邪神ぽいのになったけど頑張って人間のフリするゾイ! 作:九条空
只今、HL全体に波及する暴動事件が発生中だ。
こういった事態は日常的なことではあるが、インターネットの回線も占領されたので、現代を生きるビジネスマンとしては大変な痛手を与えられた日だった。
こうなってしまえばいくら金を持っていようが、己の足を使って仕事をするしかない。
足というのが、移動手段の比喩だったのはついさっきまでのことだ。
乗っていた車が襲われて車を持って行かれてからは、俺は文字通り足を使って移動していた。
車だけで、命はとられなかったのが十分な幸運である。
銃撃の音も少なくなってきたので、そろそろこの事態も収束に向かっているのだろう。
いつもなら歩く最中でさえハンズフリー通話くらいしているが、あいにく今はどこにもつながらない。
小走りで移動するしかできなかったからこそ、俺は遠くに見えた人影に気がつけた。
いつものライブラの面子に加え、そろいの赤毛が4人並んでいる。
そのうち1名が近づいてくる俺に気がつき、顔を輝かせた。
「J! こんなところで奇遇だな!」
「イグナーツ! それはこっちのセリフだよ!」
がっちりと手を握り、引き寄せながらお互いの肩をぶつける。
その他、俺たちだけで決めた方法で手を打ち鳴らし、最後に手をスライドさせて指先だけで軽くタッチして離した。
次に、そっくりな赤毛の男女に挨拶する。
「紹介されなくてもわかるがご
「そんな名前だったんですね……」
ツェッドにも自己紹介することになってしまった。
今までに本名を言ったことがなかったらしい。
ここ最近はこの呼び名が気に入りすぎて「Jと呼んでくれ」で初対面を済ませることも多かったからなあ。
ニュースなら俺のフルネームで流れているような……いや、最近はめっきりJの通り名で報道されているか。
「弟がお世話になってます」
「今後ともよろしくお願いしたい」
「もちろん」
ガブリエルとレベッカとも挨拶を済ませ、俺は満足だ。
家族ぐるみのお付き合いとして、友人の格が上がったような気がする。
血のつながりが一見してわかる以上、当然俺はイグナーツと彼が兄弟であることも知っていた。
「兄がお世話になっています……!」
「嬉しそうだねえクラウス」
クラウスは、こういう挨拶ができるのが嬉しくて仕方がないといった顔である。
きょうだいと共通の知人があまりいないのだろうか。
いっぱいいたとしても全員にこれくらい喜色満面で挨拶してそうだな、クラウスなら。
イグナーツに向き直って、俺は唇を尖らせて文句を言った。
「それにしても水臭いなァ。君がHLに来るなら、どんな用事を縫ってでも会いに行ったのに」
「会えるだけの猶予があると思っていなかったんだ。用事は早めに済んだが、あと30分後に定例会議がある」
「30分もあればなんだってできるのに?」
直接顔を合わせなくとも意思疎通をする方法は山ほどあるが、だからこそ直接顔を見ることの価値は年々上がりつつある。
「Jが言うと冗談じゃねえセリフだな」
「ザップ、
例えば、邪神として世界を滅ぼすのに
それこそ、瞬きだけでやってのけられる。
俺はにっこり、ザップへ微笑みかけた。
「今のはちゃんと冗談だろ?」
「冗談じゃねえよ……」
ザップは顔をひきつらせているし、後方のスティーブンは仏のような顔をしている。
当然、無闇矢鱈に脅かしたのではない。
余計なことを言ってくれるなという釘である。
一瞬剣呑な雰囲気が流れたのを察したイグナーツが、世間話に引き戻してくれる。
「J、君ならば、ライブラと関わりがある程度で驚くことはないな」
「そぅお? HLPD相手だったら言われて納得だが、俺はあんまり超常のことには親しみがないよ」
「そうか。君自身が超常のようなものだしね」
イグナーツに人外であることが悟られているわけではない。
これはゲームで高スコアを叩き出し「お前人間じゃねえ!」と言われる程度の軽口だ。
レオが俺へ尋ねる。
「なんで知り合いなんすか?」
「ヒント:金持ちは高い時計をつけている」
俺が左腕を持ち上げ、手首につけた時計を見せたところ、レオは納得したようである。
時計職人であるイグナーツが補足してくれる。
「弊社にフルオーダーの時計を依頼するには、Jほどの私財がなければ不可能だ。それから素行もだな。あの重鎮たちに気に入られるだけの人柄と金銭を兼ね備えているのは、おそらく永劫Jだけだ」
「そんなに褒めるない」
フルオーダーのサービスがないところ、無理を言ってやってもらったのだ。
その無理が通るには当然、上層部の許可が必要だった。
今の俺はJ。あらゆる商戦を勝ち残ってきた世界有数のビジネスマンである。
プレゼンテーションなどお手の物だ。
「Mr.ターナーは、またJとホールを回りたいと言っていたよ」
「悪癖が抑えられるなら是非、と伝えてくれ。俺にもっかいフルオーダー依頼して欲しいからと、事故を装って時計を壊そうとするのがエスカレートして、そろそろアイアンで俺の腕ごと時計をフルスイングしてきそうなんだ」
「社内でもアクティブで情熱的な方として有名だ」
「俺より自社製品を愛してほしい」
俺よりも時計を愛しているから、俺の手首を砕くことに躊躇いがないのだろうか。
ターナー氏はとにかく、もう一度俺と時計を開発したいらしい。
俺のフルオーダー時計を作った際のなにかが、とてつもなく琴線に触れたらしい。
今度は俺と、オーダーメイド品ではなく一般市場に流すものをデザインしたい、との話をずっと聞かされている。
じゃあ俺の今つけてる時計はぶっ壊さなくてもいいんでないか? と思うが。
そのくらいしないと俺は重い腰をあげないだろうということがわかられているのだろう。
そこまでされてもかなり厳しいが……破壊された時計の修理を人質にとられたら、やっちゃうかもしれないな。
今のところ時計市場に手を出す余裕がないので断り続けているが――というか俺はこの会社の作る時計が好きなだけであって、自分で参加したり運営したりしたいわけではない。
「プライベートはともかく、ビジネスなら俺はちゃんとやっているんだよ」
時計の依頼はこちらが顧客ではあるが、ビジネスシーンだ。
ザップやレオに対してへらへらしている俺よりは随分まともだったはずである。
それでも尚、いつもつるんでいるレオたちから疑いの目を向けられているので、俺はさらに自分を擁護した。
「俺が仕事してるところ、見たことないだろ?」
「ありますよ、一日署長」
「ではおわかりのとおり、真面目にやってたろう」
「そもそも一日署長とかいう職業が真面目ではないっす」
「失礼だな、世界の一日署長が泣くぞ」
「泣くのも一日だけじゃないっすか」
「一日だって泣かすなよヒーロー」
こうしていつまでもレオと軽口を叩いていたいところだが、上空を飛んできたヘリコプターが俺たちの真上で止まったので、騒音でそれも難しい。
ヘリから体を乗り出したマネージャーが拡声器を使って、俺に呼びかけて来る。
「5分後に会議、いけますかー!?」
ヘリの風圧に目を細めながら、俺は高くつきあげた右手の親指を立てた。
通信障害が発生しているため、こうして俺たちビジネスマンは
やれやれ、イグナーツよりも早くに、俺の方が時間切れである。
「ともかくイグナーツ、また来るなら絶対言ってくれよ。世界を救ってる途中でも時間を作るから」
「わかったとも」
ヘリから降りてきた縄梯子に掴まって飛び立ちながら、イグナーツたちに大きく手を振った。
忙しなくやることばかりの日常を、俺は愛している。