「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 第二幕 2024 -いつかあの頂で- 作:カービィ改二
今年もよろしくお願いします。
第6話です。
新たなる挑戦者と、新たなるコース。
そして新たなるマシンへ時雨が挑戦することになります。
act.6「Solicitation(新星勧誘)」
―――奈美子の父・ヒュウガは、彼女や彼女の兄…ショウが幼い頃に姿を暗ました。
数か月前には時雨と奈美子の元には現れたとはいえ、普段はどこにいるのかは分からない。
職業は最新車のテストドライバーであるということだけはわかっている。
そんな彼が残したジャケットに入っていた、走り書きのメモ…『ライジング・サン 0500』。
そのメモは、嘗てヒュウガが経験したであろうバトルを示すものだった。
箱根から首都高へ、数々のバトルを得て『ライジング・サン』と呼ばれるRUF CTRは、『エニシ』という人物が持っているらしいことが発覚した。
しかし、時雨と奈美子が「ライジング・サン」の聞き込みを初めて2週間近くが経過しようとしていたが、それ以上の有力情報は上がっていなかった。
ライジング・サンとヒュウガの間のバトルとは一体どのようなものだったのか。
謎を追う2人の前に、新たなる挑戦者たちが現れようとしていた……
―――箱根、カーファクトリー・ピット。
「(まずはホイールナットを取り外して…)」
この日、時雨はツナギ姿で日ごろの業務に勤しんでいた。
タイヤを取り外そうとしているマシンは、お客のダッジ・DART GTである。
ジャッキスタンドで持ち上げられていたマシンのタイヤを取り換えるべく、十字レンチをホイールに取り付けた。
インパクトレンチを使うというやり方もあるのではあるが、時雨にとってはどちらかと言えば手動操作に近い十字レンチでの作業の方が好みだった。
ホイールナットにレンチを取り付けたかと思いきや、くるくると回してナットを緩めていく。
既にジャッキアップされていた為に5本のナットをさっ、と外したかと思えば、そのままタイヤを外す。
そしてすぐそばに置かれていた取り換え用のタイヤを奥に押し込むような形で車に取り付けるのだった。
「いいですね、じゃああとはナットを取り付けてください。締めすぎないようにしてくださいね」
「はい」
ハルカはナットを取り付けるようにアドバイスし、ダートGTのエンジンを確認していた。
既にダートGTのエンジン自体は車のボンネットから取り出されていた。
どうやらかなり走り込んだため、オーバーホールが必要のようだ。
実際今回の整備に関しても、「オーバーホールの依頼」に関しては依頼主から話を聞いていた。
エンジンの様子を見たハルカは、そのエンジンの様子を見かねていた。
「(やっぱりオーバーホールは必要みたいですね…)」
まだマトモなエンジン、それなりに使い込んだエンジン、かなり使い込まれたエンジンの3台。
どれもダートGTのものである。
そう、今回の依頼はダートGT3台分であった。
箱根だけとはいえ、特訓で走り込めばあっという間に数万キロ近くにはなる。
何せ箱根には幾多の峠コースだけでなく、サーキットやダート、冬にはスノーロードすらある。
それくらい超バリエーション豊かな箱根という地においては、走り込みをすればそれこそあっという間に数万キロに達してしまう。
まだ1台目はマシな方かもしれない。だが2台目と3台目は流石にオーバーホールが必須だろう…
そうハルカが思い込んでいた時だった。
整備ガレージに、客が来たことを示すブザーが鳴った。
「お客さんですね…」
「あ、僕出てきます。1台目のタイヤ交換終わったので」
「えっ、もうですか?」
「はい。ナットの様子は一応見といてください」
「は、はあ」
そう言って時雨が店先へと向かう。
「……エンジンの様子をじっと見ていた間に、もうタイヤ交換を?」
そう言ってハルカは1台目のダートGTのタイヤの様子を確認する。
見たところタイヤはキッチリハマって、ナットも緩すぎずきつ過ぎずといったところだった。
それもちゃんと4本分である。
タイヤ交換がされていたのは1台だけとはいえ、どうやらエンジンの様子をじっくりと見ている間にそれなりの時間が過ぎてしまったようだ。
ハルカはそう思う事にした。
◇ ◇ ◇
「いらっしゃ…あ、あなた方は…」
店先にいたのは、私服の男女。
その顔に時雨は見かけがあった。
時雨を見て女が話し出す。
「お久しぶり、時雨!話は聞いてたけど、本当にこの工場で働いてるんだね」
「よう、時雨…お前さん、意外とツナギ姿も悪くねえんじゃねえか…?ふあー、眠い…」
「ちょっと!あんた時雨を前にまた…」
時雨と親し気な2人の男女。
男の眠たげな様子に対し、女が呆れた。
「あ、あはは…お久しぶりです、アカネさん。ソウマさん」
そんな2人の様子に、時雨は軽く苦笑いして名前を呼んだ。
「限界突破のアカネ」と「冷酷な瞳のソウマ」。
レーシングチーム「Twin Color」に所属する美女と美男のレーサーである。
時にとんでもない無茶をするアカネ、そして普段はボーッとしつつも本気になるとメチャ速なソウマのコンビ。
そんな彼らも、レーサーデビューを果たした時雨には興味と関心があった。
「いらっしゃいませー…あ、あなた方はまさか…『Twin Color』の!」
「あ、ハルカさん」
「こんにちは!ちょっとお邪魔させてもらってます!」
「…どーも」
「よ、ようこそ…!汚い場所かもしれませんが、どうぞゆっくりしていってください!」
整備ガレージから様子を見に来たハルカが合流。
アカネとソウマに対しては緊張しているようだった。
まあ実際プロレーサーを間近で見るとなったら、そうなるのも無理はない話なのだが。
すると、時雨が言葉を続けた。
「それにしても、お二人はどうしてここに?」
「ん?ああ、まーまずはお前さんにお礼を伝えにきてな…」
「お礼、ですか?」
「龍崎キララって、覚えてるか?」
ソウマの言葉に、時雨はピンときた。
「キララって…確かトシゾウさんの」
「ああ、そうだ」
「キララさんの事、知ってるんですか?」
時雨が疑問を口にする。
するとそれにアカネが答えた。
「実はソウマはね、キララちゃんの走りの講師を務めてるの」
「え…そうだったんですか?」
「ま、そんなところかな…」
ソウマが頭をポリポリしながら答える。
後進育成にも取り組んでいる2人。
そんな中でソウマは実は、龍崎キララの講師も担当していた。
「お前さんとトシゾウ社長のバトルを間近で見た事で、色々と刺激を受けたみたいでな…この前サーキットでアイツの走りを見たら、以前よりも走りのキレが良くなったんだ」
「走りのキレ、ですか?」
「ええ。ちょっと前に見せてもらった時よりも、さらに速くなったってところかしら」
「キララさんが…」
ソウマは先日時雨と顔を合わせた龍崎キララのドライビングコーチでもある。
そしてアカネも時折その講習の様子を見に来ていた。
どうやらアカネの話によると、キララは以前よりさらに速くなったという。
「あいつは最近、スランプ気味だったんだけどさ…キレが良くなったから話を聞いたら、お前さんのバトルを間近で見たそうだな」
「あ…そうみたいですね」
「もしかしたらお前とトシゾウ社長のバトルを見た事が大きいんじゃねーかなって」
「はあ…そうなんですね」
「ま、アイツのスランプ脱出の糸口を教えてくれたことに関しては、俺としても感謝してるわけよ…」
頭をかきながらソウマはそう言った。
「いえ…僕は別に、全力でバトルしただけなので」
時雨はソウマに対してそういった。
時雨にとっては自分がバトルした結果、それを見ていたドライバーが心理的に成長した。
それだけの話である以上、それ以上は時に何も言えなかった。
「…ま、そうだよな。お前にとっても予想外だっただろうし」
「はい」
だが、ダラダラと話すソウマに対してこうアカネが発破をかけるかのように言った。
「んもう、ソウマ!ダラダラと話ししない!今日は私たちだって目的があって来たんだから…」
「ん?…ああ、そうだな。悪い時雨。今日はお前に話があって来たんだ」
「話?」
そう時雨が言うと、遂にアカネが目的を話そうとしていた。
「今日はね、仕事の依頼と提案があって来たの!」
「仕事と、提案…?」
そう時雨が言うと、アカネが一呼吸おいてこう話して来た。
「時雨、4WDに興味はない?」
「……4WD?」
アカネの提案に対し、疑問を持ったかのように答える時雨。
するとそれを見たソウマが言葉を続ける。
「…まあ、一言で言えば俺たちの車の整備をしてもらいたいわけよ」
「お2人の車の整備を?」
「ああ。急な割込みの仕事で悪いかもしれねえが、ちょっと事情があってな…」
「事情、ですか?」
そうハルカが言うと、アカネがその事情を話しだした。
「実はアタシたち、欧州のレースに出ることが決まって…1ヶ月くらい留守にする事になっちゃったんだ」
「欧州、ですか?」
「ああ…まあ、海外遠征ってやつだ」
先に書いた通り、アカネとソウマはレーシングチームのドライバーである。
そんな2人は欧州遠征という事で、海外でのレースに出る事になった。
そしてそうである以上、2人の愛車を向こうに持っていく…という事もあるかもしれないが、どうやらそれもそうはいかないようだ。
「やっぱりさ、海外で色々やるとなるとお金もかかっちゃうし、自分たちの車に乗る時間も少ないみたいでさ…」
「本当は俺達も自分たちの車でサーキットとかストリートを走りたいが、こればっかりはな」
「お二人の車…たしかランエボ3とインプレッサでしたよね?」
時雨が車の事を聞き返す。
アカネのマシンは赤色で緑のステッカーを張られたランエボ3。
ソウマのマシンは青色で白のステッカーを張られたGDB-Cインプレッサ。
どちらも国産車としてはかなり有名な4輪駆動のマシンであり、ラリーではそれなりの名を持つマシンだ。
「ああ」
「信用のおける人に預けるって言うのもあるけれど…やっぱり、たまには整備もお願いしたくてね」
「そうなんですね」
海外遠征に伴うマシン整備と保管。それが2人からの依頼だった。
となると時雨が気になった事はもう一つある。
「どれくらい、預かればいいんですか?やっぱり、1ヶ月ほどですか?」
「んーっとそうだね…色々準備とかもあるから、やっぱりそれくらいは欲しいね」
「準備ったって…別に3週間くらいで良くね?まあ、向こうの滞在期間もあるし1ヶ月でいいか」
「1ヶ月、ですね…ちょっとスケジュールとか確認しないと何とも言えませんが…ちょっと待っててくださいね」
そう言ってハルカがマシンの整備状況を確認しに店の奥へと行く。
その間、2人の相手を時雨がする事になった。
「プロレーサーのお2人のプライベートマシンを、僕が…」
「うん。時雨は腕もいいし、きっとアタシたちのマシンに触れたらいい経験になると思うよ」
アカネが断言した。
するとそこで時雨に、FD3Sを整備した時と同じような疑問が浮かんだ。
「あの、もしこの車をテスト走行とかしていた時にバトルになったら、どうすればいいですか?」
「ん?…何でそんな事を?」
そう聞き返したのはソウマだった。
「実は…」
そう言って時雨が事情を話し始めた。
奈美子の父親が経験したであろうバトルに関係するマシン、「ライジング・サン」。
それを追いかけるべく首都高を最近は集中的に走っている事。
龍崎トシゾウに出会った事で、「エニシ」と呼ばれるドライバーを探している事。
そしてその「伝説のマシン」を追いかけるべく、首都高でも積極的に走りたい。
そして同時に、様々なバトル経験を積んで自らの武者修行を行っていきたい。
そういう事情を時雨は伝えた。
「なるほどな…お前さん、首都高で一声上げたと聞いたけど、そう言う事もやってたのか」
「はい…」
「武者修行か…自分の慣れないコースに飛び込んでバトルするのも、まあいい特訓だろうな」
ソウマはどこか納得したかのように言った。
時雨がSNSで話題になっている事はレーシングドライバーの2人にとっても小耳にはさんでいたのである。
とはいえ、今の段階ではお客のマシンを用いて首都高で武者修行するという事。
幾ら時雨の実力が高いという事を知っていた上でも、お客のマシンで流石に無茶をするというのは許されないのでは?
そう思った時雨は、事情をちゃんと説明したのだった。
すると、話を聞いていたアカネが口を開いた。
「別にいいよ!」
「え、いいんですか?」
躊躇なく答えたアカネに対し、時雨はどこか「本当にいいのか?」と言いたげに答えた。
「やっぱりレーシングドライバーは、そういうことを出来るようじゃないと!」
「そういうこと?」
「アタシたちレーシングドライバーはさ、与えられたマシンをどれだけ早くサーキットで走らせることができるのか、っていうのが本分だと思うんだ」
「与えられたマシンを、速く走らせる事…」
「うんうん。だからさ、首都高での特訓でもガンガン踏んでいっていいよ!」
レーサーというのは、指定されたコースで、与えられたマシンをどれだけ早く走る事が出来るのかというのが本分。
それがアカネの考えであった。
そして他人に一時的に車を与えるとなった以上、アカネとしては時雨が行おうとしている事…お客の車を用いて首都高で武者修行、というのは決して悪い事ではなくむしろ好印象だった。
「あとはさ、ランエボとインプレッサって同じ4WDのマシンだけど…色々と感じるものが違うと思うんだ!」
「違うもの、ですか」
「そう。エンジンとか性能とかは勿論だけど…やっぱり、乗ってみると違うと思うからさ。是非乗ってみてよ!あとは感想とかもよかったら聞かせてね!」
アカネはそうニッコリとした笑顔で時雨にそう言った。
「あ、ありがとうございます…あの、ソウマさんはいかがですか?」
「俺か?俺もアカネと同じだ…好きに使ってくれていいぜ」
「いいんですか?」
「これもお前さんにとっちゃいい機会だろうしな」
「機会?」
「ああ。お前さんはやっぱり今までワンエイティとかばかりだろうし…アカネが言う通り、4WDのマシンはいい経験になるだろう」
「いい経験…」
「4WDは今までのマシンとは大幅に異なるところがあるだろうな。だが、お前さんの腕を俺たちは信用してみたいと思う」
「…ありがとうございます」
「あとお前の成長は…俺としても期待してるからな。今後プロの世界に上がる事が決まっている以上、いい獲物になれよ…」
ソウマがどこか不気味な顔をしたように見えたが、時雨にとってはあまり気にする事ではなかった。
すると、そこへ店の奥からハルカが戻ってきた。
「お待たせしました!マシン整備と1ヶ月ほどの保管なら、こちらも大丈夫です!」
「本当?ありがとう!」
「…じゃ、決まりだな。後はよろしくな、時雨」
アカネとソウマがそう互いに声を出し、遂に方針が決まった。
そしてそれを見た時雨が、2人に対して軽く頭を下げた。
「ありがとうございます。それでは、1ヶ月ほどお預かりします」
「じゃあ、色々と工賃計算とかがあるので…その間こちらで書類の方をお願いしますね」
「はーい」
そう言ってハルカがアカネとソウマを誘導。
マシン整備の書類を書くようにお願いして、車を預ける事になった。
「4WD、か……」
時雨は静かにそう思いつつ、アカネとソウマの車検申込の様子を見ていた。
ともあれこうして、アカネとソウマから時雨はランエボ3とGDB-Cインプレッサを預かる事になるのだった。
―――数日後の昼、首都高へと向かうマシンの車内。
場所は東名高速道路東名川崎出口付近である。
この日、時雨と奈美子はアカネのランエボ3に乗っていた。
赤と緑にペイントされたランエボ3が、東名高速上りを走っていく。
「それにしても驚いたわ…!まさか時雨がアカネやソウマから車を預かるなんて!」
「アカネさんとソウマさん、海外遠征に行くって言ってたからね…信用が出来る人の所に置いておこうって、思ったんじゃないかな」
「でも、2台も預かるなんてね…」
奈美子はつくづく驚いているようにそう言った。
まあ、実際凄い事なのだろう。
何せ相手はプロのレーサー。
預けようと思えば自分たち以外にも預ける事は可能なのであるが、それでも自分たちに預けに来た。
それ程自分たちは信用されているのか、期待されているのかはわからなかったが…時雨にとってはまたとないいい機会だった。
何せ時雨はバックスポンサーはいるものの、車というものはただでさえお金がかかる高価な買い物。
ホイホイと車を買えるほどのお金は当然ないし、何より車を置く場所もない。
精々ワンエイティと…以前皇帝とのバトルで使ったあのマシン、そしてもう1台くらいしか置く場所はなかった。
そしてそうである以上、お客の車で攻め込むというのも普通じゃ許されない事だ。
だが、首都高で爆走する事をあの2人は許してくれた。
そしてそうである以上、与えてくれたチャンスをふいにするのは時雨としてもあまり心地はよくなかった。
与えてくれたチャンスは有効活用しよう、そう時雨は思っていた。
「でも、どう?時雨…ランエボ3は」
「ううん…車自体はいいんだけど、正直レーサーの車だからどこか高を括っていたところがあったみたい」
奈美子の言葉に、時雨はどこか苦い感情を露にするかのようにそう言った。
「というと?」
「実はこの車…あまり整備がされてなかったんだ」
「え?そうなの?」
「うん。僕だって箱根や首都高を走ってきた後に、マシン整備はしているだろう?」
「ええ。あとは定期的に細かいパーツの部分も整備を行っているわね」
「この車、色々なパーツがかなり使い込まれているんだ。パーツとかも結構使い込まれているし…僕もそうだけど、ハルカさんが驚いてたよ」
「そうだったんだ…」
「オーバーホール、っていうのかな。マシンのパーツが色々と使い込まれてて、明らかに劣化しているのに…それをずっと放置してたみたいでさ。結構お金がかかりそうなんだよ」
「マシン整備かあ…ってあれ?」
マシン整備がされていないという事を聞いた奈美子にある疑問が浮かんだ。
「じゃあ、ちょっと待って時雨。この車は、今…?」
「ああ、今はもうパーツとかはもう修復したから大丈夫。まあ、エンジンとかも整備はしたけどね」
「そうなんだ…」
「今はその…新しいパーツに取り換えたという事もあるから、慣らし運転も兼ねているのかな」
「慣らし運転…」
時雨たちが乗っているランエボ3は既にマシンの整備をある程度終え、慣らし運転の段階だった。
パーツというのは新品で必ず性能が発揮できるという訳ではない。
ある程度走らないとパーツの本領は発揮できないのである。
「まあ、何回か箱根でも試しに走ったけど…やっぱり、その時点でもワンエイティとは違うね」
「そうなの?」
「マシンパワーは勿論だけど、真っすぐ走る時の後輪が暴れるような感覚が無い。やっぱり、4つのタイヤでエンジンのパワーを均等に与えている、っていうことなのかな」
「そっか…」
「でも、逆を言えば…コーナーリングの際のドリフトがやりにくい、って事かな」
「そうね…あまり無改造の4WDのマシンでドリフトする事は珍しいかも。まあ、兄さんのGT-Rみたいにドリフト向きにするのは出来なくはないけれどさ…」
奈美子の兄…相楽翔。嘗て時雨と戦い合った彼のマシンはR35GT-R。
そのR35GT-Rでさえ、4WDなのである。
しかし彼のマシンの場合は、マシンを安定化させるアテーサET-S機能をオフにして完全にドリフト向けのマシンにしていた。
4WDというよりかは、ほぼほぼFRのマシンだったのである。
一方でランエボやインプレッサにはそんな機能はないに等しい。
サイドブレーキを引くなり慣性でドリフトを決めるなり、ドリフトが出来ない事はないのだが…やはりFRでドリフトする時よりかは難易度は跳ね上がるのである。それはやはり、4輪でマシンパワーを確実に地面に与えているという事が大きいのかもしれない。
最も、FFドリフトという難易度の高いやり方ではないと難しいFFよりかは幾分マシなのかもしれないが。
◇ ◇ ◇
―――数時間後。
時雨と奈美子は首都高に到着していた。
今回の場所は、「函崎PA」である。
首都高は基本的に昼間でもバトルは行われている。
だが、基本的に多くの人間がやってくるのは夜。
24時間バトルは行われていても、それでも盛んなコースは限られていた。
そしてその昼でもバトルが盛んなコースというのは、今時雨がいた函崎PAを起点とする…「黒羽根線」だった。
昼間に首都高にやってきたのはいいが、バトルはどちらかと言えば抑え目。
最も、走り屋らしきドライバーたちはそれなりにいるのだが…「ライジング・サン」の情報はやはり少ないと言えば少なかった。
「うーん…聞き込みしたけど、『ライジング・サン』についてのまともな手掛かりはなしか…今日も徒労に終わりそうね」
「そうだね…慣らし運転のついでに首都高までやって来たのはいいけれど、昼間は走り屋の数も少ないみたいだからね」
車内でマンゴープリンを頬張りながら、奈美子はそう言った。
言葉はがっかりしていたが…好みのマンゴープリンを食べれて満足はしていそうだった。
「首都高だけでダメなら、他県まで足を延ばさないとね…」
「そうだね…でも、首都高と言ってもこの黒羽根線だけじゃなくて…神奈川県や埼玉県、千葉県も首都高はあるんだろう?」
「うん」
「だったら、もう少し首都高を調べてみよう。色々な場所があると思うから…」
そう言った時だった。
函崎PAに走り屋のマシンらしき集団が入って来ていた。
「あれは…」
「…埼玉県のナンバーの車?」
奈美子がマシンの特徴に気が付いた。
大宮、川口、川越、所沢、熊谷、春日部、越谷…どのマシンのナンバープレートも、地名は埼玉県のものだった。
そしてその数はどんどんと増えていく。
「すごい数だわ…!」
「…いや、ちょっと待ってくれ。様子が変だ」
数に感心しているところで、時雨がある事に気が付いた。
ランエボ3の周りが包囲されているのである。
まさか、自分たちを狙っている?
そう時雨は思った。
そして包囲されたところで、1人の女性がランエボ3の方へやってきた。
「あれは…」
「集団のリーダーかな。いってみよう」
「え、ええ」
そう言って時雨と奈美子がランエボ3から降りた。
そしてやってきた女性の方へ話しかけに行く。
その人物は、普段の時雨と同じようにツナギを着た整備士らしき女性だった。
「あの、あなたは…」
「突然失礼します。お2人とも、はじめまして!『埼玉サウザンド』のチームリーダーのイロハです!埼玉の整備士ですっ!」
イロハと名乗った整備士の女性は、帽子を脱いで軽く頭を下げた。
その様子を見た奈美子が驚きを口にする。
「えっ!?あの大手チームの?構成人数が1000人近くいて、『サウザンドライバーズ』って言われている…あのサウザンド!?」
するとその言葉を聞いた頭を上げたイロハは、どこか自慢したげにこう言った。
「ふふん。ええ、大規模です。情報網も広いから、人探しにも有利ですよ!ですからお2人とも、私たちのチームに入った方がいいと思います!是非、『サウザンド』に!」
そう自分の胸をドン、と叩くように言ったイロハ。
どうやら時雨を勧誘しに来たようだ。
だが、奈美子と時雨の反応はイロハの予想したものとは異なるものだった。
「えっと…お誘いはありがたいんですけど、フットワークは軽いままでいたいんです。見つけたらすぐに行動したいから…ごめんなさい、イロハさん」
奈美子の言葉に時雨も軽く、こくこくと頷く。
とはいえ、イロハもそうなるであろうという事は予想済みだった。
「そ、そうですよね。情報網だけじゃ納得しませんよね…じゃあ、ウチの店での整備点検を無料にしちゃいます!これでどうでしょうか!?」
そういってイロハは時雨と奈美子にずい、と迫った。
「いや、そう言う問題じゃないんです…」
「そうそう、とにかくそういうのじゃないから!別のPAに行こう!!時雨!!」
「…えっ?ちょ…!」
そう言って奈美子は時雨の腕を引っ張ってイロハの前から離れ、さっと乗ってきたマシン…ランエボ3に乗り込んだ。
エンジンキーを入れてマシンを起動させた時雨は、わずかな隙間を縫う形で包囲網を脱した。
「あっ!お二人とも!!だ、誰か!誰かあの車を止めて!!」
「イロハさん、俺に任せて!」
「お願いします!!」
逃げるかのように加速していくランエボ3。
それを追いかけてイロハの仲間の一人である男が、愛車のDC5インテグラに乗り込んで追いかけていく。
「追いかけてきたわ!」
「やっぱりか…」
「実力で仲間に引き入れるつもりね。行こう、時雨!ぶっちぎってやりましょ!」
「よし、踏んでいくよ!掴まって」
バックミラーにDC5インテグラのヘッドライトが光る。
それを認識したところで、時雨は奈美子にランエボ3のアシストグリップに掴まるように言った。
黒羽根線と合流し、テールトゥノーズの状態となったところでバトルスタートとなる。
―――vs埼玉サウザンドメンバーA
推奨BGM:BOOM BOOM SEXY LADY(from EUROBEAT FLASH vol.17)
ここで、黒羽根線のコースについて説明する。
黒羽根線は、八重樫線と同じく2車線ではあるが…路肩が幅広い為、実質2車線+0.75台分の路肩×2という、エスケープゾーンなしとはいえ比較的幅は広いコースである。
とはいえ、全体的に高速域であるが、ヘアピンや直角コーナーが大多数を占めており、速度域と同時にきついコーナーへの対応も求められるコースとなっている。
スタートの函崎PAから黒羽根線に合流し、スタート直後に第1コーナーである左直角コーナー。
直角コーナーを抜けてしばしのストレートの後、第2コーナーである右ロングヘアピンコーナー。
第2コーナーを抜け、数秒の間隔を置いたところで第3コーナーである左直角コーナー。
第3コーナーからストレートを抜け、第4コーナーの左直角コーナー。
再びストレート区間を抜けたかと思いきや、今度は第5コーナーの右直角コーナー。
第5コーナーを抜けたところで今度は別路線の下を通るロングストレート。
スピードに乗ったところで現れる第6コーナーは左のヘアピンコーナー。
ヘアピンを抜け、端の部分に到達したところで第7コーナー、最終第8コーナーとなる左高速コーナー、右高速コーナー。
2つの高速コーナーを抜けて橋を渡り切ったところに現れるのが、ゴールとなる五潮PAである。
「―――!」
後方からの追っ手を振り切るべく、第1コーナーの左直角コーナーへ接近するランエボ3。
走行レーンは右車線である。
ランエボ3での初バトルという事もあり、マシン性能を確認するかのように慎重にコーナーに飛び込む。
ブレーキを手前でキッチリとかけ、安全域まで速度を落とす。
コーナー直前でサイドブレーキを引いてハンドルを左に曲げる事で、ランエボ3を強引にドリフトさせる。
アクセルを踏み込んで、第1コーナーをドリフトしていくランエボ3。
だが、ワンエイティの時と同じようにハンドルを左から右に切り返して瞬間だった。
「(……っ!?)」
前輪のグリップが残っていた為か、ドリフト状態が解除されてしまった。
ワンエイティの時と同じようにカウンターを当ててしまうと、グリップが残っているランエボ3はスライドが維持されずドリフト状態からグリップが回復してしまった。
グリップが回復したランエボ3は一気にアウトへと膨れていく。
路肩の部分まではみ出しつつも、間一髪のところでハンドルを左に曲げて壁との接触を回避する。
ギリギリで壁との接触…フレンチキスを回避した時雨だが、正直肝が冷えていた。
「(あ、危ない…この車はワンエイティじゃないんだ)」
今自分が乗っている車の事をすっかり忘れていた。
自分が手足の如く乗りこなすことができるワンエイティなのではなく、お客のランエボ3なのである。
そんなマシンで事故を起こしたなんて言ったら洒落にならない。
右端の路肩の部分から右車線に戻り、なんとか加速していくが立ち上がりは遅い。
コーナーリングでロスした分、後方からインテグラが徐々に迫ってくる。
「(お?あの車に追いついてる!?)」
インテグラのドライバーは飛ばしながらそう思っていた。
まさか追い付けてしまう?
そう思いつつ、第1コーナーと第2コーナーの間のストレートをかっ飛ばす。
2台の車間距離は車1台分まで近づいていた。
2台に第2コーナーの右ロングヘアピンが迫る。
インテグラも左車線から右車線へと移り、テールトゥノーズの状態になろうとしていた。
「(次のコーナーは、敢えてドリフトを抑えめに…)」
ドリフトでしくじりかけた以上、今度はグリップで攻める。
慣れない以上、その選択肢を取る事は決して間違えではない事だった。
第2コーナーにも早めにアクセルリリースをして、ブレーキを踏んで減速させる。
速度は150キロ台から110キロまで減速する。
コーナー直前でハンドルを一気に右に曲げ、一瞬だけサイドブレーキを引いてマシンを旋回させる。
旋回し始めたところでブレーキリリース。
すると、その時だった。
「(…!)」
ワンエイティの時よりも遅く、後輪が滑り出した。
ドリフト状態に入ったのである。
こうなったらアクセルを踏みつつハンドルをある程度曲げてドリフトを維持するか、角度を調整するべくわずかにカウンターを当てる。
だが、カウンターを当てているハンドルの舵角は先ほどよりも抑え目である。
それでもランエボ3はヘアピンコーナーのクリッピングポイントを駆け抜けるかのようにドリフトしていく。
文字通りのアウトインアウトを駆け抜け、クリッピングポイントを抜けたところでアクセルをさらに踏み込む。
そして後方でドリフトしているDC5インテグラを徐々に引き離す。
「(速くなった…!?余裕をかましていたのか!?)」
同じ車線を走ってドリフトしていくインテグラだったが、距離はみるみる引き離されていく。
1つのコーナーとはいえ、ランエボ3の速さが上がったように見える。
どうやら最初のコーナーでのもたつきはミスだったようだ。
インテグラもドリフトで食らいつこうとする。
だが、ランエボのドリフトが収まりつつある中で同時にランエボが加速していく。
その加速には、インテグラも追いつけない。
「(今の走りは…)」
早めにブレーキを踏み込み、ハンドルを大きめに曲げて、場合に応じてサイドブレーキを引いてドリフト状態になったら、アクセルを調整してその状態を維持し続ける。
そしてコーナーのクリッピングポイントを駆け抜けたところでアクセルを踏み込む。
このドリフトの方法がワンエイティとの大きな違いである。
カウンターをワンエイティほど当てることなく、ブレーキングとハンドル操作だけでランエボをドリフトさせ、マシンの進路調整をしつつコーナー脱出時にアクセルを全開に踏むことでドリフトを抑える…つまりカウンターを当てるという事になっていたのである。
一応、箱根でも多少は走っていたが…このやり方は正しいのか?
時雨は疑問を抱きつつも、ランエボ3を加速させていく。
「(ゆっくり突入して、コーナーの中間を抜けたところでドリフト状態になるようにして、ドリフトし始めたらアクセルを踏み込んで加速させていく?)」
スローインファストアウト。
前もってキッチリと減速してコーナーに突入し、アクセル全開でコーナーを素早く脱出する方法。
時雨にとってはそのやり方が合っているのではないかと感じていた。
第3コーナーである左直角コーナーが迫る寸前、ウインカーを出してランエボ3を左車線へと移す。
第3コーナー直前で速度は150キロほど出ていたが、これを120キロ台まで減速させる。
そして減速したところで、左にハンドルを思いっきり曲げ、意図して後輪を滑らせるようにする。
その速度域に対して必要以上の旋回をした事で、後輪は自然と滑り出す。
だが、本来ワンエイティの場合踏むアクセルは踏まない。そしてハンドルもカウンターを当てるべくコーナーとは逆向きに曲げない。
正確にはコーナーリング中のアクセルは踏んでも全開にせず抑え目にして、曲げてもワンエイティほど派手にカウンターを当てる事はない。
アクセルを踏まないのはまだこの車の特性を理解していないからというのもあるが、一方で下手にハンドルを曲げてカウンターを当ててしまうとマシンがどこへ行ってしまうかがわからなくなる為である。
ドリフトした状態のランエボ3は、コーナー中間を過ぎてアクセルを踏み込んで加速する。
それと同時に徐々にドリフトが収まっていく。
そして綺麗なアウトインアウトを描いてコーナーを脱出したランエボ3は、ワンエイティの時以上の立ち上がりの加速を持って立ち上がっていく。
「(ドリフト中はコーナーの逆にハンドルを曲げすぎなくても安定してるし、立ち上がりもワンエイティより素早く感じる)」
コーナーを脱出し、ストレートを駆け抜けるランエボ3の中で時雨はそう思っていた。
カウンターを当てる事が少ないという事は、車が旋回中でも安定しているという事。
そしてマシン性能の違いもあるが、アクセルを踏み込むことでランエボ3が確実に加速していく。
ワンエイティの時は「地面を蹴る」という感じだったが、ランエボはどちらかと言えば「地面を蹴り上げる」という感覚だった。
そして一方で、ランエボ3に関してこんな感想も持っていた。
「(アクセルの踏み具合を調整すれば、車がどこに走っていくのかが明確にわかる気がする…)」
アクセルを踏み込み具合でランエボ3がどこへ走っていくのかがわかるような気がした。
まだコーナーを数個抜けただけなのでそう断言はできないが、アクセル操作次第でランエボ3を上手く制御する事が出来るかもしれない…時雨はそう考えていた。
コーナーを駆け抜ける時、深くハンドルを踏み込んでタイヤを滑らせ、コーナー脱出時にアクセルを調整すればどこまでアウトに膨れるかが変わるのではないか。
そんな認識を持った上で、第4コーナーの左直角コーナーへとランエボ3を走らせていく。
「(完全に制御するにはまだ試行錯誤の必要はあるかもしれないけど、これなら…!)」
ランエボ3というマシンが少しだけ、わかった気がする。
手探りの状態という訳ではないが、これがランエボのような4WDのマシンの走らせ方の1つなのかもしれない。
そう時雨は認識したところでランエボ3は第4コーナーへと迫っていく。
「―――!」
ブレーキを全開で踏み込み、160キロから120キロまで減速する。
そのままハンドルを思いっきり左に曲げ、後輪のグリップが無くなって滑り出すのを狙う。
後輪が滑り出したところでハンドルを徐々にニュートラルに戻す。
ハンドルを戻す中、アクセルを踏み込んでドリフト状態を維持し続けるようにする。
後輪が滑ってドリフトしていく中で、ランエボ3はコーナーの左端の壁ギリギリ…クリッピングポイントを駆け抜けていく。
そしてクリッピングポイントを抜けたところで、時雨はアクセルを全開にして4つのタイヤ全体にエンジンパワーを伝える。
エンジンパワーを与えられたランエボ3は後輪の空転が収まり、そのままの勢いで前へ前へと加速する。
グリップが回復する中でドリフトは収まり、ランエボ3は前へと加速していく。
コーナー脱出時点で速度は160キロ近くまで回復していた。
「(やっぱりすごい…地面を掴む感覚、っていうのかな。この車は滑りすぎず地面から離れない。それでいて、前に進む力がワンエイティよりも大きく感じる)」
4つのコーナーを抜けたところで、時雨は徐々にランエボ3の操縦方法を独自に認識しつつあった。
コーナーでのドリフト中は、ワンエイティの時とは異なりアクセルを全開にしないし、カウンターを当てすぎない。
ワンエイティの時、どれだけ派手なアクションを取っていたのか…時雨はそう思った。
だが、これが4WDのマシンの一つなのだろう。
聞くところによると、ワンエイティやRZ34のようなドリフト向きのマシンは「FR」というらしい。
エンジンを前において、後輪の2つのタイヤにエンジンパワーを与える。
今まではずっと、「タイヤ4つに均等にエンジンパワーは伝わるもの」と認識していたから、そう考えるとそれとは異なる車に乗るという事は時雨にとってもとても新鮮な気持ちになった。
「(4つのタイヤにエンジンパワーが伝わる、っていうことがここまで安定したマシンに仕上げる事が出来るなんて)」
ストレート区間でランエボ3を加速する中でも、時雨はランエボ3の安定性に気が付いていた。
今まではハイパワーなワンエイティはアクセルを全開にすると、時々後輪が暴れ出すことがあった。
以前乗ったRZ34の時は尚更だ。
過度なパワーを後輪だけに与えるという事は、前輪にパワーが与えられないので時に不安定になりかねないという事。
ハンドルをしっかり握って操縦しないと、あのワンエイティやRZ34は暴れかねない。
だがこのランエボ3は違う…ハンドルをワンエイティの時よりかは強く握らなくても、自然と前へと進もうとする。
それはいわば、暴れる確率が低いという事でもある。
そんな中で第5コーナーの右直角コーナーが迫る。
左車線から右車線へと移り、コーナーへ備える。
「(立ち上がりと旋回中の安定性がある代わりに、ドリフトの操作が今までとは違うということか…)」
コーナー直前でブレーキを強く踏み込み、180キロ近くから130キロ台まで減速する。
ハンドルを思いっきり右に曲げ、後輪が滑り出す。
後輪が滑り出すのと同時にハンドルを徐々にニュートラルに戻し、アクセルを踏み込む。
コーナー内側の路肩を抜け、アウトインアウトへと駆け抜ける。
路肩を抜けたところで、アウトに膨れすぎないようにアクセルを調整し、ドリフトを抑える中でアクセルを全開にして加速する。
ハンドルは左車線へとはみ出ないように制御しつつ、ランエボ3を立ち上がらせていく。
ロングストレート区間で速度は130キロ台から170キロ以上まで加速する。
これが一種のとどめのつもりだった。
「(車の走りは奥が深い…やっぱり1台に絞るのはダメなんだ。様々な車に乗る、っていうのは…大きいのかな)」
ストレート区間でアクセル全開にして加速していくランエボ3。
ターボ音を響かせながら、後方のDC5インテグラを完全に振り切るのだった。
コーナー5つで完全にランエボ3はDC5インテグラを振り切った。
その結果が全てだった。
「(は、速すぎる…!あんな動きは見た事が無い…!追いつけない…!)」
一方のインテグラ。
第2コーナーで離されたかと思いきや、第5コーナーをランエボ3が駆け抜けた時点で完全に置いて行かれていた。
バトル相手の男はハザードランプを出してあっさりと負けを認めるしかなかった。
◇ ◇ ◇
―――函崎PA。
「…振り切られましたか。どうやら、『箱根の時雨』の実力は本当みたいですね」
『はい…』
バトル相手だったDC5インテグラ乗りの男は、バトルを降りた後にハンズフリーでイロハに連絡を取っていた。
アッサリと負けてしまった事は素直に報告したほうがいいと思ったのだろう。
イロハが言葉を続ける。
『でもオレ、思うんですけど…あいつらの事を諦めなければきっと…』
「……!」
男の言葉に、イロハがハッと反応した。
どうやら彼の言葉がイロハにとってのスイッチになったようだ。
「ですよね…きっと私の誠意が足りてないから、離れて行っちゃうんですよね!前の彼氏もそうだったし…!」
こうなってしまうとイロハはもう止められない。
誠意が強すぎる彼女は、相手を満足させることに必死になるモンスターと化す。
「ああ、またリーダーの悪い癖が…」
「あれは元カレが酷かっただけで、リーダーの誠意が足りてないとかそう言う問題じゃなくて…」
サウザンドのメンバー達が呆れるかのようにそう口々にする。
イロハだけでなく彼氏にも問題があったようだが、こうなるともうイロハは一心不乱になってしまう。
電話を切ったイロハが「サウザンド」のメンバー達に一斉に号令を出す。
「みんな、首都高全域で『箱根の時雨』を捜索しましょう!見つけ次第、バトルでも何でもやって、お話が出来る環境を作ってください!!」
「「「は…はい!!!」」」
暴走機関車と化したイロハを止められるものはもはや、サウザンドのメンバーにはいないのであった。
「人海戦術がサウザンドの底力…絶対に逃がしませんよ!時雨さん、奈美子さん!!」
「(だ、ダメだ…こうなったらリーダーは止まらない。何とか『新星』を見つけ出さないと…)」
一人勝手に燃えるイロハに対し、メンバーたちは呆れるようにそう思うのだった。
◇ ◇ ◇
同じ頃、五潮PA。
一旦振り切った時雨と奈美子だが、先ほどまでバトルしたサウザンドのドライバーから忠告を受けていた。
「あんたら、マズいよ…サウザンドのメンバー達が探しにくるぞ」
「僕達の事を?」
「ああ…イロハさんは目的の為なら何だってやる人だ。何が何でも勧誘しに来ると思うぞ。マジ気を付けてくれよ…」
そう言ってDC5インテグラの男は函崎PAの方へとインテグラを発進させるのだった。
そしてそれを見届けて、奈美子が時雨に話しかける。
「どうする?時雨」
「うーん…」
サウザンドのドライバーたちに追われるという事は、莫大な数の人間に追われるという事である。
そしてしつこく追われる以上逃げるしかない。
それが策の一つだ。変な付きまといは自らの力をフルに発揮して振り切るまでかもしれない。
だが、時雨はそれ以外の方法もあるのではないかと思っていた。
「(…いや、ちょっと待って?)」
一人考えていた時雨は今までのバトルの事をふと思い出す。
今まで時雨は、一つのコースにおいて様々なドライバーたちとバトルをしてきた。
それは箱根でもそうだったし、後任のレースとかならともかく…首都高でもきっと変わらないだろう。
たった一人でチームに挑んでいく。
傍から見れば文字通りの孤高のファイターだ。
「(たった一人で膨大な数の敵に挑んで、突破していく…か)」
時雨にとっては数多くのドライバーと戦う事は、己の鍛錬にもなるからいいとして、同時にそれが一種の爽快感を生んでいた。
現実で例えれば、無双ゲーが面白いと言われるのと同じ所以。
たった一人で多くの敵を倒す。
一騎当千、そしてその爽快感。
それは己の鍛錬にもなるが、同時に時雨にとってのバトルを求める理由の一つにもなりつつあった。
そしてそうである以上、時雨がどうするか…という方向性は定まろうとしていた。
「(ようし…)」
どうせバトルをする事になるのなら、真正面から受け止める。
それがもしかしたら最適解なのかもしれない。
そう時雨は直感した。
そして直感と同時に、時雨はランエボ3のエンジンを敢えて動かさないのだった。
―――数分後、五潮PA。
「見つけた…!」
サウザンドのメンバーから「2台はPAからずっと動いていない」という話を聞いたイロハと仲間たちは五潮PAへやって来ていた。
愛車をランエボ3の真正面になるように駐車スペースに止め、愛車から降りる。
それを見た時雨と奈美子もランエボ3から降りてイロハを待ち受けるのだった。
「来てくれたんだね、イロハさん。その調子だと…僕をどうしても、勧誘したいのかな?」
時雨はどこか待っていたかのような口調でそう言った。
「時雨さん、やっぱりいたんですね!今度こそ、誠意お見せしますからね!」
「いや、さっきも言いましたけど、私たちこの件は、きちんとお断りしたはずで…」
奈美子がそう言ったところで、イロハが更なる誠意を示す。
「いいえ、私の誠意が足りなかったんです!整備に続いてタイヤ交換も、無料にしちゃいます!チームに入ってください!お願いします!!」
そう言ってイロハは思いっきり頭を下げた。
「ええっ!?も、もっとサービスが欲しくて断ったんじゃないのに…ねぇ、時雨……時雨?」
「……」
奈美子は驚くだけだった。
だが時雨はどこか分かっていたかのように、同時にどこか諦観したかのようにワンテンポ置いてこう言った。
「わかったよ、イロハさん。あなたの誠意には負けたよ」
「えっ!?」
「じ、じゃあチームに…!!」
すると、頭を上げたイロハがそう言いかけた時だった。
「いや、直ぐには入らない。僕の話を聞いてほしい」
「な、何ですか!?」
時雨にずい、と顔を寄せたイロハ。
時雨は体を軽く離して、こう言った。
「…こういうのはどうかな?これから僕が、ここにいる『埼玉サウザンド』のメンバーから15人程選抜してバトルをする。誰か1人にでも負けたら…僕はチームに入る。変に逃げて追われるくらいなら、ここから先は正々堂々受けるよ。どうかな?」
「時雨…」
奈美子にとっては不安しかなかった。
最初、「イロハさんを待つ」とは言っていたが、まさかこうも正々堂々とバトルする羽目になるとは。
今の時雨なら勝ち続けることは不可能ではないのかもしれないが、それでも万が一のことがあったら…ということを考えると、奈美子にとっては不安しかなかった。
「大丈夫…僕にまかせて」
時雨はどこか、ニッとした表情を表した。
だが、イロハにとってはそんな事よりも「もしかしたらチームに入ってくれるかもしれない」という事がとても嬉しかった。
「ほ、本当ですか!?だったら私たち、いくらでもバトルしますよ!!何でも言ってください!!」
すると、「何でも言ってください」という言質を取ったところで時雨は言葉を続ける。
「何でも…か。じゃあ、バトルするからにはそれ相応の条件を言っておきたい」
「何ですか?時雨さんの言う事だったらなんでもしますよ!!」
顔をずい、と再び寄せてくるイロハ。
だが、その様子を見た時雨はあえて態度を変えた。
「…いや、やっぱりそれは後にしよう。いずれイロハさんとバトルする事になるだろうから、その時に話す」
「時雨…」
「わ、わかりました。何なりとおっしゃってください」
「…とにかく、今はバトルを優先しよう。さっさと僕は用事は済ませたいんだ…誰でもいいから、かかっておいでよ」
時雨がそこにいたサウザンドのメンバーを見渡す。
するとそれを見た、サウザンドのメンバーの一人が手を挙げて立候補した。
「じゃあ、私がやります。私がリーダーにチューンしてもらった車で『新星』…いや、『箱根の時雨』を倒しますから!」
「は、はい!お願いします!!では、お二人も車の方へ!」
そう言ってメンバーの女が愛車であるGDB-Aインプレッサに乗り込む。
イロハの言葉に時雨と奈美子も頷いてランエボ3の方へと向かっていく。
「(あの人はチューナーもやっていたんだね…なら、僕も負けていられないかな)」
そう時雨は思いつつも、奈美子と共にランエボ3に乗り込むのだった。
◇ ◇ ◇
―――vsイロハの親友
推奨BGM:LOVE IN THE LIMO(from SUPER EUROBEAT vol.88)
相手のマシンは黒のGDB-Aインプレッサ。
今度は五潮PAから函崎PAまでの逆ルートである。
コースは先ほどまでと逆なので省略する。
2台が五潮PAから黒羽根線へと並走状態で合流していく。
左レーン、ランエボ3。右レーン、GDB-Aインプレッサ。
「(まだこの車の真価を僕は知らない…)」
並走状態で走るランエボ3の車内で、時雨は静かにそう思っていた。
まだ数回バトルという実戦で乗っただけのマシンである以上、自分にとってはまだ乗りこなせていない。
様々な人間とバトルを通じてこの車の事をもっと知りたい。
先ほどまでである程度の走らせ方は分かったが、まだこの車の真価は分からない。
バトルを通して、この車をもっと知りたいと時雨は強く認識するのだった。
本線に合流したところで、インプレッサが加速し始める。
それを追うかのように時雨もランエボ3のアクセルを踏み込んでゆっくりと加速していく。
「(後ろに付いた…?)」
先ほど、先鋒のドライバーを振り切ったというドライバーだが…何故かここにきてランエボ3が後方に付いた。
どういうつもりなのかはわからないが、今はとにかく走るまで。
インプレッサのドライバーはアクセルを踏みつつ、マシンを加速させていく。
「(さっきのドライバーはまだ最初のドライバーだったから…ここからこのチームの走り屋たちの実力を知るんだ)」
時雨としては相手の実力を知りたいという魂胆があった。
幾ら有名チームとは言え実力はピンキリ。
今ここにきているドライバーたちはどれほどのものなのか?時雨としてはそれを見てみたかった。
そして同時に、プロレーサーのマシンであるこの車の本当の性能に関してはあまりひけらかしたくはないというのもあった。
インプレッサのリアとランエボ3のフロントの間の車間距離は車1.5台分くらいである。
2台の前に連続コーナー…第1コーナー、第2コーナーの左高速コーナー、右高速コーナーが迫る。
「―――!」
ブレーキを踏み、タイヤをグリップアウトさせていくインプレッサ。
オーバースピード気味に突っ込み、タイヤのグリップの限界を超えるように走る。
サイドブレーキを引いてハンドルを左に曲げ、タイヤが徐々に滑り出したところで再びアクセルを全開にしてマシンを強引にドリフトさせる。
マシンを横に傾け、後輪から白煙が少しだけ上がる。
「(…コーナーに対して、かなり派手に曲げてる)」
時雨にとって、インプレッサのコーナーリングは文字通り派手なものだった。
高速コーナーだというのに、随分と派手にドリフトしているのである。
あれはどちらかといえば速さというよりはパフォーマンス寄りのドリフトだ。
そう時雨は認識した。
「(なら、僕も…)」
130キロ台でコーナーに突入するランエボ3。
コーナー直前でアクセルオフからブレーキを強く踏み、同時にハンドルを一気に左に曲げて強引に後輪を滑らせる。
後輪が滑り出したところでアクセルを踏み込む。
だが、必要以上にカウンターは当てない。
カウンターを当てるとどこへ飛んでいくか分からないが、それを抑えめにすればある程度は制御できる。
強引にグリップを失い、そこからアクセルを徐々に踏み込んで突破していく。
強引にドリフトした事でアングルは付いたが、それでもアクセルを踏み込んだことで加速していくランエボ3。
インコースという事もあり、徐々に差を詰める。
先行するインプレッサは第2コーナーの右高速コーナーへと入っていた。
「(2つのコーナーを1つに見立てる…って出来るのかな?)」
時雨の得意技、フェイントモーション。
それをコーナーに応用する、逆ドリフト。
ワンエイティの時はカウンターを当て続けて方向を変えたが、同じやり方はランエボ3でも出来るのか?
そう思った時雨は、アクセルを踏み続けてハンドルを右に思いっきり曲げる。
「―――!」
アクセルを踏み続けている事でドリフトは続いていたが、ランエボ3は素直に左向きから右向きへと方向を変える。
アクセルオフをするとどこへいくかがわからないが、アクセルを踏み続ける事で地面を確実に掴んで離さない。
エンジンパワーを与えられ続けたランエボ3は加速しながらも方向を左から右へと変えて、そのままコーナーを突破していく。
時雨にとっては、あまりにも素直なマシンだった。
アクセルオフの必要もなく、ハンドルを曲げた方向に曲がってくれる。
アクセルオフであるとどこへ行くかが分からないが、アクセルオンだと何という素直なマシンだろうか。
時雨にとっては、ドリフトはしにくいもののやりように応じてワンエイティよりも速く走る事が出来るのではないかと認識していた。
「(一旦アクセルを抜いてドリフトし始めたら、コーナーを抜けるまでアクセルを踏み続ける…?)」
アクセルを離してドリフトすればどこへ行くかわからなくなるが、アクセルオンであれば地面を掴んで安定する。
時雨にとってはそう感じていた。
そしてそう感じながら、左に少しだけハンドルを曲げてカウンターを当てる。
アクセルは踏み続けた状態でカウンターを当て、ランエボは徐々に前方へ推進していく。
角度を付けなければ真っすぐと駆け抜ける事が出来るのだろう。
だが、加速力はワンエイティよりも段違いだった。
曲がらない4WDのマシンではあるが、地面へ4つのタイヤでパワーを伝える事で間違えなく加速力は上だった。
最も、素のパワーの部分も全然違うと言えば違うのだが…それでもその加速はワンエイティの時よりも間違えなく速く感じられた。
試行錯誤しながらマシンを操縦する時雨だが、着実に前方のインプレッサには近づいていく。
あっという間に車間距離は1台未満まで縮まっていた。
アクセルを踏みつつ、ランエボ3はドリフト状態からなめらかに推進状態へと変わり、徐々に立ち上がっていく。
「(もう追いついてきた…!?)」
前方を走るインプレッサ。第3コーナーに飛び込もうとしている。
バックミラーの光が徐々に眩くなるのは感じていた。
ブレーキをかけてサイドブレーキを引いて強引に後輪をスライドさせ、ドリフト状態に入る。
ハンドルを右から左へと徐々に曲げてカウンターを当てつつドリフトする。
インコースであるインプレッサは、コーナーで何とか引き離そうとする。
「―――!」
コーナー脱出後にすぐに追い抜きを図るべく、あえて車線を変えずに左レーンを走り続けるランエボ3。
第3コーナーは右のヘアピンコーナーである。
減速しなければ間違えなくアウトに膨らんでしまうだろう。
そう認識した時雨は、アクセルオフからブレーキをかけてランエボ3を160キロから120キロまで減速する。
突っ込み気味にコーナーに飛び込みつつハンドルを右に曲げる事で、リアタイヤが滑り出す。
リアタイヤが滑ってドリフト状態に入りかけたところで、ブレーキリリース。アクセルを再び踏み込む。
タイヤが滑る中でエンジンパワーが与えられたランエボ3はドリフトしつつも徐々に加速していく。
アクセルを踏まないと内側に進んでしまうが、踏み込めば外側へ進む。
そんなランエボ3を、アクセルコントロールとハンドルワークで制御していく。
「(ハンドルの曲げ具合だけじゃない。アクセルの踏み具合で、車がどこに進むのかが変わる…)」
ハンドルを右に曲げながらアクセルを踏み込むことで、加速しながらコーナーを立ち上がっていく。
車線上から路肩の方まではみ出しつつも、確実に加速していく。
速度はコーナー突入時の110キロから130キロ台まで加速する。
徐々にドリフトアングルも収まっていく。
ドリフトが収まっていく事を認識した時雨は、ハンドルをニュートラルに戻していく。
「(…あれ?)」
コーナーを立ち上がって加速していくランエボ3の中で、時雨は不思議な感覚だった。
今までワンエイティでドリフトしていた時は、ドリフトを終えて加速する際はハンドルを完全にニュートラルにしてアクセルを踏み込んでいた。
だが、このランエボ3の場合はその動作が無く自然にドリフトが終わった。
ハンドルをニュートラルにしたままそのまま加速していく事で、多少アウトに膨れはしたもののアクセルオフの手間はなかった。
そして4WDならではのトラクションの良さもあり、滑らかに加速していく。
速度は130キロ台から160キロ以上まで加速する。
ランエボ3はインプレッサにあっという間に近づく。
そして速度差を生かし、ランエボ3はストレート区間であっという間にインプレッサをオーバーテイクした。
「(そ、そんな!!)」
第3コーナーの後のロングストレート。
立ち上がりは上手くいっていたはずだ。
だが、あのランエボ3は自分よりも滑らかにドリフトして、自分よりも速い速度でコーナーを立ち上がった。
しかも先ほどの事を考えるとアウトコースなはずである。
一体何があったのか?インプレッサのドライバーにとっては驚くしかなかった。
ランエボ3はインプレッサを振り切らんと加速していく。
「(いくら整備不足だったとはいえ、流石現役レーサーのマシンだ…僕のマシンと同等、いやそれ以上のスペックがあるのは間違えない。そこら辺にいる走り屋位なら、軽く蹴散らせてしまうだろう)」
ストレートを走るランエボ3。
時雨はコーナーの立ち上がりで追いつけたのは、自分のドライビングではなくマシンのお陰であると考えていた。
プロレーサーという職業柄、プライベートのマシンにもかなりお金をかけていると思われる。
ワンエイティと同じくらい古いランエボ3だが、チューニングに関しては、半人前の自分でもかなり施されているという事は認識できた。
「(あとは、アカネさんが言っていた…『ゼロカウンター』を極めれば、速く加速できるのかな)」
ふと、時雨はアカネが言っていた事を思い出した。
『時雨、4WDのマシンでドリフトする以上必要なのは『ゼロカウンター』の技術よ!』
アカネからはそう言われていた。
4WDマシンでのドリフトは、オフロードならともかく舗装路では基本的に向いていない。
そんなマシンを強引にドリフトさせる2人は実際かなりの技術を持っているという事だろう。
そしてそんな人物が言った「ゼロカウンター」が、勝負のキーポイントとなる。
カウンターを当てないドリフト、ゼロカウンター。
4WDであればそれを行う事はたやすい。
突っ込みでハンドルを曲げてドリフトさせ、後はアクセルワークだけでドリフトしていく。その間ハンドルはニュートラルだ。
カウンターを当てないという事は、無駄な減速が無いという事。
ドリフトの究極系とも言われる。
アドバイスでゼロカウンターの事については聞いていたが、時雨にとっては「カウンターを当てないでドリフトが出来るのか?」ということは疑問でしかなかった。
何せ今まで乗って来ていたFRのワンエイティでは、偶然何回かゼロカウンターが出来たかもしれないが、基本的にはドリフト中はコーナーの向きとは逆向きにカウンターを当て続けていた。
基本的にゼロカウンターに不向きなFR。だが、ゼロカウンターが基本的にやりやすい4WDなら…
「(この車の走らせ方は…こういうことなのかな?)」
ストレート区間を走り、180キロまで加速するランエボ3。
目の前に第4コーナーの左直角コーナーが迫る。
コーナーの入口でブレーキを踏み込み、突っ込み気味にコーナーに突入する。
速度は180キロ台から130キロ台まで減速する。
「(コーナー突入時に、大きめにハンドルを切り込んで…)」
ハンドルを一気に左に切って、ランエボ3のタイヤを滑らせる。
滑り出したところでブレーキリリース、アクセルオン。
タイヤのスキール音を響かせる中、ランエボ3がドリフトしていく。
ランエボ3が完璧に壁の方向を向き、コーナーの壁スレスレに切り込む。
走行ラインだけを見れば、文字通りのアウトインアウトだった。
それを認識したところで、時雨はハンドルをニュートラルに戻す。
ドリフト状態になったランエボ3は、そのままの勢いでコーナーを駆け抜けていく。
「(コーナーの端っこを向いた瞬間にハンドルを真っすぐにする。そしてコーナー脱出時に殆どカウンターを当てないでアクセルワークでドリフトを調整する…これだ)」
ドリフトしていくランエボ3だが、アクセルを踏み続ける事で徐々にドリフトが収まって外へと膨れていく。
だが、右車線にはみ出さないようにアクセルを調整して膨れすぎないように調整する。
そしてそのまま、ランエボ3は第4コーナーを脱出する。
「―――」
左車線をはみ出ない程度に膨らみつつも、加速していくランエボ3。
130キロ台から150キロ台まで加速する。
目の前には第5コーナーの右直角コーナーが迫る。
「(こう…か!)」
突っ込み気味に飛び込み、フルブレーキング。
軽く左に切っていたところから一気に右にハンドルを思いっきり切り返して強引に後輪を滑らせる。
そして滑り出したところでアクセルオン。
ゼロカウンターと軽いフェイントモーションの合わせ技だった。
ハンドルは徐々にニュートラルに戻し、あとはアクセルワークで適度にマシンを膨らつつも加速していく。
派手なアクションでコーナーの内側を攻め切ったかと思いきや、そのままアクセルワークで脱出するやり方だった。
ランエボ3は130キロ台から再び150キロ台まで加速する。
「(段々慣れてきたのかな…でも、最後まで油断はしない)」
時雨自身ランエボ3の乗り方がある程度わかってきた。
コーナー突入時に派手なアクションを取ってそのままの勢いでコーナーを突破するというやり方が、この車に向いているのかもしれない…そう認識していた。
だとしたら、フェイントモーションとの相性は合っているのかもしれない。
そうも認識したところで、第6コーナーの右直角コーナーに突入する。
「―――!」
軽く左に切っていたハンドルを、ブレーキングと共に右に100度以上切り返す。
160キロから再び速度は120キロ台まで減速。
フェイントモーションでランエボ3は左から右へと向きを変える。
路肩付近からコーナー内側のクリッピングポイントをピンポイントで狙っていくようにドリフトしていくランエボ3。
アクセル全開であるにも関わらず車線をはみ出さず、コース中央のクリッピングポイントを射抜いていた。
コーナーを加速しながらランエボ3は立ち上がっていく。
だが、目の前には第7コーナーの左ロングヘアピンコーナーが迫っていた。
「(このままの勢いで、切り返す…!)」
速度は140キロ台。
ドリフトを抑え、第6コーナーを立ち上がったランエボ3。
ハンドルを右に曲げ、そこからブレーキング。
ブレーキングする最中、ハンドルを右から左へと180度近く切り返す。
速度が140キロ台から100キロ台まで減速し、同時に右から左へと一気に方向が変わるランエボ3。
スピン寸前になるかというレベルまでランエボ3のドリフトアングルを付け、道路中央付近から路肩を踏み込み、コーナーのインコースギリギリまで攻め込む走行ラインを描いていた。
速度も減速していたこともあり、走行車線のクリッピングポイントを射止める事は比較的容易。
壁の方向を向きつつも、壁スレスレを駆け抜けてランエボ3はドリフトしていく。
クリッピングポイントを抜けたところで、時雨は徐々にアクセルを強めて全開で立ち上がっていく。
アウトに膨れるランエボ3だが、膨れ具合をアクセルワークで調整しつつストレート区間へと加速していく。
「(それにしても、マシンのチューニングが施されている以上…整備が出来ていないのは、もっと問題かな)」
第7コーナーをドリフトで立ち上がっていくランエボ3の中で、時雨は静かにそう思った。
ゼロカウンターを極めれば極限まで速くなれるだろうに、マシンが整備されていなければ間違えなく真価を発揮できない。
そうである以上、車の整備は絶対に必要だ言う事は時雨自身も認識した。
第7コーナーの時点で後方のインプレッサは完全に見えなくなり、そのまま最終コーナーの右高速コーナーへと走り去るのだった。
結果は言うまでもない。6秒以上の大差をつけて、時雨の圧勝だった。
◇ ◇ ◇
―――数戦後、函崎PA。
バトルに敗北した仲間たちの話を聞くべく、イロハは一度函崎PAへと戻っていた。
「すいません、イロハさん…負けました」
「(私が手掛けたマシンが負けた…?どこを弄れば、あんなに速くなるの?まさかチューン技術まで私より上…?)」
バトル後、時雨とバトルしたドライバーは申し訳なさそうにイロハに頭を下げていた。
イロハは複雑な表情を浮かべながら、ただ俯いていただけだった。
「あの人の車は私がチューンした中でも、そこそこの自信作だったんです。もっと競ってくれるかなと思ったんですが…話になりませんね」
「は、はあ…(まあ、この車は僕の車じゃなくて…プロレーサーのマシンだからね)」
時雨にとっては勝負に勝ったのは当然と言えば当然だった。
何せ今自分が乗っているマシンはプロレーサーの愛車。
それもかなりチューニングされているのは時雨でも理解していた。
整備不足を時雨が補ったとはいえ、それでもマシンスペックは圧倒的だった。
それだけマシンの性能が高いという証拠である。
「でも、引き下がるわけにはいきません。次の方、お願いします!(バトルに勝ったらチームに入ってくれる以上、絶対に諦められない…!)」
「(リーダーもかなり無理してるなあ、筑波連合とのバトルは僕達が頑張るのに…)」
そう言ってイロハは次のドライバーを指名する。
挙手したドライバーが愛車へと乗り込んでいくが、静かにリーダーの事も心配していた。
そしてそれを見て、時雨と奈美子も再びランエボ3に乗り込んだ。
「イロハさん、誘ってくれるのはいいんだけど…」
「随分、僕達に執着しているね」
「何か目的があるのかしら?」
「さあ…」
時雨と奈美子は疑問に思いつつも、再びランエボ3を動かすのだった。
―――さらに数戦後、函崎PA。
埼玉サウザンドの選抜メンバーたちは既に時雨に敗北し、残ったのはイロハだけだった。
「まさか、『サウザンド』の選抜ドライバーたちを皆破るなんて…!」
「さて、残っているのはあなただけだね」
イロハは時雨の実力にただただ感心するしかなかった。
有言実行を地で行ったことで、イロハは驚くしか出来なかった。
「約束だよ。仮にあなたが勝ったら…」
「チームに入ってくれるんですよね!?もしチームに入ってくれるなら、工場のサービスは何から何までやりますし、駐車場も用意します!何なら住む場所だって用意しますから!!」
時雨に対して、イロハはずいと顔を寄せた。
だが、時雨はそれに対して多少引き気味に離れた。
「あ、あのねイロハさん。サウザンドのドライバーの皆も、イロハさんに気を使って言えないと思うから、私があえて言うね…」
「はい?」
「赤字になるようなサービスや住むところとかも用意して、私たちをチームに誘ってくれたのは本当にうれしいわ。でも…」
奈美子がそう言ったところで、時雨が軽く頷いて言葉を続ける。
「僕としても気持ちはありがたいんだ。友達くらいならなれるけど、やっぱり…最低でもバトルで勝たないと、チームには入れないよ」
時雨の言葉に軽く頷いて、奈美子も言葉を続ける。
「そうね…イロハさんはいい人だもの。友達にはなりたいと思うわ。でもね、エニシを探すにはどうしても…時雨の力が必要なの」
奈美子の言葉に、イロハは反論気味に口を開いた。
「どうして…どうしてダメなんですか?サウザンドにはたくさんのメンバーがいます…人探しなら、私たちと一緒の方が効率がいいと前にも言ったじゃないですか!!それに…首都高をこれだけ走っても見つからない、そのエニシという人が、あなたたちだけで本当に見つけられると思っているんですか?」
感情が爆発するかのようにイロハはそう言葉を口にした。
だがそれでも、時雨はどこか分かっているかのようににっこりとこう言った。
「見つかると思う…僕とバトルしたある人が言っていたんだ。『ドライバーである以上走り続けろ』ってね。今の僕はそれしか出来ないからね」
しかしその言葉はイロハにとってはあまりにも曖昧過ぎると認識するしかなかった。
「甘い考えですよ。たった2人で聞き込みをして、走ったところで何にも見つかりません。見つかるはずがない…!」
激昂気味にイロハはそう吐いた。
そしてそれに対して時雨は、わかっていたかのようにこう言った。
「何だって言えばいいよ。今の僕にとっては、走る事が全てだ。そしてそうである以上、僕は譲れない…!」
イロハを強く睨み返す時雨。言霊を含みつつそう言い放った時点で、完全に戦闘モードに入っていた。
だがそれでもイロハは躊躇せずに言葉を続けた。
「時雨さん、バトルを申し込みます!私が時雨さんの目を…覚まさせてあげます!そして勝った暁には…チームに入ってもらいます!!」
「わかった…いいよ」
すると、時雨はここである事を思い出したかのように言葉を続けた。
「ああ、そうだ。そういえば僕が言っていた『条件』を言ってなかったね」
「あ…」
時雨がサウザンドのメンバー達と戦う上で提示した「条件」。
それを遂に時雨が言う時が来た。
「じ、条件ですよね!?家でも整備でも交通費でも、何でもしますよ!!」
2人に迫るイロハ。条件を飲めばチームに入ってくれるのだろう。
そう思ったからには、もう自分としては何でもやる。そう思っていた。
すると、その言葉を聞いた時雨に不気味な笑みがこぼれた。
遂に餌に引っかかったか、と言わんばかりだった。
「僕があなたに勝ったら…」
「か、勝ったら…?」
イロハが息をのむ。
そして次の瞬間、時雨はイロハを不気味な笑みで見てこう言った。
「『埼玉サウザンド』は、問答無用で解散してもらうよ」
「……え?」
強い口調で、時雨はそう言った。
イロハへと提示した条件…それは、「『埼玉サウザンド』の解散」だった。
時雨の言葉に対し、既に敗れた「埼玉サウザンド」のメンバー達は動揺するしかなかった。
だが、誰も反論する事は出来ない。
ここにいる「サウザンド」の誰もが時雨に勝てなかったからである。
速いものが全てである走り屋の世界では、時雨に逆らうことは許されなかった。
「ちょ、ちょっと時雨!!あなた、何を言って…」
「これが僕のバトルする条件だよ」
困惑する奈美子の言葉を押し黙らせるかのように、時雨はそう言った。
そしてそれ以上に困惑していたのは、誰を隠そうイロハだった。
顔面蒼白で、明らかに動揺していた。
「か、かかか勘弁してください!!それだけは…今までの努力の結晶が!!代わりに何でもします!!」
「ダメだよ。ここでは勝った人間が全てだろう?僕はさっき、『サウザンドのメンバーが1人でも僕に勝てばチームには入る』と言った。でも、誰も僕には追いつけなかった。それでいて僕が何もしない…というのは、不釣合いだと思うんだ。だからこそあなたが負けたら…『サウザンド』は一人残らず解散してもらう。それが、僕にとっては均等の条件だと思うからね」
時雨は不気味な笑顔でそう言い切った。
はきはきとはしていたが、笑っているようで笑っていない。
呟かな時雨の瞳の色は完全に消えており、文字通りのハイライトオフというべきだろう。
下手すれば一種のヤンデレ状態。その言葉の圧はあまりにも強かった。
そしてその一種の霊圧に、奈美子もイロハはもう何も言えなかった。
もうバトルキャンセルは許されない。
だが、イロハは諦めきれずに泣きごとを言ってきた。
「そ、それじゃあせめて私の車を差し上げるという事は…」
「いらないよ、そんな車…置く場所もないよ」
「じゃあ、せめて私の工場は…」
「だから、いらないよ。僕にもそれくらいある」
「本当に、どうしても…」
「往生際が悪くて失望しちゃうよ。これ以上僕に何か指図するなら、僕の不戦勝でチームは解散。啖呵を切っておいて逃げる事は許さないよ。さあ、どうする?」
時雨はため息をついてそう言った。
それはヘタをしたら脅迫にも近いものだった。
さすがにやりすぎでは…奈美子がそう思う一方で、完全に口車に踊らされてしまったイロハはもうバトルをするしかない状況だった。
「ううう…わ、わかりました……バトル、してください…」
条件を飲むしかない…そう思うしかなかった。
そして動揺する中、イロハはフラフラと愛車に乗り込んだ。
そしてそれを見て、奈美子と時雨もランエボ3に乗り込んだ。
「時雨…『サウザンド』解散って、正気なの…?」
「………」
奈美子は完全に時雨にドン引きしていた。
ずっと共にいる相棒とはいえ、まさかあそこまでやるとは思っていなかったのである。
一方奈美子の質問に対し、時雨は何も答えないのだった。
◇ ◇ ◇
―――vs献身整備士のイロハ
推奨BGM:TELEPHONE(from EUROBEAT FLASH vol.4)
イロハのマシンは白色で、レーシングステッカーの張られたMR2 GT-Sだった。
コースは函崎PAから五潮PAまで。
2台が並走しつつ函崎PAから本戦へと合流しようとしていた。
左レーン、ランエボ3。右レーン、MR2。
「(あの人がどれほどの実力かは知らないけど、僕だってただの走り屋じゃあないんだ)」
ちょっと前に首都高に現れ、この路線もある程度は走り込んだ。
加えて今日、埼玉サウザンドのメンバー達と走り合う事でさらに磨きはかかっていると思われる。
だからこそ、熟練度は上がっている。
そしてそうである以上、易々と負ける事は自分が許さない。
「(『箱根の時雨』と呼ばれる程の実力を…僕がその走りで証明する)」
どんな相手でも必ず勝ちに行く。
絶対に油断せずに勝つ。
多少の自信を持ちつつも、そう時雨は思っていた。
そして、その慢心ほどではない多少の自信は時雨の速さをより際立てようとしていた。
「(ど、どうしよう…このバトルに負けたら、今までの努力の成果が…)」
MR2を運転するイロハは明らかにおぼつかない様子だった。
まあ、バトルを挑んできて、サウザンドのメンバー達が全くもって敵わなかったドライバーにいきなり、「負けたらチーム解散」と言われてしまったら、動揺するのも当然と言えば当然だったが。
とはいえ、実際まさか負けたらチーム解散という事を突きつけられるとは思ってもいなかった。
今まで自分たちが走り合ったドライバーは、明らかに今のバトル相手よりも生温かったのかもしれない。
とはいえサウザンドのメンバー達に対して何度もバトルするという不利な条件化をあのドライバーが乗り越えた以上…自分としては受け入れざるを得ない。
そうイロハは思うしかなかった。
「(でも、ここまできたら…私も、全開で走るだけ…!!)」
もはやイロハはそう覚悟を決めるしかなかった。
本戦に合流した2台。
先行したのはMR2である。
時雨はどこか余裕そうに、アクセルを徐々に踏み込んでいく。
MR2がリードを取る中、時雨は左ウィンカーを出して右車線から左車線へと移る。
車間距離はテールトゥノーズから徐々に引き離される。
「(さあ、勝負だ。僕から逃げてみろ!)」
函崎PAからスタートして、2台の前に第1コーナーの左直角コーナーが迫る。
時雨はあえて距離を取り、相手の出方を見る。
後追いという事もあり、時雨にとっては余裕があった。
「―――!」
ブレーキを踏み込み、ハンドルを一気に左に曲げるイロハ。
後輪が滑り出したところでアクセルを全開にし、ハンドルを左から右に切り返してカウンターを当てる。
後輪を滑らせ、ドリフトしていくMR2。
それを後方から見定めるように追いかけるランエボ3。
後を追いかけるようにランエボ3もコーナーに突入する。
「……」
ハンドルを思いっきり右に曲げたかと思いきや、アクセルオフからフルブレーキングでハンドルを左に切り返して曲げる。
速度は140キロ台から130キロ台まで減速する。
オーバースピード気味に突っ込むことで、後輪が限界を超えて滑り出す。
後輪が滑り出したところでブレーキリリース、アクセルを踏み込んでドリフト状態を維持していく。
ランエボ3はコーナー内側の壁を向きつつ、クリッピングポイントである壁スレスレを射抜いてドリフトしていく。
アングルは明らかに付けすぎだったが、エンジンパワーがタイヤに均等に伝わっていた事もあって速度はMR2よりも速かった。
この時点で、時雨は多少遊んでいた。心理的には余裕があるようだ。
あとはコーナー脱出。アクセルを調整しつつ、ハンドルをニュートラルに戻して徐々にドリフトを収めるようにしていく。
そのまま前方を走るMR2を追いかけつつ加速する。
「(やっぱり、大したことはなさそうだ)」
フェイントモーションでコーナーを駆け抜けたランエボ3。
第1コーナー後のストレート区間で車間距離は車2台近くからあっという間に0.5台分まで迫っていく。
明らかにコーナー脱出速度は時雨の方が上だった。
前方を走るMR2は左車線から右車線へと移っていたこともあり、時雨も右ウィンカーを出して右車線へと移る。
「(あんな派手なフェイントモーションで…追いつめられている?私より、あのランエボ3の方が…速い……!?)」
ランエボ3はずっとMR2のバックミラーに映り続けていた。
そしてその存在は、どんどんと大きくなっていく。
後方からのプレッシャーは明らかにイロハを圧迫していた。
「(に、逃げないと…チームが…!)」
何が何でも逃げないと、チームが無くなってしまう。
ほんの1キロでもいいから速くコーナーを駆け抜けなくてはいけない。
そんな心理状況が、イロハを明らかに焦らせていた。
そんな中でも、第2コーナーの右ヘアピンコーナーへとMR2は突入しようとしていた。
「くっ…!」
コーナー直前でブレーキを踏み込み、MR2を減速させるイロハ。
速度は130キロ台から90キロ台まで減速する。
限界まで踏み込まないと、後方からのランエボ3に押し負けてしまうかもしれない。
チームを守る為にも、何が何でもあのドライバーを引き込む為にも…負けるわけにはいかない。
そう思いつつも、ハンドルを右に曲げてアクセルを踏みつつドリフトしていく。
走行ラインは何とか右車線上を駆け抜けていた。
「(さあ、どうですか?時雨さん…これが私の)」
だが、そう思った瞬間だった。
ロングコーナーの中間部分で、後方から赤い巨体が勢いを付けてドリフトしていく。
文字通りの大外刈りだった。
MR2の左サイドとランエボ3の右フロントの隙間は数cmもなかった。
そんな状態でランエボ3は高速でコーナーをドリフトしていった。
「な…!?」
パワー任せのランエボ3が、まさかのヘアピンコーナーでアウトから追い抜いてしまった。
自分としては攻め込んだはずだったが、まさか外から一気に追い抜かれるとは思いもよらなかった。
アウトコースから派手なアングルを付けていたランエボ3は、そのままの勢いで徐々に加速していく。
左サイドのランエボ3が一気に斜め左へと存在が移っていくのがイロハには見えた。
そしてそのままの勢いで、タイヤが真っすぐを向いた状態でドリフトを抑えて加速していく。
一瞬で追い抜かれてしまった。
「(コーナーの突っ込みが遅すぎる…)」
一方の時雨。
時雨自身、相手のMR2のコーナーの突っ込みが遅い事に気が付いていた。
明らかに減速しすぎだったのである。
負けないように、ミスをしないように明らかに失速しているように時雨には見えていた。
だがそれは同時に、自分自身の走りを失う状態…いわば迷いを生じていた。
フェイントモーションで左から右へとぐいと曲げ、そのままの勢いでヘアピンコーナーを駆け抜けていく。
そしてハンドルの舵角をわずかに右に曲げつつもアクセルワークでマシンを制御しつつ、コーナー脱出寸前には路肩にはみ出るまでの勢いでドリフトしていく。
速度は110キロ台から140キロ近くまで加速していく。
夕方という時間帯であったが、ランエボ3の存在は首都高で確実に輝きを放っていた。
「(このまま引き離せば…)」
先ほどまで与えたプレッシャーは明らかに相手の心理状態にダメージを与えているだろう。
そう時雨は思いつつ、アクセルを踏み込んで第3コーナーの左直角コーナーへとランエボ3を走らせる。
後方からのプレッシャーを与え、隙を見計らってオーバーテイク。
そしてそのまま相手のフラストレーションを高めていく。
相手の精神を完全に弄ぶやり方かもしれない以上邪道かもしれないが、勝ち方に美学はない。
相手を傷つけさえしなければ、最低限のルールを守れば…
ここでは速い者が全てなのである。
「うぐぐ……!」
当然、時雨に弄ばれていたイロハは完全に限界だった。
後方からのプレッシャーに加え、隙を見せた事であっという間にオーバーテイクされた事によるショック。
そしてそのまま置き去りにされそうになっていた。
前方のランエボ3は速度をブレーキングで少し落としてから、右向きから左向きへとマシンの方向を変えてアングルを付けつつも素早くドリフトしていく。
そして立ち上がりもカウンターを当て続けた後のアクセルオフの時間が殆どなく、アクセルワークだけで立ち上がっていく。
イロハも何とか追いつかんとインコースの左車線へと左ウィンカーを出して移る。
あのランエボ3と同じインコースを走れば、少なくともロスは広がらないはずである。
「っ……!」
勝つためだったら何でもやる。
とにかく自分の出来る精いっぱいでコーナーに飛び込み、ドリフトしていく必要がある。
相手よりも素早くドリフト擦れば追いつける。
単純な話だが、そう簡単には問屋が卸さない。
ブレーキをかけたかと思いきや咄嗟にハンドルを曲げ、そのままアクセルを踏み込んでカウンターを当てる。
だが、前を走るランエボ3の姿はどんどんと小さくなっていく。
速度は110キロは出ているが、それでも離れていくのである。
「(追いつけない?こっちは目いっぱい攻めてるのに…!!)」
どんなに自分の限界を超えてドリフトしても、前を走るランエボの姿はどんどん小さくなってコーナーの先へと消えていく。
トラクションの良さは分かっていても、それ以上の異様な速さだった。
コーナー出口でアクセルオフからハンドルをニュートラルに戻し、タイヤがグリップしたところでアクセルを踏み込んで加速していくものの既にランエボ3は後輪を滑らせながらも第4コーナーの先に姿を消した。
「(まさか私は…とんでもないミスをしてしまったって事…!?)」
自分では到底手懐ける事の出来ない、下手したら飼い主すら噛みついてしまうとんでもなく狂暴な怪物に戦いを挑んでしまった。
レベル10の勇者が十倍、下手したらそれ以上のレベルを持つ以上の怪物に挑んでしまったも同然なのだ。
もがけばもがくほど自分の走りにぼろが出る。
それ程の相手であれば間違えなく、自分の目的を叶える事は出来るであろう。
だが…それは自分が勝って、相手を強引でもチームに引きずり込んだ場合。自分が勝てなければ、その目的を叶える事は間違えなく出来ないのだ。
そして相手をチームに引きずり込む為には何が何でも逆転しないといけない、兎に角追いつく必要がある。
そんな意識がイロハを支配する。
そして完全にその意識が支配しきった次の瞬間だった。
ブレーキを全開にかけたのはよかったが、突発的に全開にかけたことでブレーキがロックしてしまったのである。
MR2は130キロ以上のオーバースピードで突っ込んでいく。
「しまっ…!!」
左車線から右車線へと飛び出したMR2。
右車線を越え、路肩へとはみ出してしまった。
ブレーキロックが起きてしまった以上、なんとか減速しなくてはいけない。
サイドブレーキを引いて強引に減速させるも、今度は左にハンドルを曲げていたこともあって一気にドリフト状態へ。
だが、その角度は明らかに付けすぎ。カウンターを当ててももはや態勢を立て直すのは難しいレベルだった。
ドリフトアングルを付けすぎていたMR2は、壁スレスレをまで左リアを迫らせる。
幸いにも接触する事はなかったものの態勢を立て直すことはもはやできない。
そのままの勢いに任せてMR2はぐるんと逆向きを向いてしまう。
だが逆向きを向いた後もブレーキを踏み続けながらハンドルを左に曲げ続け、そのまま正面を向きかけたところで右に切り返してカウンターを当て、何とかスピンを抑えた。
それでも、イロハのメンタルは完全にボロボロだった。
「ま、負けた…じゃあ、チームは…」
相手に弄ばれ、必死に追いつこうとしたあまり見境を失ってアタックしたあまりマシンをスピンさせてしまった。
後方からのプレッシャー、大外刈り、そしてそのままの大逃げ。
ここまで完膚なきまでやられてしまったらもう負けを認めるしかなかった。
だが一方でそれ以上に、チームに入ってくれない事に関しては彼女にとってはがっかりする要因となっていた。
「(首都高を何度か走った僕でも分かる…あの人は甘い。でも、腕試しにしては丁度いいくらいかな)」
一方、第5コーナーを駆け抜けてロングストレートをアクセル全開で駆け抜けていくランエボ3の中で時雨はそう思っていた。
幾ら数を用意したところで、どのドライバーもピンキリ、はたまた多少の実力差しかないのであっては…自分のように、強いドライバーには勝てない。
また同時に1000人という莫大な数によって、己の鍛錬が疎かになっていたのかもしれない。
そして、どんな相手でも心を乱さずに自分の走りをしなければ速くなれない。
時雨は「最速のドライバー」になるためにはどうするべきかを、色々と考えていた。
様々な考えを巡らせる中、ランエボ3を制御しつつ、第6コーナー、第7コーナー、第8コーナーを駆け抜け…時雨は五潮PAへランエボ3を躊躇なく走らせるのだった。
―――五潮PA。
ランエボ3が先に入ってきて、駐車場の一角に駐車する形で止まった。
「ふう…」
「随分と余裕そうだったわね、時雨」
サイドブレーキを引き、一息ついた時雨。
その様子に奈美子が話しかけた。
「僕は別に、相手の隙に付け入っただけだよ」
時雨はどこか安堵した顔でそう言った。
すると、奈美子が言葉を続けた。
「でも、時雨…『埼玉サウザンド』を解散する、って…本気なの?」
「……」
時雨はあえてその質問には何も答えなかった。
そんな中で、イロハのMR2が五潮PAへとノロノロ入ってきた。
「イロハさんが来たみたいだから、出よう」
「えっ、ええ?」
普段は引っ張らない時雨が、奈美子を引っ張るかのように車から降りた。
MR2はランエボ3の手前の駐車スペースに駐車し、フラフラと運転手…イロハが降りてきた。
ヘタっていたイロハは両膝を地面についてガックリとうなだれるのだった。
そこに時雨と奈美子が迫る。
「残念だったね。でも、バトル前の約束は守ってもらうよ」
「う、ううう…」
頭をガックリと下げ、イロハはもう絶望するしかなかった。
幾ら自分が啖呵を切ったとはいえ、まさかこんな事になるとは思わなかった。
1人の人間をチームを勧誘しようとしたばかりに、逆に返り討ちに遭ってチームを解散するような羽目になるとは。
どうして、どうしてこうなった。
そうイロハは思うしかなかった。
だが、もうこうなってしまった以上チームを解散するしかない。
諦めるしかなかったのだった。
「時雨…本気でやるの?」
奈美子は時雨に対してまだドン引きしているようだった。
幾ら自分が信用した相棒とはいえ、まさかチームを潰すような事をするとは思っていなかった。
そう思うと、奈美子はどこか幻滅しているかのようだった。
すると、奈美子の様子を見た「流石にもういいか」と思ってこう言葉を口にした。
「冗談だよ」
「……え?」
時雨が「冗談」といったところで、時雨の目の色が戻ったかのようだった。
「イロハさん、色々とごめん。チームの解散とかの話は全部芝居だよ。」
「し、時雨…」
「時雨、さん…?」
イロハが困惑する中、時雨は顔を上げたイロハに右手を差し伸べる。
「チームも解散しなくていい。僕に色々としなくてもいいよ」
「じ、じゃあ…どうして…」
イロハにとってはなぜ、チーム解散の指示なんて出したのかはわからなかった。
するとその真意を時雨が説明する。
「…今回のバトルでわかったと思う。あなたは善意を与える人を間違えた…ってことだ」
「善意を、与える人…?」
イロハが静かに呟く中、時雨は頷いて言葉を続けた。
「善意で行動する事は、決して悪い事ではないと思う。でも…見境なく善意を与えると、その善意を悪用するような人も必ずいるって事を…覚えておいてほしいんだ。今回の一件できっと、わかったはずだ」
時雨はイロハに説法するかのようにそう言った。
善意を与える事は間違えではないが、その善意を与えるのは必ず人を見てからにした方がいい。
それが時雨の考えだった。
もし与える人を間違えたら、その善意を悪用されてしまうかもしれないから。
そしてその善意を悪用されて、お金や資産とかもだまし取られてしまうかもしれないから。
そう時雨は思っていた。
時雨の手をイロハは握って立ち上がる。
そして立ち上がったところで、イロハは両手でツナギをぎゅっと握り、肩をすくめて2人の前で深々と頭を下げた。
「うう…す、すいませんでした。もうチームには勧誘しませんし、近づいたりもしません…」
そう言って反省の態度を表したイロハ。
すると頭を上げて、言葉を続けた。
「それと、あの、バトルに負けてこんな事言うのも失礼なんですけど…2人とも、私を嫌いにならないでください!お願いします!!」
そう言ってイロハは再び頭を深々と下げた。
その様子を見て、奈美子と時雨は一旦顔を合わせたかと思いきや、イロハの方を向いた。
そして奈美子が口を動かした。
「…別に嫌いになんかなってないわよ。方法はちょっと強引だったかもしれないけど、チームのために頑張ろうって言う気持ちは十分伝わって来たし…」
「うん。それにあなたの走りは、多少後ろから見ただけだけど…チームの為に負けられない、って意地が見えたんだ。その気持ちは…大切にした方がいいね」
奈美子と時雨の言葉に対し、頭を上げたイロハの顔は明るかった。既に立ち直ったようだ。
「あ、ありがとうございます!!」
涙が出かけていたイロハだったが、それに気が付いていたのかハンカチで涙をぬぐった。
そして涙をぬぐったイロハが言葉を続ける。
「それにしても、『筑波連合』とのバトル、どうしたらいいかしら…お2人の力を借りれないとなると…」
ガッカリとするイロハに対し、時雨と奈美子が顔を一旦合わせたところで質問する。
「『筑波連合』とのバトル?」
「もしかして私たちを必死に勧誘してたのって、それが理由なの?」
時雨と奈美子が互いに質問する。
その言葉に対し、イロハが答える。
「は、はい…私たち、どうしても『筑波連合』とのバトルに勝ちたくて…お2人がいてくれれば、絶対勝てるだろうって…それで…」
イロハが事情を説明したところで、時雨が更なる質問をする。
「そうだったんだね…その『筑波連合』とのバトルはいつかな?」
「ええっと…2日後の夜11時なんです」
「2日後…」
イロハは「筑波連合」とのバトルに備えるべく、奈美子と時雨を勧誘したのだった。
するとその事情を聞いた時雨が、一度奈美子と顔を合わせて頷いた後に改めてイロハを見て口を動かす。
「じゃあ、僕がそのバトルを受けるよ」
「…えっ?いいんですか!?何も差し上げてないのに…どうしてです!?」
時雨の言葉を聞いたイロハが涙をこぼしそうな勢いでそう言った。
「もう!話、聞いてなかったの?"友達にならなれる"って言ったじゃない。友達が困ってるなら、助けてあげなきゃ」
「そうだね…それに、今まで言っていなかったと思うけど…僕達が首都高を走っているのは、人探しもそうだけど…僕自身の『武者修行』もそうだからね。様々な走り屋たちとバトルできるなら、僕にとっても嬉しいかな」
イロハの言葉に対し、奈美子と時雨はそう互いに笑顔で答えた。
「お、お二人とも…あ、ありがとうございます!!」
そう言ってイロハは帽子を脱いで頭を深く下げた。
そして頭を上げたところで、時雨が質問し返す。
「じゃあ、2日後にここに来ればいいのかな?」
「は、はい!…あ、でもバトルをするのはここじゃないですよね…」
「え?首都高じゃないのかい?」
すると、イロハは時雨の質問にこう答えた。
「首都高は首都高でも、コースが違うんです…ここは『黒羽根線』ですが、バトルの場所は佐々木PA…『司馬庭園線』なんです…」
「埼玉サウザンド」の選抜メンバー達を倒し、リーダーのイロハも撃破した時雨。
そしてそのまま、埼玉サウザンドの対決チーム…「筑波連合」のドライバーたちとバトルする事になった。
果たしてイロハが言う「筑波連合」のドライバーたちとは何者なのか?
そして、司馬庭園線とはどのようなコースなのか?
新たなコースでの更なる対戦相手とのバトルへと、時雨と奈美子は挑戦していくことになるのだった。
(第6話End)