「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 第二幕 2024 -いつかあの頂で- 作:カービィ改二
イロハたち「埼玉サウザンド」と「筑波連合」のバトルに対し、時雨は埼玉サウザンド側のドライバーとして受け立つことになります。
そして現れるもう一つの影。
―――ライジング・サンを持つとされるドライバー、「エニシ」を探す『箱根の時雨』こと時雨と、奈美子。
2人の前に立ちはだかる、関東最大のチーム「埼玉サウザンド」。時雨を勧誘するリーダーのイロハから送り込まれるサウザンドドライバーの猛襲を躱して、バトルで決着をつける事に成功する。
彼女が時雨を勧誘する理由は、埼玉サウザンドと対決する事になっているチーム「筑波連合」とのバトルの為であった。
事情を理解した時雨と奈美子は、一人の走り屋として…埼玉サウザンドの助っ人となるのと同時に、筑波連合のドライバーたちに挑戦する事になるのだった。
―――時雨とイロハたちの出会いから、2日後の夜。
埼玉サウザンドのリーダー、イロハと仲間たちは既に佐々木PAにいた。
だが、例の助っ人とやらはまだ来ていない。
どうやら時間ギリギリにくるのかもしれない。
「あと10分で、約束の時間…」
スマートフォンの時刻を見て、イロハは静かに呟いた。
「本当に来るのかな…リーダー、やっぱりやり方が良くなかったんじゃ…」
チームメンバーの一人が呟いた。
そう言われると全くもって「来ない」という可能性があるのは何とも言えない事だった。
幾ら友達とはいえ、それはただのその場しのぎだった可能性だってあり得る。
だが、来る可能性は十分にある。
例のドライバーは「武者修行」に首都高に来ているのだ。
沢山のドライバーと一気に戦える以上、この場を逃すはずがないだろう。
そうも思っていたが、やはり不安はあった。
すると、その時だった。
「リーダー!あれは…」
「えっ?」
チームメンバーの一人がそう言って指を指した先に見えたのは、佐々木PAに入ってきた都内ナンバーのGDB-Cインプレッサだった。
ボンネットは白く、それ以外は水色に塗装され、メーカーステッカーも施された奇抜なマシン。
だが、イロハにとってはどこか「見た事のある」マシンだった。
それは、2日前に自分たちが戦ったドライバーと同じ雰囲気をかもしていた。
「まさか…」
イロハは何となくだが気が付いた。
あの雰囲気からして間違えなく、自分たちが戦ったドライバーがインプレッサに乗っている。
そう思っているとインプレッサはイロハたちの方へやって来て、イロハのMR2のすぐ横に駐車した。
そしてドライバーとナビシートのパートナーが車から降りてきたのだった。
「こんばんは、イロハさん。約束の時間通りですよね?」
「ギリギリになってごめん!思った以上に道が混んでてさ…」
車から降りてきたのは、例のドライバー…「箱根の時雨」こと時雨と、相棒の奈美子だった。
「時雨さん!奈美子さん…!よかった!時間ピッタリですよ!」
イロハは安堵するようにそう言って2人に駆け寄った。
「相手のチームは?」
「それが、まだ来てないんです…もう間もなく時間なんですが」
「そっか…じゃあ、待ってましょ」
そう奈美子が言って、時雨たちは相手のドライバーたちを待つことになった。
すると、イロハが疑問を口にする。
「あの…今日は、インプレッサなんですね?前のランエボは…?」
その質問に答えたのは時雨だった。
「ああ、えっと…実を言うと、あのランエボとこのインプレッサは…お客さんから貸し出してもらってるんだ」
「…えっ!?どういう事ですか!?」
イロハは驚きの声を上げた。
あのランエボ3もインプレッサも自分の車ではない?一体どういうことなのか?
疑問しかなかった。
「えっとね、イロハ…時雨は箱根の方でイロハと同じく整備士をやってて、あの時のランエボ3とこのインプレッサはお客さんから預かったものなの」
「そうだったんですね…って、いやいやいや大丈夫なんですか!?そんなお客さんの車を勝手に持ち出して…おまけにバトルなんて…」
自分も整備士業をやっているイロハにとっては驚くしかなかった。
まさかお客の車をバトルに持ち出すとは。
そんなことをやって傷を付けたり事故を起こしたらどうするのか?
不安しかなかった。
「大丈夫だよ。あの時のランエボもそうだけど、お客さんからはちゃんと『バトルで使っていい』って言われているんだ」
「は、はあ…お客さんから許可はちゃんともらってるんですね。でも折角なら、私たちが今ここで整備しましょうか?」
「いや、そこまでは…」
「いやいや!それこそもしバトルで支障が出たら…」
そうイロハが言った時だった。
騒がしいマフラー音がパーキングエリアに響き、大量の車が駐車場に押し入ってきた。
奈美子たちは自然とマフラー音の方向へ視線を向けた。
「あれは…」
「来ましたね、あれが筑波連合のドライバーの皆さんです」
「あの車たちが…」
水戸、土浦、つくば…ナンバープレートの地名は皆茨城県のナンバーだった。
ヘッドライトがPAに入り乱れる中、1人の女性が車から降りてツカツカと歩み寄ってきた。
「あの人が…?」
どうやら筑波連合のリーダーのようだ。
女性と時雨、奈美子、イロハが対峙する。
「…テメェが、『新星』…いや、『箱根の時雨』か?」
「……」
女性の質問に時雨はこくりと頷いた。
すると、時雨に奈美子が耳打ちする。
「時雨、下手に動いちゃダメよ…こういう時は沈着冷静に…ってあれ?」
奈美子がそう言った時、ずいと前に出たのはイロハだった。
険しい顔をしながら、リーダーらしき女性の元へ歩いていく。
手の届きそうな距離まで詰めると、腰に手を当てて胸を張った。
「相変わらず素行の悪そうな、不良みたいな格好してるんですね。その詰め、運転しづらいでしょう?ラジオペンチで切ってあげますよ」
挑発同然のイロハの言葉に対し、相手の女性はそれに応えるかのように口を動かした。
「相変わらず牛みたいな胸してるな…オメー、またダイエットさぼっただろ。そんなんだから、いつまで経っても九十九里に泳ぎに来れネェんだよ」
「~~~!!」
図星を付かれたのか、その言葉にイロハは俯いた。
顔全体はおろか、耳まで赤くなっていた。
リーダーらしき女性が片手を上げると、茨城県ナンバーの面々から歓声が上がる。
すると、女性は時雨と奈美子の方を向いて話しかけてきた。
「ああ、『箱根の時雨』。自己紹介がまだだったな。アタシはジュリア。茨城のチーム『筑波連合』のリーダーだ。噂は聞いてるぜ…よろしくな」
ジュリアと名乗った女性は、やはり筑波連合のリーダーのようだ。
自己紹介したところで、奈美子と時雨も口を動かす。
「私は相楽奈美子。ナビゲーターをやってるわ。ドライバーは時雨…この人が『新星』であり、『箱根の時雨』よ」
「僕が時雨だよ…よろしく」
時雨が名乗ると、周囲にいた素行の悪そうなドライバーが「ヤッベー!ナマ『箱根の時雨』だぁ!!」「自分、写真とかいいッスか?」と一斉に沸き上がった。
「あ、いや…その…」
すると、動揺する時雨の様子を見てジュリアが場を収める。
「みっともネェから少し離れな!」
ジュリアの言葉に、仲間たちは大人しく黙った。
その様子を見たジュリアが再び時雨たちに話しかける。
「…ったくもう。悪いな、アタシら全員田舎モンでさ、遠慮ってのがわかってネェんだよ」
ジュリアの様子に時雨と奈美子はどこか安心したかのようだった。
「あ、いえ…だ、大丈夫です」
「そうそう。正直怖かったですけど、ちゃんとお話しできそうな人だってわかったので…」
時雨と奈美子は互いに答えた。
その様子に安心したかのようにジュリアが言葉を続ける。
「誤解がとけて良かったぜ…で、今日ここに来た本題だ。例のウシ女が『新星』…『箱根の時雨』を助っ人にしたって言うからよ。そいつを略奪しに来たんだ」
「僕を…?」
「ああ…アタシはお前が欲しくてたまらない。『筑波連合』の仲間に…そして、アタシと『キズナ』で結ばれてほしい」
「(うわ…今度はまた随分とストレートな人が出て来ちゃった…)」
ジュリアの言葉に、またしても奈美子は動揺してしまった。
強引なイロハと、あまりにもストレートなジュリア。
表と裏のような関係ではあるが、やはり自分たちの力が欲しいのだろう。
視線を逸らさず、文字通り真剣な目つきでジュリアはこちらを見つめている。
だが、やや間を置いてイロハがくすくすと笑いだして口を動かした。
「…無駄ですよ。私が職場までも用意しても靡かなかった人ですから…でも、お2人にはさっき言った通り、ウチのチームの助っ人になってもらったんです」
イロハの言葉に、ジュリアが反応する。
「なるほど、イロハの助っ人であって、チームメイトじゃネェってことか。こりゃあ、略奪しがいがあるなぁ…って待てよ?」
ここでジュリアはイロハのある言葉に反応してイロハの方を向いた。
「イロハ、お前なんて言った?」
「え?職場までも用意しても靡かなかった、って…あ」
その言葉を聞いたジュリアは、徐々に呆れと怒りの表情が表れてきた。
「おい…イロハ!お前またやらかしやがったな!?」
ジュリアの言葉にビクッ、と反応するイロハ。
どうやら時雨たちへの強引な振る舞いに気が付かれてしまったようだ。
「し、仕方ないじゃないですか!どんなに貢いで口説いてもチームに入ってくれないですもん!まるで元カレみたいで…その、捨てられそうで…」
ジュリアの言葉にしゅんと落ち込むイロハ。
どうやら強引な振る舞いに関しては呆れられてしまった事に落ち込んでいるようだ。
イロハの言葉にジュリアはため息をついて言葉を続けた。
「ったく…あたしの言う事を聞かネェからロクな男に引っかかるんだよ。また、夜明けまで長電話に付き合わされるのは勘弁だからな」
ジュリアの言葉に、細々とイロハが反応する。
「そ、その節は大変お世話になりました…『キズナ』の証だって送ってくれた蓮根も美味しくいただきました…本当に元気出ました…」
イロハの反応を見て、ジュリアは再び時雨たちの方を見た。
「全く…しかしだから、イロハはチームが解散寸前にまで追い込まれた、なんて言ってたのか…」
「イロハさんが?」
「電話で言ってたんだよ…アイツ」
すると、ジュリアは今までの強気な態度を抑えてこう言いだした。
「その、悪かったな…イロハの奴が迷惑をかけて。アイツもアンタたちを勧誘したんだろ?しかも強引に」
「あ、うん…そうだね」
「一応イロハからは話は聞いていたんだ。お前さん方をチームに引きずり込んだって」
「イロハさんが?」
「あとはアンタらが勝ったらチームを解散するって、一芝居を打たれた…って話もな」
ジュリアはイロハから前もって話を聞いていた。
チーム解散の危機に陥ったが、何とか「箱根の時雨」をチームに勧誘できた、という話は聞いていたのだった。
「その…ごめん」
「いやいや、アタシとしちゃ正直助かったよ。アイツの何でもかんでも献身的な姿勢は、アタシでも呆れるくらいだったからな。文字通りいい薬になったはずだ」
ジュリアは時雨と奈美子にそうお礼を告げたが、そこからさらに言葉を続けていく。
「まあともあれ、力ずくでも地元に引きずって、アタシたちと『キズナ』を深めてもらうよ…ああ、安心しな。強引な事はやらないから」
「は、はあ」
ジュリアは時雨とどうしてもバトルしたいようだった。
するとその時だった。
「おぉーい!お2人さぁーん!!」
チームメンバーたちの中から響いたのは、どこか豪快そうな男の声だった。
その容姿は…金髪で、巨大なパイプスパナを持った、金太郎のような容姿をした男だった。
だが、その容姿に関しては時雨と奈美子は見覚えがあった。
「あれって…」
「さ、サカタさん!?」
知り合いの姿に対し、時雨と奈美子は驚きの表情を露わにしていた。
「"
茨城エリアを震撼させたチーム、「機斧刃」のリーダーで、最速を求めて結成された北関東の越県チーム連合「
嘗ては同じ四傑の「"最速法師"スクナ」、「"
そんな彼が、なんと筑波連合のメンバーたちに混じっていたのである。
「久々だな2人とも!最近首都高で話題になっていると聞いていたが、まさかお前たちが筑波連合とバトルするとはな…」
「ど、どうも」
ジュリアの前にずい、と現れたサカタ。
どうやらこんなところで時雨と奈美子に再会できるとは思っていなかったようだ。
ジュリアにとってはサカタと時雨たちは親しい間柄に見えた。
そう見えたからには、ジュリアはある疑問を口にした。
「アンタ達、まさかサカタのオッサンと知り合いなのか!?」
「う、うん」
ジュリアにとっては驚くしかなかった。
何せ自分たち筑波連合も世話になっている「機斧刃」のリーダーであるサカタ。
そんな彼が時雨と奈美子に親しく接している。
すると、驚く様子にサカタがジュリアにこう断言した。
「ふっはっは!何を隠そう…この俺や御伽走子の面々と時雨は、以前箱根でバッチバチにやり合ったのよ!」
「え、ちょ、マジかよ…!」
茨城屈指の実力を持つサカタに敵うドライバー。
ジュリアはこの時点で時雨の実力に関して「かなり高いのでは?」ということを認識した。
自分たちよりもはるかに実力のあるサカタのオッサンと互角に渡り合ったのなら、もしかしたら自分はトンデモない敵を相手にしようとしているのでは?
そう思わざるを得なかった。
するとそんな中で、時雨がサカタに話かける。
「それにしても、どうしてサカタさんがここに?」
「東京の方に仕事の用があったんだ。まあそのついでに筑波連合が首都高でバトルする…って聞いたから、俺はあくまで子守りでな」
「そっか、同じ茨城県だから…」
「ま、そういうことよ」
するとサカタと時雨たちの会話の間に、筑波連合のメンバー達が徐々に盛り上がっているのに時雨たちは気が付いた。
「姐さんズルいっすよ!」
「サカタさんともやりあった経験のある『箱根の時雨』さんとバトルしたいッス!」
周囲の「筑波連合」のメンバー達から次々と声が上がっていく。
その様子にサカタはジュリアにこう提案した。
「どうやら、時雨と走りたいのはお前だけじゃないみたいだぜ?正直俺も代車じゃなきゃ、時雨とバトルしたいくらいだしな」
「まったく…ミーハーな奴らだな」
今回、サカタは愛車であるAE86トレノ"Ifrit"で首都高にやっては来ていなかった。
エンジンのオーバーホール中だったのである。
するとジュリアは時雨と奈美子の方を向いて、こう口にした。
「…というわけで、悪いがウチのチームのメンバーを相手にしてもらえないか?」
ジュリアはどこかお願いするかのような口調でそう言った。
その言葉に対し、時雨は奈美子を顔を合わせて頷き合った後、ジュリアにこう言うのだった。
「いいよ…相手になるよ」
時雨はバトルをする事を受け付けた。
それを認識したジュリアは、軽く頷いて再び筑波連合のメンバー達に声をかける。
「よーし、相手してもらいな!もし『箱根の時雨』に勝ったら、とっておきの自家製レンコンチップスを褒美にやるよ!」
そうジュリアが言ったところで、メンバーたちがじゃんけんを始める。
そしてじゃんけんの結果で順番が決まった事で、先鋒の男が愛車へと乗り込みに向かうのだった。
一方で、その間にサカタは時雨と奈美子に話しかけていた。
「今日の俺はあくまで脇役…観客に回らせてもらうぜ。お前らのバッチバチなバトルを期待してるから、全力でやれよ!」
「あ、ありがとうございます」
「僕達、頑張ります」
「ようし、行ってこい!」
そう言ってサカタは時雨と奈美子を送り出した。
サカタに送り出された時雨と奈美子は、再びインプレッサに乗り込んでPA出口へと移動していく。
―――vs筑波連合ドライバーA
推奨BGM:ROPPONGI NIGHTS(from SUPER EUROBEAT vol.55)
相手の車はミニ・ジョンクーパーワークス(R56)。
ここで、司馬庭園線のコースについて説明する。
八重樫線と同じ佐々木PAをスタートし、第1コーナーは右高速コーナー。
だが、八重樫線と共通部分はここまでである。
第2コーナーは八重樫線であれば右のロングコーナーとなるが、司馬庭園線では左のロングコーナーとなる。
ロングコーナーを抜けたところで、第3コーナーの左直角コーナー。
そのまま第4、第5コーナーの右直角コーナー、右高速コーナーが1回ずつ。
そこからストレート区間に入り、しばし全開で駆け抜けたところで第6コーナーとなる左の直角コーナー。
直角コーナーを抜けたところで、第2ストレート。
そしてそのままストレートを全開で駆け抜けたら今度は第7コーナーの右ロングヘアピンコーナー。
第7コーナーを立ち上がったところでトンネルに突入し、第3ストレート。
トンネル内に存在する第8コーナーの左高速コーナー、第9コーナーの右高速コーナーを抜け、トンネル出口付近の最終第10コーナーである左直角コーナーを駆け抜け、最終ストレートを駆け抜けたところに存在する[[rb:迎島>むかえじま]]PAがゴールとなる。
「(今日はインプレッサだ…)」
2日前、イロハたちとバトルをした時はランエボ3に時雨は乗っていた。
だが今日は、その片割れであるGDB-Cインプレッサ…所謂涙目インプレッサである。
外装もエアロも派手に改造されているマシンは、「冷酷な瞳のソウマ」の愛車であり、彼から預かる事と整備を依頼されたマシンである。
同時に、バトルで使ってもいいと言われていた。
そして実際にバトルで使う事になった。
そうである以上、時雨も遠慮なく乗る事は決めていたのだが…実際同じ4WDとはいえ色々と異なるのであろうという事は時雨自身も勘付いていた。
だったらどうするか?
答えは単純、ジュリアたちとバトルする前までにこの車の特性をつかむまで。
「(まだ全開では踏み込んではいないけれど、ランエボと同じ4WDなら…)」
もしかしたら、ランエボと同じやり方でも問題ないのかもしれない。
時雨はそう軽く思っていた。
そしてそう思う中で、時雨はインプレッサを佐々木PAから本線へと走らせていくのだった。
左レーン、インプレッサ。右レーン、クーパー。
2台が並走して本線へと合流していく。
「(さあ…行くぜ!)」
そう思ったクーパーのドライバーの男が、本線合流と共にアクセルを全開に踏み込む。
「(あまりいい気はしないけれど、ここはアクセルを踏み込んで…)」
ワンテンポ遅れたインプレッサだが、時雨もアクセルを踏み込んだ。
あっという間に時雨が駆るインプレッサが並走状態…否、インプレッサの前に出た。
速度はあっという間に150キロ以上出ていた。
「は、速い!?」
実力は分かっていたが、やはり速い。
インプレッサが頭一つ抜きんでたところで第1コーナーに飛び込む。
「(一気に大逃げして、ミスをリカバリーできるようにする…)」
時雨がアクセルを抜き、突っ込んでいくインプレッサ。
攻め込みつつ飛び込んで、相手とのリードを広げる算段である。
アクセルオフからハンドルを右に曲げ、強引にタイヤを滑らせる。
「―――!」
アクセルを抜くのと同時にブレーキをフラッシュさせたのと同時にハンドルを右に切る。
後輪が滑り出したところで、アクセルを半分程踏み込んでドリフト状態を維持する。
ハンドルは軽く左に曲げ、自然とドリフトが回復するのを待つ。
高速コーナーという事もあってあっという間にコーナーの出口は迫る。
目の前に道路案内板のゲートが見えたところで、時雨はアクセルを踏み込んでハンドルをニュートラルに戻す。
速度は140キロ台から160キロまで加速する。
「(は、速い…!?)」
後方のクーパーの運転手は、サイドブレーキを引いてクーパーをドリフトさせていた。
だが、必要以上のブレーキングをしない時雨の走りに対してサイドブレーキを引いてドリフトするというやり方は遅いと言われても仕方がなかった。
サイドブレーキを引いて強引にドリフトさせるやり方ではあるが、明らかにインプレッサよりかは遅かった。
「(このまま左車線のままで…)」
時雨の前に迫る左ロングヘアピンコーナー。
八重樫線は右方向だが、司馬庭園線は左方向。
それを認識していた時雨は、早めにブレーキをかける。
「(長いコーナーである以上…)」
コーナー直前、ブレーキをかけてハンドルを右に切る。
マフラーから爆音を響かせながら減速したところで、ハンドルを左に一気に90度以上切り返して後輪を滑らせる。
速度は160キロ台から110キロ台まで減速する。
お得意のフェイントモーションにより、一気に角度を付けてドリフトするインプレッサ。
アングルは付けすぎとも思われるが、それでも速度は明らかに後方のクーパーを引き離す勢いだった。
左車線から右車線にはみ出るかと思いきや、そこから一気に切り込んで左側の路肩までラインを描いて曲がっていく。
1.5車線(左車線とその端っこの路肩=0.5車線分)分という狭い車線を目一杯に使い、アクセルを調整しながらドリフトしていく。
ハーフスロットル状態でありながら、軽く右にカウンターを当てつつドリフトしていくインプレッサ。
速度は120キロ台まで加速しつつも、コーナーのクリッピングポイント…壁ギリギリを攻め込み、アウトに徐々に膨らんでいく。
コーナー出口が迫る中、インプレッサは路肩から再び左車線へと移っていく。
「―――!」
路肩から左車線にはみ出したところで、時雨はアクセルを全開に踏み込む。
4つのタイヤ全てにエンジンパワーが与えられたインプレッサは、徐々にグリップを回復していく。
そしてそれと同時に、右に曲げていたハンドルをニュートラルに戻して滑らかに加速する。
コーナー立ち上がり時点で速度は130キロ台まで加速していた。
だが、直ぐに第3コーナーの左直角コーナーが迫る。
「(ここで…!)」
アクセルオフからブレーキを軽く踏み、再びハンドルを左に思いっきり切る。
思いっきりハンドルを曲げた事で後輪が滑り出したところで、アクセルを少しだけ踏み込んで速度を維持する。
ハンドルは左から右へと切り返し、ドリフト状態を維持し続ける。
速度は110キロ台だが、一定の速度を維持していた。
そしてそのまま直角コーナーを、左車線上をグラインドするかのようにドリフトしていく。
「―――!」
コーナーの出口が迫ったところで時雨はハンドルをニュートラルに戻し、アクセルを全開に踏み込む。
グリップが回復したインプレッサはコーナー出口寸前から加速していく。
速度は110キロ台から130キロ台まで加速する。
完全に後方のマシンの事を置き去りにするかの勢いだった。
「(次は確か…!)」
第3コーナーを抜けたところで、時雨は右ウィンカーを出してハンドルを右に曲げて車線を変更する。
第4コーナー、第5コーナーはどちらも右コーナーである。
150キロ近くまで加速するインプレッサが、即座に右車線に移ってコーナーに備える。
目の前に第4コーナーの右直角コーナーが迫っていた。
アクセルオフで爆音が響く中でブレーキを踏んでインプレッサを減速させる。
150キロから120キロまで減速したインプレッサは、そのままドリフト状態になる。
直角コーナーであるとはいえ、50度以上の過度なドリフトアングルを付けてドリフトするインプレッサ。
走行ラインも右車線から右端の路肩まで攻め込む勢いでドリフトしていく。
完全に壁の方向を向きつつも壁との隙間数十センチを駆け抜け続け、インベタの状態でドリフトし続ける。
「(このままの勢いで…!)」
第4コーナーと第5コーナーの両方が右コーナーである以上、このまま1つのコーナーに見立ててドリフトしたほうが速いのだろう。
そう直感した時雨は、アクセルを踏み込んでカウンターを当てててマシンのドリフト状態を維持していた。
第4コーナーの右直角コーナーを抜け、ほんのわずかの直線を抜けて第5コーナーの右高速コーナーへとドリフトし続けていく。
速度は130キロ台から140キロ台まで加速していく中、インベタのラインを描きながら前輪が路肩上を滑りながらドリフトしていく。
だが、高速コーナーに突入する時点でドリフトアングルは明らかに直角コーナーの時のそれよりかは抑え目だった。
アングルが抑え目になる中、時雨は高速コーナーの出口を見込んでアクセルを踏み込んでいく。
140キロ台から150キロ台まで加速するインプレッサは、路肩から右車線目いっぱいまで膨らんでいく。
「―――!」
コーナー出口でアクセルを全開に踏み込み、インプレッサは完全にグリップ状態にまでだった。
ハンドルは完全にニュートラルで、ギリギリ左車線にはみ出しかけたところで完全にグリップを回復し、直進していく。
目の前のストレート区間に向け、加速寄りのセッティングであるインプレッサが加速していく。
ストレート区間でインプレッサは180キロまで加速した。
「(それにしても、アクセルを抜くとパンパンうるさいな…)」
ストレート区間を駆け抜けてアクセルを抜いた際、時雨は後方からの「パンパンパンパン」という音が気になっていた。
アクセルを抜くと爆音が車内まで響いてくる。
そう思っていると、目の前に左直角コーナーが迫ってくる。
ウィンカーを出して左車線に移り、再びアクセルを抜いてブレーキを踏み込む。
当然、先ほどまでの「パンパンパンパン」という爆音が車内にまで響いてくる。
「(でも、タコメーターを見るとアクセルオフでも一定の回転数以上を維持出来ている…これが『ミスファイアリングシステム』…か)」
時雨はソウマから、インプレッサに「ミスファイアリングシステム」が有効であることを聞いていた。
ミスファイアリングシステム。別名アンチラグシステム。
それは、ターボエンジンのアクセルオフ時に発生する反応の遅れ(タイムラグ)を解消するシステム。
アクセルをオフにした際に、エキゾーストマニホールド内で空気と燃料を導き、加熱されたマニホールド内で自然燃焼させる。
この燃焼によってターボの回転が常に高く保たれ、再びアクセルオンにした時に鋭いレスポンスをみせるようになる。
そんな原理のシステムが、インプレッサには働いていた。
通常のインプレッサではほぼ封印状態なのではあるが、ECUを改造してあるソウマのインプレッサはシステムが発動するようになっていた。
とはいえ、通常時はオフに出来るように外部スイッチも取り付けられているのだが。
バトルにおいて時雨はその外部スイッチを操作し、ミスファイアリングシステムをONにしていたのである。
わずかに右に曲げていたハンドルを思いっきり左に切り返し、後輪を滑らせる。
滑り出したところでアクセルを踏み込み、ハンドルを右に曲げてカウンターを当てつつドリフトさせ続ける。
速度は180キロ台から140キロ台まで減速し、そこから徐々に加速していく。
「―――!」
アクセル全開でインに切り込んだインプレッサは、左側の壁との隙間数十センチまで接近する。
そんな中でもインプレッサは全開で加速し続けていく。
壁ギリギリのクリッピングポイントを抜け、速度は160キロ近くまで加速していく。
路肩を駆け抜け、ハンドルをニュートラルにしてそのまま左車線目いっぱいまで膨らむ。
だが、それでも右車線にははみ出ない。
アクセル調整をしてインプレッサが膨らみ過ぎないようにして駆け抜ける。
ストレート区間に突入し、そのままの勢いでインプレッサは加速する。
「(ミスファイアリングシステムのお陰なのかな…加速が鋭い)」
時雨はランエボ3の時以上にインプレッサの加速を感じていた。
勿論元々の馬力の違いやチューニングの度合いもあるのかもしれないが、それでも素早い。
ターボラグの欠点を打ち消していたインプレッサの加速は、やはりランエボの時よりも上だった。
ランエボ3のチューニングはターボの大型化という単純なものだったが、こちらはECUをいじってミスファイアリングシステム搭載。
チューニングの方向性でこうも車に大きな特性が出るとは。
時雨としては驚きがあった。
普段からほとんど同じセッティングで様々な峠や首都高の路線を走る事は出来ているが、もしコースごとに最適なチューニングをしたり、車の調整をすることが出来れば…
「(僕はまだまだ車に対して知らないことが多い、という事か…)」
自分はもっと速くなれるのではないか?
そう考えると、時雨としてはまだまだ勉強不足であるという事も痛感するのだった。
それでもストレート区間を駆け抜けていくインプレッサは、そのままの勢いで第6コーナーの右ロングヘアピンも突破。
あっという間に後方のクーパーを置き去りにするのだった。
「うっひょおおおおお…めっちゃ速えぇ……」
一方のクーパーのドライバー。
第2コーナーで思い切ったフェイントモーションを見せつけられてからはもう完全に防戦一方だった。
第5コーナーまでの時点でインプレッサのバックミラーからその姿は消していた。
もはや言うまでもないだろう。ストレートでもコーナーでも敵わないという事を実感したクーパーのドライバーは、あっさりと負けを認めて失速するのだった。
◇ ◇ ◇
―――佐々木PA。
一旦バトルを終えた2台が、佐々木PAへと戻ってきた。
バトル後、対戦相手は興奮した様子で「ありがとうございまーっす!」と礼を言って仲間の元へ立ち去った。
その様子はとても楽しそうだった。
バトルの様子を聞いたメンバーたちは一斉にアドバイスを求め、ジュリアの元に駆け寄る。
一方、時雨たちの方へ話しかけてきたのはサカタだった。
「ふっはっは!その調子だと相変わらずガンガンに踏み込んでるようだな、時雨!」
「あ、ありがとうございます」
時雨を褒めるサカタに対し、時雨は軽く会釈した。
「まあ俺達御伽走子をも舌を巻かれたからな。格下相手にそう簡単にやられちゃ困るところだが…」
「あ、あはは…あの、筑波連合の人々って、皆熱心というか、素直というか、純粋と言うか…変な言い方かもしれませんけど、カワイイ人たちですね」
「ああ、アイツらは結構努力家なんだよ。速い奴から少しでもテクニックを抜き取って、自分たちの速さの糧にしたい…って気持ちは俺にとってもバチバチに伝わってくるくらいだからな」
すると、チームメンバーたちを一喝したジュリアが時雨と奈美子の元へやってきた。
「車好きな奴同士が、チーム作ってみたってトコロだからな。遠征と化して巧いヤツに出会うと、ああやって盛り上がっちまうのさ」
「相変わらずな奴らだなー、まあそうやってガツガツと挑んでいく姿勢は俺としても評価できるけどよ」
サカタが感心する中、奈美子が話しかける。
「…ところでジュリアさん、サカタさん。実は私たち、首都高で人探しをしてるんです」
「ん?人探しだと?」
サカタが奈美子の言葉に反応する。
すると言葉を続けたのは時雨だった。
「『エニシ』って人が乗る…RUF CTR。『ライジング・サン』と呼ばれている、CTRを探しているんです」
「あの…遠征してて会ったりしたこととかって、ありますか?」
時雨と奈美子が交互にそう言った。
「エニシ、とライジング・サン?」
「RUF CTRの、ライジング・サン…?」
ジュリアとサカタが互いに反応する。
思い出そうとしているみたいだ。
すると最初に口を動かしたのはジュリアだった。
「うーん、色んなトコに遠征に行ってるけど、ちょっと心当たりネェなあ…なあ、サカタのオッサンは何か知ってるか?」
そう言ってジュリアはサカタに話を振る。
すると、サカタはこう答えた。
「名前自体は聞いたことがあるな…」
どうやらサカタは「ライジング・サン」の名前自体は知っているようだ。
そこに奈美子が食いつく。
「ライジング・サンのことを、ですか?」
「ああ…だが悪いが、俺もピンとくるのはそれくらいだな…『ライジング・サン』ってRUF CTRが首都高で有名である、って話は聞いたことがあるが…それくらいか」
「そうですか…」
茨城で名を上げたサカタであっても、ライジング・サンの事は名前くらいしか知らないようだ。
すると、その話を聞いたサカタが切り込んできた。
「だが、どうしてそんな事を?」
サカタの質問に対し、時雨が答える。
「僕達が今、首都高を積極的に走り込んでいるのは…サーキットデビューが決まったからその武者修行、ということもあるんですが…それと同時に、その、『ライジング・サン』と呼ばれるCTRを探しているからなんです」
時雨は自分たちがなぜ首都高を今積極的に走り込んでいるのかを明確に答えた。
その言葉に対し、サカタは納得するようにこう答えた。
「なるほどな…お前たちが首都高を走り込んでいるという話は前から聞いていたが、そういう事だったのか」
「はい」
すると、時雨の言葉に対してジュリアがこんな提案をしてきた。
「…なんならその人探し、手伝ってやろうか?」
ジュリアの提案に食いついたのは奈美子だった。
「えっ、本当に!?…あ、でも、その代わりにそっちのチームに入ったりすることは、できませんけど…」
すると奈美子の言葉にジュリアはどこか安心させるかのようにこう言った。
「別にお前らにチームに入っては欲しいけどさ、それとこれは話が別さ。まあ、イロハの一件があるから変に躊躇するのも分からなくもねえが…安心しろ。アタシはイロハみてぇに物で釣る事はしネェよ。待ってな、地元の仲間に聞き込みやらせっから」
すると、ジュリアの言葉に対しサカタがこんな提案をしてきた。
「じゃあ、余ってるメンバーで時雨に挑んだらどうだ?時雨にとってもいい修行になるだろうし、お前達にもバリバリのいい経験になると思うぞ」
「おおっ、そうだな!おっさんナイスアイディア!」
サカタの提案に、ジュリアは同調するかのようにそう答えた。
そして改めて、時雨と奈美子の方を見てこう口にした。
「…というわけで、今晩いっぱい仲間たちと遊んでやってくれ!もし負けたら、アタシのチームに入ってもらうけどな!」
ジュリアの言葉に対し、時雨は静かに頷いた。
「わかった…誰でも相手になるよ」
「よっしゃ、決まり!じゃっ、次のバトルもよろしく!」
そう言ってジュリアは仲間たちの方へ向かって言った。
残ったのはサカタと時雨と奈美子だった。
すると、サカタはこう口にした。
「バトルをするとなったのなら、俺もお前たちのバトルを見させてもらおう。バチバチのバトル、期待してるぜ!」
「わかりました…僕の走り、見ていてください」
「おう、頑張れよ!」
そうサカタから激励の言葉を受けた時雨は、軽く一礼して奈美子共々インプレッサの方へ向かっていく。
そしてインプレッサに乗り込んだ後、奈美子からはこう言われた。
「ジュリアさんって口は悪いけど、仲間思いですごくいい人ね!バトルは大変だけど、協力してもらうために頑張ろう。時雨!」
「わかった…踏んでいくよ!」
こうして、時雨と筑波連合の戦い…という名の、時雨の武者修行が今夜も始まろうとしていたのだった。
何戦かこなした後、ジュリアとサカタ、イロハが時雨たちに話しかけに来た。
「よお、2人とも…全開で飛ばしてるな」
「ふっはっは!相変わらず元気なものだな」
「本当に凄いですね…つくづく感心させられます」
3人は皆時雨たちに感心しているようだった。
「皆さん…」
「あの、情報の方ってどうですか?何かありましたか?」
時雨と奈美子が話しかけるも、ジュリアは横に首を振った。
「それがだな…」
「悪いな…うちのメンバー達の間でも、あまり情報は持ってないみたいなんだ。RUFCTRだの、『エニシ』だの、『ライジング・サン』だの…手掛かりがあっても、一致はしなくてさ」
「私も埼玉サウザンドのメンバー達に聞き込みをしてるんですが、イマイチ掴みが無くて…」
イロハも情報収集はしているようだが、見つからないようだ。
「そうですか…」
「RUF CTRの『ライジング・サン』だろ?やっぱり名前ばっかりは聞いたことがあるが、実際に会ったってやつはうちの中じゃいないみたいだ…これは詫びだ。ほら、食えよ」
そう言ってジュリアが食品保存用の袋を差し出した。中にはレンコンチップスが詰まっている。
どうやら自家製のようだ。
「ど、どうも」
そう言って時雨と奈美子はそれぞれ一片のチップスを手に取って口にした。
「(…辛い)」
レンコンチップスは食べると辛子の風味が口いっぱいに広がった。
「美味しい…でも、何でレンコンなんですか?そういえば、さっきもレンコンチップスがどうとか話してましたよね?」
奈美子が質問する。
答えたのはイロハだった。
「ジュリアさんの実家、蓮根農家なんですよ。地元の名物に出来ないかって、試作したそうです。でも最初会ったときなんて、挨拶もなしにいきなり『お前とのキズナだ』って、このレンコンチップスだして来たんですよ?その時は笑っちゃって笑っちゃって…」
「イロハとアタシはレンコンで結ばれた深い『キズナ』だろうが!」
「ふっはっは!ジュリア、相変わらずだな。俺達機斧刃が遠征に行ってバトルした時も、これを渡してくれたんだよな」
「サカタさんも!ったく…蓮根農家で何が悪りぃんだよ!レンコンなめんじゃねーよ!」
「なめてなんていませんよ!レンコン毎年贈ってくれて感謝してますよ!美味しくってご飯が進んで大変なんですよ!」
「まあまあお前ら落ち着け。お前ら仲がいいのは分かったんだから…」
「…すいません」
「あ、すいません…」
ヒートアップしがちだったイロハとジュリアの間をサカタがとる形で場は収まった。
すると、ここで時雨がある質問をした。
「ところで、『筑波連合』の人たちがドライブ好きなのは十分に分かったんですけど、ちょっと巧すぎませんか?」
「ん?というと?」
ジュリアの言葉に時雨が言葉を続ける。
「『埼玉サウザンド』の人たちも熱心でしたし、ただ楽しい、車が好き、ってだけでここまですごくなるものなんですか?」
時雨の質問に、どこか呆れ気味にこうジュリアは答えた。
「おいおい、何言ってんだよ…そんな簡単に巧くなるわけネェよ。必死こいて練習してるに決まってんだろ?アタシらは見た目がヤンキーっぽいから何でもテキトーにしてるって思われがちだけどよ、ちゃんとやるこたぁやってるんだぜ?」
「そうだな。お前たちは常日頃から筑波の山を中心に必死になって走り込んでいる。コツコツとではあるが、確実にレベルアップはしてきているな。初めて訪れた時とは大違いだ」
「さ、サカタさん…揶揄わないでくれよ、恥ずかしいから」
「…皆さん、かなりの努力家なんですね」
サカタが感心するかのように言ったが、ジュリアはそう言われるとどこか顔が赤くなっているようだった。
流石に実力者からある程度感心されると喜ぶのは当然と言えば当然なのかもしれない。
「まあ、退屈な田舎暮らしですることがネェってのもあるけどな。地元の仲間でつるむと楽しいのは事実だからな。そこの牛女もアタシは仲間だと思ってるんだけど…バカなくせに頑固でよぉ」
ジュリアの言葉に対し、イロハはどこかカチンときたかのように言葉を口にした。
「な、仲間…よくそんな恥ずかしい事、言葉に出して平然と言えますね。そういうトコ、私は嫌いです」
だが、ジュリアは大して気にしていないようにこう言った。
「仲間って声に出すのが恥ずかしいか?照れんなよ。別にアタシは気に…」
するとその時だった。
ジュリアのメールにある物が送られて来た。
「メールか…ええと、これは…『エニシ』の写真!?」
その言葉にサカタ、時雨と奈美子、イロハが反応した。
「ほう?」
「え?」
「本当ですか!?ちゃんと大人で、ドライバーですか!?」
「ああ、間違いネェ…おっとこれは、バトルの後のお楽しみにしようぜ。時雨とバトルしたい奴、出番だ!待たせんじゃねーぞ!!」
「は、はい!!」
そう言って連合のドライバーの一人が愛車へと向かう。
そしてそれに応じるかのように、時雨と奈美子もインプレッサに乗り込みに向かった。
連合のドライバーが駆るアルテッツァとインプレッサがPAから出ていく。
「…おい、ジュリア」
「ん、何すか?」
車が出ていく最中、サカタが気になったかのように話しかける。
「本当に、アイツらが探し求めてる奴なのか?」
「多分、本当ですよ。これ」
そう言ってジュリアはサカタに画像を見せた。
サカタの実力が上であるという事はジュリアもよく理解していた為か、易々とその画像を見せた。
だがその画像をじっくりと見たサカタは、苦い顔をしてこう言うのだった。
「お前、よく見ろ…このドライバーの車、CTRじゃねえぞ…」
「え?……あ」
車自体は写っていたのだが…それは、外国製のマシンなんかではなかったのだった。
◇ ◇ ◇
―――vs稲刈り達人ドライバー
推奨BGM:MAY DAY-MAY DAY(from MAHARAJA NIGHT EURO FIRE vol.26)
相手の車は暗い赤色のチェイサー。
多少はチューニングされているようだが、見かけはノーマルだ。
左レーン、チェイサー。右レーン、インプレッサ。
コースは司馬庭園線迎島PAから佐々木PAまで。
迎島PAを出て本線に合流後、しばしのストレート。
トンネルに突入したところで第1コーナーである右直角コーナー。
コーナーを立ち上がり、トンネル区間を直進。
数秒直進したところに現れる第2、第3コーナーとなる左高速コーナー、右高速コーナーの連続コーナー地帯。
そこからトンネル内の第1ストレート。
トンネルを抜けたところに存在する第4コーナーの左ロングヘアピンコーナー。
ヘアピンを抜けたところに第2ストレート。
そしてそのまま度胸試しの第5コーナー、右直角コーナー。
直角コーナーを抜け、再び加速区間となる第3ストレート。
第3ストレートを抜けたところにある第6、第7コーナーの左高速コーナー、左直角コーナー。
そこから振り返すように第8コーナーの右直角コーナー。
そのまま八重樫線との合流付近にある第9コーナーの右直角コーナー。
そして最終コーナーとなる右高速コーナーを抜け、佐々木PAがゴールとなる。
「―――」
時雨はインプレッサの乗り方自体も理解してきていた。
ランエボと同じ4WDのマシンではあるが、やはりセッティングの部分も含めてかなり方向性は違うようだ。
ランエボがストレートでも伸びるマシンであるならば、こちらは悪路での立ち上がりも問題なくできるようになっている加速重視。
そしてターボラグ防止のためのミスファイアリングシステム。
装置一つでこうも車の味付けが変わるとは…そう時雨は思った。
「(車にも得手不得手があるんだろうけど、セッティングでそれを解消することも出来るのかな…)」
時雨は静かにそう思っていた。
そしてそうである以上、自分のワンエイティにもそれをやってみたい。
そうも思った。
そう思う中で、2台は迎島PAから司馬庭園線に合流し、加速していく。
先行したのはチェイサーだが、インプレッサも追いかけるように加速する。
ターボラグがほとんどないインプレッサが、チェイサーに肉薄してサイドバイサイドの状態となる。
だがこれでも、時雨は全力を出していない。
全力を出せばすぐにチェイサーを振り切ってしまうことができるだろうと思ったからだ。
2台の速度は140キロ台である。
トンネルに入り、目の前に第1コーナーである右直角コーナーが迫る。
「っ…!」
チェイサーのドライバーがブレーキをかける。
下手にスピードを出してアンダーに膨れるわけにはいかないと思ったのだろう。
だが、それを見越したインプレッサが前に出た。
「(早いよ…)」
一方の時雨。
チェイサーを追い抜いたところでアクセルオフ、後方からパンパンと音が響く中でブレーキをかける。
そのままブレーキを抜いてハンドルを90度以上右に曲げ、タイヤを強引に滑らせる。
滑りだしたところで、アクセルを半分ほど踏み込んでドリフト状態へもっていく。
インプレッサは右端の壁すれすれを狙ったかのようなコーナーリングで、一気に壁へ迫る。
隙間数十センチ。
そこを狙ったかのようにドリフトするインプレッサ。
クリッピングポイントを駆け抜けたインプレッサは、そのままアクセル全開で加速していく。
ハンドルはクリッピングポイントを抜けたところで左に15度ほど切ってカウンターをわずかに当てていた。
だがすぐにそれをニュートラルに戻し、アクセル全開でドリフト状態から加速していく。
文字通りのきれいなゼロカウンターで、右車線からはみ出ないようなラインを描いていく。
「(っ…速い!!)」
チェイサーもサイドブレーキを引いてドリフトしていたが、速度は110キロ台。
何とかコーナーを立ち上がるが、速度はインプレッサよりも明らかに遅かった。
コーナー1つであっという間にぶち抜かれた結果、車間距離は一気に車1台分まで広がる。
「(直進区間で振り切るのは、ちょっといい気がしない…)」
インプレッサの性能を把握している中で、時雨はそう思った。
いや、これはランエボ3の時も同じだった。
ランエボ3もインプレッサもかなりのチューニングが施されているマシンだ。
それも、ドライバーはどちらもプロの世界の現役レーサーだ。
そんな現役レーサーが駆るマシンは、自分の想像以上にチューニングが施されている。
自分が乗っていたロケバニワンエイティは確かに性能はそこらへんの走り屋くらいなら軽くひねりつぶせる性能はある。
だが、下手をすればあのランエボ3もインプレッサもそれと同等…いや、下手をしたらそれ以上の性能がある。
それはドライバーの才能もあってこそといえばそれまでかもしれないが、実際のところかなりチューニングされているのは事実なのである。
そしてそんなマシンを、レーサーからも認められている実力者が乗ればどうなるか?
答えは単純。
雑魚レベルならまず相手にしない。
それくらい、時雨にとってもこのインプレッサは速いのだ。
そしてそうである以上、時雨にとってはどこか申し訳なさもあった。
だが一方で時雨はアクセルを踏み込んでこうも思った。
「(けど、この先のことを考えるとそんな暇はない。一気に勝負をつける!)」
今時雨が行っているバトルは1対1なのではない。
多人数を相手にしているのである。
そうである以上、相手に実力を見せないか相手に実力を悟られないようにするかのどちらかであるのは間違えないだろう。
そして何より、「ライジング・サン」についての情報が自分たちを待っているのであるならば…
そう思うと、時雨は自然とアクセルを踏み込んでいた。
だが、目の前にはトンネル内の左高速コーナー、右高速コーナーの連続コーナー地帯が待っていた。
「(最低限の減速で、そのまま抜ける…!)」
速度は150キロ台。
最低限の連続ドリフトで2つのコーナーを抜けてしまおうと思った時雨は、アクセルを踏み続ける。
そして第2コーナー直前。
ハンドルをわずかに右に曲げたところでアクセルオフからブレーキをフラッシュ。
そしてそのまま左にくい、と切った。
インプレッサは140キロ台でコーナーに突入し、わずかに後輪を滑らせる。
後輪が滑ったままの状態で、時雨はカウンターを当てるべくハンドルを右に切っていた。
だがその角度はドリフトに対するカウンターとしては付けすぎのレベル。
アクセルはハーフスロットルの状態である。
「(このままの加速を生かして、振り切る…!)」
2つのコーナーを1つに見立てて突破する。
そのやり方だった。
そしてそのままストレート区間も加速する。
わずかに左方向を向いていたインプレッサが、右方向へと向いていく。
そしてそれに乗じて、時雨もハンドルを右から左へと切り返してカウンターを当てる。
アクセルが踏み込まれている以上、インプレッサはわずかに加速していく。
そしてコーナー出口からのストレート区間。
前方のトンネルの出口を認識したところで、時雨はアクセルを全開に踏み込んだ。
「―――!」
ハンドルをニュートラルに戻し、アクセルを全開にしたことでインプレッサのドリフトは徐々に収まる。
右車線から左車線へとはみ出る寸前でインプレッサは直進方向へと立ち上がっていく。
そしてそのまま速度は140キロ台から加速していく。
トンネル区間内でハンドルをまっすぐにしたままアクセルを踏み続けたことで、インプレッサは鳥かごから放たれた鳥のように一気に加速していく。
それはまさしく、大空へ羽ばたく鳥のような素早い加速だった。
ストレート区間でインプレッサはあっという間に180キロ以上まで到達するのだった。
だがトンネルを抜け出したところで、目の前に第4コーナーである左ロングヘアピンコーナーが迫る。
「(っ…!)」
やることはただ一つ。
ブレーキングで攻め込み、相手以上の速さで突破する。
そしてそうである以上、最良のラインを走る必要がある。
ウインカーを出し、左車線へと移ったインプレッサ。
だがインプレッサはそのまま路肩というインにべったりになった。
そこからアクセルオフでブレーキング。だが、ハンドルは右に切る。
そして次の瞬間、時雨はハンドルを右から一気に左へと切り返してブレーキリリース。
そのままアクセルをハーフスロットルまで入れて加速する。
後輪が滑り出したインプレッサは、左車線と路肩という形ではあるが…アウトインアウトのラインを描きながらドリフトしていく。
ドリフト状態の中、アクセルを踏みつつもハンドルは右に切り続けてカウンターを当てる。
ドリフトしていくインプレッサは、そのまま壁の方向へと迫る。
壁との隙間数十センチという部分を抜けたところで、今度は外側へと膨らんでいく。
「―――!」
クリッピングポイントを抜けたのを認識したところで、時雨はハンドルをニュートラルに戻してアクセルを全開に踏み込む。
バリバリと激しい音を放ちながらも、インプレッサは加速をやめない。
速度は110キロ台から150キロ台まであっという間に加速する。
そしてその加速力のまま、第2ストレート区間を疾駆していくのだった。
「(速すぎるわよ…追いつけるわけない!あれが、『箱根の時雨』なんだ…)」
一方のチェイサーのドライバーはまだトンネル区間だった。
あまりにもスペックの違いすぎるがゆえに、完全に振り切られてしまった。
まあやはりそこは彼女の実力もそうだが、スペックの違いも大きかったのだが。
◇ ◇ ◇
ーーー佐々木PA。
「す、すまん2人とも…エニシかもって奴の写真、多分人違いだわ…」
「えっ?」
「どういうこと?」
バトルを終えて戻ってきた時雨と奈美子に対し、ジュリアは申し訳なさそうに言った。
「…送られてきた写真だ」
そう言ってスマートフォンの写真を時雨と奈美子に見せる。
写真では、日に焼けた男が満面の笑みで車に肘をかけていた。成人男性でドライバーには間違いないが、車は軽トラで、農機具が満載だった。
「た、確かに成人男性だけど…違うんです!軽トラで農作業する感じじゃなくて、首都高で伝説を残しそうな、そう言う感じのドライバーなんです!」
奈美子の言葉に対し、イロハとサカタが呆れた様子でジュリアを見た。
「うわあ…やっぱり…」
「…だから言っただろうに。こんなのが首都高で最速を取れるはずがない」
奈美子の言葉を聞いて、イロハが呆れたが、それ以上に呆れたのはサカタだった。
ジュリアの早とちりに呆れているようだった。
「悪いな、ジュリアの早とちりだ。全く…ちゃんと確認しろよ」
「ご、ごめん。おっさん…」
「謝るのは俺じゃねえだろ。時雨と奈美子に頭ペコリと下げとけ」
年長者の忠告に、ジュリアは素直に従って頭を下げた。
「い、いやそんな…頭を下げるなんて、別に」
「そうそう、別にそこまでしなくても…」
時雨と奈美子が互いにそう口にした。
すると顔を上げたジュリアがこう質問してきた。
「…確認しておきテェんだけど、たしか車種って赤のRUF・CTRだよな?」
「え、ええ…あと、10年位前までは首都高に現れたらしいんだけど、その車は音信不通の私の父さんに関係があるみたいで…」
「つまり、『エニシ』ってやつのCTRは、いなくなった奈美子のオヤジさんが何をしてきたのかを知る手がかりって事か。親父さんの名前は?」
「『相楽ヒュウガ』って名前です。なかなか、手掛かりがつかめませんけど…」
すると奈美子の言葉に対し、ジュリアの額からポロポロと涙がこぼれていた。
「じゅ、ジュリアさん?」
「全く、涙もろいのも相変わらずだな…」
「身内のことにの時も直ぐこれですからね。私がフラれた時も一緒に泣いてくれたし…まあ、それが良いところですけど」
サカタとイロハがどこか呆れるかのよう言った。
どうやら彼女が涙もろい事は2人もよくわかっていたようだ。
「うっ、ぐすっ…バカ野郎…化粧が落ちちまう、じゃねーか。なあ、奈美子…早くオヤジさんに会えるといいな…」
「(そ、そこまで泣く?)」
本当に泣いているジュリアに対し、時雨は呆れ気味にそう思った。
なぜなら…
「お、落ち着いて!それに、実を言うと…ちょっと前にお父さんとは顔を合わせたから…」
奈美子がそう言った。
そう、時雨と奈美子は数か月前とはいえ、病院で数分だけだが会っていたのだ。
細かい正体こそ分からないが、それでも音信不通という訳ではない。
そして同時に時雨たちが首都高を走るのは、奈美子の父親が首都高で何をしたのか、どのようなバトルがあったのかを知る為であるからだ。
「あ、なーんだ。一応再会は出来てるんだな…」
「うん…」
時雨がどこか申し訳なさそうに言った。
すると、場の空気が悪くなる事を危惧したジュリアが言葉を続けた。
「まあ、何があったのかを知る…って言うのは、いい心意気だと思うぜ」
ジュリアは心配しすぎた事を何処か振り払おうとするかのようにそう言った。
すると、ここで言葉を口にしたのは時雨だった。
「それに加えて、今僕が首都高を走り込んでいるのは…僕自身の為でもあるんだ」
「たしか、武者修行だっけか?D1にも出たって話は聞いているが…」
「うん。まあ、D1は一番下位のクラスだけどね」
時雨が首都高を走るのは、慣れないコースに飛び込んで様々なライバルとバトルして熟練度を上げることで、今後のレース生活に活用していく為。
奈美子の父親の手掛かりを探すのは必要だったが、それ以上に首都高を走り込んで修行する事が大切だった。
「それでも優勝したんだろ?ファーストステップとしちゃあ合格だわな、ハッハッハ!」
時雨の言葉に対し、ジュリアはどこかフォローするかのようにそう言った。
「…大したことじゃないよ。これからもっと上に上がる為には、これくらいできないとダメだと思ったんだ」
「でもいずれ上のクラス…それこそ、D1グランプリ出場を目指してるんだろ?スゲェよ!お前、スケールが違うよ!」
ジュリアは時雨の事を褒めるかのようにそう言った。
「スケール?そうかな…」
「そうだよ。だってアタシたちは結局のところ趣味の延長線上。正直地元を何べんも何べんも走る事だけで満足している奴だっているくらいだしな。でもお前はガチで最強のドライバーを目指している。そう言う意味では意識が違いすぎるレベルだよ、全く…」
「そうなんだね…」
「まあでも、いずれにせよD1グランプリ出場を目指しているなら…アタシたちも徹底的に相手になるさ。お前自身の為にも、全力で相手になるよ。そしてエニシの件は…乗り掛かった舟、必ず目的地まで航海させてみせるぜ!地元の仲間と、『キズナ』の力で!」
「…!お、お願いします!」
「…わかった。よろしくね」
奈美子と時雨はジュリアの心意気に感心するかのようにそう口にした。
「よーし、じゃあさっさと続きだ。アタシたちは情報収集を続けるから、バトルして待っててくれ」
「わかりました…」
「次の奴は…よし、お前だ。行ってこい!」
「はい!」
ジュリアが筑波連合のドライバーの1人を指名し、時雨とのバトルへと向かわせる。
一方でジュリアは別のメンバーに話しかけに向かった。
「(しかし、『ライジング・サン』と『エニシ』ネェ…どっかで聞いたことあるような気がしてきたぞ。でもまだ思い出せないな…今は仲間から情報を集めるまでか)」
情報収集をする参加、ジュリアは静かにそう思うのだった。
イロハの助太刀として入った『筑波連合』とのバトルも、遂に佳境を迎えようとしていた。
埼玉サウザンドのメンバーも、筑波連合のメンバーも、そして見届け人であるサカタも情報収集に必死なのではあるが、イマイチ有力なものは見つけることは出来ていなかった。
「『筑波連合』とのバトルがいつの間にかジュリアさんとの情報戦になってきましたね…でも時雨さん、奈美子さん。私は諦めませんから!」
時雨と奈美子に駆け寄ったイロハがそう言った。
「あ、ありがとうございます」
「お気持ち、本当にうれしいです」
時雨と奈美子は互いにそう言ったが、埼玉サウザンドの情報収集はやはり空回りしがちであるという事も認識していた。
だが、その時だった。
「待ちな、アタシたちの勝ちだよイロハ。『ライジング・サン』と『エニシ』…前にバトルしたある男が、その名を口にしてたのを思い出したんだ」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。勿論教えてやってもいい。でもな、アタシたちはドライバーなんだぜ?首都高の新星…『箱根の時雨』を前にして、タダで教えるのも面白くない」
割って入ったジュリアがそう宣言するかのように言った。
その後ろでサカタも静かに頷いていた。
「…!」
「ジュリアさん!?まさかチームに入れって言うんじゃ、それだけは…」
すると、ジュリアは軽く首を横に振ってこう言った。
「いやいや、アタシは誰かさんと違って一度フラれた相手に未練たらしく泣きつくほど、やわな性格じゃないさ」
そう言った時、反応したのはイロハだった。
「ちょっとジュリアさん!誰かさんって私ですか!?私の事言ってるんでしょう?」
すると、そこに割って入ったのはサカタだった。
「ふっはっは!そんなの誰でもいいじゃないかよ嬢ちゃん。だが時雨と奈美子よ、ジュリアが言っている事はどうやらバリバリの本当のようだぜ」
「うぐぐ…」
サカタの言葉に対し、イロハは何も言い返すことが出来なかった。
「ジュリアさん、その人って一体?」
「エニシのことを話してたその男だが…そいつは一筋じゃいかない。アタシを倒せないようじゃ無理って事だ」
「じゃあ…」
そう時雨が言ったところで、ジュリアは時雨を指さしてこう宣言した。
「バトルしようぜ『新星』…いや、『箱根の時雨』。完膚なきまでにアタシを打ちのめして、『エニシ』とやらに近づいてみせな!」
ジュリアの宣言に対し、時雨は静かに頷いた。
瞳は完全に普段のぼさっとした時の様子とは異なり、戦闘モードとも言うべき状態だった。
「わかった…始めよう」
そう言った後、時雨と奈美子はインプレッサに乗り込みに向かった。
一方のジュリアも愛車に乗り込むべく移動する。
2台が本線へと移動していく中で、サカタは静かにこう思っていた。
「(ジュリアには申し訳ないが、アイツはこれからスランプになるだろうな)」
時雨の実力を知っていたサカタは、静かにそう思うのだった。
◇ ◇ ◇
―――vs筑波連合のジュリア
推奨BGM:I'M LOST IN TOKYO(from PARAPARA COOL2)
相手の車は黒のレーシングストライプがつけられた赤いシボレー・カマロ。
見かけからしてチューニングはそれなりにされているようだ。
コースは佐々木PAから迎島PAまで。
左レーン、カマロ。右レーン、インプレッサ。
「(さあ、お前さんたちの力を見せてもらうぜ…!)」
ジュリアは張り切っていた。
埼玉サウザンドも筑波連合も皆破ってきた例のドライバーの実力をついに自分でも拝見することになる。
そう思うと、ジュリアにとっては興奮する以外のものはなかった。
相手が速いということはわかっているが、それ以上に自分の実力を誇示して見せたい。
そう思っていた。
「(ここで一区切り、かな)」
一方の時雨。
インプレッサの実力に関してはもうすでに分かっていた。
ランエボとの違い、セッティングによるマシンの違い、そしてFRと4WDの違い。
それらは時雨にとって成長の糧となるには十分すぎるものだった。
そしてこのバトルで一旦4WDとはお別れになるだろう。
この車はあくまで借り物、今後のレース活動の参考になるもの。
普段のワンエイティに戻るべき時もそう遠くないと時雨は認識していた。
そしてバトルで使うのは最後でなるだろうと認識した時雨は、この車で最大のパフォーマンスを発揮したいとも強く思うのだった。
大トリとのバトルである以上、遠慮はしない。
そう思いつつ、時雨はインプレッサのアクセルを踏み込んでカマロと並走状態になる。
2台が並走しつつ本線へと合流する。
「(さあ…行くぜ!!)」
本線に合流した直後、早々に仕掛けたのはジュリアだった。
まるでカマロのパワーを誇示するかのように、どんどんと加速していく。
ワンテンポ遅れて、インプレッサも加速する。
だがいったん様子見というところなのか、強者の余裕なのか、カマロに徐々に引き離されていく。
テールトゥノーズの状態となった2台の前に、第1コーナーの右高速コーナーが迫る。
「―――!」
度胸一発でジュリアはブレーキをフラッシュさせ、カマロを減速する。
ハンドルをくい、と右に曲げ、カマロのテールをスライドされていく。
速度は130キロ台である。
ドリフト状態を維持しながらジュリアはハンドルを右から左に切り返してカウンターを当て続ける。
後方のインプレッサのほうが有利なのはわかっているが、それでも食らいつかれないようにアクセルを踏み続ける。
コーナー出口にあたり、アクセルを抜いてカウンターステアをニュートラルに戻す。
そこからアクセルを再び加速し、カマロを立ち上がらせる。
「(何とか食らいつかれてはいる状態か)」
バックミラーのライトの光量を見るにあたり、一定の距離を持ってインプレッサより先行できているようだ。
この分であれば、この先の複数コーナーで追いつかれることもないだろう。
そうジュリアは思った。
そしてそう思う中で、第2コーナーの左ロングヘアピンコーナーが迫る。
「くっ……!」
インコースとはいえ、ヘアピンである以上強めにブレーキを踏まないとコースアウトの可能性がある。
速度が150キロ台から110キロ台まで下がる。
そしてそのままハンドルをぐいと一気に110度程まで左に曲げ、重量のあるカマロを強引にドリフトさせる。
後輪が滑り出したところでステアリングを右に曲げ、カウンターを当てながらアクセルを踏み続ける。
カマロは何とか左車線上を走り続けていた。
タイヤの食いつきも何とかあるようだ。
「(よし、車線上は走れて…)」
だが、そう思った瞬間だった。
バックミラーが強く光ったようだった。
後方からのパッシングだろうか?相手の挑発か?
そう思った次の瞬間だった。
「な…!?」
ジュリアの斜め右の視界に映ったのは、自分のカマロ以上に加速していくインプレッサの姿だった。
右サイドから右フロントへ、一気に加速して立ち上がっていくインプレッサ。
明らかに不利なアウトコースであるにも関わらず、自分よりもはやい速度で立ち上がっていく。
「(そっ、外から…!?)」
「(…遅いよ)」
そのパッシングは一瞬だった。
長いロングコーナーの出口で、インプレッサはアウトコースからカマロを追い抜いてしまったのである。
ラリー向きの圧倒的な加速によって、一瞬の隙をついたインプレッサがあっという間に突き放していく。
「(な、なんて野郎だ!)」
ジュリアにとっては文字通り雷で撃たれたかのような衝撃だった。
いくら相手が速そうだったとはいえ、まさかこうもあっさりと追い抜かれるとは。
やはりイロハが目星をつけたのも無理もない話だし、サカタと互角に戦いあったというのもどうやら本当のようだ…
だがそれでも、速すぎる。
いくら慣れない司馬庭園線とはいえ、こうもあっさりとコツをつかんでしまうものなのか?
そんな疑問を思いつつも、先行するインプレッサは第3コーナーの左直角コーナーへと突入する。
「…!!」
「っ…!?」
ジュリアの目の前には衝撃的な光景が映った。
インプレッサがコーナーとは逆向きを向いたかと思いきや、突っ込む勢いでそのまま右から左へとぐるんと曲がって後輪を滑らせていくのである。
時雨のお得意技であるフェイントモーションであるが、ジュリアにとってはそのアクションはかなりの衝撃だった。
90度近くまで曲げて、そこから一気に切り返していく。
そこまで大胆でド派手なフェイントモーションは今までに見たことがなかった。
「(あんなに派手なアクションで、なんで速いんだ!?)」
驚いている中でもカマロも第3コーナーに飛び込む。
ジュリアの中に焦りが生まれていた。
こんなにも序盤から仕掛けられるとは思ってもいなかったのである。
それも、アウトコースである第2コーナー、第3コーナーで仕掛けられるとは思ってもいなかった。
インコースであれば食らいつかれないと高をくくっていたフシもあったのだろう。
だがそれは明らかに油断だった。
そしてその油断が隙を生んだ結果、ジュリアはあっさりとオーバーテイクを許してしまったのである。
ヒールアンドトゥでブレーキング、ハンドルを左に曲げる。
後輪が滑り出したところでアクセルを全開にしてタイヤを滑らせ続ける。
速度は130キロ台である。
だが…
「(食らいつけない…!)」
インプレッサが素早くコーナーを立ち上がるのに対し、カマロはそれに追いつけていない。
それも、インコースであるにも関わらず、だ。
向こうの速度は間違えなく150キロ以上は出ている。
バリバリとマフラーから爆音を響かせて、インプレッサはコーナーを立ち上がっていく。
「―――!」
一方の時雨。
序盤から一気に追い上げてあっさりとジュリアのカマロを追い抜いたのはよいが、勝負はまだ半分も行っていない。
だが、今の調子なら半分もせずに相手の心を折ってしまうことは容易だろう。
「(この先の直線区間で振り切るのは不本意だけど、これはバトルだからね…このままバックミラーには映らせない!)」
時雨は何度も同じコースを走っていて、構造をとっくに理解していた。
あと2つコーナーを通り抜ければ、長いストレート区間。
そしてもう1回左直角コーナーを抜ければ2個目のストレート区間。
司馬庭園線は自分の想像以上にパワーが求められる区間なのである。
そしてこのインプレッサにはあのカマロを食らいつかせないほどの確実な力がある。
そうであるならば…自分がやるべきことは、1つだった。
アクセル全開でストレートで踏み込み、相手に食らいつかせない。
やることが決まった以上、時雨は遠慮なくアクセルを踏む。
「―――!」
第3コーナーを抜けたばかりの時雨のインプレッサの前に、第4、第5コーナーの右直角コーナー、右高速コーナーが迫る。
2つのコーナーが同じ方向に連なっている。
だったらやるべきことは1つ。
最良のラインを描いて1つのコーナーとして見立ててしまう。
そう思った時雨は、アクセルオフからブレーキをかけてハンドルを左に曲げる。
そしてそのまま、速度が130キロになったところでブレーキリリース、ハンドルを思いっきり右に切り返す。
後輪が滑り出したところでアクセルを全開にする。
派手なアングルをつけて疾駆するインプレッサ。
最初のコーナーを右車線の外側から一気に路肩まで寄せていく。
右フロントとの隙間は数十センチ程度しかない。
それでも時雨はアクセルを遠慮なく踏み続ける。
後輪が滑り続ける中、ハンドルをわずかに左に曲げてカウンターを当てる。
走行ラインが右車線と路肩の上を描くようにするべく、ハンドルとアクセルワークでコントロールし続ける。
最初のコーナーをインベタで駆け抜け、徐々にアウトへと膨れていくインプレッサ。
それをアクセルワークとハンドルさばきでコントロールする。
そこから第5コーナーの右高速コーナーが迫る。
「(まだだ…)」
アクセルを調整しつつ、路肩と車線の上の一本線をトレースするかのようにドリフトし続けるインプレッサ。
アングルが徐々に収まる中、時雨の視界には既にロングストレートが見えていた。
だが、まだである。
仕掛けるポイントはまだもう少し先。
「(もう少し…)」
勝負を仕掛けるポイントが迫る中、時雨はアクセルを全開に踏み込んでカウンターを当てていたハンドルをニュートラルに戻す。
こうすることで、すべてのタイヤに均等にパワーが与えられ、トラクションも相まってドリフト状態が収まっていく。
インプレッサは路肩と右車線の上のラインから徐々に逸れ、徐々に左車線側にはみ出ていく。
それでも時雨はアクセルを踏み続ける。
そして、第5コーナーを突破しようとした次の瞬間だった。
「(…今だ!)」
時雨はハンドルに取り付けられていたニトロスイッチを右手親指で押す。
ゼロカウンター状態で第5コーナーを立ち上がり、加速していくインプレッサ。
左車線にはみ出る寸前に青いアフターファイアがインプレッサから放たれ、そのまま右車線に収まって加速していく。
アクセルは当然べた踏みである。短期決戦で勝負を仕掛けに行く。
速度は150キロ台から一気に200キロまで加速する。
ニトロの機器もかなり良いようだ。
それでも加速は安定している。
やはり4つのタイヤで均等にパワーを受け止めているからだろう。
だがそれでも時雨は前を見ていた。
左車線にウインカーを出して車を移動させ、目の前の左直角コーナーに備える。
「(は、速い…けど、曲がるのか!?)」
一方のジュリア。
第5コーナーを立ち上がったばかりのカマロを操縦するジュリアには既にはるか彼方にインプレッサが異様なまでの速度でコーナーに飛び込んでいくのが見えた。
明らかにオーバースピードなのである。
既に車間距離は車数台分以上に広がっていた。
向こうの速度は200キロ近く出ているのではないか?
そう思った瞬間だった。
「―――っ!?」
ブレーキをフラッシュさせてコーナーとは逆向きを向いたかと思いきや、そのままとんでもない角度でインプレッサが左車線から左端の路肩…文字通りの壁すれすれまで切り込んでいく。
そのドリフトアングルはスピン寸前…90度近くはあっただろう。
そしてそのままジュリアの視界から消えた。
コーナーにとんでもない勢いで飛び込んだかと思いきや、そのままの勢いで駆け抜けてしまったのである。
自分では到底曲がりきることのできない速度で時雨は曲がり切ってしまった。
自分がどんなに速度を出しても、もう追いつけないだろう。
そうジュリアは思わざるを得なかった。
「(こんなにも、相手にされねえなんて…!)」
ジュリアがそう思いつつも第6コーナーに接近するカマロ。
左車線を走りながら、ブレーキをかけてハンドルを左に曲げ、後輪を滑らせる。
追いつくべくために速度を130キロ以上出しているのだが、オーバースピードのためか路肩まで切り込むことはできず車線上を滑るのが精いっぱいだった。
そしてそのまま次のストレートに突入する。
だが、そこで待ち構えていたのはあまりにも非情な光景だった。
「(い、いない……!)」
そう、ジュリアが第6コーナーを立ち上がる時点ですでにインプレッサは第7コーナーを立ち上がってトンネル区間のストレートを駆け抜けていた。
もはや言うまでもないだろう。
勝負は完全についていた。
ストレートでもコーナーでも追いつけない相手には自分が勝てるわけがない…
そう思ったジュリアは、前回に踏み込んでいたアクセルを徐々に緩めて減速…降参するのだった。
勝負はあまりにもあっさりとしたものだった。
2つのストレートでインプレッサがあっさりとジュリアを振り切り、そのままの勢いでインプレッサが迎島PAへと滑り込むのだった。
―――佐々木PA。
バトルを終えて、1台だけ戻ってきたGDB-Cインプレッサ。
そこへ整備士の女と金太郎姿の例の男が近づき、話しかけに行く。
時雨と奈美子はそれに気が付いて、車を降りて男たちの方へと向かった。
「時雨さん、奈美子さん…」
「お前たちが勝ったようだな」
「はい」
「そうか…」
インプレッサの前にいた男…サカタはどこか申し訳なさそうに呟いた。
「ジュリアの実力もあるといえばあるんだが、如何せんお前達が相手ではな…無理もない話だ」
「サカタさん…?」
「正直、俺はあまりジュリアと戦ってほしくなかった。お前たちのレベルは俺が知っているからな。そしてあいつが見かけ以上に繊細であるという事も…」
「……」
サカタ自身、時雨とジュリアがバトルする事はあまり快く思っていなかった。
それは単に、自分の獲物がかっさらわれるとかそう言う理由ではない。
時雨くらいならジュリアなんて容易く一捻りできてしまうだろう、という予測を立てていたからだ。
幾らジュリア自身が努力やマシンチューンを積んだとして、相手は「御伽走子」のメンバー達も打ち破ったドライバー。
北関東で屈指の名前を持つドライバーたちが舌を巻くレベルのドライバーに、仮にジュリアが挑んだところで返り討ちに遭ってしまうのだろうというのがサカタの本心だった。
そしてそんなジュリアは見かけによらず繊細。
完膚なきまでに叩き潰されてしまっては、当然再起できないだろう。
すると話していたところに、カマロがやってきた。
駐車場に止まったカマロのドライバー…ジュリアは、静かに俯いているようで、その表情は見えない。
負けてしまったことがやはり悔しかったのであろうことは言うまでもない。
この様子ではとても話しかけには行けないだろう…そう奈美子が思った瞬間だった。
カマロの方へサカタが向かっていく。
「おい、ジュリア。お前さんが悔しいのは分かるが、約束は約束だ。サッサと話しに行かないか」
サカタがウインドー越しに話しかけても、ジュリアは顔を逸らしていた。目を合わせるつもりが無いのか、都心のビルの明かりを眺めていた。だがサカタが見た限り、大粒の涙をこらえ切れていないようだ。
目元を服の袖で拭うのが見えた。
そしてぬぐった後、涙目になりつつもジュリアは車の外へ出てきて、サカタの付き合いの元奈美子と時雨の方へ向かっていく。
だが、視線は奈美子と時雨から逸らしたままだった。
「…ちょっと今、お前らの顔見られネェ。すげえ悔しくって…情けなくって…」
「ジュリアさん…」
「お前らに八つ当たりしちまいそうだから…ちょっと待ってくれ、ごめんな」
ジュリアの声は完全に悔しさをにじみ出していた。
まあ、ほぼ相手にされないかのように撃墜されてしまってはそうなっても仕方のない話ではあるのだが。
心配になった奈美子がジュリアに声をかける。
「ジュリアさん…なんて言ったらいいのか、私にはわかりませんけど、その…」
「いいんだ、何も言うな。だが今日は、アタシはもうダメみたいだ…スケジュールの調整をするよ。日取りが決まったら連絡する」
「……」
時雨と奈美子が心配そうにする中、ジュリアに対しサカタが声をかける。
「ジュリア、これからどうする?」
「おっさん、イロハ…ちょっとあたしを一人にさせてくれないか。茨城の峠に比べて、首都高は明るすぎてな、少し…疲れちまった」
「そうか…わかった」
そう言ってジュリアはフラフラとカマロの車内に戻り、そのまま椅子に座ってリクライニングを全開にしたところで眠ってしまった。
小さく寝息を立てているようだった。
「…全く、変わらないな」
「本当ですよ…バトルに負けるといつもこうなっちゃうんです」
ジュリアが感情的なのは、サカタもイロハもわかっていたようだった。
そして奈美子と時雨の方に戻った2人が話しかける。
「悪かったな…色々面倒かけて」
「いえ、いいんです…それより、本当にいいんですか?あんな調子で…」
「いいんですよ、見慣れてますし」
時雨はどこか申し訳なさそうに言ったが、ジュリアの事はサカタもイロハもわかっているようだった。
ジュリアを見かねたサカタがこう提案する。
「…すまないが、今日は帰ってやってくれないか。今はジュリアのメンタルケアとかも必要だろう」
「起きるまでは私たちが面倒見ますから、2人とも今日は休んでください」
「…わかりました」
「帰り道も気を付けるんだぞ」
「は、はい」
「それじゃあ…」
そう言って奈美子と時雨もインプレッサに乗り込み、佐々木PAを出て行った。
箱根への帰り道、時雨の運転するインプレッサの中で奈美子は疲れ切ったのか助手席で眠ってしまった。
「お父さん…兄さん…時雨……」
という寝言を言っていたのだが、運転に集中していた時雨は気が付く事が出来なかったのだった。
奈美子の父親が首都高で何をしたのか…という手掛かり、ジュリアの言う「バトルした奴」が「エニシ」への有力な情報であることを、時雨は祈らずにはいられなかった。
一方で時雨は静かにこうも思っていた。
「(峠やサーキットで使うだけの車じゃ駄目なんだ…もう1台くらい、用意してもいいのかな…)」
(第7話End)