西住みほと逸見エリカがお酒を飲む話です。

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第1話

「かぁ~、くやしい~~」

 

 ドンと、ビールに入ったジョッキを机に叩きつけるように置いたのは逸見エリカだった。

 

 悔しさをにじませた顔で、ジョッキから手を放さずにもう片方の手で焼き鳥にムシャリと嚙みついている。

 

「まぁまぁ。負けちゃったけど、エリカさんすごい頑張ってたよ」

 

 そんなエリカをなだめる様に声を掛けたのは、エリカとテーブルを挟んで向かいに座っている西住みほだった。

 

 エリカとみほは今、居酒屋で2人きりで飲み会をしていた。

 

 現在2人は成人しており、二人とも戦車道のプロチームに入っていた。2人は別々のチームに所属していたが、戦車道のプロチームが設立してから年数が短いことや、2人とも戦車道で優秀な成績を収めていたことなどからエリカもみほもチームの隊長を務めていた。

 

 そして、高校生のときは2人が所属していた黒森峰女学園で事件があったことなどから、2人は親密な間柄ではなかったものの、高校を卒業して年数が経ちわだかまりが解けたこと。また、お互い別チームの隊長ではあったが、戦車道プロリーグ自体の存続が不安定な状況であり、敵対するよりもむしろ隊長レベルでは協力しあっていたという事情などもあり、エリカとみほはときどき居酒屋などで会っていたのであった。

 

「頑張ったって言っても、負けたら意味ないわよ」

 

 なだめようとしたみほに対して、エリカが反論するようにいう。

 

 戦車道プロリーグを存続するために隊長同士で協力しているとはいっても勝負は勝負、勝つことがなにより大事なのだ。

 

「みてなさいよ、次は絶対に勝ってやるんだから」

 

 まるで狂犬のように息巻くエリカの様子を見て、みほは苦笑いを浮かべた。

 

「そうだね。エリカさんならきっと次は勝てるよ」

 

「当然よ。負けっぱなしなんて許さないんだから」

 

 ストレスをぶつけるかのように、エリカはビールを胃の中に流し込む。

 

 エリカの戦車道における信条は、たとえ一度やられてもその次は絶対に勝つというものだった。

 

 エリカが尊敬する西住流の考え方ならば、そんな考え方はしないだろう。前進して常に勝つのが西住流の考えであり、一度負けても次に勝てばよいなどという考えは西住流にとっては邪道だろう。

 

 だが、戦車道で天才と言われる西住みほや、同じく天才と言われるみほの姉である西住まほといった選手ならいざ知らず、それほどの卓越した才能がなかったエリカが常に勝つなどということは不可能であった。(それこそ、エリカの相手には西住みほや西住まほもいるのだ)

 

 そして、天才のように勝つことなどできない中でエリカにできることは何か、それが一度負けたとしても次は勝つということだった。

 

 幸い、戦車道プロリーグはリーグ戦でありトーナメント形式ではない。負けたらリベンジをすればいいのだ。

 

 とはいえ、一度負けて対策を立てた上でもなお、同じ相手に負けてしまうこともめずらしくもなかったのだが。

 

(けど私は、連敗したくらいで諦める女じゃないのよ)

 

 エリカはジョッキに残るビールを睨みつけるように見つめた。その様子はまるで、ビールのなかに自分や他の何かが映っているかのようだった。

 

 試合に負けると弱気になるし、同じ相手にまた負けてしまったら、もう2度と勝てないのではないかと不安になる。それこそ自分は隊長なんてやっていてはいけないのではないかと思う。

 

(それでも、そんな私を信頼して私の指示に従ってくれるチームメイトがいるのだ。戦う前から私が心で負けてなるものか)

 

 エリカを支えているものは自分でもちっぽけだと思うほどのプライドだった。

 

 

 そんなことをエリカが考えていると、ふと、正面にいるみほがじっとこちらを見ていることに気づく。

 

 みほの表情はにこやかで悪意など感じられないが、ずっと見られていると居心地は悪い。

 

「な、なによ。じっとこっちを見て」

 

「うん。エリカさんって、ボコみたいでかっこいいなって思って」

 

「はぁ? ボコ?」

 

 みほの言葉にエリカは思わず聞き返した。

 

 たしか、ボコというのはみほが好きなクマのキャラクターだったはずだ。あまり人気がなく、いつも相手に喧嘩を売って逆に倒されている変なキャラクターという印象だ。

 

(それがどうして私みたいになるのか?)

 

「ボコってあんたが好きな変なクマのぬいぐるみよね?」

 

「うん。ボコはかわいくてかっこいいんだ」

 

「そ、そう」

 

 ボコの話になったとたんにみほの笑顔が深くなり、声もそれにつられるように大きくなる。よほどボコのことが好きなのだろう。

 

 エリカはみほのテンションに少し引き気味になっていたが、疑問点を聞くことにした。

 

「それで、なんで私がそのボコみたいなのよ。しかもそのキャラクターっていっつも負けてるやつでしょ? かっこいいっておかしくない?」

 

 少なくともエリカがボコをかっこいいと思ったことはない。だが、みほは見たことがないくらいに目を輝かせて口を開いた。

 

「うん。あのね。ボコはいつも戦っていつも負けちゃうんだけど、けど、負けても絶対にあきらめないんだ。それがすごいかっこいいの。エリカさんも、試合に負けても絶対にあきらめないでしょ? だから、ボコみたいでかっこいいなって思って」

 

 みほの輝くような目に見つめられて、エリカは照れくささに頭をかいた。

 

「そ、そうなの。ボコに似てるって言われても正直うれしくないけど、かっこいいっていうところは誉め言葉としてもらっておくわ」

 

 実際、エリカは言葉に出すことはなかったが、長い間みほの才能を身近に感じてきており、みほに対して憧れや嫉妬に近い感情を持っていたのだ。

 

 そんな相手からかっこいいと言われて悪い気はしない。

 

 うれしくないと言いつつ、エリカの顔はにやついていた。

 

「というか来月、私とあんたのところで試合でしょ? ボコに似てるとかいって油断してていいわけ?」

 

「ううん。よくないよ。だから私、エリカさんのことを一生懸命にボコるね」

 

「……うん?」

 

 エリカは間の抜けた返事をした。

 

 なにかの聞き間違いだろうか。私のことをボコるとかなんとか聞こえたような。

 

 エリカがみほのことを見つめると、みほは先ほどと同じように目を輝かせながらこちらを見ている。

 

「み、みほ? 聞き間違いかしら。なにかボコるとか聞こえたんだけど」

 

 エリカの問いかけに対して、みほは不思議そうな顔をした。

 

「聞き間違いじゃないよ。エリカさんのことはちゃんと私がボコボコにするよ」

 

「いやなんでよ! おかしいでしょ!」

 

 エリカは思わず叫んでいた。

 

(聞き間違いじゃなかった。本当にボコボコにするって言ってた)

 

「急に叫んで一体どうしたのエリカさん?」

 

 叫ぶエリカをなだめるように、みほが手をドウドウと動かす。

 

「いや、おかしいのは私じゃなくてみほでしょ!? 私のことかっこいいとか言ってたのに、なんでボコボコにするなんて言葉が出てくるのよ」

 

「だって、エリカさんはボコみたいだから」

 

 声を荒げるエリカに対して、みほの声は冷静そのものだ。しかしながら、みほは笑顔もそのままだったが、その瞳にはなにか黒い光が宿り始めているようだった。

 

 エリカはそんなみほの様子を察知したのか、無意識に恐怖を感じ始めていた。

 

「ぜ、全然わからないわよ」

 

「わかるよ。だってエリカさんはボコだから」

 

 おそるおそる言うエリカに対して、みほは笑顔で語る。

 

「私がエリカさんをボコボコにして、そしたらエリカさんはまた頑張って立ち上がるの。そしたら私がまたエリカさんのことをボコボコにするから、そしたらまたエリカさんは立ち上がるんだよ」

 

「ひぇ……」

 

 みほの力説にエリカはドン引きしていた。

 

(無邪気な顔でなんて恐ろしい考えをしているのか。というか、それだと私がみほのサンドバックみたいじゃないの)

 

 エリカはみほの様子に引きながらも、拳に力を込めてみほに反論しようと試みる。だが、エリカの前にいたのは獲物に対して舌なめずりをする軍神であった。

 

「来月の試合楽しみだなぁ~。早くエリカさんのことボコボコにしたいなぁ~」

 

 みほは笑顔のまま濁った眼でエリカをじっと見つめていた。

 

(ひぃぃ)

 

 エリカは頭の中で悲鳴を上げた。

 

 この事態を一体どうすれば打開できるのか。いや、こんなときにできることは一つしかない。

 

 エリカはわざとらしく「ご、ごほん」と咳払いをした。

 

「そ、そういえばもういい時間ね。そろそろ帰りましょうか。夜更かしは肌にもよくないし」

 

 そう言ってエリカはいそいそと帰り支度を始めた。つまり、エリカは迅速に逃げることにしたのだった。

 

 そして手早く荷物をまとめて席を立とうとしたとき、

 

「エリカさん」

 

 突然、みほから抑揚のない声が掛けられた。

 

 エリカはビクッと体を震わせた。そして、ギギギと、まるでさび付いた機械が動くような挙動で首をみほの方へ向けた。

 

「な、なにかしら?」

 

 みほに逃げようとしているのを気づかれないように、できる限り平静を装って聞き返す。

 

「エリカさんまだビールが半分も残ってるよ? そんなに残すなんてよくないよ?」

 

 みほがエリカのビールを見て言う。

 

 それにつられてエリカも自分のジョッキに目をやると、ジョッキにはまだ半分ほどのビールが残っていた。

 

(半分も飲物を残して帰ろうとするのは、あからさまに逃げようとしすぎだろうか)

 

「ぐぐ、そ、それもそうね」

 

 エリカは小さくうめき声をあげながら席に座り直した。

 

 エリカには目の前のビールがやけに大きく見えた。それもそのはず、エリカはストレス解消にビールを飲んでいたので、実はすでに2杯ビールを飲んでいたのだ。

 

 つまりこのビールはジョッキで3杯目になる。エリカはビールが好きだったが、さすがにジョッキで3杯を短時間に飲むのはきつい。

 

 そもそも本来は、もっとゆっくりと目の前にあるビールを飲むはずだったのだ。

 

 だが、このビールを飲まなければみほから逃げることはできない。

 

「はぁ。はぁ」

 

 エリカは浅く息を吐きながらジョッキを両手で抱えるように持ち、ゆっくりと口元にジョッキを近づけていく。

 

 そして覚悟を決めると、ぐいっとジョッキを傾けた。

 

 息をとめて一息にビールを飲みほす。「ゴクゴクゴクゴク……ぷはぁ」ビールを飲み切ったエリカは疲労困憊といった顔になっていた。

 

(き、きつい。けど飲み切った。これで帰れる)

 

「ぷはぁ。ぷはぁ。いや~、おいしいビールだったわ。それじゃあ帰りましょうか」

 

 ジョッキ半分を一気飲みしたせいか酔いがすごい勢いでまわってきている。だが、そんなことを気にしている場合ではない。

 

 エリカは再びいそいそと帰ろうとし始める。だが、そんなエリカに再びみほが声を掛けた。

 

「エリカさん、逃げちゃうんだ」

 

「はぁああああ!? 誰が逃げるですって!?」

 

 みほから言われたその瞬間、エリカは反射的に声を上げ席に座りなおしていた。

 

 逃げようとしているのは事実だが、とはいえ自分がライバル心を持っているみほに「逃げるのか」と言われては黙ってはいられないのである。これはもう理性ではなく感情の問題なのだ。

 

 正直なところ、座りなおした時点ですでに後悔しはじめていたのであるが。

 

「エリカさん逃げないの?」

 

 みほがこちらを疑っている様子で見てくる。

 

(く、みほのくせにバカにして)

 

「わ、私が一体何から逃げるっていうのよ。私は絶対に逃げたりしないわよ」

 

「どうかなぁ? そしたらエリカさん、私と飲み比べできる?」

 

「の、飲み比べ? 今から?」

 

 さすがにジョッキで3杯ビールを飲んでから飲み比べは無理だ。エリカは動揺して何か別の案を出そうとするが、その前にみほが口を挟む。

 

「やっぱり逃げちゃうんだ」

 

「なんですってぇ!?」

 

 逃げるという言葉に反応してエリカがみほの目を見たとき、みほはエリカを見下ろしていた。

 

 その目は道端に転がるゴミを見るかのように、心底人を見下している目だった。みほからそんな態度をとられて大人しく引き下がることなどできはしない。

 

「だから私がいつ逃げるっていうのよ! やってやろうじゃないのよ」

 

 エリカはやけくそ気味に答えた。

 

「やった! そうだよね! エリカさんが逃げるわけないよね」

 

 みほは冷たい目から打って変わって笑顔になった。そしてエリカが反応する間もなくビールを2人分注文していた。

 

(うぅ、帰りたい)

 

 なぜ考えなしに反論してしまったのか。エリカの頭に後悔の2文字が浮かぶ。

 

 そしてそんな後悔もむなしく、ほどなくして無慈悲にエリカとみほの前にジョッキが置かれた。

 

「エリカさん、あらためてかんぱ~い」

 

 みほが満面の笑顔で言い、ビールをゆっくりと飲み始める。

 

 その様子を見て、飲む前から限界が近いエリカはさらに絶望的な気分になった。1杯目のビールを飲んでいたときはこれほどおいしい飲み物はないと思っていたのに、今ではビールが拷問器具に見える。

 

(それでも。それでも私はみほに負けるわけにはいかないのよ)

 

 これは意地なのだ。

 

(それに勝機はある。いままでみほと何回も飲んでいるが、みほはほとんどお酒を飲まないし、お酒に弱いはずだ。その証拠に今もみほはゆっくりビールを飲むのが精いっぱいという感じである。対して私はお酒を飲んでいる不利はあるが、ビールを飲み慣れているというアドバンテージがある。この少ない勝機を掴むのだ。それしかない)

 

 そう決心したエリカはジョッキを両手で抱えると、ちびちびとビールに口をつけた。

 

 エリカの顔はすでにいっぱいいっぱいという表情であった。

 

 そして、苦しみながらビールを飲むエリカの様子をみて、みほは心の底から笑顔になっていた。

 

(エリカさんはやっぱりボコに似てる)

 

(挑発されたら逃げることができないで、苦しくても頑張って立ち向かおうとするなんて、なんて愛おしいのだろう)

 

 実際、エリカがみほに飲み比べで勝つのは不可能であった。

 

 そもそもみほはアルコールに弱くなかった。お酒を飲まないだけで、飲めないわけではないのだ。

 

 さらに、エリカはビール3杯を飲んでいるのに加えて、食べているものも焼き鳥や唐揚げと言った油物だった。一方のみほはカシスオレンジを1杯飲んだだけで、食べたのも野菜や刺し身程度であった。スタート地点にこれほど差があってエリカが勝てるわけはない。

 

 そして、エリカがそれに不平不満を言わないことについても、みほはその愚直さに好感を抱いていた。

 

(きっとエリカさんは私のボコなんだね。だって、エリカさんは私以外の人にはそんな考えなしで動かないもの。なのに私にはいつも立ち向かってきてくれる。なんてかわいくてかっこいい人なのか。これは私が責任をもってボコにしてあげないと)

 

 そんな歪んだ考えをおくびにも出さず、みほはエリカが勝負を諦めないくらいのペースでゆっくりとビールを飲む。

 

 そしてエリカがちびちびとビールを飲む様子を見ながら、(エリカさんがんばって)と心から応援を送っていたのだった。

 

(がんばってエリカさん。エリカさんが酔い潰れたら私の家でボコのパジャマを着せて看病してあげるからね)

 

 みほはすでに目の前の勝負に興味はなく、負けたエリカをどうするかについて考えていた。

 

 そして案の定、番狂わせが起きることもなく、エリカはみほにお持ち帰りされていったのであった。




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