KV_another_Archive   作:器具類プロジェクト

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KV_another_Archive

我々は望む、眩き少女達の日々を。

我々は覚えている、刀剣の剣戟を。

 

 

「……私たちのミスでした」

 

 

――見知らぬ車両にて。

よく晴れた青い空に、浮かぶ光輪。窓から見える景色は未知のものである筈なのに、慣れ親しんだものであるかのように目に映る。

目の前に座る彼女に視線をやると、頬には鮮血が滲み、綺麗であろう制服も汚れてしまっている。

未熟の証である光輪が消えかけても、今なおこちらを見つめる眼差しは澄んだものである。

「多くの選択、そしてそれによって招かれてしまったその状況」

「結局、この結果に辿り着いて、あなたが目の前に現れるなんて」

 

ゆっくりと、語りかけてくる少女。

俯いているが、眼差しはこちらから逸らさない、ふと自分に目向けると手に握られている那由他鉄道と書かれたそれは行き先の文字が掠れてしまい、読み取ることが出来なくなっている。――思い出す。自分は何処かへ行かなければならなかった事、気づくと何処かへ行かなければいけないという衝動はあるが、何処へ向かうべきか、全く思い出すことは出来ない。

再び少女は語りかけてくる。

 

「この電車は貴方の辿り着くべき場所には着きませんが、貴方もきっと気に入ってくれます」

 

強く、強く、言葉が胸を叩いた。

それは自分にとってこの胸裏ある衝動を諦める事に他ならないから。

 

「きっと私の話は忘れてしまうでしょうが、それでも構いません」

「何も思い出せなくても、恐らく貴方は自分の意志で進んでいくことが出来るでしょうから」

「貴方の旅路の平穏を祈る事は出来ませんが、どうか貴方が少しでも後悔のない選択が出来るように」

「キヴォトスでの貴方の経験が良いものとなり、素晴らしい思い出が残る事を願っています」

 

彼女が言葉を紡ぐほどに外の景色は白んでいく、自分に欠けているこの「何か」を知っているのか尋ねようとするも身体が動かず、少しずつ意識が遠のいていく、まるで夢から覚めるような感覚に襲われて、必死に彼女に手を伸ばそうとする。

 

一人きりになった車内で誰に聞かせるでもなく彼女は呟いた。

「…あの子も助ける事が出来るのでしょうか。先生、貴方であれば或いは――」

 

 

 

――D.U サンクトゥムタワー

未だ主人を迎えず無人である筈の室内に、蠢く影があった。それは制服を着ているが、キヴォトスのどの学校の物でもなく、また紺色のセーラーと和服を繋ぎ合わせたようなチグハグなものだ。また少女の頭には光輪が浮かんでいるが、薄くまた淡い光である。到底睡眠に適していない床で蹲る彼女は、まだ朧気ながらも起き上がろうとしていた。

 

「うぅ~ん?ここは……。」

 

目覚めた少女は、薄暗く明かりが着かない部屋で周囲の様子を探りながら、体を起こす。

薄目で周りを確認して、緩慢な動作で座り込む。一通り部屋を見回した少女は独り言つ。

 

「ここって一体…何処?」

 

薄暗い室内にも小さく響いている銃声から外では争いが起きている事が、窺い知れる。

 

 

見知らぬ部屋で、起きるという体験に遭遇する事が人生で何度あるだろうか。

私は薄暗い室内を見渡しながら、周りを観察すると自分がなぜこんな場所に居るのかを思い出そうとする。

 

「えぇと…確か」

 

駄目だ。この状態に陥る経緯を全く思い出すことが出来ない。何か綺麗な人と話したような朧げな記憶以外思い出せず、自分が事故に遭ったのではないかと考えるが、怪我人を床に寝かせる訳がないだろう。

 

「まさか、拉致!?」

 

ここに至って自分の身の危険に考えが回る。だが、拘束されていない上に見張りをする人物も見当たらない。

まして刀が回収されていないことから、人質に武器を与える理由もないだろうと思いなおす。

 

「というか…刀?」

 

自分で余りにも自然に握りしめているから気づかなかったが、荒事とは無縁の自分にとって画面の向こうの存在である日本刀が手元にある。自らの一部であるかのように手になじむそれを改めて観察すると、自分の身長以上はあるだろうか、余り詳しくは無いがここまで大きな物は珍しいのだろうかなど考えながら少しでも身を守る武器になることを願い鞘から引き抜く。

 

「模造刀じゃ…ないよね」

 

詳しくないながらにも分かる。

これは本物だ。

 

何もわからないが、物騒な物音が未だに聴こえる外に行くのなら、持っていくのが賢明だろうと改めて背負いなおすと、破壊音が少しずつ近づいてくるのが分かる。

身を隠そうと、先ほど見つけた机に身を隠す、幸い大きなもので剣を抱えながら息を潜める。

そうこうしているうちに歩く音が止み、ガチャリという音を立てながら扉が開いた。

黒い和服を着た少女は少し物色したかと思うと、何かを手に取り呟き始めた。

「うーん…これが一体何なのか、まったく分かりませんね。これでは壊そうにも……。」

 

物騒な事を言いながらその何かを眺めながら佇む彼女に隠れ、その肝心な何かは見えない。

覗き見るために少し姿勢を変えようとしたのがいけなかった。机に刀が「ゴンっ」と鈍い音を立てながらぶつかってしまった。

 

「…どうやらネズミが紛れ込んだようですね。」

 

見つかってしまった、逃走を諦めて手元にある刀で応戦する判断を下す。

身体が強張るのを感じながら、柄に手を伸ばすと不思議と様になる構えになり不要な力が抜ける。

少女が此方に近づくと同時に二人目の来訪者がこの部屋に訪れた。

 

「…あら?」

 

二人目の人物に意識が向き、一瞬安心したのも束の間。

 

『怪しい生徒たちと出くわしてしまった。』

▷『挨拶する。』

 

顔は見えないが、挨拶をした男性は何故少女の方に向き合っているのだろうか。

剛毅ともいえるその男性に対する危険な少女の反応を待ち、私は受け身に回った。

 

「あら、あららら……。」「…。」

 

 

少しの沈黙が訪れると同時に直感した。既に少女の意識から私は消え去っていると。

 

「あ、ああ……。」

 

「し、し……。」

「失礼いたしましたー!!」

 

まるで初心な生娘が、はしたない所を見られたかのような様相で凄まじい速度で引き返していく。

 

『……?』

 

今しがたまで自分に対して凄まじい殺気を放っていた脅威は去り、何秒かの間を置いて新たな来訪者が現れた。

「お待たせしました。」

先程の少女とも違う凛とした女性の声が響く、どうやらこちらの彼女は先程よりも安全らしい。

 

「……?何かありましたか?」

『ううん、大丈夫。』

 

奇妙な違和感を感じたのか尋ねる彼女に、何でもないかのように侵入を無かった事にする男性。

それ以上は追及しないのか眼鏡の女性は、話を切り出す。

 

「……そうですか。ここに、連邦生徒会長の残したものが保管されています。」

 

そう彼女はスッと机に戻された和服の少女が持っていた、何かを男性に手渡す。

「…幸い、傷一つなく無事ですね。」

 

そういった彼女の顔にはどこか安堵の感情が読み取れる。

今しがた破壊未遂の憂き目にあったとはとてもではないが、言えそうにない。

 

「…受け取ってください。」

『タブレット端末……?』

「はい。これが、連邦生徒会長が先生に残した物。「シッテムの箱」です。」

 

何か気になるのか、先生と呼ばれた男性は少し考え込む仕草をしている。

「普通のタブレットに見えますが、実は正体の分からない物です。製造会社も、OSも、システム構造も、動く仕組みのすべてが不明。」

「連邦生徒会長は、この「シッテムの箱」は先生の物で、先生がこれでタワーの制御権を回復させられるはずだと言っていました。」

「私たちでは起動すらできなかった物ですが、先生ならこれを起動させられるのでしょうか、それとも……。」

 

『…………。』

「……。」

 

「……では、私はここまでです。ここから先は、全て先生にかかっています。」

「邪魔にならないように、離れています。」

 

そういって彼女は部屋から出ていく。部屋には私と男性の二人きりになった。

▷『…さてと』

『改めて挨拶をする。』

「あ、ど、どうも」

バレていた。挙句、いきなりだった為声が上ずってしまい、挙動不審になってしまう。

 

『私はシャーレの先生』

『君の名前を聞いていいかな』

 

慌てる私に目の前の大人は、落ち着きを払いこちらを穏やかな視線を向けている。

立場としては先程の和服の少女と変わらない暫定不法侵入者の私に対しても、丁寧に接する様を見て少し冷静を取り戻した私は、名前を名乗ろうとする。

 

「私は……。……?」

 

そこで思い至る。私の名前は何か、思い出すことが出来ない。

いやそもそも記憶と呼べる物が存在しないことに気づく。落丁した書物のように自分が何処の誰で、何者なのか。記憶に大きな欠落が在ることに気づいてしまった。

 

「…私は、私は誰なんでしょうか…?」

『それって…記憶喪失?』

▷『何か身分証のような物はない?』

 

促されるままに私は、ポケットに手を入れまさぐると直ぐに何かに手が当たり、それを徐に取り出す。

「これは…」

『定期券だね』

 

那由他鉄道と書かれたその定期は、そこまで古いものでは無いが印刷が掠れてしまい、行き先が読み取ることが出来なくなっている。幸い名前の欄は掠れておらず、名前を読み上げる。

 

「オ、ヒ、ト、メ、コ、ハ、ネ…」

その文字を咀嚼するように飲み込むと、パズルのピースがハマった時のように思い出す。

 

「…そうです‼私…小一孁こはねです!」

何故自分の名前を忘れていたのか分からないが、異常な事態に少し興奮した私をなだめるように目の前の先生は話す。

▷『名前を思い出すことが出来て良かった。』

『どうしてここに居たのか思い出せる?』

 

この人なら信用できるのではないかと思い、今までの経緯について説明した。

 

『…なるほど、気づいたらここに居たんだね。』

 

『他に何でもいいから思い出せる事はある?』

 

といっても自分が覚えていることは微々たるもので、差し当たって思い出せる事は無い。

「んん~そういえば何か夢の中で綺麗な人と話したような…」

「…すいません。それ以外は何も」

『そっか。無理をさせてごめんね。』

▷『何か力になれることがあったら言ってね。』

 

「いえ、こちらこそご迷惑を…」

 

▷『迷惑じゃないよ』

『先生は生徒の力になるのものだからね』

「ありがとうございます。ところでその…先生の用事は大丈夫ですか?」

 

先程からこちらを優先してくれているが、そもそも先生は用がありここを訪れた筈だ。

思い出したかの様に手元のタブレット端末に目を向けると、電源を入れる。

画面に明かりがともり、水色の背景を示している。

 

Connecting to the Crate of Shittim…

 

システム接続パスワードをご入力ください。

 

「先生、パスワード知ってるんですか?」

私は画面を覗き込みながらそう尋ねる。

先生の物だと言っていたが、先程からの取り扱いを見るに私物のようにはどうにも見えない。

『……パスワードは……。』

そのまま呟きながら先生はパスワードを入力する。

 

……我々は望む、七つの嘆きを。

……我々は覚えている、ジェリコの古則を。

 

とても詩的なパスワードを入力した先生に、意外だという視線を向けていると

画面に文字がひとりでに浮かんでは消える。

 

……。

 

接続パスワード承認。

現在の接続者情報は先生、確認できました。

 

【「シッテムの箱」へようこそ、先生。】

【生体認証及び認証書生成のため、メインオペレートシステムA.R.O.N.Aに変換します。】

 

 

――???

 

画面が強い光を発し、目を思わず瞑るとそこは見知らぬ教室に居た。

半壊したような教室に、外には綺麗な海のような透き通った水辺が広がっている。

今日は知らない部屋に飛ばされる日なのだろうか、益体のないことを考えていると幼い女の子が机で眠っている事に気づいた。同じように隣にいた先生は、寝息をかくその子へ近づき優しく揺らして起こそうとする。

まだ寝ぼけているのだろうか、何やらおいしそうな寝言を呟きながら机に寝そべっている。

少しの間をおいて、机を揺らしながら起き上がった彼女は先生を見つめて状況を把握したのか、何度も自らの体と先生の視線を行き来させてようやく事実だと認識したようだ。

 

「むにゃ……んもう……ありゃ?」

「ありゃ、ありゃりゃ……?」

「え?あれ?あれれ?」

「せ、先生⁉」

「この空間に入ってきたっていうことは、ま、ま、まさか先生……?!」

 

▷『そうだよ。』

『君は誰?』

 

「う、うわああ⁉そ、そうですね⁉もうこんな時間⁉」

「うわ、わああ?落ち着いて、落ち着いて……。」

「えっと……その…あっ、そうだ!まず自己紹介から!」

「私はアロナ!」

「このシッテムの箱に常駐しているシステム管理者であり、メインOS、そしてこれから先生をアシストする秘書です!」

「やっと会うことができました!私はここでずっと、ずーっと待っていました!」

 

『寝てたわけではなく?』

 

「あ、あうう……も、もちろんたまに居眠りしたりしたこともあるけど……。」

 

『よろしくね。』

 

「はい!よろしくお願いします!」

「まだ身体のバージョンが低い状態でして、特に声帯周りの調整が必要なのですが……。」

「これから先、頑張って色々な面で先生のことをサポートしていきますね!」

「あ、そうだ!ではまず、形式的ではありますが、生体認証を行います♪」

「うう……少し恥ずかしいですが、手続きだから仕方ないんです。こちらの方に来てください。」

そういった彼女に少し近づいた先生は促され、手を伸ばせば触れ合う距離まで進む。

 

「もう少しです。」

「さあ、この私の指に、先生の指を当ててください。」

「うふふ。まるで指切りして約束するみたいでしょう?」

 

そういう彼女に先生は、聞き覚えのある台詞を呟きながらまるでE.Tみたいだと言う。

それを聞いた少女は少し怪訝そうな顔になる。

 

「はい?宇宙人の映画のワンシーンみたいですって?」

「実は、これで生体情報の指紋を確認するんです!」

「画面に残った指紋を目視で確認するのですが……すぐ終わります!

こう見えて目は良いので。」

こういった事に明るい訳では無いが、目視で見えるのだろうか。

そもそも目が良いというが、AIに目の概念があるのだろうか。

 

「どれどれ……。」

「うう……。」

(うーん……よく見えないかも……)

(……まあ、これでいいですかね?)

少女の表情が明らかによくない事を考えている様に見える。

本当にこのやり方で良いのだろうか。

 

「……はい!確認終わりました♪」

先生も同じような事を感じ取ったのか、もう少ししっかりして欲しいと伝えている。

「え?真面目にやって、って?て、手抜きしてるみたいですって?

えっと……そんなことありません!」

「……。」

静かになってしまった彼女に先生は指紋は普通こういった事はしないと言っている。

私の認識があっていた事を確認しながら、彼女が狼狽えているのを感じる。

 

「最近の機械は指紋認識ぐらいは自動、ですって?え、1秒もかからないんですか?

わ、私にはそんな最先端の機能はないですが……。」

「そ、そんな能力なくてもアロナは役に立ちますから⁉目でも十分確認できますから!」

AIというのはこんなに人間のように振舞えるのだろうか。

アニメや漫画ではそういうモノだが、やはり私の知っているよりも技術力が高いのだろうか。

 

「……全然信じてないって顔ですね……。」

 

「……。」

「うう……。」

 

余りにも居た堪れなくなったのか、少し涙目になりながら激昂する。

 

「だったらその最先端のナントカさんのところに行ってしまったらどうですか!」

 

『冗談だったと慰める。』

 

「くすん……。」

その後、先生は目いっぱい彼女を慰めて、少し落ち着いたのだろう。

先生の事情を聴いていたアロナは話を切り出してこちらに視線を向けて話す。

 

「なるほど……先生の事情は大体わかりました。」

「ところでそちらの生徒さんはどなたでしょうか?」

少し落ち着いたのだろう、気になっていたであろう私に向き直り、質問してきた。

構えていたとはいえ、いきなり会話の矛先が向いたことに驚きながらも自己紹介をする。

 

「わ、私は小一孁コハネです。よろしくお願いします。」

「こちらこそよろしくお願いします!改めましてシッテムの箱メインOSのアロナです!」

 

アロナはたどたどしくも元気な礼を見せてくれる。

話の腰を折ってしまったが、ただでさえ先生の揶揄で時間を食っている。今はサンクトゥムタワーについてが先決だろう。

 

「私の事は気にせず、先生の用事をお先に」

「分かりました!改めて話を纏めると」

「連邦生徒会長が行方不明になって、そのせいでキヴォトスのタワーを制御する手段がなくなった……。」

 

先生は疑問に思ったのか、アロナに問いかける。

 

▷『連邦生徒会長について知ってる?』

『連邦生徒会長って誰?』

 

「私はキヴォトスの情報の多くを知ってはいますが……連邦生徒会長についてほとんど知りません。

彼女が何者なのか、どうしていなくなったのかも……。」

 

仮にも一団体の長についての情報が無いというは、どういうことだろうか。

連邦生徒会はドラマや漫画のような権力を持つ組織だとしても、少し過剰に感じる。

アロナは不甲斐なさを感じているのか、項垂れている。

 

「お役に立てず、すみません。」

「……ですが、サンクトゥムタワーの問題は私が何とか解決できそうです。」

 

『じゃあお願い、アロナ。』

 

「はい!わかりました。それでは、サンクトゥムタワーのアクセス権を修復します!」

「少々お待ちください!」

 

アロナがそういい幾何かの間を置いて、外で機械音が聞こえ始めたかと思うと、明かりが着いたようだ。

どうやら事は無事に運んだようだ。

 

「……。」

「サンクトゥムタワーのadmin権限を取得完了……。」

「先生。サンクトゥムタワーの制御権を無事に回収できました。

今サンクトゥムタワーは、私アロナの統制下にあります。」

「今のキヴォトスは、先生の支配下にあるも同然です!」

 

少し恐ろしい台詞ではあるが、本当に高性能なAIであることは間違いないようだ。

誇らしげに胸を張る彼女は年頃の女の子と差異は感じられず、詳しいわけではないが高い技術力を伺い知れる。

 

「先生が承認さえしてくだされば、サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管できます。」

「でも……大丈夫ですか?連邦生徒会に制御権を渡しても……。」

少し躊躇う様子を見せる彼女に、先生は悩む素振りを少しも見せずに頷く。

 

▷『大丈夫。』

『承認する。』

 

「分かりました。これよりサンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管します!」

 

いつの間にか元の部屋に戻っていた私たちは、先程の凛とした声が耳に入る。

「……はい。分かりました。」

部屋に入ってきた先程の眼鏡の女性は、先生に向き直り少し私に視線を向けた後、話し始める。

 

「サンクトゥムタワーの制御権の確保が確認できました。」

「これからは連邦生徒会長がいた頃と同じように、行政管理を進められますね……。」

先生に感謝を述べた後、やはり気になっていたのだろう私について尋ねてくる。

「……失礼ですが、そちらの方は連邦生徒会の生徒でもないようですが。」

 

▷『大丈夫、私の生徒だよ。』

『問題は無事解決できたかな?』

 

「…なるほど。では改めまして。」

「お疲れさまでした、先生。

キヴォトスの混乱を防いでくれたことに、連邦生徒会を代表して深く感謝いたします。」

「ここを攻撃した不良たちと停学中の生徒たちについては、これから追跡して討伐いたしますので、ご心配なく。」

「それでは「シッテムの箱」は渡しましたし、私の役目は終わったようですね。」

 

そういった彼女は思い出したのかように続けた。

「……あ、もう一つありました。」

「ついてきてください。連邦捜査部「シャーレ」をご紹介いたします。」

 

そのまま、眼鏡の彼女に連れられヘリコプターで移動する。

 

彼女は七神リンといい、連邦生徒会で首席行政官というお偉いさんらしい。

お互いに軽い自己紹介を済ませた後、先生が私について説明してくれた。

「……記憶喪失、ですか。」

『何処の生徒か分かったりしない?』

「…制服や刀剣を所持している点から、百鬼夜行連合学院の特徴に似通ってはいますが、私の記憶している限りでは、小一孁さんの制服と合致するものはありません。」

「また学生証を所持しておらず、銃を所持していない点、人為的なものを感じられる記憶の欠落。

更にサンクトゥムタワーの地下に居た事など、極めて事件性が高いと考えられます。」

「何か大きな問題に巻き込まれたと考えるのが妥当ですかね……。」

 

「その事なんですけど……。ここって、その、銃を持ってるのが普通なんですか?」

 

少し驚いたかのように目を見開いたリンさんはこう続けた。

 

「……。ここキヴォトスでは、銃火器類の所持が認められており、統計上では露出行為を行う者より銃を所持していない者の方が少ないという通説があるほどです。」

それほどのものなのか。記憶はないが私の居たところはここよりは治安がよかったのだろうか。

 

「キヴォトスの外の世界では銃の所持が一般的ではないと聞くのでもしかしたら記憶を失う以前は外での生活が長かったのかもしれませんね。」

 

そう真摯にこちらの話を聞いてくれているリンさんと三人で会話をしていると、

運転席から何かを話したかと思うと、こちらへ視線を再び向ける。

 

「そろそろ着きますね。先生、小一孁さん準備をお願いします。」

 

ヘリコプターを後にした私たちは、リンさんに連れられ静かな建物の中へと進む。

 

 

――D.U郊外 シャーレオフィス

 

他より大きめの扉の前で止まったリンさんは説明し始める。

 

「ここがシャーレのメインロビーです。」

 

扉には空室と大きくある下に近々始業予定と書かれた張り紙がしてある。

 

「長い間空っぽでしたけど、ようやく主人を迎えることになりましたね。」

 

扉を開け、こちらに向き直った彼女は少し穏やかな表情をしているように見えた。

「そして、ここがシャーレの部室です。」

「ここで先生のお仕事を始めると良いでしょう。」

『私はこれから何をすればいい?』

 

そう尋ねた先生に、すこし言葉を選ぶ素振りをみせた後に彼女は続ける。

 

「……シャーレは、権限だけはありますが目標のない組織なので、

特に何かをやらなきゃいけない…という強制力は存在しません。」

「キヴォトスのどんな学園の自治区にも自由に出入りでき、所属に関係なく、先生が希望する生徒たちを部員として加入させることも可能です……。」

「面白いですよね。

捜査部とは呼んでいますが、その部分に関しては、連邦生徒会長も特に触れていませんでした。」

 

そう微笑んだ彼女には、少し懐かしむような表情をしていた。

もしかしたら、彼女は連邦生徒会長と親しかったのかも、そう感じた。

 

「つまり、何でも先生がやりたいことをやって良い……ということですね。」

「……。」

「……本人に聞いてみたくても、連邦生徒会長は相変わらず行方不明のまま。」

「私たちは彼女を探すのに全力を尽くしているため、キヴォトスのあちこちで起きる問題に対応できるほどの余力がありません。」

 

移動中に聞いた現在のキヴォトスの状況、もし私の想像通りなら彼女は組織人としての上司を失っただけでなく。

同じ組織で多くの苦楽を共にした友人が行方不明になったのだろう、心情は察するに余りある。

 

「今も連邦生徒会に寄せられてくるあらゆる苦情……

支援物資の要請、環境改善、落第生への特別授業、部の支援要請などなど……。」

「他にも記憶喪失の生徒の身元の調査も。」

 

そう付け加えた彼女はこちらに気を使っているのか何でもないように続ける。

 

「……もしかしたら、時間が有り余っている「シャーレ」なら、この面倒な苦情の数々を解決できるかもしれませんね。」

「その辺りに関する書類は、先生の机の上にたくさん置いておきました。気が向いたらお読みください。」

 

机に目をやると私なら読むのを御免蒙りたい量の書類の山があった。

気のせいか先生も少し気が引けているかのように見える。

その様子に気づいたのか、咳払いをするとリンさんは話を続ける。

 

「すべては、先生の自由ですので。」

「それではごゆっくり。必要な時には、またご連絡いたします。」

 

そう言った彼女は礼をして、部屋から出ていく。

先生も待たせている人がいるらしく、私もそれに続き正面の入り口へと向かう。

 

そこには複数の人たちが居て、その中にはエルフのような耳をした人、羽が生えている人が居るのを見て、改めて自分が別の場所にきてしまったの感じる反面、新しい体験にワクワクしている自分もいる。

彼女たちは先生を確認するとこちらへと向かってくる。

 

「ええ。サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会が取り戻したことを確認したわ。」

「ワカモは自治区に逃げてしまったのですけど……すぐ捕まるでしょう。私たちはここまで。」

「あとは、担当者に任せます。」

「お疲れ様でした。先生。先生の活躍はキヴォトス全域に広がるでしょう。すぐにSNSで話題になってしまうかもしれませんね?」

 

『みんなお疲れ様。』

 

「これでお別れですが、近いうちにぜひ、トリニティ総合学園に立ち寄ってください。先生。」

頭に羽のある少女はそういい会釈をするとその場を後にする。

「私も、風紀委員長に今日のことを報告しに戻ります。ゲヘナ学園にいらっしゃった時は、ぜひ訪ねてください。」

「ミレニアムサイエンススクールに来てくだされば、またお会いできるかも?先生、ではまた!」

 

次々に彼女たちは礼をすると去って行く。その姿からはとても好意的な雰囲気を感じる。

先生は今日ここに来たと聞いたが、既にこれほどに慕われているのは先生の人徳が為せるものだろう。

オフィスに戻った先生は少し用事あるといい、私は居住区を見に行くことにした。

身分証も金銭を持たない私に、当面はシャーレに住むように先生は部屋を貸してくれたのだ。

部屋に行くとかなり広く、また新品の家具が備え付けてあり、しばらく心の赴くままに調べた。

 

 

 

――シッテムの箱 

 

『アロナもお疲れ様。』

▷『ところでさっきお願いした事だけど』

「はい!小一孁さんについてですが、連邦生徒会のデータベースで検索に掛けましたが、何もわかりませんでした……。どの学校の生徒名簿にも同様の名前、姿の生徒は存在しませんでした。」

「お力になれず申し訳ありません……。」

▷『ありがとう、アロナ。』

『大丈夫、そんな事ないよ。』

「うう……。ありがとうございます、先生!」

「一日目から大変な日でしたが、まだまだ始まったばかりです。」

「これから先生と一緒に、キヴォトスの生徒たちが直面している問題を解決していくのです……!」

「単純に見えても決して簡単ではない……とっても重要なことです。」

「それではキヴォトスを、シャーレをよろしくお願いします、先生。」

▷『よろしくね、アロナ。』

『こちらこそ。』

 

一通り部屋を確認して落ち着いてシャーレの中を見ていると、先生がこちらへやってきた。

▷『やあ、こはね。』

『部屋はどうだった?』

 

「ありがとうございます!とても綺麗な部屋で凄く気に入りました。」

『それはよかった。』

▷『他にも何かあったらなんでも言ってね。』

 

「それなんですが……。こんなにお世話になっていいんでしょうか?…いえ、とても助かるのですが。」

『大丈夫、生徒の助けになるのが先生の務めだからね。』

▷『それでもしよかったらなんだけど』

 

そう言って先生は書類を私に渡してくる。

「これは…入部届ですか?」

『うん、当番や日直の生徒には少ないけど手当が出るし。』

▷『少しでも捜査がしやすくなるかなって。』

現在一文無し、戸籍無し、記憶無しの三無しの私にとってはお給料を安定して得ることが出来るこの話は

渡りに船でとても有難いことだった。

 

「ありがとうございます!こちらこそ願ってもない話です!」

『シャーレでの生活がよりよいものになる様に尽力するよ。』

▷『慣れない事も多いかもしれないけどよろしくね。』

 

「いえ、こう言うと変かもしれませんが少しワクワクしてるんです。」

「見たことのない景色や人……。先生みたいな優しい人達にも出会うことが出来ましたし。」

「こんなお洒落な街で過ごせるなんて夢みたいで、なにか楽しい事が起きる予感がするんです!」

 

記憶も無いまま、見知らぬ街で目を覚まして何か凄い事に巻き込まれた一日だったが、

不思議と私はこの状況に恐怖や悲しみよりも、喜びや高揚感を覚えていた。

自分の一部が大きくざわめくのを感じながら、これからの生活に胸を膨らませていた。

 

『それは良かった。』

▷『私もそうなると嬉しいな。』

 

そういう先生は、スーツの中からお腹の音を鳴らした。それにつられたように私のお腹も空腹を訴える。

微笑みながら私に魅力的な提案をしてきた。

 

▷『もし良かったら今から晩御飯を買いに行こうと思ってるんだけど。』

『一緒にどうかな。』

それを聞いた私は頬が緩むのを感じながら、全力で返事をする。

 

「もちろん!よろしくお願いします!」

 

 

 

 

 

 

 




墓標を立てたので失踪します。
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