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「さて…と。それじゃ始めようかな。」
そう呟かれた10秒後、上空で突如として猛烈な風が発生し、どんよりとした空に覆われていたシンヨコ全体へ穏やかな月の光が降り注いだ。
遡ること数日前…
スーパーで買い物中の事だった。
「ん?お月見団子…?そうか、そろそろ“中秋の名月”の時期か…」
“月見”の店内POPを見かけたドラルクはスマホで検索をかけた。
まだ蒸し暑さが残る日々ではあるが暦の上では既に秋。
「ふむ、今年の十五夜は今週末か…よし、ならその日はお月見ナイトを謳歌しようではないか。」
そう決め、材料を仕入れるべくまずは生肉コーナーへ向かうのだった。
そして当日の夜。
「ヌヌヌヌヌン、ヌヌヌリー!」
曇り空のもと、ひとりでのパトロールから戻ってきたロナルドをジョンが玄関まで出迎えに来てくれた。
「ジョーーーン!!出迎えありがとなぁ~!」
「おかえりー、ご飯もうちょいかかるからシャワー浴びておいで。」
手が離せないらしく顔を覗かせることもなく台所からドラルクの声が聞こえてきた。
メビヤツに帽子を被せつつ撫で、私室へ向かおうとした途端事務所のテーブルに見慣れないものが置いてある事に気が付いた。
「おいドラ公。この机にある団子ってさぁ…」
「いかん、腹ペコゴリラに言うのを忘れていた。そこにあるヤツはまだ食うなよ?横に飾ってあるススキで5歳児でも流石に分かるだろうな?とりあえずさっさとシャワー浴びてこい。ジョン悪いけど頼めるかい?」
ヌーイ!と可愛く手を挙げたジョンに促されるがままシャワーを浴びてきたロナルドが戻ると、食卓には普段とは違ったご馳走が並んでいた。
「おー!!美味そう!目玉焼き乗ってるハンバーグだ!」
「情緒が乏しいようだな5歳児、“月見・・ハンバーグ”だよ。さて今夜は特別メニューだぞ。
サツマイモご飯、照り焼き月見ハンバーグ
具沢山のけんちん汁、里芋のきぬかつぎ
桜えびとわかめの酢の物。デザートは予想は付くだろゔが月見団子だ。」
ひと言多い相棒にパンチを撃とうと拳を握ったものの、食事に砂が混ざる事を危惧してやめて食事に集中することにした。
隣ではジョンがドラルクから口を拭いてもらいつつ同じく美味しい食事を堪能していて、頬が膨れていて可愛い。
「美味いな、ジョン!芋ご飯とか久々だな。」
「中秋の名月、つまり十五夜は『芋名月』とも呼ばれていてな、秋の作物の収穫を祝うものらしいぞ。ま、最近夜も過ごしやすくなってきたし、季節の移ろいを感じようではないか、ワーカーホリックルド君」
そう言いながら右手を優雅そうに窓へ向かって広げてみせる。
「ふぅん。でもよぉ、今夜は雲が邪魔していて月なんて見えないぜ~?」
「フッフッフッ…。まぁよく空を見ていたまえ若造。もうそろそろだと思うから。」
ロナルドのほうへ身体を向け、チッチッチッとウインクしながら人差し指を動かすドラルク。そしてそんな主人の真似をしてジョンも一緒に動かしながらフヒヒと笑う。
あぁん?とロナルドが怪訝な顔をし暫し窓の外へ目をやっていた時だった。
遠くのほうで低く唸るようなぶぅんという音がしたかと思えば徐々にだが夜空を覆っていた雲が勢いをつけて螺旋状に流れるように弾き飛ばされていく。
それとさほど間をおかずして突風が街へ吹き付け、窓ガラスを数秒間ガタガタッと揺らした。「な、なんだ?雲が突然…!それにスゲー風!!」
「おー、ジョン見てご覧。雲があっという間に何処かへいっちゃうよ!いやぁ流石だなあの人は…。」
驚くロナルドに対しドラルクは腕組みをして月が顔を見せた空をジョンと見上げて頷いた。
無言で睨みつけるロナルドに向かい直りドラルクは説明し始めた。
「いやー、数日前スーパーで十五夜に気づいてからお月見の準備をしていたんだけどね、天気予報では曇り時々雨だっていうじゃない?意外かもしれないけど、必ずしも十五夜と満月って重なるわけじゃないらしいのさ。今年はたまたま重なっただけ。だというのにせっかくの満月が見れないというのはモヤッとするだろう?」
そこまで言うとポケットから取り出した携帯を軽く振ってみせた。
「そんな時にさ、
あっけらかんと説明を終えたドラルクにロナルドは啞然とした。
「はぁ〜?おまえ、ジイさんそんなドラ○もんみたいな扱いしていいのかよ。」
「仕方ないだろう、あの人なら出来そうな気がしたんだから。それにホラ…」
そうなにか言いかけた時だった。
「ハロー、ドラルク、ポールくん。あれで良かったかな?」
突然、窓から今回の犯人御真祖が片手をあげて顔を出した。
「うぉっ、ドラルクのジイさん!」
「ヴァッ…あぁ、
一瞬砂になったドラルクだが、すぐに復活し御礼の言葉を伝えていた。
「ところでジイさん、どうやって雲を退かしたんだ?えらい突風がきてガタガタ窓がいってたけど。」
「それはこの、『ツヨイカゼフカセール』でビューンって3回転くらいして吹き飛ばした。今は畳んであるけど広げたらめっちゃ大きいよ、見てみる?」
そう言って取り出したのは通常のものよりめちゃくちゃ大きい扇子だった。
どこかの漫画に出てくるキャラの武器として登場しそうなほどだが造りはかなり頑丈に見えるため、きっと御真祖様並みに大柄な体格と腕力を必要とするものだろう。
「お祖父様もお団子とか食べていきますか?みたらしのタレやあんこ、きな粉も用意してありますよ。あぁ洋菓子がご希望ならクッキーも焼いてありますよ?」
「クッキー!!」
“クッキーモンスター”の呼び名がすっかり定着した吸血鬼対策課の制服を着たヒナイチが私室にしている床下のドアをバンっと勢いよく開けて登場した。
「おあっ、ヒナイチ!!また床下から来たのか。」
「ハロー、お嬢さん。床下からとか、ウケる。」
「!! ドラルクの御真祖様。来てたのか。」
御真祖は突然の来客に片手をあげて迎え入れる。
「やぁヒナイチくん、今日はクッキーも月見に合わせた模様にしてみたよ。いかがかね?」
「ウム、いただこう!おぉっ、ウサギの形かカワイイな!!それにこちらはなんか手が込んでいるな!!」
そうヒナイチが掲げたクッキーは満月の中にウサギがいる構図にアイシングしてある。
「『月にはウサギが住んでいる』って言うだろう?それを表現してみたのだよ。」
本当に器用だよなサクサク、食べるのが勿体ない気がするなモグモグ」
そう言いつつも食べる手が止まらないヒナイチを横目に御真祖は別なところに食いつきかける。「月にはウサギが本当に住んでるのかな?見に行ってみない?」
「ま、待ってください!満月の模様がそう見えるってだけの話ですよ。ほらお祖父様、お団子に合う日本茶を淹れましたからお飲みください。」
その時、ロナルドの電話が鳴りだし、出てみるとショットだった。
「ロナルド!!さっきの空での現象を見たか!突然、突風と共に新横浜上空の雨雲が吹き飛んだぞ!
直後に空に浮かんでいた人影が蝙蝠となって消えたという目撃情報があって吸血鬼の仕業ではないかと言われているが何か知ってるか?!」
「!!…おいクソ砂、思ったより騒ぎになってるようだぞ!どうすんだよこれ!」
街中ではちょっとした騒動になってしまってる事に元凶のドラルクを睨むも…
「どうするもこうするも、別に邪魔な雲を退かしただけではないか。それに単に強い風で吹き飛ばしただけのようだから放って置いてもそのうちまた元に戻るさ。それまでの間、一年で一番美しいと言われる今宵の満月でお月見を楽しもうではないかね?」
ドラルクはそう言うといつの間にか仕上げていた、みたらし団子の串をずいっとロナルドに差し出してきた。
窓際に供えてある白玉とは違って、みたらし特有の照りがとても美味しそうで思わず唾を飲みこみ、
「し、仕方ねーな、まったく…。」
奪い取るように串を受け取るとパクッと一玉頬張る。ねっとりとした甘味と醤油の香りが鼻へ抜ける。
「ところでお祖父様、その巨大扇子でヒトがどのくらい飛ぶか試してみませんか?ロナルド君で。」
「ヤメロ!!んなモン提案すんじゃねえ!もしやるならお前の砂を道連れにしてやるからな!!!」
そうギャーギャーと騒ぐ彼らを尻目に見つつ、小さな影は事務所を後にした。
イデアの丸ことその小さき影は走る。
数時間しか保たないだろう名月を共に眺めたい友人の元へ。
主人が用意した重箱に詰められた、友人が大好きな真ん丸の団子を持って。
そんな彼を月の光が静かに照らしていた。
ちろっと最後に概念としてナギリに登場してもらいました。