『初』のライブは、最終試験の当日に行われる。
最終試験との一番大きな違いとしては、一般の人。この学園とは関係のない人でも、そのライブを見に来ることが出来る事だろう。
夕方という事もあり、篠澤さん以上に落ち着かない気持ちで過ごしていたが、時間というのは平等に過ぎて行くもので、ついにライブ本番となった。
既に篠澤さんを送り出し、自分はライブを見るべく観客として、観客席の後方側に位置取る。
ここなら他の観客の邪魔をしない。
篠澤さんの番付近になるが、辺りにほとんどいない。
それはそうだ。メインステージや他のサブステージで成績がいいアイドルがライブをしているのだ。わざわざ最終試験の結果が三位だったアイドルを見に来ようとするもの好きはそう多くない。
それに篠澤さんの体力づくりの為、外部での仕事を殆どせずに、レッスンに集中させていたため、外部の人には殆ど彼女の存在を知られていないことも、この観客の少なさの要因の一つになっていることは否定できない。
もっと外部の人に知ってもらう努力をするべきだと、今更後悔するがどうしようもない。
篠澤さんがステージに上がる。
結局観客は外部の人と思われる大人が三人。
それと、彼女と仲の良い生徒の二人、倉本さんと汐入さんの姿そこにあるだけだった。
ワーストスリー仲間である花海佑芽さんは、おそらくメインステージで花海咲季さんのステージを見に行っているのだろう。
プロデューサーである自分を含めて五人、それが彼女の初めてのライブの観客だった。
彼女の曲が始まる直前、背筋に冷たいものを感じずにはいられなかった。
遠くから、歩いてくる存在に近づいたからだ。
その人物は、他の観客と同じようにステージの近くに寄るわけではなく、こちらに向かってツカツカと真っすぐ歩いてくる。
「久しぶりじゃのう」
……学園長だ。
どうして、こんなところに?
「……お久しぶりです」
なんとか返事をするが、正直に言えば学園長には苦手意識がある。
あそこまで、打ちのめされた相手に、苦手意識を持つなと言う方が無理な話ではあるけども。
「そう緊張をせんでもいい。わしも、彼女のステージを見に来ただけじゃからな」
そう気さくに笑うが、こっちはそれどころじゃない。
どうしてこのステージに彼がいるんだ。メインステージの方を見に行くなら分かる。
言ってしまえばメインステージでパフォーマンスをしているのは、この学園での有望株だ。
わざわざそんなアイドル達の視察を切り上げてまで、最終試験三位のアイドルのステージを見に来る理由なんて普通に考えればない。
……出来れば、篠澤さんが作詞の際に他の人に話を訊いていた時に、自分にも話を訊きに来たから気になったというだけであってくれと願うが、真っすぐに僕の方に来ている時点で、それも考えにくい。
ただ、一つあるとすれば、あの中間試験での苦言ぐらいだろう。
あの時からどの程度成長したのか、見定めに来たのだ。
「そうでしたか。では、是非楽しんでください。彼女らしい、ステージを見せますので」
それなら、僕に出来ることはもうない。
ただここで謙遜するのも、今から篠澤さんに対する侮辱だ。
なら、ここは精一杯強がるのがプロデューサーとしての務めだろう。
「ほう、そうか」
興味深そうに、学園長はこちらに視線を向けるが、その直後ステージから流れる音を聞き、そちらへと向き直る。
「……これで勝負すんじゃな」
彼はその曲のイントロを聴き、そう呟いた。
「ええ、その方が篠澤さんの為になると思ったので」
流れ始めたの曲は『初』。
持ち曲を持っていない、アイドル達が最終試験でパフォーマンスした曲だ。
今回、僕は篠澤さんの為に曲を作らなかった、いやより正確に言えば作ることが出来なかった。
最初、僕があのノートを貰った時、五拍子や七拍子などに代表される変拍子で構成され、さらに曲の中で何度も拍子が変わる曲を作曲するつもりだった。
その曲の中で、つまらない世界を抜け出して、新たな世界へと飛び出す人物の曲を作ろうとした。
ただそれは、今の自分では綺麗な曲として形に出来ない事を早々に察した。
オーソドックスな形の曲ならともかく、変拍子を混ぜつつちゃんと曲として聞けるように作り上げるのは非常に難易度が高い。
その曲をさらに歌えるようにして、メッセージ性もある曲を作るとなれば尚更だ。
だから、僕は別の方向で攻める必要があると考えた。
そこで思いついたのが、彼女の求めているものだった。
彼女は苦しくて、ままならない日々を求めている。
それならばこの『初』という舞台で、一番アイドルとして相応しい曲はこの『初』しかないと思ったのだ。
他のアイドル達も歌う、この『初』で真剣勝負することこそが一番彼女のためになる。そう思ったのだ。
事実、最終試験前に彼女はこうも言っていた。
「最後まで全力を尽くして、それでも上手くいかなかったとき。はじめて込み上げてくる気持ちがある。そう、信じてる。わたしは、それが欲しい」
これはノートにも似たようなことが書かれていた。
僕が作った曲、それが要素として入ってしまうと、彼女の全力だけで戦ったとは言い難い。言ってしまえば、彼女のパフォーマンスは完璧だったが、自分の演出のせいで負けてしまったという、言い訳の余地が産まれてしまう。
篠澤さんであれば、もちろん僕の歌を言い訳に使ったりしない事は理解出来ている。
ただ、それでも、純粋な彼女の全力が見たかった。
その上で、他のアイドル達にどの程度太刀打ちできるのか知りたかったのだ。
正直に言えば、勝ち目は薄かったと思う。
なんせ入学当初では、準備運動すらやりきれない生徒だったのだから。
これまでの間に彼女もアイドルとして成長しているのは間違いない。ただ他のアイドル達だって、成長し続けている。
一般的なアイドル達から一周遅れ、いや、五周も六周も送れている状況で勝つことは難しい事だと思っていた。
もちろん、だからといってレッスン計画などに手を抜いた気持ちはない。トレーナーさんとは時間がある限り話をして、篠澤さんに適したレッスンをしてもらったし、こちらでも彼女に役立ちそうなことは何でもした。
そうしないと、真に彼女が全力を尽くしたことにはならないだろうから。
正真正銘の真っ向勝負。それが最終試験ひいては、このライブでの作戦……いや作戦ともいえない戦術だった。
それでこのライブを勝ち取ったのはもう奇跡というしかない。
今行われているライブでは最終試験での疲れが残っているのか、篠澤さんの息も持たなず、体力も持っていない。
そんな疲れからか、音程も外しており、レッスンの時の八割程度の力しか出せていないだろう。
だけど、こうしてステージの上でパフォーマンスをする篠澤さんは今まで見てきたどんな彼女よりも綺麗で、魅力的だった。
彼女に見とれている間に『初』を歌い終わり、息も絶え絶えと言った様子だが、彼女はまだ立っている。
この遠くからでも彼女が限界な事は分かる。
そんな中でも、ちゃんと篠澤さんは一礼する。
見ていた観客からは拍手が聞こえる。
「篠澤さん、素敵でしたわ!」
「よいステージでした」
見ていた倉本さんと、汐入さんからそんな声が聞こえてくる。
その声は、当然篠澤さんにも聞こえていたようで、彼女達に小さく手を振ってから、ステージから降りていった。
良いステージだった。
僕は今まで見てきてライブの中で、今見た篠澤さんのステージが一番良かったと断言することが出来る。
歌もダンスも、まだまだ改善点は無数にあった。
ただそれでもこのライブの事は、生涯忘れることは無いだろう。
「……なるほどのう」
立派なあごひげに触れながら、学園長は言う。
……そうだ、忘れてた。
まだこの人が居たんだった。
今度はいったいどんな言葉を貰うのだろうかと、ビクビクしながら次の言葉を待つ。
「どうして『初』で勝負しようと思ったんじゃ?」
「最初は中間試験と同じよう、曲を作ろうと思ってました。彼女をイメージした、彼女の為の曲を。ですけど、今の僕ではそれが叶わないことが分かったので、それなら下手な小細工をするより、正々堂々と勝負した方が彼女のためになると思いました」
下手に取り繕うことなく、全て真実を話す。
「ふむ、そうじゃったか。さっきのライブ。明らかに篠澤広君は体力が不足しておった。その影響でダンスも歌も決して良いものとは言えんかったのう」
学園長の言う通りだ。
何とかパフォーマンスしきっただけ。
もっと篠澤さんの良さを出せるところはあったし、レッスンの内容だって自分の考えた最善を提案してきたが、本当に最善だったかわからない。
もっと篠澤さんが体力をつける方法だってあったかもしれない。まだまだ彼女のためにやれることだってあったはずだ。
「じゃが、良いパフォーマンスじゃった。中間試験から、ちゃんと担当のアイドルと話し合い前に進んだことがよくわかる、良いステージじゃった」
「ほ、本当ですか?」
「もちろんじゃとも。こんなことで嘘をついてどうなる?」
その言葉にほんの少しだけ報われた気がした。
最善では無かったかもしれないけども、少なくとも僕のやってきたことは間違いではなかったと、肯定されたのだから。
「これからの君達に期待しておるよ」
学園長はそれだけ告げて、去っていく。
そうだ、これからだ。
無事に『初』は終わった。ただ篠澤さんをプロデュースする日々は終わらない。
これから汐入さんをスカウトしないといけないし、もう一人リーダー役としてスカウトする予定のアイドルもまだ決まっていない。
ユニットのメンバーが三人になればメンバー間の仲だったり、どういった売り方をしていくのかなど考えるところは無数にある。
きっと自分の実力が足りず、うまく行かない事も多々あるだろう。
ただ、それは篠澤さん流に言わさせてもらえば、ままならない日々という奴だ。
そんなままならない日々を彼女と共に歩んでいく。
きっとそれは、楽しいだろう。
――そんな未来に想いを馳せながら、僕はライブが終わった後の篠澤さんを労うべく、一歩目を進めるのであった。