毎週の仕送りがどう考えても実家から来ていない件 作:カンピロバクター卍
私は一人、暗闇の中にいた。
ここはどこなのだろう。
上も下もなく、左右の区別もない。果てしなく広がる虚無の中、遠く遠く、無数の煌めきが浮かんでいる。それは星のようにも、燃える魂の断片のようにも見えた。
まるで宇宙と夢の境界線に取り残されたような空間だった。
そのとき、不意に空間が震えた。
『喜嬉楽、神降誕祝申。挨拶』
言葉とも咆哮ともつかぬ声音が、直接思考へと流れ込んできた。
――まったく、うるさいなぁ。どこの誰だい馬鹿みたいに吠えやがるのは。
あまりの喧しさに眉をひそめて振り返ると、そこには視界を埋め尽くす程の巨大な獣がいた。
それが四肢を折り、私に向かって恭しく頭を垂れていたのだ。
知らない獣だ。
こんな怪人、私は作っただろうか。覚えがない。
しかし私を神と崇めるのは私の作った怪人だけだしな……。
「ねえ、ここが何処かわかる?」
私の疑問に獣は答えることなく、次の言葉を発する。
『神相応座有。此方此方』
獣は尻尾を振りながら私の背を鼻先でグイグイと押し、何処かへと誘う。
「わかったわかった、押さないでね」
獣に導かれた先には、一つの玉座があった。
それは見たこともないほど豪奢で、極大の宝石を惜しみなく散りばめたあまりに派手な代物だった。
玉座は静かに輝き、ただそこにあるだけで「特別」だと告げていた。
獣はそれを指し示し、『吠!』と短く吠える。
「座れって?」
『然然』
……えー、なんか嫌だな。
こういう無駄に派手なのって、私の趣味じゃないのよね。
「ごめん無理」
私がそう断りを入れると、獣はとても悲しげな顔で玉座を壊してしまった。
大きな顎でバリバリむしゃむしゃと。
あー、もったいない。
壊すことなんてないのに。
●
――魔界川崎中心部“魔大樹ニワトコ”・悪魔封印結界建設現場仮設事務所内――
「悪魔殺す!悪魔殺す!」
「その首を神への贄とする!」
「リトルマーズ投擲開始!」
ピカッという太陽が如き凄まじい光で目を覚まし、ドンッという耳を裂くような轟音が脳を突き抜けることで私の意識は完全な覚醒状態へと移行する。
何事かと飛び起きてみれば、ニワトコちゃんの手前で数千のリトルマーズが炸裂し、幾万の悪魔を焼き払っているところであった。
……そうだ、私は魔界川崎の悪魔封じ込め作業の現場視察に来ていたんだったか。
エリアローラーで川崎の悪魔を引き潰した後、私は怪人たちに悪魔封印結界*1をニワトコちゃんの根元に建設するよう指令を出していたのである。悪魔がニワトコちゃんの根元から這い出てこれないように、魔界川崎の調査の妨げにならないようにだ。
そして今は結界の建設中も湧き出続ける悪魔たちを間引く作業中であり、ここはその現場の仮設事務所の中であった。
私はと言えばそんな代り映えのしない駆除作業など見ていられないと、いつもの如く昼寝をしていたのだったが。
それにしても、変な夢だったな。
あのまま玉座に座っていたらどうなっていたのだろうか。
まあ、夢の中の話なのだから、どうこうなることもないだろうが。あの獣には少し悪いことをしてしまったかもしれない。私の為に拵えた玉座だったかもしれないのに、あんなにばっさり切り捨てることはなかったかもな。
それにしても――
「――臭い」
何故、事務所の中に腐肉の臭気が充満しているのか。
私の寝ころんでいたソファの真横に置かれた血まみれの袋は一体何なのか。
恐る恐るその袋の口を開けてみれば、悪魔の生首がゴロゴロと!
「うわッ」
最近は死体も見慣れてきた私だったが、流石に少し慄いた。
――こんなことをするのはムルムルとフルフルだけだ、間違いない。
あいつ等は猫か何かなのだろうか。作るときに猫の因子など混ぜた記憶はないのだが……いや、ムルムルにはチーターとか混ざってたっけ。いやしかしフルフルは……。
「いやー、いい汗かいたわい!……ってクサッ!!!!」
とその時、作業着姿で獣臭をムンムン匂わせながらスターちゃんが事務所に帰ってきた。彼女は悪魔の腐肉が放つ強烈なにおいに顔を顰め、「ムルムル~!殺すぞ~!」とご立腹である。
スターちゃんは獣娘ゆえ、嗅覚は人間の一億倍も敏感だ。きっと私以上の苦痛を味わっているに違いない。
……というか、スターちゃんの中でもムルムル姉弟は「そういう認識」なんだね。まあ、いいけど。
「スターちゃんは外で何してたの?」
換気換気!と慌てふためくスターちゃんに、私は一つ聞いてみる。
「ごほッ、いや、久しぶりに体を動かそうかと思ってのう。悪魔駆除に少し力を貸してやっていたのじゃ」
なんでもスターちゃんは「そんな、CEO自ら!」と止める怪人たちを押しのけ、自らリトルマーズを投擲して遊んできたらしい。
おお、可哀そうな怪人たち。
傍若無人な獣娘が上司とか災難なことだ……上司?今スターちゃん自分をCEOって言わなかった?やっぱりスペース・コンキスタって……。
「おっと、話過ぎたのじゃ」
はぐらかすのが遅いよ。バレバレだよ。いやとっくの昔に気づいてたけどさ。
スターちゃんは「情報は少しづつ開示していくのが醍醐味じゃからの」と言って汗まみれになった作業着を脱ぎ捨てると、事務所奥のシャワー室へと消えていった。
数秒後、スターちゃんがシャワーを浴び始めたことを察知した私は、脱ぎ捨てられたスターちゃんの作業着をおもむろに顔にあてがうと、深く大きく息を吸った。
うーん、汗クサ♡
「見てよ弟、神さまが社長の作業着を吸ってるよ」
「ほんとだ。僕、身震いしちゃうよ姉さん」
悪魔の肉を詰めた袋を担いだムルムルとフルフルが、事務所の入り口からそんな私の様子を見ていた。
ムルムル姉弟特有の大きなギョロ目に見つめられてしまうと、なんだかこちらが悪いことをしているみたいな気分になってくるじゃないか。
「何しに来たの二人とも」
「おすそ分けに来た」
「神さまは瘦せすぎだからもっと食べた方が良い」
食べねーよ!悪魔の肉は!
私を一体何だと思ってるんだ!
「……その肉は要らないから、ゴミ捨て場に捨てて来てね」
「そう、残念」
まったく、興が削がれてしまった。
どうやら結界の建設は順調らしいし、このまま怪人たちに任せても問題なさそうである。つまり私がこのままここに残る理由はないわけで……もう、帰るか。
「私は帰るけど、しっかり励めよ二人とも。あとこれからは悪魔肉のおすそ分けは要らない」
「それはちょっと困る。神さまは下々の捧げものを受け取るべき」
「神さまバイバイ」
私はスターちゃんの作業着を握りしめたまま、トラックマンの助手席に乗り込んでアパートに帰った。
現場に残ったスターちゃんから「ワシの作業着は?」との電話がかかってきたが、それには「知らない」とだけ返した。
●
アパートに帰ると、玄関前に実家からの仕送りが配達されていた。中身は例によって栄養価と保存性だけに全振りしたレトルト食品の山。母の手紙に「ちゃんと野菜も食べなさい」と書いてあって、なんだか泣けるね。
……うちの親、私が邪神パワーを身に着けたとか夢にも思ってないんだろうな。
親の好意は嬉しかったが、しかし金の有り余っている現状で、今更レトルト食品とか食べたくない。
届いたレトルト食品を押し付けてやろうと202号室を訪れた私に、由良部は喜色満面でこう言った。
曰く、ムラサメがつかまり立ちをした。
34歳*2とは思えない童顔の持ち主である彼女も一ヵ月半程度の育児経験ですっかり母親面が板についたようで、ムラサメのことをまるで実子のように猫可愛がりしていた。
給料の未払いについて問い詰められるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしていたが、衣食住を無料で提供しているおかげか特にそこについては言及されなくて一安心だ。流石は3か月前までガチニートだっただけのことはある。
……それはそれとして、なんだかムラサメを実験に使ったり解剖したりとか言い出す雰囲気じゃなくなっちゃったな。
「ムラサメは凄いんですよ!まだ一歳にも満たないのに、簡単な言葉だって喋れるようになったんです!それで私のことをママって呼ぶんですよ!」
この様子だからムラサメをうっかり傷つけたり殺しちゃったりしたら、きっと由良部の精神によろしくない影響が出ることくらい私にだって理解できる。もし由良部が地下の小児怪人共みたく地蔵めいた無感情肉袋になると流石に心が苦しいし、なによりそんなのはつまらない。
なんせ週一開催の由良部裸像スケッチ会は、彼女の羞恥心あってこそなのだから!!!!心を壊すだなんてもったいない!
ともあれムラサメの成長は喜ばしい限りだった。
「あ、ところで悠さんは何処へ行ってたんですか?」
「あー、魔界にちょっとね」
「へぇ、例の。世の中不思議なことだらけですねぇ」
エリアローラーの引き起こした超巨大地震で我がアパートの敷地内だけが全く被害を受けなかった事実から、由良部にはもう諸々を隠し立て出来ないと判断した私は、私とスターちゃんのことを洗いざらい話したのである。
(スターちゃんは記憶操作を推奨したが、却下した。)
当然最初はあまり信じてくれなかった由良部だが、ムラサメが腕から刀を生やしているのを目撃したことで信じざるを得なくなったようで、今ではすっかり私の話を信じてくれるようになった。
だから魔界に行ってきたなんて言っても、ご覧の通り慣れた反応を返してくれる。
「でもまさか、川崎が魔界になってたなんて驚きですよ。テレビでも、突然川崎と連絡が取れなくなったとか、時々悪魔みたいなのが市街地に出てくるとか報道されてましたけど……」
――そう、魔界川崎は情報統制もされず、今もテレビで普通に取り上げられていた。
そりゃまあ、謎のサイコフィールドで人間の侵入を阻害していたとはいえ、中身は丸見えだったしね。悪魔の一匹や二匹目撃されても仕方ないという話だった。
日本政府も大慌てだったみたいだが、しかし祥子ちゃんとスターちゃんの張ったサイコフィールドを貫通できる現代兵器は存在しなかったために事態を収拾することも出来ず今の今まで沈黙を貫いている。
まあ、このまま私が川崎を実効支配してやるから指を咥えて見ているが良いよ。
この前手に入れた“なかったこと”にする《力》と怪人軍団さえあれば、最早国家転覆も、果ては世界征服だって夢ではない。
実際にやるかどうかは置いておいて、やろうと思えば今すぐにだって日本を支配できるだろう。
……やらないけどね。
立ち話もなんですからと由良部に促されるまま部屋に入ると、何故かムラサメに刃を向けられた。
「ママから離れて!」
と叫んで泣かれた。
なんでや。