The world beloved Fool 作:へっこむす
よろしくどうぞ。
「全員いるな、ブリーフィング始めるぞ」
「どしたメイン改まって」
ランチョ・コロラドにある倉庫区画、そのうちの倉庫の一つ。他と比べると些か小さいそこには、車を三台止められるガレージと、奥に事務所のような部屋が一つ。目立ち始めた埃や汚れを隠すようにテーブルやカウチ、冷蔵庫などが置かれていて、事務所というよりはちょっとした隠れ家と呼ぶ方が似つかわしい内装をしている。しかし外からでもわかるように、内部はそこまで広くなく、八人も入ってしまえばせっかくの部屋も残念ながら窮屈に思えてしまう。だが毎回こうというわけではない。いつも集まるのは多くて四人程度。八人揃う方が珍しいのだ。
だからこそ、言葉にせずともこの状況を望んだ人物が此度の仕事にかける想いを窺い知れる。
「まあ、たまにはシメとこうかと思ってな。やることはいつもと変わらねえが、今回は額が違うからよ」
カウチの中央に陣取って横柄な態度を見せる一際ガタイのいい男が言う。
男の名はメイン。
ナイトシティで上位に食い込む腕を持つ傭兵であり、この八人を束ねるチームの頭である。
角が鋭いヘアスタイルに顔には特徴的なサングラス。筋骨隆々という言葉を体現したかのような体躯を、アニマルズ専用に仕立てられたとしか思えないネオンジャケットとボトムスで覆っている。服の下にはインプラントがこれでもかと仕込まれていて、それらを自在に操って敵を粉砕する様はまるで戦車のようだと傭兵界隈では有名だ。
「へえ、額までは聞いてなかったわね。メインがそこまで言うなんて、どのくらいなの?」
気だるそうにメインの言葉に最初に反応したのは、壁に背を預けて佇む女だった。細い体をロングコートで全て隠しており、特徴的なのは口元を覆うマスクと機械染みた声。睨みつけているように見える切れ長の目。
優秀なネットランナーであり、このチームの主力でもあるキーウィだ。常に意欲が欠けているような態度を見せる彼女だが、それとは裏腹に私生活も仕事もきっちりしている所謂できる女である。
「教えてやりてえところだが、終わるまでのお楽しみだ。浮き足立たれてもつまんねえだろ、なあデイビッド?」
「えっ、あ、ああ」
投げかけられた言葉に心当たりがあるのか、デイビッドと呼ばれた青年はメインからそっと視線を逸らす。ある程度は整っているもののまだあどけなさが残る顔立ち。最近ではマシになってきた肉体。特徴的な黄色のジャケット。
キーウィのいる壁とは斜向かい、扉の側の壁に立つデイビッドはこのチームで最も経験が浅い。いわばルーキーと呼ばれる立場だ。だがこのご時世、この街に於いて希少種ともいうべき真面目かつ向上心豊富な好青年であり、短期間で著しい成長を見せている。何れは街に名を残す可能性を秘めた逸材だ。
「裏は取れてるのかい?厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだよ」
メインの隣からは今回の仕事に関して懸念の声が上がった。
ドリオと呼ばれるその女性は、女性ながらメインに負けず劣らずの体格と男勝りな見た目から、格好次第では男性に間違われることも多々ある。しかし根っからの面倒見の良さと豊富な経験値でチーム内のストッパー兼相談役も務めることもある頼れる姉貴分である。
因みにメインとは恋仲だ。
「心配すんな、ファラデーからの依頼だ。この街でフィクサーやってる以上、依頼者を裏切る真似はしねえだろ?」
メインの言葉にベテラン組は納得した表情を見せる。
フィクサー、つまり仲介役を担う上では依頼者との信頼関係が最も重要になってくる。このナイトシティでは特に。
いうまでもなく、依頼される側の信頼度は達成率や達成方法に準拠される。依頼を依頼通りに遂行すればするほど評価は上がっていく。しかしただやり遂げればいいというものでもなく、達成率が高くとも例えば敵を作りすぎるやり方を好む傭兵はそう遠くないうちに街からいなくなるだろう。無論、生死に関わらず、だ。
そして、依頼する側にも当然ながら信頼が不可欠になる。
正確な情報と的確な報酬。この二つが確約されて初めて、この街ではフィクサーを名乗れる。多くの傭兵がフィクサーを介さない依頼を毛嫌いするのはこの部分の差が大きいからだ。
つまりフィクサーを名乗っている以上、その人物から不正確な情報はほぼ流れてこない。
「依頼主に関しては匿名だとか抜かしやがったがな。ただこっちで調べた限りだとおそらく、ミリテクのお偉いさんだ」
「ミリテク……」
ぼそりと、メインの発した名詞を復唱したのはキーウィの隣にいる女性だった。
細身ながら引き締まった身体と、淡い極彩色の髪色が目を引く彼女の名はルーシィ。
キーウィと同じくネットランナーで、チームではキーウィの補佐を担当。サブとはいえ早く正確なハッキングと冷静な判断力は目を見張るものがあり信頼は厚い。
「ルーシィ?どうかしたの?」
「……いいえ、なんでもないわ。それで?仕事の内容は?」
「ああ、そろそろ本題に入るか」
何かを誤魔化すように、ルーシィは話の流れを変えた。尋ねたキーウィも、問われたメインもそれ以上問うこともなく、会話は仕事の話へとうつっていく。
メインは懐から小さな小袋を取り出し、カウチの前のテーブルの上で逆さまにした。重力に従い、じゃらじゃらと音を立てて散らばったのはデータチップだった。チームメンバーはいつものようにそのチップを思い思いに取り、自らのソケットに差し込んでいく。
だがそんな中、唯一動きを止めたままの人物が一人。
「レベッカ?おいレベッカ!」
「……あ?どしたアニキうるせえな」
チーム内で最も小柄な女性であるレベッカだ。
「どうしたはこっちのセリフだバカ。早くチップいれろ話が進まねえだろ」
「えっ、あわりぃ」
ピラルに注意され、レベッカは本当に今気が付いたように部屋の隅からデスクへ向かう。普段と様子が違うのは誰の目にも明らかだった。いつもなら我先にとチップを取り、積極的に発言も行う。しかし、今日に限ってはここについてからずっと上の空。何か別のことに気を取られ、集中を欠いている。
「レベッカ、大丈夫なのかい?」
ドリオが気にかけるように声を掛ける。
ナイトシティで傭兵として仕事をする、それはつまり命を張る必要があるということ。全員が絶好調で臨んでもリスクはついて回るというのに、本調子でないメンバーを同行させるのはもっての外だ。当人にも、仲間にも被害が出かねない。最悪の場合死人を出すことになる。
「あー、わり、ちょっとぼーっとした。体調は万全だから心配すんな」
ドリオはレベッカのその返事に眉尻を下げてからメインへ顔を向ける。最終的な判断はリーダーであるメインの仕事だからだ。
「……よし、それじゃ今回の依頼内容と作戦説明だ」
一つ頷きを返し、気を取り直してと言わんばかりにメインは声を大きくして説明を始めた。
それに重なるように、チップを刺した全員の視界に目標と作戦概要とが、写真やグラフィックと共に表示されていく。
──今回の目的はとあるデータの回収と人質の解放だ。
──数日前、ミリテクのコンボイが襲撃にあった。予想ついてる奴もいるだろうが、実行犯はメイルストロームの連中らしい。
──どんな魔法かトリックか、奴らは正体に気付かれることなくミリテク相手に盗みを働きやがった。それも小物一個二個じゃなくトラック丸ごとな。
──まあいうまでもなく、奴らにそこまでの能力はねえ。この一件には裏がある。
──珍しくもねえ話だが、ミリテクの内部に内通者がいた。大企業を敵に回した勇気あるバカの名前はアンソニー・ギルクリスト。どこにでもいる中間管理職だ。
──目的まではわからねえが、そいつが手引きしてコンボイを盗ませた。依頼主はその証拠が御所望らしくてな。奴らの根城、オールフーズのどっかにある証拠のデータを取ってこいってのが第一の依頼。
──次、人質救出についてだが。
──対象はデクラン・グリフィン、通称ブリック。ついこの前までメイルストロームのリーダーだった男だ。
──会ったことないやつは信じられねえだろうが、メイルストロームの中でこいつは最もまともな奴だ。なんと話せば会話が成立するし、二言目には改造だなんだと騒ぎ出すこともない。
──依頼主はこいつと随分仲良しだったみてえだな。まあわからないでもない。現リーダーはおつむが空っぽっていうのも救いようがねえ。さしずめ今後の取り引きに差し障るとかそんな理由だろう。
──こいつもオールフーズに監禁されてるらしいから連れ出せってよ。勿論生きたまんまな。
「と、依頼の内容はこんなもんだ。質問あるか?」
メインによる説明とチップの映像が終わり、一時の静寂が部屋の中に訪れる。
いつの間にか、日の差し込む角度が変わっていた。そのせいで部屋の隅の影が濃さを増している。
そんな中、発言の意思を表示する手が挙がった。ささやかながらも強い意志を感じるその手の主はルーシィだった。
「ねえ、これってミリテクの内部抗争じゃないの?それに首突っ込むことにならない?」
どこか仄暗い感情が表出したような声音だった。
このご時世コーポが嫌いな人間なんてごまんといる。弱者から搾取し、富を独占し、自らの私腹を肥やすことしか頭にない。それを好きだと宣うのであれば、そいつはきっと同類か、サイバーサイコのどちらか。傭兵をやっているなら尚のこと。比率は十零と言っても過言ではないだろう。
この場にいる全員にも無論当てはまる。中でもルーシィは一段と強い感情を抱いているように感じた。ただそれは遠ざけたい嫌悪感というよりも近寄りたくないという忌避感。全員ではないが、チーム内の数人はそれに気づいていながらも指摘せずにいた。
先日の依頼でもその様子は見て取れた。
目的はアラサカの車を盗むこと。
いつもはバックアッパーとして動くルーシィであったが、キーウィが全体の目に徹する必要があったため実行役として動いてもらうことになった。だがメインが説明して頼んだ際にだいぶ渋られたのだ。特にアラサカの名前を出した途端、表情が曇った。それも薄曇りというレベルではない。砂嵐でも連れてきそうな乱雲だ。
そして案の定、今回も心底嫌そうな顔でルーシィはメインに問いかけた。
「その辺は心配しなくて大丈夫」
しかし、懸念に対する答えを示したのはメインではなくキーウィだった。
「私も漁ってみたけど、今回はホントに何もなさそう。依頼人は目障りな裏切り者の排除と手駒の回収がしたいだけみたい。まあたとえ裏があったとしても、アンタが危惧してるようなことにはならないはずよ」
気の抜けるような口調だが、そこには確かな自信と確信があった。
恩人であり、傭兵としても先輩のキーウィの発言は大きいのだろう。そう、とルーシィは短い言葉と頷きを返し、それ以上何かを言うことはなかった。
「他にはねえな?ならいよいよここからが本番だ、聞き漏らすなよ」
その言葉を皮切りにメインの目が青く灯る。すると停止していた各々のチップが再起動。映し出されたのはオールフーズの工場内部の図面だった。どこで手に入れたのかわからないそれに、メインの説明に合わせて矢印や赤点などが追加されていく。さらに、レベッカが撮影した写真もところどころに挟まっていく。
──ルートは三つ。一点突破でも良かったんだが、リスクを分散させるために今回は三手に分かれて攻略する。
──まずルート1。これはほぼ真正面からの突破。最もリスクが大きい部分だ。だからこそここからの侵入は囮の意味合いが大きい。
──ルート2。工場北側、二階部分からの侵入経路。言っちまえがここが本命だ。正面がドンパチやってる間にこっから対象の救出、データの奪取をしてもらう。
──そしてルート3。工場南側、換気ダクトからの侵入経路だ。このダクトは工場の中枢に直通してる。データを盗むのにもってこいのルートって訳だ。役目はルート2の補助ってところだな。まあ窮屈なのが玉に瑕だが。
──俺、ドリオ、ピラルがルート1。ルーシィ、デイビッドはルート2。レベッカはルート3。キーウィはファルコの車から全体の補助。相手にランナーがいた場合はその対処も頼む。
──救助対象と情報の正確な場所は正直なところ未知数だ。メインルームかもしれんし、ゴミ捨て場かもしれん。だがまあそこはキーウィかルーシィ、どっちかでも相手のネットに侵入すりゃあ解決するだろ。
「以上、大まかな作戦だ。細かい部分は現地に行ってから詰めることになるな」
「敵の数はわかってるのかい?」
ドリオの問いにメインは肩をすくめるだけで答えにした。質問したドリオも、他のメンバーもそれはそうだという思いだった。
腐ってもサイボーグ軍団は組織として成り立っている。彼らの特性上、深入りする者も少なく故にこそ情報も曖昧だ。外野が全構成員を把握するのは難しく、やろうと思えば出来なくもないだろうが、ギャングに手を出すのはリスクの大きさに対してリターンが少なすぎるためやろうとする者も少ない。ましてや今回求めているのは敵の根城の情報。ガードの硬さは他の場所とは比べるべくもない。事細かに説明された方が寧ろ違和感を覚えるだろう。唯一わかることといえば、決して少なくないことくらいか。
「それじゃ武装もわからねえってことか?」
「そうだな、情報ってほどのものはねえ」
基本的にはマシンガンやハンドガンだと思われる。
根城ということもあり、おそらく地雷やタレットもあるだろう。
あとはミリテクから何をどれだけ盗んだかによる。
メインは本当に予想程度のものしか持ち合わせていなかった。
その後も侵入してからの動きや逃走経路の確認など、細かな部分の詰めが行われていった。
幾つか意見が出され、取捨選択を繰り返しながら作戦は洗練されていく。額がいいとあって全員いつもよりも真剣だった。
そうして念入りに話し合いは続き意見も疑義も出し尽くされ、誰の口も開かれなくなってきた。
もうすぐお開きの時間かという考えが何人かの頭によぎり始めた頃合いのこと。
唯一ここまで発言がなかった青年の口が開かれた。
「なあメイン、やっぱレベッカ一人は危なくないか?」
全員の注目が発言の主、デイビッドに向けられる。
それに若干たじろぎつつ、彼は言葉を続ける。
「三つ目のルートは補助的な意味合いが強いんだろ?なら態々リスクを犯してまでレベッカをそこへ配置しなくても……」
最後は蚊の鳴くような声になりながらも彼は言い切った。
デイビッドの言っていることは間違いではないし、実際反対の案はあった。デイビッドの前に反対したのはドリオだ。レベッカの様子と、やはりリスクを考慮しての意見だった。
だがその意見は通っていない。何故なら、押し切った人物がいるからだ。
「あー?なんだデイビッド、随分生意気なこと言うようになったじゃんかよー」
渦中のレベッカ本人である。
レベッカは手を頭の後ろで組みながら部屋を横断。対岸のデイビッドに接近した。
「いてっ!」
「銃も撃てねえやつがナマ言ってんなよ」
近づきざまに一発。よろけたデイビッドにレベッカは追加でもう二発ほど蹴りを入れた。
「あーしも傭兵の端くれだぞ、攻め際と引き際くらいわきまえてらー。あんまなめてっとドタマぶち抜くぞ」
レベッカはいつの間にか抜いた愛銃をよろけたデイビッドの額に押しつけた。無論、セーフティーはついている。
レベッカの仲間への想いは人一倍だ。なので銃口を仲間へ向けたまま発砲することはまずない。
兄であるピラルは例外だが。
「わ、悪かった」
「ん、わかりゃいーんだよ」
少し拗ねたように口を尖らせながらも、申し訳なさそうに眉は下げるデイビッドにレベッカは優しく微笑んだ。含まれているのは慈愛と愛着。過去にここまで素直な人間に遭遇した経験がなく、それが好意を尚のこと増幅させていた。
「終わったか?なら、作戦に変更はなしだ」
レベッカとデイビッドのやり取りが終わるのを待って、メインが腰を上げる。
「決行は明日の夜。各々準備を怠るなよ」
全員の顔を見渡し、メインは締めの言葉を紡いだ。
それに返事なり頷きなりを返して、各々は隠れ家を後にしていく。
後に残されたのは、数本のタバコの吸い殻と、えも云われぬ侘しさのみだった。