「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 第二幕 2024 -いつかあの頂で- 作:カービィ改二
第8話です。
ライジングサンの事を知るチームのドライバーたちとバトル。
―――筑波連合と時雨のバトルから2日後の夜。
茨城県、つくば市。
路肩に赤色のカマロが止まっている。
「もしもし?」
『…その声は、筑波連合の?』
「久しぶりだな…ちゃんと食ってるか?」
愛車であるカマロの運転席で電話をかけるジュリア。
『…用件はなんだ?』
「用件?…ふん、相変わらずこっちの話に付き合う気がないみたいだな」
『仕事で忙しいから切るぞ』
「仕事で忙しい?ったく、このワーホリ野郎!用件は『ライジング・サン』と『エニシ』。前にその名前を口にしてただろ、お前」
『………』
ジュリアはしばらくの間スマホを耳につけたまま、相手の返事を待った。
「そいつを探しているヤツがいる…交流戦を兼ねて協力してほしい。埼玉の連中とやりたいって言ってたろ?」
『……参加メンバーを言え』
「参加メンバーだと?…アタシとサウザンドのウシ女と…あの『新星』…いや、『箱根の時雨』に、その相棒の奈美子ってコ…このコの父親の『ヒュウガ』って人がなんか昔すごいバトルをしたらしくてさ…何があったのか教えてあげたいんだよ!」
◇ ◇ ◇
茨城のチーム「筑波連合」とのバトルに巻き込まれた時雨と奈美子。
リーダーのジュリアと共に情報収集を行うも、探し人の「エニシ」についての情報は皆無に等しかった。
しかし、最後に本当の情報をつかんだという。
情報をかけたジュリアとのバトルに勝利し、その情報がもたらされたのは、バトルから4日後の週末のことだった。
―――五潮PA。
予定時間よりも早めに「埼玉サウザンド」の面々とジュリア、奈美子とともに待ち合わせ場所のPAに時雨は到着した。
ちなみに今回、サカタは仕事の都合で不在である。
PAの一角でメンバーたちが集まって待機する。
「もう!どういうつもりなんですか!相談もせずに私たちのチームのバトル勝手に決めるなんて!『エニシ』の情報はどうしたんですか!?」
ジュリアに対し、イロハは怒っていた。
勝手に自分たちのチームの名前を使って、強引にバトルさせられることになってしまった以上怒るのは当然だろう。
するとジュリアは宥めるかのようにこう言った。
「…千葉の有名チーム『ナイトオウル』とバトルできるんだぜ?それに情報のことだって忘れてネェさ。『エニシ』の事を…あいつは知ってる」
「ナイト、オウル…?」
「ああ。まあ詳しい話は奴らが来てからだな…」
時雨の疑問に対してジュリアは「バトル相手はお楽しみ」と言っているかのようだった。
すると、ジュリアは時雨のマシンを気にかけるかのようにこう言った。
「…今回はワンエイティなんだな?遂に真打ち登場ってところか」
「うん、そうだね」
「あのマシン、噂に聞いてはいたが…本当に派手なエアロだなー」
「そう、かな?」
この日、時雨が使っていたのは普段から使っているワンエイティである。
遂に時雨の本領発揮といってもいいだろう。
「あのマシンはSNSでもかなり話題になってましたね…かなり派手なエアロのワンエイティが、箱根や首都高を席巻している…って」
「そうなんだ…」
すると、時雨の言葉に対してジュリアが呆れるかのようにこう言った。
「そうなんだ…って、お前、本当に自分の名声に無頓着だなあ…SNSでも話題になってることくらい、認知したほうがいいぜ?」
「そう、なのかな?僕、普段は忙しいからあまりそういうものは触れないんだ…」
「私と同じ整備士なんですよね?SNSで宣伝をしている身としては、ちょっと意外です…」
イロハは自分の店の宣伝をSNSでもやっているのだが、時雨は未だにSNSを使っていなかった。
あまりそういう新しい機械に対しては無頓着なのか、それとも単に面倒くさいだけなのか。
「ピット」においてはパソコンも少しは使えるが、それでもスマートフォンは子供向けのそれである以上ガラパゴスケータイ同然といっても過言ではなかった。
まあ、SNSも使わないし基本電話ができれば問題ないという時雨の考えもあるのだが…
「お前、スマホ変えたらどうだよ?子供向けのやつなんだろ?いつまでそんなの使ってるんだ?」
「そうはいっても、えすえぬえす…はあまり興味がないんだ。それに、僕は電話さえできればそれでいいと思っているからね」
「言ってることはわからなくはないが、本当にお前あたしらより年下なのか……?掴みどころねーよなあホント…なあ、奈美子も何か言ってやれよ!お前は時雨の相棒なんだろ?」
ジュリアにとってはスマートフォンをほとんど使わない時雨に対して呆れるしかなかった。
えすえぬえす、という時雨の口調は明らかに横文字に対する耐性がないように思えた。
「え?ああ、そうね…(とはいえ時雨は本来、80年以上前の人間だから仕方ないんだけどね…)」
時雨のことに対し、奈美子は苦笑いしながらそう思っていた。
現代の技術に対して疎いというのは、時雨にとっては無理もない話なのかもしれない。
何せ時雨が「元々」生きていた時代は1920年代後半~1940年代半ば。
それこそ、戦争の時代だ。
言ってしまえば、時雨の年齢は仮に年齢が実際の年の経過に対応していたとすれば100歳近くという超高齢者。
しかし実際のところは、1945年から2023年まで80年近くの「コールドスリープ」をされていたも同然。
やっていることは文字通りの浦島太郎だ。
言ってしまえば肉体こそ少女の姿であれど、感覚や実戦経験は普通の人間以上。
戦場の第一線で戦っていた時雨は、度胸と勇気と根性と気合はあれど、現代の技術に対しては車を除いてどこか疎いところがあるといっても過言ではなかった。
それは言ってしまえば、技術革新が時雨の成長のはるか上に行っていたということでもあるのだが。
するとその時だった。
PAの入口から車が入ってくる。それも複数台だ。
「…あれは!」
奈美子が車たちの存在に気が付いて、それに応じるかのように時雨たちもその方向を向く。
複数の車たちがPAに入ってきた。
千葉、成田、習志野、市川、船橋、袖ヶ浦、市原、野田、柏、松戸……ナンバープレートに書かれている地名はどれも千葉県の地名である。
「車が入ってきますね」
「千葉各地のナンバー…来たな。あいつらが『ナイトオウル』の奴らだ」
「あれが……」
「リーダーのマシンは…ああ、あれだ」
ジュリアが車たちの中で、1台のセダンを指さしてそういった。
赤色の日産・Y51フーガ。地味ではあるが明らかに醸し出す雰囲気は違った。
するとジュリアがこう言葉をつづけた。
「まあ、いろいろと誤解されるヤツだ。イラっとすると思うが気にしないでくれ」
「イラっと…?」
「一体どんな人がリーダーやっているのかしら…?」
そう奈美子が言っていたところですでに車を降りていたその人物は、軍団を率いてやってくる。
その人物は眼鏡をかけ、オールバックの髪型で、黒と白のスーツを着ている男だった。
時雨たちに気が付いたその男は、時雨たちのほうへとやってくる。
4人とその男の仲間たちが対峙する。
「…ツナギのキミがサウザンドのリーダー、『ウシ女』こと、イロハか。それにキミが…父親を捜している奈美子か。そして残った1人が…『箱根の時雨』であり、首都高の『新星』…時雨だな」
男の言葉に対し、奈美子と時雨がこくりと頷いた。
だが、イロハは「ウシ女」と言われたことにイラついているようだった。
男が言葉を続ける。
「『ナイトオウル』リーダーのタスクだ。よろしく」
男はタスクと名乗った。
彼が「ナイトオウル」のリーダーのようだ。
すると、我慢の限界だったのか次の瞬間に口を動かしたのはイロハだった。
「ちょっと、ジュリアさん!私の事、なんて紹介したんですか!初対面なのに…ヒドいです!」
怒りの矛先をジュリアに向けるイロハ。だが、次に言葉を口にしたのはタスクだった。
「…聞いたまま伝えただけだ。イロハ、君のチームとは私のチームの2軍とバトルをしてもらう。サウザンドの実力なら、うちの2軍で互角かそれ以下だ」
タスクの言葉に対し、イロハは怒りの矛先をタスクに向き返す。
「2軍ですって!?ばっ、馬鹿にしないでください!こっちは精鋭を揃えてきたんです!」
だが、タスクは動じない。
「『ナイトオウル』の情報は正確だ。もし君がうちの2軍に勝てば、私がリーダーとして正式に謝罪をしよう…まあ、一生ないと思うがね」
「なっ……!!」
「(うん…ジュリアさんの言う通り、タスクさんの発言の1つ1つに『イラッ』とする要素が入ってくるわね…!)」
「(これは…下手をしたら挑発になりかねないね。でも…確かに速そうな気は、する)」
タスクの言葉に対し、怒りそうになっているイロハ。しかしそれを聞いていた奈美子と時雨は冷静に聞き流していた。
実際イライラさせられる要素はいくらでもあるだろう。
だが一方で、時雨はそれが口先だけではないのだろうということも感づいていた。
この人は速い。間違えない。
そう時雨は直感した。
するとタスクがジュリアに視線を向けてこう言葉を続けた。
「それとジュリア…電話の件だが、『エニシ』も『ライジング・サン』も私は知らない…今日来たのは、あくまで『サウザンド』との交流バトルのためだ」
するとその言葉に対して反応したのは奈美子だった。
「そ、そんな…じゃあ私たちは『サウザンド』とバトルをするためのダシにされたってことですか!?ひどい…酷すぎるわ!タスクさん!」
「(いや、でも……)」
悲鳴に近い声を上げる奈美子。
だが、時雨は冷静だった。
ダシにされたとしても、首都高で話題になっている「箱根の時雨」に興味を持っていないとはどういうことなのか?
本当にサウザンドとバトルすることだけが目的なのか?
そう思っていると、ジュリアが口を開いた。
「…おい、待てよ。アタシはちゃんとこの耳で聞いたんだ。お前が『ライジング・サン』と『エニシ』…この2つの単語を口にしたのをな。アタシには時雨と奈美子を連れてきた責任ってモンがある。しらばっくれるってんなら、バトルで勝って力ずくで聞き出してやるぜ」
「ジュリア…さん」
するとジュリアの言葉に対し、どこか「仕方ない」と思ったのか、こうタスクは返答した。
「いいだろう。バトルでも何でもするがいい。うちの2軍…小間使いの記録スタッフとな」
「き、記録スタッフ…!?」
「(この人と話していると、ホントにイライラしちゃいそう…!)…勝つわよ、時雨!」
「え?あっ…うん。わかった…バトルしましょう」
「…相手は指名しておく。1回バトルして判断させてもらうから、終わったらそのままここに戻ってこい」
タスクの言葉に対し、時雨と奈美子がこくりと頷いて愛車のほうへ向かっていく。
ジュリアとイロハはその様子を静かに見守るのだった。
「頑張れよ、時雨…」
「時雨さん…」
離れていったところで、タスクはメンバーを指名するのだった。
「最初は…よし、お前だな。行け」
「はい!」
タスクの指名を受けた1人のドライバーが愛車へと向かって乗り込むのだった。
―――vsナイトオウル検証班A
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相手の車は黒色のダッジダートGT。
左レーン、ワンエイティ。右レーン、ダッジダートGT。
コースは五潮PAから函崎PAまで。
2台が並走状態で五潮PAから抜け出していく。
「(さあ、『箱根の時雨』の実力を見せてもらうぜ…!)」
相手のドライバーは運転席で静かにそう思いつつ、ダートGTのアクセルを調整して速度を50キロに保っていた。
ここにきて例の「箱根の時雨」とバトル出来るとはまたとない機会。
それだけでもラッキーだが、同時に、データを徹底的に抜き取りたいと考えていたのだった。
「(…まずは肩慣らし)」
時雨にとっては最初の相手から本気を出すつもりはなかった。
は長期戦が見込まれている以上、易々と実力をひけらかすわけにはいかない。
分析されてしまっては相手にアドバンテージを許すことになるだろう。まずは慎重に相手の実力を見て、徐々に実力を出していく。
首都高を走っている時雨にとっては、そのやり方が良いのだろうと思っていた。
そしてそう思いつつも、並走した2台はPAから本線へと合流していく。
「―――!」
「……」
最初に仕掛けたのはダートGTだった。
相手の実力を測るというよりかは、一気に逃げていくようだ。
それが相手なりの小手調べなのかもしれない。
速度は50キロから120キロまで加速していく。
だが、時雨はそれを追わない。
あえてアクセルをゆっくり踏んで、徐々にワンエイティを加速させていく。
自分なりのペースで踏んでいけば追いつけるだろう…それが時雨の考えだった。
スタート直後の橋…斜張橋の上の第1、第2コーナーの左高速コーナー、右高速コーナーの連続コーナー地帯が迫る。
「―――っ!」
いくら自分が先鋒であるからとはいえ、ダートGTのドライバーは容赦するつもりはなかった。
何せ相手は最近話題の「新星」であり、「箱根の時雨」。
自分くらい勝てなければ話題にはならないだろう…そう思っていた。
そしてそんなダートGTが連続コーナー地帯に突入しようとしている。
コーナー直前でブレーキを踏み、サイドブレーキを引いてハンドルを左に曲げることで強引にタイヤをスライドさせる。
サイドブレーキを引いて強引に滑り出したダートGTは、そのままの勢いで第1コーナーから第2コーナーの右高速コーナーへと突入する。
アクセルオフからハンドルを右に切り続け、マシンをそのままの勢いで左から右へと振り回す。
右へと振り回したところで連続コーナー地帯を連続ドリフトで駆け抜けていく。
第2コーナーの出口でハンドルをニュートラルに戻し、再びアクセルを踏み込む。
ダートGTは失速をほとんどせずにそのままの勢いでワンエイティとの差を徐々に広げようとする。
だが
「(後ろに…いる!?)」
第2コーナーを抜けて気が付いたとき、ワンエイティは、自分のほぼ真後ろともいうべき位置関係にいた。
ワンエイティは左車線だが、ダートGTは右車線。
自分としては一気に逃げようとしたが、どうやら相手はそんな自分に食らいつこうとしているようだ。
第2コーナーを立ち上がり加速していくが、それでも差を広げることはできないでいた。
「(あえて互角以下を演じてこの車のタイヤを温めていくつもりだったけど、この調子ならストレート区間で追い抜けそうだ)」
時雨はまったくもって本気ではいなかった。
アクセルを半分以下に抑えても、先鋒のダートGTには軽々と追いついていくことができていた。
それほどまでにダートGTが遅かったのか、ワンエイティのスペックが高いのかはわからない。
しかし、時雨にとっては相手のマシンに食らいつくことはまったくもって苦痛ではなかった。
むしろ、あえて追い抜かないことが逆にストレスにもなっていた。
「(ドライバーとしての腕自体は遅いってわけじゃないけど…)」
時雨のマシン…青色のワンエイティは450~500馬力程度のマシン。
ゲームセンターの高速道路をかっ飛ばすゲームを遊んでいる素人目からすれば、大したことはないだろう。
だが、現実においてはかなりのモンスター。
おまけに相手のダートGTのスペックは明らかにそれ以下。
力任せという形にはなるが、ストレートで振り切っても問題ないレベルだった。
そして足回りも明らかに格上である以上、ダートGTにワンエイティが食らいつけているのは必然といえば必然であった。
だがそんな相手にいつまでも躊躇していては、相手に自分のテクニックが見定められてしまうだろう。
では、どうするか?
それを考えた以上、時雨がとる手立ては1つだけだった。
「(純粋なパワー差で…自分の技術を見せつけないようにするまでだ!)」
第3コーナーである右ヘアピンコーナーを抜けた直後にあるロングストレート。
ここでパワー差を見せつけてあっという間に振り切ってしまう。
それが時雨のとるべき手立てだった。
2台が並走状態となったところで、第3コーナーの右ヘアピンコーナーが間近に迫る。
「くっ…!」
「……!」
ブレーキを踏み込む2人。
ダートGTが強めに踏み込んだかと思いきや、ワンエイティはそれ以上の速度で飛び込んでいく。
「なっ!?」
ダートGTのドライバーにとってはそれは予想だにしない光景だった。
オーバースピードで、アウトコースから突っ込んでいるのである。
体感では130キロ以上…あの速度で曲がるのか?
そう思った瞬間だった。
「……!」
ブレーキリリースからハンドルを思いっきり右に曲げ、左車線というアウトコースから右コーナーへと飛び込むワンエイティ。
だが、車線ははみ出さない。
それでもアクセルを踏み続ける。
後輪が滑る中、時雨はハンドルを左に切り返してカウンターを当てていた。
それまで乗っていたランエボやインプレッサに比べれば確かに後輪は暴れている。
だがそれでも、時雨にとっては思うところがあった。
「(アクセルワークで車を制御するというやり方よりも…この『滑る感覚』が、僕には向いている…)」
アクセルを踏み込むことでアウトコースへと膨らみかけるワンエイティ。
だが、そのふくらみもハンドルを曲げてカウンターを当てていることで抑えることができていた。
アクセルワークでマシンをコントロールするよりかは、アクセル全開でハンドルワークに集中するほうが時雨にとっては向いているようだ。
やはり長い間FRマシンに乗っているということもあるのだろう。
アクセル全開で、カウンターを当てながらも立ち上がっていくワンエイティ。
その速度はダートGTでは到底追いつくことのできないものだった。
「(ジュリアさんのように…ストレートで食らいつかせない!)」
コーナー出口が迫る中、アクセルをリリースしてカウンターを当てるべく左に曲げていたハンドルをニュートラルに戻す。
そして徐々にタイヤのグリップが回復していくのを認識し、ストレートの方向を向いたところで時雨は再びアクセルを全開で踏み込む。
速度は130キロ台から一気に200キロ近くを目指して加速していく。
まさに電光石火の速さ。
後方のダートGTに食らいつかせまいと、ワンエイティはその秘めたるパワーを発揮してストレートを疾駆していく。
そしてあっという間にダートGTのヘッドライトがバックミラーの彼方へと消えた。
「(一旦これで、僕の情報は探られない…)」
自分の実力を相手が分析するようであるならば、分析される前に純粋なパワー差でぶっちぎる。
それが時雨の導き出した手立てだった。
そして1回目のバトルにおいては、それは上手くいったようだった。
「(初っ端からこうも…!)」
ストレートを加速するダートGT。
だがその速度は150キロにも満たない。
明らかにストレートでは向こうに分があった。
そしてそうである以上、自分はもう諦めるしかなかったのだった。
◇ ◇ ◇
―――五潮PA。
1戦目を終えた時雨と奈美子は、一旦函崎PAから戻ってきていた。
「よう、その調子ならまあ1回目は大丈夫だったって感じだな」
「うん、とりあえず勝てたよ」
ジュリアに対し時雨はそう答えた。
すると奈美子が疑問を口にする。
「あの、ジュリアさん…バトル中後ろからずっとついてくる車がいたの…あれって何なのか知ってます?」
すると、奈美子の言葉に対してジュリアが答えた。
「ああ、あれか。あんまり気にするな。『ナイトオウル』の『記録班』だ。ああやって録画して、何が良くて何がダメなのかを分析するんだ」
「分析…?」
「連中が関東でも高いレベルのチームなのは、あの頭でっかちのタスクがいるからだ。関東中のドライバーをデータ化して、より高いレベルでバトルしてるのさ」
「そんなことまでやってるなんて…私たちは箱根が長かったので知らないんですけど、関東でタスクさんって有名なんですか?」
すると、奈美子の質問に対してジュリアは口を動かした。
「あたしは千葉でバトルして以来の関係だから有名かどうかは知らネェ。っつーか別に有名とかどうでもいい。イロハ、オメーは知ってるか?って……」
「……?」
ジュリアが視線を向けた先に時雨と奈美子が見ると、そこには落ち込んでへたれこんだイロハの姿があった。
時雨とナイトオウルのメンバーがバトルしている間、サウザンドのメンバーたちもナイトオウルのメンバーに挑んでいた。
だが、イロハの様子を見る限り結果は言わずもがなというべきだろう。
「ううっ…うちのナンバー2が2軍に負けた…」
そうつぶやいたイロハのもとへジュリアが向かい、元気を出すように言った。
「いつまでも凹んでんなよ…タスクの情報を話せよ。バトルする前の事前調査は、お前もやってるんだろ?」
すると、立ち上がったイロハは高言葉を口にした。
「そりゃ、まあ…でも、詳細な情報は掴んでいません。チームのメンバーに聞いてみます」
「イロハさん…」
「ううっ、うちのナンバー2が相手の2軍に負けたのは認めます…!ですが、サウザンドは情報が強みです!こっちでは負けるわけにはいきません!」
イロハの目には情熱の炎がメラメラと燃えているかのようだった。
すると、それに負けないかのようにジュリアもこう口にする。
「アタシもあいつについて、仲間たちにいろいろと聞いてみるよ…アイツは『エニシ』のことを、知ってるはずなんだ…絶対に」
そうジュリアが言った時だった。
「イロハさん、ジュリアさん…」
「私のために、どうしてそこまで…?」
なぜ、自分たちのためにそこまでやるのか?
それは時雨にとっても奈美子にとっても疑問でしかなかった。
すると2人は互いにこう答えた。
「どうしてって…友達だからですよ。奈美子さんと時雨さんは、私と友達になってくれるって言いました。だから…助けたいんです」
「ああ、アタシも同じだ。アタシとお前ら2人、それからイロハ。『キズナ』で結ばれた仲間だからな…」
「……」
「じゃ、アタシたちは行くから」
そう言って2人は互いの仲間たちのもとへと向かっていく。
するとその様子を見ていたタスクがやってきて時雨に話しかける。
「…用件は済んだか?次のバトル相手が待っているのだが」
「あ、はい」
「よし…次の相手だ。車に乗り込め」
タスクの言葉に対し、時雨と奈美子はこくりと頷いてワンエイティのほうへ向かっていく。
そして車内に乗り込んだところで、奈美子がこう言った。
「ジュリアさんとイロハさんのためにも、このバトル勝ち続けましょ!絶対に『エニシ』の手がかりを、掴んでみせるんだから!」
「…わかった。少しずつ踏んでいくよ」
奈美子の言葉に対し、時雨はそう言って強く頷くのだった。
―――数戦後、五潮PA。
駐車場の一角に止まったワンエイティの車内で、奈美子と時雨が会話していた。
「…さっきの動きで確信したわ。私たち、試されているんだわ!しかも、チームの『1軍』によ!」
「何だって?いつの間に…?」
いつの間にか相手のレベルが上がっている。
前に向かって必死に走らせている時雨はともかく、奈美子はそれに気が付いていた。
「タスクさんは『サウザンド』とバトルがしたいと言っていたのに、本当の狙いは、私たち…?『ナイトオウル』にデータがないから…?」
「僕たちのことを、分析しているとでもいうのかい…?」
「多分…」
「……」
時雨にとっては、自分たちの情報がない以上それらを集めるというのは当然といえば当然だった。
そして気が付かないうちに、あっという間に分析の対象になっているようだ。
だが、時雨はこう言葉を続けた。
「考えたって仕方ないよ。ジュリアさんとイロハさんがその部分は調べてくれているはずだ」
「時雨…」
「…以前トシゾウさんが言っていた言葉の意味が、頭だけじゃなく心で理解できる気がするんだ。走り続ける以外に、答えはない…!」
時雨は走り続けることを決めるのだった。
「すいません、ロストしました!『箱根の時雨』のヤツらのほうが、こっちに合わせて…いや、それ以上でドライブし始めたようです!!」
一方、こちらはタスクと「ナイトオウル」に所属する部下たち。
時雨とバトルしたナイトオウルのドライバーがタスクに結果を報告していた。
だが、タスクは意外と冷静だった。
「こちらが探りながら走っていることがバレたようだな…もう少し時間を要すると見込んでいたが…『新星』、思ったよりやるようだ。これからは遠慮せずに飛ばしていけ。撮影班は限界だと感じたら序列の高いドライバーに譲るように。データの収集だけは続けろ」
「「「はい!!」」」
そう「ナイトオウル」の部下メンバーたちに、タスクは指示をするのだった。
すると、タスクは車外に出て休憩をとっている時雨と奈美子の存在に気が付いた。
ペットボトルの水を飲んでいた時雨にタスクが話に行く。
「…タスクさん?」
「休憩か。バトルに飽きてしまった…というわけではなさそうだな。私たちにデータを取られるのが嫌になったのか?」
すると、タスクの言葉に対して答えたのは奈美子だった。
「やっぱり、私たちのデータをとることを目的としていたのね。まあ、それはもう気づいてたからいいんですけど。休めるときにちゃんと休んで、次のバトルに備えているだけよ。それと時雨の目がちょっと疲れているように見えたの。だから休憩」
すると、タスクはどこかニヤリとしたかと思いきやこう言葉を返した。
「いい判断だ。ナビゲーターはドライバーに道を知らせるだけが仕事じゃない。ドライバーが気づいていないこと、気づいていても口にしないこと、そういった部分も含めてフォローすることも仕事のうちだ」
「え?まあ、そうですけど…でも、一応私たち敵ですよ?褒めたりなんかして、何を企んでるんですか?」
奈美子にとってはタスクの言葉はあまりにも疑問でしかなかった。
だが、タスクはそれに返してこう答えた。
「特に何も。ただ感心して称賛しただけだ。その調子でバトルしてくれ。情報が蓄積されるのは、こちらとしても本望だからな」
「……?」
すると、疑問に思っていた時雨に対してタスクは目を合わせた。
「時雨、『生き残りたかったら速くなれ』、だ…こんなところで負けてくれるなよ?」
「え?は、はあ」
そう言ってタスクは仲間たちのもとへと去っていく。
時雨と奈美子は茫然としていた。
「『生き残りたかったら速くなれ』?タスクさん、どういうつもりなのかしら…」
「これは…もしかしたら、僕たちと敵対するのではなくて…期待、されているのかな」
「え?まさか…」
すると、ジュリアとイロハがやってきた。
「よう、2人とも。さっきタスクとすれ違ったが、何か話したのか?アイツ感情を表に出さないから、いまいち何考えてんのかわからネェんだよな」
「あ…そうだね」
時雨がジュリアの言葉に答えた。
だがジュリアは言葉を続ける。
「ただ、アイツが『エニシ』の情報を持ってるのは間違いない。ま、結局は走り続けるしかネェってこった…だろ?イロハ」
そういってジュリアはイロハのほうを向いた。
イロハは一瞬ぷくーっとしたかと思いきや口を動かした。
「はい、私もそう思います。ジュリアさんと同意見なのは、ものすごーく不本意ですけど!お2人が走り続ければ、きっと!」
イロハがそう断言したところで、ジュリアが再び話し出す。
「…ところですまねぇな、2人とも。アタシとイロハのチームで色々探ったんだけどよ…まだ有力な情報がネェんだ」
「あ…そうなんだ」
「『ライジング・サン』と『エニシ』、なかなか情報が出てこないんです…すいませんっ!誠意が足りなくて!」
そう言ってイロハは頭を下げた。
「そんな、いいんです!私はジュリアさんの言葉を信じて、タスクさんから情報を引き出してみせます!」
奈美子の言葉に、時雨もこくりと頷いた。
「奈美子さん…」
すると、イロハがそう言ったところで次のバトル相手が現れた。
「次のバトル相手がお待ちかねのようだな」
「…じゃあ、僕たちまた行ってくるね」
「行ってらっしゃい。頑張ってくださいね!」
「うん…行こう、時雨!」
2人に送り出され、時雨と奈美子は再びバトルへと飛び込む。
◇ ◇ ◇
―――vsナイトオウル解析班
推奨BGM:LOVE AND FEVER TONIGHT(from EUROMACH)
相手の車はGTウィングを装着したグレーのFC3S。
左レーン、FC3S。右レーン、ワンエイティ。
2台が並走しつつ函崎PAから出ていく。
「(ここまで俺以外にも何人も倒されている…ここは俺が何とか相手の実力を分析できるようにしてやる!)」
FC3Sのドライバーは運転席で静かにそう思っていた。
「(相手は少しずつ早くなっているのは僕でもわかる。でも、油断はしない…確実に勝ちに行く!)」
一方の時雨もそう思っていた。
いくらチームメンバーとのバトルとはいえ、相手は確実に速くなっている。
そしてリーダーにたどり着くためにはこんなところで躓いていることなんて許されない。
そうである以上、時雨はワンエイティを乗りこなしたいとも思っていた。
互いのドライバーがそう思う中で、2台は本線へと合流する。
「(さあ…行くぞ!)」
「……」
本線に合流したところで、FC3Sのドライバーがアクセルを一気に踏み込む。
一方で時雨もアクセルをゆっくりと踏み込む。
後追いとして前方を走るFC3Sを追いかける。
FC3Sが第1コーナーの左直角コーナーへと飛び込む。
速度は110キロ台である。
FC3Sのドライバーがブレーキングからハンドルを左に曲げ、タイヤを滑らせる。
滑り出したFC3Sをコントロールするべく、ドライバーは左から右へとハンドルを切り返す。
アクセルを踏み続けながら、FC3Sはドリフトしていく。
後方のワンエイティは右車線にいるが、確実に食らいついていた。
だが、本気は出していない。
序盤はまだウォーミングアップというべき状態なのだろう。
FC3Sのドライバーは先行するべくマシンのアクセルを踏み続ける。
そしてそのままコーナーを立ち上がる直前、アクセルをリリースしたかと思いきやハンドルをニュートラルに戻したところで再びアクセルを踏み込む。
FC3Sはコーナーを立ち上がり加速していく。
後方のワンエイティとの差はつかず離れずと言うべき距離だった。
「(速くはなっている…でも)」
一方の時雨。
後方から相手の実力を見るかのようにアクセルをゆっくり踏み込み、ワンエイティを抑えめに加速していく。
やはり合流から一気に加速していくことに対し、時雨はまだどこか出遅れ感があった。
合流した後、どこからアクセル全開にすればいいのかがまだ把握しきれてないのである。
それゆえに相手が加速しだしたところから時雨も追いかけるように加速していく。
結果的に言えばワンテンポ遅れてしまうがゆえに、「出遅れ」とみられても仕方はなかった。
だがそれでもスピードがある程度乗ってしまえばまだ雑魚相手には苦戦しない。
それどころか一瞬アクセルを全開にしてしまえば間違えなく追いつけるだろう。
そう時雨は思っていた。
そしてそう思う中で、前方を走るFC3Sを一定の距離を保ちながら追いかけていた。
「(パワーで追い抜くことはできるはずだ…でも、次のコーナーもある…)」
第2コーナーは右のロングヘアピン。
時雨が今は知っている走行レーンのほうがインコースである。
前方を走るFC3Sは間違えなく右レーンへと車線を変えるだろう。
もしそうなった場合、同じ走行レーンを走っている以上走行ラインをつぶされるのは必至だ。
ではどうするべきか?
「(早めに仕掛けて逃げてしまおう。相手に探られるのもよくない…)」
そう思った瞬間、前方…車1台分の車間距離を持っていたFC3Sが右ウィンカーを出して車線を変更してきた。
こうなったらやるべきことはただ一つだ。
「―――」
FC3Sがコーナーへのブレーキングを始めた瞬間、時雨は左ウィンカーを出してFC3Sを左車線へと移す。
コーナーとは逆向きの車線である。
前方を走るFC3Sはコーナーに突入してドリフトし始めていた。
ワンエイティも速度をわずかに落としてヘアピンコーナーへと突入する。
速度は140キロ台である。
「(外側であっても、数十キロの差があれば間違えなく食らいつける…!)」
そう確信した時雨は、コーナー入り口直前でハンドルを左に曲げる。
そのままアクセルオフからブレーキをわずかに踏んだところで、一気に右へとハンドルを切り返した。
そしてそのままアクセルを踏み込み、タイヤを滑らせてドリフトしていく。
ワンエイティは路肩を活用し、左車線の1車線+0.5車線という幅を最大限に活用し、アウトインアウトでコーナーへと突っ込んだのである。
カウンターでハンドルを左にわずかに曲げつつも速度は140キロ台を維持し、そのままの勢いでインコースのFC3Sへと接近していく。
「(こんな場所で…!?)」
FC3Sのドライバーにとっては驚愕するべき光景だった。
いくらあのドライバーが速いということを含めても、出だしの出遅れからあっさりと食らいついてくるとは。
そしてそれも、インコースではなくアウトコースから大外刈りで仕掛けてくる。
インコースは絶対的に有利なはずであるが、相手のワンエイティはそれを意に介さないかのようにコーナーへと突っ込んでいた。
ワンエイティはその突っ込みのスピードを維持したままコーナーを駆け抜けていく。
そしてバックミラーの光が消えたかと思いきや、コーナー中間でワンエイティはあっという間にインコースのFC3Sをオーバーテイクしてしまった。
インコースのFC3Sを全く持って相手と見ていないくらい、あまりにもワンサイドな追い抜きだった。
「……」
追い抜いたところで、時雨はまったくもって冷静だった。
追い抜いても自分がミスをすればあっという間に追いつかれるだろう。
そうである以上、このまま振り切って相手の戦意を喪失させる。
決めたからには、もう速度の縛りはない。
時雨はアクセルを踏み込み続け、コーナー出口へとワンエイティを操縦していく。
コーナー出口はすぐにやってくるだろう。
「―――!」
コーナー出口寸前で時雨はアクセルオフから、カウンターを当てていたハンドルをニュートラルに戻す。
ワンエイティのドリフトが徐々に収まりつつ、路肩にわずかにはみ出す。
そしてタイヤの空転が収まったところで、時雨は再びアクセルを全開に踏み込んだ。
エンジンパワーを与えられた後輪タイヤが地面を蹴り出すかのように、ワンエイティはエキゾーストからアフターファイアを噴き出して加速していく。
速度は130キロ台から170キロ近くまで加速する。
「(あと2つもあれば相手の戦力はそぎ落とせるはずだ…)」
ここから2つ、左の直角コーナーが連続する。
インコースという有利な条件である以上、車線変更というひと手間を省くことができる。
その手間を省けることも大きいが、それだけあれば後方のFC3Sは確実に振り切れる。
そう時雨は確信した。
「(このまま振り切る…!)」
そう思ったところで、目の前に第3コーナーの左直角コーナーが迫る。
インコースであっても、ある程度の減速は必要…そう思った時雨は、アクセルをリリースしてブレーキをフラッシュさせる。
そしてフラッシュさせたところでハンドルを左にぐい、と切ってアクセルを再び踏み込んでタイヤを空転…ドリフト状態へとマシンを持っていく。
速度は170キロ台から160キロ近くまで減速して、そのままの勢いでドリフトしていく。
カウンターを当てるためにわずかに右に曲げ、その状態でアクセルを踏み続ける。
空転し続けるタイヤを制御するかのように、時雨は前だけを見ていた。
もう後方は見ない…そう思いつつ、時雨はハンドルを曲げてアクセルを踏み続けることでワンエイティを制御していた。
そしてドリフトする中、前方にコーナー出口が迫る。
「……」
コーナー出口を感覚で察知し、アクセルオフからカウンターを当てていたハンドルをニュートラルに戻す。
何度も走っていれば、どこでアクセルをリリースしてハンドルをニュートラルに戻すべきなのかという感覚は完全に身についていた。
左コーナーは左車線、右コーナーは右車線を走ればいいのは基本。
だが同時に、アウトインアウトで攻めるべきか、インベタで飛び込むべきなのかなどさらに細かいことを考えなくてはいけない。
そしてそれについては、ランエボ3の時も含めて既に何十回も同じコースを走っていた時雨にとっては完全に体に染みついているレベルだった。
ハンドルをニュートラルに戻してタイヤの空転が収まったところで、アクセルを全開に踏み込む。
前方を向いていたワンエイティは、トラクション全開で150キロ台から180キロまで加速する。
完全にグリップを回復している分、加速もさらに鋭い。
180キロ以上の速度を出したワンエイティは、完全に自分の世界に入っていた。
こうなってしまった以上時雨を止める者は…パートナーの奈美子と時雨自身以外にはだれも止められない。
すぐに第4コーナーの左直角コーナーが迫る。
「(息継ぎ感覚で加速して…そのままの速度でコーナーへと飛び込む。突っ込みすぎであったら…)」
180キロ以上のワンエイティだが、明らかにオーバースピード。
曲がり切れるか不明確な中、時雨はハンドルを一気に90度近く右へと曲げる。
右へと曲げる最中にブレーキをかけ、リリースしたかと思いきやハンドルを左へと切り返してアクセルを踏み込む。
時雨のお得意技であるフェイントモーションを活用し、オーバーアクションのドリフトによってオーバースピードから一気に減速する。
180キロ台から150キロ近くまで減速する。
派手なアクションによる失速は実はオーバースピードの抑制にも役立つのであった。
左車線の右端から一気に左へと曲がっていくワンエイティ。
ハンドルを右に切り返すことでカウンターを当て、コーナー中間のクリッピングポイント…文字通り左端の壁スレスレを狙ったかのように、ワンエイティは駆け抜ける。
そしてクリッピングポイント…壁との隙間数十センチの位置を駆け抜けたワンエイティはそのままアウトへと膨らんでいく。
そんな中、時雨はアクセルオフからハンドルをニュートラルに戻す。
アウトへと膨らみつつも、右車線へとはみ出しかけたところでアクセルオン。
前方への推進力を得たワンエイティは、そのままの勢いで加速していく。
高架下のストレートを駆け抜け、完全に後方との距離を引き離しつつあった。
「(……)」
右サイドのバックミラーを確認し、後方が追い付いてないことを確認する。
どうやら予定調和といったところか。後方のFC3Sをコーナー2つで完全に振り切っていた。
ここまでくればもう…いや、油断しなければ問題ない。
そう思った時雨は、最後の最後まで油断しないようアクセルを踏み込み続けるのだった。
「お、追いつけない…!なんてパワーなんだ、あの車は…!」
一方のFC3Sのドライバーにとっては完全にお手上げだった。
何せ第3コーナーに飛び込んだ後には完全にあのワンエイティの後ろ姿が見えなくなっていたのである。
いくら自分たちが速いとはいえ、まさかここまで相手にされないとは。
だが、映像を送り続けるためにアクセルを抜くことはしなかった。
距離差が縮まらなくても、何とかしてリーダーに情報を与えたい。
そう思っていたのだが…現実はあまりにも非情であり、完全に振り切られてしまったのだった。
「(スピードは明らかに向こうが上であるが、ドリフトのタイミングが一定にならない…明らかに向こうはパワーに乗せられているだけのように見える。完全にその場しのぎでパワーに振り回されているようだ…これは仲間たちがゴリ押して負けているのも同然かもな)」
検証班が送ってくる映像に対し、タスクは静かに分析していた。
あのワンエイティは、エアロ以上のモンスタースペックであるのはタスクでも把握していた。
馬力としては500馬力以上はある。あの少女が操縦するのにおいては、明らかにオーバースペック。
それを、紙一重の技術で制御しているようにタスクは見ていた。
「(だが…同時に、オーバーアクション気味のフェイントモーションも含めて『車体のコントロール』は飛び抜けている…時雨の車は、一度決めたらラインを固執している。理想のラインを描けている…少し調べてみるか)」
時雨の走りは明らかにアドリブが強い走りだったが、同時にそのアドリブが奇跡のラインを描いていた。
そしてコーナーリング中の車体コントロールは、一度決めた走行ラインをずっと走り続けている。
疑問に思ったタスクは、戻ってくるであろう2人に対して近づくことを決めたのだった。
◇ ◇ ◇
―――五潮PA。
函崎から五潮までバトルしてきた時雨と奈美子のもとへ、タスクが向かい話しかけに行く。
「ちょ、ちょっとなんですか!?ドライバーの時雨じゃなくて、ナビの私に話って…もしかして、『エニシ』の情報ですか!?」
「そうじゃない、時雨のドライビングについてだ。ナビゲーションをしているなら、ドライビングの理論もわかるはずだ。時雨はどういう理屈でドリフトのタイミングを計ってるんだ?」
車から降りてきた時雨と奈美子に、タスクが話した。
だが、話し相手は時雨ではなく奈美子だった。
どうやら走りの部分について気になっているようだった。
「え?ええっと…私がたまに『もうちょっとしたら、右よ!』って言って、時雨がカーブに近づいたら適当に曲がってますね…」
「…要するに、『ナビゲーションは適当で、ドライビングは経験と勘でやっている』ということか?」
「えーっと、ま、まあそうなりますね…あはは…」
タスクの言葉に対し、奈美子は苦笑いでそう答えた。
だが、その時だった。
「…そんなこと、言ってたっけ?」
「えっ?」
「何だと?」
奈美子の言葉に対し、時雨が疑問を口にした。
奈美子はナビゲーションをしているのは事実なのだろうが、一体どういうことか?
「僕、いつも必死なんです。とにかく車を速く走らせることで、いっぱいいっぱいなんです。勿論、速く走らせるためにはコースを走りこむということもしていますけど…でも、極端に集中しちゃうとそれこそ、奈美子の声も聞こえなくなっちゃうんです」
「………」
「あ、でも…なんとなく、奈美子が、『次は左よ!』とか『サイドブレーキを引いて!』とか、そんなことを言っていたのは覚えてますね」
時雨の言葉に対し、タスクは絶句していた。
ナビゲーションがぶっ飛んでいるのであるならば、ドライバーもぶっ飛んでいる。
極端な過集中でナビゲーションの声が聞こえない。
これでは、ナビゲーションはただのバラストではないか?
だがそう思ったところで、時雨が言葉を続ける。
「でも、奈美子が横にいれば…自然と、走りが安定するんです」
「時雨……」
「…ナビの存在は、お前にとっての精神安定剤ということか」
「僕は、そう思いますね。あ、でも以前サーキットを1人で走った時も平気だったけど…でも、やっぱり何が起こるかわからない峠や首都高であれば…奈美子の存在って、とっても大きいんじゃないかな…って思います」
「……そうか」
「話って、それだけですか?僕たち、次の相手もいるので…」
「まあいい…わかった」
そう言って時雨と奈美子はタスクの前から去ってワンエイティへと乗り込む。
次のバトルへと挑んでいくのである。
動き出すワンエイティを見守り、タスクは1人考え事をしていた。
「(奈美子は時雨が尋常じゃないレベルのドライバーだとまるで気づいていない…それどころか、時雨もとんでもない集中力とアドリブ力だ…もし時雨の柔軟性をさらに高め、同時にナビゲーションの能力を引き上げて時雨の潜在能力をより引き出せば、『エニシ』を…!)」
◇ ◇ ◇
数戦後。
タスクから与えられた「それより前のバトルの映像」を確認し、彼から「ドリフトの立ち上がりと入り」の部分でアドバイスを受けていた。
そしてその課題点を修正するかのように時雨と奈美子たちは戻ってきた。
映像を確認したタスクが2人に話しかける。
「…よし、修正されている。動画を見て、実際に走ってみて…さすがのお前たちでもわかっただろう?勝利の方程式が…」
だが、タスクの言葉に対して時雨と奈美子は申し訳なさそうな顔をするしかなかった。
「あの、言いにくいんですけど…」
「すいません!僕たちには、全くわかりません!」
そう言って奈美子と時雨は頭を下げるしかなかった。
呆れたタスクだが、すぐに言葉を続ける。
「はあ…まあいい。お前たちほどの見込みの悪い奴も珍しい。わからないというなら、わかるまでバトルをしてもらう。いいな?」
すると、気にかけた奈美子と時雨が互いに頭を上げてこう疑問を口にした。
「あ、いえ、そうじゃなくって…最初は勝手にしろって言ったのに、今度は私たちにアドバイスをするなんて…」
「いくら何でも、敵に塩を送るって程度を超えています。僕たちをどうするつもりなんですか?あなたの目的を、教えてくれませんか?」
すると、タスクはどこかわかっていたかのようにこう言った。
「『1軍』は私を含めてまだ数人いる。お前たちが全員にバトルで勝てたら、目的ぐらいは話すとしよう」
「は、はあ」
「…わかりました。それまでは、僕たち全力で相手します」
「よし、頼むぞ」
タスクの言葉を聞いた奈美子と時雨は再びワンエイティに乗り込んで、次のバトルへと向かっていく。
◇ ◇ ◇
「おい、イロハ。タスクの情報は掴んだか?」
一方こちらは情報収集中のジュリアとイロハ。
チームメンバーたちから様々な情報を得てはいた。
だが…
「かなりの情報は得れたんですが、ちょっと時間がかかりそうですね…そっちはどうですか?」
「ダメだな…全然ダメ。みんな地元が好きだから…しゃーネェ。お前の持ってる情報とやら、半分アタシのスマホに送りな。手伝うぜ」
「ありがとうございます」
そう言ってイロハはジュリアのスマホに対し、埼玉サウザンドから得た情報を送っていく。
―――さらに20分後。
「…うう~、半分こしても時間かかっちゃいましたね」
「どうだ?何かあったか?」
「それが…有力情報はこれだけみたいです。これ、見てもらえますか?」
そう言ってイロハは情報の1つが書かれたスマホの画面をジュリアに見せる。
「なになに…『東京マッドブリッツ』について…なんだこりゃ、チーム名か?」
ジュリアが発した「東京マッドブリッツ」。
このキーワードが、時雨たちの運命を左右することになる。
―――五潮PA。
さらに数戦後。
時雨は遂にナイトオウルのほとんどのメンバーを倒すことに成功していた。
残るはリーダーのタスクだけだ。
「タスクさん、僕たち殆ど倒してきましたけど…いかがですか?」
時雨はタスクにどこかアドバイスを求めるかのようにそう質問した。
時雨の言葉に対しタスクは冷静にこう答えた。
「…少しはマシな走りになってきたようだな。だが、それだけではだめだ。『生き残りたかったら速くなれ』、それが―――」
するとタスクがそう言いかけた時だった。
「それが、『東京マッドブリッツ』の合言葉…そうですよね?」
そう言って現れたのは、やはりイロハだった。
どうやら情報を仕入れたようだ。
驚いた奈美子と時雨がそれぞれ口を動かす。
「い、イロハさん!毎回どこから出てくるんですかっ!?」
「あの、『東京マッドブリッツ』…って?一体何ですか?」
そう言っていたところでタスクの表情が一瞬こわばったが、その表情も一瞬にして消え去る。
そして彼は観念したかのようにこう言葉を続けた。
「…よく調べたな。大した情報網だ。さすが1000人ものメンバーを抱えるチームだ…と言っておこう」
するとその言葉に対し、イロハは多少自慢するかのように口を動かした。
「伊達に『埼玉サウザンド』というチーム名を名乗っていませんよ…」
イロハの視線はタスクから時雨と奈美子のほうへと向きを変える。
「奈美子さん、時雨さん。色々と興味深いことがわかりましたよ」
そう言って、イロハが「東京マッドブリッツ」のことを説明し始めた。
「首都高での速さのみを追い求めたトップクラスのチーム、『東京マッドブリッツ』。『エニシ』という人間を中心とした、50名程のチームだったそうです」
「トップクラス…」
「ええ。ですが活動期間はたった3年。3年で首都高最強となり、あっという間に解散してしまいました。それが今から10年前のことだそうです」
「10年前に…?」
「はい。最初の結成メンバーは『エニシ』を含め3人いたそうです…そのうちの1人の名前が、『タスク』。チームの頭脳として活躍していたそうです」
「タスク…?まさか?」
そう言って時雨と奈美子がタスクのほうを向く。
彼は「その通りだ」と言わんばかりの表情をしていた。
するとそこへやってきたジュリアがタスクに詰め寄る。
「むっつり野郎だな、タスク。『エニシ』を知らないどこおろか、お前、もともと『エニシ』と同じチームにいたってのかよ?」
「…まあ、そういうことだ」
「ったく、知っててしらばっくれた上に、もったいつけやがて。どうして最初に言わなかった?何か企んでんじゃネェだろうな…!?」
するとそこで宥めに出たのは奈美子だった。
「ジュリアさん、違うんです!それが…タスクさんからアドバイスをもらうたびに、時雨の走りが…どんどん進化していってるんです」
「何だって?時雨、本当か?」
「う、うん…何となく、だけどね」
奈美子の言葉に対し、時雨もこくこくと頷いた。
すると、奈美子はあることに気が付いたかのようにこう口にした。
「もしかして…時雨を強くするのが、タスクさんの目的ってことですか…?」
すると、奈美子の疑問に対して時雨が口を動かした。
「でも、理由なんて何もないですよね?一体何のために…?」
すると、時雨の言葉に対してタスクはどこか申し訳なさそうな表情をして口を動かした。
「…『理由』はある。遅くなってすまなかった。『理由』を話すのに、1軍の…『盟友』たちの許可が必要だった」
「許可…ですか?」
「ああ。盟友たちが出した条件は、私を倒すだけの実力があるなら過去の話をしてもいい、ということだった…この話は、チームの恥でもあるからな」
「チームの…恥?」
奈美子が疑問に思う中、時雨は「これはバトルで引き出すしかない」と直感した。
そう直感した以上、時雨の口は自然と動いていた。
「…わかりました。『エニシ』の情報を得るためです。バトルしましょう」
「時雨…」
時雨の言葉に対し、タスクはどこか「待っていた」というかのような表情をした。
そしてこう告げる。
「いいだろう。もっとも、お前に私を倒すだけの実力がなかったらこの話は終わりだ…私もチームの期待を背負っている身だ。負けるわけにはいかない…!」
バトルの意志を示したタスク。
それに対して時雨と奈美子はこくりと頷いた後、愛車のワンエイティへと向かって乗り込みに行く。
一方のタスクも愛車に乗り込むべく移動するのだった。
◇ ◇ ◇
―――vsナイトオウルのタスク
推奨BGM:HERO SAMURAI(from EUROPANIC!3)
相手の車は赤いフーガ。
コースは五潮PAから函崎PAまで。
左レーン、フーガ。右レーン、ワンエイティ。
2台が並走しながら五潮PAから本線へと合流していく。
「(その非凡な才能と経験に裏付けされた走りを…私に見せてみろ!)」
「―――!」
そう思いつつ、本線に合流したところでタスクがアクセルを踏み込む。
そしてそれに追随するかのようにワンエイティの時雨もアクセルを踏み込んで加速させる。
2台はサイドバイサイドの状態となり、第1コーナーの左高速コーナーへと突っ込んでいく。
速度としては150キロ台である。
「―――!!」
「……」
ブレーキを踏み込んでハンドルを左に曲げるタスク。
一方でブレーキを一瞬だけ踏み込み、ハンドルをわずかに右に曲げた時雨。
フーガの後輪が滑り出してドリフトする一方、ワンエイティもハンドルを左に曲げてフェイントをかける。
ブレーキを軽く踏んだだけである以上、コーナー突入速度においては時雨のワンエイティが上だった。
アウトコースのワンエイティが、ノーズの部分だけフーガより抜け出した。
互いにハンドルを右に切り返してカウンターを当てる最中、2台がパラレル状態でコーナーを駆け抜けていく。
ノーズだけリードするワンエイティをフーガが追従する。
ドリフトは完全にシンクロしている中で、コーナーの出口が迫る。
タスクも時雨もアクセルオフにする。
だが、タスクがハンドルをニュートラルにする一方で時雨はハンドルを右に曲げ続ける。
左向きから右向きへと角度を変えていく2台。
コーナー出口でタスクがハンドルをニュートラルに戻し、アクセルを再び踏み込む。
一方の時雨はハンドルを右に曲げつつアクセルを踏み込む。
タスクのフーガがグリップ走行に戻る中、時雨のワンエイティはドリフトし続けていく。
だが、向きは完全に左から右へと変えていた。
2台はそのまま第2コーナーの右高速コーナーへと突入する。
ワンエイティが車の全長の半分程度だけリードをとっていた。
「……」
「……!」
ブレーキをフラッシュさせて減速、そのままハンドルを右に曲げることでドリフトするフーガ。
一方で勢いに任せてドリフトし続けるワンエイティ。
失速がほぼない以上、ワンエイティが先手を取るのは当然と言えば当然だった。
おまけに右高速コーナーである以上ワンエイティが有利である。
速度が140キロ台を示す中、時雨はハンドルを左に曲げてアクセルを踏み込み続けていた。
一方の左車線のタスクもハンドルを左にわずかに切っていた。
勢い任せの逆ドリフトとクールに1つ1つのコーナーを処理する形式。
どちらが速いとは絶対には言い切れない。
だが、スピードが乗っていたのはワンエイティだった。
インコースである以上、フーガを突き放しかけている。
第2コーナーの中間部分で完全にワンエイティはフーガを出し抜いていた。
互いにアクセルオフからハンドルをニュートラルに戻し、再びアクセルを全開に踏み込んだところで第2コーナーを脱出する。
ワンエイティが150キロ台で脱出し、フーガもそれを追いかける。
車間距離としては完全にテールトゥノーズだった。
「(やるな…さすがに鍛えてきただけはあるな)」
「(今まではわからなかったけれど…速くなっている?)」
すると互いにそう思ったところで、フーガが右ウィンカーを出して右車線へと移る。
ワンエイティとは文字通り完全なテールトゥノーズの状態になった。
「(後方からわずかにプレッシャーを感じる…ミスを誘おうとしている?)」
時雨は後方のフーガからわずかながらプレッシャーを感じていた。
だが、それでも気にするほどではなかった。
かつてミズキにやった作戦…同一レーンでのパラレルドリフトをやってくるのではないか。
そう時雨は直感した。
後方に完全に食いつかれた状態でありながらも、2台は第3コーナーの右ヘアピンコーナーへと突入する。
「―――!」
「……!」
コーナー直前でブレーキを踏み込み、ハンドルを思いっきり右へと曲げる時雨。
一方のタスクもワンエイティに肉薄するべくブレーキを踏み込む。
車線から右端の路肩へと進路をとる中、ワンエイティの後輪が滑り出す。
するとそこへタスクのフーガがワンエイティの右サイドへと猛追してきた。
完全に横並びの状態…D1のようなパラレルドリフトの状態で2台がドリフトしていく。
タスクは完全に動揺を誘っているようだ。
だが、時雨は迷うことなくアクセルを踏み続ける。右サイドはほとんど見ておらず、斜め左方向だけを見ていた。
相手が自分の動揺を誘っているということをわかっていた以上、時雨は自分の走りに集中することを選んだのである。
アクセルを全開に踏み込み続け、ワンエイティがわずかに加速していく。
右車線+路肩を130キロ台でドリフトしていくワンエイティ。
一方のフーガもそれに負けじと130キロ近くの速度でパラレル状態のままドリフトし続けるのだった。
車体が重いフーガは若干減速気味だったが、路肩にフロントを乗っけるかのようにインコースに攻め込むことでワンエイティにプレッシャーを与え続ける。
だが、速度差も相まって徐々に引き離されつつあった。
「(なるほど…プレッシャーには強いか)」
タスクは自分でフーガを操縦する中で、そう認識した。
これまでの部下たちのバトルにおいては、ほとんど肉薄することはなかった。
後追いをしようとしても振り切られてしまうのがオチだったのである。
だからこそリーダーであるタスク自身が時雨のプレッシャーへの耐性を確かめたかったのである。
そして実際のところ、限界まで詰め寄っても相手のワンエイティに動揺は見られなかった。
「……」
「(なら、もう一つ…)」
ワンエイティが第3コーナーを立ち上がり、ドリフトを抑えつつもストレート区間へ加速していく。
速度は130キロ台から150キロ台まで加速する。
一方のフーガも車間距離をわずかに離されつつも確実にワンエイティに追従し、ドリフトを抑えつつ加速する。
車間距離は0.2台分。ほんのわずかの誤差…下手をすればテールトゥノーズといってもよかった。
だが、ストレート区間に入った直後だった。
左ウィンカーを出して、フーガが右車線から左車線へと移ったのである。
そして次の瞬間。
「―――!」
フーガのハンドルに取り付けられていたニトロスイッチを押し、ストレート区間で勝負を仕掛けた。
タスクのフーガは130キロから170キロ近くまで加速する。
あっという間にフーガはワンエイティをオーバーテイクし、ストレート区間を駆け抜けていく。
夜闇を切り裂くかのように赤いフーガがストレート区間を疾駆する。
長いストレート区間をフーガはアクセルを踏み続けて逃げの態勢に入る。
ここまで踏み込めばある程度はワンエイティと差が付くだろう。
そうタスクは思った。
「(ここまでくればどうだ?さあ、俺はお前の―――)」
そうタスクが思った瞬間だった。
右バックミラーの光が大きくなったかと思いきや、次の瞬間にはオーバーテイクされていた。
ニトロの効果が切れたのと同時に、ワンエイティがフーガをあっという間にオーバーテイクしたのである。
「なっ…!?」
「……」
ストレート区間において、タスクが勝負を仕掛けたのに対して時雨は涼しい顔だった。
相手がニトロを使ったのなら、自分もタイミングを見計らってニトロで食らいつけばいい。
そう時雨は判断したのだ。
そしてその判断は決して間違いではなかった。
「(迂闊だったな…今までアイツは、ニトロを使っていなかった!)」
そう、ワンエイティはこれまでナイトオウルのメンバーたちとバトルをしていたが、その際にニトロは全くもって使っていなかった。
そしてそれが、分析における盲点となってしまっていることにタスクは気が付いた。
時雨は手札の中でも最大のカードである「ニトロ」を全く使っていなかったのである。
だから、データは存在しない。
そしてデータが存在しない以上、データ重視のタスクにとってはアキレス腱と化していたのであった。
「(今までニトロを封印していたのだろうが、まさかそこまでのマシンスペックだというのか!?)」
ニトロが切れた後も、速度を維持して走り続けるワンエイティ。
間違えなく200キロ近くは出ているだろう。それくらいの速さだった。
フーガは完全にワンエイティに置き去りにされかけていた。
ワンエイティが右車線から左車線に移って車間距離を開かせる中、ワンエイティは第4コーナーの右直角コーナーへと突入しようとしていた。
「(だが、乗ったスピードに対してコーナーに飛び込めなければこちらのものだ…さあ、どうする!?)」
タスクから見て、200キロ近い速度で第4コーナーである左直角コーナーに突っ込むワンエイティの姿は明らかにオーバースピードだった。
下手をすればタイヤが悲鳴を上げかねないし、アンダーステアでコーナーの外へと弾き飛ばされてしまうだろう。
タスクとしては、オーバースピードでコーナーに突っ込んだ際の対処法を知りたいのであった。
「……」
一方の時雨。
高速でコーナーに突っ込む寸前においても、時雨は決して動揺していなかった。
ここまでのスピードでコーナーを走ること自体は時雨にとっても何度も経験があるのである。
そしてそうである以上、時雨は自らの経験に頼れば全く問題ないと認識した。
頼るべき経験…それは、時雨の得意技に頼るということだった。
「(フェイントモーションの応用だ…2つのコーナーの連続ドリフト、そしてもう1つ…)」
ブレーキをかけ、ハンドルを一気に右に曲げる。だがその角度は通常のフェイントモーションよりもさらに右に曲げていた。
そしてそのままの勢いでハンドルを180度近く左に曲げ、ブレーキリリースからアクセルを踏み込む。
オーバーアクションであるが、適正速度まで下げるのには一役買っていた。
オーバーアクションのフェイントモーションは下手をすれば舵角を付けすぎてスピンや失速をしかねない。しかしスピードが乗っている以上、失速は必要事項だった。
そして舵角をうまく調整すれば…通常のブレーキング以上の減速力を発揮することができるのだ。
「―――!」
200キロ近いワンエイティは、160キロ台まで減速して第4コーナーの左直角コーナーをドリフトしていく。
左車線から左端の路肩へと…コーナー中間のクリッピングポイント、左端の壁スレスレを狙ったかのようにドリフトする。
インコースまで攻め込み、ハンドルを右に曲げてカウンターを当てる最中ワンエイティは壁との隙間数十センチを駆け抜け、そのままの速度を維持してコーナーを立ち上がっていく。
「(な…!?)」
タスクにとってはあまりにも衝撃的だった。
フェイントモーションの第1段階…つまりコーナーとは逆向きに曲げるところで、必要以上に舵角をつけて減速させる。
そして第2段階でハンドルをコーナーの向きに切り返す。
必要以上に舵角をつけることが、ワンエイティをさらに減速させる大きな要因となっていた。
過度な舵角の付けすぎは失速の原因になりかねないが、逆を言えば追加のブレーキにもなるということ。
そして過度な舵角の立て直しは、軽量スポーティなマシンでないと実現しえない。
少なくとも自分が乗っているフーガ…つまり重量級のセダンにおいては間違えなくできない芸当だった。
そんな芸当を見せたワンエイティは、あっさりとタスクの視界から消えた。
その姿はまるで、かつての「ライジング・サン」を彷彿とさせるものであった。
「(ライジング・サン…間違えなく、彼女は…なりえる…)」
第4コーナーへと飛び込むフーガ。
だが、その時点でワンエイティは第5コーナーである右直角コーナーを立ち上がっていた。
減速も必要最低限に、ワンエイティは2つのコーナーをあっさりと駆け抜けていたのである。
そしてテールライトの残影を残しつつも、ワンエイティは再びタスクの視界から消えた。
完全にワンエイティに振り切られたことをタスクは理解した。
「(つくづく恐ろしい逸材だ…だが、これほどの実力があれば…)」
自分が育てたとはいえ、まさかここまで速くなるとは。
そう感心したタスクはあっさりと負けを認めて失速するのだった。
「(もっと…僕は、踏んでいける…もっと、僕は速くなれる―――)」
第7コーナーの左ロングヘアピンをドリフトで駆け抜けるワンエイティ。
走行ラインは左レーンのインベタというべき状態。
時雨は、最後の最後まで油断せずにアクセルを踏み込み続けていた。
ハンドルも一定の角度を維持してカウンターを当て続けている。
ゴールに向けて時雨の走りは加速を止めない。
コーナー出口で体が炎に包まれるような感覚になったかと思いきや、ワンエイティは普段よりも素早く加速していく。
前へ、前へ…真実を求める体は、自然と速く走ることを渇望してやまなかった。
速く走るという底しれぬ欲望に全身が包まれかけた時、時雨のワンエイティは最終第8コーナーの右直角コーナーを立ち上がり、そのまま函崎PAへと滑り込んだ。
―――勝者、時雨。
相手が降参したということもあるが、最終的なタイム差は5秒以上だった。
―――函崎PA。
「君たちの勝利だ。この短時間でよくここまで速くなったもんだ」
駐車場の一角に止まったワンエイティとフーガ。
車を降りたタスクが、同じく車を降りていた時雨と奈美子に対して向き合ってそう告げた。
「あ、ありがとうございます」
「…それじゃあ、話していただけるんですね。過去に何があったのかを」
時雨が軽く頭を下げ、奈美子が言葉を続ける。
奈美子の言葉に対し、タスクは実力を認めるかのようにこう言いだした。
「いいだろう。『エニシ』のこと、そして『ライジング・サン』のことを」
そう言ったタスクは、一息ついて過去のことをぽつりぽつりと話し出した。
「…『ナイトオウル』はエニシを倒すためだけに10年前に作ったチームだ。そしてこの10年間、一度として『エニシ』に挑むことすらできなかった」
「え…挑めなかった?どういうことです?バトルができなかったってことですか?」
奈美子の疑問に答えるかのように、タスクは言葉を続ける。
「2年前のことだ。エニシは私たちのバトルを見て、そのまま帰ろうとした…やつにとって、私たちのチームはバトルする気すら起こさせなかったんだ。勿論私は講義をした。だが、『やらなくても、俺には分かる』…と、エニシは言った」
「え…」
「帰るエニシを車で追って、そこで初めて理解した。私が全力で走ったとしても、ヤツのテールランプにさえ届かない。エニシは正しかったんだ。圧倒的なまでの『首都高最速』の壁。そして『ライジング・サン』の伝説…王者の走りを、私は初めて見た」
「そんなに、速かったんですか…?」
「ああ。私がどんなに頑張ろうとも、テクニックは奴の足元にも及ばない。しかも乗っている車は、30年間無敗を誇るあの『ライジング・サン』だ」
「……」
タスクはすべてを自供するかのように言い終えた。
そして同時に、こう提案してきた。
「時雨、奈美子…今のキミたちのマシンは、スペックを見る限りあの『ライジング・サン』とは互角だ。だが、バトルをするとなれば…今のキミたちの実力ではエニシには敗北するだろう。それでも会いたいか?エニシに…」
すると、その質問に答えたのは奈美子だった。
「…会いたいです。かつてお父さんが、首都高で何をしたのか…私は知りたいんです。そしてその手がかりは、エニシであるということしかないんです」
「そうか…では、時雨は?」
そう言ってタスクは時雨のほうを向いた。
時雨の目には既に闘志が漲っていた。
「…それが、僕がプロの世界で戦うための土台になるのであるならば。例えどんな困難が待ち受けようとも、僕はその壁に挑んでいきたいと思います。僕は、自分自身の限界まで戦うって…決めたんです。そして首都高や峠でのバトルである以上…僕はバトルをして、勝ちに行きます」
その言葉を聞いたタスクは、時雨の意志を認めるかのようにこう断言した。
「いい覚悟だ。それならば私は君たちを…『首都高最速』はおろか、今後プロの世界でも通用しうるドライバーとナビゲーターに仕上げてみせよう…!」
「タスクさん…!」
「あ、ありがとうございます!私も時雨に最高のナビができるように、頑張ります!」
そう言って時雨と奈美子は互いにタスクに向けて頭を下げた。
「1週間もあれば、君たちをエニシに合わせることを約束しよう…もっとも、君たちが私のトレーニングに耐えることができたら、だがな…!」
「は、はい!」
「僕たち…頑張ります!」
頭を上げた奈美子と時雨はそう決意を新たにするのだった。
千葉の強豪であり、「東京マッドブリッツ」の元メンバーがリーダーを務めるチーム「ナイトオウル」のドライバーたちとリーダーを破った時雨と奈美子。
果たして次に待ち構える「トレーニング」とは一体?
新たな挑戦者たちが時雨を待ち構えるのだった。
(第8話End)