遠唐寺ハルはニートである。
 ある朝のこと、なんやかんやで気付けば拘束されていた。

 完全管理都市アカディア。
 究極のAIによって全てがコントロールされた最も幸せと言われる機械の街である。
 この街は機械の支配に抗うゲームの舞台、いわゆる「ディストピア」であった。

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しゃあっ よろしくお願いします


ディストピアの味見役

 完全管理都市アカディア。

 究極のAIによって全てがコントロールされた最も幸せと言われる機械の街である。

 目覚めるとそこに俺はいた。

 この街はいわゆる「ディストピア」であった。

 

 

 俺は両腕を拘束され、マスクのようなものを付けられて視界が真っ暗であった。

 

『お前はどうやってこの街に入り込んだ?』

 

 スピーカー越しに響く高い女性の声。いかにも高圧的な口調だが声だけだと美人さんな気がする。多分メガネをクイってやっている。どうやって、と聞かれても目が覚めたらここにいた以外なんと答えればよいのか。

 昨晩は確かに部屋で寝たはずなのに、目が覚めたらコンクリートの上に寝ていたのだ。ビルとビルの間の暗がりで、よくもまぁ無事でいられたもんだと我ながら思う。

 そこら辺にいた男にここは何処かと聞こうかと思ったら、地面に押さえつけられてここまで運ばれてきた。むしろ俺が聞きたい、俺が何処で何をしたっていうんだ。

 

「こんな理不尽は許されんぞ。警察に訴えるぞ」

 

 これはいわゆる誘拐と呼ばれる行為だろう。法治国家でそのような暴挙は許されぬ。

 であれば、国家権力には弱いはず、という思惑からのセリフであったのだが、空気がおかしい。

 常日頃から人の目を気にして生きている俺にはわかる。相手を一旦黙らせることには成功したのだが、それはどうやら警察に怯んだというより、何を言っているのか、という呆れに近い感情のようだ。

 

「……」

『……』

「……」

 

 沈黙が続く。

 

「……あの、警察には言わないので、その助けていただけますか?」

 

 耐えきれなくなった俺は思わず下手に出てしまう。仕方ないだろう、拘束されてるんだから。

 

『許可なく入り込んだものは死刑である』

「……死刑? まじで、そのマジで、いや本気ですか」

『それがルールだ』

 

 機械的な調子で命を狩られるんですね。

 いや、あの冗談ですよね?

 

『……』

 

 冗談じゃないっぽい。え、まじで、え? 死ぬの?

 両腕が動かせず、何も見えないというのが余計に怖い。

 目の前にギロチンがあっても気づけないだろ、これ。

 

『お前を送り込んだ者の情報を吐け』

「そうしたら助けていただけるんですか!?」

『内容次第である』

 

 内容次第と言われても、誰に送り込まれたのやら。

 ニートの息子に嫌気がさした両親だろうか。

 

『答える気がないなら──』

 

 いや、答えたいんです、でも何を答えていいのかわからないんです。

 この混乱をありのまま伝えるのは、なんだか嫌な予感がするんです。

 そんな焦りが俺から言葉を奪う。

 

『──最期に言い残す事はあるか』

 

 来ました最後通牒。

 

「あのとてもお腹が空いているのです。カツ丼を頼んでも良いでしょうか……」

 

 多分俺は恐怖に精神がやられていたのだと思う。

 取り調べで自腹きればカツ丼が食べられるって聞いたような気がする。

 でもこれ取り調べではないよね。何を言っているんだ俺は。

 

『……カツ丼?』

「あ、はい! いいえ! ダメならバー◯ンのハンバーガーとかでも大丈夫です!」

 

 多分俺は恐怖に精神がやられていたのだと思うのです(2回目) 。

 ちょうどポケットにクーポンが入ってたと思う。ここサービス圏内かな。

 

『ハンバーガー……』

 

 何が気に障ったのか、また沈黙が訪れる。

 いつクビに金属が触れるかハラハラドキドキしている俺。

 そんな緊張は長くは持たない。

 

『貴方の来歴について確認する必要が出来ました』

「はい! すみません、なんでしょうか!」

 

 急に話を振られて改めて挙動不審な俺。

 でも貴方のせいでもありましてよ?

 

『……これからそちらに2種類のバーを送ります。そのどちらがハンバーガーか答えてください』

「はい!」

 

 俺の元気な返事に特に答えはなかった。ただ両腕の拘束具、マスクが外れた。

 あたりを見渡してみるが、何も置かれていない寒々とした部屋の中央に座っていたらしい。

 俺と椅子をのぞいて何かは存在しなかった。

 

 しばらく沈黙の時が流れる。

 5分か10分か、もしかすると或いはもっと長かったのかもしれないが、如何にも従事者を模しているかのような方がいらっしゃった。

 服の袖から覗く、指や肩がボール、俗にいう球体関節をしており、どうも人間ではあられないご様子。

 機械人形様とでもお呼びすればよろしいでしょうか。

 機械人形様の手にはトレイがあり、その上に確かに2種類の四角いブロックが置かれている。

 

『では、このどちらがハンバーガーか答えてください』

「はい!」

 

 返事だけは良いんだ俺は。

 まず一つ目。

 ミルフィーユを思わせる何色かの乾いた板を重ねた物。まぁハンバーガーらしいと言えなくもない。

 次に二つ目。

 何色かのブロックをレンガのように重ねた物。こちらはハンバーガーらしくはないが、それぞれの色ごとに味が違うならそれなりの味になるのかもしれない。

 一つ目のミルフィーユと異なりずっしりとしていて、ハンバーグらしさはこっちの方が近いような気もする。

 

 まずはミルフィーユを食べる。パリパリと音を立て口の中に入った板が唾液に溶けて、舌に味を届ける。

レタス、トマト、肉は…ベーコンだろうか。それに乾いたパンとチーズの風味もある。

 

 うん、これサラダだ。パンは多分これクルトンか?

 シーザーサラダっぽい気がする。

 要素は確かにBLTサンドを思わせるが、これはハンバーガーではない。

 

 チラリと機械人形様の方に視線を向ける。

 こちらの視線に気づいた人形がにこりと笑う。可愛い。でもその笑みはどう言う意味なのか言葉で教えてほしい。

 

 二つ目のブロックを手にとって噛む。こちらは適度な歯応え。柔らかいグミみたいな感じとでも言うのか、噛む力を邪魔しない適度な柔らかさ。

 こちらもトマトに……レタス? そして肉も同じくベーコンだろうか。一つ目とは歯応えが違うので、似たようなフレーバーでも感じ方は違う。

 

 なるほど、これはミネストローネだな。

 ブロックのように異なる味を組み上げて口の中で溶けるとスープになる感じだ。

 多分コンソメのブロックもありそう。

 

 あれ、俺ハンバーガーを食うはずなんだが、これは両方とも違う……よな?

 

「如何しましたか?」

 

 機械人形様が不思議そうな顔をこちらに向ける。

 如何も何もこれどっちがハンバーガーと答えりゃいいのよ。

 

「あの……」

「はいなんでしょうか」

「どちらかと言えば、こちらのバーがハンバーガーだと思います」

 

 仕方なく、俺はミルフィーユをハンバーガーと言う。

 その回答を受けて、機械人形様は再度微笑む。

 

「どちらか、というのはどういう意味でしょうか」

「あの、はい、俺的にはどっちもハンバーガーではないんですけど、多分どちらかと言えばこっちのサラダ味の方がハンバーガーだと思いました」

 

 ハンバーガーってもしかして健康食品なのかしら。

 冗談はさておいて、この回答は正しかったのか。

 何度目かの沈黙の時が訪れる。

 

『……貴方がハンバーガーを知っている、ということが分かりました』

「はい」

 

 どういう事か分からないけれど、分かりました。

 二つ返事ではいと答える様は音声の傀儡この上ない。

 

『貴方に一つの課題を出します。そこにいるルファと共に、ハンバーガーを作ってください』

 

 機械人形様はルファ様とおっしゃられるらしい。

 そしてどうやらハンバーガーを作れということらしい。

 ……どうやって?

 

『詳しい内容はルファから確認してください』

 

 そういって、音声が切れた。

 元からビープ音もなかったのだが、一層切れた感じ。多分。

 

「それではハンバーガーを作りましょう」

「はい、えとルファ様?」

「ルファで結構ですよ。貴方のお名前はなんとおっしゃるのでしょうか」

 

 えっと俺は──。

 

「遠唐寺ハルです、よろしくお願いします」

 

 手をそれっぽく差し出したが、握手は帰ってこなかった。

 

 

 まず、ハンバーガーを作るということだが、どうやって作れば良いのか。

 

「えールファ……さん。ハンバーガーを作れということですが、どうやって作るんでしょうか?」

「遠唐寺ハル様は作り方をご存知なのではないですか?」

 

 疑問文に疑問文が返ってきた。

 存じてます、というか作り方というほどのものでもないと思います。

 

「ええ、その、作るためにはパンや野菜が必要なんですが、どちらへ取りに伺えば良いでしょうか」

 

 どちらに、と言ったところで、頷くルファ。どうやらこちらの言いたいことを汲み取ってくれたらしい。

 

「こちらをご覧ください」

 

 そういって、ルファが指を「」の形にくっつけてから、広げた。

 ヴィィィンと音を立てて、空中にディスプレイが浮かび上がった。

 

「ふあっ!?」

 

 あまりにサイバーな光景に、思わず声を上げる。

 ルファはどうかしたのか、という表情でこちらを見ているが、多分当たり前のように近未来的なガジェットを使うルファには俺の気持ちはわからないだろう。

 ソワソワしながら、ディスプレイに手を伸ばす。

 

 スカッと手がディスプレイのあるあたりの空を切る。

 触れない?

 なんか裏切られた感じがして寂しい。

 

「空中ディスプレイを使用するために、こちらをお使いください」

 

 ルファから手袋が手渡される。

 サイズは……少しオーバーサイズのようだが、小さくてつけられないよりはマシか。

 手袋をつけて、再度ディスプレイに触れると、今度は抵抗を感じた。

 

 あ、ふーん。へー。

 ディスプレイに対して、色々と試してみる。

 移動や画面のスクロールも手袋一つで可能になるとは凄いね。

 ただの手袋のはずが、地味に仮想ディスプレイに対するフィードバックも行われる。

 

「遠唐寺ハル様よろしいでしょうか?」

 

 ちょいちょいと遊んでいると、ルファから注意が飛んできた。

 

「すみませんでした。あの、すみません、これでどうやってハンバーガーを作るのでしょうか?」

 

 そういえばこちらをご覧くださいと言われたことを思い出す。

 わずかに、しょうがない人だ、という視線。そして、改めて説明へと移る。

 

「こちらには、先ほど作成した2種類のバーを作る機能があります」

 

 ツーっと画面を動かして、一定の箇所で止まる。

 表示されている言語が日本語でない。

 残念ながら読めないことを伝えると、また少し冷たい目線が俺に突き刺さる。

 

「承知しました。遠唐寺ハル様から口頭で指示していただき設定していきます」

 

 ごめんね、でも日本語通じてるんだよね、なんでだろう。

 まぁいいや。

 

「え、とそれじゃあ、まずパンってあります?」

「パン……登録されていません」

 

 おい。

 

「え、あのサラダ……ミルフィーユじゃなくて、層になってるやつにありましたよね」

「確認します、はいありますが、パンとしては登録されておりません。こちらをパンと設定いたしますか?」

「あ、いや多分違うのでいいです」

 

 クルトンはパンが先だと思うんだが……クッキーなのかな。

 

「クッキー、ケーキ、ビスケット……あとナン? みたいなのありますか」

「クッキー、ケーキ、ビスケット、ナン……いずれも該当はありません」

 

 えー。

 

「じゃあ、レタス、トマトはありますよね」

「……ありません」

 

 おい。流石にそれはないだろ。

 

「層になっているやつは何で作られてるんですか?」

「はい、AALL04、BBB13M、MDB004P、SEAS009 、SSLS01となっています」

 

 そう来たか。

 つまりは、なんだかよくわからない羅列を俺の知っている食べ物に逐一変換していかないといけないということか。きっついね

 

「それ一つ一つ別々に貰えますか。味比べて名前をつけていきます」

 

 そうするしかないだろう。

 幸い、今回に限ってはその作業も面倒はなかった。

 ルファがスクリーンを操作すると、壁から何やら大掛かりな装置がやってきて、緑や赤の物体が出力……うん、3Dプリンタ、で出力されてきた。

 一つ一つはウエハースのような質感で、それぞれ味がついている。

 これを俺は「レタス」「トマト」「ベーコン」「クルトン」「ドレッシング」と名づけることにした。

 ドレッシングは曖昧すぎるがいかんせん俺の舌ではそれ以上細かい味が見極められなかったのだから仕方ない。

 そして、クルトン、ベーコン、トマト、レタス、クルトンの順で重ねて出力してみることが、ハンバーガー作りの第一歩となった。

 

 食感やさらなる風味、デミグラスソースってなんだよ、と言ったあーだこーだを経て、納得のいくハンバーガーバーが出来たのはどれくらい経ってからのことだっただろうか。

 初めは少しもちっとした触感のパンのような何かから始まって、ベーコン、レタス、トマトの層がパリパリと音を立てながら順繰りに現れる。

 まぁ大味ではあるが、ハンバーガーといって差し支えなくはないだろう。

 いささか駄菓子感はあるが、まぁできる限りはした。うん。

 ルファも一緒になって、バーを齧る。

 3Dプリンタならいくらでもハンバーガーの形にできると思ったのだが、この都市で食べられるものは全て一定の規格で出力しなければならないらしい。

 

「これがハンバーガーなのですね」

「ええ、まぁ、多分こんな感じだったと思います」

 

 目を瞬かせたルファをみる限り、少なくともここにはなかった味の組み合わせであると思われる。

 

「あの、ハンバーガーは出来たあとはどうすれば……」

「少々お待ちください……。遠唐寺ハル様には引き続き新しいフレーバーを作成していただきます」

「あの、具体的に何を……?」

 

 その内容について、ルファは微笑むばかりで答えを返さない。

 まぁ、知ってたけどね。それならまぁ、怒られない程度に何かやった風な気持ちになりましょうか。

 俺の『ディストピアの味見役』はこうして始まったのだった。




読んでくださりありがとうございました。

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