんな中で、女性が時雨たちに話しかけた。
「私、『龍崎グループ』社長室で秘書を務めております、ヤチヨと申します。お二方のお名前、お伺いしても?」
「私は相楽奈美子、この人は時雨よ」
「…西野時雨です。僕達は、首都高の伝説と言われるマシン…ライジング・サンについて調べています。ここに来たら手掛かりがあると聞いて、きました」
ヤチヨの言葉に対し、奈美子と時雨が自分たちのことを話した。
ヤチヨ自身、時雨と奈美子の事については興味があるように言葉を続けた。
「なるほど…しかし仮にそうだったとしても、力ずくで退いていただくしかありません。私たちとのバトルに敗北したら大人しく退去していただきます。車の事は、車で解決いたしましょう」
「え…いいんですか?」
「ええ。すぐに準備なさってください」
ヤチヨが準備を促すと同時に、時雨がもう一つの事を確認する。
「あの、コースは?」
「この先の環状線内回りに合流した後、汐留JCTのゲートを並走状態でスタートして汐留トンネルを経由、江戸橋JCTのゲートをくぐり抜けるまで。その上で箱崎PAへ向かう事。よろしいですね?」
「わかりました」
「箱崎まで行って、戻ってくる際はそちらでもバトルしてもらいます。コースは京橋JCTから環状線経由の汐留まで。では、御準備を」
「……」
ヤチヨの言葉に、時雨は軽く頷いてワンエイティに乗り込む。
エンジンを始動させ、マシンを動かそうとしt鯨る中で、ヤチヨは「龍崎グループ」のメンバーの一人を指名し、バトルするように促すのであった。
―――vsQ級ガードマン
相手のマシンは黒色のGC8インプレッサ。
コースは汐留JCTから江戸橋JCTまで。
先日、アクツたちとのバトルでもバトルしたコースである。
左レーン、GC8インプレッサ。右レーン、ワンエイティ。
2台が50キロで並走しながら新交通システムの高架下の汐留付近のS字コーナーを走っていく。
「(最初に走った時よりかは走れるようになっているとはいえ…油断したら、いつコースや車が牙を剥くか分からない。いくら相手が相手とはいえ、油断はしない…!)」
時雨は油断をしないように気を張っていた。
幾ら何度か走ったとはいえ、まだまだ完全にコースに慣れたとは言えない。
いつコースや車が牙を剥いてくるかは分からないものなのである。
そうである以上、油断なんてものは出来ないのであった。
そんな中で、2台が八重洲線との分岐直前の分岐ゲートを並走していこうとしていた。
「っ……!」
「……」
2台のドライバーがスタートラインを駆け抜け、環状線方面へと加速していく。
インプレッサのドライバーは全開で踏み込むが、時雨はそこまでアクセルを踏み込んでいなかった。
相手のマシンにペースを合わせるかのようにアクセルをゆっくりと踏み込んでいく。
2台は並走しながら下り坂を下り、汐留トンネルに突入しようとしていた。
速度は130キロ台を示していた。
「(インに飛び込めない…!?)」
「(内側は譲らない!)」
並走状態であると第1コーナーである右直角コーナーへはインに攻め込めない。
時雨はその事をわかっていて、ずっと並走状態を維持していた。
向こうが攻め込んで飛び込めばどうにかなるのかもしれないが…そこまでの余裕はインプレッサのドライバーにはなかった。
トンネルに入りかけたところで2台のドライバーが共にブレーキを踏み、マシンを減速させる。
だが。次の瞬間。
「(向こうが、速い!?)」
「……」
ブレーキをリリースしたタイミングは時雨がワンテンポ速かった。
それはどういう意味かというと、時雨のワンエイティのコーナー進入速度が速いという事でもある。
そしてブレーキリリースと同じ瞬間にハンドルを右に一気にぐい、と曲げてアクセルを踏み込むのと同時にハンドルを左に曲げ返す。
ドリフトの角度としては、「必要以上」というべき角度だった。
1車線丸ごと塞ぐかの勢いでワンエイティをドリフトさせていく。
「(それにしても、派手なパフォーマンスだな…)」
「……」
1車線丸ごと塞ぐかのようにワンエイティはドリフトし、それに対するインプレッサは抑え目の角度でドリフトしていく。
第1コーナーの右直角コーナーを抜け、2台はそのまま並走状態でトンネルを駆け抜ける。
早々にドリフトを抑えたインプレッサに対して、第1コーナーを抜けてもワンエイティはドリフトし続けた状態だった。
直ぐにトンネル出口付近の第2コーナーの左コーナーが迫る。
すると、コーナーに突入する直前だった。
「(ここだ!)」
1秒ほどアクセルを抜いて、カウンターを当てるべく曲げ続けていたハンドルを更に左に曲げる。
そしてアクセルを全開に踏み込んでハンドルを右に切り返しかけていた瞬間には、ワンエイティは右向きから左向きに角度を変えていた。
「(な…まさか!)」
インプレッサのドライバーはブレーキを踏み込んでサイドブレーキを引くのと同時に、ワンエイティの走りの真意を理解した。
2つのコーナーをまとめて1つのコーナーとして見立てて、そのまま突破してしまう。
右、左と続くコーナーを1つのコーナーとして突破する。
そしてその為に、ワンエイティは「あえて」派手な角度でドリフトした。
これは一体どういうことか?
時雨の得意技は、既に何度も書いている通り「フェイントモーション」である。
コーナー突入直前に、あえてコーナーとは逆向きを向き、そこからハンドルを一気に切り込んでコーナーへ突入する。
言ってしまえば振り子の原理の応用である。
そしてそれを左から右、或は右から左といった連続コーナーに対して実践するのが、今回時雨が行った「逆ドリフト」というものである。
角度をつければつけるほど、次コーナーへの振り返しも大きくなる。
言ってしまえばフェイントモーションの連続コーナーへの応用であった。
必ずしも速いという訳ではないが、テクニックとしては十分に有効だった。
2つ目のコーナーをほぼほぼ減速なしで突っ込むという事は、減速をするよりかはコーナー進入速度が上という事。
実際ワンエイティはアウトコースであるのにも関わらず、インプレッサとの車間距離をじりじりと、確実に引き離していた。
ワンエイティが一歩抜け出したところで、トンネル出口…コーナー出口が迫っていた。
「(…出し抜く!)」
コーナー出口を認識したところでアクセルをリリースして、ハンドルを徐々にニュートラルに戻していく。
ワンエイティが進路と同じ方向を向いた瞬間には、時雨は再びアクセルを踏み込んでいた。
100キロ台から一気にワンエイティは加速していく。
「な…!」
サイドブレーキドリフトから立ち上がろうとしていたインプレッサ。
だが、ワンエイティの加速には追いつけない。
それくらいの勢いが、ワンエイティにはあった。
トンネルを抜け出し、ストレート区間に入ったところで車間距離がテールトゥノーズから1台分以上まで開いていく。
「(余裕をかましていたのか…!?)」
そう思ったインプレッサのドライバーも負けじとアクセルを踏み込むが、距離は縮まらないどころか離れていく。
「(闇雲に走るな…徐々に旋回速度を上げていくんだ)」
インプレッサのドライバーにとっては攻め込んでいると思われていた時雨の走りだったが、まだ時雨には精神的に余裕があった。
本気では攻め込んでいないのである。
その理由は非常に単純。手の内をひけらかすのは危険であるのと同時に…1つ1つのコーナーに対しての限界速度を徐々に高めていきたかったのである。
時雨にとっては、チームメンバー達とのバトルはいい修行の一環だった。
様々なマシンと同じコースで何度もバトルを行うという事は、自然とそのコースへの経験を積むという事になる。
闇雲に攻めていても、待っているのは自滅だけ。
だったらバトルを何度もこなすうちに自分のマシンの旋回速度を徐々に上げて限界を引き上げていけばいい。
そしてそれは、走り慣れた箱根の土地ならともかく、まだまだ慣れていない首都高という土地なら尚更。
そう時雨は思っていた。
そしてそんな時雨のワンエイティの前に、第3コーナー、第4コーナーの左から右への連続コーナーが迫る。
「(早めに……)」
思いっきりストレート区間ではかっ飛ばしていた時雨だったが、コーナーが近づくにつれてブレーキを徐々に踏み込んで安全な速度までワンエイティを減速させる。
170キロ近い速度からワンエイティは90キロ台まで減速していく中、ウィンカーを出して左車線へ。
スローイン・ファストアウト。
走りの鉄則を時雨はキッチリ守ろうとしていた。
「(…!)」
アクセルオフから右にハンドルを一瞬曲げて左に切り返す。
切り返しと同時にアクセルオン、後輪が滑り出したところでハンドルを再び右に切り返す。
1個目のコーナーを100キロ以上という速度で駆け抜けるワンエイティ。
後輪がドリフトで空転する中、時雨はアクセルを踏み続けてドリフトしていく。
コンクリートの壁がインスレスレを駆け抜けたところで、アクセルを一瞬リリース。
そしてハンドルを右に曲げ続けた状態でアクセルを再び全開に踏み込んでタイヤを空転させる。
左向きのマシンは一気に右へと角度を向けるが、その際にハンドルを右から左へ曲げ返す。
角度を変えたマシンに対してもカウンターを当て続けるのである。
速度はドリフトしている最中100キロ台から120キロ台まで加速していく。
「(フェイントモーションを応用すれば、連続コーナーも怖くない…!)」
時雨はフェイントモーションの予備動作である「コーナー直前でコーナーの向きとは逆にハンドルを曲げる」という操作を連続コーナーへ応用していた。
フェイントモーションを連続コーナーに使うという応用の操作方法で、時雨は直感的に「速く走れる」という事を認識しつつあった。
そんな時雨の前にも第4コーナーの出口が迫る。
認識したところでアクセルをリリースし、ハンドルを徐々にニュートラルに戻していく。
「―――!」
コーナー出口でドリフトが収まったところで再びアクセルオン。
ハンドルは当然真正面を向いていた。
全開に踏み込んだワンエイティのエンジンパワーが確実にタイヤに伝わり、マシンはロケットのように加速しようとしていた。
コーナー出口以降のストレート区間において、130キロ台から170キロ台、180キロ以上まで加速する。
高架道路下の超ロングストレート区間。ここであればいくらでも相手を振り切れるだろう。
そう認識した時雨は、アクセルをフルに踏み込むことを決めていたのだった。
「(車の速度やパワーだけが全てじゃないけれど…かなり手の加わっているこのワンエイティは、本当に格別なんだね…)」
ストレート区間でも余裕で相手の280馬力級マシンを蹂躙できてしまっている。
仮に相手がニトロを使ってこなければ確実に追いつかれない。
それほどまでにこのワンエイティの加速と最高速度は高い。
そしてそれと同時にそれをコントロールできるだけの足回りも、確かのものであった。
ワンエイティはロングストレート区間を抜け、新富町出口付近で完全に相手のGC8インプレッサを振り切っていた。
「(は、速すぎる…コーナーでもストレートでも追いつけないとなると…)」
数秒遅れでストレートを駆け抜け、新富町出口付近を駆け抜けたインプレッサ。
ドライバーは格の違いを見せられ、完全に意気消沈していた。
幾ら自分たちが鍛えたドライバーたちとは言え、向こうのドライバーはそれ以上の実力とマシンスペックを持っている。
自分ではとても太刀打ちできない…そう思わざるを得なかった。
◇ ◇ ◇
―――箱崎PA。
バトルを終えたワンエイティと、それを追いかけてきたヤチヨの部下たちがPAの一角で駐車していた。
「いい感じよ時雨!この調子で勝ち続けよう!」
「うん。きっと向こうも相手を仕向けてくるはずだろうからね…」
すると、追いかけてきていた別のドライバーが、ワンエイティのウインドウをコンコンと叩く。
ウインドウを開けたかと思いきや、スマートフォンの通話に出るように男は言った。
電話相手は…先の秘書、ヤチヨだった。
「先鋒を破られたと聞きました…もう一度お伺いします。本当にこのままバトルなさいますか?大人しくお足代をお受け取りいただいた方が、お互いの為だと存じますが…」
そんな不安をあおるかのようなヤチヨの言葉に対し、奈美子はきっぱりと答えた。
「お断りします!『ライジング・サン』は…お父さんが首都高で、何をしたのかを知る手掛かりなんです!そう簡単に引き下がれません!」
するとそうきっぱりと答えた奈美子に対し、電話口のヤチヨはどこか「やむを得ない」というかのような口調でこう言葉を続けた。
「そうですが…それでは止むをえませんね。こちらと致しましても職務である以上、手心を加えるつもりはありません。次の相手とバトルして戻ってきてください。では、失礼します」
そう言ってヤチヨはスマートフォンの通話を切った。
そして切ったところで、時雨たちに再び別の男がバトルをするように促してきた。
時雨たちはそれに応えるかのように頷き、ウインドウを閉めた。
「ねえ奈美子、あの人は…バトルを『職務』って言っていたよね」
都心環状線方面にマシンを移動させる際、時雨はそう呟いた。
「ええ…一体どういうことなのかしら?」
「恐らく、会社組織が関わっているんだと思う…」
「…バトルし続けて謎を暴くしかないみたいね」
奈美子の言葉に対し、時雨はこくりと頷くのだった。
疑問を抱く中、時雨は次のバトルへと向かう。
―――数戦後。
箱崎PAで、ヤチヨの連絡を受けていた黒服は電話越しに嘆きの声を挙げていた。
「そんなあああっ!!寝る間も惜しんで練習したのに!!ヤチヨさん!どうかお慈悲を!!」
『そのような申し出は寺社仏閣で、手を合わせてお願いして下さい。あまりにも大きなタイム差、ランクAからCへ格下げさせて頂けます。次にバトルしたい方は立候補を!今夜は出世の大バーゲンです!たった一晩で昇給・昇格のチャンスですよ?』
「や、ヤチヨさん!俺が!」
「いや、俺が!」
「俺が行く!そしてもし勝って戻る事が出来たら…」
ヤチヨの声に対し、黒服たちが複数声を挙げる。
それを見かねた時雨と奈美子は多少呆れたかのようにこう言った。
「どうやら自信がある人々みたいだね」
「一体どんな会社なのかしら…?でも、モチベーションの高さは見習うべきかしら」
「うん…僕も、負けてられないね」
そう言っていたところで、黒服の一人が時雨たちにバトルをするように向かった。
「お、おい!次は俺だ…相手をしろ!(勝ったら何が何でもヤチヨさんと食事へ…)」
どこか下心を持ったかのような黒服の一人が、時雨と奈美子に勝負を挑んできた。
「…いいよ。さあ、始めようか」
黒服の言葉に対し、時雨は静かに、それでも闘志を漲らせるかのようにそう言うのだった。
◇ ◇ ◇
―――vs元格闘家ガードマン
推奨BGM:STOP ME NOW(from SUPER EUROBEAT vol.82)
相手のマシンは赤色のRX-8。
コースは京橋JCTから汐留まで。
左レーン、RX-8。右レーン、ワンエイティ。
2台が60キロで並走しながら京橋JCTの分岐付近のゲートを抜けようとしていた。
「っ…!」
「……」
RX-8が先行して加速していく中、ワンエイティも徐々に加速していく。
スタートが遅れた理由は非常に単純。
ある程度走っていてもスタートのタイミングだけはまだ時雨は完全には理解していないからである。
2台が並走しながら案内板の下をくぐり抜ければスタートとはなるのだが、それでもまだスタートには不慣れなところがあった。
やはりその最大の要因は、箱根でのクラウチングスタートに慣れ過ぎてローリングスタートに慣れていないところがあるからだろう。
「(スタートは抑え目に、徐々に立ち上がっていく…)」
相手に全ての手の内をひけらかすという事をしない為にも、時雨はアクセルを徐々に踏み込んで加速していく。
傍から見ればそれはドッグファイトと言うべきだった。
だがそれは時雨がスペックを封印していたからでもある。
加速を抑えめにして、序盤はマシンを労わりながら走る。
そしてある程度相手の実力を把握したところで全開走行。
相手の心を折ったらまた再び惰性走行。
アクセル全開での走行は誰でもできると考えていた時雨は、同時にそんな形ではマシンの水温や油温などが上がっていずれマシンダメージが蓄積されてしまう。
そうなると、何戦も何戦もこなす場合求められるのは全開走行ではなく…マシンのガソリンやタイヤ、水温や油温を消耗しない上で、ギリギリでも相手に打ち勝っていく走り方である。
そしてそんな走り方は、以前から箱根で1日に何戦も何戦もこなしていて、同時に首都高という更にハイレベルな領域を走っている時雨にとっては…ある程度は把握していた。
「(このワンエイティの性能が良いから、まだ相手には余裕で食らいついていける…)」
時雨はワンエイティの潜在能力と性能についてある程度は自覚しつつあった。
馬力にして500馬力オーバー、しかも見た目の派手さもなかなかのマシン。
そうである以上、ワンエイティにはとんでもない潜在性能があるのは言うまでもないことだろう。
相手のマシンたちは見かけ良くても300~400馬力。
それも、首都高を走り込んでいるとはいえ…まだ、自分のレベルには追いついていないようにも思えた。
「(まあ、いいさ…追い抜こうと思えば、いつでも追い抜くよ)」
時雨にとってはどこか余裕すらも感じるようになっていた。
パドルシフトに切り替え、あえてエンジンが低回転を維持するようにアクセルを調整していく。
傍から見るとエンジンが回っていないように見えるが、それはあくまで時雨がフルパワーを生かさないようにしているのである。
正確に言えば、3速の速度域なのにあえて5速に入れていたのである。
その為加速は通常時よりも遥かに鈍かった。
そしてその加速は、相手のRX-8と同等、或いは多少劣るレベルだった。
「(俺を待っているのか?舐めたマネを…!)」
しかしその走りは、相手のドライバーを挑発するにはもってこいだった。
明らかに派手派手にエアロが改造されているにもかかわらず、そのマシンの性能はそれに匹敵しない、文字通りのアンバランスなマシン。
RX-8のドライバーからするとそう思わざるを得なかった。
2台が1個目の橋脚付近を並走しながら通過していく。
第1コーナーの上り坂の左コーナーが迫る。
「くっ…!」
ブレーキを踏み、ハンドルを左に曲げてアクセルを踏み込むRX-8のドライバー。
RX-8を適正速度まで減速させ、橋脚の間から徐々にドリフト状態へもっていく。
ハンドルを右に切り返してカウンターを当てながらも橋脚を抜け出し、コーナー中間で2台の様子が明らかになる。
RX-8が左車線という事もあり、ワンエイティより一歩だけ抜け出していた。
ワンエイティも舵角を抑えめにドリフトしているが、アウトコースという事もありRX-8の後方に付けていた。
コーナー出口が迫るにつれて、RX-8のドライバーはアクセルオフから徐々にハンドルをニュートラルに戻していく。
「……!」
コーナー出口に達したところで、ハンドルをニュートラルにしてアクセルオン。
速度は90キロ台から徐々に加速して120キロへ。
コーナーの出口からRX-8が立ち上がっていく。
一方のワンエイティも、それに続いていくように加速する。
2台の車間距離はテールトゥノーズと言うべきだった。
次のコーナーを見越して、RX-8のドライバーが下り坂に入ったところでウィンカーを右に出して右車線へ。
「(大したことはなさそうだが…)」
2台は文字通りのテールトゥノーズだった。
先ほどまでの、別車線でのテールトゥノーズではない。
同一車線でのテールトゥノーズだった。
RX-8のドライバーは先行するも、決して油断はできない状態であった。
前方にも後方にも気を張った状態で、RX-8のドライバーはアクセルをただ踏み続けていた。
だが、マシンにも限度があるのか…最高速はあまり伸びていないのが現状であった。
テールトゥノーズの状態の2台は、そのまま新富町近くを通過していく。
「(やっぱりこの相手も相手もバトル慣れしている…多少の事では動揺はしなそうだ)」
速度は120キロ台を示している。タコメーターの針は3000回転程度。明らかにシフトダウンしたほうがいい。
テールトゥノーズの中、時雨は相手をどう抜かせばいいか考えていた。
下手にコーナーで攻めても相手に気が付かれてしまうだろう。
「(だとしたら…外からかぶせても追い抜けるくらいの力を見せつければいい…!)」
次のコーナーは新富町出口付近の右高速コーナー。
走行する2台の前に近づいてくる。
「っ…!」
RX-8のドライバーがブレーキをフラッシュさせる。
高速コーナーとはいえブレーキングドリフトの為にブレーキを踏んだのだ。
だが、ここで予想だにしない事態が起こる。
「!?」
RX-8のドライバーはその事態に驚愕するしかなかった。
ウィンカーを出したかと思いきや、ワンエイティが左レーンに移動したのである。
次のコーナーが右コーナーであるのにもかかわらず、である。
2つ目のコーナーにしてあのワンエイティは仕掛けに来た。
それも、RX-8側が減速したにもかかわらず、あのワンエイティは接近…並走状態になった。
RX-8よりもワンエイティの方が進入速度が速いのである。
だが、今は目の前のコーナーを処理しなければならない。
100キロ台のスピードを出す中でアクセルオフから30度程ハンドルを右に曲げ、再びアクセルオン。
RX-8が徐々にテールスライドしていく。
「(抜かさせない…!)」
一方の時雨。
こちらのマシンも110キロ台だった。
ブレーキをフラッシュさせたかと思いきや、直後にはハンドルを20度程右に曲げてアクセルオン。
だが、エンジンパワーはタイヤに伝わっていない。
お陰で加速はあまり伸びない。
ギアが5速だった為に、パワー伝達が出来ていないのである。
それでも時雨はそんな事をわかっていた。
「(ギアを下げて…!)」
ハンドルを左に曲げる最中、左パドルを2回引く。
5速から3速へワンエイティのギアは切り替わる。
4000回転程度だったエンジン回転が、今度は一気に8000回転まで跳ね上がる。
ギアのスピード域としては3速の上限ギリギリ。
つまり本来なら4速でも問題ないのだが、今度はパワー伝達が必要以上にされる。
結果としてワンエイティの後輪が暴れかける。
それでも時雨はハンドルの舵角をさらに深くすることで、カウンターを当てていた。
そして3速になったワンエイティの加速は、先ほどまでとは明らかに鋭いものとなっていた。
ワンエイティはあっという間にRX-8を追い抜いてしまった。
「(なっ…いつでも抜けた、って事なのか…!?)」
RX-8のドライバーにとっては動揺するのも無理はなかった。
先ほどまでは手加減されていたことにようやく気が付けた。
自分はこのマシンでマシンの限界まで踏み込んでいるのに、あのワンエイティはそれをいともたやすく超えるかの加速を発揮している。
どうやら、自分は完全にあのワンエイティをスタート直後に見誤ってしまったようだ。
高をくくった結果、ワンエイティとの性能差に驚愕するしかなった。
「(この相手位なら、直ぐに引き離す!)」
コーナー出口において、時雨はアクセルオフ、ハンドルをニュートラルにしたところで右パドルを1回引く。
3速から4速に引き上げたのである。
そして4速に引き上げた直後、時雨はマシンのドリフトが収まった事を認識し…アクセルを踏み込む。
70%以上の実力を示し、2つ目の橋脚を抜ける。
長い長いストレート区間に入り、時雨はそのワンエイティのストレートスピードを披露するかのようにワンエイティのアクセルを踏んでいた。
4速6千回転から8500回転、さらにシフトアップして5速6千回転。
長いストレート区間という事もあり、時雨は完全にワンエイティのアクセルを踏み込んでいた。
だがそれでも、「全速前進」というほどではない。
7割の加速であった為、本来はもっと鋭いはずである。
それでも長すぎるストレート区間という事もあり、5速がハイギヤードに設定されているワンエイティの…「ニトロを使わない上での最高速度」にあと一歩…170キロ近くというレベルまで迫っていた。
「(…あんな立ち上がりを見せられちゃ、俺には追いつけない)」
一方のRX-8は、ワンエイティのスペックを見誤ってしまった事もあり…完全に置いてけぼりの状態だった。
ワンエイティが第3コーナー、第4コーナーの左から右への連続コーナー地帯に突入する頃には、ワンエイティの姿はもう完全に見えなくなってしまった。
言う間でもなく、ストレート区間で振り切られてしまったのである。
そして先ほどのアウトコースからの仕掛け…あれを含んでも、時雨のワンエイティのスペックと技量の高さは、男でも理解するのだった。
男はその後も何とか攻めるも、結局最後の最後まで…一度振り切られてしまった時雨のワンエイティを見る事は出来なかった。
◇ ◇ ◇
―――芝浦PA。
バトルをした2台が駐車場に止まっている。
既に2台のドライバーたちは車から降りていた。
バトルに勝利した時雨に対し、先ほどの相手である黒服は鬼のような形相で時雨を睨んでいた。
時雨も負けじと睨み返していたが、そこにヤチヨが割って入る。
「…ちょっと、黒服の方。少々、お話ししたいことが」
「は、はい!!何でしょうか!?」
イライラが溜まっているヤチヨの表情を見て、黒服はビビったかのようにそう返事をする。
するとヤチヨは冷徹かつ無慈悲にこう言うのだった。
「私はあなたに何の関心もありません。金輪際、妙な誘いは慎んでください。査定はAからDマイナスへ格下げです」
「…はい……失礼します」
そう言って男はトボトボと去っていった。
その様子を見た奈美子はどこか同情するかのように言った。
「あの黒服さん、自暴自棄にならなきゃいいけど…あ、時雨は手加減なんかしちゃダメよ!」
「…そうだね。僕達がここを走る理由を、忘れないようにしたいね」
するとヤチヨは黒服たちに指示を出した後、どこかに電話連絡をし始めた。
「ええ、はい。そうです。少しトラブルが…申し訳ありませんが、予定時刻を少々変更して頂ければと…えっ!?もう、お出になった?」
「…?」
その様子を見ていた時雨には、ヤチヨの顔が青くなったかのように見えた。
だが、ヤチヨは言葉を続ける。
「…分かりました。はい、決着を付けます。最悪、私が対応しますので…ええ、どんな手を使ってでも、お帰り頂く予定です」
すると、その様子を見ていた奈美子が時雨に話しかける。
「『ライジング・サン』の情報を持っている人が、こっちに来てるのかもしれないわ…」
「ここに来たのは…間違えじゃなかったみたいだね」
そう言ったところで時雨はPAの時計を確認する。
時刻は10時40分を示していた。
「あと20分…か」
「今はバトルに集中しましょ。時間を過ぎればきっと…!」
「うん…あれ?」
すると、ヤチヨがジェラルミンケースを抱えてこちら側に向かって歩いてきているのに気が付いた。
対面したところで2人が身構える。
「…何か用ですか?」
「あなたのお陰で10人以上もマイナス査定をする事に…もう気が済みましたか?」
そう言ってヤチヨがジェラルミンケースを開く。そこには大量の札束が納められていた。
「(1万円札がこんなに…!?)」
そう時雨が思ったところで、ヤチヨが言葉を続ける。
「もう手を引いていただきたいのです。あなたはここに来なかったし、私たちは出会っていなかった」
だが、その言葉に食らいついたのは奈美子だった。
「…結構です。お金で解決できることじゃないので…『ライジング・サン』の手掛かり、この目で必ず確認しますから!」
奈美子の言葉に対し、時雨も軽く頷く。
奈美子の眼はあまりにも純粋だった。
それを見たヤチヨは諦めたかのようにこう言葉を続けた。
「…どうやら話し合いやお金で解決できる相手ではなさそうですね。仕方ありません。続けましょう」
そう言ったところで、再びバトルを続ける事となる。
―――さらに数戦後、芝浦PA。
時雨はヤチヨの部下たちの殆どを倒していた。
残っているのはヤチヨ本人だけだった。
「どうやら全滅、ということですか」
「…あなただけですね」
ヤチヨの言葉に対し、時雨が返事をするようにそう言った。
「私が自ら相手する事になるとは…残念だけど、査定はマイナスですね。どう報告したらいいものか…」
ヤチヨは困惑するかのようにそう言った。
するとここで、奈美子がずっと気になっていたことを口にした。
「あの…バトルをするのは仕事だからですか?バトルの結果が査定に影響するなんて、そんな会社、聞いたこともないです」
そんな奈美子の言葉に対し、わかっていたかのようにヤチヨが返答する。
「でしょうね。でも別にあなた方に分かってもらおうとも思いませんから」
ヤチヨが言葉を続ける。
「…バトルする前に聞かせてください。『ライジング・サン』に固執する理由を。あのような、首都高のドライバーに伝わるつまらない噂に…」
するとそこで口を開いたのは時雨だった。
「2つあるんです。1つは、僕自身の今後の為の武者修行。そしてもう1つは…『ライジング・サン 0500』というメモ書き。これは、奈美子のお父さんの服の中に入っていたもので…奈美子のお父さんがどのようなバトルを経験したのか、それを確かめたくて、来たんです」
「メモの意味を知りたいんです!このPAで待っていれば、『ライジング・サン』を知ってる人が現れるって来たから…ヤチヨさん、教えてください!」
そう言って奈美子が頭を下げ、時雨も追うように頭を下げた。
すると、ヤチヨの様子が徐々に変化していく。
「…ふふ、ふ…あはははは!!」
奈美子の説得に対し、ヤチヨは声を出して笑い始めたのである。
その様子に対し、奈美子と時雨が頭を上げる。
「あ、あの…僕達、何か変な事を言いましたか?」
「ああ、失礼しました。『あの方』から聞いていた『ドライバーのあるべき姿』とかけ離れていたものですから…」
「ドライバーのあるべき姿…?」
「それは一体…」
時雨と奈美子の言葉に対し、ヤチヨはこう言葉を続ける。
「『ドライバーは口で説得はしない。腕で説得するのさ』…そう言ってましたから」
「じゃあ…」
「あなたも首都高を走るドライバーなら、力で私をねじ伏せてみなさい…もし、それができるのなら」
ヤチヨは「かかってこい」というかのようにそう言うのだった。
「…わかりました。バトルしてください」
時雨は静かに、そして覇気を強めるかのようにそう言った。
ヤチヨは静かに頷き、自分の愛車の方へ向かっていく。
時雨と奈美子もワンエイティに乗り込むのだった。
◇ ◇ ◇
―――vs社長秘書のヤチヨ
推奨BGM:TELL ME(from EUROBEAT FLASH vol.6)
相手の車は赤いRUF・RKクーペ。ブルーのファイアーパターンのペイントが施されていた。
首都高にきて初めての「外車」とのバトルである。
左レーン、ワンエイティ。右レーン、RKクーペ。
50キロ台の速度を維持して並走状態のまま、都心環状線へと合流する。
「奈美子…あの車、きっとこの国の車じゃないね」
「ええ…RUF・RKクーペって車だわ。あんな車を持ってるなんて…」
「会社の秘書というのは、どうやら本当のようだね」
「うん…油断しないでね」
「…わかった」
スタート地点へ移動する最中、時雨と奈美子は相手の車に関して不思議に思っていた。
見かけからしてかなりの高級車。それも、この国ではまず見る事が出来ないであろう車。
まあ現実でもRKクーペはかなりの希少車種なので「珍しい」という感想は当然と言えば当然なのではあるが。
その事を疑問に思っていた時雨は口にし、互いの気持ちを交互に出した。
そして時雨は奈美子からの「油断しないで走る」という事も思い出すのだった。
どんな車が相手であっても、最後の最後まで油断しないで行く。
そう時雨は思った。
「(さあ…あなた達の力を見せてもらうわ)」
左ハンドルのRKクーペを操縦するヤチヨ。
様々な人間の査定をしてきている以上、タダでは帰さない。
相手の実力がある事は分かるが、それでも自分が負けるわけにはいかない。
冷静でありながらも、彼女の心の中には情熱があった。
そしてそんな情熱を持っている以上、彼女としても負けるわけにはいかないのであった。
汐留S字の中間を抜け、汐留JCT直前のゲート。
そここそが、バトルのスタート地点である。
3車線の真ん中にワンエイティ、一番右にRKクーペ。
2台が並びつつ、八重洲線への分岐を過ぎ…ゲートをくぐり抜けようとしていた。
「(…行くわよ!)」
「―――!」
2台がゲートをくぐり抜け、アクセルを踏み込んで加速していく。
スタート直後にやや抜け出したのはRKクーペだが、ワンエイティも食らいついていた。
スタートで一瞬出遅れたかと思われたが、そこはやはりスペックが強化されているワンエイティ。
直ぐに並走状態となった。
下り坂を下る中、2台の前に汐留トンネル…第1コーナー、第2コーナーの右から左への連続コーナーが迫る。
「っ…!」
「……」
互いの速度は140キロ台。
RKクーペのブレーキランプが光り、ワンテンポ遅れてワンエイティのテールランプが光る。
1歩突っ込んだ時雨が、ノーズ分だけ先行する。
速度は一気に100キロ近くまで減速する。
「(内側に車体はねじ込まないけど…これなら)」
ハンドルを左に曲げたかと思いきや、そのまま一気に右に切り返してアクセルを再び踏み込む。
走行レーンがアウトコースならではのフェイントモーションである。
嘗て箱根でやっていた時と同じような感覚でフェイントモーションを成功させる。
「(そんなフェイントモーションで…!)」
ヤチヨのポリシーは「無駄な動きはしない」ということだった。
PAを貸し切ったのも、部下たちを仕向けたのも…全て計算ずく。
そうであれば、あの人が喜んでくれるだろうから。
そしてそんな計算ずくな走りは、走りでも同様だった。
必要最低限のブレーキでマシンを減速させ、そのまま右にハンドルを切ってテールスライドさせる。
右に切ってタイヤが滑り出したところでハンドルを一気に左に切り返してアクセルを踏み、カウンターを当てる。
RKクーペは車線をはみ出すことなく、車線上に存在するレールを駆け抜けるかのようにドリフトしていく。
「(向こうの走りには無駄がない…でも、速いわけではない)」
「(―――うまい。食らいついてくるなんて)」
アウトコースという事もあり、並走されるワンエイティ。
ドリフトしながら、2台の隙間が数十センチと迫る中、時雨も負けじとハンドルを曲げながらアクセルを踏んでいた。
だが、決しておいて行かれるという訳ではない。
今でもアクセルはある程度抜いているので、抜こうと思えば抜けてしまうだろう。
だとしたら注意するべきは相手がどこで仕掛けてくるか。
それを注視する必要があった。
第1コーナーを抜け、トンネル出口の第2コーナーの左コーナーが迫る。
「(内側は…譲らないよ)」
「―――!」
第1コーナーを抜けてもハンドルを左に曲げたままドリフトし続けるワンエイティに対し、グリップ走行になっていたRKクーペ。
だが、速度は互いに互角と言ったところか。
2台が並走状態でありながら第2コーナーへ飛び込んでいく。
「―――!」
「っ…」
ドリフトのきっかけの為にブレーキをフラッシュさせるRKクーペに対し、アクセルオフで一気に右から左へと車の向きを変えるワンエイティ。
2つのコーナーを1つに見立てるか、分割してそれぞれ対応するか。
時雨とヤチヨの走りでは明確な違いがあった。
「(くっ…インを…!)」
インコースを取ったワンエイティが、徐々にRKクーペとの差を広げていく。
一定の速度を維持してドリフトし続けるワンエイティに対し、アウトコースとブレーキを踏んだという事もあって、速度差が生まれていた。
そしてその速度差は、2台の差を広げていくに十分だった。
「―――!」
コーナー出口、アクセルを抜いてカウンターを当てていたハンドルをニュートラルに戻していく。
トンネルを抜けて目の前の視界が開ける。
それを認識したのと同時に、時雨はアクセルを踏み込んでいく。
だが、相手を敢えて振り切らないように…今後のバトルに向けてマシンをある程度労わって、アクセルは半分程しか踏み込んでいなかったが。
ワンエイティが一歩抜け出してトンネルを出ていく。
「くっ…!」
一方のヤチヨ。
コーナー出口でアクセルを全開に踏み込んで、無理くりワンエイティに食らいついていく。
アクセルを全開に踏み込んでいたこともあり、時雨のワンエイティとの差は徐々に縮まっていく。
状態としてはテールトゥノーズまで食らいつけていた。
だが、テールトゥノーズとなったところで差は縮まらなくなった。加速が互角になったということだろう。
「(このコースでの戦い方はある程度固まってきたかな)」
ある程度余裕を見せながらも、アクセルを踏み続ける時雨。
速度は110キロ台から150キロ台まで加速していく。
高架の下を通り、後方のRKクーペとは一定の距離を保ちながら次のコーナー区間への直線区間を走り抜けていく。
「(この先の連続コーナーを抜けたら、ストレート区間になる…そこに行けば)」
アクセルを全開で踏み込みながら、ヤチヨはそう思っていた。
多少差があっても、直線区間でニトロを吹かせば勝ててしまうだろう。
向こうが使ってくる可能性は大いにあるが、それでもこちらのニトロキットだって強化はしてある。
チャンスはそこにあるとヤチヨは思っていた。
「(相手は…移動しないか)」
「……」
時雨は右ミラーを確認して、ウィンカーを出していない事を確認した。
だとしたらもう見方は決まった。
相手はこの先のストレート区間で追い抜きに来る。
ニトロでもアクセル全開でも知らないけれど、そうやってくるはずだろう。
だったら自分も受けて立つまで。
直線勝負でもコーナー勝負でも負けるつもりはない…そう時雨は思っていた。
2台の前に第3コーナー、第4コーナーの左直角コーナーと右直角コーナーの複合地帯が迫る。
「―――」
「くっ…!」
150キロ台からブレーキをかけ、ハンドルを左に曲げる時雨。
ワンテンポ遅れて、ワンエイティとほぼ同じ場所でブレーキを踏むヤチヨ。
ブレーキングからハンドルを左に曲げ、タイヤをスライドさせる。
一方で後輪が滑る中、ハンドルを右に曲げてカウンターを当てる時雨。
爆音を轟かせ、コーナーを駆け抜けていく2台のマシン。
第3コーナーを抜け、銀座出口付近の第4コーナー…右直角コーナーへと突入する。
「……」
「っ…」
アクセルオフでハンドルを右に曲げ続ける時雨、一方で一瞬だけブレーキをフラッシュさせてドリフト状態へと持ち込んでいくヤチヨ。
その時点で速度差は生まれていた。
ハンドルを左に曲げてカウンターを当てる中で大きく振り回しつつも、ブレーキングによる失速が殆どないワンエイティ。
そしてそれに対し、ドリフトの為にブレーキングをした事でワンエイティよりかは失速したRKクーペ。
その時点で速度差が生まれているのである。
ドリフト状態からまるで大車輪の如く体制を変えていくワンエイティに対し、RKクーペは最低限度の舵角のドリフトで駆け抜けていく。
だが、コーナー走行時の速度はワンエイティの方が上である。
そして2台がテールトゥノーズと言うべき距離間で、第4コーナーを脱出しようとした瞬間だった。
「―――!」
目の前に見えるは直線区間。
ここが勝負ポイントだろう、そうヤチヨは把握していた。
どんなにスペックが互角であっても、ニトロを使う場所さえ間違えなければ確実に食らいつける…そう思っていた。
最小限度のドリフトを終えようと、ハンドルをニュートラルに戻しアクセルを踏むヤチヨ。
そしてドリフトが終わったのを認識した直後、ヤチヨは左手でニトロスイッチを押すのだった。
「踏むよ、奈美子!」
「…っ!」
時雨の掛け声とともに、アシストグリップ…つまり、車内上部に付けられている取っ手に掴まる。
アクセルオフでハンドルをニュートラルに戻し、ドリフト状態から推進状態へと変わっていくワンエイティ。
そして次の瞬間、時雨もハンドルに取り付けられているニトロスイッチを右手親指で押した。
「「―――!!」」
2台のニトロのタイミングはほぼ同時だった。
ストレート区間に入りかけたところでアクセルを全開に踏み込み、互いのマシンが加速していく。
青い炎をマフラーから噴出し、加速していく2台。
直線区間をアクセル全開で踏んでいくことに変わりはない。
だが、それでも違うものはあった。
「(離される…!?)」
速度は180キロまで加速しているRKクーペ。
だがそれでも、ワンエイティには追いつけなかった。
それどころか、振り切られかけている。
向こうは一体何キロ出しているというのか?
ストレート区間という事もあり、2台の距離差は一気に広がっていく。
ヤチヨが認識した時点で車間距離は一気に車2台分、いや…3台分まで広がっていた。
「(やっぱり…向こうの車にはもしかしたら、スピードリミッターがあるのかもしれない)」
一方の時雨。
先ほどまでずっと手加減していたとはいえ、アクセル全開でニトロスイッチをONにしたことで相手のRKクーペを完全に引き離していた。
速度は210キロ以上出ているとはいえ、時雨はアクセルを踏み続けていた。
都心環状線という道路の狭いコースにおいて時雨は遠慮なくアクセルを踏み込んでいた。
そしてそのアクセルを踏むことに関しては全くもって躊躇はなかった。
ごく一部の区間とはいえ、普通に200キロ出すというのは恐怖でしかないだろう。
それでも怖くなかったのは、コースに対してある程度の熟練度があったことや…長い間ずっと乗り続けていたこともあってワンエイティの性能をよく理解していたからであった。
「(でも…いくら何でも、あのままの速度じゃこの先のコーナーは…!)」
一方のヤチヨ。相手のワンエイティが200キロ以上というものすごい速度を出しながらも、残るコーナー2つに期待していた。
幾らワンエイティのニトロの性能が良いからって、あのままのスピードではコーナーに飛び込んだ瞬間アンダーステアを出してしまうだろう。
そうヤチヨは思っていた。
そのまま左ウインカーを出し、左車線へ移ってワンエイティの動向を見守る。
「(―――ここで振り切る!)」
一方の時雨。
第5コーナーの新富町出口付近の左高速コーナーが迫る。
速度は未だに200キロ近く出ていた。
コーナー直前でアクセルオフからブレーキを一瞬だけフラッシュさせ、そのままハンドルを左に曲げる。
アクセルを全開に踏み込み、勢い任せのテールスライド。
角度を抑えつつ、ハンドルを右に曲げてカウンターを当てる。
角度としては15度にも満たない、コンパクトでスピーディなドリフトだった。
そしてそのドリフトは…車線をはみ出る事もなく、1車線の中で収まっていた。
「(ついていけない…!いくら高速コーナーとはいえ、あの速度のままコーナーに飛び込めるなんてどうかしてるわ…!)」
速度としてはほとんど落ちていない事を認識したヤチヨ。
幾ら高速コーナーとはいえ、200キロ近く出しているワンエイティは第4コーナーまで以上に強靭な足回りを発揮していた。
120キロ台ならともかく、その1.5倍以上の速度で同じレベルの性能を発揮している。
そう考えるとあのワンエイティの潜在スペックはとんでもなく高いという事は、ヤチヨでもよくわかった。
車間距離はあっという間に4台以上という距離となり、完全にRKクーペは置き去り同然の状態だった。
勝敗は否が応でもついていた。
「まさか、あそこまでのマシンだったなんて…」
ヤチヨにとってもこれ以上相手の実力の事を判断する必要はない。
自分ではとても敵う相手ではないということは、嫌でもわかった。
「―――」
ワンエイティは最初の橋脚付近を抜け、そのまま最終コーナーの下り坂右コーナーを抜けてRKクーペの視界から消えるのだった。
そしてそのまま最終ストレートを駆け抜け、江戸橋ジャンクションの分岐付近を通過…圧倒的な距離差を付けてゴールするのだった。
―――芝浦PA。
箱崎から戻ってきた2台が停車していた。
バトル結果に落ち込むヤチヨに対し、奈美子と時雨が話しかけに行く。
「私たちも引くわけにはいかないんです。『ライジング・サン』の手掛かりの為なら、私は…」
だが、そう言ったところでヤチヨが右手を上げた。
すると次の瞬間には、黒服たちが時雨と奈美子を取り囲んだ。
あまりの状態に奈美子が声を荒らげる。
「ヤチヨさん!?どうして!?こんな実力行使、『ドライバーのあるべき姿』じゃありませんよ!」
「ドライバーとしては負けました…ですが、秘書室長としての責務は果たさねばなりません…たとえ『あの方』に軽蔑されても!」
「くっ…」
黒服たちはじりじりと間合いを詰めてくる。
相手もプロらしく、動きに隙はない。下手に動けばあっという間に取り押さえられてしまうだろう。
そんなことは素人でもある時雨でもわかった。
「どうしよう、時雨…このままじゃ、『ライジング・サン』の手掛かりに辿りつけない!」
「…任せて」
「えっ?」
取り囲まれた状態に対し、奈美子は動揺するしかなかった。
だが、時雨はそんな状態でも冷静だった。
「…そっちがその気なら、僕も付き合うさ。次の相手は誰だい?捻り潰すよ」
時雨としては自分の実力を幾らでも示せば黒服たちは納得するだろうと思っていた。
相手が納得しないならバトルし続けて、完膚なきまで精神を壊すくらいの勢いでないといけない。
自分の武者修行になるというならば、何本、何十本でも相手してやる。
多少強がりを見せつつ、そう時雨は思っていた。
だが、時雨に対してヤチヨは取り乱すかのようにこう言った。
「『ライジング・サン』なんて車は首都高に存在しない!いい加減に―――」
すると、そう言おうとした次の瞬間だった。
「ヤチヨ、そんぐれぇでやめときな。ドライバーの恥だぜ?」
そう言って黒服の間を通り抜けてきた老紳士が、ヤチヨの肩を叩いた。
その様子を見た黒服たちは、一斉に老紳士へと頭を下げた。
「これは…申し訳ございません。トシゾウ社長」
そう言ってヤチヨは頭を下げる。
「しゃ、社長…!?」
「じゃあ、あなたが…」
奈美子と時雨がそう言いかけたところで、老紳士は2人の方を向いてこう言い放った。
「それで…『ライジング・サン』が、なんだって?」
(第4話End)