「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 第二幕 2024 -いつかあの頂で- 作:カービィ改二
年内はこれが最後になり、次回更新は来年になります。
よいお年をお迎えください。
―――その車は、沈む夕日のように赤かった。
黒服たちがガードする先に、赤色のダッジ・バイパー(SRT10)が止まっている。
先ほどヤチヨから名を呼ばれた老紳士…トシゾウが腰掛け、腕を組んで微笑んだ。
果たしてあのマシンは本当に「ライジング・サン」なのか?
真相を暴くための戦いが始まる。
「(あの車が…セイヤさんやレオさんが言っていた、赤い、外車!?)」
「(見た目からして、この国の車の形じゃない…もしかしたら。でも…)」
奈美子と時雨が互いにそう思う中、トシゾウが口を動かした。
「まあ、ここまでたどり着いたことについては『ご苦労さん』と言っておくぜ。たかが都市伝説を追いかけるにしては、有り余る情熱だな」
「……」
時雨と奈美子は無言で相手の言葉を聞いていた。
「見た事ねぇ顔だが…ま、ヤチヨを倒したって事は相当な腕を持ってるって事だろうさ」
老紳士…トシゾウがそう言ったところで、奈美子が口を動かす。
「あの…お聞きしたいのですが、その車が『ライジング・サン』なんですか?」
そう奈美子が言うと、トシゾウはボンネットの上から降りた。大きくため息を吐くようにして、紫煙を揺らしている。
「…さぁ、どうだろうな」
トシゾウの言葉はあまりにも抽象的だった。
だがその言葉に対し、奈美子が言葉を続ける。
「じ、じゃあ『0500』という数字に、覚えはありませんか?大事な事なんです。教えて…」
すると奈美子がそう言葉を続けようとした瞬間だった。
「…車が?」
「2台入ってくる…!?」
トシゾウが背を向けて立ち去ろうとすると、封鎖されていたはずの芝浦PAに赤黒ツートンのAE86トレノと赤のS13シルビアが入ってきた。
そして奈美子たちの方に止まると、互いのドライバーが奈美子と時雨の方へやってきた。
「よう時雨ちゃん!ナビ子!こりゃ一体何の祭りだってんだ?俺様達も混ぜて欲しいぜぇ!」
「ヒロシ?どうしてここに…」
赤黒ツートンのAE86トレノのドライバー、ヒロシ。
能天気のようで、PAに大量のチューニングされたマシンを見て「祭りだ」と思ったようだ。
「なんか黒い服着た人多くて物々しいし?時雨ちゃんをいじめてるように見えなくない?お爺ちゃんの後ろの車、あれが本物のライジング・サンじゃね?」
「ミズキ!?もしかして2人して私たちの事を追いかけてきたの…?」
赤いS13シルビアのドライバー、ミズキ。
どうやらどこからともなく騒ぎを聞きつけたようだ。
するとその様子を見たヤチヨが、ヒロシとミズキを追い出そうと動く。
「何なのアナタたちは!黒服、この冴えない2人をPAから追い出しなさい!」
「「「はっ!」」」
そう言ってヤチヨの号令により、ミズキとヒロシに黒服が近づく。
だが取り囲まれた直後、ヒロシは誰かに電話をかけ、ミズキは高速でスマホのフリック入力を始めた。
「あっ、トオルさん!しゃーッス!噂通り、時雨ちゃんたちが首都高でバトルを…芝浦PAっす!」
「(トオルに…?)」
時雨にとっては予想だにしない事態だった。
まさか自分の命の恩人の一人であるトオルが首都高に来ているとは。
しかもこんなにも都合よく来るとは思ってもいなかった。
「…はい、待ってますです!しゃーッス!」
そう言ってスマホの終話ボタンを押すのと同時に、ミズキもSNSに情報を送信していく。
「『やばっwww 芝浦PAで黒服と遭遇www 時雨ちゃんこと『箱根の時雨』とナミちゃんがライジング・サンとバトルするってwww』…と、写真を撮ってSNS送信!」
「(えっ…まさか、ドライバーたちを焚き付けた!?)」
2人の行動を見て、時雨はそう直感した。
まさか自分たちの為に?
でも、どうして?何のために?
「なっ、何をしたかわかってるのですか!?そんなことをしたら、関東中のドライバーがここ、首都高に殺到するのですよ!?」
ミズキの行動に対し、ヤチヨは動転するしかなかった。
そんな事をされたら文字通り首都高が大騒ぎになる。
そんな状態になってしまったら…
とその時、ミズキが言葉を続けた。
「…っつーか、わかってやってんだよ。2人とも必死になって探して、見つけて、頭下げてんのに。相手しないで帰るとか…そんなん通る訳ねーじゃん。ま、俺も2人に迷惑かけちまったからな!」
「ミズキ…」
その言葉に加え、ヒロシもこう言葉を口にする。
「いい勝負見せてくれよ、時雨ちゃん。お前さんのバトルを見物するために、俺様やトオルさんたちも箱根からわざわざ首都高まで…ガソリン代を何とかヒネりだして来てるんだ」
「トオル、たちが…?」
「みんな見てぇんだよ!お前さんのバトル…『箱根の時雨』の修行の成果を!ゼロヨンチャンプにも勝って、今後『D1ライツ』や『D1グランプリ』といったプロの世界に出場するであろう時雨ちゃんが…どれだけ速くなったか、見せてもらうぜぇ!!」
「ヒロシ…」
「……わかった」
奈美子が茫然と言葉を口にする一方、時雨は軽くこくりと頷いて返事した。
このバトルは首都高での武者修行の一区切りになるかもしれない。そう時雨も思った。
そしてそんな一種の「集大成」の場を用意してくれた2人には感謝しかない。
するとその様子を見たトシゾウが、高笑いしてこう言った。
「ガーッハッハッハッハ!!いつの時代もバカ野郎ばかりだな…そこのブロッコリー頭と派手な山芋、もう一度、俺が行ったように連絡をしろ」
「う、うっす」
「はい!」
ヒロシとミズキが返事をすると、トシゾウがこう言葉を漏らした。
「ライジング・サンは今夜一度だけ、最も早い奴とバトルをする。認められたければ、這い上がってこい」
そうトシゾウが言い、ミズキがフリック入力でSNSに送信していく。
そして送信したところで、ミズキがトシゾウに声高らかに報告する。
「入れました!」
「ようし…今日は祭りだ!バトルしたい車乗りの大馬鹿野郎は俺の車について来やがれ!ガーッハッハッハッハ!!」
そう言ってトシゾウは早々にバイパーに乗り込み、エンジンを始動させる。
「あっ!社長!お待ちください…私もお供します!!」
「よっしゃ、じゃあ俺も…」
「社長!」
「社長!!」
「お待ちください、社長!!!」
そう言って黒服たちも車に乗り込み、PAから出ていくバイパーを追いかけていく。
車の数は既に15台以上…PAから脱出するだけでも渋滞になりかけていた。
「トシゾウさん、やってくれたわね!」
「僕達も追いかけよう!」
「で、でも…!」
時雨と奈美子がPA出口を見ると、既に大量の車でごった返していた。
トシゾウのマシン…赤色のバイパーは既にPAを出て本線に合流してしまったようだ。
これではすぐには追いつけないだろう。
だがそれでも時雨はこう言った。
「…時間はかかるかもしれない。でも、あの人が首都高を降りない限り…会えるはずだ!今は行こう」
「え、ええ!時雨、行きましょう!」
そう言って時雨と奈美子はPAの隅っこに止められていた青のロケバニワンエイティに乗り込み、PA出口へと移動していくのだった。
そしてその様子を見送るかのように、ヒロシもSNSを見ながら愛車のAE86トレノに乗り込むのだった。
「やべぇ…SNSがスゲェことになってるぜぇ。箱根からもドライバーが…来てる!?こいつは見物だなぁ…ってあれ?」
AE86トレノのドライバーズシートで出発前にSNSを確認していると、ヒロシはある内容に気が付いた。
「『早々にPA脱出成功www ライジングサンになれるwww 時雨ちゃんとランデブーしてやるしwww』…あいつも懲りねぇヤツだぜぇ…」
そう呆れたヒロシも、ギアを1速に入れてAE86トレノを発進させるのだった。
◇ ◇ ◇
―――ミズキがSNSに情報を送信してしばらくした後、チューニングショップ「PRIDE」。
ショップにおいて、スマートフォンを確認していた一人の女性がレオに話しかけた。
「…レオさん。どうやら、レオさんが話していたドライバー…『箱根の時雨』が首都高でバトルするみたいです」
「ほう?それで?」
「…どうやら関東中から走り屋たちがやってくるかと」
「タハーッ!相変わらず元気だねえわけー走り屋ってのは…んで、どうする?お前さんもバトルしに行くか?」
「…いえ、まだ首都高は慣れないので…」
ショップオーナーのちょい悪親父と、そこにやって来ていた技能実習生らしき黒髪ショートヘアの女性。
レオは走り屋であるが、女性の方は…『まだ』、走り屋ではなかった。
それも当然と言えば当然。彼女はまだ時雨とほぼ同じ…あるいはそれ以下の年齢。
車の免許もつい数か月のまだ若葉マークを付けている状態だったからである。
そして、仮に講習で首都高を走ったとはいえ…本気で走るのはあまりにも危ない。
そうである以上、自分としては気になっていても…追う事は断念せざるを得なかった。
だが、その様子を見かねたちょい悪親父がこう言葉を続けた
「じゃー折角だし俺のFD3Sの助手席に座りなよ!ついでに家の方まで送るからさ」
「いいのですか?」
「オーバーホールしたから慣らし運転も行きたいし…『箱根の時雨』って呼ばれるドライバーは、お前さんも気になるんだろ?横に乗っける以上バトルする気はねえが、まあ後ろから追走くらいはできるはずだ」
「…そうですね。では、お願いします」
「よーし、じゃあ準備だ!すぐに出るぞ」
チューニングショップにいたチョイ悪親父と、時雨と年齢の近い黒髪ショートヘアの少女は、首都高へと向かう準備を整え…黒色で黄色のレーシングステッカーの入ったのFD3S "Fatal Stinger・改"に乗り込むのだった。
―――都心環状線内回り、汐留JCT。
推奨BGM:TOKYO FUTURE(from SUPER EUROBEAT vol.92)
八重洲線との合流を抜け、汐留トンネル方面へと走っていく青色のロケットバニーエアロワンエイティ。
右車線を走るワンエイティのドライバーは当然…時雨だった。
「(っ…こっちじゃなかったか)」
複雑怪奇に路線が存在し、そしてその各路線においても高速コーナー、直角コーナー、ヘアピンコーナーと、様々なコーナーだけでなく、超ロングストレート、ミドルストレート、バンプのオンパレードとなる、『首都高』という無限回廊。
だがどうやら、トシゾウのバイパーは都心環状線内回りではなく…浜崎橋JCTで外回り方面へと向かってしまったのか、はたまた八重洲線に向かってしまったようだ。
時雨としては直ぐにスピンターンしたかったが、仮にも一方通行の高速道路という関係上逆走は許されない。
やむを得ず、江戸橋方面へとマシンを走らせるのだった。
「(首都高は箱根の峠道みたいに一本道だらけというわけじゃなく、様々なコース…路線が交錯して、雁字搦め同然のような構造になっている。一般道路に降りる出口も左にあったり右にあったりで一定じゃない…)」
ここにきて、車探しにおいてはあまりにもマイナスに働く「首都高の構造」が露呈していた。
そして時雨はその状況に翻弄されかけていた。
いくら八重樫線と都心環状線の一部エリアだけを走っているとはいえ、首都高には都心部だけでも八重洲線、深川線、上野線、新宿線、渋谷線、向島線、台場線など…時雨にとっては「それはどこ?」と言わざるを得なかった。
しかも都心環状線は汐留から江戸橋までの一定区間しか走っていない。
環状線の芝公園から先、飯倉、霞が関、三宅坂、竹橋、神田橋部分までは未踏の地だったのである。
そうなると、一旦は自分の土地勘がある場所を走るしかない。
そう思って環状線内回りへと駒を進めたのはよかったが…どうやら、賭けは失敗に終わったようだ。
だが、そんな中で目の前にある車が見えた。
汐留トンネルを抜けたところだった。
「(…あれは!)」
左車線を走る、青の縦線レーシングストライプを付けた赤いS13シルビア。
自分が知っているマシンだった。
アパレル店長のミズキ…本人のマシンである。
だが、その走りはどちらかと言えば遅い。
第3コーナー、第4コーナーの左から右への連続コーナーへS13シルビアは突入しようとしていた。
汐留トンネルを抜けてアクセルを全開に踏み込んでいる時雨だったが、目の前の障害物の存在を把握していた。
第3コーナーをドリフトしているマシンは、あまりにものろく感じられた。
この先のストレートで追いついてしまうだろう。
ウインカーを出して左車線に移り、第3コーナーへ向けて疾駆するワンエイティ。
目の前には第3コーナーの左直角コーナーが迫る。
「―――!」
コーナー直前でアクセルオフ、ブレーキを踏み込みんで突っ込み気味にコーナーへ。
160キロ台だったマシンは130キロまで減速する。
ハンドルを90度以上左に曲げ、アクセルを踏んだところでリアが一気に滑り出す。
後輪が滑り出していく最中、今度はハンドルを左から右へと切り返す。
カウンターを当てながらワンエイティはドリフトしていき、130キロ台でドリフトし続ける。
「(すぐに…追いつける!)」
コーナー中間で今度はアクセルオフ、ハンドルを右に切り続ける。
左コーナーから右コーナーへと変わる最中、ワンエイティのドリフトの向きも左から右へと変わっていく。
そして右に変わったところでアクセルを踏み込み、今度は左へとハンドルを切り返してカウンターを当て返す。
130キロ台を維持するワンエイティが、2つのコーナーを1つのコーナーに見立てるかのように駆け抜けていく。
まるでボクシングのデンプシーロールの様に、左から右へと勢いを維持しながらドリフトしていく。
だが、第4コーナーは直ぐに終わりを迎え、目の前には超ロングストレートが開かれた。
「……!」
コーナー出口付近でアクセルオフ、徐々にドリフトが収まっていくワンエイティのハンドルをニュートラルに戻し、タイヤの滑りを抑制していく。
タイヤの滑りは徐々に収まり、スキール音は消えた。
前輪と後輪が完全に同じ方向を向いたことを認識した時雨は、そこでアクセルを全開に踏み込むのだった。
「(き、来た!?)」
一方のミズキ。
後ろから眩い光がバックミラーに光ったかと思いきや、その光が突如として大きくなった。
ストレート区間を走っているにもかかわらず、速度は120キロも出ていない。
ストレート区間ではあまりにも遅い速度と言わざるを得なかった。
「(悪いけど付き合っている暇はない…通してもらう!)」
S13シルビアに肉薄するワンエイティ。
そしてそのままテールに付く寸前にウインカーを出し、左車線から右車線へ。
速度は160キロ以上出ていた。
「うわあっ!!」
ミズキの口からはそう悲鳴しか出なかった。
何せ速度差40キロ以上…明らかに自分は相手にされていなかったのである。
全てがスローモーションのように、後ろに付かれたと思いきや、あっという間に横に並ばれ、そのままオーバーテイクを許してしまった。
車間距離はみるみる広がり、ストレートエンドで既に70m以上…否、それ以上まで広がっていく。
そしてミズキがワンエイティを認識した次の瞬間には、既にワンエイティは1つ目の橋脚付近を抜けていた。
完全にS13シルビアは相手にされていなかった。
「(は、速すぎる…!!)」
アクセルを踏んでも120キロ台しか出ないS13シルビアにとっては、もはや完全にお手上げも同然だった。
ほぼ減速せずに高速コーナーに飛び込んでいくワンエイティに対し、こちらはブレーキが不可欠。
そんな状態では、追いつけるはずもないのである。
元からわかっていた勝負とはいえ、ミズキは完敗を認めざるを得なかった。
そして完敗を認めたミズキは、泣く泣く京橋出口で首都高を降りて脱落するのだった。
「さっきの車は追い抜いたけど…何とかして、トシゾウさんを追わないと」
一方のワンエイティの車内。
2つ目の橋脚を抜け、江戸橋JCTへのストレート区間で、時雨はそう奈美子に言った。
誤ったルートを選んでしまった以上、何としてでもUターンする必要がある。どこかで降りて再び環状線外回り方面に行く必要がある。
すると時雨の言葉に対し、奈美子が提案してきた。
「時雨、上野線に入って本町出口でUターンすれば…仮に環状線外回りから戻ってきた場合、追いかけられるはずよ!」
「そっか…アクツさんの時と同じやり方で!」
「ええ、急ぎましょ!モタモタなんてできないわ!!」
奈美子の言葉に対し、時雨はこくりと頷いた。
ストレート区間を200キロ台で疾駆していくワンエイティ。
3つに分岐するJCTにおいて進路を真ん中の上野線に向け、Uターンを急ぐのだった。
―――一方でSNSでは、既に一般道に降りて駐車していたミズキによってこんな投稿がされていた。
「やっぱムリwww いや、マジで…「箱根の時雨」は首都高の『期待の新星』だわ…」
時雨の走りは、首都高のドライバーたちを熱くさせる魔性があるのは間違えない事実だった。
―――上野線上り方面より、都心環状線外回り方面。
推奨BGM:WOMAN IN TOKYO(from SUPER EUROBEAT vol.64)
「なんて光景なの…東京中のドライバーだけじゃなくて、箱根のドライバーたちまで首都高に集まっているわ…!」
上野線から都心環状線に合流したところで、奈美子が首都高の光景に驚愕していた。
首都高の至る所に東京中の走り屋らしきマシンたちがやってきている。
恐らくSNSの投稿を元に集まってきたのだろう。
それほどまでにあの発信は影響力があったようだ。
すると、京橋JCTのストレート付近を走りながら、都心環状線方面に向かおうとしていた時だった。
奈美子の電話が鳴った。
「電話…?もしもし?」
「ハーッハッハ!首都高でも相変わらずだな、ナビ子、時雨!応援しに来たぜ!!」
豪放な電話越しの声。
その正体は言わずもがなだった。
音声をスマホのスピーカーに変えて時雨にも聞こえるようにする。
「トオル?まさか首都高に?」
「レザーショップの仕入れと後輩の様子見で来たんだが…足立ナンバーのパープルの33GT-Rを見なかったか?」
「足立ナンバーのパープル…?」
「…あれは!」
そう言って、時雨が気が付いた先にいたのは…例のホスト男が操るBCNR33だった。
車間距離は100m以上離れており、既に第1コーナーの橋脚付近を丁度通過しようとしていた。
「『ライジング・サン』がこの首都高にいる以上…何が何でも探し出してやる!!」
一方こちらはセイヤ。
遂に自分が求めた「ライジング・サン」が首都高に現れたという事もあって、仕事もほっぽり出して首都高へ繰り出していた。
アクセルを全開で踏み込んで、とにかくどこかにいる「ライジング・サン」に追いつかなくてはいけない。
そして先ほどまで環状線外回りにいたという話を聞いた以上、ここを走る必要があるのは分かっていた。
「いま京橋JCT付近の…目の前にいるわ。後輩って、もしかしてセイヤさんの事?トオルももしかして、元ホストだったの?」
「店を出す時の資金稼ぎにちょっとだけ…な。あいつはそん時の後輩で面倒見てやったんだが…今の状態じゃあいつも豹変してるんだろ?アイツから連絡があって顔出したらこのザマか…全く、変わらねえな」
ハンズフリー電話越しのトオルは、そう言って呆れているのがわかった。
奈美子が時雨を見ると、目線だけ合わせてこくりと頷いた。
それは言わずもがな、「僕に任せて」と言わんばかりの表情だった。
そしてそれを見た奈美子は、トオルに対してこう言うのだった。
「トオル、私たちに任せて!またバトルすると思ってたから…一旦集中させてもらうわ!」
「おっ、やってくれるか?なら、頼むぜ!あとでまた電話する!倒してくれたらガソリン代のオマケ付きだ!」
そう言ってスマホの通話は終了した。
そして終わったところで、奈美子が時雨に発破をかける。
「時雨、行きましょう!セイヤさんを追い抜くのよ!」
「わかった…踏んでいくよ!」
110キロ台を維持していたワンエイティのアクセルを全開に踏み込む。
ストレート区間で一気に速度は180キロ台まで加速する。
最初の橋脚に突入しようとしたところで、時雨はブレーキをフラッシュさせ、ハンドルを左に曲げてアクセルを再び踏み込む。
上りの高速コーナーを、左車線でそのままドリフトしていく。
橋脚付近からドリフトし始め、ハンドルを右に曲げてカウンターを当てつつもそのままの勢いで上り坂を駆け上がっていくワンエイティ。
そしてコーナー出口でアクセルを抜いたかと思いきや、直ぐにハンドルをニュートラルに戻し、アクセルを全開で踏み込んで加速していく。
新富町出口付近を走っていたBCNR33…33GT-Rに、時雨のワンエイティは一気に詰め寄っていく。
「き、来た…!あのヘッドライトは…時雨のワンエイティ!」
後方のヘッドライトの存在で、ワンエイティが迫っている事は直ぐに確認出来た。
新富町付近の高速コーナーも右車線で抜け、ストレートに向けて加速していく。
速度は135キロを示していた。
コーナーを抜け、2つ目の橋脚に突入しようとしている。
「(悪いが通させな…)」
だが、そう思った瞬間だった。
ワンエイティはBCNR33を相手と見ていないかのように、橋脚を通過する際中に追い抜いてしまった。
この時点で、ワンエイティの速度は軽く180キロ以上は出ていた。
ワンエイティがBCNR33を追い抜いてしまうのはあっという間であった。
「(なっ…!)」
その速度差はあまりにも無慈悲でありあまりにも圧倒的だった。
50キロ以上の速度差である以上、ストレート区間でも差を付けられてしまうのは言うまでもない。
差を詰められるのも、差を付けられるのも圧倒的だった。
そしてこうなってしまった以上、セイヤにとってはある物に頼らざるを得ない。
「くそっ…!」
そう言ってセイヤはハンドルに取り付けられていたニトロスイッチに右手親指を伸ばした。
ただでさえスピード負けしている以上、こうでもしないと追いつけない。
本来はライジング・サンとの戦いで使うべきニトロだったが、ここで置き去りにされてはたまらない。
使わざるを得ない状況であった。
ニトロスイッチを押された事で、BCNR33は一気に加速していく。
だが…
「(差が縮まらない…!)」
一瞬出た180キロと維持し続けている180キロ。
そんな状態では追いつけるはずもなかった。
高架下区間を駆け抜け続ける2台の差は、距離にして既に50m程はあった。
だが、ストレートエンドに存在するのは左から右への連続複合コーナー。
ストレート区間でぐんぐん離されているとはいえ、あの車だってちゃんと減速しないとコーナーは突破出来ないはず…そうセイヤは思っていた。
だが、ワンエイティがコーナーに突入しようとしていた瞬間だった。
「―――!」
ブレーキをかけて右を向いたかと思いきや、そのままの勢いで左へと大きく旋回するワンエイティ。
彼女のお得意技でもある「振り子の原理」の応用…フェイントモーションだった。
そのコーナー速度は通常以上とも言わざるを得なかった。
そしてその通常以上の速度で、ワンエイティはコーナーの先へと消えていく。
「(くっ…あんな派手なフェイントモーション、俺にも!!!)」
遠くから見ても分かる派手なフェイントモーション。
仮にあれで素早くコーナーを抜けられるのであるならば、自分でもマネしないわけにはいかない。
セイヤにとっての負けん気が強くなる瞬間だった。
ブレーキをフラッシュさせたかと思いきや、ハンドルを一気に右に150度以上曲げる。
そしてそこからアクセルオンとサイドブレーキで一気に33GT-Rを強引にドリフトさせる。
だが、次の瞬間だった。
「(角度を付けすぎた!?立て直せない…!)」
ハンドルを左に曲げたのはいいが舵角を付けすぎた事で予想以上に振り回しすぎ、ハーフスピン同然に。
一定の速度が出ていたとはいえ、サイドブレーキを用いて角度を付けすぎた結果…重い33GT-Rでは立ち直しが出来ない程までの角度が付いてしまった。
そしてハーフスピンになった以上、幾ら右にカウンターを切ったところでもう立て直すのは不可能と言っても過言ではなかった。
BCNR33が右回転を始める中、ブレーキをかけ、何とか接触しないようにする。
「くそっ…!!」
制御不能同然の中、必死になってブレーキを踏み込んで減速する33GT-R。
マシンの限界を超えたオーバースピードでコーナーに突っ込み、無理にフェイントモーションを決めようとした結果…33GT-R路肩付近へと吸い込まれるかのようにスピンして停車したのだった。
最も幸いだったのは、壁にぶつかる寸前で何とか停車する事が出来た事か。
「………」
セイヤは悔しさと同時に、何としてでも車を速くしたいと考えるのだった。
あんな速さであれば、間違えなくライジング・サンに追いつけるだろう。
それほどまでに、あのワンエイティは速かった。
「(…後ろは完全に追ってこなくなった)」
一方こちらは後方のBCNR33は完全に置き去りにし、汐留トンネルを抜けて最終ストレートを走るワンエイティ。
バックミラーに視線を移すと、BCNR33の姿は完全になかった。
すると、SNSの内容を確認していた奈美子が時雨に声をかける。
「時雨!さっきのバイパーが、八重樫線に移ったって話が流れて来たわ…!」
「何だって?じゃあ…!」
「ええ、急いで八重樫線に移動しましょ!!」
「わかった!」
ワンエイティは汐留から浜崎橋方面へと向かい、そのまま八重樫線方面へと走っていくのだった。
◇ ◇ ◇
―――一方、スピンして停車したセイヤのマシンにて。
「…クソっ、箱根の時雨…!!まだチューンが足りねえっていうのか。だったらまたアクツさんに謝金を…」
だが、そう言いかけたところだった。ウインドーをコンコンと叩く音がした。
「おい、誰だよ…って、と、トオル先輩!!」
右を向くと、そこには嘗ての先輩…神風のトオルの姿が。
左を向くと、トオルの愛車であるBRZがBCNR33とTボーン状態になるかのように停車していた。
どうやら、バトルの話を聞きつけてやってきていたようだ。
「おい、セイヤ!いい加減にしろよ!!てめぇ、またチューニングをして首が回らねぇって、俺に相談しに来たんだろ!」
「す、すいません…」
以前世話になった先輩の前において、セイヤはタジタジになるしかなかった。
「てめぇ、俺がスポンサーになった時雨と奈美子に迷惑をかけたそうだな?あれ程人様に迷惑をかけるなと言ったのに、バトルの結果も含めてこのザマか!!」
ここで衝撃的な言葉が飛び出した。
そう。トオルはレーシングチームの幹部の1人でありながら、スポンサーでもあるのだ。
「え、えええっ!?トオルさん、そんなの聞いてないですよ!!」
「当たり前だ!スポンサーになったのはつい1ヶ月ほど前…お前が連絡を仕掛けてこなきゃそんなの伝えねえよ!」
「そ、そんなぁ…じゃあ、あの車も…」
「…ああ、元はと言えば俺がアイツの才能を見出して素材を差し出したんだ。まあ見た感じ、アイツらは俺のチューン以外にも更に改良を加えたみたいだがな」
「……」
トオルの言葉に対し、セイヤは黙り込むしかなかった。
自分の先輩であるトオルが入れ込む程の才能の高さ。そしてそんなトオルから差し出されたマシン。
そう言われてしまうと、もはや自分がとても敵う相手ではないという事は嫌でも認めるしかなかった。
「ともかくお前、これ以上車のチューンは禁止だ!サーキットでも峠でもいいから、アイツみたいにもっと走り込んで腕を磨いて出直せ!!」
「は、はい…!すいませんでした、先輩…!!」
愛のある説教ではあったが、流石に自らの先輩であるトオルがスポンサーになった人間に対して迷惑をかけてしまった以上、セイヤはもう完全に白旗を上げるかなかったのだった。
「(それにしても本当に羨ましい走りだ。あれなら借金取りからも逃げられる…)」
BCNR33を本線に戻そうとしている時、セイヤは時雨に対して静かにそう思っていた。
◇ ◇ ◇
―――一方、同じ頃…八重樫線へと向かうワンエイティの車内にて。
「あれ…ダイレクトメッセージ?」
SNSの通知に気が付いた奈美子が、スマートフォンを確認する。
するとそこには、トオルからのメッセージが送られてきていた。
『世話掛けたな、ナビ子、時雨。セイヤの事は後始末しておくから、早いとこ『ライジング・サン』って車を追いかけろ!そのワンエイティで絶対に勝てよ!!』
ダイレクトメッセージの内容は非常に単純ながらも、激励としては完璧な程までの内容であった。
―――環状線を去り、10分程経過した後。
ワンエイティは佐々木PAに到着していた。
流石に東京中のドライバーたちを追い越しながらずっと走っている以上、時雨にも疲労がたまっていると見越した奈美子が休憩を入れたのであった。
だが、PAにいた先客は…2人が良く知る借金取りだった。
「いよう、お2人さん。相変わらず飛ばしているみたいだな…『ライジング・サン』も見つけたようだし、言う事なしだなオイ!」
そう言って借金取りの男…アクツが時雨と奈美子のワンエイティの方へとやってきた。
「アクツさん…」
「ど、どうしてここに?アクツさんも『ライジング・サン』を追いかけて走ってるんですか?」
疑問を口にした奈美子に対し、「冗談きついぜ」と言わんばかりに男は言葉を続ける。
「オイオイオイ!そんなわけねーだろ!あのホストがまーた懲りずに借金をしてな…こうやってわざわざ首都高に出向いて、探しているに決まってるだろう?」
「セイヤさんが、また借金を…?」
アクツの言葉に、時雨はどこか呆れたかのように返事をした。
「困った奴だろ?そこでだ…お前らに聞きたい。車狂いのあのクソホストは、どこにいる?」
「え…」
「…分かってるなら、さっさと言え」
2人に詰め寄るかのように、アクツが問いただす。
先日会った時よりも目が本気だった。どうやらセイヤは以前よりも更にお金を借りたようだ。
するとその質問に答えたのは、時雨だった。
「…さっき、環状線の方にいましたよ」
時雨は正直に答える事にした。
その方が、自分自身にとっては無害であると思ったからであろう。
時雨としてもこの場は早く乗り越えたいと思ったようだ。
「ほう?都心部にいたという事か?」
「はい…途中で立ち往生したみたいですが」
「立ち往生?事故ったのか?」
「いえ…曲がり切れずスピンしたってところでしょうか」
「…なるほどな、まあいいわかった。時雨が言ってる事は本当みたいだしな。いずれ礼をしよう」
アクツは時雨の言葉に納得したかのようにそう言った。
どうやら時雨の純粋で円な瞳を見て、彼女が本当のことを言っているという事を感じ取ったようだ。
引き抜かれた矛は徐々に元の鞘に収まっているように見えた。
だが、そんな時だった。
「あ、あの…セイヤさんは、しっかりした人が更生させようって、いま説得しているみたいです!」
セイヤは決して悪い人ではないと説得しようとする奈美子。
だが、その言葉がアクツの琴線に触れた。
推奨BGM:FIRE TO THE EUROBEAT(from SUPER EUROBEAT vol.151)
「更生だと?あのボンクラ野郎が?」
「な、奈美子…」
表情からしてマズいかもしれない…時雨はそう感じた。
「オイオイオーイ!折角時雨が正直に答えてくれたって言うのに、奈美子…冗談キツいぜ。笑うに…笑えねえよ!!」
奈美子の言葉はアクツを怒らせるに十分だった。
ビビった奈美子が時雨に声をかける。
「ひいぃ!!時雨、休憩終わり!に、逃げるわよ!!」
「っ…!」
「あっ、おい待て!」
そう言ってアクツから逃げるようにワンエイティに乗り込んだ時雨と奈美子。
エンジンを始動させ、佐々木PAから鈴森PAへとマシンを走らせることになる。
「時雨には申し訳ねえが…あいつら、タダじゃおけねえなオイ!」
ワンエイティが発進するのを見て、アクツも急いでチェイサーに乗り込んで八重樫線へと向かうのだった。
◇ ◇ ◇
「(八重樫線に逃げ込んでしまえば、こっちのものだ…)」
八重樫線に合流したワンエイティは右車線へ。
視界も前方の道路状況もクリアだった。
そんな中で、ワンエイティを追いかけて後方からチェイサーが迫ってくる。
「(ククク…逃がしはしねぇよ!)」
チェイサーも左車線から右車線へ。
2台がテールトゥノーズとなったところで、第1コーナーが迫る。
「―――!」
「……!」
アクセルオフからブレーキをフラッシュさせたかと思いきやハンドルを左に曲げ、後輪を滑らせる。
第1コーナーの高速左コーナーを、2台がドリフトしていく。
その差は殆どない。
下手をしたらぶつかってしまうレベルである。
「(後方からのプレッシャーがあるけれど…まだ、僕でも太刀打ちは出来そうだ)」
先行する時雨も、アクツからのプレッシャーを感じ取っていた。
だが、そのプレッシャーは初めて会ったときほどではない。
どうやら自分にもある程度の貫禄が付いてきたようだ。
そんな事を時雨は思っていた。
第1コーナーを抜けた2台の前に、第2コーナーの右ロングコーナーが迫る。
「(奈美子の言葉で怒っている以上、間違えなく仕掛けてくるはず…ならば、こちらは受け流すのみ!)」
「(俺から逃げようと思えばいくらでも逃げれるのに…どこか余裕そうだな。舐められたもんだ)」
後方から追撃するアクツのチェイサー。
その距離は文字通りのテールトゥノーズだった。
だがアクツは時雨が本気を出していない事もよく理解していた。
自分の事を舐めているのか?
「(いや、ライジング・サンを追いかける為にタイヤを温存しているのか?…まあ、どちらにせよ関係ないか)」
ライジングサンを追いかける為にタイヤなどのマシンコンディションを温存しているのか?
そうもアクツは思っていた。
そしてそう思った直後、第2コーナーの右ロングコーナーへ2台が突入する。
「……」
「っ…!」
ブレーキをフラッシュさせたかと思いきや、リアを振り回して一気に右に曲がっていくワンエイティ。
そしてそれを追うかのようにチェイサーもサイドブレーキを引いてドリフトさせる。
最小限のブレーキングとサイドブレーキを用いた派手なドリフト。
どちらが速いのかというのは言うまでもない事だった。
「(やはり…速いな、時雨…)」
ワンエイティのリアがチェイサーのノーズから引き離されていく。
ドリフトの角度も浅めだ。
一方で全開走行で豪快にドリフトしたチェイサーは、角度を付けすぎていた為かみるみる引き離されていく。
あっという間に車間距離は1台分、いや2台分近くまで離された。
「―――」
コーナー区間でアクセルを踏み込み、アクツとの距離を引き離していくワンエイティ。
速度は160キロ近く出ているが、それでもタイヤは確実に地面に食いついていた。
時雨の視界にコーナー出口が映ったところで、アクセルオフ。
カウンターの為に曲げていたハンドルを左からニュートラルに戻し、再びアクセルを踏み込む。
「(仕掛けるとしたら…シケインの先のヘアピン!)」
アクツは度胸試しの為に何かを仕掛けてくるだろう。
進路妨害、後方からのプッシュ。
奈美子の言葉に激怒した為に頭に血が上がっている彼なら、どちらもやりかねない。
なら、どうする?
相手が仕掛けてくる可能性が少しでもある以上、あえて隙を作って罠に引っかけるか。
少し邪道な手段にはなるかもしれないが、追いかけてこないようにするためにはそうするしかないだろう。
そう時雨は直感した。
そして直感と共に、ワンエイティは第3~第5コーナーの左から右、左へのシケイン区間へと突入する。
「―――!」
ブレーキを軽くフラッシュさせ、ハンドルを軽く左へ。
スピードに乗ったワンエイティのリアが滑り出す。
滑っていく中で時雨はハンドルを右に切り返し、アクセルをある程度踏み込んでカウンターを当てる。
それはまるで、アクツの存在を待っているかのようだが、それでもその速度はアクツにとってはマシンのスペック以上であり、付いて行くのに精いっぱいと言ったところだった。
左から右への連続コーナーで、時雨はアクセルオフからハンドルを右に曲げ続けて逆ドリフトを決めていく。
そしてそのまま第4コーナーの右コーナーを抜けたかと思いきや、アクセルを踏み続けながら第5コーナーのシケインの最期のコーナー…左コーナーへと突入する。
ワンエイティとチェイサーの差は確実に開いていた。
「(シケインで更に距離が離される…だがケツに一発突っ込めば、そんな軽量スポーツカーなんてすぐ吹き飛んじまうだろうなオイ!)」
車重が想いチェイサーを何とか連続コーナー地帯でドリフトさせるアクツ。
幾ら自分の体が強固なものであるとはいえ、チェイサーの車重はやはり重い。
左から右、右から左へと連続するコーナー地帯で必死にアクセルとブレーキを操作し、ワンエイティに食らいつかんとする。
だが、ワンエイティの素早さに対し、チェイサーの走りはどちらかというと愚鈍なものだった。
それでも何とか立ち上がりのパワーで食らいつこうとするチェイサー。
振り切られんとする中で、チェイサーが開くためにやるべきことは…捨て身同然の特攻走りだった。
車間距離が車2台分まで開かんとする中で、アクツはアクセルを全開で踏み込み、右車線から左車線へはみ出ようともアクセルを緩めない、文字通りのセオリー無視の走りをするのだった。
第4コーナーも第5コーナーもドリフトをせずに、マシンのパワーに物を言わせてアクセル全開で駆け抜けていく。
車線をはみ出ようが、路肩に飛び出そうがもはや関係ない。
時雨を撃墜戦と言わんばかりで激走するチェイサー。そしてそれを何処か待っているかのようなワンエイティ。
2台が第6コーナーの右ヘアピンコーナーへと近づく。
「(この先のヘアピンでお見舞いしてやるよ!!)」
ノーブレーキで突っ込む勢いでワンエイティの後方から迫るチェイサー。
右車線を維持したワンエイティがヘアピンに対し、フルブレーキングを仕掛けた。
速度は一気に落ちていき、車間距離は一気に詰まっていく。
「(今だ!!)」
アクツは完全にこのタイミングを待っていたかと言わんばかりに平然とヘアピンコーナーにアクセル全開で飛び込んでいく。
ワンエイティのリアにチェイサーのノーズが一気に迫っていく。
もしこのまま時雨がワンエイティのブレーキングをし続ければ確実に後方から特攻して追突事故になってしまうだろう。
車間距離が一気に詰まっていく。
だが、次の瞬間だった。
「(…ここだ!)」
ハンドルを左に少しだけ曲げてヘアピンに飛び込んだ時雨。
しかしチェイサーが後方に迫ったところでハンドルを一気に右に切った。
マシンは左から右へと一気に回頭する。
お得意のフェイントモーションを使ったかと思いきや、速度は110キロ台から130キロ台へ。
きっちりブレーキで減速させたかと思いきや、アクセル全開で立ち上がることでテールスライドを誘発。
そしてそのままの勢いでドリフトしていくワンエイティ。
フェイントモーションを付けた事でアウトに膨れる事もなく、右車線から内側の路肩までノーズを突き出したまま、速度に乗って車線上をなぞるかのように駆け抜けていく。
オーバースピードではあったが、アウトコースに膨れることなくドリフトしていた。
そしてそれにアクツのチェイサーもついてくると思われる。
だが…
「(何っ!?)」
ワンエイティのコーナーへの突っ込みはアクツの想像の上を言っていた。
ブレーキングポイントが遅れていたこともあり、同じ突っ込みでは飛び込めない。
いや、突っ込むことは出来ていた。
だが、軽量スポーツカーと重量セダンであった場合、同じコーナーに一定以上のスピードで飛び込んだらどうなるか?
答えは単純だった。
「(外に…膨れる!!)」
ワンエイティが車線上をドリフトしていくのに対し、チェイサーは車線を逸れて左車線の路肩へとコースアウトしていく。
サイドブレーキを引いたことでドリフトしてはいるが、完全にアンダーステアが出ていて外に逸れていく。
スピードも出過ぎていたこともあり、完全に進路を逸れて壁へと向かっていくのだった。
「くっ…!!」
ハンドルを思いっきり右に曲げ、強引にチェイサーをドリフトさせるアクツ。
ドリフト角度は明らかに付けすぎているレベルで、下手したらスピンしかねない角度だった。
だが、次の瞬間だった。
ガッ!!
「っ!?」
チェイサーの縦長のボディが仇となった。
思いっきり横に振り回したことにより、全長が原因で左後方が壁に接触してしまったのである。
ドリフト方向とは反対側の力が作用した事により、右回転のドリフトをしていたチェイサーは一気に左回転を始める。
「く……!!」
慌ててブレーキを掛けながらハンドルを左から右へと曲げるアクツ。だが、車重の重いチェイサーはそうたやすく言う事を聞かない。
ハーフスピン同然になったところで、チェイサーは何とか停車した。
「っ…なんてこった…」
本気で突っ込むつもりはなかったとはいえ、向こうの罠に見事なまでに引っかかってしまった。
自分の頭がカッカしていたこともあるが、時雨はどうやら自分の走りを見切っていたようだ。
まあ、進路妨害やバンパープッシュ未遂をやりかけたのだから警戒されるのも無理はない話ではあったのだが。
アクツは完全に負けを認めるしかなかった。
「…後ろのヘッドライトは?」
「大丈夫、完全に逃げ切れたみたいだわ…この調子で走りましょ!」
一方、最終ヘアピンを抜けたワンエイティ。
最終ストレートに入りかけたところで、時雨が奈美子に後方の様子を確認した。
どうやら完全に振り切る事が出来たようだ。
「それにしても本当に驚いたわ…完全にアクツさんを手玉に取ってたわね、時雨」
「何をやるか分からないから、かなりの博打だったけどね」
「…ごめん、時雨。私が余計な事言ったから」
時雨の言葉に対し、奈美子は余計な事を言ってしまった事を後悔しているようだった。
「まあ…次は気を付けてくれればいいよ。でも、セイヤさん大丈夫かな?」
「さっき時雨が正直に答えた以上、アクツさんもきっとわかってくれるはずよ…多分」
「多分、って…」
奈美子の言葉に対して苦い顔をした時雨だったが、今はとにかく「ライジング・サン」を追いかけるのが一番。
鈴森PA方面へと走らせる。
「(もし八重樫線の下り方面に走っていたら…鈴森PAでUターンする必要がある。急がないと…!)」
鈴森PA方面へと走らせる時雨。
その顔には徐々に焦りの色が出始めていたのだった。
「(全く、何てヤツだ…環状線方面に移動して、一度休憩でもするか。傷の確認もしたい…それに今日は更にもう1人取り立てなきゃいけない『箱根のカモ』がいるからな。首都高のどっかにいるはずだ…)」
一方のチェイサー。
アクツは接触事故で頭が冷めたものの、セイヤの他にも追うべきドライバーがいた事を思い出していた。
変に時雨を追いかけたところでこれ以上は追いつけない。
そう思ったアクツは八重樫線を去り、環状線方面へとチェイサーを走らせるのだった。
すると、アクツのスマホが鳴った。
ハンズフリーでアクツは電話に出た。
「思っていたところに…おう、見つかったか?よしわかった、すぐ行く…」
そう言ってアクツはチェイサーを目的地へと動かすのだった。
◇ ◇ ◇
―――数十分後。
「くっ…時雨の奴め、真の一流の走りを見せつけてやるために、借金をしてまでチューンをしたと言うのに…一体何処にいる…?」
アクツが部下から言われた場所、そこにいたのは時雨も顔見知りの顔に血しぶきのようなボディペイントを付けた男…"天使の咆哮"ジュンだった。
だが、彼がいた場所は…首都高は首都高であっても、場所は違った。
「首都高を走っているのではなかったのか?PAで待ち伏せしていたのに…」
ジュンはPAで時雨の事を待ち伏せしていた。
だがその場所は芝浦でも鈴森でも佐々木でもない…向島線の駒形PAだったのである。
バトルの路線からも少し離れた場所で、しかもどちらかというと都心環状線、新環状線などよりはマイナーな向島線。
東京に来ることは仕事の関係では多けれど、バトルは珍しいジュンにとっては場所を誤ってしまったようだ。
「…そうか、あいつはこの一流の私を恐れて既に首都高を降りた…そういうことだな!!」
ジュンは一人そう納得していた。
だが、そう言っていた時だった。
「オイオイオイ!ポジティブだな!お前のようなスピード狂は信用できる。だから俺のような優しいお兄さんが、金を貸してやる。いい関係だよなぁ?」
その声にジュンの背筋が凍った。
自分が知るあまりにも恐ろしい人間の声だ。
「そ、その声は…!」
そう言って振り向くと…やはりスーツで左目に傷をつけたサングラスの男、アクツとその部下たちがいた。
そして部下たちはとっさにジュンの周りを取り囲む。
そんな中で部下たちをかきわけるようにして、アクツが歪んだ笑みを浮かべながら両手を広げて現れた。
「き、貴様は…!」
「でもたまに、その信頼関係を壊して姿を暗ませようとするヤツがいる。そいつの名前は確か…『天使の咆哮』こと、ジュン君だったかなぁ?」
アクツの言葉に部下たちの笑みがこぼれる。
「オーイジュンくーん!取り立てだよ~!お兄さんが埠頭までエスコートするよ~!マグロ漁船か保険金スマキどっちのコースか選べ…待ってやるからよ」
ジュンに顔を迫るアクツ。
アクツの迫力に対し、ジュンは完全に冷や汗をかいていた。
そしてその表情もおぼつかない。
だが彼は強がりながら言葉を発する。
「…フフ…フフフ…!!お前のような下賎な借金取りでは、一流の私を捕まえることなどできぬ!!決して…そう、決してェエ!!」
そう言った瞬間、ジュンは部下たちの間を押しのけて愛車であるGRスープラ…赤色にカスタムされたそれ…「BeatHolic」へと向かって咄嗟に乗り込んだ。
「あっ!逃げるつもりかてめぇ!!オイ、野郎ども!!ぜってぇ逃がすんじゃねえぞ!!」
「うす!」
「はい!!」
「待てこのヤロー!!」
そういって部下たちも各々の愛車に乗り込み、アクツも赤色のGRスープラを追いかけていく。
GRスープラに乗り込んだジュンは早々に駒形PAを退散し、アクツたちの追跡を振り切れんと逃げていくのだった。
―――八重樫線、佐々木PA方面。
推奨BGM:GOODNIGHT TOKYO(from Vibration EUROBEAT 10)
鈴森PAより、佐々木PAへ向けて、トシゾウの部下たちと共に疾走する赤色のRKクーペ。
先行するトシゾウのバイパーを追いかけながらも、第2コーナーを立ち上がったところだった。
「フフ…あんなに楽しそうな社長を見るなんて、何か月ぶりかしら」
RKクーペのドライバー…ヤチヨはそう静かに呟いた。
ここ最近仕事で多忙だったトシゾウだが、今夜のバトルにおいては完全にノリノリだった。
これまでにない速いドライバーとバトルできるという事が、彼にとって気持ちを高ぶらせているのだろうか。
だとしたらそれほどまでに、あの「箱根の時雨」や他のドライバーたちには魅力があるのだろう。
すると、一瞬だけではあるがバックミラーが一層光った。
リトラクタブルで外装を派手にした、青色のマシンが迫ってくる。
間違えなく「箱根の時雨」本人のマシンだった。
「あれは…!」
「ヤチヨさんの車だわ!あと少しでトシゾウさんの走る『ライジング・サン』に追いつける!時雨、頑張って!」
「わかった…追い抜くよ!」
ワンエイティの車内で、時雨と奈美子がそう話していた。
追い抜くと決めたからには、時雨はアクセルを一層踏み込んでいく。
第2コーナーを抜けたワンエイティが、第4コーナーに侵入しようとしているRKクーペに食いつかんと迫る。
後方から確実に迫るワンエイティに対し、ヤチヨは「来るべき時が来た」と思っていた。
「…例のドライバーにかかれば何百というドライバーなんか、相手にならないという事ですね。いいでしょう、短めながら私がお相手…」
ヤチヨが気合を入れた瞬間、彼女のスマホにメッセージが届いた。着信欄は「不出来な妹」と表示されている。
そこには「『箱根の時雨』と『
運転中のヤチヨには本文までは読めなかったが、着信相手からして内容は察せた。
「…あのバカも首都高に来てるのね。厄介事を2つも抱えて走る気はない…時雨、悪いけどこの先にはいかせませんから!」
第4コーナーである左直角コーナーを立ち上がり、加速していくRKクーペ。
速度は110キロ台から130キロ台へと加速する。
「(先ほどまでのバトルでニトロ勝負ではもう手が出ない…だとしたら何としてでもコーナー勝負で…)」
「(…ヘアピン後くらいには、追い抜く!)」
第4コーナーと第5コーナーの間のストレートでアクセルを踏み続けるヤチヨ。
一方で、第5コーナーである左ヘアピンの後くらいには追い抜くと腹を括った時雨。
140キロまで加速したところで、そのまま第5コーナーの左ヘアピンコーナーが近づく。
今は後方から追いすがるワンエイティを少しでも引き離して、社長に追いつかせるわけにはいかない。
とにかく今は限界までコーナーに突っ込んで逃げるしかない。
己の限界を越えなければあのワンエイティには勝てるはずもない。
そう思いつつ、ブレーキを踏んでハンドルを左に曲げる。
「―――!」
オーバースピード気味に第5コーナーの左ヘアピンコーナーに突入した。
速度は120キロ台である。
後輪を滑らせ、ハンドルを左から右に曲げてカウンターを当て続けるのと同時にアクセルを踏み続けるヤチヨ。
今は何とかして後方からの追撃を振り切る必要がある。
だとしたら自分が出来る事は必死になって逃げるのみ。
「っ…!」
コーナーの内側の路肩にはみ出し、インコース全開で攻め込んでいくRKクーペ。
左側の壁との隙間は時に10cmもないくらいだった。
クリッピングポイントを狙い、そのままの勢いで駆け抜けていく。
そしてコーナー脱出寸前にアクセルを抜き、ハンドルをニュートラルに戻したところで再びアクセルを踏み込む。
速度は110キロから130キロまで加速する。
「(流石にここまでやれば…)」
正直ヤチヨは命が足りなくなるかもしれないくらい焦っていた。
幾ら自分が首都高を走り慣れているとはいえ、あそこまで余裕のない走りは珍しい。
正直肝を冷やしている。
普段の走りでもあそこまで余裕のない突っ込みは珍しいし、伊達に社長秘書をやっている以上攻め込む時は攻め込めないとダメなものであるというのはヤチヨ自身も自覚していた。
そしてそれほどまでの走りをすれば、もう追いつけないだろう。
そう思って次コーナー…第6コーナーの右直角コーナーに向けてウィンカーを出しハンドルを右に曲げ、そのままブレーキを掛けた瞬間だった。
「(邪魔だ……どけ!)」
「なっ…!?」
第6コーナーの右直角コーナーに突入した瞬間だった。
風の音が妙に強くなったかと思いきや、アウトコースから…文字通りヤチヨの左サイド、つまり左車線…アウトコースからワンエイティがアウトからかぶせてきた。
第5コーナーを、あのワンエイティは限界まで攻め込んだ自分以上の速さで突撃し…そのままの勢いでRKクーペのオーバーテイクを図ってきたのである。
しかもあのワンエイティは第6コーナーに突入するにあたって殆どブレーキングをかけていないようだった。
いや、正確にはブレーキングは一瞬のフラッシュ同然。
そしてそのままの勢いで、左から右へとワンエイティの車体が振り回されていく。
どうやら見たところ、オーバースピードからのフェイントモーションでコーナーに突入していったのだろう。
そしてその速度は…間違えなくヤチヨのマシン以上の速度、130キロ…いや、140キロはおろか、下手したら150キロは出ていた。
それほどまでに強靭な足回りであったが、同時にそのレベルで突っ込める時雨のドラテクもかなりのものだった。
そしてそんな速度で追い抜かれてしまった以上、ワンエイティはRKクーペをもはや敵と認識していない…ただの一般車同然に判断していた。
第6コーナーを脱出する時点で、ワンエイティとRKクーペの車間距離はあっという間に車1台近くまで広がっていた。
それ程までの猛烈な速さだった。
だがそれと同時に、ヤチヨはある事にも気が付いていた。
「(あれは…青い、炎っ…!?)」
夜闇の中でもはっきりとわかる、時雨のワンエイティを包み込む青い炎。
ドライビングの化身…強者のそれがヤチヨには見えていた。
そんな青い炎は、まるでその姿を見た者の前から立ち去らんと言わんばかりにRKクーペを引き離していく。
それどころかそんな青い炎は第7コーナーに突入するまでもずっとドリフトし続けていた。
右を向いていたワンエイティが、機敏に左へと向きを変える。
慣性ドリフトなのか、逆ドリフトなのかは不明確ではあるが…
3つ続く連続コーナーコーナーも全く厭わないかのような勢いだった。
そんな青い炎は、第7コーナーを左車線上のドリフトであっという間に駆け抜けていく。
RKクーペの速度が120キロ台、ワンエイティは160キロ近い速度である以上ヤチヨでも心を折るのは容易だった。
「(まるで高速道路を走る火の玉だわ…速すぎる……)」
第7コーナー、第8コーナーの左直角コーナーと右直角コーナー…いわば3つの連続シケイン地帯を抜けたRKクーペだったが、第9コーナーの左ロングコーナーに突入した時点でワンエイティは視界から消え去っていた。
どうやらあのワンエイティは殆どブレーキなしでサイドブレーキドリフトあるいは慣性ドリフトでコーナーを駆け抜けてしまったのだろう。
幾らニトロを使わない状態でも、あそこまで振り切られてしまっては…もはやヤチヨには勝機は見いだせない。
第9コーナーをドリフトしていくヤチヨだったが、立ち上がりではアクセルをほとんど踏まず…マシンを加速させなかった。
経った数個のコーナーで、あまりにも圧倒的な実力差で追い抜かれてしまった以上…ヤチヨは負けを認めるしかなかったのだった。
◇ ◇ ◇
「ヤチヨさんは振り切ったみたいだわ!にしてもここに来るまで、首都高にはこんなにも走り屋たちがいるなんて…」
一方、こちらはワンエイティの車内。最終コーナーを立ち上がり、佐々木PAへと走っていく車内で、奈美子がそう言った。
そう言ったところで時雨はアクセルを2割程度まで抜き、エンジンのクーリングへと入った。
「…やっぱり、皆それなりに速いみたいだね」
「ええ…あっ!」
時雨が返事をしたところで、視界に映ったバイパーが佐々木PAに入らず都心環状線方面へと走っていく。
そしてそれに応じて数台の走り屋たちも追いかけていく。
「恐らく環状線方面へ向かうんだわ…気を抜かずに追いかけよう、時雨!」
「わかった…ここまで来た以上、絶対に追いつく!」
そう言って時雨はワンエイティのアクセルを再びある程度踏み込み、トシゾウのバイパーへと確実に迫るのだった。
◇ ◇ ◇
―――佐々木PA。
バトルをし終えてぶち抜かれたヤチヨは、既に車を降りて途方に暮れていた。
「もはや相手にされてなかった…社長の娯楽を邪魔しないよう、PAを閉鎖する手はずだったのに…秘書としての面目丸つぶれよ、こんなの」
RKクーペから降りたヤチヨは一人トボトボとそう呟いた。
社長の娯楽を守るという最大の目的を守れなかった自分は、もはや社長のそばにはいられないだろう。
そうヤチヨは思っていた。
「部下の格付けをしていたのに、私はランクSからなしに格下げね。辞表を出そう…もう会社になんか…あら?」
そう言って佐々木PAに入ってきたのは、リアウィングをGTウィングに改造したピンクのFD3Sだった。
RKクーペを見たところで、その数台右隣にFD3Sは駐車され、ドライバーが運転席から出てきた。
「…おい、優等生のクソ姉貴。ここにいたか…」
「あ、あなたは…!」
ヤチヨを「クソ姉貴」と呼んだアイドルの女性…それこそ、時雨が愛車のメンテナンスを請け負った女性…アイドルのイズミだった。
落ち込むヤチヨにイズミが迫る。
「何凹んでんだよ。世紀の大バトルが見れるんだぜ?とっとと立てよ、2人を追うぞ!!」
手を差し伸べたイズミだったが、ヤチヨはそれを振り払った。
「…ほっといてちょうだい。秘書として最低のミスを犯した以上、もう社長に合わせる顔が無いわ…」
だが、その瞬間だった。
バチン、と激しい音がした。イズミがヤチヨの頬を右手で引っぱたいたのだ。
叩かれたヤチヨは思いっきり地面に倒れた。
「―――っ、な、何をするの…?」
「腑抜けてんじゃねえよ!立て!!失敗がなんだ!!軟弱クソ姉貴が!あたいは何百回と失敗してんだ!挽回してアイドルやってんだよ!!」
「い、イズミ…」
それは、根性を込めた喝だった。
やはり仲が悪くてもやはり姉妹は姉妹であるようだ。
「あたいで這い上がれたんだから、姉貴にだってできるだろ!それにアイツだって…『箱根の時雨』だって、過去に色々あってその都度立ち上がってきたんだ!!姉貴は間違えなく学校じゃあたいや時雨よりも優秀なんだから、それくらいできるだろ!!」
元レディースといういわば「闇落ち」を経験したイズミ。
そしてそれ以上に、過去の戦争で壮絶な戦いを何度も何度も経験してきた時雨。
そんな2人がいる以上、そう簡単にへこたれるのは流石に見てられない…そうイズミは思っていた。
そしてそんな魂を込めたエールに対し、ヤチヨはどこかはっとしたかと思えば、直ぐに落ち着いた。
「…相変わらずバカね。でも、イズミの言うとおりだわ。こんなところでうじうじしてられない。最後まで社長を見届けないと…」
そう言ってヤチヨは立ち上がった。
するとその言葉に対し、イズミが反応した。
「だが今の姉貴の車じゃ無理だ…あたいの車の横に乗りな」
「あなたの車に?」
「ああ…『箱根の時雨』直々にアドバイスを頂いて、現在目下チューニング中のマシン…"Dreamer"のプロトタイプだ。追いつける保証はないけど…確実に姉貴のRKクーペよりは速いはずだ」
箱根の時雨がアドバイスをくれたというイズミのマシン。
それを聞いただけでもヤチヨは驚くほかなかった。
「箱根の時雨…時雨が、あなたにアドバイスを?」
「ああ…抽象的だったけど、あいつのアドバイスは悪くなかったぜ。まああれだ、乗ってくれよ」
「え、ええ…」
そう言ってイズミは愛車であるピンクのFD3S…"Dreamer"のプロトタイプへと向かって愛車に乗り込んだ。
FD3S自体はピンクに塗り替えられているのと、GTウィングを装着している以外はほぼノーマルのようだ。
そしてそれを追うように、ヤチヨもFD3Sの助手席に乗り込むのだった。
イズミがFD3Sのエンジンを再始動させる中、ヤチヨはこう言うのだった。
「…イズミ、一度しか言わないからよく聞きなさい」
「何だよ?」
イズミが返事をすると、ヤチヨは呼吸を整えてこう言うのだった。
「―――ありがとう、イズミ。家族はまだ反対してるけど、私はアイドル頑張るの、応援してるわ」
「……おう!それじゃ、行くぜ!あたいのマシン…"Dreamer"で、ヤキいれるぞコラァァァァァア!!」
そう言ってイズミはFD3Sを発進させ、佐々木PAから都心環状線方面へと車を走らせるのだった。
「(箱根の時雨は…ドライバーだけじゃなくて、車を整備する側としても…ある程度のセンスがあるのかもしれない)」
FD3Sの車内で、ヤチヨは静かにそう思うのだった。
―――数十分後。
都心環状線外回り、竹橋JCT~神田橋出口付近。
時雨のワンエイティは遂にトシゾウのバイパーに追いつく寸前だった。
「(ほう…遂にやってきたか)」
トシゾウはバックミラーを見て、後方から迫ってくるリトラクタブルライトのマシン…青のワンエイティの存在に気が付いていた。
これまで走っていた右車線から左車線にバイパーを移し、左ウィンカーを出す。
目先には神田橋の出口が見えていた。
「やっと追いつけたわ…でも、あれは?」
「僕達を呼び寄せているみたいだ…行こう」
「え、ええ…」
ずっと右車線を走っていたワンエイティも左車線に移り、バイパーに追従する。
2台はそのまま神田橋出口へと吸い込まれていくように走っていった。
◇ ◇ ◇
C1外回りを降りたバイパーとワンエイティが、出口付近から少しだけ移動した場所…不動産会社のビル前付近の路肩に縦列で停車して、それぞれのマシンからドライバーたちが降りてくる。
対峙する3人、最初に声を出したのはトシゾウだった。
トシゾウの瞳は、獣の様にぎらついていた。
「よくここまで追いついたな…その調子じゃ、他の奴らは皆蹴散らして来たってところか」
「…はい」
「それにしても、年は食いねえもんだな。バトルをするのにも手間取って仕方ねえ」
そうトシゾウが小言を呟くと、次に言葉を発したのは奈美子だった。
「あの…バトルに勝ったら本当に教えてくれるんですよね?『ライジング・サン』について…」
奈美子の言葉にトシゾウが反応する。
「ああ、約束は守るさ。そういやお二人の事を聞いてなかったな。嬢ちゃんたち、アンタらの名前は?」
「…西野、時雨です」
「相楽奈美子です…時雨と一緒に、箱根から武者修行も兼ねて来ました」
「相楽…箱根?」
するとその時だった。奈美子の事を聞いたトシゾウが、目元を手で覆い、東京中の町の光で白んだ夜空を仰ぎ、声を上げて大いに笑った。
「フフフ…ハッハッハッハ!!」
「あ、あの…」
「何か、知ってるんですか?」
奈美子と時雨が互いに困惑する中、トシゾウが笑いを落ち着かせて二人を見つめる。
「ああ、悪い悪い…まあな。『嬢ちゃんらの努力が無駄じゃない』って事は確実に言える。他にも色々と話したいことはあるが、俺は不器用で負けず嫌いで、走る事しか能がないもんでな…」
「じゃあ…」
「バトルを?」
奈美子と時雨が互いに言葉を出したところで、トシゾウがルールを説明する。
「ああ。環状線京橋から浜崎橋、八重樫線を経由して、鈴森PAまで勝負だ。年寄りになると夜も早くっていけねぇ。決着をつけてさっさと寝るぜ」
バトルという言葉を呟いたトシゾウ。
するとその言葉に反応したかのように、時雨の眼の色が変わった。
「わかりました…お願いします」
時雨の言葉に対しトシゾウがこくりと頷き、愛車に乗り込んでいく。
それに合わせて、時雨と奈美子もワンエイティに乗り込むのだった。
「(あのバイパーにはそれなりに手が加えられているんだろう…でも、言葉なんていらない。僕は…速く走るんだ!)」
そう決意を固めて、時雨のワンエイティは先行するバイパーに追従していくのだった。
◇ ◇ ◇
―――vs黄昏のトシゾウ
推奨BGM:ALL RIGHT NIPPON(from EUROMACH9)
「(さあて…まずは見せてもらうぞ!)」
2台のマシンが環状線江戸橋JCTから並列して京橋JCT方面へ走っていく。
スタート地点は京橋JCTの案内ゲートの下。
左レーン、バイパー。右レーン、ワンエイティ。
運命の一戦が始まろうとしていた。
2台がゲートを通過し、互いにアクセルを踏み込んで加速していく。
「―――!」
「……!」
先手を取ったのはバイパーだった。
アメリカンマッスルカーの代名詞の1つとも言えるべきバイパー。
そんなマシンがストレートで本気を出したらどうなるかは言うまでもないだろう。
一言で言えば数の暴力だった。
だが…
「(…俺のバイパーに引けを取らないか。流石にその派手なエアロで拍子抜け、というわけではなさそうだな)」
「(ようし、加速力差はあるけれど引き離されていくというほどじゃない…コーナー次第だろう)」
2台の車間距離としてはほぼテールトゥノーズの状態だった。
だが、加速で差を付けられても決して引き離せないという訳ではない。
互いに160キロ以上の速度を出しながら、1つ目の橋脚へ突入する。
2台の前には第1コーナーの左高速コーナーが迫っていた。
「っ…!」
「……!」
ブレーキをワンテンポ速く踏むトシゾウ。
幾らブレーキ強化されているとはいえ、バイパーはワンエイティよりはるかに重い。
そしてその分制動距離も長い。
そうなると自然とブレーキを踏むタイミングが早くなるのは当然と言えば当然だった。
サイドブレーキを引き、ハンドルを左に曲げて後輪を滑らせる。
縦長でヘビーなバイパーが橋脚の間の進路を塞ぐかのように、その巨体をドリフトしていく。
だが、橋脚部分を抜けようとしたところだった。
「…!」
先手を取ったのは、ワンエイティだった。
クイックな走りで軽快なドリフトを決めるワンエイティ。
タイヤは確実に地面を掴みつつ、同時に高速でドリフトしていく。
どうやら自分よりも速い速度でコーナーに飛び込む分の度胸はあるようだ。
「―――!」
アウトコースという事を加味しても、ワンエイティのコーナー通過速度はバイパーよりも上だった。
やはりヘビーでマッスルなバイパーに比べれば、軽量でクイックなワンエイティの方がコーナーにおいて分があるようだ。
第1コーナーの左高速コーナーの中間にある上り坂を、ワンエイティはドリフトしながらも一気に駆け上がっていく。
一方でバイパーも、それに食いつかんと加速していく。
「(…突き放す!)」
コーナー出口寸前で時雨はアクセルオフと共に一気にハンドルを右からニュートラルに戻す。
ハンドルをニュートラルにしたところで後輪のスライドが収まり、それを認識したのと同時に再び時雨はアクセルを踏み込んだ。
速度は140キロから一気に165キロまで加速していく。
だが、インコースであるバイパーも負けじと食らいつく。
コーナー脱出時に多少のもたつきが見られたものの、そこは圧倒的なpワーでカバーするかのように加速していく。
ストレート区間ではどうやら遠慮なく踏めるようだ。
第1コーナーを抜けた2台は、ワンエイティがボディの中間部分まで先行した状態で都心環状線を駆け抜けていく。
「(コーナーで追い抜かれた…たかだか2000ccのワンエイティで、4倍以上の排気量を持つバイパーに引けを取らないとは…)」
ワンエイティの排気量は凡そ2000cc。一方でバイパーSRT-10の排気量は8000cc以上。
純粋に考えて4倍もの差があった。
ワンエイティもかなりチューンされている以上排気量の差が全てという訳ではないが、それほどまでに元の性能差があるのだ。
あるボクシング漫画に例えれば、主人公と漫画家の辻褄合わせのために死んだ永遠のライバルとの関係と同じく、実際は全く違う階級…あるいはそれ以上を持っているという事になる。
その漫画ではライバルが無理な減量をしたが、今この時は違う。
階級も関係ない文字通りの無差別級の戦いだった。
相撲取りがボクサーと試合しているくらいの、格闘ゲームのような正しく異種格闘技戦と言っても過言ではないだろう。
2台が第2コーナーの新富町付近右高速コーナーへと迫る。
「(いくらこのバイパーがパワフルとはいえ…コーナーで食らいつけるか?)」
トシゾウは自分の技術に自信はあったが、如何せん加齢の事は気にかけていた。
ずっと走り続けた首都高の道とは言え、やはり動体視力などの衰えは確実にトシゾウの走りに影響を及ぼしていた。
そしてそうである以上、ブレーキを速めに踏み込まないとドリフトは出来ない…ある程度のマージンは保てないと思っていた。
ブレーキをフラッシュさせたかと思いきや、再びハンドルを右へ。
敢えて車線を変えていない後輪が滑り出したバイパーは、そのままの勢いでコーナーに突入していく。
「……」
一方の時雨。車線は変えず、インコースを駆け抜けていく。
ブレーキをフラッシュさせ、ハンドルを一気に右に切って後輪を滑らせる。
滑り出したのと同時にハンドルを左に切り返してカウンターを当てる。
ブレーキングドリフトを炸裂させながら、第2コーナーの高速コーナーも駆け抜けていく。
速度は150キロ台だった。
後方のバイパーとの距離は、時雨がインコースという事もあって少しだけ引き離したかのようだった。
だがそれもあくまで誤差と言うべきレベル。
一戸相手に有利な何かが生まれたら、間違えなく追い抜かれてしまうだろう。
そう時雨は認識した。
そしてそう認識したところで、第2コーナーを抜けかけていた。
アクセルオフからハンドルをニュートラルに戻し、再びアクセルオンで加速していく。
速度は150キロから一気に170キロ台まで加速する。
そしてそのまま2つ目の橋脚を抜けたワンエイティは、200キロ近くまで加速しようとしていた。
「(ほう、やるな…このバイパーにも引けを取らない速さだ)」
一方のトシゾウも第2コーナーを抜け、2つ目の橋脚を抜けるバイパー。
コーナーを駆け抜けて加速していくバイパーは、あっという間に200キロ以上まで加速していた。
徐々にストレートで食らいつかれるワンエイティ。
超ロングストレート区間で2台サイドバイサイドの状態になった。
「(追いつかれた…!)」
「(…次のコーナーだな)」
その加速力と速さにより、トシゾウのバイパーはあっという間にワンエイティにサイドバイサイドというところまで食らいついた。
やはり根本の馬力が違いすぎるという事もあるのではあるが。
だが、2台が並走したところで、目の前には第3・第4コーナーの左から右への複合コーナーが迫ろうとしていた。
「(少し突っ込めば…)」
「(抜ける!)」
互いにそう思いつつ、複合コーナー地帯へと2台が飛び込んでいく。
ブレーキをかけるタイミングは…ほぼ同一だった。
アウトコースであるワンエイティも、限界まで粘ってフルブレーキング。
ブレーキロック寸前まで互いにブレーキをかける、文字通りのチキンレース。
トシゾウがハンドルを左に曲げ、ワンテンポ遅れて時雨もワンエイティのハンドルを右吉良左へと切り返す。
バイパーは素直なまでのドリフト、ワンエイティは軽いフェイントモーションでコーナーに突入する。
互いのドリフトがパラレル寸前になるかのように、ドリフトしていく2台。
第3コーナーを車線の上を滑っていくようにドリフトする。
速度はどちらも140キロ台。
だが、次の瞬間だった。
「っ…!」
「―――!」
バイパー、まさかのオーバースピードとブレーキングミス。
その巨体が車線からはみ出ようとしかけたところで、急いでブレーキを踏む。
だが、余計に踏んだことでコーナー通過速度にロスが生じてしまった。
速度は一気に120キロ台まで減速する。
そしてその動揺したバイパーに対し、ワンエイティは何の躊躇もなく第3コーナーを駆け抜けて第4コーナーへ。
左向きから一気に右向きへとワンエイティがターンしていく。
限界まで攻め込んだ走りにより、オーバースピード気味ながらもラインに乗った。
それこそ、道路上に存在する一本のレールをワンエイティというスケートボードがグラインドしていくかのようだった。
車間距離はあっという間に車2台近くまで広がった。
「(驚いた…!まさかあのワンエイティ、ここまで攻められるとはな!)」
ワンエイティから遅れてしまったバイパー。
だが、それでも加速力は明らかにバイパーの方が上。
アクセルを踏みこみ、ワンエイティを追従する。
車間距離はあっという間に車2台分から1台未満に。
銀座入口の合流を抜け、2台は汐留トンネルへ。
右から左へと第5コーナー、第6コーナーが連なる部分。
どちらの走行レーンにいても大きくは変わらない。
どれだけコーナーを攻める事が出来るかが勝負だった。
「(パワーで劣るマシンがコーナーリングで勝負する…峠ならともかく、今の僕が首都高で出来るのかな…?)」
何処かの漫画ではAE86トレノを用いた主人公がFDRX-7やR32GT-R、ランエボ4とかを破ったことがある。
だが、それはスピードレンジが低く、主人公が走り慣れた峠であった事、更にはレース用エンジンへの載せ替えなどもある。
幾ら様々な部分がチューニングされているとはいえレースエンジン置き換えのような大掛かりな改造は実施していないうえ、どちらかと言えば新参者である時雨が、走り慣れていない首都高で同じことができるのか?
一応、相手のミスもあって今のところは出来ているようだが…相手のマシンパワーもあっていつひっくり返されるかもわからない。
それでも、相手に勝つためには…ここでリードを取る為には、、否が応でも勝負を仕掛けるしかなかった。
「(…勝つためなら、自分の技術を使うまで!)」
先手を取る為には今何が何でも追い抜かれないようにするしかない。
大将戦である以上、今の自分が持つ技術を注ぎ込む。
そう時雨は確信し、第5コーナーに飛び込んでいく。
そしてやはり、自分らしい走りと言えば…
そう思ったところで、時雨は軽くハンドルを左に曲げる。
「(…ここだ!)」
ブレーキをフラッシュさせ、ハンドルを右に切り返す。
重心が左側に持っていかれる中、後輪が滑り出す。
そしてそれを認識したのと同時にハンドルを今度は左に曲げてカウンターを当てる。
後輪が滑り出したワンエイティは、右車線を飛び出さずドリフトしていく。
ドリフトの角度はどちらかと言えば浅く、走行する車線を飛び出さないようにドリフトしていく。
そしてその浅いドリフトは、必要最小限の減速でコーナーを駆け抜けていく事が出来ていた。
速度は140キロ台。それでも車線をはみ出すことはない。
「(すぐ次のコーナーだ…!)」
第5コーナーと第6コーナーは連続している。
右から左へと切り返す事さえできれば、ドリフトしたまま駆け抜けることは不可能ではない。
ハンドルを左に曲げ続けたまま、アクセルを抜いて一瞬だけブレーキを踏んで速度調整。
タイヤを滑らせたままのワンエイティは徐々に右から左へと向いていく。
第6コーナーは第5コーナーよりも角度がきついので、自然とドリフトの角度も深めになるのは無理もない話であった。
第5コーナーは高速寄りのコーナーだが、第6コーナーは直角気味コーナーなのである。
「―――!」
ワンエイティが左を向いたところで、今度はハンドルを右に切り返してカウンターを当てる。
カウンターを当てたワンエイティは、120キロで右車線をドリフトし続ける。
アウトに膨れる事もなく、中央の白線ギリギリを攻め込んでいくワンエイティ。
箱根での「1車線内に範囲を収めたドリフト」は、首都高でもいかんなく発揮できていた。
ドリフトをするには比較的スペースの狭い範囲内で、時雨はワンエイティを上手くドリフトさせることが出来ていたのだった。
120キロからアクセルを踏み続ける事で、ワンエイティはコーナー脱出寸前には140キロ近くまで加速していた。
「(やりおるな…だが!)」
一方後方のバイパー。
1台未満の車間距離だったが、アウトコースの第5コーナーでは重い車体がアウトに膨れて失速気味になる。
やはり縦幅が長く、車重も思いバイパーはコーナーリングが不向きと言っても仕方のない話だろう。
ブレーキングからハンドルを右に曲げ、勢い任せでドリフトしたはいいが…アウトコースという事もあってワンエイティとの車間距離は徐々に開いていく。
車重のあるバイパーは確実にコーナーリングで差を付けられていた。
先行するワンエイティが徐々に離れていく。
それでも第6コーナーは自分に有利なインコース…左コーナーである。
「(コーナーで不利でも、この先は…!)」
最終第6コーナーを抜けた後はチェックまではロングストレート。
バイパーの本領はいくらでも発揮できるだろう。
そう思っていた。
だが、事態は思わぬ方向へ進む。
「(…速い!?)」
アウトコース…右車線を走るワンエイティが、自分よりも速い速度でコーナーリングしていることにトシゾウは気が付いた。
それも、2つのコーナーを1つに見立ててドリフトし続けている状態である。
バイパーは2つのコーナーをそれぞれドリフトして突破しようとしている以上、一気に突破するよりかは余分な減速があるのは言うまでもない。
だがそれ抜きをしても、バイパーよりもワンエイティは素早くコーナーリングできているのである。
コーナーリングでワンエイティは確実にバイパーよりも上にいた。
そんな中でワンエイティが遂にコーナーを抜けようとしていた。
「―――!」
コーナー脱出直前、アクセルオフからハンドルを右からニュートラルに戻す。
ワンエイティは徐々にドリフトを抑え、トンネル出口…その先のストレート区間を向いた。
そしてそれを認識した瞬間、時雨は再びアクセルを全開に踏み込む。
バトルの区間の終端である分岐案内のゲートを目指し、とにかく踏み続ける。
「(最終ストレートで攻め込めるか…!?)」
一方、トシゾウのバイパー。
左車線でノーズを壁の方向に向けてドリフトし続けているが、ワンエイティよりは遅れていた。
だが、バトル区間の最後のストレートでワンエイティには間違えなく食らいつけるだろう…そう思っていた。
最終ストレートに突入したワンエイティは、そのままの勢いで加速し続ける。
そしてそれを追いかけるかのように、バイパーも徐々にドリフトを抑えていく。
「っ…!」
バイパーのノーズがトンネルの壁の方向からストレートの方向を向いた瞬間、トシゾウもアクセルを全開で踏み込む。
目先には…車1台分を置いてワンエイティが最終ストレートを駆け抜けていく。
それを追いかけるべく、トシゾウも負けじと踏み込んでいた。
速度は一気に200キロを目指して加速していく。
だが、ワンエイティも加速はし続けていた。
ワンエイティも200キロ近くまで加速する。
最終ストレートの上り坂を駆け上がる2台。
最終の2つのコーナーで付けた差は狭まっていく。
「くっ…ダメか…!」
サイドバイサイドまでは届かない。
バイパーとワンエイティの車間距離がテールトゥノーズになる。
そしてその状態のまま、2台は分岐案内が掲げられているゲートの下を駆け抜けた。
都心環状線での勝負は時雨の勝ちだった。
「―――このまま八重樫線に行くよ!」
「うん!」
何とか勝った事を確信した時雨は、目の前の汐留S字コーナーに向けて減速したが、ドリフトはせずにそのまま駆け抜けていく。
八重樫線に行く事を宣言した時雨は、奈美子の返事を聞いた上でクーリング走行に入ったマシンを八重樫線方面へと走らせるのだった。
「(やるな。だが、まだ勝負はこれからだ…!)」
トシゾウも汐留S字直前でマシンを減速させ、クーリング走行に入る。
速さを認めたトシゾウだが、八重樫線でどうなるかは分からない。
次の八重樫線で勝てばいいのだ…そう思うのだった。
◇ ◇ ◇
―――霞ヶ関出口付近。
マシンの限界に到達していたヒロシが、ハチロクの車内で休憩を取っていた。
SNSを見たヒロシがつぶやく。
「おい嘘だろ?ミズキのヤツ、ライジング・サンが通るであろうルートを物色していたのに、あっという間に追いこされちまったぜぇ!?」
ライジング・サンが通るルートを推測し、待ち伏せしていたミズキ。
だがミズキはアッサリ追い抜かされてしまったようだ。
次の瞬間にはこんなメッセージが流された。
「ちょwww無理wwwマジムリ、こんなの絶対追いつけない…」
◇ ◇ ◇
―――芝公園出口付近。
既に首都高を降りていたこの2人もSNSの情報をキャッチしていた。
「おいみろセイヤ、あいつらもうライジング・サンとバトルしてるみたいだぜ?」
「ま、マジですか?」
「あいつも流石だな!箱根の『新星』は首都高でも輝くってか?まったく、心をざわつかせるヤツなもんだ!」
SNSのタイムラインの内容に、トオルは感心していた。
だが、その内容を見たセイヤはやはり闘志をたぎらせそうになるが…目の前に先輩がいる以上、それは晒さなかった。
「(何てヤツだ、畜生…!やっぱりチューンをするしか…いや、ダメだ。走りの腕を上げて再戦したい…!)」
◇ ◇ ◇
―――箱崎PA。
「時雨の奴め、さらに速くなっている…!えぇい、話せ!!一縷友の私は、奴ともう一度勝負を…!!」
借金取りの部下たちに体を取り押さえられようとしているジュン。
一応SNSの内容自体は見たのだが、既に時遅しとも言うべきだった。
だが、その様子を見かねてついにアクツも取り押さえようとする。
「コラ!暴れんじゃねぇぞ、オイ!借金全部返したら再戦でも好きにしやがれ!!」
◇ ◇ ◇
―――都心環状線内回り、汐留トンネル内。
ピンクのFD3Sがトンネル内を走り抜けていく。
「時雨とトシゾウ社長は既に八重樫線へ向かったみたいだわ…」
「マジかよ…まあ、アイツもあたいとバトルした時の何倍も速くなってるってわけか!アイツらとダチなのが誇らしいぜ!!」
SNSの内容を確認したヤチヨと、ドライバーのイズミが互いに反応する。
イズミにとってはどこか誇らしげだった。
「(社長…どうか心行くまで、最高のバトルをお楽しみください…!」)」
ヤチヨは静かにそう願っていた。
◇ ◇ ◇
―――佐々木PA。
「―――おっ、どうやら来るみたいだぜ」
こちらは佐々木PAで待機している黒に近い紺色に一部が黄色にペイントされたチューンドFD3S。
車のそばで2人の男女が待機していた。
「この調子なら、ここから鈴森まで行く感じだな。どうやら賭けは成功だったみたいだ」
「お爺様が…」
ドライバーのチョイ悪親父は、助手席に乗る予定の若者に対し、そう呟いた。
若者はどうやら、トシゾウは血縁があるようだ。
「しっかし驚いたよ。うちに顔出してる知り合いが『ライジング・サン』を聞いたことがあるなんてな…それも、会社で走り屋やってるんだから驚いたぜ」
「細かい事については知らなかったのですが、週に数回単位で首都高で走っているという噂は聞いていたので…」
「そうか…で、そんな奴らを追いかける存在が気になったと」
「はい…仮にそんな人たちに追いつくドライバーであるならば、いずれ私ともサーキットで走る可能性があると思いました」
「そうか…なら、バトルしてる2台を後ろからついてくとしよう。本気のバトル中みたいだし、お前さんも勉強になるかもしれないからな!」
「…わかりました、お願いします」
そう言ったところで2人はそれぞれFD3Sの運転席と助手席に乗り込み、FD3Sを本線へ向けて発進させた。
「(サーキットという完全培養と、公道という天然素材…一体どれほどまで違うのかを、見てみたい)」
助手席の若い女性ドライバーは静かにそう思っていた。
「(見せてもらうぜ、時雨ちゃん…お前さんの『本気の走り』を!)」
一方で、運転席の男も時雨の走りに関心があるようだった。
―――佐々木PA目前。
推奨BGM:SUPERFAST TOKYO DRIFT(from SUPER EUROBEAT vol.182)
アクセルを踏み続け、駆け抜けていく2台。
テールトゥノーズの状態を維持しながら、2台は佐々木PA近くまで接近していた。
「あの年齢であんなにも走りが出来るなんて…バトル前に年がどうとか言ってたけど、そんなのはもはや全然関係ない!」
「あれが…『ライジング・サン』…」
奈美子と時雨は互いに「ライジング・サン」の走りに圧巻されていた。
だがそれでも、先ほどまで十分ドリフト合戦で敵う事が出来ていた以上、決して勝てない相手ではないという認識も一致していた。
「でも、都心環状線で追い詰めた以上…勝てないバトルじゃないわ!お父さんが首都高で何をしたのかを、知る為にも…時雨、勝って…!」
「わかった…そして、僕の武者修行の成果を…ここで示してみせる!」
2人の意志が一致する。
ここまで来た以上、絶対に勝ちに行くという意志。
その意志が、ワンエイティをさらに速くさせようとしていた。
「時代は変わったな…いや、俺が老いただけか。高性能の車でも、体力がギリギリになってきている…まいったまいった。ガッハッハッハ!」
トシゾウ自身すでに体力はピークを過ぎていた。先ほどまでアクセル全開で踏み続けていた事で、どうやら体力的にもきつくなってきているようだ。
「(時代は変わる。体も老いる。それが歴史と自然の摂理だ…こればかりは逃れられん。だが…!)」
それでも、自分は勝たなくてはならない。
不敗神話を作り上げたライジング・サンのドライバーの1人として。
ここまでやってきた2人に敬意を示す為にも。
その意志がトシゾウの中でもはっきりとしていく。
「(研鑽されたドライバーの技術は…磨きあげられた魂は…変わらん!刮目せよ、若造!かつてこの首都高に不敗神話を作った初代『ライジング・サン』の走りを…!!)」
そう態度を示したところで、トシゾウは再びアクセルを全開で踏み込んでいく。
2台が八重樫線の佐々木PAの合流地点を抜けた直後、互いに加速していく。
そしてその姿を見届けた1台のFD3Sが、バトルの行く末を見守らんと本線へと合流してきた。
「さあ行くぜ、あの2台をキッチリ見てろよ!!」
「―――っ!」
ドライバーの男…レオがそう叫び、助手席の少女にそう促した。
助手席の少女は左手でアシストグリップを握った。
「(あれが、レオさんが気に賭けるドライバー…)」
バイパーと並走するワンエイティに、助手席の少女は注目していた。
レオが聞きだしてくる要因になったドライバーである。
何でも自分とほぼ年齢が変わらないという。
そんなドライバーが自分の祖父と走っている以上、注目するのは当然と言えば当然であった。
右車線を走るワンエイティに、少女はフォーカスを当て続ける。
2台がサイドバイサイドの状態を維持しつつ、第1コーナーである左高速コーナーに飛び込んでいく。
「っ…!」
「―――!」
互いに軽くブレーキをかけ、減速する2台。
そして互いにハンドルを左に曲げ、減速していく。
2台がパラレル状態で、150キロ以上の速度で駆け抜けていく。
インコースを走るバイパーが一歩抜け出そうとしていた。
ノーズの部分だけバイパーが出し抜けつつ、ドリフトしていく。
「(っ…速い。けど…)」
直ぐにコーナーの出口が迫る。ノーズの部分だけ並走されたが、立ち上がりはどうなるかが分からない。
高速コーナーなら向こうにも分がある…そんな事は時雨でもわかっていた。
多少の高速コーナーであれば、パワー差で席巻できてしまうのである。
アクセルリリースからハンドルをニュートラルに戻し、再びアクセルを全開に踏み込む。
2台が一気に加速していく。
だが、立ち上がり自体はほぼ互角だった。
素のマシンスペック自体は大差があっても、流石にワンエイティはかなり手の凝ったチューニングカー。
チューニングされていない部分は少ないと言ってもいい程チューニングされている。
そしてそんなワンエイティは、バイパーにも引けを取らない走りをしていた。
「(コース序盤から結構飛ばすなあ…)」
「(お爺様が本気を出しているのは私でもわかる。そしてそのお爺様に…どこまで敵う?)」
後方から見つめる、FD3S運転席のオヤジと助手席の少女。
自分の祖父が限界まで踏み込んでいるというのは、自分でもよくわかっていた。
サーキットの時以上に…祖父は間違えなく踏み込んでいる。
そしてそれにあのワンエイティはギリギリくらいついている。
だがまだ序盤も序盤。どうなるかはわからない…
2人はただバトルの行く末を見守っている。
そんな中で2台は第2コーナーの右ロングコーナーに突入していく。
「(ふん…)」
ブレーキを踏み込んだかと思いきや、ハンドルを右に曲げるトシゾウ。そのままアクセルを踏み込んでリアタイヤを空転させる。
時雨もそれに遅れることなくハンドルを右に曲げた。
だが、多少のオーバースピードで飛び込んだバイパーはそのままの勢いでワンエイティを引き離しにかかっていた。
速度は明らかにバイパーの方が上だった。
「(離される…!)」
時雨自身アウトコースとはいえ離されるとは思っていなかった。
どうやらあれ程までのマシンパワー…勢いがあれば、本当に高速コーナー位であればあのバイパーにとってはアウトコースというハンディは吹き飛ばしてしまうのであろう。
長い長いコーナーの間、バイパーはアウトコースという不利な条件すらも無視するかのように加速し続ける。
「(やっぱりパワーはすげえな、あのバイパー…)」
「(お爺様…)」
FD3Sでバトルを見守る2人も、バイパーの巣の戦闘力の高さには驚いていた。
恐らく時雨のワンエイティほどはチューニングされていないとは思われるが、細かな部分でもチューニングはそれなりにされているのだろう。
そう思わざるを得なかった。
「(どうだ?これが初代『ライジング・サン』の底力だ…!)」
トシゾウはその走りを見せつけるかのようにハンドルを左に曲げつつ、アクセルを踏み込み続けてドリフトしていく。
バイパーはアウトコースという不利な条件をも跳ね返すかのように、ワンエイティとの車間距離を広げていく。
あっという間にテールトゥノーズから…車間0.5台分まで広がったよう。
大人げないかもしれないが、このままパワーに物を言わせてあのワンエイティを振り切ってしまうか。
そうトシゾウは思っていた。
推奨BGM:BIG BAD AND HOT LOVE(from SUPER EUROBEAT vol.186)
「(あの車は、まるで暴れる怪物みたいだ…でも)」
ここまでは時雨の打算のうちだった。
コースの構造自体はもう何十回も走っているから、何処で勝負を仕掛けるかは時雨自身把握はしていた。
あのバイパーは見た目はいかついが、同時に大きいマシンである。
そしてそうである以上、重量も段違いなのだろう。
だとしたら…勝負を仕掛けるポイントは意外と近いのかもしれない。
そう時雨は思い、アクセルを踏み続ける。
「(仕掛けるなら…この先の、3連続シケイン…!)」
第2ロングコーナーの中間で時雨はそう確信していた。
この先は左から右、右から左へとシェイクされるかのような連続コーナー地帯。
コーナー同士の間隔は短く、左右に車をクイックに曲げる事が要求される。
仮にあのバイパーがワンエイティよりも重量があるのであるならば、そのようなクイックな操作は出来るのか?
時雨にはよく分からなかったが、1つの博打だった。
前方を走るバイパーが第3コーナーの左コーナー…シケインの1つ目のコーナーに飛び込んでいく。
一応、最初のコーナーという事もあってどちらかと言えば力任せなコーナーリングであるかのように見えた。
向こうが力任せにコーナーリングをするのであるならば…
「(この車を速く走らせられるのは…このコースを速く走る事が出来るのは、僕だ!!)」
第2コーナーを抜けたワンエイティが、第3コーナーに突入する。
アクセルオフからハンドルを軽く右に曲げたかと思いきや、ブレーキをフラッシュさせて左にハンドルを曲げる。
すると、後輪が滑り出した瞬間だった。
「(―――全身が…熱い……!)」
滑り出した瞬間、全身を襲った「体中が熱くなる感覚」。
言い換えれば、「体が炎に包まれるような感覚」。
必死に走り続ける時雨に、そんな感覚が生じていた。
だがその事については全く…と言うほどではなかったが、動揺は少なかった。
なぜなら、時雨にはその感覚について覚えがよくあったから。
「(箱根の『あの時』の感覚が、僕に…僕に、甦ってきてる!!)」
コーナーを素早く速く走る事が出来る、あの感覚。
箱根の様々な峠を走っていた時に生じていた、あの感覚が首都高でも生じていた。
アクセルを踏む度合いはさらに強くなり、ハンドルの舵角は抑え目になる。
第3コーナーを左向きにドリフトしたかと思いきや、カウンターを当て続けるべく右に曲げていたハンドルの事もあり、アクセルオフから一気にワンエイティは右へと方向を変える。
そしてそんな中でワンエイティは前方を走るバイパーに接近していく。
「(…あれは!)」
トシゾウ自身、ワンエイティを包み込む青い炎の存在を認識していた。
そしてそんな青い炎に包まれたワンエイティは、確実にトシゾウのバイパーを引き離していく。
シケインの3つ目のコーナー…左高速コーナーへと突入する際、バックミラーを見るとワンエイティが「青い炎」に包まれているように見えた。
それは言い換えれば、青色のオーラだった。
そしてそんなオーラを放つワンエイティが、後方から確実に迫っている。いつの間にかテールトゥノーズの状態だった。
ワンエイティがバイパーに食いつかんと猛追してくる。
「(…あの少女は、あいつと同じだというのか!?)」
嘗て、自分を破った「二代目のライジング・サン」。
その男が操るマシンからも、同じような事はあった。相手のマシンから同じようなオーラが放たれていたのである。
第二のライジング・サンの再来…トシゾウはそう微かに認識していた。
ハンドルを左から右に曲げてカウンターを当てる中、アウトコースのワンエイティがサイドバイサイドまで詰めてきた。
3連続コーナー…シケイン区間では明らかにワンエイティの方がコーナーリングが上だったのだろう。
クイックなコーナーが続く地帯においては、パワーだけではどうしようもない。
軽くて素早い旋回が可能なワンエイティがあっという間にその差を詰めてきた。
「(追いつかれた…!?)」
青い炎に包まれたワンエイティが、バイパーとサイドバイサイドでストレート区間へ。
立ち上がりの速度はワンエイティの方が上だったこともあり、ヘッドライトの部分だけワンエイティが先行する。
3つのコーナーで一気に形勢が逆転してしまった。
2台はもつれ合ったままの状態で第6コーナーのヘアピンへと飛び込んでいく。
「時雨が追い抜きに行くぞ!!」
「―――!」
後方から追い続けていたFD3Sの中で、レオがそう声を上げた。
サイドバイサイドの状態でインコースに飛び込むワンエイティ。
片やアウトコースで不利なバイパー。
ヘアピンというコーナーの特性上、パワー任せの突撃は困難だ。
そうである以上、ワンエイティがアタックを仕掛けに行くのは火を見るよりも明らかだった。
「くっ……!」
「―――!」
2台がアクセルオフからブレーキを踏み、ハンドルを互いに右へ曲げる。
ブレーキを強めに踏んだバイパーが、ワンエイティに先行を許す。
だが、それだけではなかった。
「(ぐうっ…アウトに!!)」
アメリカンマッスルカーならではの重量級マシンであったバイパー。
だが、そんなマシンはあっという間にヘアピンコーナーにおいてアウトへと一気に膨れていく。
ヘビーなバイパーはタイヤが食いつかず、そのままの勢いのまま路肩の方まで飛び出してしまった。
一方、軽量ボディのワンエイティはアウトコースに膨れる事もなく、右車線の上を綺麗にドリフトしていく。
青い炎を纏ったそのドリフトする姿はさながら空を飛ぶ蝶のように美しかった。
車線上に一本のレールがあるのだとしたら、その上を滑っていくように。
全くもって失速することなく、そのままの勢いでヘアピンコーナーを脱出する。
速度は130キロ台から170キロ近くまで加速する。
「(驚いた…あのワンエイティのドライバーには、今の『ライジング・サン』と同じ風格があるというのか…)」
アウトコースに膨れたバイパーを復帰させる中でトシゾウは、『ライジング・サン』を譲る事になったバトルの記憶から…時雨のワンエイティの走る姿に自分を破ったマシンの姿を追憶させていた。
完全にダブって見えていた。
それほどまでにあのワンエイティは、あのワンエイティのドライバーは速い。
そうトシゾウは認めざるを得なかった。
トシゾウがワンエイティを追いかける中、第7、第8、第9の右から左、右へと連続する直角コーナー地帯へとワンエイティが突入していく。
トシゾウも車線を右に変え、ワンエイティに食らいつかんとアクセルを踏んでいく。
「(ユキ……これが、僕だ…箱根の時雨と呼ばれ、自分の意志で真実を追い求めるために奔走した僕の…首都高での、姿だ!!)」
第7コーナーに突入する際、時雨は心の奥底でそう思っていた。
今、「あの時代」の相棒が自分の走りを今見たらどう思うか?
泥臭いと思うか?
実践派だと思うか?
実際にどう思うかは分からないが、もしかしたらそれ以外の事を思っているかもしれない。
あるいは、自分よりもこのコースを駆け抜けてしまうかもしれない。
それは、「試合に勝って勝負に負けた」時雨自身が一番そう思っていた。
『じゃあ、これから競争だよ!レーシングチーム設立までの間、どっちがどれだけ速くなれるのかって、競争しようよ!』
あの時、2人で走り合った後に彼女から言われた言葉を思い出す。
「D1地方戦」の後、エキシビジョンで箱根サーキットで2人はレースをした。
相手のマシンはV37スカイラインニスモという明らかに格上のマシン。
それだけ言ってしまえば、もしかしたら時雨が負けても仕方ないかもしれないが…相手はその時点で箱根サーキット未体験。
何せそれまでずっとゼロヨンばかりを経験してきていた。
そしてそんなドライバーに対し、マシン差もあるとはいえ自分は苦戦した。
いや、終始劣勢だった。
相手の天才肌すぎるドライビングに、自分は必死に食らいつくしかなかった。
それでも最終コーナーでオーバースピード気味に飛び込んだことで、間一髪の隙を縫ってオーバーテイクする事は出来た。
だが、「レースは終始押されていて、最後の最後に技術の差で間一髪追い抜いた」という過程を経験していた以上、時雨にとっては勝ったとは言えなかった。
そして終始押されていたのは、自分と相手の意志の差だったのではないかと今は思っていた。
彼女は数か月後に自分のチームにジョイント参加する事にはなったのだが、それでも自分との走りには大きな差があった。
それこそが強い意志…まさしく速く走りたいという強い意志。
D1地方戦という、「ドリフトの美しさを競う」というコンテストの後という事もあり、時雨にとってはその意志は弱いものだったのかもしれない。
だが、レーサーである以上その意志は常に持ち続けなくてはいけない。
速く走るか、美しくドリフトするか。
そのマインドセットの切り替えはやはり必要な事なのだろう。
「(今の僕なら、はっきりと言える。僕は…君以上の強い意志を、持っていると!!)」
第7コーナーをフェイントモーションでドリフトしていくワンエイティ。
青い炎に包まれながら、ワンエイティはそのままの速度を維持してドリフトしていく。
ドリフトしていく中、時雨は嘗ての相棒以上の「速く走りたい」という強い意志を持っているという事を自覚していた。
「(この走りは奈美子が追い求める真実の為…そして、僕自身がより速くなる為だ!僕は…そう簡単には、負けられない!!)」
自分がなぜ首都高を走るのか。
何のために速くなるのか。
その答えを思い出したことで、その強い意志が時雨を包み込む。
そんな状態でワンエイティが纏う青い炎…オーラはさらに強くなっていく。
時雨の闘争本能、時雨の意志、そして根本のワンエイティの速さ。
それらが合わさり、オーラは間違えなく強くなっていた。
言ってしまえば、まるでワンエイティ自体が巨大な壁のような…それほどまでの強いオーラになっていく。
何処かの漫画のように車に翼こそ生えないが…それほどまでの強いオーラが、ワンエイティを包み込んでいた。
「く…っ」
第7コーナーをにバイパーが突入した時点でワンエイティは第8コーナーに飛び込み、完全にバイパーを振り切ろうとしていた。
複合コーナー地帯も一切の妥協をせずにドリフトで攻め込んでいくワンエイティ。
自らの疲労もピークを越え、完全に限界だった。
日頃の仕事なども重なったことにより、疲労から視界がぼやける。
限界まで攻め込んでこそいたが、もはやここまでかもしれない。
第7コーナーを右車線でドリフトしていくバイパーだが、ワンエイティの姿はもう見えない。
既に第8コーナーを抜けたワンエイティは、さらに引き離していく。
バイパーのV10エンジンは、本来非力なはずであるSR20エンジンの快音にかき消されていた。
「(負けた…俺は今日、これ以上は踏めない…)」
コーナー1つ分以上引き離された以上、自分にはもうこれまでだろう。
トシゾウはそう降参するのだった。
あと数年自分が若ければ…とも思ったが、そうであっても自分はあのワンエイティには勝てない。
その一方で、あのドライバーが仮に「ライジング・サン」に乗っていたとしたらどんなことになっていたか…とも思っていた。
ワンエイティは完全にトシゾウの視界から消え、完全に振り切ってしまった。
そしてそのままワンエイティは第10コーナー…最終コーナーの左ヘアピンも抜け、鈴森PAへと駆け抜けていくのだった。
「(トシゾウさんもとても速いのは分かってはいたけれど、そのマシンを凌駕するとはな…)」
「(素晴らしい走りだわ……もしあのワンエイティのドライバーが、サーキットを走っていたら…)」
一方、後方で2台を追跡していたFD3S。
FD3Sはあえて気が付かないようにずっとバイパーの後方車数台分の部分で追走していた。
ワンエイティがバイパーを振り切りにかかってもバトルの邪魔になりかねない以上、FD3Sはずっと追走していたのである。
FD3Sのドライバーと助手席の少女も互いにワンエイティの走りに対しては互いに感想を持っていた。
連続コーナー地帯というバイパーに不利な環境を使い、そのままオーバーテイク。
青い炎に包まれたままヘアピンと連続コーナーを抜けて、あっという間にバイパーを振り切ってしまった。
それほどまでにあのワンエイティは速く、同時にドライバーも高い実力を持っていた。
後方から追っていた2人もワンエイティのオーラが見えた以上、あのワンエイティのドライバーも車も十分に速いという事は理解していた。
バイパーを追いかけながら、FD3Sも2台を追走しつつ鈴森PAへと入っていくのだった。
―――鈴森PA。
PAに入ってきたワンエイティが駐車場の一角に停車した。
サイドブレーキを引いたところで、奈美子が時雨に話しかける。
「ふう……」
「勝った…トシゾウさんに勝ったわ!時雨、勝ったのよ!」
「…うん。勝ったんだね……!」
ワンエイティが駐車された数十秒後には、バイパーもやってきて駐車場に止まった。
その様子を見た東京のドライバーたちは誰もが押し黙り、そして歓声を上げた。
車から降りてきたトシゾウの顔は…落ち込むどころか、さわやかな笑顔だったのである。
トシゾウの元へ時雨と奈美子が向かい、対峙したところでトシゾウが口を動かした。
「いやー負けた負けた!こう言う奴が出てくるから、首都高のドライバーはやめられんな!いい走りだった、時雨!」
トシゾウは親指を立てながら、時雨に賞賛を送った。
「あ、ありがとうございます」
だが、時雨がそう言ったところだった。
すでに体力が限界に近かったトシゾウの小さな体はバランスを失い、よろめいた。
それを見た時雨と奈美子が咄嗟に、転倒しないようトシゾウを支えた。
「大丈夫ですか!?」
「あ、ああ…なあに問題ない。少し疲れただけさ…」
時雨と奈美子が心配そうにトシゾウの体を支える。
その甲斐もあって何とかバランスを整えたが、同時にその時だった。
「お爺様ー!!」
「おーい、お二人さーん!」
駐車場の隅から声がした。
その声は、片方は時雨たちにとってはなじみのある声だったが、もう片方の声はなじみがなかった。
声の方向を奈美子と時雨が見た。
「あれは…」
「レオさん!?…と、誰?」
チョイ悪親父のレオ…本人と、その助手席に乗っていた1人のドライバー。
ショートヘアのその若い女性ドライバーは、どうやらレオが連れてきてくれたようだ。
すると、トシゾウの方に向かってきた少女に対し、トシゾウは知っているかのようにこう言葉を口にした。
「お?キララじゃねえか。それに…レオも?」
トシゾウがキララと言った女性。
どうやらトシゾウとは何らかの関係があるようだ。
彼女はトシゾウの方へ身を案じるかのように向かい、トシゾウも彼女の方へと歩いて向かった。
「お爺様、大丈夫でしたか?先ほどのバトルはかなり無茶をして走られていたようですが…」
「ああ、もう大丈夫だ。まあ全力を尽くしたから少し疲れたけどな。でもどうしてここに?」
「SNSの話題を見て…レオさんにお願いして、連れてきてもらいました」
「そうか、そうだったか」
トシゾウと親しく話す一人の少女。
すると、その様子を見ていた時雨と奈美子に対しレオが話しかける。
「よう、2人共。SNSでの話を聞いて…うちのショップに顔を出してた、『PAの情報を持ってきてくれたヤツ』を連れて来たんだ」
「え?」
「じゃあ、あの人が…ですか?」
「ああ、そうだ」
レオの言葉に驚く2人。
するとトシゾウは少女に対して、時雨と奈美子に挨拶をするように勧めてきた。
「キララ、お前はあの2人とは初めてだろう?挨拶をしてきな」
「はい」
そう言ってトシゾウの元を離れた、キララと呼ばれた少女。
奈美子と時雨の前に向かい、軽く頭を下げた。
「…初めまして、時雨さん。奈美子さん。私は龍崎トシゾウの孫…キララと申します」
「え?トシゾウさんのお孫さん…?」
龍崎キララ。
彼女はその説明の通り、トシゾウの孫娘である。
そんな彼女は、レオにお願いして首都高にやって来ていた。
「レオさんからお話は伺っています。『ライジング・サン』について調べているそうですね」
「は、はい」
「あの、あなたはレオさんと一体…?」
時雨と奈美子がどこか緊張しながらそう返事をする。
キララは随分と硬い…一言で言えば冗談が通じないような、生真面目そうな女性だった。
するとそこに、レオが説明に入る。
「実はうちの店、龍崎グループの車の整備やチューニングを請け負う事もあるんだよ。コイツはその社長のお孫さんで、今は大学生ながらショップ経営の修行中なんだ」
「じゃあ、チューニングショップの…?」
「はい。お爺様の出資でチューニングショップの手伝いをしています」
「え…オーナーさん、ってこと!?」
「そうです。まあ、まだ修行中の身ではありますが…」
自動車関係の会社の社長であるトシゾウ。そしてその孫娘であるキララ。
彼女は龍崎グループの出資の元、大学生でありながらもチューニングショップの経営に関わっていた。
そこにトシゾウが加わり、彼女の事をさらに説明していく。
「こいつぁまだ時雨と同じ年位だけどな、カートやサーキット経験は豊富なんだ。5歳の頃からカートを走らせてる。サーキットも5年くらい前から走ってる」
「5歳から、カート…?」
「ああ。だから才能はそれなりにあると思う」
トシゾウが孫娘であるキララを自慢するかのようにそう言った。
だが、トシゾウに対してキララはどこか謙遜しがちにこう言葉を続けた。
「とはいえ、基本的にクローズドのサーキットレースが主体なので…まだ首都高や箱根と言った公道の経験は、殆どないと言っても過言ではありません」
「免許も取り立てって事…?」
「はい。先日ようやく取れたばかりです」
「そうなんだ…でも、そんなあなたがどうしてここに?それにレオさんの車に乗るなんて…」
時雨が疑問を口にする。
「先ほど私は申し上げたとおり、私は龍崎トシゾウの孫であり…龍崎グループが出資するチューニングショップの経営をしています」
「それで、時たまうちにも顔を見せるんだよ。色々と勉強になる事も多いしな…」
キララはまだ大学生という事もあり、経営学について勉強はしていても実戦経験は不足している。
その為、まずは現場から…と、レオのショップにもお邪魔して、色々と勉強しているのであった。
「私が経営に参加してするショップでは現在、主にスバル車、三菱車のチューニングを主としています。ですがそれだけではやはり今後立ち行かなくなる…そこで、幅広くマシンをチューニングしているレオさんのショップにも伺って、現場環境やチューニング、必要知識など知見を色々と増やしているという訳です」
「じゃあ、車や経営の事を勉強するために…?」
「はい。お爺様からレオさんのお店を紹介されたので」
「そうだったんだ…」
「レオは性格的に癖があるが、チューニングの腕は凄いからな。俺もたまにバイパーの整備やリセッティングを依頼している」
トシゾウがレオの実力を認めるかのようにそう言った。
「いやー社長、そう言ってくれると嬉しいな!ま、キララちゃんを面倒見てるのもなかなか悪くないしな」
「…話を戻しますが…レオさんから話は聞いています。『ライジング・サン』と呼ばれる車を探していると」
レオが自賛している中、キララは時雨と奈美子の方を見て、ライジング・サンの一件のことを話しだした。
「はい」
「私はその上で、お爺様が…嘗てそのような呼ばれ方をしていたマシンに乗っていたことを聞いたのを、思い出したんです」
「嘗て…」
「じゃあ、トシゾウさんのバイパーは…?」
そう言って奈美子と時雨はトシゾウの方を見た。
それを見たトシゾウが、遂に種明かしをする。
「ふふっ…あのバイパーは俺の趣味だ。だが確かに俺は『ライジング・サン』…そんな呼ばれ方をしていたRUF CTRに乗っていたんだ」
「CTR…?」
時雨がそう疑問を口にすると、次に言葉を口にしたのはキララだった。
「お爺様、私はお爺様が首都高で名を馳せていたという事は伺っています。ですが、同時に…なぜ首都高を降りたのかは詳しくは知らない。この際どのようなことがあったのか、教えて頂けますか?」
キララ自身、自分の祖父の事については気になっているようだった。
そしてライジング・サンの一件について気になっているのは…時雨も奈美子も同じだった。
キララの言葉に続いて、時雨と奈美子も頷いて話すことをお願いした。
「…そうだな。俺もそこら辺については、お前にもいずれ話すべきだと思っていたし…この際時雨と奈美子にも話しておくべきだろう。よしお前ら、コーヒーでも飲みながら話すか」
4人の様子を見て、トシゾウはPAの自販機のコーヒーを飲んでゆっくりと話すことを提案した。
「…わかりました」
「お願いします」
そう言ってトシゾウと4人は、PAの一角である自販機の方へと向かって言った。
「ほれ、コーヒーだ。これは勝者であるお前と…見届けてくれたお前達へのおごりだ」
そう言ってトシゾウは缶コーヒー4本をそれぞれに手渡した。
「ありがとうございます」
「……(軽く頭を下げる)」
「いただきます」
「どーも」
5人がそれぞれの缶コーヒーを飲み、一服する。
時雨にとって、夜のPAで飲むコーヒーは不思議な感覚だった。
だがそれでも何も言わず、時雨は直ぐにコーヒーを飲み干した。
「よし、一服したところだし…話すとするか」
4人がコーヒーを飲み終えたところで、トシゾウがそう言った。
遂にトシゾウが事の敬意を話し出そうとしていた。
「20年前のことだ。首都高最速の金字塔を打ち立てた俺は、頂点に立っていい気になっていた。誰も追いつく事なんざできないからな」
20年前、トシゾウは確かに首都高最速と呼ばれていた。
当時トシゾウは文字通りの怖いものなしだったという。
「だが…走り込んでいた首都高で、俺は負けた。初対戦の、20歳以上の年下の若造に」
「負けた…?」
「…悔しかったはずなのにな、嬉しかったんだ。俺より速い奴がいた事にな」
レオの言葉に対し、トシゾウは懐古しながらそう言った。
実際、自分より速い相手がいた事はトシゾウにとっても嬉しい誤算だったのだろう。
「俺は、愛車を…すでに独り歩きし始めていた『ライジング・サン』を…RUF CTRを、その若造に譲った。負けた俺に乗る資格なんざねぇからな」
トシゾウは、「ライジング・サン」ことRUF CTRをそのドライバーに譲渡した。
それは、自分が負けたから。
ライジング・サンは強い者と共にあるべきだ…そうトシゾウは思ったのだろう。
「その一件以来、バトル漬けの人生を俺はやめた。俺は趣味程度で首都高を走らせる、首都高のドライバーに戻ったんだ」
そう言ってトシゾウは天を仰いだ。
ライジング・サンの真実を話したトシゾウは、どこか満足そうだった。
「そうだったんですね…」
「つまり『ライジング・サン』が無敗であるのは、勝者の元にあるから…」
「そしてお爺様は、バトルで負けた相手の実力を認め、『ライジング・サン』を手放した…と」
「ああ、そんな感じだ。『ライジング・サン』は常に勝者の元にあるんだ」
トシゾウは、ライジング・サンがどのような人物の元にあるべきなのかを説いた。
するとそこで、奈美子が質問を口にする。
「あの…『ライジング・サン』は、その別の人が持っているという事ですか?」
「ああ、そうだ」
「その人って、一体…?」
奈美子の方を向いたトシゾウが、こう言葉を続けた。
「俺が負けたドライバーから複数名の手を渡って、『エニシ』とかいう若造が持っている…という話を聞いたことがある。もっとも最近じゃ、走っている姿を見たって噂も聞かないがな」
「走ってる姿が見かけられない…」
「そ、そんな…また振出しに戻るなんて…」
時雨が一部をオウム返しのように言い、奈美子がガッカリとした調子で呟いた瞬間だった。
「お?数台、入ってくるな…」
「…僕達が狙いなのかな」
レオがエンジン音に気が付く。
時雨たちの視界に複数のヘッドライトの光が映った。どうやら新たなドライバーがPAの中に入ってきたようだ。
車から降りたドライバーたちが、じろじろと奈美子と時雨の方を睨んでいた。
すると、そこでトシゾウが後押しをするかのようにこう言い放った。
「…時雨、忘れるな。ドライバーに言葉はいらねぇ。首都高のアスファルトに、己の存在を刻み付ける…それだけでいい」
「己の、存在……」
そう時雨が言うと、更に後押しでトシゾウはこう言った。
「止まるな。走れ。走り続けるんだ。車に魅入られたバカ野郎に、歩く事は許されねえ。それがドライバーってもんだ」
―――1週間後、首都高を走るワンエイティの車内にて。
「1人で10人以上とバトルしてた!生で見た!すっげぇ速かったぞ!あれが、首都高の『新星』だな!」
「この前箱崎PAで休んでいたら、『新星』らしき女性ドライバーと一緒にいる人に話しかけられた!人探ししてるみたいw」
「どうせ大したことねーんだろ?『新星』?俺が探してぶっ潰してやんよ」
これらはトシゾウとのバトルからSNS上で流れたメッセージの一部である。
どうやら「箱根の時雨」は首都高において「新星」として話題になりつつあるようだった。
そしてその様子をSNSで見ていた奈美子は、軽く微笑むとSNSを閉じた。
「さて、『新星』さん。次はどこでバトルする?」
「………」
奈美子の問いかけに、時雨はあえて無言だった。
というのも、彼女はトシゾウとのバトルの後に言われたある言葉を気にかけていたからである。
◇ ◇ ◇
―――トシゾウとのバトルの後、新たなるドライバーたちとバトルする直前まで時を遡る。
「時雨さん、最後にちょっとよろしいですか?」
「はい?」
車に乗り込み、新たなバトルへ挑もうとしている時雨と奈美子を、キララが引き留めた。
「先ほどのバトル…FD3Sの車内からではありますが、私としても素晴らしいバトルだったと思っています。お爺様と素晴らしいバトルをしていただいたこと…私からも、感謝申し上げます」
「ああ、いや…別に、僕は全力で走っただけだから…」
じっくりと見るキララに対し、時雨はどこか恥ずかしめにそう言った。
「実は最近、私も箱根の方に顔を出すようになったんです」
キララはこれまでずっとサーキットを走って来ていた。
そんな彼女が箱根の方に顔を出している。
一体なぜか…と考えると、答えはあまりにも単純だった。
「それって、サーキットが出来たから…?」
「はい。そしてあなたのお話はレオさんからも伺っています…とても速いという事も」
「ああ、えっと…」
「謙遜する事はありません。でも、私と同じ…車に乗ってスピードを争う者同士であれば…」
「あれば?」
「いずれサーキットで出会う事になると思います」
「……」
キララの言葉に時雨は軽く頷いた。
「もしお会いすることがあれば、次はサーキットで。それではまた…」
「…はい」
そうキララが離れたところで、今度はレオが軽く話しかける。
「おう、時雨ちゃんにナビ子ちゃん。さっきのはいい走りだったぜ」
「あ、ありがとうございます」
「後ろから追っかけていたけど、特訓の成果は間違えなく出ているみたいだな」
「そうですね…あとはレオさんの情報もあったので、効率的に特訓が出来たとも思っています…本当にありがとうございました」
そう言って奈美子と時雨は頭を下げた。
「ハハハ、いいのいいの!ま、これから先も色んな奴とバトルする事にはなるんだろうが…もし車の事とかで困ったときはまた『PRIDE』に来な。俺も引き続き『エニシ』ってヤツを探してみるさ」
レオの言葉に、時雨と奈美子は頭を上げた。
「レオさん…」
「何から何まで、本当にありがとうございます」
「ま、今は目先のバトルだけこなしてみるんだな。じゃ、頑張れよ!」
そう言ってレオは時雨と奈美子をバトルに送り出した。
レオの言葉に対し、時雨と奈美子は軽く頷くのだった。
◇ ◇ ◇
「(トシゾウさんとのバトルで僕ははっきりと分かった。このワンエイティもいい車だけど…より上のドライバーに挑戦するには、僕だけの力じゃ足りない…)」
時雨はワンエイティを走らせながら静かにそう思っていた。
確かに、雑魚相手やドリフト競技ならまだこのワンエイティでも問題はないだろう。
だが仮に、トシゾウのような…それこそ規格外のハイパワーなマシンに挑戦するとなったら、このワンエイティはもしかしたら支障をきたしてしまうかもしれない。
そんな事を時雨は先のバトルで痛感していた。
最初のワンエイティの二の舞にならない為にも、やはり今は新たなマシンを検討する必要があるのだろう。
それも、自分が難なく乗りこなせるような、手中に収められるような車を。
そう時雨は思っていた。
「(色んな人が、僕達に注目しているんだ…そうである以上、僕達は止まれない…!)」
そして同時に時雨はキララやレオとの会話を思い出しながら、そうも思っていた。
首都高での特訓の日々。
「ライジング・サン」の行方を知るべく、時雨と奈美子の修行の日々は続いていく。
―――同日、欧州某国。
某サーキットの関係者向け駐車場。
そこには、わざわざ欧州へと赴いた…時雨と「最速」の座を争った男がいた。
彼はレーシングチームからのスカウトもあり、4か月間の間は自由にレースに参加する事を決めていたのである。
伊達に「皇帝」と呼ばれていたその男は、プロのレースの世界においても引く手あまただった。
そしてそれはどちらかと言えば国内よりも…海外の方が大きかったのである。
今日も彼は、スポットドライバーとしてレースに参加するべく、関係者向け駐車場からパドックに向かっていた。
「(郷に入っては郷に従え、という言葉を信じてあえて海外車両を購入したが…正直持て余し気味だな)」
駐車場に止められている、欧州での移動用の為に購入した一台の外国車…外観は青色のセダンである。
敢えて国産車ではなくそっちの方面の車を購入したのは、移動用という事もあったのだが…先のことわざを重んじた彼なりの考えだった。
だが、普段からレースばかりである彼にとっては正直このマシンですらも持て余し気味だった。
本来乗り潰すつもりではあったが、それでも乗り潰すほどまでは乗っていない。
そんな車は中古車両であり、ほぼほぼノーマルであるそのマシンではあるが…もし仮にチューンでもしたらそれなりの性能になるという事は彼も分かってはいた。
だが、そうであっても基本的にレースに忙殺される以上…この車をわざわざ買ってしまった事は失敗だったのかもしれない。
欧州の道路事情にも興味があったので自ら移動こそしてはいるが、やはりそれでも持て余していた。
「(…時雨は、あいつは元気にしているだろうか)」
ふと、彼の頭の中に…嘗て自ら心を奪われるほど愛し、今でもずっと愛し続けている少女の存在が浮かんだ。
SNSで流れてきた、「首都高の新星」の話。
どうやら彼女は既に箱根だけでなく首都高へと向かったらしい。
それはきっと、彼女自身がいい修行になると認識したからだろう…そうその男は思っていた。
そして同時に、もし彼女がこの車を見たらどう思うか?そう思ってしまった。
パドックでレーシングチームスタッフと英語で会話する中、その男は裏で時雨の事を思っていた。
嘗て心から愛し、今でもずっと愛し続けている彼女が首都高で走るうちにどれだけ成長できるか。
彼女がどのようなレーサーになれるか。
それらは期待せずにはいられなかった。
だが一方で、こうも思った。
「(どんな車でも乗りこなして速く走り、時に美しくドリフトするのがレーサーの本分だ…もし俺が買った車が、彼女を成長させるための可能性になるとしたら?)」
次のレースに参加するべく着々と準備を進める中、その男…相楽翔は、次の休みに向けてある計画を実行しようと考えていたのだった。
(第5話End)