入学式の日に出会った少女は。
 弱々しくも美しい、真っ白なアイドル候補生だった。

 これは鋭利で敏感で、過敏に潔癖で繊細なコンプレックスの塊と、鱗粉を振り撒いて歩く、清廉な妖精の物語。

 “彼女には、二度と会わない。
 俺と篠澤広は、これから一度も重ならずに生きてゆく”


「……また会えたらいいね」

 ネタバレ要素は特に無いです。

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だってあなたは、わたしを愛している。

 初星学園の入学式では、ある意味新入生よりも、表向きには参加を強制されていない在校生の方がよっぽど、目が血走っている。

 既に活動を始めているアイドル科の生徒は自身の敵になる女の姿を値踏みしていたり、逆にユニットに引き入れたい新メンバーを探していたりする。

 その一方、プロデューサー科の生徒は当然、自身がプロデュースするアイドルの品定めを行っているのである。

 これはあくまで持論だが──アイドルというのは不思議なもので、その素質のある人間は、ただ座っているだけ、ただ立っているだけで、何かしらの雰囲気を放っているものだ。

 目立つ、とは少し違う。

 目を引く、なのだ。視線を集めているのではなく、結果として視線が集まってしまう。そんな魅力がある。

 それは、必要不可欠な素養という訳では無い。

 ただ、プロデューサーは誰だって大なり小なり、そんな存在感を欲しているのではないだろうか。そしてそれは、入学式の段階ですら、自ずと見て取ることができる筈だ。

「……」

 斯く言う自身だって、そうだ。

 プロデューサーは誰だって、自身の手で世間に名前を轟かせるアイドルをプロデュースしてみせるという野望を抱えている。

 ナンバーワンのアイドルを、頂点で輝く一番星を、己の手で排出することを夢見ている。

 

 その為には、最初からある程度素質のある人間を選んだ方がよっぽど効率的だと、俺は信じているのだ。

 勿論、頭では、素質や見た目では分からない魅力を持っている人間がいることも分かっている。誰だって輝くものを持っているのだと知っている。

 だが、その魅力は、表面の華やかさだけが求められる職業に向いているとは言えない。隠れた素質だなんて、素質が無いよりも厄介だ。目に見えない魅力を世間にアピールできるようにプロデュースするだなんて──ただ能力が高いだけでは足りない。莫大な運と、将来を切り崩すだけの余裕と、絶対に折れない意志があっても尚、絶対に成功すると確約することはできないだろう。

「…………」

 その挙げ句に、本人の意志に合わない道を進むこともある。上手くいくはずがない。

 人生が懸かっているのに、夢が懸かっているのに、そんな丁半博打が打てる訳が無い。

 その結果不幸になって惨めな想いをする人間が、どれほどいると思っている。努力も、夢も、その場合はただただ残酷なだけだ。

 

 そんな具合に、普段から考えている酷くくだらない思想を反芻しながら、講堂へと向かっている道中だった。

 

「…………起きて」

「ん……」

「入学式、始まるけど」

 

   趣味の悪い人形だと思って、一瞬だけ見逃そうとした。

  それが微かに寝息を立てて胸を上下させているのを確認して、二度見した。

 それが見知った顔でもなければ制服を着ている訳でもないことに気付いて、こうして再三身体を揺さぶって、ようやく彼女は目を醒ます。

 

「おはよう」

「……おはよ……う……」

「……一年生?」

「そう」

 

 廊下に設置された粗末なソファに座っていたのは、骨と皮しかない、唐傘みたいな女だった。

 理科室の人体模型の方がまだ丈夫なのではないかと思えるほどに、彼女は痩せていて、弱々しい。

 色素を喪失したような真っ白な髪。覇気の無い目。二十日鼠のそれに似た、浅い呼吸。隙間風に掻き消されそうな、小さな声。

 

 くあ、と、欠伸と一緒に伸びをする彼女を、無意識の内に見定める。

 

 アイドルとしての魅力は──案外、あるかもしれない。顔は妖精に似た雰囲気で美しいし、独特で幻想的な雰囲気を持っている。見ていて不安になるくらい細いのはどうかと思うけれど、彼女の雰囲気と合わせれば、幾らでも誤魔化しようはあるだろう。

 一曲でも歌いきれるか、……一曲すら踊ることができるのか。

 それは一旦置いておいて。一番大事なことだけれど、それを差し引きさえすれば──見た目だけなら、本当に魅力的だと感じる。

 美人を見慣れている自信はあるけれど、それにしたって。どこかエキゾチックで、どこか浮世離れしていて、どこか儚くて。──妖艶で、可愛らしくて、清廉で、綺麗だ。

 汚れを知らない紋白蝶。

 限りなく透明な天使である、クリオネ。

 ぞっとするほどの畏敬を持つ、白蛇。

 そんな印象は──特異的で、印象的で、唯一無二。

 

 ……いやまあ、アイドル志望の生徒なら今頃、皆体育館に移動しただろうし。

 そもそも見るからに体力の無いこの女の子がアイドルなんて──贔屓目抜きにも有り得ない。そもそも入学試験に落ちるはずだ。初星学園はそんなに甘い世界ではないのだと、身を以て知っている。

 

 そんなところか。

 ……少し失礼過ぎるか?

 

 勝手に思い直して、ふと視線を戻すと──彼女は自分で起き上がることが難しいらしく、未だぷるぷると悪戦苦闘を続けていた。

 どんだけ貧弱なんだと率直に思いつつ、手を差し出して、声をかける。

「余計なお世話かもしれないけど、プロデューサー志望なら、今日の入学式くらいは見といた方が良いんじゃないかな。どんなアイドルの候補生がいるか、見定めないと。今年じゃなくても、来年は我が身なんだし」

「……え?」

 すると彼女は不思議そうに手を取って、反対の手でずり落ちたカーディガンを肩まで持ち上げながら、何でもない様子で答えた。

「……わたし、アイドル科、だよ。今年から、アイドル候補生」

 

「……入学式……?」

「ふふ」

 

 彼女は蚊の鳴くような吐息で笑って──ほぼほぼ呟くみたいな声色だったけれど──胸を張った。

 何も自慢できない、薄い胸を。

 何にも釣り合わない不敵さで。

 

「勿論、講堂には頑張って向かおうとした。でも、学園は広い」

「……そうだね」

 ふぁす、と、衣擦れの音がした。

 彼女が、丈の長いカーディガンの裾を捲って、露出している太腿を示した音だった。

 見た目だけは活発なホットパンツから伸びているのは、病的に青白く、致命的に窶れている、細い細い二本の足。

 艶かしさの欠片もないそれをそっと押さえながら、彼女はやはり自慢げに言う。

「辿り着く前に脚が攣った。それで少し休んでたら、いつの間にか、今まで歩いてた分の疲労で寝ちゃってた」

「嘘だろ。ナマケモノでももう少し何とかなる」

「ひどい。……でも、嫌じゃないよ」

「なんだこいつ」

 言っている内容も、それを裏打ちするような身体的特徴も。その全てに対して自覚が無いみたいに、彼女は不遜だった。

「そう。今はどう?」

「どう、っていうのは?」

「まだ身体が怠いとか。脚が痺れてるとか」

「ふふふ。全身が痛い」

 そりゃそんな体勢で寝てたらそうなるよ。

「……取り敢えず、保健室に行こう。入学式どころじゃない」

「……いいの?」

「別に構わないよ。おぶろうか? 歩ける?」

「……歩く。肩、貸して」

 

 あまりに軽い体重を肩に感じながら、おぼつかない歩幅で、──入学式に背を向けて。

 歩き出す。

 脆い硝子に等しい幼児を相手にしている気分で、歩いていく。

 

「あなたは、プロデューサー科の人?」

「そうだよ。内部進学組じゃないから、ここにはあんまり慣れてないけど」

「……ふふふ。わたしと一緒だね」

 

 そんな場合では無いというのに、何故だか彼女はとっても楽しそうだった。 

 先程まで寝ていたのが嘘のように、少し歩いただけで息が上がって、本気で苦しそうだ。その歩みの頼りなさは、気まぐれに手を離すだけで、途端に崩れてしまいそう。

 だと言うのに、やはり気持ちが悪いくらい、彼女は安らかな表情を浮かべている。

 何かがたまらなく嬉しいといった様子で、微笑んでいる。

 

「……わたしの名前、聞きたい?」

「急に何」

「……わたしの、名前は、……篠澤、広」

「広?」

 

 尋ね返したのは、息切れの間に差し込まれた彼女の自己紹介は、殆ど聞き取れなかったからだった。

 廊下に誰もいない今ですら聞き間違いを疑うほどに、彼女の言葉は不鮮明。活力や溌溂さといったものはいっそ皆無。本気でアイドルになる気なのだろうか。姿勢だけが前衛的すぎる。……体力と筋力のなさが祟って、現在進行系で前傾姿勢ではあるが。

 

「そう。珍しいよね。覚えてて」

 背負い直されながら、彼女は平然と言う。

「……そういう意味ではなかったんだけど。それで、なんで急に」

「覚えておいたら、良いことがあるかも。って、思って」

 

 篠澤広。

 

 この数分で十分に伝わるほどに埒外の、哀れなアルビノ。特異的な弱小動物。

 

 歌っている姿が想像できないくらい、か細い声。

 踊っている姿が思い浮かべられない、弱々しさ。

 

 愛されている姿だけは、どこか目に浮かぶ。

 

 そんな女の名前。

 

「……篠澤さん」

「何?」

「ごめん、ミスった。というか迷った。地図もう一回見に行っていい?」

「ふふふ。ままならないね」

 

 

 保健室の先生に篠澤広を受け渡すと、それなりにすんなりと話は進んだ。

 どうも学園長直々に、彼女について通達が行っていたらしい。曰く──常軌を逸して身体の弱いアイドルが入学するから、面倒を見てやって欲しい、とのこと。

「あ、……鞄、忘れた」

「…………」

 とても失礼だけれど、頭も弱いのでは?

 言わなかっただけ偉いと思う。今まで生きられていたのが不思議なくらい、彼女は抜けていて、全てに無頓着だった。

 

 

「……これか」

 

 彼女が寝ていたソファの横に乱雑に投げ出されていた鞄を持ち上げると、がさりと乾いた軽い摩擦音がした。

 その重力と耳障りが、否が応でも鞄の中身を想像させてしまう。どれだけ鈍感だろうと、分かる。

 

 その瞬間、彼女に向けて脚を運びながら。

 大勢の足音が向かってくるのを肌で感じながら。

 全身全霊を賭けて、神に誓った。

 

 彼女には、二度と会わない。

 俺と篠澤広は、これから一度も重ならずに生きてゆく。

 

 

「……ありがとう、親切な人」

「親切ってほどでもないと思うけど……どういたしまして。ソファで寝るのは良いとしても、鞄はもう忘れないように。盗まれるかも分からないし」

 

「…………そうだね」

 

 

「あ。名前、聞いてなかった」

「……俺の名前は、」

 手切れ金のつもりで、名乗る。

「覚えなくても良い」

 なるべく顔は見ないように。

 

 

「じゃあ、俺はこれで」

 

 

 

 

 

 

 

「……また会えたらいいね」

 

 

 振り返り際に名前を呼ばれて、つい振り返った。

 彼女は、とても安らかな笑顔で、布団からやはり細っこい腕を出して、

 力なく、ふるふると振っていた。

 

 ▲▼▲

 

 話す相手もいないで、一人。

 死んだような目を前に向けて、ただ一人。

 食堂を歩いてゆく。

「先生!」

 どこかで声がして、首を捻る。

 向こうで、女生徒が一人、手を振っている。

 手を振り返して、それからやはり一人で席に着く。

「……人気だね、先生」

「空気を読め、篠澤」

 そして、

 いつからいたのか、陰と色素の薄い女がするりと隣に滑り込んでいた。

「……? 邪魔だった? 誰かと一緒に食べる気だったの? 先生が?」

 誓ったことなんて、彼女の側は知ったことではないらしい。

 そりゃそうなのだが。

 篠澤広は、事あるごとに俺を見つけては隣に座ってくるようになった。三日に一回は顔を合わせているように思えるし、これは純然たる事実として、今初星学園で最も俺と仲が良いのは彼女だ。

 不本意だが。

 本当に。

「一人のつもりだけど。……待って、俺が誰かと食事をするなんて有り得ないみたいな言い方じゃなかった?」

「じゃあ良いよね」

「……一人のつもりだったんだけど。……別に構わんが」

 彼女の盆には、一汁三菜と小鉢を揃えた理想的な献立が並んでいる。

 一方で視線を落とせば、そこには大きな丼が一つだけ。

 何故だか、負けた気になる。プロデューサーの癖に、とか。勝手に、思う。

「……というか、篠澤。お前は俺を先生と呼ぶなよ」

「なんで? 他の子はそう呼んでるのに」

 丁寧に二人で手を合わせて、それから喋りだす。

 相変わらず彼女は声が細くて、きちんと耳を傾けないとろくに会話が成り立たなくなる。特に、人の声の多い食堂のような空間では。

「お前は俺の世話になってる訳じゃ無いだろうが」

「……先生って呼ばれるの、嫌なの?」

「嫌ではない。ただ、筋でもない」

「喜んでくれると思ったのに」

 ちらりと横目で伺うと、彼女もまた横目でこちらを見ていた。──そういうのが好みなんだと思ってた。みたいな目だった。

「……はぁ」

 ……相変わらず、食堂だから当然とはいえ、辺りは生徒の声でうるさい。静かなのは、自身の手が届く僅かな範囲だけだ。

 異常なのはこちらだと知っているから、溜息しか出ないのだけれど。

「そもそも、俺が自発的に始めたことじゃないんだ。根緒先生が気を回してくれただけで」

「ふぅん。嫌なら断れば良かったのに」

「断る理由も無いからな」

「変なの。強情なんだね」

「柔軟と言え」

 

 

「塾の先生をやってると聞きました。立派ですね。プロデューサーとして役立つスキルが身に付きますし!」

「はい。まあ、有名なところの末端も末端ですし、あまり威張れるほど偉くはありませんが」

「そんなあなたに、お願いがあるんです」

「はい」

「良ければですが、アイドル科の娘の試験対策に付き合ってあげて欲しいんです」

「俺で良いなら構いませんよ」

「よし、話が早い‼ 因みに、プロデュースするアイドル候補生探しにも繋がりますし、学園から少しはお金も出せますし、私が飲みにつれて行ってあげますし、良いこと尽くめですよ」

「人、集まらなさすぎじゃありません?」

「だって、ポスター掲示しても誰も来てくれないんですもん」

「時代を考えてください。……どう考えても立候補できるようなものでも無いでしょうに」

 

「で。返す返すも、俺で良いなら構いませんよ。高校一年生の範囲なら、……まあ物理とか化学とか地理は無理ですが」

「そこはわたしが担当しますので。二人で何とかしましょう」

「……根緒先生って理系だったんです? 凄く文系のイメージがあるんですが」

「あさり先生です。あと、お察し通り文系ですよ。カウンセラーとかやりたかったので」

「……化学と物理、できるんです?」

「数学も高校範囲はほぼほぼ行けます」

「根緒先生って理系なんですか?」

「あさり先生です。文系です」

 

 

 

「……思い出すだけで腹立たしい」

「何。怖いよ」

「いや、悪い。こちらの話」

「ふぅん。……わたしのこと?」

「今のは篠澤の問題じゃない」

「誰の問題?」

 篠澤広は、時折、俺を試しているようなことを聞いてくる。

 俺のことが知りたい、とか。俺にどう思われているのか知りたい、とか。そう思っていないと、当然しないような人間の言動。 

 そう思うのは、自意識過剰だろうか?

 それとも、それは篠澤広だからなのか?

「……根緒先生だよ。これ以上は陰口になるからやめだ」

「悪口じゃないのは知ってる」

「なら良いんだ。俺はあの人を尊敬してるよ。なんだかんだ」

「それも知ってる」

 彼女の盆の上に残った皿を垣間見る。

 もそもそ、もきゅもきゅと、ハムスターと変わらない速度で進む食事。全然減っていない。……いつものことだが。

「先生の授業は、とっても上手だって評判。友達が言ってた」

「友、達……」

「ひどい」

「……篠澤も大体そんな感じだろ、俺に対して」

「あなたには、わたしがいるよ」

「お前、俺の事好きなの?」

「嫌いじゃないよ」

 俺は──。

「千奈と佑芽はよくお世話になってるって」

 

 ……うん。

 千奈、佑芽。

 

「ちょっと待って、思い出す」

「……覚えてないの?」

 彼女は薄目でこちらを見ている。

 呆れたような表情で。それに加えて、少し不機嫌そうに。

 いや、当然だが。

「思い出すことはできるから本当に許してくれ。俺は人の名前を覚えるのが本当に苦手なんだ……」

 頭を抱える。額を押さえる。

 対して篠澤は、呆れたような声色で呟く。

「……倉本と花海。後者は妹」

「……なるほど」

「思い出した?」

「思い出した。なんて言ったら良いんだ、えと……姿勢が綺麗な黒髪の子と元気な茶髪の子」

 恐る恐る、表情を伺う。

 果たして、先生はどっちなのだろう。

「……前者はあってる。多分。後者は微妙」

「補欠合格の子」

「ふふ。先生も、ぎりぎり、補欠合格」

 ……得意げに味噌汁を啜りながら、彼女は言った。

 自慢げに、得意げに。今だけは本当に妥当だが。

「殺せ」

「わたしじゃ無理。でも、佑芽ならできると思う」

「友達を殺人犯に仕立てようとするな」

「わたしは何度か殺されかけた」

「友達じゃねえよそんなの」

 

「何にせよ。わたしの友達のこと、これからよろしくね。先生」

「……お前は良いのか、篠澤」

 

 篠澤広は、──出会ってから、約三週間程度か。

 それ以来、初めて見せる表情で。

 心底理解できないという様子で、首を傾げた。

 

「どういうこと? なんで?」 

「聞くところによると、トレーニングの後の授業なんて殆ど出ていないんだろう。成績は大丈夫なのかなって心配するのは、寧ろ当然だと思うが」

「……」

「アイドルとしての才能のことは分からないけど、試験はある程度点数取らないと後々面倒だろうに。苦手な科目とか無いのか?」

「体育」

「そりゃ見たら分かる。座学だよ、座学。ほら、理系科目なら根緒先生もいるしさ」

「……ふふ。必死だね。そんなにわたしのこと、好き?」

「お前のことはあんまり好きじゃないよ」

 ──本当は、嫌いとまで言い切りたいくらいだ。

 しないけれど。

「ただ、別に好きだから心配するなんてことは無いし、嫌いだから心配しないなんて道理も無い。純粋に受け取れ」

「……そうかも」

 

 顔は見ない。

 もう二度と同じミスはしない。

 どうせいつも通り不遜な顔で笑っているんだろう。なのに、……。

 

「だけど、わたしは大丈夫。ありがとう」

「強情はどっちだ。……本当に。いつでも受け付けるからな」

「……分かった。考えておく」

 

「あと、食べきれないから、これ、食べて」

「だと思ったよ。もうちょっとくらいは食べられないのか? それこそ花海さん? くらいとは言わないけどさ、筋力とか付けようぜ」

「うーん。……飲み薬でお腹一杯になっちゃうから、厳しいかも」

 

 

 

「ごめん。俺が無神経だった」

「嘘。ふふ、騙された」

「篠澤、手前が俺の片腕で殺せるレベルの雑魚だってこと考慮して吼えろよ」

「お返し。いじわる、されたから」

「……俺、そんなレベルで笑えないようなこと言ってないよ」

「言った」

 

 その後、篠澤広の食べ残し……というか、彼女が毒見をしたみたいな減り方しかしていない献立を食べ終わるまで。

 彼女はじっとこちらを見ていた。

 

「じゃあ、トレーニング、行ってくる」

「行ってらっしゃい。ほどほどに頑張れよ」

「うん。……楽しみ」

 

 二人分の食器を返しながら、彼女の指す「いじわる」が何だったのか、考え直した。

  先生と呼ぶことにケチをつけたことか。

   倉本千奈と花海佑芽の名前が分からなかったことか。

    友達じゃねえよ、と言ったことか。

     あんまりしつこく勉強会に誘ったからか。

      あんまりしつこく飯を食えと言ったからか。

 

 ──そのどれにしたって、悪いのは俺だった。

 

「……」

 

 いつもいつも、己が嫌になる。

 溜息を吐いて、

 俺は今は、一人だった。

 

 ▲▼▲

 

「見つけた」

「見つけられた」

 月も見えない曇天の夜。

 濃紺の下で、後方から慎ましく袖を引く少女は、相変わらず綺麗な顔をしている。

「遅いね。もう誰かスカウトしたの?」

「いや。相変わらず勉強会だよ。花海さんと倉本さん。今日は数学」

 同じく帰り道らしい。同じ方向へ歩いてゆく、いつもより数段顔色の悪い篠澤広が、そこにいた。

 彼女はすぐに隣に回り込んできて、歩みを進める。ゆっくりと、緩慢に。じれったいメトロノームのように。

「そうなんだ。どうだった?」

「前回よりもよっぽど良かったな。根緒先生の小テストも、二人共点数が大体三倍になってた」

「……前は何点だったの?」

「倉本さんが十五点。花海さん十三点」

 ……初めて見る表情。

 苦虫を嚙み潰したような。

 お前そんな顔できたのか。

「まあ、前進しただけ、良い」

「本当にな。やる気があるならあとはどうとでもなる」

 捻り出したような、苦悶の声だった。

 小さい声でも、やはり感情は豊かに乗るようだった。それだけ仲が良いということでもあるのだろう。

「優しいね、って言ったら、不愉快?」

 終わったはずの会話が地面に落ちる前に、覗き込むように彼女はそれを拾って取り次いだ。

 裾の長い彼女の上着が、風に小さくはためいた。

「……なんでそう思う?」

「なんとなく。当然だと思ってることを無駄に褒められるの、嫌かなって」

「篠澤は賢いな」

「意外。初めて、褒められた」

「……褒めてないことにしたい」

「強情」

「強情だな」

 篠澤広は当然のように、鞄をこちらに押し付けてくる。帰り道に会うときは、いつもそうだった。溜息を吐いて、肩紐を黙って担ぎ上げて、小さな重力と痩せた人影を伴って、人気の少ない路地を歩いてゆく。

 街灯が瞬いた。足音が二つ、並んで響いた。

 

 味気無い宵闇にはすぐに見飽きて、畢竟、俺は篠澤広の姿を見つめている。

 彼女はそこそこ背が高い。少し目線を下げればすぐそこに旋毛がある。それをなぞるように更に見下げて行くと、大抵決まって、こちらを見上げている視線とぶつかる。そして、瞳に引き込まれてゆく自身の意識に気が付いて、すぐに目を逸らしてしまう。

 

 影が差している。

 彼女はモノクロームになって、身の毛もよだつほどの美貌が猶更鮮明になる。

 細い銀糸の白髪の一本一本、真っ白な睫毛の凹凸、陰影で強く強調された整った鼻立ちと唇。そしてただただ二点、陶器の鏡面の中央で煌々と輝く橙色のアルビレオ。

 それは、四谷怪談に登場する幽霊の如く。

 生気が無く、生きているとは思えない。そういった類いの、幻想的な美しさ。

 要は──篠澤広は美しい。

「……見過ぎ」

「……悪い」

「別に良いけど。……ふふふ」

 

「あのね」

「どうした?」

 一通り、相変わらず希薄に微笑んで、篠澤広は前に向き直る。

「どんな人なら、アイドルになれるかな」

「悩んでるのか?」

「ううん。純粋に、考え方が聞きたい」

「この学園に来て、気付いたことがあってな」

「うん」

 返答に、悩みはしなかった。

 普段から考えていることを、そのまま口に出すだけだった。

「少なくとも、入学してここにいる奴は大体、アイドルを名乗るくらいはできるだろうなって思うんだよ。成績の良し悪しは一旦置いておいて、何かしら『こいつは何かが違う』みたいな……オーラって言うのか? そういったものを持ってる人間ばっかりだって感じる。一般社会で百人に一人とか、そういう希少種ばっかり集めてるみたいな」

「なんだか、動物園みたい」

「人間について語ってるときにその言い方は悪すぎる、美術館にしよう。絵画ってどれもジャンルは違えど名作だろ。ただ、モナリザとゲルニカなら前者の方がよく取り上げられるって話で、それがトップアイドルって呼ばれる奴なんだろうなって」

「わたしはエルンストとかダリが好き」

 嫌な気配がする。

 数秒前の自身を呪いつつ、それを悟らせないように、また静かに唇を開く。

「記憶の固執か」

「うん。溶けてる時計、ちょっと共感する」

「変な観点だな……それが芸術なんだろうけど。俺はモネとゴッホが好きだよ」

「ひまわり?」

「それも良いけど。俺が好きなのはラ・スターレンナフト」

「ぐねぐねのやつ」

「そう。ぐねぐねのやつ」

 彼女はにっこりと笑いかけてくる。

 本当に、良く笑う女だ。いちいち心臓に悪い。

 

 篠澤広から見た俺は、どうなのだろう。

 人前では、なるべく笑うようにはしている。なるべく愛想よくしようと思っている。けれど同時に、俺は醜い。醜い顔が無理矢理に笑おうとして、この世の者とは思えない程に醜い様になっているのではないか。美しい篠澤の瞳に映る俺はなんだかもう、ただの汚泥だったりしないのだろうか。

「……じゃあ、初星学園は美術館なんだ。面白い」

「言ってしまえばな。それこそ倉本さんはモナリザっつっても良いかも」

「佑芽はダヴィデ像?」

「そこはせめてサモトラケのニケとかさ」

「ちょっと、猟奇的過ぎるかも」

「俺もそう思う」

「じゃあ、あなたは、……そうだね。叫び、かな。ムンクの」

「俺は別に美術品じゃねえよ。プロデューサーはそれで言うなら学芸員だ」

 

 ……美術が好きな自分に酔ってる、みたいな感じになっている気がして嫌になる。 

 いや、違う。そうなっているのは前提で、それを篠澤広に見透かされている気がするのが嫌なのだ。そんなつまらない奴だと気付かれたくないのだ。

 篠澤広にだけは──そこまで限定してもいいくらい。

 そのくらい、なのか、だから、なのかは分からない。

 分かることは一つだけ。とどのつまり、俺は篠澤広が嫌いだ。 

 

「……じゃあ、わたしは?」

「四谷怪談のお岩さん」

 む、と、視線の先で、彼女は少し不満げな表情。

 そうして、ことんとまた首を傾ける。

 脳が詰まり過ぎて、頭が重いのかもしれない。ふと思う。彼女がそうする度に、長い髪が揺れて、女性らしい清らかな香りが漂って、胸が締め付けられるような気持ちになる。

「わたし、嫌われてる?」

「別に。そう思ってしまったものは仕方ないだろ。……まあ、日傘を差す女で良いんじゃないか?」

「それ、知らないかも。どんなの?」

「見たことあると思うよ。あとで自分で調べろ」

 これ以上美術談義をするのは、なんだかもうボロが出そうで嫌だった。

「まあ、そういう感じでさ」

 なんて言って、酷く適当に、話を戻す。

「だから、篠澤も……いや、お前歌と踊りはできるの?」

「当然、全然できない」

「なんで自慢げなんだよ」

「千奈の真似」

 

「……まあ、どうしてもトレーナーたちに比べるとその辺の技術的なところは詳しくないから、そっちについての素質の話は俺に聞くな」

「プロデューサーなのに?」

「そりゃ自分がプロデュースしてるアイドルだったら色々言うけど、篠澤がレッスンしてるとこ、俺は見たことないからな」

「一回見に来ると良いよ。きっと、笑っちゃう」

 

 ふふふ、と、また笑う。

 その笑みは自虐なのか何なのか分からない。

 ……ただ、不安を無理に取り繕っているとかだったらどうしようとも、思ってしまう。人の心の機微には疎い。もしそうだったとしたら、どんな言葉をかけてやればいいのだろうか。

 

「ま、なれるかなれないかって話だったらあんまり心配しなくて良いんじゃないかって俺は思うよ。歌が上手いとか、踊りが上手いとか、そういう部分は二の次だと思うぜ」

「? わたしは、大丈夫。千奈が、なかなかプロデューサーが見つからないって悩んでるから」

「……そっか」

 珍しく気を遣ったのに、一瞬だけきょとんとした挙句、やはり平然としたまま篠澤広はそう言った。

 そりゃあお前みたいな女に心配事なんてねえだろうよ。とか、言いたくなる。言わないけれど。

「俺の方からも何か言ってあげた方がよさそうかな?」

「それより、プロデューサーになってあげるのは、どう?」

「……俺が?」

「そう」

 

 考える。考える。

「篠澤」

 色々考えたところで。

 そもそも、どう言い訳すれば良いのかということを必死に考えている自分に気が付いて、全てを投げ捨てた。

 

「……ノーコメントで良いか?」

「ごめん。わたしが悪かった」

「これは俺も一つ学びになった。振る側の気楽さに反してキラーパス過ぎる」

「うん。でも、聞かれる機会は増えると思う」

 ひゅうと吹いた風に、彼女の前髪が揺れる。

 その隙間から、やはり橙色の光が漏れ出て、見透かすみたいにこちらを見ている。

「誰か、目星とかついてる?」

「……全然。その話は耳が痛いからやめてくれ。正直吐きそうなんだよ」

「ままならないね」

 

 篠澤広は、とても嬉しそうに言う。ばさばさと長い髪をはためかせながら、前に向き直って。

 そんなに面白いのか、と、冷めた声で言おうとして、やはりやめてしまう。噛み殺した言葉ばかりが溜息になって、風に乗って失せて行く。

 

「……将来の見通しが立たない。そもそも将来のことなんて考えたくない。野垂れ死ぬ未来しか想像できない。このままじゃ駄目だっつっても、現状をどう打破すればいいか分からない。助けてくれ。というか殺せ。そんな状況だよ」

「そういうの、私は好きだよ」

「……嘘だろ。どういう類の変態だよ」

「ほんとだよ。あなたの言う通り、変態なのかも」

 

 大きな寮の影が見えた。

 

 

 彼女は俺と別れて視界から消えてゆくのだろう、と、当然の帰結で考える。

 だから何だという訳でもないのに。何故だか、心臓が揺れている。

 篠澤広の遅い歩幅に合わせているはずのこちらも、彼女と同じように、呼吸が少しだけ乱れている。

 

「ねえねえ」

「どうした」

「どんな女の子が好き?」

「また急だな」

「そうでもない。担当を見つけるためには、大事」

「担当なんて好き嫌いで決めるもんじゃないだろ。大事なのは素質と相性だ」

「……変わってる、ね。素質さえあれば、好きじゃない女の子でもプロデュースするって意味に聞こえる」

「好きな女を上手くプロデュースできる自信も無いのに無理やり担当にする方がよっぽど変わってる。それこそ倉本さんだって俺はよっぽど好意的に見てるよ。ただ、俺じゃ駄目だからプロデューサーにはなれない。もっと上手く倉本さんを演出できる人に任せるべきだ」

「分かった」

「何が?」

「あなたは、優しいとは違うのかも。どっちかって言うと、自虐と寛容って感じ、なのかな」

「そりゃどうも」

 

 寮の門の前で、藤色の髪の寮長が手を振っていた。

 会釈を一つして、立ち止まった。

 隣の少女に、鞄を手渡した。

 

「それで?」

「答えなきゃいけない?」

「強いて言えば、で良いよ」

「……本当に、特段他意がある訳じゃ無いし、特定の誰かを指している訳でも無いって前提で聞いて欲しいんだけど」

「わかった」

 

 篠澤広は、何故だか妙に期待に満ちた目でこちらを見ていた。

 それが、いやに癪なような、そうでもないような、変な気分だった。

 

「俺より頭の良い女は苦手だよ」

 

 正面から視線を合わせて、するりと漏れ出た言葉を吐く。

 彼女はなんだか妙に静かに、首を傾げる。

 瞳が、硝子が光を反射するように揺らめいて、ぱちくりと瞬き。白い睫毛がゆっくりと震える。

 

「……じゃあ、男だったら良いの?」

「まあ、男でも嫌いだよ」

 

 そっか。

 彼女は小さく呟いた。

 暗くて、表情は読み取れなかった。

 

 何故だか、恐れていた。

 彼女がどのような感情を懐くのか。妙に緊張している。みっともないくらいに狼狽えている。

 

「またね」

「会えたらな。……早く寝ろよ」

 

 彼女は手を振った。

 少しだけ振り返して、足早に立ち去った。それは逃げるのと、何も変わらなかった。

 

 ▲▼▲

 

「はい、今日は関数ね」

「授業の進みが早すぎますわ……」

「俺もそう思うよ。初めての試験でここまで出すかね、普通」

 

「取り敢えず余白にグラフ書くことだよ。分かってる情報全部出して、適当に。頭の中だけでやってたらこんがらがるから。ほら、こういう感じで」

「あら、お上手ですのね」

「昔は延々これ書いてたからね。文字は汚いけど許して」

「そんなことありませんわよ?」

「いやいや。倉本さんには負けるよ。……じゃ、解いてみようか。質問あったら何でも聞くからね」

 

 

「そういえば先生は、篠澤さんのことはスカウトなさらないんですの?」

「へ? 篠澤を?」

「だって、篠澤さんからよく先生のお話をお聞きしますもの。随分と仲良しみたいで、羨ましいですわ」

 

 

 

「せ、先生?」

「あ、いや、ごめん。仲良しね。……仲良し?」

「違うんですの?」

「いや、改めてそう言われると違和感があるというか。まあ、仲は良いんだけど。……篠澤と? 仲良し?」

「ふ、複雑ですのね……」

「ここ、計算もう一回やってみて。……というか、篠澤は俺のことなんて言ってるの」

「ちょ、ちょっと待ってくださいまし」

「ああ、ごめんごめん」

 

 

「でも、篠澤さんは先生のこと、きっととっても大好きなんだと思いますわ。いつも楽しそうに先生のことをお話していますもの」

「……そうなの」

「ええ。そうそう、先生は芸術の造詣も深いらしいですわね」

「…………ちょっと引っ込みがつかなくなっただけで、素人も素人なんだけどね」

「良いですわよね、モネ。私も何度か観に行ったことがありますわ」

「………………うん、この話やめよっか」

 

 

「まあ、いいや。勉強に集中しよう」

「……篠澤さんのこと、嫌いなんですの?」

 

 

 

「嫌いじゃないよ、別に」

「なら、良いんですの。安心いたしましたわ」

「そんなに? まあいいや、試験まであと一ヶ月だし頑張ろうね」

 

 ▲▼▲

 

 人を探している。

 いつも、どこかにいる、あの人を探している。

 理性的に考えれば、人よりも体力が劣っているわたしは、あてもないままふらふらと彷徨うなんてことはしちゃいけないのだと思う。今だって、もう全身が痛くて、汗が止まらなくて、めまいがして、眠ってしまいそうなくらいに疲れている。

 それでもあなたに会いたい。率直にそう思って、今もこうして歩いている。幽霊みたいに。

「……いた」

 彼の容姿は、わたしほどではないにしろ特徴的で分かりやすい。

 首筋の半ばからざっくりと直線的に切り揃えられた艶のある黒髪。いつも何かを喰らおうとしているみたいな、肉食獣に似た猫背。気温がどれほど高かろうとお構いなしに、いつだって暑そうな長袖。痩せた身体。

 溜息が多くて、追い立てられているようで、不安そうで、飢えていて。

 前髪を透かして見える藍色の瞳にはいつだって、明瞭な対象を持たない殺意と、言いようのない諦念が宿っている。鋭い八重歯が幻視できるくらい。

  

 彼は空き教室の中で、先生と何かを話していた。

 身体はこちらを向いているけれど、視線は下に向いている。きっと、わたしには気付いてくれないはず。

 

 

「そろそろ担当を見つけなくては……」

「分かってるんですが、まだ決めあぐねていて……」

「悩んでいるうちに、他の人に置いて行かれてしまいますよ」

「……それは、そうなんですけど」

 

 

「……篠澤さんは、どうですか?」

 ‼

「倉本さんといい根緒先生といい、なんで俺に篠澤を押し付けようとするんですか……」

「あさり先生です。あと押し付けるは人聞きが悪すぎるのでやめましょうね」

「……篠澤には、プロデューサーが付かなそうですか?」

「どうでしょうね。中等部の間ノーマークだった子が唐突にプロポーズされた例もありますから」

「プロポーズ?」

「スカウトはプロポーズですよ。その子は指輪を渡されたそうですが、そこまでしなくてもプロポーズなんです」

「なんだかレベルが違い過ぎる奴が出てきましたが一旦置いておきましょうか」

「別に置かなくても。好きな女の子にパートナーになれって言うんですから、そりゃあプロポーズでしょう」

「……篠澤に? プロポーズ?」

 

 

「まあ、無理強いはしませんよ。ただ、わたしはこう思う、というだけですが」

 

「……あなたは既に、プロデューサーの目をしていますよ」

 

 彼はそれでも、俯いたままで。

 右腕で左腕の手首を強く握っている。

 

「……意地っ張り」

 

 ▲▼▲

 

「……こんばんは、なのかな。今の時間は」

「珍しいね。いつも、わたしが話しかける側なのに」

 廊下の角に、彼女は立っていた。

 柳の下で待ち構えている幽霊に似ている気がした。失礼すぎるが。

「待ち伏せしておいてよく言う。無視して帰ってたらどうするんだ」

「無視、するの?」

「……随分信頼してるみたいだけど、俺から言わせたら呑気なだけだ。いつか痛い目を見る羽目になる」

「ふふ。照れ隠し?」

「……世界で一番返答に困る質問をするな」

 彼女は無表情だった。

 感情を読み取れない──というより、意識的に読み取らせないようにしている、そんな努力をしているように見える。

「で。何か用か?」

「なんでプロデューサーになろうと思ったの?」

「急だな」

「ずっと気になってた」

 臓腑が潰れそうな気がしている。

 毒を吐けるほどの元気も無い。それを見計らっているのなら流石は篠澤広だし、そうでないならそれはそれで流石は篠澤広だ。

「……お前、午後の授業は?」

「無いよ」

「そうか」

「ぶらぶらしよっか」

「そんなに長い話じゃない。一言で言える」

 

 ゆっくりと歩き出した彼女の足取りに沿って、同じく足を前へと進める。

 同時に、思考は過去へ遡る。

 

「篠澤と同じ年の後輩がいたんだよ」

「女の子?」

「そう。なんで仲良くなったんだっけな。あんまり覚えてないけど。ともかく、仲は良かったんだ」

「……ふぅん」

「で。まあ、最近だとあんまり珍しくないっていうか、よくある話。アイドルが大好きだったんだよ。CD買ったり、ライブ行ったり。俺はいつも付き合わされてたよ」

 活発な女だった。

 篠澤広とは似ても似つかない。グッズを買うために徹夜したり、ライブツアーを追いかけて日本を縦断したり、体力がどこから溢れているんだと呆れるくらいに元気だった。

「で、当然の帰結と言うべきなのかな。初星学園に入学してアイドルになるんだ、とも言ってて。アイドルの追っかけで授業ずっと寝てるような奴なのにさ」

 吐いた自分の言葉には、自嘲的な響きが聞こえた。

 思えば、この話を口に出すのは、誰かに語り聞かせるのは──初めてのことだったように思う。

「……俺はいつもそいつの受験勉強に付き合ってばっかりだった」

 篠澤広は、つまらなさそうな顔をしている。

 それもそうだろう。俺だってつまらない。誰も、幸せにはならない話だ。

 彼女は少し見上げて視線を送る。見透かすような。射抜くような。

 返す俺の視線は、きっと情けない。

「誰? 知ってる子かも」

「知らないよ。落ちたからな」

 

「その子のプロデューサーになりたかったんだ」

「そうなんだろうな。俺は驕っていたから、一から百まであの女の世話をしてやる気でいたんだと思う。馬鹿だよな」

 

「……だからもう、プロデューサーには、ならない?」

「なるよ。ならなきゃいけない」

「……嫌じゃないの?」

「嫌じゃねえよ。俺が選んだんだ。ここに来て分かったよ。あの女は歌が上手かった。踊りも上手だった。でも、それだけだったんだ。だから、学園長はあの女を弾いたんだろうよ。何も知らなかったから俺はあの女をアイドルにしてやりたかったけどそれは叶わなかったしあの女では無理だってこの学園が認めた以上は俺が割り切るしかないんだ」

 

「……トップアイドルのプロデューサーになってやるって、思ってたんだけどな」

 

「……寂しいね」

「そうかな。それで八つ当たりしてるんだから、同情される程立派じゃない」

 

 

 中庭に出る。

 ベンチに座ると、彼女も隣にすとんと座る。

「疲れた」

「だろうな」

 

「変なポエムだと思って聞いて欲しいんだけどさ、篠澤」

「なに?」

「この年になると、夢はもう義務になってしまうんだな。子供は幾らでも夢を見る自由があるし、次から次に変えたって良い。だけど俺はもうそれが許される年じゃない。俺は淡々と義務を果たすしかなくなる」

「……そうなの?」

「俺がガキだってだけの話だから、あんまり真に受けなくて良いよ。篠澤にはまだまだ沢山未来がある訳だし」

「三つしか違わないのに」

「三つも違う、の間違いだ」

 

 

「じゃあ逆に聞こうか。篠澤はなんでアイドルやりたいんだ?」

「ふふ。その質問を待ってた」

 彼女は笑った。

 久し振りに笑った。

 無感動な瞳がようやく明るく揺らめいて、きらきらとしていた。

「わたしがアイドルを目指すのは、わたしに一番向いてないから」

「……そんなにか?」

「わたしのレッスン、見る? 歌も踊りも全然駄目。トレーナーにも呆れられたり、怒られたり、そんなことばっかり」

「……そうか」

「うん。それが、堪らなく楽しい」

 生憎、俺が彼女のレッスンを見学するなんてことは、今までも、これからも、有り得ない。

 それを見てしまって、心が折れるのが怖い。

「言ってしまえば、アイドルを目指すのは、趣味」

「それは結構だ」

 自慢気だった。

 俺とは違って、篠澤広はいつも、とても得意に自虐する。

 

 夕陽が差していた。

 正面に窓硝子があって、二人の人影が反射していた。

 太陽の赤い光線は、篠澤広の虚ろな白さに混じって、綺麗だった。

 その隣の肉塊は、対照的に赤く染まっていて、グロテスクなものに見えた。

 

「気が合わないな」

「そう?」

「俺はそう思うよ。俺はお前みたいにはなれない」

 何の嫌味でもなく。

 心から、そう思う。

 

 ▲▼▲

 

「倉本さん」

「あ、先生。ごきげんようですわ」

「はい、ごきげんよう。篠澤見てない?」

「篠澤さんはトレーニングに行きましたわ」

「そっか。……まあ、勉強できる雰囲気ではあるし、放っておくか」

「篠澤さんは大丈夫ですわ。だって──」

 

 ▲▼▲

 

 雨が降っていた。

 曇天から雨粒が、ざあざあと、次から次へと、落ちてくる。

 わたしは、殆ど誰もが知らないであろう、「傘が重い」という感覚を備えて歩き続けている。

 でも、仕方がない。鞄が濡れてしまうから。教科書やノートが濡れると、面倒だから。

 わたしが濡れて風邪を引いてしまう分には、寧ろ悪くないと思ってしまうけれど。

 

「……わたしのこと、待ってたんだ。嬉しい」

 

 目の前には、彼がいた。

 手首に閉じた傘を引っかけたまま、ずぶ濡れのまま立っている。

「そうだな」

 暗い夜の路の端で、ぎざぎざの黒髪の端から大量の水滴を滴らせている男。一見すれば、幽霊よりもよっぽど怖いだろう。

 その人となりを知ってさえいれば、寧ろ可愛いものだけれど。

「ちょうどよかった。わたしも、会いたかった」

「ごめん、篠澤。お前のご期待には、多分沿えない」

 わたしは、傘を閉じて彼の隣に並ぶ。

 彼は溜息を吐いて、ばさりと傘を開く。

 一瞬途切れた、ばたばたと雨粒が布を叩く音が、もう一度わたしの頭の上に落ちてくる。

「……もう遅いと思う」

「お前が濡れたら駄目だろ。なんで閉じた」

「こういうときは相手と視線を合わせるべきだと思って」

「……野生動物じゃねえんだからさ」

 草臥れたような、やさぐれたような、拗ねたような。

 そんな口調だった。

 

 歩き出す彼は、わたしを見下ろしていた。

 何かを恐れるような、涙を堪えているような。

 そんな目で。

 

「……どうしたの?」

「……俺は馬鹿だなあと思って」

「ふうん。そうなんだ」

「関係無いだろって顔だな」

「そうだよ」

 ぼたぼた。ぼたぼた。

 前髪から、雨粒が滴っている。

 学校指定の上着もじっとりと重たいくらいにずぶ濡れなのに、今更わたしの為だけに傘を開いてる。

 変な人。

「自販機あるな。何か飲むか?」

「いらない。夜ご飯、食べられなくなるから」

「その年でそれを自己申告する奴も、それが切実な事実になる奴も、この世界でお前だけだよ」

 がたん。音がして、炭酸飲料の缶が落ちてくる。

 がしゅりと乱暴にプルタブを開けて、飲み始める。その仕草が少し怖い。

 

 怒ってる? 戸惑ってる?

 聞くべきか、少し悩む。

 何をしても、今の彼の癪に障るのではないかと、わたしは恐れている。

 難しい。ままならない。

 

「……篠澤はさ」

 

 静かな声だった。

 雨粒の落ちる音に、掻き消されてしまいそうなほどに。

 

「俺のこと、どう思ってる?」

「変な人。おもしろい人。可愛い人。かな」

「お前から見たら、……」

 

 必死で、言葉を選んでいる。

 きっと、すぐに諦めてしまうだろうな。感情を取り繕うのが下手だから。そう思った矢先、彼は溜息を吐いて、それから改めてこちらを向く。

 

「……俺は、馬鹿なんだろうな」

「……なんで?」

 

 何となく、予想はついた。

 だけど、聞き返した。

 ここで言い当ててしまっては、また、彼は傷付くだろうから。

 

「お前のこと、知らなかったんだ。篠澤広って検索して出てくるくらい凄い奴だったんだな、お前。海外の大学を飛び級で卒業した天才、とか。倉本さんに言われて初めて調べたよ。……最初から勉強する気が無かったからな。俺は思えば誰の素性も知らん」

 思った通りの言葉を、彼は吐いた。

 雨に掻き消されるほどに小さな声で、だから聞こえた音にはところどころ抜けがあったけれど、きっと間違っていない筈だ。

「……千奈のことは、知ってた?」

「同じタイミングで知ったよ。すげえな初星学園。怪物ばっかりだ。……俺が世間知らず過ぎるだけなのかもしれないけど」

 乾いた笑み。自嘲的な笑い方。

 彼はいつも、彼が嫌い。

「それで?」

「お前にくだらない説教を垂れたことが恥ずかしい。己の身の程の弁えなさが惨めだ。……無意識にお前を下に見ていた俺がいたことに、気付けなかった」

「……」

「お前は俺のことを、内心では馬鹿にしていたんだろうなって、そう思った」

 鋭利で敏感で、過敏に繊細で、潔癖で。

 罅割れていて、真っ直ぐで、澄んでいる。

 黒い裁断機のような横髪の奥から見える自虐の瞳の色は、そんな印象を振り撒いていた。

「……そんなこと、ないよ」

「篠澤は、俺のしょうもない悩みを聞いて、どう思った? お前は俺と違ってちゃんと頭が良くて、お前はお前の頭の良さを知らないでお前に何かを教えられると思っていた俺の思い上がりに気付いていて、お前は俺の将来への悩みなんてものとは全く真逆の道を進んでいて」

 他人がどう思うかはさておき、わたしだけは知っている。

 彼が泣いている理由は、きっと、彼の言葉でわたしが傷付くと思っているからだ。

 己の鋭利さで人を傷付けることが、彼にとっては堪らなく不快だからだ。

「──本当に死にたいよ、俺は」

 

 Prince Rupert's Drop──俗に、「オランダの涙」と呼ばれている物質がある。

 冷水で急激に冷やされた硝子の雫。

 丸い部分にどれだけ力を加えても、砕けない。

 しかし、反対方向──細長い尻尾の方向に力を加えると、容易く、あっけなく壊れてしまう。

 

「なんでお前は俺に着いてくる?」

 

「憐れんでいたのか? 慈悲だったのか?」

 

「だとしたら、殺してくれ。お前に殺されるなら、それで良い」

 

 言葉の苛烈さに比べて、支離滅裂さに比べて、調子だけが酷く冷静な問いかけだった。

 わたしよりも弱い人間なんて、いないと思ってた。けれど、今の彼は多分、わたしよりも脆かった。きっと、わたしでも本当に殺してしまえるくらい。

 

 やっぱり、そんなこと。

 その程度のことで。

 

 反射的にそう思って、ふと笑みが溢れる。

 ああ、確かに。

 

「……確かに、──は、馬鹿なのかも」

「……お前に比べたらな」

「理由、わかんない?」

「お前の考えてることは一つも分からないよ」

 

 わたしは立ち止まる。

 同じように彼は脚を止めて、わたしの方を見下ろす。

 

 見上げた先に、彼がいる。

 言葉のはりぼてに反して、あんまりに弱々しい瞳でわたしを見ている。

 

 両手を持ち上げて、そっと頬に添えた。

 彼が怯えたように身を捩らせても、構わず、そのままで居続ける。

 背伸びを一つすれば、キスさえできてしまいそうな距離。そこで、わたしは──。

 

 わたしは、知っている。

 この世界で、わたしだけが知っている。

 あなたの知らないこと。あなたの涙の殺し方。

 

「わたしは、あなたのことが、好き。だから、あなたと話がしたい」

 

「それだけ、だよ」

 

 ざん、と、雨粒の勢いが一層増す。

 ある種の確信と共に、彼を射抜く。自然、頬が緩む。

 ずぶ濡れの彼。お馬鹿な彼。

 そんな彼は、普段は半分くらいしか開いていない、倦んだ様な目を、今だけは──わたしが知っている中で初めて、ぱちくりと開いていて。

 

「驚いた?」

「……俺は」

「知ってる。あなたはわたしのことが嫌いで、だけどそれ以上に、大好き。違う?」

「……そんな訳ないだろ」

「どっち?」

「俺の何処に好かれる要素があるんだよ」

「わたしのことが好きなのは、否定しないんだ?」

「良いから」

 

 もし、わたしがあなたを愚かだと評するとすれば。

 それはただ一つ、あなたがわたしから眼を逸らしてしまうこと。

 だから、あなたには、わたしのことが分からない。

 わたしは、あなたに知って欲しいと思っているのに。わたしは手術室の向こうで裸で待っていて、喪服のあなたに、体の隅々まで、血液の一滴、体細胞の一つ一つの味まで、舐めて味わって脳に刻んで欲しいと思っているのに。わたしが貧相だから? 否、あなたはただ耐えられないから。わたしを直視することに。あなたは美しい涙で、頑強なようで脆いから。

 

「わたしは、いつも苦しそうなところ。自分のことが嫌いなところ、わたしにひどいことばっかり言うところ、なのに優しくて、いっぱい面倒を見てくれるところが、好き」

「……褒めてんのか貶してんのか分かんないけど」

「いつものお返し」

 

 目の前には彼がいる。

 困惑したみたいに瞳が揺れている。

 わたしはその手を取った。

 濡れていて、ぼろぼろで、手首の傷は滲みて痛そう。

 

「だから、わたしは──あなたと一緒に生きていたい」

「……は」

「わたしは貧弱で、アイドルになる素質なんて全然無い。あなたは振り回されて、わたしの行動一つ一つが不安で一杯になって、今よりも苦しい顔をすることになるかも」

「……なんでお前は、わざわざ地獄に向かう?」

「だって──きっと、そっちの方が楽しいから」

 彼の左手を、愛撫するみたいに握りしめる。

 彼の指先の冷えた感触は、私の冷たい身体には丁度良く馴染む。

「ままならなくて、目の前が真っ暗で、全然思ったようにいかない、困難ばかりで、痛くて、苦しくて、──そんなときに、」

 

「生きてるって感じがする」

 

 ほう、と、息を吐く。

 想像するだけで、ぞくぞくする。

 

 彼はわたしの手を払わなかった。

 ただ、本当の本当に困っているみたいだった。素直に驚いたまま、それが抜けないでいるらしかった。不明瞭な声のなり損ないばかりが漏れ出ていて、ああ、なんて可愛いんだろう。

 

「……俺はお前みたいにはなれないよ」

「うん」

「…………俺は、……本気なのか?」

「勿論。きっと、悪い話じゃないよ」

 

「誰だって、好きな人をプロデュースしたいし、好きな人にプロデュースされたいものだから」

 

「誰だって、好きな人と生きていたいから」

 

「誰だって、好きな人に、わたし以外を見ていて欲しくは無いから」

 

 

「誰か知らない女の子のことなんて、わたしと一緒に忘れたらいいよ」

 

 

 篠澤広は、笑ってそう言ってのける。

 貴方の藍色の瞳には、きっと眩しく映る。

 

 だって──あなたはわたしを愛している。

 

 ▲▼▲

 

 ふらつきながら、部屋に戻る。重い身体の重心を器用に動かして、振り回すような、引き摺られるような感覚で。

 

「答え、早く聞かせて。待ってる」

 

 にっこりと、意地悪く、美しく。彼女は雨中をそう微笑んで帰って行った。

 また一つ、脳に彼女のネガフィルムが焼き付いて離れない。

 

「……篠澤」

 

 熱いシャワーを浴びる。

 熱い雫が身体を伝う。

 ──それよりも熱いのは、この心の中心で泣き叫ぶ心の方。

 

 暗い部屋の中、何も無気力に、歩き出す。

 ゆっくりと、洗った後に乾かしていた包丁をするりと引き抜く。

 

 カーテンは閉め切っている。

 陰気で、湿っぽくて、部屋は全部黒い。

 

 別に。痛くは無い。この痛みが心を安らがせるだなんてこともない。薄皮一枚無為に切り裂いて、だから何だということは無い。

 それでも、魂が求めている。欲しがっている。自罰を。自虐を。

 篠澤広を想って泣くこの心には行き場なんて無くて、ただ哀しい。

 

 倒れ込む。

 頭がちかちかとする。ぐるぐると闇が回る。大聖堂のステンドグラス。満天のプラネタリウム。冷たい海に浮かぶ極彩色のオーロラ。

 

 篠澤広。

 

 好きではない。

 寧ろ嫌いだ。

 根緒亜紗里も、篠澤広も、どいつもこいつも自身よりも賢くて、尊くて、話しているだけで己の矮小さが分かってしまうから、本当に憎らしい。先生はまだ良い。篠澤広は猶更始末に負えない。無警戒に寄って来る様が余りにも愚かだからだ。賢い癖に鈍くて、弱くて、興味に殺されるタイプだからだ。観測されて僅か27年で絶滅した海獣がいたが、この点においてはそれと同等と言えるだろう。

 何度、俺が反射でお前を縊り殺そうとしていたか、知らないではあるまい。

 本当なら殺されていてもおかしくない。……その覚悟がないものだと思われていたのかもしれないが。

 

 お前は何を考えているんだ。

 俺を何だと考えているんだ。

 何故、そうまで、彼女は。

 

「篠澤」

 

 ……慈悲を零すような目で、俺を見るのだろう。 

 

 ▲▼▲

 

「篠澤、いる?」

「いるよ」

 アイドル科、1年2組。

 幾人か見知った顔のいる教室に、目当ての彼女はいた。

「良かった。今日はトレーニングある?」

「うん。午後の授業は免除されてるから、その分特別に指導してくれるって」

「……ただのサボりだと思ってたよ」

「知ってる」

 彼女はとてとてと、彼女にしては俊敏にこちらへ寄ってくる。

 俊敏といっても、普通の人間にとっては緩慢なことこの上ない速度だ。しかし、篠澤広に限っては、なんだか気合いが入っているなあといった様子に見える。

 最近は、世界の基準を篠澤広に合わせて見ている気がする。

 己が愚かだなあと、いつも考えている。

「見に来てくれるの?」

「まあ、一応」

「そうなんだ。……うれしい」

「そうか」

「わたし、がんばるね」

「是非頑張ってくれ」

 

 彼女に袖を掴まれたまま歩き出す。

 彼女の小さな歩幅を追いかける。ゆっくりと、休むような速度で。

 

 ▲▼▲

 

「お。来たか、篠澤。今日は倒れるなよ」

「大丈夫。今日のわたしは、一味違う」

「確かに、普段よりも気力に満ちている様子だが……そこの男のせいか?」

「そう。今日は、良いところを見せる」

 ジャージ姿に着替えた篠澤広は、いつもよりも気力に満ちている……らしい。

 トレーニング時の彼女をあまり知らない身としては、何とも言えない。それどころか、普段着も露出が少ない方では無いにしろ、分かりやすく運動する服装の彼女を見ていると何というか四肢の細さが目立っていて、寧ろ不安の方が大きい。

「それにしても、とうとう篠澤にもプロデューサーが付いたのか。感慨深いぞ」

 ダンストレーナーがうんうんと頷きながら言う。

 儚げな彼女は、こちらを向いて、期待に満ちた視線を向ける。

「……だって。どう答える?」

「みたいなものです、とだけは言っておきます」

「……嬉しい」

 ハードルが低い。

 けれど、まあ。

 本当に嬉しそうだ、以上に言うことは無い。

「そうなのか。まあ、大体そういう場合は建前で、プロデューサー側の中では殆ど心に決めてたりするからな。これからは私が保健室まで運ばなくて良さそうだ」

「さっきから倒れる前提なのおかしくないですか?」

「……知らないのか?」

「いや、実は宗教上の理由で今までこいつがレッスンしてるとこ見てなくて」

「篠澤、今すぐに契約書書かせろ。ここまで騙せたとしてもこれからは無理だ、早く」

「さっきと言っていることが違い過ぎる。いやそんなに酷いですか? ほんとに?」

 

「プロデューサー(仮)」

 準備運動をえっちらおっちらと始めたのをぼんやりと眺めていると、ふとトレーナーが話しかけてきた。

「お前は篠澤をどう思う」

「死ねばいいと思います」

「お前を殺してしまおうか」

「辛辣」

「ほら、篠澤も何か言ってやれ」

「うん。嬉しい」

「よく分からんなお前‼」

 私もそう思います。

 そう言う前に、篠澤広は口を開く。珍しく、こちらの言葉を遮るような形で。

「トレーナー、大丈夫。プロデューサー(仮)は、わたしのことが大好きだから」

「お前からそういうこと言うと俺は否定するしかなくなるんだけど。俺だって嫌いだって言いたくは無いんだけどな、嫌いだよ」

「なんか、こっちもこっちで大概だな。……逆に丁度良いのか?」

 疲れたように頭を振るその仕草には見覚えがあった。

 即ち、俺だ。

 散々この女に振り回されてきたのだろうか。そう思うと、妙に親近感が湧く。

「気持ちは分かります」

「お前のせいなんだがな⁉」

「プロデューサー(仮)、怒られてる。新鮮」

「気に入ってんのそれ?」

 彼女は答えず、ふふと笑った。

 ぎちぎちと軋む音で器械運動を行いながら。相変わらず、余裕が無い癖に余裕がある。

「……それで。急にどうしたんですか」

「いや。……まあお前も大概として、篠澤は色々不思議なところがあるだろう」

「全く同意します」

 首を外れるくらいに縦に振る。

 その様子にちょっと引いたような表情を見せた後、トレーナーは咳払いして、言葉を続けた。

「だから、何となく安心した。こいつにも張り切ったり、喜んだり、笑ったりする瞬間があるんだなと。そうさせるお前はじゃあ、どんな人間なんだろうと思ってな」

「……そうですか? ちょっと発言ではわかりづらいかもしれませんが、表情とか、仕草とかは割と感情豊かな気もしますよ。よく笑いますし」

 首を傾げる自身の視線の先で、彼女も不思議そうに首を傾げた。

 互いに色の違う目線を向け合って、それから四苦八苦する篠澤広へと向き直る。

「……そうか?」

「ええ、まあ」

「それは、だとしたら」

 二人分の視線に気付いた篠澤広は、にへらと笑った。

 トレーナーは、一層確信を得たという様子でもう一度頷いて、

「純粋に、お前がいるからじゃないのか?」

 

 

 

 

「よし、始めるか」

「トレーナー。プロデューサー(仮)が蹲ってこっち向いてくれない」

「うるさい。惚気なら他所でやれ」

「……どうしたの? わたしのこと、見捨てる?」

「なんでちょっと嬉しそうなんだよ……見捨てねえよ別に……」

 

「なあ、篠澤」

「うん」

「お前、俺のことそんなに好き?」

「うん。好き」

「そう……」

 

 ▲▼▲

 

「はい、ワン、ツー、ワン、ツー」

 

「遅れてるぞ、そこでターン‼」

 

「よし、指先まで意識しろ‼ 止まるときは止まる‼」

 

 ……。

 

「……な、なんというか、だな」

 気まずそうに、彼女は耳打ち。

 恐らく、自分も同じような表情を浮かべているだろうな、と思いつつ、耳を傾ける。

「これでも今日はいつもより頑張っている方なんだ。そこだけはどうにか買ってやってくれ」

「まあ、はい……えと、具体的に普段とどう違うか教えて貰っても?」

「普段はこの段階で既に倒れて動けなくなってる筈だ。今この瞬間に立っているだけで過去の自分を超えている」

「まだ始まったばかりに思えますけど……」

 これは酷い。

 自分だって、まだまだパフォーマンスに関しては素人ではあるが、それにしたってまあ目に見えて酷い。

 動きを再現するだけが踊りでは無いとプロデューサー科では習うが、これに関してはもうその次元ではない。頭は良い彼女のことだから、きっとどのように動くべきかは覚えている筈だ。ただ、運動神経が致命的なのか、身体が一つもそれについてこない。身体を思った通りに動かすまでの速度と精度が足りていない。その結果今している動作としようとしている動作が全く噛み合っていない。筋肉が無いからそれでふらついた身体が支えられない。というかそもそも所作が全部ぐだぐだ。

 そんな具合で、結局出来上がったのは──ゾンビの盆踊り。

 後ろで流れている曲とは全く似つかわしくない。

「……なんか、すまんな」

「いや、謝らなくとも……」

「このレベルで踊れないやつは見たことが無くてだな……どうすればいいのか私にも分からん……」

「俺は寧ろ安心しましたよ」

「……はぁ」

 

「篠澤もお前も、最近は変な奴ばかりだな」

「俺もそう思います……」

 苦笑しながら、そう答えた刹那。

 きゅう、と蚊の鳴くような声を皮切りに、ばたんと凄まじい音がした。

「篠澤ーーーーーーー⁉」

「ああ、限界か。……まあ、よく頑張ったよ。保健室連れてってやれ」

「言われなくとも‼」

 慣れたような彼女とは対照的に大層慌てて、倒れ伏す彼女に飛びついて、抱き上げる。

「いや軽っ⁉ こわっ⁉」

「お疲れ。また明日な」

「お疲れ様です‼」

 

 ▲▼▲

 

「あ」

 夢を見ていた。

 歌って、踊る夢。思うように身体が動いて、わたしの全身が震える程に綺麗に響く歌声が聞こえて、なんだか天にも昇るような気持ちでいた。

 そこはステージでは無かった。わたしはどこにいるのか、何の上に立っているのか、全然分からなかった。

 そこはただ、靄がかかった空間。たまに思い出したみたいに、虹色に光の指す場所。

 何も分からない。ただ、わたしが自在に歌えること、自在に踊れること、ただそれだけが楽しい。

 

 

 

 

 

 ふと気付く。

 

 詠み人知らず。

 

 わたしが自分が踊る姿を想像できないでいるのに、こんな夢が見られる筈なんて、ない。

 わたしは、わたしだけでは、こんなに心を震わせることなんてできない。

 だからきっと、これは──。

 

 手を伸ばす。

 

 分かち合う。目と目を合わせて、靄の先に立っている、あなたと。

 

「これは、あなたが見ている夢なんだね」

 

 ▲▼▲

 

 白い睫毛の向こう側に、清潔な天井が見えた。

 静かな物音がした。首をやっとこさ捻って視線を移すと、安心したみたいに溜息を吐いた彼がいた。

「起きたか」

「起きた。おはよう」

「おはよう。林檎買ってきたけど、食べるか?」

「……なんで?」

「こういう時は果物買ってくるのがお決まりだろうが。あと普通に美味しそうだったから」

「……わたしが倒れる度に買ってくると、多分、一か月で破産する」

「じゃあ俺の財布のためにもちゃんと鍛えてくれ」

 小さな丸椅子の上で果実をしゃくしゃくと齧る彼の姿は、なんだか可愛らしい。 

 イメージで言えば、皮ごと丸齧りしてしまいそうなのに。

 

 彼の右手の傍には、小さな包丁が置いてあった。

 家庭科室には無い形のものだった。つまり、彼の自前の包丁なのだろう。

「……怪我しなかった?」

「どんだけ不器用だと思われてんの、俺」

「手首、傷だらけなのに」

「あー……」

 彼は長袖の上から左手を抑えた。

 そっと目を伏せて、言葉を選んでいる様子が見て取れる。

「……気持ちいい?」

「全然。……興味あるの? やめとけよ」

「説得力……」

「寧ろあるだろ。まあ、俺の自傷なんてたかが知れてるけど」

 ……彼に、やって欲しかった。

 多分、それを言うと凄く怒られるだろうから、言わないでいるけれど。

 

「おいしい」

「そうだな」

 

 わたしは、話を引き延ばす。

 言われたくない言葉が沢山あって、何となく怖くて。

 それでも。

 

「それで、どうだった?」

 私は、首を傾げて、彼に問う。

「わたしのこと、見捨てたくなった?」

「ちょいちょいそれ言うけど。篠澤は俺に見捨てて欲しいのか?」

 優しい声で、少しだけ呆れたみたいに彼は言う。

 わたしは目を逸らさないで、少し考える。

 

 うん。

 

「……それはそれでいいかなって思う」

「肝座ってんなお前」

「でも、……」

「でも?」

「あなたには、一緒にいて欲しいとも、思ってる」

 

 わたしは必死に言葉を吐く。

 彼が思うほど万能では無いから、頑張らないと、こんなことは到底言えない。上がる口角を噛み殺して、頑張って無表情を取り繕っている。

 

「そっか。嬉しいよ」

 彼はあっさりと言った。そこにいっぱいの想いを込めて。

 ──わたしは、心底尊敬する。名前を呼ぶだけで、一言を紡ぐだけで、彼の声の、明るくて熱くて、惨く賑やかなところを。 

 わたしには、難しい。一つの音に、こんなに深く感情を込めるなんて、できない。

「……そうなんだ」

「まあ、正直、まだ悩む気持ちが無い訳じゃ無いけど。それでも俺は、……俺も、で、良いのかな」

「良いよ」

「そう。じゃあ、俺も──篠澤のプロデューサーになりたい」

 

「そっか。……よかった」

「……後悔するなよ」

「わたしも、おんなじこと思ってる」

 

 それどころか、彼はきっと後悔するだろうと、そんな不思議な確信すら覚えている。

 追い込まれて、傷付いて、わたしを見放そうとするかもしれない。今までとは違って、心の底から、彼の豊かな心の音色で、刺々しい恨み言を吐かれてしまうのかもしれない。そうなったら、どうなるだろう。立ち直れなくなってしまうかもしれない。そんなわたしを見て、きっと彼もまた、泣いてしまうのだろう。

 

 それでも良い。

 それでも、試してみたい。

 だって、きっと──あなたとじゃないと見られない光景があるから。

 わたしは、それを知ってしまっているから。

 

「……だから、篠澤」

 その想いが届いているかは分からない。

 ただ、今は、彼の瞳が魅力的で。

 わたしに向けている笑顔が、声が、どうにも素敵で。

「俺と一緒に生きてくれ」

 

 ああ、ずるい。

 そんなことを言われてしまったら。

 思わず身を捩らせてしまうくらい、これからの人生が、楽しみになってしまう。期待してしまう。

 

「……ふふ。プロデューサーは、わたしがどんな言い回しで喜ぶか、分かってる」

「違う。俺が単に言いたかっただけだ」

「じゃあ、つまり──」

 わたしは、破顔した。

 人生で一番、幸せな気持ちがした。

 

 わたしの胸に手を添えた。

 彼の胸に、そっと指先を触れさせる。心音が聞こえる。わたしのそれはAdagio。あなたのそれはAllegro。

「わたしとあなたは、通じ合ってる」

「そうだったら、良いな」

 

 夕陽が差していた。

 彼の姿は相変わらず真っ黒だったけれど、そのコントラストが、なんだか綺麗だった。

 

 ▲▼▲

 

「篠澤さん」

「……????」

 少し緊張しながら、普段と違う呼称で呼びかける。

 目の前の少女の手から教材がぼたぼたと零れ落ちる。

 そんなに衝撃か?

「……見捨て、み、みす、見捨て? み?」

「言語野をバグらせないでください」

「……嫌いになった? 冷静になった? やっぱりやめる?」

「いえ。プロデューサーになった以上、口調を変えようと決意しただけです。慣れてください」

「……もう特別扱い、してくれないんだ」

「これから一生分篠澤さんのためだけに生きようとする男に言う台詞では無いですね」

「……好き」

「ありがとうございます」

 軽口を言い合いながら、落ちた彼女の教科書を拾い集めて、手渡そうとして──その細腕が視界の端に映る。

「鞄、貸してください。勝手に入れてしまって構いませんか?」

「嬉しい」

「何がですか?」

「口調が変わっても、中身は変わらないね。安心した」

 そういう篠澤広は、逆にいつも通りに、こちらの目を覗き込むような仕草を見せながらそう言った。

 はにかんだ口元。尊大で不遜な笑顔。小さな声。

 変わらなければ生きてゆけない俺とは違って、

 彼女は彼女のままに、今日も美しく魅力的。

「何を当たり前のことを」

「戻そうと思えば、戻せる?」

「そりゃそうだろ。アップデートされたアンドロイドじゃねえんだし」

 

「……でも、なんだか恥ずかしくなってきました」

「可愛いね」

「やめてください。……まあ、良いですよ。これから地獄を見るんですから」

「……楽しみ」

「扱いやすいのかそうじゃないのかよく分かりませんね」

 

 閑話休題。

 授業終わり、今日は自主トレーニングの日ということで、二人で体力作りをすることになっている。

 校門の前でジャージに着替えた篠澤広を出迎えると、彼女はいつも通りのきらきらした瞳で出てきた。

 ロケーションも加味して、照れ臭いような羨ましいやらで、変な気分になる。

「デートみたい」

「……そういうことは言わなくて良いんですよ」

 この女。

 爽やかな晴天の中ですら既に半分茹だったような顔をしている癖に、平然とそんなことを言う。相変わらず変な女だと、そう思う。

「今日はウォーキングです」

「ウォーキング? ジョギングじゃなくて良いの?」

「はい。ただ、純粋にてくてく歩くだけでは意味が無いので、少しハードですよ」

 首を傾げる彼女に、かける言葉は一つ。

「私が一定の速度で歩くので、篠澤さんは遅れないで着いてきてください」

「わかった。頑張る」

 彼女は賢い。

 多くを語らずとも、すぐに意図を察してくれる。

 

「言っておきますが、途中でへばっても気にせず置いていきますから」

「……鬼」

「ええ。頑張ってくださいね」

 

 一つも自慢できることではないし、寧ろ恥と言っても過言では無いのだが、俺は歩く速度がまあ速い。

 余裕が無いから。

 いつもは意識して篠澤広の歩幅に合わせているが、普通に歩けば余裕で置いてけぼりにできる。最初から走らせるのは酷だろうし、このくらいから様子を見ていくべきだろう。

 取り敢えずは基礎体力。

 劇的な近道も裏技も、この業界には存在しない。あるのはただの反芻と実行。俗に言う成長。

 ……凡夫な俺はそう思っているのだけれど、どうだろう。篠澤広なら、或いは?

 

 そう思いつつふと振り返ると、彼女は三歩後方にいた。

 歩き始めて十分も経たない内に、既に脚が縺れかけている様子で、必死にこちらを追いかけている。

 

「……歩くの、速い」

「そうですね。人生に余裕が無いので」

「…………いつもは、合わせてくれてる?」

「気付いていなかったんですか?」

「ここまで……速いって……思ってなかった……」

「喋ってる場合ですか? ほら、ペース落とさない。同じ速度で歩くのもトレーニングの内ですよ」

「プロデューサー、それ苦手そう」

「失礼ですね」

 

 ……まあ。

 持久走の時は、一周目とラストだけ全力疾走して残りは脇腹を押さえて歩いているような馬鹿だったけども。

 そんな懐古に浸っている間にも、どんどんと篠澤広の体力ゲージは目減りしてゆく。

 

「……はぁ、はぁ」

「私は歩いているだけなので疲れなくて良いですね」

「煽ってる……ひどい……」

「……制服で闊歩しているだけなので、普段と全然変わりません」

「……楽しんでる」

「はい。とても」

 もう五分が経過した。彼女はもう大分後方。

 市街地と言えども、平日の昼間で人気が少ないのが功を奏した。もしその状態だったら迷子になっていただろう。

 実は声も殆ど聞こえていない。大体適当に返事してる。

「にしても篠澤さんの体力不足は思った以上に深刻ですね。まさかここまで貧弱だとは思っていませんでした」

 

「篠澤さん?」

 

 返事がないことに気付いて、振り返る。

 倒れる寸前、ふらふらと覚束ない足取りの篠澤広がそこにいる。

 

 刹那の逡巡。

 それが終わり次第、全力で駆け出す。

 

「へばったら置いていくって言ったでしょうが⁉ というか早すぎませんか‼ 幾ら何でも‼」

「ふふ……このまま見捨てられる……わたしが貧弱だから……」

「やめてくださいここ学校外ですから‼」

「ふふふ……プロデューサーは鬼……」

「全力で戻って介抱してやってる人間によく言えますねそういうこと‼」

 

 どさりと両腕にかかる重力。力なくもたれかかる身体。嬉しそうに服の裾を引っ張る少女。

 満足気に力尽きて行く彼女を、その口から漏れ出る妄言を押し留めながら、丸太を抱き抱える要領で引き摺ってゆく。

 純粋に、周りの視線が痛かった。

 

「お姫様抱っこ、ちょっと恥ずかしい」

「私は丸太だと思ってますが」

「お年頃の女の子に、そんな事言うんだ。ひどいね」

「……嬉しそうな顔で言うな。説得力ないですよ」

「悲痛な顔で言って欲しい?」

 止める間もなく、彼女はわざとらしくさめざめしく、悲劇のヒロインのような顔で言う。

「酷い……」

「……悪かったよ」

 

 反射でそう言ってしまった。

 暫く、彼女のドヤ顔が続いた。

 

「ねえ。わたしのこと、何だと思って運んでくれてるの?」

「可愛い可愛い俺のお姫様だと思ってますよ」

「……そうなんだ。嬉しい」

「何なんですかこのクソ茶番」

 

 ……もう少しだけ余裕があるように見えるのは、気のせいか?

 

 ▲▼▲

 

「プロデューサー」

「はい、なんでしょう」

「メイドカフェに行くから、一緒に来て」

「何を言っていますの?」

 こてん、と、首を傾げて、とぼけた顔でふざけたことを抜かす。

 そんな彼女の唐突さに手を焼くのは、これで何度目になるだろう。そう思いながら、原因明白な頭痛に顔をしかめて問い返す。

「どういう風の吹き回しで? 何がどうして?」

「ビジュアルトレーナーが、自分を魅せる為の修行に、そういうところで働いてみるのが良いんじゃないかって。だから、学園に来てた募集を使って、採用されてみた」

「キャスト側なんですね? ……もう採用されたんですね⁉」

「うん。短期、一週間だけだけど」

 しかも客じゃないのかよ。

 思った心根を抑えて、両手で項垂れた顔を覆うのみに留まったのは、自身の成長の証と言えるのではないだろうか。

 そう。言葉遣いを変えたことは、自身の内面に思わぬ効果をもたらした。表面上の大人ぶった言動に引っ張られたのか、最近は己の精神性を制御しやすくなった。畢竟、いつだって穏やかな心持ちで彼女と接することができるようになったのである。

 今までの乱暴な口調で怒鳴ってばかりいるのは、人間としてはぎりぎりまともな反応だとしても、プロデューサーとしては落第も良いところ。少し大人になった気分で鼻が高い。そう言っているうちはまだクソガキなのだと、分かっていても。

 ふう。

「そこまで一つも俺に相談が行かなかったのはどうしてですか? 確か、アイドル科の生徒はプロデューサーの認可印無いとバイトできなかったですよね?」

「うん。だから、先生に相談した。それで、許可してもらった」

「なんでだ。本当になんでだ。そんな例外を作っても良いのか。学園の規律に関わるだろうが」

「わたしにそれ、言う?」

「己が生命の理から逸脱している存在とでも?」

「ちがう。全然。もっと、単純」

 ……本人が言っている通り、学園の権力者側の人間は妙に篠澤広に対して甘い。

 プロデューサーとしてはふざけやがってという感想でしかないが、それを口にすると多分こちらの首が飛ぶ。彼女風に言うならままならない。まあ、当の彼女が言うのとは違って、その表情は心底辟易としているのだが。

 気持ちは分からなくないが、いやだからこそ、きちんと彼女のブレーキになって欲しい。

 甘やかすばかりが、彼女のためではない筈だ。

 そして通常はこちらの意見の方が大衆寄りの筈なのだ。これがマイノリティになるこの環境がおかしい。

「……」

「? どうしたの?」

「いえ。なんでも」

 

 俺って鬱陶しいか?

 

 その質問が、きっと一番鬱陶しい。 

 

 

「お帰りなさい、プロデューサー。ちゃんとお客さんもしてくれるの、律儀だね」

「御主人様じゃないんですか?」

「ふふ。そういうの、好きなんだ」

「プロデューサーで全く以て構いません」

 で。

 あれよあれよという間に、メイド姿の彼女が目の前に居る。

 馬鹿みたいな音楽が馬鹿みたいな音量で流れている店内で、なんだかいつもと違って自分だけがまともなのではないかと思い込んでしまう空間。それがこの場所、メイドカフェ。

 篠澤広は楽しそうに笑っている。まあ、楽しいならそれでいい。

「どう? 可愛い?」

「ええ。気が狂うくらい可愛いです」

「……急にそこまで褒められると、照れる」

「違いました。貧相すぎて驚いたと言いたかったんです」

「プロデューサーの唇は、嘘吐き」

 実際、可愛い。

 服装はぺらぺらのコスプレ衣装と大差の無い安っぽさがあるが、篠澤広の幻想的な雰囲気と美貌があればそれだけで本場のクラシックメイドが完成するのだから恐ろしい。

 元々髪が白いおかげか、白黒の服は良く似合う。ライブ衣装にも活用できそうだ。

「ご注文は?」

「萌え萌え♡ きゅんきゅん♡ 愛情たっぷりオムライスで」

「すごい」

「何がだ貴様」

「……失礼しちゃった。お仕置き、する? ご主人様」

「飛躍し過ぎです」

 毎日事ある毎に、二人で歩いている甲斐があったと言うべきだろうか。

 致命的な体力不足にも一縷の光が差してきたようで、こちらが想定していたよりもずっと簡単そうに、篠澤広はウェイトレスをこなしているように見えた。

 相変わらず平日の午後ということで、客足が少ないのもあるだろうが。

 それでも。

「……ごめん、プロデューサー。オムライス、重い」

「安心しました」

 そんなことはなかった。

 パンケーキ等のスイーツはまだ軽いとしても、オムライスは篠澤広には早かったらしい。

「……皮肉?」

「そう受け取って貰って構いませんよ」

 けれど、握力と腕力に関しては──最悪、マイクさえ握れれば、それで良い筈だ。後回しで良い。

「よし」

「何をやり遂げたみたいな顔をしているんですか。運んだの私でしょう」

「そういえば、これ食べた後はどうするの? 帰る?」

「んな訳ないでしょう。裏方から貴方を見守る役目があるんです。引っ込んで監視してますよ」

「店長が、プロデューサーもメイドやったら? って」

「は? ……まあ別にそれはどうでも良いんです。早く魔法をかけてください」

「ふふふ。楽しんでるね」

「捨て鉢と言った方が適切です」

 

「美味しく食べてね。もえ、もえ、きゅん」

 耳元で、彼女が囁く。

 ぎこちないハートマークを構えて、吐息が鼓膜を撫でる。

 

「美味しくなったかな」

「絶対に他の客にやらないでくださいね、それ。怒りますよ」

「だめ?」

「建前で言うなら、ビジュアルを鍛える名目が失せますね。自分の魅せ方を工夫するという観点で見れば、そうやって接近されるとそもそも相手に姿が見えません。ライブでそれやりますか? 無理ですよね。そういうことです。あと変なトラブルになっても困りますからね。あんまり自分を安売りしない方が良いですよ」

「なるほど、納得した。本音は?」

「俺が心底嫌です」

「わかった。尊重する」

「そうしてもらえるとありがたいです」

 

 願いを聞き届けた彼女はにっこりと笑って、それからオムライスの正面に座った。

 目の前で、ちょこんと。何かを待つように。

 

「……何してるんですか?」

「ご主人様が食べてるところ、見たい」

「面白いですか?」

「うん。丁寧で、綺麗に食べるから」

 

 そんなことを言われると、緊張するのだけれど。

 心の中で愚痴を吐いて、けれど追い払うのも忍びなく、食指を動かす。

 

「美味しい?」

「はい」

「わたしのおかげだね」

「全く以て、その通りですね」

 

 何を食べるか以上に、誰と食べるか。

 そんな感性をきちんと兼ね備えていて、本当に良かった。

 にこにこと笑う篠澤広はやはり楽しそうで、心底そう思った。

 

 

 バックヤードに戻って、ノートパソコンを叩いている女性の元に向かう。

 両耳に安全ピンのようなピアスを大量に付けている、派手でポップな印象を与える若い女性だった。

「すみません。うちのアイドルがご迷惑をおかけします」

「全然気にしなくて良いよ、こっちは面接もしたし学園からも色々聞いたし、その上で使ってるわけだし」

 このメイドカフェの店長である。

 篠澤が秘密裏に面接を行った際、彼女の貧弱性を知った上で採用したという。

 それを知った際の俺の反応は以下の通り。

 凄まじく肝が据わっている。

「それより、君もキャストやってくれない? 給料は出すからさ」

 こういうところとか。

「需要は何処ですか?」

「いやいや。寧ろアリアリだと思うよ。最近流行ってる曲知らない?」

 毒でも仕込んでいるのではないかと思えるほどに長いピンクの爪を向けて、元気に彼女は言った。

 砂糖菓子の甘い香りがこちらにも流れ込んでいる。

「あー。……髪型が似てるだけでは?」

「まあまあ。一回メイクしてみよっか。やってみようぜ、モエチャッカモエチャッカ」

「炎上しますよ、その勢いで。で、眉毛剃ります?」

「乗り気だね?」

「貴重な経験だと思っただけですよ。ヘアピン使って寄せに行きましょうか?」

「めっちゃ乗り気だね? よし、曲流そっか、テンション上がってきた」

「流石にそれは寄せ過ぎかと。それよりもうちのアイドルの曲持って来たんで、こっち流しましょう」

「ひゅう。プロデューサーだね」

「プロデューサーですよ。将来上手く行ってくれれば篠澤もこれ歌う予定なんです」

 

 乗り気というか。

 初星学園に募集出すくらい美人が求められている環境でスカウトされたのだし。

 ちょっとだけ調子に乗っても良いんじゃないだろうかと思う。

 

「……可愛いね」

「私もそう思います」

 なるべく肌の露出を抑え、骨格を誤魔化し、どうしてこんな格好をしているんだろうと我に返ってしまう前に退路を断つ。

 自分の顔は一つも好きでは無いが、好意的に言われてしまってはこうもなる。

「頑張ろうね」

 大音量で流れるアイドルの曲に掻き消されかけている声で、彼女はそう言った。

「一応言っておきますけど、私はこっちの方が客に介入しやすいと踏んで、要は貴方に変な虫が付かないように見張っているだけなので。これで業務が楽になると思わないでくださいね」

「分かった。じゃあ、わたしもプロデューサーに変なファンが付かないか、見張ってる」

「付きませんから。杞憂にも程があります」

 篠澤広は記憶にある中で初めて、心配そうな視線をこちらに向けている。

 何かが間違っている気がするが、新しい表情を引き出せただけ進歩したと考えて良い筈だ。それだけ頭がおかしいと思われているだけなのかもしれないが、人間としては落第かもしれないが、プロデューサーとしては間違っていない。

 そう。プロデューサーとしての正しさのために、たまに我々は人間としての尊厳を捨てなくてはならなくなる時があるのだ。

「いらっしゃいませ、御主人様」

「テンション、そんなに低くていいの?」

「最近はこういうのが流行してるの。まあ篠澤は真似しなくて良い」

「…………プロデューサーは色んなことを知ってるね」

 

 

 要らないことまで、という含みがあった気がするのは、気のせいだろうか?

 

 

 

「はい、おまじないでーす。お触り? 禁止でーす」

 

「はい、パンケーキとパフェね。どっちがどっち?」

 

「チェキ? 私と? 良いけど、それ嬉しい?」

 

「人気だね、プロデューサー」

 篠澤広が持ち運ぶのに難儀している食器の半分を引き受けて洗い場まで下げに行く道中。

 同性だからというのもあるだろうが、既に名前を憶えられて呼び止められてばかりいる俺に、給仕の仕事で精一杯らしい篠澤広は何だか嬉しそうに言う。

「言ってる場合ですか?」

 正直。

 あんまり、他者に説教を垂れるのは得意ではないというか、好きではない。

「?」

「篠澤広、お前はアイドルだろうが」

 それでも、篠澤広が一番燃えるのは、そういう言葉なのだと。

 知ってしまっている

「プロデューサーに人気で負けるな。俺がお前を見ている客の目線を遮ったら舌打ちされるくらい魅力的になれ」

 

 ぱちくりと彼女は瞬きを一つ。

 それから、無表情。上昇する思考速度。

「……プロデューサー」

「どうしましたか。皿はこっちで片付けますよ」

「今のプロデューサーは可愛い」

 皿を洗い始める。

 冷たい雫が掌に当たって弾ける音が遠くに聞こえて、彼女の吐息が迫っている。

「わたしはそれより上に行けるかな」

「……はぁ」

 

 しおらしい表情を演出しているつもりか。

 残念ながら、期待は隠せていない。

 

 プロデューサーの仕事の一つ。

 求められている言葉を、求められているまま、アイドルに与えて、モチベーションを引き出す。

 

「そういうの、好きじゃないのか?」

「……わたしのこと、よく分かってるね」

 

 ふんす、と、彼女は薄い胸を張ってそう言った。

 見込み通りに、やる気は十分。

 

「店長、一旦篠澤引っ込めて良いですか。その分俺が回しますから」

「いーよ。広ちゃんプロデューサーくんの三分の一くらいしか仕事できてないから全然何とでもなるし」

「だとよ。しっかり考えな」

「わかった」

 篠澤広は覚束ない足取りで裏側へ歩を進める。

 その背中を見送った視線が二つ。

「考えるって?」

「じきに面白いものが見れます」

「女装してるプロデューサーくんより?」

「勿論」

 たっぷりの自信と共に言い切って、それから、店側に戻る。

 なんだか、楽しくなってきた。

 

「なあ」

「なんです?」

 客の一人が声を掛けてきた。

 やはり、同性な分、他のスタッフよりも話しかけるハードルが低いらしい。すっかり友達の感覚だった。

「あの子、篠澤ちゃん、だっけ? 仲いいの?」

「まあ、そんな感じですけど。どうか致しました?」

「いや、なんというか……あの子、綺麗だよな、って……」

「俺もそう思います」

 

「……え、素の一人称の方が俺なことある?」

「あー……秘密でお願い」

 

「オムライスの発祥、どこか知ってる?」

「洋食なんだし、アメリカとか?」

「残念。日本の大阪発祥。オムレツ+ライスの和製英語なんだよ」

 

 コミュニケーションの形としてそれが合っているかは定かではない。ただ、篠澤広のプロモーションとしては完璧だ。

 知性的で物静かな変人。そして、去り際にふと見せる笑顔の可憐さ。

 彼女と接した体験は妙に印象的で、会話になっていないのに、会話ができて楽しかった、と思わせる。

 一つ会話を交わすだけで、赤の他人は見知った隣人と化す。親近感がぐっと増す。その上で、迂闊に深入りできない神聖さをも兼ね備えている彼女の、いわば威圧感が、席から離れる彼女を呼び止めることを躊躇わせる。

 それらが合わさって生まれる感情は──ただ一つ、羨望だ。

 

「計算高いですね、篠澤さん」

「ううん。わたしは単純に、一人一人とちゃんと接しようとしてるだけ」

「……それはそれで凄いですね」

「そうかな」

 

 捉えどころがない。話しかけづらい。けれど話したい。

 メイドカフェのメイドとしてはさておき、アイドルとしては満点。それを無意識に行っているというのなら、それはやはりれっきとした才能であると言えるだろう。逆に言えば、それ以外の才能は皆無なのだが。

 

「ところで、足が棒になりそう。どうしようかな」

「良かったですね。筋力増強チャンスですよ」

「……やっぱり、プロデューサーは鬼」

「貴方に甘やかすだけの余裕が無いのが悪いんですよ。ほら、呼ばれてますよ」

「うん。行ってくる」

 

 ゆっくりと歩いてゆく後ろ姿を見送る。

 その動きの緩慢さにすら、どこか気品のような、不思議なリズムを刻んでいるような、そんな風格が見て取れる。

 

 

 

 一週間が過ぎた。

 

「うちさ、定期的に初星の子をバイトで雇ってるんだけど」

「はい」

「君等、ぶっちぎりで意味分かんなくて最高だね」 

「是非これからもうちの篠澤広を応援してくださると幸いです」

「するする。なんか感じるもん、成功者の気配みたいなの。歌とダンスはへたっぴだけど」

「本人に言ってあげてください。喜ぶので」

 

 机の位置を移動させて、すっかり馴染みになった客たちの前で、篠澤広は歌っている。

 学園の中でそういうプログラムが組まれているのかと勘繰りたくなるほど都合良く話が進んだな、というのが、最も率直な感想。

 ドキュメンタリー番組でも撮っているんじゃないのか。

 

「いやー、とんだダークホースがいたもんだ。集まった客の数、歴代でも上位なんじゃないの?」

「途中から私、完全に人気負けしましたからね」

「それで悔しがる奴はほんとに初めてだよ。おもしれー」

「逆に女装してるプロデューサー他にいたんです?」

「そりゃあね。何人かね」

 

 道楽でやっているのかと思えるほど適当だが、そもそもアイドル見習いを短期で雇って交流できるという裏コンセプトは驚くほどしっかりしている。それだけではない。初星学園の中で未だ求人が出ているという事実から、トラブルをきちんと防げていることも自ずと証明されている。

 突飛な発想と、それを実行するだけの実力。

 俺には無い技能。

 

「……なんとなくわかると思うけど、殆ど私がやってることって趣味なんだよね」

「でしょうね」

「だから、肩の力抜きなよって、プロデューサー組全員にアドバイスしてる。ありがたく受け取って」

「……ありがとうございます」

 

 か細い声でも、確かに聞こえる歌声。

 小さくとも、必死であることに間違いのない踊り。

 

「……あと、これもプロデューサー組全員に聞いてるんだけど。反応が面白いから」

「先に言って良いんですかそれ」

「うん」

 

「君、さては広ちゃんに惚れてるだろ?」

 

 にやにやと笑う相貌からそっと視線を逸らして、目に毒な光を放つステージをもう一度見つめる。

 息が切れて、それでも尚、歌い続ける彼女がいる。

 

「……そんなところです」

「良いねえ。青春って感じがする」

「そんなに煌びやかでは無いと思いますよ。少なくとも、私から見れば」

 

「という訳で、行ってきます。お世話になりました」

「はい? ……おうおう、なるほどね?」

「篠澤ーーーーーーー‼」

「きゅう…………」

 

 篠澤広、アルバイト最終日。ビジュアルレッスン課外活動編。

 ボロボロになりながらもライブ(2曲)をぎりぎり完走し、その挙句に真っ青な顔でぶっ倒れて、幕を閉じた。

 

「そういえばメイド服持って帰っちゃった」

「洗って返しますか」

「しばらく、これで生活しても良いよ」

「なんでさも私がそれでいて欲しいってオーダー出したみたいな言い方するんですか」

 

 ▲▼▲

 

「カラオケに行きたい」

「貴方はなんでそう唐突なことしか言い出せないんですかね?」

「佑芽と千奈に聞いた」

「何をですかね」

「高校生は、カラオケで試験勉強をするんだって」

 

 

「初めて来た」

「でしょうね」

 似合わない。

 別に無駄に神格化しているわけではないのだけれど、ドリンクバーも、狭い個室も、うるさい照明も、爆音の店内放送も、全部全部一つも篠澤広には似合わない。

「耳、痛くないですか?」

「ちょっと痛い」

「早く個室行きますよ」

 余談。

 こういう折に初星学園の学生証を見せると、割と高い確率で少し驚いたような反応をされる。

 ちょっと楽しい。

 しょうもないことだが。

「このタッチパネルで、何をするのかな」

「片方が料理の注文。もう片方は曲の予約」

「ほんとだ、検索できる。じゃあ、歌おっか」

「そこまで忠実にあるあるを再現しなくて良いんですよ」

 割とはしゃいでいるらしくて微笑ましい。本来は勉強をしに来た筈なのだけれど。

 ……まあ、篠澤広に勉強を教える必要なんて全くないと言って良いくらいなので、普通に歌うのだが。

 歌うのは好きなのだ。

「ねえねえ、プロデューサーは、何歌う?」

「なんでも割と。篠澤さんの分かる歌をなるべく歌いたいのですが、貴方は何が好きですか?」

 普段友人とカラオケに来るときは、何も気にしないで歌うタイプなのだが。

 しかし篠澤広の前でそんなことはできない。

 何も分からない顔でひたすら頭に疑問符を浮かべ続ける篠澤広の前で気持ちよく歌うとか、想像するだけで死にたくなる。

「……洋楽とか?」

「聞いといてあれですが、分からない訳では無いにしろわざわざバイリンガルの前で歌うわけないと思い至りませんか?」

 そんなの、想像するだけで恐ろしい。

 発音、違うよ。なんて。不思議そうに、悪意も無しに言われたら──多分、自殺する。

「じゃあ、プロデューサーがよく口ずさんでる曲が良い」

 そんな未来に想いを馳せ、遠い目をしていると。

 次に彼女が出したのは、そんな提案だった。

「……? 私が?」

「自覚、無い?」

「ま、まあ、少しはあります。ただ、有名じゃない曲も多いので……」

「大丈夫。全部メモしてるから」

 そうして、彼女はスマートフォンを取り出し、次々に曲名を読み上げる。

 

 ……良く親しんだ曲が、十数曲。

「アイドルの曲も、アニメの曲も、バンドとか、ぼーかろいど? とか、色々ある」

「……全部調べたんですか」

「うん。歌詞、大体一回聞いたら覚えられるから」

「恥ずかしいんですが……」

 

 それはそれとして。

 

「にしても、私の好きな曲をわざわざ調べるなんて、物好きですね。そんなに私のことが好きですか」

「うん。好き。よく分かってるね、プロデューサー」

「マイク貸してください、歌います」

「照れてる?」

「黙ってください。やってられっかくそったれ」

 

 人間が歌うとき。

 それは明らかなプレイミスを打開するために己を鼓舞するときである‼

 例えそれがどれほど一人で歌うのに向かなくとも、どれだけの声量を求められていても‼

 

「革命をLet’s Shout‼」

「一緒に歌う?」

「貴方には絶対似合わないでしょうが喉潰す気ですか‼」

 

「楽しかった?」

「……落ち着きました」

「そうとは見えなかったけど。じゃあ、次は私が歌うね。……検索ってどうやるの?」

 

「嘘だろ篠澤広」

「わたしはちゃんと発音できるから」

「嫌味か」

 

「どうだった?」

「新境地でした。ハイトーンボイスじゃないのに何だかすごくしっくり来ました。歌い方も声もまだまだ小さい点はやはり気になりますがそれにしたって魅力的かと。あとまあこんなこと言ってもって話ではありますが、発音はやっぱり綺麗ですね」

「いっぱい褒めてくれる」

「……ただ、あの。これは私の英語力の問題かもしれませんが」

「……言ってみて?」

「ずっとSheじゃなくてHe is a Killer Queenって歌ってなかった?」

「ふふ。……さあ、どうだろうね。じゃあ、次はそっちの番」

 

「プロデューサー、この人の曲好きだね」

「まあ、そうですね。最近では相当有名な方ですし、篠澤さんも知っているのでは?」

「うん。美術館で歌ってるの見た」

「また美術の話ですか。もう懲り懲りなんですが」

「なんで? あ、この曲」

「知ってますか?」

「プロデューサーがよく歌ってる。ドラマの曲?」

「……はい。……はい、そうです。ドラマは見てないんですが、曲が好きで」

「じゃあ、歌って。ちゃんと聞いてみたい」

「調べたときに聞かなかったんですか?」

「聞いたよ。でも、プロデューサーが全部歌ってるところは聞いたことない」

「……そうですか」

 

「この人の曲は、沢山あったけど、プロデューサーは、これが一番好き?」

「正直、ここまで世間に認知される前の曲を挙げたい気持ちはあるんです。割と昔から好きだったので、思い入れのある曲も好きな曲もあります。でも正直、一番好きな曲となると最近の曲になります。常に最高を更新していると言えるでしょう」

「それは、……すごいね」

「ええ。篠澤さんにも是非そうなって頂きたいです」

 

「じゃあ、わたしも、プロデューサーが歌ってた曲から選出する」

「張り切ってますね」

「うん。これなら、歌えそう」

 

「……歌えるかな?」

「気が狂うくらい似合うと思います。何なら今から丸の内行っても良いです」

「そうなんだ。じゃあ、歌おう」

 

 

 わたしは、彼の歌が好き。

 歌の良し悪しはあまり分からないし、何ならそう言うと例によって例の如く自虐的に否定されるのだろうけれど、何の嘘も無く、わたしは彼の歌が好き。

 

「プロデューサー」

「はい」

 マイクを置いた彼に、聞いてみる。

「どんなこと考えて歌ってる?」

「ええっと……」

 

「気分がいいな、と」 

「……なるほど」

 

 うん。

 参考になった、かもしれない。

 

「もっと歌って」

「良いんですか?」

「うん。わたしは、ちょっと疲れちゃった」

「アイドル候補生が言っていい台詞ですかそれ」

 

 部屋を出て、ドリンクバーという機械の目の前に立ち、ぱちぱち甘い炭酸水を注ぐ。

 彼のグラスには、様々な色の液体を混ぜてゆく。

 混ざってゆく色の渦。それを見ていると、少し前を思い出すような感覚がする。

 

 カラオケなんて、来たことなかった。

 

 彼はいつも、わたしのしたいことに付き合ってくれる。

 プロデューサーだから、じゃなくて。

 彼が、彼だからなのだと、私は知っている。

 

「──」

 

「ただいま」

「おかえり。……ねえ、その毒々しい色のグラスは?」

「飲んでみて」

「そういう事するタイプなんですね……」

 

 

「どう?」

「……え、あまりに美味すぎるんだけど」

「……飲むんだ」

「相場は絶対不味いやつだろこれ。奇跡のマリアージュ決めてるせいで反応し辛いし。これは計算の上なのか偶然なのかどっち? 俺の味覚が狂ってんの? 今から再現しに行っていいか?」

 

「プロデューサー」

「何ですか?」

 

 毒々しいグラスを幾つも持って帰って来た彼の目の前に、マイクを構えた私は。

 イントロに乗せて、言う。

 

「好き」

 

 とても、気分が良かった。

 

 ▲▼▲

 

「昨日は結局歌い倒しで勉強しなかったから、今日こそ試験対策しよう」

「声大丈夫ですか? 喉飴舐めます?」

「舐める」

 

 反省を活かして、今日は教室で自習。

 相変わらず授業が免除されている彼女と過ごす、二人だけの時間。

 

「とはいえ、改めて聞きますが篠澤さんに苦手な教科なんてあるんです? 国語ですか?」

「確かに、国語はちょっと苦手。古文は全部覚えれば簡単だけど。プロデューサーとは真逆かな」

「何故分かった。……いや、まあ、イメージ通りと言えばそうなのかもしれませんが」

 それこそ、こちらも篠澤広の答えも何となく察していたし。

 ──通じ合っているのだろう。癪な話だが。

「国語って教えるのはなかなか難しいんですが」

「試験なら教科書暗記すれば良いから大丈夫。そうじゃなくて──」

 すると彼女はそう言って、鞄から一冊の教科書を取り出した。

 日本史。

「わたし、一度も日本史習ったことない」

「そうなんですか。でも、日本史も覚えるだけですよ」

 

 言うと思った。

 わたしはそう思って溜息を吐いた。

 

「まあ良いでしょう。範囲は?」

 

「え?」

「え? って。試験範囲も覚えてないんですか? ほら、最初の縄文時代からなのか、中世からなのか、近代からなのかくらいは分かりません?」

「え、……ううん。縄文時代からで大丈夫」

「了解です。教科書じゃなくて資料集みたいなのもらってると思うので、アレ出してください。年表と写真で覚えたほうが効率的です」

 

「……先生」

「まあ今はそれで良いでしょう。どうしました?」

「好き」

「貴方ことあるごとにそれ言いますね」

 もにょもにょとした表情で彼は言う。

 少しは慣れてきたのかもしれない。それでも関係ない。わたしが言いたいだけなのだから。

 

 

 一時間程度あれば、大抵のことは覚えられる。

 彼は時代の流れを一つの物語みたいにして語ってくれた。覚えなくてはならない遺産についても、色々な雑学と一緒に語ってくれた。

 ただ言葉を並べられるよりも、よっぽど楽しかった。

「教えるの、上手だね」

「篠澤さんの覚えが早いだけです。普段じゃこうも行きませんから」

 メモ書きの増えた参考書を閉じて、隣に座る彼に、素直に感動を伝える。

「わたしも、千奈と佑芽に数学を教えようとしたけど、分からないのが分からなくて全然駄目だった。先生は本当に凄い」

「素直に嬉しいですね」

 彼は珍しく、言葉通りに、素直に笑って言った。

 いつも浮かべているのでは苦笑いか嘲笑か人相の悪い挑戦的な笑いのどれかだから、少し新鮮。

 

「塾講師は、まだやってる?」

「……シフトは入れてませんが、辞めれてもいないですね。もうそんな暇なんて無い筈なんですが、私は元来何かを辞めるのが苦手なんです」

「そうなんだ。……復帰したい?」

「あんまりです。生徒は好きでしたし、それなりに懐かれている自覚はあったんですが……同僚って言ったら良いんですかね。アルバイトなので、あんまり大仰な言い方をするべきではないんですが」

「うん」

「なんか……薄っすら好かれてない感じがするんです」

「じゃあ行かなくて良いね」

「貴方のプロデュースしてる間はそんな暇もありませんからね」

 

 うん。

 良かった。

 夕暮れが窓から赤い光を差し込んでいる教室をぼんやりと眺めながら、二人きりの空間の広い余白をもう一度見渡して、心からそう思った。

 

「あ、広ちゃんいた!」

「見つかった」

「プロデューサーの人も一緒なんだ! お久しぶりです!!」

「何だか久し振りだね、花海さんと倉本さん」

 

 丁度良いタイミングで、彼女の友人の二人が教室に飛び込んできた。

 こちらにも元気に挨拶をしてくる二人に向かって、自身も手を振り返す。幾ら久し振りとはいえ、彼女たちは学園の中では貴重な知り合いだ。そう間が空いたという訳でもないのに、どことなく懐かしい気分になる。

 ……というか。

 思い返すと、最近は篠澤広以外の人間と殆ど会話をしていない気がする。

 

「お二人は、試験勉強の調子はどうですか?」

「駄目です!!」

「助けて欲しいですわ!!」

「篠澤さん、どうしますこれ?」

「二人いれば何とでもなる……と、思いたい……」

 

 自身の交友関係の狭さに眩暈がするような気分でいると、その隣では、篠澤広が──あの篠澤広が──自身と似たような表情で目を回していた。

 あの篠澤広ですら手に負えない人類が、どうやらこの広い世界には存在するらしい。

 しかも二人も。

 

「あと二週間無いよ?」

「やめてくださいまし……」

「今回こそはお姉ちゃんに頼らずに赤点回避するって決めたんだけどなあ……」

 

 それでも、彼女はやはり楽しそうで。

 良い友人がいるみたいで、羨ましい──。

 

 

 椅子を引きながら。

 ここで「良かった」とか「安心した」じゃなくて「羨ましい」という感想が出るところが、己の浅ましさなのだろうなとふと思って、小さく笑った。

 

 ▲▼▲

 

「そういえば、私、プロデューサーの方にとうとうスカウトされたんです」

「へえ。めでたいね」

「……半ば強制されてのことなので、なんだか心苦しいのですが……それでも、嬉しいですわ」

「その人が倉本さんの良いところに気付いてくれると良いんだけど──いや、多分大丈夫か」

「それで、その……」

「うん?」

 

「私、実はプロデューサー科のお方とお話した機会が先生だけで……」

「うん」

「つい、私のプロデューサーのお方のことも、先生とお呼びしてしまうのですが。……直した方が良いんでしょうか?」

 

 居住まいが綺麗な女の子。純真で愛らしい女の子。

 無愛想な自身にも、それなりに懐いてくれた少女。

 

 そんな彼女にも、大切な人ができたんだな、なんて思うのは──なんだか、嬉しいような、寂しいような。

 

「ううん。きっと、その人も気に入ってくれると思うよ。特別な呼び名とか、俺は好きだし」

 

 

 何を言うべきなのかは分からなくて。

 結局、一つ笑って、月並みな言葉を並べた。

 本心がどこにあるかは分からないままに。

 

 

「……先生は、篠澤さんとはどんなことをお話しているんですの?」

「ん? 別に、特別変な会話はしてないと思うんだけど。どうして?」

「いえ。篠澤さんに、先生はどんな方かと質問したことがありまして」

「……へえ?」

 嫌な予感というより、純粋に気になって隣を見る。

 無邪気に「わかりません!」を繰り返している大型犬に手を焼いている少女が、その視線に気づいてか、同じようにこちらを垣間見る。

 

 目が合う。

 にこりと彼女が笑う。

 

「どうしたの?」

「……美人だなお前」

「急に褒められた。……嬉しいけど」

「じゃなかった。……違いました」

「違うんだ」

「違うってなんですの!?」

「いまさらっと凄いこと言ってなかった!?」

 ませた女子高校生が二人、隣でえらく騒いでいる。

 この程度でそこまで大声で反応されると、ちょっと不本意な感覚がする。

「二人共、慌てすぎ」

 一方で、篠澤広は悠々と自慢気だ。

 いつも通りに。

「プロデューサーはいつも、このくらいのことは言ってくれる」

「そ、そうなんだぁ……」

「どうでもいいよ。続き続き」

「ど、どうでもいいのでしょうか……?」

「言っておきますが、篠澤さんもよく好き好き言ってきますから。というか私より言ってます」

「うん。好きだよ、プロデューサー」

「ありがとうございます」

 煮え切らない様子の彼女らに、仕方なくいつも通りのやり取りを見せてやる。

 正直、彼女に言われる分にはもうとっくに慣れているのだ。ここは大人の余裕を見せてやろう。

「……千奈ちゃん、これってどうなの?」

「わ、私に振らないでくださいまし……」

 駄目だったらしい。

 ただ篠澤広が一層喜んだだけだった。

 

「で? 篠澤さんは俺をどんな動物だと思っていらっしゃるんですか?」

 気を取り直して。

 肩からずり落ちていた彼女の白いカーディガンをかけ直してやりながら、問うてみる。

「あ、その話してたんだ」

 彼女は横目にこちらを伺いながら、長くて綺麗な横髪を耳に引っ掛ける。

 柔らかな唇が揺れて、にっこりと笑う。

「プロデューサーは、捨てられた、甘えん坊の狼」

「誰が捨て犬だ」

 反射で零れた言葉に、彼女は首を傾けた。

 視線は小さな令嬢が必死に紡ぐ数式に向けながら、耳を傾ける。

「違う?」

「まあ狼は置いといても。もっとこう……クールでクレバーで獰猛な、とかで良いでしょうに」

「本気?」

「え、そんなにイメージ合いませんでした? 狼には変わらないと思うんですが。格好良い、みたいなイメージとは違うんですか?」

「確かにプロデューサーは、顔は格好良い」

「…………そんなことはないと思いますけど」

「ねえ、照れてるよね?」

「ええ、照れてますわよね?」

「でも、中身は可愛い」

「私が可愛いかは置いておくとしても、そもそも狼に可愛いとかありますか?」

「うん。寂しがり屋で可愛い。そういうところ、好き」

「……そう」

「照れてるよね」

「照れてますわよね」

 

 

「えっと。私も好きですよ。篠澤さん」

「嬉しい」

「負けてるね」

「負けですわね」

「プロデューサーの負け」

「良いですよ負けで」

 一人だけ深い溜息を吐き、少しだけ紅潮した頬で突っ伏している醜態を曝しているのが俺だった。

 一番年上なのに。

「……今日はいっぱい褒めてくれるね」

 ──いや。

 こっちも少しだけ、ちゃんと照れている……ように、見える。

「…………本心かは分かりませんよ」

「ううん。わかるよ」

「私自身にも分かっていないんですよ?」

「うん」

 彼女は、やはり照れたようにはにかんでいた。

 細く光る橙色の瞳で、小さく笑って、覗き込む。

 

「わたしは、あなたよりもあなたのことを知ってる」

 

「あなたも、そうだと思ってる」

 

 勉強中の雑談ほどよく盛り上がるものは無いと、そういう学生時代のあるあるを思い出したという話だった。

 

 そう。そんな話でしか無い。つまり、この話は此処で終わりだ。

 終わりなんだ。散れ。

 もう、こっちは心臓が痛いんだから。

 

 ▲▼▲

 

「プロデューサー」

「はい」

「そういえば。逆にプロデューサーは、わたしを動物で例えると、何だと思う?」

 帰り道。

 二人分の鞄を担いで、ゆっくりと歩く。

「心理テスト、じゃないけど。こういうの、嫌いじゃない」

「そうですね。昔は、……言っても全然経ってませんが、出会った頃は紋白蝶とか、クリオネとか、白蛇だとか、そういう風に思っていました」

「白い」

「まあ白いでしょう」

「そうだね。でも、今は違う?」

 彼女は首を傾げる。

 だらんと髪が重力に従って垂れ下がる。長い睫毛が揺れて、その奥の光、知性の輝き、好奇心の煌めきは、静かにこちらを見上げている。

 

 今は。

 今の俺の目に映る篠澤広は。

「……梟ですかね」

「梟」

「習慣のように周りを観察して、いつも不思議そうに首を傾げて、物静かで、大人しくて、理知的で。けれど、一度狙った獲物は絶対に逃さない、そんな獰猛さも隠し持っている」

 

「月光の下を気ままに自由に飛んで行く、真っ白な梟」

 

「です」

「……そうなんだ」

「ええ」

 

 篠澤広は、美術にしろ、音楽にしろ、独特で清廉とした感性を兼ね備えている。いつも、彼女と送る日々の中で、実感させられ続けている。

 だから、重ね重ね、彼女の前で自身のセンスを曝け出すことはとても苦痛だ。

 俺は狼で、篠澤広は梟だ。

 いつだって彼女は俺の元から飛び立って行ける。

 俺はそれを、地面を這って、見上げて、ただ吼えて見送ることしかできない。

 

「……ありがとう」

「どういたしまして」

 

 彼女が満足気に頷くのを、

 怯えながら安心しながら、

 いつも俺は、

 篠澤広に生かされているのだと、実感する。

 

 ▲▼▲

 

 わたしには優しくない朝日がわたしを貫いている、そんな通学路。

 重たい鞄を背負って、わたしは歩きながら考える。

 

 少しくらいなら、息切れせずに歩ける。

 他者が魅力的に見えている「わたし」の姿がどんなものなのか、ちょっとだけ分かった。

 わたしがしたい歌い方も、少しだけだけど、分かった。

 つまり、最初の最初、本当に初歩的な課題は解決したと言える。勿論、他の人と比べれば小さな一歩なのだろうけど。

 

 わたしは考える。

 飽きた? まだやりたい?

 これからも先に行ける? 前に進める? ここで頭打ちじゃない?

 もし まだ続けたいと思うなら

 それは どうして?

 

 

 わたしは選ばれた者であるという呼称を嫌悪する。

 選んでくれたことは嬉しいけれど、丁寧に辞退する。

 わたしはたとえそれが傲慢だとしても、選んでいたい。

 わたしの道も、わたしの夢も。

 その道を一緒に歩いてくれる、伴侶ですら。

 

 ▲▼▲

 

「プロデューサー」

「おはようございます、篠澤さん。朝早くから会いに来てくれるのは珍しいですね」

「うん。朝からじゃないと間に合わない」

「……何にですか?」

 

 警鐘が鳴る。全身を駆け巡る。

 篠澤広が、まだ話してもいないうちから、死ぬほど楽しそうな様子で笑っている。

 碌なことにならない。直感でもそう思うし、経験でもそう分かる。

 

「驚かないで聞いて欲しい」

「はい。何でしょうか」

 

 そうと分かっていて、それでも促してしまう。

 

「明日、ライブがしたい」

 

 

「認識を擦り合せましょう」

「分かった」

「貴方の現在の実力で?」

「うん」

「衣装は?」

「案は持ってきた。実物はまだ無い」

「演出は?」

「プロデューサーに任せたほうが良いと思ってる」

「曲は?」

「作った」

「音源は?」

「ある」

「ダンスは?」

「考えてる。ダンストレーナーにも秘密裏に相談して、そこそこ踊れるようにはしてある。今日で仕上げる」

「何曲?」

「一曲だけ。歌詞はわたしが書いた。作曲の方は、わたしが持ってるコネクション全部作ってやってもらった」

「聴きましょう」

 

 

 

 

 エキゾチックな伴奏。

 不思議なメロディ。

 ゆったりとした調子で流し込まれる莫大な情報量。

 

「……クオリティ高いですね。曲名は?」

「『光景』、だよ。……どう? プロデューサーは、きっと好みだと思う」

「認めるのは癪ですが、答えはイエスです。貴方にはよく似合う」

 

 

「……ソロライブは無理ですよ」

「分かってる。この曲が歌えればそれで良い」

 

「わたしから先生に色々相談したけど」

「そういうことはまず私に相談して欲しいですけど!?」

「でも、駄目だった。……だから、最終手段で、あなたに頼みたい。行ける?」

「あまり舐めないでください。私を誰だと思っているんですか。私はあなたのプロデューサーですよ」

 

 まあ、それらしいことで今までしたことと言えば、篠澤広が勝手にしやがったことに対する後始末くらいなものなのだけれど。それについては、もっと段階を踏んで……とか思っている間に、次から次へと自分から厄介事を持ち込んでくる篠澤広がだいたい悪いと思う。

 本当に勝手だ。自分が予定調和を嫌うからと言って、こっちの予定も全て破壊してくる。相変わらずとんでもないことに巻き込まれてしまったものだ。それ相応の実力があるとは、お世辞にも言えないというのに。

 

 だから、

 俺が面倒を見てやらないと、きっと勝手に生き急いで、どこかで野垂れ死んでしまうのだろう。

 それは──。

 

「……断らないんだ?」

「断ると思ってたんですか?」

「自分でも、馬鹿げたことを言ってるのは理解してる。そう言われて終わりでも、納得する」

「私より私のことが分かっている篠澤さんなら分かると思いましたが」

「……?」

「貴方が選んだことは、その全てが本当に尊いものに思えてしまうんですよ、私は。それがたとえ、どんなに無茶だとしても。貴方は、私が絶対に選ばない茨の道の先にある景色を求めていますから」

「……そういうの、プロデューサーは嫌いなのにね」

「本当にそうですよ。でも、まあ」

 

「生きてるって感じがしますから、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 放心状態から我に帰る。

 頬に走った鳥肌を静かに撫でる。

 心が粟立って、今すぐ踊り出しそう。

 

 

 わたしも立ち上がって、歩き出す。

 彼が出て行った経路をそのままなぞって、その足でレッスンへ。

 

 ▲▼▲

 

 リハーサルが午後から。

 それまでに衣装と照明の演出を練り上げろとのウルトラCを要求されている。ままならない。

 今回篠澤広が出演することになったのは初星学園主催の中規模のアイドルフェス。学園から一番近い大規模屋外ホールで、初星学園初等部の候補生数十人が代わる代わる登場しては歌ってゆくという形で進行するライブだ。丁度出場予定者の中に体調が芳しくない者がいて、丁度代役を探していた時期だったそうで、メイドカフェの店長と楽曲の出来と土下座と彼女の成績を惜しげもなく手札として切り続けて根緒先生を説き伏せて無理矢理枠を勝ち取ることに成功した。

 まず幸運だったのは試験週間だったことで、他のアイドルの立候補が少なかった点。学園全体が勉強漬けになっている状態で十全なパフォーマンスが出せるアイドル候補生はなかなかいない一方、勉学の点において篠澤広を上回る者はいない。例え一日二日勉強しなかったとて、問題など起きようもないという点をアピール。また、アイドルとしての実力に関しては前述の通り、以前アルバイトを行ったメイドカフェの店長に連絡を繋いで口添えを貰ってごまかした、その上篠澤広が作曲を依頼した相手が凄まじい知名度を誇る海外の作曲家だったこともあり、根緒先生は途中から情報量の多さで思考が回らなくなっていた。最後まで理性を保ったこちらの粘り勝ちと言っても過言ではない。

 きっと、篠澤広はここまで予測した上で提案を切り出したのだろう。結局、彼女の掌の上で踊らされている。

 ──正直言うと、こっちも処理落ち寸前で、なかなか危ないところだったのだけれど。

 

 で、今は何をしているのかと言うと。

「これ良いんじゃないですかね⁉」

「lab値も大体一緒だし、これで行きましょう‼ プロデューサーくん、篠澤さんのスリーサイズ覚えてる!?」

「身長体重スリーサイズ全部概算ですが言えます!!」

「概算って何!?」

「バストこんぐらい、ウエストこんぐらい、ヒップこんぐらいです!!! ほっせえなマジで‼」

「具体的な数値は!?」

「知りません、今から篠澤広の全身を十分の一スケールで紙に書くので測ってください!!!!」

「敢えて言います、気持ち悪いですし正確でもそうじゃなくても大問題!!! 今すぐ電話して聞いて!!!!」

 

 根緒先生と街中を駆けずり回って、爆速で作ってもらった型紙を元に、爆速で生地を調達。学園に戻ってミシン二台をフル稼働させながら、二人がかりで瞬く間に衣装を作り上げてゆく。

 

 お互い大慌て。

 ずっと何かしら叫んでいる。

 

「根緒先生! リミットまでにどこまで作れますか!?」

「あさり先生です‼ んでどこまでと言われても!! どうする気ですか!!」

「最悪上に着る服は篠澤さんが中学校だった頃に使ってた制服を改造します‼ 上着と髪飾りだけ作れれば何とか形にはなるかと‼」

「ズボンは!?」

「用意があるそうです!! ……あ、靴は……いいや、白くて長いブーツくらい駆けずり回って見つけてやれば」

「だーめーでーすー!! 踊るんですよ!!! 一番合うものを選ぶ、これが鉄則です‼」

「あー……あー……よし、」

 

「篠澤さん‼」

「な、……何、……ぷろでゅーさー……」

「今すぐあのメイドカフェに連絡入れて靴調達して貰ってください‼ 好きなの選んでいいので‼ でも動きやすさ最優先でお願いします‼」

「わかった……」

「……今何されてます?」

「ダンスレッスン……」

「明日動けます⁉ 筋肉痛で動けないとかやめてくださいね⁉」

「だい……じょう……ぶ……」

 

 

「大丈夫です」

「……本当でした?」

「はい。死にかけてるのはいつものことなんで」

「色んなところから聞きますけど、あなたたちは本当に変わっていますね」

「そうですかね?」

「互いの駄目なところを信用して任せていて、互いの良いところで張り合おうとしている、そんな気がします」

「……すいません、今そんなこと言われてもよく分からないです」

「そうですか……」

 

 なにせ。

 移動している間にも、ミシンを稼働している間にも、

 自身の目の前には常に、その会場で行われていたライブの過去の映像が、延々と流れている。

「いい加減目が痛い……」

「はい、目薬どうぞ」

「……常備薬買おうかな」

「こなした場数の数だけ、ポーチの中に入れる薬は増えますからね」

「最悪の標語」

「プロデューサーでメンズアイドルユニット組む時はそういう名前にします。ぜひ入ってください」

「なんなんですかその前衛的過ぎて崖から飛び降りてるレベルの博打企画」

「仕事の量と薬の量は比例の図形を描く。略して薬漬け」

「製薬会社のプロモーションすらさせてもらえなさそうですね」

 

 ▲▼▲

 

「篠澤さん、一応聞きますけどリハーサル行けますか?」

「ごめん……無理そう……」

「分かりました。全力でお休みしてください」

 

「という訳で、歌って踊ってくださいあさり先生」

「う。媚びるのが上手ですね……」

「篠澤さんから動画を受け取ってます。これでお願いします。大丈夫です、複雑な動きは一つも無いので」

「そういう問題じゃないんですが……まあ、分かりました。高くつきますよ……」

「構いません。幾らでも払います」

「別に。わたしが奢るので、飲みに付き合ってくれたら良いですから……」

 

 そんな訳でライブ映像を数回分確認し、実際に使われていたライトの仕様のパターンを把握し、ある程度の演出を(脳内で)固め終わったのは、リハーサルがある会場に行くまでのバスの道中。

 もう、机上の空論のまま九龍城塞を創り上げている気分だった。

 そしてそれを伝えるのが大変な作業であることも理解していた。最悪の場合、篠澤広の出番の時だけ裏側に乗り込んで、自分で機材を操作してしまおう──とでも思っていたが、流石に向こうもプロで、こちらの意図をすんなりと酌んでくれたどころか、幾つか改良案も出して貰えた。

 基本的に、課題や仕事は孤軍奮闘で片付けるタイプであるので、こういう他者と協力してブラッシュアップを行なうという経験は実は貴重だった。なかなか面白い。

 そんな具合に、継ぎ接ぎの張りぼてを積み重ねて準備は終わり、リハーサルが始まり──。

 

 

「なんか、……思ったよりもサクサク物事が進みますね」

「進んでいるのは時間だけですよ。時間も老いも何もかも、この世界は常に人を置いていきます」

 

 帰りのバスの中、二人で並んで揺られてゆく。

 車窓から差す光は赤く染まり、違う意味で死んだ色をした二組四つの目を突き刺している。

 

「……だから、きっと。この恥もいつか、忘れられていきます」

「本当にごめんなさい……」

「良いんです。わたしは……」

 

 自分自身だって、純粋に心労と疲労でいっぱいいっぱいになっている。しかしその程度、彼女の受けた痛みに比べれば些事だ。

 

 あさり先生は、リハーサル中に盛大に転んだ。

 完璧な受け身を取っていたため、傷は無かった。あくまで、身体には。

 

「最近運動してなかったのが祟りましたね……」

「歌も踊りもとても上手でしたよ」

「慰めは要りません……」

 

 物凄く気にしていた。

 同じ立場なら、多分自身もそうなっていただろうけれど。

 

「ここまでしたんですから、ちゃんと成功させてくださいね……」

「本当にありがとうございました……」

「あとやることは?」

「衣装もうちょい手入れて……靴確認して……髪型も考えないといけませんし……そもそも篠澤さんって生きてるんですかね、過労死してませんかね……」

「……学園着くまでは考えるのやめましょうね」

 

 掠れ声が二つ、他に乗客のいないバスに小さく響いた。

 

 

 

 沈黙。

 駅を読み上げるアナウンスとバスが揺れるごとんという音だけが、時折聞こえるだけの時間が、しばらく続く。

 

「別に、恨み言を言う訳ではないんですが」

「はい」

 

 再び、車窓の外をアンニュイに覗きながら、根緒先生は問う。

 

「どうしてこんなことを急に始めたんですか?」

 

 当然の質問だった。

 しかし生憎、その答えは持ち合わせていない。

 

「……篠澤さんがそうしたいと言ったんです。私も理由は分かりません」

「……それでここまでできるなら、もう立派なプロデューサーですね」

「今まで頼ってくれなかったのは、ちょっと気にしてるんですけどね」

「それ、あなたが言いますか?」

 

「自覚は無いかもしれませんが。あなたも大概、ワンマンプレーが得意な生徒ですよ」

「仲の良い友人がいないだけです。本当は誰かに甘えていたいですよ、俺は」

「それでも、一人で解決できてしまえたことが──あなたの孤独の原因なのかもしれませんね」

 

「そう考えると、良いコンビになれそうですね。孤独な天才二人、されど問題児」

「どういうキャッチコピーですか……俺は天才じゃないですよ」

「篠澤さんに気に入られたのも、そういうところだと思いますよ」

「……どういうことですか?」

「それは、篠澤さんに聞かなくちゃ駄目ですね」

「そうでしょうか……」

 

 ボタンを押す。

 タラップを降りる。

 日は、とうに暮れている。

 

 ▲▼▲

 

「………………」

「大丈夫? 死んじゃいそうな顔してる、よ」

「死にそうじゃないです。死にたいんです。希死念慮に押し潰されそうです」

「変なの。出ていくのはわたしなのに、プロデューサーの方が緊張してる」

「貴方は私のものですからね……」

 

「違うんです」

「違わない。……ふふふ。じゃあ、プロデューサーのためにも、頑張らないと」

 

 ペンライトの光も、観客の熱狂も、とにかく凄まじい。舞台袖の向こうのアイドルの一挙手一投足毎に地面が揺れる。曲の振動が身体を揺さぶる。

 そんな、彼女には似合わない空間で、篠澤広が立っている。

 黒いセーラー服に真っ白な上着を着た、妖精のような、儚くて美しい少女。

 本来自身が思い描いていた篠澤広のアイドル姿とは違う。けれど、方向性は示すことができた。出来合いのプロデュースにしては及第点と言えるはずだ。

 篠澤広のリクエストがこちらの想定に近かったのも、それに一役買ってくれた。

 彼女は俺の好みを、本当に良く理解している。

 

「それにしても、激しい曲が続くね。みんな、凄い」

「最悪のセットアップですよ。頭空っぽで盛り上げる曲と曲の間に入る曲じゃないんですよね本来は。貴方もこのくらい踊れてくれていたら少しは気が楽になったものを……」

「それは、そうかも」

「……いえ、だいぶ失言でした。許してください」

「うん、ちょっと追い詰められすぎてる。落ち着いて。一緒に深呼吸しよう」

 

 二人で呼吸を合わせる。

 何とも馬鹿な絵面だが、篠澤広はいつものように楽しそうに付き合ってくれる。

 

 

 

「……大丈夫ですか? コンディションは万全ですか?」

「喉がちょっと痛い。昨日は結局倒れてからそのまま睡眠に移行したから、変な時間に寝たことになって、睡眠の質は最悪。全身の筋肉痛が酷い。できるなら、動きたくない」

「それは、つまり」

「つまり」

 一つ頷くと、彼女も頷く。

 意識の外で、流れていた曲が終わろうとしている。

「絶好調、ですね」

「うん。これで失敗しても、言い訳出来ないくらい」

 

 暗転。

 一瞬の暗闇。煌々と光ったままの瞳。

 

「安心した」

 

 彼女は振り返って、舞台の方へ視線を向けた。

 

「プロデューサーは、わたしのこと、ちゃんと分かってくれてる」

 

 背中越しに彼女の声が聞こえた。

 プロデューサー失格だと思う。

 彼女のその声の安らかな響きよりも、その言葉の中身の方が嬉しい。

 

「わたしのこと、ちゃんと見ててね。プロデューサー」

「言われなくても、心配で目が離せませんよ」

 

「じゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 

 一瞬だけ躊躇って、

 それから、それでも、唇を開く。

 

「篠澤さん」

 

 彼女は足を止める。

 背中、だけだとしても。

 その表情が、想像できる。

 

「楽しんで」

「それこそ、言うまでもないね」

 

 そうして、彼女は歩いてゆく。招かれざる偶像。誰にも求められていない、孤独でアウェイな、

 ままならない。そんなステージで、歌うために。

 

 ▲▼▲

 

 熱狂は立ち止まる。

 光が消えて、音が消える。暗闇と静寂。たっぷり三秒。誰もが困惑している。次のMCは、出番は。

 

 そうして手元のフライヤーを見て、ようやく気付くだろう。自身の知らない名前がそこにいることに。

 

 曲の始まりは、弾むような不規則なリズム。

 それが鳴り終わって、伴奏が始まって、一気にライトが点灯。わたしを追いかけて、追い越してゆく。事前に示し合わせたわけでもないのに、わたしはそれを知っている。リハーサルなんてなくても、最初から網膜にその光景は刻み込まれていて、わたしとあなたはそう、通じ合っている。

 

「」

 

 わたしは歌う。

 ちかちかと私の周りを舞う光がわたしを導いている。けれど、長くは照らされない。

 観客席からは、わたしの全体像は見えない。そういうことになっている。

 

「」

 

 その一方で、わたしは貴方たちを見ている。

 彼が愛している橙色の瞳と、目が合う。

 

 わたしは梟。

 わたしは妖精。

 彼がそう評してくれたのだから、きっとわたしはそうなのだ。

 あなたはわたしのことを、わたしよりも知っている。

 わたしは、あなたが言う魅力的で美しいわたしを知らないでいるのだ。

 

「睫毛の向こうで」

 

 歩くように、踊る。

 丁寧に。足が縺れないように。

 

「誰かが、瞬く方、で」

 

 息を吸い込む。

 精一杯、声を届けなくてはならない。そんな思いも、すぐに冷えてゆく。

 

 

 

 ああ。 

 とっても、気分が良いな。

 

 

 

 ▲▼▲

 

「やってくれやがりましたね、篠澤さん」

 声がした。

「何かしたっけ」

 見知った天井。

 初星学園の保健室。

 隣にはハンガーに吊られた白い上着。わたしはセーラー服を着て寝ている。

 記憶を取り返して、周りの状況を整理して、すぐに問い返す。

「……わたし、ちゃんと歌い終わった?」

「はい。綺麗に歌い終わって最後の一声が途切れた瞬間倒れたんですよ貴方」

「……がんばった、よ」

「それは認めますけども……」

 うん。

 わたしの身体が興奮と負荷に耐えきれなかったんだろう。アドレナリンの供給が止まった瞬間に電源が落ちたのだ。その前からの記憶が無いのは、きっと俗に言うゾーンという奴だろう。あの程度でゾーンに入れてしまうというのは、なんだか体力不足の象徴に思えてしまって、自慢にはならない気がするけれど。

「大丈夫だった?」

「今各所にアレは演出だったということにしてあるので口裏ちゃんと合わせてくださいね。マジで本当に頼みますよ。全世界に体力不足をプロモーションするとかいう最悪の事態は避けますから」

 で、隣の彼は真逆に、現在進行形でアドレナリンが溢れているらしい表情だった。

 神経質な瞳で、ノールックのままスマートホンの打鍵をしている。指先に残像が浮かんでいるあたり、多分世界レベルの速度だ。

 というか、今時ローマ字打ちなんだ。

 変なの。

「そういう方向性で売っても、面白いかな」

「冗談になるくらいの体力付けてから出直してください。一曲で倒れるアイドルとか誰が使うんですか。せめてソロライブやった後に点滴付けてアンコール出てくるくらいがちょうどいいんですよ」

「そっか。……頑張る」

「是非そうしてください」

 

 そんな訳で、録画を確認。

 彼が撮ってくれたもの、客席側のカメラの映像。SNSの反応、音楽番組の特集。色んな角度で、わたしが映っている。

 特集、という程ではないけれど、無名にしてはなかなか沢山名前が出ているみたいだ。

 主に、最後に倒れた場面だけど。

 

「……どう?」

「これで満足と言われたらもう泣きますけど。ただ、思っていたよりは悪くなかったというのも事実です」

「ほんと?」

「よく言われていますが、貴方と目が合ったという意見が散見されました。感想を色々見ても、『幻想的で儚いアイドルである篠澤広』を演出できたのではないでしょうか。この辺りは篠澤さんが本当に上手でした」

「そうだね。反応は概ね狙い通り。……ねえ、最後に倒れた瞬間のブラックアウトは、打ち合わせてた?」

「はい。万が一倒れたらその時点でそうしてくれと。まさか役立つとは」

「結果論だとしても、すごい」

「ありがとうございます」

 素直に凄い。わたしへの信頼の無さも、それに対しての布石の的確さも。

 任せて良かった。当然だと言うかもしれないけれど、それでも沢山褒めてあげたい。

 けれど彼は、わたしに喋る隙を与えてくれない。

「私が総評するなら、歌も踊りもまだまだなのに風格だけはそこそこあると言ったところでしょうか。話題作りにも結果的に貢献できてますし、貴方の名前を覚えて帰ってくれた人は多いでしょう。及第点以上の結果ではあります」

 わたしが考えていることなんて知らないまま、果物の皮を剥く代わりとばかりにせわしなく両手の指を弄り合わせつつ、そうまくしたてて、

 その調子を変えないまま、ふと視線を上げて、

 わたしを、拗ねたような、呆れたような。そんな薄い目で睨んだ。

「でも、二度としないようにしましょう。飛び道具は二度と通用しませんし、」

 

「……何より。俺をこんな気持ちにさせないでください。もう二度と」

  

「怒ってる?」

「怒ってないです。心配してるんです」

 知ってる。

「心配してくれてるんだ」

「当然です」

 知ってる。

「わたしのこと、好きなんだ」

「……それ、どう返すのが正解なんでしょうかね」

「嫌いなら、嫌いって言っても良いよ」 

「嫌いなだけならそれで良いんですがね」

 

 わたしの睫毛の向こうにいる彼の表情は、いつもの未来を憂うものとは違っていた。 

 彼の心根は、本当に簡単に読めてしまえる。その優しくて憐れな瞳が、誰に向けられているのか──その答えは、だから明白で、その事実はわたしの心に燻る炎でわたしを焦がしている。

「何を恍惚としているんですか」

 そんなことにも気付かないで、嫉み交じりの声で彼は言った。

 本当に、あなたはあなたのことを知らない。だから、わたしの想いに思い至らない。

「課題は山積みですからね。こんなところで満足しないでください」

「……褒め過ぎたって顔してる」

「はい。あんまり調子に乗らせると、すぐに飽きてしまうでしょうし」

「大丈夫。反省も、ちゃんと聞く」

「ダンスも歌も、あの日の中では最下位ですから。これからのレッスンで、地道に鍛えていきましょう」

「そっか」

 嬉しい。

 まだまだ、わたしの前には道が続いている。

 わたしはまだ、あなたと歩んで行ける。

「楽しいことがいっぱいで、なんだか困っちゃうね」

「貴方が楽しそうなのに比例して私は困りますけどね」

 

「……逆に、ですが」

「うん」

 彼の唇が揺れる。

 柔和な響きの言葉が紡がれる。

 

 彼の言葉は真面目だ。

 真剣勝負、という意味で。一言一言に、沢山の想いを込めている、そんな意味で。

「篠澤さんは、どうでしたか? 初めてのステージで、貴方のオーダーを、お互いに出来る範囲で突貫工事で仕上げた訳ですが」

「うん。お互い、一生懸命に頑張ったね」

「何か収穫はありましたか?」

「そうだね」

 思い出す。

 わたしの、初めてのステージ。

 ファンなんてものはいなかった。だから、言ってしまえば──あの数分間だけは、二人だけの時間だった。

 おめかしをして、わたしの知らないわたしになって。

 その手を取って、あなたがエスコートしてくれた。

「言った通り、身体は痛くて、動きたくないくらい怠くて」

 

「でも。見たかった景色が、少しだけ見れて」

 

「うん」

 

 そう。答えは、とっくに決まっている。

 あなたと違って、本当は苦手だけれど。真剣勝負で、伝えたいと思う。 

 

「楽しかった、よ。プロデューサーのおかげ」

 

 分かち合えた。

 誰かと一緒に。一人では成し得ないことを、達成するために。

 わたしのことを理解して、わたしのことを愛して、わたしだけでは届かない場所にわたしを連れて行ってくれる。

 誰にだってできることだときっとあなたは言うけれど、わたしはその誰かがあなたで良かったと思っている。

 あなたの美しさは、あなたの清廉さは、わたしにとってはかけがえのない光景。

 あなたとわたしで創る、唯一無二の光景。

 

 わたしは笑った。

 彼も、ほっとしたみたいに笑った。

 

「なら、苦労した甲斐があったというものですね」

「ありがとう」

「どういたしまして」

 

「行っちゃうの?」

 彼は少し億劫そうに、丸椅子から立ち上がる。

「もう少し話したかった」

 そう言って、立ったまま、困ったみたいに首を振る。

「あんまり長居するのもどうかと思いまして。そもそもあさってから試験なの忘れてませんか?」

「……世界史、教えて欲しいかも」

「貴方選択してないでしょうが。……ちゃんと点数獲ってくださいね。そういう条件なんですから」

「勉強に関しては、心配要らない。だから、授業してほしい」

「変なところでやる気がありますね」

「あなたの授業、楽しいから」

 一瞬だけ、ぴしりと硬直。

 そして小さく首を傾げて、手で口元を隠して、呟くように吐息を転がす。

「…………嬉しい」

「わたしの真似?」

「普通に伝えるには照れすぎますから」

 

 それができるだけ、進歩したのだな、なんて。

 場違いに、わたしは思っている。

 わたしがそうであるように、彼もわたしと一緒に成長している。願はくば、彼もそれを快く思っていて欲しい。

 

「じゃあ、返す返すもゆっくり休んでください。明日からも苦難は続きますよ」

「楽しみだね」

「モチベーションがあるなら結構です。……本当に」

 それでは。

 そう言って、彼が踵を返した。返そうとした。

「ねえ、」

 

 対して、わたしは一つ呼びかけて。

 

「こっち、来て」

「はい?」

「まだ。もうちょっと」

 

 訝しみながら、でも無防備に。彼はわたしに歩み寄る。

 

 わたしは一生懸命に身体を起こす。

 

「屈んで、ね」

「はい。これで良いですか?」

「うん」

 

 目と鼻の先にあなたがいる。また、何か変なことを始めようとしているのか。そんな表情で、呆れたみたいに、でもどこか楽しそうに。

 わたしが少しだけだけど見下げる形になっているのは、なんだか新鮮な気分だ。

 元から、あまり背が高い方ではないから、それも手伝って、彼はやっぱり可愛いのだと思う。

 口枷を嵌めた狼。誰かを傷付けることを厭って、けれど素直にもなれなくて、孤独なままの狼。

 

「プロデューサーは否定するかもしれないけれど、わたしはあなたがいてくれて良かったと思ってる」

「……そうですか」

「わたしのこと、ここまで面倒見てくれて、ありがとう。もっとずっと、一緒にいたい」

「……どうしたんですか。いつも好きとかだけなのに、今日はえらく具体的と言いますか」

「うん。好きだよ」

「……頭打ってます?」

「ひどい」

 

 にっこりと笑ってみる。

 彼が釣られたみたいに口角を緩めたのが見えて、また心が弾む。

 

「だから、今日のお礼」

 

 手を伸ばす。

 両手で彼の頬を挟む。

 

 あの雨の日も、同じようなことがあったな、なんて。照れ隠しと同じように思い出した。

 

 間近で彼の瞳を覗き込む。

 まるで引き込まれていくように、吸収されるように。否、既にわたしは惹かれている──。

 

 ──。

 

 乾いた皮の肌触り。厚い肉の食感。

 薄皮一枚の先で控えめに咲いた水音に、目の前に居る呼吸が小さく驚いて、反射的に酸素を求めて、一旦離れようとする力のベクトルが働いた。非力な腕では抑えられないで、だからもたれかかるようにもう一度追い掛けて、下から再び、今度は喰らうみたいに押し付ける。

 目を細めて、見据えた先にいた彼の藍色の瞳が、静かに静かに揺れている。濁った沈澱が、新しい刺激で掻き回されて、砕けて、浮上する。

 それは電気的な化学反応。目には見えなくても、表層には顕れなくても、ビーカーの奥底では激しく宇宙と宇宙が結びついて、大きな革変を起こし、小さな小さな世界を裏側から混沌の坩堝へと作り変える。

 たっぷり、数十秒かけて、わたしはあなたの貞操を舐り尽くした。もぐもぐと、ちゅるちゅると、無抵抗な柔肌を喰い破って、穢れの知らない初心な心理を掘削した。唇で触れて、唾液と唾液を交換し合って、熱くなった全身は爛れている。ぞくぞくと身体の中心から震えが湧き上がって止まらない。背徳。多幸。いつまでも、こうしていたい。

「……ふ、ふ」

「」

 彼は呻いていた。

 何にも形容できない、原初の言語。口枷を嵌められたみたいな唸り声。銀色の糸が垂れた口元が揺れている。

「気持ちいいね。初めて知った」

「……し、の、さわ」

「久し振りだね。その呼び方」

「アイドル……辞める気……ですか、……」

「ううん。ただのお礼。気にしないで」

 意地悪だ。

 そんなこと、彼に限ってできる訳が無いって、知っているのに。

 知っているからこそ。

「じゃあ、また明日」

 ベッドにもう一度寝転がって、未だに抜けない悦楽に浸りながら、彼に送るのは流し目。

 なるべく──彼の目の中のわたしが艶美であって欲しいと、そう願いながら。

「早く、出てあげたら?」

 彼は一瞬だけ、見開いた眼を泣きそうに歪めて、

 それから、踵を返して走り出した。 

 

 ▲▼▲

 

 最悪だ、最悪だ、最悪だ!!!!

 未だに抜けない悦楽に膝を震えさせながら、主観視点で呼吸を荒立てた気持ちの悪い男の姿を唾棄すべきもののように眺めて、歩く。

 篠澤広を読み違えている。篠澤広を解釈できないでいる。そんなことはいつものことだというのに、なのにまだ啓示に似た衝動が拭えない。

 指先が揺れている。

 首筋が粟立っている。

 全身に走った寒気で凍え死にしたいくらいなのに、一点だけでろりと溶け落ちそうなほどに甘くじくじくと疼く灼熱の痛みが突き上げてこめかみを抉っている。

 ああ気持ち悪い気持ち悪い! 気持ち悪い! これだから嫌いなんだ!

 思わず掌を噛む。母指球に弧を描く点線が生まれる。そのまま腕でも足でも振り回してぐちゃぐちゃになってしまいたい! 一欠片も残らないで蒸発してしまいたい!!!

 強引に頭を搔き毟る。指と指の間には抜けた髪の毛が、爪の先にはビット単位の白い垢が。怖気がして、追い立てられるみたいに投げ棄てる。

 ずっと、己が醜くて嫌だった。

 己から溢れるすべてが汚くて嫌だった。

 顔の造形もそう。肉の付いた体型もそう。抜け落ちる毛も流れ出る体液も老廃物も皮脂も爪も、声も欲望も思想も想像も、全部が醜くて嫌だった。どれか一つでも綺麗な物が生み出せればいいと思っていたけれど、全部が駄目だった。

 他人のそれに比べても、身体を構成する物理的な成分は変わらない筈なのに、精神を策定する言語や知識も大して変わらない、寧ろその点については恵まれているくらいなのに、どうして自分の代謝だけは全てが汚いのだろうと思わずにはいられなかった。それはきっと、生きていると実感するから嫌だった。こんな自分が生きていて、様々な場所に、誰かの記憶に、己の汚い痕跡を残している事実が嫌だった。自身がそんなゴミの塊であると考えるだけで、全身に蟻が這い回っているような思いがする。

 

 綺麗になりたかった。

 潔癖になりたかった。

 光源氏の息子である薫中将は常に香の香りを纏っていて、遠くにいてもそれが分かるほどだったという。彼の呼び名はそこから取られたのだとか。

 もし自分もそうであったのなら、どれほど良かっただろう。

 もし自分もそうであったのなら、もっとちゃんと、自分を愛せただろうか。

 

 

 潔癖で居続けたかった。

 清廉でいたかった。

 

 篠澤広は。

 彼女の隣にいる間は、気が紛れた。彼女は美しくて、その美しさに気を取られて、己の卑しさを忘れていられたから。

 なのに──。

 彼女の口づけ一つで、正直な反応を返すこの身体が憎らしくてみっともなくて仕方がなくて、今更になって己の醜さを思い出して、吐き気すら催している。己の欲望が憎い。気色悪い。

 

 彼女の唇が触れる手前で、その目論見に思い当たったのだ。

 疑念でしかなかったけれど、そうだとして、彼女を押し留めて拒絶するには十分な余裕があった筈なのだ。

 けれど、そうしなかった。選ばなかった。それも悪くない、と、安易に身を委ねた。

 あの瞬間、確かに俺は、浅ましくも、……。

 

 泥を落として歩いている。

 彼女は、鱗粉を振り撒いて歩いている。

 醜い相貌で、欲深な焼き印を押し付けて生きている。

 彼女は、可愛らしい妖精の足跡を残して生きている。

 俺は汚らしく這っている。

 篠澤広は、清らかに飛んでいく。

 

「……」

 

 やられた、と、そんな言葉は適切では無いのだけれど。

 心情を切実に表現するのなら、そうなる。

 けれど、もう遅い。彼女の思惑通り、平静を保てないまま、俺は──。

 

『今話せる?』

      『後で掛け直すから待って』

『わかった』

 

 携帯電話を操作した。

 ツーコールの後、小さなノイズ音と共に回線が繋がった。

 

「もしもし。久し振りだね」

 

 中庭のベンチに座る。

 快晴の宵闇の中で、月明かりの下で、錆びた声だけが静かに滲み渡る。

 

 ▲▼▲

 

 イヤリングを提げて、黒のチョーカーで首を絞めて、酸欠半分で歩く。 

 羽織っているのは、いつもの学園指定のカーディガンではなく、私服の黒い上着。あしらわれた蒼い花の柄が綺麗で気に入っている。少し暑いが、まだ許容範囲内。

 この格好で出歩くのは久し振りになる。建物のガラスに映る自分の姿に違和感を懐くのも仕方がない。

 けれど、似合っているかはどうでも良い。服を着ているのではない。アクセサリーを着けているのではない。ただ、自身の憧れを身に纏って生きている。──そう胸を張りたいが、彼女の前で果たして同じ言葉を吐くことができるのか。いまいち、そこには自信が無い。

 そんなことを思いながら、視界の端の白に向かって歩いてゆく。

「わ。可愛い服だね。似合ってる」

 杞憂だった。

 何だかんだ言って、彼女に何かを否定されたことなんて殆ど無い。言ってしまえば、勝手に思い浮かべた彼女に勝手に否定されているのが常なのだ。自傷癖、自虐癖もここまで来ると大層滑稽だ。

「こういう服着るんだ。確かに、好きそう」

「……お気に召したらしくて良かった。篠澤も綺麗だな」

「そう? 嬉しいな」 

 待ち合わせ先に立っている彼女は、白いワンピースに全身を包んでいた。

 普段の露出の多い服装とは、印象が大きく異なる衣装。篠澤広が本来持つ清楚な気配によく似合う。

 の、だけれど。それ以前に。

「……それ、日傘を差す女をイメージした服だったりする?」

「うん。プロデューサーが言ってたの、調べた」

「忘れても良いのに……」

 なんというか。

 もしも、奇跡が起きて子供が生まれたとしたら、見栄を張ったりはしないでいよう、と思った。

 幻想を懐かれ続けているような気分だ。自身にはそれに足る格が無いと知っている側からすれば、なんとも苦々しい。

「いつもと違ってちょっと動きづらい。転んじゃったらごめん」

「絆創膏と消毒薬は持ってるから大丈夫」

 常備薬が増えたら、と、根緒先生は言っていたけれど──まさか担当のための薬が増えるとは。

 そこまでして着て来なくて良い、と言うのは野暮だろうが。やはり、下手なことは言うべきではないな、なんて。

「……プロデューサーが好きな、モネの絵だった。やっぱり、わたしのこと、好きなんだね」

 そう思って俯いた直後、え、と。

 たまらず彼女の方を振り向いてしまった。

 その言葉と仕草の失態に気付いて、ぴしりと表情が凍り付くのを自覚する。彼女は形の良い眉根に一瞬だけ皺を寄せて、すぐに意地悪く表情を歪める。

「……もしかして。自覚、無かったの?」

「偶然だよ。物語じゃないんだ、何でもかんでも伏線だと思うなよ」

「偶然じゃなくて、運命、だよ」

「上手い事言ってやった、みたいな顔をするんじゃじゃない……もう嫌だ、俺どんだけ間抜けなんだよ……」

 言い合いながら、渡された鞄を肩に引っ掛けて歩き出す。

 彼女の奥底にある色っぽさから、必死に目を背けながら。記憶に刻み込まれた柔らかさから、必死に意識を逸らしながら。

 

 ▲▼▲

 

 幾分か緊張を滲ませた表情で、彼が歩み寄ってくる。

 可愛い顔に可愛い服装。

 わたしは今日もあなたに会えて、嬉しい。

 だけれど──もうそろそろこの時間が終わってしまうことにも、薄々勘付いている。

 

 ▲▼▲

 

 今日は試験終わりと篠澤広の初ステージ両方の祝いを兼ねて、いつもの三人でカラオケに行くことになっていた。

 何故そこにプロデューサーがいるのかというと、残り二人のプロデューサーが両方それなりにコミュニケーション能力が高く、一方の自身は誘いや提案を断ることができないタイプなのだということを鑑みれば簡単に分かる。

 あれよあれよという間に、一度会ってみよう、私服で集まろう、何なら一緒に着いていこうという風に話が纏まってしまい、特段嫌ではないにしろもう少し段階を踏みたいと騒ぐ自分の心はまあ良いかで押し留め、こうして外に出てきたのである。

 

 その結果。

「何と言うか」

 大学生の男三人、高校生の女三人。

 集まった面々の顔を同時に見渡して、それぞれの身長の層で視線が重なり合う中。

 口火を切ったのは、花海佑芽のプロデューサーだった。

「通報されたらマズそうですね」

「ええ、どう見ても私達ナンパ師ですもんね」

「いやネームバリュー抜群のこいつらに声かける馬鹿はいないと思いますけどね?」

 元アスリート、財閥の令嬢、飛び級で大学卒業した才女。

 よくよく考えれば凄まじい面子だった。成績は全員終わっているが。

「そもそも一人ホストみたいな人がいるのがおかしいと思います。担当もプロデューサーも揃って雑誌の表紙みたいな恰好しなくても良いじゃないですか」

「言われましても……」

 で、倉本千奈のプロデューサーの方はちょいちょい俺に当たりが強い。

 普段から時々顔を合わせるタイミングはあるのだけれど、にこにことしながら何かしら絶対に突っかかってくる。……それだけの隙を晒しているとも言う。

「俺何かしましたっけ……」

「別に。それはどうでも良いのでどうやってライブまで漕ぎ付けたのか教えて貰っても良いですかお願いします」

「ああ、余裕が無いだけか……」

「ある訳ないでしょう大学生にして成果出さねえとクビとかやってらんねえ……」

「やめてください今日は忘れさせてください少しでもテンションが落ちると咲季さん思い出して死にたくなるんです」

 全員メンタル弱いんじゃねえか‼

 暗い雰囲気で震えている二人からそっと視線を外し、明るい方向に視線を遣ると、ちょうど篠澤広が楽しそうにお嬢様にカラオケについて教授しているところだった。

 こちらの視線に気付いたらしく、先を進んでいた彼女は一瞬だけ立ち止まり、隣に並ぶ。

 Sit downとばかりに、掌を下向きにして、そのままスライド。こちらは彼女の指示通り、膝を曲げて屈む。

「何よ」

「予習しておいて、良かったね」

 耳元で、吐息で、囁く。

 鼓膜が揺れて、脳も一緒に揺れる。

 

 

「お、死んだ顔で戻ってきましたね」

「何言われたんです? 一緒に傷を舐め合いましょうや」

「俺の担当が美人過ぎて嫌になりました」

「何だお前やんのか。それで言うならうちの担当は最高の肉体ですよ」

「こいつらキショすぎる……」

 

 大学生の会話って感じだった。

 いや、他にサンプルが無いだけなのだけれど。

 

 ▲▼▲

 

「喉飴買いに行こうか」

「賛成」

 

 時間はあっという間に過ぎて、解散になった。

 まだ明るい空の下、篠澤広だけを隣に伴って歩く。なんだか、無性に収まりが良い。

 互いに喉がだいぶ荒れていた。

 盛り上がったというか、上滑りしたという方が正しいかもしれない。

 

「楽しかったか?」

「楽しかった。プロデューサーも楽しそうだったね」

「うん……まあ、そうとも言えるか」

 

 結局成り行きで、完璧な発音と一緒に洋楽を歌ってしまったり。

 プロデューサー組で同じアイドル曲を三連続で入れて勝負を始めたり。

 普通なら絶対にしないことばかりしてしまった。 

 

「面白かった」

 

 それでも、篠澤広が楽しそうなら、それで良い。

 

「そこの薬局で買うか」

「あ。わたし、行ってみたいところがあるんだった。良い?」

「良いけど。この辺?」

「うん。多分、だけど」

 

 するりと音がして、彼女の薄くて冷たい手が、こちらの掌に潜り込む。

 彼女には見えないように舌を噛み締めながら、握り返す。

 そのまま、歩いてゆく。多くの人とすれ違って、追い越されて。

 

 周りの人間の騒がしさに、少し驚くときがある。声だけでなく、歩く速度にしても、険しい表情にしても。

 きっとそれは、己が鈍化したせいだ。人生のテンポが篠澤広に合わせてチューニングされたせいだ。アンダンテ、歩くような速度で。

 

 光景。

 彼女が著した歌詞は、美しかった。

 俺は、口には出して言わずとも──それは照れ臭いからでも、改めて言うようなことではないと思っているからでもあるが──篠澤広の全てを愛していて、憎んでいて、嫌っていて、そして、同時に尊敬している。

 あの曲を聞いたとき、一つ腑に落ちた。

 彼女は生きる速度が他者に比べてもよっぽど遅い。

 だからこそ、沢山の色の波長を、精緻な世界を、彼女の拙速さの分だけより鮮やかに受け取って生きてきたのだろう、と。

 だからこそ、普遍的な光景からも、凡夫では感じ取ることの出来ない美しさを見出しているのだろう、と。

 

 このまま、彼女と同じ速度で生きることができるなら。

 篠澤広の隣で歩くことができるなら。

 もしかすると、彼女のように美しい視点で、彼女の見ている美しい光景で、この世界を見ることができるようになるかもしれない──なんて。

 それこそ今の自分には、篠澤広以外の全てが色褪せて見えているくらいなのに。

  

 視線の先で、彼女は振り返る。

 極彩色の光を纏って、清らかな白い髪に溢れんばかりの輝きを込めて。

 篠澤広の白は、虚無の白ではない。極彩色の色を全て集めて、その先に到達する、即ちは虹色の白。

 なんて綺麗なのだろう。どんなに、美しいのだろう──。

 

「着いた」

「……あ。そうか」

「沢山、考え込んでたね。何を考えてたの? わたしのこと?」

「そう。篠澤のこと」

「……そっか」

 

「じゃあ、行ってくる。ちょっと待ってて」

「分かった」

 

 するりと掌が引き抜かれて、彼女は歩いてゆく。

 どこか上の空のまま、それを見送ってゆく。

 

 そうして一人になる。

 イヤリングに手を当てる。金色のリングに、小さな貝殻のような白い飾りのついたもの。

 誰を意識して購入したものか、なんて。今更言うまでもない。

 

 心は、彼女の方向に向いている。

 ずっと、彼女を想っている。傲慢に、一つの欲望を懐き続けている。

 愛されたい。傍にいて欲しい。 

 

 じくじくと身体を蝕む毒がある。

 

 臆病な心は常に、彼女を切り捨てるべきだと言っている。

 結局、彼女といる間は心の休まる瞬間がない。一寸先は闇で、闇雲に脚を出して、一度でも転べばそれで終わり。

 

 何度も、あのステージを思い出す。

 その度に、気付いてしまう。

 彼女はアイドルにはなれるだろう。多くの支持を得るだろう。けれど、……頂点には、なれない。

 

 オンリーワンにはなれる。けれど、ナンバーワンにはなれない。

 生まれついての身体能力が、真っ当な意味での資質の不足が、見て取れてしまう。

 何故なら、

 俺は、己の手でトップアイドルをプロデュースするなんて、そんな無謀な夢を抱えている。

 最早誰のためでもない一つの夢に、それでも縋っている──。

 

 さあ。

 どうする?

 

「……篠澤」

「呼んだ?」

「…………おかえり。用事は済んだ?」

「うん。繁華街じゃないと売ってないと思ってたから、丁度良かった。それと、喉飴」

 がさりと渡されたレジ袋には、ぽつりと一つ、個包装の砂糖の塊がたくさん詰まった袋だけが入っていた。

「じゃあ、帰るか」

「あ、待って」

「ん?」

 そう言って振り返った掌を、彼女は引き止めるように握る。

 そして、訝し気に振り返った俺の瞳を覗きながら、惑わすようにしながら、小さく呟く。

「……ちょっと、寄り道したい」

 

 繁華街。

 寄り道。

 買い物。

 フラッシュバック。

 

「篠澤⁉」

「多分、違う」

 

 ▲▼▲

 

「お邪魔します」

「掃除してないけど良いか」

「うん。わたしの部屋も、そんなに綺麗じゃない」

「掃除しに行ってやりたい……」

 自分以外に対して謎の潔癖が発動することは、割とあると思う。

 厄介と言えば、そうなのだが。

「……なんだ。普通に綺麗」

「物は少ないかもしれない」

「アイドルのグッズとか、置いてあるものだと思ってた」

「別に、特段懇意のアイドルがいた訳では無いんだよな」

 ぺたんとベッドの上に座り込んだ篠澤広は、興味深そうに周りを見渡している。

 かと思うと立ち上がって、おもむろにクローゼットの引き戸を開けた。

「何何何」

「服、どんなの持ってるのかなって」

「今日のとあんまり変わらないと思うけど……」

 黒くて。

 長袖で。

 可愛い。

「うん、良かった」

 それらを一通り眺めた後、彼女は小さく頷く。

「良かった……?」

「ね、座って」

 そして再びベッドに座り、その隣をぽんぽんと叩く。

 その仕草に釣られてデスクチェアーから立ち上がって、自身も同じように、示された場所に腰を下ろす。二人分の重量で、ベッドフレームが軋む。

「何がしたいの」

「じゃーん」

 篠澤広は起伏無く言う。

 そうして、手に持った器具を取り出して、こちら側に示す。

「……何これ」

「ピアッサー」

「…………俺ですか?」

「うん。わたしとお揃いにしよう」

 

 彼女は同時、髪を掻き上げ、耳の後ろに引っ掛けて見せた。

 小さくて可愛らしい耳朶に、控えめな大きさのピアスが嵌まっている。

 

「プロデューサーは、空けてないでしょ?」

「確かに空けてないけど」

「何かまずい?」

「…………貴方が空けていてお咎めなしな時点でおそらく何も問題無いはずですが……」

「怖い?」

「気が乗らない? って聞いてください……」

「そっか。じゃあ、こっち来て。やってあげる」

「拒否権は!?」

「大丈夫。怖くないように、手、握っててあげるから」

 

 ▲▼▲

 

 わたしの膝に頭を置いて、目を瞑って。無防備を晒して、彼は右手を必死に握っている。

 指を一本一本絡み合わせる、所謂恋人繋ぎ。わたしがそっとその形を選んだことに気付いてすらいないのか、そんなことはどうでもいいのか、寧ろ喜んでいるのか。

 

「……行くよ」

「一思いにお願いします」

 

 敬語に戻ってる。

 こうなってるところをもっと見ていたいけど、多分この調子なら高いところでも狭いところでも暗いところでも同じような反応をすると思う。

 

「はい、反対側」

 

 背中を擦りながら言ってやると、彼はそれでも尚小さく震えながら身体の向きを変えた。

 

「痛くなかったでしょ?」

「そういう問題じゃないです。早くしてください」

 

 そろりと髪を掻き分ける。

 祈るような、胎児のような、無垢な横顔。可愛い。

 もう一度キスしてやろうか。

 

「はい、終わったよ。消毒するからこっち来て」

「……とうとう空けられたか」

「成長?」

「退化です。昔から空けないまま死ぬつもりだったのに」

 貴方はいつもわたしの決意を破壊する。

 ぽつりと呟く声は、胸の辺りから。

 ──凄く自然に、彼はわたしに抱き竦められている。

「重いから、壁に背中着けて良い?」

「好きにして」

 ふう、と、一息吐いて、除菌シートで耳朶を拭いてあげる。

 買ってきたピアスは、まだもう少し待って貰わないといけないかな。

 

 

 

「……ねえ。あの子とは、どんな話をしたの?」

「高校が楽しいって話」

 

 彼は瞼を薄く閉じながら、静かに答えた。

 

 ▲▼▲

 

『この子、先輩が担当してるアイドル?』

 

 リハーサルが終わって、篠澤広と打ち合わせを終えて、ようやく家に帰って──。

 ふとスマートホンを開いて、そこに表示されていたメッセージがそれだった。

 その形容が正しいかはさておき。

 昔の女からの連絡だった。──初星学園を志して、結局届かなかった、昔馴染み。

 

『今度行くライブのセトリが変わってて。プロデューサーの名前見て、あれ? って』

 

「篠澤」

 

「どこまでが仕込みだった?」

「思いつきだけ。ここまで上手く行くなんて思ってなかった。プロデューサーが敏腕だったから、完璧になっちゃっただけ」

 アイドルのファンなんて、SNSをやってなんぼだ。観に行くライブの情報も、推しも、全部全部、調べようと思えば幾らでも、自分から開示してくれている。

 それを見つけ出して、後から追いかけて出演しようだなんて──そんな発想に至る者がいないだけで。

「何が目的だった?」

「プロデューサーが、今はもう彼女と連絡を取っていないって、口ぶりでわかってた。だから、これがきっかけで、もう一度連絡するようになったら──」

 相変わらず物静かに、同時に緩やかに、彼女は語る。

 低い体温に徐々に熱を移されてゆくのを、頬で感じている。

「……プロデューサーは、わたしを見捨てるのかなって」

 

 適切な返答を見失って、意図せず沈黙が流れた。

 いやに静かなアパートの一室で、聴こえるのは冷蔵庫のモーターの駆動音と、篠澤広の微かな息遣い。

 

「……ファーストキスまで奪っていおいて、よく言うよ。見捨てられる気ゼロだったんだろ、どうせ」

「最初は、本当にそうなるかもしれないってわくわくした。それを防ぐために頑張った。とっても、楽しかった」

 

 でも。

 薄く瞼を開く。

 見上げる表情には、くたびれたような、無気力な影があった。

 

「最後の最後に日和った。だから、確実な手段を取った。ああしたら、プロデューサーはもう他の女の子は口説けない」

「悪女が」

「あの時のわたしの心拍数を知らないからそんなことが言える。……本当に緊張した。ライブより」

「アイドル失格だよ」

 

 そもそも、趣味で目指している時点で、失格と言えば失格なのかもしれない。

 それとも、それを覆い隠して踊れる者こそが真正のアイドルなのかもしれない。

 俺には無理だろう。

 

 ……俺はまだ、篠澤広が奪った椅子の脚の下に頭を置いている。

 顔も知らない誰かへの罪悪感を、未だに捨てられないでいる。

 

「実際、まともに頭が回らない状態で電話したから──その目論見は、憎々しいことに成功したわけだが」

「うん」

「要らない心配だったよ」

 

「…………趣味の合う彼氏を見つけてライブは全通、アイドルの夢は諦めたし、成績は全然駄目だけど、それでも勉強に恋愛にイベントと、毎日が楽しいよってさ」

 

「うん。わたしも、楽しそうにしてるなって思ってた」

 彼女の投稿のことだろう。

 だから、俺は彼女のアカウントを知らない。

「俺は喜んでやるべきだったんだろうし、良いことなんだろうし。……実際、上辺ではよかったねって言ってやったよ」

 彼女の声は弾んでいた。

 こちらが促すまでもなく、最近あったことをつらつらと語る勢いは溢れんばかりで、留まるところを知らなかった。

「でもさ、篠澤」

「うん」

 ただ、相槌を返していた。

 それで精一杯だった。

「あいつの中で俺はもう過去の存在で。何も残っちゃいないんだ」

 

「俺が抱いてる未練も、後悔も、全部知らないまま、勝手に前に進んで、幸せそうにしてる」

 

「俺は驕っていたから、一から百まで世話をしてやって面倒をみてやって、それが楽しくて、プロデューサーにまでなったけど──あいつにとってはそこまで重要なことでも無かったのかもしれない。或いは、迷惑だとすら思っていたのかもしれない。……分かってるつもりではいたけど、実際にそうだったと分かってから、それを受け入れることができない俺は──きっと本当に傲慢だったんだ」

 

 ふと。

 髪の毛に伝わる感触があった。

 

「……けど、それは俺がずっとやってきたことだった。習い事も部活も勉強もそれなりにやってきたけど、今もそれを継続してるわけじゃない。俺も多くを諦めて、多くの人の好意や施しを無下にして勝手に生きてる。たまたまもうやめられない段階に来たから、たまたま投げ出せてないだけで、きっと本来の俺はプロデューサーって夢ですら投げ棄てて生きていくくらい無責任なんだ」

 

 ピアノを弾いた。

 算盤を弾いた。

 絵を書いて、字を書いて、本を読んで、写真を撮って、まあ無邪気になりたい夢を自由に描くガキだった。

 それが歓迎されるのは良くて中学生までなんだと悟って以来、全てぱたりと辞めてしまった。

 

「そんな俺が都合よく、夢を諦めないで欲しいとか、俺が与えたことを大切にして欲しいとか、そんなことを願う資格なんてない」

 

 悔恨とは違う。

 淡々と、己が辿ってきた因果応報に、尊大な羞恥心に、恥じ入っている。

 

「分かってるんだけどな。そんなこと」

 

 篠澤広は、まるで聖女のように。 

 そんな俺の頭を撫でていた。

 

 ▲▼▲

 

 彼は我儘を人に押し付ける機能が欠落している。

 否、それを正当化する機能を喪っている。

 わたしは人よりよっぽど身体が弱くて、今も鞄にたくさん詰まった薬を飲んでいないと頭が痛くなったり極端に眠くなったり動悸が止まらなくなったりするくらいで、だから人に迷惑をかけるのにも慣れている。

 わたしは昔から、誰かに助けてもらうことが当たり前だと思って生きている。

 

「……プロデューサーが夢を諦めたくないなら、きっとわたしを見捨てた方が良いね」

「……そうだな」

 

 彼の懐いた夢は、知らないあの子をトップアイドルにすることだった。

 それをどこまで達成することを目指すか、どこまで挫折してまで夢を目指すか。たとえそれがどれほど最小限だとしても、きっとその隣にわたしはいないと、わたしはなんとなく分かっている。

 彼の夢にとって、わたしは邪魔な存在だ。

 

 最初は、苦しそうな顔をしているのを見るのが好きだった。

 だけど、あなたは憐れ過ぎて、あまりに純粋過ぎて。わたしは初めて、あなたに寄り掛かることを厭った。躊躇った。

 そうでないわたしも、勿論いる。あなたの苦悶している表情が可愛らしいと笑うサディスティックなわたしも心には住んでいる。

 けれど、わたしは──誰かを慮って身を引きたい、そんな欲求の発露を祝いたいという、ごく非人間的な心の機微を観測したのだ。

 

「じゃあ、解消する?」

「……随分と乗り気だな」

「うん。わたしは、それでもきっと楽しい」

 

 わたしはきっと、いつだってなんだって楽しめる。

 痛くても哀しくても辛くても。幸せでも嬉しくても。

 でも、あなたは違う。あなたは繊細で、あなたは脆くて、あなたは欠陥を抱えている。自重で潰れてしまった白色矮星の成れの果て。イメージカラーも相まって、暗黒星に似ている。

 

 わたしといることそのものがストレッサーになっていると言うのなら。

 自身の将来を案じてしまうのだと言うのなら。

 アイドルになるために研究所から出て行った、あの時と同じように。

 今までの思い出は思い出のまま、別々の方向へ歩んでいけばいい。

 

 それは──あなたがいたから、思い浮かんだ一つの答え。

 わたしは、思うに。ずっと選んでみたかったのだ。

 自分の目的を擲ってまで、初対面の少女を保健室に連れて行くような。

 話し相手になってくれて、食べ切れなかった食事を食べて、頼めば仕方ないな、みたいな顔で何だって応えてくれるような。

 いつでも、身体が弱い女の子の鞄を代わりに持ってくれるような。

 

 あなたの身勝手で偽善的で自己中心的な、美しき自己犠牲を。

 誰かに愛されたいと願ったあなたの、今まで顧みられることのなかった、沢山の施しを。

 

「だけど、あなたには幸せになって欲しいと」

 

 思う。

 

 わたしは、そう続けようとした。

 できなかった。

 ──何故だか言葉が紡げないでいることに、気が付いた。

 

 肺がごろごろとする。呼吸が上手くできない、酸素が入っていかない。

 眦が熱くて痛い。

 

「あれ……?」

 

 言葉を吐こうにも、震えて掠れて、まともに出力できない。

 拭っても拭っても視界は霞むことを続けている。唇が勝手に震えている。

  

 喘息?

 風邪?

 

「篠澤」

 

 それがあまりにも久し振りで。

 いや──もっと言えば、殆ど初めてで。

 

 わたしは、彼の胸元に出来た水滴の跡を見て、ようやく自分が泣いている事実に気が付いたのだった。

 

 ▲▼▲

 

 甘えてばかりはいられないので、──それ以前にこんな状況で静観しているほど流石に腐ってはいないつもりで、思わず身体を起こした。

 篠澤広は、当惑したように泣いていた。

 微かな嗚咽を漏らしながら、惚けたように目元を擦り続ける様は、まるで自分の感情に理解の追い付いていない赤子のようだった。

「……篠澤。なんで泣く」

 声が震えかけたのを、一瞬で呑み込んだ。

「すごいね」

 嗚咽混じりの声。けれど、同情を誘うようなものでも、ましてや憐れなものでも何でも無く。恐ろしいくらいに淡々としていた。

「わたし、笑って別れるつもりだったのに」

 あなたみたいに──。

 

 何のことかはさっぱり分からなかった。

 しかしそれに理解が追い付くよりも前に、彼女が胸元にぼふりと体重を預けたせいで、もうそれどころではなくなってしまった。

 

「……ごめん。今の、無かったことにして」

「そもそも俺の答えも聞いてないのに何言ってんだ」

 

 恐る恐る、半ば諦観も込めて、彼女を抱き締め返した。

 薄い肉と皮の向こう側には、ごつごつとした手触りを返す骨と関節。頼りなくて、潰れてしまいそうな弱弱しさ。

 

「……わたしのこと、見捨てないの?」

「なんでそうなるんだ。俺にはこれ以上喪えるものなんてないんだよ」

「あなたは、わたしの眼から見れば、とっても凄いプロデューサーだと思うけど」

「才能を大事にしろって? 篠澤が一番言われたことだろ、それ」

「……わたしのこと、迷惑だと思ってないの?」

「思ってないって言えば嘘になるけど、そういう問題じゃない」

 滑稽なくらいに的外れな質問を繰り返す彼女を抱き締めたまま、一つ溜息を吐いた。

 何故だか妙に得意な気持ちになる

「さっきの話、聞いてなかったの。……俺は我儘だから、一度手に入れたものは一生俺のものであって欲しいし、俺は傲慢だから、そんな資格も無いのに、ずっとずっと愛されていたい」

 もぞもぞと、顔を埋めたまま。

 本当に困惑しているらしい彼女は、ぽつりと言った。

「……夢、叶えなくて良いの?」

「良いんだよ。趣味だから」

 

 彼女は思っていたよりも馬鹿なのかもしれない。

 今更──本当に今更。

 

「確かに、篠澤と一緒にいると、ままならないことばっかりだよ。辛いことも多いし死にたくなるし、色んな人に迷惑を掛けて、面目が立たないって思うことばっかりな上に、定期的に篠澤が厄介事連れてくるし」

 

 恨み言なんて、言おうと思えば幾らでも言える。

 俺は篠澤広のことが嫌いで、憎んでいて、殺してしまいたいくらいだと思っている。

 俺に無いものを持っていて羨ましい。自分より素敵で妬ましい。

 

 けれど、出逢ったことを恨むことは一生無い。

 だって──篠澤広は、俺を愛している。

 

「だけど、それが生きてるってことだから」

 

 らしくない言葉を吐いた彼女に、だからこそらしくない言葉で返す。

 

「上手い事言ったみたいな言い方だね」

「なんてこと言うんだ……」

「ねえ」

 

 首元に細い腕が回された。

 あまりにも軽い重力を、彼女の薄い背中に回した手で支えながら、間近にある光源に、彼女の燃え盛るアルビレオに、焦点を合わせる。

 生い茂った真っ白な睫毛の向こう側で、やはり静かに揺れている。

 もう一度、ゆっくりと瞬きをして、一対二雫の水滴が零れた。

 

「わたしと一緒に、……夢も思い出も全部捨てて、一緒に生きてくれる?」

「篠澤が望むなら、俺はずっと篠澤と一緒にいるよ」

 

 彼女の声は、もう耳を傾けなくたって聞き取れる。

 歩幅は小さく、速度は遅く。

 路傍の石に目を遣って、脇道に咲く花に微笑んで。

 そんな日々を、俺は知っている。その美しさを、知っている。

 

「そっか」

 彼女は、やはりいつも通り笑った。

「嬉しい」

「なら良かった」

 相変わらず、本当にいつも通り、綺麗だと思う。

 

 耳に穴も空けられて、身体の速度をチューニングされて、なのに、今更捨てられてしまったなら──彼女が想定している以上に、俺の人生はきっと生き辛い。

 けれど、もしまた彼女が気まぐれに飛んで行ってしまうなら、きっと見送ることしかできないのだろう。

 篠澤広とは違って、諦めるのには慣れている。

 

「篠澤、」

「何?」

 彼女は悪戯っぽく微笑んだ。

 見通すような、見透かすような、そんな瞳で。

 敵わない。同時に、安堵する。一つの許しを得た証左。

「逃げるなよ」

 梟は無防備に待っている。

 狼に喰らわれるのを。

 

 

 

「……長くてねちっこくてしつこい。死んじゃうかと思った」

 抱え込んで、そのまま押し倒して、いつになく弱弱しい呼吸で伸びかけている。

 互いに、どちらのものとも思えない荒い息を吐き散らかしながら、数秒。

「目が怖い。食べられちゃうかも」

 それでも、怪しく輝く目で、

 篠澤広は、心底愉しそうに笑う。

 

「もっと、して」

 

 ▲▼▲

 

「はい、上手ですよ。昔習ってたりしました?」

「ええ。エリーゼとか弾けてました。……今は殆ど忘れてしまいましたけど」

「基本的な運指ができるとできないでは大違いですからね」

 白い羽の装飾を耳から揺らしながら、懐かしい感覚のする鍵盤を鳴らす。

 童心に帰ったような気持ちがする。そう言えば、この音色がどうしても好きだったな、なんて。

「楽しそうですね」

「ええ。楽しいですよ」

 

 ▲▼▲

 

「……ねえ」

「珍しい。手毬の方から話しかけてくるの」

「私のこと、何だと思ってるの。……今歌ってたの、なんて曲? 聞いたことないけど」

「ふふ。それも当然。だって、わたしのプロデューサーが作った曲だから」

「そうなんだ。道理で素人臭い歌い方だと思った。そんなの、ただ自分の気分が良いだけの歌い方でしょ。アイドルの歌い方として全然なってない」

 

「嬉しい」

「何が」

「手毬、歌い方教えてくれるんだ」

「……見込みが無いと思ったら、すぐにやめるから」

「ふふ。楽しみ」

 

 ▲▼▲

 

「Getting into life 'Cause I found that it's」

 

 

 まるで精霊みたいな恰好で、彼女は歌っている。

 相変わらず体力は無くて、激しい動きも無いのにまだ三曲が限度なアイドル。そんなアイドルのファン層はやっぱり変人ばかりで、SNSではその筆頭に自身が挙げられている。まことに不本意だ。

 

「Not so boring Not Anymore……」

 

 それでも、やはり彼女は綺麗だ。

 顔も、雰囲気も、歌声も。

 

 コールも入らない。手拍子も入らない。邪道も邪道、普通のアイドルとは全然違う。

 まさにオンリーワン。トップアイドルになる日が来るとすれば、現代のアイドルの定義に凄まじいパラダイムシフトが起こって、このスタイルが王道になる日なのだろう。多分、そんな日は一生来ない。

 要は、道なき茨道を進むしか無いのだ。

 彼女が選んだ道を、彼女を守りながら、傷だらけになって。

 上手くいかないね、なんて、笑い合いながら。

 

 それで良い。それが良い。

 趣味なのだから。

 

「二曲目」

 味気なく、彼女はコールする。

 既に息が上がって、辛そうで、けれどどこか楽しそうに。

 

 舞台袖から、静かに歩き出す。

 いつ以来になるかは分からないくらい緊張しながら。うるさい心臓をなるべく意識から外しながら。

 

 すれ違う直前、彼女は笑う。

 しょうがないから、笑い返してやる。

 

 グランドピアノの前に座って、そこに置いてある楽譜を眺める。

 よく見知った曲だ。当然だ。俺が作った曲だ。

 

「行ける?」

 

 頷く。

 歓声が上がる。

 

「皆も知ってる通り、わたしのプロデューサーが作ってくれた曲だよ。聞いて行ってくれたら、嬉しい」

 

 また歓声が上がる。

 これで盛り上がってるんだから、そりゃあ変人だよなと、深く納得している。

 

「”論じる, カレイドスコープ"」

 

 ▲▼▲

 

 貴方の故郷には, 神話なんて無い

 

 黒の介在しない,極彩色の夜

 月の媒介しない,生存可域の星

 

 わたしが手を伸ばす

 触れる

 歪める

 小さなレンズ越し

 ミネルヴァ

 アンブレラ

 笑うなら 

 あなたの傍で

 論じていたい

 

 カレイドスコープ 

 ミクロなトラップ

 目が焼けるシンメトリー

  

 未知の世界を覗いて

 交信してみる

 

 カレイドスコープ 

 マクロチューニング

 脈動はアシンメトリーね

 

 どうか聞かせて

 あなたの歌声

 

 ▲▼▲

 

 歌っているときのわたしは、なんだかいつも夢を見ているようで、意識は朦朧としていて。

 なんだか漠然と楽しいという気持ちがして、天にも昇るような気持ちで。

 踊っているのか、倒れているのか、その違いすら分からないくらい。

 自分が歌っているのか、誰かに歌われているのか、そんなよく分からない命題に挑んでしまうくらい。

 

 

「篠澤さん」

 そして、気付けば大体こうなっている。

 即ち──声がして目が覚めたら、知っている天井を見上げている。

「またやった?」

「またやってくれやがりました」

「どこまで歌えてた?」

「三曲ちゃんと歌い終わってくれましたよ。デジャヴ過ぎてびっくりです」

 うん、体力云々の問題じゃない気がしてきた。

 目的を達成した瞬間に気が緩むのが駄目らしい。

「ピアノ、上手だった」

「はい。自分で言うのもなんですが、完璧でした」

「わたしはどうだった?」

「成長はやはり感じますね。特に歌。少しだけですが、安定するようになってます」

「手毬のおかげだね」

 

 彼は苺を積んだお皿を差し出してくる。

 一つ齧ると、なかなか甘くておいしい。

 

「ねえ、プロデューサー」

「何でしょうか」

「次はどんなライブにしよっか」

「学園の試験が近いので、まずはそこでどんなパフォーマンスをするか考えます」

 

「……わたしで合格できるかな?」

「多分このままだと赤点も良いところなので、死ぬ気で励みましょう」

「酷い」

「事実なので。哀しいことに」

 彼は真面目に、そしてとても分かりやすくプロデューサーっぽく、そんなことを言って一人で頷く。

 

 

 

「篠澤……」

 

 で、その分──なのか、そもそもこっちが素なのか。

 帰り道、二人きりになった瞬間を見計らっては、今度は甘えたがりの送り狼になってしまう。

 こんな具合に、寮の門限ぎりぎりまで彼の自室でいちゃいちゃと乳繰り合っている。

 別に男女の仲という訳でもないのに、妙に爛れてしまって困る。見られたら、あんまり言い訳出来ない。

 

 全然、満更ではないけれど。

 

「ねえ」

「何」

「わたしの、どんなところが好き?」

「顔が綺麗なところ。俺のことが好きなところ。色鮮やかで艶やかで美しいところ」

「嬉しい」

「……この茶番毎回やるの?」

「だめ?」

「駄目じゃないけど」

「わたしも、あなたがわたしのことが好きなところ、大好きだよ」

「……そう。嬉しいよ」

 

 あれから、彼はキスの一つもしてくれない。

 代わりに、言葉は沢山送ってくれるけれど。

 わたしのキスだって受け入れてくれない。

 抱き締めてもくれない。

 せいぜい、手を握ってくれるくらいで。

 

「……ままならない」

「何が」

「……わたしに飽きた?」

「そんな訳ないだろ」

 

 それでも、楽しい。

 それが、楽しい。

 

 つまるところ、

 わたしの毎日は、充実している。

 

 ▲▼▲

 

「すみません、一年二組の篠澤さんいますか?」

 

 声が聞こえる。

 

「レッスン中に倒れたと聞きまして。そちらに預けられたと……ああ、今は寝てるんですね。そうですか」

 

 起きてるよ。

 伝えようと思ったけれど、声が出ない。

 

「熱があるんですか。……そうですか」

 

 大丈夫。

 肌で分かる。

 一日休めば、多分回復するよ。

 

「重症っぽいですか? ……ああ、なら良かった。まあ、流石に今日は休ませないと駄目でしょうね」

 

 やっぱり、声は出ない。

 

 このまま、帰ってしまうだろうか。

 熱を移しても困るし、そっちの方がありがたい。

 だから、わたしもこのまま眠ってしまおう。

 

 意を決して、布団を頭まで被る。

 固いスプリングが軋む。柔らかさの感触のしない掛け布団のこすれる音がする。

 

 

 

 静かな足音がする。彼の気配がする。

 

 

 そっと薄く目を開けると、逆光で光るカーテンの手前に、彼が座っていた。

 何をするでもなくわたしの方を見て、哀しそうな瞳をしている。

 

 わたしの胸が、きゅんと縮こまる。

 

「……寝ろ」

「気付いて、たんだ」

「いや、今気付いた。びっくりした」

 

 彼は優しく頭を撫でて、それから掌をおでこに当てた。

 

「……あつい?」

「うん。基本的に俺の体温って高い筈なんだけど、それより多分熱い」

「知ってる」

「……頭痛いか?」

「頭痛い。喉も痛い」

 

 静かに彼の右手は滑り降りて、手の甲で頬を撫でるに至る。

 

「心配したよ」

「ごめん」

 

 わたしが左手を伸ばす。

 彼は、差し出していた利き手とは違う方の手で、わたしの掌を包み込む。

 

「なんだか、懐かしいね」

 

 思い出すのは、一番最初の記憶。

 彼がわたしを運んでくれて、鞄を持ってきてくれて。

 

「いつのこと?」

「入学式の時のこと。あの時、謝らなかったの、ちょっと後悔してる」

「気にしなくて良いのに」

 

 わたしは、あの時。

 わたしのせいで入学式に出られないで、きっと怒っているだろうな、と思ったのに──。

 

「親切ってほどでもないと思うけど……どういたしまして」

 

 そう言った彼の表情が優しくて、

 それは、彼なりの気遣いだと、何となく悟って──彼に惹かれた。

 

「ねえ」

「何?」

「笑ってみて」

 

 彼は一瞬だけ戸惑ったみたいに首を傾げた。

 それから。

 いつもみたいに、仕方ないな、みたいな顔で笑った。

 

「これでいいの?」

「……うん」

 

 

 

 

 

「ねえ」

「どうした」

「愛してる」

 

 

 

 

 

 




作中歌はオリジナルです。一番だけ作詞しました。作曲は無理です。

曲名:論じる,カレイドスコープ

Artist:篠澤広
作詞:アルターエゴ

▲▼▲

 貴方の故郷には, 神話なんて無い

 黒の介在しない,極彩色の夜
 月の媒介しない,生存可域の星
 
 わたしが手を伸ばす
 触れる
 歪める
 小さなレンズ越し
 ミネルヴァ
 アンブレラ
 笑うなら 
 あなたの傍で
 論じていたい

 カレイドスコープ 
 ミクロなトラップ
 目が焼けるシンメトリー
  
 未知の世界を覗いて
 交信してみる
 
 カレイドスコープ 
 マクロチューニング
 脈動はアシンメトリーね

 どうか聞かせて
 あなたの歌声

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