だが、上田はそのあと見知らぬ異世界に飛ばされ、夢のような暮らしをすることに。上田がなった役職は、誰一人として選ばない闇使い!?

しかし、その世界は幸せなことばかりでもなく、事件に巻き込まれることも……!



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第1話




『闇使いの転生者(Come back to life to Darkness)』

 

 上田勇斗、31歳の会社員。もうおじさんの仲間入りだろうか。おそらく小さな子を助けたとしても、「ありがとう、お兄さん!」とは言われないだろう。「おじいさん」とまでは言われなくとも、「おじさん」とは言われる。そんなことを考えていたら何か虚しくなってきた。うん、考えるのをやめよう。それがいい。

 

今日も多少の残業を終え、同僚と共に少し呑みに行っていた。呑みに行くと言っても、俺はそこまで飲まない。二日酔いは辛いからな。

 

「今日は誘ってくれてサンキュー、勇斗」

「あぁ、気分転換にな」

 

こうしてるのも、やはりおじさんなのだろうか。

 

「くぅっ、疲れたときの冷えたビールは美味い!」

「そうか。あ、ダウンだけはするなよ」

「おうよ!こんな暑い夏なのもあるんだろうなぁ」

 

俺たちは酒を呑んで今日のあったことを忘れようとしていた。もう今日もあと5時間ない。何か起こるなんて──

 

「おいおい、もっともっと飲もうぜぇ!」

 

……あったわ。これから起こること。

 

「え、いや、俺はそんなに飲めないんで……」

「んだとぉ、俺の酒が飲めねぇってのか!?」

 

面倒くさい酔っぱらいに絡まれてしまった。

 

「そういう訳では……」

 

これが本当のおじさん、いや、おっさんなんだろう。

 

「あーもうキレた。マジでキレたわ」

 

キレたって自分から言うやつなんているのか。酔っぱらいなんだから当然か?

 

「お前俺の酒が飲めねぇって言うんだったらこの瓶くらい受けろやぁ!」

 

そう言っておっさんはビール瓶を高く振り上げた。最初こそ大丈夫だとか思っていたが、やはり大丈夫ではなかった。気づけばビール瓶はすぐ近くまで来ていて、俺の頭で音を立てて割れた。

 

パリンッ

 

激しい痛みが頭から伝わってくる。俺が怯んでいる間にも、ビール瓶は再び飛んでくる。割れたビール瓶で、俺は──

 

 

 

「勇斗、勇斗!」

 

俺は同僚に名前と呼ばれていた。だが、俺はもう立てなかった。全身の力が抜け、少しずつ寒くなっていく。あぁ、俺、死ぬのか……?

 

まだ30代なんだから、やりたいことも多くあったなぁ……彼女だってまだ出来てない。年齢=童貞だぞ?ああ、まだ仕事も終わってないや。きっと周りは忙しくなるんだろうなぁ……っと、もう意識が持たない。

 

俺はその日、永遠の眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──の方、転生者の方、起きてください」

 

女性の声がした。俺は病院でもついたのだろうか。ただ、転生者?俺にはいつからそんな称号がついたんだろうか。

 

「ん……」

「ようやく起きましたね、転生者の方」

 

転生者とは俺ことだったらしい。

 

「え……俺が転生者?どういうことだ……」

 

俺が今の状況に戸惑っていると、女性は俺に言った。

 

「はい。転生者です。あなたは亡くなったあと、この世界に転生したのです」

 

なるほど、俺は異世界転生を果たした、ということか……状況には一つずつ対応していかないとな。

 

「この世界はどんな世界なんだ」

「そうですね……イメージしてる異世界、みたいな感じでしょうか」

 

いわゆるゲームの世界、みたいな感じなんだろう。それは始まってから順に理解していけばいいだろう。

 

「なるほど。じゃあ、どんどん話を進めていってくれ」

「はい。まず、役職についてです。主に剣士、弓使い、魔法使いがあります」

 

なるほどな……だが、俺は一つだけ疑問があった。

 

「『主に』ってなんだ」

「実はもう一つあるんですが、それはかなり変種でして……」

「なんて役職なんだ」

 

俺が女性に聞くと、女性は少し溜めて言った。

 

「『闇使い』です」

 

いろんなゲームでも聞き慣れない役職、闇使い。どんな能力があるのかもイメージがつかない。

 

「どんな能力があるんだ」

「基本的には魔法使いなんですが、それに加えて強力な魔法もあります」

 

強力な魔法、という言葉に俺は惹かれた。

 

「何もいいじゃないか。何が変種なんだ」

「ステータスに、物理攻撃というものがあるんですが、闇使いはこのステータスが極端に低いんです」

 

魔法使いも低いイメージがあるが、それ以上に低いのだろうか。

 

「具体的には」

「剣士と弓使いは8000ほどあり、魔法使いは6000、闇使いはわずか700程度なんです」

 

思っていたよりも低い数値に俺は衝撃を受けた。だが、少し興味はあるな。だが、闇使いになること前提でいくと聞けることも少なくなりそうだ。

 

「そうか。剣士がいいと思っているんだが、その物理攻撃は上げられるのか」

「はい。戦っていれば自然と上がっていきますよ」

 

ということは、闇使いで戦い続ければ物理攻撃は文句ない数値になれる、ということか。おそらく、そこを見たときにほかより劣るからということだろう。

 

「なら、闇使いになろう」

 

俺は意思を決めた。闇使いが俺を惹きつけたのだ。

 

「ほ、本当ですか」

「あぁ。やりがいもありそうだ」

 

俺は女性にそう言った。

 

「分かりました。それでは、生前と違う名前、年齢を設定してください」

 

俺は名前を「シュウ」に、年齢を18にした。おじさんなんて言われてたまるか。まだ俺は若く居たい。

 

「性別は男性でよろしいですか」

「あぁ、構わん」

 

俺は設定を終わらせた。

 

「それでは、転生を開始します。シュウ様、頑張ってください」

「あぁ、行ってくるよ」

 

俺は目を閉じた。

 

明るい光が一帯に広がり、世界がいかにも変わったように。

 

 

 

 

 

 

 

 俺は草の時間に落とされた。尻から落ち、異世界転生の最初からよくないスタートだ。

 

「いってて……扱いが雑だな……」

 

と、そんなこと言ってられない。俺は辺りを見渡して、何かないかを確認した。が、特になにもない。

 

「なんだそれ……あ、ステータスは」

 

俺はステータスを表示するように手を宙で動かし、表示させた。

 

名前、役職、HP、MP、所持スキル、あとは謎のアルファベット「F」など、基本的な情報は全て書かれていた。役職に書かれた、闇使いの文字、何か気持ちいいものがあった。

 

「ん、なんだこのスキル」

 

所持スキルの中に、スキル捕食、漆黒円など、全くもって意味のわからないスキルがあった。

 

「漆黒円……それに、なんだこの天からの黒槍って。わけわからん」

 

スキル捕食はまだわかるかもしれない。おそらく相手の持っているスキルを奪い、消せるのだろう。

 

「何かに試してみたいな。まずは……漆黒円か」

 

俺は前に向かって手を伸ばした。

 

「どうやって使えばいいんだ……?」

 

俺は手を前に出したまま考えた。

 

「漆黒円!」

 

声に出してみた。だが、魔法は発動しない。なんだこれは。

 

「なんでだ……って、何か書いてあるな」

 

魔法を発動させようとした掌の先に文字が書かれていた。

 

「なんだ……名前を設定してから使用できます……?」

 

要するに魔法の名前を設定しなければいけない、ということだろう。

 

俺は所持スキルから魔法の名前を変更させてみた。とりあえず格好良く「ディープサークル」とでもつけておいた。

 

「これで使えるな」

 

俺が立ち上がると、ちょうどいいタイミングでスライムがぽよんぽよん、とやってきた。

 

「ちょっと実験台になってくれ……」

 

俺はスライムに向けて手を伸ばした。

 

「ディープサークル!」

 

俺がそう言うと、魔法陣が描かれ、その中から黒い円が広がり、ある程度の大きさになるとスライムを包み込んだ。スライムは包みこまれて消えたが、ドロップ品は俺のストレージの中にあった。

 

「おぉ……中々いい魔法だ。しかも、ドロップ品はこう見えてもちゃんとストレージに入ってるんだな……」

 

倒したときのスライムの粘液がないことを考えると、かなり静かに倒せそうだ。

 

「へぇ、おっと、もう一匹スライムがいるぞ」

 

今度はスキル捕食に名前を付け、そのスライムに向けて手を伸ばした。

 

「スキルイーター!」

 

スキルイーター。Eaterで喰らうもの、みたいな意味だ。

 

「観測」

 

スキル、「観測S」でスライムを調べると、スライムにスキルは一つも残っていなかった。予想通り、スキル捕食は対象のスキルを奪うものだった。

 

「ディープサークル」

 

スライムを倒し、所持スキルを見てみると、名前の付けられないスキルが一つあった。名前は「スライムブレス」だった。

 

「スライムブレス……さっきのスライムのスキルか」

 

どうやら、スキル捕食は奪うだけでなく、倒したあとも俺のスキルとして使えるらしい。

 

「へへっ、結構使えるじゃないか、闇使い」

 

しっかり楽しくなってきた俺は、次々とスライムを倒し倒しまくった。

 

 

 

 

 

 軽く周辺のスライムは一掃し、俺は木の幹で休んでいた。もうストレージも溜まってきたし、スキルもさっきまで使っていたディープサークル、スキルイーター、観測については使いこなせた。

 

「そろそろ街を探すか」

 

俺が立ち上がると、森の奥からガサッと音がした。

 

「なんだ、またスライムか?さっきまで倒してたのに、もう湧くのか」

 

俺が構えていると、そのモンスターが出てきた。

 

スライムじゃなかった。毛皮に覆われた、鼻の少し出た動物だった。猪のようだったが、目は赤く迸っていた。

 

「敵対モンスターか……」

 

すると、猪が俺に向かって突撃してくる。俺は素手で猪をすれ違いざまに叩く。

 

が、さすがは闇使いといったところだろうか。本当に物理攻撃は弱く、猪を叩いてもHPは一切減らなかった。

 

「おいおい、マズいんじゃないか……!」

 

俺はディープサークルで猪に攻撃した。

 

「ディープサークル!」

 

猪をディープサークルが包むが、猪のHPは倒しきれていなかった。残り6割程度。さすがに一撃とはいかなかった。

 

「くっそ……」

 

俺は使っていなかったスキル、天からの黒槍にそのまま「天からの黒槍」と名前をつけてスキルを咄嗟に使った。

 

「天からの黒槍!」

 

掌の先から魔法陣が描かれ、そのまま魔法陣から黒い槍がでてくる。それが敵に向けて瞬足で飛んでいった。

 

「おぉ、強い!」

 

猪はそのスキルでHPがなくなり、倒すことができた。意外と黒槍って強いスキルだな。

 

「よし、名前を『黒槍』にしておこう」

 

俺はスキルの名前を変え、街を探しに向かった。

 

 

 

 

 

 「うおぉぉ、く、来るな!」

 

男性の悲鳴が聞こえた。どこかにモンスターがいるのだろう。

 

俺は悲鳴の方向に足を進めた。その先には、骸骨のモンスターに襲われていた男性が一人でいた。男性が尻餅をつき、手で後ろに下がっていた。

 

「大丈夫か」

「あ、あぁ……そこの敵、強いぞ……!」

 

骸骨がそんなに強いのか。この世界のモンスターの強さがよくわからない。ただ、剣を持っているし多少は強いのだろう。

 

骸骨は骨との間にスペースがある。黒槍はおそらく当たらない。そしたら、さっきスライムから貰ったスキルを使ってみよう。

 

「スライムブレス!」

 

骸骨全体をスライムの粘膜が覆う。動きを抑えるスキルだったらしい。HPも少しは減っている。この状態だったら、ディープサークルが簡単に当たりそうだ。

 

「ディープサークル!」

 

俺はディープサークルを放った。すると、予想外のことが起きた。

 

スライムブレスのあとディープサークルを使うと、残ったスライムの粘膜が骨の間に残り、体の一部として残ったのだ。

 

「これだったら黒槍が当たる……!」

 

俺はトドメとして、黒槍を使う。

 

「黒槍!」

 

骸骨の間に挟まったスライムにいくつも当たったが、HPは一瞬で減っていく。が、まだ少し残ったせいで倒せない。

 

「よし、ディープサークル!」

 

ディープサークルで包み込み、骸骨はその中で倒せた。

 

「あ、ありがとうございます!」

「怪我とかないか」

 

男性は立ち上がって元気な様子を見せた。

 

「大丈夫です。それで、あなたは……見ない顔ですが……」

 

男性は不審そうに俺を見た。

 

「俺はシュウ。転生者なんだ。街へ向かっているんだが、近くの街を知ってるか」

「あぁ、はい。私の住んでいる街があります」

 

男性は俺より前を歩いて先導してくれた。

 

「あなたの名前は」

「ガルディーです。街で武具屋をやってます」

 

武具屋……あとでお世話になりそうだ。

 

「そうか。またあとで世話になるな」

「その時は、いくらかサービスしまっせ」

 

ガルディーは笑いながらそう言った。よかった、良い人っぽい。

 

「そういえば、お金を貰いたいんだが、どこかあるか」

「えぇ。ドロップ品の換金するところがありますよ」

 

ドロップ品の換金か。まぁ、そこまで金になるようなものもないし、今日は最安値の宿だろうな。

 

「着きました、ここが私の住んでいる街、トロカニースです」

 

街は思っていたよりも大きく、賑わっていた。出店も多くあったり、人の量も多い。これは期待できる街だ。

 

「ありがとな、ここまで連れてきてもらって」

「いえいえ。何か武器が欲しければ来てください。街の中心あたりにありますから」

 

そう言って、俺とガルディーは解散した。俺は換金所を探す。というか、そんな必要なかった。

 

街に入った目の前に、金貨と銀貨の看板が建てられた建物があったからだ。分かりやすくてこちらからすれば良かった。俺は換金所の中に入り、受付に行った。

 

「いらっしゃいませ」

 

営業スマイル。いや、この世界にそんなものあるのか? おっと、それよりもアイテムの換金だ。

 

「アイテムの換金をやりたい」

「では、こちらにドロップ品を」

 

俺はストレージの中から今日の戦利品を出し、受付に置いた。スライムのドロップが目立つが、猪のものだったり、骸骨の心臓?コア?のような物もあった。

 

「階級証はありますか?」

「階級証……?」

 

聞いたことのない文言。受付の人は説明してくれた。

 

「この世界にはギルドがあるんです。そのギルドで階級証を貰うんですが、下からF、E、D、C、B、A、Sというように階級が決められてます。モンスターにも同じようにランクがあって、自分よりも相手のランクが高ければ高いほど報酬は良くなりますし、低いと報酬は少ないんです。それで、もし階級証を持っていないようですと、今からスキャンしますが、よろしいですか?」

 

説明が長かったが、要するに相手が強いほど報酬が多くなる、ということだろう。

 

「あぁ、構わない」

 

受付の人は前に出てきて、俺の顔を魔法らしきもので見ていく。

 

「本当に持っていないようですね」

 

受付の人はカウンターに戻る。

 

「何か質問等はありますか?」

 

俺は先ほどあった話について少し疑問を持っていた。

 

「さっきの話なんだが、持ってないとFランクなら、ギルドに入らない方が報酬は上なんじゃないか」

 

俺がそう言うと、受付の女性は言った。

 

「いえ、ギルドに入ると、ランク昇格に応じて武器、防具などの豪華報酬もついてくるんです」

「だが、上がれば金貨とかは手に入りづらくなるよな」

「それは大丈夫です」

 

受付の人は一つのボードを持ってきて説明を始めた。

 

「ギルドにはクエストがありまして、クエストは難易度が高いほど報酬は上がるんです。最低でも銀貨10枚、最大だと金貨10枚があり得ます」

 

案外ゲームバランスはちゃんとしてるんだな。要するに、それでクエストと、さらにそれが自分より上のランクだったらプラスで報酬が手に入る、ということか。

 

「なるほど。だからみんなギルドに入るのか」

「はい。質問は他にはありますか」

「階級証を持ってないとランクはどうなるんだ」

「Fランクの扱いです」

 

受付の係はボードをしまった。

 

「そうか。もう質問はない」

「それではFランクの扱いですので、それで計算しますね」

「あぁ、頼む」

 

まぁ、スライムはFランクだろうし、そこまで高値にはならないだろうな。

 

結構時間が経ったが、受付の人が大きな袋を持ってこっちに来た。あれ、何か報酬のアイテムでもあるんだろうか。

 

「お待たせしました。合計で金貨24枚でどうでしょう」

 

それがどの程度なのか分からない以上、安いのかどうか分からない。

 

「金貨24枚って、どの程度だ」

「家は軽々と1軒買えますね。1軒金貨20枚ほどですので」

 

家が買える……って、かなり高い値段じゃないか!

 

「な、なんで……」

「今冒険者が苦労している、S級モンスターのアイテムがありましたし、それを倒した証のコアもありましたので」

 

S級モンスターなんて、そんな強かったモンスターいたか?

 

「そのモンスターって?」

「骸骨のモンスターがいたと思うのですが、それです」

 

受付はニッコリと笑って言った。最後に倒したあの骸骨、S級モンスターだったのかよ……すごいあっさりと倒してしまったが。

 

「そ、そうか……」

「はい。もし不満があれば上げることも可能ですよ」

 

金貨24枚か。正直宿には高すぎるな。なら、多少上げておいて、宿にちょうどいいようにしておくか。多分宿だったら金貨1枚いかないだろう。

 

「じゃあ、少し上げてくれ」

「なら、金貨24枚と銀貨10枚でどうでしょう。銀貨20枚で金貨1枚です」

 

銀貨10枚か。うん、多分宿もその程度だろう。

 

「じゃあそれで決定だ」

「はい。それでは、金貨24枚と銀貨10枚で。ありがとうございました」

 

俺は換金所をあとにした。金貨24枚って、思っていたよりも最初の時点でお金持ちか。幸先の良いスタートだ。

 

「さてと、次は宿探しか。銀貨8枚くらいが妥当か?」

 

俺は街を歩いた。

 

細い路地があり、ここなら安い宿もあるだろうと思い、俺はこの路地に入ることにした。

 

すると、路地の陰に隠れるように、檻のついた牢屋のような場所に車輪がついたものがあった。その前には中年くらいの男が紙を持って立っていた。檻の中には女性が入っていて、外から軽く見た感じエルフだった。奴隷は3人いて、どれもエルフっぽい耳をしていた。

 

(エルフか……扱い的に奴隷か?ならこいつは奴隷商か)

 

まだ奴隷には興味ないし、俺一人でもやっていける。必要ないだろう。

 

路地をまた歩いていくと、予想通り、少し古い宿があり、俺はそこに泊まることにした。

 

「いらっしゃい!お客さんかな?」

「あぁ。今日1泊だけさせてほしい」

「あいよ。夕食と朝食付きでいいかい」

 

そこまでしてくれるのか。そこまでは考えてなかった。

 

「あぁ、頼む」

「ここは先払いでね。2食付きで銀貨4枚ね」

 

銀貨4枚……予想よりもはるかに安かった。この世界はこんなにも安いのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事を済ませた俺は、宿の部屋で明日の計画を立てていた。明日は何をしようか。まだスキルも使いきれてないし、防具も欲しいかもな。あとは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なぁ、この子いくらだ」

 

翌日、宿から出ると俺は昨日のあの場所にいた。あの場所とは、昨日は無関係だと思っていた場所だ。

 

「金貨2枚程度でどうでしょう」

 

やはり、奴隷だから多少安いということなのだろうか。ここで値切ってもいいのだが、奴隷たちに失礼か?いや、そもそもこいつに金を渡したところで奴隷の金になるわけではない。なら、値切ったほうが奴隷たちのためか……?いやでも、奴隷たちも値切られたことで「私の命はそれよりも安いんだ」と思われてもな。

 

俺の頭の中で値切るか値切らないかの究極の2択がぐるぐる回っていた。どっちが正解なのだろう。だが、俺が取った選択肢は、この2択のどれでもなかった。

 

「3人全員買おう。金貨8枚でどうだ」

 

一人当たり金貨2枚、3人だと6枚だが、少し高くつけて8枚にしておいた。

 

「全員ですか?なら少し値を引いて、金貨5枚でどうでしょう」

 

奴隷商は定価であろう6枚よりも安くしてきた。それ以上からしたら、この3人の価値はどうだっていい。売れてくれればそれでいいのだろう。おそらく、ずっと交渉していたら銀貨15枚とかになってもおかしくはなかった。

 

「すまん、キリが悪いな、8枚じゃ」

 

奴隷商はニヤリと笑った。おそらく5枚のほうがキリが良いと思ったのだろう。だが、俺が出した答えはそうじゃない。

 

「金貨10枚でいこうじゃないか」

 

奴隷商が出した値段の倍、金貨10枚で提案した。一人当たり約金貨3枚。人の命を買うにはまだ安いが、これでいかないと目をつけられそうだ。

 

「わ、分かりました……金貨10枚で……」

 

俺は金貨10枚を渡した。残りは金貨14枚と銀貨6枚。まだ余裕はあるな。

 

奴隷商は檻の鍵を外し、3人の奴隷を外に出した。3人は出ても歩かず、その場に止まっていた。

 

「その人が今日からお前らの主人だ。ほら、さっさと行け」

 

3人はこっちに歩いてきた。これで生前に叶わなかった夢が1つ叶った。女性とともに過ごす、ともに歩く、ということが。

 

「はじめまして、俺はシュウっていうんだ。君たちは?」

 

3人は首を横に振った。名前はない、ということだろうか。

 

「名前は、ありません……」

「お前、としか呼ばれなかったので……」

 

奴隷のうち2人は言った。そうか、名前をつけられなかったということか。

 

「なら名前を与えないとな。そうしたら……」

 

俺は黄緑色の髪をしたエルフに言った。

 

「今日から君はヴェールだ」

 

人に名前をつける、というのは人生初めての経験だ。

 

「ヴェール……!」

 

生前、大学ではフランス語を学んでいた。フランス語で緑、vert(ヴェール/ヴェールトゥ)から名付けてみた。おそらくこの世界には地球の言語の概念はないだろうからな。

 

「君は黒い髪か。そしたら……ノワール。名前はノワールだ」

 

フランス語で黒、noir(ノワール)から名付けた。

 

「最後、君は青い髪か。キレイだね」

 

俺は最後の青い髪の子に名付けた。

 

「君はメーアだ。よろしく」

 

今度はフランス語でも、色でもない。ドイツ語で海、Meer(メーア)から名付けた。海のように綺麗だったからドイツ語で美しいという意味の、シェーン(schön)でもいいのだが、メーアの方が可愛らしいような気がした。

 

「じゃあ、ちゃんとわかってるか呼んでみようか」

 

俺はさっき名付けた3人の名前を呼んだ。

 

「ヴェール」

 

すると、黄緑髪の子が俺の前に少しうれしそうに歩いてきた。

 

「はい、ご主人様!」

 

さっきと違って少し明るくなった。

 

「うん、いい子だ」

 

俺はヴェールの事を優しく撫でて言った。

 

「次、ノワール」

 

黒髪の子が歩いてくる。

 

「よろしくお願いします、ご主人様」

 

クールな子だ。やっぱり黒髪はクールな子が多いのだろうか。

 

「よし。次、メーア」

 

メーアは歩いてくると、俺の隣に立った。

 

「ご主人様、ありがとうございますっ」

 

ヴェールとメーアは性格は同じようなものなのだろうか。

 

「みんな、よろしくな。これからギルドに入りに行くんだが、一緒に来てくれ」

 

3人は一緒に返事をした。3人を従順な動物としてではなく、できれば生前できなかった「カップル」みたいな関係になりたい。それだと二股とか、いや、3人だから三股か。それはちょっとな……

 

 

 

 

 

 ギルドセンターに着いた俺は早速ギルドへの加入を申請した。ギルドセンターはいわゆる冒険者のような人たちが多く滞在していた。飲み物を飲んだりしてくつろいでいたりもする。

 

「いらっしゃい。どのようなご用件ですか」

「ギルドに新しく加入したい」

 

俺がそう言うと、受付の人は俺の後ろも見て言った。

 

「後ろの方たちも一緒ですか?」

 

後ろにいたのはさっき買った3人。ギルドに入るんだったら全員入った方がいいのだろう。

 

「ヴェール、ノアール、メーア、ギルドには入るか」

 

3人は一度顔を見あってから、俺に言った。

 

「はい、ご主人様」

「パーティで入りたいです」

「力になりますから」

 

パーティ、というものがあるのか。俺は受付の担当に言った。

 

「後ろの3人も含めた、4人パーティで頼む」

「わかりました。それでは、こちらに役職をお書きください」

 

受付の人は一つの書類を渡してきた。役職、闇使いか。そういえば、3人の役職は何になるんだ?

 

「3人も書いてくれ」

 

俺が言うと、3人は役職のところに3人そろって「エルフ」と書いた。役職ってことでいいのか、それは。俺は闇使いと書き、受付に提出した。

 

「役職、エルフですか」

「はい」

 

受付の人はその通りに受諾した。エルフは役職の扱いになるのか。

 

受付の人はしばらくして戻ってきた。階級証を4つ持って戻ってきていた。

 

「これが階級証です。Fランクからのスタートになりますが、クエストは受けますか?」

 

クエストか。正直言うとおそらくCランクくらいのクエストだったら全然いける気がしているが、3人もいるし、Eランクくらいにしておくか。

 

「Eランクのクエストはあるか」

「はい。でしたら、こちらがおすすめです」

 

受付の人が出してきたのは、街の付近にある森に沸いているモンスターの討伐だった。達成条件はエリア内のモンスター15体討伐だ。

 

「これにする」

「分かりました。クリアしましたらそちらのクエストカウンターへ行ってくださいね。今度からクエストの受注もそちらです」

 

俺たち4人はギルトセンターから出て、街の外に出ていった。

 

指定されたエリアに向かっている道中で、俺はエルフの3人に聞いた。

 

「エルフはどんなことができるんだ」

「HPの回復、蘇生、あとは防御系の魔法です」

 

なるほど、ならば後ろに立って俺の援護をすることに適した役職、ということか。バッファみたいな役割だな。

 

「分かった。俺が危ないと思ったらためらわず使ってくれ」

「ご主人様」

 

ヴェールが俺に言った。

 

「どうした」

「あの、MPが減ってしまいますので、躊躇わずには……」

 

ヴェールが小さくなって言った。そうか、MPが減らないのはもしかして闇使いだけの特殊効果だったのか。なら、何かMP関連のスキルも俺は持っていそうだな。

 

「分かった。少し待ってくれ。俺のスキルを確認する」

 

俺は所持スキルをまた見始めた。所持スキルはスクロールしないと見きれないほどに多くあった。

 

そんな中に1つだけ、「闇からの加護」とかいう、中二病に満ち溢れた名前のスキルがあった。取り合えず名前もそのまま「闇からの加護」にしてスキル効果を見てみた。

 

どうやら、MPの回復をするスキルで、これを与えた対象のMPを定期的にMAXの状態まで回復させるスキルだった。解除は俺しかできないため、これは今のうちにつけておこう。

 

「少し失礼するよ」

 

俺は3人の前に立ち、手を伸ばす。そして

 

「闇からの加護」

 

さっきのスキルを3人に付与する。これでMPをためらうことなく使えるようになった。

 

「MPが定期的にMAXになるようになったから、遠慮しないで使ってね」

「は、はい、ご主人様」

「ご主人様、すごいです!」

 

ほとんどいない闇使いだからな。見たことのないスキルだったんだろう。

 

俺はエルフたちの使えるスキルが知りたくて、試しにクエストのモンスターを討伐する前にスライムを討伐しに行ってみた。エルフたちも多少攻撃能力はあるはずだ。

 

「あそこのスライム4体、倒せるか」

「はい、ご主人様」

 

3人でそれぞれに分担して自分たちから攻撃し始めた。髪色に倒した魔法が使えるらしく、ヴェールは緑色を発色する魔法を使っていた。

 

「グリーンウィンド!」

 

ヴェールの攻撃量はそこまで大きくない。しかし、ノックバックは大きく、敵を遠ざける能力はあるといったところか。

 

「ダークスター」

 

ノワールは黒系の魔法だった。色は俺にかなり似たような魔法だが、攻撃量で言うともっとも低い。いわゆる視覚阻害といったところだろう。少しあとで聞く必要がありそうだ。

 

「青き精霊」

 

メーアは青系の魔法。魔法陣から小さな粒のようなものがでてきて、その粒が敵に向かって飛んでいく魔法だった。攻撃量はかなり大きい。が、小さいことから当たりづらいことが欠点か。

 

「ウォーターウォール!」

 

水の壁が出現する。これは何の意味があるんだろうか。と思っていると、エルフたち3人は協力プレイを見せてくれた。

 

「ブラックスタブ」

「フリーズ!」

 

ブラックスタブ。何もない状態から目の前のものを刺すほど鋭く前に飛ばす魔法。さらに、フリーズは前のものを固体に変える魔法だった。つまり、水を針のように飛ばし、飛んだ水を凍らせることで威力を増大させる、ということだ。

 

「いいな、連携」

 

スライム4体くらいだったらすぐに討伐ができた。そして、俺はふと思った。俺の持っているスキルと組み合わせたらより強力になるのではないかと。

 

「次、そこの猪に攻撃をする。ノワール、俺がスキルを使ったらブラックスタブを使ってくれ」

「はい、ご主人様」

 

俺はまだ使っていなかったスキル、「宙の闇」に名前をそのまま付け、猪に向けて使った。

 

「宙の闇」

「ブラックスタブ」

 

宙の闇は攻撃を伴わない魔法で、ただの視覚阻害。ノワールが使っていたダークスターの下位互換みたいな感じに魔法だ。予想が正しければ、視覚阻害にしかならない宙の闇も、ブラックスタブによって強力な魔法になるかもしれない。しかも、似たような魔法になると考えられる、黒槍も、仕様上黒槍の発動を待っている間に黒槍は使えないが、ブラックスタブを使っている間に黒槍を使うことは当然できる。攻撃速度も上がる、メリットが多い作戦だ。

 

予想通り、黒槍とほぼ同じだったが、黒槍よりも1つが小さく、攻撃回数が当たれば多い。猪も一回で倒すことができた。これをもっと広範囲にできれば……

 

「ご主人様、スキルの横に書いてあるアルファベット、気にしてますか?」

 

ヴェールが教えてくれた。アルファベット……気にしたことがなかった。観測にSがついていた気がするが、たしかに全てのスキルについている。

 

「スキルのアルファベットは、スキルランクなんです。スキルランクが高いほどスキルは強力になります。例えば、攻撃量が増えたり、範囲が大きくなったりするんです」

 

範囲が大きくなる。その言葉に俺は意識を引き込まれた。

 

「スキルランクはどうすれば上がるんだ」

「そのスキルを使えば使うほど上がりますよ。デフォルトのスキルランクもあるでしょうけど、上限はSランクです」

 

ヴェールは俺の所持スキルを見ながら言った。が、言い終わったところでヴェールは詰まった。

 

「ご主人様、観測のスキルランク、Sランクなんですか……」

「ん、あぁ、どうもそうらしいな」

 

エルフたちはみんな俺から距離を取った。何か嫌われるようなスキルなんだろうか。

 

「おい何だ、何か悪いのか」

「い、いえ。ただ、そんなに観測のスキルランクが上の人を見たことがなくて……」

 

観測のスキルなんて、まだ1回しか使ったことがない。ということは、これも闇使いの能力の一つということか。こんなに能力の多い役職、なぜみんなならないんだ。あ、物理攻撃が弱いからか。

 

「まぁ、きっと俺の役職の能力だろうな。さて、じゃあクエストクリアしに行きますか」

 

俺は3人のエルフを引き連れて出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「宙の闇」

「ブラックスタブ」

 

俺とノワールのペアはいつの間にか良くなりつつあった。俺が宙の闇を使うタイミングをノワールは理解していたし、俺もノワールが空いたタイミングを見計らうことができるようになった。

 

こうして、いつの間にかクエストはクリア。ついでにドロップ品確保のために3倍程度の数を倒しておいた。俺たちは街に戻り、まずはギルドセンターのクエストカウンターへ。クエストクリアの報酬をもらった。

 

「おめでとうございます。報酬は金貨3枚ですが、4人で行ってきたんですよね」

 

クエストカウンターの人にそう言われた。

 

「そうだな。だが、なにかあるのか」

「はい。クエスト報酬が4人ですと3.5倍になります。なので、報酬は金貨10枚と銀貨10枚ですね」

 

報酬が増えたな。そしたら、これを後でエルフたちにも山分けしておこう。

 

俺は次にアイテム換金所で向かう。昨日会った受付の人が今日も担当してくれた。

 

「今日もありがとうございます。パーティーを組んだんですね。4人ですか?」

「あぁ。階級証にも書いてある」

 

俺は階級証を見せた。エルフの3人も受付に出す。

 

「確かにそうですね。4人パーティー、Fランク、確認しました」

 

受付の人は昨日と同じくアイテムを持ち奥へ向かった。

 

しばらくして再び戻ってきた。今回は昨日よりもかなり大きくなっていた。

 

「今回は数もありましたので、金貨25枚と銀貨18枚です。役職にエルフがありましたので、エルフの御三方に全体の10%、金貨2枚と銀貨12枚を配分し、シュウさんには金貨18枚と銀貨2枚ですね」

 

エルフがいるとそんなにもややこしい計算になるのか。ただ、相変わらず俺の中途半端なことが嫌いな性格がここでも出てきた。

 

「悪い、俺の配分を金貨18枚と銀貨3枚にしてくれるか」

「はい。それでも良いですよ」

 

俺は金貨18枚と銀貨3枚、エルフ3人は金貨2枚と銀貨12枚をそれぞれもらった。

 

 俺たちは宿に帰ると、今日の報酬の山分けを始めた。エルフにも、俺と同じように与えられてほしい。

 

「まず、さっき俺がもらった銀貨の端数、3枚を君たちに配分する」

 

エルフたちは、銀貨1枚ずつを大切そうに握りしめた。こう見えてももともとは奴隷。お金を握る機会はなかったのだろう。

 

「それから、金貨10枚と銀貨10枚を均等に分けるから、一人当たり金貨2枚と銀貨12枚だな」

 

俺はそういうふうに分けようとしたが、ここで問題が発生した。銀貨が48枚も手元にないのだ。昨日使った分で銀貨は16枚しかなかった。

 

「仕方ない。今は金貨2枚で我慢してくれ。明日両替しておこう」

「き、金貨2枚も頂いて良いんですか!」

 

メーアが驚いた。

 

「そうだ。同じ仲間なんだから、当然だ」

 

エルフ3人は金貨4枚と銀貨13枚を大事にしまった。あまりの銀貨2枚は貯金。

 

そろそろこの子たちのためにも家を買わないといけないだろうか。金貨36枚と銀貨16枚。明日銀貨48枚にして36枚渡すから、実質は金貨34枚、銀貨20枚。だったら金貨1枚だけの両替でも変わらないか。金貨35枚。家は十分買えそうだ。

 

「さて、今日は寝るとしようか。3人はどこで寝たい」

 

エルフ3人は下を俯いた。一応一つだけ禁じておこう。

 

「床で寝るのは禁止だ」

「な、なら!」

 

エルフ3人は少し大きい俺のベッドに横になった。

 

「ここで、4人一緒に寝ましょう」

 

ヴェールが言った。ここで4人か。なかなか狭いが……

 

エルフ3人が目をうるわせてこちらを見ている。こんなの断るほうが失礼か。

 

「分かったよ。4人で寝よう」

 

俺は4人で1つのベッドに寝ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、俺たちはまず換金所で両替、エルフたちに銀貨12枚ずつを渡し、買い出しに出かけた。

 

まずはエルフ3人の服。いつまでも奴隷服を着ていても違和感がある。

 

「好きな服を選べ。値段は気にするな」

 

エルフ3人は洋服店の中を探し回った。俺も部屋着が1着だけ欲しいのもあり、俺も探した。

 

 

 

 「全部で4点、銀貨換算で59枚ね」

 

俺は金貨3枚を出した。そこまで値段はしなかったか。

 

「銀貨1枚のお釣りね。また来てな、お嬢ちゃんと魔法使いさん」

 

すっかり顔を知られたらしい。ただ、いいことだ。街の人達と仲良くなって信頼関係を築いていきたい。

 

次に行ったのは武具屋。初日に少し話したガルディーの店だ。

 

言われた通り街の中心にあった。俺たちはガルディーの武具屋に足を運び、防具を買いに行った。

 

「いらっしゃい……おう、シュウだったよな」

「久しぶり、ガルディー。今日は3人も連れてきた」

 

ガルディーは工房からこちらに歩いてきた。

 

「何をお望みだい」

「防具を4着、あと魔法の杖も4つ欲しいんだが、あるか」

 

ガルディーは店の奥に行き、俺たちを呼んだ。

 

「本当は入れないんだが、こっちに来てくれ」

 

ガルディーからの信頼はかなり良さそうだ。

 

エルフたちは進むのを拒んだが、俺が手を繋いでやるとゆっくり店の奥に一緒に行けた。

 

「この辺が男性用、こっちが女性用だ。それで、杖はこっちにある」

 

俺達は各々で自分の防具と杖を選んだ。俺も正直防具は欲しかった。襲われてもいいようにだ。

 

「なぁ、シュウ」

「なんだ、ガルディー」

 

ガルディーはエルフたちに聞こえないように俺とだけの会話をした。

 

「あの子たち、奴隷だったとかあるか」

「あぁ。昨日までな。ただ、もう俺の仲間だ」

 

俺がそう言うと、ガルディーは笑顔になって言った。俺の方に手を置き、機嫌良さそうに言った。

 

「そうかそうか。さすがシュウだな。よし、言った通りサービスするぜ!」

 

俺達が選び終わると、ガルディーは店のカウンターに戻り、値段の計算を始めた。

 

「本来はこれだけ買うと銀貨換算で銀貨295枚、金貨14枚と銀貨15枚が妥当なんだが、7割引きだ!」

 

ガルディーは高速で計算をし、俺たちに値段を見せた。

 

「銀貨換算で88.5枚、88枚でいいだろう。金貨4枚と銀貨8枚。どうだ!」

 

かなり値引いてくれた。エルフたちもそうだが、俺もその太っ腹ぶりには驚いていた。

 

「本当にいいのか、ガルディー」

「いいってことよ。なにせ、うちは儲かってるからな!今も弟子たちが工房でせっせと作ってんだ」

 

俺が金貨5枚で払うと、ガルディーは銀貨15枚を俺に返してきた。

 

「ガルディー、銀貨3枚多くないか」

「ハッハッハ、さすがシュウ、親切だな!これはただのミスだ。13枚でも持っていってくれ。おまけだ」

 

ガルディーは俺たちに手を振って見送ってくれた。

 

「いい人ですね、ガルディーさん」

 

メーアがそう言った。

 

「そうだな。信頼できる相手だよ、ガルディーとメーア、ヴェール、ノワールは」

 

エルフ3人は顔を真っ赤にして恥ずかしがって。素直なエルフ3人組だ。

 

 

 

 結局余ったのは金貨27枚と銀貨16枚。いい家に住みたいのもあるし、少し心もとないか。

 

俺はもう宿に帰ることにして、今日はゆっくり休憩することにした。宿の宿泊代で4人分、銀貨16枚をちょうど支払い、俺は部屋で昼寝をすることにした。エルフ3人は俺の護衛をしてくれることになった。

 

「おやすみなさい、ご主人様」

「ごゆっくりお休みください」

「あぁ、ありがとう……」

 

俺はベッドで昼寝をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ブラックスタブ!」

「青き精霊」

「自然の刀!」

 

俺の周りが騒がしくなった。俺はムクリと起き上がった。すると、部屋の中でエルフ3人と男1人が戦っていた。

 

「な、なんだ!」

「ご主人様!盗賊です!」

「盗賊!?」

 

エルフ3人は俺を守ってくれていた。ならば、手伝わなければいけない。俺はロープを持ってきて、ノワールに言った。

 

「ダークスターで動きを止めろ」

「はい、ご主人様」

 

ノワールはダークスターで動きを止めた。俺はその隙にロープを使って盗賊の手足を縛る。きつく縛り、動けないようにした。

 

動きを封じると、俺はエルフ3人の心配をした。怪我があったりしたら一大事だ。

 

「怪我はないか」

「はい、みんなありません」

 

そうしたら、次にこの盗賊をどうするかか。

 

「盗賊でしたら、ギルドセンターのクエストカウンターで対応してますよ」

 

俺はギルドセンターまで盗賊を運んだ。こんな悪党を野放しにしておくわけには行かない。

 

ギルドセンターのクエストカウンターはもうこの時間で人はあまりなかった。もう夜だからだろうか。

 

「こいつ、盗賊です」

 

俺はクエストカウンターに盗賊を明け渡した。カウンターの受付の人は盗賊を観測し、確認した。

 

「はい、指名手配されていた盗賊ですね。ありがとうございます」

 

受付の人は奥に行って手錠と袋を持ってきた。

 

戻ってくるなり、別の受付の人と2人がかりで手錠をかけ、3人いたうちのもう一人で所持金の確認をしていた。

 

「直接の拘束ですので、盗賊の所持金のうち7割と、協力への感謝として金貨15枚です」

 

所持金の7割が貰えるのか。おそらく全額でないのは盗まれた人たちへの返金目的だろう。

 

「今回盗賊は金貨74枚と銀貨170枚を持っていましたので、合計で金貨97枚と銀貨10枚の報酬です」

 

金貨97枚とかいう、今までに聞いたことのない金額。

 

「あ、申し訳ございません、4人での協力ですので、感謝報酬は3.5倍ですね。金貨52枚と銀貨10枚ですので、金貨135枚です」

 

受付の人は袋ではなくロック式の金庫のような鉄製の箱に入れて俺たちに渡した。

 

「この箱の金額銀貨25枚を引いておきましたので、金貨133枚と銀貨15枚が入ってます。暗証番号は黒髪のエルフさんに教えておきましたので、今後ご自由にお使いください」

 

なぜ金庫に変わったのだろうか、と俺が疑問に思っていると、ヴェールが心を読んだかのように俺に言った。

 

「金貨100枚を超えると大金ですので、金庫に変わるんです。この金庫、とても丈夫らしいですよ」

 

ヴェールは耳元で囁いた。ヴェールは何でも知っていて助かる。俺は金庫を持ってホテルに戻った。

 

 

 

 ホテルに戻り、鍵を施錠してからノワールが金庫を開けた。中には確かに金貨133枚と銀貨15枚が入っていた。これで所持金は金貨160枚と銀貨15枚。おっと、山分けもしないとか。

 

「銀貨換算2675枚で、一人当たり銀貨668枚、金貨33枚と銀貨8枚だな。あまりの銀貨3枚は貯金だな」

 

銀貨27枚は無く、明日家を買うついでに両替する。これで俺の所持金は金貨60枚。明日家を買う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、俺は不動産屋といえばいいのだろうか。街のそのような店で家を買った。値段は金貨47枚。広くて良い家を買った。エルフ3人がいても広々と感じられる家だ。

 

あとは余った金貨13枚のうち、1枚を両替し、足りていなかった銀貨12枚を3人にあげた。

 

さて、俺たち4人はついにマイホームを手に入れた。エルフ3人にとっては感激するものだったらしく、家につくなりすぐに探検を始めた。

 

「ご主人様!これがキッチンですか!」

 

ヴェールが俺を呼んだ。そうか、初めてだから分からないのか。

 

「そうだ。料理は今度宿屋の人にでも教わろうか」

「はい!料理作りたいです!」

 

ヴェールはキッチンを隅から隅までくまなく見た。これから料理はヴェールに任せるのがいいだろうか。

 

「ご主人様、この階段は何ですか?」

 

ノワールが階段を指さして言った。今いる1階から下に続く階段で、階段の先は薄暗い。

 

「地下室だよ。魔法の練習とかできればと思ってね」

「なるほど、私も使ってよろしいですか」

「構わないよ」

 

ノワールは地下室に入っていった。

 

「ご主人様」

 

メーアが2階から俺のことを小さな声で呼んだ。俺は2階に上ってメーアの横で言った。

 

「どこでも好きなところを使ってくれ」

「そうではなくて、ご主人様はどこにしますか?」

 

俺の部屋を知りたかったということか。俺は階段から近い部屋を1つ選んだ。

 

「ここにしようかな」

「分かりました、ありがとうございます」

 

メーアはふわりと髪を揺らして1階に降りていった。今部屋を選ぶわけじゃないんだな。

 

家の中でエルフたちが歩き回っている姿は夢のようだった。色白の肌で尖った耳。そんな少女たちが俺の周りを飛び回っている。

 

「夢みたいだよな……」

 

死ぬ前の生活だって悪くなかった。だが、こっちの世界のほうが居心地がいい。

 

「ご主人様、少し話を聞きたいんですが」

 

メーアが俺の隣にトコトコと歩いてきた。

 

「どうかしたか、メーア」

「少し2人で話したいんです。ちょっと、こちらに」

 

メーアは俺をまだ使っていない部屋に連れて行った。

 

部屋はまだ荷物も何も無い。ベッドもまだ1つしかないため、この部屋にはまだ何も置かれていない。

 

「ご主人様、転生者だって話を聞いたんですが……」

 

その話だったか。俺はメーアの隣であまり大きな声を出さないように、静かに答えた。

 

「そうだ。それがどうかしたか」

「ご主人様の世界はどんな世界だったんだろう、と思いまして……」

 

メーアは少し(おじ)()()いた声で俺に言った。

 

「簡単に言ったら、仕事満ち溢れた世界かな。仕事だけで金を稼ぐ。それが無ければ生きれない。そんな世界だ」

 

俺が地球の事を簡単に、簡潔に説明すると、メーアは言った。

 

「この世界はどうですか?その、向こうの世界の方が良かったりとかは……」

「そんなことはない」

 

俺はメーアの肩に手を添えて言った。

 

「この世界にはメーアやヴェール、ノワールだっている。この世界のほうが断然いいよ」

 

俺はメーアに真剣で、優しく言った。メーアも少し安心した様子だった。だから元気なメーアも口数が少なかったり声も張っていなかったのか。

 

「だから、心配するなよ、メーア」

「はい、ありがとうございます。ご主人様」

 

メーアは部屋から出ていき、部屋には俺だけが残った。エルフたちも自分が捨てられないか不安になってるのだ。一度奴隷だったのだから、恐怖がないとは思えない。

 

「大丈夫だよ、みんな」

 

俺はメーアから少し遅れて部屋から出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜は1つのベッドで4人が寝るという、傍からみればとても寝苦しそうな光景だった。翌朝起きると、もう寝ていたのは俺だけで、みんな先に起きていた。

 

「ご主人様、ベッド買いますか?」

 

俺が1階に降りるとすぐにノワールが聞いてきた。さすがに寝苦しかったのか。

 

「そうだよな、寝苦しかったよな」

 

俺がそう言うと、ノワールが俺のことを前から抱きついて言った。

 

「いえ、そうではなくて、私とご主人様だけで寝れればなと思いまして……ご迷惑でしたか?」

 

ノワールは俺のことを前から上目遣いで見つめてくる。

 

「かっ、かわいい……!」

(迷惑じゃないよ)

 

ノワールは顔を赤くした。

 

「か、かわっ!」

 

俺はノワールがそんな反応をしてからようやく気づいた。俺は、さっき心の声と実際の声が逆になった。

 

「迷惑、じゃないよ」

「そ、そうですか……なら買いに行きませんか?」

「ご主人様、宿屋の方に料理を伺いたいのですが」

「ご主人様!少し戦闘してきていいですか」

 

エルフたちももう自由に動きたくなっていた。俺は……何処についていこうか。

 

「そしたら、ヴェール、メーアは一人で行くか、2人で行ってくれ。俺はノワールに付き添う」

「はい、ご主人様。メーア、一緒に行こう?」

「うん、行こう、ヴェール」

 

俺達は4人とも家をあとにした。

 

ノワールについていくことにした理由は消去法と、買いに行かないかと言われたからだった。ヴェールは宿屋の人がいればどうにかなるし、メーアだってエルフのスキルの回復や蘇生があれば対処できそうだ。

 

「ご主人様、お金の方は大丈夫ですか?」

「金貨13枚か……ベッド一つだったら足りるだろう」

 

俺とノワールは家具屋に向かった。家が金貨30枚前後なんだ。そう考えたら金貨10枚かからないのが相場だろう。

 

と思っていったのだが、かなり良い、寝心地も良く素材も高価なものを使っていそうなベッドの値段が、衝撃的なものだった。

 

「銀貨換算47枚……」

 

金貨2枚と銀貨7枚。安すぎる。

 

「ご主人様、どうかされましたか?」

「いや、ベッド安すぎないか?」

 

俺がそう聞くと、ノワールは不思議そうな顔をした。

 

「私が奴隷としているとき、ベッドは銀貨4枚でしたから、十分高価かと……」

 

奴隷用だから、というのもあるだろうが、それでも銀貨4枚は安い。やっぱり、この世界のベッドは安いのだろうか。

 

「このベッド1つ」

「はい。運搬は必要ですか?」

「お願いします」

 

店員に言うと、素早く料金を計算し始め、俺たちに料金を言った。

 

「銀貨換算47枚と、送料で5%ですので、銀貨49枚です」

 

それでもやはり金貨3枚はいかなかったか。俺は所持金の金貨13枚と銀貨8枚のうちで、金貨3枚を出した。

 

「銀貨11枚のお釣りですね」

 

銀貨が中途半端に19枚になってしまった。これをどうにかして0にするか20枚にしたいんだが、そう簡単にはできないか。

 

「ご主人様、どうかしましたか?」

「ん?あぁ、銀貨が中途半端でな……」

 

俺はノワールに銀貨を見せた。19枚の銀貨がどこにあった。

 

「そうですね……討伐で増やしますか?」

「あぁ、そうするか」

 

俺とノワールはアイテム目的で討伐にでかけることにした。

 

 

 

 

 

 

 ノワールと俺は最高の組み合わせだ。どんな敵でも瞬殺していく。しかも、新しいコンビ技も思いついた。

 

「ダークスター!」

「黒槍!」

 

視覚阻害と弱いダメージを与えながら黒槍でクリティカル。相手からしたら何も出す手はない。

 

次に来たのはキノコのような体をしたいかにも毒を出しそうなモンスター。これはスキルイーターで一回吸い取ったほうが良いかもな。

 

「スキルイーター」

 

俺はモンスターのスキルを奪う。名前は「ダメージバブル」。毒というよりただ持続ダメージなだけなんだろうか。

 

「シュウ様!」

 

ノワールは俺の名前を呼んだ。その時、モンスターが俺たちに降りかかろうとしていた。こうなったら、これを使うか……

 

「ディープデストロイ!」

 

俺はずっと名前を変えて使っていなかったスキルを使った。名前からして爆発だろう。自爆だったらノワールには申し訳ないが、こうなったら致し方ない。

 

「レジスター!」

 

それと同時に黒い爆発が起こった。俺達は透明なシールドに保護され、無傷だった。

 

「ご、ご主人様……」

「ノワール!」

 

ノワールはかなり疲弊したような顔で、力が入らないのか地面に手をついていた。

 

「すみません……MPの消費が激しく……」

 

そうか……先程使ったレジスターは守れる分、攻撃威力が高いほどMPを犠牲に守っているのか。それは……悪いことをした。

 

「すまん……俺のスキルで2分もあればMPは全回復すると思う」

 

ノワールは呼吸を荒くしている。

 

「今日は終わりにしよう。ゆっくり休んだほうが良い」

「はい、申し訳ございません……」

 

俺はノワールを背中に乗せ、街に向かって戻る。

 

ノワールは俺の背中でいつの間にか寝てしまっていた。顔を俺の方に置き、寝息を小さく立てて眠っていた。

 

「そうだよな……俺もスキルを理解してから使うべきだった」

 

俺は換金所に向かう。寝ていたらMPも回復してくれるだろう。

 

「いらっしゃい……おっと、静かにしたほうが良さそうですね」

「あぁ、少し疲れていてな……これが今日の戦利品だ」

 

俺は換金所の受付にいつも通り渡した。

 

 

 

 「本日の報酬は金貨1枚と銀貨16枚です」

「あぁ。ありがとう。両替も頼めるか」

 

受付の人は心優しく受諾してくれた。

 

銀貨19枚と銀貨16枚の、銀貨35枚を金貨1枚と銀貨15枚に両替する。金貨12枚と銀貨15枚だ。

 

「お待たせしました、金貨12枚と銀貨15枚ですね」

 

俺はお金を受け取り、礼を言ってから換金所をあとにする。早く帰らないとノワールがかわいそうだ。

 

家に着くと、今日行った家具屋の店員が3人で待っていた。そうか、運搬に来てくれていたか。

 

「すみません、2階の手前から3番目の部屋にお願いします」

「はい、分かりました」

 

3人がかりでベッドを運んでいく。これでヴェールとメーアが帰ってくる前に運び込むこともできた。

 

 

 「終わりました」

「あぁ。ありがとう」

 

俺はノワールと一緒に2階に上がってベッドにノワールを寝かせた。俺の使っているベッドだ。

 

「ゆっくりお休み、ノワール」

 

俺は同じ部屋の、同じベッドの上でノワールと一緒にいた。あのときしてくれた護衛のように。

 

 

 

 

 

 「くぅ……ん……」

 

ノワールが寝返りを打った。俺の背中にくっついて、顔を俺の背中に当てている。

 

「あぁ……ほんと可愛いよな……普段クールなのに、たまに甘えてきたりするギャップ」

 

ノワールには聞こえていない。ぐっすり寝てるだろうし。……ぐっすり寝てるんだったら何言ってもいいよな。

 

「ノワール……好きだ……」

 

こんなこと現実で言ったら即逮捕だろうな。

 

「すぅ……ん……」

 

ノワールはまだぐっすりだ。小柄でもないんだけど、丸まって寝てるからなのか少し猫みたいで、なんというか……かわいい。うん。

 

 

 

 

 

 

 あれからまた随分経ち、辺りはオレンジ色の染まり、ついに日も落ち始めてきた。メーアとヴェールも少し前に帰ってきて、、メーアはお金の整理を、ヴェールは料理を実際に作っているようだった。少し騒がしくなったが、それでもまだノワールは寝ている。

 

「すぅ……ん……にゃぁ……」

 

ノワールから猫みたいな鳴き声が聞こえた。

 

「んにゅ……しゅう……しゃま……」

 

どんな夢を見ているんだろうか。そういえば、俺が今日ピンチだったときも「シュウ様」って呼んでたよな。もしかして、本当は「ご主人様」ではなく「シュウ様」と呼びたかったりするのか?

 

「一緒に……ふふ……」

 

寝言が幸せそうだ。俺のことをずっと考えているのだろうか。

 

「んん……ん?」

 

ノワールはゆっくり目を開いた。どうやら起きてしまったらしい。

 

「おはよう、ノワール」

 

俺がノワールに優しくそう話しかけると、ノワールは目を擦って口を開いた。

 

「おはようございます、ご主人様……」

 

ノワールは俺の肩に掴まって起き上がった。

 

コンコン

 

廊下からドアをノックする音が聞こえた。

 

「入っていいぞ」

「失礼します。ご主人様、ご夕食ができました」

 

ヴェールはエプロンを着たまま俺達のところに来ていた。

 

「あぁ、今すぐ行くよ。ノワール、行くよ」

 

俺はノワールと一緒に一階に降りた。

 

今日の夕食は橙色の米に黄色い暖かな布団のかかったオムライスだった。生前は幾度も食べたが、この世界のオムライスはどんなものか。

 

「今日のご夕食はチキンライスの卵乗せです」

 

聞き慣れない名前だった。俺はその料理の名前を聞き返した。チキンライスの卵乗せなんて、そんなこと聞いたことがない。

 

「チキンライスの卵乗せって、この世界では有名なのか」

「はい、そう宿屋の方からお聞きしましたが……」

 

俺は今回のオムライスについての中身を聞いてみた。

 

「中身は何が入ってる」

「人参、たまねぎ、鶏肉と……あと、塩コショウで味付けしてます」

 

これは完全にオムライスだ。そうとしか思えない。

 

「ヴェール、これはオムライスと言うんだ」

「そうなのですか?」

 

ヴェールは作ったものを眺めて言った。

 

「この世界で食べたことはないけどね」

 

俺はオムライスを実際に食べてみた。

 

味はオムライスと何も変わらない。それよりも、生前食べたものよりも美味しく感じた。ヴェールは本当に料理が得意になったのだと、実感した。

 

「どうでしたか、ご主人様。オムライスは」

「あぁ。とてもおいしかった。また作ってくれ」

 

ヴェールは嬉しそうに返事をした。そのあとルンルンで台所へ向かい、食器を洗い始めた。

 

「さて……今日の寝る場所か」

 

俺がそうぼそっと言うと、エルフたち3人が反応した。

 

「一緒に寝たいです!」

「ご主人様、メーアと一緒に寝ましょう!」

「わ、私も、一緒に寝たいです」

 

ダメだ、また俺の取り合いが始まってしまった。俺はそんな取り合いの言い争いの中でも口を挟み、言い争いを終結させた。

 

「そういえば、今日はノワールと一緒にベッド買ってたなぁ。2人で寝て強度確認しないとだし、ノワールと一緒に寝ようかな」

 

そう言うと、ヴェールとメーアは口をとがらせてブーブーとしていたが、ノワールは冷静を偽った。ただ、少し嬉しい感情が溢れていて、手がずっと動いていた。

 

「明日以降、な」

「んぅ……ビコテ……」

「ビコテ……」

 

ヴェールとノワールがそんな事を言った。意味が分からなかった。

 

「どういう意味だ」

「ビコテ。エルフたちの言葉で『いじわる』です」

 

ヴェールが俺のことをじっと見つめて言った。

 

「悪かったな。明日以降は君たちとも寝るから」

「絶対ですからね!」

「ビコテ……」

 

メーアはまだそうつぶやいた。まだ言うか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、俺が起きるともう部屋には俺だけがいた。俺は部屋を出て1階に降りていった。が、ヴェールとメーアは玄関の前で膝をついて俯いていた。

 

「ヴェール、メーア、どうしたんだ」

 

俺がヴェールとメーアに寄り添うと、腕が赤く腫れていて、エルフ特有の細長い耳の先も赤くなっていた。

 

「ご主人様……ノワールが……」

「ノワールが……誰かに……」

 

二人は泣き出しそうな震えた声で言った。

 

「落ち着いて、何があったかを話してくれ」

 

俺は二人からノワールの話を聞いた。

 

簡潔にまとめると、ノワールは誰か男2人に連れて行かれた。ノワールは種族を偽っていたらしく、偽った状態で奴隷商人にわざと買われ、悪徳奴隷商人に対しての利益を援助した疑いを持たれているらしい。

 

ノワールがそんな事をするようには思えないが、これだけではノワールの疑いを晴らすことはできない。現実世界でも、人からの信頼だけで罪が無くなる、ということはありえない。

 

「そうか……奴隷商人っていうのは、多分君たちと同じあの商人だろうな」

「はい。そうだと思います」

 

そうなると、一つ怪しいことがある。まず、そこまで悪徳奴隷商人と言われるのならば、なぜ俺に売るときに価格を安く言ってきたのだろうか。もしも儲かりたいのならば最初から金貨2枚で売ってくることはないはずだ。金貨2枚なんかで売らなくとも、金が欲しいのならば金貨8枚とかいきなり請求してしまえばいいのだ。

 

しかも何より、俺が金貨8枚でキリが悪いと言ったときにニヤリと笑ったのにも矛盾が発生する。もし8枚でニヤリと笑ったのが作戦通りで、もっと高く付けてくれると思ったのなら、俺が10枚と言ったときに動揺するようなことは無いはずだ。ということは、8枚以下になると思っていたということ。こうでないと矛盾が発生する。

 

次にノワールの件。ノワールがエルフでない、ということは正直否定はできない。昨日のビコテについてもノワールだけは使っていなかった。イントネーション等の違いから気づかれることを避けていたとするのならば、ノワールがエルフでないことは確かに納得がいく。

 

ただ、先述の通り奴隷商人とノワールが結託していたというのは考えづらい。

 

「ヴェール、エルフの髪色は主にどんな色がある」

「エルフによってバラバラですが、薄めな色が多いです。私たちみたいな緑、青など」

 

そこからの裏付けとしても、男2人が言っていたこととして正しいことはただ1つ。ノワールが種族を偽っている、ということだけだ。

 

「種族を偽る、か」

「ノワールがそんなこと……!」

 

メーアは俺にそう言った。信じたくない、というのはこいつらも同じだろう。

 

「だが、種族を偽っていたことはほぼ確実なんだ。髪色が違うし、昨日のビコテの件についても反応はなかった。そこからも偽っていることは確実だろう」

 

そう言うと、ヴェールが俺を見て言った。

 

「ですが、種族の偽装は犯罪ではありません。他にも偽っている人たちはいますし、それだけで連れて行かれるのはそれこそ違法です」

 

種族の偽装は犯罪ではない、か。

 

俺がその発言を聞いて、1つの考えが思い浮かんだ。それが犯罪でないとすれば、この考えは上手くいくはずだ。

 

「戦うか」

「戦う、ですか?」

 

俺はヴェールにそう言った。

 

「ノワールを連れて行ったのが何か犯罪を取り締まる組織であれば、その証拠不十分を主張してノワールの無罪を、連れて行ったのが違法な組織であればその組織を釣る。どっちにしろノワールは悪くない」

 

ノワールは悪くない。捕らえられたのは理不尽な世界によるものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日から俺たちはノワールの解放のために動き始めた。まずはノワールの行方を街の人々に聞いて回った。幸いにも、俺の信頼が生きた機会だった。

 

「あのメイドさんか」

 

街の人々はノワールの事をみんな知っていた。その影響か、ノワールが連れて行かれた先についてもすぐに分かった。同時に、一つ確信になったことがある。

 

「ご主人様、私たちを売った奴隷商人の方に話を聞けました。ですが、ノワールは見ていないと……」

 

ヴェールがそう言った。何も収穫が無かったかのようにヴェールは悲しそうに言った。だが、それは大きな収穫の一つだった。そう、今までの仮説がいくつか潰れたのだ。

 

仮説① 奴隷商人がノワールとの結託をしている

 これについてはほぼ無くなった。結託をしているのであれば奴隷商人も捕らえられていないと話の辻褄が合わない。だが、まだ一つ否定ができる。まだ捕獲する団体が見つけられていないだけではないか、ということだ。だが、ヴェールが行けたということは人目につきやすい場所、もしくはよく奴隷商売をしている場所。そんなところを捜査しないのは考えられない。

よって、奴隷商人とノワールの間には関係はない。

 

仮説② 捕らえた団体が正規に認められた団体である

 これは確実にありえない。

理由として、まず先述の通りわかりやすい場所を捜査しないのは考えられない。また、正規に認められた団体であれば街の人が知っているはずだ。それでもノワールを見ていないのは怪しい。

よって、捕らえた団体は違法の下にある団体。

 

以上の2つの仮説が消えた。よって、残った仮説は、「違法な団体によって、不当にノワールは捕らえられた」という仮説だ。もうこれでほぼ確証に近いが、まだ証拠が少ない。まだ否定できてしまうのだ。

 

まず、ノワールのいる場所。これが不明な以上、そもそも「捕らえられた」という説に間違いがある。最悪の場合、ノワールは海に捨てられた、という場合だってある。

 

次に、他にも正当な理由がある可能性だ。俺たちは「種族偽装」という、犯罪でないものから不当であると決めつけているが、仮にノワールが犯罪を犯していた場合、それは違法な団体でも、正規団体に身柄を渡せば正義になる。

 

これらを調べるために、メーアはずっとノワールの行方を捜している。街の人たちも一部ではあるが探してくれている。

 

「ヴェール、俺たちは街の外を探そう」

「はい、ご主人様」

 

俺たちは街から出た。もしかしたら街の外まで連れて行かれた可能性があるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 日も傾き始め、空は薄暗くなってきた。暗い中で捜索するのも効率が悪い。現実世界の警察だってそうだ。暗闇の中で行方不明者の捜索はしない。

 

「ヴェール、あと少し探したら帰ろう。暗い中で捜索しても俺たちも危ない」

「そうですね……」

 

俺たちはこの周辺をくまなく探した。

 

が、現実は非情だ。手がかりもなく、俺たちにはタイムリミットが来てしまった。俺達は街に戻る。ノワールはまだ無事だろうか。きっと1人で寂しくしてるだろう。

 

「うわっ!」

 

ヴェールが俺の後ろで突然コケた。

 

「大丈夫か、ヴェール。足元気をつけろよ」

「はい、すみません。何かここだけ低くて……」

 

ヴェールは足元を見て言った。確かに俺がいるところよりも5cmほどの小さな差ではあるが低くなっているように見える。

 

「妙だな、そこだけ低いなんて」

「そうですね。どこまで低いんでしょうか」

 

俺とヴェールは帰り道から外れ、低くなった場所を辿ってみた。

 

細長く続いていて、それは街とは反対の方向に伸びていた。帰るための道ではないのか。

 

すると、30mほどで再び高さは戻った。曲がっている様子もなく、そこで終わっていた。

 

「なんでしょう、この不自然な窪みは」

「さあ……だが、確かに不自然だな」

 

俺が窪みの終端にいると、街の方からメーアが大量の人を引き連れて向かってきていた。

 

「ご主人様!なぜここに?」

「メーアこそ。なんでここにいるんだ。しかも大人数で」

 

メーアは俺の問いに答えた。

 

「こちらのほうに引き摺られた痕がありまして。街の中で見つけたら、何か窪みを見つけたので」

「この窪み、確か……」

 

街の人のうち1人の中年男性が言った。

 

「どうしたんですか」

「あぁ、この窪み、たしか大昔に拷問所があった場所へのトロッコが通ってたんだ。もう半世紀以上前になるが……」

 

拷問所へのトロッコ、か。言われてみればたしかにトロッコの線路が丁度引けそうなスペースだ。

 

「その拷問所は今どうなってるんですか」

「もう残っていないよ。30年前に法改正で犯罪者への拷問は禁止されたし、それとほぼ同時に無くなった。跡形もなく、な」

 

跡形もなく残っていないのならあまり情報はないか。だが、1人が口を開いた。

 

「それなら、俺の武具屋に写真があるはずだ」

 

言ったのはガルディーだった。

 

「本当か」

「あぁ。少し待っててくれ、持ってこよう」

 

ガルディーは武具屋に写真を撮りに戻った。だが、少し気味が悪いな。何せ、拷問所が昔あった、というところに薄暗い中でいるのだから。

 

「拷問所ではどのようなことを」

「俺も詳しくはないんだが、噂だと軽い首吊り、係員による暴力、酷い場合だと殺害部屋もあったらしい」

 

首吊り、殺害部屋……どこか隠れてやるような行為ばかりだが。

 

 

 

 

 しばらくしてガルディーが戻ってきた。写真は薄汚れているが、拷問所が確かに確認できた。

 

「ん、トロッコ、地下に潜ってないですか?」

 

ヴェールが写真を指さして言った。それは丁度このあたりで、拷問所は地下にも広がっていたことがわかった。

 

「ま、待ってくれ。たしかに地上施設は解体されたが、トロッコの道が残っている。それに、ここで終わってるんだろう?地下に入っていくところで」

 

街の人が怯えながら言った。その瞬間、俺たちに恐怖が襲いかかってきた。

 

そう、誰もが思った。拷問所は完全に"跡形もなく"消えたのではない。地下に続く道を隠し、地上施設"だけ"を解体。地下施設は入口を埋めることで解体費用を削減、同時に、地下には法改正から30年経った今も拷問所が残っている……

 

「まだ、この下には……」

 

俺達は全員揃って悪寒がした。

 

 

 

 俺たちはこのトロッコの道の終端を弄ることにした。だが、案の定すぐにものは見つかった。はしごがあり、それを降りていくと松明で灯された、冷たく岩で囲まれた空間。それは見るからに怖く、今も人がいる様子を表していた。

 

「こ、これは……」

「ご主人様……」

 

ここにノワールがいるかもしれない。俺とヴェール、メーアはその冷たい空間の奥へ足を進める。その後ろを、大勢の街の人々もついてくる。

 

気味の悪い空間だった。嗅いだことのないような強烈な匂いに、蜘蛛の巣が張られた壁や天井。

 

「ご主人様!」

 

メーアが俺を呼ぶ。俺がメーアのもとに行くと、そこには錆びて朽ち果てたトロッコが雑に置かれていた。きっと、30年前に使われていたトロッコだろう。

 

「やはり、ここが拷問所でいいのだろうな」

 

俺はトロッコを横目にさらに奥へ進む。

 

すると、前を歩いていたヴェールが急に立ち止まった。声も出さず、硬直していた。

 

「どうした、ヴェール」

 

俺がヴェールに話しかけると、ヴェールは自分の足先を指さした。みんなが視線を落とすと、そこにあったのは、死体だった。

 

白骨化していて、頭蓋骨も少し潰れているように見える。これが、殺害部屋で殺された人だろうか。

 

「お、おい!あの部屋!」

 

街の1人が声を上げた。その人は部屋を指さしていて、俺はその方向を見る。

 

そこには、言葉に詰まるような光景があった。天井から吊るされた鉄製の金具が、骨を吊るしていたのだ。何とも気味の悪い光景だった。

 

その奥には、まだ肉のついた人だってあったが、それも腐り、強烈な悪臭がする。これが、拷問所か……

 

「ご主人様!ノワールです!」

 

俺はヴェールについていった。腐った死体の横を通り、奥にいたのがノワールだった。首を吊られ、今にも殺されてしまいそうだった。もう動いておらず、意識を失っているようだ。

 

「ノワール!」

 

俺はノワールのことを抱き上げ、首につけられた金具を壊そうとした。

 

「クソ、なんで壊れないんだよ……!」

「シュウ、俺がやろう」

 

ガルディーが俺の隣に来た。ガルディーは金具ではなくそれにつながっていた鎖を掴んだ。

 

「これを壊せばとりあえず動けるだろう」

「そうか……!」

 

ガルディーは鎖を引きちぎった。ノワールのことを俺が支え、俺たちは出口に走った。まだ犯人がいるかもしれない。俺たちは全員で出口に向かって走った。

 

 

 

 だが、そんなに事は上手く進まない。

 

犯人たちに見つかってしまったのだ。2人組で、ヴェールとメーアが言っていたのとも重なる。

 

「返してもらおう、その偽装人間を」

 

俺はノワールを背中におぶった。

 

「断る。こいつは俺のものだ」

「そうか……なら、力技で取り返させてもらおうか!」

 

男2人組は俺に突撃してくる。このままぶつかると俺はどうしようもない。物理攻撃の低い俺は接近戦にはめっぽう弱いのだ。

 

だが、こんなときにも味方はいる。

 

「スターウォール!」

 

メーアが水の壁を作った。男2人はそれに阻まれ、その先には来れなかった。

 

これで俺の得意となる遠距離戦に持ち込める。俺は手を前に突き出し、魔法を使う。

 

「ディープサークル」

 

対抗しなければこれで終わるが、もちろん終わるはずはない。

 

「スキルブレイク!」

 

聞いたことのないスキルだった。俺は咄嗟にまds使っていなかったスキルを使う。

 

「ブラックディグ」

 

すると、男2人はその場で硬直。そして、黒い壁によって隠されたあと姿を消した。もうこいつらは殺していい。俺はそのあと、言い放った。

 

「心を喰らえ、我が魔法よ」

 

男2人のうめき声が聞こえたと思うと、魔法は終わった。

 

男2人は闇の中で消えていった。ブラックディグは、対象を行動不能にしたあと、喰らう対象を俺が言うとその対象を喰らう。心は、心臓。心臓を喰らえば生き残ることはできない。

 

「みんな、急いで上がろう!」

 

俺はみんなにそう指示した。

 

 

 

 

 上に上がったときにはもう外は薄暗いどころか真っ暗だった。外に出てすぐに解散した俺たちは、まずギルドに向かい、今回の事件の報告に向かった。

 

報告内容は、身内の誘拐、不当監禁、殺人未遂。場所の報告でギルドの受付の人は不思議そうな顔をしていたが、俺が状況を説明することで、「すぐに対応する」としてくれた。

 

今回の不当監禁、殺人未遂では、俺が容疑者を殺してしまったが、正直に言った。だが、容疑者死亡で報酬を渡すことも稀にあるらしく、また俺の殺人は正当なものであり、生かしていてもその容疑者2名は死刑になっていただろう、ということだった。

 

今回は俺の方から容疑者対応の報酬は断り、ノワールの治療代として金貨6枚をもらった。ノワールは魔法での治癒が難しいとのことで、別の街にある大病院で入院、治療することになった。

 

それに、あとから伝えられた。

 

「ノワールは種族偽装と共に、名称偽装もしていた」

 

という事実を。

 

俺とヴェール、メーアは家に帰った。ノワールがいない家はなんともいえない空気に包まれていた。いつもより口数も少なかった。それと同時に、伝えられた事実に少しもどかしい気持ちもあった。

 

「ノワール、名前があったんですね……」

 

ヴェールが小さく言った。俺が名付けたわけではなかった、ということだった。

 

「申し訳ないことをしたな。名前がないと勘違いして……」

 

ヴェールとメーアには名前はなかった。というより、奴隷になると同時に名前は捨てられたらしい。

 

ノワールもそうだと思っていたが、ノワールには奴隷になっても名前はあった。だが、それを隠し、生活していた。

 

「ですが、なぜ隠していたんでしょう……」

「何か理由があったんだろうな。まぁ、無理な詮索も悪い」

 

俺たちは部屋に戻り、今日は寝て終わらせた。

 

 

 

 翌朝、俺は1人でノワールの病院へ向かった。隣町にあったためまだすぐに着くことができた。

 

ノワールは意識こそ戻ったが、まだ自由に動けるほどではないらしい。今は病室で安静にしているとのことで、俺は今日行くことにした。

 

「ノワール、入っていいか」

 

俺がそう言うと、ノワールは「どうぞ……」と小さく言った。俺は病室の中に入り、寝ているノワールの隣に座った。

 

「ノワール、体調はどうだ」

「はい、少しずつ良くなってます……」

 

ノワールも気にしているのだろう。口数は少なかった。

 

「本当は、私人間なんです。エルフじゃなくて。あと名前も……」

 

ノワールは俺を目を合わせないようにして言った。俺はノワールに少し近づいて言った。

 

「ノワール、気にしなくていいからな、今回の件は」

「ですが、名前の偽装はしてはならないことです。名前をつけてくれたあなたにも失礼ですし……」

 

ノワールはだんだん声が小さくなっていった。俺はノワールの頭を撫でた。

 

「大丈夫。俺は君がいるだけでいいんだ。ただ、1つだけ聞きたい」

 

ノワールはコクリと頷いた。

 

「これから、名前はどうすればいい。ノワールでいいのか」

 

俺がそう聞くと、ノワールはまた頷いた。

 

「はい。そっちのほうが、好きですから」

 

ノワールは俺に笑顔を見せた。その笑顔は、俺を安心させるようで、俺も安心した。

 

「そうか」

 

俺はノワールから手を離して言った。

 

「また治ったら病院経由で連絡をくれ。迎えに来る」

「はい。そのときは、ヴェールとメーアも一緒に」

 

俺はノワールにほほ笑んだ。そうして病院をあとにした。ノワールを心配する必要はない。もうノワールは元気になり始めているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから2週間が経ち、ノワールのいる病院から連絡が来た。「ノワールが退院する」ということだった。俺はヴェールとメーアを連れた3人でノワールを迎えに行った。

 

 

 

 ノワールは病院の入口で俺を待ってくれていた。ノワールを見つけるとヴェールとメーアは走っていき、ノワールに抱きついた。

 

「ノワール!」

「寂しかったよ、ノワール!」

 

ノワールは思わず涙を流していた。それを見ている俺の方も、どこかじんわりと来るものがあった。

 

「ありがとう、ヴェール、メーア」

 

ノワールは2人を撫でた。1番お姉さん的な存在のノワールだからなのか、俺から見ても家族みたいだった。いや、もう家族か。

 

「ノワール、ヴェール、メーア。帰ろう、我が家に」

『はい!』

 

3人は元気に返事をして、俺より前を元気よく歩いていく。その真ん中で揺れる黒く柔らかく、安心するものが、俺の目に飛び込んでくる。

 

病院の横の木の葉は緑色に輝き、俺たちを送り出す。

 

外はあのときとは違い、俺たちを歓迎してくれているかのように青く澄んでいた。

 

 







その後の4人


 俺たちは家に帰り、また平和に暮らし始めた。ヴェールが料理、メーアが洗濯などの家事、ノワールが俺の専属メイドとして。

「ご主人様、朝食ができましたよ」
「ご主人様、今日シーツ洗濯しますね」
「ご主人様、手を貸しましょうか?」

3人で俺をサポートしてくれる。

今度は何の偽りもない、普通の"家族"としての暮らしだ。




To be continued……

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