外での騒ぎが落ち着いた後、正義実現委員会の本拠地の中で諸々の書類に記入を終えたミナセは、周りを囲う人々……ツルギ、ハスミ、イチカと、イチカを慕う可愛らしい何人かの少女を笑顔で見回した。
「これでよろしいですか?」
「……ハスミ」
「拝見します……はい、確かに。これにて正式に我々は入会を受け付けます……が、これだけではやはり終われません。まずは適材適所の配置となるよう、基本的な腕を見なければなりませんから」
「待って、くれ」
ツルギが若干言葉を選ぶべく押し黙る。その仕草に、正義実現委員会の面々は沈黙を守ることで答えた。そして、その流れを見てとったミナセは、つくづく妹は愛されているのだな、と。そう感じ取って、笑みを深めた。
「姉さんは、強い……」
「といっても、私がツルギにモノを教えられたのももう何年も前のことだよ、ツルギ? ここはひとつ、腕を見せることも吝かではないのだけれど」
「そうですね。私たちとしても、ツルギの姉ともなればそれなりに期待しています……ツルギ?」
ガチャ、とツルギが立ち上がる。こんなにも、なんというか……話が通らないような仕草を見せるツルギを見るのは、ハスミとしても初めてに近しい。抑えるかを迷った瞬間、ツルギが言葉を発した。
「……姉さん。私と、模擬戦だ」
「……まあ、筋は通っていますか。使える場所はありますか、副委員長さん?」
「ハスミで構いません。模擬戦用のグラウンドがありますがしかし筋ですか?」
「同じようにミナセ、とお呼び下さればと。……筋、というのは、私がツルギとある程度渡りあえれば実力の証明くらいにはなるという話に過ぎません。実力の提示の最も簡単な方法ではありますからね、最強との渡り合いというのは」
その言葉に得心の行ったハスミが頷き、立っていたツルギが歩み出すその背について行けば良い、とミナセに告げると、ミナセは常に着ているロングコートの内側から大型の拳銃をホルスターごと取り出してその後に付き従うのであった。
その日の空は高く、青く澄み切っていた。乾いた心地の良い風が吹き渡る。グラウンドに二人の女……つまりは私たちが向かい合えば、どこか荒野の決闘を模した洋画の趣すらあった。
「姉さんと、やれるのか」
「ツルギ……所作のひとつに至るまで、ツルギに仕込んだのは私だってこと、覚えてるね? 実践の中でどこまでお行儀が悪くなったかは知らないが……教育の時間だよ」
「負けない、勝つ……ひひひ……あの頃の私とは、違うぞ」
ざり、とツルギの足が軽く地を踏みしめる。すぅっ、と私が息を深く吸う。ハスミの方を二人揃って見ると、頷きが返る。合図をしようと言うのだろうが、それを私は制止した。
「ハスミさん……任せて貰えませんか」
「……なにをしようと?」
「いつの世とても、コインは撃ち抜くか弾くかと決まっているものです」
胸元から1枚のコインを取り出し、空いた左の親指に乗せ……弾く。くるくると落ちるコインが地に落ちる瞬間が、すなわち始まりなことはその場に立ち会ったハスミを始めとする正義実現委員会の面々も即座に理解していた。
そして、コインの表が地面に現れた、その瞬間。
「キヒャアァァァアッ!!」
「ふっ……!」
飛び出すツルギ……に、追随するが如く飛び出す私。ツルギの武器はツインショットガン、いつからそんな物騒な手持ちになったか知らないが……ショットガンに1番とってはならない距離は、この場合『中-遠距離』。
なぜか? ツルギの足なら遠距離を一息に中距離にすることは難しくない、そして中距離は最もショットガンの弾が拡散して避けにくくなるツルギにおいての適正距離。
ならば最初から、ショットガンが拡散しにくく回避が通常の弾と近い、かつ『私の距離でもある』近距離を狙うべきだろうと判断ができる。
「キヒッ!」
「甘いッ!」
左足で私から見て左側の銃の先を蹴りあげる。瞬間、手応えがなさすぎることから、ツルギの対応を察し、私は蹴り上げた足をそのまま薙ぎ払うように振りながら軸足を地から離し、回転するように飛ぶ。
そして、1発だけ撃っておく。
隙を銃撃しようとするツルギ……悪いけれど、それは対応済だよ。
「ッ!?」
銃の先端位置に、先に突き刺さる銃弾。残り五発。大きく逸れた銃口は与り知らぬ方向へ向く。
私が体勢を整えて再び地を蹴り、インファイトに持ち込むのと同時、ツルギの体勢もまた整う。
「こちらから行きますよ」
「ヒヒヒッ……キヒャアァァァアッ!!」
ツルギが私から見ての左手で、ショットガンを太ももから引き抜きざまに一発、それを銃撃で相殺、残り四発。叫びと共に放たれた一撃は身を深く沈めて回避、反動を殺さず跳ね上げていたツルギの、左ショットガンの銃身による打撃を半身で躱し、射撃……は右のショットガンで弾かれる。残り三発。
「すまないけれど、長期戦向きではなくて。決めるよ、ツルギ!」
「クヒッ、ナメて、くれるなァッ!!」
振り下ろしたショットガンを踏みつけようとして、先んじて振り上げることで対応され、後隙を消すために銃撃。残り二発。ツルギが身を躱し、そして鋭く回し蹴りを放つのをハイキックで逸らす。
私がやってみせたように、逸れて上がった足を利用して重心をズラし、銃口をこちらに向けながら体勢を立て直すツルギに、ハイキックを打った足を思い切り振り下ろすカカト落とし。
瞬間、銃砲の音が鳴るが、同じくらい硬い『キンッ』という澄み渡る音が響く。
「鉄板ッ」
「ご名答だよ、ツルギッ!」
厚底のブーツ……そんな甘いものを、理も利もなくして履くことはない。それは戦闘用の装備である。
弾を裏側のミレニアム謹製特殊金属板でガードし、かつ靴を重くすることで蹴撃の威力を飛躍的に向上させ、また蹴撃後の重心の移動をしやすくする仕掛けが施されたそれは、多少の機動力低下と引き換えに私の弱み……近接戦の攻撃の体格による威力低減を打ち消してなお余りある。
よって、カカト落とし……『靴の裏面を相手に突きつける技』とも言い換えられるそれで、私はツルギの弾を弾いてのけたのである。
そして左足が流れるのを、そのまま利用して、回転へ繋げる。
すなわち、先程の立場の逆転……回転蹴りを、次は私がツルギに仕掛けるのである。
「無茶な動きを……!」
「疾ッ!」
繰り出した蹴りを、どうにか屈んで避けたツルギはショットガンを放ち、その反動を利用して後ろに飛び退く……が。
「ぐっ!?」
「勝機ッ!」
既に、撃ち込んでいる。残り一発。ここで下がるようなら、当たる。下がらなければ、それはそれでいい。
強者に対して、テンポを押し付けられては勝つことは叶わない。であるならば、こちらから挑戦者のテンポを押し付ける。先を取り、後手を絞り、答を否定する。
あえて言うなれば、後の先ならぬ『先の後』。第三の選択肢を導かない限りは私に勝つことは叶わない、『必勝の二択』。
右の銃砲で咄嗟にガードしたツルギ。だが、左の銃砲は?
「……ッ!!」
二発。そうだ、二発だ。ブラッドアンドガンパウダー……ツルギの愛銃の装弾数は、片側につき、二発。さあ、ツルギ。『何発撃った』かな?
最初から、誘導していた。左しか撃てないように……右にまだ弾が残るように。
咄嗟に銃を手放し、即座に銃をまた引き抜くあたりは流石私の妹と言ってもいいけれど、もう遅い!
「
背筋を伸ばし、銃を額に突きつける私。一発だけ残った、六連装のリボルバーの弾が、確かな勝利を私に伝えていた。
「……姉さんには、届かないか」
「姉として、『剣先ツルギを最もよく知る人間』として負けてはいられないよ……と言いつつも、紙一重の勝負だ。次は私が負けるだろうな……」
「ツルギを、ここまで……? っ、失礼しました。勝者、剣先ミナセ!」
ハスミに軽く目線をやると、ハスミは考え込む様子を見せながらも、己を取り戻して終わりの宣言をしたのである。
ハスミ、ツルギと並んで戻る道を行く中で、気になったので私はふたりに問いかける。
「それで、配属先はどこになるのですかね?」
「……はっきり言えば、どこでも、という答えになるのでしょうか? 希望等があれば聞きますが」
「そうだな……姉さんのために、新規でなにか用意した方がいいような気さえするが」
「では……ツルギ、ハスミさん。こういうのはいかがですか?」
そう前置きして、以前からの腹案を打ち明けると、彼女たちもまた頷きと理解をもって返し、私の案が採用されることとなった。
そのための人材を集めなくてはと二人が意気込む中、ミナセだけが、『正直私だけでもなんとかなる気がしますね』などと思っていたのであった。
その日の放課後、正義実現委員会所属の生徒全員にこのような文章が送られることになる。
《部門新設のお知らせ:この度、新たに我らの仲間として加わりました剣先ミナセ三年生につきまして、委員長始め役職を有する者全員の賛同を得て、作戦立案を始め、裏方の諸事をお任せすることとなりました。つきましては、現在の事務、作戦立案、経理、輸送の担当に入られている方々をひとまとめに『参謀部門』として管轄することになりますので、本日の集会で周知を行います。通例通りの場所へご集合ください》
正義実現委員会に新たに裏方諸事一切を請け負う怪物が加わった、その瞬間であった。